この作品にはオリキャラが含まれております。
そういった内容が苦手な方はどうか海より広大な心で展開を眺めていただく事を幸いに思います。
* * *
最初に少女が目にしたのは自分の家を呑み込む光の放流だった。
光が止んだ後、かつて自分の家があったであろう場所には黒い残骸だけちらほらと残っているだけ
で家そのものはどこにも無かった。
「……はっ……」
少女の脳が全てを理解するのに約五秒。
その意思が現実を認めるのに約三秒。
計八秒後に夜の森の中に少女の絶叫が木霊した。
その夜、少女は住む家を失った。
Obdachloser Magier
人の世から結界の壁により隔離された世界、幻想卿。
その郷のある森の上空に彼女らはいた。
「いきなさいっ、上海人形っ!!」
「おっとそうはいかないぜっ!魔符『スターダストレヴァリエ』!」
間一髪のところで魔理沙は、アリスの上海人形から放たれた光線を星の結界で身を包む事により
防いだ。
アリスは上海人形をその場に留まらせて、急いで魔理沙の側面部に回り込みスペルの効果が
切れる瞬間に止めのスペルを唱えようと詠唱に入った。
「なっ!?」
だが、星の結界が消えたそこにあったのは、いつの間に盗ったのかアリスのお気に入りのれいむ
人形だけだった。
「もらったぜっ!!」
声は遥か上空から聞こえた。
そこで我に返ったアリスはすぐに人形を手に取りその場から逃げようとしたのだが…
星符『ドラゴンメテオ』
次の瞬間、空から振ってきた光の柱に人形もろとも彼女の姿は呑み込まれてしまったのだった。
後に残ったのは一部が黒い広場と化した森とその中心に立つ上機嫌の魔理沙、そして真っ黒に
焦げたアリスとボロボロのれいむ人形だった。その光景に唯一無事だった上海人形はただただ
溜息を尽くしかなかった。
* * *
「ふふふ。遂に、遂に見つけたぞっ!」
少女はそれまでの戦闘を目にして不敵な笑みを浮かべた。
そこは魔理沙達の居る場所より僅かに離れた一本の木の上。
不思議な事に少女は細い木の上に揺れる事もなくそこにいた。
「これまで一週間、家も無く、お金も無く、あまつさえ着替えの服も無いあの苦しき日々っ!
その苦労もようやく、よぉ~やくっ報われるのだっ!!」
少女は数少ない所持品の一つ、望遠鏡を背中の風呂敷の中にいそいそと仕舞い込んだ。
代わりに少女の手には一本の長細い棒が持たれており、先は風呂敷に入ったままのため、その
棒が何なのかはよく分からなかった。
「待ってろよ。今こそこの恨み晴らしてやる」
そう意気込んで棒を一気に抜こうとした瞬間、少女の視界は突然何も見えなくなってしまった。
「? なんじゃ、これ?」
少女が突然の異変に首を左右に振っていた次の瞬間。
「わは~♪食べれる人間だぁ」
「はっ?」
ガブッ
少女の頭にルーミアの歯が深く突き刺さり、辺りに少女の悲痛の叫びが響き渡った。
* * *
「それじゃ、アリス。こいつは私が貰っていくぜ」
「分かってるわよ。約束は約束だもの。例えあたしが先に見つけていたとしてもそれは勝負に
勝ったあなたのものよ」
魔理沙の言葉にアリスは顔を背けた。
二人が争っていた理由は至って簡単な事で、ある物をめぐっていただけにすぎなかった。
今回の商品は一冊の魔道書。これは先ほどアリスが香林堂で買った物で、主人曰くその本は別の
世界から持ってこられた非常に貴重な本らしい。
半信半疑だったアリスも中身を見てその疑いも一変。そこに記された文字は理解不可能だったが、
込められた魔力はかなりのものだった。
アリスは店の中に他の客がいないのを確かめてからその本をかなりの額で購入したのだが。帰り
道に運悪くも最も会いたくない人物に出くわしてしまう。
それが今、アリスの目の前でその本をめくっている魔理沙だった。
――ハァ。久々の大きな買い物が台無しだわ。今度あそこで良物を見つけたら香林に配達でも
頼もうかしら。
アリスが物思いにふけっているところに魔理沙がその肩を叩いてきた。
「なぁ、アリス。こいつがすごい魔力を秘めているのは分かるんだけどよ、一つ訊きたい事が
あるんだが」
「…何よ。その本に関する事なら答えようがないわよ」
その言葉に魔理沙は一瞬、残念そうに顔を曇らせたが、すぐに気を取り直した。
「んじゃ訂正。一つ頼みたいんだけどさ、こいつの解読頼まれてくれ」
「…………………」
暫くの間、風の音と鳥のさえずりだけが辺りに聞こえた。
アリスはそんな魔理沙に笑顔を向けながらゆっくりと口を開いて言った。
「……こぉの、三流二色田舎魔法使いがあああぁぁっ!!!」
スパーーーンッ!!
言葉の最後に放たれたアリスと上海人形によるダブルストレートにより、魔理沙は遠くに輝く
星となった。その星が消えてからアリスは踵を返そうと身体の向きを変えようとした。
「待てっ!そこの凶悪人形遣いっ!」
「……? 凶悪人形遣いって、あたし?」
瞬間、アリスは横手からの声がに呼ぶ止められた。念のため声の方向に向いたアリスが目にし
たのは一人の変な少女の姿。というのも、下は漆黒のスカートに上は体のみボディスーツを包
んだこの少女は頭から大量の血を流していた。その背中には自分と同じくらいの風呂敷を背負
っており、そこからやけに長い棒が突き出たままになっている。
――また変な奴に会ったわねぇ。
アリスは少女に目を向けた事に心底後悔したのだった。
「ふふふ、『凶悪』で振り向くなんて少しは自覚があるってわけだな」
「っていうか、ここにあたし以外に人影が無いし、あたしが振り向いたのは『人形遣い』の
ところよ」
だが少女はあえて何事も無いかの如くにその言葉を無視してアリスをビシッと指さした。
「遂に見つけたぞ。あたしの家とそこにあった数々の物の恨み今こそ晴らしてやるっ!!」
「はっ!?何の事よっ!」
「問答無用!!貴様が『しゃんはい人形』ってやつがなによりの動かぬ証拠っ!!」
「ちょっ、一体何の事よっ!それ以前にあんた誰よっ!」
「あまぁいっ!先手必勝、敵に名を名乗る暇さえ惜しいっ!」
練成『フィスナー・ハマー・ハマード』
ゴォォオオンッ!!
森に新たな衝撃音が響くと同時にアリスも魔理沙に続き空の星と化すのだった。
* * *
「うぅむ。こいつはまた難物な書物だぜ」
魔理沙は箒に乗りながら先ほどアリスから貰った(?)本の中身をボォーと眺めていた。
初めて目にした時はそれ程でもなかったが、その本を開くとそこから感じられる魔力はかなりの
ものだと分かった。
「こいつを使えればまた新しい魔法を使えるかもしれないけどなぁ。えぇと、でるじぇんじ、う
ぃい あるふぃんち してぃ あんづ げんべんく?………さっぱり意味が分からねぇ」
「Derjenige, wer abдfft sich und Gedanke。我、思想を継ぐ者って意味だ、そいつは」
「んあっ?誰だ、お前?」
下からの声に振り向くと、そこには例の少女が木の上から魔理沙を見上げていた。
少女は木から身を離し魔理沙に断ってから本を取り上げると本の続きを読み上げていった。
「我、思想を継ぐ者なり。我が思想、それ即ち万物を生み出す絶対なる神の魔導。我、与えし力、
それ、つまり神の意思とせん。……こいつは錬金術を記した書物だな」
「お前、こいつを読めるのか?」
「まぁね。っと、こいつは返すな」
魔理沙は少女から本を受け取ったが、その瞳は目の前の少女に釘付けになっていた。
少女もすぐに去ろうとしたが、魔理沙のそんな様子に気が付いてかその場から動けずにいた。
「…何かまだ用、でも?」
「いやいや、どこの誰かも知らないが随分と博識な奴だな、って思ってよ」
「そ、そんなっ!博識なんてっ!それは単にあたしがその本の文字を中心とした研究をしていた
だけで、別にあたしが博識だからじゃないってっ」
そう言うも少女は満更でもないらしく、その頬は見て分かる程に紅潮していた。
――手応えありっ。
魔理沙は内心で含み笑いをしながらサラッと本題を告げるのだった。
「それ程の博識を持っていればきっと残りの文章を読むのもかなり簡単なんだろうな」
「いやっ、まぁ、これぐらいなら少し時間があれば全部解読出来るけど。……資料は家と一緒に
全部灰になっちまってるんだよなぁ」
一瞬は魔理沙の頼みに頷こうとした少女だったが、今の自分の状況を思い出すと僅かに顔を俯か
してしまった。
このままでは断られるかもしれない。
そう考えた魔理沙はある手段に出る事にした。
「んん、でもこの魔道書の内容も気になるしなぁ。……まぁ、いっか。んじゃ、ちょいと本を…」
恋符『マスタースパーク』
「行け、我が思考高きマスタースパーークッ!!」
「貸せ、ってみぎゃああああああああああ………!!」
ゴオオオォォォンッ!!
魔理沙の不意打ち的な魔砲の前に少女は間一髪のところで身を翻した。
その光線を目にした瞬間、少女の脳裏に先日の惨事が甦った。
が、その前に少女は魔理沙にどうしても言っておかねばならない事があった。
「何さらすんじゃあ、ゴラァッ!!」
「あ?いや、なかなか断りそうだったから気絶でもさせて家に連れて行こうかと…」
「あんなもん食らえば気絶どころか下手すれば絶命しちまうわっ!!」
魔理沙の何気無い返事に少女は悪鬼の如くに吼えた。
そして一息尽いてから、少女は背中の風呂敷から飛び出た棒を取り出しそれを力いっぱい振り下
ろした。
ブォンッ!
「うわっ!?なんだっ!?」
一瞬感じた殺気に後方へ下がった魔理沙の鼻先をかすめたのは一本の槍。
少女はその手に長細い柄を握り締め目の前の魔理沙へ睨みをきかせた。
「チッ。外したか」
「ちょっと待て。今の一撃は私の魔砲以上に絶命していたぞ」
「当たり前だ!絶命させるつもりの一撃だったからな」
「…………オイオイ。一体何の恨みがあって殺されなきゃいけないんだよ」
その言葉を待っていたとばかりに少女は槍の矛先を魔理沙の顔に向けた。
「くくく、貴様が与えた多くの屈辱。よもや、忘れたとは言わせないぞ」
「ああ?私はお前なんて初めて見たが…」
「ふっ。そんなに言うなら確たる真実を教えてやる。貴様、今から一週間前に森の中でさっきの
マスパースパークってやつを撃っただろう」
「…一週間前?」
魔理沙は少女の言葉通りその日の事を思い出してみたが、どの場面でも彼女は何かしらの理由で
マスパースパークを撃っていた。
「………ああ、一週間前と言わずにここ最近、ずっと撃っていたぞ」
「その内の一発があたしの家を消し灰にしたんだよっ!!だが、貴様への恨みはそれだけじゃない!
その後、金はほとんど研究に注ぎ込んじまったばかりで無一文だし、地下に隠していた非常食は
全部腐っていたし、毎夜毎夜妖怪達に追いかけられたり大変だったんだからな。それもこれも全
部お前のせいだっ!」
金が無かったのはどう考えても自業自得な気がしたし、非常食の腐りは保存の魔術をちゃんとして
いればどうとでもなる。夜の妖怪に追いかけられたのは単に夜に動かなければいい話。
最初の恨みについては確かに魔理沙に原因があったが、その他の出来事はほとんどが身から出た
錆と言えよう。
そう言おうとした魔理沙だったが、それよりも少女が先に動いていた。
「とにかくっ、貴様もあたしの錬金術の前に星と変せっ!!」
練成『フィスナー・ハマー・ハマード』
少女は手に持った槍に魔術を送ることで一瞬でそれは巨大な槌へと変わっていった。
少女は錬金術を用いる程度の能力を持った普通の人間の魔法使い。
彼女の手にかかれば材料さえあれば大抵の物を作る事が可能だ。
突然の鉄槌が出現に魔理紗が驚いている隙に少女はその距離を一気に詰めていった。
少女の獲物が魔理沙を捕らえる瞬間、その姿は下方へと消えてしまい、槌は惜しくも空を切る結果
となった。
「なっ!?外したっ?」
その瞬間、次は少女に隙が生じた。
魔符『ミルキーウェイ』
魔理沙の指先から生まれた星の川は瞬く間に巨大な激流となり少女に襲い掛かる。
だが少女はその力の流れの前に落ち着いた様子で槌を前にかざし、次なるスペルを発動させた。
「我、汝を使役せし者。其が契約従い、我意思を模りその思想を我に示せっ!」
練成『ヴォルコメン・アスウィタイズ・ワンドゥ』
槌は主人である少女の言葉に一度形を崩し、また新たな物へと姿を変えた。
次に作られたのは一枚の巨大な盾。これならいかなる攻撃も防げるだろうと誰もが思うだろう。
だが、ただ一人魔理沙だけは違っていた。
確かにそれは見た限りではとても強固な盾かもしれない。しかしそれは物理的な攻撃に対して
の話。彼女が今防ごうとしている魔法攻撃の前では物理的の防壁などほとんど無意味に等しい。
錬金術といっても所詮は造作ものか。
魔理沙があっけない勝負の結末に失笑を浮かべてる時に星の激流は少女を盾ごと呑み込んでい
った。
だが星が消えた後に魔理沙が見たのは同じ場所で憮然と留まる少女の姿だった。
――魔封じっ!
少女の作り出した盾の表面にはいつの間にか複雑な印が描かれていた。
その印は魔理沙の考え通り『魔封じ』を意味し、これにより魔理沙の攻撃はそのほとんどが無
効化となっていた。
「くくく、これで分かっただろっ!魔法使いであるお前がこのあたしに勝つなど不可能っ!こ
れで貴様の勝機はまさに皆無なわけだっ!さぁ、大人しく自分の罪を悔い改めなっ!!」
練成『ランゼ、ダァルチ・ディ・ダス・アールファスティック』
少女は片手で盾を持ったまま懐から数枚の鉄のコインを取り出すと、それは瞬く間に長身のラ
ンスへと姿を変えた。
自分の手に確かな重みを感じ取った少女は盾を構え、ランスを突き出す形で魔理沙に向けて突
進を仕掛けた。
魔法が効かない。
少女の言う通りあの盾がある限り少女への魔法攻撃は魔力の無駄使いにしかならないだろう。
だというのに、魔理沙はあえて両手を脇に構えて次なるスペルへの詠唱を行っていた。
――バカが。いくら魔法を使ったところで無駄だというのがまだ分からないのか。
少女がそんな魔理沙の様子に呆れてるところに魔理沙のスペルが完成した。
魔砲『ファイナルスパーク』
その瞬間、少女達を取り囲むあらゆる空間の法則、バランスが一つのスペルによってその全てに
狂いが生じた。
魔理沙の手から生まれた光、それは全ての理に終焉を運ぶ絶対の破壊の放流を意味する。
「っ!?」
同じ魔法使いである少女もその光の前には今までに無い危険性を感じ取ったようだ。
おそらくこの盾でも目の前の光線は防ぎ切れないと考えたのだろう。
少女は急いでランスと盾を開放して、それを要に最初の槍を作り出した。
錬禁術『ローサチリフ、ダス・ミィン・ゴッド』
少女は矛先を魔理沙に向けた状態で柄に乗り出すと、そのまま突貫をかけた。
神を意味する突撃。
その名の通り槍に乗った少女はこの瞬間、神速となって魔理沙へと進撃を行った。
神の一撃と化した少女か、全てに終を与える光線か。
その二つの力がぶつかった時、辺りの生える木々はそこから生まれた衝撃にその身を限界以上に
傾けるのだった。
そして二つのスペルが消えた後にそこにあった人影は一つだけだった。
* * *
「それで今回はなんとかあんたが勝ったわけだ」
「まぁ、私が本気を出せばこんなもんよ」
あれからしばらく経って、魔理沙は博霊神社の脇に建つ霊夢の家の縁側で寛いでいた。
「結局、今回はこっちにも批があったからあいつの家を建て直して必用な物もこっちで用意した
んだぜ。その時の代金は私が払ったんだから堪まったもんじゃないぜ」
「………フゥン」
魔理沙の愚痴に、霊夢は全く別の方向に視線を送りながら冷たく答えた。
「その上、、折角手に入れた魔法書も取られちまって、こっちは損ばかりだ」
「………フゥン」
「アリスの奴もあいつを責める前に私を責めるんだぜ。どう考えてもおかしいだろう、これは」
「………フゥン」
「というわけで、あれらの責任が私には全く無いのを理解してもらえると非常にありがたいんだ
が」
「………………」
その言葉に霊夢は今まで見ていた光景からギギギと音をたてながら魔理沙へと顔を向けた。
「で。結局のところ、何が原因でああなったのかしら」
霊夢の後に広がる光景。
そこは石の残骸と化した博霊神社の境内だった。
その原因は昨日、魔理沙と例の少女がここで闘ったためである。
帽子に隠れて見えないが、魔理沙の頭には霊夢による大きなたんこぶが今も存在する。
「昨日は話を逸らされたけど、今日こそは事情を聞かせてもらうわよ」
「…ああ、それは、だな…」
「見つけたぞっ!霧雨 魔理沙っ!!」
魔理沙の言葉を遮って現れたのは言わずと知れたあの少女。
その頭には魔理沙と同じ大きなたんこぶが見られる。
「今日こそどちらが真の魔女っ子かキッチリ決め付けてやるからなっ!覚悟しろ!!」
「…昨日もあんあ事を言っていたけど、あれはどういう意味なのかしら」
「なんでも例の本に最強の魔女の位に辿り着いた者は『魔女っ子』なんて称号が与えられるらし
くてな、私が一度あいつに勝っちまって『魔女っ子』の称号を取られたから、次はその上の『真
の魔女っ子』を手に入れるんだとよ」
「んで、それを決める闘いを何でウチでやるのかしら」
「いやな。あんな錬金術なんて危ない魔術をウチで使われたらかなりヤバイだろ」
博霊神社に霊夢の打撃音が響く中、少女は両手に槍を構えて高々と宣戦布告を行った。
「我が名はミリィ=ゼルトイグ。魔理沙っ!!今日こそはお前に勝ってみせるっ!!」
―了―