* オリキャラ注意報発令 オリキャラ注意報発令 *
…………?
頭がボーっとする。
どうも靄がかかっているようではっきりしない。
私は軽く頭を振って意識をはっきりさせようと試みる。
その行為が大した効果を得られない事は、長くもない人生の中で知っていた。
ならやるなよ、とセルフ突っ込みを入れたところである程度の事を思い出せた。
確か、一日学び舎で面白くもない講義を受けるために缶詰になっていた。
それも終わって開放感に浸りながら暗くなり始めた道を家へと向かう。
数年間、通い慣れた道を自転車で控えめに、私は風になった。
はふ~、全身に風を受けたら止まれる人なんていないと思う。気持ちよすぎて。
私は爽快感でいっぱいになりながら……家に帰れたんだっけ?
ん~、そんな事はないっぽい。
傍らにマイ自転車が前輪だけカラカラという音を出しながら転がっている。
……取り合えずそれを立たせて壊れていないか確かめる。
多分大丈夫かな?
乗れるからいいことにしておこう。
周りを見回してみる。
…………。
パニックを起こしそうだった。
道に迷ったのかな、一体ここどこだろう?
大きな湖がある。
ネス湖かな、ネッシーいるかな?
アホな事を考えて現実逃避した。
日本にいる訳がない。しかもネタが古い。
今日はボケの切れがいまいちだ。
「はー。どうしよ?」
溜息を吐きながら独り言を呟く。
何で住宅街を疾走していた筈なのに、いきなり大自然ど真ん中に放り出されてしまうのか?
こんなことが出来るなんて私は自分で考えていたより器用らしい。
嘘です。不器用なんです。
――そろそろ、これからの事を前向きに検討しよう。
家に誰かいるわけではないから、急ぐ必要はない。
しかし日が暮れたら本当に家に帰れなくなるかもしれなかった。
……ああ、別に天涯孤独というわけではない。
ちゃんと親はいる。
一人暮らしという気楽な身分なだけで。
「ええと、今の時間はっと」
ポケットから携帯を取り出して時間を確認する。
「5時少し前か……ってここ圏外!?」
自分の携帯が圏外を表示しているのを始めて見た。
ここって凄いところなんだ。未知の秘境かもしれない。
差し当たって携帯で連絡を取る必要はないので別に構わない。
初の圏外表示に少し感動しただけだった。
「誰かに道を聞くのが早いんだけど……いなさそうだなぁ」
さっきから独り言が多いと自分でも思う。
不安な時はそういうもんだからしょうがないよ。
森に囲まれた湖、その森と湖の間に私はいる。
人の気配は皆無。
風の吹く音や鳥の鳴き声だけが耳に届く。
いい場所だな……こんな状況じゃなかったら。
ボーっとしていても何も解決しないので、私は湖の淵に沿って周ってみる事にした。
もうすぐ日も暮れるというのに、森の中に入る勇気はないです。恐いもん。
自転車に乗って湖を周ることしばらく――20分ぐらいかな。
凄くおっきい湖でした、まる。
人の気配なんてありません、誰か助けてください。
それでも収穫がなかったわけじゃないけど。
湖のずっと先の方に建物が見えた。
それが唯一の人の気配と呼べるものかもしれない。
気付いてからは建物を目指していたけど全然近くにいけない。
ちょっと真剣に不安になってきた。
私は物事を気楽に考える方だけど、そうも言ってられないのかも。
「あんたそんな所で何してんの?」
びくっ!
急に声を掛けられ慌てて発信源を探す。
さっきまで人なんていなかったのにどこから!?
声の主は直ぐに見つかった。
青い髪をした女の子で背丈はあまりない。
その子は私より明らかに背が低い、だというのに私を見下ろしていた。
訳は簡単、湖の上を飛んでいるのだ。
よく見れば背中に羽らしきものまでついてる。
私の知らない間に人間はここまで進化してしまったのか。
羨ましい。
「ちょっと、何じろじろ見てんのよ?」
あっと、話しかけられてたんだった。
「珍しい格好してるんだ」
「はぁ? あんたに言われたくないわよ」
私の格好そんなに変かな?
服とかにあんまりこだわった事ないけど、友人から変といわれたこともない。
背中から羽を生やすほど奇抜でもない。
いわゆる価値観の違いという奴らしい。
「そんな事より、あんた私の縄張りで何してんのよ?」
縄張り? ここが? 女の子の?
「ここって君の土地なの?」
「そうよ」
得意げに胸を反らしているけどとてもそうには見えなかった。
確証はないけど、威厳みたいなのが足りてない気がする。
威厳と土地を持っているかは関係ないけど。
何となく嘘っぽいんだよね。
でも、嘘と証明するものもないしここは信じてあげよう。
いや、信じる振りをしよう。
「もしかして君、あの建物に住んでるの?」
湖の先に見える建物を指差す。
「あんたあそこに用があるの?」
「えっ、うーん……用があると言えるかも知れない」
「そ、そうなんだ。あそこは、わ、私の家じゃないけど、こ、ここに住まわせてあげてるのよ。どう?」
どう、って聞かれても困るんだけど。
しかも、かみまくりだし。
ますます嘘っぽくなってきたな。
「とても偉いと思うよ。それならちょっとあそこまで案内してくれないかな?」
「……もしかして、私?」
「そう、ここの主様に頼んでる」
目に見えておたおたする女の子。
自分の土地なのにそんなに行きたくないのだろうか?
「ま、まぁいいわ。特別に近くまでなら案内してあげる。感謝しなさい」
見栄を張り続けることを選んだらしい。
私としてもその方が助かる。
「ははは、やっぱり主様は優しいなぁ」
「当然よ、ほら案内してあげるから付いてきなさい」
おだてると上機嫌で建物がある方へと飛んでいってしまった。
あはは、おーい。一人でどこへ行くんだー?
「しくしくしくしく」
声で悲しみを表現しながら待つこと5分ほど。
女の子はやっと帰ってきてくれた。
「何で付いてこないのよ!」
いきなり怒られてしまった。
もしかして私が悪いのか?
これは逆ギレとか言うヤツではないのか。
この広い湖を泳げとでも言うつもりなのだろうか?
「今度はちゃんと付いてきなさいよ」
「ちょっと待った、そんなの付いていけないって」
「はっ?」
女の子は固まって、何かを考え出してしまった。
私は疲れてきた。
「もしかして飛べないの?」
「普通、飛べないでしょ」
「あんた変な奴ね」
「主様が優秀なだけですよ」
「それもそうね」
皮肉が通じないとこっちのストレスが溜まっていくものらしい。
子供相手に怒るのも可哀想なので我慢する。
「しょうがないわね」
女の子はそう言って私の隣に立って、人差し指を近くの湖面に向ける。
すると指差した場所から、湖が凍りだした。
イッツァミラクル!
見かけと違って実は凄い子供だった。
もう、ぶっちぎって人間の域を超えた事してるし。
つーか、人間?
「君、本当に人間?」
「はっ、何馬鹿な事言ってんの? 私のどこを見たら人間に見えるのよ」
「ん~、羽以外」
「他にも溢れでるカリスマとかいっぱいあるでしょ」
正直に答えてみたが納得いかなかったらしい。
「あー、確かに……うん、カリスマが駄々漏れしてるね」
「分かればいいのよ」
これだけカリスマがないのは人間じゃあ出来ない、と言おうとしたけど、機嫌を損ねると不味いので自重した。
「それじゃあ、行くわよ」
前に立って氷の上を歩いていく女の子。
私も自転車から降りて、恐る恐る氷の上に立ってみる。
その瞬間、ピシッという不吉な音が……!
という事もなく、しっかり私を支えられるぐらいは厚く出来ているようだ。
女の子は自分の少し先を凍らせながらどんどん先に行ってしまう。
私もそれに遅れないように少し急いだ。
氷の上を歩いて10分ほど。
建物が大きな洋館だと判断が付く頃に来て、私は前を行く女の子に声を掛けてみる。
「ねぇ、ここってどこ?」
いきなり確信を付く質問。
元々それが分かればあの洋館まで行く必要などないのだ。
今まではすっかり聞くのを忘れていただけで。
「湖の上に決まってるじゃない」
ずばりそのまんまな答えを返されてしまった。
しかも思いっきり馬鹿にした口調で。
そんな事も分からないのか、という感じだった。
「氷の上じゃないの?」
私も負けずに言い返す。
その言葉にカチンときたのか、女の子は振り返ると私を睨みつけてきた。
「もしかして私を馬鹿にしてる? あんたをここに置き去りにしてもいいのよ」
可愛い顔して怖い事を言う。
既に私の後ろの方の氷は溶けて水に戻ってしまっている。
ここで一人にされたら水死体が一つ出来上がってしまう。
そうか、今の私はこの女の子に命を握られている状況だったのだ。
「ごめんなさい、どうか私を一人にしないで下さい。かっこいい主様」
棒読みに近いが一応謝って、ついでに機嫌をとっておく。
どうしてもこの子相手に真剣になれなかった。
「まぁ、いいわ」
それでもあっさり機嫌を直す。
結構単純だ。
「多分あなた外から来たんでしょ。ここは幻想郷って所よ」
「へっ?」
歩みを再開させながら事も無げに言ってくる。
私がさっきした質問の答えだろうか?
あまりに唐突だったので変な声が出てしまった。
「それってどこ?」
言った後に自分でも変な事を聞いたと気付いた。
始めにここと言っているではないか。
これではあまり馬鹿にした事を言ってられない。
しかし女の子は怒る事もなかった。
「この世界の事よ、あなた外から来たみたいだしね」
「外?」
「そう、幻想郷の外の世界。違った?」
違ったとか聞かれてもよく分からない。
「ごめん。よく意味が分からない」
「なら、外から来たって事よ。面倒くさいから後は他の人にでも聞いて」
「はぁ」
取り合えずここが幻想郷という事は分かった。
他に口振りからして私がいた所とは違う世界らしい。
そりゃあ、こんな羽人間がいるんだからおかしいとは思ってたけど。
そういえばこの女の子は何者だろうか? 人間ではないらしいし。
「君って……ええと何者? 人間じゃないんだよね」
「私は氷精よ。見ての通り冷気を操る事が出来るの」
聞いてないことまで教えてくれた。
氷精ねぇ、妖精みたいなものでいいか。
私の認識としてはその程度という事で。
「冷気を操れるなんて、夏場は便利そうでいいね」
「……ねぇあんた、ずっと気になってたんだけど他に示す反応があるでしょ。驚くとか、助けを請うとか!」
「ん~、かなり驚いてるし、脅威にも感じてるよ。氷付けは嫌だし」
「なら少しは態度に出しなさいよ。あんたのいた世界に私みたいなのはいなかったでしょ?」
「だから驚いてるって、君みたいなのも始めて見たよ」
「もしかして現実逃避してる?」
この女の子は何がそんなに気に入らないのだろうか。
それに現実逃避ときた。
出来るものならしたいもんだ。
「私は正気だと思うよ」
「あんた変わってるわ。いいけどね、別に。…………はい、到着」
いつのまにか洋館が建っている岸にまで着いていた。
話してると時間の流れを忘れるね。
近づいて分かったんだけど、ここは湖に浮かぶ島だった。
どうりでいくら頑張っても近づけないはずだよ。
で、この洋館、真っ赤な上にとてつもなく大きい。
もしかしたら、私の学び舎より敷地面積をとっているかもしれない。
一体どんな人が暮らしているんだろうか。
こんな不便な場所に。
出掛けるのも一苦労だろう。
お金持ちの考える事はよく分からない。
「ありがと、それじゃ行こっか」
「私も!?」
「一人じゃ心細いじゃん」
「分かったわよ。……あんた本当に変わってるわ」
女の子はぶつぶつ言いながらも付き合ってくれるらしい。
ちょっと生意気だけどいい妖精だった。
洋館の門が近づいて来た所で、そこに佇む人影が見えてきた。
シルエットからして女性のようだ。
私と同じように道に迷ったのかな。
私は顔が確認できるところまで来て、少し躊躇いながら挨拶をした。
「えっと……にいはお?」
初めての中国語は少し緊張した。
私が挨拶をしたからか、赤い髪が印象的な迷子の女性は一歩一歩地面を踏み抜きそうな勢いで距離を詰めてきた。
うわっ、どうしよう!
他の中国語なんて知らないよ。
側にいる女の子は顔を抑えて諦めたような表情をしている。
役に立たないなぁ。
……少し地が出てしまった。
そうこうしているうちにも女性は私の目の前までやってきた。
長身で結構な美人だけど今は怒りに顔を歪めている。
女性は私の胸倉を掴んだ。
「あんた、私にケンカ売ってる? 売ってるわよね、買ってあげるわ」
話を一方的に進めてしまう。
人の話は聞いて欲しいです。
「ご、ごめんなさい……あれ? 日本語話せるの?」
「やっぱりケンカ売ってるのね。ねぇチルノちゃん食べちゃってもいいんでしょ」
食べるって穏やかじゃないよ。
どうしよう、食人主義だよ。
日本にもいたんだ。
「食べてもいいけど、多分外の世界の人だよ」
「うっ、それは事後処理が面倒なんだよね」
女性は私の胸倉を離してくれた。
助かったらしい。
……はー、怖かった。
「で、ここに何の用?」
「あれ、お姉さんも迷子じゃなかったの?」
「何か私馬鹿にされてない」
女性は、女の子――チルノと呼ばれていた――に同意を求めた。
馬鹿にしているなんてこれっぽっちもないのに。
「これが、この人の素らしいよ」
「変わってるわね」
私は幻想郷基準だと変人らしい。
ちょっとショック。
「それでお姉さんはここで何をしているの?」
「私はここ、紅魔館の門番よ」
「へぇ、へぇ、へぇ」
「今のは本気で馬鹿にしたでしょ?」
「よく分かったね」
チルノより頭は切れるらしい。
これ以上は怒りそうだからやめておこう。
「本題はというと、道を聞きたいんだけど」
「あんた外から来たんでしょ? なら無理よ」
「そんなぁ、詳しい人とかいないんですか? こんなに大きな家なのに」
「いるかと言われればいるけど、かなり怖い人だよ」
「別に構わないから、お願いします」
「はいはい分かったわよ、呼んで来るわよ。……図々しいんだから」
私の懸命な頼み込みで、何か呟きながらも呼びに言ってくれたようだ。
思ったより優しい人なのかも知れない。
「私はもう帰っていい?」
「んっ? ああ、ありがと。助かったよ」
「じゃあね、もう合う事もないでしょうし」
そう言い残して、チルノはどこかへ飛んでいってしまった。
門前で、中に入った女性を一人で待ち続ける。
暇だった。
自転車に寄り掛かりながら待つこと数分。
赤い髪の女性は、これまた女の人を連れて戻ってきた。
……メイド服ってヤツだ! 始めて見た。
まだ残ってたんだなぁ、驚いたよ。
「……この人?」
「ええ」
メイド服を着た銀髪の女性――身長は門番よりやや低い――は門番に確認していた。
幻想郷っていろんな色の髪の人がいるんだなぁ。
私みたいな黒髪って珍しいのかも。
悔しいから、今度染めてみるのもありかもしれない。
「私は十六夜咲夜、紅魔館でメイド長をしているわ……って何じろじろ見てんのよ」
「ああ、ごめんなさい。いろいろと珍しくって」
「外から来たんだっけ。それならとりあえず中で詳しい事を聞くわ」
「「いいんですか」」
私と門番の声が綺麗にはもった。
しかし二人の言葉の意味しているところは微妙に違う。
私はこんなにあっさり行くとは思ってなかったから。
「こんな得体の知れないヤツを入れていいんですか?」
「そう言えばここの門番が、これから連れてくる人は怖い人だから期待するなって言ってたような」
「えっ!」
私は目を合わせないように遠い空を見上げながら呟いた。
せっかく帰る手掛かりが見つかったのに邪魔をされたくない。
「へー、あなた私の事をそういう風に見てたんだ」
「そ、そんな誤解です。こんなヤツの言う事を信じるんですか?
私と今まで培ってきた信頼は偽者だったんですか?」
「分かったわ、後でじ~~くり話し合いましょう。それでいいわね」
「うっ、ふぁ~い」
涙を浮かべながら門番は従った。
凄いよメイド長。
これこそカリスマ! ビバ、恐怖政治!
口は災いの元だね。
「それじゃ行きましょうか」
「はい、ありがとうございます。お邪魔します」
私は門番の横を通って十六夜さんの後を……。
「あの、十六夜さん、これどうしましょう?」
私は自転車を指しながら訪ねた。
こんなものを押して家に入るわけには行かないだろう。
「そうね。美鈴、ちょっと預かっといて。今日は夜勤でしょ」
「はいはい、分かりましたよ」
門番――美鈴はかなり投げやりだった。
「ところで、これは一体何なの?」
「ん、自転車だけど。知らないの?」
「ええ、始めて見たわ。どうやって使うの?」
やたら好奇心旺盛な門番だなぁ。
それに自転車を知らないなんてモグリもいいところだ。
そう思っても教えてあげてしまう私はきっといい人。
「ここに乗って、ペダルをこぐだけ。後は曲がりたい方向にハンドルを切ればオーケー。
重かったり軽かったりしたら、この切り替えをいじれば少し幸せ度アップ」
これ以上ない程、雑に使い方を説明する。
切り替えなどの知らなくてもいい機能までついでだから教えてやった。
実演しながらだから大体伝わったと思う。
伝わってなくても気にする必要はないし。
あっ……。ブレーキ教えてない。
でも気にしない。
「わー、面白そう。少し乗ってみてもいいですか? いいですよね。やったありがとう!」
「いや、まだいいなんて言ってないから」
「駄目なんですかぁ?」
「別に壊さなければいいけど、ああ、壊しても直してくれれば構わないよ」
「任せてよ、壊さない努力はするから」
うわぁー! 凄い不安にさせること言ってくださる。
頼むから壊すにしても私の直せる範囲内にしてよ。
「ねぇ、十六夜さーん。人の家の事をとやかく言うのは気が引けるんですけど、あの門番で大丈夫なんですか?」
「あれはあれでいいのよ。だって面白いじゃない」
早速家の中庭で練習を始めた美鈴を見ながら十六夜さんに聞いてみた。
門番が門の内側で遊び始めるって尋常じゃない気がする。
職務怠慢でしょ?
それを容認してしまうこのメイド長も凄いけど。
「さ、美鈴はほっといて行きましょ」
「あ、はい」
私はふらふらしながら自転車と格闘している美鈴の無事を祈りつつ……もとい、自転車の無事を祈りつつ十六夜さんの後を追って洋館の中に入った。
ここの事は紅魔館とか言ってたっけ。
自分の家に名前を付けるなんてここの持ち主は変わってるなぁ。
それだけ愛着があるのかも知れない。
きっとモノを大切にする人なんだ。
私も見習わなくては……マイ自転車よ、どうか無事でいて。
今度名前を付けてやるから。
今は十六夜さんを先頭に廊下を歩いている。
そこで気付いた事が幾つか。
この屋敷は見かけ以上に広く感じる。
電気の明かりではなく蝋燭を使っている。
いろんな所でここのメイドと思われる人とすれ違う。
メイドは既に絶滅したと思っていたけど、勘違いだったようだ。
「なんか、外から見るより中にいたほうが広く感じるんですね」
「あなた中々鋭いわね」
「どういうことですか?」
すれ違うメイドに指示を出しながら前を行く十六夜さんに感想を言ってみると、意味不明な言葉が返ってきた。
「ここは空間を弄って見かけより広くしてるのよ」
「……ああ、成る程! 凄いところですね」
「ありがと」
「何でお礼を言うんですか?」
「私が空間を弄ってるのよ」
うわー、私ここに来てから何回驚いただろう。
驚いてばっかだよ。
「えっと、笑うところですか?」
「別に信じられないのならそれでも構わないわ」
「はぁ、そうですか」
という事は十六夜さんが本当にこの家の空間を弄っているのか。
メイド長の真髄を見た気がする。
とてもじゃないけど私には務まらない。いろんな意味で。
「やっぱり十六夜さんも人間じゃないんですか」
「そう見える?」
どこからどう見ても人間です。
でも普通の人は空間を弄るなんて出来ないしなぁ。
「人間にしか見えませんけど」
「なら、正解。私は純度百パーセント人間よ」
「絞りたてですか?」
「当然それが一番美味しいわね」
お互いボケの応酬が続く。
この人は中々出来る人だ。
「今度少し飲ませてもらっていいですか?」
「大胆ね。飲むのはいいけど、私のは高いわよ」
「ツケといてください」
「当方は全て先払いよ」
「それは残念。諦めるしかないです」
交渉は決裂してしまった。
……ノリで話していたけど、私は一体何を飲む話をしていたのか、割と謎だ。
まぁ、十六夜さんとはいい勝負が出来るということが分かった。
相当な実力者だ。
「聞いた通り、あなた変わってるわね」
「ここに来てからはよく言われます。そんなに変ですか?」
「ずばり変よ!」
「して、その心は」
「そういうところが変だと言ってるんだけど、まぁその話はまた後で。付いたわ」
一つの扉の前で立ち止まる。
「客間ですか?」
「最初はそこに通そうと思ったんだけど、念のため私の部屋にしたわ」
「納得です。だからぐるぐる回ってたんですね。同じところを二回通った気がしたからおかしいと思ってたんです」
「悪かったわね」
「後、念のためってどういうことです? 門番のほかにも食人主義の人でもいるんですか?」
「……ちょっとお嬢様がね」
十六夜さんは少し言葉を濁した。
その口振りからするとここのお嬢様もそうなのだろうか。
モノを大切にするけど人を食べる。
それが今の私のお嬢様像。
まだ、人間と言われれば頷けるかもしれない。
「でも、十六夜さんの部屋に入ってもいいんですか? 悪い気がするんですけど」
「この際しょうがないわよ。大したものがある訳じゃないしね」
逆らう事も出来ないし、ここはお言葉に甘えよう。
一体どんな部屋なんだろう。ちょっと楽しみ……。
「……あのー、その前にもう一つ聞いていいですか?」
「まだあるの?」
「十六夜さんてメイドですよね?」
「そうよ」
「それなのに自分の部屋があるんですか?」
「ああ、そんなこと。私はここで暮らしているのよ」
住み込みで働いてたのか。
見た目私とそんなに歳は変わらないのに偉いなぁ。
その辺のこと、私は何も考えてないからちょっと焦る。
十六夜さんの部屋は、私がいつも一人で暮らしている部屋と大差ない大きさだった。
そこにベッドとクローゼット、後は椅子が2脚とテーブル。
ついでに所狭しと壁にナイフがずらり……。
という事がないわけではない。
……見間違いではないらしい。
女性とは思えないような、切れ味鋭い趣味を持っている。
他に特筆すべきところは、部屋がとっても清潔。
私の部屋もメイドを雇えばこのぐらい綺麗になるのだろうか。
「今度家に招待しますね」
「当方は先払い」
「諦めます」
ガードが固い人だ。
部屋の片付けは自分でやるしかないようだ。
いつもやる気にはなるんだけど……はー、面倒くさいんだよね。
「そこに座って待ってて、お茶淹れてくるから」
「それじゃ遠慮なく」
私は椅子にちょこんと座る。
十六夜さんは部屋から出て行ってしまった。
……何時だろ? そろそろお腹空いてきたな。
私は携帯を取り出そうとして――、
「お待たせ」
「うわぁーー!」
ポケットに手を入れたところで十六夜さんが帰ってきた。
手にはしっかりティーセットを持っている。
異常に仕事が早いよ。
扉から出て、まだ十秒も経ってないのに。
「何をそんなに驚いてるの?」
十六夜さんは慌てた様子もない。
もしかして驚く事が分かっていたのだろうか。
いい性格してる。
「メイド長にもなると仕事が速いんですね」
「これは、出たところでメイドの一人が気を利かせて持ってきてくれてたのよ」
「そのメイドって、もしかして美鈴?」
「あれは唯の門番よ。越権行為なんかしてくれないわ。あんなに暇そうなのにね」
「今は私の自転車で遊んでますよね」
「「あはははははは」」
二人で思いっきり笑う。
「「はぁ」」
そして同時に溜息を吐く。
この人とは気が合う…………自転車まだ大丈夫かなぁ。
お互いに気分が沈みきったところで、十六夜さんはティーセットをテーブルの上に置いてから向かいの椅子に腰掛けた。
「仕事はまだ大丈夫なんですか?」
「ん?」
早速自分の分をカップに注ぎ始める十六夜さん。
ちゃっかりしてる。
「今は六時半。後三十分は平気よ」
腰のチェーンを引っ張って時計を確認している。
その時計はなんと憧れの懐中時計!
かっこいい。
「どうしたの?」
「その懐中時計どうしたんですか?」
「いつの間にか持ってたのよ」
「羨ましい巡り合わせですね」
「褒めても上げないわよ」
「皮肉ってるんです」
私は懐中時計に釘付けになりながら、手元では自分の紅茶を淹れる。
この離れ技は危ないので真似をしないように。
私も結構こぼしてしまいます。
不器用ですから。
でも今回はこぼさずに出来ました。
…………いつのまにか自分で淹れてしまった紅茶を啜る。
はふー……落ち着くー。
「一息ついたところで、いろいろ聞きたいこととかあるんでしょ? 仕事の時間までまだあるから聞いてあげるわよ」
聞きたいことはいろいろある。
でもたくさんありすぎて実際何から訪ねていいものか……。
気になったところから。
「はい、ここは男子禁制なんですか?」
「またどうでもいい質問を」
いや、聞きたいことだったし。
「この状況は偶々……お嬢様の趣味かもしれないわね」
お嬢様に同性愛者のオプションがついた。
大丈夫、まだ人間。
「部屋のナイフとか懐中時計とか、十六夜さんはいい趣味してますね」
「抜かりはないわよ」
惚れ惚れするような完璧な答えが返ってきた。
むむ、隙がない。
私も精進が必要と。
「テレビはないんですか?」
「何それ?」
あれ? テレビを知らない。
「それじゃあ、冷蔵庫とか掃除機とかは?」
「?」
凄いここの家。
明かりに蝋燭なんて使ってたからもしやと思ったけど。
三種の神器がすべてない!
カモーン産業革命!
紅魔館に文明開化を!
「あなた今すごく馬鹿にしたでしょ」
「え、い、いや。珍しい家だなぁと思って」
当然3Cもないということか。
――3Cとはカラーテレビ、クーラー、自動車のカーの頭文字をとったものです……たしか――
「他に聞きたいことは……うーん、この家って窓が少ないですね」
「それは事情があるのよ。もういいから、早く一番聞きたかったことを言いなさい」
十六夜さんは投げやりに私を促した。
私はどうも引っ張りすぎたらしい。
人間の時間は有限です。時間は有効活用しましょう。
「ここは……幻想郷ってどういう所なんですか? 私は今日中に帰れるんですか?」
「めんどくさい質問ね」
「十六夜さんが聞けって言ったんでしょ」
「そうなんだけど、説明するとなると思ったよりだるくて」
うん、やっぱりこの人いい性格してるよ。
軽く笑顔が引きつるぐらいには、あはは。
「そんな事言わないで教えてくださいよ」
「えー、お願いしますって言ってくれたら考えてあげるかも」
くっ、このメイド長、さっき馬鹿にした事を根に持ってるな。
誰だ? 口は災いの元なんて言った愚か者は!
……はーい。
「お願いします。どうか私めに情報をお与え下さい。十六夜咲夜様」
「そこまで言うのなら仕方ないわね。特別にこの、紅魔館巡察執行士、特務メイド隊メイド長十六夜咲夜がご教授してあげるわ」
「いきなりキャラ変えないで下さい」
「冗談よ」
「だと思いました」
は~、やれやれ。
同レベルの人が相手だと白熱して疲れるよ。
それが一番面白くはあるんだけど。
「幻想郷というのわね――」
え! 私より切り替えがワンランク早い。
これは後々他のところで巻き返しを図らないと。
「――妖怪と人間が……ってやっぱり止めた」
「十六夜さーん」
「分かってるわよ。それよりこれを読んだ方が早いわよ」
言って、手渡されたのは『-幻想郷風土記-』。
巻物とはまた古風な。
「こんなモノを常備携帯してるんですか?」
「乙女には秘密がいっぱいなのよ」
何でもいいけどね。
どれどれ……妖々夢参照? また意味不明な事が書いてある。
「ああ、それ? 気にしないで、マニュアルに書いてあるだけだから」
なるほどね、そういうことか。
そこを覗けばこれと同じ文が見れると言うわけね。
つまり、妖々夢のマニュアルに秘密あり! という事らしい。
私凄いなぁ。
何か限りなくゼロに近いものを聞いて十を知った気分だ。
「それでは、読ませて頂きます」
…………
五分ほどで読み終わった。
大して長い読み物ではないしね。
「この{博麗神社 第13代巫女}って胡散臭いですね」
「そんな所に感想を持たなくてよろしい」
「だって最後に書いてあるんですよ。気になるじゃないですか」
「きっと自己顕示欲が強いのよ」
「納得しました」
実際著者の事などどうでもいい。
「大体、この世界の事は分かりました」
「それにしては、やけに落ち着いてるわね」
「そんなことないですよ。いっぱいいっぱい焦ってます」
「そうは見えないのよ」
これはチルノにも言われた。
私はそんなに落ち着いているように見えてしまうのだろうか。
内心はこんなに焦っているのに。
「どういうことでしょう?」
「部屋に入る前にも言ったけど、あなたは変わっているのよ」
「私の友人にはそんな事言われたこともないんですけど」
「……やっぱりね」
十六夜さんは一人で頷いている。
私には全然分からない。
教えて欲しいな。
「あなたは、外の世界にいた時からこんな感じでしょ」
「ええ、私は私ですから」
「そう、それがおかしいのよ。普通幻想郷なんてある意味異常な所にきたなら、もっと取り乱すものなのよ」
「十分取り乱してるじゃないですか」
「……自覚がないのね」
いまだによく分からない。
これだけ動揺していれば普通の反応だろう。
「あなた、弱いわね」
「まぁ、強い方とは思っていませんけど」
「こんな事本人に言いたくはないけど。いい、あなたは弱い自分を自覚しつつそれをよしとしていない。それが日常の中なら普段通りに振る舞える。でもね、一歩非日常の世界に足を踏み入れたらどう? きっとあなたは、内面はともかく外側は普通であれと言い聞かせてしまう。弱いところを見せるのが嫌でね。そして、外側に釣られて内側まで普通でいようとしてしまう。
始めに言ったように動揺している自分を自覚しているのよ、でも自覚できてしまうからこそ外側にはほとんど見せないの。これがここであなたが変と言われる理由。口では焦っていると言っても表面上は平時と変わらない。これは外の世界でも異常があれば言える事だわ。
つまり……あなたは自己矛盾してるのよ」
この人は長々と言いにくい事を言ってくれる。
しかも息切れまで起こして、ちょっと可愛い。
「長々とありがとうございます。多分それ、正解です」
「はぁ、はぁ、何あなた自分のこと気付いてたの?」
「まぁ、一応自分の事ですからね。分かっていても急に変えられもんじゃないんですよ」
「知っていて私に言わせたというわけね」
「だって、自分でおかしいと自覚しているところを言うのは恥ずかしいじゃないですか」
本当に十六夜さんは鋭い人だ。
まだ合って一時間も経っていないのに私が一番隠していた事を暴いてしまった。
はー、幻想郷は怖いところ。
「それが、悪いという訳じゃないんだからそのままでもいいと思うわよ。普通の人とは明らかに違うところだけどね」
「考えておきます……ああ、そうだこの事は――」
「誰にも言わないわよ、他人の隠し事を言いふらす趣味はないわ」
「ありがとうございます」
私の異常なところはこのぐらいでいいだろう。
直せといわれても直せるものじゃなし。
欠点というわけでもない。
「私は、家に帰れると思いますか?」
「あなた次第でしょ」
「良かった。それなら大丈夫ですね」
「大した自信だこと」
こんなやり取りを十六夜さんとしてるけど、この人は私が今どうしようもなく不安なことを知っている。
何だかなぁ。
不思議な感じだ。
やっぱり自分の心の底を知られるってあまりいい気がしないな。
「そろそろ、仕事の時間だわ。夜はお嬢様に付きっ切りだから、ベッドは好きに使っていいわよ」
「いやー、それは悪いですよ」
「ちゃんと休んどいた方がいいわよ。今日明日じゃきっと帰れないから」
「それじゃ、寝るときに借ります」
……そう言えばお腹空いたな。
まだ夕飯食べてなかった。
「あのー、十六夜さん」
「なに?」
「お腹空きました」
「はいはい、時間が空いたら何か作って来て上げるわ。リクエストは受け付けないけどね」
「期待してます」
「私の包丁が唸るわ」
唸る包丁か、想像すると怖いな。
「胃薬ありますか?」
「あると思って?」
「先立つ不幸をお許し下さい」
「ふふ、それじゃあ行ってくるわね」
十六夜さんは仕事に行ってしまった。
部屋に一人取り残された私は途端に脱力する。
今日はいろんな事があったなぁ。
その分疲れたよ。
結局帰れなかったけど……まぁ、一日二日顔を出さなくても心配する友人もいないか。
メールぐらいは来るだろうけど。
あらあら、やっぱり圏外。
これはしょうがないね。
まぁ、なんとかなるでしょ。
その日、私は夕飯も食べずにテーブルに伏せて、眠ってしまった。
とっても期待しながら、正座で待ってますね。
幻想郷の住人である一般人と、心が幻想の一般人って感じが
続きを是非ともお願いします。
こーいうマイペースな人ってイイなぁ・・・普通そこで3Cとか出てきませんよ
ぜひとも他の人たちとの絡みも見たいので続きをお待ちしております
今思ったが、中国といえばちょっと前は自転車だらけの国だったんですよね
いえ、今どうなのかも知らなければ深い意味も無いんですが