*これは、紅魔館で働く一般メイドさんからの視点から紅魔館での一日を書いてみるという無謀な試みをしてみたものです。これ激しく違うだろと言う方や、俺には俺の紅魔館があるという方はスルーしてください。
~ AM 6:30 ~
朝、まだ夜が明けるかどうかのこの時間に、私はいつも起床する。寝ぼけた頭を覚ます為に、洗面所に向かい顔を洗う。洗面所から戻ってきた後、メイド服に着替えた。
紅魔館で割り振られる部屋は、基本的に全員個室なのでプライベートは守られる。部屋には大抵の物が持ち込みが許可されているので(但し、男は不許可)、そこの主の個性に影響された部屋に成り果てる部屋は少なくなかった。
例えばメイド長の咲夜さんの部屋は所狭しとナイフが飾られているし、警備部隊長の美鈴さんの部屋は筋トレグッズが散乱している。
だが、私の部屋は簡素な物だった。私物と言えば母の形見の懐中時計くらいな物で、後は支給品ばかりだ。懐中時計といっても、咲夜さんの持っているような立派な物じゃなく、動いているのが不思議なくらいのボロボロな物である。
母が病で死に、母を追うように父も死んだ。兄弟は持たず、親戚もいなかった。一人取り残された私は、その時食べていく術を失ったのだ。
そんな途方に暮れていた時に、紅魔館のメイド募集の噂を聞いた。何故か命の保障はされていなかったが衣食住の保障がされていたので、藁をも掴む思いで紅魔館に赴いた。
そして一年の研修期間を経て、正式にメイドとして配属された。正式配属が春だったので、かれこれ四ヶ月は経った事になる。
正直、紅魔館のメイドの仕事はかなりハードだが、食いっぱぐれるよりは遥かにマシだ。まだ生まれて十七年の私に、他の場所で生きていく自信は無かった。
母の形見である懐中時計を、ポケットの中に滑り落とす。これだけは、常に身に着ける事にしているのだ。
~ AM 7:30 ~
食堂で朝食が振舞われるこの時間は、喧騒に包まれる。朝の人気メニューは個数限定で、激しい争奪戦が展開されるのだ。
先に並んでゲットしたものが勝ち。そこには年功序列や上司・部下といった関係は一切存在しなかった。食堂がオープンすると同時に皆が一斉に駆け込み、我先にと列を成す。
ただ、暗黙の了解があるらしく、武力行使はタブーとされていた。それと、器物破損は正式に禁止されている。以前、美鈴さんが開店時間と同時に天井をぶち抜いて現れた事があるらしく、それ以後天井、壁、床、その他もろもろの物の一切の破壊禁止になった。
しかし不思議な事に、気が付けばいつの間にか前列の方に咲夜さんの姿が毎回あるのは何故だろうか。
私は、いつも残り物を食べる事にしていた。残り物には福があると言うゲンをかついでの事だ。ただ、売れ残り歴(自粛)年の先輩メイド曰く、そんな言葉は当てにならないとの事らしいが。
私の他にあの喧騒の中に割って入る自信が無いメイドが数人、列の最後尾に着いた。大体顔ぶれは変わらないので、最早顔なじみになっている。お互い、苦い笑みを浮かべて溜息を付き合う。これもいつもの光景だ。
食事を受け取り、空いた席を探す。食事の時間で、この作業が一番疲れる。真面目に考えれば、これだけの人数分の席があるはずが無いのだが、美鈴さん筆頭、早食いがモットーのメイドが多数存在するので、意外と探せば席が見つかるのだ。
何とか空いた席を見つけ、そこに腰を落ち着け、席を探している間に大分冷めてしまった料理に手をつけ始めた。
~ AM 8:30 ~
お仕事開始の時間になった。今日の私は日勤で、午前中は内勤、午後は外勤と言うシフトになっている。
内勤の仕事内容は主に掃除が中心で、洗濯、客間のベッドメイクなどもある。さすがに厨房関係は専門の訓練を受けたメイドでなければ勤まらないので、私のような一般のメイドには関係ない事だった。
外勤は、警備、庭の手入れ、外壁の掃除、買出し、図書館出向などなど。警備は美鈴さん麾下の警備部が殆どを担当しているので、欠員が出た時に補充としての仕事だ。
庭の手入れも同様、専門的な知識と技術を身に着けたメイドが担当しているので、これはお手伝い程度の仕事だ。とは言っても、広大な敷地の雑草抜きは非情に体に堪えるものがあるが。
夜勤では、基本的には警備が主となる。闇夜の中で作業するのは効率が悪いし、掃除は昼間に全て終わらせる事になっている。それ故に全メイドの四分の一が警備部と連携して警備に付く事になる。はっきり言って眠い上に暇でしょうがない仕事である。誰が、あえて夜に紅魔館に対して喧嘩を売ると言うのだろうか(黒白魔法使いは昼間に来るので除く)。
警備部なら戦闘能力、庭担当ならセンス、厨房担当なら料理の腕など、専門的な能力をを要求されるような人員固定の部署が一部あるが、基本的に私達一般メイドは様々な仕事をさせられる。
一人が一つのスペシャリストになるのではなく、皆が全ての事を満遍なく出来るようにする。その方針の下、毎日違った場所で様々な仕事をこなさなければならない。とにかく覚える事が沢山あるので大変なのに、体力面も要求されるものばかりなので相当ハードである。
お仕事を始める前に、内勤のメイド達が一同に集められて仕事の場所を割振られる。その時、咲夜さんの気分しだいで激励の言葉や脅迫の言葉を授かる時がある。
今日は何事もなく割り振りが発表され、私は二階の廊下担当に決まった。
~ AM 9:00 ~
箒を操る手を止め、痛み出した腰に手を当てた。掃除を終えた廊下の長さと、終えていない担当の廊下の長さを計ると、正直目眩がしそうである。
とにかく紅魔館の廊下は、掃除をする者にとって殺人的な長さだ。本来ならそこまで長くないのだろうが、何故か空間が捻じ曲がっていて、その分余計に長くなっているのだ。
箒で埃と塵を一箇所に集め、塵取りに入れる。そんな単純作業も、毎日何十回と繰り返す事になると、流石に若さには自信がある私でも腰が痛くなってたまらなかった。
この廊下の担当は私を含めて数人いたはずだが、その人数で廊下の長さを割っても相当な距離になる。加えて、咲夜さんが自分が掃除するのと同じくらいの綺麗さを求めてくるので、堪ったもんじゃなかった。塵一つ立たせずに掃除をするなんて、無理な話である。
腰と肩を回し、派手に間接の音が廊下に響き渡った。この年で肩こり腰痛持ちだなんて情けない話だった。この道(修正させられました)年の先輩ベテランメイドにコツを聞いたが、慣れるしかないと言われてしまった。
研修期間の一年とそれからの四ヶ月、まだ慣れるには早いのだろうか。色々と諦めて、再び掃除に取り掛かった。
~ AM 10:00 ~
割振られた担当の廊下の掃除を終え、今度は洗濯のお仕事に取り掛かった。洗濯と言っても、これだけの人数が紅魔館で生活しているので、必然的に膨大な量の洗濯物の山が待ち構えている。
だが、一人が前の日に着用したメイド服と下着を一着ずつとベッドのシーツ一式だけなら問題になる量になるはずが無かった。しかし、目の前の未洗濯物の山を見ると、現実は厳しいんだなと思う。
ハンカチ、スカーフ、タオルなどは仕方が無いので問題にはしない。だが、何故か紛れ込んでいる私服、何故か真ん中辺りが大きく濡れている布団のシーツ、何に使ったか分からない湿った布、怪しげな薬品が付着し変色したタオル、何故一日にこんなにも着替えられるのか不思議な同一人物のメイド服が大量、洗濯しにくい中華風の民族衣装が数着などは、正直勘弁してくれと言いたくなる。
洗濯物を出せば出すほど自分達の首を絞めるだけなのだが、何故か洗濯物は減ろうとしなかった。ただ、分量的には洗濯をしなくていい警備部が一番多いという事実は、何を意味するのだろうか。
洗濯は決まってこの時間に始まる。それまでに内勤のメイドは与えられた掃除を終えなければならない。ただ、場所によっては流石に無理があるので、その場合は加わらなくていい。
山ほどある洗濯物を、皆で協力して湖まで持って行く。今日は二往復で済んだが、酷いときは五往復のときもあった。腕一杯持って五往復。何故こんなにもと言うよりも、紅魔館にこんなにも洗濯出来る物があるんだな、と現実逃避気味に感心したものだ。
水に洗濯物をつけて濯ぐ。シミになりそうな場所は懸命に擦る。以前は石鹸を使っていたらしいが、ある夏の日に大量に赤いものが湖に発生したらしく、以来使用禁止になっていた。
洗濯をしていた手を止め、軽く肩と首を回した。腰も左右に揺らす。肩こり腰痛の原因その二は、やはり洗濯だろう。これも、早く慣れるしかなかった。
~ PM 12:30 ~
大量にあった洗濯物を洗い終え、全て物干し竿に掛け終えた。その頃には疲労困憊になっていたが、ようやく昼食の時間になったので休憩できる。
食堂は例のごとく混雑していたが、今日は何故か皆の食が早いので、この分なら席には困らないかもしれない。
この食堂の昼食と夕食は、私達のリクエストが意外と採用される。リクエスト用の掲示板に食べたいメニューを書いておくと、書いてあるものの中から抽選で採用が決まる。私も何度か書き込んだ事があり、意外と人気が高い制度だ。
この食堂のメニューが変わるのは二週間ごと。丁度週始めの今日がそれにあたる。さて、今日からどんなメニューになったのだろうか。ちなみに、私は和食が大好きだ。
壁に掲げられているメニュー表を見た。そして、変なものが見えた。一旦目を閉じ深呼吸をし、何かを祈るようにして目を開けた。やはり、見間違いではなかった。
中華、中華、中華、中華、中華、中華、中華、中華、中華、中華、中華、中華、中華、中華、中華
オール中華。これは、誰かの陰謀だろうか。向こうの方で美鈴さんが何故か勝ち誇ったような顔をして特盛りの焼き飯を食べていて、更にそれを離れたテーブルでラーメンを食べながら見ている咲夜さんの眼差しに、どこか殺気が篭っているように思えた。
この、どこか不穏な空気が原因で皆が早く昼食を切り上げているのだろう。裏口周辺にあるメイド専用掲示板の今日のナイフ注意報も、“特に問題無し”から“要警戒”に切り替わっていたのを思い出した。
仕方が無いので、マーボー豆腐を頼んでみた。そして、失敗したと反省した。本場仕込みの辛さだったのだ。回りを見渡すと、他の料理も独特の香辛料が全て効いている様だ。
掲示板に書き込むのは一人二品までという決まり事ができたのは、それからすぐ後の話だった。どうでもいい事だが、もう少し考えて採用して欲しかった。中華の逆襲?
~ PM 1:30 ~
昼食を終え、同僚のメイド達とのんびりと会話を楽しんだ後、昼のお仕事開始時間になった。お昼からは外勤なので、庭に集合となった。
今からのお仕事の内容は、庭の大分伸びてきた雑草の排除した後、図書館出向。ハードな仕事の二本立てとなった。
外勤のメイド全員に鎌が渡される。紅魔館の庭は、全般的に何故か栄養がいいらしく、放置しておくとすぐに雑草が伸びてくる。
ある一説によると、この庭に色々と埋められているとの事だが、何が埋められているのかは定かではなかった。しかし、庭に咲く花の色は赤色が多いと言う事実は、何を意味しているのだろうか。
~ PM 2:30 ~
三度痛み出した腰痛の為、作業の手を一旦止める。その場に立ち上がり、軽いストレッチ運動を始めた。
周りを見渡すと、無駄に広い紅魔館の庭がよく見える。それなりにまとまった人数のメイドが雑草抜きに挑んでいるはずなのだが、点々として見えるだけである。
まったく、無駄によく伸びる雑草だ。中には、膝の高さまで伸びている草も少なくなかった。抜こうにも根がしっかり張っていて、私の力では抜けない。だから、こういう時の為に鎌を渡されているのだ。
抜いても抜いても、すぐに生えてくる。この仕事に、恐らく終わりは無いのだろう。除草剤は、パチュリー様が研究で使うと言って植えて、その後忘れ去られて野生化した魔草に悪影響を及ぼし、凶悪化して以来怖くて使用禁止になっている。
軽いストレッチ運動を終え、再度仕事に取り掛かる。入り口周辺の区画には芝が植えられているが、館の側面や裏側に面した庭には基本的に何も植えられていないので、雑草との格闘場所は広範囲に渡る事になる。
ただ、趣味で家庭菜園を始める者もいて、所々に畑があったりする。咲夜さんやお嬢様も、館の景観を損なわないなら土地を無駄にしておく必要も無いとの事で、GOサインが軽く出ている。どうせ来客者は殆どいないし、あっても正面しか見ないだろうし。
お嬢様達の許可が出ているという事で、最近畑を増やすメイドも増えだした。収穫の何割かを紅魔館に献上すれば、正式にお仕事としても認められるようになった。お陰で、美味しい野菜や果物が食べられる機会が増えて、私も嬉しい。
ただ、正直パチュリー様の魔草栽培だけは止めて欲しかった。時々奇声も聞こえるので、怖い事この上なかった。
~ PM 3:30 ~
庭の雑草抜きが終了したので、図書館に出向いた。ここでのお仕事は、基本的に掃除である。本の整理はここの小悪魔さんが取り仕切っているので、私達の出番は無かった。
ただ、掃除と言っても館の掃除よりも難しかった。本棚が複雑に入り組んだ形で配置されているので、今でも時折迷子になる事がある。それと、怪しげな力を帯びた魔道書も少なくないので、本の持つ魔力に当てられて体調を崩す事も少なくなかった。
日の光が当たらない通路を、恐々と掃除をしながら進んだ。今日の担当エリアは、入り口に比較的近い安全な場所。重要な書物(私達にとっては危険な力を帯びた書物)は時々来る黒白の魔法使いに持っていかれないために、自分の近くに置いているのだ。
区分けして皆で分担して掃除をしていると言っても、図書館も中々の広さなので意外と時間が掛かる。それに加え、通路だけでなく本棚の上に堪った埃も取り除かなければならないので、かなりの重労働になる。
本を傷つけないように気をつけながら、慎重に脚立を配置して上る。本棚の上を乗る行為は、本棚によっては老朽化している物もあるので危険だった。それ故に、何度も何度も脚立を配置して上ると言う行為を繰り返さなければならない。
遠くの方で、誰かの悲鳴が聞こえた。ああ、今日もまた本の禍々しい気に当てられたメイドが出たようだ。こういう場所の仕事は、何ら力を持たない人間の一般メイドじゃなく、せめて妖怪の一般メイドか力を持つメイドを当てて欲しいものだ。
大急ぎで小悪魔さんが一人のメイドを抱きかかえて、外に出て行った。恐らく、倒れたメイドを医務室に連れて行くのだろう。
小悪魔さん、何か何まで大変ですね。でも、負けないでください。私、応援していますから。
~ PM 5:30 ~
一部危険と隣り合わせの図書館でのお仕事を終え、紅魔館に戻った。これから夜勤組みとの引継ぎ作業があるが、それもすぐに終わる事だった。
これから夜勤の仕事になるが、私達日勤組みはお仕事終了となる。夜勤のメンバーは前もってローテーションが決められていて、全一般メイドの四分の一がそれに当たる。
私も月に何度か夜勤になるが、朝まで起きているのが非常に辛かった。途中何度か寝た事もあって、その都度他のメイドに叩き起こされた。
夜勤は夜の雑事を担当する以外に、警備部との合同の警備の任に付く。しかも、その警備部の隊長である美鈴さんが、二日に一度の夜勤なので大変である。美鈴さん麾下のメイドも、三分の二半は残るし。
美鈴さんは本当に大変そうだ。でも、いつも不満そうな顔一つ見せずにお仕事に励んでいる姿は、同じ紅魔館のメイドとして尊敬の念を抱かずにはいられない。
~ PM 6:00 ~
夕食を頬張りながら、今日も一日よく働いたなと思った。ちなみに、夕食と昼食はメニュー別で、オール中華という惨事は起きていない。色んなメニューが並んでいる中、私は焼き魚定食を選んだ。やはり、和食が一番である。
お代わり自由の緑茶を取りに、席を立つ。急須のある場所へ行くと、受け取ったばかりのトレーを持った妖怪のメイドとすれ違った。ちなみに、彼女が頼んだ食事はカレーである。
紅魔館のメイドの約半分は妖怪で、本来妖怪の主食は人間なのだが、紅魔館では人間のメイドの捕食は禁止されている。その禁を犯すと、咲夜さんの刑である。
ただ、今までにその刑が執行された事は無いらしい。人間メイドも妖怪メイドも、共に紅魔館で働く仲なのだ。そこには、人間も妖怪も無いのかもしれない。
~ PM 7:30 ~
脱衣場で着ていたメイド服を脱ぐ。大型バスタオルで身を包み、共同大型浴場への扉を開けた。
紅魔館の個室には浴室は付いていない。火の管理は徹底していて、決められた場所でしか火を起こせない事になっているのだ。このご時世、蛇口を捻ればお湯が出てくると言うような夢のような話があるわけも無く、お風呂はお湯を炊かなければならないのだ。
夜勤組みの仕事の一つに、お風呂のお湯炊きがある。決められた時間中お風呂の下のかまどに薪をくべ、火の調節を行う。これが中々大変な作業で、火の加減一つで湯加減が変わってきてしまうのだ。煮えたぎったお風呂などにしてしまった日には、翌日は謝って回らなければならないだろう。水風呂は、論外である。
お風呂も、割と混雑していた。決められた時間内しか利用が出来ない為、どうしても人口密度が増えてしまう。あまり利用時間を長引かすと、そのぶん湯を沸かしているメイドの負担が増えるからだ。
体を洗う場所を探していると、髪を邪魔にならないようアップにしている美鈴さんが体を洗っているのを発見した。そして、色々と後悔した。何て言うか、女として負けている気がしてならないのだ。
適当な場所で体を洗い、湯船に入った。のんびりとお湯に浸かっていると、何処からか鼻歌が聞こえてきた。横を振り向いてみると、美鈴さんがかなりくつろいだ格好で鼻歌を歌っていた。ちゃっかり頭の上にタオルを載せるのも忘れていない。
しかし、お世辞にも上手いものではなかった。聞くに堪えられず、そそくさと出ていく者もいる。これさえなければ、いい先輩なんだけどな。
「ねえ、美鈴。その調子外れの鼻歌、即刻止めてもらえないかしら。」
まさに救いの手が舞い降りた。その声の主を探すべく周りを見渡すと、私の横に美鈴さんとは逆の位置に咲夜さんが湯に浸かっていた。
「あれ、咲夜さんじゃないですか。どうです、もう一曲でも。」
「だから、それをもう止めろと言っているのよ、私は。」
「つれないな、もう。せっかく咲夜さんの為に一曲作ったのに。」
「結構よ。その辺の野良犬にでも聞かせてなさい。」
私は咲夜さんと美鈴さんに挟まれる形でお湯に浸かる羽目になった。美鈴さんはともかく、咲夜さんとお風呂を一緒に入るのは初めてだった。
好奇心に負け、横目で咲夜さんを盗み見してみた。そして、また後悔した。胸こそ大きくないがあの肌の白さといい、艶やかさといい、私は完全に負けていた。もちろん始めから勝負をしようなど恐れ多くて考えもしない話だが、それでも敗北感に打ちのめされた。
女の魅力を備えた二人に挟まれながら、しばらく黙ってお湯に浸かっていた。横で美鈴さんが極楽極楽と呟き、もう一方で咲夜さんが数字を小声で順に読み上げていた。
咲夜さんの呟く数字が二百を数えたとき、咲夜さんがお湯から上がった。それに続く形で美鈴さんもお湯から上がった。
改めて脱衣場へと向かう二人を見て、色々と負けたと思った。美鈴さんは出る所は出て、へこむ所はへこんでいる。咲夜さんは元々白かった肌が上気して、少し赤みがかかっていた。それが、女の私でも少し分かるくらい色気を引き出していた。
いいなあ。あと何年すれば私もああなれるんだろう・・・
~ PM 9:00 ~
今日一日の出来事を、ベッドの中で簡単に振り返った。色々とへこむ要素があったが、その他はいつもと概ね変わらない。紅魔館でのメイド生活は、基本的に何も変わりはしないのだ。明日から二週間、昼食がうんざりしそうであるが。
廊下の方で、複数の足音が聞こえた。これから誰かの部屋にでも行って、麻雀などの遊びにでも熱を出すのだろう。確かに寝付くにはまだ早い時間であるが、私はいつも次の日の為に早く寝る事にしていた。
寝付く前に、母の形見の懐中時計を掲げた。月の光が淡くその姿を照らし、しばらくそれに見入っていた。
幻想郷には、懐中時計を作り出せれるほどの技術力は無い。少なくとも、人は持っていなかった。この懐中時計を、母が何故持っていたかは知らない。ただ言える事は、針が止まればもう動く事は無い事だ。
後何年、私はこの時計が刻む時を歩む事が出来るのだろうか。せめて、母の形見であるこの懐中時計が役目を終えるまでには、立派なメイドになれていればと思う。
あの世で待つ両親の元にこの懐中時計が行く時、せめていい土産話でも持たせてあげたいものだ。
睡魔に勝てなくなり、目を閉じた。懐中時計を持った手を胸に当て、お休みを呟く。
そして、意識が夢の中へと消えていった。
~ AM 6:30 ~
朝、まだ夜が明けるかどうかのこの時間に、私はいつも起床する。寝ぼけた頭を覚ます為に、洗面所に向かい顔を洗う。洗面所から戻ってきた後、メイド服に着替えた。
紅魔館で割り振られる部屋は、基本的に全員個室なのでプライベートは守られる。部屋には大抵の物が持ち込みが許可されているので(但し、男は不許可)、そこの主の個性に影響された部屋に成り果てる部屋は少なくなかった。
例えばメイド長の咲夜さんの部屋は所狭しとナイフが飾られているし、警備部隊長の美鈴さんの部屋は筋トレグッズが散乱している。
だが、私の部屋は簡素な物だった。私物と言えば母の形見の懐中時計くらいな物で、後は支給品ばかりだ。懐中時計といっても、咲夜さんの持っているような立派な物じゃなく、動いているのが不思議なくらいのボロボロな物である。
母が病で死に、母を追うように父も死んだ。兄弟は持たず、親戚もいなかった。一人取り残された私は、その時食べていく術を失ったのだ。
そんな途方に暮れていた時に、紅魔館のメイド募集の噂を聞いた。何故か命の保障はされていなかったが衣食住の保障がされていたので、藁をも掴む思いで紅魔館に赴いた。
そして一年の研修期間を経て、正式にメイドとして配属された。正式配属が春だったので、かれこれ四ヶ月は経った事になる。
正直、紅魔館のメイドの仕事はかなりハードだが、食いっぱぐれるよりは遥かにマシだ。まだ生まれて十七年の私に、他の場所で生きていく自信は無かった。
母の形見である懐中時計を、ポケットの中に滑り落とす。これだけは、常に身に着ける事にしているのだ。
~ AM 7:30 ~
食堂で朝食が振舞われるこの時間は、喧騒に包まれる。朝の人気メニューは個数限定で、激しい争奪戦が展開されるのだ。
先に並んでゲットしたものが勝ち。そこには年功序列や上司・部下といった関係は一切存在しなかった。食堂がオープンすると同時に皆が一斉に駆け込み、我先にと列を成す。
ただ、暗黙の了解があるらしく、武力行使はタブーとされていた。それと、器物破損は正式に禁止されている。以前、美鈴さんが開店時間と同時に天井をぶち抜いて現れた事があるらしく、それ以後天井、壁、床、その他もろもろの物の一切の破壊禁止になった。
しかし不思議な事に、気が付けばいつの間にか前列の方に咲夜さんの姿が毎回あるのは何故だろうか。
私は、いつも残り物を食べる事にしていた。残り物には福があると言うゲンをかついでの事だ。ただ、売れ残り歴(自粛)年の先輩メイド曰く、そんな言葉は当てにならないとの事らしいが。
私の他にあの喧騒の中に割って入る自信が無いメイドが数人、列の最後尾に着いた。大体顔ぶれは変わらないので、最早顔なじみになっている。お互い、苦い笑みを浮かべて溜息を付き合う。これもいつもの光景だ。
食事を受け取り、空いた席を探す。食事の時間で、この作業が一番疲れる。真面目に考えれば、これだけの人数分の席があるはずが無いのだが、美鈴さん筆頭、早食いがモットーのメイドが多数存在するので、意外と探せば席が見つかるのだ。
何とか空いた席を見つけ、そこに腰を落ち着け、席を探している間に大分冷めてしまった料理に手をつけ始めた。
~ AM 8:30 ~
お仕事開始の時間になった。今日の私は日勤で、午前中は内勤、午後は外勤と言うシフトになっている。
内勤の仕事内容は主に掃除が中心で、洗濯、客間のベッドメイクなどもある。さすがに厨房関係は専門の訓練を受けたメイドでなければ勤まらないので、私のような一般のメイドには関係ない事だった。
外勤は、警備、庭の手入れ、外壁の掃除、買出し、図書館出向などなど。警備は美鈴さん麾下の警備部が殆どを担当しているので、欠員が出た時に補充としての仕事だ。
庭の手入れも同様、専門的な知識と技術を身に着けたメイドが担当しているので、これはお手伝い程度の仕事だ。とは言っても、広大な敷地の雑草抜きは非情に体に堪えるものがあるが。
夜勤では、基本的には警備が主となる。闇夜の中で作業するのは効率が悪いし、掃除は昼間に全て終わらせる事になっている。それ故に全メイドの四分の一が警備部と連携して警備に付く事になる。はっきり言って眠い上に暇でしょうがない仕事である。誰が、あえて夜に紅魔館に対して喧嘩を売ると言うのだろうか(黒白魔法使いは昼間に来るので除く)。
警備部なら戦闘能力、庭担当ならセンス、厨房担当なら料理の腕など、専門的な能力をを要求されるような人員固定の部署が一部あるが、基本的に私達一般メイドは様々な仕事をさせられる。
一人が一つのスペシャリストになるのではなく、皆が全ての事を満遍なく出来るようにする。その方針の下、毎日違った場所で様々な仕事をこなさなければならない。とにかく覚える事が沢山あるので大変なのに、体力面も要求されるものばかりなので相当ハードである。
お仕事を始める前に、内勤のメイド達が一同に集められて仕事の場所を割振られる。その時、咲夜さんの気分しだいで激励の言葉や脅迫の言葉を授かる時がある。
今日は何事もなく割り振りが発表され、私は二階の廊下担当に決まった。
~ AM 9:00 ~
箒を操る手を止め、痛み出した腰に手を当てた。掃除を終えた廊下の長さと、終えていない担当の廊下の長さを計ると、正直目眩がしそうである。
とにかく紅魔館の廊下は、掃除をする者にとって殺人的な長さだ。本来ならそこまで長くないのだろうが、何故か空間が捻じ曲がっていて、その分余計に長くなっているのだ。
箒で埃と塵を一箇所に集め、塵取りに入れる。そんな単純作業も、毎日何十回と繰り返す事になると、流石に若さには自信がある私でも腰が痛くなってたまらなかった。
この廊下の担当は私を含めて数人いたはずだが、その人数で廊下の長さを割っても相当な距離になる。加えて、咲夜さんが自分が掃除するのと同じくらいの綺麗さを求めてくるので、堪ったもんじゃなかった。塵一つ立たせずに掃除をするなんて、無理な話である。
腰と肩を回し、派手に間接の音が廊下に響き渡った。この年で肩こり腰痛持ちだなんて情けない話だった。この道(修正させられました)年の先輩ベテランメイドにコツを聞いたが、慣れるしかないと言われてしまった。
研修期間の一年とそれからの四ヶ月、まだ慣れるには早いのだろうか。色々と諦めて、再び掃除に取り掛かった。
~ AM 10:00 ~
割振られた担当の廊下の掃除を終え、今度は洗濯のお仕事に取り掛かった。洗濯と言っても、これだけの人数が紅魔館で生活しているので、必然的に膨大な量の洗濯物の山が待ち構えている。
だが、一人が前の日に着用したメイド服と下着を一着ずつとベッドのシーツ一式だけなら問題になる量になるはずが無かった。しかし、目の前の未洗濯物の山を見ると、現実は厳しいんだなと思う。
ハンカチ、スカーフ、タオルなどは仕方が無いので問題にはしない。だが、何故か紛れ込んでいる私服、何故か真ん中辺りが大きく濡れている布団のシーツ、何に使ったか分からない湿った布、怪しげな薬品が付着し変色したタオル、何故一日にこんなにも着替えられるのか不思議な同一人物のメイド服が大量、洗濯しにくい中華風の民族衣装が数着などは、正直勘弁してくれと言いたくなる。
洗濯物を出せば出すほど自分達の首を絞めるだけなのだが、何故か洗濯物は減ろうとしなかった。ただ、分量的には洗濯をしなくていい警備部が一番多いという事実は、何を意味するのだろうか。
洗濯は決まってこの時間に始まる。それまでに内勤のメイドは与えられた掃除を終えなければならない。ただ、場所によっては流石に無理があるので、その場合は加わらなくていい。
山ほどある洗濯物を、皆で協力して湖まで持って行く。今日は二往復で済んだが、酷いときは五往復のときもあった。腕一杯持って五往復。何故こんなにもと言うよりも、紅魔館にこんなにも洗濯出来る物があるんだな、と現実逃避気味に感心したものだ。
水に洗濯物をつけて濯ぐ。シミになりそうな場所は懸命に擦る。以前は石鹸を使っていたらしいが、ある夏の日に大量に赤いものが湖に発生したらしく、以来使用禁止になっていた。
洗濯をしていた手を止め、軽く肩と首を回した。腰も左右に揺らす。肩こり腰痛の原因その二は、やはり洗濯だろう。これも、早く慣れるしかなかった。
~ PM 12:30 ~
大量にあった洗濯物を洗い終え、全て物干し竿に掛け終えた。その頃には疲労困憊になっていたが、ようやく昼食の時間になったので休憩できる。
食堂は例のごとく混雑していたが、今日は何故か皆の食が早いので、この分なら席には困らないかもしれない。
この食堂の昼食と夕食は、私達のリクエストが意外と採用される。リクエスト用の掲示板に食べたいメニューを書いておくと、書いてあるものの中から抽選で採用が決まる。私も何度か書き込んだ事があり、意外と人気が高い制度だ。
この食堂のメニューが変わるのは二週間ごと。丁度週始めの今日がそれにあたる。さて、今日からどんなメニューになったのだろうか。ちなみに、私は和食が大好きだ。
壁に掲げられているメニュー表を見た。そして、変なものが見えた。一旦目を閉じ深呼吸をし、何かを祈るようにして目を開けた。やはり、見間違いではなかった。
中華、中華、中華、中華、中華、中華、中華、中華、中華、中華、中華、中華、中華、中華、中華
オール中華。これは、誰かの陰謀だろうか。向こうの方で美鈴さんが何故か勝ち誇ったような顔をして特盛りの焼き飯を食べていて、更にそれを離れたテーブルでラーメンを食べながら見ている咲夜さんの眼差しに、どこか殺気が篭っているように思えた。
この、どこか不穏な空気が原因で皆が早く昼食を切り上げているのだろう。裏口周辺にあるメイド専用掲示板の今日のナイフ注意報も、“特に問題無し”から“要警戒”に切り替わっていたのを思い出した。
仕方が無いので、マーボー豆腐を頼んでみた。そして、失敗したと反省した。本場仕込みの辛さだったのだ。回りを見渡すと、他の料理も独特の香辛料が全て効いている様だ。
掲示板に書き込むのは一人二品までという決まり事ができたのは、それからすぐ後の話だった。どうでもいい事だが、もう少し考えて採用して欲しかった。中華の逆襲?
~ PM 1:30 ~
昼食を終え、同僚のメイド達とのんびりと会話を楽しんだ後、昼のお仕事開始時間になった。お昼からは外勤なので、庭に集合となった。
今からのお仕事の内容は、庭の大分伸びてきた雑草の排除した後、図書館出向。ハードな仕事の二本立てとなった。
外勤のメイド全員に鎌が渡される。紅魔館の庭は、全般的に何故か栄養がいいらしく、放置しておくとすぐに雑草が伸びてくる。
ある一説によると、この庭に色々と埋められているとの事だが、何が埋められているのかは定かではなかった。しかし、庭に咲く花の色は赤色が多いと言う事実は、何を意味しているのだろうか。
~ PM 2:30 ~
三度痛み出した腰痛の為、作業の手を一旦止める。その場に立ち上がり、軽いストレッチ運動を始めた。
周りを見渡すと、無駄に広い紅魔館の庭がよく見える。それなりにまとまった人数のメイドが雑草抜きに挑んでいるはずなのだが、点々として見えるだけである。
まったく、無駄によく伸びる雑草だ。中には、膝の高さまで伸びている草も少なくなかった。抜こうにも根がしっかり張っていて、私の力では抜けない。だから、こういう時の為に鎌を渡されているのだ。
抜いても抜いても、すぐに生えてくる。この仕事に、恐らく終わりは無いのだろう。除草剤は、パチュリー様が研究で使うと言って植えて、その後忘れ去られて野生化した魔草に悪影響を及ぼし、凶悪化して以来怖くて使用禁止になっている。
軽いストレッチ運動を終え、再度仕事に取り掛かる。入り口周辺の区画には芝が植えられているが、館の側面や裏側に面した庭には基本的に何も植えられていないので、雑草との格闘場所は広範囲に渡る事になる。
ただ、趣味で家庭菜園を始める者もいて、所々に畑があったりする。咲夜さんやお嬢様も、館の景観を損なわないなら土地を無駄にしておく必要も無いとの事で、GOサインが軽く出ている。どうせ来客者は殆どいないし、あっても正面しか見ないだろうし。
お嬢様達の許可が出ているという事で、最近畑を増やすメイドも増えだした。収穫の何割かを紅魔館に献上すれば、正式にお仕事としても認められるようになった。お陰で、美味しい野菜や果物が食べられる機会が増えて、私も嬉しい。
ただ、正直パチュリー様の魔草栽培だけは止めて欲しかった。時々奇声も聞こえるので、怖い事この上なかった。
~ PM 3:30 ~
庭の雑草抜きが終了したので、図書館に出向いた。ここでのお仕事は、基本的に掃除である。本の整理はここの小悪魔さんが取り仕切っているので、私達の出番は無かった。
ただ、掃除と言っても館の掃除よりも難しかった。本棚が複雑に入り組んだ形で配置されているので、今でも時折迷子になる事がある。それと、怪しげな力を帯びた魔道書も少なくないので、本の持つ魔力に当てられて体調を崩す事も少なくなかった。
日の光が当たらない通路を、恐々と掃除をしながら進んだ。今日の担当エリアは、入り口に比較的近い安全な場所。重要な書物(私達にとっては危険な力を帯びた書物)は時々来る黒白の魔法使いに持っていかれないために、自分の近くに置いているのだ。
区分けして皆で分担して掃除をしていると言っても、図書館も中々の広さなので意外と時間が掛かる。それに加え、通路だけでなく本棚の上に堪った埃も取り除かなければならないので、かなりの重労働になる。
本を傷つけないように気をつけながら、慎重に脚立を配置して上る。本棚の上を乗る行為は、本棚によっては老朽化している物もあるので危険だった。それ故に、何度も何度も脚立を配置して上ると言う行為を繰り返さなければならない。
遠くの方で、誰かの悲鳴が聞こえた。ああ、今日もまた本の禍々しい気に当てられたメイドが出たようだ。こういう場所の仕事は、何ら力を持たない人間の一般メイドじゃなく、せめて妖怪の一般メイドか力を持つメイドを当てて欲しいものだ。
大急ぎで小悪魔さんが一人のメイドを抱きかかえて、外に出て行った。恐らく、倒れたメイドを医務室に連れて行くのだろう。
小悪魔さん、何か何まで大変ですね。でも、負けないでください。私、応援していますから。
~ PM 5:30 ~
一部危険と隣り合わせの図書館でのお仕事を終え、紅魔館に戻った。これから夜勤組みとの引継ぎ作業があるが、それもすぐに終わる事だった。
これから夜勤の仕事になるが、私達日勤組みはお仕事終了となる。夜勤のメンバーは前もってローテーションが決められていて、全一般メイドの四分の一がそれに当たる。
私も月に何度か夜勤になるが、朝まで起きているのが非常に辛かった。途中何度か寝た事もあって、その都度他のメイドに叩き起こされた。
夜勤は夜の雑事を担当する以外に、警備部との合同の警備の任に付く。しかも、その警備部の隊長である美鈴さんが、二日に一度の夜勤なので大変である。美鈴さん麾下のメイドも、三分の二半は残るし。
美鈴さんは本当に大変そうだ。でも、いつも不満そうな顔一つ見せずにお仕事に励んでいる姿は、同じ紅魔館のメイドとして尊敬の念を抱かずにはいられない。
~ PM 6:00 ~
夕食を頬張りながら、今日も一日よく働いたなと思った。ちなみに、夕食と昼食はメニュー別で、オール中華という惨事は起きていない。色んなメニューが並んでいる中、私は焼き魚定食を選んだ。やはり、和食が一番である。
お代わり自由の緑茶を取りに、席を立つ。急須のある場所へ行くと、受け取ったばかりのトレーを持った妖怪のメイドとすれ違った。ちなみに、彼女が頼んだ食事はカレーである。
紅魔館のメイドの約半分は妖怪で、本来妖怪の主食は人間なのだが、紅魔館では人間のメイドの捕食は禁止されている。その禁を犯すと、咲夜さんの刑である。
ただ、今までにその刑が執行された事は無いらしい。人間メイドも妖怪メイドも、共に紅魔館で働く仲なのだ。そこには、人間も妖怪も無いのかもしれない。
~ PM 7:30 ~
脱衣場で着ていたメイド服を脱ぐ。大型バスタオルで身を包み、共同大型浴場への扉を開けた。
紅魔館の個室には浴室は付いていない。火の管理は徹底していて、決められた場所でしか火を起こせない事になっているのだ。このご時世、蛇口を捻ればお湯が出てくると言うような夢のような話があるわけも無く、お風呂はお湯を炊かなければならないのだ。
夜勤組みの仕事の一つに、お風呂のお湯炊きがある。決められた時間中お風呂の下のかまどに薪をくべ、火の調節を行う。これが中々大変な作業で、火の加減一つで湯加減が変わってきてしまうのだ。煮えたぎったお風呂などにしてしまった日には、翌日は謝って回らなければならないだろう。水風呂は、論外である。
お風呂も、割と混雑していた。決められた時間内しか利用が出来ない為、どうしても人口密度が増えてしまう。あまり利用時間を長引かすと、そのぶん湯を沸かしているメイドの負担が増えるからだ。
体を洗う場所を探していると、髪を邪魔にならないようアップにしている美鈴さんが体を洗っているのを発見した。そして、色々と後悔した。何て言うか、女として負けている気がしてならないのだ。
適当な場所で体を洗い、湯船に入った。のんびりとお湯に浸かっていると、何処からか鼻歌が聞こえてきた。横を振り向いてみると、美鈴さんがかなりくつろいだ格好で鼻歌を歌っていた。ちゃっかり頭の上にタオルを載せるのも忘れていない。
しかし、お世辞にも上手いものではなかった。聞くに堪えられず、そそくさと出ていく者もいる。これさえなければ、いい先輩なんだけどな。
「ねえ、美鈴。その調子外れの鼻歌、即刻止めてもらえないかしら。」
まさに救いの手が舞い降りた。その声の主を探すべく周りを見渡すと、私の横に美鈴さんとは逆の位置に咲夜さんが湯に浸かっていた。
「あれ、咲夜さんじゃないですか。どうです、もう一曲でも。」
「だから、それをもう止めろと言っているのよ、私は。」
「つれないな、もう。せっかく咲夜さんの為に一曲作ったのに。」
「結構よ。その辺の野良犬にでも聞かせてなさい。」
私は咲夜さんと美鈴さんに挟まれる形でお湯に浸かる羽目になった。美鈴さんはともかく、咲夜さんとお風呂を一緒に入るのは初めてだった。
好奇心に負け、横目で咲夜さんを盗み見してみた。そして、また後悔した。胸こそ大きくないがあの肌の白さといい、艶やかさといい、私は完全に負けていた。もちろん始めから勝負をしようなど恐れ多くて考えもしない話だが、それでも敗北感に打ちのめされた。
女の魅力を備えた二人に挟まれながら、しばらく黙ってお湯に浸かっていた。横で美鈴さんが極楽極楽と呟き、もう一方で咲夜さんが数字を小声で順に読み上げていた。
咲夜さんの呟く数字が二百を数えたとき、咲夜さんがお湯から上がった。それに続く形で美鈴さんもお湯から上がった。
改めて脱衣場へと向かう二人を見て、色々と負けたと思った。美鈴さんは出る所は出て、へこむ所はへこんでいる。咲夜さんは元々白かった肌が上気して、少し赤みがかかっていた。それが、女の私でも少し分かるくらい色気を引き出していた。
いいなあ。あと何年すれば私もああなれるんだろう・・・
~ PM 9:00 ~
今日一日の出来事を、ベッドの中で簡単に振り返った。色々とへこむ要素があったが、その他はいつもと概ね変わらない。紅魔館でのメイド生活は、基本的に何も変わりはしないのだ。明日から二週間、昼食がうんざりしそうであるが。
廊下の方で、複数の足音が聞こえた。これから誰かの部屋にでも行って、麻雀などの遊びにでも熱を出すのだろう。確かに寝付くにはまだ早い時間であるが、私はいつも次の日の為に早く寝る事にしていた。
寝付く前に、母の形見の懐中時計を掲げた。月の光が淡くその姿を照らし、しばらくそれに見入っていた。
幻想郷には、懐中時計を作り出せれるほどの技術力は無い。少なくとも、人は持っていなかった。この懐中時計を、母が何故持っていたかは知らない。ただ言える事は、針が止まればもう動く事は無い事だ。
後何年、私はこの時計が刻む時を歩む事が出来るのだろうか。せめて、母の形見であるこの懐中時計が役目を終えるまでには、立派なメイドになれていればと思う。
あの世で待つ両親の元にこの懐中時計が行く時、せめていい土産話でも持たせてあげたいものだ。
睡魔に勝てなくなり、目を閉じた。懐中時計を持った手を胸に当て、お休みを呟く。
そして、意識が夢の中へと消えていった。
特に締めが心にきました。
名も無きメイドさんに幸多からんことを……
一つ一つの積み重ねが積もり積もって歴史となる
いいメイドさんの話でした。これからも幸せな生活を・・・
お風呂のシーンちょっと代わっt(夜霧の幻影崩山彩極砲 ギャー
平メイド達と一緒に食事や風呂を済ませるフランクなメイド長が特によかったです。
中国も一般メイドから見たらちゃんと上司というか先輩というか、そんなんなのだなぁ、とも思ったり。
目線を変えて紅魔館の日常を見るのも通かと。
中々趣深い作品でした。
派手ではない、紅魔館に生きている人間。
こういう人物から見る東方という作品に出会え、まだまだ紅魔館も深いなと思わされました。
それにしても「咲夜さんの刑」とはおそろしや…