Coolier - 新生・東方創想話

「此の花咲く夜」

2005/08/05 20:17:43
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 ここは常夏の紅魔館。
 今日も天晴れ、日本晴れ。
 熱射病で昏倒した門番隊長を、部下達が湖に放り込むのも夏の風物詩。
 陽光で七色に輝く水飛沫を遠くに見て、ある氷精は独り、なつだわ~と思い返すのでした。
 
 そんな紅い館のある一室で。
「はいこれ、咲夜にあげるわ」

 定例の朝礼の後に、私の部屋に来てねと珍しく早く起床されたお嬢様に告げられ、何か失敗があったかしらと考え込みながら主の私室に入った蒼鬼のメイド長、十六夜咲夜は、わくわくした表情のレミリアから、その言葉と共に青地に白い花の絵柄の入った、布を折りたたんだ何かを手渡された。
 手に取り広げてみると、それは浴衣。
「ちょっと合わせてみてちょうだい」

 紅い瞳でじーっと見つめる主の目の前で、咲夜は緊張しながら、ぎくしゃくと襟元を合わせてみた。
 丈も袖も申し分無く彼女に合う様に採寸されている。
「良かった、丁度ぴったりで」

 お嬢様の顔に朱が指し、天使の様にほころんだ。
 つられて咲夜も頭に花が咲き天国に昇りかけたが、お嬢様に贈り物の真意をたずねる為に、茹で上がりかけた頭を現実へとジャックナイフターンで急旋回。
『紅魔館のメイド長たる者、何時如何なる時でも、華麗に瀟洒に完全でなくてはならない』と先代の紅鬼のメイド長の言葉を胸に秘め、ゆるみそうな顔を外面だけ引き締める。
 外面だけ。
「お嬢様からお召し物をいただけるのは光栄ですが、一体どうしてでしょうか? 」

 採寸から何もかも、自分の知らない所で手間暇かけて丁寧に作られたのは見ただけでわかる。
 だがこの館では、今まで夏だからといって制服が浴衣になるような事は無かった。
 もしやまた、知識人に無駄な知恵を仕込まれて、実は水に濡れると溶けちゃうのよその浴衣バンザーイ!! な、ドッキリ企画かと、様々な思惑が本人の意志に反して百面相に出てしまう咲夜に対して、主は静かに答えをもらす。
「咲夜」
「は、はい」 
 
 小さな紅い悪魔の少女は、目の前に立つ咲夜にすべる様に一歩近づいた。紅い眼を大きく見開き、その瞳には今も百面相を続けているメイド長が映りこむ。
「主が従者にプレゼントを贈るのはそんなにおかしいかしら。それになんだか貴方、色々心配そうな顔してるけど変な物は微塵も無いから安心しなさい」
「はあ」

 頭の中でハテナマークが輪を描き歯切れの悪い返事を返す、まるで飲み込みの悪い生徒の様なメイド長に対してレミリアはため息をつく。
「これは本当に貴方への贈り物よ。びっくりさせようと思って、生地の調達も裁縫も全て人間達の里で済ませて、こっそり取ってきたから。貴方に気付かれない様にね」
 
 この件について人里で平和的交渉が行われたのかどうかは、白澤の先生だけが知っている。
 ちなみに採寸はレミリアが直接、メイド長に抱きついたり、ぶら下がったり、だっこしたりして計ったと本人の口から聞かされた。
 道理で最近のお嬢様のスキンシップが、やけに熱く激しかった訳だとメイド長の心中は臨界点へ突入。
 あのチョークスリーパーもこの為だったのね、てっきり妹様のおやつのつまみ食いがばれたのかと思ったけど。
 だが、紅い少女はふくれっ面をしてぷいと横を向く。
「でも、咲夜は嬉しくなさそうだから霊夢にでもあげようかしら、ねぇ? その方がこの浴衣も喜ぶわね。きっと」

 今や主の関心を一心に受けまくっている、ある意味ライバルとも言える人物の名前を出されて咲夜は心も体も錐もみ失速急降下。
 それを横目で盗み見ながらレミリアは忍び笑いを浮かべる。ああ面白い。
「お嬢様!! その様な事この十六夜咲夜、全然、全く、一欠片も、微塵も、さっぱりありません。ああぁわたし、し・あ・わ・せ」

 いささか主すら引き気味になりそうなリアクションと共に、蒼のメイド長は突然復活した。
 心の中で葛藤の末、何が起きたのかは本人のみぞ知る。
 そして浴衣を抱きしめ恍惚の表情を浮かべる。子供が欲しかった玩具を手に入れた様に。
 その様子を満足そうに見ながらレミリアはつぶやいた。
「最初から素直に受け取ればいいのに」
 
 そして数十分後。

「お嬢様、こんな格好でこんな時間から、わたし困ります」
「別に良いじゃない、似合っているわよ本当に」
「部下達に見られます」
「私が許すわ、観念しなさい」

 紅魔館の大回廊、レミリアに手を引かれ口論と共に現れた蒼鬼のメイド長の姿に、仕事中の部下達の目は釘付けになり心を奪われた。
 
 銀の髪は三つ編みを解いて後ろ髪と共に結い上げられ、翡翠色の髪飾りがそれに花を添えていた。
 白い肌を引き立てる様な青い生地の浴衣に、山吹色の帯。
 足下は純白の足袋に赤い花尾の付いた履き物で飾られている。
 最も目を引くのは白い水仙の花をあしらった浴衣の模様。地の青を殺さず引き立てる様に彩りの調和を作り出していた。
 当の本人はうなだれていたが。
「咲夜、約束は守ってもらうわよ。ほらもっと胸を張りなさい」
「はい、お嬢様・・・・・・ 」

 意気消沈しながら咲夜はつぶやき、先刻の主との会話を思い出す。

『じゃ、今着てちょうだい』
『はい? 』
『私は今見たいの、着付けも私がしてあげる』
『へ? 』

 何処で身に付けたのか、あれよあれよと主にメイド服姿から浴衣姿に着せ替えされてしまい、夢見心地にうっとりとしていた咲夜は、レミリアの一言で現実に引き戻された。

『じゃあ、その格好で今日一日過ごしてね。約束よ、時を止めても無駄よ、今日一日なんだから』
『・・・・・・ 』

 お嬢様、最初からこれを狙っていたのですね。
 そんなに私を見せ物にして楽しいですか。ええ、楽しいでしょうね、そんなに邪気の無い眩しい笑顔を見せないでくださいな。
 やはりお嬢様は悪魔なのですね。
 でも。
 咲夜は心の中で拳を固く握りしめ突き上げる。
 私は、その悪魔の狗と恐れられし者、我が忠義の銀の剣は折れる事無し。お嬢様、咲夜は見事果たし尽くして見せますわ。
 意を決し胸を張る従者のそんな想いも知らず、幼い主は無邪気に彼女の手を引いて館中を練り歩く。得意満面の笑顔を浮かべながら。
 二人の通り過ぎた後には、館の住人でもある者達の羨望のため息やら何やらかにやらが漂っていた。

 ヴワル大図書館でパチュリー様に挨拶。
 リトルにも着せようかしらという魔女に、飛ぶと色々丸見えになりますよと心の中でツッコミを入れ。
 フランドール様の部屋にお食事を運び、レミリア様と3人で食事。
 妹様に咲夜きれいと言われた時はこそばゆくて堪らなかった。
 大食堂では皆の視線が特に痛かった。
 赤面しそうになる顔を無理矢理押さえつけていた反動で、食堂から出た後しばらく顔が引きつってしまった。
 その他館の様々な場所を主と共に見回り、時には部下に一声かけ、注意、指導する事も忘れない。
 咲夜は衣装は違えど普段のメイド長として、態度を崩さず堂々と、姫を守る騎士の如く館の中を歩み続ける。
 だが、本音は履き慣れない物のせいで足が痛い。特に足袋の金具が地味に痛い。 
 だが彼女は表情を崩さない、彼女の『完全で瀟洒』な矜持がそれを許さない、絶対にというかやけくそ気味に。
 結局、館の外に出る頃には既に日が暮れていた。
 夜空の星を見上げながら咲夜は一人思った。
 
 今後、館をむやみに広げるのは止めよう。歩き回るには十分広すぎる。
 
 そして、ようやくこの苦行じみた事から解放されるのかと一息付いたその時、主であるレミリアから更に追い打ちが入った。
「次は島の周りを散歩しましょう、ね」
「分かりました、お嬢様」

 まだ歩くのですね、いいでしょう、この咲夜何処までもお供致します。わたしは貴方の一番の従者なのですから。
 でもなるべく短めにお願いします。ホントに。

 島の外縁部にある大きな木の下で、二人は座りながら夜空を眺めていた。時折涼やかな風が吹き髪を揺らす。
 咲夜は木に背をもたれ、彼女の膝にはレミリアが乗っている。
 何時ものメイド長ならば、この状況はあまりにも美味しすぎた。
 力の限り抱きしめたいと思うのだが、その余力も今は無い。もはや精魂尽き果てた。
 とりあえず、これはこれで楽しもう。
 主の髪の香りを嗅ぎつつ彼女は正に至福の時を過ごしていた。
「咲夜」

 お嬢様の髪はジャスミンの香り。
「咲夜」

 お嬢様の体は柔らかで心地良い。
「咲夜、聞いてるの」

 お嬢様のお尻は・・・・・・ 。
「どんな感触? マシュマロかしら」
「はい、まさにそのとお・・・・・・ 、お、お嬢様、そんな不埒な事など」
「ふふ、まあ良いわ。だいぶ疲れているみたいだし」

 レミリアは咲夜の胸に、自分の頭をぐりぐりと押しつける。
「咲夜の胸の感触は・・・・・・ 」
「そこから先は後生ですから勘弁してください」

 泣きべそをかきかけているメイド長を間近に眺め、悪魔の少女は含み笑いを浮かべる。
 この娘にもこんな一面があると知ったら、皆驚くでしょうね。
 でも、この役得を得られるのは私だけ。主であるレミリア・スカーレットのみの物。

 薄い雲の向こうに、真円に少し欠けた月が見える。
 二人は静かにそれを眺め、穏やかな時を過ごしていた。
 咲夜は主の髪を時々指で梳きながら独り思う。
 今日は色々疲れたけど、とても良い夢が見られそう。
 明日からはまた何時もの自分に戻る。少し寂しい気もするけど、でもそれが本来の私だから。
 人間からも妖怪からも恐れられる、紅魔館のメイド長。それで十分。
「咲夜」
「何でしょうか、お嬢様」

 メイド長は遅滞なく主の問いかけに答える。
「今日はお疲れ様ね。私の我が侭に付き合ってもらって、感謝しているわ」
「もったいないお言葉、わたしの方こそ今までにない経験ができて感謝していますわ」

 しばしの沈黙の後、レミリアは淡々と語り出した。
「今日はね、私の思いつく限り咲夜に着飾ってもらって、私の館を貴方にじっくり見てもらいたかったの」
「どうしてでしょうか? 」

 従者の問いに主はクスリと笑い、言葉を続ける。
「貴方達が体を張って維持し続けているあの館、時々珍客が来て騒々しくなるけど、私は今の館をとても気に入っているわ」

 レミリアは、頭を傾け咲夜の目を見つめる。至近距離で目と目が合い、咲夜の頬が赤くなる。
「その館の一番の功労者は貴方よ」
「そんな事は・・・・・・ 」
「いいえ、魔の集いし紅き館で人間の身でありながら、それらを統べ」

 一呼吸置いて主はつぶやいた。
「時を停止させ寿命を自ら削り、献身する様なアンポンタンは貴方だけよ。咲夜」
「お嬢様!! 」

 身分の違いを忘れ反論しようとする従者の唇を、主は己の指で制する。
「黙って聞きなさい。貴方と初めて出会って館に連れ帰る時に、死にたがりの貧相な小娘に私はこう言ったわ。
『貴方はどんな花を咲かせるのかしら』ってね」

 咲夜は耳を傾ける。
 唇に押しつけられたレミリアの指は、昔と変わらず温かだった。
 雲の切れ目から、月の光が優しく紅き館を照らし出す。
「貴方は咲かせたわ、見事なくらい素晴らしい花を。だからもう、肩に力を入れすぎ無くても良いのよ」

 レミリアは体を向き直し、咲夜の耳元に口を近づけ密やかに囁いた。
「貴方は私の家族なんだから」

 レミリアの肩に、咲夜は顔を押しつける。主は逆らわずにその頭をそっと両の手で包み込んだ。
「お嬢様・・・・・・ 、しばらく、このまま」
「良いわよ、甘えんぼさん」

 月がまた雲の中に隠れ、薄闇の中、二人の影を見る者は存在せず、透き通る風だけが過ぎゆくのみ。
 幻想郷の夜は静かに。
 ただ静かに更けてゆく。

「終」

 

 まず最後まで読んでくれた方達に感謝を。バイクでこけて初めての骨折中の沙門です。咲夜さんに浴衣を着せたいな、とこんな話ができました。ご指摘、感想等いただけると幸いです。

元ネタ 紅薔薇姉妹。(ロサ・キネンシスとアンブトゥン)

05/08/06 夜中に目が覚めたので見直しして加筆、修正をしました。
沙門
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コメント



0.3040簡易評価
4.80SETH削除
らぶらぶ!らぶらぶ!微妙に壊れ気味な十六夜さんがw

荒ぶるマシンサイクロン!そんな時もあります、一刻も早い全快をお祈りします!
10.90シゲル削除
良い雰囲気♪
違う人たちも見てみたいですねぇ。

大丈夫でしょうか、早く治る事を祈ってます!
18.50K-999削除
 私の館を貴方にじっくり見てもらいたかった。そして同時に、自分の一番の従者で親友で家族である咲夜の着飾った姿がどれほど素晴らしいかを私の館の住人(家族)に見てもらいたかった、と勝手に考えてしまいました。

 しかし・・・しかしね。私はこんなストレートな百合はイマイチピンとこないんだーーーい! ギャグや、ほの百合ならまだしも! こんな勝手な意見は聞き流し承認!!

>頭に花が咲き天国に行きかけたが
 天国に逝きかけたが、のほうがモアベターであると愚考する。
19.90床間たろひ削除
あーなんかレミリアの咲夜への想いに不覚にも目頭が……
家族って良いですね。
20.80紅狂削除
タイトルと内容が綺麗に噛み合っていて実に素晴らしい良いお話でした。
そういえば木花之佐久夜昆賣の姉の石長昆賣は「月」を表すのでしたね。
白薔薇姉妹(幽×妖)や黄薔薇姉妹(騒霊orマヨイガ)とかも読んでみたいです。

それでは、沙門さんの一日も早い全快をお祈りしつつ、失礼いたします。
26.無評価沙門削除
 改めて読んで下さった方達に感謝の気持ちを送ります。左腕の骨折は大人しくしていれば手術しなくても一ヶ月で直ると言われました。右腕は無事なので皆さんのご厚意に応えるべく色々と鍛え頑張ります。

>SETH様
咲夜さんに浴衣を着せたい、着せたいと思っていたらL・O・V・Eな話になってしまいました。何故? なぜ? ナゼ。

>シゲル様
話が破綻していないか心配だったのですが、そう言ってもらえて安心しました。ご期待に添える様に頑張ります。

>K-999様
その様に考えてもらえて光栄です。『マリ見て』は全巻読んでいたので、ソフト百合かなーと思っていたのですがストレートでしたか。どの辺がボーダーラインなんでしょうね。有り難うございます。

>床間たろひ様
いつも感想有り難うございます。限りある寿命を時を止めるたびに確実にすり減らす咲夜さんに、「もっと気楽にしさい」と教えたいとお嬢様は思っているのではと、この様な話しになりました。

> 紅狂様
花映塚に合わせた話にしようかと題名、ネタ自体は6月位に考えてたんですが、自爆して落ち込んでいてもしょうがないと時節ネタに切り替えました。転倒した場所が堤防の上のカーブだったので、最悪白玉楼に逝ってもおかしくなかったんですが、バイクが自分を守ってくれた様です。愛車も出来る限り自分で直して、また走ろうと思います。 白薔薇姉妹は正にはまり役ですね。
38.100名前が無い程度の能力削除
――甘ッ!!
ちょうど今、こういう甘いのが読みたかったのです。ああ、身に沁みる。
沙門氏に最大限の感謝を。また勢い良く突っ走ってください。
41.無評価沙門削除
>名前が無い程度の能力様

 ご感想有難うございます。自分が作った作品に何かを感じて頂けたその言葉が、私に何時も力と勇気を与えてくれます。甘い話は正直苦手ですが、これからも足掻きながら頑張り続けます。しゅっ!!
50.40karukan削除
こういう話は好きです。完全で洒落な従者さんと永遠に紅い幼き月の関係は、きっと優雅なお茶会。でも、たまにはこんな日もありなのかなと。
51.無評価沙門削除
>karukan様

 ご感想有り難うございます。家の近くの水辺に蓮の群生地の様な所がありまして、今は開花時期らしく大輪の花達が見られます。蓮は穢れた泥の中から芽吹き、そして夜に優雅な花を咲かせると聞きました。
 咲夜さんの過去は不明な点が多々ありますが、今は幸せに暮らしているという願いが今回の話の根にあります。
 紅魔館だと英国式のお茶会になると思うので、咲夜さんがお茶の入れ方を覚える話も何時か書きたいです。謝々。
53.90鬼瓦嵐削除
ようやく蝦夷の地から帰ってきたら、こんなに良い作品が……。
沙門さん、このような作品をありがとうございます。
骨折という不幸に遭遇されたのは非常に残念なことですが、その治療に専念して、また素晴らしい作品を作り出されることに期待しています。

自分も何とか夏中に一つは良い作品を書くつもりです。非常におこがましいですが、これにて。
54.無評価沙門削除
> 鬼瓦嵐様

 北の大地はいかがでしたか。自分は病院で(検閲)色々と鍛えられたので、入院中に考えたネタを形に出来る様に頑張ります。ご感想有り難うございました。
76.90名前が無い程度の能力削除
自分的にどストライクだな~
いい咲×レミでした。
77.100名前が無い程度の能力削除
うひゃあああこ、このレミリア様はしゅご(ry

とりあえずごちそうさまでした。