※この作品は以前に投稿した、『出雲一人 八雲三人』『東方出雲記』のオリジナル設定を含んだ作品となっております。
また、この作品における日付は『東方出雲記 第壱章』の後日となっています。ご了承ください。
紅魔館の主、レミリア・スカーレットは様々な体質の持ち主である。
吸血鬼であるが故、という一言でその殆どは片付けられるが、その中で最も奇妙な体質が、
『新月期間中には幼児に退行する』
というものであった。
レミリアが幼児に退行すると、それだけで一気に館のテンションはアップする。
普段、理不尽かつ我侭でカリスマ溢れる存在のレミリアが、この期間中は外見年齢相応の純粋無垢な性格、口調に一転するのだから無理も無い。
更に、館の住人たちもこぞって性格が一転する。
メイド長の十六夜咲夜は、母性本能をくすぐられて一児の母親のような性格になる。
図書館に引きこもっている魔女のパチュリー・ノーレッジは、いつもと比べてやたら活発になる。
レミリアの妹、フランドール・スカーレットも幼児化する。
……最後の一文にはやや疑問が残るが、概ね事実のようである。
真夏のレミリアが幼児化する日は八月の五日。丁度葉月の頭を過ぎる頃に当たる。
そしてその日、奇しくも一人の男が紅魔館を訪れようとしていた。名は出雲創。先日、紅魔館において十六夜咲夜との闘いを繰り広げた人物であった。
創が再び紅魔館を訪れたのは主に二つの理由からだ。
一つは、紅魔館のまだ見ぬ主への興味。
もう一つは、手合わせをした咲夜に対する謝罪。
以前に紅魔館を訪れた際、咲夜は自らの全てを懸けて創と闘った。結果は創の勝利で終わったが、この時、創の心には重苦しい虚しさしかなかった。
『自己満足の為に、他者の身体だけではなく心を傷つけた』
そういった想いを断ち切る為、創は再び紅魔館への道を歩いている。
しかし、紅魔館の主に対する興味が簡単に消える筈が無かった。
そんな創の出で立ちは数日前と全く変わっていない。黒い小袖に袖なし羽織、裁ち着け袴。それと鈍色の足袋に草鞋ばきである。背中に黒いバックを背負っているのも同じだ。
人間界の洋服がこの世界では目立ちすぎる、というのが創の主張であった。……この服装でも十分、目立つような気がするのは気のせいだろうか。
時刻は巳の一刻。夏の季節、これから暑くなるという時間である。
時折吹く風のざわめきに耳を傾けながら、創はしっかりとした足取りで地面を踏みしめていた。
毎年毎年、春夏秋冬の季節の中で、夏が一番堪えると紅美鈴は思っている。その身が妖怪であっても、人間と同じく水を摂取しなければ倒れるし、蚊に全身を刺されて堪らない時もある。夏バテになる時もある。
それでも、美鈴は門番の任を休む事は滅多にない。こういった自分の仕事を誇りに思っているからだ。地味であっても構わない。地味でも華やかさというものは確かに存在するのだから。
とまあ、美鈴の仕事における意気込みはこういうものである。そして今日も、相変わらず紅魔館の門前で四人の部下達と共に門番の任に就いていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
五人とも無言。口を開かなければ余計なエネルギーを使わずに済むからだ。
しかし、そういう時に限ってみょんな厄介事が起きるのはある意味、お約束とも言える。
遠くに見覚えのある男の姿を視認した時、美鈴は深い溜息をゆっくりと吐いた。
「久しゅう、美鈴殿」
創は目を伏せて、頭を低くした。どこか穏やかな言葉で、聞く者の心を鎮めるように感じられる。
その行動に目を、言葉に耳を疑いながら、美鈴とその部下達はしばし呆然としていた。創はそんな美鈴達を気にする様子もなく、
「十六夜咲夜殿に目通りをお願いしたいのだが……」
ようやく我に返った美鈴が、
「し、少々お待ちください」
と言葉を返し、四人の部下達と共に紅魔館に入っていった。
―――まぁ、当然の反応かな、これは。
後姿を見送りながら苦笑を浮かべる創。以前、紅魔館に訪れた際に、創は実力を以って美鈴、咲夜の両名を倒した。
その時の雰囲気と今の雰囲気に、激しいギャップを美鈴が感じたのも無理は無い。
「……ふぅ」
盛夏の日の光を浴びつつ、創は紅魔館を見上げる。そこに感じる強大な力に関する興味と、悪戯に心を傷付けた存在への謝罪。一体、どちらが自分の本意なのか、創はそう自分に問い掛けた。
美鈴から訪問者の報告を受けても、咲夜は驚くことがなかった。
むしろ、その顔には穏やかな表情が浮かんでいる。
「ど、どうしましょう」
あたふたと慌てている美鈴を横目に、静かな口調で咲夜は言葉を紡ぐ。
「丁重にお通しなさい。私が許可します」
美鈴にそう告げると、咲夜は紅茶の用意をする為にキッチンへと歩いていった。
残された美鈴は、はい、と返答すると玄関へ急いだ。
上司の客人を待たせれば、命が危機に晒される可能性がある事を、美鈴は悟っていた。
「凄いな、これは」
紅魔館の中に通された創の第一声がこれである。古びた外観からは予想も出来ないほど手入れは行き通っており、素直な感嘆の声が出た。
「どうぞ、こちらへ」
案内役は美鈴である。彼女も当初の慌てっぷりから一転して落ち着きを取り戻し、普段の淡々と仕事をこなしている際の態度に戻っている。
廊下を右へ左と曲がり、階段を登って二階に移る。二階はメイド達の居住区なのだろうか、一階の廊下を歩いていた時よりも頻繁に、メイドの姿を確認する事が出来た。
そのメイド達は、創と視線が合うと慌てて礼をして何処かへ行ってしまう。
「嫌われているのかな」
創は苦笑しながら頭をぽりぽりと掻く。
「いいえ」
前を歩いている美鈴が首を振る。
「ここに男性が訪れるのは珍しい事ですから。まぁ、彼女達にとっては至極当然の反応なんですよ」
「珍しいって……割合はどれくらいなんです?」
「そうですねぇ……。大体、十年に一度、あるかないかってところですか」
それは珍しいの概念を通り越して、稀という概念の方がしっくり来るのではないだろうか、と心中で創は呟いた。
二階を歩くこと二十秒ほどで、創はある部屋に通された。
部屋の広さはそんなに広いというものでもなく、中央には円形のテーブルが置かれている。察するところ、一種の応接間であろう。
「こちらに座ってお待ち下さい」
そう言うと、美鈴は本来の仕事に戻る為に部屋を出て行った。
創は椅子にゆっくりと腰を下ろすと、背負ったバックをテーブルに立てかけるようにして床に降ろす。
ふぅ、と一息をついて瞼を閉じる。
次の瞬間、ドアがノックされて開く。そこには、創の見知った銀髪のメイド―――咲夜がティーセットを持って佇んでいた。
「……先日は大変、無礼を働いた」
申し訳ない、と付け加えて創は頭を下げる。
「貴方が気にする事ではありませんわ」
正直な声で、咲夜は自らの考えを口にする。
「どうぞ、座ってください。紅茶をお入れしますわ」
先日の咲夜と全く違った雰囲気を感じ取った創は、今の彼女に敵意の欠片も無い事を察して、椅子に腰を下ろした。
創の眼前に紅茶の入った一つのティーカップが差し出される。
カップに注がれている紅茶の色は、深みのある紅い色をしていた。
「これはルフナかな?」
「ええ、本来はミルクティーに向いているのですけれど、此処ではストレートで使っています」
口に運ぶと、渋みの少ない独特の味が広がった。
「お口に合いませんでしたか?」
「いいや。美味しいよ」
「それは何よりです」
ティーカップを静かに置く。中には少しだけ、紅茶が残っていた。
「……強い人間だ。貴女は」
「そうですか?」
ああ、と頷く創。
「自分の思想や信念を否定されて、すぐに別のものを受け入れると言う事は、人妖問わずして中々出来るものではない」
自尊心が高ければ尚更な、と付け加えて、ティーカップの中にある残り少ない紅茶を飲み干した。
咲夜はよく喋った。創も多くを語った。
前回の訪問の時とはまるで違う、和気藹々とした空気が両者の間に漂っていた。
「さて」
不意に、咲夜が席を立った。創はそれを見て表情こそ動かさなかったが、心の中では困惑していた。
「貴方はお嬢様に会いたい、そう言っていましたね?」
「ああ―――そういえば、そうだった」
咲夜との会話で、すっかりと創の脳内からはその目的が消えていた。
紅魔館を訪れた理由の内、一つは既に達成している。残り一つの理由を達成させずに去るというのも、心残りがするだろう。
「そうだな……。案内、お願い出来るかな?」
「喜んで」
黒いバックを肩に背負って、創は腰を上げた。その間に咲夜はティーカップを片付ける。
「それと」
ティーセット一式を手に持った咲夜は、創に笑顔でこう言った。
「貴方は幸運ですよ」
「?」
その言葉に疑問符を浮かべながら、創は咲夜の後をついていった。
薄暗い紅魔館の廊下を歩く事数分。館の最上階である三階にその部屋はあった。
「紅魔館が主、レミリア・スカーレット様のお部屋がこちらです」
咲夜からレミリアについて一通りのことは聞いた。人ならざる存在、吸血鬼である事や、運命を操る能力を保持するなど、創が当初に感じた強大な力のイメージにしっくりとくるものだった。
「……此処に、そのお嬢様が?」
「ええ」
創は中から感じる気配が、少々先日のそれとは違うように見受けられたのだ。言葉には形容できないような僅かな変化である。
しかし、咲夜が嘘を言っているようには思えなかった。
―――思い違いか?
とりあえず、その件については保留と言う事にしておいた。
ゆっくりと咲夜が扉の取っ手に手を掛け、引く。ギィィ、と鈍い音を立てて扉が開き、
「失礼します、お嬢様」
一礼して、咲夜が中に入っていく。
「…………」
無言で、創もその後を追った。
部屋に入った創の目についたのは、特別な術式が施されている天窓であった。
夕刻とはいえ、まだ日は出ているというのに、日の光は天窓を通して僅かしか入ってこない。
吸血鬼だからか、と納得して天窓から視線を降ろすと、一人の少女が不思議そうにこちらを見ていた。
先ほどまで、そこには誰もいなかった筈なのに―――。
「さくやー、だーれ?」
「お客様ですわ。お嬢様」
ぱたぱたと、少女は走り歩くように創の元に駆け寄ってくる。両肩の後ろから生えている一対の蝙蝠羽が、こころなしか嬉しそうに羽ばたいているように見えた。
「あの、えと、はじめまして。わたし、れみりゃです」
「…………」
やや舌の回らない口調で、お嬢様と呼ばれた子供―――れみりゃはぺこり、とお辞儀をする。創はその姿を見て、石像のように固まった。
「……? どうかしましたか?」
想像していた姿と明らかに違うせいか―――と咲夜は推測していた。能力や種族についての説明はしたものの、外見についての説明を一切していなかったらからだ。
「……可愛い」
「は?」
元々、父神である存在故、創の中に秘められている父性愛が刺激された結果、この一言が出たのだろう。
咲夜は怪訝な顔で創の方を見ている。
「あ、ああ……、その、何でもない」
咲夜の視線から顔を背ける創。
「……貴方が間違いを起こすとは思いませんが」
チャキ、と何処からか銀製のナイフを取り出す咲夜。
「万が一の事があったら、この咲夜、命に代えてでも貴方を討ち果たします」
顔には笑顔が浮かんでいたが、どう考えても殺意が混じっていると思える壮絶な笑みだった。
これには流石の創も、脂汗を浮かべて頷くしかなかった。
咲夜は自らの仕事を片付けると言って、部屋から出て行った。その際に、
「先ほども言った通り、万一の事があったら……」
と笑顔でナイフをちらつかせてきた。
今度は脂汗こそ創は浮かべはしなかったが、やはり無言で何度も頷く。
部屋に残されたのは、創とれみりゃの二人だけであった。
そんな初対面の創に、れみりゃはよく懐いた。本を読んで欲しいと頼まれたり、玩具で遊んで欲しいとせがまれたりもした。
はじめおにいちゃんと呼んでくるれみりゃに、初対面の人なのに、ここまで懐けるのはどうして? と聞いてみたところ、
「なんだか、とってもなつかしいかんじがするの」
と、楽しそうに言葉を返した。
「あのね、おにいちゃんといると、なんだかおとうさんといるようなきがするの」
おとうさん、という言葉を聞いた創は失笑する。しかし、それと対照的にれみりゃの表情は何処か暗い。
「……でも、わたし、おとうさんのかお、しらないの」
「知らない……?」
「うん」
「それじゃ、お母さんの顔も?」
こくり、と頷くれみりゃ。
「そうか……ごめん」
「ううん、きにしないで」
そう言うと、れみりゃは再び明るい表情に戻り、創と様々な遊びを楽しんだ。
その姿は、傍から見れば本当の親子のように和みのあるものだった。
「くー……くー……」
遊び疲れたのか、ベッドでれみりゃは静かに寝息を立てている。
その光景を見て、創の顔から笑みがこぼれた。
天窓からは、月の無い夜空の光が差し込んでいる。
その時だった。創が空気の僅かな変化を感じ取ったのは。
「……なるほど。違和感の正体はこれか」
ゆっくりと創は天窓からベッドへ振り返る。
そこには、先程まで眠りについていた筈のれみりゃが鎮座していた。
れみりゃから感じ取れる雰囲気も、先程のそれとは全く違うものだった。
「……君が、本来のレミリア・スカーレットか」
創の口から自然と、その言葉が紡がれた。先日に感じ取った力と、目前の少女から感じ取れるものが全く同一のものである事に確信が持てたからである。
「ええ。でも、あの子もレミリア・スカーレットという存在に変わりはないの」
先ほどまでの幼い口調とは打って変わって、れみりゃ―――否、レミリアの口調は大人びていた。
「コインの表裏みたいなものかしら。私を表とするならば、あの子は裏。―――いいえ、もしかしたら、あの子が表で私が裏なのかもしれない」
真紅の双眸が創を見据える。
その瞳から、彼女の感情を創は感じ取る事が出来なかった。
「あの子の存在に私が気付いたのは、三百年ほど前の頃だったわ」
呟くような微かな声で、レミリアは語り出した。
「私が眠りにつくと、一月に一回の割合で空白の時間が出来た。最初は寝過ごしたのかと思ったわ。でも、偶然が何度も重なる事はあり得ない。だから、館の従者達に片っ端から聞いて回ったわ。―――私は昨日、何をしていたの? ってね」
「それで、彼女の存在を認識できたのか……」
ええ、と頷くレミリア。
「消す方法も分からないし、そのまま放っておくことにしたわ。……でも」
急に声のトーンが下がる。
「―――何だか、時々分からなくなるの」
レミリアの顔からは、寂しげな影が察し取れた。
「周りが、私という存在を愛してくれているのか、それとも、あの子の方を愛しているのか」
一言一言ははっきりと、しかし弱々しく創の耳に届く。
「堪らなく辛い時もあったわ。あの子の方が愛されているのなら、私の存在意義って何だろう―――そう思い悩んだ時もあった」
何処か悲痛な感情が感じ取れる自嘲の言葉をレミリアは続ける。
「だから私は徹底したカリスマを求めた。あの子に注がれる愛とは別種の、畏敬という愛を集めるために」
レミリアの蝙蝠羽が興奮したように上下に動く。彼女の心情がそのまま表れているのだろうか、と創は思った。
「……聞いてくれてありがとう。何だか、少しスッキリしたわ」
ふぅ、と一息をついて、静かに微笑みを浮かべるレミリア。その微笑には、哀しみが含まれているような気が創にはしてならなかった。
「どうして―――初対面の者にこういう話をする気になった?」
哀しみの微笑みに疑問を持った創が、単刀直入にレミリアに切り出す。
「初対面だから、かしら」
レミリアはベッドから飛び降りると、とことこと創の傍らに歩いてくると、天窓から月の無い夜空を見上げた。
「咲夜にも、パチェにも聞けないの。怖くてね。私じゃない私の方が好きなんて言われたら、本当に私の居場所が無くなってしまうような気がするの」
たどたどしく、レミリアは呟く。
その言葉は、今までレミリアが言ったどの言葉よりも、創の心の中に残った。
「五百の齢を重ねても、心の弱さを克服する事は難しいか……」
「……そこまで私は強くないわ」
ぷい、と頬を膨らませて顔を背けるレミリア。そんなレミリアの前に創は屈み込むと、
「よかった」
そう、笑顔で呟いた。
「え?」
「少し、元気が出てきたみたいじゃないか」
レミリアは一瞬、戸惑いの表情を浮かべるも、すぐにそれは笑みに変わった。
「そうね―――ありがとう。借りを作るのは本意じゃないけど、貴方が相手だとどうでもいいって思えるわ」
「どういたしまして」
「最後に一つ、いいかしら?」
天窓を通して夜空を見上げている創に、傍らにちょこんと座っているレミリアが問いかけてきた。
「貴方は、どっちの私が好き?」
そうだな、と考え込む創。
外見通りの年相応に無邪気なれみりゃか、強大なカリスマを備えているが何処か寂しがりやのレミリアか―――。
「あくまで個人的な主観のモノだけど」
創はレミリアの方にゆっくりと向き直る。
「今の君も、先刻の君も、元を正せば同一の存在だろう? どちらかを肯定すれば、選ばれなかった方は否定となる。だけど結果としては、本来の同一的存在である君を肯定する事になるんじゃないのか?」
そう言って、創はレミリアの頭を優しく撫でる。
「君は君のままでいい。ありのままの君であればいい。そんな君を愛してくれる存在だっている筈だ。君が気付かないだけでね」
「……結局、貴方の口からは言えないの? どちらが好きか、なんて」
「逃げの言葉として感じてもらっても仕方がないな」
ふ、と乾いた笑みを浮かべて遠い目をする創。
「……昔は、彼女もそうだった」
「……え?」
「昔の話だよ。遠い遠い昔の、ね」
悪戯っぽく笑うと、創はレミリアの頭から手を離した。
その瞬間、レミリアの身体が床に崩れ落ちる。
「レミリア!?」
「ふふ……流石に、ちょっと、無理をしたかな……」
笑ってはいるものの、その顔には汗が浮かび、息も苦しそうである。
「本来、この夜はあの子の時間だもの、私が出てくる幕じゃないの」
創の手を借りて、ベッドに横になるレミリア。
「心配、しないで。別に、命に関わる事じゃないわ」
その肌の色が、先程のように真っ白ではなく、紅くなっているようにも見えた。
「また、会いにきて欲しい。今度は、私が人格を司っている時に」
創は大きく頷いた。
「約束する」
その言葉を聞いたレミリアは、赤子のように眠りについた。本当に年相応の笑顔を顔に浮かべて―――。
「今度来る時には、ゴールデンティップスを多く含んだ紅茶の葉でも持って来るよ」
「楽しみにしていますわ」
「ばいばい。はじめおにいちゃん」
手を振るれみりゃの姿を見た創の脳裏を、先ほどのレミリアの姿が少しだけよぎった。
レミリアはあの後、少し経ってかられみりゃに人格が変わった。れみりゃ自身は眠っていたので、先の事は全く知らないだろう。
「ああ、またね。お嬢様」
その言葉を最後に、創は紅魔館を去った。
月の出ていない空を見上げ、創は歩みを止める。
「―――己の存在意義、か……」
レミリアの独白の中にあった言葉の意味を、創はぼんやりと考えていた。空には月の代わりに、無数の星が煌めきを放っている。
「それを見つける為に、存在しているのではないかな……」
呟くように言葉を出し、創は再び歩を進める。
夜の闇に溶けるようにして、創の姿は消えていった。