二ッ岩マミゾウはその日、射命丸文の取材を受けていた。文々。新聞の取材だ。寒風が幻想郷を吹き抜ける、師走も中頃のことである。兼ねてから、外の世界と幻想郷で何か違うことはあるか、記事にしたいから取材させてくれと言われていたのだ。断る理由もないので、マミゾウは引き受けることにしたのである。丁度予定が空いていたのが、今日だった。
隔離された幻想郷には、外の世界についての情報は断片的にしか入ってこない。外の世界から迷い込んでくる人間か、結界を自由に越えることが出来るらしい八雲紫から話を聞く。もしくは、無縁塚に流れ着く物から想像するしかないのだ。その程度では当然だが、外の世界についての情報を欲している知識人を満足させることなど出来るはずがない。そこに現れたのが、マミゾウだった。
彼女の持っている知識は、外の世界を知りたがっている者にとって、喉から手がでるほど欲しいものだろう。頭の中には、千年分以上の正確な知識が詰まっているのだ。特に最近のものとなれば、正確さもぐっと上がる。昔のことであっても、書籍に記された以上のことを知っているかもしれない。まさに生き字引というわけだ。
そんなマミゾウの知識を記事とすれば、知識人たちへ自分の新聞を売り込むことが出来ると考え、取材を申し込んできたのである。文はこう言っていたが、実際のところ、記事にするような事件が起きていないのだろうとマミゾウは考えていた。
そんなわけで、二人の会話は自然と、年末に外の世界ではどのような行事が行われているかになっていったのである。
「外の世界にはクリスマスという行事があるそうですけど、どんなことをするんですか?」
「何じゃ、やっぱり幻想郷はクリスマスをやらんのか」
「ええ、まぁ。一般的ではありませんね」
なるほど、外の世界と雰囲気が違うことに納得ができた。メモとペンを手に一挙手一投足を逃すまいと構えている文を見ながら、マミゾウは悟られないよう心の中で落胆のため息をもらした。無いのだろうと予想はしていたが、少なからず、クリスマスを楽しみにしていたのである。だが決して、プレゼントが欲しいからという、子供のような理由からではない。
年末に行われるクリスマスは、年末へ向けて誰もが忙しく働く中、一息付くことの出来る貴重なイベントだ。マミゾウは毎年、気持ちよく次の年を迎えることが出来るよう、親分としてあちこちをかけずり回っていた。その中にあって、その日だけは仕事を忘れ、子分の狸たちと飲み明かすことが常となっていたのである。その感覚が幻想郷に来てからも抜けきれず、そんな気配も無いというのに、ついつい期待してしまっていたのだろう。
「クリスマスというのはな、年末の忙しい中で一息付けるイベントじゃよ。そこで英気を養って、最後の追い込みに入るわけじゃな。たいていは、家族だの恋人だのとパーティしておるよ」
「なるほど。他には何をするんですか?」
「他にか……。最後にプレゼントの交換をするぐらいかのう」
「それだけですか? 何かもっと過激な……。たとえば、プレゼントが人間の頭だったり」
「そんな物を送る行事なはずがなかろう。そんなものが広まったら、外の世界はどれだけ物騒なんじゃ」
「ありゃあ、じゃあみなさん勘違いをしてるわけですね。クリスマスって、そういうイベントじゃないんですか」
「うん? 勘違いじゃと? どういうことじゃな」
聞き捨てならないと、マミゾウは体を乗り出した。文だけでなく、幻想郷の人妖がクリスマスを勘違いをするような原因がどのようなものか、気になったのである。もしかすると、その勘違いをただせば、この世界でもクリスマスが流行るのではないかと考えたというのもあった。
「幻想郷でもクリスマスを祝っている場所はありまして、それが紅魔館なんです」
「紅魔館というと……湖のところにあるあの屋敷かのう」
紅魔館と聞いて、マミゾウは吸血鬼が住むという、血で塗りたくったかのように真っ赤な屋敷を思い出していた。館を訪れたことは無かったが、近くを通りかかった時に見かけていたのである。遠目ではあったが、なるほど吸血鬼の住処らしく禍々しい雰囲気を醸し出していたから、印象には残っていた。
「そうです。そこって吸血鬼とその手下が住んでいるということで、里の人間たちも内心恐れている場所なんですよ。そこで毎年、年の瀬になるとクリスマスなる怪しげな宴をやっていると、そんな風に言われているんです」
「うーむ。確かに、怪しい屋敷で恐ろしい妖怪が、なにやら妙な事をしているとなれば、クリスマスが悪魔の集いか何かかと勘違いされても仕方がないかもしれんのう。うーむむ」
クリスマスが広まる前から隔離されていたのなら、まだやりようはあっただろう。実際、幻想郷が出来た当時はまだクリスマスが流行ってはいなかったはずだ。だがこれは、予想外の原因である。思わず唸りながら、以前オカルト好きの人間から聞いた、サバトなる悪魔を呼び出すための儀式の事をマミゾウは思い出していた。それには家畜の死体や、人間の生け贄といった物騒な代物を使うと聞いて顔をしかめたものだが、クリスマスに対して幻想郷の人間たちは同じような印象を抱いているのだろう。吸血鬼は一度ならず異変を起こしているらしいから、恐怖感も自然と膨れ上がっているのかもしれない。そのような連中ばかりがしている行事と思われているのなら、流行るはずがないのだ。
「ですからここで、マミゾウさんがクリスマスの正しい姿を広めるというのは、どうでしょう。もしかすると、今回の記事がきっかけで広まるというのも、あるかもしれませんよ」
なにやら含みのある笑顔で、文が言った。あわよくばクリスマスを広めたいという考えを見破られたのかと思ってしまうマミゾウであったが、相手はサトリではなく鴉天狗である。ここでクリスマスを広める切っ掛けとなれば、自分の新聞に箔が付くなどと考えているのかもしれない。流行の発信源となれば、当然購読者数も増えるだろう。しかしどのような理由であれ、広めてくれるのならばありがたい話である。クリスマスの起源や、どうして今のような形になったのか、流石のマミゾウでもはっきりとは分からないことだが、聞いたことのある話を記憶の中からかき集め始めるのだった。
後日発行された新聞を手に、マミゾウは上機嫌であった。天狗は記事を捏造することがある。そう聞いていたので少しは不安に思っていたのだが、どうやら無用の心配だったらしい。彼女の話した内容が、やや誇張はされているものの、ちゃんと記事になっている。他人の知識を当てにしておいて、語ったこととはまったく違う内容を書くというのは流石にしないのだろう。さらに写真写りも良く、まるで偉い学者か知識人のようにも見える。これなら、今後も取材を受けて良いとマミゾウは思うのだった。
だが、マミゾウの機嫌を良くしているのはそれだけではない。新聞が発行されてから、にわかにクリスマスが流行り始めたのだ。悪魔の宴などではないと分かったのと、マミゾウが宴会と言ったことが良い方向に働いたのかもしれなかった。宴会好きの幻想郷の人々には、この説明が分かりやすかったのだろう。人間から信頼を得ているのと、外から来たことが知られているマミゾウが語ったというのも、少しは関係しているのかもしれない。
流石に聞き慣れたメロディーが流れてくるまでではないが、それでもどこか、浮かれている雰囲気を感じることが出来るようになっていた。このまま何年も続いてくれれば、もっと盛大な行事となるかもしれない。
そしてもう一つ、マミゾウを喜ばせることがあった。
新聞が発行された日のこと、ぬえが部屋を訪ねてきた。その手には、文々。新聞が握られている。
「ねぇマミゾウさ、ここに書いてあるのって本当?」
「嘘を言ってどうする。それは紛れもなく儂の言葉じゃよ。この前インタビューを受けてな、色々と話してやったわい」
身近な相手が新聞に載っているというのは、珍しいことだろう。だからこれが本当に親友なのか、確かめに来たのかもしれない。天狗のでっち上げだという可能性もあるのだ。ぬえが尋ねてきた理由を、マミゾウはこう判断した。
「じゃあこの話も本当なんだ。クリスマスにはプレゼントを交換するっての」
「ああ、勿論じゃよ。儂はもっぱら手下どもと交換してたのう」
「じゃあさ、今年は私と交換しない? プレゼント交換ってのは、大切な相手とするってんでしょ?」
恥ずかしそうに言ったぬえに、思わず珍しい物でも見るかのような目を向けてしまったマミゾウである。ぬえの提案が、決して嬉しくなかったわけではない。彼女がマミゾウにとって、大切な相手だというのは疑いようがない。大切だと思っていないなら、そんな相手からの誘いで幻想郷を訪れることはなかっただろう。だが今のぬえの言葉は、自分もマミゾウのことをそう思っていると告白しているようなものだ。仲の良い彼女とプレゼント交換が出来るというのは嬉しいことだが、しかし、千年前はこんなに可愛らしい性格をしていただろうかと、首を傾げてしまう。長い間封印されていたから、人肌恋しくなったのだろうか。
そんなマミゾウの考えを察知したのか、ぬえは口をとがらせた。自分の言ったことがどういった意味を持っているのか改めて自覚したらしく、恥ずかしそうにそっぽを向いている。
「良いじゃない。こういう事ってやったことがなかったんだから、気になるのよ。それで、交換するの? しないの? どうせ寺の連中は他の宗教の行事なんかやらないんだし、私しか相手が居ないと思うんだけど。当日になって寂しいなんて言っても、知らないからね」
などと、悪態を付く始末である。頬を真っ赤にしてそっぽを向いている姿と併せて、照れ隠しのようにしか見えない。だが彼女の言うとおり、寺の連中はクリスマスに関しては期待できないだろう。熱心な仏教徒である聖を筆頭としている集団なのだから、クリスマスらしいことを出来る相手と言えば、そこからやや外れているぬえぐらいなものだ。なるほど、浮いている者同士は丁度良いのかもしれない。そういう理由もあるし、なによりぬえが自分のことを考えてくれているというのが嬉しくて、マミゾウは微笑んだ。
「それなら、とっておきのものを考えておかんといかんのう。折角ぬえから誘ってもらったんじゃからな。あんさんにピッタリな物を用意しておかんと」
「そうそう。私もさ古狸によく似合いそうな物を見繕ってくるからさ。たとえば、腹巻きとかどうかな? 年を取ったら、寒がりになるらしいし」
「古狸らしいかはおいといて、暖かいものなら大歓迎じゃがな。幻想郷の冬はちと堪えるわい。何なら、マフラーと股引もセットで良いぞ」
そう言ってマミゾウが体を振るわせおどけてみせると、ぬえはそれをケラケラと笑い飛ばした。つられるようにして、マミゾウも笑い出す。彼女らは親友であり、悪友である。湿っぽい話よりも、互いに悪態を付くぐらいが丁度良いのだ。さて、そんな悪友に何を送ってやろうかと、マミゾウは思案を巡らせ始めた。ぬえがどれほどの物を用意しようと、それを上回る物をプレゼントし、悔しがらせてやろう。そんなことを考えているのであった。
こうしてプレゼントを用意したマミゾウだったが、ある事件が起きた。クリスマス当日のことである。いつもの時間に起き出したマミゾウは、小躍りせんばかりの高揚感に包まれていた。このような感覚は、何時ぶりだろうか。ぬえの言ったとおり、命連寺にクリスマスを祝おうという雰囲気はまったくないため、今日は二人でささやかながら宴会でもしようと決めていたのである。親友と飲み交わすことが出来ることと、どんなプレゼントをぬえが用意しているのか楽しみで浮かれしまっているのだ。少し意識しただけで、つい口元が緩んでしまう。
「さてさて、あいつは何を持ってくるかのう。本当にマフラーなんかを持ってきても、まぁ別に構わんのじゃがなぁ」
言いながら、マミゾウは戸棚を見やった。今日のために用意したプレゼントが、そこにしまってあるのだ。ぬえのためにとあちこちを探し回り、ようやく見つけた代物である。これならきっと、あの悪友も喜んでくれるだろうという自信があった。
マミゾウは立ち上がると、鼻歌交じりで戸棚へと近寄っていく。逸る気持ちを抑えられず、満足するまでプレゼントを眺めて過ごそうと思ったのだ。朝食までは、まだまだ時間がある。誰かが呼びに来るまで親分らしからぬ、締まりのない表情になってしまうのだろう。だが、幸せそうな彼女の表情は、戸棚を開けた瞬間に凍り付くこととなった。
昨日まで確かにあったはずのプレゼントが、霞のように消えて無くなってしまっているのだ。何が起きたのかさっぱり理解できず、慌てて他の段を調べるが、出てくるはずもない。それならばと押入の中も確認してみるが、これも空振りに終わってしまう。その後も部屋にある収納スペースを片っ端から調べてみるが、プレゼントは影も形もなかった。もしかすると、昨日は別の場所に置いていたのではないかと思ってしまうほどだ。
「いやいや、昨日は間違いなくここにあったはずなんじゃ」
昨日も寝る前に、今と同じような気分で眺めていたはずなのだ。千年以上を生きてきたとはいえ、まだ自分は耄碌していないという自信がある。記憶違いということは、まず無いだろう。ということは昨日、寝てから何かが起きて、プレゼントは忽然と消え去ったことになる。その何かを考えるまでもなく、マミゾウの中では結論が出ていた。
「誰かが勝手に持って行ったというのが、一番可能性が高そうじゃな」
これ以外、考えられないのである。まさか包装に足が生えて、勝手に出て行ったということはないだろう。おかしな妄想をしてしまい、苦笑するマミゾウである。仮にそのようなことがあったとしても、やはり誰かが盗みを目的として、そういう類の術をかけた可能性が高い。どちらにせよ、盗まれたという事だけは間違いないのだ。
となれば、誰が盗んだかが問題となる。自分を困らせて喜びそうな、利益を得ることが出来るような相手を、マミゾウは思い浮かべる。
「八雲藍というのは……。いや、無いじゃろうなぁ。あやつがこんなことをして、しかもやり方がどうにも変だしのう」
先ず浮かび上がってきたのは、スキマ妖怪のもとに居る狐であった。彼女らが、マミゾウ率いる狸たちと険悪な仲だというのは有名な話である。だからといって、プレゼントを盗んでどうするというのだろう。「お前が寝ている間に、大切な物はもらっていった。どうだ、悔しいだろう」ということであれば、自分たちがやったという証拠を残すべきなのだ。そうでなければ、誰がやったのか分からず、見当違いの相手を犯人としてしまうかもしれない。狐にしてやられたと悔しがるマミゾウの姿を見れなければ、意味はないはずなのだ。つまり、狐ではないということになる。
だからといって、他に候補に上ってくるほどの相手が居ないのである。寝ていたとはいえ、マミゾウに気配を感じさせることもなく忍び込んできたのだ。のんびりとした幻想郷の雰囲気に染まりつつあったが、外の世界に居た時には寝首をかかれないよう、就寝時にも注意を払っていた。少しばかりその感覚が衰えているのは間違いないだろうが、完全に失われたとは思えない。何せ、何百年間も続けてきたことなのだ。そう簡単に無くなってほしくはないという、マミゾウの願望でもあった。
他に可能性がある人物と言えば、ぬえぐらいなものだろう。だが、それもありえない。今夜には手に入る物を盗み出す必要など、どこにあるというのだろうか。
「分からん、分からんなぁ。他に儂を狙う連中がおったものかどうか。気が付かんうちに恨みを買ったというのも、ありえない話ではないからのう」
そういったことが、これまでに無かったわけではない。千年以上を生きているのだから、様々なことを経験しているものだ。ともかく、夜までに何とかしなければとマミゾウが思っていたところに、ぬえが転がり込んできた。なんじゃなんじゃとマミゾウが驚いてると、息を荒くして詰め寄ってきたのである。
「ちょっとちょっと! 用意してたプレゼントが盗まれた! マミゾウ、なんか知らない!?」
「知らなかったってなぁ、あんさんもか。いかんなぁ、儂等が狙われておるわけか」
「ああ、マミゾウもってわけね……。どうする、夜までに取り返さないと、今日がクリスマスなんでしょ」
「しかしのう、皆目見当が付かんのじゃ。誰がやったか、さっぱりでなぁ」
「心当たりは? まったく無いの?」
そう言われて、マミゾウは思わず唸った。こんな事をして誰が得をするのか、さっきまで考えていたところなのだ。しかし、さっぱり思い当たらないと困っていたところに飛び込んできたのが、ぬえである。その相手が心当たりはないのかと聞いてくるのだから、ならばもう少し考えてみるかと、その続きをすることにした。
そもそも、盗んだ相手は何をもって、自分たちを狙ってきたというのだろう。計画されたものか、それとも行きずりの行動か。仮に計画だとしても、何を切っ掛けとして思いついたかが分からない。もしも行きずりならば、見つけだすのは困難だろう。ほんの少しでも良いから、手がかりが欲しいところだ。
考え込みながら唸っていたマミゾウであったが、しばらくして何かを思い出したかのような顔になった。犯人がはっきりとするような物はないが、相手が自分たちを狙ってくるような切っ掛けとなるものに、心当たりがあったのだ。
立ち上がると、戸棚から一枚の上を引っ張り出してきた。それをぬえにも見えるように広げてやる。以前に取材を受けた、文々。新聞だ。
「ああ、これ。マミゾウがクリスマスについて色々喋ってて……。あ、もしかして」
「そうじゃ。これを読んだのなら、儂がクリスマスをやりたいと思っていると、そう想像するかもしれんからのう。それならプレゼントを用意しているだろうから、それを盗んでやろうと思うかもしれん」
「なるほどねぇ」
実際、取材を受けているときはクリスマスをやりたいと思っていた。だから思わず熱の入った喋りをしてしまったのだが、それを文面から察知されたのかもしれない。ぬえも一緒に盗まれたというのは、寺の中でも浮いているからだろう。信仰心の厚い信徒ではないから、異教徒が発祥の行事にも乗ってくる可能性が高いと思われたのかもしれない。マミゾウの親友というのも、関係しているかもしれない。
ともかく、あまり自信はないが手がかりはあるのだ。文々。新聞を購読していて、マミゾウやぬえにも気配を悟られることなく盗みを行える人物となれば、そう数は居ないだろう。その人物を片っ端から当たっていけば、犯人に繋がるかもしれない。
「よし、とりえあず、射命丸のところに行ってみるとするか。誰が自分の新聞を読んでおるか、あれでも少しは把握しとるじゃろうて」
「ああ、それなら何か手土産でも無いと。あそこ、見回りの白狼天狗が五月蠅いから、敵対心は無いってアピールしとかないとね。ほら、一応は大妖怪様なんだしさ」
なるほど、確かにそういう手回しも必要だと、マミゾウは頷いた。あとあと問題になっても困る。天狗の縄張りに行くのだから、あちらの顔を立てるにこしたことはないのだ。
マミゾウは壁掛け時計へと目をやった。夜まで半日以上があるとはいえ、早く動くに越したことはない。
「ではな、行くとするか」
「とっちめてやんないとね」
そう言って、二人は寺を後にしたのだった。
情報という物は、生き物だ。あることが起きてから時間が経てば経つほど、鮮度が落ちていく。腐りきった情報に、誰が価値を見いだせるというのだろう。新鮮であるうちに伝えなければ、ジャーナリストとしては失格だ。ならば、新鮮な情報を得るためにはどうするか。常に歩き回って、ニュースとなりそうな出来事を探す。それが射命丸文の信条であった。
そうしていると、思わぬ所から記事となりそうな事件が舞い込むことがある。たとえば、今回がそうであった。クリスマスが流行り始めている里を歩き回っていたところに、春から幻想郷に住み着いた邪仙、霍青娥が「新聞のネタになりそうな話があるのだけれど」と、接触してきたのである。
ここから聖人たちの取材に繋がるかも知れない。そう思った文が断る理由など無く、今書いているのはその時に提供してもらった情報を元にした記事である。情報は鮮度が命だが、これは特にそうだ。効果的に読者の心に訴えかけるためには、明日の朝に届けてしまわなければならない。そういうこともあって、文は朝から山の一角にある自宅、その仲に鎮座している作業机へ張り付いているのである。
青娥からもたらされたのは、彼女が行った事とその証明となる写真であった。当然そのままを載せるわけには行かない。写真の配置、新聞記者らしい文章。何度も書いてはやりなおしている。この作業が終わっても、次は印刷が待っているのだ。他の天狗が作る新聞を刷っている印刷所は、何時行っても直ぐに印刷してくれるわけではない。順番待ちのことを考えると、早いに越したことはない。
「えっと、これをこうして、ここをこの文にすると。行間はこんなものかな? いや、もう少し空けた方が良いか……」
朝から作業を始め、そろそろ昼になろうかという頃である。作業に打ち込んでいる彼女の背中で、自宅の戸が開く音がした。次いで、誰かが入ってくる気配がする。だが、文は顔を上げようとしない。にとりにカメラのメンテナンスを頼んでいて、それが今日の昼頃の予定だったからだ。彼女がやって来たと思ったのである。
「ああ、にとりですか。そこにカメラはあるから、自由にやっちゃってください。任せますから」
相手は、勝手知った仲の河童である。任せるからと一言言えば、あとは好き勝手にやって、新品同然にしてくれるはずだった。だが、返事が返ってこない。何時もなら元気あふれる声が返ってくるというのに、一体どうしたのだろう。もしかして、愛用のカメラが見た目には分からぬ程に、深刻な状態になっていたのだろうか。そう思ってしまい、慌てて振り向いた文だったが、その瞬間に凍り付くこととなった。
「誰と勘違いしとるか分からんが、儂の顔は覚えておるな?」
「私は多分初めてじゃないかなぁ」
一度取材した相手のことを、そう簡単に忘れるわけがない。そこに立っているのは、命連寺に住んでいる二ッ岩マミゾウと、封獣ぬえだった。ぬえの方は取材をしたことがないが、写真を撮ったことはある。
何故この二人が私の家に? そんな疑問が浮かんでくるが、次の瞬間に頭の中で警鐘が打ち鳴らされた。今書いている記事を、この二人に見られるわけにはいかないのだ。しかし、突然の来訪者を相手にして、咄嗟に冷静でいろという方が無理な話だろう。
「え、ちょ、うわ。何をしてるんですか!」
「何をって、少し聞きたいことがあってあんさんのところを訪ねようと思ったわけじゃが、その様子は何か知ってる態度だのう」
「ねぇマミゾウ、これ見てよ」
マミゾウへ気を取られている隙に、ぬえが机の側へと近寄っていた。文が制止するより早く、机に広げられていた原稿を取り上げる。そこに書かれていた内容を見て、マミゾウがあっと声を上げた。求めていた答えがそこにあったからだ。
文の書いていた記事には、サンタの格好をしてプレゼントを盗み出そうとしている霍青娥が写っている写真が添えられていた。口元は白髭で隠れていてよく見えないが、愉快そうに目元を緩める彼女が居るのは、間違いなくぬえの部屋である。
文が邪仙から提供された記事というのは、彼女がサンタに成りきって盗みを働いている事だったのだ。幻想郷でクリスマスが流行ろうとしている今だからこそ、この記事はセンセーショナルなものとして受け止められるでしょう。そんな彼女の売り文句に乗ったのである。多少のリスクは覚悟
していたとはいえ、まさかこんなに早く自分の所へ来るとは思わなかった。
当然だが、この記事が出回ればマミゾウたちが押し掛けてくることは予想していた。その時は、青娥から情報提供を受けただけだとはぐらかせば良いと思っていたのである。事実、盗み出したのは青娥とその仲間であるキョンシーであって、文自身ではない。仮に押し掛けてきても、自分に被害が及ぶことはないと踏んだから記事にしようと思ったのだ。しかし、もうバレてしまったということは、この記事が世に出ることはないだろう。彼女たちがそれを許すはずがない。
「さぁて、この写真を手に入れた経緯とあれが今日、何をしようとしているのか、全部教えてもらおうかのう」
凄みながらマミゾウが言った。この前のインタビューからして、彼女がクリスマスのイベントを楽しみにしていたというのは、よく分かっている。最早、事の次第を隠そうという気持ちは文には無かった。あとは、火の粉が降りかからないように立ち回るだけである。
「ええ、こうなった以上は仕方ありませんから」
そう言って、文は両手を上げたのだった。
綺麗な満月が浮かぶクリスマスの夜空を、青娥は芳香を連れてある場所へと向かっていた。彼女は今、普段愛用している青色の着物と羽衣ではなく、外の世界で言うところのサンタ服に身を包んでいる。顔には口元を覆い隠し、首まで伸びている白髭を蓄えていた。もちろん地毛ではなく、これも衣装の一つだ。はっきりと見える目元は愉快そうに歪んだままで、普段より余計に怪しさが増している。傍らにいる芳香は赤鼻と角を身につけ、トナカイの仮装をしていた。わざわざサンタとトナカイの仮装をする必要はないのだが、形から入ってこそだと思って調達してきたのだ。
「とっても可愛らしいのだけれど、誰かに見られてはいけないというのだから、少し面白くないわね」
「青娥ー、私は可愛いのか?」
「ええ。とっても。その鼻が似合っているわよ」
二人が他愛もない会話をしながら向かっているのは、人里で有数の名士の屋敷である。金持ちであれば、それなりのプレゼントは用意しているだろう。先ずは確実なところから攻めるのが、効率の良いやり方だろうと考えたのだ。当然、普段からそれなりの警備はしているだろうが、青娥に対しては無駄なことである。彼女は壁を通り抜けるための術と、気配を立つ術に長けた邪仙なのだ。油断していたとはいえ、佐渡の団三郎狸と鵺を出し抜いたのだから、相手の目の前に立って直視でもされない限りはただの人間が見抜けるはずもない。
目的の家にたどり着いた青娥は芳香を外に待機させると、向こう側に誰も居ないことを確認してから、壁に一人分が体を通せる穴を開けた。屋敷へ侵入すると、注意を払いながら主人の寝床へ歩いていく。曲がり角で鉢合わせというのだけは避けなければならない。
しばらく歩き回って、主人の男が寝床として使っている部屋へたどり着いた青娥は、しげしげとその寝顔を見物してみることにした。顔をどれだけ近づけてみても、おどけた表情をしてみても相手が起きる気配はない。緩みきった寝顔を見せるばかりだ。それを確認すると、青娥はプレゼント探しを始めた。
「何時の世も、どんな世界でも、お金持ちは素晴らしい存在ね。こんなにも立派な物を持ってらっしゃるのだからねぇ」
プレゼントだけではなく、金目の物も選んで袋の中へ放り込んでいく。それが青娥なりのサンタとしての仕事だった。マミゾウはインタビューでサンタが皆に感謝される存在だと言っていたが、そんなことは彼女にとってどうでも良いのだ。マミゾウがクリスマスを流行らせてくれたことで今回の商売を思いついたのだから、少しぐらいは感謝しているが、だからといって狙わない理由にはならない。写真から分かるほど嬉しそうだったから、きっとプレゼントを準備しているはずだ。こう思ったから、手始めに狙ってみたのである。その時の様子を芳香に撮影させ天狗にネタとして提供したのも、クリスマスがぶち壊しにされて悔しがるマミゾウを見たいがためだった。しかし、彼女に対して恨みを持っているわけではない。ただ面白そうだったから、自分が楽しめそうだったからやっただけのことである。
「明日が楽しみだわぁ。色んな物を盗られた事に気が付いた皆が、どんな表情をするのか……」
「ああ、儂もこれであんさんがどんな表情をするか楽しみじゃよ」
「私もさ、すごく楽しみだわ」
背後からかけられた声に、青娥は思わず振り返った。
彼女らがここに居るのは、何らおかしな話ではない。おそらく金目の物を大量に持っている、豊かな人間の家を狙うだろう。文から青娥が何をするのか聞き出したマミゾウはそう予想して、ぬえと共に身を隠して待っていたのである。確かに青娥の術は見事なものだったが、こちらも伊達に大妖怪ではないのだ。上手く進入できたと油断してくれたおかげで、術を見破ることが出来た。あとはここだというタイミングで、彼女の悪巧みをご破算にしてやろうと姿を見せたのである。成功を確信していたという事で、よほど驚いたのだろう。青娥はマミゾウの期待通り、普段は涼しげな表情をしているのが、今は驚愕の表情を顔に張り付けていた。どうしてとでも言いたげだったが、しかし彼女はどうやら自分の置かれた状況を理解し平静さを取り戻したのか、嫌らしい笑みを浮かべた。
「マミゾウさんが、どうしたここに?」
「決まっておるじゃろ。儂等のところから盗まれた物を、取り返しに。あれは今日必要なものじゃ。それに、あんさんが今、袋に詰めた物もな」
「なるほど。予行練習が仇になったわけですね」
「そうそう。あれがなかったら、私たちもまんまとやられてたわけよ」
なるほど、なるほどと頷く青娥を見ながら、しかしマミゾウは油断することはなかった。こうやって姿を捕らえたとはいえ、相手が次に何をしてくるか分からないからだ。自分とぬえを倒して突破することは、ありえないとは思うものの、青娥ならば不可能ではない。最初の一撃でぬえを倒し、外に居るキョンシーの二人がかりでマミゾウを倒す。霍青娥なら、出来ない話ではない。
「しかし、弱りました。打ち倒して目的を達成するにしても、流石に私と芳香でも一筋縄では行かないでしょう。それに、出来るとは言っても、私はまだまだ貴方たちと遊んでいたいものでして」
「私は御免被るけどけどね。あんたみたいの相手にしてたら、胃に穴が空きそうだわ」
「儂もな、いたずら坊主は封獣ぬえだけで十分じゃわい」
「あら、そうですか? 嫌われたものですねぇ。さて、ここは……」
青娥は袋に手を突っ込むと、箱を二つ放り投げた。武器の類かと一瞬だけ身を堅くしたマミゾウとぬえだったが、すぐさまそれが綺麗に包装された箱であることに気が付く。それは、二人が用意しておいたプレゼントである。そしてそちらに気を取られている隙に、青娥は壁に穴を開けていた。脱出を最優先としたためか、金銀財宝の詰まった袋が通れるほどの大きさではない。だがマミゾウが彼女へ再び視線を向けたときには、すでに穴が閉じようとしている時であった。
「今回はこれで失礼します。また次も、貴方はからかい甲斐のある方ですから、お付き合い願いましょう」
「冗談はやめてもらいたいのう」
人を食ったかのような笑みを見せながら丁寧に頭を下げる青娥を、マミゾウは苦虫を噛み潰したような顔をして見送るしか出来なかった。
屋敷から飛び出してきた青娥を、芳香は不思議そうな顔で出迎えていた。金銀財宝を詰めるために持ってきた袋を失っているということは、何かしらの妨害があったという事である。それなのにどうして自分を呼ばなかったのか、そしてどうして手ぶらなのに嬉しそうなのか、分からないのだ。
「目的の一つは失敗したけど、あの妖怪に私を意識させることは出来たから、それで良いのよ」
「でも私と青娥なら、あの二人相手でも大丈夫じゃないか?」
「そうだけれども、それだと決定的に敵対することになるでしょう。もっと安全な場所からからかって、いっぱい楽しみたいわぁ」
「なーるほどー」
次にどんな悪事でマミゾウを困らせてやろうか、考えを巡らせているのだろう。青娥は心の底から愉しそうである。主人の笑顔を見て、芳香も気持ちが高まってくるのを感じていた。主人が喜ぶことなら、自分も嬉しい。これがクリスマスのおかげなら、なんて素晴らしい行事なのだろうか。そんなことを思うキョンシーの頭からは、今回の失敗など、もうすっかりどこかへ消え去ってしまったのである。
マミゾウとぬえの二人は、青娥の荒らした痕跡を元に戻すと、慌てて屋敷を飛び出してきた。今は屋根の上へと上がってきている。誰かが男の部屋へ来ている様子を察知したからだ。おそらくは、クリスマスのプレゼントを忍ばせに来たのだろう。つまり、慕われているという事だ。そんな相手の思いを守ることが出来たのだから、自分たちの盗まれた物を取り戻す事が出来た以上の喜びがある。
「クリスマスに誰かが悲しむというのは、辛いもんがあるからのう。湿っぽいのは、性に合わん」
「私は、盗まれた物を取り戻せるだけでも良かったんだけどね。まぁほら、マミゾウが嬉しそうならいいや」
「うん? そんなに嬉しそうかのう?」
「うん、嬉しそう」
ぬえの指摘に、自分はこれほどお人好しだったかと、マミゾウは少しばかり恥ずかしくなってしまう。そんな顔を隠すために空を見上げると、はらはらと白い物が舞い落ちてきているのが目に入った。月の光を受けて煌めく、粉雪である。おそらくこの空の下では、クリスマスをやってみようという人妖が、用意したプレゼントを大切だと思っている相手の枕元へ忍ばせていることだろう。なるほど、それを守れたのだから悪い気はしないものだ。もしかするとこの雪は、自分たちへのご褒美なのかもしれない。そんなことを考え、あまりにもロマンチックな思考ではないかと苦笑いをしたマミゾウだったが、クリスマスなのだから良いではないかと思うことにした。今日は一年の中で一番、ロマンチックであるべき日なのだ。
何も言わずに空を眺めていたマミゾウだったが、手に暖かい物を感じたのでそちらへ目をやった。寄り添っていたぬえが、手を握っているのだ。
彼女はマミゾウと違って視線を下へ向けたまま、もう片方の手でプレゼントを渡してきた。恥ずかしいのだろうか、耳が真っ赤になっている。いざ面と向かって渡すとなると恥ずかしいと思ってしまうのは、相手を大切だと思っているからだ。ぬえがそう自分のことをそう思ってくれているのが、マミゾウには嬉しかった。素っ気ない態度をとれる者も居るだろうが、ぬえの性格では無理な話だ。
「ん、メリークリスマスって言うんでしょ」
「ああ……。メリークリスマス」
プレゼントを受け取ると脇に置いて、今度は自分のを差し出してやった。こちらもぬえのことを思って、選び抜いた物だ。包装を解いて喜ぶ彼女の顔を見たくて選ぶというのは、難しくもあったが何より愉しかった。
ぬえはプレゼントを受け取ると、大事そうに片手で抱え込んだ。それを見て、マミゾウは満足していた。外の世界のクリスマスも良かったが、こちらで迎えるクリスマスも悪くはない。何せ、ここには遠い昔からの親友が居るのだ。邪仙に目を付けられたのも、退屈せずに済むと思えば良いのである。ぬえと一緒なら、きっと大丈夫だろう。
そんなことを思いながら、マミゾウは手から感じる暖かさと、はらはらと舞い散る雪を楽しむのだった。
隔離された幻想郷には、外の世界についての情報は断片的にしか入ってこない。外の世界から迷い込んでくる人間か、結界を自由に越えることが出来るらしい八雲紫から話を聞く。もしくは、無縁塚に流れ着く物から想像するしかないのだ。その程度では当然だが、外の世界についての情報を欲している知識人を満足させることなど出来るはずがない。そこに現れたのが、マミゾウだった。
彼女の持っている知識は、外の世界を知りたがっている者にとって、喉から手がでるほど欲しいものだろう。頭の中には、千年分以上の正確な知識が詰まっているのだ。特に最近のものとなれば、正確さもぐっと上がる。昔のことであっても、書籍に記された以上のことを知っているかもしれない。まさに生き字引というわけだ。
そんなマミゾウの知識を記事とすれば、知識人たちへ自分の新聞を売り込むことが出来ると考え、取材を申し込んできたのである。文はこう言っていたが、実際のところ、記事にするような事件が起きていないのだろうとマミゾウは考えていた。
そんなわけで、二人の会話は自然と、年末に外の世界ではどのような行事が行われているかになっていったのである。
「外の世界にはクリスマスという行事があるそうですけど、どんなことをするんですか?」
「何じゃ、やっぱり幻想郷はクリスマスをやらんのか」
「ええ、まぁ。一般的ではありませんね」
なるほど、外の世界と雰囲気が違うことに納得ができた。メモとペンを手に一挙手一投足を逃すまいと構えている文を見ながら、マミゾウは悟られないよう心の中で落胆のため息をもらした。無いのだろうと予想はしていたが、少なからず、クリスマスを楽しみにしていたのである。だが決して、プレゼントが欲しいからという、子供のような理由からではない。
年末に行われるクリスマスは、年末へ向けて誰もが忙しく働く中、一息付くことの出来る貴重なイベントだ。マミゾウは毎年、気持ちよく次の年を迎えることが出来るよう、親分としてあちこちをかけずり回っていた。その中にあって、その日だけは仕事を忘れ、子分の狸たちと飲み明かすことが常となっていたのである。その感覚が幻想郷に来てからも抜けきれず、そんな気配も無いというのに、ついつい期待してしまっていたのだろう。
「クリスマスというのはな、年末の忙しい中で一息付けるイベントじゃよ。そこで英気を養って、最後の追い込みに入るわけじゃな。たいていは、家族だの恋人だのとパーティしておるよ」
「なるほど。他には何をするんですか?」
「他にか……。最後にプレゼントの交換をするぐらいかのう」
「それだけですか? 何かもっと過激な……。たとえば、プレゼントが人間の頭だったり」
「そんな物を送る行事なはずがなかろう。そんなものが広まったら、外の世界はどれだけ物騒なんじゃ」
「ありゃあ、じゃあみなさん勘違いをしてるわけですね。クリスマスって、そういうイベントじゃないんですか」
「うん? 勘違いじゃと? どういうことじゃな」
聞き捨てならないと、マミゾウは体を乗り出した。文だけでなく、幻想郷の人妖がクリスマスを勘違いをするような原因がどのようなものか、気になったのである。もしかすると、その勘違いをただせば、この世界でもクリスマスが流行るのではないかと考えたというのもあった。
「幻想郷でもクリスマスを祝っている場所はありまして、それが紅魔館なんです」
「紅魔館というと……湖のところにあるあの屋敷かのう」
紅魔館と聞いて、マミゾウは吸血鬼が住むという、血で塗りたくったかのように真っ赤な屋敷を思い出していた。館を訪れたことは無かったが、近くを通りかかった時に見かけていたのである。遠目ではあったが、なるほど吸血鬼の住処らしく禍々しい雰囲気を醸し出していたから、印象には残っていた。
「そうです。そこって吸血鬼とその手下が住んでいるということで、里の人間たちも内心恐れている場所なんですよ。そこで毎年、年の瀬になるとクリスマスなる怪しげな宴をやっていると、そんな風に言われているんです」
「うーむ。確かに、怪しい屋敷で恐ろしい妖怪が、なにやら妙な事をしているとなれば、クリスマスが悪魔の集いか何かかと勘違いされても仕方がないかもしれんのう。うーむむ」
クリスマスが広まる前から隔離されていたのなら、まだやりようはあっただろう。実際、幻想郷が出来た当時はまだクリスマスが流行ってはいなかったはずだ。だがこれは、予想外の原因である。思わず唸りながら、以前オカルト好きの人間から聞いた、サバトなる悪魔を呼び出すための儀式の事をマミゾウは思い出していた。それには家畜の死体や、人間の生け贄といった物騒な代物を使うと聞いて顔をしかめたものだが、クリスマスに対して幻想郷の人間たちは同じような印象を抱いているのだろう。吸血鬼は一度ならず異変を起こしているらしいから、恐怖感も自然と膨れ上がっているのかもしれない。そのような連中ばかりがしている行事と思われているのなら、流行るはずがないのだ。
「ですからここで、マミゾウさんがクリスマスの正しい姿を広めるというのは、どうでしょう。もしかすると、今回の記事がきっかけで広まるというのも、あるかもしれませんよ」
なにやら含みのある笑顔で、文が言った。あわよくばクリスマスを広めたいという考えを見破られたのかと思ってしまうマミゾウであったが、相手はサトリではなく鴉天狗である。ここでクリスマスを広める切っ掛けとなれば、自分の新聞に箔が付くなどと考えているのかもしれない。流行の発信源となれば、当然購読者数も増えるだろう。しかしどのような理由であれ、広めてくれるのならばありがたい話である。クリスマスの起源や、どうして今のような形になったのか、流石のマミゾウでもはっきりとは分からないことだが、聞いたことのある話を記憶の中からかき集め始めるのだった。
後日発行された新聞を手に、マミゾウは上機嫌であった。天狗は記事を捏造することがある。そう聞いていたので少しは不安に思っていたのだが、どうやら無用の心配だったらしい。彼女の話した内容が、やや誇張はされているものの、ちゃんと記事になっている。他人の知識を当てにしておいて、語ったこととはまったく違う内容を書くというのは流石にしないのだろう。さらに写真写りも良く、まるで偉い学者か知識人のようにも見える。これなら、今後も取材を受けて良いとマミゾウは思うのだった。
だが、マミゾウの機嫌を良くしているのはそれだけではない。新聞が発行されてから、にわかにクリスマスが流行り始めたのだ。悪魔の宴などではないと分かったのと、マミゾウが宴会と言ったことが良い方向に働いたのかもしれなかった。宴会好きの幻想郷の人々には、この説明が分かりやすかったのだろう。人間から信頼を得ているのと、外から来たことが知られているマミゾウが語ったというのも、少しは関係しているのかもしれない。
流石に聞き慣れたメロディーが流れてくるまでではないが、それでもどこか、浮かれている雰囲気を感じることが出来るようになっていた。このまま何年も続いてくれれば、もっと盛大な行事となるかもしれない。
そしてもう一つ、マミゾウを喜ばせることがあった。
新聞が発行された日のこと、ぬえが部屋を訪ねてきた。その手には、文々。新聞が握られている。
「ねぇマミゾウさ、ここに書いてあるのって本当?」
「嘘を言ってどうする。それは紛れもなく儂の言葉じゃよ。この前インタビューを受けてな、色々と話してやったわい」
身近な相手が新聞に載っているというのは、珍しいことだろう。だからこれが本当に親友なのか、確かめに来たのかもしれない。天狗のでっち上げだという可能性もあるのだ。ぬえが尋ねてきた理由を、マミゾウはこう判断した。
「じゃあこの話も本当なんだ。クリスマスにはプレゼントを交換するっての」
「ああ、勿論じゃよ。儂はもっぱら手下どもと交換してたのう」
「じゃあさ、今年は私と交換しない? プレゼント交換ってのは、大切な相手とするってんでしょ?」
恥ずかしそうに言ったぬえに、思わず珍しい物でも見るかのような目を向けてしまったマミゾウである。ぬえの提案が、決して嬉しくなかったわけではない。彼女がマミゾウにとって、大切な相手だというのは疑いようがない。大切だと思っていないなら、そんな相手からの誘いで幻想郷を訪れることはなかっただろう。だが今のぬえの言葉は、自分もマミゾウのことをそう思っていると告白しているようなものだ。仲の良い彼女とプレゼント交換が出来るというのは嬉しいことだが、しかし、千年前はこんなに可愛らしい性格をしていただろうかと、首を傾げてしまう。長い間封印されていたから、人肌恋しくなったのだろうか。
そんなマミゾウの考えを察知したのか、ぬえは口をとがらせた。自分の言ったことがどういった意味を持っているのか改めて自覚したらしく、恥ずかしそうにそっぽを向いている。
「良いじゃない。こういう事ってやったことがなかったんだから、気になるのよ。それで、交換するの? しないの? どうせ寺の連中は他の宗教の行事なんかやらないんだし、私しか相手が居ないと思うんだけど。当日になって寂しいなんて言っても、知らないからね」
などと、悪態を付く始末である。頬を真っ赤にしてそっぽを向いている姿と併せて、照れ隠しのようにしか見えない。だが彼女の言うとおり、寺の連中はクリスマスに関しては期待できないだろう。熱心な仏教徒である聖を筆頭としている集団なのだから、クリスマスらしいことを出来る相手と言えば、そこからやや外れているぬえぐらいなものだ。なるほど、浮いている者同士は丁度良いのかもしれない。そういう理由もあるし、なによりぬえが自分のことを考えてくれているというのが嬉しくて、マミゾウは微笑んだ。
「それなら、とっておきのものを考えておかんといかんのう。折角ぬえから誘ってもらったんじゃからな。あんさんにピッタリな物を用意しておかんと」
「そうそう。私もさ古狸によく似合いそうな物を見繕ってくるからさ。たとえば、腹巻きとかどうかな? 年を取ったら、寒がりになるらしいし」
「古狸らしいかはおいといて、暖かいものなら大歓迎じゃがな。幻想郷の冬はちと堪えるわい。何なら、マフラーと股引もセットで良いぞ」
そう言ってマミゾウが体を振るわせおどけてみせると、ぬえはそれをケラケラと笑い飛ばした。つられるようにして、マミゾウも笑い出す。彼女らは親友であり、悪友である。湿っぽい話よりも、互いに悪態を付くぐらいが丁度良いのだ。さて、そんな悪友に何を送ってやろうかと、マミゾウは思案を巡らせ始めた。ぬえがどれほどの物を用意しようと、それを上回る物をプレゼントし、悔しがらせてやろう。そんなことを考えているのであった。
こうしてプレゼントを用意したマミゾウだったが、ある事件が起きた。クリスマス当日のことである。いつもの時間に起き出したマミゾウは、小躍りせんばかりの高揚感に包まれていた。このような感覚は、何時ぶりだろうか。ぬえの言ったとおり、命連寺にクリスマスを祝おうという雰囲気はまったくないため、今日は二人でささやかながら宴会でもしようと決めていたのである。親友と飲み交わすことが出来ることと、どんなプレゼントをぬえが用意しているのか楽しみで浮かれしまっているのだ。少し意識しただけで、つい口元が緩んでしまう。
「さてさて、あいつは何を持ってくるかのう。本当にマフラーなんかを持ってきても、まぁ別に構わんのじゃがなぁ」
言いながら、マミゾウは戸棚を見やった。今日のために用意したプレゼントが、そこにしまってあるのだ。ぬえのためにとあちこちを探し回り、ようやく見つけた代物である。これならきっと、あの悪友も喜んでくれるだろうという自信があった。
マミゾウは立ち上がると、鼻歌交じりで戸棚へと近寄っていく。逸る気持ちを抑えられず、満足するまでプレゼントを眺めて過ごそうと思ったのだ。朝食までは、まだまだ時間がある。誰かが呼びに来るまで親分らしからぬ、締まりのない表情になってしまうのだろう。だが、幸せそうな彼女の表情は、戸棚を開けた瞬間に凍り付くこととなった。
昨日まで確かにあったはずのプレゼントが、霞のように消えて無くなってしまっているのだ。何が起きたのかさっぱり理解できず、慌てて他の段を調べるが、出てくるはずもない。それならばと押入の中も確認してみるが、これも空振りに終わってしまう。その後も部屋にある収納スペースを片っ端から調べてみるが、プレゼントは影も形もなかった。もしかすると、昨日は別の場所に置いていたのではないかと思ってしまうほどだ。
「いやいや、昨日は間違いなくここにあったはずなんじゃ」
昨日も寝る前に、今と同じような気分で眺めていたはずなのだ。千年以上を生きてきたとはいえ、まだ自分は耄碌していないという自信がある。記憶違いということは、まず無いだろう。ということは昨日、寝てから何かが起きて、プレゼントは忽然と消え去ったことになる。その何かを考えるまでもなく、マミゾウの中では結論が出ていた。
「誰かが勝手に持って行ったというのが、一番可能性が高そうじゃな」
これ以外、考えられないのである。まさか包装に足が生えて、勝手に出て行ったということはないだろう。おかしな妄想をしてしまい、苦笑するマミゾウである。仮にそのようなことがあったとしても、やはり誰かが盗みを目的として、そういう類の術をかけた可能性が高い。どちらにせよ、盗まれたという事だけは間違いないのだ。
となれば、誰が盗んだかが問題となる。自分を困らせて喜びそうな、利益を得ることが出来るような相手を、マミゾウは思い浮かべる。
「八雲藍というのは……。いや、無いじゃろうなぁ。あやつがこんなことをして、しかもやり方がどうにも変だしのう」
先ず浮かび上がってきたのは、スキマ妖怪のもとに居る狐であった。彼女らが、マミゾウ率いる狸たちと険悪な仲だというのは有名な話である。だからといって、プレゼントを盗んでどうするというのだろう。「お前が寝ている間に、大切な物はもらっていった。どうだ、悔しいだろう」ということであれば、自分たちがやったという証拠を残すべきなのだ。そうでなければ、誰がやったのか分からず、見当違いの相手を犯人としてしまうかもしれない。狐にしてやられたと悔しがるマミゾウの姿を見れなければ、意味はないはずなのだ。つまり、狐ではないということになる。
だからといって、他に候補に上ってくるほどの相手が居ないのである。寝ていたとはいえ、マミゾウに気配を感じさせることもなく忍び込んできたのだ。のんびりとした幻想郷の雰囲気に染まりつつあったが、外の世界に居た時には寝首をかかれないよう、就寝時にも注意を払っていた。少しばかりその感覚が衰えているのは間違いないだろうが、完全に失われたとは思えない。何せ、何百年間も続けてきたことなのだ。そう簡単に無くなってほしくはないという、マミゾウの願望でもあった。
他に可能性がある人物と言えば、ぬえぐらいなものだろう。だが、それもありえない。今夜には手に入る物を盗み出す必要など、どこにあるというのだろうか。
「分からん、分からんなぁ。他に儂を狙う連中がおったものかどうか。気が付かんうちに恨みを買ったというのも、ありえない話ではないからのう」
そういったことが、これまでに無かったわけではない。千年以上を生きているのだから、様々なことを経験しているものだ。ともかく、夜までに何とかしなければとマミゾウが思っていたところに、ぬえが転がり込んできた。なんじゃなんじゃとマミゾウが驚いてると、息を荒くして詰め寄ってきたのである。
「ちょっとちょっと! 用意してたプレゼントが盗まれた! マミゾウ、なんか知らない!?」
「知らなかったってなぁ、あんさんもか。いかんなぁ、儂等が狙われておるわけか」
「ああ、マミゾウもってわけね……。どうする、夜までに取り返さないと、今日がクリスマスなんでしょ」
「しかしのう、皆目見当が付かんのじゃ。誰がやったか、さっぱりでなぁ」
「心当たりは? まったく無いの?」
そう言われて、マミゾウは思わず唸った。こんな事をして誰が得をするのか、さっきまで考えていたところなのだ。しかし、さっぱり思い当たらないと困っていたところに飛び込んできたのが、ぬえである。その相手が心当たりはないのかと聞いてくるのだから、ならばもう少し考えてみるかと、その続きをすることにした。
そもそも、盗んだ相手は何をもって、自分たちを狙ってきたというのだろう。計画されたものか、それとも行きずりの行動か。仮に計画だとしても、何を切っ掛けとして思いついたかが分からない。もしも行きずりならば、見つけだすのは困難だろう。ほんの少しでも良いから、手がかりが欲しいところだ。
考え込みながら唸っていたマミゾウであったが、しばらくして何かを思い出したかのような顔になった。犯人がはっきりとするような物はないが、相手が自分たちを狙ってくるような切っ掛けとなるものに、心当たりがあったのだ。
立ち上がると、戸棚から一枚の上を引っ張り出してきた。それをぬえにも見えるように広げてやる。以前に取材を受けた、文々。新聞だ。
「ああ、これ。マミゾウがクリスマスについて色々喋ってて……。あ、もしかして」
「そうじゃ。これを読んだのなら、儂がクリスマスをやりたいと思っていると、そう想像するかもしれんからのう。それならプレゼントを用意しているだろうから、それを盗んでやろうと思うかもしれん」
「なるほどねぇ」
実際、取材を受けているときはクリスマスをやりたいと思っていた。だから思わず熱の入った喋りをしてしまったのだが、それを文面から察知されたのかもしれない。ぬえも一緒に盗まれたというのは、寺の中でも浮いているからだろう。信仰心の厚い信徒ではないから、異教徒が発祥の行事にも乗ってくる可能性が高いと思われたのかもしれない。マミゾウの親友というのも、関係しているかもしれない。
ともかく、あまり自信はないが手がかりはあるのだ。文々。新聞を購読していて、マミゾウやぬえにも気配を悟られることなく盗みを行える人物となれば、そう数は居ないだろう。その人物を片っ端から当たっていけば、犯人に繋がるかもしれない。
「よし、とりえあず、射命丸のところに行ってみるとするか。誰が自分の新聞を読んでおるか、あれでも少しは把握しとるじゃろうて」
「ああ、それなら何か手土産でも無いと。あそこ、見回りの白狼天狗が五月蠅いから、敵対心は無いってアピールしとかないとね。ほら、一応は大妖怪様なんだしさ」
なるほど、確かにそういう手回しも必要だと、マミゾウは頷いた。あとあと問題になっても困る。天狗の縄張りに行くのだから、あちらの顔を立てるにこしたことはないのだ。
マミゾウは壁掛け時計へと目をやった。夜まで半日以上があるとはいえ、早く動くに越したことはない。
「ではな、行くとするか」
「とっちめてやんないとね」
そう言って、二人は寺を後にしたのだった。
情報という物は、生き物だ。あることが起きてから時間が経てば経つほど、鮮度が落ちていく。腐りきった情報に、誰が価値を見いだせるというのだろう。新鮮であるうちに伝えなければ、ジャーナリストとしては失格だ。ならば、新鮮な情報を得るためにはどうするか。常に歩き回って、ニュースとなりそうな出来事を探す。それが射命丸文の信条であった。
そうしていると、思わぬ所から記事となりそうな事件が舞い込むことがある。たとえば、今回がそうであった。クリスマスが流行り始めている里を歩き回っていたところに、春から幻想郷に住み着いた邪仙、霍青娥が「新聞のネタになりそうな話があるのだけれど」と、接触してきたのである。
ここから聖人たちの取材に繋がるかも知れない。そう思った文が断る理由など無く、今書いているのはその時に提供してもらった情報を元にした記事である。情報は鮮度が命だが、これは特にそうだ。効果的に読者の心に訴えかけるためには、明日の朝に届けてしまわなければならない。そういうこともあって、文は朝から山の一角にある自宅、その仲に鎮座している作業机へ張り付いているのである。
青娥からもたらされたのは、彼女が行った事とその証明となる写真であった。当然そのままを載せるわけには行かない。写真の配置、新聞記者らしい文章。何度も書いてはやりなおしている。この作業が終わっても、次は印刷が待っているのだ。他の天狗が作る新聞を刷っている印刷所は、何時行っても直ぐに印刷してくれるわけではない。順番待ちのことを考えると、早いに越したことはない。
「えっと、これをこうして、ここをこの文にすると。行間はこんなものかな? いや、もう少し空けた方が良いか……」
朝から作業を始め、そろそろ昼になろうかという頃である。作業に打ち込んでいる彼女の背中で、自宅の戸が開く音がした。次いで、誰かが入ってくる気配がする。だが、文は顔を上げようとしない。にとりにカメラのメンテナンスを頼んでいて、それが今日の昼頃の予定だったからだ。彼女がやって来たと思ったのである。
「ああ、にとりですか。そこにカメラはあるから、自由にやっちゃってください。任せますから」
相手は、勝手知った仲の河童である。任せるからと一言言えば、あとは好き勝手にやって、新品同然にしてくれるはずだった。だが、返事が返ってこない。何時もなら元気あふれる声が返ってくるというのに、一体どうしたのだろう。もしかして、愛用のカメラが見た目には分からぬ程に、深刻な状態になっていたのだろうか。そう思ってしまい、慌てて振り向いた文だったが、その瞬間に凍り付くこととなった。
「誰と勘違いしとるか分からんが、儂の顔は覚えておるな?」
「私は多分初めてじゃないかなぁ」
一度取材した相手のことを、そう簡単に忘れるわけがない。そこに立っているのは、命連寺に住んでいる二ッ岩マミゾウと、封獣ぬえだった。ぬえの方は取材をしたことがないが、写真を撮ったことはある。
何故この二人が私の家に? そんな疑問が浮かんでくるが、次の瞬間に頭の中で警鐘が打ち鳴らされた。今書いている記事を、この二人に見られるわけにはいかないのだ。しかし、突然の来訪者を相手にして、咄嗟に冷静でいろという方が無理な話だろう。
「え、ちょ、うわ。何をしてるんですか!」
「何をって、少し聞きたいことがあってあんさんのところを訪ねようと思ったわけじゃが、その様子は何か知ってる態度だのう」
「ねぇマミゾウ、これ見てよ」
マミゾウへ気を取られている隙に、ぬえが机の側へと近寄っていた。文が制止するより早く、机に広げられていた原稿を取り上げる。そこに書かれていた内容を見て、マミゾウがあっと声を上げた。求めていた答えがそこにあったからだ。
文の書いていた記事には、サンタの格好をしてプレゼントを盗み出そうとしている霍青娥が写っている写真が添えられていた。口元は白髭で隠れていてよく見えないが、愉快そうに目元を緩める彼女が居るのは、間違いなくぬえの部屋である。
文が邪仙から提供された記事というのは、彼女がサンタに成りきって盗みを働いている事だったのだ。幻想郷でクリスマスが流行ろうとしている今だからこそ、この記事はセンセーショナルなものとして受け止められるでしょう。そんな彼女の売り文句に乗ったのである。多少のリスクは覚悟
していたとはいえ、まさかこんなに早く自分の所へ来るとは思わなかった。
当然だが、この記事が出回ればマミゾウたちが押し掛けてくることは予想していた。その時は、青娥から情報提供を受けただけだとはぐらかせば良いと思っていたのである。事実、盗み出したのは青娥とその仲間であるキョンシーであって、文自身ではない。仮に押し掛けてきても、自分に被害が及ぶことはないと踏んだから記事にしようと思ったのだ。しかし、もうバレてしまったということは、この記事が世に出ることはないだろう。彼女たちがそれを許すはずがない。
「さぁて、この写真を手に入れた経緯とあれが今日、何をしようとしているのか、全部教えてもらおうかのう」
凄みながらマミゾウが言った。この前のインタビューからして、彼女がクリスマスのイベントを楽しみにしていたというのは、よく分かっている。最早、事の次第を隠そうという気持ちは文には無かった。あとは、火の粉が降りかからないように立ち回るだけである。
「ええ、こうなった以上は仕方ありませんから」
そう言って、文は両手を上げたのだった。
綺麗な満月が浮かぶクリスマスの夜空を、青娥は芳香を連れてある場所へと向かっていた。彼女は今、普段愛用している青色の着物と羽衣ではなく、外の世界で言うところのサンタ服に身を包んでいる。顔には口元を覆い隠し、首まで伸びている白髭を蓄えていた。もちろん地毛ではなく、これも衣装の一つだ。はっきりと見える目元は愉快そうに歪んだままで、普段より余計に怪しさが増している。傍らにいる芳香は赤鼻と角を身につけ、トナカイの仮装をしていた。わざわざサンタとトナカイの仮装をする必要はないのだが、形から入ってこそだと思って調達してきたのだ。
「とっても可愛らしいのだけれど、誰かに見られてはいけないというのだから、少し面白くないわね」
「青娥ー、私は可愛いのか?」
「ええ。とっても。その鼻が似合っているわよ」
二人が他愛もない会話をしながら向かっているのは、人里で有数の名士の屋敷である。金持ちであれば、それなりのプレゼントは用意しているだろう。先ずは確実なところから攻めるのが、効率の良いやり方だろうと考えたのだ。当然、普段からそれなりの警備はしているだろうが、青娥に対しては無駄なことである。彼女は壁を通り抜けるための術と、気配を立つ術に長けた邪仙なのだ。油断していたとはいえ、佐渡の団三郎狸と鵺を出し抜いたのだから、相手の目の前に立って直視でもされない限りはただの人間が見抜けるはずもない。
目的の家にたどり着いた青娥は芳香を外に待機させると、向こう側に誰も居ないことを確認してから、壁に一人分が体を通せる穴を開けた。屋敷へ侵入すると、注意を払いながら主人の寝床へ歩いていく。曲がり角で鉢合わせというのだけは避けなければならない。
しばらく歩き回って、主人の男が寝床として使っている部屋へたどり着いた青娥は、しげしげとその寝顔を見物してみることにした。顔をどれだけ近づけてみても、おどけた表情をしてみても相手が起きる気配はない。緩みきった寝顔を見せるばかりだ。それを確認すると、青娥はプレゼント探しを始めた。
「何時の世も、どんな世界でも、お金持ちは素晴らしい存在ね。こんなにも立派な物を持ってらっしゃるのだからねぇ」
プレゼントだけではなく、金目の物も選んで袋の中へ放り込んでいく。それが青娥なりのサンタとしての仕事だった。マミゾウはインタビューでサンタが皆に感謝される存在だと言っていたが、そんなことは彼女にとってどうでも良いのだ。マミゾウがクリスマスを流行らせてくれたことで今回の商売を思いついたのだから、少しぐらいは感謝しているが、だからといって狙わない理由にはならない。写真から分かるほど嬉しそうだったから、きっとプレゼントを準備しているはずだ。こう思ったから、手始めに狙ってみたのである。その時の様子を芳香に撮影させ天狗にネタとして提供したのも、クリスマスがぶち壊しにされて悔しがるマミゾウを見たいがためだった。しかし、彼女に対して恨みを持っているわけではない。ただ面白そうだったから、自分が楽しめそうだったからやっただけのことである。
「明日が楽しみだわぁ。色んな物を盗られた事に気が付いた皆が、どんな表情をするのか……」
「ああ、儂もこれであんさんがどんな表情をするか楽しみじゃよ」
「私もさ、すごく楽しみだわ」
背後からかけられた声に、青娥は思わず振り返った。
彼女らがここに居るのは、何らおかしな話ではない。おそらく金目の物を大量に持っている、豊かな人間の家を狙うだろう。文から青娥が何をするのか聞き出したマミゾウはそう予想して、ぬえと共に身を隠して待っていたのである。確かに青娥の術は見事なものだったが、こちらも伊達に大妖怪ではないのだ。上手く進入できたと油断してくれたおかげで、術を見破ることが出来た。あとはここだというタイミングで、彼女の悪巧みをご破算にしてやろうと姿を見せたのである。成功を確信していたという事で、よほど驚いたのだろう。青娥はマミゾウの期待通り、普段は涼しげな表情をしているのが、今は驚愕の表情を顔に張り付けていた。どうしてとでも言いたげだったが、しかし彼女はどうやら自分の置かれた状況を理解し平静さを取り戻したのか、嫌らしい笑みを浮かべた。
「マミゾウさんが、どうしたここに?」
「決まっておるじゃろ。儂等のところから盗まれた物を、取り返しに。あれは今日必要なものじゃ。それに、あんさんが今、袋に詰めた物もな」
「なるほど。予行練習が仇になったわけですね」
「そうそう。あれがなかったら、私たちもまんまとやられてたわけよ」
なるほど、なるほどと頷く青娥を見ながら、しかしマミゾウは油断することはなかった。こうやって姿を捕らえたとはいえ、相手が次に何をしてくるか分からないからだ。自分とぬえを倒して突破することは、ありえないとは思うものの、青娥ならば不可能ではない。最初の一撃でぬえを倒し、外に居るキョンシーの二人がかりでマミゾウを倒す。霍青娥なら、出来ない話ではない。
「しかし、弱りました。打ち倒して目的を達成するにしても、流石に私と芳香でも一筋縄では行かないでしょう。それに、出来るとは言っても、私はまだまだ貴方たちと遊んでいたいものでして」
「私は御免被るけどけどね。あんたみたいの相手にしてたら、胃に穴が空きそうだわ」
「儂もな、いたずら坊主は封獣ぬえだけで十分じゃわい」
「あら、そうですか? 嫌われたものですねぇ。さて、ここは……」
青娥は袋に手を突っ込むと、箱を二つ放り投げた。武器の類かと一瞬だけ身を堅くしたマミゾウとぬえだったが、すぐさまそれが綺麗に包装された箱であることに気が付く。それは、二人が用意しておいたプレゼントである。そしてそちらに気を取られている隙に、青娥は壁に穴を開けていた。脱出を最優先としたためか、金銀財宝の詰まった袋が通れるほどの大きさではない。だがマミゾウが彼女へ再び視線を向けたときには、すでに穴が閉じようとしている時であった。
「今回はこれで失礼します。また次も、貴方はからかい甲斐のある方ですから、お付き合い願いましょう」
「冗談はやめてもらいたいのう」
人を食ったかのような笑みを見せながら丁寧に頭を下げる青娥を、マミゾウは苦虫を噛み潰したような顔をして見送るしか出来なかった。
屋敷から飛び出してきた青娥を、芳香は不思議そうな顔で出迎えていた。金銀財宝を詰めるために持ってきた袋を失っているということは、何かしらの妨害があったという事である。それなのにどうして自分を呼ばなかったのか、そしてどうして手ぶらなのに嬉しそうなのか、分からないのだ。
「目的の一つは失敗したけど、あの妖怪に私を意識させることは出来たから、それで良いのよ」
「でも私と青娥なら、あの二人相手でも大丈夫じゃないか?」
「そうだけれども、それだと決定的に敵対することになるでしょう。もっと安全な場所からからかって、いっぱい楽しみたいわぁ」
「なーるほどー」
次にどんな悪事でマミゾウを困らせてやろうか、考えを巡らせているのだろう。青娥は心の底から愉しそうである。主人の笑顔を見て、芳香も気持ちが高まってくるのを感じていた。主人が喜ぶことなら、自分も嬉しい。これがクリスマスのおかげなら、なんて素晴らしい行事なのだろうか。そんなことを思うキョンシーの頭からは、今回の失敗など、もうすっかりどこかへ消え去ってしまったのである。
マミゾウとぬえの二人は、青娥の荒らした痕跡を元に戻すと、慌てて屋敷を飛び出してきた。今は屋根の上へと上がってきている。誰かが男の部屋へ来ている様子を察知したからだ。おそらくは、クリスマスのプレゼントを忍ばせに来たのだろう。つまり、慕われているという事だ。そんな相手の思いを守ることが出来たのだから、自分たちの盗まれた物を取り戻す事が出来た以上の喜びがある。
「クリスマスに誰かが悲しむというのは、辛いもんがあるからのう。湿っぽいのは、性に合わん」
「私は、盗まれた物を取り戻せるだけでも良かったんだけどね。まぁほら、マミゾウが嬉しそうならいいや」
「うん? そんなに嬉しそうかのう?」
「うん、嬉しそう」
ぬえの指摘に、自分はこれほどお人好しだったかと、マミゾウは少しばかり恥ずかしくなってしまう。そんな顔を隠すために空を見上げると、はらはらと白い物が舞い落ちてきているのが目に入った。月の光を受けて煌めく、粉雪である。おそらくこの空の下では、クリスマスをやってみようという人妖が、用意したプレゼントを大切だと思っている相手の枕元へ忍ばせていることだろう。なるほど、それを守れたのだから悪い気はしないものだ。もしかするとこの雪は、自分たちへのご褒美なのかもしれない。そんなことを考え、あまりにもロマンチックな思考ではないかと苦笑いをしたマミゾウだったが、クリスマスなのだから良いではないかと思うことにした。今日は一年の中で一番、ロマンチックであるべき日なのだ。
何も言わずに空を眺めていたマミゾウだったが、手に暖かい物を感じたのでそちらへ目をやった。寄り添っていたぬえが、手を握っているのだ。
彼女はマミゾウと違って視線を下へ向けたまま、もう片方の手でプレゼントを渡してきた。恥ずかしいのだろうか、耳が真っ赤になっている。いざ面と向かって渡すとなると恥ずかしいと思ってしまうのは、相手を大切だと思っているからだ。ぬえがそう自分のことをそう思ってくれているのが、マミゾウには嬉しかった。素っ気ない態度をとれる者も居るだろうが、ぬえの性格では無理な話だ。
「ん、メリークリスマスって言うんでしょ」
「ああ……。メリークリスマス」
プレゼントを受け取ると脇に置いて、今度は自分のを差し出してやった。こちらもぬえのことを思って、選び抜いた物だ。包装を解いて喜ぶ彼女の顔を見たくて選ぶというのは、難しくもあったが何より愉しかった。
ぬえはプレゼントを受け取ると、大事そうに片手で抱え込んだ。それを見て、マミゾウは満足していた。外の世界のクリスマスも良かったが、こちらで迎えるクリスマスも悪くはない。何せ、ここには遠い昔からの親友が居るのだ。邪仙に目を付けられたのも、退屈せずに済むと思えば良いのである。ぬえと一緒なら、きっと大丈夫だろう。
そんなことを思いながら、マミゾウは手から感じる暖かさと、はらはらと舞い散る雪を楽しむのだった。
そんな感じが自分に点数を入れさせるのだ
このキャラだったらこう動くだろうなー、というように動いてくれているので、
非常に読みやすかったです。