※真面目成分限りなく0に近いお話です。
紅魔館の一室。
そこに小さなテーブルを挟んで座る少女が二人。
一人はレミリア・スカーレット。いわずと知れたここ紅魔館の主にして吸血鬼。
もう一人はパチュリー・ノーレッジ。レミリアの友人にして百年を生きる魔法使い。
そして足元に転がるワインのビンの山、山、山。
二で割れば致死量。二十で割っても危険域。
とりあえず生き物が飲んでいい量ではない。
無造作にかけられた使い古しの垂れ幕には『呪・霊夢にふられた記念』と書かれている。
「だから~、やっぱり霊夢だと思うわけよぅ。寝込みをこう、がばっと襲ってぇ、嫌がるその首筋にむりやり……うふ、うふふふ――ぶっ」
酔っ払い口調で、何を想像してるのか、赤い液体(もちろんワインではない)をぼたぼたと垂らしながら笑うレミリア。
一方のパチュリーはそんな彼女を冷めた目で見やり、
「くだらない話ね」
と一言。
こちらもかなりの勢いで飲んでいるはずだが酔ったようにはまったく見えない。
いつもと違うといえば顔が青紫になっていることか。
「あ゛!?」
直後、レミリアの妖力開放により室温急上昇。
体を乗り出し、両手でテーブルをバンと叩いてパチュリーを睨み付ける。
普通ならその眼力に圧されて謝ってしまいそうなものだが、さすがは付き合いの長いパチュリー、そんなことでは動じない。
すっと下を見やり、くすくすと笑う。
「……短いのね、足」
事実、レミリアの足は身長に比例して短い。
だから当然床に届かない。体を乗り出すには椅子の上に乗らないといけなかった。
パタパタと動くコウモリ羽が妙に哀れみを誘う。
「くっ……のモヤシがぁっ!!」
本当に痛いところを突かれれば誰だってキレる。酒が入っていればなおさら。
お嬢様必殺の手刀がパチュリー目掛けて突き出された。
当たれば即死。しかし、長い間困った人と友人関係をもっていると、そこら辺の行動も読めてしまうものらしい。
手にした分厚い本で難なくそれを受け止める。
分厚い表紙と千ページはあるそれの中に、レミリアの手は深々と突き刺さったまま止まってしまう。
「ちぃ――」
手を引き抜こうとするレミリア。
それよりわずかに早く、
「《変換》、《銀の枷》」
パチュリーが簡易スペルの詠唱を終える。
――ガチャン。
手錠をかけるような音がして、本がレミリアの手を拘束した。
「い……痛たたたた!!」
じゅうじゅうじゅう。
部屋は少しだけ焦げ臭くなった。
しばらくして。
「痛たた……なんてことするのよパチェ」
「その言葉、そっくりそのままお返しするわ」
すっかり酔いのさめてしまったレミリアは、まだ火傷痕の残る手をさすりながら恨めしげにパチュリーをにらんだ。
そんなものはどこ吹く風と、パチュリーは平然としている。
こちらも一応酔いはさめたらしい。
老人のようにぷるぷる震える手で大きな穴の開いた本のページをめくっている。
「それで? 人を呼び出して酒を飲ませて、いったい何がしたかったの?」
「何、ですって――?」
レミリアの声のトーンが一つさがる。
パチュリーは部屋中の空気が凍りついたような錯覚を覚えた。
レミリアは拳をきつく握り締めたままぶるぶる震えている。
何をするわけでもなくその様子を見守っているとついにレミリアが切れた。
「パチェが『霊夢みたいな娘には昼夜問わずAttackあるのみよ!』なんて言うからその通りにしたのに! 邪険にされた挙句、出禁くらったんじゃないのよー!!」
勢いよく振り下ろされた拳で、小さなテーブルは真っ二つになった。
~回想~
「もう来るな」
霊夢の一言にレミリアは目を丸くした。
「え? ど、どうしてよ」
「ほう? わからないと?」
こめかみを引きつらせながらビシッと指差した先には。
猛スピードからの着地で砂になった石畳、寝ぼけて抱きついて二つに折った柱、室内弾幕ごっこで無駄に広くなってしまった居間。
極め付けにグングニルの直撃で土台しか残っていない鳥居。
これはもう笑うしかなかった。
「あ、あははは……」
「わかったらとっとと帰れー!」
~回想終了~
飛んでくる木屑を手にした本で防ぎながら、その影でパチュリーはにやりと笑った。
――当たり前じゃない。レミィ。誰が貴方をあんな紅白なんぞにくれてやるもんですか。
正真正銘、おとぎ話に出てくる悪役の魔法使い顔負けの、邪念に満ちた笑みだった。
目にうっすら涙さえ浮かべているレミリアを見て幸せそうに笑うパチュリー。
――そうそう、そうやって泣くのを必死に堪えてるその表情もいいわ……おっと鼻血が。
どこからか取り出したティッシュを鼻に詰めて本をおろす。
そして、本当に後悔しているような顔で頭を下げ、手で顔を覆った。
「ごめんなさい、レミィ。……そうよね、私の考えが浅はかだったわ。まさか、貴方をそんなにも傷つけてしまうなんて……これじゃ友人失格よね。……うっうっ……」
迫真の演技で、友人を傷つけて後悔している自分を演じるパチュリー。もちろん泣いてなどいない。嘘泣きである。
友人失格の前に人間失格といえる。
だが演技といえど手抜きはしない。全力で相手を騙しにかかるその姿勢は、ある意味立派だった。
「うー……なにも泣くことないじゃない。貴方が私のためを思ってしてくれたことはわかってるから許してあげるわよ」
現に騙されておたつく吸血鬼がここに一人。
感情に任せてパチュリーを非難したものの、元はと言えば自分が知恵を借りに行き、それを実行したのだ。
それがわかっている以上、非がどちらにあるかがわからないほどレミリアも子供ではない。
相手に泣かれて冷静になると、自分が悪いことをしたように感じて後ろめたくなった。
「ね? だからもう泣き止んで」
「……私を許してくれるの?」
「ええ。さっきは言い過ぎたわ。私のほうこそ、ごめんなさい」
「ありがとう、レミィ」
互いを労わり、やさしく抱き合う二人。
傍から見るととても美しい光景だったが、パチュリーの詰め物は先の先まで真っ赤に濡れていた。
またしばらくして。
「……搦め手?」
「そうよ、レミィ。霊夢は知っての通り、ふわふわとしてつかみ所のない娘。力任せにぶつかっても効果は望めないわ」
いつの間にか用意されていたホワイトボードに、パチュリーは霊夢らしき絵を書く。
人かどうかも危うい人物画に、何故か精密に描かれた紅白の衣装と陰陽玉。人物画のあまりの手抜き加減にレミリアの眉がつりあがるがそこは気にしない。
そこに矢印で引っ張って『雲』と書く。霊夢をなかなか的確に表現している言葉だ。
「だから、押してもだめなら引いてみろ。彼女から人を遠ざけて独りにすればいいの。そうなれば彼女だって人間。孤独に耐えかねて彼女のほうから貴方のところへやってくるわ!」
バン、とホワイトボードを叩いて力説するパチュリー。
もちろんそんなことは絶対にない。孤独になっても霊夢のことだ、そのままのんびりと日常を過ごすことだろう。まぁ天地が逆さまになれば……もしかしたらこの館を占領しに来るかもしれないが。
というか、力任せにぶつかっていけと言ったのはどこの誰だったか。
「さすがねパチェ! 今度こそうまく行きそうな気がしてきたわ!」
そんなことを欠片も思わずに無邪気に喜ぶレミリア。
パチュリーは表には優しげな微笑みを浮かべながら、裏側ではほっと胸をなでおろしていた。
――危ない危ない。さっきは酒の勢いでついつい本音を漏らしてしまったけど、どうやら上手く誤魔化せたみたいね。
こういう時のレミリアは、言葉で言い包めてしまうに限る。
レミリアはこういった色恋沙汰となると判断力が著しく鈍るからだ。きっと、経験不足でどう考えたらいいか迷うのだろう。
この手を使ってパチュリーは何度も同じことを繰り返してきたのだ。
――それにしても……密室で家庭教師が可愛らしい生徒と二人きり……これもいいわね。
新しいティッシュを鼻に詰めながらパチュリーはにやりと笑った。
もうレミリアなら何でもいいようである。
「でもパチェ、霊夢の近くにいるって……誰から当たればいいかしら?」
大事なことに思いついたという顔でレミリアが尋ねる。
それもすでに計算済み。
パチュリーは一人目と決めていた人物の名を口にした。
「そうね……アリス・マーガトロイド、彼女あたりがいいと思うわ」
「どうして?」
レミリアは不思議そうな顔をしている。
理由は明らかだ。
彼女――アリスは霊夢との付き合いはあるが、レミリア同様やっぱりまるで相手にされていない。それどころか、最近では妙に魔理沙と仲が良いらしく、いがみ合いながらもよく一緒に行動しているとのもっぱらの噂である。
そんな人物を霊夢から遠ざけたところで、彼女は爪の先ほども孤独を感じたりはしないだろう。
「それはね」
ところが自信満々のパチュリーさん。
お嬢様が抱く疑問もすべてお見通しなのだ。
「彼女はあまり人付き合いがないらしいの。だから他の……例えば魔理沙と比べると大分やりやすい相手だと思うわ」
「『殺りやすい』? まあ確かに」
「――違う!!」
ふむふむと頷くレミリアに突っ込みをいれるパチュリー。
ばれたら大変な上に後片付けがとても面倒だ。
だから殺人だけは断固拒否。遠ざけるにしてもこの世から遠ざけてどうする。せっかくのストックがもったいない。
「いい? 私はアリスを『消せ』って言ってるんじゃなくて、『友達になりなさい』、って言ってるの」
「殺生は?」
「だめ」
「なんでよ?」
「霊夢に嫌われたくないでしょう?」
その可能性も薄いのだが、なにせレミリアのことだ。
あのままスルーしようものなら、霊夢と付き合いのある人間妖怪その他諸々すべて消しに行きかねない。
「そ、そうね……それは困るわ」
霊夢に嫌われる、という言葉が効いたのか、レミリアは頷いた。
ほっと一安心。
「それじゃあ、アリスを夕食にでも誘ってみましょうか」
「パチェ、彼女が今どこにいるかわかるの?」
「ええ。今ならヴワルにいるはずよ。私が呼んでくるから、貴方は先に広間に行っていて。あと、これを読んでおいてね」
紙切れを一枚レミリアの手に握らせると、パチュリーは歩き出した。
…………………………
パチュリーの言葉どおり、アリスは確かにヴワルにいた。上海もろとも縄でぐるぐる巻きにされて猿轡をかまされているので、『いる』というより『監禁されている』と言った方が正しい気がするが。
「ご機嫌いかが?」
勤めて明るく声をかけるパチュリー。
その姿ははっきり言ってB級映画に出てくる誘拐犯のそれだ。
半泣きになりながら激しく首を振るアリス。よっぽど怖かったらしい。
「そう。それはよかったわ。これから貴方に少し協力してもらいたいことがあるの……」
というわけで。
「ほ、本日はご夕食に、お、お招きいただきまことに、あり、ありがとうございます」
がたがた震えながらアリスは用意された席に着いた。上海はいない。縛ったまま放置してある。
「いいのよ。ちょくちょくうちに来てるし、たまには夕食に誘うのもいいかと思っただけだから。……でも、貴方の顔を見るのはずいぶんと久しぶりね。どうしてかしら?」
にこやかに笑うレミリア。それもアリスの隣で。
小さな悲鳴を上げたあとで、慌ててそれを取り繕うように愛想笑いを浮かべるアリス。
もともと小心者の上に手元に人形がいないものだから、下手をすればフォークを落とした音だけでも失神しそうだ。
パチュリーはその様子を正面の特等席でじっくりと眺めている。
――レミィもいいけど、アリスのあのお人形のような綺麗な顔が怯える様子もたまらないわー。
魔女は節操がない上に守備範囲も広かった。
未だ見ぬ名場面を見逃すまいと目を見開いている。
「今度はお嬢様にいったい何を吹き込んだんですか?」
と、そこへ現れたのは咲夜だ。
いつもより一人分多い食事を用意させられたから誰を呼ぶのかと思えば……と半分呆れ顔である。
「とってもいいことよ。見ていればわかるわ」
目の前の豪勢な料理には目もくれず、ひたすら二人を凝視するパチュリー。
「いいこと、ですか……」
咲夜は疲れた顔で大きく一つため息をついた。
そうこうしているうちにレミリアはアリスへと体を寄せていた。ほとんど密着するほどに。
アリスはその分だけ体を引こうとするが、蛇に睨まれた蛙、まな板の上の鯉――固まってしまって動くことさえままならない。
「どうして逃げようとするのかしら?」
レミリアにっこり。
「ま、まさか、そんなわけな、ないじゃない…………ですか」
アリスびくびく。
そしてパチュリーにチラチラと目で合図を送る。
――ちょっと! 話が違うじゃない!
――何のことかしら?
――食事に付き合うだけって話よ!
――もしかして……吸血鬼の食事が何か知らないの?
――!!!???
二人は目で熱く語り合う。
――嵌められた!?
――も・ち・ろ・ん♪
真実へと到達したアリスのとる行動はただ一つ。
勢いよく立ち上がり、
「お、お、おお」
「……お?」
「お邪魔しましたー!!」
オウム返しにたずねるレミリアに目もくれず全力ダッシュ!
しかしそんなことをこのお嬢様が見逃すはずもなく。
「どこへ行くのかしら?」
先回りされ、軽く出された足に引っかかって、アリスは盛大にこけた。
大きく捲れあがるスカート。
パチュリーの鼻から一筋の赤いものが流れ落ちた。
「いや、その、あの……」
上体を起こし、しどろもどろになりながら必死に言い訳を探すアリス。
もちろん後ろに下がろうともしたが、しっかりとスカートを踏みつけられているので動くに動けない。
「ねえ……」
とアリスの傍らに座り込むレミリア。
二人の身長からして、レミリアがわずかにアリスを見上げる形になる。
そして、
――わたしのこときらい?
上目遣いで恥ずかしそうに頬を赤く染め、少しばかり潤んだ瞳でレミリア様はそう仰った。
途端に真っ赤になるアリス。
テーブルに突っ伏しながら鼻血をだらだらこぼしてテーブルをバンバン叩くパチュリー。
――最高よレミィ……『いじめてから最後に「わたしのこときらい?」』たったこれだけの文章からここまでのドラマを作り出すなんて……!
出血量はすでに危険域に突入していた。手当てをしなければ本当に危ない。
しかし、彼女にとっては本望なのかもしれなかった。最後に最高の場面を記憶に刻むことができたのだから。
……カチャカチャカチャ。
?
耳元で変な音がする。
最後の力を振り絞ってふらつく頭を横へ向けると、
そこに、
「これが、いいこと、ですか」
一人の、
「覚悟はできてるんでしょうねえ?」
鬼がいた。
…………………………
数日後。
レミリアはしばらく棺桶から出てこなかったという話。
アリスのコレクションに小さな吸血鬼の人形が加えられたという話。
一命を取り留めたパチュリーがまた何か企んでいるらしいという話。
――その頭には銀のアクセサリーが光っていたという話。
そしてコントラストを為すようにレミリアの可愛さが光りますねw
そして咲夜 愚か者には死を ・・・GJw
そして、主の友人にも容赦しないメイド長も壊れてます。