「パルスィ、受け取って欲しい物があるんです。」
私は胸元に抱えている、紙で綺麗に包装された小さなプレゼントをパルスィに突き出す。
パルスィは困惑しながら「これは?」と尋ねてきた。
「チョコレートです。
今日はバレンタインという日らしいので。
幻想郷の外の世界では、親しい間柄や好きな者に手渡す風習があるとの事なので、それにあやかってみようと思いまして……。
……その……えっと……。」
なかなか言葉が出てこない。
私の自室で二人きり、パルスィはベッドに腰掛けながら不思議そうに私を見上げている。
それはそう。一人で勝手にしどろもどろになって、恥ずかしいといったらありはしない。
落ち着かなきゃ。
一旦唾を飲み込み、私は続ける。
「そ、その……仕事もそうですけど……いつもお世話になってるので……。
だから……別に深い意味は……。」
うぅ……あるのに……深い意味あるのに。
中身は小さなハートを模ったストロベリー味の生チョコレート。
この日の為に外来のお菓子を研究し、作った代物。
自らの想いが篭っている。
けど、断られたらどうしよう。
その恐怖心が。
逃げの言葉に走ってしまう。
言い直さなきゃ……。
言葉を紡ぐことにあぐねていると、ふわりと身体が浮いた。
パルスィは何時の間にか立ち上がり、私を引き寄せていた。
「ありがとう、嬉しいよ。」
顔が近い。首を動かせば口付けできるほどに。
彼女を象徴している緑眼の瞳。
部屋の光が彼女の瞳を照らし、さながら宝石の輝きを魅せる。
身体の芯が火照ってくる心地良い感覚。
私は彼女の目を逸らす、じっと待つ。
「私は幸せ者ね。さとりがこんなに想ってくれていたなんて考えもしていなかった。
そんな行事、知りもしなかったから、何も用意してなかったけど……。」
「う、受け取ってくれますか……?」
「うん、でもその前に。
私、何も持ち合わせてないけどね……。」
パルスィが瞳を閉じ、顔を寄せてくる。
「パルスィ……。」
「さとり……。」
私も瞳を閉じ、待ちわびる……。
パルスィ……パルスィ……。
むに。
あれ?
これ、キスの感触じゃない。
唇をつままれている?
おかしいなぁ、私のパルスィがこんな事するはず無いのに。
目を開いてみると……。
「あれ、こいし……。」
パルスィの顔と並ぶ様にこいしの顔があった。
なんで?この部屋には誰もいないはずなのに。
でも、私の唇をつまんでいるのは紛れもなくこいしだった。
軽蔑の瞳で。
こっちみてた。
ようやく状況を理解した。
熱かった身体が段々冷えて震えて、全身冷や汗吹き出てきた。
「こ、こいし。部屋に入る時は、ノックしなさいって、言ったわよ、ね?」
「ずっと部屋にいたよ。おねえちゃんが『見えてなかった』だけだよ。
誰もいないと思い込みながら部屋に入ったから、見えなかったんだよ。無意識に私を見えなくしたのはおねえちゃんだよ。」
淡々と、答えるこいし。
「そそそそそんなことは……。」
私とこいしは部屋を共用で使ってる。
私は仕事が多忙だから、プライベートくらいは姉妹一緒にゆったりしたいと思っているからだ。
でも放蕩娘のこいしは、この部屋を使うのは年に数度しか無いし、ましてや私が入る前に自室にいた事なんて指で数えるほどだ。
地霊殿に帰ってきても応接室のソファで寝てたり、ペットの部屋に押しかけたりしてるのに。
ドウシテコノタイミングニ!
「私の知ってるパルさんはそんな事はしない。」
「ふぐっ……!!」
「正直おねえちゃんには呆れちゃった。
パルさんを『想起』してこんなやらしー事、隠れてずっとしてたなんて。」
「ち……!ち、ちがうのよーこいしー?別にやましい事なんて~これっぽっちも~考えてないし~……?」
「……『私、何も持ち合わせてないけどね……。』って言わせてチョコの代わりにキスをプレゼントさせようとしてた。」
「ひっ。」
「お燐ー!おーりーんー!!あのねー!!おねえちゃんがねー!!!」
「ああああああああ待って待ってこいしー!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「その、ただの予行演習だったのよ……。本番前のイメージトレーニング。」
先触れの様に騒いでいたこいしを何とか捕まえ、余っていた生チョコをこいしの口に放りこんで私は何とか黙らせた。
笑顔でもくもくと食べている。よくよく考えれば自分でしか味見してなかったから好都合だった気もする。これならプレゼントしても苦い顔はされないだろう。
「だから、こいしが考えてる様な、いかがわしい事なんて、何にもないのよ?」
……笑顔だけど全然返事が無い……というか、聞いてるのかしら?
食べる事に夢中になってる?
「ちょっとこいし、聞いてるの……?」
「聞いてるよ。言い訳を。」
「だから、そんなんじゃないって言ってるじゃない!」
「誰かに一部始終見せてみたら良いじゃん。パルさんを具現化してイチャイチャやってる所を。
ペット達はみんな揃って、『痛い。』って言うと思うよ?」
「痛いなんて言わないでよ!それにそんな恥ずかしい事を人前できるわけ無いでしょ!だから自分の部屋でこっそりやってたのにぃぃぃぃもぉぉ~~~!!」
足がジンジンするくらい目いっぱい地団駄を踏む。威嚇したかったけどスリッパだからパンパンと乾いた音しかならなかった。
「だいたい矛盾だらけじゃん。バレンタインが今日だって事、今や地底中みんな知ってるよ?
何でパルさんが知らない事前提なの?」
地底と地上の交流が出来てから、異文化を真似る様に楽しそうな行事やイベントを模する様になった。今回のバレンタインも地底では全く初めての事だが騒ぎと祭りが好きな旧都だ。こんなイベント話など一日あれば端まで知れ渡る。
だけど――。
「だって、パルスィには教えてないもの。」
「えっ?」
「それに、ずっと地底の橋守という仕事を一人でしてるし、街外れの場所でやってるから旧都には全然足を運んでないし。そういう情報はパルスィの耳に入ってないはず。
昨日、仕事の視察がてらパルスィと会ったけど、知らない様だったし。
だから、ちょっとしたサプライズをしようと私は考えたのよ。」
胸を張って私は言った。
パルスィは寂しがりやさんだから、こういうホットなイベントならがっつり食いつきそうな予感がする。
普段は口うるさくて嫌な上司だと思われてるかもだけど、二人っきりのバレンタイン。
私がパルスィに愛の告白……まではいかないだろうけど、絆を強くはできるはず。
うん、絶対上手くいく。
「うわー。おねえちゃんこの楽しそうなイベントを故意に知らせず仲間外れにしてるんだ。
パルさんだって渡したい相手がいると思うよ。
腹黒いよ、おねえちゃん。」
カクンと膝が折れてしまった。
腹黒いって……ひどい。
「な、何とでも言えばいいわよ!
もしそれを伝えてパルスィが他の誰かに渡して、私にくれなかったらどうするのよ!!」
「え?いや、そんな事言われても?」
「私が充実したバレンタインを提供するから大丈夫!」
「なんか何時に無く強気だね、おねえちゃん。」
「下準備はしっかりしてきたもの!後はちゃんと渡せるかだけ!」
「ふーん。」
息巻いてるのに私の熱意が全然伝わってないし。
……なんなの?なんで今日のこいしは冷たいの?
「ねぇ、せっかくココまで意気込んでるんだから、エールの一つも欲しいところなんだけど……。」
正直、不安でたまらないのに。
当たって砕けるくらいの勢いを心の中でつけようと思って言ってるのに。
このままじゃ当たる前にコケそう。
「それより早く行った方が良いと思うの。
パルさんが今日一日、一人で縦穴にいるとしても、誰とも会わないって事無いと思うの。
もうお昼前だよ?」
指に付いた生チョコレートをぺろぺろ舐めながら興味なさげに言った。
「うぅ……。」
仕方ない。こいしの言うとおり、パルスィが誰とも会わないなんて保証もないし、善は急げね……。
テンションガタ落ちだけど、まぁ本番になれば何とかなるかな……。
すると、難しげな表情でこいしがツンツンと、私の持つ包みを小突く。
「うーん。おねえちゃんは何が不安なのか分かんない。
パルさんはおねえちゃんの事ずっと気に掛けてるんだから、受け取らない理由なんて無いと思うよ。」
「そうかなぁ……。私、結構仕事の内容でパルスィにあれこれ言ってるから怖いんだけど……。」
思い当たる事が結構あるから不安なのに。この間も地底と地上を繋ぐ縦穴を人間の魔法使いや壁抜け仙人を、無断で(というより強行突破で)地底に通したのでこっぴどく叱ったのだ。
叱ってる間のパルスィの心はホント怖かった。すっごい睨んでた。
殴られるんじゃないかとハラハラしたし……。
「いいからいいから、早く行っちゃいなよ。」
「……うん。」
でも、本当に受け取ってくれるかなぁ。不安がぬぐいきれないけど。
私は包みを持って、自室を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うわ……。」
旧都に出た私は、言葉を失った。引いている意味で。
街中の建物がチョコレートみたいな柄や模様に塗り替えられ、瓦が全て赤一色。
さらに、「ハッピーバレンタイン!」と書かれた金色の帯が散らばる様に装飾されている。壁のあちこちにハートを模った白や茶色、桃色のオブジェが張られ、さながらお菓子の国になってしまっていた。
……昨日まで普通の街並みだったのに。
祭りの出店よろしく、強面の鬼や妖怪が可愛らしいチョコレートをズラッと売り出している。
……バレンタインってお祭りだったっけ?
そう勘違いしそうなくらいのバカ騒ぎ。
酒の肴の様にチョコを食べている鬼や、みんなでチョコを渡しにいってきゃーきゃー騒いでいる一団もいる。もらったチョコを別の者に配ってひんしゅくを買ってる者もいれば、それを見て歯噛みしながら自分で買ったチョコを食べてる者も。
ネタさえあれば、何でも祭りや宴会に昇華しようとする所は地上と違って地底の妖怪達は逞しい……かな?
買い食いしたくなる衝動に駆られながらも、いそいそと私は縦穴へと歩みを進める。
と。
遠くがなにやら騒がしい。
それも怒号や悲鳴の声が。
またケンカかしら。
地底の祭りはケンカが多い。
血気盛んな鬼達が、売っては買って、煽り出す。
まして力が強いものだから街の一角が廃墟になる事もしばしばある。
とはいえ、次の日になったら揉め合った同士もせっせと協力して修繕するから一応黙認にはしているんだけど。
うーん、関わりたくないけど縦穴への通り道だしなぁ。
迂回すると結構時間がかかるので、道の端をチョコチョコ小走して抜けよう。
近づくにつれ、「寄るなー!」とか「えんがちょー!」という言葉が聞こえ、その都度殴る様な音が。
時折笑い声が出るから、遊び半分なケンカなんだろうけど……。
……でも、怒ってる方に聞き覚えのあるのが妙に気になる。
しかし人だかりが多すぎて、背の低い私にはケンカ姿は全然見えない。
「すみません、これは何の騒ぎですか?」
とりあえず近くの鬼に尋ねてみる。
「ん?おぉ、これは地霊殿の主様!なりません!近寄ってはなりませんぞ!」
人だかりから外れる様にその鬼は私を押し出していく。
「なんです。何かやましい事が?」
「いえ、この良縁を深められる素晴らしい行事に、悪魔が舞い降りたのです!」
さも仰々しく、演技くさく鬼は語る。
「悪魔……?」
「そうです!きゃつは者と者の繋がりを断つ縁切りの悪魔。皆が悪魔を祓おうと呪文を唱えて応戦しておるのですが、なかなかてこずっておるのです!」
「はぁ……。」
「見事、悪魔を祓えた勇者にはチョコレート一年分!」
「催し物みたいですね。」
「いやぁ、バレンタインというのも、なかなか楽しい行事ですなぁ、ハッハッハ!!」
酒を一度煽りながら、鬼は私を再び人だかりに連れて行き、かき分けて中へと入っていく。
「ご覧ください主様、あれが縁を切る悪魔です!!」
見た瞬間、思わず包みを落としてしまった。
暴れまわっているのは、怒り心頭になってるパルスィだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「えんがちょー!えんがちょー!」
「黙れ!こんなろぉ!!」
バキッ!
呪文を唱えていた鬼がおもいっきり頬を殴られる。
「ぐほぉぉぉ!」
「うおぉぉぉ、よくも仲間を!おとなしくカエレ!カエレ!えんがちょー!!」
「なんだよいきなり!なにが『えんがちょ』だよ!!
私はただ、『何の祭りだ?』って聞いただけだろ!
教えてくれたっていいじゃないか!それを厄介者みたいに!!」
「知られる訳にはいかん!知れば災いをもたらす気であろう、橋姫め!この悪魔!」
「誰が悪魔だー!!」
ボゴッ!
「ひえぇぇぇ!!」
今度は別の鬼の腹に蹴りが入る。堪らず人だかりに混じって逃げる様に非難した。
「お前らも!何をケタケタ笑ってるんだ!
そんなに私を仲間外れにして楽しいのか!
――もういい!知らなくたっていい!
まとめてお前らを吹き飛ばしてやる!」
そう叫ぶと、周囲に緑色のプラズマが走り出した。
空気が淀み、重苦しくなる様な気質が一帯を支配する。
「あ、マズいですな、主様!怒らせすぎてスペルカードまで取り出してしまった!
非難してくだされ!」
「いやいやいや、そういうわけにも行かないでしょ!??」
静止を聞かずに私は駆け出し、スペルカードを持つ方の腕にしがみ付く。
「ちょっと、落ち着いてください!パルスィ!」
「何!?さとり!?――離せよ!!」
うわ、妖力が昂ぶってるせいか、緑眼がすごく光ってる。怖い。
必死にしがみ付いてるけど全然動きを制することができない。見た目の細腕から想像できない様な力で、私の身体はブンブン振り回されてる。
「橋姫だからって何が悪い!ふざけんなぁぁぁぁ!!」
「別に深い意味は無いんですってば!ただ縁切りの橋姫とバレンタインが相性悪そうってだけで、ちょっとからかってただけなんです!」
「何だよバレンタインって!知るかそんなもん!」
怒り心頭だ。もはや聞く耳を持たない状況。
叫ぶと、パルスィが持つスペルカードの輝きが増していった。
まずい、スペルが具現されつつある!
あちこちで緑色の弾幕が爆ぜはじめ轟音が響いてる!
……仕方ない!
私は手を離し、パルスィの顔を掴む。
そして、両耳に中指を突っ込む。
「ひぁん!」
耳孔は思考を司る脳に一番近い身体の穴。
そのまま手に妖力を込め、ダイレクトに思考へ精神攻撃を仕掛ける。
「にあぁぁぁぁぁぁ!?!?」
身体を動かすのは思考と精神だ。それさえマヒさせてしまえば一時的に行動不能になる。
数秒ほどで、悲鳴を上げながらパルスィは膝から崩れ落ちた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
……未だ興奮が冷め止まぬ様で、顔を赤らめ若干涙を浮かべながらパルスィは私を睨みつけていた。
「その……パルスィ、ごめんなさいね?」
「うぅ……うぅぅぅ……。」
まだ身体が動かせないみたいでへたり込んでいる。
……パルスィが怒るのも無理は無いけど、さすがに街が壊れていくのを眺めてるというのはいたたまれないし。
「――見事!さすがは地霊殿の主様!調伏はお手の物の様ですな!」
先程の鬼が拍手しながらやってくる。
私は溜息一つをついてから、返事する。
「褒め言葉として受け取っておきます。ですが、こういう事は程々にして下さい。
祭りの度に街が壊れるのは迷惑ですし、度が過ぎれば悪戯は悪意となります。」
「すみませんなぁ。騒げればそれで良いという地底の者達ばかりで。
後の処理は我々がしますので。主様はバレンタインをお楽しみください。」
「ええ。それとパルスィは私が預かっていきます。いいですね?」
「ぬ?いやいやお手を煩わせる訳には。橋姫殿にも詫びと謝罪をせね…ば……??」
――なんだろ、言葉の途中で一瞬鬼の目が丸くなった。
それから私とパルスィを三度見比べ、(おぉ!)と心の中で大きな声を出した。
「ええ、いいですともいいですとも!」
……何か露骨にニヤニヤし始めたし、この鬼。
「いやぁ、うまくいくといいですなぁ!!はっはっは!」
笑いながら何か差し出してきた。
……どこか見覚えのある包みの箱。
――あ。
「これ、私の……。」
「先程落としましたぞ?さぞ大事な物なのでしょう?ハハ、それでは失礼!
――おい、お前ら、さっさと瓦礫を片付けんか!!」
私が受け取ったら、後ろに振り返り後始末の指示をしながら人混みに入っていった。
うぅ、感付かれた……。
よもや言いふらしたりしないでしょうね……。
とりあえず、私はチョコを左手に持ち、背に隠しながらパルスィの方へ向く。
「災難でしたねパルスィ、立てますか?」
右手でパルスィの手を掴むと、それを頼りに彼女は立ち上がった。
「う……うん。」
しかし、彼女は私と極力顔を合わせない様にしている。
妙だ。私が与えたダメージはもう無いはずだが、まだ顔が赤い。
おかしいなぁ、もう怒りの気持ちは感じられないけど……。
「どうしたんです?どこか体調が悪いんですか……?」
パルスィの頬に触れようとしたら、「ひゃッ!」って呻きながら後ずさりされた。
あ……。
……恐怖されている。
パルスィの思考は、私に攻撃されてる映像がずっと流れてる。
それはそうだ。私が攻撃をしたんだから。
嫌がるのは当然の反応だ。
なにやってるんだろう、私。
「本当にごめんなさい。貴女の怒りはもっともだって分かってたんです。
でも、やっぱり止めなきゃって……それで……。」
こんな事しちゃったら、チョコレートなんて渡せるはず無いじゃない。
言ったところで嫌がられるに決まってる。
折角準備してきて、練習してきたのに……。
目頭が次第に熱くなってきて、パルスィの顔を見るのも辛くなってきて……。
「わ、わ、さとり!違うの!なんでもない!なんでもないから!!」
パルスィは私の右手を掴む。
「とりあえずココを離れよう!静かな場所を探そう、ね!?」
「あ、……うん。」
私は頷くと、パルスィは私を引っ張りながらそそくさと縦穴の方へ向かっていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
パルスィと一緒に旧都を駆けて、丁度入り口のところで立ち止まる。
かなりの距離を走ったので少し息切れてしまった。
入り口の門にもたれ掛かりながら、身体を休める。
……結構な速度で走ったものだから、チョコが型崩れしてないか心配だ……。
手ぬぐいで汗を拭いながらパルスィは話しかけてきた。
「全く、とんだ災難だよ。
久しぶりに来てみれば、ケンカを吹っかけられてさ。」
「パルスィは今日が祭りだって、知ってて来たんですか?」
聞くと、ブンブンと首を振りながら怒る口調で文句を言う。
「知らない。何の祭りかも分からないから尋ねてみたらあのザマだったんだよ。
ホント何時来てもガラが悪いんだ、この街は。」
「だったらどうして来たんですか?普段はずっと縦穴にいるはずなのに……。」
聞くと、顎に手を当てながら、考えがはっきりしてない様子で悩みながら話を続ける。
「えっと、なんかさ、変な気質を感じて。
私、橋姫だから遠くにいても感情というか雰囲気というか……
街で何かあると感じるんだよ。祭りや宴会だったら楽しそうな気質が流れてくるんだけど、その中にかなりの嫉妬心が入り混じってたから、変わった祭りでもやってるのかと気になって。」
……あぁ、チョコもらえなかったり、もらった者を妬んでる者達の感情に釣られたのか。
「でも、こんな事になるんだったら来るんじゃなかった。
長居してもロクな目に合わないから今日はもう縦穴に帰るよ。ごめんね、さとり。」
――へっ?
「うわわ、待ってくださいパルスィ!」
そのまま、帰ろうとするし!
まだチョコ渡してないし!
パルスィのバレンタインは決着しちゃったかも知れないけど、私のはまだ始まってもないし!!
「何、さとり?」
「えーっとですね、その……あの……。」
ぐ。
言葉が出てこない。
練習!
練習を思い出すのよ古明地さとり!!
「きょ……今日は……バレンタインなんです。」
「……だから何?……さとりも私を追い払うの?」
うわー、すっごい不機嫌になった!
心が段々ドス黒くなっていく!
もうすでにパルスィの中で『バレンタインデー』が『私をえんがちょする日』だって思い込んでる!
「違いますよ!えんがちょの日じゃないんです、バレンタインは!!」
「……じゃあ何の日なの?」
「えぇ……だから、あの……。」
だから、ビシッと言え!
まずバレンタインの誤解を解いてから!それで……!
「おぉぉぉぉ、パルスィじゃん!!珍しい!!」
うわぁ、ビックリした。
いきなり旧都側の方から耳をつんざく程のすごい大声が。
振り向けば、そこに両手に溢れるほどのチョコレートらしき包みがギッシリ詰まった紙袋を持つ勇儀とヤマメの姿があった。
「勇儀さん。それにヤマメさん。――どうしたんですソレ?」
勇儀は笑いながら紙袋を見せびらかす。
「どうしたって、そりゃバレンタインだよ!
慕っている者が慕っている相手へチョコレートを渡す日だろ!?
朝からずっとヤマメと勝負してたのさ!街の頭と地底のアイドル!
どっちが多くのチョコレート貰えるか競おうって!」
「へぇ、それにしても凄い量ですね。」
「ああ、そうなんだ!でも競ってる途中で私は街でこんなに慕われてたんだって思えてきてさ、もう勇儀お姉さんは嬉しくてね……嬉し……いぃぃぃ。」
うわ、喋ってる途中で泣き出した。
近づいてみると、勇儀はとてもお酒臭かった。泣き上戸のスイッチが入っているらしい。
「勇儀ちゃんは途中からずっとこんな調子なんだ。困ったもんだね。
ところで、さとりちゃんは――。」
ヤマメが私が背に隠している左腕を訝しげに見ると、「は~ん……なるへそ……。」と呟き、勝手に納得されてしまった。
「わ、私の事はどうでも良いじゃないですか!」
「うーん、どうでも良くは無いんだけどねー。」
「それより、どうしてココに来たんですか?まだ祭りは終わりじゃないんでしょうに。」
「そりゃあ、聞かなくても解るんじゃないかナ?」
ヤマメはパルスィをちらちら見ながら言った。
「朝一番に縦穴に行ったんだけど、居なかったんだよねー。パルスィは多分バレンタインの事なんて知らないだろうから、このヤマメちゃんが直々にバレンタインを骨の髄まで教えてあげちゃおうと思ってたのに。
気まぐれに街にでも出たのかと探してたら勇儀ちゃんに捕まっちゃってサ?
ファン達からチョコレートいっぱいもらってたんだ。
結構時間も経ったし、もしかしたら縦穴に戻ってる頃なんじゃないかなーって思ってね、今からまた縦穴に行こうとしたところだったんだよ。
しかしまさか、さとりちゃんがエスコートしてたとはネ。いやぁ、やられちゃった!」
(二人っきりで過ごせる秘密の場所まで用意していたというのに、私のパルスィ独り占め計画を頓挫させるなんて!やるね、さとりちゃん!)
うわぁぁぁぁ危ない!すっごいすれ違いだった!
勇儀さんありがとう!
街の鬼さん達ありがとう!
「私はさっき、パルスィと会ったところなんです。
その、一悶着あって。」
「一悶着?……なんかあったのパルスィ?」
ヤマメはパルスィに寄りながら事の次第を聞こうとしたが、心底嫌そうな顔で拒否した。
……嫉妬心と怒りを大いに募らせながら。
「誰が言うか、思い出したくも無い。用が無いなら私は帰る。」
「えぇー?なんでさ?まだまだバレンタインは終わらないヨ?」
「……さっき、勇儀が自慢げに言ってるのを聞いた。
親しい間柄と親睦を深める日なんだろ?
……私には親しい奴なんていないから変な目にあったんだ。居れば厄が降る日だけだってよく分かった。それじゃあな。」
そう言い捨てて踵を返し、門から出て行こうとするパルスィ。
「え、え、ちょっと待ちなよパルスィ!?」
焦るヤマメが声を掛けるが完全無視だ。
うぅ……あんな様子じゃ声掛けづらいよ……。
すると、泣き喚いていた勇儀が突如、パルスィめがけて突進し始めた
「うおぉぉぉぉ待てパルスィィィィィ!!」
ガシィ!
パルスィの腰にへばり付く。
「うおぁ!ちょ、なにすんの勇儀!??」
振りほどこうとするパルスィだが、ビクともしないらしい。
暴れている内にバランスを崩してコケてしまい、勇儀はすかさず仰向けになったパルスィの上に乗っかった。
「ちょっと!離れろよ勇儀!」
「離さないー!離してなるものかぁー!」
「臭ッッ!お前はどれだけ飲んだんだよ!!」
「些細な問題だー!
ねぇ、それよりパルスィ、あれだよ……。あれ……。」
あれだけ勢いがあったのに、突如、馬乗りになった勇儀が自分の頬に両手を当てながら蛇みたいにクネクネしだした。
……動きが気持ち悪い。
「なんだよ、アレって……?」
「ほら、バレンタインだよ。ほら、プレゼント……。」
「はぁ?プレゼント?」
「うん、欲しいの……。」
「私はチョコなんて持っていない。」
「チョコじゃなくもいいの……。」
私があれだけ悩んで言えなかった言葉を何であんなストレートに言えるんだろう。
羨ましい。
……動きは相変わらず気持ち悪いけど。
「……分かった。バレンタインなんて知らなかったから、私は何も持ち合わせてないけどさ……。」
パルスィは目を閉じながら深呼吸する。
「パルスィ……。」
勇儀も続く様に目を閉じる。
目を閉じた次の瞬間、パルスィの右ストレートが勇儀の顔に炸裂した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うわー、見事に気絶しちゃってるよ。」
完全に伸びている勇儀をヤマメは笑いながら突いている。
「明らかに不機嫌だったのに、強引に行くから。
勇儀ちゃんはもうちょっと駆け引きとか覚えた方がいいかもネェ。」
「……ヤマメ、お前も殴られたいか?」
ものすごくドスの聞いた声でパルスィが握り拳を作りながらヤマメを威嚇する。
「うぇ!?ヤだよそんなん!!」
すばやくパルスィから距離を取るヤマメ。
「だったら邪魔するな、私は帰る。」
「だからちょっと待ちなってば!何怒ってんのサ!?」
ヤマメの言葉に反応する様に、チョコレートがいっぱい入った紙袋を睨み付ける。
「……ガキみたいだって、分かってるけどさ。
ソレ見てるとイライラするんだよ……。私には縁のない物だって。」
「ん?これ?」
マジマジとヤマメは自分が持っている紙袋を見つめながら思案している。
確かに、パルスィから見たら沢山の好意が溢れたアイテムだ。
嫉妬心が湧かないはずがない。
「お前も街に戻っていろんな奴に貰えばいいだろ。私がくれてやらなくても十分だろうが。さっさと帰れ。」
(んな事いわれてもネェ……。)
それでも何とかヤマメは引き止めようと思いを巡らせている。
パルスィの怒りは収まっていない。
勇儀の件でさっきよりも一層増してしまっている感じもする。
一旦、縦穴に返して、心を落ち着かせてからの方がいいと、私は思うのだけど……。
(あーあ、さとりちゃんはビビッちゃってダメだネェ。)
むっ。何を突然……。
何時の間にやらニヤニヤした目つきでヤマメは私を見ていた。
そして、自分の上着の中に手をゴソゴソ入れ始めている。
……何してるんだろう。
(フフフ、ウブなお子ちゃまのさとりちゃん、よく見ておくのだ!
ヤマメお姉ちゃんの大人なやり方をネ!)
そう私に訴えながら、ヤマメはゆらりと、パルスィに近づいていく。
妙に自信がありげに、無駄に足を交差させクネクネ歩きながら。
……動きが気持ち悪い。
「ねぇ、パルスィ。」
「なんだよ……。」
「パルスィはチョコが欲しいのかな?
それは好都合だネ。私はパルスィを慕ってるんだ。
それはもう愛しちゃうくらいに……。」
「……何言ってるんだよ。お前も酔っ払ってるのか?」
首を振りながらヤマメは胸元に手を入れる。
「だから、今日逢ったら私がプレゼントしようと思って。」
するりと、先程自分で上着の内側に仕込んだチョコレートの箱を取り出す。
そして、おもむろに包装を破り、一口サイズの丸いチョコレートを取り出した。
「ほらごらん、パルスィ。これがチョコレート。えへへ、見たこと無いでしょ。
頬がとろけるくらい、あまぁ~いチョコレートだよ?」
訝しげな表情でマジマジと見るパルスィ。
本当に見た事が無いようで、味も想像が付いていないみたいだ。
「……なんか真っ黒で炭みたいだけど?
これが甘いなんてどうしても思えない。食べたら凄い苦くて、実はドッキリでしたとか。
そうやって私をからかおうとしてるんじゃないの……?」
「ノンノン!こんなところでからかっても面白くないじゃん!
全く、君はいつも疑い深いんだから。それじゃあ私が食べてみるから、見ててよ?」
そういうと、ヤマメはチョコを自分の口に入れ頬張り始める。
頬に手を当てながら幸せそうに、
「おほほ、甘い甘い。さすが旧都で一番の菓子職人が作った一品だね。
香ばしい大人の味が口の中でゆったりとチョコが解けていくー♪」
クルクル回りながら、身体をいっぱい使って表現している。
パルスィはその様子を見ていると、次第に興味が湧き出てきたみたいで、
「……しょうがない、ヤマメ。一つだけくれよ。」
「んー、分かったー。」
返事をした次の瞬間、ヤマメは先程とは打って変わる様な機敏な動きでパルスィめがけて、顔から飛んでいった。
「うわ……――んっ!???」
「んふふー☆ んーっ☆」
唖然としてしまった……。
キス……キスしてる。
私があれこれヤキモキしてたのを尻目に……。
アッという間にキスに持ち込んでる!!
「ふぅ……んっ……。」
「んふふ……。」
……長い、長いですよヤマメさん!!
かれこれ十秒くらい経ってます!!
なによ!何なのよあれ!!アレが大人のやり方!?
汚い!ずるい!妬ましい!
なにこれ!心がなんかモヤモヤしてきた!
「――ッ!はっ!!離れろ!!」
我を取り戻したのか、パルスィはヤマメを突き飛ばす。
「お、お前は!なんて事するんだよ!??」
パルスィがものすごい真っ赤な顔しながら怒鳴りだす。恥ずかしかったらしい。
「チョコプレゼントしただけじゃん?甘いでしょ?」
「確かに甘いけど、欲しいのはお前の食ってるヤツじゃないよ!!普通そうだろ!!」
「えー?いいじゃん。いつもちゅーしてるじゃん?それにプラスアルファが載っかっただけだよ。」
「キ、キスは不意打ちでお前がやろうとしてるだけだろ!嫌がらせみたいに!」
「まんざらでも無かったじゃん!」
「に……うるさい!!そ、それにさ、さとりが見てるんだぞ!」
(さとりはまだまだガキなんだから!変な事覚えたらどうするんだよ!)
……。心の中で罵られた。
「えぇー、いいじゃん。さとりちゃんもパルスィとちゅーしたいよねー?」
(同意するのだ、さとりちゃん!このままの勢いで私と一緒にパルスィとバレンタインちゅっちゅするのだ!)
……。心の中で勧誘された。
「バカなこと言うな!ヤマメ、さとりに変な事吹き込むなよ!」
「ふっふーん、果たしてどうかな?さとりちゃんもしっかり君宛にプレゼントを持ってきてるじゃないか。」
「……ふぇ?」
クルリとパルスィが不意にこちらを振り向くものだから。
目が合ってしまった。
「あ……あの……私、別に……。」
私はやましい気持ちは無いって言いたかった。
「その、キスとか……あの……。」
でも、さっきのヤマメの行動を見て。
いつもキスしてるって言動を聞いてしまって。
ズルイ。
羨ましい。
私だって、ああやって本心さらけ出したい。
キス……までいかなくても、一緒に寄り添うくらいはしたい……。
目を逸らしたら否定することになる。
だけど、言葉が出てこない。どう言ったらいいか分からない……。
目を合わせ続けるのがとても耐えられない。
どうしたらいいんだろう……。
「はぁ~、ホント、悪意には敏感なくせに、君は好意になると途端にニブチンになるよねー。」
私達の硬直は、ヤマメの一声で解けた。
「え……?私の事?」
「そうだよパルスィ、君意外に誰がいるんだよ。
こんな一途な子をずーーーーーっと焦らし続けてるなんて。」
ズボッ!
唐突に、ヤマメはパルスィの上着の中に手を突っ込み、自分の持ってた箱を押しこんだ。
「ひゃん!!お前…またいきなり……!」
「まーまー怒らない。チョコは渡したんで私の用事は終いね。
ここらで御暇、お邪魔しましたって事で。
ビギナーに道を歩ける様に促すのがベテランの務めだからさ。
――頑張るんだよー、さとりちゃん。」
(本音でぶつかってみなよ。パルスィは短気そうに見えるけど懐は広いんだから、受け止めてくれるさ。)
そう言い残して勇儀を引き摺りながら、ヤマメは街の方へ帰っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
二人取り残され、私達は言葉を交わさず佇んでいる。
ワイワイと街から響く声。
相も変わらず鬼や妖怪達がこのイベントに興じているのだろう。騒がしいことこの上ない。
でも、うるさいはずなのに、気にならない。わたしはとても静かな心持ちだった。
(本音でぶつかってみなよ。)
ヤマメの言葉が心を反芻する。
パルスィの方に目をやる。
彼女もヤマメの言葉を気にしているようで、私の動向を待っているようだ。
お膳立て、してくれたのかな、ヤマメさんは……。
うん。
「ねぇ、パルスィ。」
「うん……何?」
「いつも、ありがとうございます。」
素直に。
「私、バレンタインでパルスィにチョコレートをあげようって、ずっと決めてたんです。」
「そうなんだ……。」
「お世話になってるという意味もあるし、仕事の間柄という意味もあります。」
もっと素直に。
「でも、それ以上に。パルスィが好きなんです。
地上にいた頃から一緒で。
こどもだった私を面倒みてくれて。
ですけど、地底に来てからはよくケンカして、いがみ合って長く口も聞かない時期もありましたよね。
――それでも。
貴女はずっと私の傍から離れずにいてくれた。」
着飾らないで、本音で。
「今では貴女の上司になってしまいましたが……貴女を慕う気持ちは昔から変わっていません。
これは、私が貴女に対する想いを精一杯籠めたチョコレートです。」
だから。
「パルスィ。迷惑じゃなかったら……受け取って、くれませんか……。」
私は俯きながらパルスィに突き出す。
旧都から流れる賑やかな音も私には聞こえず。
ドクン、ドクンと。
自分の心臓の鼓動だけが耳に響いている。
顔を上げるのが怖い。パルスィを見るのが怖い。
ただ、結果を。早く結果を。
パルスィは……困っている。
どうしたらいいのか、分からないらしい。
受け取って欲しい。
お願いだから。
「――うん。ありがとう……。」
スッと、私の手に触れる。
暖かい手。
私は顔を上げる。
そこには、私が想像していた以上に優しげな表情をしているパルスィの顔があった。
受け入れてくれた……。
やった……。嬉しいよぉ……。
「ねぇ、ココで食べていいかな……。」
「はい……。」
照れながら答えると、パルスィはゆっくりと包みを開ける。
落としたり、走って振り回した割にはちゃんとハートの形状を保っていた。
格子状に区分けし、詰め散らばせたその一つを取り、パルスィはまじまじと見つめる。
「綺麗……、ピンク色でそれに柔らかい。ヤマメのチョコは硬かったのに。」
「あちらの方が日持ちするんですよ。でも、私は生チョコの方が好きだったんで……。」
「うん、私もこっちの方がいいな。」
口に一つ運ぶ。瞳を閉じながら、吟味する。
「へぇ、苺味だ。」
「どうですか……?」
「ふふ……美味しいわ。
心が篭ってるって、口を入れて直ぐに分かった。丁寧で、優しい甘さ。私には勿体無いね。
――ありがとう、さとり。」
そう言いながら、パルスィは頭を優しく撫ぜてくれた。
よかった……喜んでくれて。
「でも、こんな良い物貰ったんだからお返しをしたいんだけど、私なんにも持ってないし……。」
「……一ヵ月後には、バレンタインデーのお返しをするホワイトデーという風習があるらしいですよ?」
「そうなんだ。だったら、その時にお礼をするよ。その時まで待っ……。」
あれ?
なぜか、パルスィの動きが止まった。
「ん?どうしたんですか、パルスィ?」
私の声に反応して、何故か持っていたチョコの箱を私の手に押し当てる。
なんだろ?
やむなく私が箱を受け取ると。
バタン。
パルスィが倒れた。
「え?ぱ、パルスィ!!」
突然ゴロゴロと雷雲の様なすごい音が!
「お……おぉぉぉぉぁぁぁ……。」
発信源はパルスィのお腹だった。
「どうしたんですか!」
「おおおおおお腹痛い!!!!」
「えぇ!???」
「ね、ねじ切れそうなくらいヤバイマズイタタタタタタ!!!」
腹部を庇うように伏せながらパルスィは耐えてるけど、意識が飛びそうなほどの腹痛の様だ!
「なんで突然……!」
「……もしかして……そのチョコ……!」
「そ、そんなはずないですよ!だって今朝作りましたし、私もこいしも味見しましたけどなんとも無かったし!!」
「……じゃあなんで……。」
突然の出来事すぎて、私もどうしたらいいのか分からないし!
「きゅぅぅぅぅ……ちょ、無理……。ダメぇ……。」
「パルスィ、しっかりして!パルスィ!!」
呼びかけるも応じず、そのまま、気を失ってしまった……。
「ああ……どうしよう……。」
だって、チョコレート食べて気絶するなんて予想だにしないもの!!
ま、まずはパルスィを介抱して……。
でもケンカするほど元気だったパルスィを見てる者がいるから、病院に連れて行って理由聞かれたら絶対私のせいにされるし。
地霊殿に連れ帰った方が……でも距離があるし……それに……。
「さすが私のおねえちゃん……まさか強硬手段に出るなんて……。」
「へ?」
聞き覚えのある声が、後ろから聞こえた。
絶対見られたくない、相手の声……。
「こいし……。いつの間に……。」
「うん、面白そうだからずっと後をつけてたの。
いやぁ、すごいよ。私の予想をはるかに上回ってた。
欲しいものは何としてでも勝ち取れって事だね。見直しちゃったよ、おねえちゃん。」
「違うわよ!私は本当に真っ直ぐな想いでパルスィにチョコをあげただけよ!」
「このまま地霊殿にお持ち帰りだね!うん、任せて!帰って準備しておくから!
お空!おーくーうー!!」
そのまま騒ぎながら街の方へ走っていくし!!
「いや、何の準備よ!?待ちなさ……ってパルスィこのままにしておけないし……もぉぉぉぉぉ!!」
なんで静かに過ごせないのよ!!
ただ、チョコ渡して一緒にゆったりと過ごせたらなぁって思っただけなのに!!
私は気絶したパルスィをおぶりながら、慌ててこいしを追いかけた。
私は胸元に抱えている、紙で綺麗に包装された小さなプレゼントをパルスィに突き出す。
パルスィは困惑しながら「これは?」と尋ねてきた。
「チョコレートです。
今日はバレンタインという日らしいので。
幻想郷の外の世界では、親しい間柄や好きな者に手渡す風習があるとの事なので、それにあやかってみようと思いまして……。
……その……えっと……。」
なかなか言葉が出てこない。
私の自室で二人きり、パルスィはベッドに腰掛けながら不思議そうに私を見上げている。
それはそう。一人で勝手にしどろもどろになって、恥ずかしいといったらありはしない。
落ち着かなきゃ。
一旦唾を飲み込み、私は続ける。
「そ、その……仕事もそうですけど……いつもお世話になってるので……。
だから……別に深い意味は……。」
うぅ……あるのに……深い意味あるのに。
中身は小さなハートを模ったストロベリー味の生チョコレート。
この日の為に外来のお菓子を研究し、作った代物。
自らの想いが篭っている。
けど、断られたらどうしよう。
その恐怖心が。
逃げの言葉に走ってしまう。
言い直さなきゃ……。
言葉を紡ぐことにあぐねていると、ふわりと身体が浮いた。
パルスィは何時の間にか立ち上がり、私を引き寄せていた。
「ありがとう、嬉しいよ。」
顔が近い。首を動かせば口付けできるほどに。
彼女を象徴している緑眼の瞳。
部屋の光が彼女の瞳を照らし、さながら宝石の輝きを魅せる。
身体の芯が火照ってくる心地良い感覚。
私は彼女の目を逸らす、じっと待つ。
「私は幸せ者ね。さとりがこんなに想ってくれていたなんて考えもしていなかった。
そんな行事、知りもしなかったから、何も用意してなかったけど……。」
「う、受け取ってくれますか……?」
「うん、でもその前に。
私、何も持ち合わせてないけどね……。」
パルスィが瞳を閉じ、顔を寄せてくる。
「パルスィ……。」
「さとり……。」
私も瞳を閉じ、待ちわびる……。
パルスィ……パルスィ……。
むに。
あれ?
これ、キスの感触じゃない。
唇をつままれている?
おかしいなぁ、私のパルスィがこんな事するはず無いのに。
目を開いてみると……。
「あれ、こいし……。」
パルスィの顔と並ぶ様にこいしの顔があった。
なんで?この部屋には誰もいないはずなのに。
でも、私の唇をつまんでいるのは紛れもなくこいしだった。
軽蔑の瞳で。
こっちみてた。
ようやく状況を理解した。
熱かった身体が段々冷えて震えて、全身冷や汗吹き出てきた。
「こ、こいし。部屋に入る時は、ノックしなさいって、言ったわよ、ね?」
「ずっと部屋にいたよ。おねえちゃんが『見えてなかった』だけだよ。
誰もいないと思い込みながら部屋に入ったから、見えなかったんだよ。無意識に私を見えなくしたのはおねえちゃんだよ。」
淡々と、答えるこいし。
「そそそそそんなことは……。」
私とこいしは部屋を共用で使ってる。
私は仕事が多忙だから、プライベートくらいは姉妹一緒にゆったりしたいと思っているからだ。
でも放蕩娘のこいしは、この部屋を使うのは年に数度しか無いし、ましてや私が入る前に自室にいた事なんて指で数えるほどだ。
地霊殿に帰ってきても応接室のソファで寝てたり、ペットの部屋に押しかけたりしてるのに。
ドウシテコノタイミングニ!
「私の知ってるパルさんはそんな事はしない。」
「ふぐっ……!!」
「正直おねえちゃんには呆れちゃった。
パルさんを『想起』してこんなやらしー事、隠れてずっとしてたなんて。」
「ち……!ち、ちがうのよーこいしー?別にやましい事なんて~これっぽっちも~考えてないし~……?」
「……『私、何も持ち合わせてないけどね……。』って言わせてチョコの代わりにキスをプレゼントさせようとしてた。」
「ひっ。」
「お燐ー!おーりーんー!!あのねー!!おねえちゃんがねー!!!」
「ああああああああ待って待ってこいしー!!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「その、ただの予行演習だったのよ……。本番前のイメージトレーニング。」
先触れの様に騒いでいたこいしを何とか捕まえ、余っていた生チョコをこいしの口に放りこんで私は何とか黙らせた。
笑顔でもくもくと食べている。よくよく考えれば自分でしか味見してなかったから好都合だった気もする。これならプレゼントしても苦い顔はされないだろう。
「だから、こいしが考えてる様な、いかがわしい事なんて、何にもないのよ?」
……笑顔だけど全然返事が無い……というか、聞いてるのかしら?
食べる事に夢中になってる?
「ちょっとこいし、聞いてるの……?」
「聞いてるよ。言い訳を。」
「だから、そんなんじゃないって言ってるじゃない!」
「誰かに一部始終見せてみたら良いじゃん。パルさんを具現化してイチャイチャやってる所を。
ペット達はみんな揃って、『痛い。』って言うと思うよ?」
「痛いなんて言わないでよ!それにそんな恥ずかしい事を人前できるわけ無いでしょ!だから自分の部屋でこっそりやってたのにぃぃぃぃもぉぉ~~~!!」
足がジンジンするくらい目いっぱい地団駄を踏む。威嚇したかったけどスリッパだからパンパンと乾いた音しかならなかった。
「だいたい矛盾だらけじゃん。バレンタインが今日だって事、今や地底中みんな知ってるよ?
何でパルさんが知らない事前提なの?」
地底と地上の交流が出来てから、異文化を真似る様に楽しそうな行事やイベントを模する様になった。今回のバレンタインも地底では全く初めての事だが騒ぎと祭りが好きな旧都だ。こんなイベント話など一日あれば端まで知れ渡る。
だけど――。
「だって、パルスィには教えてないもの。」
「えっ?」
「それに、ずっと地底の橋守という仕事を一人でしてるし、街外れの場所でやってるから旧都には全然足を運んでないし。そういう情報はパルスィの耳に入ってないはず。
昨日、仕事の視察がてらパルスィと会ったけど、知らない様だったし。
だから、ちょっとしたサプライズをしようと私は考えたのよ。」
胸を張って私は言った。
パルスィは寂しがりやさんだから、こういうホットなイベントならがっつり食いつきそうな予感がする。
普段は口うるさくて嫌な上司だと思われてるかもだけど、二人っきりのバレンタイン。
私がパルスィに愛の告白……まではいかないだろうけど、絆を強くはできるはず。
うん、絶対上手くいく。
「うわー。おねえちゃんこの楽しそうなイベントを故意に知らせず仲間外れにしてるんだ。
パルさんだって渡したい相手がいると思うよ。
腹黒いよ、おねえちゃん。」
カクンと膝が折れてしまった。
腹黒いって……ひどい。
「な、何とでも言えばいいわよ!
もしそれを伝えてパルスィが他の誰かに渡して、私にくれなかったらどうするのよ!!」
「え?いや、そんな事言われても?」
「私が充実したバレンタインを提供するから大丈夫!」
「なんか何時に無く強気だね、おねえちゃん。」
「下準備はしっかりしてきたもの!後はちゃんと渡せるかだけ!」
「ふーん。」
息巻いてるのに私の熱意が全然伝わってないし。
……なんなの?なんで今日のこいしは冷たいの?
「ねぇ、せっかくココまで意気込んでるんだから、エールの一つも欲しいところなんだけど……。」
正直、不安でたまらないのに。
当たって砕けるくらいの勢いを心の中でつけようと思って言ってるのに。
このままじゃ当たる前にコケそう。
「それより早く行った方が良いと思うの。
パルさんが今日一日、一人で縦穴にいるとしても、誰とも会わないって事無いと思うの。
もうお昼前だよ?」
指に付いた生チョコレートをぺろぺろ舐めながら興味なさげに言った。
「うぅ……。」
仕方ない。こいしの言うとおり、パルスィが誰とも会わないなんて保証もないし、善は急げね……。
テンションガタ落ちだけど、まぁ本番になれば何とかなるかな……。
すると、難しげな表情でこいしがツンツンと、私の持つ包みを小突く。
「うーん。おねえちゃんは何が不安なのか分かんない。
パルさんはおねえちゃんの事ずっと気に掛けてるんだから、受け取らない理由なんて無いと思うよ。」
「そうかなぁ……。私、結構仕事の内容でパルスィにあれこれ言ってるから怖いんだけど……。」
思い当たる事が結構あるから不安なのに。この間も地底と地上を繋ぐ縦穴を人間の魔法使いや壁抜け仙人を、無断で(というより強行突破で)地底に通したのでこっぴどく叱ったのだ。
叱ってる間のパルスィの心はホント怖かった。すっごい睨んでた。
殴られるんじゃないかとハラハラしたし……。
「いいからいいから、早く行っちゃいなよ。」
「……うん。」
でも、本当に受け取ってくれるかなぁ。不安がぬぐいきれないけど。
私は包みを持って、自室を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うわ……。」
旧都に出た私は、言葉を失った。引いている意味で。
街中の建物がチョコレートみたいな柄や模様に塗り替えられ、瓦が全て赤一色。
さらに、「ハッピーバレンタイン!」と書かれた金色の帯が散らばる様に装飾されている。壁のあちこちにハートを模った白や茶色、桃色のオブジェが張られ、さながらお菓子の国になってしまっていた。
……昨日まで普通の街並みだったのに。
祭りの出店よろしく、強面の鬼や妖怪が可愛らしいチョコレートをズラッと売り出している。
……バレンタインってお祭りだったっけ?
そう勘違いしそうなくらいのバカ騒ぎ。
酒の肴の様にチョコを食べている鬼や、みんなでチョコを渡しにいってきゃーきゃー騒いでいる一団もいる。もらったチョコを別の者に配ってひんしゅくを買ってる者もいれば、それを見て歯噛みしながら自分で買ったチョコを食べてる者も。
ネタさえあれば、何でも祭りや宴会に昇華しようとする所は地上と違って地底の妖怪達は逞しい……かな?
買い食いしたくなる衝動に駆られながらも、いそいそと私は縦穴へと歩みを進める。
と。
遠くがなにやら騒がしい。
それも怒号や悲鳴の声が。
またケンカかしら。
地底の祭りはケンカが多い。
血気盛んな鬼達が、売っては買って、煽り出す。
まして力が強いものだから街の一角が廃墟になる事もしばしばある。
とはいえ、次の日になったら揉め合った同士もせっせと協力して修繕するから一応黙認にはしているんだけど。
うーん、関わりたくないけど縦穴への通り道だしなぁ。
迂回すると結構時間がかかるので、道の端をチョコチョコ小走して抜けよう。
近づくにつれ、「寄るなー!」とか「えんがちょー!」という言葉が聞こえ、その都度殴る様な音が。
時折笑い声が出るから、遊び半分なケンカなんだろうけど……。
……でも、怒ってる方に聞き覚えのあるのが妙に気になる。
しかし人だかりが多すぎて、背の低い私にはケンカ姿は全然見えない。
「すみません、これは何の騒ぎですか?」
とりあえず近くの鬼に尋ねてみる。
「ん?おぉ、これは地霊殿の主様!なりません!近寄ってはなりませんぞ!」
人だかりから外れる様にその鬼は私を押し出していく。
「なんです。何かやましい事が?」
「いえ、この良縁を深められる素晴らしい行事に、悪魔が舞い降りたのです!」
さも仰々しく、演技くさく鬼は語る。
「悪魔……?」
「そうです!きゃつは者と者の繋がりを断つ縁切りの悪魔。皆が悪魔を祓おうと呪文を唱えて応戦しておるのですが、なかなかてこずっておるのです!」
「はぁ……。」
「見事、悪魔を祓えた勇者にはチョコレート一年分!」
「催し物みたいですね。」
「いやぁ、バレンタインというのも、なかなか楽しい行事ですなぁ、ハッハッハ!!」
酒を一度煽りながら、鬼は私を再び人だかりに連れて行き、かき分けて中へと入っていく。
「ご覧ください主様、あれが縁を切る悪魔です!!」
見た瞬間、思わず包みを落としてしまった。
暴れまわっているのは、怒り心頭になってるパルスィだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「えんがちょー!えんがちょー!」
「黙れ!こんなろぉ!!」
バキッ!
呪文を唱えていた鬼がおもいっきり頬を殴られる。
「ぐほぉぉぉ!」
「うおぉぉぉ、よくも仲間を!おとなしくカエレ!カエレ!えんがちょー!!」
「なんだよいきなり!なにが『えんがちょ』だよ!!
私はただ、『何の祭りだ?』って聞いただけだろ!
教えてくれたっていいじゃないか!それを厄介者みたいに!!」
「知られる訳にはいかん!知れば災いをもたらす気であろう、橋姫め!この悪魔!」
「誰が悪魔だー!!」
ボゴッ!
「ひえぇぇぇ!!」
今度は別の鬼の腹に蹴りが入る。堪らず人だかりに混じって逃げる様に非難した。
「お前らも!何をケタケタ笑ってるんだ!
そんなに私を仲間外れにして楽しいのか!
――もういい!知らなくたっていい!
まとめてお前らを吹き飛ばしてやる!」
そう叫ぶと、周囲に緑色のプラズマが走り出した。
空気が淀み、重苦しくなる様な気質が一帯を支配する。
「あ、マズいですな、主様!怒らせすぎてスペルカードまで取り出してしまった!
非難してくだされ!」
「いやいやいや、そういうわけにも行かないでしょ!??」
静止を聞かずに私は駆け出し、スペルカードを持つ方の腕にしがみ付く。
「ちょっと、落ち着いてください!パルスィ!」
「何!?さとり!?――離せよ!!」
うわ、妖力が昂ぶってるせいか、緑眼がすごく光ってる。怖い。
必死にしがみ付いてるけど全然動きを制することができない。見た目の細腕から想像できない様な力で、私の身体はブンブン振り回されてる。
「橋姫だからって何が悪い!ふざけんなぁぁぁぁ!!」
「別に深い意味は無いんですってば!ただ縁切りの橋姫とバレンタインが相性悪そうってだけで、ちょっとからかってただけなんです!」
「何だよバレンタインって!知るかそんなもん!」
怒り心頭だ。もはや聞く耳を持たない状況。
叫ぶと、パルスィが持つスペルカードの輝きが増していった。
まずい、スペルが具現されつつある!
あちこちで緑色の弾幕が爆ぜはじめ轟音が響いてる!
……仕方ない!
私は手を離し、パルスィの顔を掴む。
そして、両耳に中指を突っ込む。
「ひぁん!」
耳孔は思考を司る脳に一番近い身体の穴。
そのまま手に妖力を込め、ダイレクトに思考へ精神攻撃を仕掛ける。
「にあぁぁぁぁぁぁ!?!?」
身体を動かすのは思考と精神だ。それさえマヒさせてしまえば一時的に行動不能になる。
数秒ほどで、悲鳴を上げながらパルスィは膝から崩れ落ちた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
……未だ興奮が冷め止まぬ様で、顔を赤らめ若干涙を浮かべながらパルスィは私を睨みつけていた。
「その……パルスィ、ごめんなさいね?」
「うぅ……うぅぅぅ……。」
まだ身体が動かせないみたいでへたり込んでいる。
……パルスィが怒るのも無理は無いけど、さすがに街が壊れていくのを眺めてるというのはいたたまれないし。
「――見事!さすがは地霊殿の主様!調伏はお手の物の様ですな!」
先程の鬼が拍手しながらやってくる。
私は溜息一つをついてから、返事する。
「褒め言葉として受け取っておきます。ですが、こういう事は程々にして下さい。
祭りの度に街が壊れるのは迷惑ですし、度が過ぎれば悪戯は悪意となります。」
「すみませんなぁ。騒げればそれで良いという地底の者達ばかりで。
後の処理は我々がしますので。主様はバレンタインをお楽しみください。」
「ええ。それとパルスィは私が預かっていきます。いいですね?」
「ぬ?いやいやお手を煩わせる訳には。橋姫殿にも詫びと謝罪をせね…ば……??」
――なんだろ、言葉の途中で一瞬鬼の目が丸くなった。
それから私とパルスィを三度見比べ、(おぉ!)と心の中で大きな声を出した。
「ええ、いいですともいいですとも!」
……何か露骨にニヤニヤし始めたし、この鬼。
「いやぁ、うまくいくといいですなぁ!!はっはっは!」
笑いながら何か差し出してきた。
……どこか見覚えのある包みの箱。
――あ。
「これ、私の……。」
「先程落としましたぞ?さぞ大事な物なのでしょう?ハハ、それでは失礼!
――おい、お前ら、さっさと瓦礫を片付けんか!!」
私が受け取ったら、後ろに振り返り後始末の指示をしながら人混みに入っていった。
うぅ、感付かれた……。
よもや言いふらしたりしないでしょうね……。
とりあえず、私はチョコを左手に持ち、背に隠しながらパルスィの方へ向く。
「災難でしたねパルスィ、立てますか?」
右手でパルスィの手を掴むと、それを頼りに彼女は立ち上がった。
「う……うん。」
しかし、彼女は私と極力顔を合わせない様にしている。
妙だ。私が与えたダメージはもう無いはずだが、まだ顔が赤い。
おかしいなぁ、もう怒りの気持ちは感じられないけど……。
「どうしたんです?どこか体調が悪いんですか……?」
パルスィの頬に触れようとしたら、「ひゃッ!」って呻きながら後ずさりされた。
あ……。
……恐怖されている。
パルスィの思考は、私に攻撃されてる映像がずっと流れてる。
それはそうだ。私が攻撃をしたんだから。
嫌がるのは当然の反応だ。
なにやってるんだろう、私。
「本当にごめんなさい。貴女の怒りはもっともだって分かってたんです。
でも、やっぱり止めなきゃって……それで……。」
こんな事しちゃったら、チョコレートなんて渡せるはず無いじゃない。
言ったところで嫌がられるに決まってる。
折角準備してきて、練習してきたのに……。
目頭が次第に熱くなってきて、パルスィの顔を見るのも辛くなってきて……。
「わ、わ、さとり!違うの!なんでもない!なんでもないから!!」
パルスィは私の右手を掴む。
「とりあえずココを離れよう!静かな場所を探そう、ね!?」
「あ、……うん。」
私は頷くと、パルスィは私を引っ張りながらそそくさと縦穴の方へ向かっていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
パルスィと一緒に旧都を駆けて、丁度入り口のところで立ち止まる。
かなりの距離を走ったので少し息切れてしまった。
入り口の門にもたれ掛かりながら、身体を休める。
……結構な速度で走ったものだから、チョコが型崩れしてないか心配だ……。
手ぬぐいで汗を拭いながらパルスィは話しかけてきた。
「全く、とんだ災難だよ。
久しぶりに来てみれば、ケンカを吹っかけられてさ。」
「パルスィは今日が祭りだって、知ってて来たんですか?」
聞くと、ブンブンと首を振りながら怒る口調で文句を言う。
「知らない。何の祭りかも分からないから尋ねてみたらあのザマだったんだよ。
ホント何時来てもガラが悪いんだ、この街は。」
「だったらどうして来たんですか?普段はずっと縦穴にいるはずなのに……。」
聞くと、顎に手を当てながら、考えがはっきりしてない様子で悩みながら話を続ける。
「えっと、なんかさ、変な気質を感じて。
私、橋姫だから遠くにいても感情というか雰囲気というか……
街で何かあると感じるんだよ。祭りや宴会だったら楽しそうな気質が流れてくるんだけど、その中にかなりの嫉妬心が入り混じってたから、変わった祭りでもやってるのかと気になって。」
……あぁ、チョコもらえなかったり、もらった者を妬んでる者達の感情に釣られたのか。
「でも、こんな事になるんだったら来るんじゃなかった。
長居してもロクな目に合わないから今日はもう縦穴に帰るよ。ごめんね、さとり。」
――へっ?
「うわわ、待ってくださいパルスィ!」
そのまま、帰ろうとするし!
まだチョコ渡してないし!
パルスィのバレンタインは決着しちゃったかも知れないけど、私のはまだ始まってもないし!!
「何、さとり?」
「えーっとですね、その……あの……。」
ぐ。
言葉が出てこない。
練習!
練習を思い出すのよ古明地さとり!!
「きょ……今日は……バレンタインなんです。」
「……だから何?……さとりも私を追い払うの?」
うわー、すっごい不機嫌になった!
心が段々ドス黒くなっていく!
もうすでにパルスィの中で『バレンタインデー』が『私をえんがちょする日』だって思い込んでる!
「違いますよ!えんがちょの日じゃないんです、バレンタインは!!」
「……じゃあ何の日なの?」
「えぇ……だから、あの……。」
だから、ビシッと言え!
まずバレンタインの誤解を解いてから!それで……!
「おぉぉぉぉ、パルスィじゃん!!珍しい!!」
うわぁ、ビックリした。
いきなり旧都側の方から耳をつんざく程のすごい大声が。
振り向けば、そこに両手に溢れるほどのチョコレートらしき包みがギッシリ詰まった紙袋を持つ勇儀とヤマメの姿があった。
「勇儀さん。それにヤマメさん。――どうしたんですソレ?」
勇儀は笑いながら紙袋を見せびらかす。
「どうしたって、そりゃバレンタインだよ!
慕っている者が慕っている相手へチョコレートを渡す日だろ!?
朝からずっとヤマメと勝負してたのさ!街の頭と地底のアイドル!
どっちが多くのチョコレート貰えるか競おうって!」
「へぇ、それにしても凄い量ですね。」
「ああ、そうなんだ!でも競ってる途中で私は街でこんなに慕われてたんだって思えてきてさ、もう勇儀お姉さんは嬉しくてね……嬉し……いぃぃぃ。」
うわ、喋ってる途中で泣き出した。
近づいてみると、勇儀はとてもお酒臭かった。泣き上戸のスイッチが入っているらしい。
「勇儀ちゃんは途中からずっとこんな調子なんだ。困ったもんだね。
ところで、さとりちゃんは――。」
ヤマメが私が背に隠している左腕を訝しげに見ると、「は~ん……なるへそ……。」と呟き、勝手に納得されてしまった。
「わ、私の事はどうでも良いじゃないですか!」
「うーん、どうでも良くは無いんだけどねー。」
「それより、どうしてココに来たんですか?まだ祭りは終わりじゃないんでしょうに。」
「そりゃあ、聞かなくても解るんじゃないかナ?」
ヤマメはパルスィをちらちら見ながら言った。
「朝一番に縦穴に行ったんだけど、居なかったんだよねー。パルスィは多分バレンタインの事なんて知らないだろうから、このヤマメちゃんが直々にバレンタインを骨の髄まで教えてあげちゃおうと思ってたのに。
気まぐれに街にでも出たのかと探してたら勇儀ちゃんに捕まっちゃってサ?
ファン達からチョコレートいっぱいもらってたんだ。
結構時間も経ったし、もしかしたら縦穴に戻ってる頃なんじゃないかなーって思ってね、今からまた縦穴に行こうとしたところだったんだよ。
しかしまさか、さとりちゃんがエスコートしてたとはネ。いやぁ、やられちゃった!」
(二人っきりで過ごせる秘密の場所まで用意していたというのに、私のパルスィ独り占め計画を頓挫させるなんて!やるね、さとりちゃん!)
うわぁぁぁぁ危ない!すっごいすれ違いだった!
勇儀さんありがとう!
街の鬼さん達ありがとう!
「私はさっき、パルスィと会ったところなんです。
その、一悶着あって。」
「一悶着?……なんかあったのパルスィ?」
ヤマメはパルスィに寄りながら事の次第を聞こうとしたが、心底嫌そうな顔で拒否した。
……嫉妬心と怒りを大いに募らせながら。
「誰が言うか、思い出したくも無い。用が無いなら私は帰る。」
「えぇー?なんでさ?まだまだバレンタインは終わらないヨ?」
「……さっき、勇儀が自慢げに言ってるのを聞いた。
親しい間柄と親睦を深める日なんだろ?
……私には親しい奴なんていないから変な目にあったんだ。居れば厄が降る日だけだってよく分かった。それじゃあな。」
そう言い捨てて踵を返し、門から出て行こうとするパルスィ。
「え、え、ちょっと待ちなよパルスィ!?」
焦るヤマメが声を掛けるが完全無視だ。
うぅ……あんな様子じゃ声掛けづらいよ……。
すると、泣き喚いていた勇儀が突如、パルスィめがけて突進し始めた
「うおぉぉぉぉ待てパルスィィィィィ!!」
ガシィ!
パルスィの腰にへばり付く。
「うおぁ!ちょ、なにすんの勇儀!??」
振りほどこうとするパルスィだが、ビクともしないらしい。
暴れている内にバランスを崩してコケてしまい、勇儀はすかさず仰向けになったパルスィの上に乗っかった。
「ちょっと!離れろよ勇儀!」
「離さないー!離してなるものかぁー!」
「臭ッッ!お前はどれだけ飲んだんだよ!!」
「些細な問題だー!
ねぇ、それよりパルスィ、あれだよ……。あれ……。」
あれだけ勢いがあったのに、突如、馬乗りになった勇儀が自分の頬に両手を当てながら蛇みたいにクネクネしだした。
……動きが気持ち悪い。
「なんだよ、アレって……?」
「ほら、バレンタインだよ。ほら、プレゼント……。」
「はぁ?プレゼント?」
「うん、欲しいの……。」
「私はチョコなんて持っていない。」
「チョコじゃなくもいいの……。」
私があれだけ悩んで言えなかった言葉を何であんなストレートに言えるんだろう。
羨ましい。
……動きは相変わらず気持ち悪いけど。
「……分かった。バレンタインなんて知らなかったから、私は何も持ち合わせてないけどさ……。」
パルスィは目を閉じながら深呼吸する。
「パルスィ……。」
勇儀も続く様に目を閉じる。
目を閉じた次の瞬間、パルスィの右ストレートが勇儀の顔に炸裂した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「うわー、見事に気絶しちゃってるよ。」
完全に伸びている勇儀をヤマメは笑いながら突いている。
「明らかに不機嫌だったのに、強引に行くから。
勇儀ちゃんはもうちょっと駆け引きとか覚えた方がいいかもネェ。」
「……ヤマメ、お前も殴られたいか?」
ものすごくドスの聞いた声でパルスィが握り拳を作りながらヤマメを威嚇する。
「うぇ!?ヤだよそんなん!!」
すばやくパルスィから距離を取るヤマメ。
「だったら邪魔するな、私は帰る。」
「だからちょっと待ちなってば!何怒ってんのサ!?」
ヤマメの言葉に反応する様に、チョコレートがいっぱい入った紙袋を睨み付ける。
「……ガキみたいだって、分かってるけどさ。
ソレ見てるとイライラするんだよ……。私には縁のない物だって。」
「ん?これ?」
マジマジとヤマメは自分が持っている紙袋を見つめながら思案している。
確かに、パルスィから見たら沢山の好意が溢れたアイテムだ。
嫉妬心が湧かないはずがない。
「お前も街に戻っていろんな奴に貰えばいいだろ。私がくれてやらなくても十分だろうが。さっさと帰れ。」
(んな事いわれてもネェ……。)
それでも何とかヤマメは引き止めようと思いを巡らせている。
パルスィの怒りは収まっていない。
勇儀の件でさっきよりも一層増してしまっている感じもする。
一旦、縦穴に返して、心を落ち着かせてからの方がいいと、私は思うのだけど……。
(あーあ、さとりちゃんはビビッちゃってダメだネェ。)
むっ。何を突然……。
何時の間にやらニヤニヤした目つきでヤマメは私を見ていた。
そして、自分の上着の中に手をゴソゴソ入れ始めている。
……何してるんだろう。
(フフフ、ウブなお子ちゃまのさとりちゃん、よく見ておくのだ!
ヤマメお姉ちゃんの大人なやり方をネ!)
そう私に訴えながら、ヤマメはゆらりと、パルスィに近づいていく。
妙に自信がありげに、無駄に足を交差させクネクネ歩きながら。
……動きが気持ち悪い。
「ねぇ、パルスィ。」
「なんだよ……。」
「パルスィはチョコが欲しいのかな?
それは好都合だネ。私はパルスィを慕ってるんだ。
それはもう愛しちゃうくらいに……。」
「……何言ってるんだよ。お前も酔っ払ってるのか?」
首を振りながらヤマメは胸元に手を入れる。
「だから、今日逢ったら私がプレゼントしようと思って。」
するりと、先程自分で上着の内側に仕込んだチョコレートの箱を取り出す。
そして、おもむろに包装を破り、一口サイズの丸いチョコレートを取り出した。
「ほらごらん、パルスィ。これがチョコレート。えへへ、見たこと無いでしょ。
頬がとろけるくらい、あまぁ~いチョコレートだよ?」
訝しげな表情でマジマジと見るパルスィ。
本当に見た事が無いようで、味も想像が付いていないみたいだ。
「……なんか真っ黒で炭みたいだけど?
これが甘いなんてどうしても思えない。食べたら凄い苦くて、実はドッキリでしたとか。
そうやって私をからかおうとしてるんじゃないの……?」
「ノンノン!こんなところでからかっても面白くないじゃん!
全く、君はいつも疑い深いんだから。それじゃあ私が食べてみるから、見ててよ?」
そういうと、ヤマメはチョコを自分の口に入れ頬張り始める。
頬に手を当てながら幸せそうに、
「おほほ、甘い甘い。さすが旧都で一番の菓子職人が作った一品だね。
香ばしい大人の味が口の中でゆったりとチョコが解けていくー♪」
クルクル回りながら、身体をいっぱい使って表現している。
パルスィはその様子を見ていると、次第に興味が湧き出てきたみたいで、
「……しょうがない、ヤマメ。一つだけくれよ。」
「んー、分かったー。」
返事をした次の瞬間、ヤマメは先程とは打って変わる様な機敏な動きでパルスィめがけて、顔から飛んでいった。
「うわ……――んっ!???」
「んふふー☆ んーっ☆」
唖然としてしまった……。
キス……キスしてる。
私があれこれヤキモキしてたのを尻目に……。
アッという間にキスに持ち込んでる!!
「ふぅ……んっ……。」
「んふふ……。」
……長い、長いですよヤマメさん!!
かれこれ十秒くらい経ってます!!
なによ!何なのよあれ!!アレが大人のやり方!?
汚い!ずるい!妬ましい!
なにこれ!心がなんかモヤモヤしてきた!
「――ッ!はっ!!離れろ!!」
我を取り戻したのか、パルスィはヤマメを突き飛ばす。
「お、お前は!なんて事するんだよ!??」
パルスィがものすごい真っ赤な顔しながら怒鳴りだす。恥ずかしかったらしい。
「チョコプレゼントしただけじゃん?甘いでしょ?」
「確かに甘いけど、欲しいのはお前の食ってるヤツじゃないよ!!普通そうだろ!!」
「えー?いいじゃん。いつもちゅーしてるじゃん?それにプラスアルファが載っかっただけだよ。」
「キ、キスは不意打ちでお前がやろうとしてるだけだろ!嫌がらせみたいに!」
「まんざらでも無かったじゃん!」
「に……うるさい!!そ、それにさ、さとりが見てるんだぞ!」
(さとりはまだまだガキなんだから!変な事覚えたらどうするんだよ!)
……。心の中で罵られた。
「えぇー、いいじゃん。さとりちゃんもパルスィとちゅーしたいよねー?」
(同意するのだ、さとりちゃん!このままの勢いで私と一緒にパルスィとバレンタインちゅっちゅするのだ!)
……。心の中で勧誘された。
「バカなこと言うな!ヤマメ、さとりに変な事吹き込むなよ!」
「ふっふーん、果たしてどうかな?さとりちゃんもしっかり君宛にプレゼントを持ってきてるじゃないか。」
「……ふぇ?」
クルリとパルスィが不意にこちらを振り向くものだから。
目が合ってしまった。
「あ……あの……私、別に……。」
私はやましい気持ちは無いって言いたかった。
「その、キスとか……あの……。」
でも、さっきのヤマメの行動を見て。
いつもキスしてるって言動を聞いてしまって。
ズルイ。
羨ましい。
私だって、ああやって本心さらけ出したい。
キス……までいかなくても、一緒に寄り添うくらいはしたい……。
目を逸らしたら否定することになる。
だけど、言葉が出てこない。どう言ったらいいか分からない……。
目を合わせ続けるのがとても耐えられない。
どうしたらいいんだろう……。
「はぁ~、ホント、悪意には敏感なくせに、君は好意になると途端にニブチンになるよねー。」
私達の硬直は、ヤマメの一声で解けた。
「え……?私の事?」
「そうだよパルスィ、君意外に誰がいるんだよ。
こんな一途な子をずーーーーーっと焦らし続けてるなんて。」
ズボッ!
唐突に、ヤマメはパルスィの上着の中に手を突っ込み、自分の持ってた箱を押しこんだ。
「ひゃん!!お前…またいきなり……!」
「まーまー怒らない。チョコは渡したんで私の用事は終いね。
ここらで御暇、お邪魔しましたって事で。
ビギナーに道を歩ける様に促すのがベテランの務めだからさ。
――頑張るんだよー、さとりちゃん。」
(本音でぶつかってみなよ。パルスィは短気そうに見えるけど懐は広いんだから、受け止めてくれるさ。)
そう言い残して勇儀を引き摺りながら、ヤマメは街の方へ帰っていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
二人取り残され、私達は言葉を交わさず佇んでいる。
ワイワイと街から響く声。
相も変わらず鬼や妖怪達がこのイベントに興じているのだろう。騒がしいことこの上ない。
でも、うるさいはずなのに、気にならない。わたしはとても静かな心持ちだった。
(本音でぶつかってみなよ。)
ヤマメの言葉が心を反芻する。
パルスィの方に目をやる。
彼女もヤマメの言葉を気にしているようで、私の動向を待っているようだ。
お膳立て、してくれたのかな、ヤマメさんは……。
うん。
「ねぇ、パルスィ。」
「うん……何?」
「いつも、ありがとうございます。」
素直に。
「私、バレンタインでパルスィにチョコレートをあげようって、ずっと決めてたんです。」
「そうなんだ……。」
「お世話になってるという意味もあるし、仕事の間柄という意味もあります。」
もっと素直に。
「でも、それ以上に。パルスィが好きなんです。
地上にいた頃から一緒で。
こどもだった私を面倒みてくれて。
ですけど、地底に来てからはよくケンカして、いがみ合って長く口も聞かない時期もありましたよね。
――それでも。
貴女はずっと私の傍から離れずにいてくれた。」
着飾らないで、本音で。
「今では貴女の上司になってしまいましたが……貴女を慕う気持ちは昔から変わっていません。
これは、私が貴女に対する想いを精一杯籠めたチョコレートです。」
だから。
「パルスィ。迷惑じゃなかったら……受け取って、くれませんか……。」
私は俯きながらパルスィに突き出す。
旧都から流れる賑やかな音も私には聞こえず。
ドクン、ドクンと。
自分の心臓の鼓動だけが耳に響いている。
顔を上げるのが怖い。パルスィを見るのが怖い。
ただ、結果を。早く結果を。
パルスィは……困っている。
どうしたらいいのか、分からないらしい。
受け取って欲しい。
お願いだから。
「――うん。ありがとう……。」
スッと、私の手に触れる。
暖かい手。
私は顔を上げる。
そこには、私が想像していた以上に優しげな表情をしているパルスィの顔があった。
受け入れてくれた……。
やった……。嬉しいよぉ……。
「ねぇ、ココで食べていいかな……。」
「はい……。」
照れながら答えると、パルスィはゆっくりと包みを開ける。
落としたり、走って振り回した割にはちゃんとハートの形状を保っていた。
格子状に区分けし、詰め散らばせたその一つを取り、パルスィはまじまじと見つめる。
「綺麗……、ピンク色でそれに柔らかい。ヤマメのチョコは硬かったのに。」
「あちらの方が日持ちするんですよ。でも、私は生チョコの方が好きだったんで……。」
「うん、私もこっちの方がいいな。」
口に一つ運ぶ。瞳を閉じながら、吟味する。
「へぇ、苺味だ。」
「どうですか……?」
「ふふ……美味しいわ。
心が篭ってるって、口を入れて直ぐに分かった。丁寧で、優しい甘さ。私には勿体無いね。
――ありがとう、さとり。」
そう言いながら、パルスィは頭を優しく撫ぜてくれた。
よかった……喜んでくれて。
「でも、こんな良い物貰ったんだからお返しをしたいんだけど、私なんにも持ってないし……。」
「……一ヵ月後には、バレンタインデーのお返しをするホワイトデーという風習があるらしいですよ?」
「そうなんだ。だったら、その時にお礼をするよ。その時まで待っ……。」
あれ?
なぜか、パルスィの動きが止まった。
「ん?どうしたんですか、パルスィ?」
私の声に反応して、何故か持っていたチョコの箱を私の手に押し当てる。
なんだろ?
やむなく私が箱を受け取ると。
バタン。
パルスィが倒れた。
「え?ぱ、パルスィ!!」
突然ゴロゴロと雷雲の様なすごい音が!
「お……おぉぉぉぉぁぁぁ……。」
発信源はパルスィのお腹だった。
「どうしたんですか!」
「おおおおおお腹痛い!!!!」
「えぇ!???」
「ね、ねじ切れそうなくらいヤバイマズイタタタタタタ!!!」
腹部を庇うように伏せながらパルスィは耐えてるけど、意識が飛びそうなほどの腹痛の様だ!
「なんで突然……!」
「……もしかして……そのチョコ……!」
「そ、そんなはずないですよ!だって今朝作りましたし、私もこいしも味見しましたけどなんとも無かったし!!」
「……じゃあなんで……。」
突然の出来事すぎて、私もどうしたらいいのか分からないし!
「きゅぅぅぅぅ……ちょ、無理……。ダメぇ……。」
「パルスィ、しっかりして!パルスィ!!」
呼びかけるも応じず、そのまま、気を失ってしまった……。
「ああ……どうしよう……。」
だって、チョコレート食べて気絶するなんて予想だにしないもの!!
ま、まずはパルスィを介抱して……。
でもケンカするほど元気だったパルスィを見てる者がいるから、病院に連れて行って理由聞かれたら絶対私のせいにされるし。
地霊殿に連れ帰った方が……でも距離があるし……それに……。
「さすが私のおねえちゃん……まさか強硬手段に出るなんて……。」
「へ?」
聞き覚えのある声が、後ろから聞こえた。
絶対見られたくない、相手の声……。
「こいし……。いつの間に……。」
「うん、面白そうだからずっと後をつけてたの。
いやぁ、すごいよ。私の予想をはるかに上回ってた。
欲しいものは何としてでも勝ち取れって事だね。見直しちゃったよ、おねえちゃん。」
「違うわよ!私は本当に真っ直ぐな想いでパルスィにチョコをあげただけよ!」
「このまま地霊殿にお持ち帰りだね!うん、任せて!帰って準備しておくから!
お空!おーくーうー!!」
そのまま騒ぎながら街の方へ走っていくし!!
「いや、何の準備よ!?待ちなさ……ってパルスィこのままにしておけないし……もぉぉぉぉぉ!!」
なんで静かに過ごせないのよ!!
ただ、チョコ渡して一緒にゆったりと過ごせたらなぁって思っただけなのに!!
私は気絶したパルスィをおぶりながら、慌ててこいしを追いかけた。
しっかしパルスィをわざと嫉妬させて遊ぶ旧都の人たち そうとう訓練されていますね……妬ましい
パルスィが倒れた瞬間に「料理ベタさとりは珍しいな、いやこいしちゃんがやらかしたか」と考えがめぐりました。そこかー。美味しいところ持って行きやがって!
腹痛はちょっかいの域を越えてるなぁ
さとりんがいつ泣き出すかとハラハラしていましたが、強いさとりんで良かった良かった
とりあえず末永く爆発しろ!
「私の知ってるパルさんはそんな事はしない。」に不意打ちを食らったw
バレンタイン...妬ましい
×君意外に
○君以外に
鬼の意識を刈り取るパルさんの一撃吹いたw
ところでホワイトデーの様子が投稿されていないようですが?(ゲス顔)