それは、ちょっとした不思議な話。
「わっ」
その日、彼女――東風谷早苗が驚きの声を上げたのは、太陽が傾いた夕暮れ時。
机について、ぼんやりと目の前のカレンダーを眺めていたその時に、突然、机の上に置きっぱなしにしている携帯電話が軽快なメロディを立て始めたのだ。
「え? 何で?」
音楽は数秒間、鳴り響いた。
しかし、早苗はそれをとろうとはしない。
その理由は――、
「……」
恐る恐る、携帯電話に手を伸ばす。光を放つサブディスプレイに『メール着信あり』の文字があった。
「……何で?」
もう一度、同じ事をつぶやく。
そう。
彼女が疑問に思うのも、当然の事態だった。
「さーなえー。そろそろご飯だよー。今日はねー、わたしの手作りおでん……って、どしたの?」
ドアを開けて(ノックもせずに)現れた、この神社におわす神――であると同時に、早苗の『家族』でもある――諏訪子が、とてとてという足音を立てて、早苗へと近づいた。
「えっと……諏訪子さま」
「ん?」
「心霊現象ですよ」
「はいはい」
また居眠りしてたな、と諏訪子が早苗のおでこをびしっと叩いた。
早苗は「違いますよぅ」とふてくされたようにほっぺたを膨らませて反論すると、『ほら』と携帯電話を見せる。
「おや。確かに心霊現象だ」
「でしょう?」
不思議だねぇ、不思議ですねぇ、という会話を交わしていると、
「二人とも。そろそろ居間に来なさい……って、何してるの」
続いて現れたのは、この神社のお母さんな神様だ。
彼女――神奈子は、『どうしたの?』と、もう一言、同じ言葉を繰り返して二人に近寄る。そして二人から、これこれこういう理由で、という話を聞いて『へぇ』と声を上げた。
「面白いこともあるみたいね」
「……ですね」
そうつぶやく早苗の視線は、携帯電話に向いていた。
とりあえず晩御飯を終えて、お風呂に入って――諏訪子と一緒の入浴だったため、一日の疲れを癒すどころか逆に疲れてしまったが――、部屋に戻ってきた早苗は、ベッドに横になりながら携帯電話を手に取った。
「う~ん……」
まず、彼女は思う。
ありえない。
なぜ、ありえないのかというと、今、彼女達のいる、この世界はそういう『インフラ』が存在しないのだ。
ここ、幻想郷は、とある賢者に話を聞いたところ、日本の歴史の年表で言う明治時代頃に外の世界(と、その賢者は言っている。要は、幻想郷以外の世界のことだ)から切り離されたのだと言う。
その頃から文明レベルはストップしているため、最近、外の世界から幻想郷にやってきた早苗たちは、そりゃもう生活に難儀したものである。
今は、懇意にしている友人たちの手により、電機にガス、上下水道のインフラは手に入れたが、テレビや電話、ましてやインターネットなんてものは完全に使用不可能な状態が続いている。
なのに、彼女が手にしている携帯電話に『着信』があったのである。
不思議な話だ。
幻想郷を覆う結界が、そうした電波なども遮断しているのかどうかはわからない。かつて、早苗はこの結界の中から外に電話をしてみたり、メールを飛ばしたりしたのだが、なぜか回線はつながるものの、決して返事はなかったのである。
そして、かつての生活を送っていた彼女なら、一日に10や20のメールの往復は当たり前だったのにも拘わらず、この世界に来てから、ぱったりとそれも途絶えてしまった。
「……う~ん」
とりあえず、悩みながらも、彼女は携帯電話の画面に目をやる。
メール一覧の『受信ボックス』の項目を開き、『新着メール』を見る。
『FROM SONOO』。
そう書かれていた。
「……そのおさん?」
誰だろう。
自分と交友のあった友人一同の顔と名前を思い出してみるが、『そのお』という人物に心当たりはなかった。
メールが混信したのだろうか。いや、そもそも、メールって外から中に入ってくるんだろうか。
疑問は尽きないまま、メールの本文を一読する。
『初めまして。突然のメール、失礼致します。
わたし、園生と言います』
「何か出会い系とかのメールみたい」
中身をざっと見る前に、怪しいURLなどがくっついていないかを確認する。昔はよく怪しいサイトにも出入りしていたため、この手のスパムメールには事欠かなかったのである。彼女は。
とりあえず、メールの安全性を確認してから、メールの中身を読んでいく。
『わたしは最近、引越しをしました。今まで住み慣れたところから、全く別のところに移ってしまうことに、最初は、そして今も、すごく違和感があります。
行きつけの喫茶店も、お洋服屋さんも、美味しいお料理屋さんもありません。しかも、ここはインターネットがつながっていなくて、辛うじて、携帯電話がつながるくらいの田舎なんです』
「大変そうだなぁ」
自分と同じ境遇の『園生』さんに共感でも覚えたのか、ぽつりと早苗はつぶやいた。
『これまで通いなれた学校からも離れ、お友達とも疎遠になってしまいました。
今は、家族には強がってはいますけれど、内心では不安ばかりで一杯です。わたし、これからもここでうまくやっていけるのでしょうか』
メールはそこで終わっていた。
親しい友人――いや、それ以上の『家族』に宛てて書いたとも思われるその内容に早苗は逡巡するも、すぐに返答を打ち始める。
『初めまして。このメールを受け取った、早苗といいます。
園生さんへ。
大丈夫です。わたしも同じような環境で暮らしていますが、今ではすっかり、この生活に慣れることが出来ました。
新しいお友達もたくさん出来ましたし、色んな、楽しいこと、楽しい日々に、毎日、うきうきしながら生活しています。
最初の頃は、あなたと同じで不安も一杯でしたけど、それでも、この世界で暮らしていくうちに、その気持ちも薄れていきました。
今は、一番、あなたにとって大変な時期です。けれど、それを投げ出したりせず、頑張ってください。
そうしたら、きっと、楽しい日々がやってきますよ』
送信。
『メールを送信しています』の画面が現れ、消える。
それからしばらく待ってもメールは戻ってこなかったため、送ったメールは電波に乗って『園生さん』の元に向かったのだろう。
もっとも、これが届くかどうかは、また別の話だが。
「気持ちを前向きにしてくれたらいいな」
そうつぶやいて、早苗は部屋の明かりを消した。
ふっと暗くなる室内で、『そうだ、明日は霊夢さんのところに行こう』と彼女は小さくつぶやいたのだった。
「霊夢さ……」
「早苗ぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「うわわっ!? どうしたんですか、霊夢さん!」
「うちの食料が……うちの食料がぁぁぁぁぁぁ……」
翌日、その『霊夢さん』のところを訪れた早苗に、くだんの人物が、顔面崩壊しつつすがりついてきた。
何事かと思いつつ、彼女をなだめながら話を聞くと、何でも、倉庫に入れておいた食料がねずみに食い荒らされていたということだった。
もちろん、そのねずみの元締め(と、勝手に彼女が決めている)には『よくもうちの食料をぉぉぉぉぉぉ!』と鬼神と化して正義の鉄槌を叩き込んだとか。
「……あー、だからあっちでナズーリンさんが『私が何をしたぁぁぁぁぁぁぁ!』って叫びながら飛んでったのか……」
彼女の冥福(注:死んでません)を祈りながら、早苗は、『よしよし』と彼女――霊夢の頭をなでてやる。
「……で、あの……」
「……おなかすいた……」
「……大福、持って来ましたから」
「さすが早苗! うちの福の神!」
「……いえわたし風祝なのですが……」
その辺りの話は、もちろん、霊夢は聞いてくれなかった。
半分以上、強制的に腕を引っ張られながら、早苗は母屋へと案内される。そして、居間に到着したところで、なぜか瞬時にお茶が用意される。
「……どうぞ」
「いただきまーす!」
よっぽどお腹がすいていたのか、差し出した大福が、あっという間に霊夢のお腹の中に消えていく。
その見事な食べっぷりに感心しつつ、『後で食料買ってきてあげよう』と早苗は思った。
「いやー、美味しかったー。満足、満足」
「……お、お粗末さまです……。
あの、霊夢さん。もしかして甘いものに飢えてました……?」
「むしろ食べ物に飢えてました」
「……どうぞ。これで美味しいもの、お腹一杯食べてください」
「あれ? 何か同情されてる?」
そっと差し出す熨斗袋の中身は、霊夢が滅多に持つことの出来ないお札さま。
とりあえず、彼女はそれを受け取った後、「それで、何?」と尋ねてきた。目の前の食い物に意識が行ってしまって、そもそも早苗が何でここに来たのかということを、すっかりとスルーしていたようである。
「あ、いえ。霊夢さんのお顔を見に……」
「あ、そうなんだ。
それじゃさ、この前、借りた漫画。あれ、返すわ」
「はい」
「えーっと……確か、私の部屋に持っていったな……」
ちょっと待っててね。
そう残して、霊夢は席を立った。
つと、早苗も立ち上がり、居間の障子を開く。外から飛び込んでくる、冷たい、冬の光が室内を照らす。あったかさと同時に肌寒さも伝わってきて、少しだけ、彼女は肩を震わせた。
「はいよー」
「確かに」
霊夢は、持ってきた、山のような漫画の束を早苗へと手渡す。早苗はそれをどこぞへとしまいこむと、つと、霊夢に尋ねた。
「霊夢さん。霊夢さんは、携帯電話、ってご存知ですか?」
「何それ?」
これです、と取り出す早苗。
「あー、これか。何かはたての奴が持ってたわよね」
テーブルの上に出されたそれを、つんつんとつつき、かちゃかちゃと弄り回す霊夢。心なしか、新しいおもちゃを買ってもらった時の子供のような瞳を、彼女は見せている。
「何、早苗も新聞とか作るの?」
「あ、いいえ。そうじゃなくてですね。
これ、メール……あー、いや……知り合いに手紙を送る機能があるんですけど」
「へぇ! これが手紙を出しに行くの? いわゆる付喪神ね!」
「……うあぁ、日本語って難しい」
いやいや違うんです、とあれこれ説明する早苗。
しかし、『電波がどう』だの『通信がこう』だのといった説明が霊夢に理解できるはずもなく、彼女の頭の中では、さながら手足の生えた『携帯電話』が『郵便だよ!』と手紙を届けに行く光景が展開される。しかも、その『携帯電話』が空を飛び、一瞬で相手の下に飛んでいく映像つきだ。
「……何かよくわからないけどすごいのね」
「……ええ、まあ。
あ、えと、それでですね」
早苗は携帯電話を開くと、その画面を霊夢に見せる。
「これ、電波が届かないところにいる相手には手紙を送れないんですけど」
「ふむふむ」
「幻想郷の結界って、その電波も遮断しちゃう……のかどうかはわからないんですけど、この結界の中から外には手紙は送れないんです」
「そうなんだ」
……知らなかったのか。
思わず、早苗は内心でつぶやいた。
「……えーっと。
にも拘わらず、ですね。先日、手紙が届きまして」
「どこから?」
「……多分、外から」
「はたてからじゃないの?」
「はたてさん、その辺りの機能、使いこなせてないみたいですけど」
とはいえ、その指摘をしたら、きっと顔を真っ赤にして怒ることだろう。それがいわゆる強がりなのだが、それはともあれとしておく。
「それに、『園生さん』っていう方からの手紙だったんです」
「友達?」
「あ、いえ。わたしの知り合いにはあいにく……」
「ふぅん」
それで? と霊夢は尋ねた。
そこで早苗も『あ、いえ、別に……』と言葉を濁してしまう。
だから何をするという結論は、彼女の中にはなかった。当たり前と言えば当たり前だが。
ただ、『こういうことなんですよ』と霊夢に説明したに過ぎないのだ。
「その辺り、紫に聞けばわかりそうなもんだけどねぇ」
早苗から携帯電話を受け取る霊夢。
と、その瞬間、軽快な音楽を、携帯電話が奏で始めた。
「うわっ、なに、なに!? 何か音楽鳴ってるんだけど!?」
「あ、えっと、手紙がきたみたい……って、ええっ!?」
慌てて、早苗は霊夢の手から携帯電話を奪い取ると、その画面に視線を向ける。
『着信あり』
映し出されている文字を確認してから、早苗はメールのアイコンをクリックする。
『早苗さんへ
こんにちは、園生です。
ありがとうございます。こんな身元不明のメールに返事をくれて。
最初、返事が来た時、すっごく驚きました。誰からだろうって見たら、知らない人からのメールで。削除しようと思ったんですけれど、内容を読ませて頂いて、わたし、とても感動してしまいました。
早苗さんも、今まで住み慣れたところを離れて暮らしているんですね。けれど、わたしと違って、そこの世界に順応してるんですね。
早苗さんの文面から、とても楽しい毎日を送ってるんだなって実感しました。羨ましいです……わたしは、まだ、周りに溶け込めないから……。
早苗さん。わたし、本当に、こっちの暮らしに慣れることが出来るでしょうか。
わたしの杞憂だとしても、やっぱり不安なんです。
よろしければお返事ください。待ってます』
「……どうしましょう」
「すごーい……。これが手紙なんだ……。
これ、中に紙が入ってるの? どうやって取り出すの?」
「あ、い、いえ、そういうことはないんです……けどね」
「で、返事は出さないの?」
「え?」
「ん?」
「あ、ああ……そう……ですね」
いきなり当然のことを言われ、早苗は驚いた。
霊夢は別段、何も考えてない様子で早苗の顔を見ている。その興味は、どちらかと言うと、彼女が持っている携帯電話に向いているようだ。
早苗は、かちかちとキーを操作しながら返事を書いていく。
『園生さんへ
早苗です、こんにちは。お返事ありがとうございます。
わたしの方こそ、園生さんからのメールが届いて驚きました。こんな、ぎりぎりケータイが使えるかどうかのところに住んでいるので。それに、引越ししてからは、ずっと以前の友達とも連絡を取っていなくて。
園生さん。メールにもありましたけれど、今のわたしは、とても毎日が楽しいですよ。
確かに、園生さんのように、毎日不安だった時はありました。けれど、やっぱり、時間が解決してくれました。
どうでしょうか。園生さんも、周りの人と、もっと交流してみては。
冷たい人なんていませんよ。大丈夫。
きっと、みんな、園生さんを受け入れてくれるはずです。まず、第一の目標として、お友達をお一人作りましょう。そうしたら、そのお友達が、あなたの鎹になってくれますよ。
また何かあったらメールくださいね』
「送信……っと」
ぽち、とキーを押してから。
視線を、隣の霊夢に向ける。
「……あの」
「で、いつ、その『携帯電話』は変身するの?」
わくわくどきどき、な視線を向けられて、早苗は小さなため息と共に、『変形しませんよ』と答えるのだった。
それからしばらくの間、園生からの返事はなかった。
たまたま偶然、メールが届いただけだったのかな。
そんな風に早苗は思い、彼女への印象が、若干、薄れてきた頃のことだ。
「わっ!?」
「な、何事!?」
「あ、ああ、ごめんなさい!」
その日、早苗はアリスに連れられて、パチュリーの元を訪れていた。
紅魔館の大図書館には、外の世界から無数の本が流れ着き、その中には希少なものもたくさん含まれているとの話を聞いて、『まさか、過去に絶版になったあれもあるんじゃないか』と目を輝かせたのだ。
そうして、実際、その本は図書館にはあった。
早苗は両手に山のように希少な本(全て、外の世界では絶版となった漫画である)を抱え、ほくほく笑顔でそれを読んでいた時のことだ。
「えっと、えっと……」
「早苗、あなた、楽器の演奏が出来たの?」
「と言うか、何、この頭に響く音は。どこぞの騒霊たちより耳障りだわ」
ようやくポケットから取り出した携帯電話が奏でるメロディに、図書館の主は大層不満顔だった。確かに、電子音と言うものは、慣れてない人間が聞くと不愉快になるのが当たり前なのかもしれない。
ともあれ、早苗は携帯電話を開くと、画面に視線を向ける。
「それ、以前、はたてが持ってたわよね」
「……ああ、確か、『けーたいでんわ』というやつだったかしら。
あなたも、あの趣味の悪い天狗たちみたいに趣味の悪い新聞を作るのね」
「い、いえ、違いますよ。そもそも、ケータイのカメラ機能は、おまけ程度のもので……」
そうなの? とパチュリー。
じゃあ、何なのかしら、とアリスが尋ねると、早苗は携帯電話の機能について解説を始める。すると、パチュリーの目が、徐々に輝いてくるではないか。
そして、
「そんなに面白い道具なのね。電波というものがなければ使えないと言うのは不便かもしれないけれど、遠くの……それこそ、何百、何千キロと離れた相手と会話が出来ると言うのは素晴らしいわ。私の力で魔法を使っても、そこまでの遠隔通信は不可能だもの。
ねぇ、早苗。よければ、それ、私に譲ってくれない? ああ、お金が必要なら用意するわ。どう?」
「あ、その……これ、わたしの大切なものなので……」
「……そう。残念ね。
なら、河童に頼もうかしら。にとりとか言ったわね。彼女なら、こういうの、作れそうだわ」
「確かに面白い道具よね。
遠くの相手との会話、手紙のやり取り、情報収集、さらには夜道でのライト代わりにもなるなんて……」
外の世界ってすごいのね、とアリス。
技術に対するカルチャーショックを、この二人が受けているというのは、早苗にとっては新鮮な光景だった。むしろつい最近までは、早苗のほうが彼女たちの立場にあったのだから。
ともあれ、早苗はメールのアイコンをクリックして、届いているメールに視線をやった。
『早苗さんへ
園生です。お返事が遅れてしまってごめんなさい。
ここ数日、ちょっと忙しかったんです。先日、早苗さんに教えていただいたことを家族に話したら、『じゃあ、園生がここに早く溶け込めるようにしないと』って意気込んでしまって。
家族のお手伝いをしていたら、すっかり、早苗さんへのお返事を忘れてしまっていました。本当にごめんなさい。
アドバイス、ありがとうございました。
早苗さんの真摯なアドバイス、とても心に響きました。
そうですよね。周りは冷たい人ばかりじゃないですもんね。それに溶け込むことを怖がっていたんじゃ、わたし、ずっとよそ者のままですよね。
早苗さんに言われた通り、わたし、もっと色んな人に出会ってみたいと思います。
まず、何をするかはわからないけれど……その成果が出たら、また連絡させていただきますね』
「……これが『めぇる』というものなのね」
「どう見ても手紙よね……。これ、どこから紙が出るのかしら……」
霊夢と同じ事をアリスが尋ねてきたことに、思わず、早苗は吹き出してしまった。
霊夢がそういうことを言うのはまだわかるのだが、普段、大人びていて、いかにも『先輩』系の彼女がそういう幼いところを持っていて、しかもそれを他人の前で見せることがあるなど、思わなかったのだ。
「それで、この『園生』というのが、早苗。あなたの今の気になる相手かしら」
「そう……ですね。
というか、何で今になって、いきなりメールが届くようになったんでしょう?」
これまでうんともすんとも言わなかったのに。
早苗が問いかけると、パチュリーは黙り込んだ。アリスが言うには『ああなると、何を言っても返事はないわよ』とのことだ。どうやら、魔女の頭の中で、緻密な計算が始まってしまったらしい。
「この子、どうして早苗にめぇるしてくるの?」
「わたしと同じなんです、この人」
そうして、早苗は語った。
園生が、今まで住み慣れたところから引越しして、新しい生活を始めていることを。
そして、その様が、かつての自分とそっくりなことを。
「わかる気がするわ」
「え?」
「私も、お母さんのところから離れて、一人でここに来たからね」
「あ、そうなんですか?」
「そうなの。
まぁ、うちのお母さん、過保護だから、最近は不定期だけどよく遊びに来るの」
――その辺りは、早苗や『園生』とは違うわね。
アリスはつぶやく。
「ホームシックになったこともあったけど……ね。
だから、わかるわ。新天地での不安って」
「……そうですか」
「だからって、あんな大暴れするのはちょっとね?」
「うぅ……それは黒歴史ということで……」
散々、霊夢にどつかれた例の一件のことは、早苗にとっては忘れたい過去である。
とはいえ、その過去がなければ、こうして霊夢やアリスたちと知り合うこともなかったのだから、人生とは不思議で因果なものだ。
「それで、返事は出さないの?」
「だ、出しますよ。当然」
『園生さんへ
早苗です、こんにちは。
毎日ご苦労様です。わたしも何となく、園生さんのお気持ち、わかります。
わたしも、一緒に暮らしている家族が、何かと面白い人で。いつも大変な毎日なんですけれど、代わりにとても楽しい時間をもらっています。
家族がいなければ、わたしはきっと、この世界の生活に慣れることは出来なかったでしょう。
家族って、とても大切な人たちです。ずっと大切にしてあげてください。
それから、お友達のことですけれど。
こっちも頑張ってくださいね。お友達が一人出来れば、すぐに色んな人と仲良くなれます。
わたしがそうだったんです。保障します。
色んな人とつながりと関わりを持って、徐々にでいいんです。今の生活に慣れていってくださいね。
そうしたら、わたしにメールする必要もなくなっちゃいますから。そうなったら、ちょっと寂しいけれど、でも、とても嬉しいです。
こんなことを言うのはおかしいけれど、園生さんからのメールが届かなくなる日を、わたし、待ってますからね』
「送信、っと」
「これでめぇるが届くのね。へぇ」
魔法を使った念話とかよりもずっと便利だわ、とアリスはつぶやいた。
そして、何やら考え込んでいる魔女の隣に移動すると、その頭をぽこぺんと叩く。
「……何かしら」
「考えはまとまった?」
「いいえ、まだよ。むしろ、そうした透過性の結界というものに興味がわいたわ。新しい魔法を作るに当たって、今の話は……」
「はいそこまで」
「むきゅ」
またもやぽこぺん。
「そういう話はなし、なし」
「……もう。
ところで、早苗。その『めぇる』という機能について、詳しく教えてもらっていいかしら」
「え?」
「遠隔地にいる相手に一瞬で言葉を届ける……簡単なようで難しい、物質転送の魔法だもの。研究の価値はあるわ」
ダメだこりゃ、とアリスは肩をすくめる。そして視線で、『大変だけど付き合ってやってね』と早苗に一言。
あとはもう、アリスは早苗に助け舟を出してくることはなかった。
そして、それから3時間ほど、延々と、『メールという機能はですね……』と知識の魔女に、泣きながら早苗は解説を続けるのだった。
「けれど……。
あの、神奈子さま、諏訪子さま。何で最近になって、いきなりメールが届くようになったんだと思いますか?」
「だよねー。
メールが届くならテレビも映ればいいのに」
わたしのお気に入り、見られなくなっちゃったしねぇ、と諏訪子は言った。
あれから何度か、早苗と『園生』のメールのやり取りは続いていた。彼女の近況を聞いて、こちらは、過去の体験に照らし合わせてアドバイスを行う、と言うことの繰り返しだ。
その日々を続ける中で、ずっと疑問に思っていたことを、早苗は口に出した。
それに対する回答は、
「ここの結界を管理しているものの気まぐれじゃない?」
その神奈子の言葉に、思い浮かぶのは一人の妖怪。
確かに彼女なら、いきなりそういう『いたずら』を考えてもおかしくはないだろう。何か理由を求めても、『退屈だったから』の一言で許される人物でもあるからだ。
しかし、
「何で今頃、って思いますよね」
そういういたずらをやるなら、もっと初期の頃のほうがいいんじゃないだろうか。早苗は言った。
特に根拠はないのだが、もしも彼女の言う通り、『幻想郷は、いつだって、誰でもウェルカムよ』と言うことなら、最初のうちは外の世界との違いをあまり感じさせないよう、言うなれば、徐々にぬるま湯で肌を慣らすようなことを、彼女なら考えそうだ。
にも拘わらず、早苗はいきなり『幻想郷』に放り込まれている。と考えれば、あの妖怪が、こういう『いたずら』をいきなり考えるとは考えにくい。
「けど、この『園生』って子も、相手が誰ともわからないのに、平然と、ぺらぺら自分のことを話すよね」
「そうですね……」
「まるで早苗みたい」
「わたしはもっと、他人に対して警戒心を持ってます」
そう早苗が反論すると、『大人になったねぇ』と諏訪子は言った。
「確かに、小さかった頃の早苗は、他人を疑わない子だった」
「早苗のお父さんもお母さんも、だれかれ構わずひょいひょいついていく早苗を心配していたもんさ」
――けど、それが『純粋』ってことなんだよね。
大人になって、世の中の色んな仕組みを覚えると、子供のままじゃいられないのだ、と見た目がずーっと子供な神様は言った。
ぐっ、と言葉に詰まった早苗はぷいっとそっぽを向く。
「この『園生』って子にとっちゃ、もしかしたら、早苗が新天地で一番最初に出来た『友達』なのかもね」
「たとえメールだけの付き合いであっても、あなた達の言葉には『メル友』というのがあったわね」
「文章を見る限り、早苗よりも幼いみたいだし」
「ちゃんと、最後まで面倒を見るように。わかった?」
「……はい」
――わたし、お風呂に入ってきますね。
彼女は席を立って、『どうしようかなぁ』と悩みながら歩いていく。
事態が飲み込めないまま、気がつけば、すっかりと『園生』に頼られている早苗である。最近、届いたメールには『今日の晩御飯、どうしようかなって思うんですけど』などという言葉まであったものだ。
彼女に頼られるのは悪くない。むしろ、彼女と同じ状況にあったものとしては、彼女が回りに早く溶け込めるように、様々な手を使って協力したいと思っている。
ただし――、
「……やっぱり環境が違うよね」
湯船に浸かりながら、早苗はつぶやいた。
自分の経験を基に、これまでの話をしてきた早苗だが、それでも『園生』との決定的な違いがある。
それは、彼女の周囲を取り巻く状況だ。
早苗の周りには、いわゆる『いい人』たちが多かった。しかし、『園生』はどうだろうか。
不安になってしまう。
もしも彼女が周囲に溶け込めていないのは、実は彼女が村八分みたいな目にあわされているのではないか。いやいや、そこまで行かなくとも、最近の子供の陰湿ないじめにあっているんじゃなかろうか。などなど。
考えれば考えるだけ、悩みは尽きない。
そして、そんな風に、もしも『園生』が悩んでいるのだとしたら、
「わたしのアドバイスって、絶対に逆効果なんだよなぁ……」
ん~、と伸びをする。
彼女に会いたいな、と早苗は思った。
「……そしたら、もっと色んなお話ししてあげられるのになぁ」
そううまくいかないのが世の中の常なのかもしれない。
湯船から立ち上がる早苗。
その時、引き戸が開けられ、「早苗ー、わたしと一緒にはいろー」と諏訪子がやってきた。
「おっ、早苗~。ま~たおっぱいでっかくなっただろー?」
「なっ……!」
「うりゃ、もませろもませろ~!」
「ちょ、やめてください、諏訪子さま! そういうセクハラはダメですよ、ダメー!」
「わははははは! そーれそーれ! うりうりー!」
「もう! 怒りますよ!」
直後、すぱかーんっ、という景気のいい音とともに、諏訪子が『はぶっ!?』と天を舞い、湯船の中へと落下していった。
これぞ早苗秘奥義『湯桶昇竜撃』である。
諏訪子を風呂場に沈め(二重の意味で)、部屋へと戻った早苗は、そのまま眠りについた。
ベッドの中ですやすやと、彼女が眠っていた時だ。
「……ん……」
こんこん、と窓を叩く音がした。
目をこすりながら、早苗は身を起こす。そして、焦点の定まらない瞳で、きょろきょろと辺りを見回した後、音の源である窓へと近づいていく。
「こんばんは」
「わっ、霊夢さん」
なぜだか、そこに霊夢がふよふよ浮いていた。
――どうしたんですか、こんな夜更けに。
早苗が問いかけると、彼女は『いいからいいから』と早苗の手を引いた。
「あったかい格好するといいよ。外は寒いし」
「は、はあ……」
「神様二人には気づかれないようにね」
とりあえず服を着替え、霊夢に続いて外へと飛び出す。
夜空はきれいに冴え渡り、雲ひとつない、きれいな空だった。
頭の上を見上げれば、まん丸のお月様が輝いている。その周囲にも、あふれんばかりの星の群れ。
そういえば、この世界に来てから、夜空のきれいさに驚いたっけなぁ。
そんなことを思いながら、「あの」と早苗は声を上げる。
「どこへ?」
「んー?
……あそこ。ほら、見えてきた」
霊夢に招かれるまま、彼女が舞い降りたのは、山の麓の人里だった。
「……お祭り?」
「そっ」
はて? 早苗は首をかしげる。
にぎやかにお囃子が鳴り響き、笑顔の人々が行きかうその空間は、確かに祭りの空気そのものだ。
しかし、この時期に祭りなんてあっただろうか?
首をかしげる早苗の手を引いて、霊夢は「おーい! 連れてきたぞー!」と声を上げた。
「……皆さん?」
「お、ようやく来たか。
霊夢、お前、呼びに行くの遅いんだよ」
「うっさいわね。なら、あんたが行けばよかったじゃない」
「それを霊夢が望んだのかしら?」
「うぐ……」
「こんばんは、早苗。とりあえず、こっちにいらっしゃい。あなたの席は用意してあるわ」
「ちょっと咲夜! 何、勝手に早苗を連れて行こうとしてんのよ!」
早苗と交流のある、いつもの面子が、その祭り会場の一角に車座になっていた。
回りには村人たちの姿もあり、彼らはその視線を、前方のお立ち台へと向けている。そこでは現在、冥界の姫君が、この世のものとは思えないほど、美しい舞を舞っているところだった。
「あら、いいじゃない。紅魔館の席には、美味しい食べ物もお酒もあるわよ?」
「おっと、咲夜。そいつは聞き捨てならないな。
この魔理沙さんの用意した食い物と酒にかなうものなんてないぜ!」
「早苗、こっちに来て。そっちはうるさいでしょ?」
「アリス、抜け駆けすんな!」
などなど。
実ににぎやかな、いつものこの面子の宴会であった。
「えっと……このお祭りは一体?」
結局、早苗は霊夢が確保した。何だかんだで他の連中は、二人には手出しをせず、あっさりと引き下がっている。多分、彼女たちに仕組まれたのだろう。
「早苗たちは、まだ参加したことなかったわよね」
「はあ」
「こんな風に、きれいな夜空が見られる日だけにやってる祭りなの。元は天狗たちが始めたらしいんだけどね」
お立ち台に上がる天狗三人娘。そして、彼女たちが始めるのは、なぜか漫才だった。
ちなみにどうでもいいが、かなりうまい。すでに周囲は爆笑の渦に飲み込まれている。
「条件がなかなかあわなくてさぁ。二年とか三年に一回、開ければいいってくらいで。
だから、みんな、こんな風に羽目を外すのよ」
「いつものことだと思いますけれど」
「で、まぁ、そういうところに口うるさい神様が来ると、色々とね?」
「それはひどいですよ。今からでも呼んであげましょうよ」
「だーめ。今日は特に」
何だか変な答えだった。
いつもの霊夢なら、『早苗が言うなら仕方ないわね』と、早苗が頼むとあっさり折れてくれるものなのだが。
しかし、とはいえ、言葉尻だけを捉えるのなら確かに問題発言ではあったが、どうやら霊夢は悪い感情で神奈子たちをのけ者にしようとしているわけではなさそうだ。
――今日だけですよ。
そう、早苗は霊夢に釘を刺した。
「レミリアさん達はいませんね」
「あいつら、夜中まで起きてられないから。
起きてて夜の9時だっけ?」
「そうね」
「……え、あの、レミリアさん達って吸血鬼じゃ……」
「早苗。あなたの言いたいことは……そうね、とぉぉぉぉぉっても、よくわかるわ。
けどね……うちのお嬢様たちだから」
「ああ……そうですね」
咲夜の一言には、有無を言わさぬ説得力があった。
何だか不条理で不自然があっても、全て『レミリアだから』の一言で片付く辺り、お嬢様のカリスマは、そりゃーもうすごいものである。
「霊夢さんは、何か出し物、なさらないんですか?」
「この後、大食い競争があるのよ。今年こそ、幽々子に勝つわ」
その時の霊夢の瞳は、まさにハングリー精神に満ちたJOEを超えるものがあった。
早苗は何も言わず、そっと彼女の肩に手を置き、ぽんぽん、と霊夢の肩を叩いた。
「本当ににぎやかなお祭りですね」
「だろー? これが一晩中、続くんだぜ」
「お星様も見えなくなりますよ?」
「それは人間の目の錯覚だぜ」
空を見上げれば、いつだって星は見える。
けれど、それが見えなくなってしまうのは、人間の目が『見えないものだ』と認識しているからだ、と魔理沙は自説を展開した。そこに知識の魔女が混じり、「違うわね、魔理沙。日中、星が見えないのは……」と夢のないことを言おうとしたため、その傍らの司書が脇に抱えて持っていってしまう。
「それに、楽しい祭りなら、いつだって、いつまででもやってたいじゃないか」
「それについては、確かに」
「というわけで、ほれ。お前も……いや、やめとく」
「え?」
早苗にお酒を勧めようとして、魔理沙は杯を引っ込めた。代わりに、その後ろで焼きそばを食べていたとある庭師に絡み、その口に酒瓶を突っ込んでいる。
「そういえば、アリスさん」
「ん?」
壇上で大食い大会が始まった。
参加者は言うまでもなく、霊夢と幽々子、その他大勢の有象無象である。すでに、実質的な優勝決定戦は始まっていると言っても過言ではないだろう。
会場の隅っこで、それをネタにトトカルチョを始めていたとあるうさぎが、とある医者に耳を掴まれて連れて行かれるのだが、早苗は特に何も言わなかった。
「アリスさんは、こんな風に、お祭りに参加することってありました?」
「なかったわね」
早苗の言いたいことがわかったのか、アリスは苦笑と共に肩をすくめた。
「家から出ることも少なかったし、ましてや、人里の喧騒にまぎれることなんて、ねぇ?
だから、こういうにぎやかな場所に、無理やり連れ出してくれた連中には、一応、感謝してるわ」
「それがなかったら、今も?」
「さあ? それはどうかな。
人間、みんな、その環境には慣れていくものでしょ? 連れ出されなくても、私の方から勝手に混じっていたかもしれないし、 もちろん、そうじゃないかもしれない」
あなたは? という視線を向けられ、『う~ん……』と早苗は眉根を寄せる。
「まぁ、あなたなら、社交性が高そうだから。にぎやかな場所にはふらふらと足を運ぶかもしれないわね」
「そんな、霊夢さんじゃないんですから」
「確かに」
壇上の激突はヒートアップしている。
すでに一位と二位の足下には猛烈な量の皿が積みあがり、他の参加者たちは死屍累々と倒れ伏している光景が、そこにあった。
「……わたしは、ここに引っ越してきた時は、自分と周りの感覚の違いに戸惑いましたよ」
「でしょうね。
というか、今でも、あなたの話にはついていけないことが多いわ」
「けれど、段々、ここの生活に慣れてきたのもわかります」
「じゃないと、みんなと仲良くなるのは難しいものね」
特段、よそ者に対して排他的な風習があるというわけではないものの、やはり、その世界に慣れないものは溶け込みにくいのがこの世界だ。
特に、彼女たちのように、今までの生活からの劇的な変化を強制されたもの達にとっては、この世界に『馴染む』のは容易ではない。
「今でも、みんなとの間に壁を感じますし」
「そうかもしれないわね」
「けど、それが段々、小さくなっていけばいいなぁ、って思いながら、毎日、暮らしています」
「腰をすえてしまえば早いかもね」
「……そしたら、ようやく、わたしもみんなの間に入ることが出来るのかな」
「さあ」
「もう」
「そう思っているってことは、意外と、そうでもないことがわかってるんでしょ?」
ねぇ? とアリス。
かなわないな、と早苗は思った。
生き物というのは、見た目に精神が引きずられると言うが、アリスはその見た目以上に成熟していることは疑いようのない事実であるらしい。
こんなお姉ちゃん、欲しかったな。
そんなことを思って、早苗は「負けました」と舌を出す。
「霊夢と幽々子の食い倒れ対決はしばらく続くだろうから。
早苗。お祭り、見てきたら?」
「そうしますね」
あと30分くらいは、あの対決も終わらないだろうというのがアリスの談だった。
すでに、あの二人が平らげている食事の量は、一般的な人間のレベルを遥かに超えているのだが、その辺り、亡霊である幽々子はともあれとして、『博麗の巫女に不可能はない!』ということなのだろう。
祭りの会場を歩き回ること、およそ20分ほど。
「そろそろかな」
そろそろ、あの宴会の場に戻ろうか。
早苗はその場で踵を返す。
――と。
「あ」
携帯電話がコールする。
ポケットから取り出したそれの液晶画面を見て、早苗は『あ』と声を上げた。
『早苗さんへ
園生です。こんばんは。
こんな夜遅くにメールしてごめんなさい。
早苗さん。わたし、ようやく引っ越した先でお友達が出来ました。今度、その子の家に遊びに行く予定なんです。
その子の他にも、たくさんのお友達が出来そうです。
まだ、溶け込むには時間がかかりそうだけど、ようやく、わたし、一人ぼっちじゃなくなりました。
早苗さん。今までアドバイスありがとうございました。
それから、このメールで、早苗さんにお送りするメールは最後にさせて頂きます。
今までありがとうございました。わたし、早苗さんからのメールがあったから、今日まで頑張ってこられました。
早苗さんに頼っていたつもりはなかったんですけど、やっぱりどこかで頼っていたところはあったと思います。
だから、わたし、早苗さんから親離れします。
これからは、お友達と、家族と一緒に頑張ります。そして、早苗さんみたいに、毎日、楽しく過ごせるようになります。
今までありがとうございました。早苗さんも、これからもずっと、周りの人たちと仲良くしていってくださいね』
早苗の顔に、少しだけだが笑顔が漏れた。
そっか。
彼女は内心でつぶやくと、メールのアイコンをクリックする。
『園生さんへ
こんばんは。早苗です。
ご連絡ありがとうございました。園生さんにお友達が出来たと聞いて、わたしも今、すっごく嬉しいです。
これから、どんどん、毎日が変わっていくと思います。
ただ楽しいだけじゃなくて、辛かったり大変だったりすることもあると思いますけど、頑張ってください。
今まで、メール、ありがとうございました。
変な言葉になっちゃいますけれど、わたしはずっと、園生さんのこと、応援しています。
だって、わたしと園生さんって、似てますから。
もしも、また何か大変なことがあって、その時、わたしに連絡してくれれば協力します。
けど、そんな日が来ないことを祈っています。
これから、お互い、頑張りましょうね』
「送信、っと」
――と。
「あれ?」
それから一分もしないうちにメールが返ってくる。
『新着メールが届きました』
書かれているメッセージに首をかしげ、もう一度、返信のメールを送る。
「……あれぇ?」
結果は同じだった。
ためしに、『園生』から送られてきているメールのアドレスと、返信先のアドレスを見比べてみるのだが、一字一句、同じ。間違っているはずはなかった。
「……何で?」
電波の状況がおかしいのかな、と思って携帯電話を見る。
一応、電波の受信状態を示すアンテナは4本立っていた。もっとも、その表示は幻想郷では当てにならないため、『つながってないわけじゃないか』と納得する程度のものなのだが。
「おかしいなぁ……」
そうつぶやきながら、祭りの会場を歩いて戻っていく、その時だ。
「……あれ?」
宴会の場から、三々五々に人が散っていく光景があった。
あのどんちゃん騒ぎも終わったのかな。そう思った早苗の視界に映ったものに、彼女は目を見張る。
「……え?」
霊夢や魔理沙、アリスの間に挟まれている人物。
その髪の毛。
その見た目。
その姿。
「……」
それは、一回り、今の自分よりも小柄ではあるものの、間違いなく、『早苗』その人だった。
『早苗』たちが早苗の横を通り抜けていく。
その時、『早苗』が早苗を振り返り、にこっと微笑むと、一度だけ、深々と頭を下げたのだった。
「おーい、早苗。早苗ー。ベッドに入らないと、風邪、引いちゃうぞー」
「……はっ!」
「おぶっ!?」
思わず身を起こした早苗の頭突きが、諏訪子の顎をクリーンヒットした。
もんどりうってひっくり返る諏訪子に、慌てて早苗は「ご、ごめんなさい!」と駆け寄っていく。
「いったぁ~……。目の前に星が散ったよ……」
「あ、あはは……」
「ったくもー。
前々から言ってるけど、寝オチはやめなよ。特にエロゲー画面つけっぱとか」
「はぅあ!?」
「わたしだからよかったけど、神奈子が来てたら、今頃説教だよ?」
慌てて、早苗はパソコンのディスプレイに映し出されている、肌色多目の電脳紙芝居の画面を落とした。……のだが、音声を消すのを忘れていて、ヒロインのボイスが響き渡ったりするのはご愛嬌か。
「ヲタクって怖いねぇ」
「……返す言葉もありません」
顔を赤くして、早苗は縮こまった。
その早苗をにやにやしながら眺めつつ、諏訪子は「眠たいならベッドに入るんだよ」と肩を叩く。
「あ、あの」
「ん?」
「諏訪子さま。ケータイのことなんですけど……」
「ああ。あの不思議なメール?」
――あれ、どうなったの?
諏訪子は踵を返しかけたところで、早苗に振り返った。
早苗は携帯電話の液晶画面を開きながら、メールを確認する。『園生』の名前は、やはり、まだそこにあった。
「……その……」
「ん?」
今、見ていた夢の内容を語って聞かせる。
ふんふん、とうなずきながら諏訪子はそれを聞いていたが、彼女の話が終わると、「そういうこともあるさ」と、あっさり話を締めくくってしまった。
「いえ、あの、もっとこう……何ていうか……」
「そういう不思議な夢を見るのも巫女の特徴でしょ。予知夢やら明晰夢なんてのは特権じゃないか」
「それとも違うような……」
「記憶の混濁、なんてのもあるよね」
神奈子にも話してみたら?
彼女はそう言って、話はここでおしまい、とばかりに早苗に背中を向けて歩いていってしまった。
もう、と早苗は腰に手を当てて怒るのだが、それ以上の追求は出来なかった。
とりあえず、言われた通りにベッドの上に横になる。しばらくの間、彼女は携帯電話の液晶画面と、夢の中の出来事と同じように、窓を気にしていたのだが、いつしか眠りへと落ちていったのだった。
「そういえば、ずいぶん前……と言っても、ここに来た当初のことだけど」
翌朝。
朝ご飯の席で、早苗が語って聞かせた話に、一家のお母さんは口を開いた。
「早苗、確か、『親切な人にアドバイスをもらった』って言っていたわね」
「……そんなことありましたっけ?」
「あった」
それは、幻想郷にきて、まだ間もない頃のこと。
毎日退屈そうに、そして、どこか落ち着かない様子で、早苗が日々を暮らしていた時のこと。
ある日、彼女は、何の気なしにメールを打った。その宛先は、あいにくと彼女は覚えていなかったのだが、その返信の画面を、喜んで神奈子たちに見せに来たことがあったのだ。
「それが……」
この『園生』のメールだと言うのだろうか。
首を傾げる早苗。
「そういや早苗、ずーっと、以前のメールとか消してないんだよね?」
「あ、はい。友達のメールとか、まだ残ってますから……」
もう彼ら彼女らには会えないのだろうが、それでも、だからこそ、そのメールを消したりするのは忍びなかった。
それ、見てごらんよ、と諏訪子は言う。
言われるがまま、何十と言う過去のメールを遡る早苗。
すると『……あ』という顔を、彼女は浮かべた。
「どう?」
「……すごい。神奈子さま……」
「不思議なこともあったものね」
言われるがまま遡った過去の記録に、『園生』から来たものと、全く同じ文面を書いた、自分が発信したメールがあった。さらに受信メールには、今の『早苗』が『園生』に送ったものと、全く同じ文面のメールがたくさん並んでいた。
「……そういえば」
そこで、記憶の淵から過去が浮かび上がってくる。
昔、この世界での生活に慣れなかった頃、届くわけないとわかっていながらメールを送っていたことがあった。その時、その『ありえない』返信を受けたのだ。差出人は『早苗』と名乗っていた。
自分と同じ名前の『誰か』からのメールと、その文面に驚いた後、早苗は思わず舞い上がった。
その『早苗』から示唆される言葉一つ一つが、自分の未来を暗示するようなものだと、彼女は勝手に思い込んだのだ。
同じ名前の『誰か』から発信された言葉が、まるで『自分』のことのように思えたのだ。
ちなみに、『園生』というのは、彼女の名前のアナグラムである。インターネットを徘徊する時などは、彼女はよくこの名前を使っていた。
「こりゃまた驚いた。
まさか、過去の自分とメールだなんて」
「そういう不思議なことが起きても、特に驚くことではないけれど。
だけど、それがどうして、今頃になって、とは思うわね」
「……それはやっぱり……今、わたしが、この世界での生活に慣れてきて、とても『楽しい』からじゃないでしょうか」
未来の『早苗』から送られてきたメールは、『今』の楽しさと幸せを語っていた。
そこに『今』の『早苗』が重なったから、『過去』の『早苗』からのメールが届いたのではないだろうか。あのときの自分が、メールを送っていた相手が『今』ここに現れたのだから。
「よくわからんね」
「人生ってそんなものよ」
「何、悟ってんのさ。神様のくせに」
「悟りも開かずに神を名乗るか」
「さあ、どうだろね」
「で、早苗。その祭りと言うのは、多分、早苗が一番最初に霊夢たちに連れて行ってもらった祭りじゃない?」
「……ああ、そういえばそうかもしれません」
確かその時も、『こんなににぎやかなお祭りがあるなんて』と驚いたのを覚えている。
そして、みんなと車座になって、にぎやかに宴会したことも。
大食い勝負は幽々子の圧勝で、以後数日間、霊夢がお腹を抱えて寝込んだことも。
「……ああ」
左右に露天の並ぶ明かりの中で、早苗は誰とも知らない女性に向かって、なぜか頭を下げたことを思い出す。
あの時はその後、『あれ、誰?』や『知り合い?』と周りにいた者たちに尋ねられたものだ。早苗は当然、何でそんなことをしたのかわからなかったので、適当な返事をしていたのだ。
「……わたし、これからどうなるんでしょうか」
ふと、早苗はつぶやいた。
過去の自分が憧れた、『未来』の日常に、早苗は辿り着いた。しかし、ここから先は全くの未知の世界だ。
『未来』の早苗も、その先のことを知るはずはない。
これから先、自分はどんな日々を送ることになるのだろう。
それは、何の気なしに尋ねた一言であったが、神奈子と諏訪子は返事をすることもなく、立ち上がってしまう。
「あ、あの……!」
その時だ。
「早苗ー、いるかー!? 朝もはよから魔理沙さんがお誘いにきたぜー!」
「魔理沙、うるさい! 全く……あなた、もっと品よく出来ないの?」
「何だと、アリス!
今日の宴会は一日をかけたスペシャルな宴会だぜ! 朝からテンション高くて何が悪い!?」
「だからやかまし」
「にゃあー!」
一体、何が起きたのか。
やたら騒々しい音と共に、しん、と外が静まり返った。
「行って来なさい」
「わたしらは、ここでのんびりしてるよ」
二人に肩を叩かれ、背中を押され。
早苗は玄関へと向かって歩いていく。
そして――、
「早苗、おはよう」
「魔理沙が迷惑かけたわね」
「何か急で悪いんだけどさ。今日、これから、近くの人里で大きなお祭りがあるの。早苗、一緒にいこ」
差し出される手。かけられる声。
それを見つめる彼女は、一言、言った。
「はい!」
「わっ」
その日、彼女――東風谷早苗が驚きの声を上げたのは、太陽が傾いた夕暮れ時。
机について、ぼんやりと目の前のカレンダーを眺めていたその時に、突然、机の上に置きっぱなしにしている携帯電話が軽快なメロディを立て始めたのだ。
「え? 何で?」
音楽は数秒間、鳴り響いた。
しかし、早苗はそれをとろうとはしない。
その理由は――、
「……」
恐る恐る、携帯電話に手を伸ばす。光を放つサブディスプレイに『メール着信あり』の文字があった。
「……何で?」
もう一度、同じ事をつぶやく。
そう。
彼女が疑問に思うのも、当然の事態だった。
「さーなえー。そろそろご飯だよー。今日はねー、わたしの手作りおでん……って、どしたの?」
ドアを開けて(ノックもせずに)現れた、この神社におわす神――であると同時に、早苗の『家族』でもある――諏訪子が、とてとてという足音を立てて、早苗へと近づいた。
「えっと……諏訪子さま」
「ん?」
「心霊現象ですよ」
「はいはい」
また居眠りしてたな、と諏訪子が早苗のおでこをびしっと叩いた。
早苗は「違いますよぅ」とふてくされたようにほっぺたを膨らませて反論すると、『ほら』と携帯電話を見せる。
「おや。確かに心霊現象だ」
「でしょう?」
不思議だねぇ、不思議ですねぇ、という会話を交わしていると、
「二人とも。そろそろ居間に来なさい……って、何してるの」
続いて現れたのは、この神社のお母さんな神様だ。
彼女――神奈子は、『どうしたの?』と、もう一言、同じ言葉を繰り返して二人に近寄る。そして二人から、これこれこういう理由で、という話を聞いて『へぇ』と声を上げた。
「面白いこともあるみたいね」
「……ですね」
そうつぶやく早苗の視線は、携帯電話に向いていた。
とりあえず晩御飯を終えて、お風呂に入って――諏訪子と一緒の入浴だったため、一日の疲れを癒すどころか逆に疲れてしまったが――、部屋に戻ってきた早苗は、ベッドに横になりながら携帯電話を手に取った。
「う~ん……」
まず、彼女は思う。
ありえない。
なぜ、ありえないのかというと、今、彼女達のいる、この世界はそういう『インフラ』が存在しないのだ。
ここ、幻想郷は、とある賢者に話を聞いたところ、日本の歴史の年表で言う明治時代頃に外の世界(と、その賢者は言っている。要は、幻想郷以外の世界のことだ)から切り離されたのだと言う。
その頃から文明レベルはストップしているため、最近、外の世界から幻想郷にやってきた早苗たちは、そりゃもう生活に難儀したものである。
今は、懇意にしている友人たちの手により、電機にガス、上下水道のインフラは手に入れたが、テレビや電話、ましてやインターネットなんてものは完全に使用不可能な状態が続いている。
なのに、彼女が手にしている携帯電話に『着信』があったのである。
不思議な話だ。
幻想郷を覆う結界が、そうした電波なども遮断しているのかどうかはわからない。かつて、早苗はこの結界の中から外に電話をしてみたり、メールを飛ばしたりしたのだが、なぜか回線はつながるものの、決して返事はなかったのである。
そして、かつての生活を送っていた彼女なら、一日に10や20のメールの往復は当たり前だったのにも拘わらず、この世界に来てから、ぱったりとそれも途絶えてしまった。
「……う~ん」
とりあえず、悩みながらも、彼女は携帯電話の画面に目をやる。
メール一覧の『受信ボックス』の項目を開き、『新着メール』を見る。
『FROM SONOO』。
そう書かれていた。
「……そのおさん?」
誰だろう。
自分と交友のあった友人一同の顔と名前を思い出してみるが、『そのお』という人物に心当たりはなかった。
メールが混信したのだろうか。いや、そもそも、メールって外から中に入ってくるんだろうか。
疑問は尽きないまま、メールの本文を一読する。
『初めまして。突然のメール、失礼致します。
わたし、園生と言います』
「何か出会い系とかのメールみたい」
中身をざっと見る前に、怪しいURLなどがくっついていないかを確認する。昔はよく怪しいサイトにも出入りしていたため、この手のスパムメールには事欠かなかったのである。彼女は。
とりあえず、メールの安全性を確認してから、メールの中身を読んでいく。
『わたしは最近、引越しをしました。今まで住み慣れたところから、全く別のところに移ってしまうことに、最初は、そして今も、すごく違和感があります。
行きつけの喫茶店も、お洋服屋さんも、美味しいお料理屋さんもありません。しかも、ここはインターネットがつながっていなくて、辛うじて、携帯電話がつながるくらいの田舎なんです』
「大変そうだなぁ」
自分と同じ境遇の『園生』さんに共感でも覚えたのか、ぽつりと早苗はつぶやいた。
『これまで通いなれた学校からも離れ、お友達とも疎遠になってしまいました。
今は、家族には強がってはいますけれど、内心では不安ばかりで一杯です。わたし、これからもここでうまくやっていけるのでしょうか』
メールはそこで終わっていた。
親しい友人――いや、それ以上の『家族』に宛てて書いたとも思われるその内容に早苗は逡巡するも、すぐに返答を打ち始める。
『初めまして。このメールを受け取った、早苗といいます。
園生さんへ。
大丈夫です。わたしも同じような環境で暮らしていますが、今ではすっかり、この生活に慣れることが出来ました。
新しいお友達もたくさん出来ましたし、色んな、楽しいこと、楽しい日々に、毎日、うきうきしながら生活しています。
最初の頃は、あなたと同じで不安も一杯でしたけど、それでも、この世界で暮らしていくうちに、その気持ちも薄れていきました。
今は、一番、あなたにとって大変な時期です。けれど、それを投げ出したりせず、頑張ってください。
そうしたら、きっと、楽しい日々がやってきますよ』
送信。
『メールを送信しています』の画面が現れ、消える。
それからしばらく待ってもメールは戻ってこなかったため、送ったメールは電波に乗って『園生さん』の元に向かったのだろう。
もっとも、これが届くかどうかは、また別の話だが。
「気持ちを前向きにしてくれたらいいな」
そうつぶやいて、早苗は部屋の明かりを消した。
ふっと暗くなる室内で、『そうだ、明日は霊夢さんのところに行こう』と彼女は小さくつぶやいたのだった。
「霊夢さ……」
「早苗ぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「うわわっ!? どうしたんですか、霊夢さん!」
「うちの食料が……うちの食料がぁぁぁぁぁぁ……」
翌日、その『霊夢さん』のところを訪れた早苗に、くだんの人物が、顔面崩壊しつつすがりついてきた。
何事かと思いつつ、彼女をなだめながら話を聞くと、何でも、倉庫に入れておいた食料がねずみに食い荒らされていたということだった。
もちろん、そのねずみの元締め(と、勝手に彼女が決めている)には『よくもうちの食料をぉぉぉぉぉぉ!』と鬼神と化して正義の鉄槌を叩き込んだとか。
「……あー、だからあっちでナズーリンさんが『私が何をしたぁぁぁぁぁぁぁ!』って叫びながら飛んでったのか……」
彼女の冥福(注:死んでません)を祈りながら、早苗は、『よしよし』と彼女――霊夢の頭をなでてやる。
「……で、あの……」
「……おなかすいた……」
「……大福、持って来ましたから」
「さすが早苗! うちの福の神!」
「……いえわたし風祝なのですが……」
その辺りの話は、もちろん、霊夢は聞いてくれなかった。
半分以上、強制的に腕を引っ張られながら、早苗は母屋へと案内される。そして、居間に到着したところで、なぜか瞬時にお茶が用意される。
「……どうぞ」
「いただきまーす!」
よっぽどお腹がすいていたのか、差し出した大福が、あっという間に霊夢のお腹の中に消えていく。
その見事な食べっぷりに感心しつつ、『後で食料買ってきてあげよう』と早苗は思った。
「いやー、美味しかったー。満足、満足」
「……お、お粗末さまです……。
あの、霊夢さん。もしかして甘いものに飢えてました……?」
「むしろ食べ物に飢えてました」
「……どうぞ。これで美味しいもの、お腹一杯食べてください」
「あれ? 何か同情されてる?」
そっと差し出す熨斗袋の中身は、霊夢が滅多に持つことの出来ないお札さま。
とりあえず、彼女はそれを受け取った後、「それで、何?」と尋ねてきた。目の前の食い物に意識が行ってしまって、そもそも早苗が何でここに来たのかということを、すっかりとスルーしていたようである。
「あ、いえ。霊夢さんのお顔を見に……」
「あ、そうなんだ。
それじゃさ、この前、借りた漫画。あれ、返すわ」
「はい」
「えーっと……確か、私の部屋に持っていったな……」
ちょっと待っててね。
そう残して、霊夢は席を立った。
つと、早苗も立ち上がり、居間の障子を開く。外から飛び込んでくる、冷たい、冬の光が室内を照らす。あったかさと同時に肌寒さも伝わってきて、少しだけ、彼女は肩を震わせた。
「はいよー」
「確かに」
霊夢は、持ってきた、山のような漫画の束を早苗へと手渡す。早苗はそれをどこぞへとしまいこむと、つと、霊夢に尋ねた。
「霊夢さん。霊夢さんは、携帯電話、ってご存知ですか?」
「何それ?」
これです、と取り出す早苗。
「あー、これか。何かはたての奴が持ってたわよね」
テーブルの上に出されたそれを、つんつんとつつき、かちゃかちゃと弄り回す霊夢。心なしか、新しいおもちゃを買ってもらった時の子供のような瞳を、彼女は見せている。
「何、早苗も新聞とか作るの?」
「あ、いいえ。そうじゃなくてですね。
これ、メール……あー、いや……知り合いに手紙を送る機能があるんですけど」
「へぇ! これが手紙を出しに行くの? いわゆる付喪神ね!」
「……うあぁ、日本語って難しい」
いやいや違うんです、とあれこれ説明する早苗。
しかし、『電波がどう』だの『通信がこう』だのといった説明が霊夢に理解できるはずもなく、彼女の頭の中では、さながら手足の生えた『携帯電話』が『郵便だよ!』と手紙を届けに行く光景が展開される。しかも、その『携帯電話』が空を飛び、一瞬で相手の下に飛んでいく映像つきだ。
「……何かよくわからないけどすごいのね」
「……ええ、まあ。
あ、えと、それでですね」
早苗は携帯電話を開くと、その画面を霊夢に見せる。
「これ、電波が届かないところにいる相手には手紙を送れないんですけど」
「ふむふむ」
「幻想郷の結界って、その電波も遮断しちゃう……のかどうかはわからないんですけど、この結界の中から外には手紙は送れないんです」
「そうなんだ」
……知らなかったのか。
思わず、早苗は内心でつぶやいた。
「……えーっと。
にも拘わらず、ですね。先日、手紙が届きまして」
「どこから?」
「……多分、外から」
「はたてからじゃないの?」
「はたてさん、その辺りの機能、使いこなせてないみたいですけど」
とはいえ、その指摘をしたら、きっと顔を真っ赤にして怒ることだろう。それがいわゆる強がりなのだが、それはともあれとしておく。
「それに、『園生さん』っていう方からの手紙だったんです」
「友達?」
「あ、いえ。わたしの知り合いにはあいにく……」
「ふぅん」
それで? と霊夢は尋ねた。
そこで早苗も『あ、いえ、別に……』と言葉を濁してしまう。
だから何をするという結論は、彼女の中にはなかった。当たり前と言えば当たり前だが。
ただ、『こういうことなんですよ』と霊夢に説明したに過ぎないのだ。
「その辺り、紫に聞けばわかりそうなもんだけどねぇ」
早苗から携帯電話を受け取る霊夢。
と、その瞬間、軽快な音楽を、携帯電話が奏で始めた。
「うわっ、なに、なに!? 何か音楽鳴ってるんだけど!?」
「あ、えっと、手紙がきたみたい……って、ええっ!?」
慌てて、早苗は霊夢の手から携帯電話を奪い取ると、その画面に視線を向ける。
『着信あり』
映し出されている文字を確認してから、早苗はメールのアイコンをクリックする。
『早苗さんへ
こんにちは、園生です。
ありがとうございます。こんな身元不明のメールに返事をくれて。
最初、返事が来た時、すっごく驚きました。誰からだろうって見たら、知らない人からのメールで。削除しようと思ったんですけれど、内容を読ませて頂いて、わたし、とても感動してしまいました。
早苗さんも、今まで住み慣れたところを離れて暮らしているんですね。けれど、わたしと違って、そこの世界に順応してるんですね。
早苗さんの文面から、とても楽しい毎日を送ってるんだなって実感しました。羨ましいです……わたしは、まだ、周りに溶け込めないから……。
早苗さん。わたし、本当に、こっちの暮らしに慣れることが出来るでしょうか。
わたしの杞憂だとしても、やっぱり不安なんです。
よろしければお返事ください。待ってます』
「……どうしましょう」
「すごーい……。これが手紙なんだ……。
これ、中に紙が入ってるの? どうやって取り出すの?」
「あ、い、いえ、そういうことはないんです……けどね」
「で、返事は出さないの?」
「え?」
「ん?」
「あ、ああ……そう……ですね」
いきなり当然のことを言われ、早苗は驚いた。
霊夢は別段、何も考えてない様子で早苗の顔を見ている。その興味は、どちらかと言うと、彼女が持っている携帯電話に向いているようだ。
早苗は、かちかちとキーを操作しながら返事を書いていく。
『園生さんへ
早苗です、こんにちは。お返事ありがとうございます。
わたしの方こそ、園生さんからのメールが届いて驚きました。こんな、ぎりぎりケータイが使えるかどうかのところに住んでいるので。それに、引越ししてからは、ずっと以前の友達とも連絡を取っていなくて。
園生さん。メールにもありましたけれど、今のわたしは、とても毎日が楽しいですよ。
確かに、園生さんのように、毎日不安だった時はありました。けれど、やっぱり、時間が解決してくれました。
どうでしょうか。園生さんも、周りの人と、もっと交流してみては。
冷たい人なんていませんよ。大丈夫。
きっと、みんな、園生さんを受け入れてくれるはずです。まず、第一の目標として、お友達をお一人作りましょう。そうしたら、そのお友達が、あなたの鎹になってくれますよ。
また何かあったらメールくださいね』
「送信……っと」
ぽち、とキーを押してから。
視線を、隣の霊夢に向ける。
「……あの」
「で、いつ、その『携帯電話』は変身するの?」
わくわくどきどき、な視線を向けられて、早苗は小さなため息と共に、『変形しませんよ』と答えるのだった。
それからしばらくの間、園生からの返事はなかった。
たまたま偶然、メールが届いただけだったのかな。
そんな風に早苗は思い、彼女への印象が、若干、薄れてきた頃のことだ。
「わっ!?」
「な、何事!?」
「あ、ああ、ごめんなさい!」
その日、早苗はアリスに連れられて、パチュリーの元を訪れていた。
紅魔館の大図書館には、外の世界から無数の本が流れ着き、その中には希少なものもたくさん含まれているとの話を聞いて、『まさか、過去に絶版になったあれもあるんじゃないか』と目を輝かせたのだ。
そうして、実際、その本は図書館にはあった。
早苗は両手に山のように希少な本(全て、外の世界では絶版となった漫画である)を抱え、ほくほく笑顔でそれを読んでいた時のことだ。
「えっと、えっと……」
「早苗、あなた、楽器の演奏が出来たの?」
「と言うか、何、この頭に響く音は。どこぞの騒霊たちより耳障りだわ」
ようやくポケットから取り出した携帯電話が奏でるメロディに、図書館の主は大層不満顔だった。確かに、電子音と言うものは、慣れてない人間が聞くと不愉快になるのが当たり前なのかもしれない。
ともあれ、早苗は携帯電話を開くと、画面に視線を向ける。
「それ、以前、はたてが持ってたわよね」
「……ああ、確か、『けーたいでんわ』というやつだったかしら。
あなたも、あの趣味の悪い天狗たちみたいに趣味の悪い新聞を作るのね」
「い、いえ、違いますよ。そもそも、ケータイのカメラ機能は、おまけ程度のもので……」
そうなの? とパチュリー。
じゃあ、何なのかしら、とアリスが尋ねると、早苗は携帯電話の機能について解説を始める。すると、パチュリーの目が、徐々に輝いてくるではないか。
そして、
「そんなに面白い道具なのね。電波というものがなければ使えないと言うのは不便かもしれないけれど、遠くの……それこそ、何百、何千キロと離れた相手と会話が出来ると言うのは素晴らしいわ。私の力で魔法を使っても、そこまでの遠隔通信は不可能だもの。
ねぇ、早苗。よければ、それ、私に譲ってくれない? ああ、お金が必要なら用意するわ。どう?」
「あ、その……これ、わたしの大切なものなので……」
「……そう。残念ね。
なら、河童に頼もうかしら。にとりとか言ったわね。彼女なら、こういうの、作れそうだわ」
「確かに面白い道具よね。
遠くの相手との会話、手紙のやり取り、情報収集、さらには夜道でのライト代わりにもなるなんて……」
外の世界ってすごいのね、とアリス。
技術に対するカルチャーショックを、この二人が受けているというのは、早苗にとっては新鮮な光景だった。むしろつい最近までは、早苗のほうが彼女たちの立場にあったのだから。
ともあれ、早苗はメールのアイコンをクリックして、届いているメールに視線をやった。
『早苗さんへ
園生です。お返事が遅れてしまってごめんなさい。
ここ数日、ちょっと忙しかったんです。先日、早苗さんに教えていただいたことを家族に話したら、『じゃあ、園生がここに早く溶け込めるようにしないと』って意気込んでしまって。
家族のお手伝いをしていたら、すっかり、早苗さんへのお返事を忘れてしまっていました。本当にごめんなさい。
アドバイス、ありがとうございました。
早苗さんの真摯なアドバイス、とても心に響きました。
そうですよね。周りは冷たい人ばかりじゃないですもんね。それに溶け込むことを怖がっていたんじゃ、わたし、ずっとよそ者のままですよね。
早苗さんに言われた通り、わたし、もっと色んな人に出会ってみたいと思います。
まず、何をするかはわからないけれど……その成果が出たら、また連絡させていただきますね』
「……これが『めぇる』というものなのね」
「どう見ても手紙よね……。これ、どこから紙が出るのかしら……」
霊夢と同じ事をアリスが尋ねてきたことに、思わず、早苗は吹き出してしまった。
霊夢がそういうことを言うのはまだわかるのだが、普段、大人びていて、いかにも『先輩』系の彼女がそういう幼いところを持っていて、しかもそれを他人の前で見せることがあるなど、思わなかったのだ。
「それで、この『園生』というのが、早苗。あなたの今の気になる相手かしら」
「そう……ですね。
というか、何で今になって、いきなりメールが届くようになったんでしょう?」
これまでうんともすんとも言わなかったのに。
早苗が問いかけると、パチュリーは黙り込んだ。アリスが言うには『ああなると、何を言っても返事はないわよ』とのことだ。どうやら、魔女の頭の中で、緻密な計算が始まってしまったらしい。
「この子、どうして早苗にめぇるしてくるの?」
「わたしと同じなんです、この人」
そうして、早苗は語った。
園生が、今まで住み慣れたところから引越しして、新しい生活を始めていることを。
そして、その様が、かつての自分とそっくりなことを。
「わかる気がするわ」
「え?」
「私も、お母さんのところから離れて、一人でここに来たからね」
「あ、そうなんですか?」
「そうなの。
まぁ、うちのお母さん、過保護だから、最近は不定期だけどよく遊びに来るの」
――その辺りは、早苗や『園生』とは違うわね。
アリスはつぶやく。
「ホームシックになったこともあったけど……ね。
だから、わかるわ。新天地での不安って」
「……そうですか」
「だからって、あんな大暴れするのはちょっとね?」
「うぅ……それは黒歴史ということで……」
散々、霊夢にどつかれた例の一件のことは、早苗にとっては忘れたい過去である。
とはいえ、その過去がなければ、こうして霊夢やアリスたちと知り合うこともなかったのだから、人生とは不思議で因果なものだ。
「それで、返事は出さないの?」
「だ、出しますよ。当然」
『園生さんへ
早苗です、こんにちは。
毎日ご苦労様です。わたしも何となく、園生さんのお気持ち、わかります。
わたしも、一緒に暮らしている家族が、何かと面白い人で。いつも大変な毎日なんですけれど、代わりにとても楽しい時間をもらっています。
家族がいなければ、わたしはきっと、この世界の生活に慣れることは出来なかったでしょう。
家族って、とても大切な人たちです。ずっと大切にしてあげてください。
それから、お友達のことですけれど。
こっちも頑張ってくださいね。お友達が一人出来れば、すぐに色んな人と仲良くなれます。
わたしがそうだったんです。保障します。
色んな人とつながりと関わりを持って、徐々にでいいんです。今の生活に慣れていってくださいね。
そうしたら、わたしにメールする必要もなくなっちゃいますから。そうなったら、ちょっと寂しいけれど、でも、とても嬉しいです。
こんなことを言うのはおかしいけれど、園生さんからのメールが届かなくなる日を、わたし、待ってますからね』
「送信、っと」
「これでめぇるが届くのね。へぇ」
魔法を使った念話とかよりもずっと便利だわ、とアリスはつぶやいた。
そして、何やら考え込んでいる魔女の隣に移動すると、その頭をぽこぺんと叩く。
「……何かしら」
「考えはまとまった?」
「いいえ、まだよ。むしろ、そうした透過性の結界というものに興味がわいたわ。新しい魔法を作るに当たって、今の話は……」
「はいそこまで」
「むきゅ」
またもやぽこぺん。
「そういう話はなし、なし」
「……もう。
ところで、早苗。その『めぇる』という機能について、詳しく教えてもらっていいかしら」
「え?」
「遠隔地にいる相手に一瞬で言葉を届ける……簡単なようで難しい、物質転送の魔法だもの。研究の価値はあるわ」
ダメだこりゃ、とアリスは肩をすくめる。そして視線で、『大変だけど付き合ってやってね』と早苗に一言。
あとはもう、アリスは早苗に助け舟を出してくることはなかった。
そして、それから3時間ほど、延々と、『メールという機能はですね……』と知識の魔女に、泣きながら早苗は解説を続けるのだった。
「けれど……。
あの、神奈子さま、諏訪子さま。何で最近になって、いきなりメールが届くようになったんだと思いますか?」
「だよねー。
メールが届くならテレビも映ればいいのに」
わたしのお気に入り、見られなくなっちゃったしねぇ、と諏訪子は言った。
あれから何度か、早苗と『園生』のメールのやり取りは続いていた。彼女の近況を聞いて、こちらは、過去の体験に照らし合わせてアドバイスを行う、と言うことの繰り返しだ。
その日々を続ける中で、ずっと疑問に思っていたことを、早苗は口に出した。
それに対する回答は、
「ここの結界を管理しているものの気まぐれじゃない?」
その神奈子の言葉に、思い浮かぶのは一人の妖怪。
確かに彼女なら、いきなりそういう『いたずら』を考えてもおかしくはないだろう。何か理由を求めても、『退屈だったから』の一言で許される人物でもあるからだ。
しかし、
「何で今頃、って思いますよね」
そういういたずらをやるなら、もっと初期の頃のほうがいいんじゃないだろうか。早苗は言った。
特に根拠はないのだが、もしも彼女の言う通り、『幻想郷は、いつだって、誰でもウェルカムよ』と言うことなら、最初のうちは外の世界との違いをあまり感じさせないよう、言うなれば、徐々にぬるま湯で肌を慣らすようなことを、彼女なら考えそうだ。
にも拘わらず、早苗はいきなり『幻想郷』に放り込まれている。と考えれば、あの妖怪が、こういう『いたずら』をいきなり考えるとは考えにくい。
「けど、この『園生』って子も、相手が誰ともわからないのに、平然と、ぺらぺら自分のことを話すよね」
「そうですね……」
「まるで早苗みたい」
「わたしはもっと、他人に対して警戒心を持ってます」
そう早苗が反論すると、『大人になったねぇ』と諏訪子は言った。
「確かに、小さかった頃の早苗は、他人を疑わない子だった」
「早苗のお父さんもお母さんも、だれかれ構わずひょいひょいついていく早苗を心配していたもんさ」
――けど、それが『純粋』ってことなんだよね。
大人になって、世の中の色んな仕組みを覚えると、子供のままじゃいられないのだ、と見た目がずーっと子供な神様は言った。
ぐっ、と言葉に詰まった早苗はぷいっとそっぽを向く。
「この『園生』って子にとっちゃ、もしかしたら、早苗が新天地で一番最初に出来た『友達』なのかもね」
「たとえメールだけの付き合いであっても、あなた達の言葉には『メル友』というのがあったわね」
「文章を見る限り、早苗よりも幼いみたいだし」
「ちゃんと、最後まで面倒を見るように。わかった?」
「……はい」
――わたし、お風呂に入ってきますね。
彼女は席を立って、『どうしようかなぁ』と悩みながら歩いていく。
事態が飲み込めないまま、気がつけば、すっかりと『園生』に頼られている早苗である。最近、届いたメールには『今日の晩御飯、どうしようかなって思うんですけど』などという言葉まであったものだ。
彼女に頼られるのは悪くない。むしろ、彼女と同じ状況にあったものとしては、彼女が回りに早く溶け込めるように、様々な手を使って協力したいと思っている。
ただし――、
「……やっぱり環境が違うよね」
湯船に浸かりながら、早苗はつぶやいた。
自分の経験を基に、これまでの話をしてきた早苗だが、それでも『園生』との決定的な違いがある。
それは、彼女の周囲を取り巻く状況だ。
早苗の周りには、いわゆる『いい人』たちが多かった。しかし、『園生』はどうだろうか。
不安になってしまう。
もしも彼女が周囲に溶け込めていないのは、実は彼女が村八分みたいな目にあわされているのではないか。いやいや、そこまで行かなくとも、最近の子供の陰湿ないじめにあっているんじゃなかろうか。などなど。
考えれば考えるだけ、悩みは尽きない。
そして、そんな風に、もしも『園生』が悩んでいるのだとしたら、
「わたしのアドバイスって、絶対に逆効果なんだよなぁ……」
ん~、と伸びをする。
彼女に会いたいな、と早苗は思った。
「……そしたら、もっと色んなお話ししてあげられるのになぁ」
そううまくいかないのが世の中の常なのかもしれない。
湯船から立ち上がる早苗。
その時、引き戸が開けられ、「早苗ー、わたしと一緒にはいろー」と諏訪子がやってきた。
「おっ、早苗~。ま~たおっぱいでっかくなっただろー?」
「なっ……!」
「うりゃ、もませろもませろ~!」
「ちょ、やめてください、諏訪子さま! そういうセクハラはダメですよ、ダメー!」
「わははははは! そーれそーれ! うりうりー!」
「もう! 怒りますよ!」
直後、すぱかーんっ、という景気のいい音とともに、諏訪子が『はぶっ!?』と天を舞い、湯船の中へと落下していった。
これぞ早苗秘奥義『湯桶昇竜撃』である。
諏訪子を風呂場に沈め(二重の意味で)、部屋へと戻った早苗は、そのまま眠りについた。
ベッドの中ですやすやと、彼女が眠っていた時だ。
「……ん……」
こんこん、と窓を叩く音がした。
目をこすりながら、早苗は身を起こす。そして、焦点の定まらない瞳で、きょろきょろと辺りを見回した後、音の源である窓へと近づいていく。
「こんばんは」
「わっ、霊夢さん」
なぜだか、そこに霊夢がふよふよ浮いていた。
――どうしたんですか、こんな夜更けに。
早苗が問いかけると、彼女は『いいからいいから』と早苗の手を引いた。
「あったかい格好するといいよ。外は寒いし」
「は、はあ……」
「神様二人には気づかれないようにね」
とりあえず服を着替え、霊夢に続いて外へと飛び出す。
夜空はきれいに冴え渡り、雲ひとつない、きれいな空だった。
頭の上を見上げれば、まん丸のお月様が輝いている。その周囲にも、あふれんばかりの星の群れ。
そういえば、この世界に来てから、夜空のきれいさに驚いたっけなぁ。
そんなことを思いながら、「あの」と早苗は声を上げる。
「どこへ?」
「んー?
……あそこ。ほら、見えてきた」
霊夢に招かれるまま、彼女が舞い降りたのは、山の麓の人里だった。
「……お祭り?」
「そっ」
はて? 早苗は首をかしげる。
にぎやかにお囃子が鳴り響き、笑顔の人々が行きかうその空間は、確かに祭りの空気そのものだ。
しかし、この時期に祭りなんてあっただろうか?
首をかしげる早苗の手を引いて、霊夢は「おーい! 連れてきたぞー!」と声を上げた。
「……皆さん?」
「お、ようやく来たか。
霊夢、お前、呼びに行くの遅いんだよ」
「うっさいわね。なら、あんたが行けばよかったじゃない」
「それを霊夢が望んだのかしら?」
「うぐ……」
「こんばんは、早苗。とりあえず、こっちにいらっしゃい。あなたの席は用意してあるわ」
「ちょっと咲夜! 何、勝手に早苗を連れて行こうとしてんのよ!」
早苗と交流のある、いつもの面子が、その祭り会場の一角に車座になっていた。
回りには村人たちの姿もあり、彼らはその視線を、前方のお立ち台へと向けている。そこでは現在、冥界の姫君が、この世のものとは思えないほど、美しい舞を舞っているところだった。
「あら、いいじゃない。紅魔館の席には、美味しい食べ物もお酒もあるわよ?」
「おっと、咲夜。そいつは聞き捨てならないな。
この魔理沙さんの用意した食い物と酒にかなうものなんてないぜ!」
「早苗、こっちに来て。そっちはうるさいでしょ?」
「アリス、抜け駆けすんな!」
などなど。
実ににぎやかな、いつものこの面子の宴会であった。
「えっと……このお祭りは一体?」
結局、早苗は霊夢が確保した。何だかんだで他の連中は、二人には手出しをせず、あっさりと引き下がっている。多分、彼女たちに仕組まれたのだろう。
「早苗たちは、まだ参加したことなかったわよね」
「はあ」
「こんな風に、きれいな夜空が見られる日だけにやってる祭りなの。元は天狗たちが始めたらしいんだけどね」
お立ち台に上がる天狗三人娘。そして、彼女たちが始めるのは、なぜか漫才だった。
ちなみにどうでもいいが、かなりうまい。すでに周囲は爆笑の渦に飲み込まれている。
「条件がなかなかあわなくてさぁ。二年とか三年に一回、開ければいいってくらいで。
だから、みんな、こんな風に羽目を外すのよ」
「いつものことだと思いますけれど」
「で、まぁ、そういうところに口うるさい神様が来ると、色々とね?」
「それはひどいですよ。今からでも呼んであげましょうよ」
「だーめ。今日は特に」
何だか変な答えだった。
いつもの霊夢なら、『早苗が言うなら仕方ないわね』と、早苗が頼むとあっさり折れてくれるものなのだが。
しかし、とはいえ、言葉尻だけを捉えるのなら確かに問題発言ではあったが、どうやら霊夢は悪い感情で神奈子たちをのけ者にしようとしているわけではなさそうだ。
――今日だけですよ。
そう、早苗は霊夢に釘を刺した。
「レミリアさん達はいませんね」
「あいつら、夜中まで起きてられないから。
起きてて夜の9時だっけ?」
「そうね」
「……え、あの、レミリアさん達って吸血鬼じゃ……」
「早苗。あなたの言いたいことは……そうね、とぉぉぉぉぉっても、よくわかるわ。
けどね……うちのお嬢様たちだから」
「ああ……そうですね」
咲夜の一言には、有無を言わさぬ説得力があった。
何だか不条理で不自然があっても、全て『レミリアだから』の一言で片付く辺り、お嬢様のカリスマは、そりゃーもうすごいものである。
「霊夢さんは、何か出し物、なさらないんですか?」
「この後、大食い競争があるのよ。今年こそ、幽々子に勝つわ」
その時の霊夢の瞳は、まさにハングリー精神に満ちたJOEを超えるものがあった。
早苗は何も言わず、そっと彼女の肩に手を置き、ぽんぽん、と霊夢の肩を叩いた。
「本当ににぎやかなお祭りですね」
「だろー? これが一晩中、続くんだぜ」
「お星様も見えなくなりますよ?」
「それは人間の目の錯覚だぜ」
空を見上げれば、いつだって星は見える。
けれど、それが見えなくなってしまうのは、人間の目が『見えないものだ』と認識しているからだ、と魔理沙は自説を展開した。そこに知識の魔女が混じり、「違うわね、魔理沙。日中、星が見えないのは……」と夢のないことを言おうとしたため、その傍らの司書が脇に抱えて持っていってしまう。
「それに、楽しい祭りなら、いつだって、いつまででもやってたいじゃないか」
「それについては、確かに」
「というわけで、ほれ。お前も……いや、やめとく」
「え?」
早苗にお酒を勧めようとして、魔理沙は杯を引っ込めた。代わりに、その後ろで焼きそばを食べていたとある庭師に絡み、その口に酒瓶を突っ込んでいる。
「そういえば、アリスさん」
「ん?」
壇上で大食い大会が始まった。
参加者は言うまでもなく、霊夢と幽々子、その他大勢の有象無象である。すでに、実質的な優勝決定戦は始まっていると言っても過言ではないだろう。
会場の隅っこで、それをネタにトトカルチョを始めていたとあるうさぎが、とある医者に耳を掴まれて連れて行かれるのだが、早苗は特に何も言わなかった。
「アリスさんは、こんな風に、お祭りに参加することってありました?」
「なかったわね」
早苗の言いたいことがわかったのか、アリスは苦笑と共に肩をすくめた。
「家から出ることも少なかったし、ましてや、人里の喧騒にまぎれることなんて、ねぇ?
だから、こういうにぎやかな場所に、無理やり連れ出してくれた連中には、一応、感謝してるわ」
「それがなかったら、今も?」
「さあ? それはどうかな。
人間、みんな、その環境には慣れていくものでしょ? 連れ出されなくても、私の方から勝手に混じっていたかもしれないし、 もちろん、そうじゃないかもしれない」
あなたは? という視線を向けられ、『う~ん……』と早苗は眉根を寄せる。
「まぁ、あなたなら、社交性が高そうだから。にぎやかな場所にはふらふらと足を運ぶかもしれないわね」
「そんな、霊夢さんじゃないんですから」
「確かに」
壇上の激突はヒートアップしている。
すでに一位と二位の足下には猛烈な量の皿が積みあがり、他の参加者たちは死屍累々と倒れ伏している光景が、そこにあった。
「……わたしは、ここに引っ越してきた時は、自分と周りの感覚の違いに戸惑いましたよ」
「でしょうね。
というか、今でも、あなたの話にはついていけないことが多いわ」
「けれど、段々、ここの生活に慣れてきたのもわかります」
「じゃないと、みんなと仲良くなるのは難しいものね」
特段、よそ者に対して排他的な風習があるというわけではないものの、やはり、その世界に慣れないものは溶け込みにくいのがこの世界だ。
特に、彼女たちのように、今までの生活からの劇的な変化を強制されたもの達にとっては、この世界に『馴染む』のは容易ではない。
「今でも、みんなとの間に壁を感じますし」
「そうかもしれないわね」
「けど、それが段々、小さくなっていけばいいなぁ、って思いながら、毎日、暮らしています」
「腰をすえてしまえば早いかもね」
「……そしたら、ようやく、わたしもみんなの間に入ることが出来るのかな」
「さあ」
「もう」
「そう思っているってことは、意外と、そうでもないことがわかってるんでしょ?」
ねぇ? とアリス。
かなわないな、と早苗は思った。
生き物というのは、見た目に精神が引きずられると言うが、アリスはその見た目以上に成熟していることは疑いようのない事実であるらしい。
こんなお姉ちゃん、欲しかったな。
そんなことを思って、早苗は「負けました」と舌を出す。
「霊夢と幽々子の食い倒れ対決はしばらく続くだろうから。
早苗。お祭り、見てきたら?」
「そうしますね」
あと30分くらいは、あの対決も終わらないだろうというのがアリスの談だった。
すでに、あの二人が平らげている食事の量は、一般的な人間のレベルを遥かに超えているのだが、その辺り、亡霊である幽々子はともあれとして、『博麗の巫女に不可能はない!』ということなのだろう。
祭りの会場を歩き回ること、およそ20分ほど。
「そろそろかな」
そろそろ、あの宴会の場に戻ろうか。
早苗はその場で踵を返す。
――と。
「あ」
携帯電話がコールする。
ポケットから取り出したそれの液晶画面を見て、早苗は『あ』と声を上げた。
『早苗さんへ
園生です。こんばんは。
こんな夜遅くにメールしてごめんなさい。
早苗さん。わたし、ようやく引っ越した先でお友達が出来ました。今度、その子の家に遊びに行く予定なんです。
その子の他にも、たくさんのお友達が出来そうです。
まだ、溶け込むには時間がかかりそうだけど、ようやく、わたし、一人ぼっちじゃなくなりました。
早苗さん。今までアドバイスありがとうございました。
それから、このメールで、早苗さんにお送りするメールは最後にさせて頂きます。
今までありがとうございました。わたし、早苗さんからのメールがあったから、今日まで頑張ってこられました。
早苗さんに頼っていたつもりはなかったんですけど、やっぱりどこかで頼っていたところはあったと思います。
だから、わたし、早苗さんから親離れします。
これからは、お友達と、家族と一緒に頑張ります。そして、早苗さんみたいに、毎日、楽しく過ごせるようになります。
今までありがとうございました。早苗さんも、これからもずっと、周りの人たちと仲良くしていってくださいね』
早苗の顔に、少しだけだが笑顔が漏れた。
そっか。
彼女は内心でつぶやくと、メールのアイコンをクリックする。
『園生さんへ
こんばんは。早苗です。
ご連絡ありがとうございました。園生さんにお友達が出来たと聞いて、わたしも今、すっごく嬉しいです。
これから、どんどん、毎日が変わっていくと思います。
ただ楽しいだけじゃなくて、辛かったり大変だったりすることもあると思いますけど、頑張ってください。
今まで、メール、ありがとうございました。
変な言葉になっちゃいますけれど、わたしはずっと、園生さんのこと、応援しています。
だって、わたしと園生さんって、似てますから。
もしも、また何か大変なことがあって、その時、わたしに連絡してくれれば協力します。
けど、そんな日が来ないことを祈っています。
これから、お互い、頑張りましょうね』
「送信、っと」
――と。
「あれ?」
それから一分もしないうちにメールが返ってくる。
『新着メールが届きました』
書かれているメッセージに首をかしげ、もう一度、返信のメールを送る。
「……あれぇ?」
結果は同じだった。
ためしに、『園生』から送られてきているメールのアドレスと、返信先のアドレスを見比べてみるのだが、一字一句、同じ。間違っているはずはなかった。
「……何で?」
電波の状況がおかしいのかな、と思って携帯電話を見る。
一応、電波の受信状態を示すアンテナは4本立っていた。もっとも、その表示は幻想郷では当てにならないため、『つながってないわけじゃないか』と納得する程度のものなのだが。
「おかしいなぁ……」
そうつぶやきながら、祭りの会場を歩いて戻っていく、その時だ。
「……あれ?」
宴会の場から、三々五々に人が散っていく光景があった。
あのどんちゃん騒ぎも終わったのかな。そう思った早苗の視界に映ったものに、彼女は目を見張る。
「……え?」
霊夢や魔理沙、アリスの間に挟まれている人物。
その髪の毛。
その見た目。
その姿。
「……」
それは、一回り、今の自分よりも小柄ではあるものの、間違いなく、『早苗』その人だった。
『早苗』たちが早苗の横を通り抜けていく。
その時、『早苗』が早苗を振り返り、にこっと微笑むと、一度だけ、深々と頭を下げたのだった。
「おーい、早苗。早苗ー。ベッドに入らないと、風邪、引いちゃうぞー」
「……はっ!」
「おぶっ!?」
思わず身を起こした早苗の頭突きが、諏訪子の顎をクリーンヒットした。
もんどりうってひっくり返る諏訪子に、慌てて早苗は「ご、ごめんなさい!」と駆け寄っていく。
「いったぁ~……。目の前に星が散ったよ……」
「あ、あはは……」
「ったくもー。
前々から言ってるけど、寝オチはやめなよ。特にエロゲー画面つけっぱとか」
「はぅあ!?」
「わたしだからよかったけど、神奈子が来てたら、今頃説教だよ?」
慌てて、早苗はパソコンのディスプレイに映し出されている、肌色多目の電脳紙芝居の画面を落とした。……のだが、音声を消すのを忘れていて、ヒロインのボイスが響き渡ったりするのはご愛嬌か。
「ヲタクって怖いねぇ」
「……返す言葉もありません」
顔を赤くして、早苗は縮こまった。
その早苗をにやにやしながら眺めつつ、諏訪子は「眠たいならベッドに入るんだよ」と肩を叩く。
「あ、あの」
「ん?」
「諏訪子さま。ケータイのことなんですけど……」
「ああ。あの不思議なメール?」
――あれ、どうなったの?
諏訪子は踵を返しかけたところで、早苗に振り返った。
早苗は携帯電話の液晶画面を開きながら、メールを確認する。『園生』の名前は、やはり、まだそこにあった。
「……その……」
「ん?」
今、見ていた夢の内容を語って聞かせる。
ふんふん、とうなずきながら諏訪子はそれを聞いていたが、彼女の話が終わると、「そういうこともあるさ」と、あっさり話を締めくくってしまった。
「いえ、あの、もっとこう……何ていうか……」
「そういう不思議な夢を見るのも巫女の特徴でしょ。予知夢やら明晰夢なんてのは特権じゃないか」
「それとも違うような……」
「記憶の混濁、なんてのもあるよね」
神奈子にも話してみたら?
彼女はそう言って、話はここでおしまい、とばかりに早苗に背中を向けて歩いていってしまった。
もう、と早苗は腰に手を当てて怒るのだが、それ以上の追求は出来なかった。
とりあえず、言われた通りにベッドの上に横になる。しばらくの間、彼女は携帯電話の液晶画面と、夢の中の出来事と同じように、窓を気にしていたのだが、いつしか眠りへと落ちていったのだった。
「そういえば、ずいぶん前……と言っても、ここに来た当初のことだけど」
翌朝。
朝ご飯の席で、早苗が語って聞かせた話に、一家のお母さんは口を開いた。
「早苗、確か、『親切な人にアドバイスをもらった』って言っていたわね」
「……そんなことありましたっけ?」
「あった」
それは、幻想郷にきて、まだ間もない頃のこと。
毎日退屈そうに、そして、どこか落ち着かない様子で、早苗が日々を暮らしていた時のこと。
ある日、彼女は、何の気なしにメールを打った。その宛先は、あいにくと彼女は覚えていなかったのだが、その返信の画面を、喜んで神奈子たちに見せに来たことがあったのだ。
「それが……」
この『園生』のメールだと言うのだろうか。
首を傾げる早苗。
「そういや早苗、ずーっと、以前のメールとか消してないんだよね?」
「あ、はい。友達のメールとか、まだ残ってますから……」
もう彼ら彼女らには会えないのだろうが、それでも、だからこそ、そのメールを消したりするのは忍びなかった。
それ、見てごらんよ、と諏訪子は言う。
言われるがまま、何十と言う過去のメールを遡る早苗。
すると『……あ』という顔を、彼女は浮かべた。
「どう?」
「……すごい。神奈子さま……」
「不思議なこともあったものね」
言われるがまま遡った過去の記録に、『園生』から来たものと、全く同じ文面を書いた、自分が発信したメールがあった。さらに受信メールには、今の『早苗』が『園生』に送ったものと、全く同じ文面のメールがたくさん並んでいた。
「……そういえば」
そこで、記憶の淵から過去が浮かび上がってくる。
昔、この世界での生活に慣れなかった頃、届くわけないとわかっていながらメールを送っていたことがあった。その時、その『ありえない』返信を受けたのだ。差出人は『早苗』と名乗っていた。
自分と同じ名前の『誰か』からのメールと、その文面に驚いた後、早苗は思わず舞い上がった。
その『早苗』から示唆される言葉一つ一つが、自分の未来を暗示するようなものだと、彼女は勝手に思い込んだのだ。
同じ名前の『誰か』から発信された言葉が、まるで『自分』のことのように思えたのだ。
ちなみに、『園生』というのは、彼女の名前のアナグラムである。インターネットを徘徊する時などは、彼女はよくこの名前を使っていた。
「こりゃまた驚いた。
まさか、過去の自分とメールだなんて」
「そういう不思議なことが起きても、特に驚くことではないけれど。
だけど、それがどうして、今頃になって、とは思うわね」
「……それはやっぱり……今、わたしが、この世界での生活に慣れてきて、とても『楽しい』からじゃないでしょうか」
未来の『早苗』から送られてきたメールは、『今』の楽しさと幸せを語っていた。
そこに『今』の『早苗』が重なったから、『過去』の『早苗』からのメールが届いたのではないだろうか。あのときの自分が、メールを送っていた相手が『今』ここに現れたのだから。
「よくわからんね」
「人生ってそんなものよ」
「何、悟ってんのさ。神様のくせに」
「悟りも開かずに神を名乗るか」
「さあ、どうだろね」
「で、早苗。その祭りと言うのは、多分、早苗が一番最初に霊夢たちに連れて行ってもらった祭りじゃない?」
「……ああ、そういえばそうかもしれません」
確かその時も、『こんなににぎやかなお祭りがあるなんて』と驚いたのを覚えている。
そして、みんなと車座になって、にぎやかに宴会したことも。
大食い勝負は幽々子の圧勝で、以後数日間、霊夢がお腹を抱えて寝込んだことも。
「……ああ」
左右に露天の並ぶ明かりの中で、早苗は誰とも知らない女性に向かって、なぜか頭を下げたことを思い出す。
あの時はその後、『あれ、誰?』や『知り合い?』と周りにいた者たちに尋ねられたものだ。早苗は当然、何でそんなことをしたのかわからなかったので、適当な返事をしていたのだ。
「……わたし、これからどうなるんでしょうか」
ふと、早苗はつぶやいた。
過去の自分が憧れた、『未来』の日常に、早苗は辿り着いた。しかし、ここから先は全くの未知の世界だ。
『未来』の早苗も、その先のことを知るはずはない。
これから先、自分はどんな日々を送ることになるのだろう。
それは、何の気なしに尋ねた一言であったが、神奈子と諏訪子は返事をすることもなく、立ち上がってしまう。
「あ、あの……!」
その時だ。
「早苗ー、いるかー!? 朝もはよから魔理沙さんがお誘いにきたぜー!」
「魔理沙、うるさい! 全く……あなた、もっと品よく出来ないの?」
「何だと、アリス!
今日の宴会は一日をかけたスペシャルな宴会だぜ! 朝からテンション高くて何が悪い!?」
「だからやかまし」
「にゃあー!」
一体、何が起きたのか。
やたら騒々しい音と共に、しん、と外が静まり返った。
「行って来なさい」
「わたしらは、ここでのんびりしてるよ」
二人に肩を叩かれ、背中を押され。
早苗は玄関へと向かって歩いていく。
そして――、
「早苗、おはよう」
「魔理沙が迷惑かけたわね」
「何か急で悪いんだけどさ。今日、これから、近くの人里で大きなお祭りがあるの。早苗、一緒にいこ」
差し出される手。かけられる声。
それを見つめる彼女は、一言、言った。
「はい!」
しかし、過去と未来が繋がった理由を明かさないのは、やや不満。
こういう東方ならではのやり取りは大好きです
幻想郷で自分の名前のメールが来たなんてインパクトのある出来事を忘れられるかなあとか。全部はっきりさせないで余韻を残すというのも手法だとは思うんですけどねえ。
最後までほのぼのと読ませていただけました
しかしあなたの霊夢は相変わらずわんこの様だ
やはり自分と同じ名前の人と不思議な文通をしたという経験を周りの神様を含め忘れるのか、という疑問がどうしても出てしまいます
でもいいから欲しがったような・・・
その他はふこふこした
新しいがたくさんだもんね、しかたないね。
こういうお話は大好きです。
ネタばらしはあってもおもしろいかな?
ほのぼの結末好きにはたまらんですのう。
それをカバーするだけの心地良い雰囲気があった作品だと思います。