Coolier - 新生・東方創想話

不断

2013/02/15 21:37:42
最終更新
サイズ
9.89KB
ページ数
1
閲覧数
1708
評価数
4/15
POINT
730
Rate
9.44

分類タグ

白玉楼に降っていた雪も止み、彼女を被っていた蒼天の気も晴れたある日、ふと気になったことがあった。
「”斬れぬものなどあんまりない”って、なにが斬れないのかしら」
言った当人、この白玉楼の主であるこの私、西行寺幽々子はこの幻想郷においては古参の一つに数えられる人物であるのだから、ほかと比べれば知らないことは少なくて当然でもある。それに、そもそも疑問や問題に対してそう真面目に悩んだりすることもないし、このような疑問を口に出すことなどそうないつもりだった。
しかし昨今の異変、夏の白玉楼に雪が降って大変過ごしやすいのを庭師が天人をボコボコにして快晴に戻してしまった異変を始め、ここ最近の私と彼女の戦績は―たとえそれがお遊びの弾幕ごっことはいえ―私の負け一方に感じることもあり、こういう”彼女の弱点になりそうなこと”へは多少敏感になっているのかもしれないとも思う。
昔は、草木の手入れも料理も剣術も下手でいつも失敗ばかりしてべそをかいていた彼女が、こうも一人前に私の制止を振り切って異変解決に出向き、それこそ一人前に異変を解決して自信満々にこの白玉楼へ戻ってくるのを見るとその成長に嬉しくも、どこか子を手放す親のような気持ちになるのである。ー子を手放す親の気持ちと称したが、これが本当にそうかはわからない。ただ、そのときを考えると適当にはあしらえないようなむずがゆさと重さを感じるのも事実である。ー
「むむ…」
むずがゆい気持ちと疑問が混ざり合って、どうにも気になって気になって仕方なくなってしまった。
「こうなったら、調べるしかないわね。」
珍しく重い腰―一応言っておくと、私は重くはない、断じて―を上げる。これは西行寺幽々子の異変解決である。
「さて、まずどうすれば良いのかしら」
動き出したはよいが何分このようなことははじめてである。過去に黒幕は勤めたことが有れど、何かを調べたり探ったりするようなことはない。というか、そういうことは大抵妖夢に任せているのだから当然である。
「うーん、とりあえず人に聞くのが一番かしら。聞き込みは大事よね。」
聞き込み、聞き込み、願わくば茶と菓子がついてくるとなおよい、そんなことを思いながら私は白玉楼から八雲紫の屋敷へとむかった。






「ということで妖夢に斬れないものを探したいのよ」
ひとしきり説明し終わって、お茶をひとすすり。視線を移した先には珍しく悩む紫がいた。
妖怪の賢者でも悩むようなことなんてあるのだろうかとふと思った。
「うーん、こういうの、全知全能でもない限りわからないと思うけど・・・」
どうやらあるらしい。ただ、それをわからないときっぱりと諦めるあたりが何とも紫らしい。
「貴方にもわからないことがあるのねえ」
彼女の珍しい様相をお茶請けにもう一口お茶をひとすすりした、うまい。
「わからないことだらけよ・・・あなたがなに考えてるとかね・・・」
なぜか呆れられているようだ、むしろその苦そうな呆れ顔はお菓子がすすむ。気の利いた式がおかわりを持ってきてくれるとなお良しだと心の中で少し願った。言うか、言うまいか。
「はいはい、お茶にお菓子のおかわりね。」
呆れ顔をどこか残したのまま紫が笑う。らーん、とよく通る声が襖を抜けたと思うや否や割烹着姿の狐の式がおかわりの羊羹と湯気の立ち上るお茶を運んできた。
何がわからないのだろうか、十分わかっているのではないか、これだから食えない婆だと噂されるのではないだろうか。
「あなた、なにかよくないこと考えてるでしょう・・・」
さっきからずっと見透かされている気がする、ぎくりと音を立てて顔が引きつりそうになるがなんとか堪える。
堪えきれなかった分は笑ってごまかそう。
「あはははははは、そんなことないわよぉ」
大分笑ってしまった。そんなにだっただろうか・・・とりあえずよしとしよう。紫はまだ怪訝な目でこちらを見つめているが。
「で、でよ、本題よ本題。どうすれば妖夢に斬れないものを探せるかしら」
引きつりながらも話を戻す。紫の顔は不満そうだが、少しばかり疑問への興味も見て取れる。どうやら思い当たる節も多少はあるようだ。
「外の世界では斬鉄なんていうだいたい何でも斬れる刀もあるそうだけど、楼観剣もその類なのかしら」
ぶつぶつとつぶやきながら思案を巡らせる紫をみながら、おかわりのお茶を頂く。正直なところ、刀の銘や出来はよくわからない。
「その”だいたいなんでも斬れる刀”っていうのは何が斬れないのかしら?」
わからないなりの素朴な疑問を投げかけてみる。
「私も理由はよくわからないのだけど、斬れないのは蒟蒻らしいわ。」
「あんなにおいしいのに?」
「あんなにおいしいのに。あんまり関係ないと思うけど」
二人で合わせてうーん、と唸った。
「妖夢は蒟蒻くらい斬れるわねぇ、包丁でだけど」
普段のことを思い出しながらつぶやく。思い出したら無性に蒟蒻の田楽が食べたくなったので妖夢にお願いして作ってもらおう、この問題が解決したら。そのためにも早く問題を解決しなければ。
「なんかいい方法ないかしら」
できる限り頭を使って考えるのだが、どうにも良い案など思い浮かびはしない。
「考え悩むには難しい問題ね」
紫はそう言い放ち、立ち上がった。難しいと言う割にはその顔に困惑の色は見えない。
「何か良い案でも?」
ふふっ、と紫は軽く笑ってから、”案ずるより産むが易し”と女は昔から決まっていてよ、と言った。






私と紫は涼しげな枯山水を庭に浮かべる、この無駄に暑くなった夏の白玉楼に戻ってきた。
「で、案ずるより産むが易しって何をするのかしら?」
お手並み拝見、と紫に期待を投げかけてみる。
「あら、字の通り、読んだ通りよ。簡単なことだわ」
正直なところ、紫が何をどう難しいことを考えているのかよくわからないが、とりあえず言う通りにしようと思う。これで分かれば儲けたものだ。
「それじゃあ、妖夢を呼んでもらえるかしら?」
紫の言う通りに、件の妖夢を呼びつけた。
「何かお呼びでしょうか?」
妖夢はどうにも用件がつかめず、どこか強張ったような振る舞いでやってきた。
ここには策に期待を寄せるもの、目論むもの、呼びつけられたもの、どこかちぐはぐなその三人のじっとりと汗ばむような熱気とそれに隠れてビインとはられた緊張の糸のようなものが混ざり合っている。
そんな中で口を開いたのは紫だった。
「妖夢、あなたに少し聞きたいことがあります。」
名前を呼ばれて、少し背筋震わせた妖夢が答える。
「どのようなことでしょう、紫様」
声色からはどこか警戒心を残しているように思わせる。それに釣られて場も緊張を高めた、誰かが生唾を飲む音が聞こえる。
「なに、簡単なことです。」
簡単なこと、という言葉とは裏腹に妖夢はむしろ疑惑の眼差しを強めた。
「”斬れないものなどあんまりない”って何が斬れないのかしら?」
・・・どうやら先ほどの”簡単なこと”というのは本当に”簡単なこと”だったようだ。込めた期待と同じだけ空気が抜けた、今の私は多分三食分くらい重さが抜けているだろう、もう餓死しそうだ。それに、あまりにも馬鹿げた空気に先ほどの張りつめた緊張などどこかへ飛んでいってしまった。
妖夢もいきなりのことで面食らっているようで、先ほどの疑惑の眼差しはむしろ白黒としている。
「な、なぜそのような話に・・・」
もう仕方がないので私が気になるのだと妖夢に言うことにする。何が案ずるより産むが易しだ、これなら最初から聞けばよかったではないか。
「私が気になるって言ったのよねぇ。で、何が斬れないのかしら?」
ばっと妖夢がこちらに振り向いた。先ほどに増して目を白黒させて、驚きを隠せずにいるようだが、何が彼女をそうさせるのかはよくわからない。
「え、え、っと、ゆ、幽々子様、その話はどこで」
たじろぎながら妖夢が喋る。
「確か博麗の巫女だか白黒の魔女だかが宴会で言っていたと思うけど・・・うーん」
よく覚えていないがその辺りだろう。私のうなり声に混ざって妖夢のいつか殺す、と怨念に満ちた声が聞こえた気がした。
そしてはっと我にかえって妖夢が焦り言葉を続ける。
「え、えーっと、とくにないですよ?あんまり?とくに?斬れないものなどとくにない?」
怪しい。
「何かあるんでしょ?」
「何もないですよ!」
顔が赤い。
「蒟蒻は斬れる?」
「も、もちろん!」
汗が滴る。
「人は?」
「た、たぶん」
目線が明らかに私を避けている。
「幽霊は?」
「一振り十体程度なら」
どこか動きがぎこちない。
「妖怪は?」
「お望みとあらば・・・」
もじもじと手を胸の前で組んでは離す、明らかに何か隠しているのだが、なかなか白状しない。
少々いらだちを感じつつある私がいる。
「もう!何なら斬れないのよ!」
「ないですよ!」
「ある!」
「ない!」
頑に
「ある!」
「ない!」
頑に頑に
「ない!」
「ある!」
はっ、と、何とも古典的なのだろうか。振る方も振る方なら答える方も答える方だが。
引っかかったのが悔しいのか、妖夢は真っ赤な顔を手のひらで覆ってうつむいてしまった。
しかし、この機を逃すまいと語気強く、高らかに言い放つ。
「さぁ、白状しなさい!斬れないものはなに!」
ぼそりと、手で隠れた彼女の口元が動いたような気がした。だが、唐突に漏れたそのささやくような声は聞き取れない。
「え、なに、もう一回」
今度は私が我にかえって妖夢の方へ耳をかたむける。その注目を一身に浴びた妖夢は、顔を覆っていた手を勢いよく胸元まで持っていき力強く握りこぶしをつくって、その真っ赤な顔をこちらに向けて目を見開いた。どうやら吹っ切れたようだ、そのままの勢いで答えを発する。
主従の縁あなたですよ!言わせないでください!」
もう、恥ずかしい、お嫁にいけない、と少し涙ぐんだような声が後を追った。
一声だけ間を置いて、私は妖夢に抱きついた。にやけ顔がとまらない。
「あぁ、もう、そうならそうと言ってよぉ」
言っておいて何だが、自分の声と思えないくらい甘い。
「だから言わせないでくださいって言ってるじゃないですか!」
それに応じる彼女の声はまだ涙ぐんだような恥ずかしさを含んでいた。
「そう言うのはいつでも言っていいのよ」
言いながら、ぎゅうと妖夢を抱きしめる手に力が入る。
「子供じゃないんですからそう言うこと言うん・・・ちょっと、幽々子様苦しい」
どうやら舞い上がりすぎたようだ、ごめんごめん、と抱きしめていた手をといた。
「もう・・・」
妖夢はちょっと拗ねた声で呟いた。続けてぐっと鼻の辺りを手の甲で拭い、少し落ち着かせてからまた喋る。
「そんなことより、幽々子様、もう夕時です。晩ご飯は何が良いですか。」
言われてみれば、もうあたりはすっかり赤く、寂びた空気が流れていた。確かにお腹も減っている。
「そうねぇ、蒟蒻の田楽が食べたいわ。おいしいやつ。」
要望を聞いた妖夢は献立を考えるためか少し口元に手を当てて独り言を言ったあとに私の方へと振り返り、わかりました、とびきりおいしいのを作りますね、と自信と笑みとが混ざった表情で言った。
「もうね、お腹減っちゃった。三食分くらいお腹減ったわ。」
「でも食べ過ぎはだめですよ」
「妖夢のケチー」
「何を言ってもだめです!」
ぶー、と頬を膨らませる私。それを見ながら、だめですと笑う妖夢。
これにて終わるのは今日の一日と私、西行寺幽々子の異変解決。
いつも通りの、いつもの日常、二人の頬を夏の夕日が赤く染めていた。





おまけ

件の帰り道、私、八雲紫はこの夏の猛暑を痛感していた。
こう暑くては独り言の一つや二つ漏れるというもの。
「途中から私一言も発してないんだけど何か悪いことしたかしら。」
そう、一つや二つ。
「というか白玉楼の夏が蒼天で暑くて仕方がないって、それ蒼天のせいじゃないと思うわ。それにその場合は字は暑いじゃなくて熱いね。」
そもそもなんで幽々子は私の手を借りようと思ったのだろうか。
「なんなのかしら」
本当に何なんだろうか。
「私も帰って藍に慰めてもらおう・・・」
思い出しながら
「くすん・・・」
私は汗とも涙ともつかない雫をこぼしながら家へと帰った。
不断と普段。
甘い話を書きたかったのだけど
乙子
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.440簡易評価
6.80名前が無い程度の能力削除
ごちそうさまでした
9.50名前が無い程度の能力削除
オチが典型的すぎるのでせめて過程に捻りが欲しかった
11.無評価乙子削除
>>6 名前が無い程度の能力 さま
おそまつさまでした、ありがとうございます。

>>9 名前が無い程度の能力 さま
おっしゃる通りです、次回からはもう一捻りするよういたします。
12.90名前が無い程度の能力削除
カハァッてなった
妖夢ほんといい子!
13.無評価乙子削除
>>12 名前が無い程度の能力 さま
ありがとうございます。妖夢はいろいろとバランスのとれた良い子だと思います。
14.703削除
妖夢良い子ですねぇ。
紫……。途中から存在感がなくなっていると思ったら……。