最初は小さな花だった。
他の草に囲まれ、日の光の当たらない草だった。
このままでは枯れてしまう、もっと、もっと光を……。
もっと上に伸びれば光が当たる。
だから背を伸ばそう、何にも負けないように背を伸ばそう。
背筋を伸ばして、光を浴びよう。
いつの間にか他の草を追い抜いていた。
でも森には大きな木がある。
もっと光を、もっと光を浴びるためにはこの場所ではだめだ。
ここから移動しないと……。
だから移動した。
それから、長い年月が経った。
1:昼遅く、夜早いティータイム
悪魔の住む紅い館、紅魔館。
「あら美鈴じゃない、館の中にいるって事は今日は非番なのかしら?」
「そうですよ~。非番なのでお茶でもしようかな、と思いまして」
美鈴は紅魔館の門番をしている。
咲夜は紅魔館のメイド長だ。
紅魔館の中の顔と外の顔ともいえる二人はお互い部下を持つ身だからだろうか、案外気の会う友人である。
「よかったら咲夜さんもどうですか?」
「ちょっと待って、……いいわよ」
「誘っておいてなんですけど、仕事は大丈夫ですか?」
「ん、終わらせたわ」
「ああ、なるほど」
いつのまにか時間を止めて終わらせてきたようだ。
「じゃあ行きましょうか、どうしたの?」
急いで仕事を終わらせたのだろう、彼女の頭にはつい先ほどまでなかった小さな綿埃が乗っている。
「咲夜さん、ちょっと待ってください、頭に埃が……」
スゥ、と手を伸ばし咲夜の埃を取る。
「あぁごめんなさいね」
完全で瀟洒を自認していても時折抜けているところがあるな、と美鈴は内心で苦笑する。
まぁそこがこの人の持ち味なんだろう。
「お嬢様はどうしてます?」
「あぁ、まだ起きてこられてないわ。でも朝食の準備はしてあるから大丈夫」
咲夜はお嬢様つきのメイドだ、お嬢様への愛はこの館で一番強いだろう。
「どこでお茶にしましょうか」
「そうですねぇ、たまには中庭のテラスなんてどうでしょう?まだ日がありますからきれいな夕焼けが見れますよ」
「いいわね、じゃあ先に行っていて頂戴、お茶の用意をしてからいくわ」
「いいですよ、非番なんですから私が淹れますって」
「まぁまぁ、これも仕事のうち、よ」
花が咲いたような笑顔で言われては美鈴も強くは言えない。
「じゃあお願いします」
「何かリクエストはあるかしら?」
「咲夜さんのお気に入りの紅茶がいいですね」
「わかったわ、じゃあ中庭で」
「はい」
そこで咲夜と別れて足を中庭へと向ける。
中庭へと歩きながら今日は何をしようかなと思い巡らす。
今日は鍛錬を軽めにして近くの森を散策しようか、最近行ってないし。
それとも湖の様子でも見に行ってみようか、大妖精は元気にしてるだろうか?
こちらも最近会ってない。
何しろ夏あたりからお嬢様と咲夜さんは頻繁に館の外に出ているから仕事が多いのだ。
……まぁお茶をしながら考えよう。
何しろ今日は非番、ゆっくりしたいものだ。
日はすでに大分傾き、赤い夕焼けが湖と館を照らす。
湖に反射した赤い光は、昼の白さと夜の青さを伴って虹色に輝く。
光の屈折が天然の芸術となって紅魔館を照らしていた。
何度見ても美しいと思える光景に2人の少女は話をする事も忘れて見入っていた。
ふと美鈴が口を開く。
「そういえば、咲夜さんって百合っぽいですよね」
「……何の話しかしら」
きっかり3秒後に咲夜が聞き返す。
「いえ、咲夜さんの笑顔を見たらなんだか百合の花を思い出しましてね」
「あぁ、そういう事」
「? どういう事を思ったんですか?」
「気にしなくて良いわよ」
「まぁそれでですね、なんとなく白い百合の花を連想しましてね」
何が面白いのか口元に微笑みを浮かべながら美鈴が話を続ける。
「今日はその花を探しに森まで行ってみようかなぁ、と思ったんですよ」
「あら面白そうね、私のイメージの花か……、どんな花なんでしょうね」
「そうですね、白くて、背の高いきれいな花ですよ。見つけられたらお見せしますね」
「それは楽しみね、ところで、なんて名前の百合なのかしら?」
「ん~、まだ内緒ですね。でも咲夜さんにはピッタリですよ」
「ずいぶんとご機嫌ね」
「まぁ非番ですから」
「そうね、ところで今週は何回あの黒いのに不法侵入されたか憶えてる?」
「非番ですから」
「私の記憶によると今週は全戦全敗だった気がするけど気のせいかしらね?」
「非番ですから」
「私の猫度は24点らしいけどあなたの番犬度は何点かしらね?」
「さて紅茶も飲み終えたしそろそろ行こうかな」
「私の話は聞いてるのかしら?」
「非番ですからっ!」
言うやいなや美鈴はテーブルの上の帽子を引っつかんで猛ダッシュ!
「美鈴!! 待ちなさい!!」
後ろから咲夜の声が響き渡る。
「お嬢様がそろそろ起きてくる気がしますよ~!」
咲夜に捕まるものかと美鈴はとどめの一言を置いていく。
「くっ、美鈴! 憶えてなさいよ~!!」
咲夜の遠吠えが聞こえる間に美鈴は空に飛び出した。
「非番ですから~!!」
夜の色が濃くなる紅魔館にそう言い置いて美鈴は近くの森へと進路を向けた。
ひかり、ヒカリ、光が欲しい。
枯れるのはイヤ、死ぬのはイヤ。
だから光を浴びて強くならなければ。
誰にも負けないように。
強く、強く、強く。
2:草原
時間もあることだし、と多少の運動の意味も込めて湖の沿岸を歩く。
花の生えている場所は大体見当がついている。
この前の雑魚妖怪との戦闘で見つけたのだ。
いつもの見回りコースから外れて湖から流れ出る小川の下流を目指す。
幸い、足元は明るい。
半月ではあるものの、雲が少なく、月の光は幻想的であるがゆえに狂的。
このまま森の中に吸い込まれそうな気がするぐらい。
「迷ったら帰るのが大変だなぁ」
1人で呟いて、それでも足は止めずに歩き続ける。
ただ単に歩くだけではつまらないので足元の小川を眺めながら取りとめのない考えに思いを馳せる。
これでうっかり見つかりませんでした~なんて言ったらナイフの雨が降るだろうなぁ…。
せっかくだからいっぱい摘んで花束にしたら咲夜さんは喜んでくれるだろうか…。
でもあの百合の花言葉を知ったらどんな顔するだろうか…。
そこまで考えながら歩いてる美鈴の顔には自然と微笑がうかんでいた。
咲夜さんって根はまだ素直だからイタズラしやすいのよねぇ…。
まぁその後は必ずナイフが刺さってるんだけど、ひっかかった時の咲夜さんの顔は、ねぇ?
なんと言うか、非常に人間っぽい。
なんだか昔の私を見ているようで懐かしい、のかな。
だから守ってあげたくなる。
美鈴にとって紅魔館は守るべきもの、という意識が強い。
レミリアも、フランドールも、パチュリーも、もちろん咲夜も。
みんな大切な家族である。
その中で新参者である咲夜は美鈴にとって非常に興味深い家族であった。
悪魔の住む館で、唯一の人間。
個体では脆弱な部類に入る人間でありながら館の全てのメイドをまとめ上げ、従える人間。
その時間を止める能力はもはや反則の領域に近い。
美鈴自身も、本気の咲夜とやりあって勝つのは至難である、と思っている。
さらに人間は成長が早い。
1年もすればほぼ別人のようになってしまう。
身長は高く、声も艶を帯びて、体の曲線もずいぶんと優美になった。
ずいぶんと長く妖怪として生きてきたが、これほど長い時間を人間と過ごしたのは美鈴は初めてだった。
だから、興味深い。
いつしか森を抜けていた。
背の高い木々の群れが無くなり、そこは一面の草原。
昼では色とりどりの花が咲いているであろうそこは月と夜が全てを青く染め上げている。
緩やかな風が吹き抜けるたびにサラサラと草花達が囁きを交わす。
流れる小川は遥か遠くを目指して流れつづけている。
「ふぅ、歩くと以外に遠かったわね」
ひとり呟いて早速とばかりに目当ての花を探す為に目を細める。
目当ての花はまだ咲いていた。
夏の時期ではかなりの遅咲きとも言えるその百合はまだつぼみの状態で生えている物すらある。
月の光を浴びて白く輝く百合は自然の中で光を求めるように他の草花より高い位置で花開いていた。
「そういえば不死の花、なんて言われていた事もあったわよね」
そっとその花に手を伸ばす。
「あれー?あんた門番じゃないの?」
だし抜けに明るい声が聞こえる。
「もう、いいかげんに名前で呼んでくださいよ」
苦笑しながら花の向こう、草原の中央に向かって返事を返す。
草花を掻き分け、青いリボンが揺れながら向かってくる。
「こんばんわ、大酒呑みの子鬼さん」
草花の中から顔を覗かせたのは幻想郷唯一の鬼、伊吹萃香だ。
「今日はいい夜だね~、アンタも一杯やってくかい?」
「今日は遠慮しておきます、そんな事より今日は1人?」
「ん~、まぁ今は1人だね~」
とにかく宴会だとか騒がしい事が好きな萃香は騒がしい時以外はどこにいるのかは誰も知らない。
「でも今、『アンタも』って言ったじゃない」
「アタシはもう呑んでるけど?」
「まぁそれはともかく」
いつもこんな所にいるんだろうか?
「宴会以外で姿を見かけないと思ったらこんな所にいたのね」
「いつもこんな所にいるわけじゃないよ」
「じゃあいつもはどこにいるの?」
「それは秘密」
ニンマリと笑って答えをはぐらかす。
右手に持った徳利を口元に寄せると中の酒をあおる。
「それにしても門番はなんでこんな所にいるのさ? 職務怠慢?」
「私の名前は紅美鈴で今日は仕事は非番です、それとここには花を探しにきたの」
「ふぅん、花ね。なんだったら私が萃めてあげようか?」
「もうここにあるからいいですよ」
「なんだつまんない」
そう言うと萃香はその場にゴロリと横になって酒を呑み始める。
結局、萃香自身がここにいる理由はまったく喋ってない。
「今日は1人で月見酒?」
「ん~、まぁそんなところかな、やっぱりアンタも呑む?」
「そうね、お邪魔じゃなければやっぱりもらおうかな、非番だし」
「もうお邪魔じゃないよ。はい、杯」
どこからか朱塗りの杯を取り出し美鈴に渡す。
「ありがと、じゃ頂きます」
萃香に酒を注いで貰うと静かに呑みはじめる。
さらっとしていて、呑みやすい。
それでいて甘口ではなく、ノドを伝う熱さはむしろ辛口。
口に含むだけではわからない奥深い味はむしろ萃香自身を連想させる。
誰にでもすぐ懐くし、誰とでもすぐ仲良くなる。
しかし萃香が宴会以外で何をしてるかは誰も知らない。
そんなところが萃香を連想させる酒であった。
3:月見と酒と取りとめの無い会話
月は中天にあり、風はあくまでも穏やか。
森が途切れた草原の真ん中で2人は静かに酒を酌み交わしていた。
聞こえるのは虫の鳴き声と風に吹かれて擦れあう草の葉の音、そして止まらずに流れつづける小川のせせらぎだけ。
なんて穏やかな時間だろう、たまにはこんな休みもいいものだな、美鈴が思っていると萃香が口を開いた。
「そういえばアンタは連日の宴会にはあまり来なかったね」
「まぁ仕事もあったしね~」
大分酒がまわってきたのか、美鈴の口調はすっかり砕けて来ていた。
「アンタは宴会に来た時はみんなにオモチャにされてたわね」
「まぁそれはいつもの事なんだけどね~」
「でも同じオモチャでもあの庭師とは違った」
「どういう事かしらね?」
そこで美鈴は萃香の口調が全然酔ってない事に気が付いた。
しかし萃香は月を眺めたまま喋りつづける。
「アンタは常に違う空気を見てたね、何か懐かしいものを見る目」
「おもしろいわね、続きはあるのかしら?」
杯をあおりながら先を促す。
「誰かといる事が懐かしくて大切なんだね、それは遠い昔に大切な誰かを失ったせい?
だとしてもその大切な誰かは2度と戻らない」
「あながちいい推理ね」
「だからアンタは門番なんかをやっている、でもそれだけじゃ我慢できないみたいだね」
ピクリと美鈴の手が止まる。
「詮索好きは感心しないわね」
「門番は外にいるのが仕事。でもアンタは門の中に入りたがってる、だって門の中の大切な誰かが欲しいから!」
「なるほどよく見てるみたいだけど、それは見ているだけで、事実とは違うわね」
――どこかで鈴の音が鳴り響く。
「だって私は紅魔館の門番、門番は外に居るからこそ大切な人達を守る事ができるのだから」
立ち上がり、目の前の鬼を見据えて視線に力を込める。
「ふん、門番風情が鬼にかなうと思ったか、鬼の力は萃める力、アンタの気を使う程度の能力では話しにもならないよ」
萃香も立ち上がり、何気ない仕草で美鈴に向き直る。
「気は万物に流れる根源の力、それを操る、という事を教えてあげるわ」
美鈴はすでに構えを取り、慎重に間合いを確認する。
すでに語られるべき言葉は終わった。
後はお互いの弾幕で語るのみ。
あくまでも穏やかな風が2人の間を吹き抜ける。
月が小さな雲に覆われる。
雲が流れ、月が再び顔を出す。
完全に月が出きった瞬間――!
「スト~ップ!やっぱヤメ!!」
いきなり大声でさえぎる美鈴。
「え~~!なんでさ、これからがオイシイ所なのに~!」
水を差された萃香が不満そうに声を荒げる。
「ここで弾幕ごっこなんかしたらせっかく摘みにきた花が台無しでしょうが」
もっともな話である。
「まぁいいじゃん、花なんてまたどこかで摘めるって」
「それは面倒だからイヤ」
「う~、じゃあ、飛ぼう、空でやれば花だって傷つかないって」
「あのねぇ、今私たち呑んでるでしょ? そんな状態で空飛んで弾幕ごっこなんかしたら……間違いなく吐くわ」
「うっ」
萃香の脳裏に空中で弾幕を交わしながらゲロを吐く2人の姿がよぎる。
それはなんというか、およそ少女らしくない光景である。
「じゃあどうすんのさ!」
「今日は弾幕ナシ」
「え~!!」
美鈴の一言に萃香は盛大に不満をぶちまける。
「誘ったのはアンタじゃない。まぁ途中まで乗った私も私だけどさ」
まだ不満そうに口を尖らす萃香に美鈴は言葉を重ねていく。
「大体、私は今日は非番なの。日頃の疲れを癒す日に疲れるような事はしたくないし、
花を摘めなくなって咲夜さんにナイフで刺されるのもゴメンだわ。
……それに、故郷を思い出して飲む酒の席で弾幕ごっこは少々趣きに欠けるわ」
最後の言葉に萃香が一瞬だけ身を固める。
萃香は幻想郷唯一の鬼。
はるばる鬼の国からやって来たものの、同族を幻想郷に招く事は失敗に終わっている。
そのままなんとなく幻想郷に住み着いて居るものの、やはり故郷は懐かしい。
特に萃香は一族の代表としてやってきた。
同族のことを思う気持ちは他の鬼達よりも数倍強かったはずである。
「どお? 当たりでしょ?」
萃香を覗き込み、ニヤリと口元を歪める美鈴。
「あ~ぁ、なんだか興がそれたわ!」
萃香は質問には答えずに喋りだす。
それは肯定しないが否定もしない、という事。
「さっさと花でも何でも摘んで帰りな!」
「そうさせてもらうわね~」
まだ口元に笑みを残しながら美鈴はいそいそと花を摘み始める。
機嫌を損ねたのかぐいぐいと乱暴に酒をあおっていた萃香が思い出したかのように聞いてくる。
「そういやさ、なんの花を摘みに来たの?」
「アスフォデルって言う白い百合の花よ。……っと1色じゃ寂しいからもう1種類追加しようっと」
「アスフォデル、ねぇ。あのメイドの事かな?」
「当たり。詳しいのね」
「じゃあアンタはエリンギウムも摘んでくのかな?」
今度は萃香がニヤリと口元を歪めて聞いてくる。
美鈴は思わず苦笑する。
「本当に詳しいわね、でも、ちゃんと意味は解って言ってるのかしらね?」
「3つとも知ってるから安心しな」
「よく見てるわね、ラベンダーの花でもいる?」
「はいはい、アンタはとっとと帰る」
そういって酒をあおる萃香の足元には青く花開いたエリンギウムが集められていた。
「便利ねぇ、うちの館で働いてみない?」
「それは退屈そうだから遠慮しておくよ」
美鈴の言葉を一蹴して萃香は草の上にゴロリと横になる。
「さぁアンタは早く帰りな、あたしはまだ残るから」
「それじゃ失礼するわね」
予定より大きくなった2色の花束を用意してきた紐でくくり、美鈴は両手に抱えて夜空に飛び立って行った。
少しだけ飛び上がったところで美鈴が振り返り、萃香に声をかけた。
「賑やかなのが好きだったら神社だけじゃなくて館にも来なさいね、歓迎するわ」
萃香はそれに左手だけ上げて答えると1人でまた酒を呑み始めた。
4:夜遅く、朝早過ぎるティータイム
月は大分傾き、そろそろ夜も白み始めようとする時間。
美鈴は小さ目の花瓶を抱えて屋敷の中庭を歩いていた。
花瓶には摘んできた青と白の花がきれいに活けられている。
「あ、居た」
テラスの、それも夕方に咲夜と紅茶を飲んだテーブルにランプの明かりが灯っている。
咲夜は椅子に座ってランプの明かりを頼りに読書をしている。
テーブルには紅茶のセットまで置いてある。
「ただいまです、咲夜さん」
美鈴は笑顔で話し掛けた。
「あぁ、美鈴戻ってきたのね」
咲夜は読んでる本から目をそらさずに返事をした。
「外で読書なんて珍しいですね、お嬢様はどうしてます?」
「神社」
咲夜やっぱり本から目をそらさない。
美鈴は『そんな所はパチュリー様に似てきましたね』と言葉にしかけて飲み込む。
視線もそらさずにナイフを投げてくる未来が見えた気がした。
「で、咲夜さんはなんで外に居るんですか?」
「そろそろ帰ってくる時間だから読書もかねてお出迎え」
なんか喋ってる内容まで似てる気がするのは気のせいではないだろうか。
それとも読書してるときは大体みんなこんな感じで必要最低限の事しか喋らないのだろうか?
「ところでそんな咲夜さんにプレゼントがあるんですが……」
そこまで話してようやく咲夜は本から視線を上げた。
そこにはランプに照らされて輝く美鈴が笑顔で花瓶を差し出していた。
「何かしら、……って花?」
咲夜は目の前に出された花瓶を眺める。
花瓶には背の高い白い百合のがたくさん活けてある。
背の高いものに混じってまだつぼみの花が控えめに花が開くのを待っているようだ。
そしてその白い花の前には青い花が少量活けてある。
青い花は細くて可憐な花弁が中心から多く広がっていた。
「はい、そうです。今日の夕方に話してた百合の花ですよ」
咲夜は花を見て目を細める。
「キレイね、だけど何でこの花が私っぽいのかしら?」
「この花の名前はアスフォデルっていうんですよ。そしてこの花の花言葉がですね、『私は君のもの』っていうんですよ」
「何だか素敵ね、その花言葉」
美鈴は咲夜の飲みかけの紅茶を一口飲んで話を続ける。
「ね、何だか咲夜さんみたいでしょ、私はお嬢様のものっていうと」
「あら、その言葉に『みたい』なんていらないわよ?」
そう言ってまさしく大輪のアスフォデルの花のように咲夜の顔がほころぶ。
「で、この小さい青い花は?」
「その花はエリンギウムっていいます、1色だけじゃ寂しいかな~って思ったんでご一緒させて頂きました」
「小さくて繊細な花ね、この花の花言葉は?」
「『光を求める』、です。何だか私らしいかなぁ、と」
「あら、あなたはドライアドの一種だとパチュリー様が言ってたけどあなたはこの花じゃないの?」
「違いますよ~、私は自分がどんな花だったか覚えてませんけど」
一瞬、美鈴が遠い過去を思い出す顔になったのを咲夜は見逃さなかった。
「なんだか野暮な事を聞いたわね」
「いえいえ」
美鈴はすぐにいつもの笑顔に戻って首を振る。
「お詫びとお礼もかねてあなたの分の紅茶を用意するからそこで待っていて」
「ありがとうございます」
手にしていた本をテーブルの上に置き、館の中へと戻っていく咲夜の後ろ姿を見ながら美鈴は心の中で付け加える。
エリンギウムにはあと2つ花言葉があるんですよ、咲夜さん。
――それは、『秘めた愛』、『無言の愛』です。
でもそれは内緒です。
――――了――――
他の草に囲まれ、日の光の当たらない草だった。
このままでは枯れてしまう、もっと、もっと光を……。
もっと上に伸びれば光が当たる。
だから背を伸ばそう、何にも負けないように背を伸ばそう。
背筋を伸ばして、光を浴びよう。
いつの間にか他の草を追い抜いていた。
でも森には大きな木がある。
もっと光を、もっと光を浴びるためにはこの場所ではだめだ。
ここから移動しないと……。
だから移動した。
それから、長い年月が経った。
1:昼遅く、夜早いティータイム
悪魔の住む紅い館、紅魔館。
「あら美鈴じゃない、館の中にいるって事は今日は非番なのかしら?」
「そうですよ~。非番なのでお茶でもしようかな、と思いまして」
美鈴は紅魔館の門番をしている。
咲夜は紅魔館のメイド長だ。
紅魔館の中の顔と外の顔ともいえる二人はお互い部下を持つ身だからだろうか、案外気の会う友人である。
「よかったら咲夜さんもどうですか?」
「ちょっと待って、……いいわよ」
「誘っておいてなんですけど、仕事は大丈夫ですか?」
「ん、終わらせたわ」
「ああ、なるほど」
いつのまにか時間を止めて終わらせてきたようだ。
「じゃあ行きましょうか、どうしたの?」
急いで仕事を終わらせたのだろう、彼女の頭にはつい先ほどまでなかった小さな綿埃が乗っている。
「咲夜さん、ちょっと待ってください、頭に埃が……」
スゥ、と手を伸ばし咲夜の埃を取る。
「あぁごめんなさいね」
完全で瀟洒を自認していても時折抜けているところがあるな、と美鈴は内心で苦笑する。
まぁそこがこの人の持ち味なんだろう。
「お嬢様はどうしてます?」
「あぁ、まだ起きてこられてないわ。でも朝食の準備はしてあるから大丈夫」
咲夜はお嬢様つきのメイドだ、お嬢様への愛はこの館で一番強いだろう。
「どこでお茶にしましょうか」
「そうですねぇ、たまには中庭のテラスなんてどうでしょう?まだ日がありますからきれいな夕焼けが見れますよ」
「いいわね、じゃあ先に行っていて頂戴、お茶の用意をしてからいくわ」
「いいですよ、非番なんですから私が淹れますって」
「まぁまぁ、これも仕事のうち、よ」
花が咲いたような笑顔で言われては美鈴も強くは言えない。
「じゃあお願いします」
「何かリクエストはあるかしら?」
「咲夜さんのお気に入りの紅茶がいいですね」
「わかったわ、じゃあ中庭で」
「はい」
そこで咲夜と別れて足を中庭へと向ける。
中庭へと歩きながら今日は何をしようかなと思い巡らす。
今日は鍛錬を軽めにして近くの森を散策しようか、最近行ってないし。
それとも湖の様子でも見に行ってみようか、大妖精は元気にしてるだろうか?
こちらも最近会ってない。
何しろ夏あたりからお嬢様と咲夜さんは頻繁に館の外に出ているから仕事が多いのだ。
……まぁお茶をしながら考えよう。
何しろ今日は非番、ゆっくりしたいものだ。
日はすでに大分傾き、赤い夕焼けが湖と館を照らす。
湖に反射した赤い光は、昼の白さと夜の青さを伴って虹色に輝く。
光の屈折が天然の芸術となって紅魔館を照らしていた。
何度見ても美しいと思える光景に2人の少女は話をする事も忘れて見入っていた。
ふと美鈴が口を開く。
「そういえば、咲夜さんって百合っぽいですよね」
「……何の話しかしら」
きっかり3秒後に咲夜が聞き返す。
「いえ、咲夜さんの笑顔を見たらなんだか百合の花を思い出しましてね」
「あぁ、そういう事」
「? どういう事を思ったんですか?」
「気にしなくて良いわよ」
「まぁそれでですね、なんとなく白い百合の花を連想しましてね」
何が面白いのか口元に微笑みを浮かべながら美鈴が話を続ける。
「今日はその花を探しに森まで行ってみようかなぁ、と思ったんですよ」
「あら面白そうね、私のイメージの花か……、どんな花なんでしょうね」
「そうですね、白くて、背の高いきれいな花ですよ。見つけられたらお見せしますね」
「それは楽しみね、ところで、なんて名前の百合なのかしら?」
「ん~、まだ内緒ですね。でも咲夜さんにはピッタリですよ」
「ずいぶんとご機嫌ね」
「まぁ非番ですから」
「そうね、ところで今週は何回あの黒いのに不法侵入されたか憶えてる?」
「非番ですから」
「私の記憶によると今週は全戦全敗だった気がするけど気のせいかしらね?」
「非番ですから」
「私の猫度は24点らしいけどあなたの番犬度は何点かしらね?」
「さて紅茶も飲み終えたしそろそろ行こうかな」
「私の話は聞いてるのかしら?」
「非番ですからっ!」
言うやいなや美鈴はテーブルの上の帽子を引っつかんで猛ダッシュ!
「美鈴!! 待ちなさい!!」
後ろから咲夜の声が響き渡る。
「お嬢様がそろそろ起きてくる気がしますよ~!」
咲夜に捕まるものかと美鈴はとどめの一言を置いていく。
「くっ、美鈴! 憶えてなさいよ~!!」
咲夜の遠吠えが聞こえる間に美鈴は空に飛び出した。
「非番ですから~!!」
夜の色が濃くなる紅魔館にそう言い置いて美鈴は近くの森へと進路を向けた。
ひかり、ヒカリ、光が欲しい。
枯れるのはイヤ、死ぬのはイヤ。
だから光を浴びて強くならなければ。
誰にも負けないように。
強く、強く、強く。
2:草原
時間もあることだし、と多少の運動の意味も込めて湖の沿岸を歩く。
花の生えている場所は大体見当がついている。
この前の雑魚妖怪との戦闘で見つけたのだ。
いつもの見回りコースから外れて湖から流れ出る小川の下流を目指す。
幸い、足元は明るい。
半月ではあるものの、雲が少なく、月の光は幻想的であるがゆえに狂的。
このまま森の中に吸い込まれそうな気がするぐらい。
「迷ったら帰るのが大変だなぁ」
1人で呟いて、それでも足は止めずに歩き続ける。
ただ単に歩くだけではつまらないので足元の小川を眺めながら取りとめのない考えに思いを馳せる。
これでうっかり見つかりませんでした~なんて言ったらナイフの雨が降るだろうなぁ…。
せっかくだからいっぱい摘んで花束にしたら咲夜さんは喜んでくれるだろうか…。
でもあの百合の花言葉を知ったらどんな顔するだろうか…。
そこまで考えながら歩いてる美鈴の顔には自然と微笑がうかんでいた。
咲夜さんって根はまだ素直だからイタズラしやすいのよねぇ…。
まぁその後は必ずナイフが刺さってるんだけど、ひっかかった時の咲夜さんの顔は、ねぇ?
なんと言うか、非常に人間っぽい。
なんだか昔の私を見ているようで懐かしい、のかな。
だから守ってあげたくなる。
美鈴にとって紅魔館は守るべきもの、という意識が強い。
レミリアも、フランドールも、パチュリーも、もちろん咲夜も。
みんな大切な家族である。
その中で新参者である咲夜は美鈴にとって非常に興味深い家族であった。
悪魔の住む館で、唯一の人間。
個体では脆弱な部類に入る人間でありながら館の全てのメイドをまとめ上げ、従える人間。
その時間を止める能力はもはや反則の領域に近い。
美鈴自身も、本気の咲夜とやりあって勝つのは至難である、と思っている。
さらに人間は成長が早い。
1年もすればほぼ別人のようになってしまう。
身長は高く、声も艶を帯びて、体の曲線もずいぶんと優美になった。
ずいぶんと長く妖怪として生きてきたが、これほど長い時間を人間と過ごしたのは美鈴は初めてだった。
だから、興味深い。
いつしか森を抜けていた。
背の高い木々の群れが無くなり、そこは一面の草原。
昼では色とりどりの花が咲いているであろうそこは月と夜が全てを青く染め上げている。
緩やかな風が吹き抜けるたびにサラサラと草花達が囁きを交わす。
流れる小川は遥か遠くを目指して流れつづけている。
「ふぅ、歩くと以外に遠かったわね」
ひとり呟いて早速とばかりに目当ての花を探す為に目を細める。
目当ての花はまだ咲いていた。
夏の時期ではかなりの遅咲きとも言えるその百合はまだつぼみの状態で生えている物すらある。
月の光を浴びて白く輝く百合は自然の中で光を求めるように他の草花より高い位置で花開いていた。
「そういえば不死の花、なんて言われていた事もあったわよね」
そっとその花に手を伸ばす。
「あれー?あんた門番じゃないの?」
だし抜けに明るい声が聞こえる。
「もう、いいかげんに名前で呼んでくださいよ」
苦笑しながら花の向こう、草原の中央に向かって返事を返す。
草花を掻き分け、青いリボンが揺れながら向かってくる。
「こんばんわ、大酒呑みの子鬼さん」
草花の中から顔を覗かせたのは幻想郷唯一の鬼、伊吹萃香だ。
「今日はいい夜だね~、アンタも一杯やってくかい?」
「今日は遠慮しておきます、そんな事より今日は1人?」
「ん~、まぁ今は1人だね~」
とにかく宴会だとか騒がしい事が好きな萃香は騒がしい時以外はどこにいるのかは誰も知らない。
「でも今、『アンタも』って言ったじゃない」
「アタシはもう呑んでるけど?」
「まぁそれはともかく」
いつもこんな所にいるんだろうか?
「宴会以外で姿を見かけないと思ったらこんな所にいたのね」
「いつもこんな所にいるわけじゃないよ」
「じゃあいつもはどこにいるの?」
「それは秘密」
ニンマリと笑って答えをはぐらかす。
右手に持った徳利を口元に寄せると中の酒をあおる。
「それにしても門番はなんでこんな所にいるのさ? 職務怠慢?」
「私の名前は紅美鈴で今日は仕事は非番です、それとここには花を探しにきたの」
「ふぅん、花ね。なんだったら私が萃めてあげようか?」
「もうここにあるからいいですよ」
「なんだつまんない」
そう言うと萃香はその場にゴロリと横になって酒を呑み始める。
結局、萃香自身がここにいる理由はまったく喋ってない。
「今日は1人で月見酒?」
「ん~、まぁそんなところかな、やっぱりアンタも呑む?」
「そうね、お邪魔じゃなければやっぱりもらおうかな、非番だし」
「もうお邪魔じゃないよ。はい、杯」
どこからか朱塗りの杯を取り出し美鈴に渡す。
「ありがと、じゃ頂きます」
萃香に酒を注いで貰うと静かに呑みはじめる。
さらっとしていて、呑みやすい。
それでいて甘口ではなく、ノドを伝う熱さはむしろ辛口。
口に含むだけではわからない奥深い味はむしろ萃香自身を連想させる。
誰にでもすぐ懐くし、誰とでもすぐ仲良くなる。
しかし萃香が宴会以外で何をしてるかは誰も知らない。
そんなところが萃香を連想させる酒であった。
3:月見と酒と取りとめの無い会話
月は中天にあり、風はあくまでも穏やか。
森が途切れた草原の真ん中で2人は静かに酒を酌み交わしていた。
聞こえるのは虫の鳴き声と風に吹かれて擦れあう草の葉の音、そして止まらずに流れつづける小川のせせらぎだけ。
なんて穏やかな時間だろう、たまにはこんな休みもいいものだな、美鈴が思っていると萃香が口を開いた。
「そういえばアンタは連日の宴会にはあまり来なかったね」
「まぁ仕事もあったしね~」
大分酒がまわってきたのか、美鈴の口調はすっかり砕けて来ていた。
「アンタは宴会に来た時はみんなにオモチャにされてたわね」
「まぁそれはいつもの事なんだけどね~」
「でも同じオモチャでもあの庭師とは違った」
「どういう事かしらね?」
そこで美鈴は萃香の口調が全然酔ってない事に気が付いた。
しかし萃香は月を眺めたまま喋りつづける。
「アンタは常に違う空気を見てたね、何か懐かしいものを見る目」
「おもしろいわね、続きはあるのかしら?」
杯をあおりながら先を促す。
「誰かといる事が懐かしくて大切なんだね、それは遠い昔に大切な誰かを失ったせい?
だとしてもその大切な誰かは2度と戻らない」
「あながちいい推理ね」
「だからアンタは門番なんかをやっている、でもそれだけじゃ我慢できないみたいだね」
ピクリと美鈴の手が止まる。
「詮索好きは感心しないわね」
「門番は外にいるのが仕事。でもアンタは門の中に入りたがってる、だって門の中の大切な誰かが欲しいから!」
「なるほどよく見てるみたいだけど、それは見ているだけで、事実とは違うわね」
――どこかで鈴の音が鳴り響く。
「だって私は紅魔館の門番、門番は外に居るからこそ大切な人達を守る事ができるのだから」
立ち上がり、目の前の鬼を見据えて視線に力を込める。
「ふん、門番風情が鬼にかなうと思ったか、鬼の力は萃める力、アンタの気を使う程度の能力では話しにもならないよ」
萃香も立ち上がり、何気ない仕草で美鈴に向き直る。
「気は万物に流れる根源の力、それを操る、という事を教えてあげるわ」
美鈴はすでに構えを取り、慎重に間合いを確認する。
すでに語られるべき言葉は終わった。
後はお互いの弾幕で語るのみ。
あくまでも穏やかな風が2人の間を吹き抜ける。
月が小さな雲に覆われる。
雲が流れ、月が再び顔を出す。
完全に月が出きった瞬間――!
「スト~ップ!やっぱヤメ!!」
いきなり大声でさえぎる美鈴。
「え~~!なんでさ、これからがオイシイ所なのに~!」
水を差された萃香が不満そうに声を荒げる。
「ここで弾幕ごっこなんかしたらせっかく摘みにきた花が台無しでしょうが」
もっともな話である。
「まぁいいじゃん、花なんてまたどこかで摘めるって」
「それは面倒だからイヤ」
「う~、じゃあ、飛ぼう、空でやれば花だって傷つかないって」
「あのねぇ、今私たち呑んでるでしょ? そんな状態で空飛んで弾幕ごっこなんかしたら……間違いなく吐くわ」
「うっ」
萃香の脳裏に空中で弾幕を交わしながらゲロを吐く2人の姿がよぎる。
それはなんというか、およそ少女らしくない光景である。
「じゃあどうすんのさ!」
「今日は弾幕ナシ」
「え~!!」
美鈴の一言に萃香は盛大に不満をぶちまける。
「誘ったのはアンタじゃない。まぁ途中まで乗った私も私だけどさ」
まだ不満そうに口を尖らす萃香に美鈴は言葉を重ねていく。
「大体、私は今日は非番なの。日頃の疲れを癒す日に疲れるような事はしたくないし、
花を摘めなくなって咲夜さんにナイフで刺されるのもゴメンだわ。
……それに、故郷を思い出して飲む酒の席で弾幕ごっこは少々趣きに欠けるわ」
最後の言葉に萃香が一瞬だけ身を固める。
萃香は幻想郷唯一の鬼。
はるばる鬼の国からやって来たものの、同族を幻想郷に招く事は失敗に終わっている。
そのままなんとなく幻想郷に住み着いて居るものの、やはり故郷は懐かしい。
特に萃香は一族の代表としてやってきた。
同族のことを思う気持ちは他の鬼達よりも数倍強かったはずである。
「どお? 当たりでしょ?」
萃香を覗き込み、ニヤリと口元を歪める美鈴。
「あ~ぁ、なんだか興がそれたわ!」
萃香は質問には答えずに喋りだす。
それは肯定しないが否定もしない、という事。
「さっさと花でも何でも摘んで帰りな!」
「そうさせてもらうわね~」
まだ口元に笑みを残しながら美鈴はいそいそと花を摘み始める。
機嫌を損ねたのかぐいぐいと乱暴に酒をあおっていた萃香が思い出したかのように聞いてくる。
「そういやさ、なんの花を摘みに来たの?」
「アスフォデルって言う白い百合の花よ。……っと1色じゃ寂しいからもう1種類追加しようっと」
「アスフォデル、ねぇ。あのメイドの事かな?」
「当たり。詳しいのね」
「じゃあアンタはエリンギウムも摘んでくのかな?」
今度は萃香がニヤリと口元を歪めて聞いてくる。
美鈴は思わず苦笑する。
「本当に詳しいわね、でも、ちゃんと意味は解って言ってるのかしらね?」
「3つとも知ってるから安心しな」
「よく見てるわね、ラベンダーの花でもいる?」
「はいはい、アンタはとっとと帰る」
そういって酒をあおる萃香の足元には青く花開いたエリンギウムが集められていた。
「便利ねぇ、うちの館で働いてみない?」
「それは退屈そうだから遠慮しておくよ」
美鈴の言葉を一蹴して萃香は草の上にゴロリと横になる。
「さぁアンタは早く帰りな、あたしはまだ残るから」
「それじゃ失礼するわね」
予定より大きくなった2色の花束を用意してきた紐でくくり、美鈴は両手に抱えて夜空に飛び立って行った。
少しだけ飛び上がったところで美鈴が振り返り、萃香に声をかけた。
「賑やかなのが好きだったら神社だけじゃなくて館にも来なさいね、歓迎するわ」
萃香はそれに左手だけ上げて答えると1人でまた酒を呑み始めた。
4:夜遅く、朝早過ぎるティータイム
月は大分傾き、そろそろ夜も白み始めようとする時間。
美鈴は小さ目の花瓶を抱えて屋敷の中庭を歩いていた。
花瓶には摘んできた青と白の花がきれいに活けられている。
「あ、居た」
テラスの、それも夕方に咲夜と紅茶を飲んだテーブルにランプの明かりが灯っている。
咲夜は椅子に座ってランプの明かりを頼りに読書をしている。
テーブルには紅茶のセットまで置いてある。
「ただいまです、咲夜さん」
美鈴は笑顔で話し掛けた。
「あぁ、美鈴戻ってきたのね」
咲夜は読んでる本から目をそらさずに返事をした。
「外で読書なんて珍しいですね、お嬢様はどうしてます?」
「神社」
咲夜やっぱり本から目をそらさない。
美鈴は『そんな所はパチュリー様に似てきましたね』と言葉にしかけて飲み込む。
視線もそらさずにナイフを投げてくる未来が見えた気がした。
「で、咲夜さんはなんで外に居るんですか?」
「そろそろ帰ってくる時間だから読書もかねてお出迎え」
なんか喋ってる内容まで似てる気がするのは気のせいではないだろうか。
それとも読書してるときは大体みんなこんな感じで必要最低限の事しか喋らないのだろうか?
「ところでそんな咲夜さんにプレゼントがあるんですが……」
そこまで話してようやく咲夜は本から視線を上げた。
そこにはランプに照らされて輝く美鈴が笑顔で花瓶を差し出していた。
「何かしら、……って花?」
咲夜は目の前に出された花瓶を眺める。
花瓶には背の高い白い百合のがたくさん活けてある。
背の高いものに混じってまだつぼみの花が控えめに花が開くのを待っているようだ。
そしてその白い花の前には青い花が少量活けてある。
青い花は細くて可憐な花弁が中心から多く広がっていた。
「はい、そうです。今日の夕方に話してた百合の花ですよ」
咲夜は花を見て目を細める。
「キレイね、だけど何でこの花が私っぽいのかしら?」
「この花の名前はアスフォデルっていうんですよ。そしてこの花の花言葉がですね、『私は君のもの』っていうんですよ」
「何だか素敵ね、その花言葉」
美鈴は咲夜の飲みかけの紅茶を一口飲んで話を続ける。
「ね、何だか咲夜さんみたいでしょ、私はお嬢様のものっていうと」
「あら、その言葉に『みたい』なんていらないわよ?」
そう言ってまさしく大輪のアスフォデルの花のように咲夜の顔がほころぶ。
「で、この小さい青い花は?」
「その花はエリンギウムっていいます、1色だけじゃ寂しいかな~って思ったんでご一緒させて頂きました」
「小さくて繊細な花ね、この花の花言葉は?」
「『光を求める』、です。何だか私らしいかなぁ、と」
「あら、あなたはドライアドの一種だとパチュリー様が言ってたけどあなたはこの花じゃないの?」
「違いますよ~、私は自分がどんな花だったか覚えてませんけど」
一瞬、美鈴が遠い過去を思い出す顔になったのを咲夜は見逃さなかった。
「なんだか野暮な事を聞いたわね」
「いえいえ」
美鈴はすぐにいつもの笑顔に戻って首を振る。
「お詫びとお礼もかねてあなたの分の紅茶を用意するからそこで待っていて」
「ありがとうございます」
手にしていた本をテーブルの上に置き、館の中へと戻っていく咲夜の後ろ姿を見ながら美鈴は心の中で付け加える。
エリンギウムにはあと2つ花言葉があるんですよ、咲夜さん。
――それは、『秘めた愛』、『無言の愛』です。
でもそれは内緒です。
――――了――――
まあ萃夢想で気合だしまくれば咲夜やレミリアにも勝てるあたり弄られキャラよりもこっちの方がしっくり来る様な感じもします。
正体不明の彼女ですが、ドライアードと来ましたか……
彼女が過去に失ったもの、懐かしむものの話を熱烈に希望したいです。
いつもほんっっっっっとに感謝してます。
>おやつさま
華人→花人→ドライアドな流れで思いつきました(こじつけた、ともいう)
美鈴の過去話>あー、やりたいんですが問題点もあるんですよ。
まず、東方っぽくない。
何せ物語の主軸がオリジナル要素満載でオリキャラまで出ますから。
あと、基本的に「大切なモノを失う」物語なので暗くて、痛くて、救いがあんまり無い物語です。
とりあえずここで発表するか(できるか)どうかはできてから考えますw
あ、遅筆はデフォで(華想夢葛
>沙門さま
地味な話かな~?と思ってたんで、何か感じて頂けたらもう作者冥利に尽きます。
>無為さま
ひゃ、100点ありがとうございます~(滝涙
>SETHさま
ほんと月一ですいません。どうか見捨てないで下さい(切実
>CCCCさま
萃夢想での言葉使いを意識したらこんなに「いいお姉さん」に。
気を抜くと丁寧語が出てくるので苦労しました。
では、次回作(どうなるのかまだ未定ですが)で。
そんな日常の中に珍しい組み合わせ。
月見酒、とはなかなか風雅。
花言葉というさりげないギミックの中に――秘めたる思い。
多分そうくるだろうなぁと思っていたけれど……まさかクッションはさんであったとは。御見それしました。
内容も甘すぎず激しすぎずで、個人的に好きですw