きょう、レイラが死んだ。こがね色の落ち葉が屋敷の小さい池を覆い尽くす、秋の色濃い日だった。
冷たくなったレイラを通り越して、窓から差し込んだ秋の夕日が私の体を照らす。いわし雲をオレンジ色に染め透かして注ぎ込む、優しくて暖かい陽光だった。
私は頬をこすり、うつむいていた顔を上げた。すると、すぐ目の前にルナサ姉さんの力強い目線があった。泣き崩れるように膝を落とした私をルナサ姉さんは抱きかかえ、何も言わずにそのまま私を抱いてくれていたのだ。ルナサ姉さんは冷たい床の上で正座になり、私がその膝の上で泣きじゃくっている格好だ。
そのまま何分、何時間たったんだろう。私はずっと無言で涙を流していた。ルナサ姉さんはやはり無言で、幼児をあやすように私の髪をなでてくれた。ルナサ姉さんは優しい。ルナサ姉さんだって本当は私などに構わず、思いっきり泣きたいはずなのに。
目線をあわせたルナサ姉さんの顔は凛々しくて、でも自分だけは泣かないようにと必死に張り詰めているようにも見えて、今にも溶けそうな氷の彫刻みたいだった。
メルラン姉さんは大声で、本当に赤ん坊みたいに大きな泣き声で、レイラが眠るベッドに泣きすがっていた。まるで死者が呼びかけに答えるのを期待しているかのように、ただただレイラの名前を何度も叫び、ベッドを揺すっていた。
そんなに揺すったら、きっとレイラも困ってしまうよ。涙も枯れていくらか落ち着きを取り戻した私は、心の中でメルラン姉さんにそうつぶやいた。
最近は病状が安定していて、落ち着いている。人里のお医者さんにそう説明されたばかりだった。それなら安心だと、私達三人は完全に油断していた。実際、レイラは今日の朝おかゆを二杯も平らげたのだ。だがダメだった。ベッドの上のレイラが急に胸をおさえて苦しみだしてからはあっという間だった。本当に急だったから、お医者さんを呼ぶ暇すらなかった。
「見てレイラ。窓の外、ツバメが四羽、空を飛んでるわ。あんなに低く」
「あら、本当ねリリカ姉さん。明日は雨かしら」
昼下がりに交わしたこの会話が、レイラと私の最後の会話となってしまった。髪がすっかり白くなり顔に大きな皺が刻まれていても、笑う顔は昔の少女の時と同じままだった。レイラは冷たくなった今もベッドの上でかすかに優しい笑みを浮かべている。死ぬ間際はあんなに苦しそうにしていたのに。やっぱり不思議だ、人間は。
メルラン姉さんの気を落ち着かせるために、私はキッチンに水をとりに部屋を出た。ルナサ姉さんはまだ私が心配なのか不安そうな目で見ていたが、大丈夫だと目線で合図して部屋のドアをしめた。
ドアには「レイラのへや」と丸っこい字で書かれた色あせたプレートがかけてある。かつて私たちがこの屋敷ごと幻想郷に移り住んだ時に、私が書いてプレゼントしたものだ。もう何十年前になるだろうか。今日という日までレイラは大事に使ってくれたようだ。
プレートを人差し指で軽くなでた後、私はドアに背を向けて長い廊下を歩きだした。
キッチンに向かう途中、廊下に面した部屋の一つを通り過ぎようとした時、私の足は止まった。部屋のドアは開きっぱなしになっていて、中の様子が廊下から見えた。部屋には黒い大きな塊が置かれていた。
私は目の前がさっと暗くなっていくような気がした。心の奥にしまいこんだ、胸をえぐるような思い出を、意識の表層まで一気に引きずり出されたようだった。ああ、どうしてよりによってこんな時に見てしまったのだ、このピアノを。あの日の出来事が起こってから、できるだけ触れないようにしていたのに。
一刻も早くこの部屋を通り過ぎたかったが、私の心はピアノに縛り付けられるようだった。私はほとんど胸が引き裂かれそうになりながらも、足が部屋の敷居をまたぎ、一歩ずつピアノに近づいていた。
結局、ピアノの譜面台についた傷に吸い込まれるようにして、私はピアノの前に立っていた。ハンマーで叩いたかのような、大きな傷跡だ。
ピアノの傷跡を見ているうちに私は目の前がぐるぐると回るような眩暈をおぼえ、過去の出来事が鮮明に頭に浮かんできた。
レイラを傷つけ、とりかえしのつかないことをしてしまったあの日の出来事。どれだけ言葉と時間を重ねても消せない胸の痛み、後悔。あれは私たち四人姉妹が幻想郷の生活に慣れてきた頃のことだった。
気がつけば、レイラの部屋から聞こえていたメルラン姉さんの泣き声がやんでいた。代わりに、新月の夜のような静寂が屋敷全体を包んだ。
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「ねぇレイラ、ピアノなんかいいから遊ぼうってば!」
私の声が部屋に大きく木霊する。私はピアノの鍵盤から手を放し、楽譜を抱え横に立っているレイラに抗議した。レイラの十二歳の誕生日だった。
幻想郷に移り住んで二回目となる秋の日だった。この季節は東の山の森が一斉に紅葉し、一面が真っ赤に燃え上がる。山に深く入り込まなければ恐ろしい妖怪にも遭遇せず、安全であることも最近分かった。
今日みたいな天気のいい日はお弁当を持ってみんなでピクニックをすればさぞかし楽しいに違いない。せっかくのレイラの誕生日なのだから、今日ぐらい一日思いっきり遊ばなければ。
しかしレイラはうんと言わなかった。
「だめよリリカ姉さん。私たちはプリズムリバー伯爵の娘なんだから、楽器ぐらいたしなんでおかないと。遊ぶのはその後でね」
たしかにレイラは楽器の演奏が上手だった。ピアノも何十曲と弾きこなしていたし、バイオリンのソロ演奏も実に楽しそうに軽々と弾いていた。音楽のことはさっぱり分からない私でも、これは上手い演奏なのだなと分かる。それでもレイラの元の姉たち、つまり本物のプリズムリバー家の姉たちはレイラよりもずっと楽器の演奏が上手だったらしい。
だからなのだろうか、レイラは自らの手で生みだした騒霊である私たち三人に、楽器の手ほどきをしていた。
ルナサ姉さんは「音に惹かれた」と言ってバイオリンを選んだ。最初は爪でガラス窓をひっかくような音しかしなかったが、レイラの熱心な指導のおかげで一年もすればキレイな音を鳴らすようになった。真面目で努力家なルナサ姉さんらしい。
メルラン姉さんは倉庫に眠っていたトランペットを引っ張り出した。「キラキラしてて面白い形をしてるから」だそうだ。レイラはトランペットを吹いたことがなかったため困っていたが、メルラン姉さんは誰にも教わらずに独学で練習した。それでも全くの我流でちゃんと音を鳴らせるようになったのだから、メルラン姉さんも大したものだ。
だが、私はダメだった。「一番簡単に音が出せるから」なんていう理由でピアノを選んだのがまずかったのかもしれない。一年間練習を続けても、一曲もまともに弾けなかった。姉さん達はそれぞれの楽器であんなに上手く演奏しているのに、私は一人だけずっとつまづいていた。しだいに、いらだたしさと不満が募ってきた。
そもそも楽器の演奏なんて何が楽しいんだ? ややこしくて面倒なだけじゃないか。レイラを喜ばせようと思って始めたが、何も面白くない。だいたい音楽なんて、耳触りでうるさいだけだ。これが一体何の役に立つというのか。
そんなうっぷんが、心の中で日頃からたまっていった。
「いやよレイラ、練習なんてしたくない。私、ピアノの才能ないみたいだもん。それよりみんなでピクニックに行こうよ」
私がお手上げのポーズをとってそう言うと、レイラは困ったように私を諭した。
「そんなことないわ、リリカ姉さん。私も最初の頃はてんでダメだったもの。今日のレッスンはもう少しで終わるから」
私とレイラから少し離れたところで、ルナサ姉さんとメルラン姉さんが各々の楽器を手に取り、好き勝手に演奏していた。自分の世界に浸るかのように、楽しそうに楽器を弾いている。
二つの楽器が出す音はガチャガチャとでたらめに混ざり合い、部屋の中が騒々しかった。
「ね? お願いリリカ姉さん。私、いつか四人でアンサンブルするのが夢なの。昔みたいに」
昔みたいに? レイラの最後の言葉に、私はひどく反発を覚えた。胸の中が、言葉にならない黒いもやで覆われていく。
「……知らないわよ、昔なんて。どうせ私なんて、落ちこぼれだわ。向いてないもの」
マイペースな姉さんたちもさすがに様子がおかしいと気づいたのか、演奏をやめてこちらを見ている。
音が止んで部屋が静まり返ると、元々速くなっていた鼓動が余計に加速し、頬がかっと赤くなるのを感じた。
「ごめんなさい! そんな意味じゃないの。リリカ姉さん、あなたも私たちの姉妹なんだから、必ず上手くできるわ」
私「たち」とは誰のことだ? 目の前にいるルナサ姉さんとメルラン姉さんのことか? それとも……
私はもう悲憤の熱に感情を支配され、やり場のない空しさに満ちた憤りで爆発しそうだった。怒りに勢いをまかせるように、私は立ち上がって叫んだ。
「そんなこと関係ないじゃない!」
私が急に叫んだためか、レイラはビクッと驚いて固まった。
意外にも、メルラン姉さんもすごく不安そうな顔つきになり、泣きだしてもおかしくないような表情を浮かべていた。いざという時は、普段明るく元気な人のほうが涙もろいのかもしれない。
その一方でルナサ姉さんは表情を変えずにじっとこちらを見つめ、「リリカ」と一言だけしゃべりかけた。部屋の空気が張り詰めていく。窓の外では、一羽のツバメがゆるい弧を描いてゆっくり空を横切っていた。
紙の束が床に落ちる音がした。目を向けると、レイラが手に持っていた楽譜を落としてしまったのだと分かった。
楽譜の片隅に書かれている名前を見た時、私の心の中で一本の糸が切れた。かっちりと整った流暢な字で、「リリカ・プリズムリバー」と書かれいていた。お手本みたいなきれいな字だ。
私は自分が叫びだすのを抑えきれなかった。私ではなく、私という存在が全身から上げる悲鳴のさけび。騒霊として生まれてから、こんなに大きい声を出すのは初めてだった。
「ほんとは私なんてただの代わりじゃない! 本物のリリカ・プリズムリバーの身代わりなんだわ!」
言い終わってすぐ、私は激しく後悔した。レイラが大粒の涙を楽譜の上に落とし、崩れ落ちる。 しまった。やっぱりこれだけは絶対に言ってはいけなかったのだ。
瞬間、目の前で火花が飛び散った。そして頬に痛みが走り、自分は平手打ちされたのだということにようやく気がついた。
顔を正面に向けると、ルナサ姉さんが右のてのひらを左手でおさえていた。顔は相変わらず無表情だったが、目は赤く腫れて濡れていた。瞳は無言の怒気と悲痛で満ちていた。
メルラン姉さんの大きな泣き声が部屋に響いた。メルラン姉さんは泣きながらレイラに近づき、床にへたりこんでいたレイラを抱きかかえた。
骨がきしむんじゃないかと思うぐらい、目一杯の力でレイラを抱きしめている。
「リリカを怒らないでレイラ! 私たち、少し不安定なだけだから!」
わんわん泣きじゃくりながら、大声でレイラに訴えた。でもレイラは最初から全く怒ってなんていなかった。
私はやるせない憎しみに取りつかれた。やり場のない怒りの衝動に突き動かされて、何かをしなければ気がおさまらなかった。
私はピアノに目を向けた。大嫌いだ。こいつのせいだ。こいつのせいで、こんなことに。レイラにあんな言葉を言いたいわけじゃなかったのに。
次の瞬間、机の上にあった花瓶が宙に浮かんだ。大理石でできた、小さいが重みのある花瓶だ。花瓶は一直線にピアノに向かい、譜面台に強くぶつかった。鈍い衝撃音が響いた。
この時はじめて、花瓶は私がポルターガイストとしての力で飛ばしたものだと気づいた。私は無意識のうちにピアノに怒りをぶつけてしまったようだ。
いけない、止まれ。そう思った時はすでに遅かった。ピアノにぶつかった花瓶は、反動の力でそのまま跳ね返った。その勢いのまま、花瓶は叩きつけられるようにしてレイラの右手に落ちた。レイラは右手を床につけていたため、手は花瓶と床に強く挟まれることになった。花瓶は音をたてて割れた。
「ああっ!」
これは誰の悲鳴だろうか。たぶん、ここにいる四人全員だ。
レイラを抱いていたメルラン姉さんが、あわててレイラの右手を握りしめた。見ると、中指の第一関節あたりに破片が突き刺さり、赤い血が流れるように出ていた。メルラン姉さんは顔を真っ青にして、ポケットから取り出した白いハンカチで血をぬぐった。ルナサ姉さんもひっくり返るような勢いでレイラのもとに走った。
私は呼吸が荒くなるのを感じた。違う、こんなはずじゃなかったのに。レイラの誕生日を楽しくお祝いしたかっただけなのに。
意識がちぎれ飛びそうになった私はこれ以上耐えきれず、走ってこの部屋から出ていった。
屋敷を飛び出てさまよい歩いた私は、東の山の入り口にいた。他に行くあてが思いつかなかった。
深い森に包まれた草原の中で、私は切り株に腰掛けていた。頭上は赤く染まったもみじの葉っぱに覆われていた。遠くから眺めると赤いカーテンみたいに見えた紅葉は、真下に潜りこんで見上げると血の色みたいだった。真っ赤な血が頭上から迫ってくるような気がして、気持ち悪くなった。
どれぐらいここにいたんだろう。さっきまであんなに晴れていたのに、いつのまにか灰色の雲が空を多い、雨が降ってきた。一張羅のドレスがぐっしょり濡れてしまった。
雨にうたれるままに身をまかせていると、濡れて冷えた肌の下で全身から微熱がわき上がってくるのを感じた。雨宿りの場所を見つけ損ねたのろまなツバメが一羽、雨にうたれながらよろよろと飛んでいた。
やがて三人が私を迎えにきた。レイラは包帯が巻かれた右手に私のお気に入りの赤い傘を持っていた。
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あの後レイラに、姉さんたちにどれぐらい謝ったんだろう。大泣きしながら謝る私を、三人は優しく許してくれた。
ルナサ姉さんは私の肩にそっと手を置きながら。メルラン姉さんはにこにこ笑いながら。レイラは不器用にはにかみながら。
なんて優しいんだろう。優しすぎるぐらいだ。姉さんたちもレイラも。
あの事件が原因で、レイラは右手の中指をうまく動かすことができなくなってしまった。華奢な少女の指に、破片が深く刺さりすぎたようだった。
日常生活を送るには問題なかったが、レイラは楽器を弾くことをやめてしまった。あの日以来、この屋敷から楽器の音色が消えた。誰も楽器を弾かなくなったからだ。
レイラは私を許してくれたが、私は今でも自分を許せない。レイラの指からしたたり落ちる鮮血。決して言ってはいけなかった言葉。
あらためて思う。どんなに後悔しても、消せない痛みは存在するのだと。まして、その人がこの世からいなくなってしまったのならば。
私はピアノの大きな傷を眺めるのをやめて、鍵盤蓋を開けた。白と黒が入り混じる鍵盤は久しく見ていなかった。
今も音が鳴るのだろうかと、ふと思った。もうずっと前からロクな調律もされていないはずだ。
あの日触れるのが嫌で仕方なかったこの鍵盤を、そっと人差し指で押した。ほとんど右端に位置する、高音の「ラ」の音だ。
ピィィィン。
研ぎ澄まされた静謐な音が鳴った。よく晴れた冬の朝、きれいに磨かれた真鍮の鐘が雪景色の中で鳴ったような、そんな端正な音だった。
透き通っているが、その一方でどこか張り詰めた音だ。矢を放つ直前の弓のように、あやういバランスで成り立っているように感じた。まともに手入れされていないピアノの、最後の精一杯の叫びなのかもしれない。
私は胸がざわめくのを感じた。あの頃は音楽を聴いても何も感じなかったのに。音の響きで心がこんなに波立つとは思わなかった。
手が震えそうになるのを抑え、私はもう一度鍵盤を押した。今度は少し強めに押した。再び、澄みわたる高い音が部屋を満たした。その一方で、窓の外からポチャンという水の音が聞こえてきた。亀か何かが池に飛び込んだ音だろう。ピアノと水の二つの音が混じり合い、私の頭の中で木霊した。
そうか。
私の中で何かがはじけた。
きっとこれは、祈りなんだ。
人間たちはなぜ音楽を好むのか。どうして楽器を弾き、歌を歌うのか。
言葉では伝えられないこと、もう伝えることのできない相手。 音楽にすることで、初めて伝わることだってあるかもしれない。
目の前が晴れていくような気持ちになった。この時はじめて、自分を許してもいいかもしれないという気持ちになれた。あるいはそれは、ほんの一瞬の気の迷いかもしれない。だが、例え勘違いでもいい。この胸の高鳴りこそが、レイラに捧げる祈りなのだから。
口にしてしまった言葉は取り消せない。だからせめて、精一杯祈るんだ。
私はピアノの部屋を出て急いでキッチンに行き、コップに水を汲んでレイラの部屋へと走った。息を切らして意気揚々と部屋に戻った私を、姉さんたちは目を丸くして見ている。
息を整える間もなく、私は二人に向かって叫んだ。
「アンサンブルをしようよ、三人で! にぎやかな演奏で、レイラを楽しく送り出してあげたいの!」
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ピアノが置かれた部屋に、三つの楽器の音が鳴り響く。時刻は夜の十二時をとっくに過ぎていた。
それでも練習の手を休めるわけにはいかない。レイラは明日、お墓に埋葬することになっているのだ。時間がない。
「うーん、やっぱり上手く吹けないなぁ。もう何十年も触ってないし」
トランペットを吹いていたメルラン姉さんが呟いた。私の提案に快くのってくれたが、年月の壁は厚かった。
「触る?」メルラン姉さんの独り言に、バイオリンと格闘していたルナサ姉さんが反応した。
「そうだ、それよメルラン。私たちは騒霊なんだから、手を触れずに演奏すればいいじゃない」
あ、なるほど。ルナサ姉さんの言うことに私は納得した。それは思いつかなかった。
私たちは騒々しいポルターガイストなんだから、お行儀よく手を使って演奏する必要なんてないんだ。
私はピアノの鍵盤から手を放し、能力を使って手を触れずにピアノの鍵盤を叩いた。すると大したもので、あれだけ苦労していた曲があっさりと弾けた。心地よいバイオリンとトランペットの音も聞こえ始めた。
それにしてもと、私は思った。霊の存在である私たちが音楽を奏でて死者に祈りを捧げるなんて、まるでジョークみたい。
ふふ、何だかおかしい。これはきっと、神様へのいたずらね。魂を持たない私たちの、ささやかないたずら。
でもこれぐらいなら神様も許してくれると思う。
ね? レイラ。
だから私は宣言します。
私たちはきょうここに、幽霊楽団を結成しますと。
冷たくなったレイラを通り越して、窓から差し込んだ秋の夕日が私の体を照らす。いわし雲をオレンジ色に染め透かして注ぎ込む、優しくて暖かい陽光だった。
私は頬をこすり、うつむいていた顔を上げた。すると、すぐ目の前にルナサ姉さんの力強い目線があった。泣き崩れるように膝を落とした私をルナサ姉さんは抱きかかえ、何も言わずにそのまま私を抱いてくれていたのだ。ルナサ姉さんは冷たい床の上で正座になり、私がその膝の上で泣きじゃくっている格好だ。
そのまま何分、何時間たったんだろう。私はずっと無言で涙を流していた。ルナサ姉さんはやはり無言で、幼児をあやすように私の髪をなでてくれた。ルナサ姉さんは優しい。ルナサ姉さんだって本当は私などに構わず、思いっきり泣きたいはずなのに。
目線をあわせたルナサ姉さんの顔は凛々しくて、でも自分だけは泣かないようにと必死に張り詰めているようにも見えて、今にも溶けそうな氷の彫刻みたいだった。
メルラン姉さんは大声で、本当に赤ん坊みたいに大きな泣き声で、レイラが眠るベッドに泣きすがっていた。まるで死者が呼びかけに答えるのを期待しているかのように、ただただレイラの名前を何度も叫び、ベッドを揺すっていた。
そんなに揺すったら、きっとレイラも困ってしまうよ。涙も枯れていくらか落ち着きを取り戻した私は、心の中でメルラン姉さんにそうつぶやいた。
最近は病状が安定していて、落ち着いている。人里のお医者さんにそう説明されたばかりだった。それなら安心だと、私達三人は完全に油断していた。実際、レイラは今日の朝おかゆを二杯も平らげたのだ。だがダメだった。ベッドの上のレイラが急に胸をおさえて苦しみだしてからはあっという間だった。本当に急だったから、お医者さんを呼ぶ暇すらなかった。
「見てレイラ。窓の外、ツバメが四羽、空を飛んでるわ。あんなに低く」
「あら、本当ねリリカ姉さん。明日は雨かしら」
昼下がりに交わしたこの会話が、レイラと私の最後の会話となってしまった。髪がすっかり白くなり顔に大きな皺が刻まれていても、笑う顔は昔の少女の時と同じままだった。レイラは冷たくなった今もベッドの上でかすかに優しい笑みを浮かべている。死ぬ間際はあんなに苦しそうにしていたのに。やっぱり不思議だ、人間は。
メルラン姉さんの気を落ち着かせるために、私はキッチンに水をとりに部屋を出た。ルナサ姉さんはまだ私が心配なのか不安そうな目で見ていたが、大丈夫だと目線で合図して部屋のドアをしめた。
ドアには「レイラのへや」と丸っこい字で書かれた色あせたプレートがかけてある。かつて私たちがこの屋敷ごと幻想郷に移り住んだ時に、私が書いてプレゼントしたものだ。もう何十年前になるだろうか。今日という日までレイラは大事に使ってくれたようだ。
プレートを人差し指で軽くなでた後、私はドアに背を向けて長い廊下を歩きだした。
キッチンに向かう途中、廊下に面した部屋の一つを通り過ぎようとした時、私の足は止まった。部屋のドアは開きっぱなしになっていて、中の様子が廊下から見えた。部屋には黒い大きな塊が置かれていた。
私は目の前がさっと暗くなっていくような気がした。心の奥にしまいこんだ、胸をえぐるような思い出を、意識の表層まで一気に引きずり出されたようだった。ああ、どうしてよりによってこんな時に見てしまったのだ、このピアノを。あの日の出来事が起こってから、できるだけ触れないようにしていたのに。
一刻も早くこの部屋を通り過ぎたかったが、私の心はピアノに縛り付けられるようだった。私はほとんど胸が引き裂かれそうになりながらも、足が部屋の敷居をまたぎ、一歩ずつピアノに近づいていた。
結局、ピアノの譜面台についた傷に吸い込まれるようにして、私はピアノの前に立っていた。ハンマーで叩いたかのような、大きな傷跡だ。
ピアノの傷跡を見ているうちに私は目の前がぐるぐると回るような眩暈をおぼえ、過去の出来事が鮮明に頭に浮かんできた。
レイラを傷つけ、とりかえしのつかないことをしてしまったあの日の出来事。どれだけ言葉と時間を重ねても消せない胸の痛み、後悔。あれは私たち四人姉妹が幻想郷の生活に慣れてきた頃のことだった。
気がつけば、レイラの部屋から聞こえていたメルラン姉さんの泣き声がやんでいた。代わりに、新月の夜のような静寂が屋敷全体を包んだ。
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「ねぇレイラ、ピアノなんかいいから遊ぼうってば!」
私の声が部屋に大きく木霊する。私はピアノの鍵盤から手を放し、楽譜を抱え横に立っているレイラに抗議した。レイラの十二歳の誕生日だった。
幻想郷に移り住んで二回目となる秋の日だった。この季節は東の山の森が一斉に紅葉し、一面が真っ赤に燃え上がる。山に深く入り込まなければ恐ろしい妖怪にも遭遇せず、安全であることも最近分かった。
今日みたいな天気のいい日はお弁当を持ってみんなでピクニックをすればさぞかし楽しいに違いない。せっかくのレイラの誕生日なのだから、今日ぐらい一日思いっきり遊ばなければ。
しかしレイラはうんと言わなかった。
「だめよリリカ姉さん。私たちはプリズムリバー伯爵の娘なんだから、楽器ぐらいたしなんでおかないと。遊ぶのはその後でね」
たしかにレイラは楽器の演奏が上手だった。ピアノも何十曲と弾きこなしていたし、バイオリンのソロ演奏も実に楽しそうに軽々と弾いていた。音楽のことはさっぱり分からない私でも、これは上手い演奏なのだなと分かる。それでもレイラの元の姉たち、つまり本物のプリズムリバー家の姉たちはレイラよりもずっと楽器の演奏が上手だったらしい。
だからなのだろうか、レイラは自らの手で生みだした騒霊である私たち三人に、楽器の手ほどきをしていた。
ルナサ姉さんは「音に惹かれた」と言ってバイオリンを選んだ。最初は爪でガラス窓をひっかくような音しかしなかったが、レイラの熱心な指導のおかげで一年もすればキレイな音を鳴らすようになった。真面目で努力家なルナサ姉さんらしい。
メルラン姉さんは倉庫に眠っていたトランペットを引っ張り出した。「キラキラしてて面白い形をしてるから」だそうだ。レイラはトランペットを吹いたことがなかったため困っていたが、メルラン姉さんは誰にも教わらずに独学で練習した。それでも全くの我流でちゃんと音を鳴らせるようになったのだから、メルラン姉さんも大したものだ。
だが、私はダメだった。「一番簡単に音が出せるから」なんていう理由でピアノを選んだのがまずかったのかもしれない。一年間練習を続けても、一曲もまともに弾けなかった。姉さん達はそれぞれの楽器であんなに上手く演奏しているのに、私は一人だけずっとつまづいていた。しだいに、いらだたしさと不満が募ってきた。
そもそも楽器の演奏なんて何が楽しいんだ? ややこしくて面倒なだけじゃないか。レイラを喜ばせようと思って始めたが、何も面白くない。だいたい音楽なんて、耳触りでうるさいだけだ。これが一体何の役に立つというのか。
そんなうっぷんが、心の中で日頃からたまっていった。
「いやよレイラ、練習なんてしたくない。私、ピアノの才能ないみたいだもん。それよりみんなでピクニックに行こうよ」
私がお手上げのポーズをとってそう言うと、レイラは困ったように私を諭した。
「そんなことないわ、リリカ姉さん。私も最初の頃はてんでダメだったもの。今日のレッスンはもう少しで終わるから」
私とレイラから少し離れたところで、ルナサ姉さんとメルラン姉さんが各々の楽器を手に取り、好き勝手に演奏していた。自分の世界に浸るかのように、楽しそうに楽器を弾いている。
二つの楽器が出す音はガチャガチャとでたらめに混ざり合い、部屋の中が騒々しかった。
「ね? お願いリリカ姉さん。私、いつか四人でアンサンブルするのが夢なの。昔みたいに」
昔みたいに? レイラの最後の言葉に、私はひどく反発を覚えた。胸の中が、言葉にならない黒いもやで覆われていく。
「……知らないわよ、昔なんて。どうせ私なんて、落ちこぼれだわ。向いてないもの」
マイペースな姉さんたちもさすがに様子がおかしいと気づいたのか、演奏をやめてこちらを見ている。
音が止んで部屋が静まり返ると、元々速くなっていた鼓動が余計に加速し、頬がかっと赤くなるのを感じた。
「ごめんなさい! そんな意味じゃないの。リリカ姉さん、あなたも私たちの姉妹なんだから、必ず上手くできるわ」
私「たち」とは誰のことだ? 目の前にいるルナサ姉さんとメルラン姉さんのことか? それとも……
私はもう悲憤の熱に感情を支配され、やり場のない空しさに満ちた憤りで爆発しそうだった。怒りに勢いをまかせるように、私は立ち上がって叫んだ。
「そんなこと関係ないじゃない!」
私が急に叫んだためか、レイラはビクッと驚いて固まった。
意外にも、メルラン姉さんもすごく不安そうな顔つきになり、泣きだしてもおかしくないような表情を浮かべていた。いざという時は、普段明るく元気な人のほうが涙もろいのかもしれない。
その一方でルナサ姉さんは表情を変えずにじっとこちらを見つめ、「リリカ」と一言だけしゃべりかけた。部屋の空気が張り詰めていく。窓の外では、一羽のツバメがゆるい弧を描いてゆっくり空を横切っていた。
紙の束が床に落ちる音がした。目を向けると、レイラが手に持っていた楽譜を落としてしまったのだと分かった。
楽譜の片隅に書かれている名前を見た時、私の心の中で一本の糸が切れた。かっちりと整った流暢な字で、「リリカ・プリズムリバー」と書かれいていた。お手本みたいなきれいな字だ。
私は自分が叫びだすのを抑えきれなかった。私ではなく、私という存在が全身から上げる悲鳴のさけび。騒霊として生まれてから、こんなに大きい声を出すのは初めてだった。
「ほんとは私なんてただの代わりじゃない! 本物のリリカ・プリズムリバーの身代わりなんだわ!」
言い終わってすぐ、私は激しく後悔した。レイラが大粒の涙を楽譜の上に落とし、崩れ落ちる。 しまった。やっぱりこれだけは絶対に言ってはいけなかったのだ。
瞬間、目の前で火花が飛び散った。そして頬に痛みが走り、自分は平手打ちされたのだということにようやく気がついた。
顔を正面に向けると、ルナサ姉さんが右のてのひらを左手でおさえていた。顔は相変わらず無表情だったが、目は赤く腫れて濡れていた。瞳は無言の怒気と悲痛で満ちていた。
メルラン姉さんの大きな泣き声が部屋に響いた。メルラン姉さんは泣きながらレイラに近づき、床にへたりこんでいたレイラを抱きかかえた。
骨がきしむんじゃないかと思うぐらい、目一杯の力でレイラを抱きしめている。
「リリカを怒らないでレイラ! 私たち、少し不安定なだけだから!」
わんわん泣きじゃくりながら、大声でレイラに訴えた。でもレイラは最初から全く怒ってなんていなかった。
私はやるせない憎しみに取りつかれた。やり場のない怒りの衝動に突き動かされて、何かをしなければ気がおさまらなかった。
私はピアノに目を向けた。大嫌いだ。こいつのせいだ。こいつのせいで、こんなことに。レイラにあんな言葉を言いたいわけじゃなかったのに。
次の瞬間、机の上にあった花瓶が宙に浮かんだ。大理石でできた、小さいが重みのある花瓶だ。花瓶は一直線にピアノに向かい、譜面台に強くぶつかった。鈍い衝撃音が響いた。
この時はじめて、花瓶は私がポルターガイストとしての力で飛ばしたものだと気づいた。私は無意識のうちにピアノに怒りをぶつけてしまったようだ。
いけない、止まれ。そう思った時はすでに遅かった。ピアノにぶつかった花瓶は、反動の力でそのまま跳ね返った。その勢いのまま、花瓶は叩きつけられるようにしてレイラの右手に落ちた。レイラは右手を床につけていたため、手は花瓶と床に強く挟まれることになった。花瓶は音をたてて割れた。
「ああっ!」
これは誰の悲鳴だろうか。たぶん、ここにいる四人全員だ。
レイラを抱いていたメルラン姉さんが、あわててレイラの右手を握りしめた。見ると、中指の第一関節あたりに破片が突き刺さり、赤い血が流れるように出ていた。メルラン姉さんは顔を真っ青にして、ポケットから取り出した白いハンカチで血をぬぐった。ルナサ姉さんもひっくり返るような勢いでレイラのもとに走った。
私は呼吸が荒くなるのを感じた。違う、こんなはずじゃなかったのに。レイラの誕生日を楽しくお祝いしたかっただけなのに。
意識がちぎれ飛びそうになった私はこれ以上耐えきれず、走ってこの部屋から出ていった。
屋敷を飛び出てさまよい歩いた私は、東の山の入り口にいた。他に行くあてが思いつかなかった。
深い森に包まれた草原の中で、私は切り株に腰掛けていた。頭上は赤く染まったもみじの葉っぱに覆われていた。遠くから眺めると赤いカーテンみたいに見えた紅葉は、真下に潜りこんで見上げると血の色みたいだった。真っ赤な血が頭上から迫ってくるような気がして、気持ち悪くなった。
どれぐらいここにいたんだろう。さっきまであんなに晴れていたのに、いつのまにか灰色の雲が空を多い、雨が降ってきた。一張羅のドレスがぐっしょり濡れてしまった。
雨にうたれるままに身をまかせていると、濡れて冷えた肌の下で全身から微熱がわき上がってくるのを感じた。雨宿りの場所を見つけ損ねたのろまなツバメが一羽、雨にうたれながらよろよろと飛んでいた。
やがて三人が私を迎えにきた。レイラは包帯が巻かれた右手に私のお気に入りの赤い傘を持っていた。
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あの後レイラに、姉さんたちにどれぐらい謝ったんだろう。大泣きしながら謝る私を、三人は優しく許してくれた。
ルナサ姉さんは私の肩にそっと手を置きながら。メルラン姉さんはにこにこ笑いながら。レイラは不器用にはにかみながら。
なんて優しいんだろう。優しすぎるぐらいだ。姉さんたちもレイラも。
あの事件が原因で、レイラは右手の中指をうまく動かすことができなくなってしまった。華奢な少女の指に、破片が深く刺さりすぎたようだった。
日常生活を送るには問題なかったが、レイラは楽器を弾くことをやめてしまった。あの日以来、この屋敷から楽器の音色が消えた。誰も楽器を弾かなくなったからだ。
レイラは私を許してくれたが、私は今でも自分を許せない。レイラの指からしたたり落ちる鮮血。決して言ってはいけなかった言葉。
あらためて思う。どんなに後悔しても、消せない痛みは存在するのだと。まして、その人がこの世からいなくなってしまったのならば。
私はピアノの大きな傷を眺めるのをやめて、鍵盤蓋を開けた。白と黒が入り混じる鍵盤は久しく見ていなかった。
今も音が鳴るのだろうかと、ふと思った。もうずっと前からロクな調律もされていないはずだ。
あの日触れるのが嫌で仕方なかったこの鍵盤を、そっと人差し指で押した。ほとんど右端に位置する、高音の「ラ」の音だ。
ピィィィン。
研ぎ澄まされた静謐な音が鳴った。よく晴れた冬の朝、きれいに磨かれた真鍮の鐘が雪景色の中で鳴ったような、そんな端正な音だった。
透き通っているが、その一方でどこか張り詰めた音だ。矢を放つ直前の弓のように、あやういバランスで成り立っているように感じた。まともに手入れされていないピアノの、最後の精一杯の叫びなのかもしれない。
私は胸がざわめくのを感じた。あの頃は音楽を聴いても何も感じなかったのに。音の響きで心がこんなに波立つとは思わなかった。
手が震えそうになるのを抑え、私はもう一度鍵盤を押した。今度は少し強めに押した。再び、澄みわたる高い音が部屋を満たした。その一方で、窓の外からポチャンという水の音が聞こえてきた。亀か何かが池に飛び込んだ音だろう。ピアノと水の二つの音が混じり合い、私の頭の中で木霊した。
そうか。
私の中で何かがはじけた。
きっとこれは、祈りなんだ。
人間たちはなぜ音楽を好むのか。どうして楽器を弾き、歌を歌うのか。
言葉では伝えられないこと、もう伝えることのできない相手。 音楽にすることで、初めて伝わることだってあるかもしれない。
目の前が晴れていくような気持ちになった。この時はじめて、自分を許してもいいかもしれないという気持ちになれた。あるいはそれは、ほんの一瞬の気の迷いかもしれない。だが、例え勘違いでもいい。この胸の高鳴りこそが、レイラに捧げる祈りなのだから。
口にしてしまった言葉は取り消せない。だからせめて、精一杯祈るんだ。
私はピアノの部屋を出て急いでキッチンに行き、コップに水を汲んでレイラの部屋へと走った。息を切らして意気揚々と部屋に戻った私を、姉さんたちは目を丸くして見ている。
息を整える間もなく、私は二人に向かって叫んだ。
「アンサンブルをしようよ、三人で! にぎやかな演奏で、レイラを楽しく送り出してあげたいの!」
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ピアノが置かれた部屋に、三つの楽器の音が鳴り響く。時刻は夜の十二時をとっくに過ぎていた。
それでも練習の手を休めるわけにはいかない。レイラは明日、お墓に埋葬することになっているのだ。時間がない。
「うーん、やっぱり上手く吹けないなぁ。もう何十年も触ってないし」
トランペットを吹いていたメルラン姉さんが呟いた。私の提案に快くのってくれたが、年月の壁は厚かった。
「触る?」メルラン姉さんの独り言に、バイオリンと格闘していたルナサ姉さんが反応した。
「そうだ、それよメルラン。私たちは騒霊なんだから、手を触れずに演奏すればいいじゃない」
あ、なるほど。ルナサ姉さんの言うことに私は納得した。それは思いつかなかった。
私たちは騒々しいポルターガイストなんだから、お行儀よく手を使って演奏する必要なんてないんだ。
私はピアノの鍵盤から手を放し、能力を使って手を触れずにピアノの鍵盤を叩いた。すると大したもので、あれだけ苦労していた曲があっさりと弾けた。心地よいバイオリンとトランペットの音も聞こえ始めた。
それにしてもと、私は思った。霊の存在である私たちが音楽を奏でて死者に祈りを捧げるなんて、まるでジョークみたい。
ふふ、何だかおかしい。これはきっと、神様へのいたずらね。魂を持たない私たちの、ささやかないたずら。
でもこれぐらいなら神様も許してくれると思う。
ね? レイラ。
だから私は宣言します。
私たちはきょうここに、幽霊楽団を結成しますと。
特に、過去話のリリカが怒るシーンが印象的でした。
>時計は叩きつけられるようにして
ここは花瓶と差し替え忘れかな? それとも置き時計と花瓶は別なのか。
細かい突っ込み失礼しました。
おっしゃる通りの差し替え忘れです。修正しておきました。
ご指摘ありがとうございました。
一人だと全ての誤字脱字を見つけるのは難しいので、すごく助かります。
かくのごとくして成った、と。
レイラが根気よく教えてくれたのが少し報われないかなぁ
雰囲気のある作品でした。