Coolier - 新生・東方創想話

カティ・サーク

2013/02/03 03:46:13
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※※まだ書きかけです※※


「諸君、約2週間後だ。最後の停泊地から5ヶ月と半分。寄港地を減らしたが為に我々の胃は上等なエールとヴルスト……、いいやこの際蜂蜜につけたスコーンでいい、そういうものを所望している。2週間後、つまりはだ、酸っぱさに磨きをかけたザワークラウトとこれまた酸っぱさに酔えそうなビネガーワインとはおさらばなのだ」 
「サー。そんな貴方を慰められそうなものが倉庫にありました。とっておきです」
 なんだね、と主計長が少しだけ期待を込めて僕を見る。
「ライムジュースです」
 酸っぱそうな顔をした。酸っぱさは長旅のともなのだ。酸っぱさが撃滅すべき海賊よりも恐ろしいそれを遠ざけてくれる。衛生学の父、ジェームズ・リンドは偉大である。とは言っても、主計長の気持ちは痛いほど分かる。特にここ1週間はザワークラウトとパンのみで、割合が1:3なのだ。しかもパンは黴びのない部分を囓る方が難しいときた。飲み物は先述の発酵が進みすぎたワインだ。ビネガーならまだましだ。それは下水の匂いがする。
 2週間後。主計長の言葉を楽しみに、僕はネズミに食い荒らされて仕方が無い船底の倉庫に向かった。ネズミの食糧事情は僕ら水兵に比べて豪勢だ。奴らの主食は僕らの食い物の盗み食いから、タールと樽の帯鉄に移りつつあるらしい。
 船が並に揺れて喘いでいるような音を立てている。夜明けも近いけれど船底に近い倉庫はかなり暗い。
 カンテラの光を頼りに僕は倉庫に向かっていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 
「あれ?」
 良い匂いがする。かちゃかちゃ。食器がぶつかるときの甲高い音がそこかしこから聞こえてくる。そして先輩水兵達のかまびすしい食事風景にはない慎ましさがあった。
「で、だ。どうして私達が幽霊だと決めつけるの?」
 声が近い。話しかけられている。僕に。誰が。僕はその声の主を想像する。女性、幼い、理知、少し潔癖くさい。
「蓮子。大変だわ、私透けちゃってるの?」
 同じく女性、幼い。狡知。この声音、僕は好きだな。
 目を開くような感覚と共に――目を開いていたにも関わらず――、目の前の情報を採取し始める。夢から覚めたような感覚だ。覚醒という、意識のありようをひときわ肉体的に感じる時だ。本当に、蘇るように記憶が戻ってくる。
 蓮子さんと、メリーさん。二人は幽霊なのだ。理由は忘れた。透けているわけでも足がないわけでもない。でも幽霊なのだ。
「理由は、僕にもとんと思い出せなくて」 
「ふむん。でも私達は幽霊である、と。これはミステリーですな」
「幽霊のせいか、ふわふわしますですなー」
 ちなみにメリーさんはウィスキーボンボンを嗜んでいたく昂揚しておられるらしい。
「メリーよく考えて。私達が人間であると、生きていると証明するにはどうすればいい?」
「あら禅問答かしら」
「生きているとか死んでいるとか言うには付きものだものね。でも彼は私達を指して亡者だと言いたいわけではない、ということでいいわね?」
 僕は頷く。理由を忘れていて幽霊だと決めつけている癖に、彼女たちが死人だとは思わない。
「それだと、おかしな話ね」
「そう。であればこれは哲学における、抽象的な概念論ではなく、シュールレアリズムに近い形而上学だと考えるべきだわ」
「メリーはね、いつも分かりづらい」
 こん、と窘めるようにメリーさんが額を小突いて言う。小突かれた蓮子さんはというと、鳩が豆鉄砲を食ったような顔。
「何よ、メリー得意の精神学のお話だってば」
「それは分かったけど、彼が分かってないでしょ。ああでも、酔っぱらいにも分からないわ。もう一回全部やり直し」
 と唐突に促された僕、チシキはというと曖昧にかぶりをふるぐらいしか出来なかった。肩をすくめた方が紳士っぽかったかな。
 納得したような顔をして、言い直すように蓮子さんは続けた。
「つまりはチシキ、君は何となくではない理由で私達を幽霊であるとしているんだ。それでいて私達は死んでいると決めつけているわけでもない」
「論理パズル的よね。理由の部分をブラックボックス化して前提と結論だけ聞いてる」
「メリー。酔っぱらってるんじゃなかったの」
「楽しそうな蓮子見てると、酔っぱらうよりも気持ちよくなるもの」
 なんじゃそら、と蓮子さん。
「ま、いいわ。まず聞きたいのはもしかしたら私達って幽霊じゃなくてもいいってこと?」「え。うーん。そう言われるとそうかも」「つまり人間でさえなければ」「……いいのかなぁ」
 僕はその質問にどきりとした。別に隠し事がばれたワケじゃない。理由を忘れてる僕としてもこれは思い出したい事柄だ。しかし僕の内心はその忘れられた理由に抵抗されたように動揺した。
 僕は彼女たちに物理的な死を求めているわけじゃない。
「人間の否定?」
 メリーさんが怪訝な顔をする。僕も真っ先にそういう言葉が思い浮かんだ。口元に手を当てて思案し始めるメリーさんとは対照的に確信的な顔で蓮子さんが続ける。
「メリー、これは彼の私達への侮蔑はないと考えるべきだわ」
「分かってるわ。この子にそんな雰囲気無いものね。うん、逆説的な聞き方になるけれど、いい?」
 僕は緊張して、居直す。そう言えばお腹がふくれている、と目の前の皿が空になっているのに改めて気づいた。僕はいつ食事をしたんだろう。
「幽霊だ、というよりは人間だとまずいってことよね?」
「うん」
「幽霊じゃなくてもいい、ってことは人間でないという結論の代替論ね。じゃあフランケンシュタインでもいい?」
「うん」
「あっはっは。フランケンシュタイン」失笑する蓮子さん。意を介さずにメリーさん。
「じゃあ、周りの人達もミスター・フランケンシュタイン?」
「うん」
 かくかくと、うなずき通しだ。メリーさんの、酔っぱらったような緩い顔も眉に少し力を入れたような顔も綺麗だなと僕は考え始めた。そういえば幽霊だって決めつけたのは何でだっけ。そうか、と僕は思い出す。
「先輩とそういう話をしてたんだよ」
「先輩? そういう話?」 首を傾げて、蓮子さん。
「この船には幽霊がいるんだっていう話。だから僕は幽霊だと思ったんだよ」
 僕は続けて幽霊達がネズミと一緒に僕たちの食糧事情を困窮させるべくパンやチーズを囓り倒し、ついにはタールにまで手を伸ばし始めてるんだという先輩が話して聞かせてくれたうわさ話をした。幽霊はぺちゃぺちゃとネズミと円で囲むようにタールをすする。僕はその話をしながら、暗い船底で彼女たちが手のひらにべったりとタールをすりつけて舐め取っている姿を思い浮かべる。なるほどホラーだ。
 僕の話に口を挟むことなく聞く二人。蓮子さんは呆れ気味に、メリーさんは興味をひかれたように、と態度はこれまた対照的だったけど。
「”人間でない”理由が結局チシキ君個人の事情になると思ってたから論理が詰まると思ってたけど、これまた話が違う方向に脱線したわね」
「面白そうな話だわ。こういう船にもそういう話があるのね。でもタールねえ。どんな味かしらね」
「食べてみる? 確か万能薬とも言われてたことがあるから、きっとえっぐいわよ」
 冗談を言う蓮子さん、口端を意地悪く釣り上げて。
 彼女たちが幽霊だと思わないようにするには僕個人の事情が問題だと言った。それはそうなのだろう。他人を指して何かを表すの現実の定義と則さないというのは、その定義の解釈の違いか、表す語そのものを勘違いしているかだ。要は表現の使用者の主観に基づいている、禅問答や哲学に基づく曲芸に近い曲解を用いなければ。だから蓮子さんは僕の幽霊論については、蓮子さんの問題ではなく僕自身の問題だと指摘したのだ。
 僕たちのテーブルには紅茶と少しのお茶請けが運ばれてくる。僕の意識は先ほどの覚醒感とは別の感覚に襲われ始めた。これも覚醒感なのだろうか。肉体をエンジンに例えるなら、かかり初めの揺動に近い震えだった。
 僕は唐突にピン、と来る。ああそうだ、この船の名前はカティ・サークだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 
「あれ?」
 暗転。先ほどまで感じなかった船の揺籃が重力のように横へ下へと体を引っ張り、耳障りにも思える波の音が絶えず船を軋ませている。
 覚醒感が遅れてやってきて、僕の目はまた情報を受けとり始める。カンテラの灯りに仄明るく照らされた備蓄群。船底の、倉庫。カカカ、と地面をひっかきながら移動する音が聞こえた。 視線を落とすと、タールが滴り落ちたような形で垂れ落ちていた。カカカ。小さな生き物の足音はカンテラの光に怯えたように遠ざかり、息をひそめるように聞こえなくなった。
「ここは……」
 タールを見下ろした形で僕はついさっきの情景を思い出そうとする。幽霊の二人。タール。黒く、粘性の高いその液体はカンテラの明かりに対して、ベタベタと手でこねたような形をしているように見えた。それと、ネズミの囓ったような跡。
「何してる」
「ひゃ」
 素っ頓狂な声が出た。振り返ると船医がいた。カンテラの明かりが下方向から船医の顔を照らしていたせいか、顔の造形が恐ろしくて僕は二度声を上げてしまった。動転した僕を船医は黙って拳骨をふるまってみせた。
「失礼なヤツだな、君は」
「すいません、メスマー」
「メスマーと呼ぶんじゃない、専門外だ。しかし、ここで何をしていた」
 僕は先ほどまでの幽霊達との食事風景を思い出して話した。船医は黙って聞いていたが、途中からふと思い出したように考え込んでしまって僕がここで気がついたという説明辺りはほとんど反応をせずに黙りこんでいたので心配になった。
「僕が気づいたときには、ここにいて、幽霊なんていなくてタールがあって………、やっぱり幽霊だったんでしょうか」
「それを聞かれてもな。君はどう考えている」
「僕は幽霊だと思う自分がよくわかりません。なぜ彼女たちが――」
「それが答えだよ、チシキ」 
 落ち着いた声で船医は言った。
「どういうことですか?」
「そもそも、女性がこの船に乗り組むはずがないんだ。君は見識としてそれを知っていたからこそ、女性の乗組員の否定をしたが目の前の反証に対して混乱し、尚かつ先輩水兵とやらにそう言う話を聞いていたからこそ幽霊だという話になった、というところだろう」
「え、あの」
「君の中の幽霊、メリー君と言ったかな。ミスタ・フランケンシュタインとはよく言った物だ。フランケンシュタインという作品は登場するおぞましい怪物を指してフランケンシュタインとは言わない。むしろ登場する主人公、正確には語り部たるトマスの手紙で登場する主役がヴィクタ・フランケンシュタインという名なんだ。ミスタ・フランケンシュタインという表現を使ったのであれば、怪物を指しては言わない。登場人物のヴィクタを指して言うだろう」
「話が見えません」
「ふむ。フランケンシュタインを呼んだことは?」
「ありません」
「なら、答えは幽霊のメリー君に聞きなさい。恐らく何らかの解決に近い答えでもって君に当てつけのように聞いているのだよ。そうだな、その前に君にはその本を読むことだな。フランケンシュタイン……まぁややこしいから怪物を指して言おうか。昨今のその怪物は図体ばかりでかく知能に乏しく、まあパニック映画のコミカライズにありがちなでかい雄叫びと共に襲うことしか能が無い木偶の坊にされがちだ」
 僕は何となくそんなイメージが確かにあったので頷いた。吸血鬼のように狡知でもなく、ゾンビかグールのように夥しい数をもつわけでもないただでかい怪物、とそんなイメージだった。
「だが実際の怪物は、図体は人の丈よりも大きくまた生命活動に対する耐性も遥かに高いのはそうだが、知見や感覚に関するそれも下手な人間のそれよりも高い描写が続く。そうだな、作者がウィットに富んだ表現を多用する分を除いたとしても、主人公であるヴィクタと会合し契約を交わす場面でも、主人公の心を揺り動かすほどに言語を巧みに操り納得せしめる語学すら持つ」
 人間が生まれ育ち、言葉という手段を用いて社会のシステムや他人という心理について理解をするのにどれぐらいの時間を要するだろうか。船医は続けた。怪物はその時間を作中、約2年の歳月でもって機知に富む人格をもっていた。対して人間は物心がつくまでにはおよそ6才から8才、人格形成として安定するには18才程度まではかかるだろう。人間の意識とフランケンシュタインの意識、その違いとは何だろうか。
「ちょ、ちょっと待ってください」
「どうしたね」
「フランケンシュタインの頭の良さと、メリーさんがミスタ・フランケンシュタインと呼んでみせたことと何の関係があるんですか?」
「ふむ、実はない。だが、船医である私は答えを言えないのだよ」
「なぜ」
「メスメリズム。動物磁気。私にも怪物を作れたかもしれないということかな」
 と、船医は要領を得ない返事をする。まるで知識というテープを繰り返し再生しているような薄ら寒さすら覚える言葉だった。なぜ、初めて聞く言葉、返事のはずなのに聞いたことがあるような気がする。知識に対する既視感。知っていることを忘れて、思い出させるように知らされて。でもそれは自分の口や頭の中から出てくるわけではなくて。僕はくらりと目眩がする。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 
 意識というのは何なのだろうか、
 主計長、船医。これらは乗組員としては正当な役職であり、中規模に属する艦の構成員としてはいて当然だ。
 だが彼女たちは。そもそも乗組員でありえない。僕は理解する。メリーさんに聞くまでもなかった。
 この船は軍船だ、女性が乗るはずないじゃないか。




    ※※まだ書きかけです※※
※作中のタールは防腐剤用途のもの(コールタール)であり、万能薬用途で使用されるもの(木タール)とは別ですので摂取しないようお願いいたします。

※メスマーは造語です。
※作中はメスメリズムに関わる船医を揶揄の意味でメスマーと呼んでいます。(出典wiki:フランツ・アントン・メスメル)
河岬弦一朗
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コメント



0.40簡易評価
1.10名前が無い程度の能力削除
内容に興味は持ちました
4.10名前が無い程度の能力削除
これあともう少し書いて短編に仕上げた方がよかったんじゃね、1000字も増やせば足るだろ
5.20名前が無い程度の能力削除
起承転結の起承で終わっている。しかも起から承への流れも唐突。

短編でこれだと、折角の秘封ならではの掛け合いと、気合い入った近代海運事情の描写、この二つが繋がらない。
6.20名前が無い程度の能力削除
秘封倶楽部の会話だとか、雰囲気自体はよくできていると思います。
ただやはり、書きかけで投稿するのはいかがなものかと思いますのでこの点数で。
7.603削除
「面白そう」なのですが、いかんせん書きかけなだけに「面白そう」の域を出ないのが残念です。