Coolier - 新生・東方創想話

本日大図書館は休館日となります

2013/02/07 19:09:31
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「パチュリー……」
 控えめな声とともに小さく肩を叩かれてパチュリーは目を覚ました。ぼやけた視界で窓の外を見ると、暗闇に包まれている。気配でなんとなく早朝というのはわかるが。
「霊夢……?」
「ごめん……」
 パチュリーが隣で眠っている霊夢に声をかけると、返ってきたのは謝罪の言葉だった。
「どうしたの?」
「修行の時間なんだけどね……」
「うん」
「その……」
 霊夢が申し訳なさそうな顔をして、ベッドの中の右手を動かす。
 すると、なにか金属の感触とともにパチュリーの左手が引っ張られた。
「え!?」
 思わずパチュリーは声をあげてしまう。
 霊夢はコクンとうなずくだけだった。いや、こっちはぜんぜん状況を理解できてないけど。
 寝起きのためか、パチュリーの頭はまったく働いてくれない。そんな混乱しているパチュリーの手を、霊夢がやさしく握った。柔らかくて暖かいなぁ……、なんて考えていると、そのまま引っ張られる。
 布団から出てきた二人の手は、金色の手錠で結ばれていた。
「こういうわけなの」
「誰よ? やったの」
「まぁ、イタズラ程度でしょ。誰がやったかは知らないけど」
「窓の鍵、閉めておくべきだったわね」
「いまさら悔やんでもしょうがないわよ。それで、ちょっと申し訳ないんだけど……」
「修行?」
「うん。ごめんね。最低限で済ませるから」
「いいわよ。気にしなくて」
 そう言って、パチュリーは霊夢と一緒に体を起こす。冬の早朝の空気は、部屋の中にいてもひんやりとしていた。


☆☆☆


 パチュリーの部屋の空気は、いつになく張りつめていた。それはおそらく、隣で正座をしている霊夢が醸し出す空気のためだ。今の霊夢のそばでは、イタズラ好きの妖精たちでもお行儀よくしているだろう。
 部屋の緊張が最大に達した瞬間、霊夢の手から札が飛ぶ。寸分の狂いもなく飛ぶ札は、的である木製の黒い箱に命中すると、小さな炎とともに箱を燃やしつくした。
「ふぅー」
「相変わらず凄い精度ね」
 修行を終えて一息ついた霊夢に、パチュリーは素直に感心していた。
「別にこの距離なら簡単に当たるわよ」
「そっちじゃなくて、魔力の方」
「霊力だけどね。どっちにしても慣れよ」
「そういうことを言われると、ちょっと落ち込むわね」
 実は霊夢が投げた札は修行用のもので、魔力を込めすぎると燃え上がってしまうのだ。そして、的の箱も修行用に加工されたもので、ある程度以下の攻撃では、決して壊れない。修行用の札で的を壊すには、純度の高い魔力を札に流し込む必要がある。
 以前パチュリーも試したことがあるのだが、まったく話にならなかった。その後に霊夢が軽く札を投げて燃やしてしまったときには、正直言って、かなり凹んだ。今となっては、もう霊夢の凄さは見慣れてしまったが。
「さてと、もう一寝入りでもしようかなぁ」
 そんなパチュリーの回想を知ってか知らずか霊夢は気楽そうに言った。
「また寝るの?」
「だってパチュリー、まだ眠いでしょ?」
「わたし、寝る必要ないんだけど……」
「そんなこと言ったって、十分気持ち良さそうに寝てるじゃない」
「それは霊夢が寝るからわたしも寝るだけよ」
「それじゃあ、わたしが寝たいから寝るってことで」
「何その微妙に断りにくい言い方」
「パチュリーを言いくるめる7の方法のうちの1つね」
 それじゃあ、あと6もあるのだろうか?
 パチュリーの頭の中に疑問が浮かぶが、霊夢は我関せずとばかりにベッドに向かおうとする。
「待って」
「眠い」
「寝るのは構わないんだけど、ちょっと待って」
 パチュリーは霊夢の右手の指に左手の指をそっとからませる。霊夢は不満そうについてくるが、無視して窓に術を施した。
「罠?」
「窓から入ったら、勝手に鍵がかかるようにね。さ、寝ましょ」
「パチュリーだって眠いんじゃない」
「うん。だから霊夢は気を使ってくれたんじゃないの?」
「何? さっきのお返し?」
「霊夢をいいくるめる8の方法のうちの1つよ」
 コロンとベッドに転がりながらパチュリーは言った。べつに8個も持ってないけど。霊夢が7だったので、なんとなく8と言っただけだ。
 ベッドに横になると、あっと言う間に眠気が襲ってきた。となりでは霊夢が早くも小さな寝息をたてている。
 数分後には2つの寝息がパチュリーの私室に響いていた。


☆☆☆


「霊夢って、左利きだったのよねぇ。」
 パチュリーはフォークの先を口にくわえたまま言った。目の前には器用に左手でフォークを扱ってショートケーキを食べる霊夢がいた。
「文字を書くのは右手だけどね」
「すっかり忘れてたから、食事とか食べさせなくちゃいけないと思った」
「『あーん』って?」
「『ケチャップどれくらいつける?』とか聞きながらね」
「うわ、面倒くさそう」
「ホントよね。左利きで助かったわ」
 パチュリーの言葉に、霊夢は「けっこう左利きは不便だけどねー」と言いながらイチゴを口へと運ぶ。
 霊夢は結構早くにイチゴを食べるタイプらしい。ちなみにパチュリーは最後の方に食べるタイプだ。ショートケーキにイチゴが乗っていないと寂しいし、好きなものは最後に食べるからという理由もある。
「でもさ」
 イチゴを飲み込んだ霊夢が、今度は紅茶のカップに手を伸ばしながら言った。
「こんな時間にパジャマでケーキっていうのも、なんとなく落ち着かないわよね」
「仕方ないじゃない。まさか服を切るわけにもいかないし」
「それはそうだけどねぇ。でも、なんとなく落ち着かないわ」
「落ち着かないという点は同意ね」
 手錠で繋がれて服が脱げないため、霊夢はピンク色のパジャマ、パチュリーは水色のネグリジェを着たまま過ごしていた。
 さすがに誰が来るかも分からない大図書館に行くこともできず、パチュリーの私室に鍵をかけて引きこもっている。大図書館は完全休業だ。
「パチュリーが落ち着かないのは、本を読んでないからじゃないの?」
「まぁ、たしかに今日はぜんぜん読んでないわね」
「午前中はベッドでぐっすりだもんね」
「微妙にトゲを感じる言い方ね」
「だって、トゲを入れたもの。この、サボり魔って。魔法の研究しなくていいの?」
「霊夢なんて、神社にすらいないじゃない」
「でも、わたしはちゃんと修行したわよ?」
「それはそうだけど……」
 パチュリーは言い返すことができなかった。霊夢の言っていることは正しいような気もするけど、なんとなく納得できない。
 そんなことを考えてボーッとしてしまった瞬間、霊夢の左手が延びてきて、パチュリーのショートケーキからイチゴを奪い去った。
「ちょっと、何するのよ!」
「いや、食べないからいらないのかなぁー、って」
「霊夢、分かっててやってるでしょ?」
 優しい。真面目だけど面倒くさがり。実はけっこうイタズラ好き。でも攻められると弱い。
 パチュリーですら霊夢の性格をこれだけ知ったのだ。
 人付き合いの得意な霊夢がパチュリーの好きなものを最後に残すという程度の性格を知らないはずがない。
「はい、あーん?」
「えっ?」
「だから、あーん?」
 目の前でフォークに刺さったイチゴが揺れている。パチュリーは無言で乗り出すと、パクリとイチゴを食べた。
 うん。甘くて美味しい。
「なーんだ」
 パチュリーがイチゴに舌鼓を打っていると、霊夢が残念そうな声をあげた。
「なに? もしかして『えっ、あーん? しかも間接キスなんて!』とか期待してたの?」
「なんか、最近可愛げがなくなったわね、あんた。昔はすぐに真っ赤になってくれたのに」
「もうとっくに霊夢にからかわれるくらい慣れたわよ。どれくらい一緒にいると思ってるのよ?」
「ほんとに可愛げないわね」
「でも、それに比べて、霊夢は今でも可愛いわよね」
「えっ?」
 ピクンと霊夢の体が跳ねる。パチュリーは顔には出さず、心の中でニヤリと微笑んだ。霊夢は普段澄ましている分、可愛いと言われると弱いのだ。
「だって、恋人にあーんをしちゃうなんて、恋にときめく女の子みたいじゃない」
「ばっ、馬鹿じゃないの! あれは、たまたまパチュリーが言ったから!」
「そうやって、ちょっとからかうと真っ赤になっちゃうところとか」
「パチュリー……!」
「それで最後は何も言えなくて、首筋まで赤くして俯いちゃうところとか」
 完全勝利。
 目の前にはフォークを握って俯いたまま震えている霊夢。昔はよく霊夢にからかわれて、自分が今の霊夢のようになっていたものだ。
 いい昼食とおやつの時間になったとパチュリーは思った。久しぶりに霊夢の恥ずかしがる様子も見られたし。
 実は霊夢にあーんをしてもらえてちょっと嬉しかったというのは、パチュリーだけの秘密である。


☆☆☆


「ねぇ、爪切りある?」
 お昼を食べ終わって、本も読まずにぼんやりとしていると、不意に霊夢に尋ねられた。
「あるけど? 切るの?」
「ほかになにに使うのよ?」
「それもそうね」
 そっと霊夢の指と自身の指をからませて立ち上がる。いちいちちょっとした移動のときも霊夢と一緒に動かなくてはならないのは、少し面倒だ。
「ぜんぜん伸びてないじゃない」
 席に戻って霊夢の爪を見たパチュリーは、思わず言った。
 霊夢の爪は多く見積もっても1ミリくらいしか伸びてない。これではちょっとでも切りすぎてしまったら、深爪になってしまう。
「だってパチュリー、恋人つなぎするでしょ?」
「恋人つなぎ? 指をからめる手のつなぎ方?」
「そのときにわたしの爪が長かったら、パチュリーの手を傷つけるじゃない」
「わたしは気にならないけど……」
「あんたが気にしなくても、こっちが気にするのよ」
 そう言うと、霊夢は真剣な顔つきで爪を切り始める。
 パチュリーは霊夢の様子をぼんやりと眺めていた。いつもなら本を読むのだが、変に動くと霊夢が深爪をしてしまう可能性がある。
 そういえば、今日は1ページも本を読んでいない。
 パチュリーはふと思った。霊夢と出会う前ならば、絶対にあり得ないことだ。これでは、動かない大図書館の二つ名が泣いてしまう。けれども、不思議と本を読もうという気分にはならなかった。
「霊夢ぅ?」
「眠いの?」
「ううん。ちょっとぼんやりしていただけ」
「本でも読んでればいいじゃない」
「なんか、そういう気分じゃないのよねー」
「えっ?」
 霊夢はいきなり背中に冷たい手を入れられたような声をだした。そんなに驚いたのだろうか? パチュリーの顔をのぞき込むように見て目をパチパチさせている。
「そんなに驚かなくてもいいじゃない」
「いや、動かない大図書館さんがねぇ……」
「だって、のんびりしている方がいいんだもん」
「なんかわたしのサボり魔が移った?」
「そうかもね」
「否定しないのね」
「だって事実だから。霊夢といると気楽なんだもん」
「まぁ、パチュリーとは距離が取りやすいからねー」
「あ、それ凄くわかる」
 パチュリーにとって霊夢は他の誰よりも居心地がいい存在だった。
 なぜ? というのはよくわからないが、とにかく距離が取りやすかった。
 こちらが魔法の研究に没頭しているときは絶対に踏み入って来ないし、こちらに何の要求もしてこない。でも、修行や異変以外のときに話しかければ気楽に会話ができる。
 正直、居心地が良すぎて、霊夢が無理して合わせているのではないかと思うほどだ。本人は否定しているし、実際そうは見えないが。
「さてと、おしまい、っと」
 爪を切り終えた霊夢が、こぼれないように羊皮紙を折り畳む。指先の爪は綺麗に整えられていた。
「パチュリーはこのあとどうする? 夕飯は……、咲夜か小悪魔に任せるしかないかな……。申し訳ないけど」
「咲夜にでも作らせるから霊夢は気にしないで」
「ほんとに悪いわね」
「とりあえずお茶でももらう? 本を読む気分じゃないから」
「ほんとにあのパチュリーがねぇ」
「本日大図書館は休館日となります」
「じゃあ、博麗神社も休業日ね」
「週休7日のような気がするけど。ねぇ、何か面白い話ないの?」
「いきなり高いハードルね……。この前ミスティアの屋台で聞いた恋話とかならあるけど」
「また屋台いったの? γ-GTPとか大丈夫?」
「大丈夫よ。まだ238だから」
「3桁の時点で十分アウトじゃない」
「魔理沙なんか4桁よ? あ、恋話は魔理沙のだけどね」
「魔理沙は魔法の研究じゃなくて、アルコールで死にそうね……」
「まぁ、そのうち永琳に禁酒させられるでしょ。それで、魔理沙の恋話なんだけど……」
 2人の会話はお茶をはずみにどんどん転がっていく。
 のんびりとした休業日はまだまだ続くようである。



霊パチュのほのぼの話。
手錠をかけたのが誰なのかは、ご想像にお任せします。

それではここまで読んでいただきありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
琴森ありす
http://yaplog.jp/vitalsign/
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コメント



0.800簡易評価
3.90プロピオン酸削除
アルコールは何%だろうか
7.90名前が無い程度の能力削除
よかった
8.80奇声を発する程度の能力削除
雰囲気良いお話でした
9.80名前が無い程度の能力削除
ほのぼのはとてもいいのですが、
最後の会話が、ああ、幻想郷の少女だなぁ、と納得すべきか、
いやまてそれは少女の会話なのか、と突っ込むべきか迷った次第。
11.100こーろぎ削除
ほのぼのした雰囲気が好きです
霊夢、パチェどちらもとても可愛かったです!
16.80名前が無い程度の能力削除
gdgdしたバカップル空間だなぁ。
けどそのγGTPは笑えないぞ霊夢wwwえーりんが匙投げるレベルw
17.80名前が無い程度の能力削除
パチュリーなら、魔法で手錠なんか、どうとでもできそうだけどなぁと思ってしまった。
いいお話でした。
22.703削除
ゆったりとゆるい甘い話。