古明地さとりは悩んでいました。
ある心優しき物語が大好きな怨霊を送るために地底の住民たちが用意した、という伝説が由来である、伝統ある小説雑誌『地底葬送話』。
その伝説にちなんで、アマチュアの小説を随時受け付けていることで知られており、今や門戸は地上にも開かれ幻想郷随一の活気ある雑誌となっています。
その『地底葬送話』のコンペティションが記念すべき第100回を迎えるとあり、地底の権力者であり文学にも造詣が深い古明地さとりに投稿の依頼が舞い込んだのです。
彼女自身そうした創作活動を好んでいたこともあり、引き受けたのですが……
「むう。定められた形式での創作がこれほど難しいとは」
彼女が行なっていたものはあくまで趣味としての創作。
もちろん、今回の依頼もプロとしての水準のものは求められていないであろうものの、勝手が違うとなかなか難しいものがあるでしょう。
特に、難敵は『地底葬送話』のコンペティションに伝統的に付随しているお題。
自分の得意としないジャンルの作品を要求されるのはもちろん初めての経験です。
お燐などはそこまで気を張る必要はない、所詮賑やかし要員なのだから、と言っていました。
それは事実であるし正論なのですが、一方で趣味とはいえ書き物を続けてきた者としては一つ、質の高さを見せつけ驚いてもらいたいという気持ちを抱くのは自然なことでしょう。
仮にも地底の数少ないインテリゲンチャを自認しているのです。手は抜けない。もし散々な出来なものであれば、地霊殿の権威の失墜は免れない、とまで思いつめていました。
「いけませんね、これは。ちょっと気晴らしに外にでも出ましょう」
筆が止まったときの気分転換せよ、というのは一般的によく知られている事実ですし、彼女も経験的に学んでいました。
ですが、趣味でのみ筆をとってきた彼女にとってこうした正規の依頼というのは彼女が思っている以上にプレッシャーになっていたのでした。
「あの鳥居……いかにも和風ファンタジーという感じ……あっ、あの屋根はラブロマンスな感じ……」
読者の中にも『地底葬送話』や、幻想郷の外にあるという地底葬送話のパロディサイトに投稿したことがある方がおられるかと思います。
そうした方はご存知かと思いますが、物書きで気を詰め過ぎたときには周りのあらゆるものに物語を見出してしまいます。
これは誰にでもみられる現象であるのはよく知られており、もちろん、古明地さとりも例外ではありませんでした。皆様も十分お気をつけて。
「……はっ。い、いけません。休憩すると決めたんですから。気分転換しないと、気分転換」
そう言って深呼吸。
すー、はー。
( あー、あの角いい形ですねー。いかにもミステリの凶器という感じで )
「おい、さとり? どうした、ぼーっとして」
「はっ、はいなんでしょうかっ! って勇儀さんじゃないですか。いい角ですね」
「あ、ああ。ありがとう。しかし、唐突だな。何かあったのか」
「い、いや……特に他意はありません。ちょっと今悩んでまして……」
偶然出会ったのは旧知の人物である鬼の星熊勇儀さんでした。
剛毅な性格の持ち主で、こうしたときに頼りになる存在であると感じていたさとりは現状を説明することにしました。
「実は、『地底葬送話』という雑誌に寄稿する原稿に悩んでいて……」
「ああ。それなら私も頼まれたよ。さっき完成させたものを渡してきたところさ」
力が正義という面も強い地底旧都において、文字通り最強格であるゆえにリーダーとしての役割を担うことも多い星熊勇儀さん。
彼女のところにも同様の依頼が舞い込むのは自然な成り行きでしょう。その上既に書き上げているとは、相談相手として適役この上なしです。
「ふむふむ。ピカレスクものとは。なるほど、旧都を預かる勇儀さんらしいですね」
「よせやい。だいたい、旧都を締めてなんかいないよ。ちょっとばかし頼ってくる奴が多いだけさ。でも、さとりもこうした手近な経験を生かしてみたらどうだい?」
「身近な経験を生かすというのはいいアイディアなのですが、私の好むサスペンスとかとはいまいちお題にマッチしていなくて……」
そう言うと、確かに、とつぶやき勇儀さんは考え込みました。
「そういうのが得意な奴に代筆させるとか……」
「勇儀さん、あなたのご信条に誓ってもらえますか?」
「い、いやあ。冗談だよ、冗談。悪かった、悪かったって」
語勢を強めたさとりに勇儀はたじろぎました。ですが、もともと大した案もありません。結局のところ自分で書く限り脳みそを振り絞るしかありません。
画期的な解決策があればゴーストライターなど存在しませんからね。
「しかし、そんなに悩むことかね? 私達ゲストに頼まれた原稿の量なんて1,000文字程度だろ? さとりが気合さえあれば
簡単に書き上がりそうだが」
「えっ」
おっとうっかりさとりさん。
どうやら正規の投稿者用のフォーマットとは違った様子。
書き進まない、などといいつつ既に400字詰め原稿用紙が50枚程度は埋まっております。気合入れすぎですね。
肥大した物語を圧縮するのは、それに合わせた短編を書くよりも難しいことが多々あります。
『地底葬送話』や、幻想郷の外にあるという地底葬送話のパロディサイトに投稿したことのある読者の方の幾人かは身に沁みているでしょう。
ましてや、圧縮率は20倍。原型残りませんね、これは。
「き、気を取り直せよ、さとり。そ、そうだ! 気分転換に酒でも飲もうじゃないか!」
そういって、勇儀さんは目の死んださとりを半ば引きずるようにして居酒屋へ向かったのでした。
しかし勇儀さん、自分が投函したから締め切りは明日だということを忘れていないか!
がんばれさとりさん、酒に酔った勢いで物を書くときは誤字脱字に気をつけるんだ!
いやそんなことはどうでも良い早く後書きのそれを
つまり、なんだ……お題の時点で全部オチてるじゃん!
誰だこのこんぺのお題を選んだ奴!