様々なものに話しかけ、ほとんどに引かれ、多くを憎んだ。
人形と遊んでも満たされず、彼女は孤独だった。
いまや心の支えはただそれのみ。
表裏の無い、決して裏切る事の無さげなおバカ妖精、
天翔ける氷精、チルノ、氷風。
氷の妖精チルノ率いる数十体の妖精の群れは、やがてこの雪原を通りかかるであろう紅白の巫女と、白黒の魔法使いを襲撃すべく、雪の中に潜んでいる。砂糖のような純白の雪原が眩しい。
「ううう~いくら妖精でもつめたいよ~、チルノ。」
こちらの暦で言うと五月ごろだろうか、もう春が訪れているはずだが、今年の幻想郷はまだ真冬の寒さだ。でも氷精であるチルノには痛くも痒くもなかったし、何より大好きなレティが長く居てくれるので嬉しかった。
「もう少しであのコンビに一泡吹かせてやれるんだから。」
しかしそれを嫌う妖精もいるし、人間にとっては迷惑この上ない現象なのだが、この少々頭の足りない氷精にはそこまで思考がまとまらなかったようだ。
「あっ、三人の人間発見。」
見張り雑魚妖精が警告する、にっくき巫女、魔法使い、そしてアンノウンのメイドが飛んでくる。
「よし、作戦は、え~っと、まあいいや、適当になだれ込めー。」
その合図で急上昇。三人の人間のうちの一人、紅白の巫女も急降下を始める。
妖精たちと人間の弾幕ごっこ。巫女の放つ札により、瞬く間に十人単位で妖精が撃墜されていく。弾幕をかいくぐり、別の一隊が残り二人の人間を攻撃しようとするが、あっさり振り切られ、息があがったところで巫女に落とされる。チルノは不利な戦況にすでにいっぱいいっぱいになり、弾幕をかわし続けることしかできない。
「も~どっちから弾くるかわかんない。」
「チルノちゃん、右に避けて!」 大妖精が警告する。
「えっ、右ってどっち?」
「お茶碗を持つ腕のほう!」
「あっそうか。ところでお茶碗って何?」
チルノは避けられなかった。巫女の針と札が命中し、雪原に墜落する。落ちた場所を示す、漫画のような人型のくぼみが、巫女の目にも明らかに映る。
戦いが終わる。チルノ軍団は編隊を組みなおして住処へ戻る。死んだ妖精はいなかったが、数えてみると4人足りない、愛想をつかして出て行ってしまったのだ。本来妖精とは勝手気ままなものである。が、チルノはちょっと残念だった。
ふらふらと飛びながら妖精たちが文句をたれる。
「チルノに付き合うとろくなことにならないよ。」
「突然思いついたように、『やつらに仕返しするからついてきて。』だって。」
「いざとなったらスペルカードで支援するって言ってたのに。」
「役立たずめ。」
「あいつは死神だ、というより疫病神。」
チルノの心に妖精たちの言葉が突き刺さる、体に受けた傷より痛かった。彼女は居たたまれなくなって妖精の群れから離れる。心配になって大妖精がついてくる。
「ちっくしょー、あいつらいいたい放題いいやがって~。」
「やっぱり仕返しなんてもうよそうよ。」
「ううう、せっかく用意したスペルカードが・・・。」
チルノの表情が変わる、張り詰めたような顔。
「どうしたの。」
「あれ見て。」
チルノの指差した方向に、一人の妖精の少女がいる。微笑をたたえた端整な顔立ち。青いワンピース。フエルトのような質感の靴。昆虫のような透明な羽根。湖の水面に足をつけ、ダンスを踊るように飛んでいる。
その姿は優美にして可憐。日ごろ、弾幕ごっこだの、氷作りのアルバイトだの、かき氷屋だのと妙に俗っぽくなっているチルノとはかなり違う。本来の、美しい妖精の舞踏。二人は彼女の姿に見とれる。思わずため息が漏れる。だがそのうち大妖精があることに気づく。
「あの子、チルノちゃんのお姉さん?」
「違うわ、どうして?」
「あの子、チルノちゃんそっくりの顔してる!」
「何だって。」
「チルノちゃんより知性あふれる顔だけど、やっぱりそっくりだよ。」
「あいつは敵よ、きっと私を殺して入れ替わるつもりだわ。何かの魔物に違いない。」
なんだかひどい事をいわれたような気がしたが、忘れて身構える。
「いいえ、敵じゃない。」
「なぜわかる。」
「同じ氷の妖精だよ。」
「撃墜するわ。」
チルノはスペルカードを持っていないことを忘れて妖精を追う。
妖精はいたずらっぽい笑顔で、湖面で軽やかなステップを踏みながら去っていく。
「待ちやがれ。」
しかし、チルノ似の何者かは、まるで追われているというより、鬼ごっこの相手をしてやろうとでも言うかのような、余裕の表情で遠ざかっていく。
「あんたも幻想郷の住人なら、弾幕ごっこで勝負するはずよ。」
いつまでたってもチルノは追いつけない、大妖精の姿もいつのまにか見えなくなっていた。
「ようやく観念したか。」
チルノ似の妖精の動きが止まる。冷気を全身にみなぎらせ、かえるを凍らす要領でなぞの妖精を凍らせようとする。
「ありゃ?」
しかし、冷気の塊をぶつけようとしたとたん、妖精はふっと微笑むと、大気に同化し、消滅した。
「何なのよ、一体。」
考えていてもしょうがないので湖に帰ることにする。水中に入り、自分の身の回りの水分だけ凍らせてその中で眠る。明日になればいいことがあるかもしれない。そうチルノは根拠なく思った。
次の日、妖精たちはチルノが何かと遭遇したという話題で持ちきりになっていた。透き通った湖の上でガヤガヤしている。
「でねでね、チルノが湖面に映った自分を敵だと思って攻撃したんだって。」
「うわ~、いかにもチルノちゃんらしい話だね。」
「いかにもチルノチルノした話ね。」
「いかにもチルノ臭漂う話だねえ。」
「こぉーらー、何がチルノ臭だ!」
「あっ、チルノちゃん。」
「いい、私は昨日、私をコピーしたようななぞの敵を見たわ。きっと私を殺して入れ替わるつもりだったんだよ。だから追いかけてやっつけようと思ったの。本当よ。」
チルノはびしっと人差し指を妖精たちに突きつけて叫んだ。
「ねえ、顔が偶然似てるからって、そんな論理展開は飛び過ぎてるんじゃない。」
脇役妖精の一人が、至極もっともな指摘をする。
「きっとチルノに似たような姿かたちなら、同じ妖精だと私は思うの。」
「じゃあ聞くけど、私に似た姿の妖精って誰よ?」
「きっと、冬の忘れ物、レティ=ホワイトロックだと思う。」
「レティなら冬の冷気を補うために高度45000メートルを飛んでるよ。攻撃してくるわけがない。」
「攻撃されたの?」
「攻撃? えーと、いや、弾幕はなかったっけ。」
「じゃあ何かの勘違いだよ、きっと。」
チルノの旗色は悪い。
「あっそうだ、大妖精はどこ? 私と一緒に居た子、彼女に聞けばいいわ。」
「死んだ。」 ちょっとした沈黙の後で脇役妖精の一人が言った。
「原住そーなのかにやられた。力を使い切ってふらふらの所を襲われたらしい。」
「まあ、この世の物理法則は関係ない私たちだから、骨を魔法の森にでも埋めとけばそのうち復活するでしょう。」
「とーにーかーく、人をからかう妖精が逆に惑わされたなんて、面汚しもいいところだわ。反省しなさいよ! 妖精初の自機キャラさん。」
「耳をやられたかな、自機キャラだって?」 チルノが聞き返した。
「神主さまの使いがきて、次に異変が起こったときの解決メンバーにあなたが選ばれたそうよ。なんにしても、あなたが無事でよかった。」
また幻想郷のバランスが崩れることなどあるのだろうか。チルノは以前、この幻想郷を守る神主が異変解決のためのメンバーを募集したとき、『あたしも混ぜて』と冗談半分で言った事を思い出した。
妖精に議論は似合わない。悪かった、と言ってチルノは飛び去ろうとする。
「あっ待った。」 脇役妖精が声をかける。
「なによ?」
「罪滅ぼしにこの人形、持ち主に返してきて。」
妖精たちからひとつの人形を渡される、手のひらより一回り大きく、微妙にもごもごと手足が動いている。
「何よこれ、気持ち悪い。」 思わず取り落としそうになり、あわててつかみ直す。
「湖でじたばたしながら溺れていたんで助けたの。きっと持ち主からはぐれたんでしょう。たぶん魔法の森にすむ人形遣いだと思う。」
「なんで私が、でもまあいいか、返してやればいいんでしょ。あの人形遣いのことなら会ったことがあるわ。」
アリスの家を目指してチルノは飛ぶ、妖精の中では珍しく、彼女は他の種族と関わることが多い。紅魔館では悪魔の妹の遊び相手にされ、博麗神社ではクーラー代わりにされ、霧雨邸では、『溶けた妖精もなにかに使えるかもな』 といきなりマスタースパークをぶっ放される。人形遣いとの間ではどうなるだろうかと思い、そして、自分が他種族を意識するときはいつも厄介事と一緒だとため息をついた。
ふと下を見ると、湖岸で件の人形遣い、アリス=マーガトロイドが何やらあたりを探し回っている。
「おーいアリス、探してるのはこれか?」 小さな人形を見せて呼びかける。
「あっ、彼女をどこで見つけたの?」
「チルノさまが溺れそうなところを助けたのだ。」 もちろん嘘だが、用事を押し付けられたので、これくらいの事は言っても罰は当たらないだろう。
アリスは霧雨魔理沙と同じ魔法の森にすむ魔法使いである、主に魔力をこめて作った人形を使用するので人形遣いとも呼ばれている。友達ができないので、多くの人間を殺して人形の材料にし、出来上がった人形に、夜な夜な話し掛けてさびしさを紛らわせているともっぱらの噂だったが、面と向かって確かめた者はいない、しかしチルノは他人よりはいくらかアリスの事を知っているつもりだった。
初めてアリスに出会った時、アリスは彼女に『あなたには友達はいる?』 といきなり質問された。チルノはよくある怪談のように、返答しだいで殺されて人形の材料にされるのではと思い、黙っていたところ、思い切り殴られた。実力さえあれば種族の差など無視してもかまわないという、ほとんど全員が承認している不文律が幻想郷にはあった。チルノだってそこらの妖精よりはずっと強い。だから殴り返してもその場はまったく平静だったろう。しかしチルノはそうしなかった。むろん左の頬を出したりもしなかった。ただ黙々とカエルを凍らせていただけだった。それを見たアリスは、なるほどね、あなたも他人との距離のとり方がわからないのね、と一人納得し、それ以来、ときどきこうして話すようになった。
「こっちにいい景色の場所があるの、一緒にサンドイッチでも食べない。」
アリスはそう言ったあと、人形を助けてくれたお礼よ、と付け加えるのを忘れなかった。眺めのいい湖岸の岩に二人は腰掛けた。サンドイッチを食べたのは初めてだったが、とてもうまいとチルノは思った。
「自機キャラさん。」
「まだ決まったわけじゃない。」
「そんなこと、どうでもいいの、これはそれだけ人気があるって言う証拠よ。」
「私が・・・、そうね、えっへん、私の魅力を見たか。」
「恐れ入るわ。」アリスはあくまで真剣な表情で言った。
「いや、今のは冗談なんだけど。」
「いいえ、人気が上がって知り合いが増えるのはすばらしい事よ、私なんか幻想郷に引っ越してきた当初、お母さんに手紙を書く以外、ひとり水道水で酔っ払う事ぐらいしか過ごし方を知らなかったんだから。」
アリスの母親は魔界神かもしれないとチルノは思ったが、あえて口には出さなかった。
「でも、そんなに私って人気あるのかなあ。」
「⑨、おバカ、いっぱいいっぱい。」 アリスが言った。 「あなたの通り名よ、チルノ。」
「あんまりいい意味じゃないような気がするなあ。」
アリスはいたずらっぽく笑いながら、バスケットから裁縫用具を取り出し、溺れかけた人形の修繕を始めた。チルノは興味深そうに作業を見守る。
「で、水面に映った自分を敵と勘違いして大騒ぎになったんですって?」 アリスが唐突に切り出す。
「なっ、どうしてそれを?」
「だってあなたは有名だし。」
「いや、それは違う。」 チルノは必死に事態を説明しようとする。でもアリスにはいまいち言っている意味が理解できない。チルノは歯がゆそうに身振り手振りを激しくして伝えようとする。苦節数分。
「そう、それは災難だったわね。でも、なんだったのかしらね。」
「分かんない。でも私を殺して入れ替わろうとしたのかもしれない。それで、もしみんなが似たような目に会ったとしたら、私・・・。ああ、この気持ち、言葉でどう説明していいかわかんないよ。もっと話す力があればいいのに、私、バカだから。」
「えっ、貴女も伝えられない事があって悩んだりするの。」 アリスが驚く。
「当たり前よ、妖精だって生きてるんだから。」 チルノが向きになって反論する。
「あっ、『貴女も』って? ははーん、さてはあんたって、好きな人とかいる?」
「そ、それは・・・。まあ、好きかも知れない人はいるといえばいるわ。」 アリスは続けた。
「もっと素直に気持ちをを伝えられたらいいなって思う。むしろ、感情を隠さないあなたがうらやましい。」
「いや、本気でうらやましがられても。私って、単純だし。」 照れるチルノ。
「チルノ、あなたの感性は。」 裁縫を続けながら感慨深げにアリスが言った。「精密じゃなくても正確よ、めったな事では故障しない。」
「うーん、意味よくわかんない。」
「ごめんなさい、話を戻すけれど、例の妖精、単なる妖精の仲間だったのかもしれないし、でなければ他人に化けて、反応を見て楽しむ妖怪か何かでしょう。それに、あなたたち妖精に化けて、一体何のメリットがあるの。」
「そうね、私の思い過ごしかも。ありがと、なんだかあんたと話して胸のつかえが取れたみたい。」
「良かった、これでこっちの厄介事も片付くといいんだけど。」 アリスがため息をつく。
「まだなんかあるの。」
「実はね、お母さんが今度私の家にくるの。」 彼女は一人暮らしをしているらしい。
「それで?」
「できるだけ友達をいっぱい呼んで、お母さんを安心させてやりたいんだけど、チルノ、あなたも来てくれるかしら。」
「お安いご用だい!」 チルノが胸をはって答える。
人形の修繕が終わる、アリスから魔法力を与えられた人形は、アリスの手から飛び降りると、チルノに向けてぺこりとお辞儀をした後、勝手に空を飛び始めてしまった、二人がようやく人形を見つけたとき、遠くで妖精と遊んでいてアリスが呼んでも気がつかなかった。
「帰ってこない。」
「こんなのは自動人形のうちに入らないわ。」
もっと完璧で瀟洒な女の子の人形を作った事がある、とアリスは言った。
「壊れたの。」
「なにが。」
「完全な人形、作ったといったでしょ。」
「壊したの、正確に言うと。力を持った魔道書を核に使った人形で、私の命令通りに動くようにしたの、ちょうどみんなが持っている使い魔のように、これが最初の自動人形。」
「その口ぶりでは失敗だったようね。」
「動くよう命令したら、魔力が暴走して大爆発。で、人口頭脳、これは考える機械のことね、それを中に積んで魔道書を制御させる人形を作った、これが二体目、やたら自意識の強い人形になっちゃって、わたしはアリスよと自己紹介しただけで、何を怒ったのか、あんたの言いなりになった覚えはないと言って猛烈な弾幕を放ってきたの。かろうじて取り押さえて、人工頭脳のスイッチをオフにしたけど、二度と起動させる気にはなれなかった。」
「で、三体目は。」
「怨念のこもった人形を改造して、手足が人間のように動くようにしたわ、そのとき、霊夢って子に弾幕ごっこで手痛い目にあわされたから、この子に練習相手になってもらったの。弾幕の生成を教えて、さまざまな技巧も使いこなせるようにして、霊夢と同じような弾幕を私に打たせて訓練した。ところがその子は自分で弾幕にアレンジを加えて、私を殺すほどの勢いで弾幕を放ってきた。だんだん攻撃が予想できなくなって、危ないなと思った矢先、ピチューン、喰らいボム間に合わなかった。痛いのなんのって。でも元はといえば私自身の責任なんだけど。」
「それで、しこーさくごのすえに、いつものお供の人形ができたんだね。」
「そう、強力な魔力や怨念のこもった物を媒体にするより、自分で魔力を込めながら作っていったほうが、安全だし、何より、楽しい。」
アリスはバスケットの底で寝ていた上海人形と蓬莱人形を起こし、帰ってこない人形を連れ戻すように言った。二体の人形は勝手に遊んでいる人形を後ろから抱きかかえ、アリスの元に連れて行く。
「ねえアリス。」 チルノはなにかを思いついた。
「なあに?」
「人形、等身大の人形を作って、友達の代わりにしたらどう。どうせお母さんがいる間だけごまかせればいいんでしょ。この子達みたいに、自分で考える機能もいらないと思うよ。動く人形作りは得意でしょ。」
「おおチルノ、馬鹿なことを。でも、考えてみる価値はありそうね。さっそく取り掛かる事にするわ。あなたって天才かもね。」
その日チルノは得意そうな顔で仲間のもとへ戻っていった。
数日後、チルノがアリスの家に遊びにくると、アリスは庭で等身大の人形を動かしていた。
即席の友達となる人形のことだろうとチルノは思った。アリスが作業に熱中していて声をかけるタイミングが見つからない。
「アリスは最高の友達よ。」 人形が発音した。博麗霊夢をモデルにしたらしい。というか、完全に霊夢そっくりの姿をしている。肌の質感も不気味なほどリアルだ。
「もう一度言って。」
「アリスは最高の友達よ。」
「ああ。もっともっと。」
「アリスは優しいし、凛々しいし、天才魔法使いだしね。」 アリスは恍惚の表情で人形を見ている。
『この人、自分で作った人形に自分をほめさせてるよ。』 見てはいけないものを見た気分だった。
「あのー、すいませんけど。」 チルノが声をかける。
「霊夢にそんな喋りは似合わな・・・げっ。あ、ああチルノ、なによいきなり。」
「いや、遊びに来ただけなんだけど。」
「あ、あらそう。ど、どう、この人形。」
「まあ、いい出来何じゃない。でも、正直、人形に話し掛けるのは控えめにしたほうがよろしいかと。」
「上海や蓬莱は自律思考をするわよ。普通の人間と話するのと変わらないわ。」
「いや、でも今の人形はそういう声を出すようにプログラムしただけじゃないんスか?」
「ううむ・・・。」
チルノは思わず口調が変わる、人形は他にもあり、魔理沙そっくりの人形もある。よく見ると、作りかけの人形の首が外のテーブルにおいてあるのが見える。あまりいい気分ではなかった。あんな提案するんじゃなかったと後悔するチルノだった。
「ところでチルノ、こないだの異変の時活躍したの。」 アリスが話題を変える。
「なにそれ?」
「最近なんか毎日宴会が続いちゃって、それで変な霧が幻想郷中を覆っていたでしょ。それがどうも事件だったらしいの。」
「えっあれが! くっそー何にも気づかなかった。一体なんだったの。」
「とてもエキサイティングで楽しかったわ。ああいう異変なら悪いものではないわね。」 アリスが意地悪そうな笑みを浮かべる。
「どうして呼んでくれなかったの、ひどいよアリス。友達だって言ってたじゃない。」
「今友達を馬鹿にした報いよ、思い知りなさい。」 宣告を下される。
「それって時系列おかしいよ。」
「でもこれでイーブンよ。それより人形の仕上げを手伝いなさいよ。」
釈然としないチルノだったが、なんだかんだでアリスにアイスティーをご馳走になるとあっさり忘れ、人形たちの起動を手伝う事にした。手を人形の口にあて、そっと魔力を注入する。その友達人形のうちの一体が、偶然大妖精そっくりの顔をしている事に戦慄した。
「さあ、自己紹介するのよ。」 アリスが意思を持たない友達人形に呼びかける。
人形たちが口々に、いろいろな口調で挨拶をする。
「アリスは最高の友達だぜ。」 「私アリスの友達です。」 「うふ、うふ、うふふふふ(はぁと)。」
「そこ、気持ち悪い笑い方しない、やめ、やめ。」
「ねえ、やっぱりアイデアを出した私が言うのもなんだけど、人形をお母さんの前に出すのは止めにしない?」
「ううむ、そうね、やっぱり、本当の友達だけにしたほうがいいわ。」
チルノは考えた。彼女のお供をしている上海人形と蓬莱人形は、彼女が長い時間をかけて作った自律思考の出来る人形で、生まれたときはまさに赤ん坊のように何も知らず、何もこなせなかったが、それこそアリスが母親のように育て、今では彼女のみならず、霧雨魔理沙や博麗霊夢といった他の人々とも会話を行えるまでに成長したのだ。
でもここにいる即席人形たちは違う、ただ、与えられたプログラムどおりに動き、発声するだけだ、確かにこれならアリスの望むままの理想の友達が出来る。しかし、それではなにか悲しくないだろうか。これから先どういう反応を示すか分かりきっている友達なんてつまらないじゃないか。でも、人形に思い入れを持ち、丁寧に仕上げをしていくアリスを見ると、あまりそうは言えない気分になる。少なくとも彼女はどんな人形も大事にする。その気持ちは本物だろう。
「ねえアリス、やっぱりお母さんとは二人きりで過ごしたほうがいいと思うの。それに私だって、レティに長い事会ってないから寂しいし・・・。」
上海、蓬莱はともかく、この喋る数体の友達人形の中にいると、まるで自分も人形の一種であるかのような気がしてくる。だれかに愛でられるために作られた、都合の良い人形。もしかして、この世はなんかのドールハウスで、私たちはみんな誰かの愛玩人形ではないのか。だとしたら、いつか飽きられて捨てられたりもするのだろうか。なんだか気分が悪い。
「そう、仕方ないわね。じゃあ貴女もがんばってね。」 アリスが笑った、少なくとも、チルノには本物の笑顔に見えた。
やがてアリスの母親が訪れる日がめぐってきた。チルノはアリスとともに家の外で待つ。やがて彼女の母親が歩いてくるのが見えた。六枚の翼をぴんと張り、しかしアホ毛のほうが威厳がある。
「お母さん、久しぶり。」
「アリスちゃん、元気だった。」
アリスと母親が抱き合っていると、三体の友達人形が歩いてくる。アリスの顔にあせりが生まれる。しかし、そのまま友達としてごまかす事にしたようだ。
「お母さん、紹介するね。この子たちが友達の・・・。」
この光景は、幻想郷の新聞記者、射命丸・文が香霖堂から仕入れた「ビデオカメラ」によって撮影され、博麗神社にすえつけられたモニターに写されていた。神社の主である霊夢や友人の魔理沙をはじめ、いつもの人妖が暇つぶしに見ている。モニターの中でアリスの母親が友達人形に語りかける。
「アリスちゃんと仲良くしてあげてね。」
「アリスは最高の友達だぜ。」
「あなたはどこの出身かしら。」
「アリスは最高の友達だぜ。」
「こちらは射命丸・TVサービス。これらの人形はこう言った事しかいえません。」 ナレーションが入る。
チルノはこの日、レティと一緒に神社に遊びに来て、この催し物を知った。確かに人形を友達代わりにするアリスのやり方は気持ち悪いといえばそうだが、彼女だって切実な思いでやっているのだ。それをこうして覗きみて、暇つぶしのネタにするなんて。
「だれよ、こんな事思いついたのは。」
「おっチルノじゃないか、まあ座れよ。結構面白いぜ。」 魔理沙がたしなめる。
「みんなで覗くなんて悪趣味じゃない?」 チルノが抗議し続ける。
「アリスのお母さんが久しぶりに来たんでしょ。だから、タイミングを見計らって、『私たちアリスの友達です。』って言って、彼女を喜ばせてあげたいのよ。」
と霊夢が言った。チルノは釈然としないものを感じつつ、しばらく画面を見守る事にした。
「上海人形、蓬莱人形の高等弾幕ごっこをお楽しみください。動力はプチ賢者の石。もちろん完全自律人形であります。こちらは射命丸・TVサービス。」
「お母さん、中に入って。お茶でも飲みましょ。」
「そうね、積もる話もいっぱいあるし。お友達の事も聞きたいわ。」
不意にごとり、という音をマイクが拾う、一体の友達人形の首が落ち、転がったまま笑い続けている。
「うふ、うふ、うふふふ。」
「この子どうしたの。」
「あ、ああ、この子はまだ原作にはでてきてないゾンビっ娘のキャラクターだから・・・、そ、そう、こういうオリキャラなのよ。」
「そう、オリキャラの子も大変ねえ。」
「・・・調整が不完全なものもあります、ここが幻想郷で幸いでした。こちら射命丸・TVサービス。」
魔理沙たちが笑い出す。
「なっ、笑えるだろ。」
「全然面白くなんかないよ。」 チルノが頬を膨らませて怒る。
「やけにアリスの方持つな、好きなのか?」
「こんなもの、やめろ!。」
チルノがモニターを氷の弾丸で壊そうとする。傍らに居た咲夜が反射的に時間を止め、ナイフを投げつけようとするが、すぐに恥じたように頭を振り、ナイフをおさめて能力を解除する。チルノは巨大な氷柱を頭の上に発生させていた。チルノは激昂していた。
「私たちだって、あの親子と同じ立場にいるような気がする。誰かが私たちのことを覗いて、この『てれびもにたー』とかの前で笑っているかも知れない。そうだったらどう思う? こんな事やめなさいよ。」
チルノは氷柱をモニターにたたきつけた。しかし魔法の処置が施してあるらしく、氷柱はモニターに到達する前に粉々に砕かれた。破片が日の光を反射してきらきらと輝く。
「じゃあ、これはもうお開きにして、彼女たちのところへ行ってあげましょうよ。」 レミリアが提案する。
それぞれが酒や肴を持ち寄ってアリスの家に押しかけ、アリスの母親を歓迎する宴会が行われた。
「みんな、ありがとう。」
アリスは予想外の優しさに触れて涙を流して喜んでいた。もちろん、神社でのイベントは伏せたまま、であるが。
あと、結局友達人形についてはうやむやになり、そのうちの霊夢、魔理沙をかたどった人形が何者かによって盗まれるなどのハプニングも起こったが、誰も気にせずに飲んで騒いでいた。
「えっ、あの長く続いた夜も異変だったの?」 チルノが飲みながら皆に詰問する。
「そうよ、気づかなかったの。」 霊夢がそっけなく答えた。
「あの日、やけに夜が長い気がするけどまあいいやって、ずっと寝ていたんだけど。」
「チルノらしいぜ。」 魔理沙に笑われる。
「ううう、主役にしてもらえるって言う約束なのに、いつになったら活躍できるんだろう。」
「神主さまに認められただけでもたいしたものよ、私なんか・・・。」 アリスの母親が愚痴る。
「時間はたっぷりあるはずよ。」 レティは落ち込むチルノの頭をなでながら言う。「生きてさえいれば。」
「出番が、無さすぎたよ、無さすぎた。」 チルノは言った。
翌朝、アリスの家で目覚めたチルノは、大妖精に良く似た人形をもらって魔法の森へ行った。仲間から大妖精の骨が埋められている場所を教えてもらい、この人形に彼女の魂を宿らせようとしたのだ。しかしそうするまでも無く、再びもとの姿になって復活した大妖精が、
「あ~よく死んだ。」
といって土からでてきたので思わずずっこけた。でも本物の大妖精に違いない、空気で分かる。みんなに会いたくてしょうがなかったんだから、としきりに訴える仲間の復活を祝う。湖に帰ろうとしてふと人形の事を思い出す。人形の目が見捨てないでと訴えているように見える。この人形もアリスのところに帰りたがっているだろう、そう思い、人形を運んでいく事にした。
自動ブーメランとか挨拶人形とか
てか此処に雪風を知る人間がどれだけ居るのか