41
「ねえ魔理沙、あんたの親ってどんな人?」
「あたしに向かって『お前のかーちゃんでーべそ!』って言ってお袋に殴られるような人」
「楽しそうね」
◆
42
まずワイングラス借りてきて、冷たい水をなみなみと注ぎます。
コップの縁より僅かに高くなった水面に、ちぎったハーブを1枚浮かべます。
ふよふよとした揺れが収まってから、グラスを包み込むようにそっと手を添えます。
妖力開放、能力発動!
「葉っぱが枯れた……、あたし特質系だ!!」
「いいからコップ返せヤマメ」
◆
43
「フラーン、そろそろ出発するわよー」
今日もあいつがやってくる。
お腹を空かせてやってくる。
背筋を伸ばし、胸を張り、不敵に笑いながら私の部屋までやってくる。
コンコンと転がり込むノックの音を聞きながら、私はドアノブを押さえつけた。
「フラーン、起きてるー? 今日は外に食べに行く約束でしょー?」
いっつもこうだ。
私はあいつと食事なんてしたくないのに、こっちの都合なんてお構いなし。
「入るわよー」
「……っ」
グッと手に力を込める。
手が白むほどに全力で握っても、オリハルコン製のドアノブは壊れも歪みもしない。
流石はパチュリー、いい仕事をする。
いい仕事だが、ついでに鍵もつけてほしかった。
この部屋には鍵がないため、バカ姉の侵入を防ぐにはこうして手で抑えるしかないのだ。
しかし。
「あら? 堅いわね」
「んぎぎぎぎぎぎ……」
私の必死の抵抗もむなしくノブは徐々に回りだし、3秒もかからずガチャリと敗北を告げる声を発する。
慌てて体当たりするように押さえつけた扉も、私という障害物を押しのけるようにして軽々と開かれてしまった。
「ふふふ、おはようフラン、どしたの? そんなところで」
「……」
こうして今日も憎たらしい姉の面を拝む羽目になってしまった。
もういやだ。
「あらあら、まだパジャマじゃないの、寝坊助さんね」
「……」
「ほら、手伝ってあげるから支度をなさい」
「……はーい」
見ると、あいつが握っていた側のノブがひしゃげていた。
バケモンかよ。
◆
44
最近めっきりいいことがない。
だけども観客は待ってはくれない。
だから私はステージに上る。
【はっじめっるよおおおおお!!】
『Yeaaaaaaah!』
大きな切り株のステージに私とミスティアが降り立てば、地に満ちた愚民どもが歓声を上げる。
相棒を傍らに、声を反響させて私は叫ぶ。
何もかもを忘れるために。
【新曲持って来たかんねー!】
『Foooooooo!!』
こう見えて私の本業は尼だ。
それも場末の貧乏寺の。
人は離れ、仕事は少なく、行くあてもなければ、未来もない。
山の神社が、すべてを持って行ってしまった。
一番の切れ者は愛想を尽かして出て行った。
先輩たちは日に日にやつれていく。
頼りの住職は毎日頭を抱えている。
他の連中は、何をしてるのかよく知らない。
【ミュージックスタート!!】
『Yes! Yes!』
行きつく先は、どこだろうか。
考えたくもない。
ゴメンねミスティア。
ミスティアは純粋に音楽がやりたいだけだろうに、
私はただの現実逃避なんだ。
今一時だけでいい。
どこまでもみじめな現実を忘れるため、今日も私はステージに上る。
変わりたい。
何もかもを吹き飛ばすほどに。
それが叶わないのなら、いっそこの歌とともに消えてしまいたかった。
【ノってるかーい!?】
『Yeaaaaaaah!』
◆
45
「~♪」
ウナギを焼きながら、軽く歌なんぞ歌ってみる。
母から教わった夜雀の歌。
聴く者すべてを虜にする魔性の歌だ。
そして焼きあがったウナギに秘伝のタレをたっぷりとつけ、カウンターのお客さんに差し出す。
「へいお待ち」
「み、ミスティアちゃんって歌、じょ、上手なんだな」
かば焼きを受け取る小豆洗いのおっちゃんは、どもりながらも上機嫌そうにグラスを傾けている。
この人はコミュ症だけど、いつも高いもの注文してくれるから上客だ。
「へへへ、一応、専門なもんでね」
「ら、ライブでも歌えば、い、いいのに」
「んー、どうすっかねー」
なんて言ってはぐらかしていると、遠くの方からもお客の声が聞こえてくる。
「女将さーん、こっちも注文」
「俺、焼酎ヌル燗でー」
「酒! 飲まずにはいられないッ!」
「キスの天ぷらってまだあるー?」
「はいはーい!」
今日は屋台のカウンターだけでは席が足りず、折り畳みのテーブルを3つも4つも出す事になってしまっていた。
ライブを始めてからずっとこの調子だ。
私の知名度が上がるほど、客足は増え、売上も伸びる。
いわゆるウナギ登りってやつだ。
なんつって。
くへへへへへ。
「女将さーん」
「はいよー!」
でも自分では歌わない。
ボーカルは全部相方に任せて、私はギター1本だ。
歌は私のアイデンティティ。
あんなところで大盤振る舞いするほど、夜雀の声は安くないのさ。
私にとっちゃ、あんなのただの宣伝だ。
響子には悪いと思っている。
あいつは純粋に音楽がやりたいだけだしな。
でもまあ、それはそれ、これはこれ。
全ては店の売り上げのため。
またやろうぜ、ゲリラライブ。
◆
46
「好きよ、魔理沙……キスして」
「おいおいどうした子巫女ちゃん、どこにして欲しい?」
「靴に」
「おい」
◆
47
ガチッ。
キュルキュルキュルキュル……
ガチッ。
『よくやったわ鈴仙』
『やっぱり鈴仙は頼りになるわね』
『先に行きなさい、姫を頼んだわよ』
『背中、預けたわよ』
『流石は私の右腕ね』
『あら完璧じゃない、期待以上精度だわ』
『……隣にいるのが、あなたでよかった』
「……」
ガチッ。
キュルキュルキュルキュル……
ガチッ。
『よくやったわ鈴仙』
『やっぱり鈴仙は頼りになるわね』
『先に行きなさい、姫を頼んだわよ』
『背中、預けたわよ』
『流石は私の右腕ね』
『あら完璧じゃない、期待以上精度だわ』
『……隣にいるのが、あなたでよかった』
「……」
ガチッ。
キュルキュルキュルキュル……
「い、イナバ?」
「……」
「な、何かあったんならこの姫に相談するといいわよ?」
「……」
「永琳と、その、ケンカでもした? 仲直りまでがケンカよ?」
「……」
ガチッ。
『よくやったわ鈴仙』
『やっぱり鈴仙は頼りになるわね』
……
「姫、どうだったウサ?」
「……あれはもうだめかもわからんね」
「あ、姫いいところに、うどんげ見ませんでしたか?」
「中で全力でしょげてるわよ、あんたがなんかしたんじゃないの?」
「……うどんげ何してました?」
「よくわかんないけど、『知らない人』の声の入ったテープを延々聞いてたわ」
「あーなるほど、今日終戦記念日ですもんね」
「終戦記念日?」
「月面の時の奴ですよ、通信機の記録を見つけたから抽出するって言ってたんで、たぶんそれかと」
「……」
「友達の声でも、聴いてるんじゃないですか?」
◆
48
わちきは思うのだ。
最高の食事とは最高の素材と最高の調理があって初めて成り立つものなのだと。
転じて、最高の驚愕とは鋼の心を持つ人が寿命が縮むほど驚くこと。
細工はりゅうりゅう、準備は万端。
あとは獲物がかかるのをじっと待つだけ。
何日も何日も傘形態で待った甲斐があった。
何人もの客を見送った甲斐があった。
とある中華屋さんのとある席。
そのわちきが仕掛けた渾身のステージに、今、大物がかかった!
本体から腕だけをちょいと生やし、天井付近から引き回していた紐を引っ張る。
紐の先にくくりつけられた木の板が外れ、せき止められていたガラス玉が梁の上を転がり始める。
転がった先にあるカゴにガラス玉がストンと収まれば、その重みでカラカラと滑車が回りだす。
「……あら?」
「うん?」
ガラス玉が紐にぶら下がったカゴに乗り、ターゲットの座る席にまでスルスルと降りてくる。
そのガラス玉には『上を見ろ』の文字。
阿呆みたいに口を開けて天井を見上げる2人の元に、滑車と連動して傾いた桶から大量の水が降ってきた。
ドバシャン! と派手な音が立つのを確認し、大急ぎで人型の身体を作り出す。
「いっただっきまーす!!」
待ちに待った瞬間。
ガバッと口を開いて驚愕を食らうべく身を乗り出せば、そこには腰を抜かした『吸血鬼姉妹』の姿が――――――
「―――あれ?」
来ない。
脳が痺れる至高の味が来ない。
なんで?
どうして?
不発?
おかしいと思いながらもよくよく見てみれば、ずぶ濡れになっているのは青い髪の方だけだ。
金髪の方には赤い『もや』のようなものが守るようにまとわりつき、髪の1本も濡れていない様子だった。
隻腕の吸血鬼は頭から水滴を滴らせながらゆっくりと席を立つ。
あれ? この人片腕なかったっけ?
そう思っていたら、赤いもやが青髪の方に集まって腕になってしまった。
五体満足となった青髪が、そっと金髪の頬に触れる。
その顔にあるのは驚愕ではなく安堵。
金髪の方も驚いてはいるみたいだけど、それはこっちに対するものじゃなかった。
2人とも、わちきのことなど眼中にないようだった。
「フラン大丈夫? 濡れなかった?」
「…………う、うん」
それだけ言うと、2人は濡れていなかった部分にお金を置いて出て行ってしまった。
最後までわちきには一瞥もくれなかった。
「……」
その後ろ姿を見て思う。
なんだろう。
食べられなかったことよりも、力作が通じなかったことよりも。
何かとてつもなくかっくいいものを見た気がして、胸の奥にわけのわからない熱さを感じてしまった。
あんな風になりたい。
ほんの1分にも満たない出来事だったけど、そう思うのには十分だった。
その後、戻ってきた店員にボコボコにされたことは言うまでもない。
◆
49
太子とデートしてたらすげえもんを見た。
里でのことだ。
近くで不穏なざわめきが聞こえてきたもんで、物陰に隠れながら覗いてみたんだよ。
「へへっ、お嬢ちゃんいい服着てるねー、お金持ちの子?」
「僕たちちょっと金なくて困っててさー、カンパしてくんない?」
「ねえねえ、おねがーい、乱暴しないからさー」
なんと言うわかりやすいチンピラ妖怪3人組。
平安時代でも鎌倉時代でも室町時代でもこんなのはちらほらいたが、まさかこの平成の世にもいるとは思わなかった。
そのモヒカンと肩パットは何の冗談だ。
それだけでも十分驚きなのだが、たぶん一番驚いているのはカモにされている小さな女の子本人だろうな。
自分の身に起きたことが信じられないといった風に目をパチクリさせているくらいだ。
「屠自古、助けに行きましょう」
「よせ馬鹿」
「そしてあの子を仏門に」
「無理だ馬鹿」
「バカバカ言わないでください」
「よく聞け太子、あいつは……」
状況の見えていない太子にあの滑稽な状況を説明しようとしたら、太子以上の馬鹿がやってきた。
「おやめなさい! 嫌がっているでしょう!?」
白蓮の野郎だった。
困っている妖怪を助けることが生き甲斐というトチ狂った馬鹿が、意気揚々と割って入ろうとしていた。
付き人みたいな頭巾のガキが青い顔をして下を向いていることから、あいつだけは状況をわかっていることが見て取れる。
あれ? あいつ僧衣変えた?
「んだぁ? お前」
「おお? ねーちゃんいい体してんじゃねーの?」
「ちょっとカンパしてもらってただけだよう」
「あなたたち! 恥ずかしくないのですか!? そんな小さな子供に詰め寄ったりして!」
頭巾のガキと目が合った。
腐った魚みたいな目をしてやがった。
そんな目で見るな。
「屠自古、私たちも行きますよ、白蓮だけでは辛いでしょう」
「1人で行け馬鹿」
自分を知らない馬鹿どもにブチ切れた女の子がデカい蛇を繰り出し、半泣きになりながら暴れだすまでこの茶番は続いた。
なんでお前ら洩矢諏訪子を知らないんだよ。
……だが白蓮、怒り狂った諏訪子から『チンピラを守ろうとした』ことは褒めてやる。
◆
50
「あちょー!」
「くおらぁ! 声が小さーい!!」
「うん! 美鈴!」
「美鈴じゃない! 師匠と呼べ!!」
「はい! ししょー!!」
「……パチェ、あの子は真昼間から何をしているのかしら」
「打倒お姉ちゃんだって」
「あらあら」
「考えるんじゃない! 感じるんだ!」
「ほあちょ――!!!」
了
「ねえ魔理沙、あんたの親ってどんな人?」
「あたしに向かって『お前のかーちゃんでーべそ!』って言ってお袋に殴られるような人」
「楽しそうね」
◆
42
まずワイングラス借りてきて、冷たい水をなみなみと注ぎます。
コップの縁より僅かに高くなった水面に、ちぎったハーブを1枚浮かべます。
ふよふよとした揺れが収まってから、グラスを包み込むようにそっと手を添えます。
妖力開放、能力発動!
「葉っぱが枯れた……、あたし特質系だ!!」
「いいからコップ返せヤマメ」
◆
43
「フラーン、そろそろ出発するわよー」
今日もあいつがやってくる。
お腹を空かせてやってくる。
背筋を伸ばし、胸を張り、不敵に笑いながら私の部屋までやってくる。
コンコンと転がり込むノックの音を聞きながら、私はドアノブを押さえつけた。
「フラーン、起きてるー? 今日は外に食べに行く約束でしょー?」
いっつもこうだ。
私はあいつと食事なんてしたくないのに、こっちの都合なんてお構いなし。
「入るわよー」
「……っ」
グッと手に力を込める。
手が白むほどに全力で握っても、オリハルコン製のドアノブは壊れも歪みもしない。
流石はパチュリー、いい仕事をする。
いい仕事だが、ついでに鍵もつけてほしかった。
この部屋には鍵がないため、バカ姉の侵入を防ぐにはこうして手で抑えるしかないのだ。
しかし。
「あら? 堅いわね」
「んぎぎぎぎぎぎ……」
私の必死の抵抗もむなしくノブは徐々に回りだし、3秒もかからずガチャリと敗北を告げる声を発する。
慌てて体当たりするように押さえつけた扉も、私という障害物を押しのけるようにして軽々と開かれてしまった。
「ふふふ、おはようフラン、どしたの? そんなところで」
「……」
こうして今日も憎たらしい姉の面を拝む羽目になってしまった。
もういやだ。
「あらあら、まだパジャマじゃないの、寝坊助さんね」
「……」
「ほら、手伝ってあげるから支度をなさい」
「……はーい」
見ると、あいつが握っていた側のノブがひしゃげていた。
バケモンかよ。
◆
44
最近めっきりいいことがない。
だけども観客は待ってはくれない。
だから私はステージに上る。
【はっじめっるよおおおおお!!】
『Yeaaaaaaah!』
大きな切り株のステージに私とミスティアが降り立てば、地に満ちた愚民どもが歓声を上げる。
相棒を傍らに、声を反響させて私は叫ぶ。
何もかもを忘れるために。
【新曲持って来たかんねー!】
『Foooooooo!!』
こう見えて私の本業は尼だ。
それも場末の貧乏寺の。
人は離れ、仕事は少なく、行くあてもなければ、未来もない。
山の神社が、すべてを持って行ってしまった。
一番の切れ者は愛想を尽かして出て行った。
先輩たちは日に日にやつれていく。
頼りの住職は毎日頭を抱えている。
他の連中は、何をしてるのかよく知らない。
【ミュージックスタート!!】
『Yes! Yes!』
行きつく先は、どこだろうか。
考えたくもない。
ゴメンねミスティア。
ミスティアは純粋に音楽がやりたいだけだろうに、
私はただの現実逃避なんだ。
今一時だけでいい。
どこまでもみじめな現実を忘れるため、今日も私はステージに上る。
変わりたい。
何もかもを吹き飛ばすほどに。
それが叶わないのなら、いっそこの歌とともに消えてしまいたかった。
【ノってるかーい!?】
『Yeaaaaaaah!』
◆
45
「~♪」
ウナギを焼きながら、軽く歌なんぞ歌ってみる。
母から教わった夜雀の歌。
聴く者すべてを虜にする魔性の歌だ。
そして焼きあがったウナギに秘伝のタレをたっぷりとつけ、カウンターのお客さんに差し出す。
「へいお待ち」
「み、ミスティアちゃんって歌、じょ、上手なんだな」
かば焼きを受け取る小豆洗いのおっちゃんは、どもりながらも上機嫌そうにグラスを傾けている。
この人はコミュ症だけど、いつも高いもの注文してくれるから上客だ。
「へへへ、一応、専門なもんでね」
「ら、ライブでも歌えば、い、いいのに」
「んー、どうすっかねー」
なんて言ってはぐらかしていると、遠くの方からもお客の声が聞こえてくる。
「女将さーん、こっちも注文」
「俺、焼酎ヌル燗でー」
「酒! 飲まずにはいられないッ!」
「キスの天ぷらってまだあるー?」
「はいはーい!」
今日は屋台のカウンターだけでは席が足りず、折り畳みのテーブルを3つも4つも出す事になってしまっていた。
ライブを始めてからずっとこの調子だ。
私の知名度が上がるほど、客足は増え、売上も伸びる。
いわゆるウナギ登りってやつだ。
なんつって。
くへへへへへ。
「女将さーん」
「はいよー!」
でも自分では歌わない。
ボーカルは全部相方に任せて、私はギター1本だ。
歌は私のアイデンティティ。
あんなところで大盤振る舞いするほど、夜雀の声は安くないのさ。
私にとっちゃ、あんなのただの宣伝だ。
響子には悪いと思っている。
あいつは純粋に音楽がやりたいだけだしな。
でもまあ、それはそれ、これはこれ。
全ては店の売り上げのため。
またやろうぜ、ゲリラライブ。
◆
46
「好きよ、魔理沙……キスして」
「おいおいどうした子巫女ちゃん、どこにして欲しい?」
「靴に」
「おい」
◆
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ガチッ。
キュルキュルキュルキュル……
ガチッ。
『よくやったわ鈴仙』
『やっぱり鈴仙は頼りになるわね』
『先に行きなさい、姫を頼んだわよ』
『背中、預けたわよ』
『流石は私の右腕ね』
『あら完璧じゃない、期待以上精度だわ』
『……隣にいるのが、あなたでよかった』
「……」
ガチッ。
キュルキュルキュルキュル……
ガチッ。
『よくやったわ鈴仙』
『やっぱり鈴仙は頼りになるわね』
『先に行きなさい、姫を頼んだわよ』
『背中、預けたわよ』
『流石は私の右腕ね』
『あら完璧じゃない、期待以上精度だわ』
『……隣にいるのが、あなたでよかった』
「……」
ガチッ。
キュルキュルキュルキュル……
「い、イナバ?」
「……」
「な、何かあったんならこの姫に相談するといいわよ?」
「……」
「永琳と、その、ケンカでもした? 仲直りまでがケンカよ?」
「……」
ガチッ。
『よくやったわ鈴仙』
『やっぱり鈴仙は頼りになるわね』
……
「姫、どうだったウサ?」
「……あれはもうだめかもわからんね」
「あ、姫いいところに、うどんげ見ませんでしたか?」
「中で全力でしょげてるわよ、あんたがなんかしたんじゃないの?」
「……うどんげ何してました?」
「よくわかんないけど、『知らない人』の声の入ったテープを延々聞いてたわ」
「あーなるほど、今日終戦記念日ですもんね」
「終戦記念日?」
「月面の時の奴ですよ、通信機の記録を見つけたから抽出するって言ってたんで、たぶんそれかと」
「……」
「友達の声でも、聴いてるんじゃないですか?」
◆
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わちきは思うのだ。
最高の食事とは最高の素材と最高の調理があって初めて成り立つものなのだと。
転じて、最高の驚愕とは鋼の心を持つ人が寿命が縮むほど驚くこと。
細工はりゅうりゅう、準備は万端。
あとは獲物がかかるのをじっと待つだけ。
何日も何日も傘形態で待った甲斐があった。
何人もの客を見送った甲斐があった。
とある中華屋さんのとある席。
そのわちきが仕掛けた渾身のステージに、今、大物がかかった!
本体から腕だけをちょいと生やし、天井付近から引き回していた紐を引っ張る。
紐の先にくくりつけられた木の板が外れ、せき止められていたガラス玉が梁の上を転がり始める。
転がった先にあるカゴにガラス玉がストンと収まれば、その重みでカラカラと滑車が回りだす。
「……あら?」
「うん?」
ガラス玉が紐にぶら下がったカゴに乗り、ターゲットの座る席にまでスルスルと降りてくる。
そのガラス玉には『上を見ろ』の文字。
阿呆みたいに口を開けて天井を見上げる2人の元に、滑車と連動して傾いた桶から大量の水が降ってきた。
ドバシャン! と派手な音が立つのを確認し、大急ぎで人型の身体を作り出す。
「いっただっきまーす!!」
待ちに待った瞬間。
ガバッと口を開いて驚愕を食らうべく身を乗り出せば、そこには腰を抜かした『吸血鬼姉妹』の姿が――――――
「―――あれ?」
来ない。
脳が痺れる至高の味が来ない。
なんで?
どうして?
不発?
おかしいと思いながらもよくよく見てみれば、ずぶ濡れになっているのは青い髪の方だけだ。
金髪の方には赤い『もや』のようなものが守るようにまとわりつき、髪の1本も濡れていない様子だった。
隻腕の吸血鬼は頭から水滴を滴らせながらゆっくりと席を立つ。
あれ? この人片腕なかったっけ?
そう思っていたら、赤いもやが青髪の方に集まって腕になってしまった。
五体満足となった青髪が、そっと金髪の頬に触れる。
その顔にあるのは驚愕ではなく安堵。
金髪の方も驚いてはいるみたいだけど、それはこっちに対するものじゃなかった。
2人とも、わちきのことなど眼中にないようだった。
「フラン大丈夫? 濡れなかった?」
「…………う、うん」
それだけ言うと、2人は濡れていなかった部分にお金を置いて出て行ってしまった。
最後までわちきには一瞥もくれなかった。
「……」
その後ろ姿を見て思う。
なんだろう。
食べられなかったことよりも、力作が通じなかったことよりも。
何かとてつもなくかっくいいものを見た気がして、胸の奥にわけのわからない熱さを感じてしまった。
あんな風になりたい。
ほんの1分にも満たない出来事だったけど、そう思うのには十分だった。
その後、戻ってきた店員にボコボコにされたことは言うまでもない。
◆
49
太子とデートしてたらすげえもんを見た。
里でのことだ。
近くで不穏なざわめきが聞こえてきたもんで、物陰に隠れながら覗いてみたんだよ。
「へへっ、お嬢ちゃんいい服着てるねー、お金持ちの子?」
「僕たちちょっと金なくて困っててさー、カンパしてくんない?」
「ねえねえ、おねがーい、乱暴しないからさー」
なんと言うわかりやすいチンピラ妖怪3人組。
平安時代でも鎌倉時代でも室町時代でもこんなのはちらほらいたが、まさかこの平成の世にもいるとは思わなかった。
そのモヒカンと肩パットは何の冗談だ。
それだけでも十分驚きなのだが、たぶん一番驚いているのはカモにされている小さな女の子本人だろうな。
自分の身に起きたことが信じられないといった風に目をパチクリさせているくらいだ。
「屠自古、助けに行きましょう」
「よせ馬鹿」
「そしてあの子を仏門に」
「無理だ馬鹿」
「バカバカ言わないでください」
「よく聞け太子、あいつは……」
状況の見えていない太子にあの滑稽な状況を説明しようとしたら、太子以上の馬鹿がやってきた。
「おやめなさい! 嫌がっているでしょう!?」
白蓮の野郎だった。
困っている妖怪を助けることが生き甲斐というトチ狂った馬鹿が、意気揚々と割って入ろうとしていた。
付き人みたいな頭巾のガキが青い顔をして下を向いていることから、あいつだけは状況をわかっていることが見て取れる。
あれ? あいつ僧衣変えた?
「んだぁ? お前」
「おお? ねーちゃんいい体してんじゃねーの?」
「ちょっとカンパしてもらってただけだよう」
「あなたたち! 恥ずかしくないのですか!? そんな小さな子供に詰め寄ったりして!」
頭巾のガキと目が合った。
腐った魚みたいな目をしてやがった。
そんな目で見るな。
「屠自古、私たちも行きますよ、白蓮だけでは辛いでしょう」
「1人で行け馬鹿」
自分を知らない馬鹿どもにブチ切れた女の子がデカい蛇を繰り出し、半泣きになりながら暴れだすまでこの茶番は続いた。
なんでお前ら洩矢諏訪子を知らないんだよ。
……だが白蓮、怒り狂った諏訪子から『チンピラを守ろうとした』ことは褒めてやる。
◆
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「あちょー!」
「くおらぁ! 声が小さーい!!」
「うん! 美鈴!」
「美鈴じゃない! 師匠と呼べ!!」
「はい! ししょー!!」
「……パチェ、あの子は真昼間から何をしているのかしら」
「打倒お姉ちゃんだって」
「あらあら」
「考えるんじゃない! 感じるんだ!」
「ほあちょ――!!!」
了
レミリア▲
あと43と46が好きでした。
正に理想のレミリア像!
ごちそうさまです
歌うことで逃避している響子とか
因みにしょっぱな2つがお気に入り。
うどんげがどう言う気持ちで聞いていたのか・・・そこが気になる。
流石三万作以上の作品が揃う総想話、こんな作品もあるんですねー。面白かったです。
こういう強さの表現は大好きです