■第3話
■第2話
■第1話
黒ずくめたちとの、戦いの後。
荒らされた村の後始末は、村の女性達総出で、狼幽香の指揮によりテキパキと進んでいった。家や畑の消火には少し手間がかかるものと思ったけど、美鈴が「多分平気です」といって燃え残った火を尻尾や体を使って叩いて消して行った。‥‥たぶん、本の中だけじゃなく普段でもできるんだろう。こういうのを見てると、彼女は妖怪なんだということを改めて分からされるような気がする。
火を消し、壊れた柵を片付け、死んだものたちを埋葬し終えた頃には、すっかり日は傾いていた。
‥‥本来、この村の人々と私は、全く縁もゆかりもない。
人狼たちの葬儀は、私の知っている人間のそれに比べれば、随分とあっさりしたものだった。
でも、村に漂う、弔いの雰囲気は、私の心をぎりぎりと締め付けて。
わけもわからず、私は涙をこぼしていた。
****************
夜。人狼の村で唯一の石造りの建物である円塔の下に、村人が集まってたき火を囲んでいた。れみりあを含めた子供と老人は、塔の中で寝ている。美鈴は止まり木替わりといって塔の天辺に陣取って空を見ていた。”ユウカおねえちゃん”も塔の上で美鈴と見張りをしている。私は、焚火のそば。
‥‥正直、美鈴が村人たちから離れていてくれる方が私にも有難かった。村人たちは美鈴に興味津々で、寄ってたかって撫で繰り回してきたのだ。
彼女らにとってもドラゴンと言う生き物は普段あまり接しないうえに、危険な生き物らしい。飼い主‥‥私のような“ドラゴンライダー”が居ないととても近づけないそうで。最初は美鈴も呑気に撫でられるがままだったのだが、誰かが髭を引っ張り出した途端、不機嫌そうにふがふが言い始めたので私はあわてて止めた。さっきの戦いのように、万が一にもまた我を忘れるようなことがあれば大変だから。
‥‥それに、珍獣扱いされるのは美鈴だけではないわけであって。
「サクヤちゃん!あらあらあらー!綺麗な狼になったわー!村を出るときはこーんなちいちゃかったのにねー!」
「疲れたでしょう、ほら、こっち、もっと焚火に寄りなさいよ」
「干し肉のおかゆ、たべる?」
「あの、と、とりあえずだいじょうぶですから、ね、あの、そんなに撫でなくても、あう」
「だって、あのサクヤちゃんが帰ってきたのよ!しかもドラゴンライダーになって!男どもが帰ってきたら一番に言わなきゃ!お祭りしなきゃ!」
「あ、抱き付かないで、血が」
「勇敢な戦士の証よ!気にするわけないじゃない!」
「うう」
埋葬の時の沈鬱な空気から一変し、たき火の周りは、いや、私の周りはちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
黒ずくめたちの残党による夜襲を警戒するということで、塔の中に老人や子供たちを入れて、若い女性たちが外でたき火を囲みながら寝ずの番をすることになったのだが、そこで私は彼女らにもみくちゃにされていた。
弔いの宴も兼ねているため、警戒と言いながら酒を飲んでいるひともいる。すこしほろ酔い気味の人狼の女性たちにとって、「ドラゴンライダーになって戻ってきたユウカの妹のサクヤちゃん」――――わたし――――は格好の酒のおつまみになっていた。
私は昼間戦ったあとのママの恰好で。顔や髪、手に付いた血は多少拭って落としたけど、着ている血まみれの服はそのまんま。何でもこれが、戦士の証、らしい。
まだ「サクヤ」役になりきれないまま、適当に話を合わせながら女性たちから聞きだした話を繋げると、ここは人狼だけの村。女や子供、戦に出かけているという男も合わせて、だいたい200人くらい。今残っているのは80人ほど。ほとんどが幼い子供と、老人。若い人狼はせいぜい30人くらいだった。
人狼はやっぱり人間に比べるとかなり強くって、普段は農業やってるけども、大きな戦争があると男たちは傭兵として戦に出かけていくらしい。この村の頭数で人狼部隊1つ分‥‥50人くらいだそうだ。戦えない若い男子や老人(男)も手伝いとして連れて行かれるので、実際はもっと大所帯。人狼部隊1つで、人間の同じ人数の部隊5つ分だとか。そのために人狼や、その他獣人の部隊をどれだけ擁しているかで国の強さまで変わってくるそうだ。‥‥それでも私のような「ドラゴンライダー」は別格だそうで。
ドラゴンライダーは危険なドラゴンを手なずけて戦いをする者の事で、種族は関係なくそう呼ばれるという。人間やエルフ、妖精や妖怪のドラゴンライダーもいるらしい。だいたい1人のドラゴンライダーで人狼部隊3つ分だとか、5つ分だとか。‥‥そうなれば、私と美鈴は人間の部隊25個相手にしても平気らしい。50人かける25‥‥1,000人超えた。一騎当千を地で行ってる。‥‥ちょっと信じられない。とにかく、そんなに強いもんだから、大抵のドラゴンライダーは国のお抱えの兵士だそう。流れの傭兵みたいなことをしているのもいるそうだけど。
閑話休題。そんな根っからの戦闘種族な彼ら人狼にとって、敵兵の返り血で染まった服なんていうのは、とても凛々しい姿になるわけで。特に今の私みたいな姿は。そして、生まれつき化け物で戦士なのがうじゃうじゃいるこの村、人間から見れば、特に敵対している人間には危険極まりない存在と言うことになる。なんというか、地底の旧都や妖怪の山がいきなり人里の隣にどん、とあるようなもの。他にもこの世界にはいろいろ妖怪や化け物が居るらしいけど、これだけ人間に近いところに居るのは人狼くらいなのだそう。
だから、今日のようなことになるらしい。
「だけど、あの人間共。馬もつれてこないなんて、舐められたもんよね」
「私達も油断してた。最初に火を付けられたのは失敗だった。鼻が使えなくなったし」
「あの煙玉!よくもまああんなもの考え付くもんだわ。自分たちの死体まで練り込んで」
「よっぽど嫌われたわね、私達も。鬼じゃないってのに」
「次に来たら皆殺しにしてやろうね」
「皆殺しはダメよ。それは男どもが帰ってきてからだわ。頭に血のぼった奴らに繰り返し援軍を送られたら、先にへばるのはこっちよ」
「でも今はサクヤちゃんがいるわ」
「それでもよ。戦の準備だって十分じゃないのに」
「あー、くやしいな。私の妹、殺されちゃった‥‥西の国の奴ら、絶対に許さない。噛んで千切ってはらわた引きずり出して、今日の奴らみたいに鍋で煮込んで、妹の墓に供えてやらないと」
「できたじゃない。サクヤが仕留めてくれたから」
「妹を殺した奴は逃げたわ」
‥‥うん、瀟洒じゃない。この会話。怖い。彼女達が口にした通り、倒された黒ずくめは“鈴仙副長”以下、首だけ埋葬されて、全員大鍋の中に入れられて死者への供物になった。南無。‥‥あまり詳しくは思い出したくない光景だった。
今日襲ってきた彼ら黒ずくめは、“西の国”の兵隊らしい。なんでも、この国が、いや、この村の男たちが戦っている相手らしい。人狼部隊は相手の国にとってはとんでもない脅威。隠密部隊を送り込んで村を先に潰しに来たらしい。そうすれば、前線の男たちが急いで帰るからと。今までもこんなことはよくあって、そのたびに返り討ちにしてきたそうなのだが、今日は不意打ちをされたらしい。あの、私と美鈴が嗅いだ異臭のする煙。あれが今回の彼らの秘密兵器で、あれが人狼の鼻を潰し、動きを鈍らせるらしい。私には、あの煙はあまり効かなかった。‥‥すっごい臭かったけど。
女性たちも普通の人間に比べりゃ十分強いのだけど、そうやってハンデを負わされたうえ、まともに戦えるのはそのユウカ含めた若手30人だけしかいなかったそうなのだ。なんでも、大きな戦いであるため今回は女性の人狼も、戦闘員として男に大分ついて行ったらしい。そんな、普段よりも手薄になった村へあの黒ずくめ達が大挙して襲ってきたのだ。人狼達もそこは一応警戒していたらしく、若手の中に“ユウカおねえちゃん”以下、十数人の精鋭を残していたのだが、いくら人狼が人間より強いとはいえ、煙玉によるハンデ付きで子供や老人を護りながら頭数で10倍以上の敵を相手にするのは相当きつかった。煙玉で鼻を潰され、奇襲されたためろくな武器も持てずに追い詰められ、あわや全滅かと思われたその時、現れたのが私と美鈴だったというわけで。
‥‥興奮しててよく覚えてなかったんだけど、そうなると300人くらいいたんだ、あの黒ずくめ。よく勝てたなぁ、私達。1000人相手にできるって本当かも。
「ところで、サクヤちゃん、それ、食べないの?」
「えっ」
人狼の一人が、私の手の中の椀を眺めながら訪ねてくる。ぼんやり彼女達のおっかない会話を聞いていた私は突然話を振られてびくりとふりむく。
銀のロングヘアが似合う、綺麗な若い女性の人狼。見た限り、知り合いの人妖で似ている人はいない。たぶん、この本オリジナルの登場人物。彼女もさっき言った“精鋭”の一人で、私に負けず劣らず豪快に返り血を浴びた服もそのままに、皆とたき火を囲んで強い酒を飲んでいる。頬に二本走った刀傷がとってもアマゾネス。昼間の戦いでは、農作業用の鍬で黒ずくめたちを随分な数倒したらしい。‥‥いざという時武器になるよう、この村の鍬は、先端が刃物のように研いである上に、柄に鉄が巻き付けてある凶器仕様。‥‥怖い村だ。
「どうしたの?お腹いっぱいだったの?」
「まあ、さっき、肉も食べたし‥‥」
「ダメよ。敵味方併せた弔いなんだから。ちょっとでもいいから食べなくちゃ。例え憎い相手でも獲物には敬意を払わないと」
「う、うん‥‥」
「サクヤはこれ、初めてだもんね」
椀を満たす汁物は、件の大鍋の中身と同じで。
‥‥「十六夜咲夜」にそういう“ケ”は無い。できれば遠慮したい。でも、「サクヤ」は、その椀のにおいを嗅いで涎を垂らす。正直に言うと、滅茶苦茶おいしそう。ミスティアやルーミアとか、妖怪の気持ちが今ならわかる。人間てのはこんなにオイシソウな物だったなんて。
ちなみに美鈴は、「ごほうびよ」とユウカに別の鍋に分けられたそれを、皆が遠巻きに見る中美味しそうにがふがふ食べていた。躊躇ないわね、美鈴。
人狼はあいかわらずふわりと笑って汁物を進めてくる。
「こいつら、ほとんどあなたが仕留めたんだから。遠慮することはないわよ」
「そうですよー。ああー、サクヤねーさまはもう味見してたのよね。あの剣士、その場で食べちゃってたわよね。かっこよかった。体が震えちゃいました!」
別の人狼少女まで割り込んでくる。短いツインテールのなんだかカルい子。申し訳程度のそれは、なんだか無理矢理結んでいるような様子。私をおねーさまと呼び、さっきの戦いを思い出して感激している。‥‥悪いけど、あの剣士はとりあえず不味かった。なんでかは知らないけど。
「あ、あは‥‥」
頬を掻きながら気の抜けた笑いをあげる。普段だったらお嬢様の前でこんな仕草なんかしないんだけど。これも人狼サクヤになったせいなのだろうか。
とりあえず、椀の中身を見る。おいしそう。‥‥ここが本の中というなら、我慢はできる。すでに戦いのときさんざ人間は殺しちゃったわけだし、心の中の私はこれを食べたがってるし。色々な一線はとっくに踏み越えてる。心配なのは、これが元に戻った時でも味を覚えちゃってたらどうしようとか、そういうところで。
「ほら、サクヤおねーさま」
「‥‥」
少女に促され、椀を見つめる。そのにおいを嗅いで、私のお腹が、ぐう、と鳴った。
それを聞いたロングヘアの人狼が、にっこりと笑いかけてきた。
「ほら、お腹空いてるんでしょ?食べなって」
「む‥‥」
人間咲夜の抵抗心は狼の本能に勝てなかった。我慢できず、私はそっと口を付ける。
「!!!!」
鼻を通り抜けるその香り。
次の瞬間、私は無我夢中で牙を剥いて汁をすすっていた。あっというまに、椀は空になっていた。
二人の人狼が笑いながらこっちを見ている。
「おかわり、いる?」
「むい」
ああ、たべちゃった。しかもおかわりとかっ。
‥‥ったく、本当にこの本、ろくでもないことばっかり体験させるんだから!
***************
「あれ、咲夜さん、美味しそうな匂いがしますね」
「‥‥美鈴だってさっきさんざ、食べてたでしょ」
「ああ、あれですか。結構おいしかったですよね」
「‥‥さっぱりしてるわね」
「結構こってりしてましたよ?あれ」
「あなたの性格の話よ」
「すごい‥‥本当にドラゴンと喋れるのね‥‥」
たき火やその他色々で大分火照った体を冷まそうと、塔の天辺まで上った私を待っていたのは、外周に腰までの高さの壁のある平たい屋上で、塀の上にうまく乗って大きく丸くとぐろを巻く美鈴と、彼女のふかふかのたてがみに腰を掛けて外を向き、辺りを警戒しているユウカだった。二人はいつの間に仲良くなったんだろう。美鈴が気にしていないだけなのか。
ユウカは相変わらずの皮のジャケットに、片手に弓矢を持ち背中に矢筒を背負っている。半月が照らす野山は意外と明るい。ユウカは私と美鈴の会話の様子に目を細めていた。美鈴の頭を一回撫でると、私はユウカに尋ねてみる。
「仲良くなったの?美鈴と」
「たぶんね。結構優しいのね、この子」
「‥‥ね、ねえさんはホントに分からないの?美鈴の言葉」
「わからない。がふがふ言ってるようにしか聞こえない。あなたは普通にしゃべりかけて、この子はそれに相槌うってるけど、私達の言葉分かるのかしら?」
「んー‥‥」
「ねえ咲夜さん、この人はなんて言ってるんです?」
「ドラゴンと喋れるのねって。そう、美鈴はやっぱりみんなの言葉わからないんだ」
「うにゃうにゃ言ってるようにしか聞こえませんよ。でもこの人はいい人ですね」
「へえ」
「良い匂いがしますから」
「なんなのよそれ」
「‥‥やっぱり魔法だわ。すごい。普通にしゃべるだけでドラゴンが狼の言葉を解するなんて」
「魔法‥‥」
ユウカはそう言って笑うと、また周りを見渡し始める。魔法と言われてもあまり実感がわかないけど。リグルやミスティアが虫や鳥に話しかけてるのと同じだと思えば、こんなのは見慣れた光景であるし。
美鈴に目配せしてから、美鈴の背中‥‥ユウカの隣、に背中合わせのように腰かける。血で汚れた服でふかふかのたてがみに座るのは気が引けたので、マントを敷いて。ユウカはちらりとこちらを見ると、少し微笑み、また前を向いた。美鈴は相変わらず空や周りの様子を見ていた。
「そうやって甘えてくるところは昔と変わらないのね」
「え」
「そうだったでしょ。私が外に出かければ、後ろから必死についてきて。ドラゴンライダーになっても、変わらないのね」
「‥‥な、なんか、落ち着かなかったから。頼りないかしら」
「ふふ。別に。うれしいなって思っただけよ」
ユウカの、人狼の耳や銀髪が月明かりに照らされてうっすらと輝いている。彼女の匂いがふわりと夜風に乗って漂ってくる。その匂いが、妙に私を安心させる。
いきなりわけもわからない世界に放り込まれて、とんでもない目にあって。色々と消耗した心に、その安心感はとても心地よかった。‥‥どうしよう。帰っても幽香に甘えるようになっちゃったら。
ぼんやりそんなことを考えていると、突然、頭に柔らかい手のひらの感触が。
「ひゃう」
「母さんが、生きていればね‥‥あなたの姿、見せたかったわ」
ユウカが微笑みながら、私の頭を撫でていた。がしゃがしゃと矢筒を鳴らして。結構荒っぽい撫で方だけど、感触は凄い柔らかい。髪の毛が揺らされて、私の狼の耳をくすぐる。私の尻尾が振られて、ぽふぽふとユウカを叩いている。
‥‥“サクヤ”の母親は、もうこの世にはいなかった。戦いの後始末が終わった後で、ユウカとれみりあに案内されてついて行った墓地の一角。小さな石の柱が立ち並ぶ場所に、母さんだという人狼の墓があった。私の“妹”、れみりあを産んだ時、死んでしまったらしい。それからはユウカが母親代わりに彼女を育てていたそうだ。
知りもしない母親の姿を思い浮かべるなんてことはできなかったけど、墓石に触れた瞬間、ただひたすら懐かしい匂いが漂って来た時にはどうしようかと思った。ぐしゃぐしゃと心をかき回されるような、懐かしくて心地よい匂い。そのとき、私の目からは思わず涙がこぼれていた。‥‥また本にやられた。ホントに。まったく。変なところで泣かせないでよね。
父親はまだ生きているそうで、今回の戦に出かけているそう。ユウカによれば「まだまだ割とハンサム」とのことだけど。人狼基準でハンサムって、どんな姿なんだろう。‥‥顔だけまんま狼とかかしら。
ユウカの言葉で昼間のことを思い出し、見知らぬ父親の姿をまた想像していた私だったけど、そのうちその姿がクマみたいなごっつい筋肉の塊になってきたので、私はそのことについて考えるのをやめた。クマって、それはちょっとご遠慮したい。‥‥話題を変えようと、背中越しに、ユウカに尋ねかけてみる。
「今日の奴ら、また襲ってくるわよね」
もうちょっと物騒でない話題を選びたかったけど、心配に思っていたことでもあり、するりと口から出てしまった。頭に、すやすやと眠っているであろう、れみりあの姿がよぎる。
ユウカねえさんは振り向きもせず、パタリと尻尾を振った。
「‥‥来るわね」
「やっぱり?」
「サクヤはどう思うの」
「‥‥来る。奴らからはここら辺とよく似た森の匂いとたき火の匂いがしたの。きっと近くに拠点がある」
「うん。鼻が利くようになったわね。‥‥ホントなら、すぐにでもそこを叩きたいんだけど。手空きの今、そっちに手を割くわけにいかないし」
「私が行く?美鈴と」
ん?と美鈴が首をこちらに向ける。ユウカの言葉はわからないまでも私達の会話はちゃんと聞いていたらしい。「いい相棒ね。よく気が付く」と笑いながら、ユウカは首を振った。
「お願いしたいけど、今はここに居て。風が止まってて、周りの様子がよくわからない。下手に動いて、あなたと、この村とが引き離されたら、また昼間みたいなことになる」
「‥‥わかった。ここに居る」
返事をした私に、こんどはがふ、と美鈴が話しかけてきた。
「どんなこと話してるか想像つきますが。それが良いですよ。咲夜さん」
「美鈴?」
「‥‥大きな声出さないでくださいね‥‥アイツら、またすぐ近くまで来た」
「なっ!」
「偵察みたいです。数人だけ。森が切れるところ、平原の入り口にいます。這ってこっちににじり寄ってる。数が少ない。きっと本隊は別に居ます」
美鈴の警告に、私の心臓が早鐘を打ち出す。昼間の奴らが、また?
ユウカが、片眉を上げて何事かと尋ねてくる。
「どうしたの?」
「慌てたら気づかれます。奴らこっちを見てる。なんか望遠鏡みたいなもので私を見てる。“おねえさん”にもそう伝えてください」
「サクヤ?ドラゴンは何て言った?」
「森の手前に、奴らの斥候が。こっちを見てる。動くなって」
「!」
背中越しにユウカが緊張したのが伝わる。美鈴の視線は、ユウカを12時とするなら、3時の方向。私は6時の方向を向いている。ユウカに方角を伝える。彼女が舌打ちをしている。
「‥‥今は凪いでるけど、夜遅くになればそっちの方から風が吹く。やつら風上に回ったわね。またあの煙玉を使う気だわ」
「どうするの?」
「こっちにドラゴンが居る以上、こんどは接近戦で来ない。弓矢か、魔法か。煙玉で私達の鼻を潰しておいて、周り中から乱れ撃ちってとこかしらね」
「さっきは、どうして」
「女子供しかいない上に、煙玉で鈍くなった私達なら勝てると思ったんでしょ。馬で来れば砂煙で気づかれるから、あえて徒歩で忍び寄って。しかも真昼間に」
ユウカは振りかえると静かに私の頭を撫でる。さり気ないふりをして周りを見渡すためだということはすぐに分かった。せわしなく動くユウカの目が、私の頭越しに暗闇の中を探っている。
「そんなんじゃなくて最初から飛び道具で来ればよかったのに。指揮官が突っ走ったんだわ、きっと。そうしたら死人も少なかったはず」
「‥‥」
「結果論だけどね。まさかドラゴンが来るなんて思いもしなかったでしょうから」
ユウカは弓矢を左手に持ち替えると、右手を手前に引く。気が付かなかったけど、一本のロープがその手には握られていた。それは塔の床の穴につながっている。ロープはじわりと、リズムを持って動く。
何回か引っ張った時、屋上につながる階段の入り口に、ひょこりと銀髪が覗いた。あの「おねーさま」のツインテール狼少女だった。
「ユウカさん」
「敵よ。ヨモギ草の森の手前に奴らの斥候。たぶん弓か魔法が来る。煙玉と火矢に備えて。奴らに気づかれないように。煙を焚かれる前に私が斥候を叩く。それまでに分隊を4つ組め。攻め手3組。守り手1組。あと替えの弓矢と、射手を一人。いそげ」
「はい」
振りかえりもせずに少女に短く指令を与えると、ユウカは大きく伸びをした。
「私は、どうするの」
「あなたと私は、ここよ。守り手は下で、私はここでこの塔を護る。あなたはことが始まったら、この村の空に上がって。‥‥相手の目と矢を引き付けて。その間に攻め手が相手を倒すわ。あまり遠くに行かないで。目的はこの村を守ること。ドラゴンがここに居れば、敵はおいそれと村に近づいてこないわ」
「囮、ね」
「‥‥ごめんなさい。でも、これはあなた達にしかできないから」
「大丈夫。やれる」
「‥‥おねがい」
「うん」
ぽふ、と尻尾でユウカの背中を叩く。いつの間にか思い通りに動かせるようになっていた。ユウカの尻尾が答えてくる。
ちらりと彼女の手元を見れば、いつの間にか一本の矢が右手に握られていた。伸びをするふりをして引き抜いたのだ。
「もうすぐ風が動くわ。その前に斥候を倒す。戦いが始まるわよ。動けるわね」
「うん」
牙を剥いて答える私。緊張感に、尻尾が逆立っているのがわかる。弾幕勝負の前の皮肉の言い合いをしている時のような、高揚感。腰の短剣をそっと撫でる。剣は昼間の間に研いだ。ついでに、敵から奪ったナイフも両足と胸元に2本ずつ、計6本。やっぱりこれがないと落ち着かない。あいかわらず、時間を止めると言う考えは、私の頭に全く浮かんでこなかった。まるで最初からそんなことできなかったかのように。
「サクヤ、メイリンに聞いてみて。敵はまだそこに居るかって」
「美鈴、今の奴らの様子は?」
「まだ同じ場所に居ますよ。何かごそごそやってます。みんなはどうするんですか?咲夜さんは?」
「そう、まだそこにいるのね」
「いいドラゴンね、ほんと」
そういうと、ユウカは腰かけている美鈴の背中を撫でた。美鈴が、がふっと心地よさそうなため息を吐く。
ユウカに背中を撫でられながら、ちらりと横目で、美鈴がまた私に尋ねてきた。
「ねえ、咲夜さんはどうするんですか?」
「ユウカねえさんはここでこの塔を護るわ。私と美鈴は空を飛んで、奴らの弓矢と魔法を引き付ける。その間に下に居るみんなが、手分けして敵を叩く。‥‥あの斥候の他に敵は見える?」
「ちょっと待ってくださいね」
「私の顔の方に一組。畑の麦が動いてる。風じゃないわ」
私の言葉を聞いて、ユウカが先に応えた。私はその言葉にはっと気が付いて、顔をゆっくりあげる。そうか、そういうさがし方があるんだ。
月明かりの畑に目を凝らす。‥‥その方向は、土が広がる黒い畑だった。たしかジャガイモの畑って言われたっけ。掘り返された畑には、ところどころ月明かりに照らされて影ができた、畝が残るだけ。麦のような「センサー」がない。‥‥見つけるのは、無理か。
‥‥ちょっと待って。ジャガイモの畑って、掘り返した後あんなに大きな畝が残るっけ?
「‥‥!」
いた。畝のように見えるけど、あれは地面に這いつくばった黒づくめ!
「私の方にも、いる。ジャガイモ畑の中に、ごろごろ」
「何人?」
「‥‥10くらい。いくつかは土の塊かもしれないけど」
「よし。合格。目もよくなってるわね。そいつらはさっき私も見つけたわ。二人とも見たのなら見間違いじゃない。数はあんまり気にしない。相手の動きがこっちの想像どおりなのがわかれば十分よ」
さっき私の頭を撫でながら闇を見た一瞬で、ユウカは気が付いていたのだ。ユウカはまた尻尾で私の背中を叩く。いいわ、と。尻尾によるコミュニケーションにも結構慣れてきた。
「用意、できました」
「ドラゴンに隠れながらこっちに来なさい」
さっきのツインテールの女の子が戻ってきた。背中に矢筒をこれでもかと背負って、両手に弓を持って。結局射手はこの子らしい。
彼女はすでに戦闘装束を身に着けていた。さっきの麻の服に、指出しグローブ、片胸だけの皮の鎧。なめし皮のバンダナにひざ当て。柔らかい皮のブーツは、足音を全く立てない。
近くまで来た彼女が、くりっとした目で美鈴の背中に座る私を見上げてくる。‥‥改めて見れば、彼女、どっかで見たような気が。
「えっと」
「あ、そうか、おね―さまが出てった時、わたしまだ小さかったからあんまり会ったことないですもんね。ハタテです。あらためまして」
「あう、は、はじめまして」
今度はあの女烏天狗だった。髪型が微妙に違っていたから気が付かなかった。ちょっとツインテールが短くて銀髪だったってぐらいではあったんだけど。‥‥もしかしてさっきの長髪の人狼も、実は知り合いだったんだろうか。‥‥気付ききれない、そんなの。
「ハタテは放浪の儀には出てないんだけどね。弓の腕なら男以上よ」
「あはは。スタミナはないですけどね」
笑いながら、ハタテは手慣れた様子で使う弓のしなりを確認している。ユウカは満足げにその様子を見ている。
「もうすぐ風が吹く。奴らが煙を焚く前に斥候を吹き飛ばす。ハタテ、援護お願い」
「任されまして」
塔の屋上、外周の柱の上を縁取るようにとぐろを巻いている美鈴。その上に乗ってる私とユウカ。その下の壁の陰で、弓に矢をつがえ、狭間から外を窺うハタテ。私も剣とナイフを確かめ、美鈴と一緒に飛び出す準備をする。
‥‥ちょっとまって、吹き飛ばすって言った?
「いくわよ」
いつの間にかユウカは弓矢を引き絞っていた。口元が小さく動いている。‥‥呪文!?
矢じりがうっすらと輝いた、次の瞬間。
「走れ!」
きゅん!
「!」
弦が空気を切る音だけを残して、矢が暗闇に向かって飛んでいく。「向うが気が付いた!」と美鈴が目を開いた、直後。森の手前がまばゆい光とともに爆発する!
「‥‥ふえっ」
「練習したのよ。あなたが出てってからね」
ほんのり得意げに言うユウカ。「あ、すごい。全員吹っ飛ばした」と美鈴の間延びした声。
矢の速さじゃ無い!あんなの!あんな距離、一瞬で!しかもあの威力、何事?
「ユウカ姉さんの弓は音より早いんだよ!サクヤねーさま、頑張って!」
「‥‥」
ぽかんと口を開ける私の耳にとどく、ハタテの得意げな声と応援。私はコックリ頷く。
「よしっ。サクヤ!お願い!」
「う、うん!」
目を細めて手ごたえを確認すると、一撃で斥候隊を葬ったユウカは美鈴の背から降りる。我に返った私は美鈴の背中を駆け、首筋の定位置に。「美鈴!」と声を上げると同時に、『おう!』と獣の声が響く。‥‥美鈴また龍に成りきってる?
ふわりと宙に浮く。全周から、空気を切る音。弓矢!
「二人とも気を付けて!矢が来る!」
「りょうかいっ!」
ハタテが振り向かずに答える。ぐん、と美鈴が高度を上げる。その直後、塔の壁から無数に響く硬い音!
「慌てて放ったわね。狙いが滅茶苦茶、火も付けてこない。ハタテ。味方に当てるんじゃないよ」
「がってん!」
ユウカに応え、ハタテが弓を引き絞り、無造作に放つ。私の目はそれを追う。月明かりに煌めく矢じりは、闇の中をすさまじい速さで飛んでいき、ジャガイモ畑に転がる”畝”の一つに吸い込まれるように突き刺さる!吹き上がる血しぶき。すごい!留守を守るため村に残った精鋭ってのは伊達じゃない!ハタテが嬉しそうに笑ってこっちに向かってこぶしを上げている。私もこぶしを上げて応え、美鈴に叫んだ。
「美鈴!派手に飛んで!なるべく目立って、敵の狙いをこっちに!」
『しっかり掴まっててくださいねーっ!行くよご主人!』
ご主人と来たか。ツッコむ余裕は私になかった。美鈴は大音量で吠えると、月に向かって急加速する。何とか鱗にひっかけた足を保ち、たてがみを掴んで振り落されないようにする。
「まずは一周!村と畑の境目をぐるっと回って!相手を混乱させて!」
『あいよ!』
どんなキャラ!?
美鈴は空まで駆け上がったかと思うと、またあのヘアピン曲芸飛行で方向転換。森に向かって大きな曲線を描きながら村を周回する軌道に入る。目を凝らす、美鈴のたてがみの向こう側。ざわざわと風もないのにうごめく麦畑!
「居るわね」
『食べていいですか』
「我慢しなさい」
ふがふがとおねだりをしてくる美鈴の頭をはたいてツッコむ。‥‥飛び掛かりたいのは私も同じだ。のどの奥から湧いてくる狼の呻り声を何とかこらえる。ああ、こんなに血の気多かったっけかなぁ、私!
ぎゃん!
『うわ!』
「魔法っ!?」
耳障りな音を立てて、白い光弾が私達をかすめる。普段弾幕ごっこやってる私達からすれば、こんな単純な軌道の弾、目をつむってても避けられる。密度も低いし。でも、間違っても当ってやるわけにはいかない。あの光弾、どれだけの威力があるか分からない。弾幕ごっこの弾と本気の魔法の弾、どっちが当たったらマズイかなんて、いうまでもない。
ぱっ、ぱっ、と畑のあちこちが光り、そこから光弾が私達に向かって飛んでくる。たまに矢も混じる。矢は距離さえ取れば当たらないけど、あまり離れてしまえば狙いが村に向かう。それでは囮の役を果たさない。美鈴の背中を叩き、一気に高度を下げて、私達は畑に向かって魔法と矢をかいくぐりながら突進する。
「うおおおおおお!」
周囲に無数の風切音。魔法と矢が私達を狙ってる音。自然と牙が唇から覗く。全身の毛がざわめく。興奮しっぱなし。私。
正面の畑に煌めく無数の光。美鈴はぐるりと体を横に1回転。らせんを描いて光弾を躱す。ああ、うっとおしい!
きゅぼっ!
「!」
突然畑が爆発し、魔法の光がやんだ。今のはユウカ姉さんの矢!
確実な援護射撃に、私の恐怖が吹っ飛ぶ。
「美鈴!もっと速く、低く飛んで!奴らを怖がらせてあぶりだすっ!あとはみんなが何とかしてくれるっ!」
『りょうかい!』
私の言葉に、さらに速度を上げる美鈴。ジャガイモ畑の上に差し掛かる。畝がうごめき、次々と立ち上がる。動かなきゃいいのに、バカなの!?
立ち上がった畝を通り越す。後ろから空気を割く音。短剣を引き抜くと、振り向きざまに音に向かって振る。飛び散る火花。私を狙って飛んできた矢は砕けて散った。
後ろを向いたその視界の先、立ち上がってこちらを狙っていた畝が、次々ともんどりうって地面に転がっていく。ハタテちゃんの矢だ。‥‥すごい。まるで機関銃。
『さくやさん、前っ!馬が居ます!』
「いい加減呼び方決めて!」
美鈴の声に怒鳴り返しながら前方を振り向く。気が付けば私達はちょうど村を一周していた。月明かりに照らされた森の手前、斥候隊が居た当たりに騎兵隊の一団!土煙が上がっている。あっちに本隊が居た!?それに、あんなに!?‥‥まずい、しかも風上!あれだけ人数が居たら、きっと誰かが煙玉を持ってる!
「おおおおおおおおお!」
――――馬と本隊が風上に居る!数が多い!私と美鈴が引き受ける!
気が付けば、私は天に向かって吠えていた。一瞬で突撃の覚悟を決めて。私の声に、間髪入れず、村から返る別の遠吠え。ユウカ姉さんの声!
―――― お願い!
がんばります!
「美鈴!あいつらやっつける!煙を焚かせるな!」
『おおおお!』
私を乗せた美鈴が本体に向かって突っ込んでいく。目の前から、無数の白い光。魔法っ!
美鈴はさっきと同じように体をひねり――――
ぼんっ!
『あ痛っ!いてっ!このっ!』
「美鈴!」
魔法が美鈴の腹に次々と命中する!身を捩っても、魔法は次々と当る。追尾されてる!?
「美鈴高度を上げて!弾が追いかけてくる!」
『ぬうううう!』
美鈴が全身をぶるりと震わせた。鱗がざわめく!
ぼん、ぼぼぼん!
『ぬうああああああああ!』
「わっ!?」
絶叫と共に、美鈴が突然減速し、鎌首をもたげた。体を襲う強烈な減速度に、私は美鈴のたてがみに体を押し付けられる。美鈴の鱗にくっついた耳に伝わる、ものすごい風の音。風切音じゃない!美鈴が息を吸ってる!
「め、美鈴なにを!」
『いってーなこのやろーっ!』
「!?」
があっ!
怒鳴り声と共に、私の目の前で光が爆発する!美鈴の口から吐き出されたのは、月夜に煌めく、無数の光弾を纏った虹!
どぼぼぼぼおっ!
一瞬月夜が昼間に変わった。
美鈴の吐いた虹は疾走してくる騎馬兵たちに突き刺さり、派手な光をまき散らしながら地面ごと切り裂く。後に残るのは、焦げた大地と、一瞬にして壊滅し、うめき声を上げる影達だけ。もう、あたりに敵の気配は無い。たったの一撃で、美鈴は本隊を吹っ飛ばしてしまった。‥‥ドラゴンライダーが一騎当千と言うのは、大げさではなかった。
「‥‥‥あは」
『はははははー!どーだ!参ったかお前らー!ははははははー!』
美鈴の得意げな笑い声が聞こえる。
――――色鮮やかに虹色な――――
彼女の高笑いを聞きながら、呆然とする私の頭によぎるのは、誰が呼んだか、幻想郷で名づけられた華やかな彼女の2つ名で。
『見たか、私の彩符「極彩颱風」!チクチクチクチク痛いんだよ!うっとおしい!』
ピクリとも動かない彼らに向かって大口を開けて吠える美鈴。スペルカードの名前を呼ぶ当たり、ちょっとは美鈴に戻ってる‥‥んだろうか。
『さあ、ご主人!次のっ!獲物はどこですかっ!さっさと片付けて、またあの”お鍋”喰いましょうっ!』
戻ってなかった。全然戻ってなかった。でも、私もそんな彼女に突っ込めるような状態じゃなくて。
「‥‥はは、あははは!行くわよメイリン!残りの奴らもさっさと片付けて、宴会やるよ!」
『いやっほう!』
一瞬にして大軍の敵が吹っ飛ぶ姿を目の当たりにした私の狼脳は、すっかり興奮していた。口の端を上げながら、気勢を上げる。
方向を変えたむこう側、麦畑の中に、かすかに飛ぶ火花。攻め手の一組が切り結んでいるらしい。美鈴のたてがみを掴み、私達はその方向に向かって突進する。
もう魔法の光も見えないし弓矢の音も聞こえない。敵の射手は全滅したらしい。ユウカもハタテも、すごい。
オオオオオオーン!
――――私の分も残しておいてよ!こっちは終わった!
――――いいわよ!おいで!
天に向かって怒鳴る。狼の声で。それにこたえるのは楽しそうなアマゾネスの声。あのロングヘアの先輩人狼だ。すでにこちらが優勢のよう。彼女の声が、笑っている。
勝ち戦の予感に、涎が口の端からこぼれた。‥‥あの汁物を思い出して。
‥‥あははは。ああー、もう、どうにでもなれっての。
「美鈴!森から残党が来ないか空から見張れ!出てきたら喰っちゃえ!」
『りょうかいご主人!』
麦畑の上まで来たところで、私は美鈴の背から飛び降りた。麦畑の中、逃げ惑う影の背中が迫る。
「あははははははは!」
「ひ、ひいいいいいい!」
天から響く私の笑い声を聞いて、逃げる黒ずくめが少女の声で悲鳴を上げる。
だめよ。逃がしてやんないんだから。
――――ああ、お嬢様、元気ですか。
私は何とか元気です。健気なヒロイン?やってます。
「がるうううっ!」
「ぎゃああああああ!」
――――ただし、狼になっちゃいましたけどねっ!
切り裂いた影の、生暖かい血しぶきを浴びながら、私はギラギラとした赤い目で、とてもとてもうれしそうに、笑っていた。
‥‥あはは。いいわよ。もう、こうなったら、とことん付き合ってやろうじゃないの。
――――そんなわけで、お嬢様。しばしの間、“十六夜咲夜”は御暇いただきます。何も言わず、何も言えずに旅立つ非礼を何卒お許しください。
――――そして、これからよろしく。
――――虹の龍、美鈴。ドラゴンライダー、”サクヤ”――――
「いや、いやだ、痛い、痛いよ、み、見逃して、もう私戦えない!お願い、お願い!殺さないで!いやだあああああ!」
「喚くなっ!見苦しいっ!」
「ひぎゃああああああああ!」
――――狼の、私っ!
続く。
■第2話
■第1話
黒ずくめたちとの、戦いの後。
荒らされた村の後始末は、村の女性達総出で、狼幽香の指揮によりテキパキと進んでいった。家や畑の消火には少し手間がかかるものと思ったけど、美鈴が「多分平気です」といって燃え残った火を尻尾や体を使って叩いて消して行った。‥‥たぶん、本の中だけじゃなく普段でもできるんだろう。こういうのを見てると、彼女は妖怪なんだということを改めて分からされるような気がする。
火を消し、壊れた柵を片付け、死んだものたちを埋葬し終えた頃には、すっかり日は傾いていた。
‥‥本来、この村の人々と私は、全く縁もゆかりもない。
人狼たちの葬儀は、私の知っている人間のそれに比べれば、随分とあっさりしたものだった。
でも、村に漂う、弔いの雰囲気は、私の心をぎりぎりと締め付けて。
わけもわからず、私は涙をこぼしていた。
****************
夜。人狼の村で唯一の石造りの建物である円塔の下に、村人が集まってたき火を囲んでいた。れみりあを含めた子供と老人は、塔の中で寝ている。美鈴は止まり木替わりといって塔の天辺に陣取って空を見ていた。”ユウカおねえちゃん”も塔の上で美鈴と見張りをしている。私は、焚火のそば。
‥‥正直、美鈴が村人たちから離れていてくれる方が私にも有難かった。村人たちは美鈴に興味津々で、寄ってたかって撫で繰り回してきたのだ。
彼女らにとってもドラゴンと言う生き物は普段あまり接しないうえに、危険な生き物らしい。飼い主‥‥私のような“ドラゴンライダー”が居ないととても近づけないそうで。最初は美鈴も呑気に撫でられるがままだったのだが、誰かが髭を引っ張り出した途端、不機嫌そうにふがふが言い始めたので私はあわてて止めた。さっきの戦いのように、万が一にもまた我を忘れるようなことがあれば大変だから。
‥‥それに、珍獣扱いされるのは美鈴だけではないわけであって。
「サクヤちゃん!あらあらあらー!綺麗な狼になったわー!村を出るときはこーんなちいちゃかったのにねー!」
「疲れたでしょう、ほら、こっち、もっと焚火に寄りなさいよ」
「干し肉のおかゆ、たべる?」
「あの、と、とりあえずだいじょうぶですから、ね、あの、そんなに撫でなくても、あう」
「だって、あのサクヤちゃんが帰ってきたのよ!しかもドラゴンライダーになって!男どもが帰ってきたら一番に言わなきゃ!お祭りしなきゃ!」
「あ、抱き付かないで、血が」
「勇敢な戦士の証よ!気にするわけないじゃない!」
「うう」
埋葬の時の沈鬱な空気から一変し、たき火の周りは、いや、私の周りはちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
黒ずくめたちの残党による夜襲を警戒するということで、塔の中に老人や子供たちを入れて、若い女性たちが外でたき火を囲みながら寝ずの番をすることになったのだが、そこで私は彼女らにもみくちゃにされていた。
弔いの宴も兼ねているため、警戒と言いながら酒を飲んでいるひともいる。すこしほろ酔い気味の人狼の女性たちにとって、「ドラゴンライダーになって戻ってきたユウカの妹のサクヤちゃん」――――わたし――――は格好の酒のおつまみになっていた。
私は昼間戦ったあとのママの恰好で。顔や髪、手に付いた血は多少拭って落としたけど、着ている血まみれの服はそのまんま。何でもこれが、戦士の証、らしい。
まだ「サクヤ」役になりきれないまま、適当に話を合わせながら女性たちから聞きだした話を繋げると、ここは人狼だけの村。女や子供、戦に出かけているという男も合わせて、だいたい200人くらい。今残っているのは80人ほど。ほとんどが幼い子供と、老人。若い人狼はせいぜい30人くらいだった。
人狼はやっぱり人間に比べるとかなり強くって、普段は農業やってるけども、大きな戦争があると男たちは傭兵として戦に出かけていくらしい。この村の頭数で人狼部隊1つ分‥‥50人くらいだそうだ。戦えない若い男子や老人(男)も手伝いとして連れて行かれるので、実際はもっと大所帯。人狼部隊1つで、人間の同じ人数の部隊5つ分だとか。そのために人狼や、その他獣人の部隊をどれだけ擁しているかで国の強さまで変わってくるそうだ。‥‥それでも私のような「ドラゴンライダー」は別格だそうで。
ドラゴンライダーは危険なドラゴンを手なずけて戦いをする者の事で、種族は関係なくそう呼ばれるという。人間やエルフ、妖精や妖怪のドラゴンライダーもいるらしい。だいたい1人のドラゴンライダーで人狼部隊3つ分だとか、5つ分だとか。‥‥そうなれば、私と美鈴は人間の部隊25個相手にしても平気らしい。50人かける25‥‥1,000人超えた。一騎当千を地で行ってる。‥‥ちょっと信じられない。とにかく、そんなに強いもんだから、大抵のドラゴンライダーは国のお抱えの兵士だそう。流れの傭兵みたいなことをしているのもいるそうだけど。
閑話休題。そんな根っからの戦闘種族な彼ら人狼にとって、敵兵の返り血で染まった服なんていうのは、とても凛々しい姿になるわけで。特に今の私みたいな姿は。そして、生まれつき化け物で戦士なのがうじゃうじゃいるこの村、人間から見れば、特に敵対している人間には危険極まりない存在と言うことになる。なんというか、地底の旧都や妖怪の山がいきなり人里の隣にどん、とあるようなもの。他にもこの世界にはいろいろ妖怪や化け物が居るらしいけど、これだけ人間に近いところに居るのは人狼くらいなのだそう。
だから、今日のようなことになるらしい。
「だけど、あの人間共。馬もつれてこないなんて、舐められたもんよね」
「私達も油断してた。最初に火を付けられたのは失敗だった。鼻が使えなくなったし」
「あの煙玉!よくもまああんなもの考え付くもんだわ。自分たちの死体まで練り込んで」
「よっぽど嫌われたわね、私達も。鬼じゃないってのに」
「次に来たら皆殺しにしてやろうね」
「皆殺しはダメよ。それは男どもが帰ってきてからだわ。頭に血のぼった奴らに繰り返し援軍を送られたら、先にへばるのはこっちよ」
「でも今はサクヤちゃんがいるわ」
「それでもよ。戦の準備だって十分じゃないのに」
「あー、くやしいな。私の妹、殺されちゃった‥‥西の国の奴ら、絶対に許さない。噛んで千切ってはらわた引きずり出して、今日の奴らみたいに鍋で煮込んで、妹の墓に供えてやらないと」
「できたじゃない。サクヤが仕留めてくれたから」
「妹を殺した奴は逃げたわ」
‥‥うん、瀟洒じゃない。この会話。怖い。彼女達が口にした通り、倒された黒ずくめは“鈴仙副長”以下、首だけ埋葬されて、全員大鍋の中に入れられて死者への供物になった。南無。‥‥あまり詳しくは思い出したくない光景だった。
今日襲ってきた彼ら黒ずくめは、“西の国”の兵隊らしい。なんでも、この国が、いや、この村の男たちが戦っている相手らしい。人狼部隊は相手の国にとってはとんでもない脅威。隠密部隊を送り込んで村を先に潰しに来たらしい。そうすれば、前線の男たちが急いで帰るからと。今までもこんなことはよくあって、そのたびに返り討ちにしてきたそうなのだが、今日は不意打ちをされたらしい。あの、私と美鈴が嗅いだ異臭のする煙。あれが今回の彼らの秘密兵器で、あれが人狼の鼻を潰し、動きを鈍らせるらしい。私には、あの煙はあまり効かなかった。‥‥すっごい臭かったけど。
女性たちも普通の人間に比べりゃ十分強いのだけど、そうやってハンデを負わされたうえ、まともに戦えるのはそのユウカ含めた若手30人だけしかいなかったそうなのだ。なんでも、大きな戦いであるため今回は女性の人狼も、戦闘員として男に大分ついて行ったらしい。そんな、普段よりも手薄になった村へあの黒ずくめ達が大挙して襲ってきたのだ。人狼達もそこは一応警戒していたらしく、若手の中に“ユウカおねえちゃん”以下、十数人の精鋭を残していたのだが、いくら人狼が人間より強いとはいえ、煙玉によるハンデ付きで子供や老人を護りながら頭数で10倍以上の敵を相手にするのは相当きつかった。煙玉で鼻を潰され、奇襲されたためろくな武器も持てずに追い詰められ、あわや全滅かと思われたその時、現れたのが私と美鈴だったというわけで。
‥‥興奮しててよく覚えてなかったんだけど、そうなると300人くらいいたんだ、あの黒ずくめ。よく勝てたなぁ、私達。1000人相手にできるって本当かも。
「ところで、サクヤちゃん、それ、食べないの?」
「えっ」
人狼の一人が、私の手の中の椀を眺めながら訪ねてくる。ぼんやり彼女達のおっかない会話を聞いていた私は突然話を振られてびくりとふりむく。
銀のロングヘアが似合う、綺麗な若い女性の人狼。見た限り、知り合いの人妖で似ている人はいない。たぶん、この本オリジナルの登場人物。彼女もさっき言った“精鋭”の一人で、私に負けず劣らず豪快に返り血を浴びた服もそのままに、皆とたき火を囲んで強い酒を飲んでいる。頬に二本走った刀傷がとってもアマゾネス。昼間の戦いでは、農作業用の鍬で黒ずくめたちを随分な数倒したらしい。‥‥いざという時武器になるよう、この村の鍬は、先端が刃物のように研いである上に、柄に鉄が巻き付けてある凶器仕様。‥‥怖い村だ。
「どうしたの?お腹いっぱいだったの?」
「まあ、さっき、肉も食べたし‥‥」
「ダメよ。敵味方併せた弔いなんだから。ちょっとでもいいから食べなくちゃ。例え憎い相手でも獲物には敬意を払わないと」
「う、うん‥‥」
「サクヤはこれ、初めてだもんね」
椀を満たす汁物は、件の大鍋の中身と同じで。
‥‥「十六夜咲夜」にそういう“ケ”は無い。できれば遠慮したい。でも、「サクヤ」は、その椀のにおいを嗅いで涎を垂らす。正直に言うと、滅茶苦茶おいしそう。ミスティアやルーミアとか、妖怪の気持ちが今ならわかる。人間てのはこんなにオイシソウな物だったなんて。
ちなみに美鈴は、「ごほうびよ」とユウカに別の鍋に分けられたそれを、皆が遠巻きに見る中美味しそうにがふがふ食べていた。躊躇ないわね、美鈴。
人狼はあいかわらずふわりと笑って汁物を進めてくる。
「こいつら、ほとんどあなたが仕留めたんだから。遠慮することはないわよ」
「そうですよー。ああー、サクヤねーさまはもう味見してたのよね。あの剣士、その場で食べちゃってたわよね。かっこよかった。体が震えちゃいました!」
別の人狼少女まで割り込んでくる。短いツインテールのなんだかカルい子。申し訳程度のそれは、なんだか無理矢理結んでいるような様子。私をおねーさまと呼び、さっきの戦いを思い出して感激している。‥‥悪いけど、あの剣士はとりあえず不味かった。なんでかは知らないけど。
「あ、あは‥‥」
頬を掻きながら気の抜けた笑いをあげる。普段だったらお嬢様の前でこんな仕草なんかしないんだけど。これも人狼サクヤになったせいなのだろうか。
とりあえず、椀の中身を見る。おいしそう。‥‥ここが本の中というなら、我慢はできる。すでに戦いのときさんざ人間は殺しちゃったわけだし、心の中の私はこれを食べたがってるし。色々な一線はとっくに踏み越えてる。心配なのは、これが元に戻った時でも味を覚えちゃってたらどうしようとか、そういうところで。
「ほら、サクヤおねーさま」
「‥‥」
少女に促され、椀を見つめる。そのにおいを嗅いで、私のお腹が、ぐう、と鳴った。
それを聞いたロングヘアの人狼が、にっこりと笑いかけてきた。
「ほら、お腹空いてるんでしょ?食べなって」
「む‥‥」
人間咲夜の抵抗心は狼の本能に勝てなかった。我慢できず、私はそっと口を付ける。
「!!!!」
鼻を通り抜けるその香り。
次の瞬間、私は無我夢中で牙を剥いて汁をすすっていた。あっというまに、椀は空になっていた。
二人の人狼が笑いながらこっちを見ている。
「おかわり、いる?」
「むい」
ああ、たべちゃった。しかもおかわりとかっ。
‥‥ったく、本当にこの本、ろくでもないことばっかり体験させるんだから!
***************
「あれ、咲夜さん、美味しそうな匂いがしますね」
「‥‥美鈴だってさっきさんざ、食べてたでしょ」
「ああ、あれですか。結構おいしかったですよね」
「‥‥さっぱりしてるわね」
「結構こってりしてましたよ?あれ」
「あなたの性格の話よ」
「すごい‥‥本当にドラゴンと喋れるのね‥‥」
たき火やその他色々で大分火照った体を冷まそうと、塔の天辺まで上った私を待っていたのは、外周に腰までの高さの壁のある平たい屋上で、塀の上にうまく乗って大きく丸くとぐろを巻く美鈴と、彼女のふかふかのたてがみに腰を掛けて外を向き、辺りを警戒しているユウカだった。二人はいつの間に仲良くなったんだろう。美鈴が気にしていないだけなのか。
ユウカは相変わらずの皮のジャケットに、片手に弓矢を持ち背中に矢筒を背負っている。半月が照らす野山は意外と明るい。ユウカは私と美鈴の会話の様子に目を細めていた。美鈴の頭を一回撫でると、私はユウカに尋ねてみる。
「仲良くなったの?美鈴と」
「たぶんね。結構優しいのね、この子」
「‥‥ね、ねえさんはホントに分からないの?美鈴の言葉」
「わからない。がふがふ言ってるようにしか聞こえない。あなたは普通にしゃべりかけて、この子はそれに相槌うってるけど、私達の言葉分かるのかしら?」
「んー‥‥」
「ねえ咲夜さん、この人はなんて言ってるんです?」
「ドラゴンと喋れるのねって。そう、美鈴はやっぱりみんなの言葉わからないんだ」
「うにゃうにゃ言ってるようにしか聞こえませんよ。でもこの人はいい人ですね」
「へえ」
「良い匂いがしますから」
「なんなのよそれ」
「‥‥やっぱり魔法だわ。すごい。普通にしゃべるだけでドラゴンが狼の言葉を解するなんて」
「魔法‥‥」
ユウカはそう言って笑うと、また周りを見渡し始める。魔法と言われてもあまり実感がわかないけど。リグルやミスティアが虫や鳥に話しかけてるのと同じだと思えば、こんなのは見慣れた光景であるし。
美鈴に目配せしてから、美鈴の背中‥‥ユウカの隣、に背中合わせのように腰かける。血で汚れた服でふかふかのたてがみに座るのは気が引けたので、マントを敷いて。ユウカはちらりとこちらを見ると、少し微笑み、また前を向いた。美鈴は相変わらず空や周りの様子を見ていた。
「そうやって甘えてくるところは昔と変わらないのね」
「え」
「そうだったでしょ。私が外に出かければ、後ろから必死についてきて。ドラゴンライダーになっても、変わらないのね」
「‥‥な、なんか、落ち着かなかったから。頼りないかしら」
「ふふ。別に。うれしいなって思っただけよ」
ユウカの、人狼の耳や銀髪が月明かりに照らされてうっすらと輝いている。彼女の匂いがふわりと夜風に乗って漂ってくる。その匂いが、妙に私を安心させる。
いきなりわけもわからない世界に放り込まれて、とんでもない目にあって。色々と消耗した心に、その安心感はとても心地よかった。‥‥どうしよう。帰っても幽香に甘えるようになっちゃったら。
ぼんやりそんなことを考えていると、突然、頭に柔らかい手のひらの感触が。
「ひゃう」
「母さんが、生きていればね‥‥あなたの姿、見せたかったわ」
ユウカが微笑みながら、私の頭を撫でていた。がしゃがしゃと矢筒を鳴らして。結構荒っぽい撫で方だけど、感触は凄い柔らかい。髪の毛が揺らされて、私の狼の耳をくすぐる。私の尻尾が振られて、ぽふぽふとユウカを叩いている。
‥‥“サクヤ”の母親は、もうこの世にはいなかった。戦いの後始末が終わった後で、ユウカとれみりあに案内されてついて行った墓地の一角。小さな石の柱が立ち並ぶ場所に、母さんだという人狼の墓があった。私の“妹”、れみりあを産んだ時、死んでしまったらしい。それからはユウカが母親代わりに彼女を育てていたそうだ。
知りもしない母親の姿を思い浮かべるなんてことはできなかったけど、墓石に触れた瞬間、ただひたすら懐かしい匂いが漂って来た時にはどうしようかと思った。ぐしゃぐしゃと心をかき回されるような、懐かしくて心地よい匂い。そのとき、私の目からは思わず涙がこぼれていた。‥‥また本にやられた。ホントに。まったく。変なところで泣かせないでよね。
父親はまだ生きているそうで、今回の戦に出かけているそう。ユウカによれば「まだまだ割とハンサム」とのことだけど。人狼基準でハンサムって、どんな姿なんだろう。‥‥顔だけまんま狼とかかしら。
ユウカの言葉で昼間のことを思い出し、見知らぬ父親の姿をまた想像していた私だったけど、そのうちその姿がクマみたいなごっつい筋肉の塊になってきたので、私はそのことについて考えるのをやめた。クマって、それはちょっとご遠慮したい。‥‥話題を変えようと、背中越しに、ユウカに尋ねかけてみる。
「今日の奴ら、また襲ってくるわよね」
もうちょっと物騒でない話題を選びたかったけど、心配に思っていたことでもあり、するりと口から出てしまった。頭に、すやすやと眠っているであろう、れみりあの姿がよぎる。
ユウカねえさんは振り向きもせず、パタリと尻尾を振った。
「‥‥来るわね」
「やっぱり?」
「サクヤはどう思うの」
「‥‥来る。奴らからはここら辺とよく似た森の匂いとたき火の匂いがしたの。きっと近くに拠点がある」
「うん。鼻が利くようになったわね。‥‥ホントなら、すぐにでもそこを叩きたいんだけど。手空きの今、そっちに手を割くわけにいかないし」
「私が行く?美鈴と」
ん?と美鈴が首をこちらに向ける。ユウカの言葉はわからないまでも私達の会話はちゃんと聞いていたらしい。「いい相棒ね。よく気が付く」と笑いながら、ユウカは首を振った。
「お願いしたいけど、今はここに居て。風が止まってて、周りの様子がよくわからない。下手に動いて、あなたと、この村とが引き離されたら、また昼間みたいなことになる」
「‥‥わかった。ここに居る」
返事をした私に、こんどはがふ、と美鈴が話しかけてきた。
「どんなこと話してるか想像つきますが。それが良いですよ。咲夜さん」
「美鈴?」
「‥‥大きな声出さないでくださいね‥‥アイツら、またすぐ近くまで来た」
「なっ!」
「偵察みたいです。数人だけ。森が切れるところ、平原の入り口にいます。這ってこっちににじり寄ってる。数が少ない。きっと本隊は別に居ます」
美鈴の警告に、私の心臓が早鐘を打ち出す。昼間の奴らが、また?
ユウカが、片眉を上げて何事かと尋ねてくる。
「どうしたの?」
「慌てたら気づかれます。奴らこっちを見てる。なんか望遠鏡みたいなもので私を見てる。“おねえさん”にもそう伝えてください」
「サクヤ?ドラゴンは何て言った?」
「森の手前に、奴らの斥候が。こっちを見てる。動くなって」
「!」
背中越しにユウカが緊張したのが伝わる。美鈴の視線は、ユウカを12時とするなら、3時の方向。私は6時の方向を向いている。ユウカに方角を伝える。彼女が舌打ちをしている。
「‥‥今は凪いでるけど、夜遅くになればそっちの方から風が吹く。やつら風上に回ったわね。またあの煙玉を使う気だわ」
「どうするの?」
「こっちにドラゴンが居る以上、こんどは接近戦で来ない。弓矢か、魔法か。煙玉で私達の鼻を潰しておいて、周り中から乱れ撃ちってとこかしらね」
「さっきは、どうして」
「女子供しかいない上に、煙玉で鈍くなった私達なら勝てると思ったんでしょ。馬で来れば砂煙で気づかれるから、あえて徒歩で忍び寄って。しかも真昼間に」
ユウカは振りかえると静かに私の頭を撫でる。さり気ないふりをして周りを見渡すためだということはすぐに分かった。せわしなく動くユウカの目が、私の頭越しに暗闇の中を探っている。
「そんなんじゃなくて最初から飛び道具で来ればよかったのに。指揮官が突っ走ったんだわ、きっと。そうしたら死人も少なかったはず」
「‥‥」
「結果論だけどね。まさかドラゴンが来るなんて思いもしなかったでしょうから」
ユウカは弓矢を左手に持ち替えると、右手を手前に引く。気が付かなかったけど、一本のロープがその手には握られていた。それは塔の床の穴につながっている。ロープはじわりと、リズムを持って動く。
何回か引っ張った時、屋上につながる階段の入り口に、ひょこりと銀髪が覗いた。あの「おねーさま」のツインテール狼少女だった。
「ユウカさん」
「敵よ。ヨモギ草の森の手前に奴らの斥候。たぶん弓か魔法が来る。煙玉と火矢に備えて。奴らに気づかれないように。煙を焚かれる前に私が斥候を叩く。それまでに分隊を4つ組め。攻め手3組。守り手1組。あと替えの弓矢と、射手を一人。いそげ」
「はい」
振りかえりもせずに少女に短く指令を与えると、ユウカは大きく伸びをした。
「私は、どうするの」
「あなたと私は、ここよ。守り手は下で、私はここでこの塔を護る。あなたはことが始まったら、この村の空に上がって。‥‥相手の目と矢を引き付けて。その間に攻め手が相手を倒すわ。あまり遠くに行かないで。目的はこの村を守ること。ドラゴンがここに居れば、敵はおいそれと村に近づいてこないわ」
「囮、ね」
「‥‥ごめんなさい。でも、これはあなた達にしかできないから」
「大丈夫。やれる」
「‥‥おねがい」
「うん」
ぽふ、と尻尾でユウカの背中を叩く。いつの間にか思い通りに動かせるようになっていた。ユウカの尻尾が答えてくる。
ちらりと彼女の手元を見れば、いつの間にか一本の矢が右手に握られていた。伸びをするふりをして引き抜いたのだ。
「もうすぐ風が動くわ。その前に斥候を倒す。戦いが始まるわよ。動けるわね」
「うん」
牙を剥いて答える私。緊張感に、尻尾が逆立っているのがわかる。弾幕勝負の前の皮肉の言い合いをしている時のような、高揚感。腰の短剣をそっと撫でる。剣は昼間の間に研いだ。ついでに、敵から奪ったナイフも両足と胸元に2本ずつ、計6本。やっぱりこれがないと落ち着かない。あいかわらず、時間を止めると言う考えは、私の頭に全く浮かんでこなかった。まるで最初からそんなことできなかったかのように。
「サクヤ、メイリンに聞いてみて。敵はまだそこに居るかって」
「美鈴、今の奴らの様子は?」
「まだ同じ場所に居ますよ。何かごそごそやってます。みんなはどうするんですか?咲夜さんは?」
「そう、まだそこにいるのね」
「いいドラゴンね、ほんと」
そういうと、ユウカは腰かけている美鈴の背中を撫でた。美鈴が、がふっと心地よさそうなため息を吐く。
ユウカに背中を撫でられながら、ちらりと横目で、美鈴がまた私に尋ねてきた。
「ねえ、咲夜さんはどうするんですか?」
「ユウカねえさんはここでこの塔を護るわ。私と美鈴は空を飛んで、奴らの弓矢と魔法を引き付ける。その間に下に居るみんなが、手分けして敵を叩く。‥‥あの斥候の他に敵は見える?」
「ちょっと待ってくださいね」
「私の顔の方に一組。畑の麦が動いてる。風じゃないわ」
私の言葉を聞いて、ユウカが先に応えた。私はその言葉にはっと気が付いて、顔をゆっくりあげる。そうか、そういうさがし方があるんだ。
月明かりの畑に目を凝らす。‥‥その方向は、土が広がる黒い畑だった。たしかジャガイモの畑って言われたっけ。掘り返された畑には、ところどころ月明かりに照らされて影ができた、畝が残るだけ。麦のような「センサー」がない。‥‥見つけるのは、無理か。
‥‥ちょっと待って。ジャガイモの畑って、掘り返した後あんなに大きな畝が残るっけ?
「‥‥!」
いた。畝のように見えるけど、あれは地面に這いつくばった黒づくめ!
「私の方にも、いる。ジャガイモ畑の中に、ごろごろ」
「何人?」
「‥‥10くらい。いくつかは土の塊かもしれないけど」
「よし。合格。目もよくなってるわね。そいつらはさっき私も見つけたわ。二人とも見たのなら見間違いじゃない。数はあんまり気にしない。相手の動きがこっちの想像どおりなのがわかれば十分よ」
さっき私の頭を撫でながら闇を見た一瞬で、ユウカは気が付いていたのだ。ユウカはまた尻尾で私の背中を叩く。いいわ、と。尻尾によるコミュニケーションにも結構慣れてきた。
「用意、できました」
「ドラゴンに隠れながらこっちに来なさい」
さっきのツインテールの女の子が戻ってきた。背中に矢筒をこれでもかと背負って、両手に弓を持って。結局射手はこの子らしい。
彼女はすでに戦闘装束を身に着けていた。さっきの麻の服に、指出しグローブ、片胸だけの皮の鎧。なめし皮のバンダナにひざ当て。柔らかい皮のブーツは、足音を全く立てない。
近くまで来た彼女が、くりっとした目で美鈴の背中に座る私を見上げてくる。‥‥改めて見れば、彼女、どっかで見たような気が。
「えっと」
「あ、そうか、おね―さまが出てった時、わたしまだ小さかったからあんまり会ったことないですもんね。ハタテです。あらためまして」
「あう、は、はじめまして」
今度はあの女烏天狗だった。髪型が微妙に違っていたから気が付かなかった。ちょっとツインテールが短くて銀髪だったってぐらいではあったんだけど。‥‥もしかしてさっきの長髪の人狼も、実は知り合いだったんだろうか。‥‥気付ききれない、そんなの。
「ハタテは放浪の儀には出てないんだけどね。弓の腕なら男以上よ」
「あはは。スタミナはないですけどね」
笑いながら、ハタテは手慣れた様子で使う弓のしなりを確認している。ユウカは満足げにその様子を見ている。
「もうすぐ風が吹く。奴らが煙を焚く前に斥候を吹き飛ばす。ハタテ、援護お願い」
「任されまして」
塔の屋上、外周の柱の上を縁取るようにとぐろを巻いている美鈴。その上に乗ってる私とユウカ。その下の壁の陰で、弓に矢をつがえ、狭間から外を窺うハタテ。私も剣とナイフを確かめ、美鈴と一緒に飛び出す準備をする。
‥‥ちょっとまって、吹き飛ばすって言った?
「いくわよ」
いつの間にかユウカは弓矢を引き絞っていた。口元が小さく動いている。‥‥呪文!?
矢じりがうっすらと輝いた、次の瞬間。
「走れ!」
きゅん!
「!」
弦が空気を切る音だけを残して、矢が暗闇に向かって飛んでいく。「向うが気が付いた!」と美鈴が目を開いた、直後。森の手前がまばゆい光とともに爆発する!
「‥‥ふえっ」
「練習したのよ。あなたが出てってからね」
ほんのり得意げに言うユウカ。「あ、すごい。全員吹っ飛ばした」と美鈴の間延びした声。
矢の速さじゃ無い!あんなの!あんな距離、一瞬で!しかもあの威力、何事?
「ユウカ姉さんの弓は音より早いんだよ!サクヤねーさま、頑張って!」
「‥‥」
ぽかんと口を開ける私の耳にとどく、ハタテの得意げな声と応援。私はコックリ頷く。
「よしっ。サクヤ!お願い!」
「う、うん!」
目を細めて手ごたえを確認すると、一撃で斥候隊を葬ったユウカは美鈴の背から降りる。我に返った私は美鈴の背中を駆け、首筋の定位置に。「美鈴!」と声を上げると同時に、『おう!』と獣の声が響く。‥‥美鈴また龍に成りきってる?
ふわりと宙に浮く。全周から、空気を切る音。弓矢!
「二人とも気を付けて!矢が来る!」
「りょうかいっ!」
ハタテが振り向かずに答える。ぐん、と美鈴が高度を上げる。その直後、塔の壁から無数に響く硬い音!
「慌てて放ったわね。狙いが滅茶苦茶、火も付けてこない。ハタテ。味方に当てるんじゃないよ」
「がってん!」
ユウカに応え、ハタテが弓を引き絞り、無造作に放つ。私の目はそれを追う。月明かりに煌めく矢じりは、闇の中をすさまじい速さで飛んでいき、ジャガイモ畑に転がる”畝”の一つに吸い込まれるように突き刺さる!吹き上がる血しぶき。すごい!留守を守るため村に残った精鋭ってのは伊達じゃない!ハタテが嬉しそうに笑ってこっちに向かってこぶしを上げている。私もこぶしを上げて応え、美鈴に叫んだ。
「美鈴!派手に飛んで!なるべく目立って、敵の狙いをこっちに!」
『しっかり掴まっててくださいねーっ!行くよご主人!』
ご主人と来たか。ツッコむ余裕は私になかった。美鈴は大音量で吠えると、月に向かって急加速する。何とか鱗にひっかけた足を保ち、たてがみを掴んで振り落されないようにする。
「まずは一周!村と畑の境目をぐるっと回って!相手を混乱させて!」
『あいよ!』
どんなキャラ!?
美鈴は空まで駆け上がったかと思うと、またあのヘアピン曲芸飛行で方向転換。森に向かって大きな曲線を描きながら村を周回する軌道に入る。目を凝らす、美鈴のたてがみの向こう側。ざわざわと風もないのにうごめく麦畑!
「居るわね」
『食べていいですか』
「我慢しなさい」
ふがふがとおねだりをしてくる美鈴の頭をはたいてツッコむ。‥‥飛び掛かりたいのは私も同じだ。のどの奥から湧いてくる狼の呻り声を何とかこらえる。ああ、こんなに血の気多かったっけかなぁ、私!
ぎゃん!
『うわ!』
「魔法っ!?」
耳障りな音を立てて、白い光弾が私達をかすめる。普段弾幕ごっこやってる私達からすれば、こんな単純な軌道の弾、目をつむってても避けられる。密度も低いし。でも、間違っても当ってやるわけにはいかない。あの光弾、どれだけの威力があるか分からない。弾幕ごっこの弾と本気の魔法の弾、どっちが当たったらマズイかなんて、いうまでもない。
ぱっ、ぱっ、と畑のあちこちが光り、そこから光弾が私達に向かって飛んでくる。たまに矢も混じる。矢は距離さえ取れば当たらないけど、あまり離れてしまえば狙いが村に向かう。それでは囮の役を果たさない。美鈴の背中を叩き、一気に高度を下げて、私達は畑に向かって魔法と矢をかいくぐりながら突進する。
「うおおおおおお!」
周囲に無数の風切音。魔法と矢が私達を狙ってる音。自然と牙が唇から覗く。全身の毛がざわめく。興奮しっぱなし。私。
正面の畑に煌めく無数の光。美鈴はぐるりと体を横に1回転。らせんを描いて光弾を躱す。ああ、うっとおしい!
きゅぼっ!
「!」
突然畑が爆発し、魔法の光がやんだ。今のはユウカ姉さんの矢!
確実な援護射撃に、私の恐怖が吹っ飛ぶ。
「美鈴!もっと速く、低く飛んで!奴らを怖がらせてあぶりだすっ!あとはみんなが何とかしてくれるっ!」
『りょうかい!』
私の言葉に、さらに速度を上げる美鈴。ジャガイモ畑の上に差し掛かる。畝がうごめき、次々と立ち上がる。動かなきゃいいのに、バカなの!?
立ち上がった畝を通り越す。後ろから空気を割く音。短剣を引き抜くと、振り向きざまに音に向かって振る。飛び散る火花。私を狙って飛んできた矢は砕けて散った。
後ろを向いたその視界の先、立ち上がってこちらを狙っていた畝が、次々ともんどりうって地面に転がっていく。ハタテちゃんの矢だ。‥‥すごい。まるで機関銃。
『さくやさん、前っ!馬が居ます!』
「いい加減呼び方決めて!」
美鈴の声に怒鳴り返しながら前方を振り向く。気が付けば私達はちょうど村を一周していた。月明かりに照らされた森の手前、斥候隊が居た当たりに騎兵隊の一団!土煙が上がっている。あっちに本隊が居た!?それに、あんなに!?‥‥まずい、しかも風上!あれだけ人数が居たら、きっと誰かが煙玉を持ってる!
「おおおおおおおおお!」
――――馬と本隊が風上に居る!数が多い!私と美鈴が引き受ける!
気が付けば、私は天に向かって吠えていた。一瞬で突撃の覚悟を決めて。私の声に、間髪入れず、村から返る別の遠吠え。ユウカ姉さんの声!
―――― お願い!
がんばります!
「美鈴!あいつらやっつける!煙を焚かせるな!」
『おおおお!』
私を乗せた美鈴が本体に向かって突っ込んでいく。目の前から、無数の白い光。魔法っ!
美鈴はさっきと同じように体をひねり――――
ぼんっ!
『あ痛っ!いてっ!このっ!』
「美鈴!」
魔法が美鈴の腹に次々と命中する!身を捩っても、魔法は次々と当る。追尾されてる!?
「美鈴高度を上げて!弾が追いかけてくる!」
『ぬうううう!』
美鈴が全身をぶるりと震わせた。鱗がざわめく!
ぼん、ぼぼぼん!
『ぬうああああああああ!』
「わっ!?」
絶叫と共に、美鈴が突然減速し、鎌首をもたげた。体を襲う強烈な減速度に、私は美鈴のたてがみに体を押し付けられる。美鈴の鱗にくっついた耳に伝わる、ものすごい風の音。風切音じゃない!美鈴が息を吸ってる!
「め、美鈴なにを!」
『いってーなこのやろーっ!』
「!?」
があっ!
怒鳴り声と共に、私の目の前で光が爆発する!美鈴の口から吐き出されたのは、月夜に煌めく、無数の光弾を纏った虹!
どぼぼぼぼおっ!
一瞬月夜が昼間に変わった。
美鈴の吐いた虹は疾走してくる騎馬兵たちに突き刺さり、派手な光をまき散らしながら地面ごと切り裂く。後に残るのは、焦げた大地と、一瞬にして壊滅し、うめき声を上げる影達だけ。もう、あたりに敵の気配は無い。たったの一撃で、美鈴は本隊を吹っ飛ばしてしまった。‥‥ドラゴンライダーが一騎当千と言うのは、大げさではなかった。
「‥‥‥あは」
『はははははー!どーだ!参ったかお前らー!ははははははー!』
美鈴の得意げな笑い声が聞こえる。
――――色鮮やかに虹色な――――
彼女の高笑いを聞きながら、呆然とする私の頭によぎるのは、誰が呼んだか、幻想郷で名づけられた華やかな彼女の2つ名で。
『見たか、私の彩符「極彩颱風」!チクチクチクチク痛いんだよ!うっとおしい!』
ピクリとも動かない彼らに向かって大口を開けて吠える美鈴。スペルカードの名前を呼ぶ当たり、ちょっとは美鈴に戻ってる‥‥んだろうか。
『さあ、ご主人!次のっ!獲物はどこですかっ!さっさと片付けて、またあの”お鍋”喰いましょうっ!』
戻ってなかった。全然戻ってなかった。でも、私もそんな彼女に突っ込めるような状態じゃなくて。
「‥‥はは、あははは!行くわよメイリン!残りの奴らもさっさと片付けて、宴会やるよ!」
『いやっほう!』
一瞬にして大軍の敵が吹っ飛ぶ姿を目の当たりにした私の狼脳は、すっかり興奮していた。口の端を上げながら、気勢を上げる。
方向を変えたむこう側、麦畑の中に、かすかに飛ぶ火花。攻め手の一組が切り結んでいるらしい。美鈴のたてがみを掴み、私達はその方向に向かって突進する。
もう魔法の光も見えないし弓矢の音も聞こえない。敵の射手は全滅したらしい。ユウカもハタテも、すごい。
オオオオオオーン!
――――私の分も残しておいてよ!こっちは終わった!
――――いいわよ!おいで!
天に向かって怒鳴る。狼の声で。それにこたえるのは楽しそうなアマゾネスの声。あのロングヘアの先輩人狼だ。すでにこちらが優勢のよう。彼女の声が、笑っている。
勝ち戦の予感に、涎が口の端からこぼれた。‥‥あの汁物を思い出して。
‥‥あははは。ああー、もう、どうにでもなれっての。
「美鈴!森から残党が来ないか空から見張れ!出てきたら喰っちゃえ!」
『りょうかいご主人!』
麦畑の上まで来たところで、私は美鈴の背から飛び降りた。麦畑の中、逃げ惑う影の背中が迫る。
「あははははははは!」
「ひ、ひいいいいいい!」
天から響く私の笑い声を聞いて、逃げる黒ずくめが少女の声で悲鳴を上げる。
だめよ。逃がしてやんないんだから。
――――ああ、お嬢様、元気ですか。
私は何とか元気です。健気なヒロイン?やってます。
「がるうううっ!」
「ぎゃああああああ!」
――――ただし、狼になっちゃいましたけどねっ!
切り裂いた影の、生暖かい血しぶきを浴びながら、私はギラギラとした赤い目で、とてもとてもうれしそうに、笑っていた。
‥‥あはは。いいわよ。もう、こうなったら、とことん付き合ってやろうじゃないの。
――――そんなわけで、お嬢様。しばしの間、“十六夜咲夜”は御暇いただきます。何も言わず、何も言えずに旅立つ非礼を何卒お許しください。
――――そして、これからよろしく。
――――虹の龍、美鈴。ドラゴンライダー、”サクヤ”――――
「いや、いやだ、痛い、痛いよ、み、見逃して、もう私戦えない!お願い、お願い!殺さないで!いやだあああああ!」
「喚くなっ!見苦しいっ!」
「ひぎゃああああああああ!」
――――狼の、私っ!
続く。
続きを楽しみにしております。
薬臭かったんですね、多分。
いい血なまぐささだと思います。次も期待!
メイリンがスペカ(?)使えたから
サクヤも使えるのかな?
勇ましいサクヤさんもそれは
それで良いもんですww
しかし、しょーじき基礎能力不足は否めない感はあります。台詞が続きすぎて誰が喋ってんのか分からない時や、擬音で描写を済ましてしまう安易さ。これはあんまなんやかんや言いたくないですが、三点リーダーが使われていない点は気になってしまう。咲夜さんの服装の描写はキッチリしていたのに、ドラゴン美鈴の外見がほとんど描かれていなかったのは結構困惑。どんなタイプの龍かコメント欄でようやくハッキリしたし、未だに体長はどの程度かよく分からない。ぶっちゃけそこ一番不可欠な描写だろがい!と突っ込まざる負えない。
戦闘描写の際も、独白が多くてテンポが削がれてしまっていた。動作、状況を描写したあと、よく咲夜がぼやいたりしますよね。あれです。
やってはいけないと言うことではないですが、戦闘描写は極力無駄を省いてテンポ、スピード感を大事にした方が良いです。
まぁ許容範囲っちゃ許容範囲ですが、文章力が向上してくれれば読み手としてはこの上ないです。続き期待してます!
…さっぱりしてるんだ…そうなんだ…
現実世界で会うのきまずいだろうなー…