バレンタインなる行事があることを知ったところで、小洒落た感じのチョコレートなど、船頭一辺倒な死神が作り方など知る由もないわけで。
「えっと、こいつを溶かしてやりゃいいのかい? てりゃあ」
「ああっ、チョコを直接お湯にぶち込む馬鹿が居ますか! こっちのボウルにチョコをあけて湯煎で溶かすのですよ!」
「ありゃ、そりゃ失敗したね。これ飲むかい?」
「あなたの不浄を洗い流すのにちょうどいいのでは」
「新しい修行だね。さすが仙人は違うよ」
「よろしい、無駄口叩く暇があったらとっととその失敗作を流してきなさい。流れ流れて河童と厄神が美味しくいただく事でしょう」
「どりゃあ」
妖怪の山の中腹辺り。屋敷の脇を通る小川で、どばぁと流れ落ちる茶色の混じったお湯を小町は見送る。
これで河童達も楽しいバレンタインが送れるのだ。己の失敗が他人の幸福へ還元される、なんと素晴らしい。
「流してきたよ。さあ次は何をするんだい」
「一からやり直しですよ戯け」
そんなわけでチョコレートの作り方なぞ知らぬ小町が助けを求めたのが、ここ茨華仙の屋敷の主、茨木華扇の元だった。
バレンタインの存在を知ったのがつい先日なら、唐突にシフトに穴ができたのもつい先日。同僚の死神仲間達に相談を持ちかける暇もなかった。
それに、同僚が相手では少々相談しにくいこともある。特に渡す相手が己たちの上司であれば、いらぬ応援やら生温かな視線やら余計なものが多々と付いてくる。かといって、地獄以外の他人との繋がりなど小町には皆無である。いるにはいるが、気心の知れたという条件が付与されればハードルは格段に跳ね上がる。
そんなわけで、外の世界でのほぼ唯一の交友がある華扇の元へ辿り着いたわけだ。仙人というほどなのだから、お菓子の作り方など仙人クラスの豊富な知識の前では御茶の子さいさいなはずだ。はずに決まっている。決まれ。
そして幸運な事に、その目論見は吉と出た。
「悪いねぇ、こんな事に付き合ってもらって」
「本当、死神のくせに仙人を頼るとかどうかしてますよね。私も一瞬己の耳を疑いました」
「そういってくださるな。貴方担当の同僚には、今度そっちに行く時に手加減してくれるように頼んでおくから」
「必要ありません。そんな事なくても、死神の撃退なんてぶっちゃけ余裕ですし」
「御茶の子さいさいかい?」
「朝飯前です」
「はん、あたいなら昼寝前だね」
「意味わかってないでしょうソレ」
ぐりぐりとボウルの中で溶け始めている市販のチョコレートを押しつぶす。さきほど人里で調達してきた無骨な四角形が泥のように形を崩していく。極めて不味そうに見えるのだが、これが一口舐めてみると激しく甘い。人間の食糧事情も面白いものだ。
「しかし、結局やることは溶かして形を整えて固めるだけとはねぇ。仙人様に頼るまでもなかったようだよ。まったくいやはや、べりぃいーじーだね」
「チョコを直接お湯にぶち込んだ輩の台詞ですか」
「経験こそが力だよ。失敗は成功の母」
「減らぬ口ですね、呆れます。説教は必要ですか?」
「四季様の説教であたいは満足だよ。博麗の巫女にでもやっとくれ」
材料調達に寄った人里でもバレンタインのイベントは好調のようで、ところどころで桃色のハートが踊っていた。噂には守矢神社の巫女が事の発端らしいが、何故にハートを形作るのかが小町には理解できない。これだけ甘いのだから、どんな形をしていようとも十分ではないか。
「まあ、私も興味はありましたし、知識だけしかなかった事の実践もできました。悪い話ではなかったですよ」
「そりゃあよかった。あたいの失敗も無駄にはならなかったね」
くつくつと小町は笑う。
「無論、材料費の半分は請求しますが」
「はっはっは……そりゃないね」
ころころと変わる小町の表情は、見ていて飽きが来ない。そんな小町に華扇はくすりと笑みをこぼして、作業を再開する。どろどろに溶け切ったチョコレートを型に注ぎ、氷が溶けぬほどの極低温維持の結界を施した戸棚に納める。これが夏場は丁度よく機能してくれるのだが、冬にはほとんど出番がない。久しぶりの活躍だ。
チョコレートが固まるまでの時間は、適当に無駄話に花を咲かせることとした。
小町の話は大概が華扇が許容できないものばかりなのだが、説教が始まりそうになると小町はのらりくらりと避け続ける。まったく無駄に口が回る。ころりころりと変わっていく話題に、思い通りの会話が出来ない華扇はどうにも面白くない。小町はそんな華扇を見てくつくつと笑うばかりだ。
なんとも言えぬ、微妙な噛み合わせであった。けど、不快というわけではないと華扇は思う。
噛み合わなくて、それでいて噛み合うような。不思議な感覚だ。
「そういや、貴方は誰に送るんだい? 世話になった人に贈るもんなんだろう、チョコってやつは」
「……まあ、そうですね。しかし、貴方はハート型のものを所望しているではないですか。もう一つの方のバレンタインではないのですか?」
「は? 他にも意味があるのかい? あいにく、あたいは知ったのがつい先日なら、人づてに聞いた知識しかなくてね。いわゆる知ったかだよ」
「……そうなんですか」
「ああそうとも。で、その意味ってのは?」
人里で、何故に桃色のハート型があそこまで跋扈しているのか。その意味を、小町は知らないという。しかし、今作っているチョコレートの形はハート型のものだ。誰に告げるまでもなく、その意味するところは一つだと、華扇は思っていた。
「ちなみに、あなたが贈る相手は」
「四季様さ。うちのボス様だよ。当然だ」
「私を頼った理由に、たしか同僚のちょっかいが鬱陶しいと」
「そりゃあ、自分の上司に贈り物なんて、邪な下心があるかもしれないって疑われても仕方ないだろ? あたいにその気はなくても、そんな噂が広まるのはあたいが面白くない。ああ、気に食わないね」
そう言い切る小町の目はとても真っ直ぐで。
「感謝を贈る日にあの人にあたいが何もしないなんて、あっちゃならないんだよ」
きっと、その言葉に嘘は無い。
そしてきっと、その曇りない眼差しが向けられているのは、『あの人』ただ一人なのだろう。
「……そうですか」
華扇は、その時ちょっとした悔しさを覚える。この場に居る誰にでもなく、その誰かは、きっとここから遥か地の底にいる。
そしてきっとその感情は、仙人になると誓った遥か過去に、捨て去ったと思われる邪念の一つだ。
「悪いね、世話になったよ。いいもんができた」
「別に構いません。私もいい気分転換になりました」
「そうかい。そりゃあよかった」
小町は帰り支度を整えて、すぐにでも飛び立てる状態だ。既に日は落ちていて、外は肌寒い外気で満ちていた。
小町も死神に支給される厚手の衣類を羽織り、首元にはマフラーを二回しほどして巻いている。防寒対策は万全で、冬至全開の時期ならまだしも、この程度の寒さなら十分耐え得る。
そして、二人はいつもの窓越しに会話をしている。やはりというかなんというか、この距離感は酷く落ち着く。今日のようにちゃぶ台を挟んで談笑に興じるのも悪くはないが、やっぱり一番しっくりくるのはここだ。
「そういやぁ、さ」
そこでふと思い出したように、小町は口を開いた。
「貴方はさ、結局誰にそのチョコを渡すんだい」
「――そう、ですね」
華扇が口を開くまでの、数拍。一体どのような内なる葛藤があったのかを、小町は知る由もない。
「さっき聞きそびれちまったのを思い出したよ。減るもんじゃないし、いいだろ?」
なんの含みもない、おそらく純粋な疑問に違いない。持っている知識も最低限。そして、それを正さなかったのは自分だ。だからこそ、こんな無遠慮に聞いてくる。
巡り巡って返ってきた自業自得に、しかし華扇は引き下がろうとはしなかった。
「それでは、あなたに貰ってもらおうかしら」
退かずに、華扇は笑う。
「へ、あたいかい」
「ええ、あなたに」
「世話になったのはこっちなんだけどなぁ」
「その程度、気にするまでもないわ。今日の実践経験の報酬、とでも思いなさい」
「ふぅん、まあいいや。くれるというのなら、ありがたく頂戴しようかね」
そういって差し出された小町の手に、華扇は手を伸ばす。潜り抜けるには少し足りない小さな窓は、完成したばかりでひんやりと冷えたチョコを贈るのには丁度良くて。
――手だけを伸ばすのには、十分すぎるほど大きい。
「冷たいね」
「出来たばかりですからね」
「食っていいかい?」
「どうぞお好きに」
許可を得た小町は、渡されたチョコレートの一角にかぶり付く。ハート型に固まり切ったチョコレートは思いのほか硬く、そしてやはり冷たい。一息にこりっと、小気味のよい音が華扇の耳に響いた。
「……へぇ、こいつは美味い。日頃の感謝の贈り物にはもってこいだ」
そうして、いつもの朗らかな笑顔を満面に浮かべるのだ。
「――ええ」
それだ。
「そう言ってくれて、私も嬉しい」
今は、それで十分。
その笑顔が、見たかった。
「それじゃあ、世話になったね。いい酒が入ったらまた来るよ」
最後にそんな言葉を言い放って、小町は飛び立った。
円形の窓を挟んで、華扇は小町の後姿をずっと見送る。窓の中心に、小町はいた。月明かり無き真っ黒な宵闇の中へ少しずつ小さくなっていくその姿は、まるで円の中心に溶け込んでいくようで。
その中心とはどこなのか、とか。
この窓は何を表しているのか、とか。
己の中に生まれたそんな疑問を、些細事だと言わんばかりに打ち払って。
「今宵も月が綺麗だこと」
そんなのどこにも見えやしない。
だが、己の知識から引き出したそんな言葉で、華扇は是とした。
「えっと、こいつを溶かしてやりゃいいのかい? てりゃあ」
「ああっ、チョコを直接お湯にぶち込む馬鹿が居ますか! こっちのボウルにチョコをあけて湯煎で溶かすのですよ!」
「ありゃ、そりゃ失敗したね。これ飲むかい?」
「あなたの不浄を洗い流すのにちょうどいいのでは」
「新しい修行だね。さすが仙人は違うよ」
「よろしい、無駄口叩く暇があったらとっととその失敗作を流してきなさい。流れ流れて河童と厄神が美味しくいただく事でしょう」
「どりゃあ」
妖怪の山の中腹辺り。屋敷の脇を通る小川で、どばぁと流れ落ちる茶色の混じったお湯を小町は見送る。
これで河童達も楽しいバレンタインが送れるのだ。己の失敗が他人の幸福へ還元される、なんと素晴らしい。
「流してきたよ。さあ次は何をするんだい」
「一からやり直しですよ戯け」
そんなわけでチョコレートの作り方なぞ知らぬ小町が助けを求めたのが、ここ茨華仙の屋敷の主、茨木華扇の元だった。
バレンタインの存在を知ったのがつい先日なら、唐突にシフトに穴ができたのもつい先日。同僚の死神仲間達に相談を持ちかける暇もなかった。
それに、同僚が相手では少々相談しにくいこともある。特に渡す相手が己たちの上司であれば、いらぬ応援やら生温かな視線やら余計なものが多々と付いてくる。かといって、地獄以外の他人との繋がりなど小町には皆無である。いるにはいるが、気心の知れたという条件が付与されればハードルは格段に跳ね上がる。
そんなわけで、外の世界でのほぼ唯一の交友がある華扇の元へ辿り着いたわけだ。仙人というほどなのだから、お菓子の作り方など仙人クラスの豊富な知識の前では御茶の子さいさいなはずだ。はずに決まっている。決まれ。
そして幸運な事に、その目論見は吉と出た。
「悪いねぇ、こんな事に付き合ってもらって」
「本当、死神のくせに仙人を頼るとかどうかしてますよね。私も一瞬己の耳を疑いました」
「そういってくださるな。貴方担当の同僚には、今度そっちに行く時に手加減してくれるように頼んでおくから」
「必要ありません。そんな事なくても、死神の撃退なんてぶっちゃけ余裕ですし」
「御茶の子さいさいかい?」
「朝飯前です」
「はん、あたいなら昼寝前だね」
「意味わかってないでしょうソレ」
ぐりぐりとボウルの中で溶け始めている市販のチョコレートを押しつぶす。さきほど人里で調達してきた無骨な四角形が泥のように形を崩していく。極めて不味そうに見えるのだが、これが一口舐めてみると激しく甘い。人間の食糧事情も面白いものだ。
「しかし、結局やることは溶かして形を整えて固めるだけとはねぇ。仙人様に頼るまでもなかったようだよ。まったくいやはや、べりぃいーじーだね」
「チョコを直接お湯にぶち込んだ輩の台詞ですか」
「経験こそが力だよ。失敗は成功の母」
「減らぬ口ですね、呆れます。説教は必要ですか?」
「四季様の説教であたいは満足だよ。博麗の巫女にでもやっとくれ」
材料調達に寄った人里でもバレンタインのイベントは好調のようで、ところどころで桃色のハートが踊っていた。噂には守矢神社の巫女が事の発端らしいが、何故にハートを形作るのかが小町には理解できない。これだけ甘いのだから、どんな形をしていようとも十分ではないか。
「まあ、私も興味はありましたし、知識だけしかなかった事の実践もできました。悪い話ではなかったですよ」
「そりゃあよかった。あたいの失敗も無駄にはならなかったね」
くつくつと小町は笑う。
「無論、材料費の半分は請求しますが」
「はっはっは……そりゃないね」
ころころと変わる小町の表情は、見ていて飽きが来ない。そんな小町に華扇はくすりと笑みをこぼして、作業を再開する。どろどろに溶け切ったチョコレートを型に注ぎ、氷が溶けぬほどの極低温維持の結界を施した戸棚に納める。これが夏場は丁度よく機能してくれるのだが、冬にはほとんど出番がない。久しぶりの活躍だ。
チョコレートが固まるまでの時間は、適当に無駄話に花を咲かせることとした。
小町の話は大概が華扇が許容できないものばかりなのだが、説教が始まりそうになると小町はのらりくらりと避け続ける。まったく無駄に口が回る。ころりころりと変わっていく話題に、思い通りの会話が出来ない華扇はどうにも面白くない。小町はそんな華扇を見てくつくつと笑うばかりだ。
なんとも言えぬ、微妙な噛み合わせであった。けど、不快というわけではないと華扇は思う。
噛み合わなくて、それでいて噛み合うような。不思議な感覚だ。
「そういや、貴方は誰に送るんだい? 世話になった人に贈るもんなんだろう、チョコってやつは」
「……まあ、そうですね。しかし、貴方はハート型のものを所望しているではないですか。もう一つの方のバレンタインではないのですか?」
「は? 他にも意味があるのかい? あいにく、あたいは知ったのがつい先日なら、人づてに聞いた知識しかなくてね。いわゆる知ったかだよ」
「……そうなんですか」
「ああそうとも。で、その意味ってのは?」
人里で、何故に桃色のハート型があそこまで跋扈しているのか。その意味を、小町は知らないという。しかし、今作っているチョコレートの形はハート型のものだ。誰に告げるまでもなく、その意味するところは一つだと、華扇は思っていた。
「ちなみに、あなたが贈る相手は」
「四季様さ。うちのボス様だよ。当然だ」
「私を頼った理由に、たしか同僚のちょっかいが鬱陶しいと」
「そりゃあ、自分の上司に贈り物なんて、邪な下心があるかもしれないって疑われても仕方ないだろ? あたいにその気はなくても、そんな噂が広まるのはあたいが面白くない。ああ、気に食わないね」
そう言い切る小町の目はとても真っ直ぐで。
「感謝を贈る日にあの人にあたいが何もしないなんて、あっちゃならないんだよ」
きっと、その言葉に嘘は無い。
そしてきっと、その曇りない眼差しが向けられているのは、『あの人』ただ一人なのだろう。
「……そうですか」
華扇は、その時ちょっとした悔しさを覚える。この場に居る誰にでもなく、その誰かは、きっとここから遥か地の底にいる。
そしてきっとその感情は、仙人になると誓った遥か過去に、捨て去ったと思われる邪念の一つだ。
「悪いね、世話になったよ。いいもんができた」
「別に構いません。私もいい気分転換になりました」
「そうかい。そりゃあよかった」
小町は帰り支度を整えて、すぐにでも飛び立てる状態だ。既に日は落ちていて、外は肌寒い外気で満ちていた。
小町も死神に支給される厚手の衣類を羽織り、首元にはマフラーを二回しほどして巻いている。防寒対策は万全で、冬至全開の時期ならまだしも、この程度の寒さなら十分耐え得る。
そして、二人はいつもの窓越しに会話をしている。やはりというかなんというか、この距離感は酷く落ち着く。今日のようにちゃぶ台を挟んで談笑に興じるのも悪くはないが、やっぱり一番しっくりくるのはここだ。
「そういやぁ、さ」
そこでふと思い出したように、小町は口を開いた。
「貴方はさ、結局誰にそのチョコを渡すんだい」
「――そう、ですね」
華扇が口を開くまでの、数拍。一体どのような内なる葛藤があったのかを、小町は知る由もない。
「さっき聞きそびれちまったのを思い出したよ。減るもんじゃないし、いいだろ?」
なんの含みもない、おそらく純粋な疑問に違いない。持っている知識も最低限。そして、それを正さなかったのは自分だ。だからこそ、こんな無遠慮に聞いてくる。
巡り巡って返ってきた自業自得に、しかし華扇は引き下がろうとはしなかった。
「それでは、あなたに貰ってもらおうかしら」
退かずに、華扇は笑う。
「へ、あたいかい」
「ええ、あなたに」
「世話になったのはこっちなんだけどなぁ」
「その程度、気にするまでもないわ。今日の実践経験の報酬、とでも思いなさい」
「ふぅん、まあいいや。くれるというのなら、ありがたく頂戴しようかね」
そういって差し出された小町の手に、華扇は手を伸ばす。潜り抜けるには少し足りない小さな窓は、完成したばかりでひんやりと冷えたチョコを贈るのには丁度良くて。
――手だけを伸ばすのには、十分すぎるほど大きい。
「冷たいね」
「出来たばかりですからね」
「食っていいかい?」
「どうぞお好きに」
許可を得た小町は、渡されたチョコレートの一角にかぶり付く。ハート型に固まり切ったチョコレートは思いのほか硬く、そしてやはり冷たい。一息にこりっと、小気味のよい音が華扇の耳に響いた。
「……へぇ、こいつは美味い。日頃の感謝の贈り物にはもってこいだ」
そうして、いつもの朗らかな笑顔を満面に浮かべるのだ。
「――ええ」
それだ。
「そう言ってくれて、私も嬉しい」
今は、それで十分。
その笑顔が、見たかった。
「それじゃあ、世話になったね。いい酒が入ったらまた来るよ」
最後にそんな言葉を言い放って、小町は飛び立った。
円形の窓を挟んで、華扇は小町の後姿をずっと見送る。窓の中心に、小町はいた。月明かり無き真っ黒な宵闇の中へ少しずつ小さくなっていくその姿は、まるで円の中心に溶け込んでいくようで。
その中心とはどこなのか、とか。
この窓は何を表しているのか、とか。
己の中に生まれたそんな疑問を、些細事だと言わんばかりに打ち払って。
「今宵も月が綺麗だこと」
そんなのどこにも見えやしない。
だが、己の知識から引き出したそんな言葉で、華扇は是とした。
二人らしいやり取りがとても良かったです。
華扇ちゃんの心情をあれこれ想像しながら読むのが楽しかったです。
でもそれが好きな自分の体質こそもっと困る
チョコは甘いのに話はほろ苦ですなぁ。ほろ苦というより切ない系?