訃報が届いた。
僕の人里での最後の友人だった。いや、友人、と言うほどではなかったか、あいつは妖怪嫌いだったからな、と霖之助は思い直す。せいぜい知人と言ったところだろう。知らせに来てくれた使いの者も、対面した時に緊張を隠さなかった。それは僕が半妖であるからに違いない。たとえ、求聞史記に「英雄」の側として書かれようとも、人と妖怪には深い深い溝がある。僕のような力なき半妖であってもだ。それでもその溝を乗り越えるべく人里で生きる、慧音のようなたくましさも人への執着もない僕は、こんな森の外れで売れもしない古道具屋を開いている。
「あら、彼の葬儀には出ないつもり?薄情ねえ」
斜め後ろ、息がかかるほどの距離から突然声が現れる。それは幻想郷の秩序を担う一人であり、霊夢あたりによくちょっかいを出しているスキマ妖怪、八雲紫のものだ。
「君の知ったことではないだろう。それとも君は僕のスケジュール管理でもしてくれるのかい?」
毒舌には毒舌を。この妖怪は幻想郷で慎ましく生きる者に対して暴力をふるい傷をつけるようなことはしない。霊夢や魔理沙と同じように扱うのが正解だ。たとえストーブの燃料を依存していても、だ。
「あなたにスケジュールなんてものがあるのかしら。閑古鳥な店の店番をしつつ本を読むくらいしかないじゃない。どうせ客なんか来ないんだから、お線香くらいあげたらどう?」
「君に言われるほど暇ではないよ、それに――」
それに、僕の来訪を好む奴ではなかったからな、と思い返す。里には色々な人間がいた。半妖でも分け隔てなく扱ってくれる人間、特別扱いする人間、距離を置く人間、あからさまにいじめる人間。奴は僕を毛嫌いしていた。真意は今となっては知るところではない。だが、「妖怪と人間の良いとこどりをするな」と僕に言ったことがある。それだけは今でも克明に覚えている。幼かったころの思い出。何十年も昔の思い出。きっと奴はすぐに忘れただろう。だが僕は覚えている。
「八雲紫、少なくとも君のような大妖怪の出る幕じゃあないだろう。君は君のするべきことをしたらどうだい」
僕の言葉に紫は淡々と応じる。
「あら、心外ねえ。あなたは人と妖怪との境界、ある意味では私の能力に近い存在なのよ。それは貴方がこの場所に店を構えてることから容易にわかることじゃない」
そう、この店は森のはずれにある。建前としては「人間でも妖怪でも通うことが容易な立地」なのであるが、僕にとってこれほど気持ちいの良い場所はないのだ。同類などと言われるのは心外だが、実際、僕にはこんな「隙間」にしか居場所がないのだろう。
「だから、あなたは外の世界に興味を示すわけねえ。でも貴方は人間じゃあないのよ。それは忘れてはいけないわ」
どこぞの妖怪でもないのに僕の心を読まないでほしい。いや、これでも賢者との呼び声のある妖怪、この程度は容易にわかるのだろう。しかし、それでも僕の外の世界への興味は尽きることはない。非力な半妖だからこそ、この幻想郷に安住することなく、外の世界への興味が尽きることがないのだ。人間と妖怪の予定調和な幻想郷にとって、僕のようなイレギュラーな半妖は居心地がよくないのだ。
「あら、この幻想郷の冗長性を舐めないでもらえるかしら、少なくとも外の世界よりずっと住み易いはずよ、貴方のようなヒトにとってもね」
この言葉を聞いて、もはやこの妖怪の手のひらで弄遊ばれてるんだな、と僕は諦める。常人の何倍も生きているという自負はあるが、それでもこの妖怪は更に上をいくのだ。
「で、結局君は僕に何をして欲しいんだい、世間話をするくらいなら読書を優先させてもらうよ」
「貴方の友人の葬儀に出てもらうこと、それ以上でもそれ以下でもありません」
間髪いれずに紫が返す。
「幻想郷は美しく、それでいて儚い。貴方は人と妖怪をつなぐ数少ない存在、いわば幻想郷のバランサーの一人なのですよ」
「ようやく本音が出たね、つまり幻想郷の安定のために働け、ということか」
「あら、私はそこまで薄情ではありませんわ。彼が貴方に何を言ったか、何を考えていたか、くらいは把握しています。それを洗い浚いぶちまける方が無粋というものでしょう」
全部まるごと重々承知の上か、と霖之助はため息をつく。これ以上軽口を叩いても全ていなされてしまうだろう。もはや八雲紫の提案に従うしかない。
「ただね、僕のような半妖が葬式に出て遺族の方々がどう思うか、それでだけは心配でならないんだ」
妖怪嫌いの故人の遺志に背くことになるし、妖怪が葬式に現れるなんて周囲になんて思われるかわからないだろうから。
「貴方はもっと素直になるべきです。そもそも本当に来てほしくないなら、使いの者など出しません。故人は貴方のことを本心から心配していたのですから」
あら、余計なことを言ってしまったかしら、と白々しくも紫は付け足す。そう、半妖の僕を遠巻きにするでもなく、陰口を言うでもなく、正面から忠告してくれた彼の言葉は重く受け止めるべきだったのだ。ただ、その度量がその時の僕にはなかった、ただそれだけ。そして、結局僕は中途半端な位置に収まってしまった。それはもう取り返しがつかない。
「貴方が外の世界に興味を持つのは仕様がない。でも、私はこの幻想郷を愛してるし、あなたはその幻想郷の一部なのよ。そして私だけでなく、多くの人々が貴方の存在を必要としている」
そういう想いを受け止めることができないのなら、貴方はどんな世界でも窮屈な思いをするでしょうね――、そう言うと八雲紫はスキマの中に消えていった。
ぎりぎり雪にならない程度の冷たい雨の中、香霖堂の中で霖之助は着なれない喪服を着つつ、故人に想いを馳せる。服に帯びた湿気に感傷を重ねつつ、死が遠い半妖として、僕は何を想えばいいのだろうかと古びた記憶を反芻する。世界はループしない、僕だっていつかは死ぬ。それまでに何を残すことができるのか、そもそも何かを残すことに意味があるのか、自問するが答えは出ない。答えが出ないのなら、せめて解答のあるものには出そう、そう思いながら、雨の中傘をさして葬式場へと急いだ。
僕の人里での最後の友人だった。いや、友人、と言うほどではなかったか、あいつは妖怪嫌いだったからな、と霖之助は思い直す。せいぜい知人と言ったところだろう。知らせに来てくれた使いの者も、対面した時に緊張を隠さなかった。それは僕が半妖であるからに違いない。たとえ、求聞史記に「英雄」の側として書かれようとも、人と妖怪には深い深い溝がある。僕のような力なき半妖であってもだ。それでもその溝を乗り越えるべく人里で生きる、慧音のようなたくましさも人への執着もない僕は、こんな森の外れで売れもしない古道具屋を開いている。
「あら、彼の葬儀には出ないつもり?薄情ねえ」
斜め後ろ、息がかかるほどの距離から突然声が現れる。それは幻想郷の秩序を担う一人であり、霊夢あたりによくちょっかいを出しているスキマ妖怪、八雲紫のものだ。
「君の知ったことではないだろう。それとも君は僕のスケジュール管理でもしてくれるのかい?」
毒舌には毒舌を。この妖怪は幻想郷で慎ましく生きる者に対して暴力をふるい傷をつけるようなことはしない。霊夢や魔理沙と同じように扱うのが正解だ。たとえストーブの燃料を依存していても、だ。
「あなたにスケジュールなんてものがあるのかしら。閑古鳥な店の店番をしつつ本を読むくらいしかないじゃない。どうせ客なんか来ないんだから、お線香くらいあげたらどう?」
「君に言われるほど暇ではないよ、それに――」
それに、僕の来訪を好む奴ではなかったからな、と思い返す。里には色々な人間がいた。半妖でも分け隔てなく扱ってくれる人間、特別扱いする人間、距離を置く人間、あからさまにいじめる人間。奴は僕を毛嫌いしていた。真意は今となっては知るところではない。だが、「妖怪と人間の良いとこどりをするな」と僕に言ったことがある。それだけは今でも克明に覚えている。幼かったころの思い出。何十年も昔の思い出。きっと奴はすぐに忘れただろう。だが僕は覚えている。
「八雲紫、少なくとも君のような大妖怪の出る幕じゃあないだろう。君は君のするべきことをしたらどうだい」
僕の言葉に紫は淡々と応じる。
「あら、心外ねえ。あなたは人と妖怪との境界、ある意味では私の能力に近い存在なのよ。それは貴方がこの場所に店を構えてることから容易にわかることじゃない」
そう、この店は森のはずれにある。建前としては「人間でも妖怪でも通うことが容易な立地」なのであるが、僕にとってこれほど気持ちいの良い場所はないのだ。同類などと言われるのは心外だが、実際、僕にはこんな「隙間」にしか居場所がないのだろう。
「だから、あなたは外の世界に興味を示すわけねえ。でも貴方は人間じゃあないのよ。それは忘れてはいけないわ」
どこぞの妖怪でもないのに僕の心を読まないでほしい。いや、これでも賢者との呼び声のある妖怪、この程度は容易にわかるのだろう。しかし、それでも僕の外の世界への興味は尽きることはない。非力な半妖だからこそ、この幻想郷に安住することなく、外の世界への興味が尽きることがないのだ。人間と妖怪の予定調和な幻想郷にとって、僕のようなイレギュラーな半妖は居心地がよくないのだ。
「あら、この幻想郷の冗長性を舐めないでもらえるかしら、少なくとも外の世界よりずっと住み易いはずよ、貴方のようなヒトにとってもね」
この言葉を聞いて、もはやこの妖怪の手のひらで弄遊ばれてるんだな、と僕は諦める。常人の何倍も生きているという自負はあるが、それでもこの妖怪は更に上をいくのだ。
「で、結局君は僕に何をして欲しいんだい、世間話をするくらいなら読書を優先させてもらうよ」
「貴方の友人の葬儀に出てもらうこと、それ以上でもそれ以下でもありません」
間髪いれずに紫が返す。
「幻想郷は美しく、それでいて儚い。貴方は人と妖怪をつなぐ数少ない存在、いわば幻想郷のバランサーの一人なのですよ」
「ようやく本音が出たね、つまり幻想郷の安定のために働け、ということか」
「あら、私はそこまで薄情ではありませんわ。彼が貴方に何を言ったか、何を考えていたか、くらいは把握しています。それを洗い浚いぶちまける方が無粋というものでしょう」
全部まるごと重々承知の上か、と霖之助はため息をつく。これ以上軽口を叩いても全ていなされてしまうだろう。もはや八雲紫の提案に従うしかない。
「ただね、僕のような半妖が葬式に出て遺族の方々がどう思うか、それでだけは心配でならないんだ」
妖怪嫌いの故人の遺志に背くことになるし、妖怪が葬式に現れるなんて周囲になんて思われるかわからないだろうから。
「貴方はもっと素直になるべきです。そもそも本当に来てほしくないなら、使いの者など出しません。故人は貴方のことを本心から心配していたのですから」
あら、余計なことを言ってしまったかしら、と白々しくも紫は付け足す。そう、半妖の僕を遠巻きにするでもなく、陰口を言うでもなく、正面から忠告してくれた彼の言葉は重く受け止めるべきだったのだ。ただ、その度量がその時の僕にはなかった、ただそれだけ。そして、結局僕は中途半端な位置に収まってしまった。それはもう取り返しがつかない。
「貴方が外の世界に興味を持つのは仕様がない。でも、私はこの幻想郷を愛してるし、あなたはその幻想郷の一部なのよ。そして私だけでなく、多くの人々が貴方の存在を必要としている」
そういう想いを受け止めることができないのなら、貴方はどんな世界でも窮屈な思いをするでしょうね――、そう言うと八雲紫はスキマの中に消えていった。
ぎりぎり雪にならない程度の冷たい雨の中、香霖堂の中で霖之助は着なれない喪服を着つつ、故人に想いを馳せる。服に帯びた湿気に感傷を重ねつつ、死が遠い半妖として、僕は何を想えばいいのだろうかと古びた記憶を反芻する。世界はループしない、僕だっていつかは死ぬ。それまでに何を残すことができるのか、そもそも何かを残すことに意味があるのか、自問するが答えは出ない。答えが出ないのなら、せめて解答のあるものには出そう、そう思いながら、雨の中傘をさして葬式場へと急いだ。
ただ惜しむらくは短すぎる、オチの有無やジャンルは不定でも別にいいだろうけど短すぎるせいで一場面しか切り取れていない「本当に雰囲気だけの作品」になってしまっている
次回はこの2~3倍の長さを期待します