Coolier - 新生・東方創想話

介錯の方法

2013/02/09 11:11:33
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 魂魄妖夢は、己の命を絶つ方法を考えていた。
 幾度とない死線を乗り越えてきた。修羅仕様の肉体はいつの間にか、自ら命を絶つことさえも難しくなっていた。
 妖夢が命を絶とうと決めたのは先程の瞬間、誤って西行寺幽々子の魂を断ち切ってしまったからだ。
 誤ってというのも可笑しいが、妖夢は自らの剣が幽々子を殺してしまう程、洗練されたものになっていたと知らなかった。
 開眼というのは一夜の覚醒で容易にもたらされてしまうらしく、いや、無論妖夢は、狂気に身を落とさねば到底、辿り着けないような極地を歩むこと幾星霜、その先でようやく、霊魂の管理者を一振りで殺す程の剣を手に入れたわけだが。
 とにかく昨日は死ななかった幽々子が、今日、死んだのである。

「腹を捌くか――」

 名も無き数打ちの安い脇差を、臍にあてがい静かに、腹を貫く。
 しかし不可解なことが起こる。傍目には妖夢の背から脇差の先が出ているのだが、血や脂の一片も其処にはない。明かりを跳ね返し輝く刀身は、持つ者の力量を象徴するかのように、ただの数打ちでありながら、千年を跨いでも錆び一つ付かない、比類なき名刀が如く存在していた。
 達人を超えた身分では、もはやその刀をどう扱おうが、少なくとも己が振るった剣で於いて、自らの身に傷が付くことはなくなっていたのだ。

「首を狩るか」

 数打ちを鞘に収め、また脇に差した二本の刀を外し、身一つとなって胡座をかいた。
 腿に握った拳を置き、やや、前傾に身体を倒して目を瞑る。その側に、妖夢の分身が顕現した。
 半霊。もはやその存在感は一人前の霊を超えて、一つの種族として存在しようとしている。言うなれば、妖夢という人間が一人に、魂魄という幽霊が一人。
 普段はそれこそ、勾玉を崩したような姿で存在しているが、一度その姿を安定させると、幾らか前の半透明で朧気な存在と違う、其処にもう一人の魂魄妖夢が存在しているかのような姿で在る。
 魂魄は、妖夢が側に置いた刀から、楼観剣を拾い上げて鞘を取った。
 刀身は染み込んだ血化粧のようである。
 上段に構えた。
 余りに仰々しく、微細の震えもない構えから発される剣気は、その正面に立ち入ることの結果が死であることを脳が理解しても、魂魄が構える刀に一歩でも近付き、五感でそれを堪能したいと、思ってしまう程に芸術的だった。
 が、それより後が続かない。
 その剣が振り下ろされた先に――妖夢の死が転がっていることを想像出来なかったからだ。
 ただの無防備でさえも、妖夢の前では一つの護身、構えとなっていた。
 幾千もの未来が見える。どれもこれも、振り下ろされた刀を妖夢は避け、あるいは受けて、自らに失望するだろうということしか。
 そうして魂魄は八相の構えを取った。

「……どうしたものか」
「本当にどうしたの」

 その声は妖夢の前方から投げかけられた。魂魄は刀を地に置くとそのまま、勾玉状に姿を変えた。
 八雲紫だった。

「紫さま。不肖、魂魄妖夢。この手で主、西行寺幽々子を殺めてしまいました。介錯の方法を、考えていたのです」
「まあ……貴女が、幽々子を?」

 紫の用事も、幽々子の件に違いなかった。きっと、突然消えた親友の気配を気にしてだろう。

「心が弱いのか、自害は叶いませんでした。どうか、幽々子様の旧友である紫さまに、介錯をお願いしたいのですが」
「そう、ね。まだ余り、漠然としていて、何が何だか、って、まあ久々の気分だけれど――」

 紫は指を立てて言った。

「幽々子は解き放たれた。全ての枷から、幸せに向かって」

 そして妖夢は、首を傾げた。それに関わらず、紫は続けた。

「それが私の介錯」

 暫し頭を抱え込んだ妖夢だったが、ふと合点が行き、成る程と呟いて顔を上げた。

「それならば私は、もう暫く生きようと思います」

 それから妖夢は、西行妖が枯れ行くまで、白玉楼での修行に精を出した。
 その後を知る者は居ない。ただある時、決して破かれるはずがなかった博麗の大結界に一部、人が二人だけ通れる程度の切り傷が出来て、それを紫が直したのだった。

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コメント



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2.80フラン人形削除
切ない話でした。もう少し説明が欲しかった気がしますがショートショートとしては正しい文章量だと思いますし、剣を極めたために守るべき主を失ったみょんの気持ちを考えるとただただ切ないです。
5.90名前が無い程度の能力削除
かいしゃく、ですかね。
妖夢が最後どこへ向かったのか。すごい気になります。
6.90名前が無い程度の能力削除
こういうの好きです
8.90名前が無い程度の能力削除
文体が美しい
静かで無駄がない
まるで成長した妖夢のようだ
9.80奇声を発する程度の能力削除
雰囲気が好みでした
10.100名前が無い程度の能力削除
妖夢の境地を思うと、ただただ切なくなった。
11.80euclid削除
頭があまりよろしくないので序盤の開眼の下りを読み解くのに難儀しましたが、全般的には洒落ていてとても読みやすかったです。
13.90さとしお削除
妖夢の剣の腕の表現がすごい格好良くて、きっちり締まってて好きです。
31.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい
34.70名前が無い程度の能力削除
達人の中の達人になった妖夢は意識せずとも苦しんでいた主人を介錯をしてしまったということか