青葉梟が心地良い闇の仲で鳴く。枕の上に置いた頭がのそりと動いた。
冷たい光が部屋の片隅に落ちたかと思えば、もう東の空が赤みを帯び始めた。徐々に周りの光は奪われ、そっと彼女の視界から消えた。彼女は目が良かったため、その徐々に消えゆく光の粒がはっきりと見えた。
のみならず、耳も良かったため、遥か遠くの子供達の声が、猛々しい山を超えて聞こえた。山頂付近の鋭い朝ぼらけが、彼女の部屋に射し込んできた。彼女はようやく布団から出た。窓の方に寄り、自慢の目で外を見る。
青い緑の向う側に禍々しい洋館をそびえている。その手前に澄んだ湖があり、先程の子供達が遊戯に興じている。湖から流れる一筋の川の上を、数羽の翡翠が何物にも邪魔されず優雅に舞う。
東の最果てにある古びた神社は相変わらず人間の住んでいる気配がない。長い階段に落ちる柿若葉の薄い影が寂しげに揺れる。けたたましい蝉の鳴き声だけが響き続ける。
あそこで暮らす人間は稀代の巫女なのだが、人望というものがまるでない。妖怪退治でお礼として頂ける物で生活していると聞いたことがある。だから、このように平和な日が続けばみすぼらしくなってしまう。
きぃっとどこかのドアが開いた。烏が一斉に飛び立った。青々しい森の中から飛び回る黒を、彼女は何となく美しく思ったのと同時に呆れた。遅れたように彼女は手早く着替えると音のした方に向かう。
そこで、一人の少女と出会った。少女というにはあまりに成熟している。が、本人は少女であると抗言している以上、そう表現する方が良い。
この少女は彼女の上司であるのだが、烏天狗という種族が彼女より上なだけであり、上司とは思えない。というのも、このように見守りの目を掻い潜ってどこかに行こうとする。彼女は少女の前に立ちはだかる。
「早起きですね」
少女はカメラを構え、彼女に困ったように言う。少女の声から仄かに梅の香りがした。
「おはよう、椛。さ、笑って」
「お出かけですか?」
「ええ、まぁ。さ、朝の一枚よ?」
「私、写真ってあんまり好きじゃないんですよ。撮る人もそんなに……」
「あやややや。じゃ、これから好きになりましょう。着いて来る? どうせ、暇でしょう?」
彼女も少女も最初の目的を忘れたように、喋りながら歩く。
彼女が写真を好きになれない理由が、目と耳と鼻が利く。動かずとも分かる。動かずとも? 彼女はそういう言葉を自分自身にぶつける。今、彼女は何のために少女の元に来たのか。彼女は苦し紛れにこう言った。
「見えますし……」
「じゃ、覚えている?」
「忘れないとやってやれませんよ」
「でも、忘れたくないこともあるんじゃないの?」
少女の無遠慮な言葉が彼女の心の底に光を射した。彼女は頬に微笑が込み上げてくるのを感じた。
「そうですね。それで行き先は?」
「さぁ? 風が知っているんじゃないの? 椛、何か見えない?」
「動き回るんじゃないんですか?」
少女は彼女の顔をまじまじと見てから、天を仰いだ。朝が長くなってからは重い陽射しが至る所に落ちる。菖蒲や茴香や槐は恭しく頭を垂れている。対する二人は疲れたように大木の下に避難した。
「こんな暑いのよ? 効率良く動きましょうよ。そうね、咲夜さんに冷たい紅茶でもご馳走になりましょう?」
「文さん」
「何よ?」
「明け易し頭を垂れる二人かな」
犬走椛の発句を聞いた射命丸文は即座にこう返した。
「徹夜明け頭に染みる梅酒なり」
「寝てください」
「油照り青葉梟聞く夜明けかな」
「そうですか。動けますか?」
「動きたくないわ」
「口は動くんですね」
「記者だし」
「達者ですね」
「上手くない」
椛は文の赤い目を見て、優しく問う。
「それで、本当に咲夜さんの所に行くんですか? こんな時間に」
「あー、もう一回寝るわ」
「はい。おやすみなさい」
こうして椛の朝一番の仕事は終った。晴々とした笑みを浮かべて、椛はもう一眠りしようと帰路を目指す。
冷たい光が部屋の片隅に落ちたかと思えば、もう東の空が赤みを帯び始めた。徐々に周りの光は奪われ、そっと彼女の視界から消えた。彼女は目が良かったため、その徐々に消えゆく光の粒がはっきりと見えた。
のみならず、耳も良かったため、遥か遠くの子供達の声が、猛々しい山を超えて聞こえた。山頂付近の鋭い朝ぼらけが、彼女の部屋に射し込んできた。彼女はようやく布団から出た。窓の方に寄り、自慢の目で外を見る。
青い緑の向う側に禍々しい洋館をそびえている。その手前に澄んだ湖があり、先程の子供達が遊戯に興じている。湖から流れる一筋の川の上を、数羽の翡翠が何物にも邪魔されず優雅に舞う。
東の最果てにある古びた神社は相変わらず人間の住んでいる気配がない。長い階段に落ちる柿若葉の薄い影が寂しげに揺れる。けたたましい蝉の鳴き声だけが響き続ける。
あそこで暮らす人間は稀代の巫女なのだが、人望というものがまるでない。妖怪退治でお礼として頂ける物で生活していると聞いたことがある。だから、このように平和な日が続けばみすぼらしくなってしまう。
きぃっとどこかのドアが開いた。烏が一斉に飛び立った。青々しい森の中から飛び回る黒を、彼女は何となく美しく思ったのと同時に呆れた。遅れたように彼女は手早く着替えると音のした方に向かう。
そこで、一人の少女と出会った。少女というにはあまりに成熟している。が、本人は少女であると抗言している以上、そう表現する方が良い。
この少女は彼女の上司であるのだが、烏天狗という種族が彼女より上なだけであり、上司とは思えない。というのも、このように見守りの目を掻い潜ってどこかに行こうとする。彼女は少女の前に立ちはだかる。
「早起きですね」
少女はカメラを構え、彼女に困ったように言う。少女の声から仄かに梅の香りがした。
「おはよう、椛。さ、笑って」
「お出かけですか?」
「ええ、まぁ。さ、朝の一枚よ?」
「私、写真ってあんまり好きじゃないんですよ。撮る人もそんなに……」
「あやややや。じゃ、これから好きになりましょう。着いて来る? どうせ、暇でしょう?」
彼女も少女も最初の目的を忘れたように、喋りながら歩く。
彼女が写真を好きになれない理由が、目と耳と鼻が利く。動かずとも分かる。動かずとも? 彼女はそういう言葉を自分自身にぶつける。今、彼女は何のために少女の元に来たのか。彼女は苦し紛れにこう言った。
「見えますし……」
「じゃ、覚えている?」
「忘れないとやってやれませんよ」
「でも、忘れたくないこともあるんじゃないの?」
少女の無遠慮な言葉が彼女の心の底に光を射した。彼女は頬に微笑が込み上げてくるのを感じた。
「そうですね。それで行き先は?」
「さぁ? 風が知っているんじゃないの? 椛、何か見えない?」
「動き回るんじゃないんですか?」
少女は彼女の顔をまじまじと見てから、天を仰いだ。朝が長くなってからは重い陽射しが至る所に落ちる。菖蒲や茴香や槐は恭しく頭を垂れている。対する二人は疲れたように大木の下に避難した。
「こんな暑いのよ? 効率良く動きましょうよ。そうね、咲夜さんに冷たい紅茶でもご馳走になりましょう?」
「文さん」
「何よ?」
「明け易し頭を垂れる二人かな」
犬走椛の発句を聞いた射命丸文は即座にこう返した。
「徹夜明け頭に染みる梅酒なり」
「寝てください」
「油照り青葉梟聞く夜明けかな」
「そうですか。動けますか?」
「動きたくないわ」
「口は動くんですね」
「記者だし」
「達者ですね」
「上手くない」
椛は文の赤い目を見て、優しく問う。
「それで、本当に咲夜さんの所に行くんですか? こんな時間に」
「あー、もう一回寝るわ」
「はい。おやすみなさい」
こうして椛の朝一番の仕事は終った。晴々とした笑みを浮かべて、椛はもう一眠りしようと帰路を目指す。
台詞回しにもう少し気を使った方がいいと思う、淡々とし過ぎてて、活き活きしさがない気がする、かな。
成る程。誤字と変な表現は具体的なところを教えていただけたら幸いです。台詞回し。以後、気を付けます。ありがとうございました。
書きたい情景を書きなぐった文章にみえて
丁寧な言葉と雰囲気が実に気に入りました
以下、勝手な意見となりますが
最初の部分に細かな描写が偏り過ぎていると感じました
中盤の会話はテンポよくバランスも良いですが
最後の一行が締めくくりにしては重みが足りない感じがします
そのあたり、読後感として「あと一匙、なにか足りない」と感じたので、この点数で
成る程。書き終えて少しして、自分も描写の差におかしさを感じてしまいました。どうやら自分の書くものは、何か足りたい、というモヤモヤとしたものが多いようですね。ありがとうございました。
ちょっと残念。冒頭の情景描写が詳細な割に後の分と繋がりが薄いので
取材に行くなり主題にするなりするとバランス取れるかもしれませんね。
あとは自分の漢字スキルがたりなかった...
ややバランスがいびつな気がします。