※一部において致命的な設定無視アリマス。
ご容赦ください。
――これは幻想郷の歴史。私が管理する歴史の一つ。
先に忠告しておこう。
歴史を知るということは、時として本人の予想もしない危険を呼び込むこともある。
この歴史もその一つとなるだろう。
無論、私は諸君らの好奇心を否定しない。
それこそが人という種を成長させてきた原動力でもあるからだ。
我が身の危険を顧みず、その先にあるものを求めて進むもよし。
我が身の安全を第一とし、危険を避けるもよし。
全ての選択は諸君の手にに委ねられる――。
◇◇◇◇◇
「妖夢ーお煎餅取ってきてー」
そんな幽々子の声が聞こえたが、妖夢は黙って庭掃除を続けた。
風が吹いては散りまた風が吹いては散り、桜の花びらとは厄介なものである。これを全部一人で片付ける自分の身にもなって欲しい。
手は動かしたまま、ちょっとだけ恨みのこもった視線で、妖夢は立ち並ぶ桜の木々を見た。
はるか遠くまで延々と桜並木が続き、やはりその下には大量の桜の花びらが積もっている。
まだまだ仕事は終わらない。日が暮れるまでに終わらせることができるのだろうか? いっそのこと全部切り倒してしまえば自分の仕事が減って楽になるかもしれない。
物騒な考えが頭をよぎる。
「よーむー。お煎餅がないならお饅頭でもいいわよー」
無視無視。この忙しいのにそんなことしてられるか。
黙々と散った桜の花びらをかき集めては袋に詰めてゴミ置きに放り投げ、伸びすぎた枝を腰の刀で切り落としていく。
日が暮れれば幽々子様の夕飯をつくり、それが終わったらお風呂を沸かして……何もしない主と違って従者は多忙だ。これはどこでも似たようなものだけど――このときメイド長と月兎がくしゃみをしたらしい、という噂。
それにしても、と妖夢は思う。
桜も散って春も終わりを告げようとしている今日この頃。幽々子様は日がな一日家の中でごろごろしているくせに食べる食べる。
一日三食に加えて朝のおやつに昼のおやつに夜のおやつ。止めなければ買い置きの在庫全てを食べ尽くすのではないかという勢いだ。
さすがにそれは西行寺の当主としてどうかと思うので、少し厳しくしよう。うん、それがいい。……決して面倒だからとかそういうわけでなく。
でも、あれだけ食べてちっとも太らないのだから幽霊ってうらやましい。
最近幽々子につられて食べ過ぎて、お腹の周りに少し肉がついてしまった妖夢はそんなことを考えた。
「こら妖夢。人の話はちゃんと聞きなさい」
「――うひゃっ!?」
考え事に集中していたせいか妖夢はおかしな悲鳴を上げた。
ついでに箒を落として手を上にあげて――要はばんざいのポーズをしていた。
「「…………」」
しばし沈黙が訪れる。
後ろから何の反応もない。もしかして幽々子様に何かしてしまったのだろうか?
固まったまま妖夢は考えた。
もしそうなら主と従者という間柄を考えるととんでもないことである。
振り返ろうかやめようか、一分近く考えてから意を決して妖夢は振り返った。
「あ、あの――」
「……あーびっくりした」
「はい?」
こういうときにはまず謝ってしまうに限る。
そう考えていた妖夢の目の前で、なぜか幽々子はほっと胸をなでおろしていた。
そして、妖夢と目が合うと少しだけ申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさいね、妖夢。そんなに驚くと思わなかったから……」
「は、はぁ……?」
何を言ってるんでしょうかこの人は。
こんなときいつもなら私のほ…………やめよう頭痛くなってきた。
と、とにかく、あの幽々子様が私に謝るなんて普通じゃあり得ない。
やっぱり驚かせてしまったのだろうか? 謝っておいたほうがいいかな?
妖夢の決断は早い。
「あの、幽々子さ――」
「お掃除の邪魔しちゃ悪いから私そろそろ行くわね。それじゃ~!」
「――ま。ごめんなさいって言おうとしたのに……こういうときだけ早いんだから」
幽々子の様子に呆れつつ、妖夢は庭掃除を再開する。
彼女の頭に小さな疑問を残したままこの日は過ぎていった。
それから二、三日経った。
妖夢は日課に追われて忙しく過ごし、小さな疑問は記憶の片隅に埋もれていった。
それはさておき、今日も妖夢は大忙しである。
目覚めの悪い幽々子を必死に起こし、はだけた胸元に顔を赤らめながら朝食の用意をする。
食卓に、炊き立てのご飯と作りたてのお味噌汁、それから……まあ、いろいろなおかずが並ぶと眠たそうな幽々子の目が次第にはっきりしてくる。
二人して席に着き、さて、朝食である。
「いただきますおかわり」
差し出されたお茶椀にはご飯粒一つついていなかった。
――早っ! いつ食ったのあんた!
心の中で突っ込みを入れつつ平静を装ってご飯を山のように高くよそう妖夢。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「さてと……ぇ?」
ない。
食卓に所狭しと並べたはずのおかずがほとんどない。
焼き魚もおひたしも野菜炒めも焼肉も煮物もあれもこれもほとんどなくなっている。
まさか――
「おかわり」
またも差し出されたお茶碗には、やっぱりご飯粒は一つとしてついていなかった。
訪れるであろう最悪の結末を頭に描きつつご飯をよそう妖夢。
これで振り返るとおかずはもう残ってないに違いない。あーあ、今日の煮物は会心の出来だったのになぁ……。
少しだけ涙が出た。
「……はぃ、どうぞ」
「悪いわね~妖夢」
「いえいえ、いつものことですから」
「こっちもおかわり」
「はいはい――はいぃ!?」
物事は常に予想の斜め上を行くらしい。
食卓には何も残っていなかった。
そう、妖夢のご飯と味噌汁さえも。
そして代わりに一人増えていた。
お茶碗を差し出している彼女。察するに妖夢のご飯と味噌汁はそっちに流れたらしい。
「このご飯のやわらかさがなんとも。お味噌もいいのを使ってるのね……うちの藍にも見習わせたいところだわ」
――このスキマ……勝手に上がりこんで人の飯食って挙句におかわりだとぅ?
無意識に手が腰の刀に伸びていた。
待て待て。たとえどんなに足が臭かろうとも紫様は幽々子様の大切なご友人。無礼を働いてはいけない。ここは心を仏のように……。
「「妖夢、おかわり」」
差し出される二つのお茶碗。
だめでした。無理です。もう限界です。
「なんですか二人して! そんなに私をからかうのが面白いんですか!」
バン、とちゃぶ台を思い切り叩いて吼える妖夢。刀から手を離していたのはさすがだ。
二人はそんな妖夢を見て、
「だって~最近藍が冷たいのよ~。前はあんなにぎゃーぎゃー騒いでくれたのに~」
「おかわり」
別々のことを仰いましたとさ。
「いいですよ、もう……」
溢れる涙をぬぐいながら妖夢はお茶碗を受け取った。
違う。これは私の涙じゃない。これはよく味わいもしないで胃袋へ流し込まれていく食材たちの悲しみの涙なんだ。
彼らの嘆きと悲しみが私に涙を流させるんだ。
「ぐすっ……そんなに食べて太っても知りませんからね」
ご飯をよそい終わって二人にお茶碗を渡すとき、そんな言葉が口をついて出た。
つい、ぽろっと。
――ピシリ。
そんな音が聞こえたような気がした。
恐る恐る目を上げると二人がこっちを見ていた。
無表情で。
「ねえ妖夢。美しさを保つ良い方法ってなんだか知ってる?」
幽々子様の声が平坦だ。
どうやら地雷を踏んだらしい。
それも、踏んではいけないデンジャラスなやつを。
「さ、さあ? 規則正しい生活と野菜中心の食生活、とか……?」
適当に答えながら逃げ道を探す妖夢。
一秒で挫折。
無理。
この二人相手に逃げるなんて不可能です。
「違うわよ。正解はね……」
二人はにやりと笑う。
ぞわぞわぞわ。
背中に鳥肌が立った。
「「若い娘の生き血を浴びるの」」
「――は?」
すっくと立ち上がり、二人は右と左から妖夢を囲むように寄ってくる。
事情は飲み込めなかったが、妖夢は身の危険を感じて飛びのいた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 若い娘って私ですか!?」
「そうよ。私たちから見れば十分すぎるほど若いわよ」
「そ、それに生き血って!」
「生きてるじゃない。半分」
説得は失敗した。ならば実力行使しかあるまい。
しかしどうしたものか。
自分を一とするなら相手は十か二十かそれ以上か。勝ち目などないに等しい。
――迷う心があるからいけないんだ。シチューにカツを……いやいや死中に活を。迷いを消せば、一筋の光明も見えてくるはず。
白楼剣は迷いを断ち切る剣。
それをかざすことで妖夢の心から迷いが消える。
「「つーかまーえた」」
「むぎゅ……う」
しかし事態は好転しなかった。
むしろ悪化したと言えるかもしれない。
――……やわらかいなぁ。
自分のではこうはいくまい。
妖夢は顔と後頭部をやわらかいもので挟まれながら、夢見心地で意識を失った……。
…………………………
……………………
………………
「んん……やわらかおっ――ぱっ!?」
目を覚ますと妖夢は自室で布団に寝かされていた。
日はすでに高く昇っている。
どうやら紫と幽々子に捕まえられた後、気絶してしまったらしい。
何かやわらかいものに挟まれていたような……?
思い出そうとしたとき、隣の部屋から話し声が聞こえてきた。
……今この家にいるのは自分と幽々子様と紫様だけ。
となると、この会話は幽々子様と紫様のもの、ということになる。
不謹慎だとは思ったが好奇心に逆らえず、妖夢はそっと壁に耳を押し付けた。
――紫、これを見てちょうだい。
――幽々子、それ……。
――ええ。いつかこうなると覚悟はしていたのだけれど。
――……貴方もついに、ね。
紫の深いため息が聞こえてきた。
これ以上は聞いてはいけないような気がして、妖夢は壁から耳を離した。
『いつかこうなると覚悟はしていた』
『貴方もついに、ね』
しかし、これらはいったい何のことだろう?
考えても一向に答えは出なかった。
二人ともいつになく真剣に話していた。
もしかしたら、私なんかが首を突っ込んではいけないのかもしれない。
とりあえずそう納得した妖夢だった。
またも小さな疑問を残したまま、この日も過ぎていく。
それからまた数日経って。
今日、幽々子は妖夢をつれて博麗神社を訪れていた。
「……はぁ」
何故か箒を持って境内を掃除している妖夢はため息をついた。
どうして私が神社の境内を掃除しているんだろう? 西行寺の庭に比べれば狭いから楽でいいんだけど。
霊夢曰く、
「あんたの主人が勝手に飲み食いした分くらい、働いてもいいんじゃない?」
ということらしい。
そりゃごもっとも。
落ち葉をかき集めながら横目で幽々子を見やる妖夢。
お茶を飲んでいる霊夢の隣で、ぱりぽりとお煎餅をかじりながらお茶を飲んでいる。
ぱりんという音とともにお煎餅が二枚三枚と消えていく異常事態を除けばおおむねいつもどおりの光景だった。
そのお煎餅が大皿に山と積まれていなければ。
そしてそれがもう無くなりそうでなければ。
――お願いですから食い意地の張った姿を外で晒すのはやめてくださいよぅ……。
もう涙が止まらなかった。
「あら? こんなところで会うなんて珍しいわね。そうでなくても会うこと自体が珍しいのかしら?」
「……お前は」
涙を拭って後ろへ振り返るとメイド長がいた。その横には吸血鬼の少女がいる。
まだ日が出ているので吸血鬼は日傘を差していた。
吸血鬼は日光を浴びると死んでしまうとか。
そんなに危ない中出歩くなんて何を考えているんだろう? 偉い人の考えることはよくわからない。
「ところで、何で貴方が境内の掃除なんてやってるの? ここ霊夢の神社でしょ?」
「そ、それは……」
主人が飲み食いした分を労働で支払っている、とは言えるはずもなく。
咲夜の問いに答えを返すことができず、妖夢は黙ってしまった。
でも、根は正直なのでどうしても幽々子の方に目がいってしまう。
その視線を追いかけた二人は同時に答えに行き当たったらしい。
「貴方も大変ねえ……」
「ああ、やっぱり」
従者は同じような身の上の相手に同情し、主人は至極真っ当な答えを返してくれた。
「ああいうのが主人だと、従者は苦労するのよねぇ……」
――お前もな。
呆れたように呟くレミリアの死角でアイコンタクトを交わす二人。
確かな共感とわずかばかりの友情がそこにあった。
「食べて寝て食べて寝て……よくもまあ太らないものよね」
一変して感心したように言うレミリア。
元より小食の彼女には太る太らないは関係ないのだろうが。
「太ってますよ? ほらこのあたりが」
これにはさすがのレミリアも目を剥いた。
いつの間に来たのか、幽々子は妖夢の隣に立っていた。
その指差す先は自分の胸。
咲夜のそれより二回りは大きなそれを、自慢するでもなしに見せている。
幽々子様、それは立派な挑発行為です。
自分もほとんどぺったんこなためその行動にやりきれない気分になります。でもそれすら通り越して殺意すら覚えている人が目の前に二人ほど。
恐ろしく据わった目で幽々子の――特に胸の辺りを見ている二人。
「私は右側をいただこうかしら」
「あら、お嬢様、それじゃ私は左側ですね」
……おいおい。そんなバランスの悪いもの付けてどうするつもりだあんたら?
心の中で突っ込みながら、主人を守るため妖夢は刀の柄に手をかける。
まさに一触即発の雰囲気。
霊夢は我関せずとお茶を飲んでいる。
どうせ「境内が壊れたら壊した方に直させればいいや」とか考えているに違いない。
「……ん?」
突然レミリアが構えを解いた。じっと幽々子を見ている――というより観察している。
咲夜も主の行動に何かを感じ取ったのか、ナイフをしまう。
相変わらず目つきは厳しいけど。
「あらあらどうしたのかしら?」
幽々子も不思議そうにレミリアを見つめている。
彼女の行動の意味は幽々子にもわからないらしい。
一、二分は経っただろうか。
レミリアは面白いものを見つけたような顔で笑った。
「見えたわ、貴方のそれ。……ふふ、いい気味」
「「……?」」
咲夜と妖夢は顔を見合わせて首をかしげる。
幽々子はというと……珍しく顔色が悪かった。
「顔色が悪いわよ? そろそろ帰ったほうがいいんじゃない?」
「そ、そうね。そうさせてもらうわ」
余裕を取り戻したレミリアの言葉に何とかそれだけ返して、足取り危なく幽々子は家路に着いた。
妖夢もその後を追う。
――最近、幽々子様に何かが起きている……?
純粋な勘だが妖夢はそう思った。
主は何かに悩んでいる。
そのことに従者は気づいてしまった。
これが人並みな従者なら問題はなかったかもしれない。
しかし、妖夢は良くも悪くも人並みではない従者だった。
そう、良くも悪くも。
「……あれ、永琳さん? 今日はどうしたんですか?」
翌日、庭掃除を終えて戻ると、屋敷の前には珍しく客の姿があった。
片手に弓、片手に薬箱を持っているその女性は、妖夢の顔を見て微笑む。
「久しぶりね。今日はここのお嬢さんに呼ばれてきたんだけど……貴方の目も治ったし、いったい何の用かしらね?」
天才と称される彼女の頭脳でも亡霊姫の考えていることは理解しづらいらしく、表情とは裏腹に、瞳に不安そうな色が見え隠れしていた。
まあ、彼女自身、幽々子の最も苦手な不老不死の存在である上に腕も立つ。そう困ったことにはなりそうもないか。
「すみません。私は今日来客があること自体知らされていなかったので……」
「いいわよ、そんな謝らなくても。本人に聞けばすむことだし」
言って彼女は振り返る。
妖夢もそれに習うと、入り口には幽々子の姿があった。
「それで? 今日は何の用かしら?」
「……ここじゃちょっと。中に来てもらえるかしら」
「ええ、わかったわ」
幽々子の様子に首をかしげながら、永琳は彼女の後を追って中に入っていく。
妖夢はお茶菓子の用意をと申し出たが、「すぐに済むから」と幽々子に断られてしまった。
幽々子の言葉どおり、数分としないうちに永琳は中から出てきた。
難しい顔で何かを考えているようだった。
「人間用……というか生き物用ならいくらでも作れるけど、幽霊用となると……困ったわね。前例がないどころか思いつきもしなかったわ。興味深い事例であることは確かだけど……」
すぐ近くにいる妖夢のことも目に入らないほど考え事に没頭している。
声をかけることもできず、妖夢はその後姿を見送った。
ただ、永琳の言葉は聞こえた。
『生き物用なら作れるけど、幽霊用となると……』
何のことかはわからない。
けれど、彼女が呼ばれたからには薬を作ってもらうということに間違いはないだろう。
そして彼女の持つ頭脳でも作ることの難しい薬。それが今の幽々子様には必要なのだ。
――何の薬だろう?
妖夢は考えをめぐらせる。
昨日吸血鬼に会って以来、幽々子様はどこか変だ。
何を聞いても上の空。食事はいつもの量の半分程度。紫様がいなかったらどうなっていたことか……ではなくて。
たちの悪い病にでもかかったのだろうか。
それなら一応は納得できる。
人間など『生きている物』は、病にかかると命の危険さえ伴うことがある。
半人半霊の自分ならともかく、幽霊にそれはない。何せもう死んでいるのだ。命を落とす心配なんてあるはずもない。
結論として、病は幽霊に害を成すことはできないのだ。
しかし、だからこそ永琳の言った言葉に意味がある。
『前例がないどころか思いつきもしなかったわ』
本来幽霊に飲ませる薬などというものは存在しない。あの怪しげな店の店主ですら扱っていないだろう。
前にも述べたが、幽霊には意味のないものだからだ。
だがもしもそれが必要な状況にあるとしたら?
妖夢は背筋が凍る思いだった。
幽々子様におそばに仕えてずいぶん経つが、体調を崩した姿など一度も見たことがない。
それが当然のことだと思い込んでいたのだろう。そんな保証はどこにもないのに。
「なんとか、なんとかしなくちゃ……」
自分にできることなどそう多くはない。
一番体が弱かったのは自分だ。
だから看病してもらったことはあるが自分でしたことはない。
一応薬学の知識はあるが、それは専門家である永琳に任せるべきだろう。
となれば。
…………………………
「あ、あらあら? 今日は誰かのお誕生日かしら?」
夕食。
幽々子は所狭しと並べられた料理――それも自分の好物ばかりだ――に目を丸くした。
その目は自然と妖夢に向けられる。
当の使用人は、
「いや、あの……今日はちょっと作りすぎてしまったので」
とすぐに嘘とわかる答えを返した。
『ちょっと』作りすぎた程度でこんな量になるわけがないし、献立だってどう見ても手が込んでいる。
いったいどうしたのだろう?
じっと妖夢を見つめる幽々子。
決まり悪そうに幽々子から顔を逸らしてうつむく妖夢。
「……あの、ですね」
「うん?」
顔は上げないまま、妖夢はぽつりと言った。
「昨日からなんだか幽々子様の様子がおかしかったから、その……」
「どうしたの?」
「……ですから、好きなものをいっぱい食べれば元気になるんじゃないかな……って」
自分がいかに子供じみたことを言っているのかわかっているのだろう。妖夢は耳まで真っ赤になっていた。
主人の健康に関して彼女のできることはないといってもいいほど少ない。
せいぜいが幽々子の好きなものを作って喜ばせるくらいだ。
妖夢なりに一生懸命考えた結果なのだろうと幽々子は思った。
それなら自分とて彼女の想いには応えてやらねばなるまい。
「……そうね。じゃあ、いただこうかしら」
ご飯のお茶碗を差し出す幽々子。
妖夢は少しの間ぼーっとしていたが、
「は、はいっ!」
元気よく返事をして山のようにご飯を盛ったお茶碗を幽々子に渡した。
…………………………
数日後。
日が落ちて、辺りがすっかり暗くなった頃、八意永琳が再び白玉楼を訪れた。
幽々子は以前と同じように「すぐに済むから」と言い、永琳を伴って屋敷の中へ入っていった。
待つこと約十分。
屋敷から出てきた幽々子は顔色がひどく悪かった。
永琳は申し訳なさそうに頭を下げた後、言った。
「できる限りの努力はしたわ。……残念だけど、この子の目ならともかく、貴方のそれは私にはどうしようもないわ」
「……そう」
よほどショックだったのだろう。幽々子はなかば放心したような表情で頷くと、とぼとぼと屋敷の中に入っていく。
その様子に妖夢は胸がつぶれそうな思いだった。
永琳を問い詰めるべきか、それとも幽々子様を励ましに行くべきか、二つの考えが頭の中でぐるぐる回る。
その肩に手が置かれる。
はっとして振り返ると、真面目な顔で永琳がこちらを見ていた。
「よっぽど彼女のことが心配なのね。でも、安心していいわ。別に命に関わるとかそういうことじゃないの。本人から口止めされているから詳しいことは話せないけど……」
すまなそうに言う永琳。
妖夢には、彼女が嘘を言っているようには見えなかった。
「本当ですか? 幽々子様は別にどこも悪くはないんですか?」
「悪いかと聞かれれば悪いと答えるけど、とにかく命に別状はないの。幽霊にはそういったものが無縁なことは貴方も知っているでしょう?」
「え、ええ……でも」
「彼女の――西行寺幽々子のことが心配なら、そばにいて励ましてあげるといいわ。私から言えるのはそれくらいね」
言って永琳は踵を返す。
妖夢は頭を下げて、彼女が帰るのを見送った。
妖夢は幽々子の姿を探して屋敷の中を歩き回った。
自室、客間、縁側、庭……彼女の姿はどこにもない。
この屋敷の中にいるなら、残るは浴室くらいしか思い当たる場所がない。
覚悟を決めて妖夢はそこへ足を踏み入れた。
はたして彼女はそこにいた。
乱雑に脱ぎ捨てられた着物が床に散らばっており、中からは確かに幽々子の気配が感じられる。
あまりに無作法な着物の脱ぎ方に腹を立てるよりも、妖夢はほっとして胸をなでおろしていた。
『彼女の――西行寺幽々子のことが心配なら、そばにいて励ましてあげるといいわ』
永琳の言葉を思い出す。
それならと、妖夢は服を脱ぐついでに幽々子の着物をかごに入れようとして――驚いた。
重たいのだ。着物が異常なほどに。
ひらひらしているくせにゆうに三十キロはある。なんだこれ?
そして何より不自然なのは帽子だ。
内側に髪の毛が縫い付けてある。
試しにかぶって鏡を見ると、見慣れた幽々子の髪型が頭の上に乗っていた。
……カツラ?
まあ、幽々子様のことだから、と妖夢は特に気にも留めずそれらをまとめてかごに入れて服を脱いだ。ただし二本の剣は半霊に持たせて。
「幽々子さまー。今日はお背中をお流ししまーす」
言って引き戸をガラガラと開ける。
――開けて、彼女は凍りついた。
「ゆ、ゆ、ゆゆゆ……」
ああ、なんということか。
浴場には満月が輝いていた。空も見えないのに。
その瞬間、妖夢の頭の中で全てが繋がった。
脱衣所で見つけた@マーク、そして帽子…………とその内側に縫い付けられた髪の毛、もとい○ラ。ウィッグでは意味合いが違ってくるか。
庭掃除をしていたときの幽々子のおかしな行動も。
――貴方もついに、ね。
紫の深いため息も。
――見えたわ、貴方のそれ。……ふふ、いい気味。
紅の吸血鬼の言葉も。
――残念だけど、この子の目ならともかく、貴方のそれは私にはどうしようもないわ。
月の薬師の申し訳なさそうな顔も。
全ては、このことを指していたのだ。
知らなきゃ良かったと妖夢は本気で後悔した。
「見たわね妖夢……」
ゆらりと湯船から立ち上がる幽々子。
いつもと変わらぬ笑み、いつもと変わらぬ立ち居振る舞い。
しかし、目は笑っておらず、頭にはあるはずのそれがない。
「あ、あ、あのですね幽々子様、不可抗力という言葉を知ってますでしょうか?」
「知ってるわよ。好奇心は猫を殺すのよね。殺した猫はどうなるのかしら? やっぱり食べるんでしょうね。もったいないし」
人の話を聞いてるようでまったく聞いてない。交渉の余地は端から無いらしい。
にへにへと変な笑いを浮かべながらじりじりとさがる妖夢。
服を入れたかごはすぐそこだ。
一歩。
二歩。
三歩……トン。
手にかごの当たる感触。
服を掴み、妖夢は後ろに飛びつつ脊髄反射で背後の壁を後手で切り払った。
斬れぬものなどほとんどないというだけあって、楼観剣の切れ味は凄まじい。
厚さ数センチとない木の板など空気も同じとばかりに切り落とす。
続けてもう一度剣を振るう。これで外に通じる出口が作られた。
目は幽々子から片時も離さぬままに、妖夢は外へ飛び出した。それから振り返り、脇目も振らずに走り出す。
今の幽々子は体に何もつけていない。全裸である。(こっちも半霊で隠してるとはいえほとんど全裸だけど)
いかに常日頃から超然としているとはいえそこは女、きっと躊躇いでも見せるに違いない――わけないじゃないですか。
――うっわ早ぇ!
妖夢の頭の中にそんな言葉が浮かぶ。
それもそのはず、
「まーちーなーさーあーい」
いくらスピードを上げようとも幽々子はすぐに追いついてくるのだ。
しかも走ってさえいない。
ただ歩いているようにしか見えないのに逃げ切れない。
振り返れば十メートルと離れていないところにそれはいる。
怖い怖い怖い怖い怖い……!
半泣きになりながら妖夢は全速力でひた走る。
――なんで! どうして! いつもはあんなに鈍くさい幽々子様がどうして今日に限ってこんなに速いの!?
言ってはたと気づく。
幽々子の着物がどれほど重たかったかを。
材質不明、製造方法不明。とてつもなく重く、それでいて風に吹かれてふにゃふにゃと曲がる謎の物体X。
あんなものを着ていたら、そりゃ誰だって遅くなるわ!
自分で突っ込みいれて二百由旬の庭を走る走る。
元々この庭は妖夢の担当。
常日頃から歩き回っているために、表、裏、横道その他諸々すべてを把握している。
そのことを思い出し、パニック寸前の頭で考えられる最高の逃走ルートを割り出す。
「いーいーかーげーんーにーなーさーい」
ぐるぐる曲がりながら逃げ続けているためか、幽々子の声がやや離れたように思えた。怒っているようにも聞こえたが。
とにかくこの好機を逃す手は無い!
考え出した逃走ルートに沿って、妖夢は一心に走り続けた。
……………………
ここまでくれば大丈夫、と妖夢は一息ついた。
というより膝が笑って立てない。
何とか服を着込み、倒れそうになる体を何とか両手で支えて、妖夢は地面に座り込んだ。
あたりにはわずかに差し込む光と静寂と、時折雫のたれる音が聞こえてくるばかり……。
ここは西行寺の庭の、最も端に位置する滝の裏にできた天然の洞窟である。
当主であるとはいえ、まさか幽々子が自称幅二百由旬にも及ぶ庭の端まで把握しているとは思えない。
この場所を知っているのは、日々庭仕事に精を出している自分くらいのものだ。
しばらくはこの洞窟に潜んでやり過ごし、『幽々子様の機嫌の悪さ<空腹』になった頃に戻ろう。それがいい。
今後の予定に目処が立ち、ほっとすると急にお腹がすいてきた。それに眠くなった。
全力で二時間は走ったのだ、無理もない。
「……でも、魚捕まえて焼いたらきっと幽々子様にばれるだろうなぁ」
まさかとは思うが、万が一ということも有り得る。
なにせ相手はあの幽々子だ。魚や肉を焼いたにおいにつられてどこからともなく現れないとも限らない。
用心に用心を重ねてもまだ足りないと思ったほうがいいだろう。
こうなったら幽々子様との我慢比べだ。
妖夢は空腹を精神力で押さえつけ、壁に背を持たせかけて眠りについた。
……ひたひた。
近づいてくる足音。
深い眠りに落ちたかそれとも疲れのためか、妖夢が目を覚ます気配はない。
足音は妖夢の目の前で止まる。
そこまで近づかれても妖夢は目を覚まさなかった。
……ぐ~っ。
鳴り響く重低音。
それは狭い洞窟内で反響してとてもうるさかった。
妖夢はピクリと眉を動かしたが、目を開けることなくすやすやと寝息を立て始めた。
「お腹空いたー妖夢ーご飯作ってー」
……ゆさゆさゆさゆさ。
声をかけられ、体を揺すられる。
先に目を覚ましたのは半霊の方だった。
暗闇の中をかすかに白く光りながらふわふわと飛ぶ。
それがいったい何に見えたのか。
彼女はそれを捕食した。
「うーぁー……あ? 痛痛痛痛痛!!」
目を覚まそうかという矢先に感じた激痛に、妖夢は飛び起きた。とにかく半身が死ぬほど痛い。
何がおきているのかわからないが、とにかく枕代わりにしていた半霊が見当たらない。
いったいどこに――
「薄味ねえ……お醤油持ってきた方が良かったかしら」
「喰うなーーーーーー!!!」
大きく口を開けて、今まさにそれを飲み込もうとしている幽々子の鳩尾に、妖夢は全力で拳を叩き込んだ。
体をくの字に折ってもがき苦しむ幽々子。
その手から落ちた半霊は尻尾のほうから三分の一ほど無くなっていた。しかも歯形つきで。
抱き起こすと半霊は弱々しいが動いていた。
どうやら無事らしい。
「何やってんですかまったく! 人の半霊を食べようだなんて、そこまで落ちましたか幽々子様!」
「だって~」
――パサッ。
あ、落ちた。
「だってじゃ……な……ぃ」
言葉が尻すぼみに小さくなっていく。
勢いに任せて頭から飛んでいったいろいろな事柄が、無事、帰還した。
思い出されるここに来るまでのあれこれ。
そうかさっきのボディーブローがまずかったか。
妖夢は漠然とそう思った。
「見たわね?」
空には欠けたお月様。ここには真丸お月様。
地上のお月様は顔を上げずに言いましたとさ。
――見てない見てない見てない見てない!
首を横に振って必死に否定する妖夢。
その雰囲気を察したのか、いらいらした様子で幽々子は立ち上がる。
あくまでしらを切る罪人を前にしたお奉行様はこんな気分なんだろうか。
「見・た・わ・ね?」
「…………はい」
迫力に圧されたか、己の非を認める妖夢。
「ごめんなさいは?」
「……ごめんなさい」
ぺこり。
従順・誠実・実直。素直に謝る妖夢を見て幽々子は満足気だ。
落としたアレを頭の上に被せて位置を整えながら、懐から扇を取り出す。
「はい、よくできました――オラァ!!」
「うわわわわ!?」
殺気を感じて妖夢が飛び退くと、彼女の髪を掠めるようにして扇が地面に叩きつけられた。
幽々子愛用の扇は、剥き出しの岩肌をまるでバターか何かのように簡単に抉り取る。
あんなもので頭を叩かれていたら今頃は……。
木っ端微塵に砕け散る自分を想像して妖夢は泣きそうになった。
「何するんですか幽々子様! 当たってたら死んでますよ、今の!」
「半分死んでるんだから同じようなものでしょ?」
幽々子は笑顔を浮かべているが、端々から不吉なものがにじみ出ていた。
妖夢は彼女の知られざる一面を知ってしまった気がした。
このままここにいてはいけない。生きていられない。
逃げる。
逃げて逃げて逃げ延びて、ほとぼりが冷めたら許してもらおう。
……この期に及んで使用人根性の抜け切らない妖夢であった。
「さ、無駄なあがきはやめて……」
「――逃げることにします!」
くるりと方向転換。そのまま脱兎のごとく走り去る。
この洞窟、先は行き止まりではない。
緩やかな下り坂で、道幅は狭くなり天井も下がってはくるが出口は存在するのだ。
だから、ここを抜けることさえできればまたどこかに隠れてやり過ごすこともできる。
それにあの幽々子様が何日も自炊するなんて考えられない。
私が家に帰る日は……あれ?
嫌な考えが頭をよぎる。
そういえば、幽々子様はどうやって私を見つけたんだろう?
「――それはね」
声はすぐ後ろから聞こえた。
同時に妖夢は“何か”に足をとられて転んでしまう。
しかし、彼女とて剣士。腕で身体をかばいつつ、身体のばねを活かして起き上がる。
足をとったものの正体はすぐにわかった。
そして悟った。
ここで西行寺幽々子を相手に逃げ延びようという考えがいかに愚かなことかを。
なぜなら――
「この冥界に、『彼ら』の目の届かないところなんてないからよ」
地面を見る。
白くて半透明でふわふわしたものが次々と涌いて出てくる。
「すまんのう魂魄の嬢ちゃん。幽々子様には逆らえんよ」
と地縛霊の山田さん。
「それにほら、長いものには巻かれろって言うでしょ?」
こちらは浮遊霊の田中さん。
「そうそう。何やったか知らないけど、謝ったほうがいいと思うよ」
斉藤さん……あんた今しがたの一コマ見てないんですか?
その他諸々総勢百名を超える幽霊があわられた。
でもほとんど全部男なのはどういうわけだ?
「ず、ずるい……」
「「「――今だ!」」」
一瞬の隙を突いて幽霊たちが一斉に飛び掛る。避けようにも数が多い上に場所が悪い。狭すぎる。
妖夢はあっという間に取り押さえられてしまった。
勝利を確信した笑みで妖夢を見下ろす幽々子。
「さて妖夢。言い残すことがあれば聞いてあげるわよ?」
「……何でもいいんですか?」
「ええ、もちろん」
にこにこと幽々子は本当に嬉しそうだ。
もはやここまで、と妖夢は覚悟を決める。
私は幽々子様に捕らえられた。そして、幽々子様は私を生かしては置かないだろう。あんな重大な秘密を知ってしまった私を。
ならば、散り際は美しく毒々しく激しくいこう。
お爺様も仰っていた。「どうせ殺されるならやれるだけやってしまえ」と。
わかりましたお爺様。殺られる前に殺りましょう。
精一杯息を吸い込む。
直後、洞窟内を振るわせる大音量が響き渡った。
「幽々子さまのハゲーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「黙れーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
ガツンと一撃。
妖夢の意識はそこで弾けた。
が、その寸前、妖夢は自分を取り囲むように――主に彼女を心配して――集まってくる幽霊たちを見た。
動かない自分の身体に群がる幽霊を想像して意識は闇の中へ。
うう……幽霊怖いよう。幽霊怖いよう……。
◇◇◇◇◇
以上が、私が依頼者(霊?)・西行寺幽々子より依頼され、封印を行った歴史である。
この歴史を私が開放し、彼女に戻さない限り、彼女――魂魄妖夢は自分に何があったか、終生思い出すことはないだろう。
魂魄妖夢より取り出し封印した歴史は、近年稀に見る危険を孕んだ歴史だった。
それをあえて公表したのには訳がある。
先日、紅魔館の主、レミリア・スカーレットが何者かに襲われて頭部に傷を負い、ここ一週間程度の記憶を失ったという。
襲撃犯に対し報復行動をとったと思われるメイド長、十六夜咲夜も返り討ちにあい、丁寧にラッピングされて紅魔館に送り返された。
彼女もまた頭部に傷を負い、最近の記憶を失っていた。自分がどこに行ったかも覚えていないという。
続けて今日の昼ごろ、今度は永遠亭が襲われ、護衛の兎たちをはじめ、因幡てゐ、鈴仙・優曇華院・イナバ、八意永琳、蓬莱山輝夜という名だたる兵たちが同様に頭部に傷を負い、記憶を失ったというのだ。
もうわかるだろう。
そう、今回の一連の事件の犠牲者は、すべてこの歴史に関わったもの、あるいは関わった可能性のあるものに限られる。
となれば次は……。
――ざわざわざわざわ。
空気が揺れる、いや、歪む。
それだけでどれほどの力の持ち主かがわかった。
「……やはり来たか」
今は草木も眠る丑三つ時。
いかに彼女が強いとはいえ、永遠亭一つ攻め落とせばかなりの力を消耗するはず。
私を襲う前にひとまず休むだろうという予想は当たっていた。
あいつらはあまり好かないが、こうして諸君に歴史を伝える時間が稼げたことには感謝したい。そしてここまで聞いてくれた諸君にも感謝を。
さて、これでやれるだけのことはやった。
後は歴史を握りつぶそうとする不遜の輩に一矢報いてやるとするか。
そう思った矢先戸板が蹴破られ、何かが放り込まれてきた。
――人間?
私は反射的に放り込まれたそれを抱きとめた。
「…………きゅう」
「も、妹紅!?」
頭に大きなこぶを作って目を回しているのは誰あろう、藤原妹紅。
彼女はこの先の竹林に住んでいたはずだが……。
「そうか」
休息をとったのは、私にではなくて彼女に対する備えだったのだ。
納得。
そーかそーか、私よりも彼女のがよっぽど強いもんな。
……なんか泣けてきた。
むにゅ。むにゅもにゅ。
「……ん? やわらかい?」
視線を手元に落とすと、
「隙ありね♪」
「あ」
後日、頭に大きなこぶを作ったワーハクタクと、同じくこぶを作ってワーハクタクにチチをつかまれた不死人が折り重なって倒れているところを発見された。
彼女らも先の事件と同様、記憶を失っていたという。
事件の詳細はいまだ不明であり、その犯人の目星もついていない……。
◇◇◇◇◇
気づくと妖夢は脱衣所に倒れていた。
「痛っ……」
おでこのあたりがずきずき傷む。
触ると大きなこぶができていた。
「あれ……なんで私はこんなところに?」
気づけば自分は服はおろか、下着一枚も付けていない。つまりは全裸だった。
服はたたんでかごの中に入っていた。
よく覚えていないけれど、状況から考えるにどうやらこれからお風呂に入るところだったらしい。
となると、このこぶは滑って転ぶかしてできたものだろう。
何もないところで転ぶなんて剣士としてはあるまじき失態だ。
誰にも見られなくて良かった……。
ほっとしたところで浴場へ足を踏み入れると――
「……お月様?」
無意識にそう呟いていた。
が、辺りを見回しても月などどこにもない。
当たり前だ。こんなところに月があったら一大事ではないか。
「疲れてるのかなあ……」
体を洗い、湯船につかる妖夢。
彼女は窓から見える月を見て思う。
私が見た月はあんなものではなかった、と。
しかし、彼女がそれを思い出すことは、もう二度とない。
あれなんでだろうってずっと思ってたんだけど・・・・・・。
ハハハ、まさかね、まさか、まさk(そして誰も居なくなった
よもやこんな秘密があろうとは・・・
さて、紫さんは無事だったようですが・・・もしかして、
幽々子さまと紫さんは何かお互いの秘密を共有してるんでしょうか?
だとすると、紫さんにも今回の騒動の発端と同等orそれ以上の秘密が(スキマ
……はて、惨劇に巻き込まれる条件は何だったっけ?
今すぐ逃げ(鈍い音
ところでゆかりんもどう考えてもハ(スキマ