それはアタイ――小野塚小町が、死神になってまだ間もない頃の話。
すっかり寝過ごしてしまった。
アタイが気が付くと、晩夏の太陽は西方の山々の稜線に沈み、空には仄暗い夜の帳が降り始めていた。
木陰でのちょっとした昼寝のつもりだったのだが、お盆の直後ということもあって疲れていたのだろうか。
上司への上手い言い訳に考えを巡らせながら、アタイは彼岸への帰路を急いだ。
この時期になると、無縁塚に一斉に咲き乱れる彼岸花の中を小走りに進む。
静かに風に戯れる彼岸花は夏の残暑のことなど露知らず、時間に急かされるアタイの心を宥めているようにも思えた。
と、雄大に広がる赤い絨毯の真ん中に、アタイは一人の人影を見付けて立ち止まった。
一瞬、アタイはそれを幽霊か何かかと勘違いした。
何故なら、こちらに背を向けて立ち尽くすその人の姿が、あまりにも悲しげだったから。
しかしすぐに、アタイはそれが紛れもない〝楽園の最高裁判長〟四季映姫・ヤマザナドゥであると気が付いた。
他の何にも見間違いようのない装飾過多の帽子に、深緑の髪。是非曲直庁の定める濃紺の制服に身を包んだ四季様は、自分の肩を抱くような姿勢でその場に立っていた。
アタイはその背中に、声を掛けるべきか迷った。
その頃のアタイは、四季様とこれといった接点は無かった。
あくまでも閻魔と死神。上司と部下の関係であり、普段からも事務的な会話程度しかしたことがない。
よく職務の怠慢を注意されることはあるが、それでも、その関係の枠の中に留まった範囲でしかなかった。
更にどこか項垂れるように俯く今の四季様の立ち姿は、日頃から見せる彼女の姿とは随分と違って見えた。
荘厳ささえ漂わせる、威厳と深い慈しみを湛えたいつもの彼女の姿はそこには無く、どこか頼りないその背中は、まるで往き場を失った只の少女のようだった。
これは彼女にとっての、自分が踏み込んではいけない領域の出来事であるような気がして、アタイは口を噤んだ。
今日は何も見なかったことにしよう。
アタイはそう心に決めて、四季様の後ろ姿に背を向けようとした。
すると四季様が、一言ぽつりと言葉を漏らした。
途端に少し大きめの風が、再思の道の方から強く吹き抜けてきて彼岸花の群れをざわめかせた。
アタイは一旦はその場に踏み止まったものの、息を吐いて、すぐにその場を後にした。
そう、アタイは何も見ていないし、聞いてもいない。
あれは彼岸花の揺れる音が、たまたまそう聞こえただけだ。
アタイは首を振った。
でももし、今のが聞き間違いでなかったとしたら――。
彼女はさっき、「ごめんなさい」と言ったのだ。
それから時は経ち――。
勤勉かつ有能な死神であるアタイに、休日など存在しない。
それは休みの日になると、四季様がアタイを連れて幻想郷の住人を相手にお説教をしに行くからだ。
「今日は守矢神社に行きましょうか、小町」
再思の道を進む道すがら、アタイの横を歩く四季様はそう切り出した。
戦士は戦場でこそ輝けるのだ。ちくしょう。
アタイは今日もふいになった休みを惜しみながら、渋々と頷いた。
「守矢はここ最近の騒動の、いつも中心にいますからね」
などと同意したように、言葉を返すのも慣れたもの。
四季様は、一度これと決めたらアタイの考えなど聞いてはくれない。
尤も、この場でアタイの思い付く考えなど、「人里の茶屋でお茶でもして行きましょうよ」くらいのものなのだが。
すると、そんなアタイの胸中を見抜いたのか、四季様がアタイのことをじっと睨んだ。
「小町。貴女今、そんなことより人里の茶屋でお茶したいなんて考えていませんでしたか?」
おぉ、今日は一段と鋭いな。
そもそも閻魔に嘘は通用しない。
アタイは誤魔化すように作り笑いを浮かべながら、
「あ~、バレました~? はは……」
「はは、じゃありませんよ。まったく」
四季様は怒ったように言うと、腕を組んで、
「しっかりしてくださいよ小町。こうして幻想郷にお説教に訪れる切っ掛けを作ったのは、貴女なんですからね」
四季様に言われて、アタイは「うっ」と声を漏らした。
うわ~。その手で来たか。
「その話は勘弁して下さいよ」
アタイが思わず狼狽した声を上げると、四季様は悪戯っぽく微笑んで、
「いいえ。私は今でもハッキリと覚えていますよ。あの日、貴女が私に言ってくれたことを――」
それは私――四季映姫が、閻魔になって数百年が経った頃の話。
抱え切れないある想いを胸に携えて、今日も私はその場所を訪れていた。
一面に咲き誇る彼岸花によって、赤く彩られた無縁塚。
ここに来ると、自然と心が落ち着いた。
近くに人の姿は無い。
私はいつも通りに彼岸花の群生するその中を進み、やがて立ち止まった。
私の視線の先、いつも私がそうしている場所に、誰かが一人で立っている。
その人物はまるで私を待ち構えているかのように、こちらをそっと見据えていた。
目の醒めるような赤い髪に、肩に掛けられた大鎌。私を見下ろすようなその長身の女性は、死神の小野塚小町だ。
その姿を確認するや、私は途端に苛立ちを覚えた。
小野塚小町と言えば、他の閻魔や死神達の間でも、相当な〝サボり魔〟として有名だった。
実際、彼女の勤務態度や実績は杜撰なもので、一部界隈からは〝無能〟とも揶揄されるほど。
その彼女が、自分の仕事も放ったらかしてここで何をしているのか。
返答次第では、今日はきつく灸を据えてやろうと考えて、私は小町の前に進み出た。
しかし、意外なことに先に口を開いたのは小町の方だった。
「お待ちしていましたよ、四季様」
「……それはどういう意味ですか?」
本当はすぐにでも食って掛かろうと思っていたのだが、小町のいつもと違う態度に気が付いた私は、慎重に言葉を選んで返した。
今の彼女は、仕事をサボっていたところを自分の直属の上司に見付かったのにも関わらず、それを後ろめたく感じているような様子は微塵も感じられなかった。
寧ろどこかサッパリとした顔付きで、静かな目でこちらを見る彼女の眼差しに、私はいつの間にかすっかり牙を抜かれてしまっていた。
少し間があって、小町は答えた。
「きっと今日も来ると思って」
その言葉に、私は内心でドキリとした。
それは私自身までもが、自分の仕事を放置していたと部下に勘繰られる理由を作ってしまっていたからではなく(正確には、私はちゃんと自分の仕事を終わらせてからここに来ている)、今の小町の瞳は、私の心の奥底すらも見透かしているかのように感じられたからだった。
「実は、アタイは四季様がずっと前から、こうして無縁塚に来ていたのを知っていたんですよ」
案の定とも思える、小町の言葉。
つい口籠る私に、彼女は続けた。
「少し話せませんか? 四季様」
それから私達は連れ立って、無縁塚の辺に来ていた。
日はすっかり沈み、夕闇が空を支配している。
「初めて四季様をここで見掛けた時も、こんな感じでした」
私の隣に何気ない様子で座り込んだ小町は、そう切り出した。
「あれからアタイも、色々と考えたんです。なんで四季様がここにいたのか。なんで、あんなことを言っていたのか」
「やはり聞かれていましたか……」
そこで私も観念して、私も小町の隣に座った。
「はい。それで、ようやく答えが出たんです」
小町の言葉に、私は自分の胸の内を明かされる覚悟を決めた。
そして彼女は語り始めた。
「人は死後、三途の川を渡り、彼岸で閻魔様の裁きを受けます。善人は成仏して天界へ往けますが、罪人は罰せられます。ですが、ある意味で罰は赦しでもある」
彼女の紡ぐ言葉の一つ一つが、私の胸に染み入るように入ってくる。
あぁ、彼女は本当に気付いてしまったのだな、と、私の中で不安が確信に変わっていった。
「〝断罪〟の言葉の本質は、罪を両断して消し去ることではない。それは罪と、それを犯した人間との因果を断つことにある。閻魔様の裁きを受けた人間は、そこでようやく己の罪から解放され、それを贖い、償いをすることが出来る。そう、人はどんな大罪を犯しても、最期には閻魔様によってその罪から救われ、報われる為の機会を与えてもらえる。だけど、四季様……」
そこで、小町が自分の両膝を抱えるように座り直した。
「四季様は……」
声が僅かに上ずり始めている。
私はもう何も言えなくなって、彼女の言葉を待った。
「……そんな人達を地獄に送ってしまうことに……罪の意識を感じていらっしゃったのでしょう……?」
そしてそのまま、小町は大粒の涙を溢して泣き出した。
「人は……最後には閻魔様に罪を赦してもらえるのに……四季様のその罪の意識は…………一体誰が赦してあげられるんですか……?」
嗚咽混じりの小町の声に、私も涙を堪え切れなくなってしまっていた。
彼女が肩を小さく震わす。
私のことを想って涙を流す。
そのことがとても嬉しくて、でもどこか情けなくて。
私は激しく込上げてきた感情を、どう表していいのか分からずに、只々奥歯を噛み締めていた。
本当は、「ずっと誰かに分かってもらいたかった」と言いたかった。
「ずっと一人で苦しかった」と、そのまま彼女に泣き付きたかった。
それは、彼女の言ったことはまさに、私の心そのものだったのだから。
だけど同時に、心の中の何かがそれの邪魔をする。
閻魔としての矜持だろうか。
上司としての建前だろうか。
人に見せられない弱味を見られた、自分への皮肉だろうか。
どうにか平常心を装いながら、私は尋ねた。
「でもどうして、貴女がそれで泣かなければならないのですか?」
けれど、そんな私の足掻きも、結局は無駄なものになった。
「だって……こんなにも誰かの為に苦しむことの出来る人が……誰にも自分の苦しみを理解されないなんておかしいじゃないですか……!」
秘かに涙を必死に噛み殺していた私に、小町の方から私に抱き着いてきた。
彼女の両の腕が、私の肩に回される。
私の顔は彼女の胸に押し付けられて、頭の上から彼女の涙がポタポタと落ちてくるのが分かった。
これじゃあもう、閻魔も形無しだなと漠然と思った途端、私は自分の頬にようやく熱いものが流れ出したのを感じた。
その後はもう、涙は止めどなく溢れて止まることがなかった。
「……四季様」
私を呼ぶ小町の声が聞こえる。
私は彼女の腕の中で、彼女の服を掴んでそれに応えた。
「……もっと自分を……赦してあげて下さい……」
私はどうにか、小さく頷いた。
そのままどれくらいの時間が経ったのかは分からない。
気が付くと、私は小町と一緒に彼岸花に囲まれて眠っていた。
腫れぼったい目元を擦りながら、私はまだどこか微睡んだ気持ちでぼんやりと考えた。
『もっと自分を赦してあげて下さい』。
小町のその言葉が、唐突に思い起こされた。
彼女に嘘は吐きたくない。
ならば私は、自分自身を赦す為に何が出来るのか?
そういえば、明日は仕事も休みだった。
そこで私は閃いた。
それから時は経ち――。
「貴女は〝無能〟と呼ばれた死神でしたが、あの時私は、貴女は実はとても〝有能〟な死神なのだと感じましたよ」
「あはは~……」
四季様の言葉に、アタイは思わず照れ笑いを浮かべた。
止めてくれ。恥ずかしくて、アタイ死んじゃう。
「でも四季様も、あの時はあんなに泣いて……」
そこでアタイはそう反撃に打って出たものの、四季様は平然とした表情で、
「そりゃあ私だって泣きますよ」
そして四季様は、アタイにとびきりの笑顔を向けて言った。
「〝有能〟な死神の貴女なら、そのことを誰よりも理解してくれている筈でしょう?」
「いや~、あはははははははは……」
これが所謂褒め殺しか……。
勤勉かつ〝有能〟な死神であるアタイに、休日など存在しない。
それは休みの日になると、四季様がアタイを連れて幻想郷の住人を相手に説教をしに行くからだ。
そしてそれを最後まで見届けるのが、アタイの役目。
〝罪人〟を、最後に見送る死神のとしての、大切な仕事。
すっかり寝過ごしてしまった。
アタイが気が付くと、晩夏の太陽は西方の山々の稜線に沈み、空には仄暗い夜の帳が降り始めていた。
木陰でのちょっとした昼寝のつもりだったのだが、お盆の直後ということもあって疲れていたのだろうか。
上司への上手い言い訳に考えを巡らせながら、アタイは彼岸への帰路を急いだ。
この時期になると、無縁塚に一斉に咲き乱れる彼岸花の中を小走りに進む。
静かに風に戯れる彼岸花は夏の残暑のことなど露知らず、時間に急かされるアタイの心を宥めているようにも思えた。
と、雄大に広がる赤い絨毯の真ん中に、アタイは一人の人影を見付けて立ち止まった。
一瞬、アタイはそれを幽霊か何かかと勘違いした。
何故なら、こちらに背を向けて立ち尽くすその人の姿が、あまりにも悲しげだったから。
しかしすぐに、アタイはそれが紛れもない〝楽園の最高裁判長〟四季映姫・ヤマザナドゥであると気が付いた。
他の何にも見間違いようのない装飾過多の帽子に、深緑の髪。是非曲直庁の定める濃紺の制服に身を包んだ四季様は、自分の肩を抱くような姿勢でその場に立っていた。
アタイはその背中に、声を掛けるべきか迷った。
その頃のアタイは、四季様とこれといった接点は無かった。
あくまでも閻魔と死神。上司と部下の関係であり、普段からも事務的な会話程度しかしたことがない。
よく職務の怠慢を注意されることはあるが、それでも、その関係の枠の中に留まった範囲でしかなかった。
更にどこか項垂れるように俯く今の四季様の立ち姿は、日頃から見せる彼女の姿とは随分と違って見えた。
荘厳ささえ漂わせる、威厳と深い慈しみを湛えたいつもの彼女の姿はそこには無く、どこか頼りないその背中は、まるで往き場を失った只の少女のようだった。
これは彼女にとっての、自分が踏み込んではいけない領域の出来事であるような気がして、アタイは口を噤んだ。
今日は何も見なかったことにしよう。
アタイはそう心に決めて、四季様の後ろ姿に背を向けようとした。
すると四季様が、一言ぽつりと言葉を漏らした。
途端に少し大きめの風が、再思の道の方から強く吹き抜けてきて彼岸花の群れをざわめかせた。
アタイは一旦はその場に踏み止まったものの、息を吐いて、すぐにその場を後にした。
そう、アタイは何も見ていないし、聞いてもいない。
あれは彼岸花の揺れる音が、たまたまそう聞こえただけだ。
アタイは首を振った。
でももし、今のが聞き間違いでなかったとしたら――。
彼女はさっき、「ごめんなさい」と言ったのだ。
それから時は経ち――。
勤勉かつ有能な死神であるアタイに、休日など存在しない。
それは休みの日になると、四季様がアタイを連れて幻想郷の住人を相手にお説教をしに行くからだ。
「今日は守矢神社に行きましょうか、小町」
再思の道を進む道すがら、アタイの横を歩く四季様はそう切り出した。
戦士は戦場でこそ輝けるのだ。ちくしょう。
アタイは今日もふいになった休みを惜しみながら、渋々と頷いた。
「守矢はここ最近の騒動の、いつも中心にいますからね」
などと同意したように、言葉を返すのも慣れたもの。
四季様は、一度これと決めたらアタイの考えなど聞いてはくれない。
尤も、この場でアタイの思い付く考えなど、「人里の茶屋でお茶でもして行きましょうよ」くらいのものなのだが。
すると、そんなアタイの胸中を見抜いたのか、四季様がアタイのことをじっと睨んだ。
「小町。貴女今、そんなことより人里の茶屋でお茶したいなんて考えていませんでしたか?」
おぉ、今日は一段と鋭いな。
そもそも閻魔に嘘は通用しない。
アタイは誤魔化すように作り笑いを浮かべながら、
「あ~、バレました~? はは……」
「はは、じゃありませんよ。まったく」
四季様は怒ったように言うと、腕を組んで、
「しっかりしてくださいよ小町。こうして幻想郷にお説教に訪れる切っ掛けを作ったのは、貴女なんですからね」
四季様に言われて、アタイは「うっ」と声を漏らした。
うわ~。その手で来たか。
「その話は勘弁して下さいよ」
アタイが思わず狼狽した声を上げると、四季様は悪戯っぽく微笑んで、
「いいえ。私は今でもハッキリと覚えていますよ。あの日、貴女が私に言ってくれたことを――」
それは私――四季映姫が、閻魔になって数百年が経った頃の話。
抱え切れないある想いを胸に携えて、今日も私はその場所を訪れていた。
一面に咲き誇る彼岸花によって、赤く彩られた無縁塚。
ここに来ると、自然と心が落ち着いた。
近くに人の姿は無い。
私はいつも通りに彼岸花の群生するその中を進み、やがて立ち止まった。
私の視線の先、いつも私がそうしている場所に、誰かが一人で立っている。
その人物はまるで私を待ち構えているかのように、こちらをそっと見据えていた。
目の醒めるような赤い髪に、肩に掛けられた大鎌。私を見下ろすようなその長身の女性は、死神の小野塚小町だ。
その姿を確認するや、私は途端に苛立ちを覚えた。
小野塚小町と言えば、他の閻魔や死神達の間でも、相当な〝サボり魔〟として有名だった。
実際、彼女の勤務態度や実績は杜撰なもので、一部界隈からは〝無能〟とも揶揄されるほど。
その彼女が、自分の仕事も放ったらかしてここで何をしているのか。
返答次第では、今日はきつく灸を据えてやろうと考えて、私は小町の前に進み出た。
しかし、意外なことに先に口を開いたのは小町の方だった。
「お待ちしていましたよ、四季様」
「……それはどういう意味ですか?」
本当はすぐにでも食って掛かろうと思っていたのだが、小町のいつもと違う態度に気が付いた私は、慎重に言葉を選んで返した。
今の彼女は、仕事をサボっていたところを自分の直属の上司に見付かったのにも関わらず、それを後ろめたく感じているような様子は微塵も感じられなかった。
寧ろどこかサッパリとした顔付きで、静かな目でこちらを見る彼女の眼差しに、私はいつの間にかすっかり牙を抜かれてしまっていた。
少し間があって、小町は答えた。
「きっと今日も来ると思って」
その言葉に、私は内心でドキリとした。
それは私自身までもが、自分の仕事を放置していたと部下に勘繰られる理由を作ってしまっていたからではなく(正確には、私はちゃんと自分の仕事を終わらせてからここに来ている)、今の小町の瞳は、私の心の奥底すらも見透かしているかのように感じられたからだった。
「実は、アタイは四季様がずっと前から、こうして無縁塚に来ていたのを知っていたんですよ」
案の定とも思える、小町の言葉。
つい口籠る私に、彼女は続けた。
「少し話せませんか? 四季様」
それから私達は連れ立って、無縁塚の辺に来ていた。
日はすっかり沈み、夕闇が空を支配している。
「初めて四季様をここで見掛けた時も、こんな感じでした」
私の隣に何気ない様子で座り込んだ小町は、そう切り出した。
「あれからアタイも、色々と考えたんです。なんで四季様がここにいたのか。なんで、あんなことを言っていたのか」
「やはり聞かれていましたか……」
そこで私も観念して、私も小町の隣に座った。
「はい。それで、ようやく答えが出たんです」
小町の言葉に、私は自分の胸の内を明かされる覚悟を決めた。
そして彼女は語り始めた。
「人は死後、三途の川を渡り、彼岸で閻魔様の裁きを受けます。善人は成仏して天界へ往けますが、罪人は罰せられます。ですが、ある意味で罰は赦しでもある」
彼女の紡ぐ言葉の一つ一つが、私の胸に染み入るように入ってくる。
あぁ、彼女は本当に気付いてしまったのだな、と、私の中で不安が確信に変わっていった。
「〝断罪〟の言葉の本質は、罪を両断して消し去ることではない。それは罪と、それを犯した人間との因果を断つことにある。閻魔様の裁きを受けた人間は、そこでようやく己の罪から解放され、それを贖い、償いをすることが出来る。そう、人はどんな大罪を犯しても、最期には閻魔様によってその罪から救われ、報われる為の機会を与えてもらえる。だけど、四季様……」
そこで、小町が自分の両膝を抱えるように座り直した。
「四季様は……」
声が僅かに上ずり始めている。
私はもう何も言えなくなって、彼女の言葉を待った。
「……そんな人達を地獄に送ってしまうことに……罪の意識を感じていらっしゃったのでしょう……?」
そしてそのまま、小町は大粒の涙を溢して泣き出した。
「人は……最後には閻魔様に罪を赦してもらえるのに……四季様のその罪の意識は…………一体誰が赦してあげられるんですか……?」
嗚咽混じりの小町の声に、私も涙を堪え切れなくなってしまっていた。
彼女が肩を小さく震わす。
私のことを想って涙を流す。
そのことがとても嬉しくて、でもどこか情けなくて。
私は激しく込上げてきた感情を、どう表していいのか分からずに、只々奥歯を噛み締めていた。
本当は、「ずっと誰かに分かってもらいたかった」と言いたかった。
「ずっと一人で苦しかった」と、そのまま彼女に泣き付きたかった。
それは、彼女の言ったことはまさに、私の心そのものだったのだから。
だけど同時に、心の中の何かがそれの邪魔をする。
閻魔としての矜持だろうか。
上司としての建前だろうか。
人に見せられない弱味を見られた、自分への皮肉だろうか。
どうにか平常心を装いながら、私は尋ねた。
「でもどうして、貴女がそれで泣かなければならないのですか?」
けれど、そんな私の足掻きも、結局は無駄なものになった。
「だって……こんなにも誰かの為に苦しむことの出来る人が……誰にも自分の苦しみを理解されないなんておかしいじゃないですか……!」
秘かに涙を必死に噛み殺していた私に、小町の方から私に抱き着いてきた。
彼女の両の腕が、私の肩に回される。
私の顔は彼女の胸に押し付けられて、頭の上から彼女の涙がポタポタと落ちてくるのが分かった。
これじゃあもう、閻魔も形無しだなと漠然と思った途端、私は自分の頬にようやく熱いものが流れ出したのを感じた。
その後はもう、涙は止めどなく溢れて止まることがなかった。
「……四季様」
私を呼ぶ小町の声が聞こえる。
私は彼女の腕の中で、彼女の服を掴んでそれに応えた。
「……もっと自分を……赦してあげて下さい……」
私はどうにか、小さく頷いた。
そのままどれくらいの時間が経ったのかは分からない。
気が付くと、私は小町と一緒に彼岸花に囲まれて眠っていた。
腫れぼったい目元を擦りながら、私はまだどこか微睡んだ気持ちでぼんやりと考えた。
『もっと自分を赦してあげて下さい』。
小町のその言葉が、唐突に思い起こされた。
彼女に嘘は吐きたくない。
ならば私は、自分自身を赦す為に何が出来るのか?
そういえば、明日は仕事も休みだった。
そこで私は閃いた。
それから時は経ち――。
「貴女は〝無能〟と呼ばれた死神でしたが、あの時私は、貴女は実はとても〝有能〟な死神なのだと感じましたよ」
「あはは~……」
四季様の言葉に、アタイは思わず照れ笑いを浮かべた。
止めてくれ。恥ずかしくて、アタイ死んじゃう。
「でも四季様も、あの時はあんなに泣いて……」
そこでアタイはそう反撃に打って出たものの、四季様は平然とした表情で、
「そりゃあ私だって泣きますよ」
そして四季様は、アタイにとびきりの笑顔を向けて言った。
「〝有能〟な死神の貴女なら、そのことを誰よりも理解してくれている筈でしょう?」
「いや~、あはははははははは……」
これが所謂褒め殺しか……。
勤勉かつ〝有能〟な死神であるアタイに、休日など存在しない。
それは休みの日になると、四季様がアタイを連れて幻想郷の住人を相手に説教をしに行くからだ。
そしてそれを最後まで見届けるのが、アタイの役目。
〝罪人〟を、最後に見送る死神のとしての、大切な仕事。
これからぜひ頑張ってください。
小町かっこいい!
とても優しい二人ですね。
これからも、応援しています。
サボりキャラという印象があるから余計にかっこよく見えるのかな
こまえーき少ないから嬉しいです
次回作も頑張ってください
内容濃くてよかった!