「節分やるわよ!」
永遠亭の頂点に君臨する姫様、蓬莱山輝夜の突然の発言。
それを聞いた私、因幡てゐは面倒な事になりそうだなぁと思いながら、姫様を見つめるのであった。
地上の兎と節分
「節分ですか?」
お師匠様こと、八意永琳が聞き返す。
節分ねえ。確かにそろそろ暦では春も近づいているし、確かに節分は近い。
しかし節分なんて、何か特別にやることなどあっただろうか。
邪気払いをやるという話は聞いたことがあるが、永遠亭ではそういった行事は今までやっていないし。
「あのね、もこたんから聞いたのだけど、節分に鬼に豆をぶつけて太巻きを食べるのが最近の節分における『とれんど』なんだって」
鬼にまめをぶつける、か。煎った大豆は鬼に効果的だ。太巻きの意味は分からないがおそらく鬼祓えの儀式の一種だろう。最近はそんな儀式が流行りなのか。
「大豆は備蓄が有るし、太巻も海苔とかを買い足せばつくれると思うよ。今度買い出し行っとくね」
姫様が一度興味を持ったらそれを止めるのは至難の業だ。逆らうより付き合った方が面倒が少ない。一先ず準備に必要そうな物を報告する。
何も言わずに放置すると、無駄に行動力を発揮した姫様が、無駄に有り余る財力を以て、無駄に物資を買い漁る事により、無駄に物が溢れかねないのだ。早めの報告と行動が肝心である。
「あら、ありがとう、てゐ。あとは鬼の準備かしら」
「鬼のお面は宝物庫にいいのあったとおもうよ? 鬼役は……まあ鈴仙にやらせればいいんじゃない?」
姫様や師匠にやらせるのは論外だし、私がやると豆をぶつけるのを遠慮する兎が出てくる。悪いが鬼役は鈴仙ちゃんにやって貰うのが一番だろう。
これで準備の手筈は整ったから、あとはやるだけだ。兎のみんなもお祭り好きだし、手伝いは進んでやるだろう。
今回は特に面倒な事もなく実施出来そうだ、よかったよかった。そう油断してたところに馬鹿玉兎が爆弾発言を投下する。
「えー。どうせなら本物の鬼を使った方がいいんじゃない? ほら、神社に入り浸ってる小さい鬼とか、紅いチビッ子吸血鬼とかに頼むとかさ」
「あら、うどんげ、良いこと言うじゃない。それじゃあご招待して差し上げなさい。段取りは頼んだわ」
「おまかせください、師匠!」
うおい! 何安請け合いしてんだこの馬鹿鈴仙! 名だたる伊吹童子やあのスカーレットデビルに鬼祓えの鬼役を頼むなんてドンだけルナティックなんだよ!
「それじゃあイナバ、よろしくね」
「一命に代えましても!」
あれよあれよと言う間に確定事項となる、本物の鬼の招待。
姫様の『お願い』なら従わないわけにもいかないし、この馬鹿鈴仙を放置したらとんでもないことをしかねない。
はぁ、また鈴仙ちゃんの尻拭いかぁ。あまりの面倒さに、私は暗澹たる気持ちになるのだった。
---
すったもんだがあったが、鬼を探すため鈴仙ちゃんと二人博麗神社にむかうことにした。
二人並んで博麗神社へ向かう獣道を歩く。
「ちょっと、何ふらふらしてるのよ。早く行って用事を済ませないと」
「まあまあ急がばまわれ、のんびり行こうよ」
「まったく、サボってちゃしょうがないでしょ。それより、何で小鬼の方を探すの? あいつふらふらしてるから、博麗神社に居るとは限らないじゃない。紅魔館行った方がいいんじゃない?」
「鬼と言ったら立派な角、吸血鬼は角がないからこう言うのには不向きだよ」
なるほど~、と能天気に呟く鈴仙ちゃん。
本音は違うけどね。スカーレットデビルは一勢力の長、炒り豆ぶつけるなどとなれば、本人以上に周りのメイドやら魔女やらがうるさいだろう。余計なしがらみの少ない伊吹童子の方がまだ交渉の余地はある、そう考えた上での人選だ。
鈴仙ちゃんはあえて難しい方にいこうとする悪癖があるからね。こういう本音は黙っておいて、それっぽい言い訳を話すようにしている。
「それにしてもめんどくさいなぁ。鈴仙が鬼役引き受けてくれればこんなことしなくて済むのに」
本当に面倒なことをしてくれた鈴仙ちゃんに、ぽろっと愚痴をこぼしてしまう。
「だってさぁ、初めての節分じゃない。鬼役じゃなくてみんなと同じ事やりたいよ」
どうやら自分がやりたくないから他に押し付けたらしい。もう少し押し付ける先を考えることはできなかったのだろうか。私に押し付け返してくれれば良かったのに、このへん要領が悪い。
「もう、わがまま鈴仙だなぁ。お姉さん困っちゃう」
「何よ、先に押し付けてきたのてゐの方じゃない。どっちがわがままよ」
ま、そう言われてしまうと鈴仙ちゃんのこと考えてなかった私も悪かったかな、とも思う。
ひとまずここまでいたっては、伊吹童子の説得を試みるしかない。
適当にやって、ダメだったら妹紅あたりを丸め込んで鬼役をやらせよう。予定と違っても、それならきっと姫様は満足するはずだ。
---
「ふっふっふ、この封印されし邪気眼の力を使う私に、あなたが勝てると思っているの?」
「おうおう、言うね兎ちゃん。鬼と力競べしようっていう事の意味を理解しているか?」
対峙する鈴仙ちゃんと伊吹童子。
どうしてこうなった。
---
神社についた私達。
「おーい、誰か居るー?」
「んあ? おお、薬屋か。代金取り立てかい? あいにく霊夢なら留守だよ。まあ、居ても払わないと思うけど」
珍しいことに巫女は留守であり、ぼーっと留守番していた伊吹童子だけがそこに居た。
巫女が居ないほうがことを運びやすいか? ひとまず人里で買ってきた一番良い大吟醸の一升瓶を差し出す。
「いえ、実は伊吹様にちょっとご相談がありまして。ひとまずこちらをお納めください」
「わざわざこんな良い酒なんか持ってきて、なんか怪しいね。何の用だい?」
ありゃ? 警戒された? 鬼は単純明快で嘘はつけないからだから、贈り物攻勢でどうにか言質を取りに行こうかと思っていたんだけど…… 意外と用心深い。この方法はあんまり有効では無さそうだ。
「大した御用じゃございません。ひとまず一献、いかがでしょう」
酒を注いで盃を差し出す。盃は姫様から借りてきた4つ組みの漆塗りの一級品だ。
普段宴会などでは陶器の器を使っているし、中々目新しいのではないだろうかと思い借りてきておいたのだ。
「ふむ、何を考えてるのか知らんが、酒に善悪があるわけじゃあない。いただこうか。ほら、お前らも一緒に飲もう」
「ありがたくいただきます」
盃を取り、酒を注いでもらう。
一度飲ませてしまえば、贈り物を受け取ったという事実で、多少の無礼は見逃してもらえる可能性が高い。
豆ぶつけていいですか? なんてお願い、相手の神経を逆なでする可能性が高いのだ。
鬼を怒らせたら即ミンチになりかねない以上、どんな保険でも掛けておくに限る。
「ちょっとてゐ、お酒飲んでる暇なんてないでしょ!」
こんなことを考えていたのだが、この空気読めない兎が一言ででその計画をぶち壊す。
おいい! 鈴仙ちゃん? あなたお酒大好きでしょ? 人里で一番高い大吟醸よ! いいから黙って喜んで飲んでおけよ!
そういう気持ちを込めて必死にアイコンタクトをするのだが、鈍感兎の鈴仙ちゃんは一切気づいていない。
「ほう、私の酒が飲めないっていうのかい?」
こっちはこっちで酔っぱらいの典型のような絡みをする。ヤバイ、どう修正しよう!
ここで問題。この一触即発の状況。どう回避する?
答え① 超絶可愛いてゐちゃんは突如いいアイデアが閃く
答え② 巫女が帰ってくるか白黒が来るなどして助けてくれる。
答え③ 喧嘩になる。現実は非情である。
答え⑨ バカ
「あたい、さんじょう!」
答えは⑨ 現実はバカである。なんてボケてる場合じゃない!
くだらない事考えてたらチルノが湧いた!? どうすんだこれ!
「ここは危ないから、お家帰ろうね」
「やだ! かくれんぼ中だからここらへんに隠れるよ!」
ああ! 埒があかない! これだから妖精はバカでいやなんだ!
「うちでやる節分の鬼役、あなたにやってもらうわよ!」
「この伊吹童子に対し、鬼祓えに付き合えと。はっはっは、豪勢なこった。だが、無謀だな」
「無謀? 私があなたを倒す。それで豆をぶつけられる役をやらせる。どこが無謀なの?」
なんかこっちはこっちで煽りまくってるし!?
ヤバイ、このままじゃ鈴仙ちゃんが挽肉にされて、兎鍋の具にされかねない!
「すいません伊吹様、ちょっと酒気に中って世迷い事を叫んでいるようです。そちらのお酒、差し上げますのでご勘弁ください。ほら、鈴仙ちゃん! 帰るよ!」
無理矢理でも連れ帰らないとまずいことになる。
さすがにこんなダメ兎でも、一応家族だ。放置して兎鍋の具にさせる訳にはいかない。
相手に悪印象を与えるとしても、鬼は強者を好むし、逃げる相手を後ろからなんてことはしないだろう。そう思って鈴仙ちゃんの手を引くが、一向に動こうとしてくれない。
「帰る? だめよ、まだ姫様からのお使い済んでないでしょ。どうにかしてこの鬼を連れ帰らないと」
「鬼を攫うか。剛毅だね。でもどうやってやるつもりだい? 弾幕ごっこが多少強いから調子に乗ってるのかい?」
「弾幕ごっこ? そんな甘っちょろいの、流行りじゃないわ。今の流行りはこれよ」
拳を突き出す鈴仙ちゃん。
なに? 肉弾戦!? 肉弾戦とか鬼の一番得意なの何で選ぶよ!?
空気読めないダメ玉兎の鈴仙ちゃんだが、なんだかんだ言って戦闘能力は高い。
波長を狂わす狂気の瞳に、月で受けてたという軍事教練による戦闘技能を有する鈴仙ちゃん、能力をフルに使えばかなりの強者だ。
しかし所詮は兎妖怪。身体能力はたいしたことない。他の兎達に比べれば、鍛えているだけあってかなりの体力を有している。だが妖怪全体から見たら中堅所をでることはない。
そんな鈴仙ちゃんが、頭の中まで筋肉でできているといっても過言ではない鬼と力競べなんて、無謀にも程がある。
「ほう、私と拳を交えようというのかい」
「ちょ、バカ鈴仙! それ洒落にならないって! ほら! もう帰って寝るよ!」
「大丈夫よ、てゐ。私はかならず勝つ、そしてあなたのもとに帰るわ。パインサラダ期待してるわ」
パインサラダなんて永遠亭で出たことないだろ! なんてツッコミを入れる間もなく、私を振りきって伊吹童子と対峙する鈴仙ちゃん。
もう私じゃ止められない。鈴仙ちゃんがひき肉になる前に、巫女が帰ってきて止めるのを祈るしかなさそうであった。
---
霊夢も居らず、博麗神社で暇をしていた所に兎二匹が訪れた。
何の用かと思っていたが、どうやら私を節分の鬼にしたいらしい。中々怖いもの知らずである。
面倒なので少し脅せば帰るかとおもいきや、兎の一匹が喧嘩を売ってきた。それも弾幕ごっこではなく肉弾戦で。どれだけ世間知らずなんだこいつ。
もう一匹が可哀想なぐらい怯えてるし、少し痛めつけて追い返そう、そう思っていたのだが……
「行くわよ! 先手必勝! エターナルフォースブリザード!!」
手を高く掲げる兎。何をするつもりなのだろうか。さっきの拳をつきだしたのはフェイクで、魔法か妖術でも使うのだろうか。
その程度の浅はかな策で鬼を倒せると思っているならお笑いだ。鬼の頑丈さは折り紙つき、身構えていればどんな攻撃だって耐えられる。
掲げた手をこちらにかざす兎。来るか!
ドゴォッ!
そう思ったところで、側頭部に強い衝撃。全く予期していなかった方向からの攻撃に、私は吹き飛ぶ。
驚きながら空中で体勢を整え、攻撃が来た方向を見る。
そこには脚を上げた体勢の兎が。どうやら上段蹴りを食らったらしい。
いつの間に私の横まで詰め寄ったのだろう。
なんにしろあの呪文とポーズに気を取られすぎたらしい。
「なかなかやるね。そういえば名告りがまだだったね。私は伊吹萃香」
「鈴仙・優曇華院・イナバよ」
「随分洒落た名前だ。覚えておくよ」
「私は直ぐ忘れると思うわ」
言葉と同時に突っ込んでくる鈴仙。意外と速い。
速さ自体は天狗などとは比べ物にならないが、動きに無駄が無く捉えにくい。兎と侮っていたが、意外とやるようだ。
真正面から正拳突きを放ってくる。腰の入った良いパンチだが、その程度の速さで鬼を捉えられると思われては困る。
見切った上で、拳をつかもうと手を伸ばす。
スカッ!
バゴッ!
っ!? 真正面から殴られる。
掴み損ねた!?
確かに殴り慣れた者の良いパンチだったが、鬼退治をやらかすような連中の化け物じみたパンチと比べれば常識レベルのものだ。見切りそこねるとはとても思えない。しかし、相手の拳は私の掌をすり抜け、頬に突き刺さった。
「くっ!」
反撃に拳を突き出す。
攻撃の命中直後の反撃、このタイミングなら躱すのは難しいはずだ。
スカッ!
完全に鈴仙に突き刺さったように見えた拳、しかしそれは空を切るだけに終わる。
「残像だ」
ドゴォッ!
後ろから聞こえる声。振り返る間もなく後頭部に衝撃。吹き飛んで手水舎にぶち当たる。
攻撃の来た方を見やるとそこには脚を上げた体勢の鈴仙。
また上段蹴りを食らったのだろう。先ほどと同じだ。
「こいつは……」
幻術を使用している? しかし最初と異なり、二回目のパンチの時には術を使うような予備動作がなかった。だとしたら、こちらの目を欺く特殊な体捌きでもしているのかもしれない。
妖怪が武術などを使うのは珍しい。武術はそもそも弱者の技術であり、元から強い妖怪には無用だと考えるものが多いからだ。しかし例外はなんにでも居る。兎の妖怪なんて妖怪の中では弱いほうだ。だからこそ必死に鍛えたのかもしれない。
なんにしろ……
「ぞくぞくするねぇ♪」
久しぶりに楽しい戦になりそうだ。
---
鈴仙ちゃんと伊吹童子の闘いが始まった。
狂気の瞳による幻惑と、月の近接格闘術(CQCとか言うらしい)を組み合わせた方法で、鈴仙ちゃんのほうが現在のところ優位だ。
「おー、あの兎、すごいねー」
ここにワイヤーを設置してと。念のための作業をしている後ろで、呑気に妖精がつぶやく。
しかし、このまま鈴仙ちゃんが押し切って勝つことは無理だろう。攻撃力が足りなすぎる。
そもそも鬼退治で一番問題になるのは、その怪力などではない。タフさである。
確かに山を崩し、月を砕くような鬼の怪力は脅威ではある。しかし当たらなければどうということはない。私には無理だが、鈴仙ちゃんを見ている限り、ちゃんと鍛錬をすれば躱すことは不可能ではないのだろう。
一方怪力に隠れそのタフさは目立つことはないが、そちらのほうが数段厄介だ。普通の刀などでは傷つけることすらできない皮膚に首を切り落としても死なないその生命力。術も生半可なものだと通用しない。
そんな鬼に対して、拳や脚でダメージを与えるなんて常人には不可能である。
「-真の覚醒- エンドレス・ジャッジメント!」
ドカーン!
鬼が吹っ飛んで神社に突き刺さる。
「はぁ、はぁ」
鈴仙ちゃんの息があがっている。
瞳の力をフル稼働しながら全力で動いているのだ、そりゃ疲れもするだろう。
「ふふふふふ、楽しいなぁ、楽しいなあ♪」
一方殴られた方の鬼はまだピンピンしている。
このままだと、そのうち疲れた鈴仙ちゃんが相手の攻撃を躱しそこねるだろう。
しかし私に止める方法がない。もどかしいが、せいぜい巫女が早く帰ってくるのを祈るばかりだ。
「エンドレス・ジャッジメントを使っても倒せないとは……」
「なかなかいい一撃ではあったよ。でもあれじゃあ威力不足だね。何? あれで最後?」
「まだまだぁ!」
伊吹童子に向かって突っ込んでいく鈴仙ちゃん。
迎え撃つ伊吹童子が拳をつき出すが、それを躱し後ろに回り込む。
「-蛇頭拳- スネイク・スネイル!」
首に手を回し絞め技をかける鈴仙ちゃん。
打撃で埒があかない以上、絞め落とす作戦に出たらしい。
完璧に極っているように見えるが……
ブオンッ!
ドガーン!
投げ飛ばされ、真横に吹き飛ぶ鈴仙ちゃん。神社の賽銭箱に突き刺さる。
「打撃が効かないから締めに来たのかな。甘いねえ、絞め落とされるまでの間に反撃できちゃうじゃない」
前から掌で首を絞めるのとは違うのだ。後ろから絞めたら、相手に触れられる部分はせいぜい締めている腕ぐらい。普通は相手に反撃なんかできやしない。
しかしそんな常識も鬼の怪力の前には通用しないようだ。締めている腕を掴んで、強引に引き剥がし、投げ飛ばしたらしい。
「くっ!」
「さて、今度はこっちから行かせてもらうよ!!」
一気に間合いを詰める伊吹童子。
ドガスッ!
粉砕される賽銭箱、転がるように躱す鈴仙ちゃん。
賽銭箱に埋もれているときは気づかなかったが、太ももにぶっとい木片が刺さっている。賽銭箱の残骸だろうか。あんな怪我をしたんじゃあろくに動けもしない。
「おいおい、そんな脚で戦えるのかい。素直に降参したら?」
「降参? あの日から、私は逃げないって決めたの。私の辞書に降参なんて言葉はないわ!」
諦めない鈴仙ちゃん。普段はビビリなんだから、こういう時も直ぐ降参すればいいのに、なんで強がるかなぁ。
このままだと鈴仙ちゃんが本気で鍋送りだ。仕方がない。荒事は苦手なのだけど。
「はい、選手交代。伊吹童子、怪我したそっちの兎さんに代わって、私が御相手するよ」
「てゐ!?」
「へえ、あんたは私を満足させてくれるのかい?」
「残念ながら、私は格闘技なんてやってないんだよ、ねっ!」
手に持つワイヤーを引っ張る。壊れた建物の柱が伊吹童子めがけて飛んでいく。
「この程度!」
ドガッ!
一撃で柱を粉砕する伊吹童子。結構立派な柱だったが、やはりこの程度でダメージを与えるのは難しいようだ。
しかし奇襲にはなったようで、躱されることはなかった。粉砕した一瞬の隙を突いて逃げ出す。
「鬼さんこちら~♪」
「鬼ごっこかい? 捕まったらコンティニューできなけどいいかなぁぁ!?」
ずさあっ!
すごい勢いで追いかけてきた鬼だったが、仕掛けておいたトラップにあっけなく引っかかる。
網に囚われ木に吊るされる伊吹童子。
鬼縛りの樹皮から作った、特製の網による捕獲トラップ。これなら鬼の怪力と言えども破れないだろう。
でもグズグズしていられない。時間も準備も足りなかったから仕掛けたトラップはこれっきりだ。倒せない以上逃げるしか無い。
「鈴仙! 逃げるよ!」
「逃げるなんてそんな!」
怪我していて動けないだろう鈴仙ちゃんを有無を言わせずに背負う。う、重い…… 鈴仙ちゃん太ったのか!? 師匠や姫様が甘やかしすぎじゃね!?。
なんにしろ今は背負って逃げるしか無い。脱兎のごとくさっさと退散しないと。
「知らなかったのかい? 鬼からは逃げられない」
げ、あの網を抜けだした!? でもどうやって? 鬼縛りは鬼には効果的と聞いていたけど、本当はそんなことなかったのだろうか。
「鬼縛りなんて随分面白いものを引っ張り出してきたね。確かにあれは鬼の力でも千切れない。でも疎と密を操る私の能力をもってすれば、隙間から抜け出すなんて簡単だよ。」
この鬼、隙間があれば抜け出せるらしい。どこかのスキマ妖怪並にいやらしい能力だ。
「てゐ、どうにか時間稼ぎするから、あなたは逃げなさい」
「怪我人のそういうたわごとはいらないよ。へたれーせん」
怪我人に強がられても何も嬉しくないんだよねー。でももう手札は全部切っちゃったし、さてどうしよう。土下座して許してもらえないかなぁ。
霊符「夢想封印」
どかーん! どかーん!
いきなり飛んできた光の玉が伊吹童子に次々命中する。
「すーいーかぁぁぁあ?」
巫女じゃ! 鬼より怖い巫女が降臨したぞ!
「あなたは一体何をしてるのかしら?」
どかーん!
「私はあなたに、留守番を頼んだわよね?」
どかーん!
「どうして神社が壊れてるのかしら?」
どかーん!
「血は穢れの元だから、流血騒ぎはやめろって言ったわよね?」
どかーん!
次々命中する光弾。そのたびに吹き飛ぶ鬼。そして合間に聞こえる怒声。
必死の形相で逃げる鬼と、鬼より怖い形相でそれを追いかける巫女。
巫女怖いです。
ヘロヘロになった鬼に対し「さっさと神社を直せ」と命令した巫女がこちらに寄ってくる。
「全く何があったか知らないけど、あいつに勝負を挑むなんて無謀なことするわね。ひとまず治療したほうがいいでしょ。てゐ、あんたは永琳あたり呼んできなさい。鈴仙の傷、あんまり浅くなさそうだし」
「情けはいらないわ。これくらいなら飛んで帰れるし」
強がる鈴仙ちゃん。まったく、人見知りだからって直ぐこういう強がりを吐くのは、鈴仙ちゃんの悪い癖だ。
「そういう強がりは神社では禁止されてるの。怪我人はおとなしく従うのが神社のルール。異論は受け付けないわ」
全く魔理沙みたいに面倒なやつね。好意は素直に受けなさいよ。そうぶつくさ言いながら、有無も言わさず鈴仙ちゃんを部屋の中に連れ込む巫女。なんだかんだ言って面倒見が良い。
なんだかんだ言ってそれなりに大きな木片が突き刺さってたし、結構な大怪我だ。お師匠様を連れてくるのが無難だろう。
そう思い、鈴仙ちゃんのことは巫女に任せて、私は一度永遠亭に帰るのであった。
---
そんなこんなで節分がやってきた。
「鬼はーそと!」
「おにはーそと!」
「ぎゃおー! たべちゃうぞー!」
「わー! おにがおこったー!」
「にげろー!」
豆を投げる子うさぎたちを追いかける吸血鬼。ノリノリである。
「あんたのところの主だけど、あんなことしていていいの?」
「お嬢様が楽しそうで何よりです」
平然と答えるメイド。おい、いいのかよ。カリスマ減ってんぞ。
節分に並行して宴会もやるだろうし、鈴仙ちゃんの怪我でお世話になった巫女を誘った。
そうしたらなんでか知らないけど吸血鬼やメイドがついてきた。
無謀にも鈴仙ちゃんが鬼役を頼んだら、吸血鬼は鬼の仮面をかぶってノリノリで鬼役をやってくれた。曰く「吸血鬼に悪役はお似合い」だそうだ。
色々考えていたのが馬鹿らしくなってくる。
「いいな、私も豆まきしたなぁ」
「あなたはしばらく安静よ。うどんげ」
「むう」
足の怪我は結構ひどかったようで、鈴仙ちゃんはしばらくお仕事をお休みすることになった。
いまもお師匠様に膝枕されて逃げられないようにされている。
「いやあ、それにしても鈴仙のやつ、かなり強かったよ。兎のくせにやるもんだね!」
「一応自慢の弟子ですから。これでも」
「一応ってなんですかししょー」
「こういう甘ったれなところよ」
「仲の良い事で」
伊吹童子も宴会に参加し、子兎達に豆を投げられたり、酒を飲んだりしている。
今はお師匠様と鈴仙ちゃんに絡んでいるようだ。
弟子をほめられたお師匠様。鈴仙ちゃんを撫でる速度が速くなっている。表情には出さないが、かなり嬉しいのだろう。
「お疲れ様、てゐ」
「あー、姫様。ほんとうに大変でしたよ」
ぼーっとしていたら、姫さまが近づいてきた。
「ま、良い経験になったんじゃない。鈴仙も、あなたにも」
「未熟な鈴仙ちゃんと同じにしないでよ。これでも姫様より長生きよ?」
「対人関係に関してはあなたの方が未熟ってことよ。全体のことだけじゃなくて、一人ひとりのことも丁寧に考えないと」
姫様の曖昧な物言い。色々見透かされているようで居心地が悪い。
姫様ってしばしばこういう思わせぶりな言動するからなぁ。どう捉えるべきか。
「ま、鈴仙は結構無茶するから、これからもちゃんとフォローしてあげてね」
「はいはい、できる限りでやりますよ」
鬼と対峙するなんていうのは二度とゴメンだけどね。
姫様に撫でられながら、そんなふうに思うのだった。
永遠亭の頂点に君臨する姫様、蓬莱山輝夜の突然の発言。
それを聞いた私、因幡てゐは面倒な事になりそうだなぁと思いながら、姫様を見つめるのであった。
地上の兎と節分
「節分ですか?」
お師匠様こと、八意永琳が聞き返す。
節分ねえ。確かにそろそろ暦では春も近づいているし、確かに節分は近い。
しかし節分なんて、何か特別にやることなどあっただろうか。
邪気払いをやるという話は聞いたことがあるが、永遠亭ではそういった行事は今までやっていないし。
「あのね、もこたんから聞いたのだけど、節分に鬼に豆をぶつけて太巻きを食べるのが最近の節分における『とれんど』なんだって」
鬼にまめをぶつける、か。煎った大豆は鬼に効果的だ。太巻きの意味は分からないがおそらく鬼祓えの儀式の一種だろう。最近はそんな儀式が流行りなのか。
「大豆は備蓄が有るし、太巻も海苔とかを買い足せばつくれると思うよ。今度買い出し行っとくね」
姫様が一度興味を持ったらそれを止めるのは至難の業だ。逆らうより付き合った方が面倒が少ない。一先ず準備に必要そうな物を報告する。
何も言わずに放置すると、無駄に行動力を発揮した姫様が、無駄に有り余る財力を以て、無駄に物資を買い漁る事により、無駄に物が溢れかねないのだ。早めの報告と行動が肝心である。
「あら、ありがとう、てゐ。あとは鬼の準備かしら」
「鬼のお面は宝物庫にいいのあったとおもうよ? 鬼役は……まあ鈴仙にやらせればいいんじゃない?」
姫様や師匠にやらせるのは論外だし、私がやると豆をぶつけるのを遠慮する兎が出てくる。悪いが鬼役は鈴仙ちゃんにやって貰うのが一番だろう。
これで準備の手筈は整ったから、あとはやるだけだ。兎のみんなもお祭り好きだし、手伝いは進んでやるだろう。
今回は特に面倒な事もなく実施出来そうだ、よかったよかった。そう油断してたところに馬鹿玉兎が爆弾発言を投下する。
「えー。どうせなら本物の鬼を使った方がいいんじゃない? ほら、神社に入り浸ってる小さい鬼とか、紅いチビッ子吸血鬼とかに頼むとかさ」
「あら、うどんげ、良いこと言うじゃない。それじゃあご招待して差し上げなさい。段取りは頼んだわ」
「おまかせください、師匠!」
うおい! 何安請け合いしてんだこの馬鹿鈴仙! 名だたる伊吹童子やあのスカーレットデビルに鬼祓えの鬼役を頼むなんてドンだけルナティックなんだよ!
「それじゃあイナバ、よろしくね」
「一命に代えましても!」
あれよあれよと言う間に確定事項となる、本物の鬼の招待。
姫様の『お願い』なら従わないわけにもいかないし、この馬鹿鈴仙を放置したらとんでもないことをしかねない。
はぁ、また鈴仙ちゃんの尻拭いかぁ。あまりの面倒さに、私は暗澹たる気持ちになるのだった。
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すったもんだがあったが、鬼を探すため鈴仙ちゃんと二人博麗神社にむかうことにした。
二人並んで博麗神社へ向かう獣道を歩く。
「ちょっと、何ふらふらしてるのよ。早く行って用事を済ませないと」
「まあまあ急がばまわれ、のんびり行こうよ」
「まったく、サボってちゃしょうがないでしょ。それより、何で小鬼の方を探すの? あいつふらふらしてるから、博麗神社に居るとは限らないじゃない。紅魔館行った方がいいんじゃない?」
「鬼と言ったら立派な角、吸血鬼は角がないからこう言うのには不向きだよ」
なるほど~、と能天気に呟く鈴仙ちゃん。
本音は違うけどね。スカーレットデビルは一勢力の長、炒り豆ぶつけるなどとなれば、本人以上に周りのメイドやら魔女やらがうるさいだろう。余計なしがらみの少ない伊吹童子の方がまだ交渉の余地はある、そう考えた上での人選だ。
鈴仙ちゃんはあえて難しい方にいこうとする悪癖があるからね。こういう本音は黙っておいて、それっぽい言い訳を話すようにしている。
「それにしてもめんどくさいなぁ。鈴仙が鬼役引き受けてくれればこんなことしなくて済むのに」
本当に面倒なことをしてくれた鈴仙ちゃんに、ぽろっと愚痴をこぼしてしまう。
「だってさぁ、初めての節分じゃない。鬼役じゃなくてみんなと同じ事やりたいよ」
どうやら自分がやりたくないから他に押し付けたらしい。もう少し押し付ける先を考えることはできなかったのだろうか。私に押し付け返してくれれば良かったのに、このへん要領が悪い。
「もう、わがまま鈴仙だなぁ。お姉さん困っちゃう」
「何よ、先に押し付けてきたのてゐの方じゃない。どっちがわがままよ」
ま、そう言われてしまうと鈴仙ちゃんのこと考えてなかった私も悪かったかな、とも思う。
ひとまずここまでいたっては、伊吹童子の説得を試みるしかない。
適当にやって、ダメだったら妹紅あたりを丸め込んで鬼役をやらせよう。予定と違っても、それならきっと姫様は満足するはずだ。
---
「ふっふっふ、この封印されし邪気眼の力を使う私に、あなたが勝てると思っているの?」
「おうおう、言うね兎ちゃん。鬼と力競べしようっていう事の意味を理解しているか?」
対峙する鈴仙ちゃんと伊吹童子。
どうしてこうなった。
---
神社についた私達。
「おーい、誰か居るー?」
「んあ? おお、薬屋か。代金取り立てかい? あいにく霊夢なら留守だよ。まあ、居ても払わないと思うけど」
珍しいことに巫女は留守であり、ぼーっと留守番していた伊吹童子だけがそこに居た。
巫女が居ないほうがことを運びやすいか? ひとまず人里で買ってきた一番良い大吟醸の一升瓶を差し出す。
「いえ、実は伊吹様にちょっとご相談がありまして。ひとまずこちらをお納めください」
「わざわざこんな良い酒なんか持ってきて、なんか怪しいね。何の用だい?」
ありゃ? 警戒された? 鬼は単純明快で嘘はつけないからだから、贈り物攻勢でどうにか言質を取りに行こうかと思っていたんだけど…… 意外と用心深い。この方法はあんまり有効では無さそうだ。
「大した御用じゃございません。ひとまず一献、いかがでしょう」
酒を注いで盃を差し出す。盃は姫様から借りてきた4つ組みの漆塗りの一級品だ。
普段宴会などでは陶器の器を使っているし、中々目新しいのではないだろうかと思い借りてきておいたのだ。
「ふむ、何を考えてるのか知らんが、酒に善悪があるわけじゃあない。いただこうか。ほら、お前らも一緒に飲もう」
「ありがたくいただきます」
盃を取り、酒を注いでもらう。
一度飲ませてしまえば、贈り物を受け取ったという事実で、多少の無礼は見逃してもらえる可能性が高い。
豆ぶつけていいですか? なんてお願い、相手の神経を逆なでする可能性が高いのだ。
鬼を怒らせたら即ミンチになりかねない以上、どんな保険でも掛けておくに限る。
「ちょっとてゐ、お酒飲んでる暇なんてないでしょ!」
こんなことを考えていたのだが、この空気読めない兎が一言ででその計画をぶち壊す。
おいい! 鈴仙ちゃん? あなたお酒大好きでしょ? 人里で一番高い大吟醸よ! いいから黙って喜んで飲んでおけよ!
そういう気持ちを込めて必死にアイコンタクトをするのだが、鈍感兎の鈴仙ちゃんは一切気づいていない。
「ほう、私の酒が飲めないっていうのかい?」
こっちはこっちで酔っぱらいの典型のような絡みをする。ヤバイ、どう修正しよう!
ここで問題。この一触即発の状況。どう回避する?
答え① 超絶可愛いてゐちゃんは突如いいアイデアが閃く
答え② 巫女が帰ってくるか白黒が来るなどして助けてくれる。
答え③ 喧嘩になる。現実は非情である。
答え⑨ バカ
「あたい、さんじょう!」
答えは⑨ 現実はバカである。なんてボケてる場合じゃない!
くだらない事考えてたらチルノが湧いた!? どうすんだこれ!
「ここは危ないから、お家帰ろうね」
「やだ! かくれんぼ中だからここらへんに隠れるよ!」
ああ! 埒があかない! これだから妖精はバカでいやなんだ!
「うちでやる節分の鬼役、あなたにやってもらうわよ!」
「この伊吹童子に対し、鬼祓えに付き合えと。はっはっは、豪勢なこった。だが、無謀だな」
「無謀? 私があなたを倒す。それで豆をぶつけられる役をやらせる。どこが無謀なの?」
なんかこっちはこっちで煽りまくってるし!?
ヤバイ、このままじゃ鈴仙ちゃんが挽肉にされて、兎鍋の具にされかねない!
「すいません伊吹様、ちょっと酒気に中って世迷い事を叫んでいるようです。そちらのお酒、差し上げますのでご勘弁ください。ほら、鈴仙ちゃん! 帰るよ!」
無理矢理でも連れ帰らないとまずいことになる。
さすがにこんなダメ兎でも、一応家族だ。放置して兎鍋の具にさせる訳にはいかない。
相手に悪印象を与えるとしても、鬼は強者を好むし、逃げる相手を後ろからなんてことはしないだろう。そう思って鈴仙ちゃんの手を引くが、一向に動こうとしてくれない。
「帰る? だめよ、まだ姫様からのお使い済んでないでしょ。どうにかしてこの鬼を連れ帰らないと」
「鬼を攫うか。剛毅だね。でもどうやってやるつもりだい? 弾幕ごっこが多少強いから調子に乗ってるのかい?」
「弾幕ごっこ? そんな甘っちょろいの、流行りじゃないわ。今の流行りはこれよ」
拳を突き出す鈴仙ちゃん。
なに? 肉弾戦!? 肉弾戦とか鬼の一番得意なの何で選ぶよ!?
空気読めないダメ玉兎の鈴仙ちゃんだが、なんだかんだ言って戦闘能力は高い。
波長を狂わす狂気の瞳に、月で受けてたという軍事教練による戦闘技能を有する鈴仙ちゃん、能力をフルに使えばかなりの強者だ。
しかし所詮は兎妖怪。身体能力はたいしたことない。他の兎達に比べれば、鍛えているだけあってかなりの体力を有している。だが妖怪全体から見たら中堅所をでることはない。
そんな鈴仙ちゃんが、頭の中まで筋肉でできているといっても過言ではない鬼と力競べなんて、無謀にも程がある。
「ほう、私と拳を交えようというのかい」
「ちょ、バカ鈴仙! それ洒落にならないって! ほら! もう帰って寝るよ!」
「大丈夫よ、てゐ。私はかならず勝つ、そしてあなたのもとに帰るわ。パインサラダ期待してるわ」
パインサラダなんて永遠亭で出たことないだろ! なんてツッコミを入れる間もなく、私を振りきって伊吹童子と対峙する鈴仙ちゃん。
もう私じゃ止められない。鈴仙ちゃんがひき肉になる前に、巫女が帰ってきて止めるのを祈るしかなさそうであった。
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霊夢も居らず、博麗神社で暇をしていた所に兎二匹が訪れた。
何の用かと思っていたが、どうやら私を節分の鬼にしたいらしい。中々怖いもの知らずである。
面倒なので少し脅せば帰るかとおもいきや、兎の一匹が喧嘩を売ってきた。それも弾幕ごっこではなく肉弾戦で。どれだけ世間知らずなんだこいつ。
もう一匹が可哀想なぐらい怯えてるし、少し痛めつけて追い返そう、そう思っていたのだが……
「行くわよ! 先手必勝! エターナルフォースブリザード!!」
手を高く掲げる兎。何をするつもりなのだろうか。さっきの拳をつきだしたのはフェイクで、魔法か妖術でも使うのだろうか。
その程度の浅はかな策で鬼を倒せると思っているならお笑いだ。鬼の頑丈さは折り紙つき、身構えていればどんな攻撃だって耐えられる。
掲げた手をこちらにかざす兎。来るか!
ドゴォッ!
そう思ったところで、側頭部に強い衝撃。全く予期していなかった方向からの攻撃に、私は吹き飛ぶ。
驚きながら空中で体勢を整え、攻撃が来た方向を見る。
そこには脚を上げた体勢の兎が。どうやら上段蹴りを食らったらしい。
いつの間に私の横まで詰め寄ったのだろう。
なんにしろあの呪文とポーズに気を取られすぎたらしい。
「なかなかやるね。そういえば名告りがまだだったね。私は伊吹萃香」
「鈴仙・優曇華院・イナバよ」
「随分洒落た名前だ。覚えておくよ」
「私は直ぐ忘れると思うわ」
言葉と同時に突っ込んでくる鈴仙。意外と速い。
速さ自体は天狗などとは比べ物にならないが、動きに無駄が無く捉えにくい。兎と侮っていたが、意外とやるようだ。
真正面から正拳突きを放ってくる。腰の入った良いパンチだが、その程度の速さで鬼を捉えられると思われては困る。
見切った上で、拳をつかもうと手を伸ばす。
スカッ!
バゴッ!
っ!? 真正面から殴られる。
掴み損ねた!?
確かに殴り慣れた者の良いパンチだったが、鬼退治をやらかすような連中の化け物じみたパンチと比べれば常識レベルのものだ。見切りそこねるとはとても思えない。しかし、相手の拳は私の掌をすり抜け、頬に突き刺さった。
「くっ!」
反撃に拳を突き出す。
攻撃の命中直後の反撃、このタイミングなら躱すのは難しいはずだ。
スカッ!
完全に鈴仙に突き刺さったように見えた拳、しかしそれは空を切るだけに終わる。
「残像だ」
ドゴォッ!
後ろから聞こえる声。振り返る間もなく後頭部に衝撃。吹き飛んで手水舎にぶち当たる。
攻撃の来た方を見やるとそこには脚を上げた体勢の鈴仙。
また上段蹴りを食らったのだろう。先ほどと同じだ。
「こいつは……」
幻術を使用している? しかし最初と異なり、二回目のパンチの時には術を使うような予備動作がなかった。だとしたら、こちらの目を欺く特殊な体捌きでもしているのかもしれない。
妖怪が武術などを使うのは珍しい。武術はそもそも弱者の技術であり、元から強い妖怪には無用だと考えるものが多いからだ。しかし例外はなんにでも居る。兎の妖怪なんて妖怪の中では弱いほうだ。だからこそ必死に鍛えたのかもしれない。
なんにしろ……
「ぞくぞくするねぇ♪」
久しぶりに楽しい戦になりそうだ。
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鈴仙ちゃんと伊吹童子の闘いが始まった。
狂気の瞳による幻惑と、月の近接格闘術(CQCとか言うらしい)を組み合わせた方法で、鈴仙ちゃんのほうが現在のところ優位だ。
「おー、あの兎、すごいねー」
ここにワイヤーを設置してと。念のための作業をしている後ろで、呑気に妖精がつぶやく。
しかし、このまま鈴仙ちゃんが押し切って勝つことは無理だろう。攻撃力が足りなすぎる。
そもそも鬼退治で一番問題になるのは、その怪力などではない。タフさである。
確かに山を崩し、月を砕くような鬼の怪力は脅威ではある。しかし当たらなければどうということはない。私には無理だが、鈴仙ちゃんを見ている限り、ちゃんと鍛錬をすれば躱すことは不可能ではないのだろう。
一方怪力に隠れそのタフさは目立つことはないが、そちらのほうが数段厄介だ。普通の刀などでは傷つけることすらできない皮膚に首を切り落としても死なないその生命力。術も生半可なものだと通用しない。
そんな鬼に対して、拳や脚でダメージを与えるなんて常人には不可能である。
「-真の覚醒- エンドレス・ジャッジメント!」
ドカーン!
鬼が吹っ飛んで神社に突き刺さる。
「はぁ、はぁ」
鈴仙ちゃんの息があがっている。
瞳の力をフル稼働しながら全力で動いているのだ、そりゃ疲れもするだろう。
「ふふふふふ、楽しいなぁ、楽しいなあ♪」
一方殴られた方の鬼はまだピンピンしている。
このままだと、そのうち疲れた鈴仙ちゃんが相手の攻撃を躱しそこねるだろう。
しかし私に止める方法がない。もどかしいが、せいぜい巫女が早く帰ってくるのを祈るばかりだ。
「エンドレス・ジャッジメントを使っても倒せないとは……」
「なかなかいい一撃ではあったよ。でもあれじゃあ威力不足だね。何? あれで最後?」
「まだまだぁ!」
伊吹童子に向かって突っ込んでいく鈴仙ちゃん。
迎え撃つ伊吹童子が拳をつき出すが、それを躱し後ろに回り込む。
「-蛇頭拳- スネイク・スネイル!」
首に手を回し絞め技をかける鈴仙ちゃん。
打撃で埒があかない以上、絞め落とす作戦に出たらしい。
完璧に極っているように見えるが……
ブオンッ!
ドガーン!
投げ飛ばされ、真横に吹き飛ぶ鈴仙ちゃん。神社の賽銭箱に突き刺さる。
「打撃が効かないから締めに来たのかな。甘いねえ、絞め落とされるまでの間に反撃できちゃうじゃない」
前から掌で首を絞めるのとは違うのだ。後ろから絞めたら、相手に触れられる部分はせいぜい締めている腕ぐらい。普通は相手に反撃なんかできやしない。
しかしそんな常識も鬼の怪力の前には通用しないようだ。締めている腕を掴んで、強引に引き剥がし、投げ飛ばしたらしい。
「くっ!」
「さて、今度はこっちから行かせてもらうよ!!」
一気に間合いを詰める伊吹童子。
ドガスッ!
粉砕される賽銭箱、転がるように躱す鈴仙ちゃん。
賽銭箱に埋もれているときは気づかなかったが、太ももにぶっとい木片が刺さっている。賽銭箱の残骸だろうか。あんな怪我をしたんじゃあろくに動けもしない。
「おいおい、そんな脚で戦えるのかい。素直に降参したら?」
「降参? あの日から、私は逃げないって決めたの。私の辞書に降参なんて言葉はないわ!」
諦めない鈴仙ちゃん。普段はビビリなんだから、こういう時も直ぐ降参すればいいのに、なんで強がるかなぁ。
このままだと鈴仙ちゃんが本気で鍋送りだ。仕方がない。荒事は苦手なのだけど。
「はい、選手交代。伊吹童子、怪我したそっちの兎さんに代わって、私が御相手するよ」
「てゐ!?」
「へえ、あんたは私を満足させてくれるのかい?」
「残念ながら、私は格闘技なんてやってないんだよ、ねっ!」
手に持つワイヤーを引っ張る。壊れた建物の柱が伊吹童子めがけて飛んでいく。
「この程度!」
ドガッ!
一撃で柱を粉砕する伊吹童子。結構立派な柱だったが、やはりこの程度でダメージを与えるのは難しいようだ。
しかし奇襲にはなったようで、躱されることはなかった。粉砕した一瞬の隙を突いて逃げ出す。
「鬼さんこちら~♪」
「鬼ごっこかい? 捕まったらコンティニューできなけどいいかなぁぁ!?」
ずさあっ!
すごい勢いで追いかけてきた鬼だったが、仕掛けておいたトラップにあっけなく引っかかる。
網に囚われ木に吊るされる伊吹童子。
鬼縛りの樹皮から作った、特製の網による捕獲トラップ。これなら鬼の怪力と言えども破れないだろう。
でもグズグズしていられない。時間も準備も足りなかったから仕掛けたトラップはこれっきりだ。倒せない以上逃げるしか無い。
「鈴仙! 逃げるよ!」
「逃げるなんてそんな!」
怪我していて動けないだろう鈴仙ちゃんを有無を言わせずに背負う。う、重い…… 鈴仙ちゃん太ったのか!? 師匠や姫様が甘やかしすぎじゃね!?。
なんにしろ今は背負って逃げるしか無い。脱兎のごとくさっさと退散しないと。
「知らなかったのかい? 鬼からは逃げられない」
げ、あの網を抜けだした!? でもどうやって? 鬼縛りは鬼には効果的と聞いていたけど、本当はそんなことなかったのだろうか。
「鬼縛りなんて随分面白いものを引っ張り出してきたね。確かにあれは鬼の力でも千切れない。でも疎と密を操る私の能力をもってすれば、隙間から抜け出すなんて簡単だよ。」
この鬼、隙間があれば抜け出せるらしい。どこかのスキマ妖怪並にいやらしい能力だ。
「てゐ、どうにか時間稼ぎするから、あなたは逃げなさい」
「怪我人のそういうたわごとはいらないよ。へたれーせん」
怪我人に強がられても何も嬉しくないんだよねー。でももう手札は全部切っちゃったし、さてどうしよう。土下座して許してもらえないかなぁ。
霊符「夢想封印」
どかーん! どかーん!
いきなり飛んできた光の玉が伊吹童子に次々命中する。
「すーいーかぁぁぁあ?」
巫女じゃ! 鬼より怖い巫女が降臨したぞ!
「あなたは一体何をしてるのかしら?」
どかーん!
「私はあなたに、留守番を頼んだわよね?」
どかーん!
「どうして神社が壊れてるのかしら?」
どかーん!
「血は穢れの元だから、流血騒ぎはやめろって言ったわよね?」
どかーん!
次々命中する光弾。そのたびに吹き飛ぶ鬼。そして合間に聞こえる怒声。
必死の形相で逃げる鬼と、鬼より怖い形相でそれを追いかける巫女。
巫女怖いです。
ヘロヘロになった鬼に対し「さっさと神社を直せ」と命令した巫女がこちらに寄ってくる。
「全く何があったか知らないけど、あいつに勝負を挑むなんて無謀なことするわね。ひとまず治療したほうがいいでしょ。てゐ、あんたは永琳あたり呼んできなさい。鈴仙の傷、あんまり浅くなさそうだし」
「情けはいらないわ。これくらいなら飛んで帰れるし」
強がる鈴仙ちゃん。まったく、人見知りだからって直ぐこういう強がりを吐くのは、鈴仙ちゃんの悪い癖だ。
「そういう強がりは神社では禁止されてるの。怪我人はおとなしく従うのが神社のルール。異論は受け付けないわ」
全く魔理沙みたいに面倒なやつね。好意は素直に受けなさいよ。そうぶつくさ言いながら、有無も言わさず鈴仙ちゃんを部屋の中に連れ込む巫女。なんだかんだ言って面倒見が良い。
なんだかんだ言ってそれなりに大きな木片が突き刺さってたし、結構な大怪我だ。お師匠様を連れてくるのが無難だろう。
そう思い、鈴仙ちゃんのことは巫女に任せて、私は一度永遠亭に帰るのであった。
---
そんなこんなで節分がやってきた。
「鬼はーそと!」
「おにはーそと!」
「ぎゃおー! たべちゃうぞー!」
「わー! おにがおこったー!」
「にげろー!」
豆を投げる子うさぎたちを追いかける吸血鬼。ノリノリである。
「あんたのところの主だけど、あんなことしていていいの?」
「お嬢様が楽しそうで何よりです」
平然と答えるメイド。おい、いいのかよ。カリスマ減ってんぞ。
節分に並行して宴会もやるだろうし、鈴仙ちゃんの怪我でお世話になった巫女を誘った。
そうしたらなんでか知らないけど吸血鬼やメイドがついてきた。
無謀にも鈴仙ちゃんが鬼役を頼んだら、吸血鬼は鬼の仮面をかぶってノリノリで鬼役をやってくれた。曰く「吸血鬼に悪役はお似合い」だそうだ。
色々考えていたのが馬鹿らしくなってくる。
「いいな、私も豆まきしたなぁ」
「あなたはしばらく安静よ。うどんげ」
「むう」
足の怪我は結構ひどかったようで、鈴仙ちゃんはしばらくお仕事をお休みすることになった。
いまもお師匠様に膝枕されて逃げられないようにされている。
「いやあ、それにしても鈴仙のやつ、かなり強かったよ。兎のくせにやるもんだね!」
「一応自慢の弟子ですから。これでも」
「一応ってなんですかししょー」
「こういう甘ったれなところよ」
「仲の良い事で」
伊吹童子も宴会に参加し、子兎達に豆を投げられたり、酒を飲んだりしている。
今はお師匠様と鈴仙ちゃんに絡んでいるようだ。
弟子をほめられたお師匠様。鈴仙ちゃんを撫でる速度が速くなっている。表情には出さないが、かなり嬉しいのだろう。
「お疲れ様、てゐ」
「あー、姫様。ほんとうに大変でしたよ」
ぼーっとしていたら、姫さまが近づいてきた。
「ま、良い経験になったんじゃない。鈴仙も、あなたにも」
「未熟な鈴仙ちゃんと同じにしないでよ。これでも姫様より長生きよ?」
「対人関係に関してはあなたの方が未熟ってことよ。全体のことだけじゃなくて、一人ひとりのことも丁寧に考えないと」
姫様の曖昧な物言い。色々見透かされているようで居心地が悪い。
姫様ってしばしばこういう思わせぶりな言動するからなぁ。どう捉えるべきか。
「ま、鈴仙は結構無茶するから、これからもちゃんとフォローしてあげてね」
「はいはい、できる限りでやりますよ」
鬼と対峙するなんていうのは二度とゴメンだけどね。
姫様に撫でられながら、そんなふうに思うのだった。
てゐの策士っぷりもよかったですが、レミリアの器のデカさが一番目を引きました。
最後にちょろっと出てきただけなのにこのインパクト。
てゐに言いたい、断じてカリスマは減っていないと。
ただ、その、擬音をそのまま書くのはちょっと字面が悪かったかもしれません。
バトル物はあまり読んだことがないのですが、楽しく読ませていただきました。
このレミリアノリノリである。
あとチルノは出落ちキャラとして万能だと思う。
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