Coolier - 新生・東方創想話

夜酒

2005/08/11 08:27:58
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*飲酒の出来ない未成年の方には、一部分からない名称が出てきています。そういう酒の銘柄があるのだと思って、ご了承ください。
*紫様のお気に入りのお酒を、バーボンとさせていただきました。



 夕食を終え、縁側でのんびりとグラスを傾ける。夜空には満天の星空が広がっており、それを眺めつつ手首を使ってグラスの中身を口に流し込む。
 耳を傾ければ、虫の鳴き声が聞こえる。風情だなと思いつつ、風鈴の音にも聞き入った。聞こえてくる音全てが、今はとても心地よい。
 数百年も生きていれば、それなりに酒の楽しみ方というものを覚える。何と言っても毎日がする事が無く、寝ているか食べているかくらいなものだ。それなら、酒ぐらいは美味しく飲もうかと考えたのだ。
 空になったグラスにボトルの中身を注いだ。このボトルはスキマの中から拾ってきた物で、この幻想郷には無い物だ。自分だけがいろんな種類の酒を飲む事が出来ると思うと、スキマ妖怪やっていて良かった思う。

「紫様、お呼びですか?」
「ああ、藍、遅かったわね。待ちくたびれちゃったわよ。」
「それだったら、洗い物の手伝いくらいしてください。お風呂沸かしたり、橙を寝かしつけたりと色々と忙しかったんですから。」
「駄目よ、藍。もっと人生にゆとりを持たないと。人生楽しんでなんぼなんだから。」
「私のゆとりを奪っている張本人が言わないでください。」

 藍の小言が始まりそうなので、一旦会話を中止し、夜空に視線を戻す。空はこんなに広いのに、何故藍の心はここまで広くないのだろう。



「それで、ご用件は何ですか?」
「大した事じゃないわよ。藍、私の酒の相手をしなさい。」
 
 藍が訝しそうな顔をして警戒しだした。今の私の言葉に、何か裏があると思ったのだろう。ああ、藍。私の事をそんなに信用しないだなんて酷いわ。私はそんな風に育てた覚えが無いのに。

「自業自得です。今までの紫様の言動を鑑みれば、当たり前の反応と思ってください。ちなみに、私をこういう風に育てたのは、他ならぬ紫様ですから。」

 どうやら私の心中を読まれたらしい。まあ、これも永遠と繰り返されてきたやり取りだから当たり前の話か。

「別に他意はないわよ。たまには人と飲むのも悪くないと思っただけ。人と飲むお酒は、また違った味になるから。」

 疑ったような表情を止めはしなかったが、藍が私の傍に腰を下ろした。私は藍の為にグラスをもう一個スキマから取り出し、ボトルの中身を注ぐ。
 藍が試しにグラスに手を出し、一気に飲もうとする。しかし、すぐにむせて中断した。どうやら、まだ藍にはこの酒は早すぎたようだ。

「ゆ、紫様、何ですかこれ!?」
「あらあら、まだ藍にはジャック・ダニエルのストレートは無理みたいね。まあ、宴会用の安酒しか飲んだ事が無い貴方には無理も無いけど。」
「こんなお酒、きつ過ぎて飲めませんよ。よくこんな物飲めますね、紫様は」
「この程度で根を上げててどうするの。こんな事じゃあ、お酒を楽しむなんて出来ないわ。ほら、水で割ってあげたからこれを飲みなさい。」

 苦い顔をしてグラスを受け取った藍が、チビチビと酒を飲みだした。水で割ったとは言え、まだ藍には厳しそうだ。

「駄目ね、藍。しかし、困ったわ。せっかく今日は趣向を変えて飲もうかと思ったんだけど、藍がこの調子じゃねえ。」

 一人で飲むのを止めて二人で飲むつもりだったが、予定を変更せざるを得ないようだ。そうなると、飲む場所でも変えようか。

「そうね、たまには別の場所で飲むのもいいかもしれないわね。ここの風景は気に入っているのだけど、ずっと同じと言うのも芸が無い事だし。」
「はあ、じゃあこれからお出かけですか?」
「そうよ。もちろん、藍も一緒だけど。私と一緒に飲んで、少しは飲めるようにしなさい。まあ、今日は軽めにしてあげるから。」

 藍は嫌そうな表情をしていたが、諦めたように溜息をついた。断っても、無理やり連れて行かれることは分かっているようだ。

「じゃあ、出発しましょう。八雲 紫が選ぶ、幻想郷で酒の合う風景百選なんてのはどうかしら。」
「ただ単に、飲んで回りたいだけでしょうが。」



 どこか人が寄り付かなさそうな感じの場所である。昼間ですら人の気配がここの住人以外はしないのに、夜になって寝静まると人が住んでいるのか疑いたくなる。

「紫様、何で博麗神社なんですか。もっと他に行くべき場所があると思うのですけど。」
「分かってないわね、藍。この貧乏ったらしい雰囲気は、どの場所よりも抜きん出ているの。こういうある意味極限の雰囲気の中での酒もまた、一興かもしれないわ。」

 何か納得できない様子で、藍が深い溜息をついた。そんな様子の藍を屋根の上に促しつつ、私は周りに気を配った。一応確認してあるが、ここの巫女が起き出して来ると面倒ごとになりかねない。腹を空かし眠りを妨げられた巫女は、何をしでかすか分からないのだ。
 先に屋根の上に腰掛けていた藍の隣に腰を下ろし、スキマからグラスと酒を取り出す。私の分はそのままでいいが、お子様舌の藍の為に水割りを作る。藍の分とは言え、水との配分比は気を使った。水の量しだいで味が微妙に変わってくるのだが、酒は美味しく飲めてなんぼである。

「はい、今回はこれね。これも幻想郷には無い物だから、ちゃんと味わって飲みなさい。」

 グラスに口をつけた藍が、再び顔をしかめた。ジャックの水割り程度で難儀をしていたのだから、当たり前の反応かもしれない。

「うーん、こういう場所で飲むワイルド・ターキーもいい物ね。満天の星空に、虫の音。家と似たような環境だけど、場所が違うとそれらも違ったものに感じられるわ。」
「はあ、そうなんですか。私にはよく分かりませんけど。」

 訳が分からん、といった表情で藍がチビチビとターキーを飲んでいる。どうやら、風情を楽しみながら酒を飲めるようになるのは当分先のようだ。こんな事なら、もっと前から教えておくべきだった。

「うん、美味ね。この場所の貧乏オーラが隠し味になって、何とも言えないもの悲しさを引き出しているわ。霊夢が少し羨ましいわね。」
「本人に聞かれたら、ただじゃすまないと思いますよ、今の発言。」

 横で半眼になって呆れている藍が飲み終えるまで、もうひと時この風情を楽しむとしよう。



 水面に星や欠けた月の光が反射し、空に挟まれた形となっていた。遠くに紅い館の光が小さく見えるが、それもまた一つの風景になる。たまに現れ喧嘩を誰とも構わず吹っかけてくる湖上の氷精は流石にもう寝ているようで、誰にも邪魔されそうにない。

「紫様、今度は湖上ですか。湖上は寒いですし、あちらの紅魔館じゃなくていいんですか?」
「ここでいいのよ、藍。あそこは五月蝿いのがいるし、どうせ赤ワインくらいしか似合いそうに無いから。流石にブラディ・メアリは手に入らない事だし。そう簡単には中身入りのシェーカーはスキマの中には無いのよね。」

 宙に浮かしてあるスキマに腰を下ろし、隣に藍を促す。私の隣に腰を落ち着けた藍は少し震えていて、確かに湖上は冷えていた。体が酒で火照っている私には、丁度いい感じなのだが。
 寒そうにしている藍の為に、今度はジンを用意する事にした。私も流石にこれをストレートでやるつもりは無く、水割りを二人分用意した。
 手渡されたグラスに口をつけた藍が、目を見開きむせ返った。流石に、私用の水割りでは厳しかったかもしれない。

「ゆ、紫様・・・酷いですよ・・・これ・・・」
「御免、藍にはもっと薄めた物じゃなければ駄目だったわね。流石に、ゴードンは藍には無理だったかしら。」

 むせ返る藍の背をさすりながら、私の二倍以上に薄めたゴードンを藍に渡す。流石にこれくらいに薄めると味が悪くなるが、藍の表情はまだ厳しそうだった。
 ゴードンをチビチビと舐めている藍と共に、しばらくこの風景を堪能した。夜空には満天の星空、それを映し出す湖面。有るか無きかの波の音。確かに湖上は寒いが、ゴードンを飲めばそれすらも気持ちが良かった。

「風情ね、藍。大自然と共に飲む酒の良さが、少しは分かってきたでしょう?」
「私は飲むので精一杯ですよ。もっと軽い物にしてくれませんか?」
「駄目よ。純度が低い酒は、悪酔いの元よ。それに、いい加減お子様舌から卒業するべきだわ。」

 藍の唸り声が、静寂の湖上に響いた。



 天へと一直線に伸びる竹。その竹が無数に集まり、竹林を成していた。たまに徘徊している兎達も、住所不定無職で不老不死の娘も、今は寝静まっている頃だろう。月が真上を通り越して西側に傾きかけている。

「また、こういう怪しげな場所で飲むんですか。あの連中以外にも妖怪が出ますよ、ここ。」
「その時は、酒のおつまみが出来たと思えばいいだけの話しよ。」

 そんなやり取りを藍としつつ、先ほどと同じくスキマを宙に浮かべそこに腰を下ろす。藍も分かっているようで、何も言わなくても私の隣に腰を下ろした。
 竹林に住んでいる虫の音と、風で揺れる竹の葉の音。竹の隙間から見える夜空と、闇夜の中で月の光を受けて怪しく浮かび上がる竹のシルエット。どれも申し分ない風情である。
 そんな風情を堪能しつつ、新しい酒の準備をする。焼酎という選択肢もあったが、ここは藍の為にあえてコニャックにすることにした。焼酎なら少しは藍も飲んだ事があるだろうし、色々な酒の味を知っておくのは悪い事ではないのだ。

「はい、藍。前のよりはきつくないから、安心しなさい。」
「はあ、ところでこれはなんのお酒ですか?」
「オタールよ。例のごとく、これも幻想郷ではありつけない酒だから、ちゃんと堪能しなさい。」

 いまいちありがたみが分かっていない様子で、藍がチビチビとオタールを飲みだす。私もグラスを傾け、風景に見入った。何処と無くこの竹林は迫力があり、いい味を出していた。無駄にでかいだけの事はある。

「紫様、一ついいですか。紫様には自分のお酒っていうものは持っているんですか。何か、こう、酒飲みにはこだわりが有るって聞いた事があるので。」
「あら、そういう話だけは一人前ね。私の酒は、ジャックのストレートよ。でも、幻想郷では手に入らないし、そう都合よくスキマには落ちていないっていうのが悩みの種ね。仕方が無いから、他の酒で我慢する事も多いし。」
「香霖堂でも、覗いてみては如何です?」
「家に、そんな余裕があるとでも思っているの?」
「紫様が、頑張って稼いでくれればどうにでもなりますけど。無駄に寝ていないで、少しは家計の為に役に立ってください。まあ、橙の反面教師としては役に立っていますが。」

 痛い話だった。藍の小言が始まりそうだったので、酒に逃避する事にした。まったく、厄介な話を振ってしまったものだ。



 どこか生きた心地がしない場所である。それも当たり前の話で、死した者が住まう場所なのだ。生きていては味わえないような酒が飲めるかと思い、やってきたのである。

「うーん、でもたまに幽々子と一緒に飲むのよね、ここで。場所選びを間違えたかしら。何だか新鮮な感じがしないわ。」

 溜息をついて藍の方に振り向くと、藍は眠そうにしていた。昼間家事全般をこなし、馴れない酒を飲まされ続けているのだ。酔って眠るなと言う方が無理なのかもしれないが、せっかくなのでもう少し付き合ってもらうとしよう。
 とりあえず藍の背筋になけなしの氷を放り込んで、見晴らしの良さそうな場所に移動した。この時期に氷を手に入れることは困難で、スキマに落ちている氷はどういう水を使用した物かが分からないので、オン・ザ・ロック用としては使いたくなかった。ただ、藍の可愛い悲鳴を聞くのには役に立つ。
 一番いい場所は幽々子の屋敷なのだが、今は幽々子を誘いたくなかった。どんな酒でもがぶ飲みをして堪能する事がないので、美味しい酒が勿体無いのだ。幽々子と飲むのは、悪酔い用の安酒で十分だ。
 そんな訳で、屋敷を一望できるような高度まで上がる事にした。少しふらつく藍の手をとり、良さそうな場所でスキマに腰を下ろす。藍も夜風に当たって少し酔いが醒めた様だ。
 冥界は、死者の国。ここの風景も風も全て外と雰囲気が違っていた。何処がどう違うのか分からないが、生きている身としては分かる事が無いのだろう。
 月明かりに照らされた下界が、何とも言えない風情を醸し出していた。月に照らし出される屋敷や、妖怪桜。永遠と伸びる石段に落ちる影。ただ、虫の音が聞こえないのが難点だが、それがまた雰囲気作りに一役買っているのかもしれない。
 何処と無く異質な感じの光景を見ながら、スコッチのシングルモルトを取り出した。これも例のごとく、私はストレートだが藍には水割りを作ってあげた。

「はい、ノッカンドーの水割り。これぐらいをストレートで飲める日は、いつになるのかしらね。」

 当分は絶対に無理、といった表情で藍がチビチビとやりだす。私もノッカンドーを飲みだしたが、これがオン・ザ・ロックだったらと思った。幻想郷で安全で美味しい氷を手に入れるためには冬でなくてはならず、私の冬眠時期に一致するのが皮肉な話である。チルノを利用するという手もあるが、説得するのが面倒なのだ。
 しばらく風情を楽しみながらグラスを傾けていた時だった。急に肩に圧力を感じ、振り向くと藍の寝顔がそこにあった。グラスは両手でしっかりと持っていて、空になっている。
 藍を起こそうとして体を動かすと、藍の体が前のめりになり、私の膝に倒れ込む。それでも藍は起きずに、静かに寝息を立てているだけだった。
 一瞬、起こそうかどうか迷ったが、このままにしておく事にした。藍が私の膝の上で寝るなんて、何年ぶりのことだろうか。
 私は藍を起こさないようにスキマからグレンモランジのカスクストレングスを取り出し、空いたグラスに注いだ。このウイスキーはかなりきつく、火がつくのだ。
 注いだグラスに擦ったマッチを近づけ、青い炎を灯らせる。グラスを藍の顔に近づけ、藍の寝顔を浮かび上がらせた。何だかんだと口うるさくなったが、寝顔は昔と変わらず可愛い物だ。
 グラスを掌で塞ぎ、火を消した。独特の香りが周囲に漂い始めたが、この場所の酒に対する香辛料は藍の寝顔で決まりだった。
 
どうも、お久しぶりです。
ウイスキー、スコッチ、バーボン、コニャック、ジン、カクテルなどのお酒の名前を出しましたが、正直こういうお酒があるんだな程度に流してください。その銘柄にした深い理由は無く、ただ私が知っているだけという理由で出しただけです。しかも、意外とあやふやなので、違っていても大目に見てください。
幻想郷で、色々な酒を語らせるには熟女っぽい(御免なさい)八雲 紫以外にいないと思っただけなので、他に他意はありません。
それでは、また。

私的設定としては、藍がお酒に強くないという事と、紫様のお気に入りがジャック・ダニエルであると言う事です。日本酒派の方々には、お詫びを申し上げます。
ニケ
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コメント



0.1650簡易評価
5.80名前なんてないやい削除
んー最近ウィスキーなんて呑んでないなぁ・・・
いつも安い日本酒かビールだけ、ちょっとウィスキー買ってきます
6.70沙門削除
酒ー、さけー、サケー。体の中の酔虫が騒いでしょうが無いですよ。風情を楽しみながらやる酒も美味い。いやご馳走様でした。蛇足ですが自分が小学校の頃、ビール飲み過ぎて翌日学校の保健室に運び込まれたのは貴方とと僕のひ・み・つ。
12.70SETH削除
うむ 確かに紫さんは塾zy(スキマドロップ
14.70削除
いい雰囲気だなあー。ごちそうさまでした。
自分は酒が飲めない人間なので、こういうのに憧れます。頑張れ藍様。
そして巫女、野生の肉食獣か?
17.無評価秘密の名無し削除
さて、自分は兄の秘蔵のウイスキーでも勝手にかっ食らうとしますk(横から足が飛んできました
18.70秘密の名無し削除
あうう…点数入れ忘れorz
25.60無為削除
「マスター、バーボン」
って定番の釣られ挨拶ってのは関係ないんでしょうね。
ごめんね。私2ちゃんねらだから。ごめんね。
32.60karukan削除
お酒は良いですよね。今日も少し飲んでいて、コニャックもたまたま飲んでいました。お酒はよいですねぇ。ただ、個人的には幽々子の場合、幽雅に嗜んでいると思いますが、紫に酒が似合うのは同感です。
33.70床間たろひ削除
いや、あんだけチャンポンで飲んだら藍じゃなくても潰れますよ!
ホント、酒って不思議。飲む相手、時間、場所で全然味が変わる。
最近は日本酒党だったけど、また洋酒でも飲んでみようかな♪
47.100時空や空間を翔る程度の能力削除
紫さん、
やっぱり「ツゥーフィンガ」ですか?
何かイメージが合います。