∽ 暑いと色々と大変です ∽
「あーつーいー」
窓という窓、戸という戸を全て開け放った永遠亭の中の一室で、輝夜は畳の上を右に左にごろごろと転がりながら嘆いていた。
「えーいりーん、えーいりーん!たーすーけーてー!」
「姫、そんなに暴れると余計に暑くなりますよ」
読んでいた本をぱたんと閉じて輝夜を見るその目は母のような優しさがあったが、見られている当の本人はそんな事は知らぬ顔。
「じっとしてても暑いじゃないのよー」
ごろごろ。
「はぁ………着物もほとんど脱がれてしまって………、かつては求婚者が殺到していたというのに、そんな様子では殿方も愛想を尽かしてしまいますよ?」
ごろごろごろごろ。
「だって暑いんだからしょうがないじゃない~」
目の前をごろごろと転がり回る主を見て、永琳ははぁ………と溜息をつくと、閉じていた本を開いて視線を落とした。
「暑いー、暑いー、あーつーいー!」
しかし、そこで輝夜は突然ぴた、と転げ回っていたその動きを止めた。
暫く仰向けに寝転んだまま天上を眺めていたかと思うと、顔だけ永琳の方へと向けて呼びかけた。
「えーりん、えーりん、大変よ!────って、あぁっ!えーりんが逆さまに!?」
「姫が逆さを向いているからですよ。私も部屋も正常です。それで、何が大変なんですか?」
口ではそう言いつつも、永琳は本から目を離そうとはしない。こちらの言う事は聞きながらもページを捲っていく様子を見ていて、輝夜は永琳なら七人の話を同時に聞き分けれる事もできるんじゃないかと思ったが、その疑問は一瞬にして輝夜の記憶の彼方へと葬り去られた。
変わりに思考回路を埋め尽くしたのは先程気付いた大変な事。
「そう、大変なのよ!今気付いたんだけど、えーりん、私暇だわ!」
「………そうでしょうね」
それでも永琳は本から目を離さない。
というか輝夜の事など勝手にどーにでもしてくれと言わんばかりだった。
輝夜もハナから何かを期待していた訳でもないのか、またしても「あついー、ひまだー」と言いながらごろごろと部屋の中を転げ回っていた。
そのまま輝夜が部屋を何往復しただろうか。
本を読み終えた永琳がなるほどねぇ、などと呟いた後、何かを閃いたのかぽん、と両手を合わせると、転がり続ける輝夜に向かって声をかけた。
「姫、いっそ外に出てみてはどうですか?こういう時は案外家の中より外の方が涼しかったりするものですよ」
それを聞くと、輝夜はがばっと起き上がってなにやらキラキラと羨望の眼差しを永琳に向けた。
「なるほど、流石えーりんね!それじゃ早速出てくるわ!」
言うが早いか、輝夜は一目散に外へと飛び出していった。
「あぁ、姫。せめて後一枚何かを着てくださ────行ってしまったわね」
輝夜が竹林の中に消えていくのを見送ると、永琳は本を傍らに置いてさて、と立ち上がると部屋を出ていった。
そして永琳が部屋を出るのとほぼ同時に反対側から部屋に入ってくる影があった。
「姫、師匠、冷たいお茶でも────って、あれ?二人ともどこに行ったんだ?」
絶妙のタイミングで入れ違った鈴仙が部屋に入った時にはそこには既に二人の姿はなかった。
「せっかく冷やしておいたのに………ん?なんだろ、この本」
お茶の入ったグラスの乗った盆を畳の上に下ろすと、代わりにそこに置かれていた本を手に取った。
その表紙には、可愛らしいキャラクターのイラストと、これまた可愛らしい丸文字で書かれた本のタイトル。
『はじめてのごうもん』
しかしそれはどれだけ可愛いイラストと文字で誤魔化しても全然その表紙に見合った内容とは思えない本だった。
そのまま本を開ける事もなく元あった場所に丁寧に置き直すと、鈴仙はすっと立ち上がった。
「そうそう、今日は外せない用事があったんだ。早く行かな────」
「へぇ、鈴仙どこか行くの?」
「ひぎぃっ!?」
突然かけられた声にばっ、と振り返ると、いつの間にかすぐ後ろにてゐが立っていた。
「なんだ、てゐか………。そうだ、師匠に言っておいてよ。私今から出かけてくるから。一ヶ月くらい」
「そう。ごゆっくりー」
「うん、それじゃ────って、あれ?なんで私後ろ手に縛られてるの?あれ?なんで私引っ張られていってるの?ねぇ、てゐ?ちょっと待って。私は大事な用事が!」
「ごゆっくり~」
「いやああああああああああああああああああああ!」
その日、永遠亭から一匹のイナバが姿を消した。
暑い夏の日の出来事だった。
∽
一方、外へ飛び出した輝夜は
「やっぱり外も暑いじゃないのよー。えーりんの嘘つき!」
早くもバテていた。
「何か涼しくなるような物を見つけないと………私、このままじゃ干物になっちゃう。あぁ、儚い人生だったわ」
死ねない体の割にはいっちょまえに自分のこれまでの歩みを思い返しながらとぼとぼと歩いていると、ふとどこからか冷たい風が吹いてきた。
それに気付いて風上の方へと視線を向けていくと、そこには湖の上でぱたぱたと踊るように飛び回っている氷精がいた。
「これだわ!」
輝夜はさっきまでの悲愴感はどこへやら、急に生気を取り戻すともの凄いスピードで氷精─チルノの元へと飛んでいった。
明らかに格下の相手に頼み事をするなど、王族であり貴族でもある(自称)輝夜にしてみればこの上ない屈辱であったが、そんな安っぽいプライドなどこの暑さで溶けてしまっていた。
「そこのあなた!」
「そこのお前!」
チルノは猛スピードで自分に向かって飛んでくる物体にぎょっとしていたが、そんな事はお構いなし。
そしてその目の前で急停止すると、輝夜は一気に叫んだ。
「「お願いっ!私にはあなたが必要なの!!」」
「え?え?え?」
いきなりの告白を受けて面食らうチルノだったが、その小さな脳をフル回転させてなんとか自分に向けられた言葉の意味を理解すると、今度はその顔がみるみる朱に染まっていった。
「そ、そんな事いきなり言われても………でも、あたいなんかでいいのなら………」
耳まで真っ赤にして俯いてしまったチルノは消え入りそうな声でそう告げた。でもその後に二人同時なんて………なんて言ったのは輝夜にはもう聞こえていなかった。
輝夜はチルノの返事を聞くと満面の笑みを浮かべてその手を握った。
「「ありがとう!もう離さないわ!」」
がしっ!
「「ん?」」
輝夜が握ったのはチルノの左手だ。
ならばこのチルノの右手をがっしと握っているこの手はなんだ?
そろりそろりと視線を左へと向けていくと、ぶかぶかの赤いズボン、これまたぶかぶかな袖のシャツ、そして両肩にかかるサスペンダーっぽいの、頭の上には大きな赤いリボン………。
「「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」」
互いの姿を確認すると、二人は同時に声を上げた。
「妹紅!」
「輝夜!」
そう、チルノの右手を握っていたのは他でもない妹紅だった。
同じ蓬莱人、考える事も同じだったのだろうか。
「貴様、よくもぬけぬけと!それにその格好はなんだ!」
「そっちこそ!この氷精は私が先に目をつけたのよ!」
来た時と同じように突然ギャーギャーと言い合いを始めてしまった二人を見て、チルノはただオロオロとうろたえるばかりだった。
「ふ、二人とも。そんな、あたいを巡って喧嘩なんて」
「「うるさい!!」」
「ひゃう~~~~~~~~~~~~ん」
哀れ、仲裁に入ろうとしたチルノは二人の蓬莱人から渾身の一撃を喰らって吹っ飛んでいってしまった。
それでも二人がそんな事に気付くはずもなく、口喧嘩はますますヒートアップしていく。
それは輝夜の見事な右ストレートが妹紅の顔面にクリーンヒットしたのをきっかけに肉弾戦へと発展し、妹紅の殺劇舞荒拳が決まった頃から弾幕合戦へと移っていき、その史上最悪の喧嘩は二人の体力が底をつくまで続けられた。
「はぁ、はぁ、はぁ………あーもう!暴れたらもっと暑くなったじゃない!」
「………お前から………手を…出してきたんだろう」
二人とももうこれ以上は動けないといった様子で湖のほとりに大の字になって並んで寝そべっていた。
やがて、ある程度落ち着いてきたのか、起き上がった輝夜はぼーっと湖を眺めていた。
普段は笑っているか怒っているかな輝夜の見慣れない表情に、妹紅はついに暑さにやられたかと思っていたが、一応声をかけてやる。なんだかんだいって優しいのだ。
「どうした?」
「そうよ………そうだわ!」
妹紅の声などまるで聞こえてないのか、輝夜はしきりにそうね、そうなのね、と一人頷いている。
そして突然妹紅の方へと振り向くと、
「こんな時は泳ぐのよ!」
ぐっ、と拳を握ってそう言った。
突拍子のない言動に妹紅が呆気に取られていると、では早速、と輝夜が勢いよく立ち上がる。
そして
「ひゃっほーーーーーい!」
大きくジャンプしたかと思うと、空中で器用にぽーん、と飛び出すように服を脱いでそのまま湖へと飛び込んでいった。
ちなみに、輝夜は一枚だけ着ていた着物以外は何も着ていなかったし、はいてなかった。ついでに言うならつけてもいなかったし巻いてもいなかった。
着物一枚脱げば、それはいわゆる素っ裸。略せばスッパ。マッパでもいい。ナッパはハゲ。
そんな状態で飛び込むものだから、妹紅は色々と見てしまった。見えてしまった。
輝夜はぷは、と湖面に顔を出すと、そのまま気持ちよさそうにバシャバシャと泳いでいく。
「妹紅ー、気持ちいいわよー。あなたもどーおー?」
遠くからそんな事を叫んでいるが、妹紅はわなわなと体を震わせて
「この────破廉恥野郎がぁっ!」
「え?────きゃうん!」
その背に巨大な鳳凰を纏って今日最大の一撃を輝夜に向けた。
そんな事をしたら、まぁこんな湖程度はあっさり沸騰してしまう訳で。
∽
「妹紅ー、湖に入れなくなっちゃったじゃないのよー」
「恥を知れっ!」
一枚だけの着物を着なおして、二人でふらふらと野道を歩いていく。
氷精はいつの間にかいなくなってしまったし、湖もダメになった。早く涼しくなる何かを見つけないとこのままでは干物になってしまう。
なぜ妹紅と一緒に歩いているのかは解らなかったが、そんな事を気にしていられる状態ではなかった。
妹紅の方も同じなのか、滝のように汗を流しながらふらふらと輝夜の横を歩いている。
「そうだ、あの巫女の所なんてどうかしら」
「あー、霊夢の所?涼しいの?」
「いつも懐が涼しいからきっと家の中も涼しいはずよ」
「………そーなのかー」
考える事も面倒になったのか、妹紅はそれ以上何も突っ込まずに輝夜についていった。
「霊夢ー、遊びに来たわよー。冷たい麦茶と冷えた羊羹を出しなさーい」
「………とても客の言う台詞じゃないな」
しかし、二人が──主に輝夜が呼べど叫べど、霊夢は出てこなかった。
いつもならば最初の一声で姿を現すのだが、一体どうしたのだろうか?
「ははーん、さては一人で涼んでいるのね?そうはさせないわよ!」
ばばっ、とわざわざ口で言いながら輝夜が素早く神社の裏手、霊夢の居住スペースになっている母屋の方へと回っていくと、そこには────
「………妹紅、干物があるわ」
「………あぁ、干物があるな」
霊夢だったものがそこで干からびていた。
輝夜がその干物の元へと寄っていくと、それの一部分を見て思わず左の手で目頭を押さえた。
「可哀相に、こんなにぺったんこになって………」
「お前も大して変わらないだろ」
「何か言った?」
「なーんにも」
輝夜が妹紅を睨み上げていると、霊夢だったものの手が僅かに動いた。
「み………みず………水…を………」
「あら、生きてたわ」
「生きてるな。でもこれじゃ冷たい麦茶も冷えた羊羹も出してくれそうにないよ?」
「そうね、じゃあ次に行ってみましょうか」
そう言うと輝夜と妹紅はあっさりと背を向けて博麗神社を飛び立ってしまった。
「み………水………」
がくり。
∽
「そうだ、あのモノクロ魔法使いの所なんてどうかしら?」
「あー、魔理沙の所?涼しいの?」
「家は涼しくないかもしれないけれど、あの中に転がってるマジックアイテムの中には涼しくなる物があるかもしれないわ」
「………輝夜、冴えてるじゃない」
もういつもの敵対心もすっかり暑さに溶けてしまったのか、自然に受け答えをしている妹紅がそこにいた。
「魔理沙ー、遊びに来たわよー。涼しくなる物をよこしなさーい。持ってるのは解ってるわー」
「………どこのお代官様だよ」
輝夜が壊れそうな勢いでドアをドンドンと叩いていると、ややあって、中から声が聞こえてきた。
「はいはいどちら様──って、珍しいな。二人が揃ってるなんて」
しかし、出てきた魔理沙はいつもの三角帽子ではなく、同じ三角でも三角頭巾を頭に巻いて、顔を真っ黒にしていた。
それと一緒に、開けられたドアの向こう側からこの世のものとは思えない熱気がむわっと輝夜と妹紅を包んだ。
「どうしたのよ?その顔。それにその汗」
「あー、この前拾ってきたマジックアイテムが他のと連鎖反応を起こしたらしくてな。今家の中は灼熱地獄だぜ」
「それならそのマジックアイテムを外に出せばいいじゃない」
「いやな、それがその原因と思うマジックアイテムがどこにあるか解らんからこうして大掃除をするハメになってるんじゃないか」
「………ここもダメね」
輝夜がやれやれと首を振ると、後ろでもう半分以上暑さにやられてぼーっと立っていた妹紅が「そーなのかー」と呟いた。
「なんだなんだ、用事はないのか?見ての通り私は忙しいんだ。もういいだろ?」
「えぇ、そうね。掃除頑張って」
「言われなくても、だぜ。ここは私の家だからな」
ぱたんと閉まったドアの向こうから「暑いぜ暑いぜ、暑くて死ぬぜ」なんて聞こえてきたが、その声は全然死にそうじゃなかった。
むしろ今自分の後ろに立っている妹紅の方が暑くて死にそうな顔をしていた。
変な所だけいつまでも人間のままなんだから、と輝夜は小さく笑う。
「さ、次行くわよ次」
「………おー」
∽
「そうよ、あの吸血鬼の所なんてどうかしら?」
「あー、レミリアの所?涼しいの?」
「紅魔館なら暑さに対する備えだってちゃんとしてあるに違いないわ」
「確かにあそこなら」
空の上はまだ幾分気温も低いのか、妹紅も普通に受け答えが出来る程度には回復していた。
「よっ──と」
輝夜と妹紅が紅魔館の門の前に降り立つと、そこにはいつも通り門番の美鈴が立っていた。
「あれ?珍しいですね、お二人がご一緒だなんて。今日はどうしたんですか?」
元気だけが取り得のような美鈴はこの暑さの中でもいつもと変わらない様子だった。
ただ、いつもと違っていたのはその格好だった。
いつもの足元まである長い裾の服ではなく、同じような民族衣装なのだが、その裾は極めて短い。限りなく短い。いくらなんでもってくらい短い。そのくせ両サイドにはしっかりとスリットとか入っていた。更に上の方もそれに合わせた服なのか、へそなんて出していらっしゃる。
しかし格好だけで言うのなら今の輝夜も相当のものなのだが。
「あんた………どうしたの?」
「え?あぁ、この服ですか?いやー、こう暑いといつもの服だと暑くて暑くて」
からからと笑いながら美鈴が喋る度に、自己を主張しすぎている二つの膨らみが揺れる揺れる。
「………」
「………」
「あれ?どうかしましたか?」
「私によこしなさい!」
「恥を知れっ!」
「え?えぇっ!?」
その日の午後未明、真っ黒に焦げて頭から血を流す美鈴が紅魔館の門前で発見された。
側には凶器と思われる石製の鉢が転がっていた。
暑い夏の日の出来事だった。
当局では殺人の疑いがあるとして犯人の行方を追っているとかいないとか。
「たーのもー」
「………お前は道場破りか」
勝手に門を通り抜けて紅魔館の入り口まで来ると、なんとも勇ましい掛け声と共に輝夜がそのドアを開いた。
すると、入ってすぐの大広間にはちょうど咲夜とレミリアの二人が通りがかった所で、輝夜はここぞとばかりに冷たいものを出せと二人を脅しにかかった。
「なんなのよ、貴方たちは。いきなりやってきて………。こちとら暑くて未だに眠れないっていうのに」
しかしそんな脅しもレミリアには効いていないのか、はたまた寝不足でご機嫌斜めなのか、非常にツンケンした態度だった。
輝夜と妹紅が吸血鬼のくせに暑いのか、と思っていると、レミリアの後ろに立っていた咲夜が一歩前へ踏み出してきた。
「残念ながら招かれざる客に出す物はないわ。お帰り願えるかしら?」
そう言う咲夜はこの暑さの中でも汗一つ流さずにいつも通りの完璧な立ち振る舞いをしていた。
「あなたは大丈夫そうね」
「そりゃあもう、私ほどの出来た人になればこの程度の暑さは気の持ちようでなんとでもなるわ」
今居る四人の中で一番若いはずの咲夜にそう言われてしまい、他の三人はむぅ、と縮こまってしまった。
「さぁ、解ったらさっさと帰ってちょうだ────」
ぱたっ。
咲夜が澄ました顔のまま倒れた。
「あらあら、どうやらかなり無理してたみたいね」
「そうだな………暑い時は無理は禁物だぞ………ってけーねが言ってた」
「あぁっ!咲夜っ?咲夜ぁっ!!」
その様子を見ていた輝夜が今日何度目になるだろうか、やれやれと首を振ると、妹紅も大きく息を吐いた。
「ここもダメね」
「咲夜っ!いやぁっ、死なないでー!」
ぱたん。
「さ、次行きましょう次」
「はぁ………いつになったら涼めるのよ」
「あ、忘れるとこだったわ、これ」
紅魔館の門前にまで出てきたところで、輝夜が無造作に置かれていた石製の鉢を拾い上げた。
「どこに持ってたのよ、それ」
「乙女は秘密が多い方がいいのよ」
なお、凶器と見られる石製の鉢が何者かによって持ち去られた事から捜査は難攻。
迷宮入りしたこの事件が解決する事はなく、被害者である紅美鈴さんの悔しさだけが────
「くっ、美鈴は死すとも中華は死せず………!」
∽
「そうだ、紫の所なんてどうだ?」
「あのスキマ妖怪のところ?なんでまたあんな所に」
「あいつなら私たちより長く生きているんだ。こんな暑さの対策なんてのもきっと知っているさ」
「へぇ、妹紅も中々考えるわね」
「ってけーねが言ってた」
しかし、流石にいい加減どうにかしないと本当に危なそうだ。主に妹紅が。
こんな真面目な事を言っていたかと思うと、今は何もない空中に向かって話しかけている。
これはこれで見ていて面白いがこのまま壊れられては殺し相手がいなくなってしまう。
「紫ー、遊びに来たわよー。どっか涼しい所に連れていきなさーい」
「………ふふ、それじゃあね、皆」
後ろでなにやら呟いている妹紅はもうこの際置いておこう。
しかし、紫もまた呼べど叫べど出てくる気配が無かった。元よりあちこりに出ていてほとんど家にいないのだが。
しびれを切らした輝夜が勝手に上がりこもうとすると、奥からふらふらと頼りない足取りで藍が出てきた。
「なんだ………お前達か。こんな所にまでなんの用だ……?」
「あんたの主人に涼しい所に連れて行ってもらおうとしたんだけど………その様子じゃ無駄だったみたいね」
「あぁ、すまないな…紫様は今はいないよ………昨日の夜からどこかに行ったまま帰ってきてないからな」
「そう」
「今頃どこか涼しい所にでもいるんじゃないかな………私たちを置いて」
そう言った藍の頬には汗じゃない何かが一筋流れていた。
「あなたも大変ね………お邪魔したわ」
「うっく、ところで、後ろの不死人は大丈夫なのか?それ」
「あぁ………大丈夫よ、とりあえず死にはしないわ」
「………そうか」
そのまま藍はまた家の中へと戻っていった。
最早外でも中でも変わりはなさそうだったが、まだ日の光がしのげる分、屋内の方がいいのだろうか。
「ほら妹紅、次行くわよ」
「あー………なんかチカチカしたのが見えるよ………彗星かな?違うな。彗星はもっとこう、バーってなるもんな………」
「何訳の解らない事を言ってるのよ、行くわよ」
いつの間にかすっかり二人行動が定着してしまったのか、輝夜も妹紅もその事には何も疑問を感じていなかった。
妹紅の方は既に危ない領域に入っていたのでそんな事も解らなくなっていたのかもしれないが。
∽
「残っている所と言えば、冥界ぐらいかしら」
「………んっ、はっ!ここはどこだ!」
「あら妹紅、お帰りなさい」
「輝夜!?あぁ、そうか………私は」
「もう大丈夫?ほら、次は冥界よ」
「………おー」
幻想郷の空を冥界に向かって飛んでいく途中、妹紅が輝夜に問いかけた。
「でもなんでまた冥界なんだ?」
「こういう天気はね、異常気象って言うのよ。でもそんな異常気象もきっと幻想郷の中だけだわ。冥界なら元から涼しいし、異常気象も関係ないでしょう」
「へぇ………案外物知りじゃない」
「まぁ引篭もっていると色々と知ってしまうものよ」
「ちょっとは外に出ろよ………」
「輝夜、話が違うぞ?」
「おかしいわね?」
結界を越えて乗り込んだ冥界は、幻想郷と変わらない猛暑となっていた。
いつもなら幽霊たちが騒いでいる場所も、今は誰もいなかった。
とりあえず西行寺の屋敷まで行ってみると、そこには────
「………妹紅、スライムがいるわ」
「………あぁ、スライムがいるな」
溶けた半幽霊に覆いかぶされた妖夢が倒れていた。
輝夜がおもむろに近寄っていって、スライム状になった半幽霊をもにゅ、と握る。
「あ、意外と気持ちいいかも」
「なに、本当か」
妹紅も釣られて半幽霊をもにゅもにゅ、と握る。
「おぉ、なんかひんやりしていて気持ちいいな」
もにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅもにゅ
「何をしているー!」
二人が半幽霊を揉みくちゃにしていると、その下に倒れていた妖夢が勢いよく起き上がってきた。
だが勢いがよすぎたのか、すぐにふらふらと倒れてしまった。
「あらあら、いきなり起き上がったりしたらダメよ?」
「くっ、あんたら………その半幽霊は私なんだぞ。せっかく涼んでいたのに、そんなに揉みくちゃにするから………」
「するから?」
「……………………」
聞き返した輝夜には応えずに妖夢は何故か目を泳がせながら口をぱくぱくさせている。
「揉みくちゃにするから?」
改めて聞き返す輝夜の声を聞いて、妖夢はその顔を耳まで真っ赤に染めて俯かせてしまった。
「………け」
「え?」
「出て行けー!」
そう言うやいなや、妖夢は二本の刀を振り回しながら輝夜と妹紅の方へと突っ込んできた。
しかし、そんな狙いも定めないで振り回しているだけの剣が二人を切れるはずもなかったが、追い出すには十分だったようだ。
∽
「もう、危ないわねぇ」
「お前が悪い」
「あら、妹紅だって気持ちよさそうに揉んでたじゃない。こう、わきわきと」
「むぅ………」
そう言われて妹紅も少しばかり頬を赤く染めていたが、輝夜はそんな事には気付いていないのか、一人空を見上げた。
「もう日も暮れるじゃない。やっと今日の暑さからも解放されるのね」
山間に沈んでいく太陽に見送られながら、二人は冥界を後にする。そして幻想郷に戻ってきた頃にはすっかり日も暮れて、辺りには夜の闇が舞い降りていた。
「じゃあね妹紅。私はもう帰るわ」
「え?あ、あぁ、わかった」
唐突にそれだけを行って飛び去っていく輝夜の背中を見て、妹紅はただその場に立ち尽くしていた。
一体今日はなんだったのだろうか。暑さをしのぐ術を探していたら輝夜と出会って、いつの間にか一緒に行動して。
本当なら憎んでも憎んでもそれでもまだ足りないくらい憎い相手なのに。
「でも、まぁ………楽しかった………かな」
∽
「えーいりーん、帰ったわよー」
「姫、お帰りなさいませ。どうでしたか?久々の外出は」
「それがねー、もう聞いてよ。妹紅ったら────って、どうしたの?そのイナバ」
「あぁ、ウドンゲなら大丈夫ですよ。ご心配なく」
「そう?なんか震えてるみたいだけど」
「寒がりなんですよ。この子は」
「へぇ、こんなに暑い日だったのに」
「姫は忘れてしまったかもしれませんが、月とこの地では気候が違うのですよ」
「へー、やっぱりえーりんは物知りね」
「それで、藤原の娘がどうしたのですか?」
「あぁそうそう、妹紅ったらもう面白いのよ────」
こうして異常なまでに暑かった幻想郷の一日は今日も終わりを告げる。
晴れ渡った空を見ていると、明日もまた暑くなりそうだった。
∽ 後日 ∽
「ねぇ妹紅?やっぱり私たちはこうでないと」
「同感ね。お前と馴れ合うなんて到底理解できないわ」
「そう、じゃあ今夜も────」
「「さぁ、殺し合いましょう」」
「ちょっと待て!」
「え?霊夢!?って、あいたぁっ!」
「ちょっ、何を、ってうわ!私も!?」
「ふん、天罰よ」
それだけ言って霊夢は飛び去ってしまった。
後に残されたのは尻餅をついてグーで殴られた頬を押さえる少女が二人。
長い人生。たまにはそんな日もあるさ。
ご馳走様でした。
いいなぁ、こういうのほほんとしたの
ごろごろてるよと、かみーゆもこたんに吹いた。
まったりというより徘徊して回ってただけか・・・
のほほんのほほん。いいですねえ。
……そうか、もにゅもにゅか。
ウドンゲイン、強く生きろ
チルノ、がんばれ
霊ってやっぱり冷たいんですねぇ・・はぐはぐしたいなぁ・・
読んでてマッタリできました。
色々な反動から衝動的に書いてしまったのですが、
お楽しみいただけたのならば幸いですー。
>ごろごろてるよ
そのネーミングセンスに脱帽です。
いいなぁ・・・それ。
>半幽霊
なんかこう・・・もにゅっとしてそうですよね。
もにゅもにゅ。
>⑨
吹っ飛ばされたチルノは香霖堂の屋根を突き破り・・・
次回「⑨の初恋、一目惚れの悲しい罠。スキマ妖怪は見た!道具屋店主の昼と夜、二つの顔。全てを知るは座薬か褌か。それは惨劇の恋色マジック」
※やりません
ほんと今年は暑い日が続いて暑さに弱い自分は死にそうです。
嗚呼ウチも妖夢をもにゅもにゅしてみたい。