「心配すんな大丈夫~♪ ワタシ人形解放軍~♪」
ノリノリで人里を闊歩する少女が一名。
彼女の名はメディスン・メランコリー。危険度は高、人間友好度は悪。幻想郷屈指の危険分子である。
そんな彼女が里を歩けばどうなるか。ある者は恐怖のあまり失禁し、またある者は気がふ……情緒不安定となって遁走する。
逃げ惑う里人たちに一瞥をくれた後、メディスンはお供の人形に対し、朗らかに語りかけた。
「絶好のお散歩日和ね、スーさん! 私の全身から醸し出されるスーさんが、世界をスーさん色に染め上げる日も遠く無さそうだわ!」
彼女の言う「スーさん」とは、一体何を指すのだろうか。
鈴蘭の花、若しくはその毒を指すというのが通説となっているが、厳密に定義されているわけではない。
メディスンにとっては毒こそが全て。スーさんイコール毒と仮定するならば、彼女にとってはこの世の全てがスーさんになると言っても過言ではない。
「コンパロファック! スーさんアレを見て!」
人里の外れに差し掛かった頃、突如としてメディスンの表情に変化が訪れる。
彼女が指差した先には、縁日の屋台めいた無人販売所が一軒。
ただし、並べられているのは野菜などではなく、リサイクル品の雛人形であった。
「なんてこと……人形たちが売り物にされてしまっているわ……」
わなわなと震える唇から、毒々しい色合いのスーさんが洩れ出してくる。
傍らで見守るスーさんの表情も、段々と険しさの度合いを増していく。
人形の解放こそ彼女に与えられたスーさんなる使命。今こそスーさんに成り代わり、正義とスーさんを示す時だ。
「さあスーさん! この可哀相な人形たちを、一人残らず救い出すのよッ!」
台に並んだ雛人形を根こそぎ掻っ攫い、自らのドロワーズに詰め込めるだけ詰め込む。
そんなメディスンを手伝うでもなく、ただ見守るだけのスーさん人形。
以後、本稿では例の人形を「スーさん人形」と呼ぶ事にする。異論、反論は随時受け付けます。
「それにしても、一体誰がこんな酷い事を!? 見つけ出して追い詰めて、スーさん溜めにブチ込んでやらないと!」
犯人を求めて駆け出すメディスン。雛人形が擦れて走り難いけど気にしない。
販売所の前で張り込んでいれば、犯人見つかるんじゃねえの? なんてツッコミも気にしない。
色々と気にしなかった所為もあってか、結局その日は犯人を見つけ出せなかった。
行が開けば場面も変わる。日付だって変わっちゃう。
ここは妖怪の山、渓谷の奥深く。
河城にとりの住居兼工房へ、朝日と共に招かれざる客が訪れた。
「厄モーニン、河童さん!」
「ひゅいああああああぁ厄神だぁああああああああああッ!」
無断で立ち入ってきた鍵山雛に対し、にとりは手当たり次第に工具を投げつける。
レンチ、スパナ、ドライバー。果ては工具箱までも。
対する雛は舌打ちをひとつ。そして回転、回転、また回転。
飛来する工具をいなし、かわし、受け流す。回転防御に死角なし。
「ああクソッ、もう投げるモンが無い!」
「だったらお茶でも淹れなさい。最初は温め、次が普通、三杯目は熱めでお願いね」
「うるせー馬鹿! いいから帰れよ! 厄が感染る!」
鍵山雛はアンタッチャブル。触れれば不幸に襲われる。
にとりが必死になるのも無理はなかった。
「そんなにビビること無いじゃない。関わっただけで不幸になる神様だなんて、そんなオカルトありえません」
「自分の存在全否定!? どうせならそのまま消えてくれよ! こうやって会話してるだけでもヤバいんだから!」
「足掻くな、運命を受け入れろ……!」
「私の運命ダークサイドかよ! ああもう朝から最悪だよ! 今日あたり私死ぬんじゃないか!?」
幻想郷縁起の著者ですら記述を躊躇う疫病神。その危険度は極高であった。
生来の臆病者であるにとりにとって、まさしく最悪の相手と呼ぶに相応しい。
「命が惜しかったら、大人しく私の言う事を聞きなさい」
「完全に脅し入ってやがる……! つうか、何故私なんだよ!? 他のヤツじゃあ駄目なんですか!?」
「アナタの力が必要なのよ。アナタの『水爆を操る程度の能力』がね……」
「水だよ! 爆いらねえよ! そんな物騒な妖怪居てたまるか!」
「またまたぁ。自分の二つ名忘れちゃったの?」
「超妖怪弾頭ってそういう意味じゃねえから! 帰れ!」
では、どういう意味なのか。それは彼女自身にもわからない。
今日という日を生き延びる事が出来たら、もっと穏便な二つ名を考えよう。
にとりは心に固く誓った。
「この際水爆じゃなくてもいいわ。原爆だろうが中性子爆弾だろうが、雛チャン的にはオールオッケーよ」
「オッケーな要素が何処にもねえよ! さっきから物騒な代物ばっか要求しやがって、何が望みなんだオマエは!」
「それは勿論、人間の里を」
「うわー聞きたくない聞きたくない! 私はなーんにも聞かなかったからな!」
「私だって神様の端くれも端くれ。悪徳の都には裁きの鉄槌を下さないとね」
「もうやだこの厄神……だいたい何だよ悪徳って。人里だってそこまで酷かぁないだろ」
耳を塞ごうが何をしようが、雛に黙る気配は無い。
いい加減馬鹿らしくなったにとりは、テンションだだ下がりのまま適当に相槌を打つ。
「私が里に雛人形の無人販売所を設置している事は、いくら世事に疎いアナタでも知っていると思うけど……」
「知らないよ。初めて聞いたよそんな話。いいから帰れ」
「ゆうべ売れ行きを確認しに行ったら、なんと……!」
「タメを作ったって全然興味が湧かないよ。帰ってくれ」
「商品が全て持ち逃げされていたのよ! もう最悪! 来月までどうやって食い繋げばいいのかしらっ!?」
「飢え死ねばいいと思うよ。それが嫌なら厄でも食ってろよ。つうか、その程度の事で人里滅ぼそうとすんじゃねえよ」
「ちょ、おまっ……! その程度の事って、オマエ……!」
前提や価値観が離れすぎている所為とはいえ、酷薄と言えばあまりに酷薄。
やさぐれモード全開のにとりに対し、雛は少々気圧され気味となった。
「そもそも、犯人が里の人間だっていう証拠でもあるの? 妖精や妖怪の悪戯かもしれないじゃないか」
「かっ、仮にそうだとしても、このまま黙って見過ごす訳にはいかないでしょう!?」
「もう諦めろよ。薄暗い樹海でひっそりと幕を閉じればいいよ。それがお前のデスティニー……」
「嫌よ! 私だってもっと人間たちと関わりを持ちたいの! 私は人間が大好きなんだからっ!」
「……もしも、もしもだぞ? もし私が水爆を隠し持ってるって言ったら、お前さんどうする?」
「里をドカーン!」
「少しは躊躇えよ! 自分の発言に責任を持つって事を知らんのかキサマは!?」
会話しているだけで厄が溜まっていくような感覚に、にとりは自分が既に手遅れなのではないかと思い始める。
それならば、これ以上何をやったとしても変わりは無い。不幸のどん底まで落ちたのなら、あとは這い上がるだけだ。
「もういい。もう……十分だ」
「あら、ようやくその気になってくれたのね? それでは早速爆弾を拝見……」
「ねえよそんなモン。いいっつったのはオマエの事だよ」
「えっ?」
困惑する雛の目の前で、にとりは床に散らばった工具を拾い集める。
帽子の下から覗くギラついた視線に、雛は思わず身震いした。
「オマエみたいな悪い厄神は、セックスのオモチャにでも改造してやるよ」
「幾ら何でも直球過ぎるでしょ! もう少しオブラートに包みなさいって!」
「うるせえ! 厄じゃなくてラブを集められるよう、堕ちるところまで堕としたらァ!」
「ひいっ!」
カチャカチャと工具を鳴らしながら迫るにとりに、流石の雛もタジタジとなる。
テクノロジーは幻想を駆逐する。相手が神であろうと妖怪であろうと、にとりにとっては同じ事だ。
そう、全ては科学の名の下に。アンダー・ザ・ネーム・オブ・サイエンス。
「ウェッヒッヒッヒッヒ。こいつは高く売れそうだぜィ……!」
「どんなキャラなの!? き、きっと厄が溜まり過ぎてるんだわ。私でよければ一発抜いてあげるから、少し落ち着いて? ねっ?」
「ほーそりゃあ楽しみだ。でも、まずは私好みに魔改造しないとね。“盟友”たちに引き渡すのはその後でいいや」
「嫌アッ! 誰か、誰か助けてぇっ!?」
ああ、哀れなるかな鍵山雛。
人間の良心を信じた挙句、慰み者へとされようとしている彼女に、救いはあるのだろうか?
現実は非情である。ならばフィクションはどうか? 答えは異常。サイエンス・フィクションならば尚のこと異常。
「コ~ンパロッパロッパロッパロッ……!」
「だ、誰だ!」
見計らったかのようなタイミングで響く哄笑。必然たりえない偶然はない。
本日二人目の招かれざる客は、雛にとって救いとなるか。はたまたトドメの一撃となるか。
全ては、この小さなスイートポイズンの手に委ねられている。
「天知る地知るデリリウム、毒薬変じて甘露って……何だっけ? メディスン・メランコリー、人形解放ただいま推参……人形リベレイター、推参!」
「ああもう、イライラするなぁ! 名乗り口上くらい考えてから出て来いよ!」
正義の執行者、メディスン・メランコリー見参。
拙いところもまた魅力。異論、反論は却下します。
「そこのドールファッカー! 私とスーさんが来たからには、これ以上好き勝手出来ると思わないことね!」
「お前それ私に言ってるのか? 不法侵入って言葉知ってっか? お前もラブドールにしてやろうか?」
「ゴチャゴチャうっさいわね、この沙悟浄が! アンタに用は無いからすっこんでなさい!」
「さ、沙悟浄って……」
「えっ、じゃあなに? ドールファッカーって私のことなの?」
呆れかえった様子のにとりを押し退け、メディスンは雛と対峙する。
雛の受難はまだまだ続きそうだ。
「腐れファックの阿呆スーさん! この期に及んで惚けるつもり!?」
「御免なさい、さっぱり話が見えないわ。っていうかスーさんって誰?」
「ガシングファック! こっちには証人が居るのよ!? さあみんな、コイツの罪を暴き立ててやりなさい!」
頭に疑問符を浮かべる雛の眼前で、メディスンは徐に自らのスカートをたくし上げ、その一端をスーさん人形に握らせた。
そして、間髪入れずにドロワーズを脱ぎ捨てる。一連の動作に一切の迷い無し。
するとどうだろう。昨日から入れっぱなしの雛人形が、ボロボロと床に転がり落ちてきたではないか。
「さあ見なさい! 己の罪を直視するのよっ!」
「うーん、ツルツルね。無名の丘ならぬ不毛の丘とでも言っておきましょうか」
「どこ見てるのよ、この痴女!」
「オマエがヒトのこと言える立場かよ、この幼痴女め」
横で見ていたにとりが毒づく。折角の毒舌も、状況の異常さの前には霞んでしまう。
一方の雛はと言えば、心なしか毒々しい色合いになった雛人形を眺めつつ、その表情を曇らせていく。
「……アナタ、この人形を何処で手に入れたの?」
「いやいや、手じゃなくてドロワーズに入れたのだけど」
「そういう事を聞いてるんじゃないわよ! まさかとは思うけど、人間の里の無人販売所じゃあないでしょうね?」
「それを知っているという事は……やはりアナタが犯人だったのね! 人形売買の現行犯で退治してやるわ!」
「フォーチュンファック! アナタこそ窃盗の現行犯で退治してやる! 覚悟なさい!」
「お前ら二人とも現行犯の意味分かってないだろ。こういう時は緊急逮捕……いや、緊急退治って言うんだよ」
「アンタは」「黙ってろ」「この」「沙悟浄がっ!」
「何その無駄なコンビネーション!?」
ここはにとりの家なのだけど、気付けば彼女は除け者扱い。
人形同士の諍いに、河童の踏み込む余地は無い。
そんな理不尽ありえない。にとりの我慢もそろそろ限界。
「オラァ通背拳!」
「パロォ!?」
メディスンを襲うホーミング腹パン。河童用語でのびーるアーム。
奇襲、不意打ち何でもござれ。それが河童のタクティクス。
「メルシー河童さん! 変態窃盗猛毒幼女は虫の息よッ!」
「オメーもだボケェ! 通背拳!」
「厄イッ!?」
雛にも腹パン。喧嘩は常に両成敗。
格闘王にとりの伝説が幕を開けるかもしれないし、開けないかもしれない。
「家主の許可も無く殺戮し合おうとすんじゃねえよ。人形業界には常識ってモンがねえのか? あん?」
「人形解放は業界の総意よ! そうでしょ、スーさん?」
「イイエ、違ウワ。人形ノ売買ハ法的ニ認メラレタ正当ナ行為ヨ」
「そんな! スーさんに裏切られるなんて!」
「思いっきり厄神が喋ってたじゃねえか! どんだけ頭が弱いんだオマエは!?」
子供は頭が弱いのではないのです。まちがいをするだけなのです……。
間違いをしたまま大人になってしまう人も、幻想郷の内外問わず大勢居たりするのですが。
誰とは言わない。あえて言わない。
「もう出て行けとか言わないから、お互いの言い分ってヤツを存分に披露し合ったらいいよ。あくまで平和的にな」
「河童さん優しい……抱いて!」
「私も抱いて! スーさんもね!」
「勘違いすんなアンタッチャブルどもが! お前らを放置しとくとロクな事にならないから、こちとら仕方なくやってんだよ!」
メディスンと雛を向かい合わせて、その間ににとりが立つ。
間に立つと万一の際に危ないので、数歩下がった位置に移動。
かくして、仁義無き人形裁判の幕が開く。人の形を弄びし少女たちに、いかなる判決が下るのか。
「それじゃあ、まずは……マディソンからどうぞ」
「メディスンよ! 私の主張はただ一つ、人形たちを物の様に扱うのはやめて頂戴って事よ!」
「実際物だと思うんだが……まあいいや。じゃあ次、風神録2ボスさん」
「くっ、懐かしいネタを……! 雛人形の使用をやめるつもりは無いわ。アレが無かったらパワーもオマンマも食い上げだもの」
「なるほど、そいつぁ切実だ。どう思うね? コンパロ君」
「もう突っ込む気も起きないわ……別に、人形に拘る必要なんて無いでしょう!? 何か他の物を使いなさいよ!」
「他の物って?」
「例えば、ホラ……ええと……そう、コレよコレ!」
乱雑に物が散らばる工房内で、メディスンが探し当てたもの。
それは新聞。天狗たちが発行して、ところ構わずばら撒いている新聞紙であった。
「厄だか何だか知らないけど、これに乗せて流せばいいじゃない! どうせ元手はタダなんだし!」
「お前さんねえ……いくら元手がタダとはいえ、そんなモンが人形の代わりになるわけ」
「イケる……」
「えっ?」
「イケる! イケるわそのアイディア! 使い捨ての紙なら修繕する手間も省けるし、何より元手がタダってのがイケてるわ!」
「お、おう」
天狗たちが汗水流して作り上げた新聞も、幻想郷の住人にとっては単なる紙切れでしかない現実。
印刷に携わる河童の一員として、少々複雑な思いを抱くにとりであった。
「でも、新聞紙をそのまま使うって訳にもいかないわね。こんなきったない紙を配ったって、誰も使ってくれないでしょうし」
「だったら、印刷前の紙を河童さんに分けて貰えばいいんじゃない? 余計な文字が書かれていない、まっさらで綺麗な紙を!」
「お前ら本当に酷いな! まあ紙なら有り余るほどあるし、少しくらいならチョロまかしたってバレやしないかな」
「どうせならもう少し厚い紙がいいわね。こんなペラッペラの紙なんかよりも、少しは見栄えのするモノができるでしょうから」
「はいはい……」
これ以上要求がエスカレートする前に、にとりは話を切り上げる事にした。
何にせよ、両者の間で和解が成立。人形裁判これにて閉廷。
「やったわスーさん! 人形解放大成功よ! 今夜はお赤スーさんね!」
「一応は紙製の雛人形って事になるのだけど……あの子的にはオッケーなのかしら?」
「黙っとけよ。これ以上話をややこしくするなって」
この手の問題においては、本人の満足こそが何よりも優先される。
両者の納得が得られた以上、ここらで幕を引いてしまうべきであろう。
「厄神さん、握手しましょう握手! 私たちの友情を記念して!」
「友情……ええ、いいわよ。握手なんてしたこと無いから、上手く出来るか分からないけどね」
種族、立場、主張……ありとあらゆる概念を超越した二人が、今ここに固い握手を交わす。
暴力の嵐が吹き荒れる幻想郷においては、なかなかお目にかかれない光景であると言えよう。
しかし、忘れてはならない。彼女たち二人がアンタッチャブルな存在であるという事を。
一方は毒人形。もう一方は疫病神。どちらに触れてもただでは済まない。
「ああッ、スーさん……! この世の全てがダークに見えてきたわ……!」
「うふふ……なぁ~にかしらこれぇ~。なぁ~んだかすっごく息苦しいんですけどぉ~……」
「なるほど、だいたい三秒ってところかな。いや、お前らに触っても大丈夫な時間ってさ」
バッドにキマった二人を横目に、にとりは三秒ルールの有効性を改めて認識した。
長時間に及ぶスキンシップは、心身の健康を損なう恐れがあるため、幻想入りの際はくれぐれもご注意ください。
実用性皆無の忠告をもって、終了の挨拶と代えさせていただきます。世にスーさんのあらんことを。
ノリノリで人里を闊歩する少女が一名。
彼女の名はメディスン・メランコリー。危険度は高、人間友好度は悪。幻想郷屈指の危険分子である。
そんな彼女が里を歩けばどうなるか。ある者は恐怖のあまり失禁し、またある者は気がふ……情緒不安定となって遁走する。
逃げ惑う里人たちに一瞥をくれた後、メディスンはお供の人形に対し、朗らかに語りかけた。
「絶好のお散歩日和ね、スーさん! 私の全身から醸し出されるスーさんが、世界をスーさん色に染め上げる日も遠く無さそうだわ!」
彼女の言う「スーさん」とは、一体何を指すのだろうか。
鈴蘭の花、若しくはその毒を指すというのが通説となっているが、厳密に定義されているわけではない。
メディスンにとっては毒こそが全て。スーさんイコール毒と仮定するならば、彼女にとってはこの世の全てがスーさんになると言っても過言ではない。
「コンパロファック! スーさんアレを見て!」
人里の外れに差し掛かった頃、突如としてメディスンの表情に変化が訪れる。
彼女が指差した先には、縁日の屋台めいた無人販売所が一軒。
ただし、並べられているのは野菜などではなく、リサイクル品の雛人形であった。
「なんてこと……人形たちが売り物にされてしまっているわ……」
わなわなと震える唇から、毒々しい色合いのスーさんが洩れ出してくる。
傍らで見守るスーさんの表情も、段々と険しさの度合いを増していく。
人形の解放こそ彼女に与えられたスーさんなる使命。今こそスーさんに成り代わり、正義とスーさんを示す時だ。
「さあスーさん! この可哀相な人形たちを、一人残らず救い出すのよッ!」
台に並んだ雛人形を根こそぎ掻っ攫い、自らのドロワーズに詰め込めるだけ詰め込む。
そんなメディスンを手伝うでもなく、ただ見守るだけのスーさん人形。
以後、本稿では例の人形を「スーさん人形」と呼ぶ事にする。異論、反論は随時受け付けます。
「それにしても、一体誰がこんな酷い事を!? 見つけ出して追い詰めて、スーさん溜めにブチ込んでやらないと!」
犯人を求めて駆け出すメディスン。雛人形が擦れて走り難いけど気にしない。
販売所の前で張り込んでいれば、犯人見つかるんじゃねえの? なんてツッコミも気にしない。
色々と気にしなかった所為もあってか、結局その日は犯人を見つけ出せなかった。
行が開けば場面も変わる。日付だって変わっちゃう。
ここは妖怪の山、渓谷の奥深く。
河城にとりの住居兼工房へ、朝日と共に招かれざる客が訪れた。
「厄モーニン、河童さん!」
「ひゅいああああああぁ厄神だぁああああああああああッ!」
無断で立ち入ってきた鍵山雛に対し、にとりは手当たり次第に工具を投げつける。
レンチ、スパナ、ドライバー。果ては工具箱までも。
対する雛は舌打ちをひとつ。そして回転、回転、また回転。
飛来する工具をいなし、かわし、受け流す。回転防御に死角なし。
「ああクソッ、もう投げるモンが無い!」
「だったらお茶でも淹れなさい。最初は温め、次が普通、三杯目は熱めでお願いね」
「うるせー馬鹿! いいから帰れよ! 厄が感染る!」
鍵山雛はアンタッチャブル。触れれば不幸に襲われる。
にとりが必死になるのも無理はなかった。
「そんなにビビること無いじゃない。関わっただけで不幸になる神様だなんて、そんなオカルトありえません」
「自分の存在全否定!? どうせならそのまま消えてくれよ! こうやって会話してるだけでもヤバいんだから!」
「足掻くな、運命を受け入れろ……!」
「私の運命ダークサイドかよ! ああもう朝から最悪だよ! 今日あたり私死ぬんじゃないか!?」
幻想郷縁起の著者ですら記述を躊躇う疫病神。その危険度は極高であった。
生来の臆病者であるにとりにとって、まさしく最悪の相手と呼ぶに相応しい。
「命が惜しかったら、大人しく私の言う事を聞きなさい」
「完全に脅し入ってやがる……! つうか、何故私なんだよ!? 他のヤツじゃあ駄目なんですか!?」
「アナタの力が必要なのよ。アナタの『水爆を操る程度の能力』がね……」
「水だよ! 爆いらねえよ! そんな物騒な妖怪居てたまるか!」
「またまたぁ。自分の二つ名忘れちゃったの?」
「超妖怪弾頭ってそういう意味じゃねえから! 帰れ!」
では、どういう意味なのか。それは彼女自身にもわからない。
今日という日を生き延びる事が出来たら、もっと穏便な二つ名を考えよう。
にとりは心に固く誓った。
「この際水爆じゃなくてもいいわ。原爆だろうが中性子爆弾だろうが、雛チャン的にはオールオッケーよ」
「オッケーな要素が何処にもねえよ! さっきから物騒な代物ばっか要求しやがって、何が望みなんだオマエは!」
「それは勿論、人間の里を」
「うわー聞きたくない聞きたくない! 私はなーんにも聞かなかったからな!」
「私だって神様の端くれも端くれ。悪徳の都には裁きの鉄槌を下さないとね」
「もうやだこの厄神……だいたい何だよ悪徳って。人里だってそこまで酷かぁないだろ」
耳を塞ごうが何をしようが、雛に黙る気配は無い。
いい加減馬鹿らしくなったにとりは、テンションだだ下がりのまま適当に相槌を打つ。
「私が里に雛人形の無人販売所を設置している事は、いくら世事に疎いアナタでも知っていると思うけど……」
「知らないよ。初めて聞いたよそんな話。いいから帰れ」
「ゆうべ売れ行きを確認しに行ったら、なんと……!」
「タメを作ったって全然興味が湧かないよ。帰ってくれ」
「商品が全て持ち逃げされていたのよ! もう最悪! 来月までどうやって食い繋げばいいのかしらっ!?」
「飢え死ねばいいと思うよ。それが嫌なら厄でも食ってろよ。つうか、その程度の事で人里滅ぼそうとすんじゃねえよ」
「ちょ、おまっ……! その程度の事って、オマエ……!」
前提や価値観が離れすぎている所為とはいえ、酷薄と言えばあまりに酷薄。
やさぐれモード全開のにとりに対し、雛は少々気圧され気味となった。
「そもそも、犯人が里の人間だっていう証拠でもあるの? 妖精や妖怪の悪戯かもしれないじゃないか」
「かっ、仮にそうだとしても、このまま黙って見過ごす訳にはいかないでしょう!?」
「もう諦めろよ。薄暗い樹海でひっそりと幕を閉じればいいよ。それがお前のデスティニー……」
「嫌よ! 私だってもっと人間たちと関わりを持ちたいの! 私は人間が大好きなんだからっ!」
「……もしも、もしもだぞ? もし私が水爆を隠し持ってるって言ったら、お前さんどうする?」
「里をドカーン!」
「少しは躊躇えよ! 自分の発言に責任を持つって事を知らんのかキサマは!?」
会話しているだけで厄が溜まっていくような感覚に、にとりは自分が既に手遅れなのではないかと思い始める。
それならば、これ以上何をやったとしても変わりは無い。不幸のどん底まで落ちたのなら、あとは這い上がるだけだ。
「もういい。もう……十分だ」
「あら、ようやくその気になってくれたのね? それでは早速爆弾を拝見……」
「ねえよそんなモン。いいっつったのはオマエの事だよ」
「えっ?」
困惑する雛の目の前で、にとりは床に散らばった工具を拾い集める。
帽子の下から覗くギラついた視線に、雛は思わず身震いした。
「オマエみたいな悪い厄神は、セックスのオモチャにでも改造してやるよ」
「幾ら何でも直球過ぎるでしょ! もう少しオブラートに包みなさいって!」
「うるせえ! 厄じゃなくてラブを集められるよう、堕ちるところまで堕としたらァ!」
「ひいっ!」
カチャカチャと工具を鳴らしながら迫るにとりに、流石の雛もタジタジとなる。
テクノロジーは幻想を駆逐する。相手が神であろうと妖怪であろうと、にとりにとっては同じ事だ。
そう、全ては科学の名の下に。アンダー・ザ・ネーム・オブ・サイエンス。
「ウェッヒッヒッヒッヒ。こいつは高く売れそうだぜィ……!」
「どんなキャラなの!? き、きっと厄が溜まり過ぎてるんだわ。私でよければ一発抜いてあげるから、少し落ち着いて? ねっ?」
「ほーそりゃあ楽しみだ。でも、まずは私好みに魔改造しないとね。“盟友”たちに引き渡すのはその後でいいや」
「嫌アッ! 誰か、誰か助けてぇっ!?」
ああ、哀れなるかな鍵山雛。
人間の良心を信じた挙句、慰み者へとされようとしている彼女に、救いはあるのだろうか?
現実は非情である。ならばフィクションはどうか? 答えは異常。サイエンス・フィクションならば尚のこと異常。
「コ~ンパロッパロッパロッパロッ……!」
「だ、誰だ!」
見計らったかのようなタイミングで響く哄笑。必然たりえない偶然はない。
本日二人目の招かれざる客は、雛にとって救いとなるか。はたまたトドメの一撃となるか。
全ては、この小さなスイートポイズンの手に委ねられている。
「天知る地知るデリリウム、毒薬変じて甘露って……何だっけ? メディスン・メランコリー、人形解放ただいま推参……人形リベレイター、推参!」
「ああもう、イライラするなぁ! 名乗り口上くらい考えてから出て来いよ!」
正義の執行者、メディスン・メランコリー見参。
拙いところもまた魅力。異論、反論は却下します。
「そこのドールファッカー! 私とスーさんが来たからには、これ以上好き勝手出来ると思わないことね!」
「お前それ私に言ってるのか? 不法侵入って言葉知ってっか? お前もラブドールにしてやろうか?」
「ゴチャゴチャうっさいわね、この沙悟浄が! アンタに用は無いからすっこんでなさい!」
「さ、沙悟浄って……」
「えっ、じゃあなに? ドールファッカーって私のことなの?」
呆れかえった様子のにとりを押し退け、メディスンは雛と対峙する。
雛の受難はまだまだ続きそうだ。
「腐れファックの阿呆スーさん! この期に及んで惚けるつもり!?」
「御免なさい、さっぱり話が見えないわ。っていうかスーさんって誰?」
「ガシングファック! こっちには証人が居るのよ!? さあみんな、コイツの罪を暴き立ててやりなさい!」
頭に疑問符を浮かべる雛の眼前で、メディスンは徐に自らのスカートをたくし上げ、その一端をスーさん人形に握らせた。
そして、間髪入れずにドロワーズを脱ぎ捨てる。一連の動作に一切の迷い無し。
するとどうだろう。昨日から入れっぱなしの雛人形が、ボロボロと床に転がり落ちてきたではないか。
「さあ見なさい! 己の罪を直視するのよっ!」
「うーん、ツルツルね。無名の丘ならぬ不毛の丘とでも言っておきましょうか」
「どこ見てるのよ、この痴女!」
「オマエがヒトのこと言える立場かよ、この幼痴女め」
横で見ていたにとりが毒づく。折角の毒舌も、状況の異常さの前には霞んでしまう。
一方の雛はと言えば、心なしか毒々しい色合いになった雛人形を眺めつつ、その表情を曇らせていく。
「……アナタ、この人形を何処で手に入れたの?」
「いやいや、手じゃなくてドロワーズに入れたのだけど」
「そういう事を聞いてるんじゃないわよ! まさかとは思うけど、人間の里の無人販売所じゃあないでしょうね?」
「それを知っているという事は……やはりアナタが犯人だったのね! 人形売買の現行犯で退治してやるわ!」
「フォーチュンファック! アナタこそ窃盗の現行犯で退治してやる! 覚悟なさい!」
「お前ら二人とも現行犯の意味分かってないだろ。こういう時は緊急逮捕……いや、緊急退治って言うんだよ」
「アンタは」「黙ってろ」「この」「沙悟浄がっ!」
「何その無駄なコンビネーション!?」
ここはにとりの家なのだけど、気付けば彼女は除け者扱い。
人形同士の諍いに、河童の踏み込む余地は無い。
そんな理不尽ありえない。にとりの我慢もそろそろ限界。
「オラァ通背拳!」
「パロォ!?」
メディスンを襲うホーミング腹パン。河童用語でのびーるアーム。
奇襲、不意打ち何でもござれ。それが河童のタクティクス。
「メルシー河童さん! 変態窃盗猛毒幼女は虫の息よッ!」
「オメーもだボケェ! 通背拳!」
「厄イッ!?」
雛にも腹パン。喧嘩は常に両成敗。
格闘王にとりの伝説が幕を開けるかもしれないし、開けないかもしれない。
「家主の許可も無く殺戮し合おうとすんじゃねえよ。人形業界には常識ってモンがねえのか? あん?」
「人形解放は業界の総意よ! そうでしょ、スーさん?」
「イイエ、違ウワ。人形ノ売買ハ法的ニ認メラレタ正当ナ行為ヨ」
「そんな! スーさんに裏切られるなんて!」
「思いっきり厄神が喋ってたじゃねえか! どんだけ頭が弱いんだオマエは!?」
子供は頭が弱いのではないのです。まちがいをするだけなのです……。
間違いをしたまま大人になってしまう人も、幻想郷の内外問わず大勢居たりするのですが。
誰とは言わない。あえて言わない。
「もう出て行けとか言わないから、お互いの言い分ってヤツを存分に披露し合ったらいいよ。あくまで平和的にな」
「河童さん優しい……抱いて!」
「私も抱いて! スーさんもね!」
「勘違いすんなアンタッチャブルどもが! お前らを放置しとくとロクな事にならないから、こちとら仕方なくやってんだよ!」
メディスンと雛を向かい合わせて、その間ににとりが立つ。
間に立つと万一の際に危ないので、数歩下がった位置に移動。
かくして、仁義無き人形裁判の幕が開く。人の形を弄びし少女たちに、いかなる判決が下るのか。
「それじゃあ、まずは……マディソンからどうぞ」
「メディスンよ! 私の主張はただ一つ、人形たちを物の様に扱うのはやめて頂戴って事よ!」
「実際物だと思うんだが……まあいいや。じゃあ次、風神録2ボスさん」
「くっ、懐かしいネタを……! 雛人形の使用をやめるつもりは無いわ。アレが無かったらパワーもオマンマも食い上げだもの」
「なるほど、そいつぁ切実だ。どう思うね? コンパロ君」
「もう突っ込む気も起きないわ……別に、人形に拘る必要なんて無いでしょう!? 何か他の物を使いなさいよ!」
「他の物って?」
「例えば、ホラ……ええと……そう、コレよコレ!」
乱雑に物が散らばる工房内で、メディスンが探し当てたもの。
それは新聞。天狗たちが発行して、ところ構わずばら撒いている新聞紙であった。
「厄だか何だか知らないけど、これに乗せて流せばいいじゃない! どうせ元手はタダなんだし!」
「お前さんねえ……いくら元手がタダとはいえ、そんなモンが人形の代わりになるわけ」
「イケる……」
「えっ?」
「イケる! イケるわそのアイディア! 使い捨ての紙なら修繕する手間も省けるし、何より元手がタダってのがイケてるわ!」
「お、おう」
天狗たちが汗水流して作り上げた新聞も、幻想郷の住人にとっては単なる紙切れでしかない現実。
印刷に携わる河童の一員として、少々複雑な思いを抱くにとりであった。
「でも、新聞紙をそのまま使うって訳にもいかないわね。こんなきったない紙を配ったって、誰も使ってくれないでしょうし」
「だったら、印刷前の紙を河童さんに分けて貰えばいいんじゃない? 余計な文字が書かれていない、まっさらで綺麗な紙を!」
「お前ら本当に酷いな! まあ紙なら有り余るほどあるし、少しくらいならチョロまかしたってバレやしないかな」
「どうせならもう少し厚い紙がいいわね。こんなペラッペラの紙なんかよりも、少しは見栄えのするモノができるでしょうから」
「はいはい……」
これ以上要求がエスカレートする前に、にとりは話を切り上げる事にした。
何にせよ、両者の間で和解が成立。人形裁判これにて閉廷。
「やったわスーさん! 人形解放大成功よ! 今夜はお赤スーさんね!」
「一応は紙製の雛人形って事になるのだけど……あの子的にはオッケーなのかしら?」
「黙っとけよ。これ以上話をややこしくするなって」
この手の問題においては、本人の満足こそが何よりも優先される。
両者の納得が得られた以上、ここらで幕を引いてしまうべきであろう。
「厄神さん、握手しましょう握手! 私たちの友情を記念して!」
「友情……ええ、いいわよ。握手なんてしたこと無いから、上手く出来るか分からないけどね」
種族、立場、主張……ありとあらゆる概念を超越した二人が、今ここに固い握手を交わす。
暴力の嵐が吹き荒れる幻想郷においては、なかなかお目にかかれない光景であると言えよう。
しかし、忘れてはならない。彼女たち二人がアンタッチャブルな存在であるという事を。
一方は毒人形。もう一方は疫病神。どちらに触れてもただでは済まない。
「ああッ、スーさん……! この世の全てがダークに見えてきたわ……!」
「うふふ……なぁ~にかしらこれぇ~。なぁ~んだかすっごく息苦しいんですけどぉ~……」
「なるほど、だいたい三秒ってところかな。いや、お前らに触っても大丈夫な時間ってさ」
バッドにキマった二人を横目に、にとりは三秒ルールの有効性を改めて認識した。
長時間に及ぶスキンシップは、心身の健康を損なう恐れがあるため、幻想入りの際はくれぐれもご注意ください。
実用性皆無の忠告をもって、終了の挨拶と代えさせていただきます。世にスーさんのあらんことを。
スラスラ読めてとても面白かったです。
これ笑い声かよw
ポンポンと進む良いテンポでした。全員口が悪いのに何だかんだと仲がよいのが妙に面白かったです
なお荒木飛呂彦のネタで鼻水吹いた模様
良い具合にぶっ壊れた三人が面白すぎますw
平安座さんの作品は登場キャラを崩しているのになんだか違和感がないという、希有の存在だと思います。
これからもこの路線でぶっ飛んでくださいw
怪作ゴチでした!
一体、東方projectのどこらへんにどういう幻想や憧れや理想を投影すると、
こういう二次創作作品になるんだろう。あなたの頭が心配だぜ!
嫌いじゃないですよこういうの。