魂魄妖夢は、己の命を絶つ方法を考えていた。
幾度とない死線を乗り越えてきた。修羅仕様の肉体はいつの間にか、自ら命を絶つことさえも難しくなっていた。
妖夢が命を絶とうと決めたのは先程の瞬間、誤って西行寺幽々子の魂を断ち切ってしまったからだ。
誤ってというのも可笑しいが、妖夢は自らの剣が幽々子を殺してしまう程、洗練されたものになっていたと知らなかった。
開眼というのは一夜の覚醒で容易にもたらされてしまうらしく、いや、無論妖夢は、狂気に身を落とさねば到底、辿り着けないような極地を歩むこと幾星霜、その先でようやく、霊魂の管理者を一振りで殺す程の剣を手に入れたわけだが。
とにかく昨日は死ななかった幽々子が、今日、死んだのである。
「腹を捌くか――」
名も無き数打ちの安い脇差を、臍にあてがい静かに、腹を貫く。
しかし不可解なことが起こる。傍目には妖夢の背から脇差の先が出ているのだが、血や脂の一片も其処にはない。明かりを跳ね返し輝く刀身は、持つ者の力量を象徴するかのように、ただの数打ちでありながら、千年を跨いでも錆び一つ付かない、比類なき名刀が如く存在していた。
達人を超えた身分では、もはやその刀をどう扱おうが、少なくとも己が振るった剣で於いて、自らの身に傷が付くことはなくなっていたのだ。
「首を狩るか」
数打ちを鞘に収め、また脇に差した二本の刀を外し、身一つとなって胡座をかいた。
腿に握った拳を置き、やや、前傾に身体を倒して目を瞑る。その側に、妖夢の分身が顕現した。
半霊。もはやその存在感は一人前の霊を超えて、一つの種族として存在しようとしている。言うなれば、妖夢という人間が一人に、魂魄という幽霊が一人。
普段はそれこそ、勾玉を崩したような姿で存在しているが、一度その姿を安定させると、幾らか前の半透明で朧気な存在と違う、其処にもう一人の魂魄妖夢が存在しているかのような姿で在る。
魂魄は、妖夢が側に置いた刀から、楼観剣を拾い上げて鞘を取った。
刀身は染み込んだ血化粧のようである。
上段に構えた。
余りに仰々しく、微細の震えもない構えから発される剣気は、その正面に立ち入ることの結果が死であることを脳が理解しても、魂魄が構える刀に一歩でも近付き、五感でそれを堪能したいと、思ってしまう程に芸術的だった。
が、それより後が続かない。
その剣が振り下ろされた先に――妖夢の死が転がっていることを想像出来なかったからだ。
ただの無防備でさえも、妖夢の前では一つの護身、構えとなっていた。
幾千もの未来が見える。どれもこれも、振り下ろされた刀を妖夢は避け、あるいは受けて、自らに失望するだろうということしか。
そうして魂魄は八相の構えを取った。
「……どうしたものか」
「本当にどうしたの」
その声は妖夢の前方から投げかけられた。魂魄は刀を地に置くとそのまま、勾玉状に姿を変えた。
八雲紫だった。
「紫さま。不肖、魂魄妖夢。この手で主、西行寺幽々子を殺めてしまいました。介錯の方法を、考えていたのです」
「まあ……貴女が、幽々子を?」
紫の用事も、幽々子の件に違いなかった。きっと、突然消えた親友の気配を気にしてだろう。
「心が弱いのか、自害は叶いませんでした。どうか、幽々子様の旧友である紫さまに、介錯をお願いしたいのですが」
「そう、ね。まだ余り、漠然としていて、何が何だか、って、まあ久々の気分だけれど――」
紫は指を立てて言った。
「幽々子は解き放たれた。全ての枷から、幸せに向かって」
そして妖夢は、首を傾げた。それに関わらず、紫は続けた。
「それが私の介錯」
暫し頭を抱え込んだ妖夢だったが、ふと合点が行き、成る程と呟いて顔を上げた。
「それならば私は、もう暫く生きようと思います」
それから妖夢は、西行妖が枯れ行くまで、白玉楼での修行に精を出した。
その後を知る者は居ない。ただある時、決して破かれるはずがなかった博麗の大結界に一部、人が二人だけ通れる程度の切り傷が出来て、それを紫が直したのだった。
妖夢が最後どこへ向かったのか。すごい気になります。
静かで無駄がない
まるで成長した妖夢のようだ