最近、魔理沙の姿を見ない。
風邪でもひいたのだろうか?
まぁ、魔理沙には悪いが、神社が静かなのは良いことだ。
そう思いながら、一口お茶を飲む。
一人で飲むお茶は、なんだか味気なく感じられた。
一ヶ月経っても魔理沙は来なかった。
風邪にしては長い。もしや厄介な病気にでもかかっているのかもしれない。
心配になった私は、魔理沙の家に行ってみることにした。
「魔理沙ー?」
一応、中に入る前に声をかけてみる。
しばらく待ってみたが、返事はない。聞こえていないのだろうか?
鍵が閉まっていたので、帰ろうかとも思ったが、やはり心配だったので、中の様子だけでもみておくことにした。勝手に入っても問題ないだろう。
鍵の隠し場所は知っていた。以前魔理沙が教えてくれたから。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「霊夢、もし私がいない時に家に用事があったら、鍵はここにおいてあるからな」
「あら、いいの?私に教えちゃ隠す意味ないんじゃない?」
「霊夢だから教えるんだよ」
「え?それって……」
「私が忘れた時に覚えておいて貰わないと困るからな」
「……もう忘れたわ」
~~~~~~~~~~~~~~~~
その時のやり取りを思い出して、笑みがこぼれる。
なんだ、結局覚えているじゃないか。
家の中は静まり返っていた。
鍵がかかっていたのだから、留守だろうとは思っていたが、とりあえず呼んでみる。
「魔理沙ー?」
やはり返事はない。
全ての部屋を覗いてみたが、魔理沙はいなかった。
「どこ行っちゃったのよ……私に何も言わないで……」
不意に口から出た言葉に驚いた。
魔理沙が出かけるのにわざわざ私に声をかけるとは思えない。
そんなことはわかっているのに、魔理沙が私に何も言わずにいなくなったことが悲しかった。
自分達の間にはその程度の絆しかなかったのだろうか。
……そうだ、同じ森に住んでいるあの魔女なら、魔理沙がどこに行ったのか知っているかもしれない。
今、私はどうしても魔理沙に会いたかった。
神社で待っていた時は、そのうちまたひょっこり現れるだろうと思っていた。魔理沙がいなくなるなんて今まで考えたこともなかった。
私の隣に魔理沙が居る。それが、当たり前の日常。
でも、今、私の隣に魔理沙はいない。もしかしたらこのまま会えないんじゃないだろうか。
言いようのない不安が、私の胸を締め付ける。今まで感じたことのない気持ちだった。
人形遣いは、泣いていた。
理由は自分でもわからない。
ただ、人間の魔法使いにもう会えないであろう。ということが原因であることは知っていた。
魔理沙に、もう会うことが出来ないないとわかったとき、アリスの頬に、知らず涙が流れ、未だ止まらない。
理由はわからない。
自分はあいつを嫌っていたはずなのに、何故泣いているのか。
わからない。
わからないけど、涙が止まらない。
「アリス、いる?」
「!?」
知り合いの声が聞こえた。
紅白の巫女は、黒白の魔法使いと仲が良く、魔理沙が霊夢と一緒にいる所を見るたびに、アリスは苛立ちを感じていた。
自分が霊夢だったら、自然と魔理沙の近くにいられるのだろうかと、何度思ったかわからない。
……あぁ、そうか。そういうことか。苛立ちの正体は、嫉妬だったのだ。
そして、アリスは理解した。
魔理沙は自分にとって、『大切な人』だった。ということに。
今更になって気づいた。
涙が溢れてくる。もう、死ぬまで止まることはないだろう。
「……まさかアリスまで留守なのかしら」
ふと、考える。魔理沙とアリス、二人でどこかへ出かけているのではないかと?
そう考えると、また胸が苦しくなった。
「まさか。あの二人に限って一緒に出かけるなんて……」
言って、気づいた。いつぞやの月の異変の時、魔理沙はアリスと共にいたではないか。自分ではなくアリスを選んでいたではないか。
頭を振って考えを打ち消す。そんなはずはない、魔理沙はアリスより自分を好いていてくれるはずだ。
「……お邪魔するわよ」
霊夢は確かめるようにアリスの家の扉に手を伸ばす。
「ッ!?」
鍵が閉まっていた。
動悸が激しくなる。
「うそ、うそよ……」
普段なら、魔法使いと魔女が一緒に出かけるということが、おかしいとは思わない。
だが、あの二人に限って……という既成概念と、それなのに二人がいないという現実に、霊夢は冷静な思考能力を失っていた。
扉は弾幕に破壊された。
「アリ……ス?」
私はアリスをみつけた。
暗い部屋に一人で、ぼろぼろになって泣いている。
一目で、アリスの心が壊れているのがわかった。
「アリス!」
強く名前を呼ぶ。しかしアリスは顔をあげようとしない。
「しっかりしなさい!何があったの!?」
アリスの肩を掴み、強い口調で問い詰める。
「……」
アリスは顔を上げた。目はどこに焦点をあてているのかわからない。痩せこけた頬には骨が浮かんで見える。
表情なんてなかった。それでもアリスは泣いていた。
私は思わず息を飲んだ。
「魔理沙が……」
「え?」
アリスの口から、一番会いたい人の名前が発せられた。
「いなくなっちゃった」
「……どういう……こと?」
いない。確かに魔理沙はいなかった。
なぜアリスは泣いているの?
魔理沙はどこに行ったの?
心臓の鼓動が早鐘のように激しく鳴る。
「いないのよ、もう……会えないの」
アリスはその場に崩れ落ちた。
魔理沙への想いに気付き、そして魔理沙がいない。と、言葉にだして認めてしまった今、アリスの心を支えていたものは完全に壊れてしまっていた。
「何なのよ……どういうことよ……」
私の心は、嫌な予感に包まれた。
アリスは、もう何も言わない。まるで人形のように動かず、涙を流していた。
私は、アリスをベッドに運んで、睡眠効果のある札を貼ってやった。
先程は、アリスに嫉妬ともいえる感情を抱いていたが、今はこの少女に同情している自分がいた。この少女が、どれほど魔理沙を想っているのかわかってしまったから。
素直になれずに、自分の気持ちに嘘をつき続けた少女が、自分に重なって見えた。
「魔理沙……どこに、どこにいるのよ」
眠っていても、アリスの涙が尽きることはなかった。
【星・月】
星が視たいわけじゃないんだ。
私は、星を掴みたい。
いつだったか、魔理沙がそんなことを言っていた。
「何を馬鹿なこと言ってるのよ」
私はあきれて魔理沙を見た。
でも、魔理沙は真剣な顔で。
「手を伸ばせば届きそうなのに、実際には全然届かない遠い星」
そう言って私に向き直る。
「ただ、眺めているだけなんてつまらないだろ?」
その時、私はなんて答えたんだろう。
アリスの家を訪ねてから、三回目の朝を迎えた。
何か夢をみていた気がするが、思い出せない。
まだ、魔理沙の行方はわからない。
手がかりは何も見つからない。
唯一何かを知っていそうなアリスは、今はもう、壊れてしまった。痛々しくて、みていられなかった。
二日目は、紅魔館に行ってみた。魔理沙がよく会いに訪れるパチュリーにも話を聞いてみたが、やはり知らなかった。彼女も魔理沙を心配していたようで、一緒に探してくれるという。
もちろん、レミリアも咲夜も知らなかった。だが、私の顔をじっとみて、協力すると言ってくれた。
神社に帰ってから鏡をみた。ひどい顔だった。あのときのアリスほどではないにしても、明らかにやつれて、衰弱していた。
魔理沙がいないと気づいてから、まだたった二日だというのに、私は随分弱っていた。
一人が寂しいなんて、初めてだった。
「魔理沙……会いたいよ……」
その日は、一睡も出来ずに夜が明けた。
今日は、慧音のところに行く事にした。
そう、魔理沙の歴史を教えてもらえばいいと、何故今まで考え付かなかったのだろう。それほど、気が動転していたのか。
だが、私の心の奥で、何か、警報のようなものが鳴っているような気がした。
――キケン、キケン、ヒキカエセ――
何故?
――オマエノココロモコワレテシマウゾ――
……。
私は、何も気づかない振りをして、そのまま慧音のいる里へ向かった。
「霧雨魔理沙の歴史……か」
慧音は私をみて、複雑な顔をした。
「ちょっと前にも、同じことを聞きに来たやつがいた」
「……」
「そいつには教えてやったよ。だが、お前には教えられない」
慧音は目を逸らす。
「……どうして?」
「博麗の名を継ぐものは、幻想郷にとって欠いてはならない存在だ」
「……」
それは、そうなのだろう。
けれど――
「……どちらにしても、このままじゃ私は狂ってしまうわ。三日で限界だったもの」
そう、限界がきた。
もう耐えられなかったのだ。だから慧音のところにきた。
気が付かなかったのではない。怖かったのだ、真実を知るのが。だから無意識に避けていた。
アリスは、もう魔理沙に会えないと言っていた。
怖い。コワイ。こわい。
だけど、魔理沙がいなくなった理由が知りたい。
私に出来ることをしたい。何もしないのは嫌だ。
「そうか……そうだな。お前にとって霧雨魔理沙とは、博麗霊夢が博麗霊夢であることの何よりの証明であり、それでいてなお、博麗としてではない、ただの霊夢として在れる、唯一つの存在、なのだな」
慧音の言っていることは理解出来なかった。私が博麗であるために、魔理沙は関係ない。
博麗でない私なんていない。
「わからんか?それならそのほうがいいだろう」
そして、慧音は話してくれた。
「うそ……でしょう?」
「……真実だ」
魔理沙の歴史は消失していたという。
歴史の消失とはつまり、存在の消失。
信じられなかった。
――魔理沙が、もうこの世にいないなんて。
――うそでしょう?魔理沙?――
あれから三日が経った。
「魔理……沙……」
私は、壊れ始めていた。
魔理沙がいない世界。
魔理沙の笑顔のない世界。
生きることに意味を見出せなくなっていた。
慧音の言ったことが、今なら理解出来る気がする。
私が博麗霊夢として純然たる姿でいられたのは、魔理沙が私を必要としてくれたから。
私が博麗の名に縛られず、霊夢として生きていられたのは、私の魔理沙にむかって微笑む姿が、心からの自然な気持ちからくるものだったから。
そうして、私の笑顔に、太陽のような明るい笑顔を返してくれる。
「あ……」
その時、気付いた。
魔理沙の笑顔は、いつだって自分を信じてくれていたことを。
魔理沙がもし、今の自分と同じ状態になっても、あいつはきっと笑って私を信じてくれるだろう。
ずっと、いつまでも信じて待っていてくれるだろう。
「うん」
だから、私も笑うことにした。
「私も……信じるよ」
きっと……あなたが帰ってくるって。
いつまででも笑って待ってる。
十年でも、百年でも、たとえ幽霊になってでも、あなたの帰りを待ってる。
「大丈夫なのか?」
「ええ、もう大丈夫」
それから間もなくして、慧音がたずねて来た。
私の魔理沙との関わりの歴史を食うつもりだったらしい。
私が笑って出迎えたことに最初は驚いていた慧音だったが、その笑顔に偽りがないと知り、安心したようにため息を吐いた。
お茶を出そうとしたが、これからアリスの歴史を食わなければならないから。と言ってすぐに発とうとしていた。
「アリスの歴史……魔理沙が帰ってこない……って所までにしておいてあげて」
「何故だ?それでは結局は衰弱していくだけだ」
「魔理沙は、きっと帰ってくるわよ」
その笑顔は、信じたことに一片の疑惑も持たない、太陽の笑顔だった。
「……そうか、わかった」
(霧雨魔理沙……お前は、こんなにも大切に思われているのだな)
そんな人間が、思ってくれている人間に二度と会うことが出来ない。
(そんな歴史を、私は認めない。こんな歴史があってたまるか)
慧音は決意した。
霧雨魔理沙を絶対に博麗霊夢と再会させる。と。
アリスの歴史を食った後、消失の原因をすぐに調べてみた。
霧雨魔理沙の歴史はない。
だが、ここ一ヶ月の幻想郷の歴史を片っ端から見直せば、地歴として残る最後の魔理沙の行動地がわかる。そこから消失の原因を突き止められれば、何か方法が見つかるかもしれない。
紅魔館の歴史……ない。
永遠亭の歴史……ない。
白玉楼の歴史……ない。
慧音は寝る間も惜しんで歴史を探っていく。
迷い家……あった!!
~~~~~~~~~~~~~~~~
「外に出てみたい」
「……本気?」
「冗談でこんなこと言うと思うか?」
「あなたなら言うと思うけど」
「いや、まぁ」
「でも、今回は本気みたいね」
「あぁ、前から興味があってな」
「興味本位でいくと後悔すると思うわよ?」
「なぁに、人生勉強だぜ。それに、遠くから視ているだけじゃつまらないだろ?」
「なに、それ?」
「さてさて?これは私と霊夢、二人だけの秘密なんでね」
「お暑いことで」
「私はいつでも熱血だぜ?」
一ヶ月前、八雲紫は、霧雨魔理沙に結界の外の世界に行きたいと頼まれていた。
「その霊夢に頼めばいいじゃない?なんでわざわざ私の所まで」
それはもっともな疑問だった。
「いや~、ちょっと外のもんでも土産に引っ提げて驚かせてやろうかと思ってな」
「発想が子供ね~、無断で結界破ったなんて知れたら、たんこぶの一つどころじゃすまないわよ。きっと」
「そのときは精一杯謝れば許してくれるだろ、あいつも鬼じゃない。何もなけりゃいいんだよ」
「きっと何かやらかすと信じて疑わないわ」
「信頼に預かり光栄だぜ」
「……」
「……」
ふう、と、紫がため息を吐く。
「わかったわ。その代わり、私もついていかせてもらうわよ。見張りにね」
(ちょうどお酒もきれかけてたしね)
「おう、構わないぜ。じゃあ早速!!」
「慌てないでよ、色々準備しないと」
そして、黒白の魔砲使いと、スキマ妖怪は幻想郷を出たのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~
(まさか!?)
八雲紫の歴史……ない!消滅している。
幻想郷から消えた八雲紫と、霧雨魔理沙。
まさか、こんなことだったのか?
慧音の歴史とはすなわち幻想郷の歴史ということだ。
幻想郷から、姿を消せば、必然的にその歴史は消失する。
「まったく、人騒がせなやつらだな」
(ふふ)
喜べ、霊夢。
お前の信じた人間は、やはりお前の信じた通りのトラブルメーカーだったぞ。
「そう……よかった。よか……ったぁ」
慧音はすぐに事の次第を霊夢に話した。
霊夢は安心して力が抜けたのか、へなへなとその場にしゃがみ込んでしまった。
「お前達には悪いことをしたな。私がもっとよく調べていればいらぬ気苦労をかけずにすんだというのに」
「仕方ないわよ、そんなこと初めてだったんでしょう?」
「あぁ、もしまた同じことがあれば、私に言いに来てから出てほしいものだ」
二人、クスクスと笑う。それは久しぶりの、穏やかな時間だった。
「でも一月も何をやっているのかしら?――まさか向こうでなにかあったんじゃ」
途端に真っ青になる霊夢。
確かに一月は長い。
だが。
「わかっているだろう?霧雨魔理沙は博麗霊夢を残して決して死なない」
「……そうね、まったく……わかっていることなのに。取り乱してごめんなさい」
「いや」
(それだけ、お前は魔理沙の事を想っているのだろう?)
「では、私はこれで帰ろう、魔理沙が帰ってきたらいくつでもたんこぶをこしらえてやるといい」
「ええ、そうするわ」
それから更に数日が経った。
「魔理沙……いい加減帰ってきなさいよ」
(待っているほうの身にもなりなさい)
縁側でお茶をすする。
やはり一味足りない。
夜になった。空はあいにくの曇り空で、星は一つも見えなかったけれど、その闇夜が静かで、綺麗な夜だった。
ふと、思い出す。
いつだったか、神社に泊まった魔理沙につれられて、屋根の上から星を眺めたことがあった。
その時、魔理沙は言った。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「星が視たいわけじゃないんだ。私は、星を掴みたい」
~~~~~~~~~~~~~~~~
今聞いても馬鹿なことだと思う。
星というものがどれほど遠いところにあるか。
どれほど大きいものなのか。
あの黒白が、知らないはずはないのに。
でも、そこが魔理沙らしいと思う。
(諦めないんだろうな……)
星はでていないけれど、霊夢は屋根の上に上ってみた。
「星をつかむ……か」
しばらく、じっと空を眺めていた。
音のない夜。このまま目を瞑れば、瞬く間に深い眠りに誘われてしまいそうな、静かな夜。
その黒夜に、不意に何かが光った。
(星?)
しかし、夜を覆う雲は相変わらず鈍重な動きをしたまま、星の輝きを遮っている。
それは、みるみるうちに大きくなって――
「久しぶりだな、霊夢」
人の大きさになった。
本当に久しぶりに聞く、私の、愛する人の声。
「魔理沙……なの?」
「おいおい、そんな死人でも見るような目で人をみるなよ」
「……さ」
「ん?」
「魔理沙ぁぁぁーーー!!」
我を忘れて魔理沙に駆け寄る。
「うわ、おい、危な……」
忘れていた。ここが屋根の上だということを。そして、飛ぶ、という事を。
重力に逆らえない。飛び方がわからない。魔理沙が遠ざかる。――嫌だ。
――パシッ――
手に、暖かな感覚がある。
「なにやってんだよ、ほら、しっかりつかまれ」
魔理沙が、私の手を掴んでくれた。魔理沙の箒の後ろに引っ張り上げられて、離れかけた距離が、一瞬で縮まった。
初めて乗った。魔理沙の箒。何か大きな包みをぶら下げていた。
暖かい、魔理沙の背中。
無意識にギュッと抱きつく。
「……うっ、うう……ヒック……」
溜まっていた涙が、堰をきったように溢れ出す。
「……」
魔理沙は、黙って私が泣き止むのを待っていてくれた。
「落ち着いたか?」
「うん……」
魔理沙と一緒にお茶を飲んだ縁側。
今、私の隣にはまた魔理沙がいる。それだけのことだけれど、それが私の全てだった。
「ごめん……な……勝手にいなくなって」
「……な……こと」
そんなこと、今はどうでも良かった。魔理沙はやっぱり私の隣に帰ってきてくれたのだから。
「どうしても、外の世界に行って、欲しい物があったんだよ。そのせいで随分時間食っちまった」
そう言って魔理沙は箒に下げられていた包みを開いた。
中身は、なんだかよくわからない、丸が一杯ついたものと、四角い箱だった。
「プラネタリウム……だぜ」
知らない言葉だ。
「ちょっと部屋の中心にきてくれ」
魔理沙は立ち上がり、卓袱台の上に丸が一杯ついたものを置き、線で四角いものとつなげた。
「みてな」
丸が一杯ついたものをいじる。
すると――
「わぁ……」
「これを、見せたかったんだ」
丸が一杯ついたものから、無数の光が伸びる。
光は部屋の中に夜空を創った。
星がきらきらと輝く、星夜を。
「魔法……?」
「……そうだな、魔法だぜ、お星様を口説き落とすための……な」
魔理沙がニカッと笑う。
「お星様?」
「いつか言ったろ、霊夢。私は星を掴みたいんだ。遠くからみてるだけじゃなくて、この手で掴みたいんだ。霊夢、お前という星を」
「魔理沙……」
嬉しかった。魔理沙にそう言ってもらえたのが。
「なに言ってるのよ」
「だめ……か?霊夢」
魔理沙の大きな瞳が不安に揺れていた。
何を言っているんだか……
「星なら、さっき掴み取ったじゃない。その手で私の手、ちゃんと掴んでくれたじゃない」
「……あ」
さっき、魔理沙は私をちゃんと掴み取ってくれた。
離さないで傍にいてくれた。
もう、離せといわれても離せない。責任はちゃんと取ってもらわないと。
「私が星なら魔理沙は月ね」
「うん?」
しばらく星をながめていて、思った。
「だって、月はいつも星と一緒だもの」
魔理沙が、私と共にあるように。
月もまた、星と共にある。
「そうだな」
魔理沙がやさしく肩を抱いてくれた。
身を任せるように寄りかかる。
「星、ちゃんと視せてやれたぜ」
「え?」
「何だ、覚えてないのか?お前が言ったんだぜ。私は魔理沙と一緒に星がみられたら、それでいいって」
~~~~~~~~~~~~~~~~
「手を伸ばせば届きそうなのに、実際には全然届かない遠い星」
そう言って私に向き直る。
「ただ、眺めているだけなんてつまらないだろ?」
「私は魔理沙と一緒に星がみられるなら、それでいいわよ」
「恥ずかしいことをいうやつだな……よし!それなら私が星を集めて、お前に星夜をみせてやるよ」
「はいはい、期待して待ってるわ」
~~~~~~~~~~~~~~~~
そうだ、私はあの時――
「もしかして、魔理沙、この為に?」
天の星はないけれど、この部屋には、確かに星空が広がっていた。
「お星様に期待されちゃ、月としてはなんとしても叶えてやらなきゃな」
魔理沙は恥ずかしそうに目を逸らした。
その顔を無理やり私の顔に向き直らせる。
「ありがとう、魔理沙……」
――チュッ――
「お、おう」
真っ赤になって後ろを向く魔理沙。
可愛い可愛い、私の『大切な人』。
夜が明けた。
起きてすぐ、昨日の事は全て夢だったのではないかと不安になったが、魔理沙は私の横ですやすやと寝息をたてていた。安心した。
結局、昨夜はそのまま寄り添うように寝ていたらしい。
(朝ごはん……作ってあげよう)
「久しぶりだぜ、霊夢の飯は。やっぱいいもんだな、新妻は」
「新妻……って、ねえ」
(まぁ、悪い気はしないけどね)
「それを言うなら私もそうなるがな……御代わり」
「はいはい……ところで魔理沙」
「んー?」
「今日は迷惑かけた人達にきちんと謝りに行きなさいよ」
「んー」
「……わかってる?慧音やパチュリーなんて本当に心配してくれてたのよ」
「へえ、慧音がなぁ……わかったよ」
後は、アリス……。アリスにあったらどんな顔をすればいいのだろう。
「じゃあいってくるぜ」
「何言ってるのよ、私もついてくわ、魔理沙一人でちゃんと謝罪出来るか怪しいしね」
(本当は、一秒でも一緒にいたいだけなんだけど)
「霊夢……私が信じられないのか?私は悲しいぜ」
大げさによよよと泣く魔理沙を引きずって神社を出る。
紅魔館では、皆が喜んでくれた。
レミリアと咲夜は、美味しいクッキーをお土産にくれたし。
パチュリーは魔理沙に抱きついてしばらく離れようとしなかった。この時魔理沙の顔が少し嬉しそうだったので、館を出てから一発殴った。
八雲紫は疲れ果てて眠っていた。
どうも、プラネタリウムとやらを手に入れるため、魔理沙が無理をさせたらしい。
その式である藍に、丁重に謝罪した。だが藍は
「気にするな、紫様は、お前達の絆に感動しておられた。私は疲労困憊のくせにあんなに機嫌のいい紫様を見たのは、初めてだ。ありがとう」
と、逆に礼を言われてしまった。
慧音は笑って出迎えてくれた。
「何だ、結局たんこぶは一つにしたのか?」
「惚れた弱みってやつよ」
「その割には力いっぱい殴られた気がするがな」
魔理沙が後頭部を擦りながら恨みがましい目で睨みつけてきたが、無視した。
――そして
「アリスかぁ、あいつが私のために何かしたとは思えないんだがなぁ」
チクリと、胸がいたんだ。
魔理沙はアリスの気持ちを知らない。
「まぁいいか、アリスー、いるかー?」
慧音がアリスの歴史を食ってから、まだそう日は経っていない。だから今のアリスはまだ魔理沙がいなくなった事を知らない。
「何よ、うるさいわねえ」
アリスはさも迷惑そうに出てきた。しかし霊夢はその内に秘められた恋心を知っている。
「アリス、ちょっと」
「霊夢?何であなたがここに……」
「いいから。ちょっと話しておきたいことがあるの。魔理沙はここで待ってて」
「?」
アリスを連れて家の中に入る。
「何なんだ……?」
よくアリスの顔を見ると、まだ衰弱していた時の面影が見られた。
「で、話って何よ」
アリスが椅子に座ると同時に聞く。
「私は、魔理沙を愛しているわ」
「!?」
突然の告白。
アリスは驚きを隠せなかった。
「あ、愛してるって……ど、同姓同士でしょう!?」
「だから何?」
霊夢の言葉から、有無を言わせない強い決意が感じられた。
「何って……だって……」
「……あなたも、そうなんでしょう?」
(魔理沙を愛してる……?私が?)
「何言ってるの?そんなわけ……あんな、人の気持ちも考えずに、勝手に私の生活の中に入ってきて、勝手に私の本を持って行ったり、勝手に私が取っておいたケーキ食べちゃったり、勝手に……」
「……」
「勝手に、私の心に……住み着いて……」
……本当はわかっていた。自分は、いつの頃からか、魔理沙に友情の域を超えた感情をもっていたことを。
でも、認めたくなかった。それを認めてしまったら、自分は自分でいられなくなる。きっと魔理沙を見るたびに。
「でも、魔理沙は私を愛してくれているわ」
……それも、知っていた。
魔理沙は霊夢と一緒にいる時、時折とても幸せそうな顔をする。いつも魔理沙をみていたからわかる。私の前では、絶対にあんな表情はみせない。
「あなたは魔理沙を信じられなかった。そこが、私とあなたの、唯一にして、絶対な差」
「なんの……話?」
「いいえ、ごめんなさい。もういくわ」
この巫女も、実は魔理沙と同じくらい自分勝手なのかもしれない。
自分の言いたいことだけ言って、そのまま帰るなんて納得がいかない。
言われっぱなしで黙っていられるほど、アリス・マーガトロイドは『人間以外』ができていない。
立ち上がって、扉にむかって歩いていく霊夢に言い放つ。
「私は諦めないわ!!」
霊夢は振り向きもせず
「そう」
とだけ答えた。
扉を閉めた霊夢は、だれにいうでもなく、「それでいいのよ」とだけ呟いた。
「なんの話だ?」
家の外で待っていた魔理沙が聞いてくる。
「ん?恋のライバルの話」
「あー?」
魔理沙は目を白黒させていた。
そんな様子ですら可愛いと思ってしまうのも、惚れた弱みというやつだろうか。
ああ、そういえば
「魔理沙」
「なんだ?恋のライバルの話か?」
「お帰りなさい」
魔理沙は、一瞬きょとんとしたが、すぐにクックと笑い出して
「ただいま、霊夢」
と答えたのだった。
風邪でもひいたのだろうか?
まぁ、魔理沙には悪いが、神社が静かなのは良いことだ。
そう思いながら、一口お茶を飲む。
一人で飲むお茶は、なんだか味気なく感じられた。
一ヶ月経っても魔理沙は来なかった。
風邪にしては長い。もしや厄介な病気にでもかかっているのかもしれない。
心配になった私は、魔理沙の家に行ってみることにした。
「魔理沙ー?」
一応、中に入る前に声をかけてみる。
しばらく待ってみたが、返事はない。聞こえていないのだろうか?
鍵が閉まっていたので、帰ろうかとも思ったが、やはり心配だったので、中の様子だけでもみておくことにした。勝手に入っても問題ないだろう。
鍵の隠し場所は知っていた。以前魔理沙が教えてくれたから。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「霊夢、もし私がいない時に家に用事があったら、鍵はここにおいてあるからな」
「あら、いいの?私に教えちゃ隠す意味ないんじゃない?」
「霊夢だから教えるんだよ」
「え?それって……」
「私が忘れた時に覚えておいて貰わないと困るからな」
「……もう忘れたわ」
~~~~~~~~~~~~~~~~
その時のやり取りを思い出して、笑みがこぼれる。
なんだ、結局覚えているじゃないか。
家の中は静まり返っていた。
鍵がかかっていたのだから、留守だろうとは思っていたが、とりあえず呼んでみる。
「魔理沙ー?」
やはり返事はない。
全ての部屋を覗いてみたが、魔理沙はいなかった。
「どこ行っちゃったのよ……私に何も言わないで……」
不意に口から出た言葉に驚いた。
魔理沙が出かけるのにわざわざ私に声をかけるとは思えない。
そんなことはわかっているのに、魔理沙が私に何も言わずにいなくなったことが悲しかった。
自分達の間にはその程度の絆しかなかったのだろうか。
……そうだ、同じ森に住んでいるあの魔女なら、魔理沙がどこに行ったのか知っているかもしれない。
今、私はどうしても魔理沙に会いたかった。
神社で待っていた時は、そのうちまたひょっこり現れるだろうと思っていた。魔理沙がいなくなるなんて今まで考えたこともなかった。
私の隣に魔理沙が居る。それが、当たり前の日常。
でも、今、私の隣に魔理沙はいない。もしかしたらこのまま会えないんじゃないだろうか。
言いようのない不安が、私の胸を締め付ける。今まで感じたことのない気持ちだった。
人形遣いは、泣いていた。
理由は自分でもわからない。
ただ、人間の魔法使いにもう会えないであろう。ということが原因であることは知っていた。
魔理沙に、もう会うことが出来ないないとわかったとき、アリスの頬に、知らず涙が流れ、未だ止まらない。
理由はわからない。
自分はあいつを嫌っていたはずなのに、何故泣いているのか。
わからない。
わからないけど、涙が止まらない。
「アリス、いる?」
「!?」
知り合いの声が聞こえた。
紅白の巫女は、黒白の魔法使いと仲が良く、魔理沙が霊夢と一緒にいる所を見るたびに、アリスは苛立ちを感じていた。
自分が霊夢だったら、自然と魔理沙の近くにいられるのだろうかと、何度思ったかわからない。
……あぁ、そうか。そういうことか。苛立ちの正体は、嫉妬だったのだ。
そして、アリスは理解した。
魔理沙は自分にとって、『大切な人』だった。ということに。
今更になって気づいた。
涙が溢れてくる。もう、死ぬまで止まることはないだろう。
「……まさかアリスまで留守なのかしら」
ふと、考える。魔理沙とアリス、二人でどこかへ出かけているのではないかと?
そう考えると、また胸が苦しくなった。
「まさか。あの二人に限って一緒に出かけるなんて……」
言って、気づいた。いつぞやの月の異変の時、魔理沙はアリスと共にいたではないか。自分ではなくアリスを選んでいたではないか。
頭を振って考えを打ち消す。そんなはずはない、魔理沙はアリスより自分を好いていてくれるはずだ。
「……お邪魔するわよ」
霊夢は確かめるようにアリスの家の扉に手を伸ばす。
「ッ!?」
鍵が閉まっていた。
動悸が激しくなる。
「うそ、うそよ……」
普段なら、魔法使いと魔女が一緒に出かけるということが、おかしいとは思わない。
だが、あの二人に限って……という既成概念と、それなのに二人がいないという現実に、霊夢は冷静な思考能力を失っていた。
扉は弾幕に破壊された。
「アリ……ス?」
私はアリスをみつけた。
暗い部屋に一人で、ぼろぼろになって泣いている。
一目で、アリスの心が壊れているのがわかった。
「アリス!」
強く名前を呼ぶ。しかしアリスは顔をあげようとしない。
「しっかりしなさい!何があったの!?」
アリスの肩を掴み、強い口調で問い詰める。
「……」
アリスは顔を上げた。目はどこに焦点をあてているのかわからない。痩せこけた頬には骨が浮かんで見える。
表情なんてなかった。それでもアリスは泣いていた。
私は思わず息を飲んだ。
「魔理沙が……」
「え?」
アリスの口から、一番会いたい人の名前が発せられた。
「いなくなっちゃった」
「……どういう……こと?」
いない。確かに魔理沙はいなかった。
なぜアリスは泣いているの?
魔理沙はどこに行ったの?
心臓の鼓動が早鐘のように激しく鳴る。
「いないのよ、もう……会えないの」
アリスはその場に崩れ落ちた。
魔理沙への想いに気付き、そして魔理沙がいない。と、言葉にだして認めてしまった今、アリスの心を支えていたものは完全に壊れてしまっていた。
「何なのよ……どういうことよ……」
私の心は、嫌な予感に包まれた。
アリスは、もう何も言わない。まるで人形のように動かず、涙を流していた。
私は、アリスをベッドに運んで、睡眠効果のある札を貼ってやった。
先程は、アリスに嫉妬ともいえる感情を抱いていたが、今はこの少女に同情している自分がいた。この少女が、どれほど魔理沙を想っているのかわかってしまったから。
素直になれずに、自分の気持ちに嘘をつき続けた少女が、自分に重なって見えた。
「魔理沙……どこに、どこにいるのよ」
眠っていても、アリスの涙が尽きることはなかった。
【星・月】
星が視たいわけじゃないんだ。
私は、星を掴みたい。
いつだったか、魔理沙がそんなことを言っていた。
「何を馬鹿なこと言ってるのよ」
私はあきれて魔理沙を見た。
でも、魔理沙は真剣な顔で。
「手を伸ばせば届きそうなのに、実際には全然届かない遠い星」
そう言って私に向き直る。
「ただ、眺めているだけなんてつまらないだろ?」
その時、私はなんて答えたんだろう。
アリスの家を訪ねてから、三回目の朝を迎えた。
何か夢をみていた気がするが、思い出せない。
まだ、魔理沙の行方はわからない。
手がかりは何も見つからない。
唯一何かを知っていそうなアリスは、今はもう、壊れてしまった。痛々しくて、みていられなかった。
二日目は、紅魔館に行ってみた。魔理沙がよく会いに訪れるパチュリーにも話を聞いてみたが、やはり知らなかった。彼女も魔理沙を心配していたようで、一緒に探してくれるという。
もちろん、レミリアも咲夜も知らなかった。だが、私の顔をじっとみて、協力すると言ってくれた。
神社に帰ってから鏡をみた。ひどい顔だった。あのときのアリスほどではないにしても、明らかにやつれて、衰弱していた。
魔理沙がいないと気づいてから、まだたった二日だというのに、私は随分弱っていた。
一人が寂しいなんて、初めてだった。
「魔理沙……会いたいよ……」
その日は、一睡も出来ずに夜が明けた。
今日は、慧音のところに行く事にした。
そう、魔理沙の歴史を教えてもらえばいいと、何故今まで考え付かなかったのだろう。それほど、気が動転していたのか。
だが、私の心の奥で、何か、警報のようなものが鳴っているような気がした。
――キケン、キケン、ヒキカエセ――
何故?
――オマエノココロモコワレテシマウゾ――
……。
私は、何も気づかない振りをして、そのまま慧音のいる里へ向かった。
「霧雨魔理沙の歴史……か」
慧音は私をみて、複雑な顔をした。
「ちょっと前にも、同じことを聞きに来たやつがいた」
「……」
「そいつには教えてやったよ。だが、お前には教えられない」
慧音は目を逸らす。
「……どうして?」
「博麗の名を継ぐものは、幻想郷にとって欠いてはならない存在だ」
「……」
それは、そうなのだろう。
けれど――
「……どちらにしても、このままじゃ私は狂ってしまうわ。三日で限界だったもの」
そう、限界がきた。
もう耐えられなかったのだ。だから慧音のところにきた。
気が付かなかったのではない。怖かったのだ、真実を知るのが。だから無意識に避けていた。
アリスは、もう魔理沙に会えないと言っていた。
怖い。コワイ。こわい。
だけど、魔理沙がいなくなった理由が知りたい。
私に出来ることをしたい。何もしないのは嫌だ。
「そうか……そうだな。お前にとって霧雨魔理沙とは、博麗霊夢が博麗霊夢であることの何よりの証明であり、それでいてなお、博麗としてではない、ただの霊夢として在れる、唯一つの存在、なのだな」
慧音の言っていることは理解出来なかった。私が博麗であるために、魔理沙は関係ない。
博麗でない私なんていない。
「わからんか?それならそのほうがいいだろう」
そして、慧音は話してくれた。
「うそ……でしょう?」
「……真実だ」
魔理沙の歴史は消失していたという。
歴史の消失とはつまり、存在の消失。
信じられなかった。
――魔理沙が、もうこの世にいないなんて。
――うそでしょう?魔理沙?――
あれから三日が経った。
「魔理……沙……」
私は、壊れ始めていた。
魔理沙がいない世界。
魔理沙の笑顔のない世界。
生きることに意味を見出せなくなっていた。
慧音の言ったことが、今なら理解出来る気がする。
私が博麗霊夢として純然たる姿でいられたのは、魔理沙が私を必要としてくれたから。
私が博麗の名に縛られず、霊夢として生きていられたのは、私の魔理沙にむかって微笑む姿が、心からの自然な気持ちからくるものだったから。
そうして、私の笑顔に、太陽のような明るい笑顔を返してくれる。
「あ……」
その時、気付いた。
魔理沙の笑顔は、いつだって自分を信じてくれていたことを。
魔理沙がもし、今の自分と同じ状態になっても、あいつはきっと笑って私を信じてくれるだろう。
ずっと、いつまでも信じて待っていてくれるだろう。
「うん」
だから、私も笑うことにした。
「私も……信じるよ」
きっと……あなたが帰ってくるって。
いつまででも笑って待ってる。
十年でも、百年でも、たとえ幽霊になってでも、あなたの帰りを待ってる。
「大丈夫なのか?」
「ええ、もう大丈夫」
それから間もなくして、慧音がたずねて来た。
私の魔理沙との関わりの歴史を食うつもりだったらしい。
私が笑って出迎えたことに最初は驚いていた慧音だったが、その笑顔に偽りがないと知り、安心したようにため息を吐いた。
お茶を出そうとしたが、これからアリスの歴史を食わなければならないから。と言ってすぐに発とうとしていた。
「アリスの歴史……魔理沙が帰ってこない……って所までにしておいてあげて」
「何故だ?それでは結局は衰弱していくだけだ」
「魔理沙は、きっと帰ってくるわよ」
その笑顔は、信じたことに一片の疑惑も持たない、太陽の笑顔だった。
「……そうか、わかった」
(霧雨魔理沙……お前は、こんなにも大切に思われているのだな)
そんな人間が、思ってくれている人間に二度と会うことが出来ない。
(そんな歴史を、私は認めない。こんな歴史があってたまるか)
慧音は決意した。
霧雨魔理沙を絶対に博麗霊夢と再会させる。と。
アリスの歴史を食った後、消失の原因をすぐに調べてみた。
霧雨魔理沙の歴史はない。
だが、ここ一ヶ月の幻想郷の歴史を片っ端から見直せば、地歴として残る最後の魔理沙の行動地がわかる。そこから消失の原因を突き止められれば、何か方法が見つかるかもしれない。
紅魔館の歴史……ない。
永遠亭の歴史……ない。
白玉楼の歴史……ない。
慧音は寝る間も惜しんで歴史を探っていく。
迷い家……あった!!
~~~~~~~~~~~~~~~~
「外に出てみたい」
「……本気?」
「冗談でこんなこと言うと思うか?」
「あなたなら言うと思うけど」
「いや、まぁ」
「でも、今回は本気みたいね」
「あぁ、前から興味があってな」
「興味本位でいくと後悔すると思うわよ?」
「なぁに、人生勉強だぜ。それに、遠くから視ているだけじゃつまらないだろ?」
「なに、それ?」
「さてさて?これは私と霊夢、二人だけの秘密なんでね」
「お暑いことで」
「私はいつでも熱血だぜ?」
一ヶ月前、八雲紫は、霧雨魔理沙に結界の外の世界に行きたいと頼まれていた。
「その霊夢に頼めばいいじゃない?なんでわざわざ私の所まで」
それはもっともな疑問だった。
「いや~、ちょっと外のもんでも土産に引っ提げて驚かせてやろうかと思ってな」
「発想が子供ね~、無断で結界破ったなんて知れたら、たんこぶの一つどころじゃすまないわよ。きっと」
「そのときは精一杯謝れば許してくれるだろ、あいつも鬼じゃない。何もなけりゃいいんだよ」
「きっと何かやらかすと信じて疑わないわ」
「信頼に預かり光栄だぜ」
「……」
「……」
ふう、と、紫がため息を吐く。
「わかったわ。その代わり、私もついていかせてもらうわよ。見張りにね」
(ちょうどお酒もきれかけてたしね)
「おう、構わないぜ。じゃあ早速!!」
「慌てないでよ、色々準備しないと」
そして、黒白の魔砲使いと、スキマ妖怪は幻想郷を出たのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~
(まさか!?)
八雲紫の歴史……ない!消滅している。
幻想郷から消えた八雲紫と、霧雨魔理沙。
まさか、こんなことだったのか?
慧音の歴史とはすなわち幻想郷の歴史ということだ。
幻想郷から、姿を消せば、必然的にその歴史は消失する。
「まったく、人騒がせなやつらだな」
(ふふ)
喜べ、霊夢。
お前の信じた人間は、やはりお前の信じた通りのトラブルメーカーだったぞ。
「そう……よかった。よか……ったぁ」
慧音はすぐに事の次第を霊夢に話した。
霊夢は安心して力が抜けたのか、へなへなとその場にしゃがみ込んでしまった。
「お前達には悪いことをしたな。私がもっとよく調べていればいらぬ気苦労をかけずにすんだというのに」
「仕方ないわよ、そんなこと初めてだったんでしょう?」
「あぁ、もしまた同じことがあれば、私に言いに来てから出てほしいものだ」
二人、クスクスと笑う。それは久しぶりの、穏やかな時間だった。
「でも一月も何をやっているのかしら?――まさか向こうでなにかあったんじゃ」
途端に真っ青になる霊夢。
確かに一月は長い。
だが。
「わかっているだろう?霧雨魔理沙は博麗霊夢を残して決して死なない」
「……そうね、まったく……わかっていることなのに。取り乱してごめんなさい」
「いや」
(それだけ、お前は魔理沙の事を想っているのだろう?)
「では、私はこれで帰ろう、魔理沙が帰ってきたらいくつでもたんこぶをこしらえてやるといい」
「ええ、そうするわ」
それから更に数日が経った。
「魔理沙……いい加減帰ってきなさいよ」
(待っているほうの身にもなりなさい)
縁側でお茶をすする。
やはり一味足りない。
夜になった。空はあいにくの曇り空で、星は一つも見えなかったけれど、その闇夜が静かで、綺麗な夜だった。
ふと、思い出す。
いつだったか、神社に泊まった魔理沙につれられて、屋根の上から星を眺めたことがあった。
その時、魔理沙は言った。
~~~~~~~~~~~~~~~~
「星が視たいわけじゃないんだ。私は、星を掴みたい」
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今聞いても馬鹿なことだと思う。
星というものがどれほど遠いところにあるか。
どれほど大きいものなのか。
あの黒白が、知らないはずはないのに。
でも、そこが魔理沙らしいと思う。
(諦めないんだろうな……)
星はでていないけれど、霊夢は屋根の上に上ってみた。
「星をつかむ……か」
しばらく、じっと空を眺めていた。
音のない夜。このまま目を瞑れば、瞬く間に深い眠りに誘われてしまいそうな、静かな夜。
その黒夜に、不意に何かが光った。
(星?)
しかし、夜を覆う雲は相変わらず鈍重な動きをしたまま、星の輝きを遮っている。
それは、みるみるうちに大きくなって――
「久しぶりだな、霊夢」
人の大きさになった。
本当に久しぶりに聞く、私の、愛する人の声。
「魔理沙……なの?」
「おいおい、そんな死人でも見るような目で人をみるなよ」
「……さ」
「ん?」
「魔理沙ぁぁぁーーー!!」
我を忘れて魔理沙に駆け寄る。
「うわ、おい、危な……」
忘れていた。ここが屋根の上だということを。そして、飛ぶ、という事を。
重力に逆らえない。飛び方がわからない。魔理沙が遠ざかる。――嫌だ。
――パシッ――
手に、暖かな感覚がある。
「なにやってんだよ、ほら、しっかりつかまれ」
魔理沙が、私の手を掴んでくれた。魔理沙の箒の後ろに引っ張り上げられて、離れかけた距離が、一瞬で縮まった。
初めて乗った。魔理沙の箒。何か大きな包みをぶら下げていた。
暖かい、魔理沙の背中。
無意識にギュッと抱きつく。
「……うっ、うう……ヒック……」
溜まっていた涙が、堰をきったように溢れ出す。
「……」
魔理沙は、黙って私が泣き止むのを待っていてくれた。
「落ち着いたか?」
「うん……」
魔理沙と一緒にお茶を飲んだ縁側。
今、私の隣にはまた魔理沙がいる。それだけのことだけれど、それが私の全てだった。
「ごめん……な……勝手にいなくなって」
「……な……こと」
そんなこと、今はどうでも良かった。魔理沙はやっぱり私の隣に帰ってきてくれたのだから。
「どうしても、外の世界に行って、欲しい物があったんだよ。そのせいで随分時間食っちまった」
そう言って魔理沙は箒に下げられていた包みを開いた。
中身は、なんだかよくわからない、丸が一杯ついたものと、四角い箱だった。
「プラネタリウム……だぜ」
知らない言葉だ。
「ちょっと部屋の中心にきてくれ」
魔理沙は立ち上がり、卓袱台の上に丸が一杯ついたものを置き、線で四角いものとつなげた。
「みてな」
丸が一杯ついたものをいじる。
すると――
「わぁ……」
「これを、見せたかったんだ」
丸が一杯ついたものから、無数の光が伸びる。
光は部屋の中に夜空を創った。
星がきらきらと輝く、星夜を。
「魔法……?」
「……そうだな、魔法だぜ、お星様を口説き落とすための……な」
魔理沙がニカッと笑う。
「お星様?」
「いつか言ったろ、霊夢。私は星を掴みたいんだ。遠くからみてるだけじゃなくて、この手で掴みたいんだ。霊夢、お前という星を」
「魔理沙……」
嬉しかった。魔理沙にそう言ってもらえたのが。
「なに言ってるのよ」
「だめ……か?霊夢」
魔理沙の大きな瞳が不安に揺れていた。
何を言っているんだか……
「星なら、さっき掴み取ったじゃない。その手で私の手、ちゃんと掴んでくれたじゃない」
「……あ」
さっき、魔理沙は私をちゃんと掴み取ってくれた。
離さないで傍にいてくれた。
もう、離せといわれても離せない。責任はちゃんと取ってもらわないと。
「私が星なら魔理沙は月ね」
「うん?」
しばらく星をながめていて、思った。
「だって、月はいつも星と一緒だもの」
魔理沙が、私と共にあるように。
月もまた、星と共にある。
「そうだな」
魔理沙がやさしく肩を抱いてくれた。
身を任せるように寄りかかる。
「星、ちゃんと視せてやれたぜ」
「え?」
「何だ、覚えてないのか?お前が言ったんだぜ。私は魔理沙と一緒に星がみられたら、それでいいって」
~~~~~~~~~~~~~~~~
「手を伸ばせば届きそうなのに、実際には全然届かない遠い星」
そう言って私に向き直る。
「ただ、眺めているだけなんてつまらないだろ?」
「私は魔理沙と一緒に星がみられるなら、それでいいわよ」
「恥ずかしいことをいうやつだな……よし!それなら私が星を集めて、お前に星夜をみせてやるよ」
「はいはい、期待して待ってるわ」
~~~~~~~~~~~~~~~~
そうだ、私はあの時――
「もしかして、魔理沙、この為に?」
天の星はないけれど、この部屋には、確かに星空が広がっていた。
「お星様に期待されちゃ、月としてはなんとしても叶えてやらなきゃな」
魔理沙は恥ずかしそうに目を逸らした。
その顔を無理やり私の顔に向き直らせる。
「ありがとう、魔理沙……」
――チュッ――
「お、おう」
真っ赤になって後ろを向く魔理沙。
可愛い可愛い、私の『大切な人』。
夜が明けた。
起きてすぐ、昨日の事は全て夢だったのではないかと不安になったが、魔理沙は私の横ですやすやと寝息をたてていた。安心した。
結局、昨夜はそのまま寄り添うように寝ていたらしい。
(朝ごはん……作ってあげよう)
「久しぶりだぜ、霊夢の飯は。やっぱいいもんだな、新妻は」
「新妻……って、ねえ」
(まぁ、悪い気はしないけどね)
「それを言うなら私もそうなるがな……御代わり」
「はいはい……ところで魔理沙」
「んー?」
「今日は迷惑かけた人達にきちんと謝りに行きなさいよ」
「んー」
「……わかってる?慧音やパチュリーなんて本当に心配してくれてたのよ」
「へえ、慧音がなぁ……わかったよ」
後は、アリス……。アリスにあったらどんな顔をすればいいのだろう。
「じゃあいってくるぜ」
「何言ってるのよ、私もついてくわ、魔理沙一人でちゃんと謝罪出来るか怪しいしね」
(本当は、一秒でも一緒にいたいだけなんだけど)
「霊夢……私が信じられないのか?私は悲しいぜ」
大げさによよよと泣く魔理沙を引きずって神社を出る。
紅魔館では、皆が喜んでくれた。
レミリアと咲夜は、美味しいクッキーをお土産にくれたし。
パチュリーは魔理沙に抱きついてしばらく離れようとしなかった。この時魔理沙の顔が少し嬉しそうだったので、館を出てから一発殴った。
八雲紫は疲れ果てて眠っていた。
どうも、プラネタリウムとやらを手に入れるため、魔理沙が無理をさせたらしい。
その式である藍に、丁重に謝罪した。だが藍は
「気にするな、紫様は、お前達の絆に感動しておられた。私は疲労困憊のくせにあんなに機嫌のいい紫様を見たのは、初めてだ。ありがとう」
と、逆に礼を言われてしまった。
慧音は笑って出迎えてくれた。
「何だ、結局たんこぶは一つにしたのか?」
「惚れた弱みってやつよ」
「その割には力いっぱい殴られた気がするがな」
魔理沙が後頭部を擦りながら恨みがましい目で睨みつけてきたが、無視した。
――そして
「アリスかぁ、あいつが私のために何かしたとは思えないんだがなぁ」
チクリと、胸がいたんだ。
魔理沙はアリスの気持ちを知らない。
「まぁいいか、アリスー、いるかー?」
慧音がアリスの歴史を食ってから、まだそう日は経っていない。だから今のアリスはまだ魔理沙がいなくなった事を知らない。
「何よ、うるさいわねえ」
アリスはさも迷惑そうに出てきた。しかし霊夢はその内に秘められた恋心を知っている。
「アリス、ちょっと」
「霊夢?何であなたがここに……」
「いいから。ちょっと話しておきたいことがあるの。魔理沙はここで待ってて」
「?」
アリスを連れて家の中に入る。
「何なんだ……?」
よくアリスの顔を見ると、まだ衰弱していた時の面影が見られた。
「で、話って何よ」
アリスが椅子に座ると同時に聞く。
「私は、魔理沙を愛しているわ」
「!?」
突然の告白。
アリスは驚きを隠せなかった。
「あ、愛してるって……ど、同姓同士でしょう!?」
「だから何?」
霊夢の言葉から、有無を言わせない強い決意が感じられた。
「何って……だって……」
「……あなたも、そうなんでしょう?」
(魔理沙を愛してる……?私が?)
「何言ってるの?そんなわけ……あんな、人の気持ちも考えずに、勝手に私の生活の中に入ってきて、勝手に私の本を持って行ったり、勝手に私が取っておいたケーキ食べちゃったり、勝手に……」
「……」
「勝手に、私の心に……住み着いて……」
……本当はわかっていた。自分は、いつの頃からか、魔理沙に友情の域を超えた感情をもっていたことを。
でも、認めたくなかった。それを認めてしまったら、自分は自分でいられなくなる。きっと魔理沙を見るたびに。
「でも、魔理沙は私を愛してくれているわ」
……それも、知っていた。
魔理沙は霊夢と一緒にいる時、時折とても幸せそうな顔をする。いつも魔理沙をみていたからわかる。私の前では、絶対にあんな表情はみせない。
「あなたは魔理沙を信じられなかった。そこが、私とあなたの、唯一にして、絶対な差」
「なんの……話?」
「いいえ、ごめんなさい。もういくわ」
この巫女も、実は魔理沙と同じくらい自分勝手なのかもしれない。
自分の言いたいことだけ言って、そのまま帰るなんて納得がいかない。
言われっぱなしで黙っていられるほど、アリス・マーガトロイドは『人間以外』ができていない。
立ち上がって、扉にむかって歩いていく霊夢に言い放つ。
「私は諦めないわ!!」
霊夢は振り向きもせず
「そう」
とだけ答えた。
扉を閉めた霊夢は、だれにいうでもなく、「それでいいのよ」とだけ呟いた。
「なんの話だ?」
家の外で待っていた魔理沙が聞いてくる。
「ん?恋のライバルの話」
「あー?」
魔理沙は目を白黒させていた。
そんな様子ですら可愛いと思ってしまうのも、惚れた弱みというやつだろうか。
ああ、そういえば
「魔理沙」
「なんだ?恋のライバルの話か?」
「お帰りなさい」
魔理沙は、一瞬きょとんとしたが、すぐにクックと笑い出して
「ただいま、霊夢」
と答えたのだった。
アリスにとどめを刺す霊夢が何気に鬼ですねぇ…女ってコワイヨネ(棒読み
名前が無い程度の能力様>東方な夢……羨ましい……。
名無し毛玉様>そういえばそうですネ、霊夢は現実主義者だと思います(笑
あまり百合って好きじゃないけど、こんだけストレートに「好き」と
言い切られちゃ認めるしかないですね。
霊夢もアリスも頑張れ。
恋破れたその日には、俺がこの胸で慰m(ムソーフーイン&アーティフルサクリファイス)