「ある日、番所に「人間の首が大量に吊るされてる!」と通報があったのです」
蝋燭の薄明かりに照らされながら椛は語り出す。
どこか――その表情は硬い。元々無表情気味な奴だけど、大して知ってるわけじゃないけど、強張っているとさえ言えるほどに、硬い気がする。
「すわ大事件かと白狼天狗隊の捜査班が向かったのですが……現場となった山の――具体的な場所は伏せさせていただきますが、山の中のとあるところに吊るされていたのは本物ではなく、作り物の首だったのです。ただ見たことが無い素材で作られていたらしく、河童などに協力を仰いで調べてみたら、どうも「まねきん」という外の世界の人形の首らしいと判明しました。……この時点で十分に不可解ですが、謎はここから始まります」
強張った顔のまま、椛は淡々と語り続ける。
「悪戯にしてもたちが悪い、ということで白狼天狗隊は本腰を入れて捜査することにしました。場所が場所だけに、山への無断侵入の可能性もありましたから。ですが、どれだけ調べても犯人がわからなかったのです。私たち哨戒部隊まで動員されたのですが、捜査はまるっきり進みませんでした。躍起になった上層部は河童だけでなく鴉天狗にまで協力を要請し、術や念写による犯人探しまで行ったのですが……」
「あ、それ私も協力した」
はいはいと自己主張するはたてに話の腰を折られた椛は一瞬顔を顰めたが、咳払いをして再開した。
「……何も、出ませんでした。犯行時刻と思われる数十時間を分刻みで念写しても、あの吊るされた生首は唐突に現れたとしか言いようが無く出現していたのです。そこに、犯人の姿は一切写っていませんでした。誰が何の為に? どうやって? 結局、わかったことは一つも無く、件の生首はお焚き上げされることとなったのです。――思えば、呪術的な意味合いがあると考えてしまったのでしょう。炎で浄化しなければ気味が悪くて仕方がない――そんな、どこか腰が引けたような処分を以て捜査は終了しました。……以上です。ふっ……あの、こんなんでいいんですか?」
「なかなか気味が悪かったですよー」
蝋燭を吹き消してそのまま不安そうに半目になる椛に早苗はフォローを入れていた。
いやなんか不安っつーより睨まれてるみたいで話より顔の方が怖いんだけど。
肝心の怪談に関しては語り慣れてないのか、緊張のせいでかえって臨場感出てたわね、なんてそんな感想。まあ中身は結構不気味だったけど義務的に語られてもねえ。話を怖くしようって努力はしてたけどさ? はたての邪魔が入ったことを考慮に入れても努力に技量が追い付いてないっつーか、なんともかんとも。
「霊夢さん霊夢さん」
どすどすと肘で小突かれる。
「あによ」
「椛さん気にしちゃうから顔に出さないでくださいよ」
早苗にこしょこしょ耳打ちされる。むう、まあ真面目な奴らしいし虐めるのは本意ではない。
いや待てなんで私がここでまで気を遣わなきゃいけないのよ。被害者じゃん。
とぶっちゃけたいが椛もどうやら被害者側らしく強くは言えない。なんか隣に座ってるはたてにぼそぼそと相談してるみたいだし。無理矢理引き込んだの早苗かあいつじゃないのかしらね。
しょうがないから文句は早苗に言おう。
「あんたんところでやってりゃ私もこんな顔しなくて済んだんだけどね」
「いやほらうちは山にありますから……集まり悪くなっちゃうじゃないですか」
確かに参加者には山の住人じゃないのが多いけどね。だからってなんでうち貸さなきゃいけないってのよ。うちは神社であって集会所じゃないっつーの。思わず「百物語ってねぇ」と溜息が漏れる。参加者をぐるっと見回しただけでも化け猫に天狗に化け狸……百物語なんぞせんでもおまえらだけで十分百鬼夜行だ。集まった時点で完成してるわ。
「ん……?」
もう一度見回す。
種々様々なメンツが揃っているが……なんか、足りないような。
「あれ、文や魔理沙は? こういうの好きそうなのに」
萃香やら幽々子の姿も見えない。こういう集まって騒ぐの好きそうな奴らの姿が無い。
「ああ文さんは都合が悪いらしくて……魔理沙さんも誘ったんですけど実験中とかで死んだ目してました」
「あー。そういやここんとこ見てなかったわね。また籠ってんだ」
じゃあ萃香や幽々子もそんな感じか。幽々子の場合妖夢が渋ったとかそんなんだろう。あいつ半霊のくせに怖がりだし。前に早苗が百物語やった時なんて泣いてたもんなぁ。
「ん?」
また、何か引っかかった。
ただ今度は何が気になるのかわからない。
さっきは魔理沙たちがいないってすぐにわかったのに。
勘が働かない――何か、すっきりしない。
むむむ? なんとなく頭を叩いてみる。勘って頭で感じてそうな気がするし。
しかし無駄だったようでいつもの閃きはとんと出やしなかった。
がやがやと椛の怪談を推理したり寸評したりする声に考えがまとまらない――
「ではそろそろ次の話とまいりましょうか」
早苗が先を促す。それではと誰かが語り出す。
百話語れば怪に至る百物語。
怪が語るこれは何に至るのか。
ぐるりぐるりと話は続く。
「なかなかあたい好みのがこないねぇ」
語るのが妖怪である故か、真剣に怖がっている者は少ない。
だからそんな言葉が漏れてくるのは必然だったのだろう。
「腹が減る死体の出てくる話期待してたんだけどねぇ……よもやいっこも出ないとは」
最初の期待してたら作りもんだしなー、とお燐は大きな溜息。
「死体ってあんた……」
「だってあたい死肉喰らいだしさぁ」
思わず突っ込んで、返された言葉に場の半数ぐらいが引いた。
生きてんのじゃないとダメだろ、とか死肉はないわ、とか聞こえてくる。
趣味嗜好の話なんだろうけどやっぱこいつら退治した方がいいんじゃないかなーもう。
「わかってないなー、妄執の染みついた死体ってのは美味いんだよ? だいたい……」
「うにゅー……」
「ん、おやおねむかいお空? 構わないよ、あたいの膝で寝ときな」
「うにゅぁー……」
促されるままにお空はお燐の膝を枕に横になる。
……つくりだけなら美形な顔で、身長もお燐より20㎝は高いお空が甘える姿はなんとも言葉にしにくい。中身が子供だってのは知ってるけどいまだに違和感が拭えん。いや、地底のでっけぇ鬼とかちっこい橋姫にべったり甘えてたし、でかい奴ってこういうものなのかもしれない。ってことは小町の奴も映姫に甘えてたりしてんだろうか。……あれ、違和感無いな。
「そろそろ子供の方々には辛い時間ですかねぇ」
隣で早苗が苦笑している。
言われて見てみれば、マミゾウの横では響子が目をこすっているしチルノに至っては背の高い妖精の膝を枕に熟睡中だった。時計を見る。夜の十時を回ったくらい。子供連中は昼型の妖怪たちだし、普段なら眠る時間か。
「あまり遅くなってもなんですし進めましょうか」
「おっと、次はあたいの番かい?」
早苗に促されお燐は火の燈る蝋燭を手に取った。
怖いの期待してんぞーなんて野次が上がる。
「場を白けさした詫びさぁ。いっとう怖いのを話してあげるよ」
お燐は余裕の笑顔で応え、きゅう、と口の端を吊り上げた。
「んじゃま、ミナサマご静聴をヨロシク――」
雰囲気ががらりと変わる。
「いつの頃だったか――豊太閤のご時世か、それとも徳川の狸の頃か、あんま人間の勢力に興味なかったからよくわかんないんだけどさ、そんくらい昔さぁ。あたいは人里を離れて山ン中で食糧探し――まあ人間の死体なんだけどさ? 人間に化けて山ン中行ってさ、行き倒れとか滑落死体とか探したんだよ――葬式から盗むのも楽じゃなくてねぇ。いや妖怪の本分捨てたわけじゃないよ? 兎も角山道うろついてたら――そいつを見たのさ」
すう、と、部屋の温度が下がった気がした。
「ふらふらと……いやぎくしゃくって言った方が近いかね、妙な歩き方してんのが藪から山道に出てきたんだよ。いや流石にぎょっとしたね。深山ってほどじゃないけど、人里から大分離れたとこで藪から――なんてさ。病人怪我人かと思ったが、なんか違う。どこかおかしい。すぐに人間じゃないって気づいたよ。外見は印象に残らないほど普通なのに、おかしい、変だ。何故かってのが、おかし過ぎて、わからなかった。そいつさぁ――手足の曲げる方向とか、曲げる場所が、違ったんだよ。肩が動かず肘より大分上でがくがく曲げて、首が半ばからかくかく左右に揺れて、膝なんか逆に曲がってて。コレは何かが人間に化けている――じゃあ、何が? 動物じゃない。こんな関節した動物なんて見たことない。動物じゃないなら、なんだ? 獣の変化である火車のあたいにもおっかなくてね――逃げようと後ずさりしたら、そいつは一度もあたいを見ることなく道を突っ切ってまた反対側の藪ン中に入っていっちまった。がさがさと藪を漕ぐ音が消えるまであたいは動けなかったよ。いや、通行人が声かけてくれるまで動けなかった……声をかけてきたのは人間だった。あたいの知ってる人間だ、あんなわけわかんないもんじゃない。安心して糸が切れちまったのか、変なものを見たってまくしたてちまった。そいつは困惑していたよ。そんなの見たことも聞いたこともないってね」
その通行人と同じ気持ちを味わう。
言われたとおりに想像したそれは明らかに人間じゃない。
じゃあなんだと問われれば、答えられない。
無性に――気味が悪い。
「じゃああたいの見たものはなんだったんだ――調べるのも気味が悪くて、あたいは早々に人里に戻ることにした。あんなのがいる所で飯探しなんて出来るもんじゃない。今思えば……あの印象に残らない顔は、面とか、人形みたいだったって――気がするねぇ」
人形。
作り物。
「これでお終い。ふっ、と。いやいやなんか恥ずかしいねぇこんな注目されちまうとさ」
蝋燭の火を吹き消してお燐は恥ずかしげに笑う。
かわいいと言えるだろうそんな表情も、蝋燭の薄明かりに照らされていては不気味としか言えない。
それが話の不気味さに輪をかけて、場は静まり返った。
許容値を超えたのか、隣に座る早苗が私の手を握ってくる。
私は、それを拒めない。想像してしまったそれの不気味さ故に。
大した感想も議論も交わされぬまま次の語り手へと移る。
ぐるりぐるりと話は続く。
大したことのない怪談が続き、欠伸を噛み殺しながら首を捻るとそれが目に入った。
「ああもう響子寝ちゃってるじゃない」
これで子供組は全滅か。時間も時間だしなあ。
マミゾウの膝の上で寝息を立てる響子を見ていたら、空のキセルをいじるマミゾウと目が合った。
「巫女さんや、なんかつまみとかないかのう? 口寂しくてな」
「ショバ代取るわよ狸。煙草でも――吸えないか」
「子供の前じゃとなぁ」
苦笑する。
「響子は私が預かっておこうか?」
外見は子供なのに、そういう印象を打ち消す理知的な赤い瞳がマミゾウを見上げていた。
マミゾウの隣に座るのはナズーリン。住人の割に参加者の少ない寺勢の最後の一人だった。
通いだったり、寺から浮いてたりと噂のある連中ばかり――約一名足りないが。
「私の番は終わったし、次は君だろう? 抱えたままじゃ不便じゃないかね」
「いやいや、おまえさんに預かってもらっても近いしな。煙草嫌いのあやかしは少なくないしのう」
まあ私も煙草は嫌いだしね、とナズーリンは皮肉げに笑った。
煙草を魔除けに使うところって結構多いしね。私も魔除け煙草の作り方知ってるし。
ナズーリンが入ってきたことで間が持たなくなって、こちらから声をかけた。
「そういや寺からはあんたらだけ? こういうの好きそうなの多いのに」
「三人もいれば十分だろう」
「共通性のあるメンツだから気になるのよ。はぐれ者のあと一人は?」
「ひひ、はぐれ者か。言い得て妙じゃな」
マミゾウは笑って眠る響子を抱え直す。
「儂らはともかく他の連中はな、白蓮がいい顔せんからの。ただの遊びならともかく怪異を呼び込もうなんてのにはなぁ。ぬえの奴は、あいつ自身が怪談みたいなもんじゃし、結果として呼び出されるんならともかく普通に参加はおさまりが悪いんじゃろ多分」
「私の主は聖白蓮寄りだしね。私たちみたいに浮いてでもいなければこういった外法の類には関わろうなんて思いもしないさ」
外法って……妖怪に言われたくないなあ。主催は私じゃないけどさ。
つーか早苗なんだけどね主催者。妖怪が控えるようなこと巫女がやらかすってどうなのよ。
「一応仙人連中にも声かけたんじゃがだーれもこんかったなぁ――と、そうそう、巫女さんや。言伝じゃ」
「言伝?」
誰から?
「あの、ほれおねしょ癖ありそうな仙人の女童」
あー……ああ、あの火遊び好き。
「えーと、『よくない卦が出ておる! 故に我は行かぬ! 怖いんじゃないぞ! 怖いんじゃないからな!』だそうじゃ」
「声帯模写上手いわねあんた」
「化け狸じゃからのう」
よくない卦、ねえ? あいつ占い師だっけ?
どーにも言い訳としか思えないけど。でも止められている。寺の主もいい顔をしないという。
ちらと腕の中で眠る響子を見ながら問いかける。
「連れてきてよかったの?」
「ひひ、子供はいろんな遊びを知っとくべきじゃろ。それでこそ先々で判断が出来るってもんじゃよ」
いざとなりゃ守ってやればよいだけじゃしの、と化け狸は呵呵と笑った。
正論……なのかな? 所詮若造の私にはどうにも判別つかない。
こーいう流れになると勝てる気しないなー。亀の甲より年の功よね。
「さて、雑談も治まってきたし儂の番じゃな」
眠る響子を抱えたまま、マミゾウはキセルを置き蝋燭を手に取る。
再び怪談の時間が始まる。
「あれは十年……いやさ二十年は前だったかの。ご存知の通り、知っておるよな? 儂は最近まで外の世界で暮らしておった。もちろん化け狸らしく人間に紛れての。そこそこの屋敷で静かに暮らしておったよ――前置きが長い? こりゃ失敬。で、話を進めるとじゃ、その晩、儂は夜更かしして読み物をしておった。狸は夜行性じゃから、ま、割と正しい生活さいくるじゃの。つまりは真夜中、草木も眠る丑三つ時――若いのには夜中の二時と言った方が通じるかの? そんな時間じゃ。突然、窓の外から風鈴の音がしたのよ」
りぃーんと、な。
声帯模写でもない口真似だけど、澄んだ音に聞こえた。
「そう、風鈴じゃ。夏に使うあれよ。あの音は……がらすじゃなく、そうじゃの、かね、金属製――のような音じゃったなぁ。とても澄んだ、綺麗な音じゃった。それが……十、二十、三十……数え切れぬほど大量に鳴りながら、ゆっくり、ゆっくり動いておった。儂の屋敷の前、道路を通っている。風鈴売りの屋台か? と最初は思った。だがこんな夜中に商売道具を鳴らしながら移動するわけがない。ありゃ人間の商売じゃからの。何? 見ればいいだろうって? その通り。実際この目で見てしまえば今こうして語ることはなかったかもしれん。でもな、その日は隣家で通夜をやっておったのよ」
つや――お通夜? お通夜に風鈴……それも大量の?
「そう、大量の風鈴の音は、隣の家から儂の家の前へと進んでおった。故に次に考えたのはお迎えか、じゃった。だが風鈴鳴らしながらのお迎えなんて聞いたこともない。ただの鈴なら別じゃが、それにしたって量が多すぎる。わけがわからなすぎて、目で確認するなんておっかなくてできんかったわ。怨霊だったりしたら困るしのう……そこで、ふと気づいた。風鈴の音は道をまっすぐ進んでいる。しかし音が向かう先は行き止まり……いくら道が暗いからって荷車引いて迷い込むようなところではない。それでも音は止まらんかった。儂は思い至った、この先は袋小路じゃが――その先には海がある。この大量の音は、海に向かっておる……」
海。幻想郷には知識としてしか存在しないもの。
見知らぬそれは深い闇として想像される。
「あれは死神だったのか、死者の魂だったのか……それとも別の何かだったのか。直接確かめる勇気のなかった儂にはわからぬまま――風鈴の音は去ってしまったよ。……以上じゃ。っふ……」
無数の風鈴が闇へと消えていくのを幻視する。
どこに向かうのか、それはなんなのか。闇夜で蠢く風鈴は、まるで人魂の群れのようだ。
――また一つ蝋燭から火が消えた。
いつの間にか静まり返っていた場はひそひそと雑談を再開する。
そうしてまた次の語り手へと移っていった。
ぐるりぐるりと話は続く。
もう何順したのか。
何人で話しているんだったか。
眠いわけでもないのに何か思考が霞がかってぼんやりとしている。
今聞いた話はさっきも聞かなかっただろうか。何故誰も指摘しないのだろう。
頭がはっきりとしない。眠くないと思っていても本当は疲れていて、眠いのだろうか。
ふと、隣に座る早苗の横顔が目に入った。
顔色が悪く見えるのは蝋燭の薄明かりのせいだけではあるまい。
「早苗、大丈夫?」
「え、ええ……」
声にも覇気が無い。
疲労? 眠気? 自分のそれさえわからぬ今は、早苗の状態なんて尚更だ。
とにかく、判断できないのなら寝かせてしまえばいい。
客間は――今使ってるから無理として、私の部屋が空いている。
中途退場になるが連れていってしまおう。
立とうとして、早苗に手が掴まれたままだったことに気づいた。
……あれ? いつから? 早苗が怖がって、私の手を握ってきたのは随分前じゃなかったっけ?
あれは何話目だったか。今は何話目なのか。
今、誰が語っているんだっけ……?
「また私の番か」
幼さを残す凛々しい声。
ナズーリンが蝋燭を手に取っていた。
「そろそろ終盤かな……じゃあ、最近の話をしよう」
霞がかっていた頭が段々とはっきりしてくる。
まるで、ナズーリンの語る怪談を聞き逃さんとしているかのようだ。
前にどんな話をしたかも憶えてないのに?
「私は今無縁塚の近くで暮らしている。良くない噂の多い所だが、事実だったよ。これはその話だ」
疑問は紙のように水に溶け耳は彼女の声だけに傾けられる。
「家――と言ってもあばら家なのだが、家で午睡に耽っていたら来客があった。「ごめんください、ごめんください」と戸を叩いている。こんな辺鄙なところに客人とは珍しい、と思った矢先、私は異変に気づいた。子ネズミたちが部屋の隅で一塊になって震えている。寒いのだろうかと思ったら、窓という窓が閉められていた――寝入る前は確かに開いていた筈だ。風が気持ちよかったのを憶えている。子ネズミたちが閉めたのかと問おうとしたが、彼らは声を押し殺している。明らかに怯えていた。そんなことを確認している間にも客は「ごめんください、ごめんください」と戸を叩いていた。子ネズミたちが怯えているのはこいつのせいか? もしや蛇や猫の妖怪が訪ねてきたのだろうか。いや違う、窓や戸が閉め切られていてもそんな奴らが来たのなら臭いでわかる。探っても、そいつからは臭いがしなかったんだ。途端、中にいることに気づかれてはいけないんだと体が強張った。理由? さてね。理由とか理屈とか、そんなものはすっ飛ばして答えが出た感じだったよ。だが客はしつこく「ごめんください」と戸を叩く。気づかれているんじゃないか、猫がネズミにそうするようにあえてとどめを刺さずに弄んでいるのではないかとさえ考えた。だってねえ、私は声一つ上げていないのに、そいつは帰る気配が全く無かったんだよ。家の中に私がいるのを確信して呼びかけ続けている、そうとしか思えなかった。だがそれは間違っているとすぐにわかったよ。緊張し過ぎたのかな……指先に、何かが当たったことに気づかなかった。気づいた時にはもう遅い。湯呑が机から落ちて、鈍い音を立ててしまった。大きな音じゃない、こんなのが戸の向こうにまで聞こえる筈がない――そう自分に言い聞かせた。だけど、戸を叩く音が、止んでたんだ。そいつは、その音で私に気づいた。そして」
一拍おいて、ナズーリンは大きく息を吸い込んだ。
「ごーめーんーくーだーさーいー」
奇妙な、声だった。
口調がどうとかではなく、音が外れてて、間延びしてて、まるで人間性を感じさせない声。
本当に彼女が言ったのかと疑いたくなるほどに、奇怪。
「そんな、奇妙な声を最後に静まり返った――風の音すらしないほどに。私が戸を開けもう誰もいないことを確認できたのは数時間後。私は何に巻き込まれたのか、あれはなんだったのか。考えるのも嫌になるほどに――怖かったよ。以上だ。ふっ……」
蝋燭が消える。
誰も喋らない。いつからだろう? 感想も寸評も随分長く聞いてない気がする。
車座に座ってる連中は何人だったか――誰だったか。暗くて、よく見えない。
また、頭に霞がかかる。
「儂の番じゃな。とびっきりの怪談を話してやろう。ちと長くなるが――」
誰の声だったろう。瞼の重さに引かれるように耳まで閉ざされているような――――
響き渡る、大きな音。
「な、なんじゃい!?」
その音の大きさは寝ていた子供連中まで目を覚ますほどで、場の全員が何事だと騒ぎ出す。
私は一瞬早く立ち上がり、音の出所へと駆け寄った。
土間へと通じる戸。開けて土間を見回す。――いない。音を出すような者の姿は見えない。
明らかに、戸を叩いた音だったのに。裏口は閉じられたまま。心張り棒もそのまま……外に逃げたということもなさそうだ。これで逃げたと見せかけ天井に張り付いているとかならまだ可愛げがあるのに、それもなかった。
「お、おねえさん、なんだい今の? そこに誰かいるのかい?」
お燐の問いかけに首を振る。
下手人の姿は無し、見る限り参加者の仕込みというわけでもなさそうだ――どうも、まだ勘が鈍っている気がするのだけど。
つまり――
「はいはいこれでお開きよ。お遊びでも怪異が起きた以上続けるのは認められないわ」
手を打ち鳴らし参加者共を追っ払う。
「ちょ、儂の話まだ終わっとらんぞ」
「時間考えなさい時間。こんな時間に長くなるなんつーの聞いてられるか」
「なんちゅー横暴な巫女じゃ……」
おおげさに肩を落とすマミゾウは、まだうとうとしている響子をおぶさると部屋を出た。
「やれやれ、とんだ落ちがついたものだね」
やっぱり皮肉げな捨て台詞を残してナズーリンもそれに続く。
「お、お空! ちょっとあたいあんたを抱えるとか無理だから! 起きて!」
「うにゅあー。もう食べらんないよぅ……うぇひひひ」
「テンプレな寝言ほざいてんじゃねー!」
流石にこの場で一番背の高いお空を引きずって退場するお燐には同情したが、そのまま見送る。
そうして参加者たちは三三五五に散っていった。
「あー……」
しくった。片付けくらいさせてから帰せばよかった。
燭台と蝋燭と座布団が散乱してる……襖も外しっぱなしだし。
直すのめんどくさいなー……座布団がいちまーい、にまーい、と。
「ごーめーんくださーい」
「うぇひゃあっ!?」
突然背後から調子っぱずれの声をかけられ飛び上がる。
「みぎゃっ!」
思わず振り向きざまに破魔札投げつけてしまった……って。
「早苗?」
いつの間にか姿が見えなくなってた早苗が顔を抑えて立っていた。
破魔札ぶつけちゃったから……まあこいつには効かないんだけどいい音出してたからなあ。
うん。ごめん普通に痛そうな音だった。ぱちーんって。
「れいむひゃん、ひろい」
「ご、ごめん」
普通に謝る。
だって顔に長方形の跡ついてるし。
「驚かした私も悪かったですけど……いたた」
「ごめんほんとごめん。思わず全力で投げちゃった」
「なんでただの紙がこんなに痛いんですか……」
おおう。な、なにか話逸らさないと。
「な、なによ帰ったんじゃなかったの?」
「えへへ、夜道が怖くて戻ってきちゃいました」
んなの天狗共にでも送らせなさいよ――とは思ったけれど。
まあ頼られて悪い気はしないっていうか。
うん……?
「あ、そうだ早苗、あんた具合悪そうだったけど大丈夫なの? あの騒ぎでうやむやになっちゃったけど……」
「え? 別にどこも悪くないですけど……」
んん……? あれ? もしかして寝ぼけてた?
今は全然眠くないんだけど、さっきはなんかぼけーっとしてたからなあ……
「んじゃあ布団敷く手間は省けたかな……」
「あれ、泊めてくれるんですか?」
「別に構わないわよ。客間がこのざまだし私の部屋だけどいいわよね?」
「ばっちこいです」
なんで鼻息荒いんだこいつ。
「言っとくけど百物語の感想とかには付き合わないからね」
「そんな~」
あんたに付き合ってたら夜が明けるわ。
こいつ夜中にテンション上がるタイプだし、釘は刺しておかねば。
いや、まあ、早苗と一緒の部屋でとか寝れる気しないけどさ。
色んな意味で。
「面白いお話いっぱいあったじゃないですか~」
「四つくらいしか憶えてない」
なーんか夢うつつっていうか、半分寝てたっていうか。
刺激的な話があんまなかったからねー。なんて正当化。
「ほ、ほら私の話とか!」
「ごめんマジで憶えてない。あんたなんか話したっけ?」
あ、失意前身屈。
だってほんとに憶えてない。あれ? 早苗って怪談下手だっけ?
前に聞かされた時は結構怖かったような気がするんだけど……?
おかしいな。車座に座って順番に話してたんだから早苗も話してたはずなのに。
いくらなんでも早苗が話したかどうかすら憶えてないなんて……変な、気がする。
「霊夢さん……ひっどい……」
「あ、いやなんか眠くて――」
眠い……本当に眠かったのか? 眠くないのにって、考えてた、ような。
「まーいいですけどー、すいませんね面白くなくて」
「ちょ、ちょっと機嫌直してよ……ごめんって」
そこまで気にしないでくださいよー、と、逆に心配される。
気にして……違う、私、なんか別のこと、考えて。
「なんか、中途半端に終わっちゃいましたねえ」
中途半端――その言葉に違和感を覚える。
実際に怪異が起きたのに? 怪異と言うには虚仮脅しの感がないでもないが、怪異は怪異だ。
百物語は怪異を呼び寄せる。なら目的は果たしただろうに、中途半端?
「何話まで話したか、数えていましたか?」
「え? いえ……」
何話? 唐突に終わったし、数えてなかったし……ただ体感としては後半、つまり五十話を超えてたと思う。それくらい、長々と――永々と、語っていた、気がする。だから、もしかしたら、百話も過ぎていた――かもしれない。
今は何時だろう。暗くて、時計の針が見えない。
ただ、ただ……憶えている話が、何か――引っかかる。
山の中、山の道、家の前、そして――玄関に訪ねてきた。
だんだんと、だんだんと……怪異の主題が、近づいているような。
「九十九話です」
蝋燭が、一本だけ未使用のまま、転がっていた。
灯りの無い部屋の中で、早苗がそれを拾う。
――え?
「さ、なえ?」
お開きになってからも、何本かの蝋燭は火を燈したまま燭台の上に乗っていた。
だから私は座布団が散らばったままだとわかったし、早苗の顔も見れた。
いつの間に、灯りが消えていたのか。
今日は風が凪いでいるのに。
「マミゾウさんが語り終えればそれで終わりだったのですが――あれではノーカウントですね」
暗い、暗い。
早苗の顔が見えない。
人間の目じゃこの暗闇を見通せない。
「つまり、次を始めれば終わります。終わりを始めましょうか霊夢さん」
次、って、終わりって、じゃあ、あの音はなんだったのよ。
百物語は終わって、もう怪異は現れたのに、なんで続けるのよ。
「始めましょう? 語り手はあなた、お題は不明」
私が語り手って、どういう。
早苗の顔が、見えない。
喉がひきつる。
目の奥が熱い。
耳鳴りがする。
心臓がいたい。
吐き気がする。
いやな、かんじ、が。
「さあ」
ぼう。
と。
火が燈る。
「百話目を、始めましょう」
100作品到達、おめでとうございます。
面白かったです
どうみてもバッドエンドです本当にありがとうございました
100作品投稿おめでとうございます。なるほど、百作品目に相応しいお話で……。
それぞれの語る1つ1つの話も怖いのに、話の合間合間に入る霊夢が感じた嫌な違和感とかが不気味で、ゾクリとしました。
怖いので今日は早く寝ます。
面白かったです
やっぱりホラー系はたまらんですな!
夜中に読むんじゃなかった…
恐ろしいお話で面白かったです。それと、100作品投稿おめでとうございます!
それと百作達成おめでとうございます。次は二百作ですね。
得体の知れない薄気味悪さがじわりじわりと纏わり付いてくる感覚は癖になりそうですが
いかんせん普通に怖かったので癖にならないように気を付けたいと思います。
100作目の投稿、おめでとうございます。
そして、100作品達成、おめでとうございます!!
はたして霊夢の巻き込まれた怪異はなんだったのか……?
締めが怖いww
怖い怖い
そこらへんのホラーよりゾクゾクした
このあと紅白巫女がどうなったかは想像すると尚怖い…
つい窓の外を見ちゃったじゃないか。
タイミング良く向かいの家の犬が吠えてくれたせいで、割とが知ビビったわ…。
怖くなんかなかったんだからね!
俺も読み終わったとたんにすぐ左手の窓の外から奇妙な音がしてつい飛び上がった。
まあ、隣の家のガキがバスケットボールを弾ませてる音だったんだが。
だって、いま丑三つ時ってやつなんだぜ……
うまいな~