夏が暑いのは単に日照時間が長いからではない。皆が『夏は暑い』と思い込むから暑いのだ。
思いは叶う。こうなれば良い、こうあるべきだ、そういう思いは現実となる。願いが本当に
心から思うものであるならば、願う者は実現させるために努力を惜しまない。逆説的に叶わぬ
願いとは願う者が思うものを心から信じ切れていないからだ。
だから夏は暑い。誰もが夏は暑いと信じて疑わないからである。
試しに「夏は寒い」と考えてみた。だがやはり暑い。自分自身信じ切れていない証拠だ。
だから今日もむせ返るような熱気の中、できるだけ店の中でも涼しい場所を探し読書をする。
―――カランカラン
「よぅ香霖、相変わらず暇そうだな」
「……別に暇ではないよ。本を読んでる」
「客商売が泣くぜ。店員なら店員らしく打ち水でもしたらどうだ?」
「この暑さでは少々の打ち水など意味は無いよ。余計暑くなる」
「怠け者め」
相変わらずこの炎天下の中でも黒いスカートに黒い帽子。さすがに白いふわふわのシャツは
半袖だが到底、熱吸収率を緩和できているとは思い難い。それでもその表情が涼しげなのは
八卦炉のおかげか? いかに万能の道具とはいえ道具使いの荒い主人だ。
魔理沙は帽子を取りながら店内に足を踏み入れる。勝手知ったるなんとやら、店内に溢れ返る
商品を器用に掻き分けてこちらにやってくる。
「どうした? 元気ないじゃないか」
「これだけ暑ければね。正直、店を閉めようかと思っていたくらいだ」
「ま、どうせ客も来ないしな」
失礼なヤツだ。これでも偶には客も来る。残念なのは誰もまともに代金を支払う事がない事だ。
結局のところ物々交換となり訳の解らない物だけが手元に残る。悪循環ではあるが偶に掘り出し物
があるから止められない。先日は紅魔館のメイドが銀の十字架を持って来た。吸血鬼避けの由緒ある
代物だそうで、先日館に押し入った賊が持っていたそうだ。
「これ、お宅のお嬢様には効くのかい?」「効くわけありませんわ」
相変わらず良く解らない。まぁ純銀製だし造りは丁寧なので引き取る事にしたが。
「ところで……何の用だい? また何か拾ってきたのか?」
「用がなきゃ来ちゃ駄目か?」
「……そうだな。用がある方が珍しいか」
「そうそう」
そう言って魔理沙は勝手に台所に行ってお茶の準備をしている。まぁ良いか、どうせ僕も喉が
渇いていたところだ。僕は再び読み掛けの本に目を戻す。タイトルは掠れており中身も虫食いで
ぼろぼろだが中々面白い。この間拾った物だがどうやら月世界への旅行記らしい。月へ旅行する
など外の世界の人間は中々想像力が豊かなようだ。
しばらくして魔理沙が盆に湯呑を二つ載せて戻ってくる。
ふ、とお茶の香りが鼻腔を擽った。
「あれ? 玄米茶なんてあったっけ?」
「今日は持参してきた。最近、私の中で玄米茶がブームなんだよ」
「へえ」
僕は読み掛けの本を閉じて素直に感心する。魔理沙が土産を持ってくるなんて珍しい。
いつもは人の家の物を勝手に飲み食いしてるというのに。全く、雪でも降るんじゃないか。
「……あぁ、それが狙いか」
「あ? 何言ってんだ?」
魔理沙は僕のすぐ隣に座りお茶を置く。暑いから離れろ、そう言おうとしたが、ひやりとした風
が体温を奪う。
「そうか、八卦炉か」
「涼しいだろ? 感謝しろ」
魔理沙が頭を僕の肩に預ける。僕は魔理沙の重みを感じながら考える。
夏は暑い。それが当たり前だ。団扇で扇ぐ、風鈴を吊るす、その程度なら問題ない。だが人工の力
で暑さを誤魔化すなど本末転倒だ。夏が暑いのは皆がそう望んだからなのに。
「まぁ、偶には良いか」
八卦炉から吹き付ける冷気に、その快適さに、目を閉じて身を委ねた。
まだまだ暑い日は続く。一日くらいこんな日があっても良いだろう。
僕はそっと魔理沙の頭に右手を置く。
魔理沙はちょっとくすぐったそうに笑った……
~summer time, summer day~
*ここから先はフィーバータイムとなります。原作の香霖がお好きな方はお戻り下さい。
「ところで、さ」
魔理沙が僕の肩に頭を預けたまま尋ねる。
「香霖はいつも眼鏡を掛けてるよな? そんなに目が悪いのか?」
「ん? まぁ余り良くはないな。無くて困るという程ではないが」
「ふーん? ちょっと貸してみ?」
「あ、こら! 勝手に……」
「じゃーん! どうだ? 似合うか?」
魔理沙が僕の眼鏡を掛けている。それ自体はどうという事もない。別に僕の眼鏡に何らかの
特殊な力がある訳ではない。
どくん、
なのに……
どくん、どくん、
一体……
どくん、どくん、どくん、どくどくどくどくどくどくどく――――
この胸の高鳴りは何なのか!?
魔理沙は魔理沙だ。小さい頃から良く知っている。傍若無人な言動に腹が立つ時もあるが
そこは可愛い妹分として大らかな気持ちで接してきた筈だ。
そう、あくまでも妹として、だ。邪(よこしま)な気持ちを抱いた事など断じてない。
いるかどうかは知らないが神とやらに誓っても良い。
しかし……こ、これは!
魔理沙の幼い顔に自分の銀縁の眼鏡が掛かっている、ただそれだけだと言うのに!
銀縁の眼鏡。魔理沙には似合わない男物の無骨なデザイン。それがまだあどけない表情の
魔理沙とミスマッチにも関わらず眼鏡越しの大きな金色の瞳をより大きく見せる事で互いの
魅力を相乗的にいやむしろ累進加速度的に跳ね上げそれどころか全く別の次元にまで至って
いるそんな馬鹿な魔理沙は魔理沙で魔理沙以外の何者でもなく女性を外見で判断するなど
身勝手な男の男尊女卑的な差別意識の元に排除だけどレンズ越しに覗く瞳が理知的に見える
眼鏡マジック! いや別に普段の魔理沙が理知的ではないという事は全く全然そんな事はなく
ただそのギャップがどうしようもなく僕の心を千々に掻き乱して手前! どういうつもりだ!
俺の心を弄んでそんなに楽しいか畜生! いやいや落ち着け僕、落ち着け素数を数えるんだ
1、2、3、5、7……そういや8って眼鏡に似てるよね? 待て待て眼鏡から離れろ!
良いか? 眼鏡なんてないそんなものは幻想だそんなものに心乱されるな! あ、そういや
ここって幻想郷じゃん? じゃ無問題(もーまんたい)? 馬鹿か僕は! そんな事はどうでも
良くてあーもー眼鏡萌へ。いや違うってだからそうじゃなくて……
「どうしたんだ? 香霖?」
魔理沙が僕の顔を覗き込む。
ちょっと眼鏡がずり落ちて鼻に掛かり、大きな金色の瞳が上目遣いで僕を心配そうに見ている。
駄目だよ……魔理沙……それは駄目だ……それは反則だ……
「顔色が悪いぜ。調子悪いのか?」
いるかいないか知らないけれど……神様ごめんなさい……
「ま……」
「ま?」
「ま……」
「ま?」
「魔理沙ぁぁああああああああああああああっ!!!!!!!」
「うきゃぁぁああああああああああああああうっ!!!!!!!」
本当にごめんなさい。
―――かぁ、かぁ
遠くで鴉の鳴く声が聞こえる。僕は床に横たわったままその声を聞いている。
「鴉が鳴くから帰ろう、か」
子鴉は巣へと飛んで帰ってしまった。もう来ないかもしれない。
「自業自得だな」
床から起き上がろうとした。立てなかった。
「馬鹿だな……僕は……」
床は冷たくて心地良かった。
ふと顔を店内に向ける。棚は倒され、商品は一つ残らず散乱し、天井には大穴が開いている。
このまま寝てしまおうか。頭を冷やすのにこの床の冷たさは丁度良い。
「魔理沙……ごめん……」
詫びの言葉は何処にも誰にも届く事なく、赤く染まった夕日の空へと消えていく。
あの子鴉はどうしているだろう
泣いているのか?
怒っているのか?
怒っていてくれると良い。泣いている魔理沙は見たくない。
怒って怒鳴って殴ってくれると良い。今度はちゃんと謝れると思うから。
ただ、もう一度―――魔理沙に会いたかった。
「って事があったんだよ」
「ふーん? それは良かったわね」
神社の境内。夕焼け空の下、紅白の巫女は箒で落ち葉を集めている。
夏であるが故に落ち葉の数は少ないが、それでもちょっとサボると境内が落ち葉で埋まる。
葉っぱといえど天寿を全うし枯葉となるには相応の運が必要。人も妖怪も葉っぱも何一つ
例外はない。
「何が良かったんだよ?」
「顔に書いてあるわよ」
「助平。ちゃんと貞操は守ってるぜ」
魔理沙は神社の鳥居に腰掛けて沈む夕日を眺めている。
遠くに見える黒い点、あれは鴉だろうか。
傍らに愛用の箒を置き鳥居から足をぶらぶらさせながら、遠い西の空を眺めている。
「にしても、まさか霖之助さんがねぇ……今度、私も眼鏡を掛けてみようかしら?」
「駄目」
「ちょっとだけよ?」
「駄目」
「一瞬だけだったら?」
「絶対、駄目」
霊夢はついに堪え切れなくなってげらげら笑い出した。
「ちぇっ、霊夢に話すんじゃなかったぜ」
「御免御免。もう笑ったりしないから」
そう言いながらまだ霊夢は苦しそうだ。必死で笑いを堪えようとして顔が引き攣っている。
「はん! 笑うが良いぜ」
「御免ってば、それより……それ、いつまで掛けてるの?」
「飽きるまで、だ」
夕日を眺める魔理沙の顔に輝く銀縁の眼鏡。夕日の赤い光を照り返し眼鏡も赤く染まっている。
魔理沙はそっと眼鏡を押し上げる。いつも香霖がしているように。
「で、それ掛けたまま霖之助さんのところに行くわけ?」
「まさか、今だけだぜ」
「ホントに?」
「あぁ、アイツの前じゃ絶っっっ対に眼鏡なんか掛けてやんない!」
魔理沙は鳥居の上に立ち上がると、隣に置いておいた箒に跨る。
アイドリングなんぞ不要。いつだって初速から最速。
魔理沙の号令一つで、それは音速の翼となる。
噴き上がる魔力が、渦巻く風が、全て推力と代わる一瞬を待ち侘びている。
「アイツにゃ―――素の私を見て貰わないとな!」
魔理沙は翔ける、夕日の中を。
歌え、踊れ、恋心! 時空の果てまで突っ走れ!
~終~
いや好きだよ霖之助
人は妄想ができる動物だ。って偉い人が言ってました。
そういえば、新しくなってから東方には眼鏡キャラがいませんね。
…香霖除いて。
魔理沙は逃げようとしたが、こーりんは素早く回り込んだ。
「もう逃げ道は無いよ、こ・ね・こちゃん(はあと)」
そんな妄想をした自分は魔界に帰ります。良い話でした。
ふ、ふふふ。
素 晴 ら し い 。
良かった……眼鏡分を求めていたのは俺だけじゃなかったんだ……
事前情報をほとんどカットしていたおかげで、「射命丸 文」を頑なに
眼鏡キャラだと信じ込んでいた俺の嘆きがこのSSを生みました。
(や、新聞読んで文は大好きになりましたが。)
残るは花映塚だ! 神よ! 我が願い聞き届け給へ!!
(委託待ちの俺。ジャッジメントデイはいつの日か……orz)
冒頭の香霖堂っぽい雰囲気もまた良し! そのギャップが堪らない!
ギャグとほのラブの境界の素晴らしさを感じました
シーブック「こいつは強力すぎる!!」
いや、メガネ+その一つ一つの仕草が素晴らしいんですけどね。
ホントは一人一人に返すべきなんですが、この感謝の気持ちを全て込めたら
本編よりも長くなってしまう罠。
とりあえず五体倒地で感謝の意を示します!!
⊂(゚Д゚⊂⌒`つ ドン!!
魔理沙はもちろんの事、香霖にも萌えたのは俺だけ?
そう!!「霖之助さん」という呼び方に正義を感じるんだよ!!!
元の香霖は好きなんで、どちらに傾いても満足なんですが(´∀`*)
これからも香霖作品を書いていただけると喜びますぜぃ!!
あと、微妙に誤字っぽいのをば。
「のーまんたい」→「もーまんたい」かと。
うああ…ニヤニヤが止まらん!
個人的には霖之助の妄想(?)シーンに『、』はいらないと思いまた。
「子鴉は巣へと飛んで帰ってしまった。もう来ないかもしれない。」が最高。
壊れている香霖はネタに走り過ぎましたが、衝動に駆られ後悔に走る男心を
解って下さり嬉しく思います。
>「もーまんたい」 うわ、素で間違えてました。ご指摘ありがとうございます。
妄想部分の句点は最初は入れてなかったんですが、読みにくいかなぁと入れました。
やっぱ無い方が暴走っぽくて良かったですね。ありがとうございます。
あと、霊夢も香霖に好意は抱いていると思います。けど、何物にも囚われない
自由な巫女さんはきっとそれを表に出す事はないでしょう。
魔理沙の気持ちを知ってる限り。
それが俺ジャスティス。
1,3,5,7・・?
それ、素数じゃなくて奇数。
ひゃあ! その通りだよ! うわ、あったま悪ぅ……
こうして己のお馬鹿を晒していくのか、orz
覚えられてるくらいメガネ好きで、
何が言いたいかってクリティカルヒットでしたよ!
魔理沙ぁぁぁぁぁ・・・・・・GJ!!
ちなみに1は素数ではないのでは・・・
あぁ、ホントにあたまが悪すぎる……ご指摘ありがとうございました。
もういっそそのまま馬鹿記念として残しておきますね。
改めましてご感想ありがとうございました。今後も頑張りますので
よろしくお願いします。
心にクリティカルヒットしちゃいました!
香霖の兄貴がイイ。
いや、それ以上に魔理沙、可愛いよ魔理沙ァァァ!
なんだこの青春っぷりは!!!!
すっきりしたじゃないかぁあああ!!!!!!!!!!