Coolier - 新生・東方創想話

熱々ご飯に海産物を載せて

2013/02/12 01:33:28
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作品集179の「彼女たちの舞台裏」から繋がっています



どたどた、と私は足音も気にせずに寺の中を駆ける。
見つかったら、「床板が痛むからやめなさい」と注意してきそうな人の顔が2,3は浮かぶ。が、気にしていられない。
私は急いでいるのだ。手に持っているのは、人里でもらった一枚のチラシ。
こういうチャンスを利用しない手はない。キャプテンたるもの、機会が転がってるなら即実行あるのみだ。

急ぎ足のままに、庫裏の戸を開けると、割烹着姿の一輪の姿が目に入った。ターゲット発見!

「一輪!これ見てこれ!里の蔵元で蔵開きやるらしいよ!」

一輪の手から菜箸を奪い、代わりに先ほどもらったチラシを手渡す。
突然現れた私の勢いにどぎまぎしている一輪は、問い返す余裕もないようで、とにかくチラシに目を走らせる。

「…『今年の新酒の蔵開き』?『酒蔵見学会を行います、試飲もたくさん用意してます』…?」
「そ!一緒に行こうよ一輪!ただ酒が飲めるチャンスだよっ!!」

ターゲットが内容を把握したところで、間髪いれずに提案する私。こういうのは相手に考える隙を与えてはいけないのだ。

「あ、あのねムラサ…もうちょっと声を抑えなさいよ…姐さんに聞かれたらどうすんの」

一輪は、周囲をきょろきょろと見回し小声になって反論する。
その程度の抵抗は予想済だ。目的達成のためには、ここで引いてはいけない。

「こまけぇこたぁいいんだよ一輪!酒が!無料で!飲めるんだよ!?」
「うっ…そ、それは確かに…魅力的なんだけど」

畳みかけるように発した私の言葉に、一輪はうろたえる。ごくり、と喉が鳴った音を私のソナーは聞き逃しやしないぞ。
なんだかんだ言って彼女も酒が大好きなのだ。今さらいい子ぶったってこの誘惑から逃れられるはずもない。

「で、でも。私、今昼餉の準備中だし。これほっといて遊びにいくなんて流石にできないし」

うーん、と人差し指をこめかみに当てて考えだす一輪。なんだそのポーズは。
奥さん悩んでいないで決断しましょうよ、って言ってほしいのか。よーしキャプテン次の手を打っちゃうぞー。

「うーんざーん!」

私は、庫裏の窓から、一面雪景色と化している境内に向かって大声で叫ぶ。
雲山は確かこの時間は屋根で雪下ろしをしているはずだ。
数秒待つと、読み通り雲山が上方から境内に舞い降りる。心もち、白くなっている気がする。雪が混じったのかな。

「私と一輪、ちょっと人里にデートに行ってくるから!昼ごはんの準備は頼んだわよ!」

私は叫び、びしっと親指を上に向けて力強く右手を差し出す。
雲山は少し考えるような表情をした後、巨大な拳骨を作りだし、親指をびっと上に向ける。
流石雲山、話が分かるオヤジだわ。『色々と』一瞬で察してくれたようだ。

「ちょ、ちょっとムラサ、デートってあんた」
「だから、細かいことはいいんだって、一輪!行くよ!ほら割烹着なんて脱いで!」
わたわたと割烹着を外す一輪をさらに急かして、私は彼女の手を取る。すぐに駆けだす。

「さぁ行こう一輪!酒池肉林が私たちを待っている!!」
「あんたホントそういうの叫ぶのやめなさいってー!!檀家さんとかいるのよ私たちにも!!」




「店員さん、この白いつぶつぶがいっぱい入ってるのなに?飲んでいいの?」
「ええ、試飲していただいて結構ですよ。これはもろみと言いまして」
「ふーん甘酒みたいなもんかなーほら一輪飲んで飲んで」
「うおぅ!?なに無理やり…ごくごく…」
「あ、あの、それ絞って濾す前の酒なんでアルコール度数はむしろ普通の酒より高いんですが…」
「ぶほぁっ!?」

「お、こっちは利き酒だってさ」
「おうよ嬢ちゃん方。この蔵で出来る各種酒の種類を当てていってもらうって趣向さ。やってみるかい?」
「うん、やります!一輪が」
「何で人にやらせようとしてんのよ!自分でやんなさい!」
「嬢ちゃん…あっしの酒を飲んでくれねぇのかい…残念だなぁ」
「ごめんねおじちゃん…うちの一輪が強情なばっかりに…」
「…いつ打ち合わせてしてたのあんたら…いいわよ、飲むわよ!」

「お嬢さん方!こちら先ほど試飲していただいたもろみを絞ったできたての生酒!どうです一本!」
「よーし買った!でもこんなの買っても寺に持って帰れないね。聖にバレたら大変なことになるし」
「じゃあ一升瓶なんて買うんじゃないわよ!?」
「まぁ今飲み尽くして帰れば問題ないよ。杯はその辺にあるの借りればいいし、飲もう一輪。飲め」
「だからっ、無理やりはやめなさいって…ごくごく…ぷはっ。あ、ホントだ、美味しいわこれ」
「おっ。酒が美味しくなってきたね一輪!ここでもう一杯!」
「あんた自分で消費する気はないわけ…ごくごく…ああ、でも、美味しい…」




ぱりん、と雪の上に出来た氷を足で割る。

「あ、これ結構面白いわ。おりゃ、おりゃ」

ぱり、ぱり、と割りながら、寺への帰り道を歩く。酒蔵で遊ばせてもらっている間に、外では小雨が降ったようだ。
それが雪の上で薄く凍りついていて、足を進める度に割れて行く。ぱりぱりざくざく。雪なんて在り来たりだけど、これはちょっと新鮮。

「うう、揺らすんじゃないわよう、馬鹿ムラサ…」

私の背中で、一輪が弱々しく文句を言う。
人におんぶしてもらっておいてその言い方はどうなのか、と思ったけど、こうなったのは私のせいでもあるので反論はしない。
一輪は私の肩に手を回し、頭を左肩に乗っけてる。足は私が持って支えてあげている。
この状態で帰るまでずっと運んであげるのは、人間ならつらいんだろう。彼女は碇と比べたら軽すぎるくらいなので私には問題ない。
左を向けば、もう眼を閉じてしまっている一輪の顔が見える。そう言えば頭巾をしていない。忘れてきたのか。明日、酒蔵に取りに行こう。

「何であんた…私にこんなに飲ませたのよ…」

眠そうな声のまま、一輪が聞いてくる。


「…いっちゃん『あの日』から酒飲んでなかったっしょ?」

一輪を酒蔵につれて行った理由。無理やり酒を飲ませた理由。
一輪が森の人形遣いと一緒に人形劇をして、イベントは何故か爆発がありつつ大成功に終わって。
でも一輪がその時以来酒を口にしていないと気付いたから。思えばあの時アリスは霊夢とだけ『喋っていた』と気付いたから。
全部を言うのは気が引けたので、分かってるんだからねって暗に言ってみた。
伝わるのかどうかは、知らない。一輪次第。

「別に…酒なんて飲まなくたって…死にやしないじゃない…」

私の意図に気付いたのか気付いていないのか、一輪がなんだか誤魔化すようなことを言う。

「いやいやいや。酒も飲めなくて、人間、生きてる意味がどこにあるのさ。私はもう死んでるけど!」
「あんたねぇ…私たちは人間じゃなくて妖怪で、その上僧侶だから戒律があって、
そもそも姐さん馬鹿にしてるじゃないのそれ許さないんだからね…」

うわ言のように、真面目な台詞を出すなんて。さっきまで酒を美味しい美味しいとかっくらっていた奴のするこっちゃない。

「もう、頭が固いなぁ。いっちゃんは。大人は柔軟な頭でいかなきゃ!」
「何よそれ…人を…子供…扱い…して…」
「私の方が10も年上なんだからね?いっちゃんなんて子供だよ。こ・ど・も」
「あのね…私たち…1000年…生きてんのよ?今更…そんな差…くらいで」
「だーめーでーすー。何年経とうと覆せませーん。私にとっていっちゃんは永遠に子供枠です。残念でした!」
「なにそれ…馬鹿みたい…ずるい…」

からかってやったら、本当に子供のように拗ねた。かわいい。
昔のように『いっちゃん』と呼んでることも、多分気がついてないんだろう。


「なんか落ち込むことあったんでしょ?」

私はもう一度、本当に聞きたかったことに話を戻す。
一輪からの答えはない。私が雪と氷を踏む音だけが、耳に響いてくる。

ダメなのかな。私には相談もしてくれないし弱音も吐いてくれないのかな。
弱気の虫が心に湧きそうなのをぐっとこらえて、もう一歩だけ勇気を出す。


「あれでしょ?欲しいものが手に入らなかったから泣いてたんでしょ?
…じゃあさ、私なんてどうよ?オムライス食べ損ねたなら海鮮どんぶりでも良くない?」


他にもっと言い方はないのか、と自分でも思う。レストランでメニュー見せてはい決めてね、なんてもんじゃないのだ。
だけどなけなしの勇気を支払って出てきたのはこれなのだからどうしようもない。
後は相手に任せる他は無し。背中に預けたこのかわいい酔っ払いに。

「…なにそれ…あんたね…ホントもう、馬鹿…ムラサ…」
「えー。なによう。それが返事?ちゃんと答えてよ、いっちゃん」

このときだけは茶化して欲しくない。本当に、答えを聞かせてほしい。
心臓なんか動いていやしないっていうのに、血がドクドクと巡っているような気さえする。

だっていうのに、彼女から聞こえてきたのは。

「……すー…すー…」

「…おーい。いっちゃーん」

「……すー…」

寝息だった。心底安心しきった、もう意識手放すんで後のことは全部よろしくって感じの綺麗な寝息。

「…ほんっとう、いっつも勝手だなぁ、いっちゃんはさー」

はーっ、とため息交じりに息を吐き出す私。血が巡るような感じも霧消する。
緊張感からは解放されたが、さてこの一人で踊らされた感覚をどうしてくれようか。

一輪はいつも勝手なのだ。念縛霊である私に臆せず突っかかってきて。聖が封印されて一緒に落とされてわんわん泣いて。
私より背が高くなったら急にお姉さんヅラしだして。地底で私に断りもなく勝手に妖怪になって。
勝手に恋をして勝手にフラれてきたってんだから。

「さっきの台詞、めちゃくちゃ勇気出したんだからね?」

ちょっと飲ませ過ぎたようだ。明日になったら、一輪は色々忘れているんだろう。都合のいい奴なのだ。
ああ波間に消えていく私のか細い声。海にはヤマビコもいやしないから、帰ってくることもない。さらば私の勇気。


相変わらず聞こえてくる一輪の寝息を友に歩きながら、落ち付いてゆっくりと考える。
私は、なぜ、急にこんなことを言いだす気になったんだろう。
1000年近く一緒に暮らしてきたのに、終ぞこんな気持ちになったことはなかった。

「あったかいねー。いっちゃんは」

一輪の体から熱を感じる。お酒が大量に入ったせいで、体温が上がっているのもあるんだろう。
服越しでも伝わってくる、彼女の温度。

そう、彼女は温かい。私とは違う。私にはそもそも体がない。
あの日魚に食べられて消えたのか、今も水底で惨めな姿を晒しているのか、そんなことは知らない。どうだっていい。
重要なのは、もうどうやったって私からは熱が生まれることはないという点なのだ。いつだって平温で平穏。

彼女は違う。今も生身の体を持っている。妖怪になって長い長い年月が過ぎたけど、今もどこか人間臭い気がする。
元々獣だったわけじゃない。死んだわけでも誰かを恨んで堕ちたわけでもない。
妖怪と一緒に暮らすために妖怪になった、なんていうわけの分からない妖怪だ。人間も襲わない。

地底にいた頃は、そんな風に一輪と私の違いを思い返してみることはなかった。
誰かに追い詰められていたわけじゃない。それでも心にはいつも閉じ込められて苦しんでいる聖の姿があった。
私たちはただそのことだけで繋がれていた同士だった。同じ檻の中の住人。生き抜くためだけの仲間。

そして私たちは解放された。聖も助け出した。
何の心配もなくなった一輪は、自由に空を飛び、お日様の匂いを吸いこんで、恋をして。
そうやって、あったかい気持ちを胸いっぱい詰め込んで、それまで通りに私の傍にいるもんだから。

そんなことするから、私まで、熱に当てられてしまった。

(つまり私がこんなことになってるのは、一切合財全部一輪のせいだよなぁ)

間違いない。この、自分で自分のことをしっかり者の姉貴分だと勘違いしやがっているかわいくて憎たらしくて愛しい少女。
地上で見つけた綺麗な人形に憧れて、舞い上がって、勝手に落ちて泣いているいじらしい泣き虫が、
私の海よりも大きい心をさざ波どころか大しけに叩きこんでいきやがったのだ。

(ほんと、どうすりゃあいいんだろうねー。航路なんて見つかる目途がまったくないよ)

空を見上げる。横目に一輪の薄紫の髪が見えてどきりとする。いかんいかん、船乗りを惑わす魔物がいるぞ。
気を取り直して上を見つめると、満点の冬の星空。星座も星もこれでもかってくらいはっきり見える。方角はばっちりだ。
なのに私の行き着く場所は分からない。
海の上なら分かろうものの、ここはどっしり大地の上。

そうだ、地上だ。

「帰って来たんだよねぇ、私たち。こうやって、地上にさ」

ここはもう、暗くて冷たい海の中でも、出口のない壁に閉ざされた地下でもないのだ。
だから、行き先が分からなくても、歩いてりゃその内どこかにつくだろう。

「差しあたってはさ、私たちの『家』に帰ってさ。明日からまた、仲良くやろうよ。いっちゃん」

「うぅ…?…うん」

寝息なのか寝言なのか、よう分からん返事が返ってきた。こんな時だけ返事して。勝手な奴だ。勝手な奴だ。
いつか、このムラサ様という大海の中に沈めてやる。

「覚悟してろよー。いっちゃん!」



どっちがお姉さんなのかこれもうわかんねぇ、そんなムラいちの関係が好きです。
寺はそういうの妄想できる要素がたくさんあっていいですよね。
犬小屋
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コメント



0.380簡易評価
4.90名前が無い程度の能力削除
おおとらが さけをほしそうに こちらをみている
7.90奇声を発する程度の能力削除
良い雰囲気で面白かったです
13.903削除
むらいちGood!
二人とも輝いているなぁ。
14.100名前が無い程度の能力削除
船乗りは美女に釣られて道を間違うのが定番だから仕方ないね。

イチャイチャをテンポ良く読めてサクッと楽しめました。