■第3話
■第2話
■第1話
紅い館の一室にて。
「むう。ふふふふ」
ギラギラと目を光らせながら、レミリアはベットの上で本を閉じる。そして満足げに長い溜息を吐いた。
完読。ついに完読である。結局あの後レミリアは自室に戻り、件の本を一心不乱に読み続けていたのだ。おかげで今日は貫徹。
「ふひ。まあ、おもしろかったんじゃない?」
本に向かって呟く。ひねた台詞を吐くけれども、ニヤついた口元は満足の証。ちょっと繋がりの悪いところはあったが、それを入れても、概ね満足できる内容だった。
「ふふふ‥‥ああー。当たりだったなあ‥‥」
本を枕元に置き、レミリアはゴロンと転がりあおむけになる。ずっとうつ伏せで本を読んでいたのでちょっぴり腰がいたい。ひじも痛い。でも、いい気分。
顔を横に向ければ、今まで読んでいた本が目の前に。どっしりとした表紙には、まだレミリアの手の熱が残っている。その本を持っていた手は匂いがうつってちょっと埃臭いけど、それがまた、いい。
「ったく‥‥ねむい‥‥」
窓の外を見れば、まぶしい朝日。もともと彼女は夜行性であるからして、本来ならば寝ている時間である。それに丸一日起きていりゃ、吸血鬼でもいくらなんでも眠たくなるというもの。
「‥‥」
ぼーっと天井を見上げる。じわじわとまぶたが下がる。まるで一仕事終えたような、長い読書の後の心地よい疲労感。それに伴う睡魔。これこそ醍醐味よね、と、レミリアはぼんやり思う。
「すう‥‥」
そのまま、レミリアは幸せそうな寝息をたて、眠りについた。
*************
「んあっ」
がばり、と体を起こす。なんだか、ものすごい間寝ていた気がする。
「あれ‥‥」
目をこすりながら、部屋の中を見る。薄暗い室内は、えらく静かだ。いつもなら、レミリアが起き出す時間に合わせて咲夜が部屋のランプを付けてくれていたり、おめざの紅茶を持ってきてくれたりするのだが。
「咲夜?」
今日に限って、彼女のメイドはその姿を見せない。
「‥‥」
むう、と鼻から息を出してちょっぴり抗議の意を示してみる。が、咲夜は現れなかった。
「起きるの早かったかな」
レミリアは、咲夜が来ない理由を、殊勝にも自分の早起きのせいだと思うことにした。きっと私が変な時間に寝たり起きたりしたからね。そうひとりごち、レミリアはシーツにくるまって再び夢の世界へと――――
「いつまで寝てんのよ、おまけにまた眠る気なの?このグータラ吸血鬼が」
「んあっ!?」
ぞわりとベッドサイドから響いた暗い声にレミリアは跳ね起きた。
振り向けば、すぐ横で椅子に腰かけ、あの本を静かにめくる悪友の姿。
「おはよう」
「ででっ、出たな曲者!」
「寝ぼけてんじゃないわよレミィ。いつまで待ったと思ってんの。さっさと起きやがりなさいこの鈍間。寝坊助」
ぼそぼそと吐き出されるくらーい文句に、寝起きのレミリアのこめかみが引きつる。
「おまえ、っこ、ころしてやろうかーっ!」
「惰眠むさぼる友人が起きるまで優しく声かけないであげてたのにひどい言いぐさよね」
「いつからそこにいたの!」
「かれこれ1時間ほど」
「おっ、起こせばいいでしょ!普通に!気味悪っ!」
「怒ると思って」
「こっちの方がよっぽど腹が立つわよ!」
「そうかしら」
「自分の行動胸に手当てて思い出してみなさい!おまえの言動には常に何か悪意がある!起きるまで音も立てずに枕元とか、幽霊か!」
「あなた、寝顔はほんと子供よね」
「関係ないでしょ!」
「よだれ垂らして」
「やかましいわっ!っとに、何あのタイミング!気持ちよく二度寝しようとしてたところに!起きてる間に声かけなさいよ!」
「かけたわよ。一応起きてたでしょ。ちょっとタイミング遅かったかもしれないけど」
「おそいっての!」
ぎゃんすか文句を垂れるレミリアを、パチュリーはなぜか困ったような顔で見つめてくる。憐みでも、蔑みでもない。純粋に困った顔で。あんまりみない珍しいその表情に、レミリアの血圧が下がっていく。
「な、なによ」
「‥‥」
問いかけるとパチュリーはむこうを向いた。ぬるりと目を逸らす魔女の表情は、本当にどうしたらいいか分からない、と言った感じで。指はカリカリと手に持った本を掻き、口元は何かもごもごと言いたげである。
すっかり目が覚めてしまったレミリアは、頭をポリポリ書きながら不本意ながらも助け舟を出してみる。
「なによ。‥‥言いたいことは何?怒らないから、言ってみてよ」
「‥‥」
魔女はレミリアの呼びかけに、なおも目を逸らしつつもずるりと体をこちらに向けてきた。
「‥‥」
「‥‥最初に謝っておくわ。ごめんなさい」
「は?」
唐突な謝罪に、思わずレミリアは聞き返す。魔女はそれに応えず、今度はこちらに目を向け、ぼそりと口を開いた。
「‥‥やられたわ。‥‥ったく」
「なにが」
「ついてきて。私の机まで。この本持って」
「‥‥」
ぶっきらぼうに言うと、今まで手元でめくっていたレミリアのあの本をばさりとベットに置くパチュリー。御免なさいと言った癖に不機嫌そうにこちらを睨みつける目。長年この偏屈者の友人をしているレミリアには、パチェのその態度、感情がなにか、だいたいわかった。
――――うわあ、なんかわかんないけどすっごい悔しそう。
******************
「うわぁ‥‥」
「なに、これ」
眼下に広がる光景に、私も美鈴も呆気にとられ絶句した。
唐突に森が開けた、その先。黒煙は小さな村から上がっていた。あちこちで燃え盛る家や、畑を焼く野火によって。
炎の周り、わらわらとうごめく黒い影。それに鍬や棒で立ち向かう村人たち。彼らの真上を、私達―― 一匹の龍――が高速で飛び過ぎる。後ろを振り向く私の目に、何人かの村人がこちらを指さしているのが見えた。
なだらかに続く、田んぼではない畑。広い大地。山の形が、普段見慣れたものとは全く違う。たぶん、ここは幻想郷ではないし、里の焼き討ちなんていうこの光景は幻想郷じゃ起こりえない光景なんだろうなということはわかる。けど通り過ぎる一瞬だけでは、あそこで何が起こっているのかまでは全然詳しく分からない。
向い風を飲み込みながら、美鈴が私に向かって吠えてくる。
「な、なんですかあれっ!い、戦ですか!?妖怪が人の里襲ってるんですか?」
「分かんないわよ!」
あっという間に燃える村を飛び越えた美鈴は、減速しながら進路反転に掛かっている。背中に膝立ちになったままの私の目線は、村の方角に釘付けになったまま。
何か、飛び道具が飛んでくる様子はない。短剣を構えたまま、美鈴に叫ぶ。
「また行くのよね!?」
「ええ!もう一回、さっきと同じように行きますよ!」
答えると、美鈴は再び加速する。あっというまに、また黒煙が近づいてくる。目を凝らす。今度はあの煙の下だけに視線を集中する。
煙が近づく。また、村に差し掛かる。
「――――!」
炎の手前に、人間らしき一団。黒い影に追い立てられている。黒い影は、人のような手足を持っているようだけど、ホントに影絵のようで凹凸もわからない不気味な姿。
美鈴の飛行速度はかなりのもの。あっという間に煙の横を通り過ぎる。‥‥2度の突入でその煙を存分に吸い込み、鼻はもうすっかりばかになってしまった。あの、強烈な匂いは、この煙からだ。‥‥“ヒト”と、獣が焼かれているこの煙!
美鈴はすさまじい速さで村を飛び越す。黒煙が一気に離れ――――
おおおおおおおおーん!
「!」
通り過ぎる私達を追いかけるように響いてきたのは、甲高い狼の遠吠え!
しかし私の耳は、その遠吠えを言葉と判断した。
小さな、か弱い、女の子の声!
―――― 助けて!
その声を聴いた瞬間、全身の血が沸騰するような感覚が頭からつま先まで走り抜ける。頭の中が真っ赤に染まる!唇が勝手に動き、私は美鈴に吠えていた。
「もどれ美鈴っ!」
「掴まっててください!」
躊躇なく美鈴は私に従った。ぐわりと急角度で上昇したかと思うと、美鈴は体をひねって頂点で反転し急降下。まるで横にまげたヘアピンのような曲芸飛行で一気に村へ針路を変える!
――――呼ばれた。確かに、あの遠吠えは私達を呼んでいた!
「咲夜さん!行くんですね!戦うんですね!」
「当たり前よ!」
美鈴が心配そうに牙を剥いて唸ってくる。それに私は叫び返す。‥‥あの遠吠えを聞いて、全身の血が騒いでいるのがわかる。のどの奥から獣の呻り声が湧いてくる。口調が、変わる。私ではない、誰かに!
「あの煙の根元だ!突っ込んで敵を吹き飛ばせ!」
『おお!』
人狼の命令に、ぐん、と美鈴が高度を下げる。どんどん地面と黒い影、村人が近づいてくる。私は短剣を構えると、鱗を掴んでいた左手を離す。
『跳んで!“サクヤ”!』
「!」
間髪入れず、美鈴が吠える。私は真上に飛ぶ。マントが空気に引きずられ、美鈴と私との相対速度が一気に変わる。まるで私から発射されたかのように、美鈴が黒い影達に向かって突っ込んでいく。
黒い影の先頭が、こちらを指さし何事か叫ぶ。その声が耳に届く前に、赤毛の龍は硬い鱗をきらめかせて影の一団に突っ込んだ!
どがあああっ!
美鈴の体当たりで黒い影がゴミのように吹き飛ぶ。黒い影の一団のど真ん中、クレータのようにぽっかりと空く穴。そこに私は飛び込む!
「おおおおおおーん!」
「ぎゃっ!」
「人狼っ!」
飛び込んだ私はマット代わりに一人の黒い影の胸を踏み潰す。影は人間の悲鳴を上げて吹き飛ぶ。影のだれかが忌々しそうに叫ぶ声。その方向に振りかえれば、頑丈そうな大男の体型をした影。大きく振りかぶられた戦斧!
普段なら時間を止めて、有無を言わさずナイフを突き立てているところだけど、時間を操るという考えは、私の頭からすっぱりと消えていた。
あったのは、狼の、人狼の本能だけ――――!
「死ねっ!人狼っ――――!」
「がうっ!」
「げひっ!?」
斧が私の頭を割る前に、相手の懐に飛び込んで短剣を喉に突き刺す。引き抜くときに手に伝わる抵抗感。やっぱり切れ味が悪い。黒い影は、ただの布。その下には、人間の肉があった。強烈な人間の血の匂い‥‥“私達”とは違う、血の匂い。煙で馬鹿になっていた私の鼻腔を、鉄の匂いが洗い流す。黒ずくめの、人間共。影の正体はそれか。人間が、人狼の里を襲っているのだ。
喉から血を吹きだし崩れ落ちる影。彼の腰に下がるナイフをかすめ取り、その後ろで呆然としている別の影にむかう。
「どっ、ドラゴンライダー!?な、何でこんなところに‥‥」
「どけっ!」
「ぴゃあ!?」
かすめ取ったナイフを投擲。悲鳴は女の声。眉間にナイフが刺さっても、やっぱりそいつは呆然としたママだった。はん、愚図め。
『ぐおおおおおっ!』
美鈴が吠えている。悲鳴が聞こえる。地響きと鱗の音。美鈴が影の一団を文字通り撹拌している。長い尻尾で、鋭い爪で。恐怖に駆られた影達が槍や剣でがむしゃらに斬りかかるが、美鈴の鱗は彼らの刃物などまるで受けつけない。美鈴と私。受け持つ敵の数は7:3か。みな龍‥‥美鈴が強敵だと思っているよう。
襲われていた村人達は、私と美鈴の戦いを見守っている。皆、私と同じような薄汚れた銀髪に狼の耳を持っていた。傷だらけの女性たちが鍬などの農具を構え、円陣になって中に子供たちを護っている。男は居ないみたい。一人の女性の足元から小さな女の子がこちらを覗いている。白くふかふかとした耳が垂れ下がり、恐怖に青ざめている。ああ、きっとあの助けを呼んだ声はあの子なんだな。そう思った。
壊れた村のあちこちから、すえた臭いが漂っている。命のなくなった、村人たちの臭いが。黒い影達――――人間が蹂躙して回った、生臭い匂いが。
――――許さないっ!
私の視界が、さらに赤く染まる!
「人狼が!」
「っ!」
背中から降りかかる殺気に、前方に転がり込む。後ろで地面を剣先が叩く。口に短剣を咥え、両手足を使って起き上がる。
「ケダモノが!悪魔の眷属が!」
「‥‥」
そいつは女の声で何事か叫びながら、ガツンガツンと剣を振り下ろす。鈍い。剣を避ける私の後ろから槍が伸びてくる。周りに槍の包囲網。剣山がその輪を縮める。転がり、躱す私のマントを、誰かの槍が地面に縫いとめる。
「はは!死ね!人狼が!」
追い詰めたと思ったか、笑いをこらえたような間抜けな声を出しながら、影の女が剣を振りかぶる。ぷっ、と口にくわえた短剣を右手に吐き出す。
「死ぬのはアンタ」
「ほざけ!狼!」
マントの襟の留め具を外す。再び転がり出す私を追いかけ、槍が伸びてくる。そのうちの一本を掴む。女がこちらに狙いを修正し、思い切り剣を振り下ろす!
があん!
「!」
「なまくら刀よ。痛いわ」
もぎり取った敵の槍で女の剣を受け止める。そのまま、右手に移した短剣を影の手首に振る。手に伝わる、肉の切れる水っぽい衝撃。刃こぼれの出来た刀が皮膚や腱に引っかかる、ブチブチとした厚い布を引き裂くような振動!
「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああっ!」
響く絶叫。剣と一緒に切り落とされる女の右手。宙に舞う、その痙攣する右手首を掴み、起き上がりざま剣ごと女に投げつける!
ず ん。
「ぴ」
「副長っ!」
「あ、ああ‥‥」
特大サイズのナイフ無げだったが、うまく命中した。投げた剣は女の腹を貫通する。この女はえらい奴だったのか。腹に刺さる自分の剣と、それをいまだに握ったままの千切れた自分の手首を呆然と見下ろす女に、わたしは四つ足で飛びつき、彼女の喉を噛みちぎる!
「がふううっ!」
「っぎ、ぎいいいいいいいいっ!」
血しぶきが私の頬を叩く。逃げようともがく女の喉に牙を立てたまま首を振ってさらに肉を引き裂く。獲物の動きが、だんだん弱くなっていく。その内、噛んでいた肉が千切れた。ぶちりと音を立てて。
「ぐるるる‥‥」
「い、いやあああああ!」
「ふ、副長おっ!」
「あ‥‥がへ、ひ、‥‥」
「マズイわね。アンタの肉は」
驚愕と絶望の表情を浮かべる彼女の目の前で、牙を剥いてくちゃくちゃと、千切った喉肉を噛んで見せる。黒いフードがずるりとはがれ、青ざめた少女の顔が現れた。紫がかったプラチナブロンドがざらりとなびく。前髪に兎の髪留め。ああ、よく見りゃ可愛い顔してんのに。もったいない。剣じゃなくて街で花でも持ってなさいよ。
「あ‥‥し、師、匠‥‥」
「うおおおおおお!」
「ふん」
穴の開いた喉からひゅう、と断末魔を上げ、絶命する黒ずくめの女剣士。激高した周囲の影が槍を突き出してくる。彼女の腹に刺さったままの剣を踏み台にして、私は後方に跳ねた。
「ぎゃひ!ぐひゃあ、げ、ふ、あ、お、おお、お」
「!!!」
影共の槍は、すべて哀れな女剣士に突き刺さる。剣先に圧迫された肺が、死んだ彼女の声帯をアコーディオンのように震わせる。ああ、汚い楽器。
突き刺さった槍は女剣士の死体の中でお互いに絡み合い、押すことも引くこともできなくなっている。青ざめる奴らを尻目に背中側に着地した私。影の一人が振り向き、槍を握ったまま命乞いをしてきた。馬鹿よね。逃げりゃいいのに。
「う、ああ、ああ、やめて、殺さないで、やめて!」
「はん」
「ぎゃひ」
たわごとを無視して彼女の首を落とす。続けざまに4人。赤い噴水が同じ数だけ吹き上がる。その様を見て、ついに影の一人が槍を放り投げて逃げ出した。
「う、うああああ!逃げろ!引き揚げろ!」
「ふ、副長が!」
「おいていきなさいっ!」
副長‥‥この女の子が指揮官だったんだろう。ぼろきれのようになった彼女や殺された仲間を置いて、黒い影達は我先に逃げ出していく。私を大きく避けながら、ドタバタと駆けていく。私は追わなかった。十分殺した。逃げる奴には興味ない。
私の体から漂う、強烈な血と脂の匂い。荒い息を吐くたびに、腹の底から笑いがこみあげてくる。おもわずまた駆け出して奴らを襲いそうになる体を、何とか唇を噛んで押しとどめる。
冷えていく頭。真っ赤に染まっていた脳内が、霞が晴れるように元の色に戻っていく。色眼鏡を掛けていたかのように視界に入らなかった、全身の返り血が、急にギラギラと色を持ち、視界の中で目立ち始めた。
「‥‥」
握りしめる手からぬるりとはみ出す乾きかけの血。振り返れば、土の上に池のように広がる血。“そこ”に浮かぶ、影達の屍体。
急にふるえだした膝に体重を支えきれず、私は地面にへたりこんだ。‥‥わたしが、やったんだよ、ね‥‥これ。
『はははははーっ!逃げるの?逃げるのお前ら!ダメだよ逃がさないよ喰っちゃうよ!』
「!」
楽しそうな龍の声に、私は我に返る。見れば、野放しの龍が空を飛んで、逃げる彼らを追い立てている。口の端を真っ赤に染めて。
ギラギラした目をしながら、悲鳴を上げて逃げる影達を空から襲っている。一人、転んだ影がいる。フードがずれて、黒髪の少女の顔が覗いた。
「い、いや、助けて、助けて!」
『あはははは!なんだよ!もっと遊びましょうよ!そんな怖い顔しないでさ!“美味しい”じゃんか!おまえら!』
「美鈴!」
思わず私は叫んでいた。あれだけ戦いの前に冷静だった美鈴が殺しを楽しんでる!?あ、あんなの、あんなの美鈴じゃない!
『はははははは!』
「ひいいい!?」
ざぶっ!
「ひぎゃあああああああああああ!」
「美鈴っ!」
まるで猛禽類が兎を襲うように。少女を踏みつける美鈴の前足の鋭い爪が、そのまま彼女の胸を貫く。絶叫と一緒に口から血をふく少女を見て、満足そうに美鈴はにたりと笑うと、躊躇なく彼女の頭を噛み砕いた。
ぼりっ。
「めいりん――――!」
『ぐふふふ‥‥いいなぁ、やっぱりお前、美味しいじゃない‥‥』
その姿は、きっと、さっきまでの私と、おんなじで。
‥‥やめて。
「美鈴!」
『ははは、あはははは!おいしー!』
もういい!もうやめて!
「美鈴!」
『あはははは!』
「紅美鈴!!!」
『!?』
怒鳴ると同時に、剣を放り出し、私は美鈴の首にすがりつく。
龍が、びくりとふるえた。わたしは首筋のたてがみに顔をうずめて、必死に懇願する。
「も、もういい、敵はみんな逃げた、美鈴、やめて、帰ってきて、私も帰ってきたから、お願い、お願い‥‥」
『あ?』
龍のでかい目がこちらを向く。まるで何かを思い出しているかのような間。
血だらけの手で、私は美鈴の鱗を撫でる。
「わかる?美鈴、私、咲夜よ。‥‥“おっかない、メイド長”」
『‥‥』
「美鈴‥‥わかる?」
「‥‥さくや、さん?」
戸惑いがちな声が聞こえる。鼻が、ふんふんと動いて私の手を嗅いでいる。
「そう。咲夜。紅魔館の、メイドの」
「!」
「あなたは、門番。紅魔館の、門番」
「あ‥‥」
「紅、美鈴」
紅魔館と言う単語を聞いて、また龍が震えた。くちゃりと音を立てて、咀嚼していた肉が彼女の口から零れ落ちる。
「さ、さくや、さん‥‥わ、たし、あれ、一体っ」
「よかった。帰ってきた‥‥」
「わたし、ああ!?え、これっ!?」
さっきまで噛んでいたモノを見て、周りの惨状と自分の有様を見て、美鈴が戸惑いの声を上げる。
‥‥殺戮劇を演じたことより、我を忘れていた方に戸惑っているような様子が見えるのは、気のせいだろうか。いや、たぶん、そうだろう。‥‥美鈴は妖怪なんだから。
私だって、普段お嬢様の食事を“用意”する事くらいやっている。こういうことなんて、平気だと思っていた。でもどうしてだろう。膝の震えが止まらない。口をパクパクさせる美鈴に、自分に言い聞かせるように、私は美鈴に話しかける。
「同じ、私も同じ。たくさん殺した」
「‥‥」
「あはは。どう、なっちゃったんだろうね、私達。これも、本の、せいなのかしら」
「‥‥咲夜さん」
私も、美鈴も、まったく人狼と龍となりきって、いや、人狼と龍にされて、あの影達を殺していた。‥‥これが演技、なのだろうか。こんなものが。
美鈴が、がふ、と鼻を鳴らして頭をぐいと押し付けてくる。首に渡していた手をほどくと、私はその頭にすがりついた。
「怪我、ないですか」
「‥‥」
「大丈夫、ですね」
「‥‥」
「すこし、頭に血が上っちゃいました」
「‥‥わたし、も」
「‥‥」
私の体に貼りつく返り血を気にすることもなく、ふが、と優しく息を吐く美鈴。大きな額が暖かい。
ぐい、と私も額を押し付けると、何とか体を起こす。
「もう平気ですか?」
「たぶん、ね」
気が付けば、私の服の血が移って美鈴の額がべったりと血に染まっていた。でも口の周りは、それよりももっとひどい。‥‥たぶん、美鈴はあの影達を食べたんだろう。さっきのあの子と同じように。その、返り血だ。
この足の震えは本のせい‥‥無理やり変えられた人格が元に戻るショックだろうか。それとも、純粋に私はこんなことに慣れていなかっただけなんだろうか。心臓はまだ、ゆっくりとだけど大きく脈を打っていた。
しっかりしなさい。私。完璧で瀟洒なんでしょう、お前は!
また震えそうになる手をしっかり握る。地面に放り投げた短剣を拾い、上着の裾で血糊を拭う。色々切った剣はすっかり刃こぼれし、鋸のようになっていた。拭った拍子に上着の繊維が何本か切れる。その感触が、あの女剣士の手首を思い出させ、背筋が少し震える。目を見開いたまま、喉に大穴を開け、むこうで涙を流して絶命している彼女を。
――――ろくでもないことを体験させてくれる本よね。ほんとうに!
じゃりっ。
「?」
乾いた土音に振りかえれば、鍬を持って影達を睨んでいた女性の一人が、近くに来ていた。足元に、あの女の子をへばりつかせたまま。私は剣を鞘にしまって、彼女に向き直る。ゆるくウェーブのかかった銀髪。額や頬に傷がついている。少し吊り上った目元。スリットの入った、皮を縫い付けたロングスカートから覗くのは麻のズボン。同じく麻のブラウスにゴツイ皮のジャケット。戦闘衣裳なんだろうか。普段着の上にそのまま皮の鎧を着こんだような格好。‥‥その風貌と雰囲気と目つきのせいか、顔の傷を消して鍬の代わりに日傘を持たせたら太陽の丘に居てもいいような、そんな、感じの女性だ。ただし、人狼。
彼女は、頭の天辺から尻尾の先まで血まみれの私、同じく口も前足も血まみれの美鈴、そして、転がった影達の屍体を順に見ると、ゆっくりと口を開いた。
「‥‥怪我は、ない?」
「へ」
突然女性が、心配そうな声で問いかけてきた。
「怪我は!その血は、貴女の血じゃないわよね!」
「えっと、あの」
「怪我はないか聞いてるの!大丈夫!?」
「あ、だ、大丈夫、です、わ」
「そう‥‥!よかった、ありがとう、ありがとう、本当に!」
「わっ」
言うなり、“狼幽香”は私の血まみれの体を気にする様子もなく抱き付いてきた。血のりでごわつく髪を、彼女の手が優しく撫でる。ちょっと上背が私より高いので、抱え込まれるような格好になる。
彼女の鎧に触れた私の服が、ねちゃりと湿った音を立てた。
「だ、だめ、血で汚れる」
「気にするもんですか!そんなこと!」
「む」
抱きしめられる私の血まみれの顔が、彼女の胸に押し付けられる。‥‥皮の鎧が当たってちょっと痛い。
「よかった、強く、なったわね‥‥たった一人で、村を救ってくれた‥‥おまけに、まさか、ドラゴンを連れて帰ってくるなんて‥‥!ドラゴンライダーなんて、母さん、喜ぶわ、きっと‥‥!」
「へ」
「よく放浪の儀を無事に切り抜けたわね‥‥大きくなって‥‥!御帰り、サクヤ‥‥!」
「さっ!?」
‥‥え、えっと。
本の中の私と、“狼幽香”は知り合いらしい。戸惑う私をよそに、彼女はスンスンとにおいを嗅いでくる。ああ、狼、だものね。
「うん、強くなった。良い狼の匂いがするわ。さすが、母さんの子供」
「かあ、さん‥‥?」
思わず見上げる狼幽香の目。さっきの戦闘までの目ではなく、いまのそれはとても優しい。まるで、家族を見る様な‥‥
「何よ、私の顔を忘れたの?それともそんなに、私歳とっちゃったかしら?」
「えっと、あの」
「おかえり。‥‥私の、可愛い妹」
「んぐっ」
思わず変な声が出る。顔が真っ赤に染まっていくのがわかる。
なんだ、これ。
「姉さんよ。あなたの姉さんよ、ユウカ。ホントに忘れた?」
「うぐぐぐ」
ホントに幽香だったーっ!
見る限り、知り合いの幽香と言うわけではないらしい。役にはまりこんでる?よく似た登場人物?向こうは私の事サクヤってよんだけど、名前、それでいいの?
「あのドラゴンは?いったいどこで捕まえたの?ここらのドラゴンとは様子が違うけど」
「あ、あれは‥‥」
軽くパニック状態の私をよそに、狼幽香は美鈴の事を訪ねてくる。‥‥なんて言えばいいんだろう。
「東、ずっと東の国で、一緒に‥‥」
「へえ!名前は?あれは雌?雄?」
「め、雌。名前は、メイリン‥‥」
「へえ‥‥!強そうでいいドラゴンじゃない!さっきの暴れっぷりもすごかったわよ!」
「う、うん‥‥」
ちらちらとこちらを見る私と狼幽香に、美鈴が首をかしげている。‥‥もしかして、狼幽香の言葉、分かってない?
「おねえ、ちゃん」
「!?」
小さな声に視線を落とせば、あの子が私の足にしがみついていた。くりくりと見上げる目が、まっすぐこちらを見つめている。‥‥今のこの子の発言を信じるならば、私とこの子は‥‥
「えっと‥‥」
「ああ、サクヤは知らないわね。あなたが放浪の儀に出てから、生まれたんだもの。よっ、と」
狼幽香は嬉しそうに言うと、その子を抱き上げた。‥‥“放浪の儀”と言うのに私は出ていたようだけど、その間に生まれてこんなに大きくなるって、私は一体何年放浪していたんだろう。
「ほら、勇敢なお姉ちゃんにごあいさつしなさい。サクヤ、貴女の妹よ」
「は‥‥」
「お姉ちゃん!」
ひし、と抱き付いてくる女の子。耳はやっぱり狼。灰色がかった銀の尻尾がパタパタ振られている。血まみれの私をやっぱり気にする様子もなく、その子は私のうなじに鼻を押し付けてきた。
「えっと‥‥」
見た目は、5,6歳の女の子。でも、ぎゅう、としがみつくその力は人間の子とは思えない。ちょっと掴まれた肩が痛い。‥‥少し体が震えている。怖かったのだろう。目の前で、ヒトがたくさん殺されたんだから。‥‥そのうちの大半は、私達が手を下したんだけど。
いろいろ聞きたいことはある。でも、とりあえず私には言うべきことがあるみたいで。
そのセリフは、すんなりと頭に浮かんだ。これも本のせいだろうか。‥‥そこまで私は馬鹿な人間ではないと思いたい。こういう時に何を言うべきか、本に教えられなければ分からないようなド低能ではないと。
女の子‥‥妹の頭を撫でながら、私はできるだけ優しい声で、お礼を言う。
「ありがとう。あなたが呼んでくれたから、私はみんなを助けられた。‥‥怖かったよね。‥‥さすが、私の妹。母さんの娘だわ」
「!」
深く抱きしめているので表情は見えない。でも尻尾は見える。彼女の尻尾は大回転。とっても嬉しそう。
抱きしめる彼女のにおいを嗅ぐ。心なしか、私の匂いと同じような感じがする。狼幽香もそんな匂いがした。これがかあさんの匂いなんだろうか。‥‥私の本物のかあさんなんて、覚えてないけど。
ゆっくりと彼女を地面に降ろす私に、狼幽香がすまなそうに声をかけてきた。
「さあ、サクヤ。こんな時に悪いけど、手を貸してくれないかしら。またあいつらが襲ってくる前に、村を整えておかなくてはならないわ。まず、火を消すよ。いいね?」
「‥‥はい」
まるで、優しい年上の女性、というか、お姉ちゃん。普段、風見幽香と言う妖怪がどんな人物なのか知ってる私からすれば、その言動はすこし違和感がある訳で。‥‥いや、知らないだけで、実はこうなのかもしれない。幻想郷縁起には多分に阿求の主観が入っているって言うし。私もあんまり密に接したことないし。
「ほら、みんなも泣くのは良いけど、早く火を消すよ。男どもが帰ってくるまでこの村は私達が守るんだ。愚図愚図してたら尻尾毟り取るわよ!」
‥‥やっぱり幽香だった。
そういえば、さっき殺した女剣士、永遠亭の鈴仙に似てた気がする。‥‥本の中とはいえ、むごいことをしたわね。帰ったらクッキーでも焼いて持っていこう。何のことやらさっぱりわからないだろうけど。
そういえば、と私はあることに気が付き、くすぶり続ける家に歩き出す狼幽香に向かって、声をかけてみる。
「ねえ、‥‥ねえ、さん。この子、えっと、名前、は?」
「あ、なんだ、ご挨拶してなかったの?」
「あっ」
振り返る狼幽香に、女の子ははっとした顔をして立ち止まる。
「ほら、ご挨拶なさい。サクヤお姉ちゃんに」
狼幽香に促され、女の子はおずおずとこちらを振り向く。私は膝をまげてしゃがみ込むと、顔の高さを女の子の目線に合わせた。
「‥‥改めまして。あなたのお、お姉ちゃんのサクヤよ。よろしくお願いしますわ」
にっこり笑い、手を差し出す。女の子は、もじもじと私の手を握り返した。
「‥‥え、えっと‥‥」
――――さあ、あなたのお名前は。
女の子はなぜか照れながら、おずおずと口を開く。そして、驚愕のその名前を口にしたのだった。
「‥‥れ、れみりあです。は、はじめまして、サクヤお姉ちゃん」
「ぶっ」
********************
「‥‥目覚めないって、どういうことよ」
「そのままよ。もうかれこれ丸一日だわ」
友人のぼそぼそとした状況説明に、レミリアは頭を抱えた。
図書館の一角にあるパチュリーの部屋に連れてこられたレミリアの目の前には、2台のベッドが並べられていた。
そこに寝ているのは、二人の少女。‥‥彼女の従者達。紅美鈴、そして、十六夜咲夜。
二人とも、寝間着姿で、身じろぎもせずに昏々と眠っている。まるで死んでいるかのようで、最初見たときレミリアはぞっとしたが、かすかに聞こえる寝息に、ほっと胸をなでおろした。
ベットの向こう側には、数名のメイドと、いつの間に聞きつけたのかフランまで、眠る二人の顔を覗き込んで皆心配そうな顔をしていた。
「気が付いたのは今朝よ。あなたは寝坊して起きてこなかったんだけど、咲夜まで起きてこなかったのよ。メイドたちが様子を見に行ったときには、すでにこうなっていたわ。美鈴も同じね。いつまでたっても正門ががら空きなんですから。倒されたかってみんな慌てたわ。今日の昼は修羅場だったわよ。よくもそんなときに寝ててくれたわね」
「ぐぐぐぐぐ」
何も言い返すことができず、レミリアは口をへの字にして黙り込んだ。
「‥‥原因は、わからない」
「わからない?」
パチュリーのさっきの発言は非難ではなくただの皮肉だったらしい。気にした様子もなく話を続けるパチュリーに、レミリアはおずおずと聞き返す。魔女は相変わらずの悔しそうな表情で頷いた。
「魔法によるものだということは解った。‥‥魔法というより、呪いね。種類としては」
「呪い!?」
「出所も、把握はできてる」
いうなり、パチュリーはレミリアをビシッと指差した。
「あなたの読んでたその本よ」
「はひっ」
思わず手に持った本を取り落としそうになり、慌ててレミリアは本を抱きかかえた。
「この本が、って、どういうことよ」
「お姉様‥‥?」
「いや、フラン、私は知らないわよっ」
フランがベットの向こうからレミリアを睨む。レミリアにとっては全くの寝耳に水な話であり、ぶんぶんと必死に顔の前で手を振った。
「そう。レミィ。あなたは知らなくて当然。あなたがやったわけではないもの。この本がやったんだわ」
「まさか、呪いの本だったの?わ、私が呪い発動させたの!?」
「違います。昨日お嬢様が本棚から出されたとき、一応調べましたが呪いの類は全く感知できませんでした」
小悪魔が助け舟を出した。
そうよね!?と聞き返すレミリアに向かい、パチュリーがぼそりとつぶやく。
「‥‥どちらかと言えば私のせいだわ」
「なに?」
驚愕のセリフに、レミリアの表情が一気に険しくなる。パチュリーはそれに動じず、淡々とセリフを続けた。
「魔力波動を調べたわ。美鈴と咲夜の呪いのね。‥‥そこに使われてる魔法は、私が知ってる魔法にそっくりだった」
「‥‥なによ」
「あの、ガイドブックの魔法よ。本の中に、入りこむ」
「!‥‥お前!」
「怒らないで。最後まで話を聞いて。あのガイドブックはあのあと小悪魔と一緒に処分したわ。どうせ使わないから」
「ええ。お嬢様。確かにパチュリー様と私であの本は処分しました。信じてくださいませ」
「‥‥」
いったいどういうことかまるで分らない、とぶつくさ言うレミリアに、パチュリーは自分の推理を聞かせる。
「ここからは、私の推測よ。‥‥本棚から出したとき、その本はただの本だった。ガイドブックの本は、処分した。今二人に掛かっている魔法は、ガイドブックの魔法に“そっくり”だわ」
「そっくり?」
「ええ。同じものではない。同じものなら、私の作った魔法よ。いくらでも強制停止させられるわ」
言って、パチュリーは眠る二人の顔を見る。穏やかに眠りつづけるその顔からは、うなされていたり、苦しんでいる様子は見えない。規則正しい寝息が聞こえてくるだけ。
「‥‥その本が、魔法を使ったんだわ」
「は?」
一同の目が点になる。パチュリーはため息をつくと、皆に顔を向けた。
「自分でも信じられないわよ。ただの本が、私の魔法を盗み聞きしてそれを使うなんて。でも状況証拠だけみれば、そう見えなくない。この本が二人に魔法をかけたんだわ」
「‥‥」
「レミィ、どこでも‥‥いえ、冒頭で良いわね。その本の中身を見てみなさい」
「なんで」
「いいから」
あちこち跳びまくるパチュリーの話に呻り声を上げながら、レミリアは本をめくる。
「主人公の名前を読んで御覧なさいな」
「‥‥」
言われるまま、レミリアはページをめくる。たしか、主人公の名前が初めて出てくるのは、3ページ目‥‥
「あれ?」
「どうしたの」
「‥‥なんか、様子違うんだけど。この本、私が読んでた本よね?」
「良いから早く!」
「っわ、なによ、まったく!‥‥ええと‥‥」
急に怒鳴り声を上げた魔女に気圧されつつも、レミリアはページをめくる、たしか、このあたり‥‥
「――――!」
「読んでみなさい。主人公の名前」
「‥‥ちょっと、どういうことよ、これ、えっ」
「読めって言ってんのよ」
「どういうことよ!この本、最初と最後で話が全然繋がってないわ!そ、それに、主人公、“サクヤ”って!おまけに、ドラゴン!?居なかったじゃないこんなの!しかも、名前、“メイリン”って!」
「!」
「?」
叫ぶレミリアの言葉の意味が解らず、きょとんとするメイドとフラン。彼女らをよそに、魔女は唇の端を噛みながら、うつむいた。
「わたしもさっきあなたの部屋で読んで確信したわ。その本の中身は、どんどん変わっていってる」
「‥‥って」
「その本は、もうただの本じゃない。咲夜と美鈴を登場人物にした、生きている本よ」
「‥‥」
青ざめながら本を見下ろすレミリアの脳裏に、昨日のお茶会で口走ったセリフが浮かぶ。
“健気なヒロイン役な咲夜が見たいのよー、わたしはー”
「‥‥冗談、よね?」
「‥‥」
答えてくれる者は、誰も居ない。
遠くで、柱時計が午後9時を告げていた。
‥
‥‥
続く
■第2話
■第1話
紅い館の一室にて。
「むう。ふふふふ」
ギラギラと目を光らせながら、レミリアはベットの上で本を閉じる。そして満足げに長い溜息を吐いた。
完読。ついに完読である。結局あの後レミリアは自室に戻り、件の本を一心不乱に読み続けていたのだ。おかげで今日は貫徹。
「ふひ。まあ、おもしろかったんじゃない?」
本に向かって呟く。ひねた台詞を吐くけれども、ニヤついた口元は満足の証。ちょっと繋がりの悪いところはあったが、それを入れても、概ね満足できる内容だった。
「ふふふ‥‥ああー。当たりだったなあ‥‥」
本を枕元に置き、レミリアはゴロンと転がりあおむけになる。ずっとうつ伏せで本を読んでいたのでちょっぴり腰がいたい。ひじも痛い。でも、いい気分。
顔を横に向ければ、今まで読んでいた本が目の前に。どっしりとした表紙には、まだレミリアの手の熱が残っている。その本を持っていた手は匂いがうつってちょっと埃臭いけど、それがまた、いい。
「ったく‥‥ねむい‥‥」
窓の外を見れば、まぶしい朝日。もともと彼女は夜行性であるからして、本来ならば寝ている時間である。それに丸一日起きていりゃ、吸血鬼でもいくらなんでも眠たくなるというもの。
「‥‥」
ぼーっと天井を見上げる。じわじわとまぶたが下がる。まるで一仕事終えたような、長い読書の後の心地よい疲労感。それに伴う睡魔。これこそ醍醐味よね、と、レミリアはぼんやり思う。
「すう‥‥」
そのまま、レミリアは幸せそうな寝息をたて、眠りについた。
*************
「んあっ」
がばり、と体を起こす。なんだか、ものすごい間寝ていた気がする。
「あれ‥‥」
目をこすりながら、部屋の中を見る。薄暗い室内は、えらく静かだ。いつもなら、レミリアが起き出す時間に合わせて咲夜が部屋のランプを付けてくれていたり、おめざの紅茶を持ってきてくれたりするのだが。
「咲夜?」
今日に限って、彼女のメイドはその姿を見せない。
「‥‥」
むう、と鼻から息を出してちょっぴり抗議の意を示してみる。が、咲夜は現れなかった。
「起きるの早かったかな」
レミリアは、咲夜が来ない理由を、殊勝にも自分の早起きのせいだと思うことにした。きっと私が変な時間に寝たり起きたりしたからね。そうひとりごち、レミリアはシーツにくるまって再び夢の世界へと――――
「いつまで寝てんのよ、おまけにまた眠る気なの?このグータラ吸血鬼が」
「んあっ!?」
ぞわりとベッドサイドから響いた暗い声にレミリアは跳ね起きた。
振り向けば、すぐ横で椅子に腰かけ、あの本を静かにめくる悪友の姿。
「おはよう」
「ででっ、出たな曲者!」
「寝ぼけてんじゃないわよレミィ。いつまで待ったと思ってんの。さっさと起きやがりなさいこの鈍間。寝坊助」
ぼそぼそと吐き出されるくらーい文句に、寝起きのレミリアのこめかみが引きつる。
「おまえ、っこ、ころしてやろうかーっ!」
「惰眠むさぼる友人が起きるまで優しく声かけないであげてたのにひどい言いぐさよね」
「いつからそこにいたの!」
「かれこれ1時間ほど」
「おっ、起こせばいいでしょ!普通に!気味悪っ!」
「怒ると思って」
「こっちの方がよっぽど腹が立つわよ!」
「そうかしら」
「自分の行動胸に手当てて思い出してみなさい!おまえの言動には常に何か悪意がある!起きるまで音も立てずに枕元とか、幽霊か!」
「あなた、寝顔はほんと子供よね」
「関係ないでしょ!」
「よだれ垂らして」
「やかましいわっ!っとに、何あのタイミング!気持ちよく二度寝しようとしてたところに!起きてる間に声かけなさいよ!」
「かけたわよ。一応起きてたでしょ。ちょっとタイミング遅かったかもしれないけど」
「おそいっての!」
ぎゃんすか文句を垂れるレミリアを、パチュリーはなぜか困ったような顔で見つめてくる。憐みでも、蔑みでもない。純粋に困った顔で。あんまりみない珍しいその表情に、レミリアの血圧が下がっていく。
「な、なによ」
「‥‥」
問いかけるとパチュリーはむこうを向いた。ぬるりと目を逸らす魔女の表情は、本当にどうしたらいいか分からない、と言った感じで。指はカリカリと手に持った本を掻き、口元は何かもごもごと言いたげである。
すっかり目が覚めてしまったレミリアは、頭をポリポリ書きながら不本意ながらも助け舟を出してみる。
「なによ。‥‥言いたいことは何?怒らないから、言ってみてよ」
「‥‥」
魔女はレミリアの呼びかけに、なおも目を逸らしつつもずるりと体をこちらに向けてきた。
「‥‥」
「‥‥最初に謝っておくわ。ごめんなさい」
「は?」
唐突な謝罪に、思わずレミリアは聞き返す。魔女はそれに応えず、今度はこちらに目を向け、ぼそりと口を開いた。
「‥‥やられたわ。‥‥ったく」
「なにが」
「ついてきて。私の机まで。この本持って」
「‥‥」
ぶっきらぼうに言うと、今まで手元でめくっていたレミリアのあの本をばさりとベットに置くパチュリー。御免なさいと言った癖に不機嫌そうにこちらを睨みつける目。長年この偏屈者の友人をしているレミリアには、パチェのその態度、感情がなにか、だいたいわかった。
――――うわあ、なんかわかんないけどすっごい悔しそう。
******************
「うわぁ‥‥」
「なに、これ」
眼下に広がる光景に、私も美鈴も呆気にとられ絶句した。
唐突に森が開けた、その先。黒煙は小さな村から上がっていた。あちこちで燃え盛る家や、畑を焼く野火によって。
炎の周り、わらわらとうごめく黒い影。それに鍬や棒で立ち向かう村人たち。彼らの真上を、私達―― 一匹の龍――が高速で飛び過ぎる。後ろを振り向く私の目に、何人かの村人がこちらを指さしているのが見えた。
なだらかに続く、田んぼではない畑。広い大地。山の形が、普段見慣れたものとは全く違う。たぶん、ここは幻想郷ではないし、里の焼き討ちなんていうこの光景は幻想郷じゃ起こりえない光景なんだろうなということはわかる。けど通り過ぎる一瞬だけでは、あそこで何が起こっているのかまでは全然詳しく分からない。
向い風を飲み込みながら、美鈴が私に向かって吠えてくる。
「な、なんですかあれっ!い、戦ですか!?妖怪が人の里襲ってるんですか?」
「分かんないわよ!」
あっという間に燃える村を飛び越えた美鈴は、減速しながら進路反転に掛かっている。背中に膝立ちになったままの私の目線は、村の方角に釘付けになったまま。
何か、飛び道具が飛んでくる様子はない。短剣を構えたまま、美鈴に叫ぶ。
「また行くのよね!?」
「ええ!もう一回、さっきと同じように行きますよ!」
答えると、美鈴は再び加速する。あっというまに、また黒煙が近づいてくる。目を凝らす。今度はあの煙の下だけに視線を集中する。
煙が近づく。また、村に差し掛かる。
「――――!」
炎の手前に、人間らしき一団。黒い影に追い立てられている。黒い影は、人のような手足を持っているようだけど、ホントに影絵のようで凹凸もわからない不気味な姿。
美鈴の飛行速度はかなりのもの。あっという間に煙の横を通り過ぎる。‥‥2度の突入でその煙を存分に吸い込み、鼻はもうすっかりばかになってしまった。あの、強烈な匂いは、この煙からだ。‥‥“ヒト”と、獣が焼かれているこの煙!
美鈴はすさまじい速さで村を飛び越す。黒煙が一気に離れ――――
おおおおおおおおーん!
「!」
通り過ぎる私達を追いかけるように響いてきたのは、甲高い狼の遠吠え!
しかし私の耳は、その遠吠えを言葉と判断した。
小さな、か弱い、女の子の声!
―――― 助けて!
その声を聴いた瞬間、全身の血が沸騰するような感覚が頭からつま先まで走り抜ける。頭の中が真っ赤に染まる!唇が勝手に動き、私は美鈴に吠えていた。
「もどれ美鈴っ!」
「掴まっててください!」
躊躇なく美鈴は私に従った。ぐわりと急角度で上昇したかと思うと、美鈴は体をひねって頂点で反転し急降下。まるで横にまげたヘアピンのような曲芸飛行で一気に村へ針路を変える!
――――呼ばれた。確かに、あの遠吠えは私達を呼んでいた!
「咲夜さん!行くんですね!戦うんですね!」
「当たり前よ!」
美鈴が心配そうに牙を剥いて唸ってくる。それに私は叫び返す。‥‥あの遠吠えを聞いて、全身の血が騒いでいるのがわかる。のどの奥から獣の呻り声が湧いてくる。口調が、変わる。私ではない、誰かに!
「あの煙の根元だ!突っ込んで敵を吹き飛ばせ!」
『おお!』
人狼の命令に、ぐん、と美鈴が高度を下げる。どんどん地面と黒い影、村人が近づいてくる。私は短剣を構えると、鱗を掴んでいた左手を離す。
『跳んで!“サクヤ”!』
「!」
間髪入れず、美鈴が吠える。私は真上に飛ぶ。マントが空気に引きずられ、美鈴と私との相対速度が一気に変わる。まるで私から発射されたかのように、美鈴が黒い影達に向かって突っ込んでいく。
黒い影の先頭が、こちらを指さし何事か叫ぶ。その声が耳に届く前に、赤毛の龍は硬い鱗をきらめかせて影の一団に突っ込んだ!
どがあああっ!
美鈴の体当たりで黒い影がゴミのように吹き飛ぶ。黒い影の一団のど真ん中、クレータのようにぽっかりと空く穴。そこに私は飛び込む!
「おおおおおおーん!」
「ぎゃっ!」
「人狼っ!」
飛び込んだ私はマット代わりに一人の黒い影の胸を踏み潰す。影は人間の悲鳴を上げて吹き飛ぶ。影のだれかが忌々しそうに叫ぶ声。その方向に振りかえれば、頑丈そうな大男の体型をした影。大きく振りかぶられた戦斧!
普段なら時間を止めて、有無を言わさずナイフを突き立てているところだけど、時間を操るという考えは、私の頭からすっぱりと消えていた。
あったのは、狼の、人狼の本能だけ――――!
「死ねっ!人狼っ――――!」
「がうっ!」
「げひっ!?」
斧が私の頭を割る前に、相手の懐に飛び込んで短剣を喉に突き刺す。引き抜くときに手に伝わる抵抗感。やっぱり切れ味が悪い。黒い影は、ただの布。その下には、人間の肉があった。強烈な人間の血の匂い‥‥“私達”とは違う、血の匂い。煙で馬鹿になっていた私の鼻腔を、鉄の匂いが洗い流す。黒ずくめの、人間共。影の正体はそれか。人間が、人狼の里を襲っているのだ。
喉から血を吹きだし崩れ落ちる影。彼の腰に下がるナイフをかすめ取り、その後ろで呆然としている別の影にむかう。
「どっ、ドラゴンライダー!?な、何でこんなところに‥‥」
「どけっ!」
「ぴゃあ!?」
かすめ取ったナイフを投擲。悲鳴は女の声。眉間にナイフが刺さっても、やっぱりそいつは呆然としたママだった。はん、愚図め。
『ぐおおおおおっ!』
美鈴が吠えている。悲鳴が聞こえる。地響きと鱗の音。美鈴が影の一団を文字通り撹拌している。長い尻尾で、鋭い爪で。恐怖に駆られた影達が槍や剣でがむしゃらに斬りかかるが、美鈴の鱗は彼らの刃物などまるで受けつけない。美鈴と私。受け持つ敵の数は7:3か。みな龍‥‥美鈴が強敵だと思っているよう。
襲われていた村人達は、私と美鈴の戦いを見守っている。皆、私と同じような薄汚れた銀髪に狼の耳を持っていた。傷だらけの女性たちが鍬などの農具を構え、円陣になって中に子供たちを護っている。男は居ないみたい。一人の女性の足元から小さな女の子がこちらを覗いている。白くふかふかとした耳が垂れ下がり、恐怖に青ざめている。ああ、きっとあの助けを呼んだ声はあの子なんだな。そう思った。
壊れた村のあちこちから、すえた臭いが漂っている。命のなくなった、村人たちの臭いが。黒い影達――――人間が蹂躙して回った、生臭い匂いが。
――――許さないっ!
私の視界が、さらに赤く染まる!
「人狼が!」
「っ!」
背中から降りかかる殺気に、前方に転がり込む。後ろで地面を剣先が叩く。口に短剣を咥え、両手足を使って起き上がる。
「ケダモノが!悪魔の眷属が!」
「‥‥」
そいつは女の声で何事か叫びながら、ガツンガツンと剣を振り下ろす。鈍い。剣を避ける私の後ろから槍が伸びてくる。周りに槍の包囲網。剣山がその輪を縮める。転がり、躱す私のマントを、誰かの槍が地面に縫いとめる。
「はは!死ね!人狼が!」
追い詰めたと思ったか、笑いをこらえたような間抜けな声を出しながら、影の女が剣を振りかぶる。ぷっ、と口にくわえた短剣を右手に吐き出す。
「死ぬのはアンタ」
「ほざけ!狼!」
マントの襟の留め具を外す。再び転がり出す私を追いかけ、槍が伸びてくる。そのうちの一本を掴む。女がこちらに狙いを修正し、思い切り剣を振り下ろす!
があん!
「!」
「なまくら刀よ。痛いわ」
もぎり取った敵の槍で女の剣を受け止める。そのまま、右手に移した短剣を影の手首に振る。手に伝わる、肉の切れる水っぽい衝撃。刃こぼれの出来た刀が皮膚や腱に引っかかる、ブチブチとした厚い布を引き裂くような振動!
「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああああっ!」
響く絶叫。剣と一緒に切り落とされる女の右手。宙に舞う、その痙攣する右手首を掴み、起き上がりざま剣ごと女に投げつける!
ず ん。
「ぴ」
「副長っ!」
「あ、ああ‥‥」
特大サイズのナイフ無げだったが、うまく命中した。投げた剣は女の腹を貫通する。この女はえらい奴だったのか。腹に刺さる自分の剣と、それをいまだに握ったままの千切れた自分の手首を呆然と見下ろす女に、わたしは四つ足で飛びつき、彼女の喉を噛みちぎる!
「がふううっ!」
「っぎ、ぎいいいいいいいいっ!」
血しぶきが私の頬を叩く。逃げようともがく女の喉に牙を立てたまま首を振ってさらに肉を引き裂く。獲物の動きが、だんだん弱くなっていく。その内、噛んでいた肉が千切れた。ぶちりと音を立てて。
「ぐるるる‥‥」
「い、いやあああああ!」
「ふ、副長おっ!」
「あ‥‥がへ、ひ、‥‥」
「マズイわね。アンタの肉は」
驚愕と絶望の表情を浮かべる彼女の目の前で、牙を剥いてくちゃくちゃと、千切った喉肉を噛んで見せる。黒いフードがずるりとはがれ、青ざめた少女の顔が現れた。紫がかったプラチナブロンドがざらりとなびく。前髪に兎の髪留め。ああ、よく見りゃ可愛い顔してんのに。もったいない。剣じゃなくて街で花でも持ってなさいよ。
「あ‥‥し、師、匠‥‥」
「うおおおおおお!」
「ふん」
穴の開いた喉からひゅう、と断末魔を上げ、絶命する黒ずくめの女剣士。激高した周囲の影が槍を突き出してくる。彼女の腹に刺さったままの剣を踏み台にして、私は後方に跳ねた。
「ぎゃひ!ぐひゃあ、げ、ふ、あ、お、おお、お」
「!!!」
影共の槍は、すべて哀れな女剣士に突き刺さる。剣先に圧迫された肺が、死んだ彼女の声帯をアコーディオンのように震わせる。ああ、汚い楽器。
突き刺さった槍は女剣士の死体の中でお互いに絡み合い、押すことも引くこともできなくなっている。青ざめる奴らを尻目に背中側に着地した私。影の一人が振り向き、槍を握ったまま命乞いをしてきた。馬鹿よね。逃げりゃいいのに。
「う、ああ、ああ、やめて、殺さないで、やめて!」
「はん」
「ぎゃひ」
たわごとを無視して彼女の首を落とす。続けざまに4人。赤い噴水が同じ数だけ吹き上がる。その様を見て、ついに影の一人が槍を放り投げて逃げ出した。
「う、うああああ!逃げろ!引き揚げろ!」
「ふ、副長が!」
「おいていきなさいっ!」
副長‥‥この女の子が指揮官だったんだろう。ぼろきれのようになった彼女や殺された仲間を置いて、黒い影達は我先に逃げ出していく。私を大きく避けながら、ドタバタと駆けていく。私は追わなかった。十分殺した。逃げる奴には興味ない。
私の体から漂う、強烈な血と脂の匂い。荒い息を吐くたびに、腹の底から笑いがこみあげてくる。おもわずまた駆け出して奴らを襲いそうになる体を、何とか唇を噛んで押しとどめる。
冷えていく頭。真っ赤に染まっていた脳内が、霞が晴れるように元の色に戻っていく。色眼鏡を掛けていたかのように視界に入らなかった、全身の返り血が、急にギラギラと色を持ち、視界の中で目立ち始めた。
「‥‥」
握りしめる手からぬるりとはみ出す乾きかけの血。振り返れば、土の上に池のように広がる血。“そこ”に浮かぶ、影達の屍体。
急にふるえだした膝に体重を支えきれず、私は地面にへたりこんだ。‥‥わたしが、やったんだよ、ね‥‥これ。
『はははははーっ!逃げるの?逃げるのお前ら!ダメだよ逃がさないよ喰っちゃうよ!』
「!」
楽しそうな龍の声に、私は我に返る。見れば、野放しの龍が空を飛んで、逃げる彼らを追い立てている。口の端を真っ赤に染めて。
ギラギラした目をしながら、悲鳴を上げて逃げる影達を空から襲っている。一人、転んだ影がいる。フードがずれて、黒髪の少女の顔が覗いた。
「い、いや、助けて、助けて!」
『あはははは!なんだよ!もっと遊びましょうよ!そんな怖い顔しないでさ!“美味しい”じゃんか!おまえら!』
「美鈴!」
思わず私は叫んでいた。あれだけ戦いの前に冷静だった美鈴が殺しを楽しんでる!?あ、あんなの、あんなの美鈴じゃない!
『はははははは!』
「ひいいい!?」
ざぶっ!
「ひぎゃあああああああああああ!」
「美鈴っ!」
まるで猛禽類が兎を襲うように。少女を踏みつける美鈴の前足の鋭い爪が、そのまま彼女の胸を貫く。絶叫と一緒に口から血をふく少女を見て、満足そうに美鈴はにたりと笑うと、躊躇なく彼女の頭を噛み砕いた。
ぼりっ。
「めいりん――――!」
『ぐふふふ‥‥いいなぁ、やっぱりお前、美味しいじゃない‥‥』
その姿は、きっと、さっきまでの私と、おんなじで。
‥‥やめて。
「美鈴!」
『ははは、あはははは!おいしー!』
もういい!もうやめて!
「美鈴!」
『あはははは!』
「紅美鈴!!!」
『!?』
怒鳴ると同時に、剣を放り出し、私は美鈴の首にすがりつく。
龍が、びくりとふるえた。わたしは首筋のたてがみに顔をうずめて、必死に懇願する。
「も、もういい、敵はみんな逃げた、美鈴、やめて、帰ってきて、私も帰ってきたから、お願い、お願い‥‥」
『あ?』
龍のでかい目がこちらを向く。まるで何かを思い出しているかのような間。
血だらけの手で、私は美鈴の鱗を撫でる。
「わかる?美鈴、私、咲夜よ。‥‥“おっかない、メイド長”」
『‥‥』
「美鈴‥‥わかる?」
「‥‥さくや、さん?」
戸惑いがちな声が聞こえる。鼻が、ふんふんと動いて私の手を嗅いでいる。
「そう。咲夜。紅魔館の、メイドの」
「!」
「あなたは、門番。紅魔館の、門番」
「あ‥‥」
「紅、美鈴」
紅魔館と言う単語を聞いて、また龍が震えた。くちゃりと音を立てて、咀嚼していた肉が彼女の口から零れ落ちる。
「さ、さくや、さん‥‥わ、たし、あれ、一体っ」
「よかった。帰ってきた‥‥」
「わたし、ああ!?え、これっ!?」
さっきまで噛んでいたモノを見て、周りの惨状と自分の有様を見て、美鈴が戸惑いの声を上げる。
‥‥殺戮劇を演じたことより、我を忘れていた方に戸惑っているような様子が見えるのは、気のせいだろうか。いや、たぶん、そうだろう。‥‥美鈴は妖怪なんだから。
私だって、普段お嬢様の食事を“用意”する事くらいやっている。こういうことなんて、平気だと思っていた。でもどうしてだろう。膝の震えが止まらない。口をパクパクさせる美鈴に、自分に言い聞かせるように、私は美鈴に話しかける。
「同じ、私も同じ。たくさん殺した」
「‥‥」
「あはは。どう、なっちゃったんだろうね、私達。これも、本の、せいなのかしら」
「‥‥咲夜さん」
私も、美鈴も、まったく人狼と龍となりきって、いや、人狼と龍にされて、あの影達を殺していた。‥‥これが演技、なのだろうか。こんなものが。
美鈴が、がふ、と鼻を鳴らして頭をぐいと押し付けてくる。首に渡していた手をほどくと、私はその頭にすがりついた。
「怪我、ないですか」
「‥‥」
「大丈夫、ですね」
「‥‥」
「すこし、頭に血が上っちゃいました」
「‥‥わたし、も」
「‥‥」
私の体に貼りつく返り血を気にすることもなく、ふが、と優しく息を吐く美鈴。大きな額が暖かい。
ぐい、と私も額を押し付けると、何とか体を起こす。
「もう平気ですか?」
「たぶん、ね」
気が付けば、私の服の血が移って美鈴の額がべったりと血に染まっていた。でも口の周りは、それよりももっとひどい。‥‥たぶん、美鈴はあの影達を食べたんだろう。さっきのあの子と同じように。その、返り血だ。
この足の震えは本のせい‥‥無理やり変えられた人格が元に戻るショックだろうか。それとも、純粋に私はこんなことに慣れていなかっただけなんだろうか。心臓はまだ、ゆっくりとだけど大きく脈を打っていた。
しっかりしなさい。私。完璧で瀟洒なんでしょう、お前は!
また震えそうになる手をしっかり握る。地面に放り投げた短剣を拾い、上着の裾で血糊を拭う。色々切った剣はすっかり刃こぼれし、鋸のようになっていた。拭った拍子に上着の繊維が何本か切れる。その感触が、あの女剣士の手首を思い出させ、背筋が少し震える。目を見開いたまま、喉に大穴を開け、むこうで涙を流して絶命している彼女を。
――――ろくでもないことを体験させてくれる本よね。ほんとうに!
じゃりっ。
「?」
乾いた土音に振りかえれば、鍬を持って影達を睨んでいた女性の一人が、近くに来ていた。足元に、あの女の子をへばりつかせたまま。私は剣を鞘にしまって、彼女に向き直る。ゆるくウェーブのかかった銀髪。額や頬に傷がついている。少し吊り上った目元。スリットの入った、皮を縫い付けたロングスカートから覗くのは麻のズボン。同じく麻のブラウスにゴツイ皮のジャケット。戦闘衣裳なんだろうか。普段着の上にそのまま皮の鎧を着こんだような格好。‥‥その風貌と雰囲気と目つきのせいか、顔の傷を消して鍬の代わりに日傘を持たせたら太陽の丘に居てもいいような、そんな、感じの女性だ。ただし、人狼。
彼女は、頭の天辺から尻尾の先まで血まみれの私、同じく口も前足も血まみれの美鈴、そして、転がった影達の屍体を順に見ると、ゆっくりと口を開いた。
「‥‥怪我は、ない?」
「へ」
突然女性が、心配そうな声で問いかけてきた。
「怪我は!その血は、貴女の血じゃないわよね!」
「えっと、あの」
「怪我はないか聞いてるの!大丈夫!?」
「あ、だ、大丈夫、です、わ」
「そう‥‥!よかった、ありがとう、ありがとう、本当に!」
「わっ」
言うなり、“狼幽香”は私の血まみれの体を気にする様子もなく抱き付いてきた。血のりでごわつく髪を、彼女の手が優しく撫でる。ちょっと上背が私より高いので、抱え込まれるような格好になる。
彼女の鎧に触れた私の服が、ねちゃりと湿った音を立てた。
「だ、だめ、血で汚れる」
「気にするもんですか!そんなこと!」
「む」
抱きしめられる私の血まみれの顔が、彼女の胸に押し付けられる。‥‥皮の鎧が当たってちょっと痛い。
「よかった、強く、なったわね‥‥たった一人で、村を救ってくれた‥‥おまけに、まさか、ドラゴンを連れて帰ってくるなんて‥‥!ドラゴンライダーなんて、母さん、喜ぶわ、きっと‥‥!」
「へ」
「よく放浪の儀を無事に切り抜けたわね‥‥大きくなって‥‥!御帰り、サクヤ‥‥!」
「さっ!?」
‥‥え、えっと。
本の中の私と、“狼幽香”は知り合いらしい。戸惑う私をよそに、彼女はスンスンとにおいを嗅いでくる。ああ、狼、だものね。
「うん、強くなった。良い狼の匂いがするわ。さすが、母さんの子供」
「かあ、さん‥‥?」
思わず見上げる狼幽香の目。さっきの戦闘までの目ではなく、いまのそれはとても優しい。まるで、家族を見る様な‥‥
「何よ、私の顔を忘れたの?それともそんなに、私歳とっちゃったかしら?」
「えっと、あの」
「おかえり。‥‥私の、可愛い妹」
「んぐっ」
思わず変な声が出る。顔が真っ赤に染まっていくのがわかる。
なんだ、これ。
「姉さんよ。あなたの姉さんよ、ユウカ。ホントに忘れた?」
「うぐぐぐ」
ホントに幽香だったーっ!
見る限り、知り合いの幽香と言うわけではないらしい。役にはまりこんでる?よく似た登場人物?向こうは私の事サクヤってよんだけど、名前、それでいいの?
「あのドラゴンは?いったいどこで捕まえたの?ここらのドラゴンとは様子が違うけど」
「あ、あれは‥‥」
軽くパニック状態の私をよそに、狼幽香は美鈴の事を訪ねてくる。‥‥なんて言えばいいんだろう。
「東、ずっと東の国で、一緒に‥‥」
「へえ!名前は?あれは雌?雄?」
「め、雌。名前は、メイリン‥‥」
「へえ‥‥!強そうでいいドラゴンじゃない!さっきの暴れっぷりもすごかったわよ!」
「う、うん‥‥」
ちらちらとこちらを見る私と狼幽香に、美鈴が首をかしげている。‥‥もしかして、狼幽香の言葉、分かってない?
「おねえ、ちゃん」
「!?」
小さな声に視線を落とせば、あの子が私の足にしがみついていた。くりくりと見上げる目が、まっすぐこちらを見つめている。‥‥今のこの子の発言を信じるならば、私とこの子は‥‥
「えっと‥‥」
「ああ、サクヤは知らないわね。あなたが放浪の儀に出てから、生まれたんだもの。よっ、と」
狼幽香は嬉しそうに言うと、その子を抱き上げた。‥‥“放浪の儀”と言うのに私は出ていたようだけど、その間に生まれてこんなに大きくなるって、私は一体何年放浪していたんだろう。
「ほら、勇敢なお姉ちゃんにごあいさつしなさい。サクヤ、貴女の妹よ」
「は‥‥」
「お姉ちゃん!」
ひし、と抱き付いてくる女の子。耳はやっぱり狼。灰色がかった銀の尻尾がパタパタ振られている。血まみれの私をやっぱり気にする様子もなく、その子は私のうなじに鼻を押し付けてきた。
「えっと‥‥」
見た目は、5,6歳の女の子。でも、ぎゅう、としがみつくその力は人間の子とは思えない。ちょっと掴まれた肩が痛い。‥‥少し体が震えている。怖かったのだろう。目の前で、ヒトがたくさん殺されたんだから。‥‥そのうちの大半は、私達が手を下したんだけど。
いろいろ聞きたいことはある。でも、とりあえず私には言うべきことがあるみたいで。
そのセリフは、すんなりと頭に浮かんだ。これも本のせいだろうか。‥‥そこまで私は馬鹿な人間ではないと思いたい。こういう時に何を言うべきか、本に教えられなければ分からないようなド低能ではないと。
女の子‥‥妹の頭を撫でながら、私はできるだけ優しい声で、お礼を言う。
「ありがとう。あなたが呼んでくれたから、私はみんなを助けられた。‥‥怖かったよね。‥‥さすが、私の妹。母さんの娘だわ」
「!」
深く抱きしめているので表情は見えない。でも尻尾は見える。彼女の尻尾は大回転。とっても嬉しそう。
抱きしめる彼女のにおいを嗅ぐ。心なしか、私の匂いと同じような感じがする。狼幽香もそんな匂いがした。これがかあさんの匂いなんだろうか。‥‥私の本物のかあさんなんて、覚えてないけど。
ゆっくりと彼女を地面に降ろす私に、狼幽香がすまなそうに声をかけてきた。
「さあ、サクヤ。こんな時に悪いけど、手を貸してくれないかしら。またあいつらが襲ってくる前に、村を整えておかなくてはならないわ。まず、火を消すよ。いいね?」
「‥‥はい」
まるで、優しい年上の女性、というか、お姉ちゃん。普段、風見幽香と言う妖怪がどんな人物なのか知ってる私からすれば、その言動はすこし違和感がある訳で。‥‥いや、知らないだけで、実はこうなのかもしれない。幻想郷縁起には多分に阿求の主観が入っているって言うし。私もあんまり密に接したことないし。
「ほら、みんなも泣くのは良いけど、早く火を消すよ。男どもが帰ってくるまでこの村は私達が守るんだ。愚図愚図してたら尻尾毟り取るわよ!」
‥‥やっぱり幽香だった。
そういえば、さっき殺した女剣士、永遠亭の鈴仙に似てた気がする。‥‥本の中とはいえ、むごいことをしたわね。帰ったらクッキーでも焼いて持っていこう。何のことやらさっぱりわからないだろうけど。
そういえば、と私はあることに気が付き、くすぶり続ける家に歩き出す狼幽香に向かって、声をかけてみる。
「ねえ、‥‥ねえ、さん。この子、えっと、名前、は?」
「あ、なんだ、ご挨拶してなかったの?」
「あっ」
振り返る狼幽香に、女の子ははっとした顔をして立ち止まる。
「ほら、ご挨拶なさい。サクヤお姉ちゃんに」
狼幽香に促され、女の子はおずおずとこちらを振り向く。私は膝をまげてしゃがみ込むと、顔の高さを女の子の目線に合わせた。
「‥‥改めまして。あなたのお、お姉ちゃんのサクヤよ。よろしくお願いしますわ」
にっこり笑い、手を差し出す。女の子は、もじもじと私の手を握り返した。
「‥‥え、えっと‥‥」
――――さあ、あなたのお名前は。
女の子はなぜか照れながら、おずおずと口を開く。そして、驚愕のその名前を口にしたのだった。
「‥‥れ、れみりあです。は、はじめまして、サクヤお姉ちゃん」
「ぶっ」
********************
「‥‥目覚めないって、どういうことよ」
「そのままよ。もうかれこれ丸一日だわ」
友人のぼそぼそとした状況説明に、レミリアは頭を抱えた。
図書館の一角にあるパチュリーの部屋に連れてこられたレミリアの目の前には、2台のベッドが並べられていた。
そこに寝ているのは、二人の少女。‥‥彼女の従者達。紅美鈴、そして、十六夜咲夜。
二人とも、寝間着姿で、身じろぎもせずに昏々と眠っている。まるで死んでいるかのようで、最初見たときレミリアはぞっとしたが、かすかに聞こえる寝息に、ほっと胸をなでおろした。
ベットの向こう側には、数名のメイドと、いつの間に聞きつけたのかフランまで、眠る二人の顔を覗き込んで皆心配そうな顔をしていた。
「気が付いたのは今朝よ。あなたは寝坊して起きてこなかったんだけど、咲夜まで起きてこなかったのよ。メイドたちが様子を見に行ったときには、すでにこうなっていたわ。美鈴も同じね。いつまでたっても正門ががら空きなんですから。倒されたかってみんな慌てたわ。今日の昼は修羅場だったわよ。よくもそんなときに寝ててくれたわね」
「ぐぐぐぐぐ」
何も言い返すことができず、レミリアは口をへの字にして黙り込んだ。
「‥‥原因は、わからない」
「わからない?」
パチュリーのさっきの発言は非難ではなくただの皮肉だったらしい。気にした様子もなく話を続けるパチュリーに、レミリアはおずおずと聞き返す。魔女は相変わらずの悔しそうな表情で頷いた。
「魔法によるものだということは解った。‥‥魔法というより、呪いね。種類としては」
「呪い!?」
「出所も、把握はできてる」
いうなり、パチュリーはレミリアをビシッと指差した。
「あなたの読んでたその本よ」
「はひっ」
思わず手に持った本を取り落としそうになり、慌ててレミリアは本を抱きかかえた。
「この本が、って、どういうことよ」
「お姉様‥‥?」
「いや、フラン、私は知らないわよっ」
フランがベットの向こうからレミリアを睨む。レミリアにとっては全くの寝耳に水な話であり、ぶんぶんと必死に顔の前で手を振った。
「そう。レミィ。あなたは知らなくて当然。あなたがやったわけではないもの。この本がやったんだわ」
「まさか、呪いの本だったの?わ、私が呪い発動させたの!?」
「違います。昨日お嬢様が本棚から出されたとき、一応調べましたが呪いの類は全く感知できませんでした」
小悪魔が助け舟を出した。
そうよね!?と聞き返すレミリアに向かい、パチュリーがぼそりとつぶやく。
「‥‥どちらかと言えば私のせいだわ」
「なに?」
驚愕のセリフに、レミリアの表情が一気に険しくなる。パチュリーはそれに動じず、淡々とセリフを続けた。
「魔力波動を調べたわ。美鈴と咲夜の呪いのね。‥‥そこに使われてる魔法は、私が知ってる魔法にそっくりだった」
「‥‥なによ」
「あの、ガイドブックの魔法よ。本の中に、入りこむ」
「!‥‥お前!」
「怒らないで。最後まで話を聞いて。あのガイドブックはあのあと小悪魔と一緒に処分したわ。どうせ使わないから」
「ええ。お嬢様。確かにパチュリー様と私であの本は処分しました。信じてくださいませ」
「‥‥」
いったいどういうことかまるで分らない、とぶつくさ言うレミリアに、パチュリーは自分の推理を聞かせる。
「ここからは、私の推測よ。‥‥本棚から出したとき、その本はただの本だった。ガイドブックの本は、処分した。今二人に掛かっている魔法は、ガイドブックの魔法に“そっくり”だわ」
「そっくり?」
「ええ。同じものではない。同じものなら、私の作った魔法よ。いくらでも強制停止させられるわ」
言って、パチュリーは眠る二人の顔を見る。穏やかに眠りつづけるその顔からは、うなされていたり、苦しんでいる様子は見えない。規則正しい寝息が聞こえてくるだけ。
「‥‥その本が、魔法を使ったんだわ」
「は?」
一同の目が点になる。パチュリーはため息をつくと、皆に顔を向けた。
「自分でも信じられないわよ。ただの本が、私の魔法を盗み聞きしてそれを使うなんて。でも状況証拠だけみれば、そう見えなくない。この本が二人に魔法をかけたんだわ」
「‥‥」
「レミィ、どこでも‥‥いえ、冒頭で良いわね。その本の中身を見てみなさい」
「なんで」
「いいから」
あちこち跳びまくるパチュリーの話に呻り声を上げながら、レミリアは本をめくる。
「主人公の名前を読んで御覧なさいな」
「‥‥」
言われるまま、レミリアはページをめくる。たしか、主人公の名前が初めて出てくるのは、3ページ目‥‥
「あれ?」
「どうしたの」
「‥‥なんか、様子違うんだけど。この本、私が読んでた本よね?」
「良いから早く!」
「っわ、なによ、まったく!‥‥ええと‥‥」
急に怒鳴り声を上げた魔女に気圧されつつも、レミリアはページをめくる、たしか、このあたり‥‥
「――――!」
「読んでみなさい。主人公の名前」
「‥‥ちょっと、どういうことよ、これ、えっ」
「読めって言ってんのよ」
「どういうことよ!この本、最初と最後で話が全然繋がってないわ!そ、それに、主人公、“サクヤ”って!おまけに、ドラゴン!?居なかったじゃないこんなの!しかも、名前、“メイリン”って!」
「!」
「?」
叫ぶレミリアの言葉の意味が解らず、きょとんとするメイドとフラン。彼女らをよそに、魔女は唇の端を噛みながら、うつむいた。
「わたしもさっきあなたの部屋で読んで確信したわ。その本の中身は、どんどん変わっていってる」
「‥‥って」
「その本は、もうただの本じゃない。咲夜と美鈴を登場人物にした、生きている本よ」
「‥‥」
青ざめながら本を見下ろすレミリアの脳裏に、昨日のお茶会で口走ったセリフが浮かぶ。
“健気なヒロイン役な咲夜が見たいのよー、わたしはー”
「‥‥冗談、よね?」
「‥‥」
答えてくれる者は、誰も居ない。
遠くで、柱時計が午後9時を告げていた。
‥
‥‥
続く
次回も楽しみにしてます!
どうやら現実でもレミリアが活動しているから他の人物もリンクしている訳じゃなさそうなのでひと安心。
この話がどう転がってどんな結末を迎えるのかwktkっす。
兎の方のご冥福を祈ります…ww
続き楽しみにしてます
幽々子様?
続き楽しみにしております。
敵一般兵の中に彼女の弟子剣士がいたのかな、って一瞬思った。
副長=うどんげって判明して読み返したらよくわかったけど。
気になったのはそこくらいで、全体的に展開にパワーがあって続きが楽しみ!
好きですけどね
おおこわいこわい