「……なさい……。起きなさい!」
「うわっ!」
――世界は真っ白。徐々に視界が晴れてくる。
私は、門の外に立っていた。
目の前には腕を組み私を睨むメイド長の咲夜さん。
ああ、これはやってしまった……。
「自分が今何をしていたか、自覚はあるのでしょうね?」
「えっと、その……。すいません、なにもせずに寝ていました。」
急いで頭を下げる。
深くため息をつく紅魔館のメイド長。
「最近、居眠りしているところをあんまり見ていなかったから、少しは感心していたのに。」
「あの、本当にすいません。なんせ春の陽射しが気持ちよかったもので……」
季節は弥生。ほんの1週間前までは寒くて昼寝どころではなかったが、
今ではついウトウトしてしまう陽気になっていた。
「まあ、今日のところは見逃すわ。」
「あれ? 珍しく優しいですね。」
「さっき言った、最近のあなたの頑張りに免じて、よ。次は容赦しないけど。」
と言いながら微笑むと、咲夜さんは踵を返して紅魔館の玄関へ向かった。
なんだ咲夜さんにも人間の心はあったのか。なんて考えていると、
約10メートル歩いた、人間の心があるらしい咲夜さんが振り向いた。
「そういえばそこの花壇、また荒らされているわよ。」
指差す先には、ここからは確認しづらいが確かに周りと様子が異なる花壇があった。
「ああ気が付きませんでした。すぐに直しておきます。」
任せたわ、と言うか言わないかのうちに咲夜さんは音を立てずに姿を消した。
太陽は私の頭上、真南の方角にあった。
該当の花壇へ向かうと、確かに踏み荒らされていた形跡があった。
今回の被害者は赤のアスター。最近の陽気に騙されてか、もう花を咲かせていた。
無造作に荒らされた様子。しかし犯人像が掴めない。悪意が溢れた荒らし方でもなければ、全くないわけでもない。
誰がともあれ、せっかくのお花を荒らすのはやめてほしいものである
踏まれてから時間が経っているらしく、花の色は暗くなっていた。
うーん、これはもうだめかもなあ。植え替えますか。
ちょうどペチュニアの種が庭の隅の倉庫にあったはずなので、シャベルを取りに行くついでに向かう。
立てつけが悪くガタガタの倉庫の扉を開け、中を見渡す。
あった、右奥隅。バケツにシャベルが3本。ほこりをかぶっている。最後に使ったのはいつだったか。
ペチュニアの種の袋は、バケツの隣のケースに入っていた。
バケツにそれを入れ外へ運び、扉を閉めガタガタと閉めて、ちょっと休憩。
アスター、か。
あれ? アスターの花言葉ってなんだっけ?
――世界は真っ白。徐々に視界が晴れてくる。
私は門の外に立っていた。
違和感。私、倉庫にいたよね?
瞬間移動? 記憶が飛んでしまった? お庭いじりに記憶が飛ぶほど熱中?
そこまで楽しいものだっけ。そりゃ門の前で立っているよりはマシだけど……。
考えても答えが出ない。とりあえず例の花壇を確認しに行く。
しかし、花壇には全く荒らされた跡はなく、ペチュニアの種を蒔いた様子もなかった。
それどころか踏み荒らされた赤のアスターの姿も。
代わりにあったのはエンドウ。
エンドウ? エンドウなんて植えていたっけ? 身に覚えがない。
湧き上がる多くの疑問に立ち尽くしてしまった。
「こんなところでなにしてるの?」
不意に声をかけられ我に戻る。隣には咲夜さんがいた。
「あ、えっと、ここにエンドウなんてありましたっけ?」
「うーん、はっきりとはわからないけど、この花壇から違和感がしないし前からあったんじゃない。」
咲夜さんが言うならそうなのかな……。私は違和感バリバリだけど。
「それより美鈴、お昼できたわよ。中に入りなさい。」
「へっ!?」
今、彼女はなんと言っただろうか。
「いや、だからお昼できているわよ。」
『お昼できたわよ。中に入りなさい。』だって?
なんと! なんと! なんと!
記憶の次は耳までおかしくなってしまったらしい。
今までにこんな優しき御言葉を咲夜さんのお口から拝聴したことはあっただろうか。
それも室内で食べられるなんて。
お昼といえば毎日弁当。いや弁当はいいのだけれども、問題は基本的に昼寝の罰でお昼抜きという事。
寝ている私が悪いのだけれども。
嗚呼、目の前のメイド長が、私には仏様に見えます。
「あら? いらないのかしら。それなら別にいいけど。」
「いえ、いります! 咲夜さん大好きです!」
ボフッ。嬉しくて咲夜さんに抱きついた。
「っえ、っちょ、やめなさっ!」
――世界は真っ白。徐々に視界が晴れてくる。
私は門の外に立っていた。
けど今度は目の前に咲夜さんが立っている。
違和感はするものの、今はそれより、
「咲夜さん!早くお昼を食べに行きましょう!さあさあ!」
咲夜さんの手を取り、門をくぐろうとする。が、咲夜さんは銅像のように動こうとしない。
「どうしたんですか? 早く行きま――」
「昼寝をしていた分際で何を言っているのかしら……?」
背筋がゾクッとする、低く冷たい一撃。顔は笑っているが、目は笑っていない。
これはかなり怒っている。なんで? さっきまではあんなに優しかったのに。
しかし、昼寝……?
「でも咲夜さんが、お昼ができたから中に入れって。」
「まだ寝ぼけているの?」
「ね、寝ぼけていませんよ! さっき咲夜さんの口からしっかり聞きまし――」
「そんなに夢の中のことが大事なら、睡眠の邪魔をするお仕事を辞めさせてあげましょうか?」
今まで一番恐れていた言葉から、お腹のあたりをドスッと、重たいもので殴られたかのような衝撃を受ける。
脂汗が滲み出てくる。
「えっ、そんな――」
「あなたはクビ。もう来なくていいわ。それじゃ、さようなら。」
「ちょっと待ってくださいよ! 咲夜さん!」
慌てて腕を掴んだが、強く振りほどかれ尻もちをつく。
ガッチャン。
咲夜さんが門に鍵を閉めた。そして紅魔館へ歩き始める。
「咲夜さん!咲夜さん!咲夜さあああああああああああん!」
門越しにいくら名前を呼んでも私をチラリともこちらを見てくれない。
10秒ほどたつと歩みを緩め、途中で振り返ったかと思うと時間を操り、姿を消した。
しばらくの間、固く閉ざされた門の外から紅魔館を眺め、茫然としていた。どれくらい経っただろうか。
気がつくと、咲夜さんが最後に居た場所には、萎れた黄色いスイセンが落ちていた。
――世界は真っ白。徐々に視界が晴れてくる。
私は門の外にいた。
頬には涙が一筋流れていた。
とうとう無職になってしまった。
これからはどう生きていこう。
どうしようもなくぼーっとしていると、すぐそこに氷精がいるのに気付いた。
しゃがんで話しかけようとすると、氷精が季節外れの凛々しく咲くジンチョウゲの花を手に持っていることに気付く。
「私、とうとうクビになっちゃいました。」
「首がどうかしたの?」
「見ていませんでしたか? 咲夜さんに怒られていたでしょ?」
「ちょっと前からいたけど、あんたは寝てたわ。」
寝ていた?
「寝ていたんですか? 大きな声とか出してはいませんでしたか?」
「なんか、夢見てて楽しそうだった!」
夢?
「どんな風にですか?」
「うーんとね、急に誰かに謝ったかと思ったら、今度は笑顔で抱きついて、最後は泣いてた!」
どういうことだろうか。
それってまるで、花壇の件からの私の行動じゃないか……。
私は夢の中で夢をみていた……?
気味が悪い。そんなおかしな話があるのだろうか。
しかし、もし私が夢をみていたとするならば、花壇も咲夜さんの機嫌が一変したのも説明がつく。
じゃあ私は、誰かに荒らされた花壇を修復するために倉庫へ行った夢から醒めた私が
咲夜さんにお昼を作ってもらった夢から醒めた私が居眠りが原因で咲夜さんに門番をクビにされる夢をみていたってこと?
もうなにがなんだかわからない。
頭が混乱してきたので、思考を停止して空を見上げる。
空に浮かぶ太陽は、花壇の夢で見たときと同じ場所にあった。
花壇の時からもう1時間は経つだろうか。
夢でなかったらもう沈みかけていてもいいはず。
やっぱり今までのは……夢……?
世界が暗転した。
意識がぼんやりとする。
ここは端が見えないほど真っ暗。かつ、何もない。
どこからか微かな声がする。
「二…………イ」
私の前方、少し遠くに何かが落ちているのが見えた。
何だろうか。そこへ向けて歩き出す。声は次第に大きくなる。
「ニ……サ……イ」
着いた。
落ちていたのは、花だった。
細い茎に小さな葉。
そのか細い姿の頭には、申し訳なさそうに、とても小さく咲く花がついている。
だが、申し訳なさの中に、少しの恨みがましさがあるような……。
花の一つ一つが目にみえた。目は、私をじっと見つめていた。
ヤブジラミ……だろうか?
ヤブジラミの花言葉は……。
その時、微かな声が、はっきりと聞こえた。
「ニガサナイ」
――世界は真っ白。徐々に視界が晴れてくる。
私は、門の外に立っていた。
結局、そのループ(?)夢の正体が何だったのかわかればもっとよかったかも
(妖怪?花の恨み?)
ホラー(?)だからわからない方がいいのかもしれないが
はてさて本当の現実は何処なのやら
花言葉は読者の共通知識ではないから理解の道筋が大分苦しい
この作風で行くなら、その手の怪奇小説から登場人物や地の文にうまく語らせるコツを学ぶのが一番
でもこういうのも良いと思いました
ループ系は結構好きなので中々引き込まれましたが、ところどころ雑だなあと感じてしまう部分があったのが残念
花の呪いか、妖怪の類か、もっと恐ろしいなにかなのか