<紅魔館>
「だからって、ノーパンはどうかと思うのよ」
時は夕食時。
例え主が小食であろうとも、働く者達にとっては何の関係も無い。
身体を動かせば腹が減るのは道理だ。
故に、紅魔館従業員食堂は、本日も満員御礼である。
さて、先程の食事時に似つかわしいとは言い難い発言は、我らがメイド長、咲夜が放ったものだった。
幸いというべきか、直ぐに周囲の喧騒に掻き消されたため、耳にしたものは前に座る人物ただ一人。
「でも、お陰で私は快食快眠、健康そのものですよ?」
その人物……美鈴が、勢い込んで言葉を返す。
右手にはラーメンと箸、左手には炒飯とレンゲ。正面には餃子。
そんなお約束のラインナップだから中国って呼ばれるんじゃないのか。
等と思わない事も無かったが、突っ込む事はしない。
それが彼女の生きる道なのだろう。と思っていたから。
「お陰って言っても、貴方が不健康だった試しなんて無いじゃないの。
効果とやらも疑わしいもんだわ」
「……まぁ、それもそうですけど」
「そんな名残惜しそうな目で見ないの。やらないったらやらないの」
「ちぇー」
いかにも残念といった態で引き下がると、豪快にラーメンを啜り始めた。
成る程、確かに快食であろう。
咲夜は些かうんざりした様子で、サンドイッチをつまむ。
夕食にしては、いかにも軽いメニューであったが、今の咲夜にはこれが精一杯だった。
理由は推して知るべし。
「あ、花子だ」
「!?」
実にタイミング良く、理由が姿を見せた。
数名のメイド達と談笑しつつ、順番待ちに入る姿は実に自然であり、
何時の間にか、職場の雰囲気に馴染みつつある事が伺えた。
とは言え、周囲の連中は知らないのだろう。
この後、起こる筈の悲劇を。
「美鈴。私の勘が告げているわ。数分後、ここは沈黙に包まれる、と」
「へ? 突然何を言い出すんですか。 まさか時間を止めるとかそういうオチじゃ無いですよね?」
「違うわよ。……まぁ、見ていれば分かるわ」
「???」
数分後。
咲夜の予想は、見事に的中した。
食堂を包んでいるのは、沈黙。
ただ、かちゃかちゃという金属の当たる音と、僅かな咀嚼音のみが響き渡っていた。
「……あの、おかわり良いですか?」
「い、いや、良いけどさ。あんたまだ食べるの?」
「ええ、済みません。お腹空いちゃって……」
幽々子の周囲に積み上げられた無数の皿、皿、皿。
圧倒されたのか、食欲を失ったのか、同席しているメイド達の手は止まったままである。
傍目には決してむさぼり食べるといった様子ではなく、むしろ上品といっていい食の進め具合なのだが、
不思議なことに、料理はガンガンと減って行く。
実にミステリーだ。
いかなる名探偵を呼んでこようが解決不能であろう。
「あのー、咲夜さん。さっき花子の事を、ただの大喰らいって言ってましたよね?」
「……ええ」
「アレって、『ただの』で済ませて良いレベルじゃ無いと思うんですけど」
「……訂正するわ。桁違いの大喰らい。よ」
思わず咲夜は頭を抱えた。
元々少なかった食欲は、とうにゲージを振り切ってマイナスへと転じている。
以前、妖夢から、白玉楼の財政状況について少し聞いたことがあった。
曰く、エンゲル係数は80%を越えている、と。
その時は冗談と思っていたのだが、この様子を見る限りだと、むしろ控えめに言っていたのだろう。
ともあれ、これは脅威だ。
このペースで食べ続けられては、人手不足以前に、食糧難に陥りかねない。
「はぁ……ごちそうさま」
深い、深いため息を付きつつ、席を立つ咲夜。
ストレスの余りか、今日一日だけで相当量の白髪が誕生していたのだが、
元々銀髪なので周囲は愚か、本人も気が付いていなかった。
食堂から出る間際、もう一度視線を送ってみると、
今だペースを落とす事無く食を進める幽々子の姿が映った。
「(明日からおかわり制限を出しましょう……
まったく、どこまで期待を裏切らない奴なのよ)」
<白玉楼>
「(……悪い意味で、どこまでも期待を裏切らない子ね……)」
時を同じくして、八雲さん家の紫さんは、心の奥底で深いため息を付いた。
視線を上げると、最初に飛び込んでくるのは、どこまでも無垢な妖夢のニコニコ笑顔。
食卓に並べられたるは、料理の山、山、山。
ヘイ、ヨーム。今日は誰のバースディバーティーだい? と問いかけたくなる光景だ。
恐らくは先程の発言。『私を幽々子と思いなさい』が原因なのだろう。
しかし、しかしである。
だからといってコレは無いんじゃないか。
冬眠前でも無いのに、一体どうやってこれだけの量の食物を摂取せよと言うのか。
平時の紫は、至って普通の食欲しか持ってはいないのだ。
……だが、それでもやるしかない。
自分から言い出した事だ。初っ端から妖夢の期待を裏切ってはいけない。
「(そう、私は八雲紫ではなく西行寺幽々子……! この程度の量なんて文字通り朝飯前!
さあ喰らうのよ! メイショウオウドウ……じゃなくて怒涛の如く! ゆかりんファイトッ!)」
「……」
「……」
「……」
「(無理!)」
紫の決意は数秒で吹き飛んだ。
助けを求めるように視線を横へ動かす。
「……」
「……」
長きに渡り苦楽を共にした筈の式は、阿吽の呼吸で視線を明後日の方向に逸らした。
要するにシカトだ。
流石である。
「(コンチクショウめ……狐だけにコン畜生?
ああっ! やめて山田君! この座布団だけは堪忍して!
ウチには貴方ほどじゃないけど、育ち盛りの式が待っているの! お願い!)」
妄想で必死に座布団争奪戦を繰り広げる紫。
どうやら動揺が脳内にまで及んでいる模様である。
当然、脳内なので誰も突っ込めない。
どこまでも不憫かつ不毛だ。
「うう……」
勝ったのか負けたのかは分からないし分かりたくもないが、とりあえず決着が着いたのか、
頭をぶるぶると振ると、視線を反対方向へと向ける。
「……」
「……」
それなりに苦楽を共にした気がする程度の式の式は、期待に満ち満ちた表情で、真っ直ぐに視線を送っていた。
『流石紫様だ。冗談みたいな量の料理だが何ともないぜ』という心の声がビンビンと伝わってくる。
「(や、やめて橙! そんな目で私を見ないで!
無理! 無理なのよ!
私は、八番煎じの白湯と区別の付かないようなお茶を入れては、
こんなものが飲めるか! とひっくり返すのが趣味のしがないスキマ妖怪でしかないのよ!)」
心情に呼応したかのように、頭の紙冠はへにょりと垂れ下がり、見える文字はPSからOSに変わっている。
一文字足りない気もするが、状況的にはブルーバックなので問題は無い。
「あの、紫様。どうしました?」
「え、いや、あの、うん……」
一向に箸を付けようとしない紫に不安を感じたのか、戸惑いがちに妖夢が問いかける。
一点の曇りもないその瞳から、別段紫を困らせるつもりでやっている訳で無いことが分かる。
だからこそ余計に性質が悪いのだが。
「……」
「……」
「……」
「……」
前門の妖夢に、後門の橙。
頼みの綱だったはずの藍は、大絶賛逃亡中。
紫の進退はここに窮まった。
「……あら美味しそう! 流石は妖夢ね! なんだか見ているだけでお腹一杯になりそうだわ!」
それでも紫は逃げた。
例えそれが蜘蛛の糸より細く、蜘蛛の糸より複雑な道であろうとも。
「有難う御座います、今日のは自信作なんです。でも、食べるともっと美味しいと思いますよ?」
「そ、そうね。じゃあ……頂きますッ!」
綺麗さっぱり逃げ道を潰された紫は、やけっぱちの突貫に出た。
残機はゼロ。ボムもゼロ。
頼れるのは己が胃袋のみのデスマッチが、ここに始まった。
「紫様も無茶しますね」
「分かってやってたのか……」
積み上げられた大量の皿を、二人並んで洗う妖夢と藍。
例の紫はというと、だらしなく横になり、お腹をさすりつつ、うんうんと唸っている。
そこをチャンスと見たのか、橙が紙冠の文字をプレイディアと書き換えていた。
世も末だ。
「あ、いえ、つい、いつもの調子で作っちゃって……まさか全部食べて頂けるとは思いませんでしたけど」
「あの方も意固地な所があるからなぁ」
「でも、嬉しかったですよ」
「……そうか」
藍は手を動かしつつ、ちらりと妖夢の横顔を伺う。
大量の皿洗いも、楽な仕事では無いだろうに、表情からは微塵の不満も見えない。
今の言葉も素直な心情の表れなのだろう。
本当に良い子だ。
あの幽々子の元で、よく捻くれずに育った物だと、思わず感心する。
と同時に、おさんどん根性が強固に身に付いてしまっている事を些か不憫にも思う。
妖夢はまだ若い。
終身名誉おさんどんとなるのは、自分くらい生きてからで十分だ。
「妖夢。後は私がやっておくから、先に風呂にでも入ってこい」
「え、でも……」
「いいから気にするな。私たちがいる間は、お前が客人だ」
「は、はぁ」
それは何か違うんじゃないか。と思わないでもなかったが、好意の言である事は妖夢にも理解できた。
「分かりました。では、後はお願いします」
「ああ、任せておけ」
藍は、ぐっ、と親指を立てて返した。
……妖夢の去った後で、少し大袈裟だったと赤面するのだが。
風呂である。
誰が何と言おうが風呂である。
まかり間違っても副露ではない。
住人が二人しかいないにも関わらず、白玉楼の浴場は広大であった。
もっとも、元々大人数が住み込む事を前提とした作りなので、当然とも言えるのだが。
ともあれ、今その恩恵に預かれる人物は、ごく少数である。
「ぷーりきゅーあーぷーりきゅーあー」
広い湯船の中心で、愛を叫ばずに歌を唄う妖夢。
相変わらず選曲が微妙であるが、誰も突っ込まないのを良い事に、大音量で熱唱する。
が、その時。
「ご機嫌ねぇ」
「!?」
にゅっ、と頭上に出現したるスキマ。
デジャヴを感じつつも、本能に身を任せ、飛び出た頭を引っ掴もうと試みる妖夢。
しかし、その手は空しく空を切った。
「ふふ、二度同じ手を食う程、私は愚かじゃないわよ?」
いつの間に転移したのか、頭上ではなく真正面から姿を見せる紫。
当然ではあるが、一切の衣服を身に着けていない。いわゆるマッパである。
一人コンサートを聞かれたのが恥ずかしいのか、妖夢は顔を真っ赤にして抗議に走らんとするが、
視線を紫へと向けた途端に、ピタリと硬直した。
「(え? 何これ? 中華まん? マスクメロン? え? あれ?)」
動揺を全身で表しつつ、視線を前方と下方に忙しく往復させる。
自分に備わっているものと、紫のものが同一の名称で呼ばれているという事実が、どうにも理解出来ないのだ。
それは、胸……有体に言ってしまえば、おっぱい。
紫のそれは、まっこと素晴らしきビッグウェポンであった。
幽々子と比較してみても、同等かそれ以上の破壊力である。
視線を察知したのか、紫はにっこりと微笑むと、
「大丈夫、大丈夫。その内おっきくなるわよ」
等と、聞いてもいないのに答えた。
しかもそれは、普段幽々子に言われるのと、寸分違わず同じ台詞だった。
もっとも、最初に言われてからまるで成長した記憶が無いのだが。
「そ、そんな事気にしてません! というか突然何ですか! 食べすぎでダウンしてたんじゃなかったんですか!」
「あら、やっぱり自分でもやりすぎたと思ってたのね」
「あ、うー……」
見事に墓穴を掘った妖夢が、ぶくぶくと顔を沈める。
ある意味、幽々子以上の難敵である紫に、心理戦で勝てる道理など無いのだ。
ニコニコと笑みを浮かべては、湯船に浸かる紫に対し、妖夢は反射的に距離を置く。
「……」
すかさず紫は距離を詰める。
「……」
妖夢が離れる。
「……」
紫が近付く。
「……」
離れる。
「……」
近付く。
「……」
離れる。
紫は両手で顔を覆うと、しくしくと泣き出した。
「ぐすっ……私の事嫌いなの?」
どう見ても嘘泣きとしか思えない、わざとらしい仕草なのだが、
妖夢にはそれを見抜ける程の眼力が備わっていなかった。
「あ、あの、いえ、そ、そういうつもりでは……」
「なら、どうして逃げるのよ」
「え、えーと、その、何だか、気恥ずかしいというか……」
その言葉に嘘は無い。
女性としての特徴を究極の域にまで高めた感のある紫の肢体を見ると、どうしても気後れしてしまうのだ。
つい、自分の身体を見てしまう。
「……」
そして、後悔した。
「だーかーらー、貴方くらいの歳で気にするような物じゃないって言ってるでしょうに」
いささか呆れ気味に言い放つ紫。
いつの間に持ち出したのか、酒を口へと運びながらである。
ここが露天風呂で、酒が木の盆に載せられたお猪口のものなら、多少の風情もあったのだろうが、
そんなもの知った事か、とばかりに一升瓶のラッパ飲みだった。
「いずれは嫌でもおっきくなっちゃうのよ?
そう思えば今のスレンダーなボディが希少極まりない物に見えてこないかしら?」
もしも、この言を某人物が聞いていたら、浴室内は、血を血で洗う凄惨な現場と化していただろう。
某人物とは誰なのかは、決して明かせない。
墓場まで持っていくつもりである。
「でも、こんな男の子みたいにぺったんこな身体が、紫様みたいになれるとはとても……」
「しゃーらっぷ! お黙りなさい!」
紫は飲み干した一升瓶を、ぶんと放り投げる。
酒瓶は、床に当たる寸前に、スキマの中へと消えた。
エコロジーだ。
「妖夢、貴方に一つ、為になる言葉を教えて上げるわ」
「え?」
ざんぶと水飛沫を上げて立ち上がる紫。
そして、力強く言い放った。
「『それはそれで』!」
意味が分かりません。という突っ込みは発動しなかった。
何故なら、全裸のまま突っ立っている紫から、明らかに常軌を逸した様子が感じ取れたからだ。
「そうよ、未成熟な身体……それはそれで素晴らしいじゃないの……本当に素敵よ妖夢……
ああ、何て可愛らしいのかしら……お持ち帰りしてもいい……?」
「……え?」
目は座っており、何やら全身からピンク色のオーラが溢れ出している。
それがアルコールのせいなのかは定かでは無いが、危険な状態なのは確かだ。
「いえ……お持ち帰りなんて生ぬるいわ……ここは店内でお召し上がりが筋ね……」
「ゆ、紫様?」
手をわきわきと動かしながら、じわりじわりと迫り来る紫。
「(ま、まずいわ! 逃げないと!)」
遅ればせながら、危機を感じ取った妖夢であるが、その余りにも禍々しい空気に飲まれたのか、
足はピクリとも動いてくれなかった。
紫が何をするつもりなのかは分からないし、分かりたくも無い。
が、捕まったら最後、色々と失ってしまうだろう事は確信していた。
「うふふ、覚悟を決めたようね」
「ち、ちがいま……」
気が付けば、既に紫は目前にまで迫っていた。
今だ動けない妖夢に向かい、覚悟完了とばかりにルパンダイブ。
「いっただっきまー……」
それは、一陣の風。
「待ていいいいいっ!!!」
「!?」
突如飛来した高速回転体が、二人の間に割って入る。
これには虚を疲れたのか、紫は後方に向けて飛び退った。全裸で。
「嫌な予感がすると思ったが、案の定か」
「藍さんっ!」
藍は、水面に立ったまま、軽く頷いて見せると、前方の紫に視線を向けた。
「紫様、また悪い病気を出しましたね」
「病気とは失礼ね。私は自分の欲望に素直なだけよ」
「存じてます。だから普段なら見て見ぬ振りもしますよ。
……ですが、妖夢に手出しをするのは見過ごせません」
「あら、珍しい事。情が移ったのかしら?」
「そうかもしれませんね」
その返答に、紫は楽しげな笑みを見せた。全裸で。
「でもねぇ、貴方に私が止められるとでも思っているの?」
「そうですね、いつもの私なら無理でしょう……ですが!」
キラーン、とわざとらしい効果音と共に、藍の瞳が輝く。
「ここは浴場! そして、浴場に衣服は不要ッ!」
言葉と同時に、藍は宙を舞い、高速回転をもって自らの衣服を弾き飛ばす。
露になった双丘は、紫相手でもまったく引けをとっていない、パワフルな代物であった。
「脱げば脱ぐ程強くなる! この裸身活殺拳で貴方を止めてみせましょう!」
そして、紫に向けて拳を突き出すポーズを決めた。
全裸でのこの姿勢、どう見たって間抜けに見える筈なのだが、
不思議な事に、今の藍からは、そういったマイナスの要素が一切感じ取れない。
これぞ、脱衣を極めし者の力であった。
「どうやら本気のようね」
対する紫からは、やはり動揺は見られない。
むしろ、こうなった事が、心底嬉しいと言った様子である。
「全力の貴方とやりあうなんて何年ぶりかしら」
「さて……そんな昔の事なんて忘れてしまいましたよ」
「まぁそんな事はどうだっていいわ。今はただ……」
「ええ。拳で、語り合いましょう」
二人は構え……そして、走った。
全裸で。
「「いざっ!!」」
浴場を舞台に繰り広げられる、八雲主従の凄絶な全裸バトル。
色々な物が揺れたり見えたり開いたりと、それはもう大変な事になっていた。
いや、色々な物って具体的に何さ? と問われても答えられないのが辛い所だが。
「……」
さて、当事者であった筈なのに、気が付けば蚊帳の外の妖夢。
しばらくの間、目の前の光景を呆然と眺めていたのだが、二人の戦いは一向に決着が着かない。
止むを得ず、恐々と声をかけた。
「あのー……私、先に上がりますよー?」
「まだまだね藍! ゆあきんスパイクで天の果てまで弾け飛ぶが良いわ!」
「くっ……ならば全力を持って迎え撃つのみ! 裸身活殺拳究極奥義、全裸万象!」
聞いちゃいなかった。
「……ごゆっくり」
妖夢は、二人から視線を逸らして、こっそりと浴室を後にする。
『ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーース!!』
戸を閉める直前に、叫び声らしき物が木霊したが、あえて聞かなかった事にしておいた。
<紅魔館>
「……ふぅ……」
咲夜は一人、静まり返った廊下を歩く。
その声からは、いくらか疲れのようなものが感じられる。
「補充まで……持つのかしらね」
自然と、独り言が漏れるのを抑えきれない。
それ程までに、今日という日は過酷だった。
第一の理由は、言わずと知れた幽々子。
これは肉体的というより、むしろ精神的な疲労が大きい。
館内に直接的な被害が無かっただけ、まだマシだった。
そして、もう一つの理由が、純粋な人員不足である。
紅魔館で働くには、絶対的な相性とでも言うべき物が必要だった。
その条件を満たす者は、一朝一夕で集められるようなものではない。
だからこそ、幽々子のようなイレギュラーですら使ってみる事にしたのだが……。
「……どう考えても失敗よね」
「何がですか?」
まったく予期せぬ言葉であったが、内心の動揺を悟られないように、ゆっくりと視線を上げる。
窓に寄りかかるように立ち、ぼんやりと外を眺める一人のメイドがいた。
幽々子である。
「貴方には関係……あるけど、教えてあげない」
「ふふ。鬼のメイド長さんらしい答えですね」
幽々子は会話を交わしつつも、一向に窓の向こうから視線を逸らそうとしない。
その程度で怒る程短気では無いが、何となく癪に障ったので、同じように空を眺める事にする。
夜空の向こうには、鎌のような三日月が、ぽっかりと浮かんでいた。
「それで、こんな時間に何してるの? 確か早寝と聞いていたけど」
「ええ、普段はそうですね。でも、何だか今日は眠れなくて。
多分、環境が変わったせいだと思いますけど」
「ふぅん、意外と繊細な部分もあるのね」
「私は元々繊細です」
「はいはい」
「……信じてませんね?」
「欠片も」
「むー」
頬を膨らませる様子が、見るまでも無く感じ取れる。
その良好な反応に、咲夜は多少気を良くした。
「それで、繊細な亡霊さんは、メイドとしての初仕事にどんな感想を抱いたのかしら?」
「……疲れました」
「でしょうね」
シンプルかつもっともな回答に、つい頷く。
恐らくは、廊下の掃除なども、初めての体験だったのだろう。
ふと、窓枠に指を這わせて見たところ、一欠片の埃も発見出来なかった。
一応、真面目にやってはいたようだ。
「……姑みたい」
「何か言ったかしら?」
「いえ、何も」
それからしばらくの間、咲夜も幽々子も、何も語る事なく月を眺めていた。
色々な理由から、顔を合わせると嫌でも険悪な雰囲気なっていた二人にとって、
初めてと言って良い、心静かな時間であった。
「さ、多少無理してでも寝ておきなさい。明日からはもっと大変になるわよ」
「はぁい」
幽々子はいつになく素直に頷くと、背を向けて歩き出す。
正確には浮いているのだが。
「幽々子」
「……?」
振り返った幽々子の表情は、怪訝の一言。
当然だろう。
花子なる名前を付けたのは、咲夜自身なのだから。
「貴方がここに来た目的は、何?」
こことは、今の場所の事か、それとも紅魔館にやって来た事か。
意図を探ろうにも、薄暗いせいもあって、咲夜の表情は見えない。
「それはもちろん、メイドとしての勤めを果たす為ですわ」
だから、か。
幽々子の返答も、曖昧極まりないものだった。
「……どこまでも喰えない奴ね」
「そりゃそうよ。あんなの食べたら食中毒起こすわ」
今度は予測済みだったのか、咲夜はごく自然に振り返る。
「熟成するにも限度があるという事ですね」
「その通り。しかも私には食べる部分すら残ってない。どうにもならないわね」
レミリアはわざとらしく両手を開きおどけて見せた。
この主にとって、今の時間はまさしく活動時間帯の真っ只中である。
故に、この場に現れるのも必然であろう。
幽々子が居なくなるのを見計らう辺りは、苦手意識全開だが。
「それで、ゆゆ……花子の扱いは決めたの?」
「色々と考えましたが……図書館付きにしてみようかと」
「パチェの所? まぁ、あそこなら花子でも役には立ちそうだけど……」
納得しつつも、どこか腑に落ちないといった様子である。
その訳を、咲夜はあっさりと看破していた。
要は、それなりに苦労してもらわないと、気が済まないのだろう。
「ご安心を。図書館付きではありますが、仕事は図書館内ではありません」
「???」
謎賭けのような返答に、顔一杯に疑問符を浮かべるレミリア。
が、直ぐに意図を悟ったのか、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ああ……そういう事ね」
「ええ、そういう事ですわ」
二人は同時に頷くと、小声で笑い出した。
「ふふ、責任は頑張って取ってもらわないとね」
それはともかくピンチらしいピンチが訪れそうな花子さん。
メイド長の若白髪に合掌しつつ次回をお待ちしております。
麻雀の時は唯一(?)真妖怪だったキャラなのに~。
でも面白かったス。
ちりばめられた小ネタも豊富、旦那様相変わらず良い仕事でございます。
次回は幽々子様がおしんばりにいぢめられる話ですかそうですか。
実を申せば最初はそっち方面の話を期待してたんですけどn(脳天直撃機種違い
やはりテンポ良く読めていいですねー、本当に面白いです。
次回を楽しみにしております。
って、どっちだったんだろう?
……気になる。
『続きが気になるッ!!』
…急かす気はまったくございませんが、それくらい期待しているという事です^^;
まずノーパンで笑い、カチャカチャで「め、明ーッ!?」と爆笑。
OSとブルーバックで「Meーッ!?」と爆笑。
プレイディアに爆笑。
「ぷーりきゅーあー」に何だその選曲は、と笑い、
裸身活殺拳で「式条先生!?」と爆笑。
もう最高です。
前回のバトルシーンとは180℃方向性の違う戦闘も素敵でした。ビバ=マッパ!!
スッパ最高ーーーーーーーーー!!!!!
と真面目に読むつもりでいたが全裸に全て持ってかれたwww