~チャプターごとのスキップが可能です~
チャプター1:序章
チャプター2:発端
チャプター3:拡大
チャプター4:開戦
チャプター5:いくさ火
チャプター6:巨神
チャプター7:あの空を紅に染めて
チャプター8:オチ
――序章――
朝もや覚めやらぬ頃。
「きょ~おっもおっそうっじおっそうじ♪」
竹箒片手に自作の歌を口ずさみながら、一人の山彦妖怪が辺りの地面をさっさか掃いている。
すると、遠くから『ことん』という小さな音。
音に敏感な彼女の耳がぴんと立ち、「あ、いつもの牛乳屋さんですね」と声を上げた。
「おはよーございまーす。いつもいつもご苦労様……あれ?」
門の前までやってきて、彼女は首をかしげる。
その空間には誰もいなかった。
きょろきょろと辺りを見回しても、人の姿かたちは愚か、気配すらない。
「……?」
もう一度、彼女は首をひねってから、『まぁ、いいか』とポストを開ける。
開いたポストの中にはいつも通り、牛乳瓶が3本――というわけではなかった。
「お手紙です」
封印のなされたそれを取り出し、宛先が『命蓮寺住職 聖白蓮様』となっていたため、彼女はそれを手に踵を返す。
「おお、響子。今朝も早くからお務めかの?」
境内を渡り、母屋の方に向かおうというところで声がかけられた。
振り向けば、そこには眼鏡をかけた古妖怪が笑顔で佇んでいる。
「あっ、親分! はい! 響子は朝からお務め頑張ってます!」
「ほっほっほ。そうかそうか。朝から大きな声で元気一杯じゃな」
「はい!
親分は何をしてたんですか?」
「うむ。
やはり、年をとってくると健康を維持するのも大変じゃからな。今しがた、ぬえを起こして『らじお体操』をやっていたところじゃ」
「今度、響子もやってみたいです!」
「おお、そうかそうか」
彼女の頭をなでながら、眼鏡をかけた女妖怪が笑顔になる。
つと、その彼女の視線は、少女の持っている一枚の封筒へと向いた。
「響子。それは何じゃ?」
「あ、はい。さっきポストを覗いたら……」
「これはまた厳重な封書じゃの」
誰が出してきたのか、と彼女はそれを受け取り、ためつすがめつする。
しかし、差出人のところに何も書かれていない手紙からでは推測するにも限界があったのか、「とりあえず、白蓮殿のところに持っていってやりなさい」と少女へとそれを手渡した。
「じゃあ、いってきます!」
「うむ。足下には気をつけて、転ばないようにするのじゃぞ」
笑顔でぺこりと頭を下げる少女を見送って、彼女は辺りを見回した。
誰もいない、朝の空間。しんと静まり返る、静謐な時。
ふむ、と彼女はうなずく。しかし、それ以上、何かの追求をするつもりもなかったのか、はたまた、単に興味をなくしたのか。
「しかし、年をとると朝が早くなっていかんの。まだ5時じゃ」
そう独り言をつぶやいてから、彼女は「どれ。盆栽の手入れでもするかの」と踵を返したのだった。
――第二章:発端――
―時刻 午前7:30 命蓮寺―
「……こら、ぬえ。起きろ」
「ん~……あと5分……」
「マミゾウさん、こいつ何とかしてください」
「わはは。村紗殿、ぬえに好かれておるのぅ」
「……勘弁してよ」
「いいじゃない。あなた達、でこぼこコンビで、結構、似合ってるわ」
「一輪……」
命蓮寺の居間に集まる、いつもの主要メンバー達。
黒塗りの樫のテーブルについているのは、一輪に村紗、マミゾウに響子。ぬえもいるのだが、朝早くにマミゾウに叩き起こされたためか、朝ご飯を食べた後に二度寝の最中。枕は村紗の膝枕である。
「……ところで、村紗。
どうして、私たちはここに呼ばれているの?」
「何、一輪も知らないの?
わたしもなんだけど……マミゾウさんはご存知……」
「ないな」
「あ、やっぱり」
響子には聞かない辺りが村紗であった。
ちなみに響子は、別段、自分にだけ言葉が来ないことは気にしていないのか、片手に何やら本を持って読書に励んでいる。
「何か面白い修行でも考え付いたのではないかしら」
「面白い……ねぇ」
「たとえば、岩を粉微塵に砕く修行、とか」
「それ、聖以外に誰が出来るのよ」
「ん? それくらいなら、わしならばたやすいぞ」
「えっ、マジ?」
けろっと、何やらとんでもないことを言ってのけるマミゾウであった。
――そして、待つこと、さらに10分ほど。
「……あー。
響子、わたしの部屋のタンス。上から三段目に入ってるぱんつ持ってきて」
「え?」
「こいつに穿かせるの!」
ぬえの様を指差し、村紗が叫ぶ。その声の大きさに、響子はびくっと背筋をすくみあがらせる。
そんな響子をフォローするためか、はたまた、無為に時間をすごすことに飽きたのか、一輪が村紗を横目でちらりと見つつ口を開く。
「村紗、変態っぽいわよ」
「一輪は気にならないの!?」
「別に?」
うわこいつマジかよ、な視線を向ける村紗。
そして、その視線は、未だに寝こけているぬえへと向く。
徐々に視線は彼女の下半身に向けて下がっていき、寝相の悪さからか、そのスカートが盛大にまくれ上がっているところまで行って、大きなため息をつく。
「いい若いもんがノーパンで出歩くってどうなのよ」
「その子、下手したらあなたより年上じゃない?」
「見た目」
「なるほど」
無意味に納得する一輪は、「だけど、ノーパン健康法っていうのもあると聞いたわ」と、どこで聞いたのかわからない、怪しげな物体の名前を口にする。
「ぬえは下着をつけることを嫌うからのぅ。
昔から、『絶対にいや!』と言って譲らなかったわい」
「とにかく、響子。急いで」
「あ、は、はいです」
「いいからいいから。ほっときなさい、響子」
「え? えっと……は、はい。わかりました……」
「……響子」
「響子」
「え、え、えっと……う……あぅぅ……」
村紗と一輪の板ばさみになる響子へと、マミゾウが『まあまあ。よいではないか』と救いの助け舟を出した。
そして、ちょうどその時、表に面した障子が開く。
「集まっているようですね。待たせてしまって申し訳ありません」
現れたのは、命蓮寺の住職、聖白蓮その人であった。
さらにその後ろには寅丸星とナズーリンが続く。
ちなみに、外の廊下と室内の畳との段差に躓いて星が前のめりにすっ転んだが、それはどうでもいい。
「――さて」
上座に座る白蓮は、手に、一枚の紙を取り出した。
――朝方、響子が持っていたあの手紙である。
「何か妙に、開け方、汚いわね」
「ご主人が開けたからな」
「星、あなた、ペーパーナイフくらい使いなさいよ」
「……見当たらなくて、つい」
「この手紙の内容ですが――」
場の雰囲気ガン無視して、白蓮が凛とした声で述べる。
「我が命蓮寺への宣戦布告です」
そして、その内容は穏やかなものではなかった。
一瞬の間に、場の空気が硬化する。
それを感じ取ったのか、ぬえがむにゃむにゃ言いながら、のそりと起き上がる。
「なに、なに? どうしたの?」
辺りをきょろきょろしながら尋ねるぬえ。
しかし、それに取り合うものはいなかった。
ほっぺた膨らませるぬえを無視するような形で、小さく、村紗が口を開く。
「聖。それは?」
「読み上げます」
その問いかけに、白蓮は手紙を手に取る。
「『命蓮寺住職 聖白蓮殿
先日、貴女方が開催いたしました『命蓮寺萌え萌えコスプレパーティー』拝見させて頂きました。
様々な演出と趣向を凝らしたパーティーの様は、とても素晴らしいものでした。
まずは、その成功をお祝いいたします』」
――がつん! という音を立てて、一輪がテーブルにおでこ激突させた。
響子が慌てて一輪に駆け寄り、「大丈夫ですか!?」と声をかける。返事はなかった。
「『しかしながら、貴パーティーにて開催されたショーのうち、『魔法少女』ショーに関しましては見過ごすことが出来ません。
そも、幻想郷における魔法少女は一つの世代に一人のみ。
故に、複数の魔法少女が同時に存在することは想定されておらず、もし、そのような事態になった場合は『幻想郷魔法少女令第27条』に基づき、双方の決闘をもって当代の魔法少女を決定することになっております』」
――ごっ! という音を立てて、ナズーリンがテーブルの角におでこをぶつけた。
慌てて星が「ど、どうしたのですか!?」と声をかける。返事はなかった。
「『そのため、非常に残念な話となってしまい、申し訳ありませんが、当方は貴女方に対して宣戦布告をするものと致します。
この勝負は『幻想郷魔法少女令第339条』に認められた正式なものであります。
併せて『幻想郷魔法少女令第339条第4項2号』に基づき、本勝負を申し込まれた相手に拒否権はございません。
開戦は、本書面が貴所に到達してから一週間後となっております。
もし、戦いを避けたい場合は、当方もしくは『幻想郷魔法少女管理組合』の方に勝負を放棄、もしくは不戦敗の旨、届け出ていただけますようお願いいたします。その際の書面の形式につきましては、『幻想郷魔法少女令第339条第4項3号』の規定に基づき、製作していただけますようご注意ください。
それでは、以上、よろしくお願いいたします。
紅魔館当主レミリア・スカーレット』」
「……なるほど。なかなか面白いわね」
「へぇ~! 戦!? すっごいじゃん! 何か楽しみ~!」
「わっはっは! いや、愉快愉快。これはあれじゃな、久しぶりに血沸き肉躍るというやつじゃ!」
やたらノリノリの奴らと意識を飛ばしている奴らと、誠に対応の分かれる手紙の内容であった。
ちなみに差出人がこいつらだろうな~と予測できるような封印がしてあったりするのだが、これを最初に手に取った響子とマミゾウはそれを知らなかったため、報告が遅れてしまったのは問題ないだろう。
「……誠に由々しき事態となりました。
まさか、紅魔館側と一戦交えることになろうとは」
「いいじゃないですか、聖。がつんとやっちゃいましょう」
割と性格的に好戦的な一面も持つ村紗は、早速、賛成の言葉を述べた。
続けて、楽しいことが大好きなぬえが『賛成、さんせ~い!』と後押しする。
「しかし、村紗、ぬえ。
そも、私たちは仏に仕える身。無益な争い、ましてや殺生はご法度です。
何とかこれを回避する方法を探すのが正しいあり方でしょう」
「ですが、聖。
戦わずして負けるというのは武門を司る仏の身に対して、最大級の侮辱となります」
と、毘沙門天の代理(+ドジっ娘属性無限大)の星が反論を述べる。
それを聞いて、白蓮は『困りましたね』と腕組みをした。
「何、宗教なぞ、所詮は民草の心のよりどころにしか過ぎん。
古来より、宗教、神などの名における異端者の弾圧など枚挙にいとまがない。戦の一つや二つ、仏の御心でもって許してくれようぞ」
そして、やたら物騒かつ色んな意味で危険なことを言うマミゾウ。
この辺り、古老の妖怪として達観したものを持っているのだなと思わせると同時に、『あ、こいつ、外に出したらちょっとやべぇな』と思わせる要素ばりばりの発言であった。
「聖。それでは、こう考えたらいかがでしょう」
悩む白蓮の後押しをするのか、村紗が指を一本立て、したり顔で口を開いた。
「その心は?」
「はい。
すなわち、これは一つの交流試合と考えるのです」
と、何やら村紗。
ふむ、とうなずく白蓮が『続けなさい』と視線で示す。
「古来より、同じ宗教、もしくは他宗派同士の交流はあったでしょう」
「殺し合いが多かったがの」
「マミゾウ、しーっ」
「内側にこもって自分たちの世界のみを突き詰めていくのは危険だと思います。
外の風を取り込むことは、宗教の発展――ゆくゆくは信仰の獲得にも必須でしょう。
故に、これをいい機会として、レミリア嬢……恐らく、彼女は西洋の妖怪ですから、西洋の宗派に身を置いているはずです」
「あれ? あいつ吸血鬼だからキリストの敵……」
「ぬえ、ストップ!」
またもや危険なことを言いかける妖怪二人を、星が外に引きずり出す。
「西洋と東洋の宗教同士の交流。
そして、そのための親善試合――そう考えれば、『無益な争い』とはならないはずです」
「……なるほど。そういうものの見方もありますね」
言い方を変えると、『物は言い様』ということになるのだが。要は単なる屁理屈である。
しかし、白蓮は考えを深めるために、一度、目を閉じ――開けた時には、彼女の中の答えは決定していた。
「わかりました。
星。ナズーリンを遣いとして、此度の一件、受けて立つ旨を紅魔館に伝えてきてください」
「御意」
「そして、試合として受ける以上、負けは認めません。
各自、最大限の功績を挙げるよう、誠心誠意、努めるように」
彼女の威勢のいい言葉で、場の士気が一気に高まる。
早速、星はテーブルの角に激突して意識を飛ばしているナズーリンを小脇に抱えると、『行って参ります』と表に走っていく。
一方、村紗は、やっぱりテーブルに激突して意識を飛ばしている一輪の足を引きずりながら、『久々の聖輦船の出番。腕が鳴るわね』と危険な笑顔を浮かべて去っていく。
残ったぬえとマミゾウは「よし、久々に遊ぶぞー!」とぬえが気勢を上げると、マミゾウは『程ほどにしておくのじゃぞ』とそれを制し、一人、事態が理解できずにきょろきょろしている響子は、とりあえずぬえに乗るような形で『お、おー!』と小さな拳を突き上げるのだった。
――ちなみに、一人、命蓮寺の周囲の見回りをしていた雲山は、戻ってきて事情を聞くなり『……嘆かわしい限りじゃのぅ』と寂しそうにつぶやいたとか。
―同日 午前6:30 紅魔館―
「お嬢様。紅茶をお持ちしました」
「……はっ!?
ね、寝てないわよ! わたし!」
「はい」
こっくりこっくり舟をこいでいたいつものお嬢様――レミリア・スカーレットは従者のセリフに慌てて飛び起き、目の前の紅茶を口に入れる。
途端、猛烈な熱さに舌をやかれ『う~……』と彼女は涙目になった。
「本日、午前5時に命蓮寺に使いを出し、例の書面の投函を行いました」
「お疲れ様。
相手からの返答を待ちましょう」
――ここは、紅魔館の大食堂。
普段ならば、皆でわいわい騒ぎながら食事をする楽しい場所であるのだが、今日の雰囲気は少し違う。
メイド長である十六夜咲夜を筆頭に、紅魔館のメイド達を統べる上級メイド達がずらりと並び、さらには館の主人であるレミリアとその妹フランドール(熟睡中)、紅魔館の頭脳と言われるパチュリー・ノーレッジとその従者である小悪魔、加えて、館の守護を預かる門番長紅美鈴(すでに顔がぽかーんな感じ)が並んでいる。
「それでは、パチュリー様」
「現在、幻想郷における当代の魔法少女は、我が紅魔館当主レミリア・スカーレットこと『ヴァンパイア☆レミィ』が担当していることが、『幻想郷魔法少女管理組合』によって認められているわ」
これが証拠の書類です、と取り出される一枚の書類。
テーブルの前の方に立ち、背中に日光背負いながら行うその仕草は、何だか無用に威厳があった。
ともあれ、彼女――パチュリーが取り出した書類には、確かに、そのようなことが書かれている。書類には、ご丁寧に、やたら凝った細工の印鑑で印が捺され、半端ではない達筆で『幻想郷魔法少女管理組合』というサインまでなされている。
『と言うか、幻想郷魔法少女管理組合って何?』
――と思ったのが複数名、その場にいるのだが、それは気にしてはいけない。
「これに対して、先日、命蓮寺が新たな魔法少女の擁立――すなわち、『マジカル☆ひじりん』を行いました」
これがその映像です、と咲夜。
画面に投影されたそれを見て、一部(特に美鈴)が、がつん! と柱におでこを激突させる。
「これは由々しき事態よ。
彼女たちは幻想郷の新参ゆえ、このようなルールを知らなくても無理はない――しかし、無知は罪であり、無罪の理由とはならない。
私たちは彼女たちに対して、幻想郷における当代の魔法少女がどちらであるか、その決定を行う戦いを挑まなくてはならないの。
これは、『幻想郷魔法少女令第112条第4項第7号附則』に記載されていること。
私たちは、このルールに則り、粛々と、彼女たちに宣戦布告を行ったわ」
これが今までの経緯です、ということらしかった。
なるほど、とうなずくメイド達。一方、一部のメイド及び美鈴は『……なんだそりゃ』と心の中でツッコミを入れている。
「ここからは、仮に彼女たちと全面戦争となった場合の話をします」
美鈴は内心で『え!? それって1対1の決闘じゃないの!? 回り巻き込むの!?』と思っていた。
「彼女たちの戦力はこのようになります」
また映像が変わる。
映し出されるのは、白蓮を始めとした命蓮寺の主要メンバーである。
「見事に1ボスからEXまで揃い踏み。しかもEXに関しては二人もいるという恐ろしい戦力よ」
『1ボスとかEXって何!?』と美鈴は思った。もちろん口には出さなかった。
「対して、うちは3ボスからEXまで。
しかしながら、物量に関してはこちらのほうが圧倒的であると考えるわ」
「メイド部隊は第1から第8まで。各種連隊が500名より」
「だけど、純粋な物量で勝ってはいても、一騎当千の相手を相手するには厳しい――おまけに、これを見なさい」
映し出される映像を見て、レミリアは『かっこいいー!』と思って目をきらきらさせてしまい、慌ててこほんと咳払いをして、きょろきょろ辺りを見回した。
「これが命蓮寺の最終兵器、『聖輦船』」
映し出されるのは、やたら巨大な人型の物体だった。
その横に、『全長2000メートル』と書かれている。
「通常状態ではただの寺であるこれは、戦闘時になるとトランスフォーメーションを行い、この映像にあるような『アームド形態』と呼ばれる戦闘モードに移行する。
これが、その時の聖輦船の武装よ」
またもや映し出される映像。
そこには、以下のように書かれている。
・大口径エネルギー砲×24
・中口径速射エネルギー砲×20
・対空迎撃用バルカン・ファランクス×48
・誘導ミサイル発射管×36
・超高出力エネルギーキャノン×1
・反応弾発射口×40
……はっきり言って、めちゃめちゃな装備であった。
「特に恐ろしいのは、この超高出力エネルギーキャノンよ。
その射程は幻想郷の端から端までどころか惑星間における狙撃も可能な様子。威力はレミィのグングニル100万発分以上。
はっきり言って、直撃すれば、私たちに勝利はないわ」
と言うかそれ以前に、直撃すれば分子レベルでこの世から存在を消去されているのは確定的に明らかであった。
メイド達の間に緊張が走る。
「この船を相手に、私たちは戦わなければいけない。その覚悟が出来ている人だけ、ここに残りなさい。立ち去ったとしても、特に懲罰は加えないつもりよ」
――しんと静まり返る会場。
時計の針が動く音だけが響き渡り――それから、5分も経過した頃。
「だそうよ、レミィ」
誰一人、その場から欠けることはなかった。
その光景にレミリアは感激したのか、『さすがは我が紅魔館ね!』と大声を上げ、椅子の上に立ち上がる。そして、バランス崩してこけた。
――ちなみに、美鈴は『これどうしたもんかな……』と思っていた。退場こそしなかったものの、色んな意味で、彼女はしらけていた。周りを見れば、彼女と同じ心境のメイドも複数いるらしく、仲間がいることを知った彼女たちは何とも言えない微妙な笑みを浮かべている。
「それでは、対策会議を始めるわ。
全員、前に注目しなさい」
それに気づかない(と言うか、気づいているのだが無視している)今回の軍師役であるパチュリーは、手に教鞭を持つと、『ふっふっふ』な笑みを浮かべる。
全員の視線が自分に向いたことを確認して、彼女は自信たっぷりに『対・命蓮寺』の作戦の講釈を始めるのだった。
―同日 午後13:00 妖怪の山―
「何だか天狗たちが騒がしいやね」
ぴょいこらぴょんとやってくるちび神様――諏訪子の言葉に、『え?』と境内の掃き掃除をしていた東風谷早苗が振り返る。
「朝っぱらから、あっちこっちでわいわいやっててさ。
こりゃ何かあったなと思って声をかけてみたんだけど、どうも当を得ない感じでね」
何かが起きていたら楽しそうなのに、という気配を漂わせながら言う彼女に、早苗は『トラブルなんて起きない方がいいんです』という一言。
諏訪子は「おー、こわ」と笑いながら肩をすくめてみせる。
「それに、天狗の方々が騒々しいのはいつものことじゃないですか」
「ま、そりゃそうだ」
山への侵入者の排除、山の警備、その他諸々の仕事に加え、彼らは幻想郷の『出来事』を集め、それを新聞と言う形にして情報を発信するという仕事――言ってみれば趣味のようなものを持っている。
そのおかげで、耳が早い上に目もよい彼らを頼れば、幻想郷で起きている出来事が、それこそ瞬時にわかる。
もちろん、そこにはデマやら捏造やらが混じっているのは言うまでもなく、最終的には話の元に出向き、自分の目で確認すると言うことになってしまうのだが。
「だから、いつものことですよ。
多分、天から雷が落ちて、木が一本、燃えたとか。そんなくらいのことじゃないですか?」
「あー。あいつら、そういうどうでもいいことでも騒ぐよねー。
『これは神の祟りだ』って。
わたしなら、もっと効率よく、んでもって被害が拡大する形で祟るっての」
「……ご自分の発言は常に顧みてくださいね?」
その本質が祟り神である諏訪子の物騒なセリフに、早苗の頬に汗一筋。
「こら、諏訪子。早苗の掃除の邪魔をするんじゃない」
「邪魔してるんじゃないよ。
一人で寂しく掃除をしている、かわいい早苗の話し相手になってあげてただけ」
「物は言い様」
そこへ、神社のもう一人の神様、神奈子登場である。
彼女は諏訪子をじろりとにらんだ後、早苗に『掃除は終わった?』と問いかける。
「大体は。
あとは……」
あっちのほうだけです、と彼女が言おうとしたところで、境内に突風が吹いた。
その風で、早苗が集めていたゴミがきれいに舞い上がり、境内のあちこちに降り積もっていく。
イコール、掃除やり直し。
「号外、号外、号外ですよ!
これはすごい情報です! さあさあ、早苗さんに神奈子さん、諏訪子さん、こちらをどう……ぞ……」
「グレイソーマタージ♪」
「みぎゃー!」
宣言なしの零距離スペカの発動で、新聞を持ってやってきた、幻想郷の生きる迷惑こと射命丸文が黒焦げになって境内に転がった。
「えーっと、なになに?
『紅魔館VS命蓮寺 世紀の大激突!』ねぇ」
「はい! すさまじい特ダネだと思いませんか!?」
「……あんたタフだね」
にも拘わらず、一瞬で復活する辺りがいつものあややであった。
「何だ、これは?」
「えーっとですね、先ほど、仕入れた情報なんですけれど。
まだ詳しいところまではわかっていないのですが、なんと、あの紅魔館が命蓮寺に宣戦布告を行ったのです。
これから詳しい情報を、追って報道するつもりではありますが、とりあえず、これは確定事項です」
「いつもの飛ばしじゃないの~?」
「失礼な! 私は、いつでも正確確実な情報の提供を心がけております!」
えっへんと胸を張る彼女に、『思い込みって大切だねぇ』と諏訪子はにやにや笑う。
一方、神奈子は、一応、渡された新聞に対してざっと目を通すと、『ふむ』とうなずいた。
「あまり捨て置けない話ですね」
「そうでしょうか? 好き勝手にやらせておけばいいかと」
「いつも通りの単体決闘ならそうでしょう。
だけど、これは組織を挙げての『戦争』。そこまでのことを、あの妖怪の賢者たちは許すのですか?」
「あ、いえ、えっと……」
普段の口調ではない、いわゆる『神様口調』の神奈子に詰問され、さすがの文も一歩、足を後ろに引く。
「あなた達は、そうした状況を感知していると言うのなら、このようにそれを煽る文章を書くのではなく、両陣営に対して行動を起こすのを思いとどまらせるような世論を構築する文章を書くべきです。全く、嘆かわしい。
このような平和な幻想郷において、スペルカードルールに基づかない戦争など以ての外。至急、今回の一件について……」
『好きなようにやりなさい、というのではいけませんか?』
唐突に、虚空に響く声。
何とも形容しがたい音を立てて、空中に亀裂が生まれると、そこから逆さまの女が現れる。
「どうもこんにちは」
「あっ、紫さん」
「話は聞かせていただきました。
かつては『軍神』とされたお方にしては、ずいぶんと温和なお言葉ですわね」
「無用な殺生、不要な争いまで起こせとは誰も言いません」
「確かに」
納得です、と現れた女――八雲紫は言うと、ひょいと体を回転させて地面へと舞い降りる。
彼女は自分の口許を扇子で覆いながら、にこやかに言う。
「まぁ、やらせておけばいいかと」
「これで大きな被害が出るのは二つの陣営だけではなく、この世界にですよ」
「それもまた致し方ありません」
「普段の貴女らしくないお言葉。どうなされたのです?」
「――聞きたいですか?」
一瞬で、紫の雰囲気が一変した。
わずかに、神である神奈子にすら緊張を抱かせる気配を放った彼女は、小さく、そして低い声で笑いながら、『これは宿命なのです』と答える。
「……宿命?」
「……そう。
あなた達は、まだ、幻想郷にやってきて間もない――故に、幻想郷には、歴史の裏に隠された事実があることはご存知ないでしょう」
「ご存知ないねぇ」
興味もないし、とは諏訪子の言葉だ。
慌てて、それを諌める早苗。今の状態で、紫の機嫌を損ねることはまずいと考えたのだろう。
ちなみに、文は『これは更なる特ダネの予感!』と目をきらきら輝かせながら、後ろ手に持った紙にペンを走らせている。このあやや、紙面を見なくても字が書けるという無駄にすごい特技を持っていたりするのだ。
「それは、幻想郷の歴史の中に隠された戦いの歴史」
「ふむ」
「そして、この戦いを止めること、ましてや第三者が両者に中止を促すことなどは言語道断」
「なるほど」
「その戦い、それは――!」
かっ、と目を見開く紫。
同時に、何やら彼女の背後に後光が差し(演出:八雲藍)、空中に横断幕が現れた(担当:橙)。
それを見て、神奈子はその場にくずおれ、諏訪子は「わはははは!」と大爆笑し、早苗は『な、なんだってー!?』という顔をしている。
「当代の、幻想郷における魔法少女を決める対決は、他の誰にも邪魔されない、そして、あらゆる手段と犠牲をいとわない戦いだからです!」
「……早苗。あと任せた」
「はいっ! お任せください、神奈子さま!」
「あれ? 神奈子、どこ行くの?」
「……好きにして。私はちょっと頭痛がひどいから永遠亭行ってくるから……」
「いってらっしゃーい」
ふらふらしながら去っていく神奈子を見送る二人。
その横で文が『なるほど! これは面白い!』と違う意味で目を輝かせている。
「紫さん、それって何ですか!? もっと詳しく!」
「さすが早苗ちゃん! 私の話に食いついてくれると思ったわ!」
「はいっ! お茶とお菓子、用意しますので、どうぞあがっていってください!」
「あれ? あんたら帰るの?」
「……橙の情操教育に、非常によろしくないからな」
「? 藍さま?」
「……帰るよ、橙。帰ってお勉強の続きをしようね」
「はい!」
一方、紫の式もがっくり肩を落として、疲れきった表情であった。心なしか、尻尾もしんなりと垂れ下がっている。
あんまり事態を理解していない、純粋な少女を連れて、彼女はどこぞへと去っていく。
そして一人、諏訪子は『これは面白くなってきた!』と言う顔をして、早苗の後に続いて行く。
「ふっふっふ……!
これはいい……! これはいいわっ! 情報独り占めして、今回の特ダネ、ばらまきまくってやるわよー!」
『……相変わらず、根っからのデバガメ根性ですね。文さま……』
お供のかーくんにすら呆れられるあややは、『ふははははは!』な笑いを浮かべてから、早苗と紫の後をうきうき笑顔でついていくのだった。
―同日 午後15:00 博麗神社―
「――と、そういうわけで、幻想郷を守っているのはお前のような巫女や紫のような妖怪だけじゃなく、魔法少女がいたわけだ」
『幻想郷における魔法少女の歴史』と銘打たれた超分厚い本(全1500ページ 既刊4巻~続刊中)を広げて解説をしていた霧雨魔理沙が、お手製のフリップをいそいそと片付ける。
そうして、
「こら、ちゃんと聞け」
「そうですよ、霊夢。
魔理沙が、わざわざ、あなたのために資料を用意してくれたのですから。その説明中に寝るなんて失礼もいいところですよ」
「寝てたんじゃなくて気絶してたんじゃぼけぇ!」
ばぁん、と手元のテーブル思いっきりぶっ叩き、神社の主――博麗霊夢は叫んだ。
その隣で、彼女を諌めていた茨木歌仙が『ぶしつけな振る舞いね』と眉をひそめる。
「何よそれ!? 魔法少女の歴史とか、私、聞いたことないんですけど!?」
「そりゃそうだろう。表に出てなかったわけだし」
「それで片付けるなっ! 表に出てなきゃ何でもありか!?」
「何だよ。何が不満なんだ」
「何もかも全部よ、ぜ・ん・ぶ!
何であんたら、さらっとそんなわけのわからない現状受け入れてるの!?」
テーブル叩きながら叫ぶ霊夢。
――その気持ちもわからんでもない。幻想郷の歴史の中で、そんなわけのわからない『魔法少女』なる物体が連綿と続き、しかも誰もが知っていて当然みたいな扱いされてれば、本気で代々、幻想郷のために頑張ってきた博麗の巫女としては色んな意味でやるせなくなろうというものだ。
「華扇! 何であんたツッコミ入れないの!?」
「え?
むしろ、どうして霊夢が知らなかったのかの方が不思議なのよ? 私としては」
「何でっ!?」
「見ろ、これを。
これが歴代の、当代魔法少女の歴史になるんだが、ちょうど、ほら、ここ。6代目のところに『博麗』ってあるんだ」
「あなたのご先祖様よ、霊夢」
「何してんの私の先祖!?」
「そこから何度か代替わりはしているんだが、その後も第11代、第23代、第45代と、実に4代も魔法少女を務めている、由緒正しい家系だぞ、博麗は」
テーブルを叩き割らんばかりの勢いで、霊夢はおでこをテーブルに激突させる(素材:黒檀)。
「懐かしいわね。
ちょうど、第11代くらいの頃からの知り合いだわ。第6代の話は聞いていたけれど、まさかその御名を目にすることがあるなんて」
「なかなか立派な魔法少女だったらしいな」
何やらよくわからん魔法少女トークに話を咲かせる魔法使いと仙人。
霊夢は何とかかんとか立ち上がると、ずりずり足を引きずりながらキッチン(作成:八雲紫)に出向き、渋くて苦くて飲めたもんじゃないお茶を淹れると、それを一気に飲み干した。
「で! 百歩譲ってそこまではいいとして!
何でそこで紅魔館と命蓮寺の全面戦争って話になるのよ!?」
ぎりぎりのところでこらえる霊夢は居間に戻り、全力ツッコミを再開する。
「お前、何言ってんだ。
当代の魔法少女に挑むとなれば、それこそ、最悪どちらかが死ぬまで終わらない全力戦になるのがルールだぞ」
「んなルール、私は聞いたことないっ!」
「お前も物知らずだなー。
ほれ、これに書いてあるだろ」
どこからともなく、どう見ても本じゃなくて鈍器な物体を取り出す魔理沙。
彼女はぱらぱらとそのページをめくり、『ほら、ここ』とそれを示した。
『幻想郷魔法少女令
第27条
当代の魔法少女と同時期に魔法少女が現れた場合、遅れて現れた魔法少女は当代魔法少女に対して決闘を挑むものとする(本条例外:第339条以下及び形式の規定を第112条第4項第7号附則記載。なお、本第27条以下の規定は全て第339条及び第112条第4項第7号附則以下の規定に準用するものとする)。
第27条の2
前記決闘は、己の死力を尽くした戦いを是とする。
第27条の3
その際に発生する被害は、幻想郷魔法少女管理組合が全面負担するものとする。
第27条の3の2
なお、死人が出ることはいとわない。
第27条の4
各陣営に対して援護、増援等の勢力拡大はある一定以上に達しない限り許可とする。
第27条の4の2
前記勢力拡大は、最大で一個大隊規模とする。それ以上の参戦が行われた場合、各陣営のうち、倒れた戦力の補充として勢力に組み入れることのみ許可とする。
・
・
・
・
・
・
(以下、延々、第48項まで。ちなみに第48項は『幻想郷がリングだ!』と言ういい加減なものであった)』
「な?」
どうして知らないんだよ、と言う顔で言う魔理沙に、霊夢の表情は固まったままだった。
こんな詳細かつ物騒な内容の条項が幻想郷に存在していたことなど、今この瞬間まで知らなかったのだ。無理もないだろう。
「しかし、命蓮寺も思い切ったよなー。紅魔館に宣戦布告だなんて」
「あら、私は紅魔館の方から、と聞いていますよ」
「正確な意味ではそうだが、ケンカを売ったのは命蓮寺の方だ。つまり、あっちからこっち、ってことだな」
「なるほど。
今回の戦いは、かなり見所のある戦いとなりそうですね」
「確かに。
あの辺りの人里の人間とか避難させておかないとな」
「忙しくなりそうですね」
そして、道端で逢ったおばちゃん達が『今日の晩御飯の献立について』を語るがごとく、死ぬほど物騒な話をしている魔法使いと仙人。
霊夢は固まっていた。
固まったまま、『どうやって、幻想郷を正常な方向に戻していけばいいんだろう』と考えていた。
――もちろん、答えなど出るはずもない。
幻想郷と言うのは、たとえ博麗の巫女であろうと、たった一人の人間の力でどうにかなるほど規模の小さいものでもなく、歴史の浅いものでもないのだ。
彼女は無力なのである。この、幻想郷と言う大きな存在の前には。
……そういうわけで、もう何だか色々めんどくさくなった巫女は考えることをやめて、とりあえず、わけのわからない話に花を咲かせる二人を夢想封印で吹き飛ばすという爆発オチで、その場を締めたのだった。
―三日後 午前10:00 命蓮寺―
「村紗。あなた、ずいぶんとやる気ね」
「わかる? 一輪。
……というか、あんたはものすごくやる気がなさそうね」
「ええ、ええ。そうでしょうよそうでしょうとも。姐さんが『頑張りましょうね』って言わない限り、参加なんてしないわよ、こんなバカ騒ぎ!」
叫ぶ一輪。それを『変な奴だな』と言う眼差しで見る村紗。
彼女たちがいるのは命蓮寺の地下であった。本尊が納められているお堂の裏側(注:罰当たり)に作られた隠し階段から降りた先にあるここは、命蓮寺こと聖輦船のブリッジである。
まだ、周囲のほとんどは暗闇に沈んでいるが、淡い光を上げる計器がずらりと並んでいるのが見える。
「久しぶりに聖輦船を本気で動かせるんだもの。やる気にならないはずがないわ」
「……ああ、そう」
「うふふふ。何人撃墜できるかな。100? 200? どうせなら、辺りまとめて吹っ飛ばすのも悪くないわね」
「……あんた、トリガーハッピーなところ、あったりする?」
村紗がやたらやる気である。
好戦的という単語一つでは収まらない、剣呑な笑みを浮かべて物騒なことを口走る彼女に、一輪が頬に汗を一筋流しながらツッコミを入れる。
「と言うか、これ、まともに動くの?」
「動かないわね」
とりあえず、脱線しかけている話を『よっこいせ』と元の位置に戻すことにする。
一輪の質問に、村紗はあっさり、しれっと答えた。
「聖を助けに行く時だって、普通の『航行モード』しか使ってないもの。
あの時、『アームド形態』が使えれば、博麗の巫女だろうと何だろうと一瞬で蹴散らせたのに」
そんなことをすれば作品が成り立たないので使えなかったのだ、と村紗。
『作品って何!?』と一輪が思ったのは言うまでもない。
「まだメンテナンス中なのよね。
何度か、変形機構が死んでないかを確かめるために、チェックはしているのだけど。
やはりどんなものであろうともメンテナンスを怠ると、うまく動かないものだわ」
「……っていうか、メンテナンスしてるのって誰?」
「けど、一輪、聖輦船の本気を知らないわよね?」
「いや、あの、そっちも気になるけど、メンテナンスしてるの誰よ!?」
「驚くわよ。この聖輦船が量産された暁には幻想郷など物の数ではないわ」
一輪のツッコミ華麗にスルーして、またもや物騒なことを言う村紗。
こいつ、この場で気絶させて縛り倒しておいたほうがいいかもしれない、と一輪はこの時、心の底から思ったという。
「人を沈める方法がひしゃくで水をかけるだけ、と思っている頭の古い連中に思い知らせてやるわ。
沈めるという方法には、『撃沈』と言う言葉もある、ということをね」
「……こいつダメだ」
寺の中では相当に真面目かつ紳士淑女なところがあり、礼儀もわきまえていると思われていた村紗であったが、内面は案外そうでもなかったらしい。
と言うか、こんな内面だから、反発して紳士淑女になるのかもしれない――そう思った一輪は、とりあえず、『くっくっく……』と笑う彼女を拳で殴り倒してから、その場に背を向けたのだった。
―同日 午後12:00 紅魔館―
「さくやー、おなかすいたー」
「はい、フランドール様。それでは、お昼ご飯をご用意いたします」
「うん!」
こちらは打って変わって平和な風景――と思いきや。
「美鈴さん。調子はどうですか?」
「あ、小悪魔さん。
……いや、まぁ、マジでどうなっちゃうのって感じですね」
紅魔館の敷地の中に建てられた門番隊の詰め所にて。
大勢のメイド達が美鈴指導の下、戦闘訓練に励んでいた。
紅魔館のメイドにおいて、それなりの実力を持っているものは多数いるものの、今回のようにネームドキャラを相手にするには、その彼女たち含め、メイド部隊はまだまだ実力が足りないのだ。
戦端がいつ開くかはわからないが、それまでに『ある程度、使い物になるようになさい』とレミリアから、美鈴に命令が下っていた。
美鈴はその際、『あんたらで好きにしてくださいよ』と言いかけたのだが、そこはぐっと言葉を飲み込み、こうべを垂れている。色んな意味で。
「まぁ、何とかなりますよ。
ほら、雨が降ると地面が固まりますから」
「……まぁ、豪雨になると、逆に崩れるんですけどね」
「あー……」
そして、今回の騒動は、その『豪雨』に当たるのではないか、と美鈴は言う。
その危惧と予測は、恐らく間違っちゃいないだろう。というかどんぴしゃで正解であるとしか言い様がない。
メイド達の士気は高い。
しかし、その中にも、美鈴と同じように『あたしらなんでこんなことしてんのかなぁ……』と思っているものがいるのは否定は出来ない。その割合は、大体5:5くらいであった。
美鈴としては、その後者の5割を『色々大変だけど、一緒に頑張ろうね。終わったらみんなでお酒でも飲みにいこうね』となだめすかしてでも『戦力』に仕上げないといけないのだ。
心労どっさり、である。
「お嬢様も咲夜さんも、正直、そういうことをほったらかしておけばいいのにって思うんだけどね……」
「そういうわけにもいかないんですよ、きっと。あの人たちの中では」
小悪魔は、割と今回の一件に対して冷めた視線を持っていた。
彼女の主であるパチュリーはやたらやる気満々で、『むっきゅっきゅ』と笑っているくらいなのだが、その従者たる彼女は『まーた悪乗りして……』と言う感じである。
「……どうするんですか?」
「まぁ……やるっきゃないでしょうね……。
特に咲夜さんなんて『美鈴、ちゃんと協力しないとひどいんだからね』って。視線で」
「あはは……」
はぁ、と美鈴はため息をついた。
「うちの子たちって、確かに統率は取れているんだけど、実力的に見て……ねぇ」
「最低でも、霊夢さん達と互角に戦えないときついですよねぇ……」
そして、そんな奴が道中雑魚クラスでごろごろいるような組織など、幻想郷には存在しないのである。
さしずめ、命蓮寺は一騎当千の兵から構成される個が強い組織。反対に、紅魔館は数で押す組織というところか。
そのどちらも、かつて、あの巫女と戦って、それなりに痛い目を見ているのだ。
「数で潰すしかなさそうです」
「今回はスペルカードも関係ないそうですしね」
「割と大変なんですよ、労災の処理って」
「あれ? 美鈴さんもそういうことやってるんですか?」
「門番隊は私の管轄ですから」
その辺り、組織としてきちんとしているのが紅魔館のいいところ(?)である。
「……正直、使い物になりそうですか?」
「微妙ですね。
今は空対空の基本戦術を教えていますけど、それを一週間でどこまでものに出来るか……」
「適当に集まって、適当に攻撃するだけじゃ、どうしようもなさそうな相手ですしね」
「……ほんとですよ」
困ったもんだ、と二人はそろって天を仰いだ。
メイド達の威勢のいい声が響き渡る修練場。そこに、二人のため息はそろって消えていったのだった。
―翌日 午前9:00 人里―
さて、そのような事態が発生したと言うことで、紅魔館と命蓮寺との戦いの場が近いと思われる人里では、多数の人々がその場を離れる用意を調え、『さて、どこへ行こうか』『あっちの里の真田さんのところでいいんでないか?』『おー、そうすっぺそうすっぺ』という具合に色々深刻なんだか久々の知り合いとの再会でうきうきしてんだかわからないやり取りがあちこちで発生していた。
「あら、慧音さん。こんにちは」
「ああ、阿求殿か。
阿求殿も、どこかへ?」
「わたしは……そうですね、とりあえず、一番安全そうな博麗神社にでも身を寄せようかと」
背中に巨大な荷物ごっそり背負い、にこにこ笑顔の阿求が、人々の誘導に当たっている慧音に答える。
「……阿求殿、それ、非常に重たそうなんだが」
そして、その巨大な荷物のサイズは阿求の身長を軽く越えていた。その様は、まるで夜逃げか漫画の泥棒のようなスタイルである。
「重たいですよ~。
何せ、阿礼の子代々の歴史がごっそりつまってますから」
「……そうか」
確か、こいつって非常に体が弱くて病弱で、しかも短命なはずだったのになぁ、と慧音は思った。
思ったが、目の前の事実がそれで覆るはずもない。彼女は、とりあえず、それを受け入れることにした。
「しかし、久々ですね」
「ああ……久々だよ……。
……そのたんびに、幻想郷が半壊してるんだがな……」
「半壊程度ならまだいいじゃないですか。
確か、今から……どれくらいだったかな? 第17代目の魔法少女が決定する時の戦いなんて、博麗大結界の一部が吹き飛ぶくらいの戦いだったんですよ」
「……」
「それから比べたら半壊なんて、妖怪の偉い人たちとか妖精に任せておけば一日二日で復旧するんだから、気にしない気にしない」
やたら軽く、それが当然とばかりに言う阿求に、慧音は沈黙した。
幻想郷を守るのが魔法少女の使命だか何だか知らないが、しょっちゅう幻想郷破壊しといてそれは一体どうなんだと思ったが、それも口にはしなかった。
口にしたところで事態は解決しない――どころか、余計ねじれてめんどくさくなる。それがわかっていたのだ。
慧音は、めんどくさいことをスマートに考えることは得意でも、自分からそれに関わるほど阿呆ではなかった。
「それより、普段、人里から出ない方々が、遠方の知人と会えるチャンスなんですから。
ほら、皆さん、とても楽しそうじゃないですか」
わいわいがやがや。
今回の事態をまるで祭りか何かのように捉えている人々は、誰もが笑顔を浮かべていた。
事態に巻き込まれて家が吹っ飛ぼうが畑が消滅しようが、『おーおー、やれやれ! どっちも頑張れー!』と声援を送る気満々であった。また、それ以外の者達も『里の外に出るのは久しぶりだっぺなぁ』と、やたら笑顔であった。
なお、世間一般では、今、彼らが行なっていることは『避難』もしくは『疎開』と言うのは間違いない。
「……なぁ、阿求殿。
『脅威』っていう言葉は……何なのだろうな……?」
「よくある日常、と置き換えるのが正しいかと」
「……そうか」
それで本当にいいのだろうか、幻想郷は。
彼女はそう、己に問いかけたのだが、答えは出てこなかった。
目の前の現実を受け入れ、それに従うしかない己の存在が、これほどまでに無力であると痛感させられたのは初めてであった。
っつーか、こんな形で痛感させんなよ、と誰かに対してツッコミ入れたくなるほどの幻想郷っぷりであった。
「あ、妹紅さんだ。
妹紅さ~ん。お疲れ様で~す」
「おーい、慧音。これは一体、何の騒ぎなんだ?」
「……妹紅。
お前は、私よりも絶対に長生きだ。私の方が遥かに早く死ぬ。
だが、妹紅。お前は一人じゃない。世界の現実がどれほど世知辛くても、お前の周りには、たくさんの友人や仲間がいる。
それを忘れず、長く長く生きていってくれ」
「……え?」
やたら深刻な顔で、そんな重たい、今生の別れみたいなことを言われて、思わず妹紅の目が点になったのは言うまでもない。
――第三章:拡大――
―同日 午前11:00 紅魔館―
「にゅふふ……」
紅の館を遠くに見つめ、何やら楽しそうに笑う影が一つ――言うまでもなく、命蓮寺生息の正体不明妖怪、ぬえである。
「こ~んな楽しそうなこと、一週間も待ってらんないよ。
ちょっとちょっかい出したって、だ~れにも文句は言われないよね」
彼女はそうつぶやくと、ぴっと人差し指を立てる。
そして、それを紅魔館に向けると『必殺、ぬえぬえた~いむ!』と楽しそうに笑ったのだった。
「あら?」
紅魔館にて、窓拭きをしていたメイドが何かに気づき、窓の向こうに視線をやる。
いつもと変わらぬ青空。
中庭では、今回のよくわからないお祭り(と、メイド達の大半は認識している。その意味合いは違うのだが)に参加するべく色々と鍛えている同僚たちの姿。
そこに、ふっと、普段とは全く違う何かが見えたのだ。
何かしら、と彼女は窓を開けて外に身を乗り出した。
すると、突然、彼女の頭上が暗くなる。
「え?」
見上げた視線のその先に。
ふよふよ浮かぶ、何かよくわからない物体が認識されたのはその時だった。
「お嬢様!」
鋭い声と共に、激しい音を立てて扉が開かれる。
その部屋の主――レミリアは、手にしたティーカップを優雅に傾けつつ、悠然と相手へと振り返る。
「何かしら?」
その顔は、『今のわたし、ものすごいカリスマに満ちているわ!』という気色に輝いていた。
サイズに合わない椅子に座って、足をぱたぱたさせていなければ、それは彼女の思うとおりの姿であったことだろう。しかし、前述の状態であることから、『子供が何か威張ってる』程度にしか見えないのが現実であった。
それはともあれ。
「敵の襲撃です! 恐らく、これは命蓮寺のぬえと呼ばれる妖怪の仕業と思われます!」
「そう。それで?」
「門番長以下、外勤メイド達が迎撃に出ました!」
「ならいいじゃない。捨て置きなさい。
どうせ、大きなことは出来ないわ。何せ、あの妖怪の後ろについているのが、命蓮寺の主たちなのでしょう?
あまり大きなことをしたら彼女たちに怒られるもの。いたずら好きな輩は、そういうのを嫌うのよ」
レミリアの元に報告にやってきたメイドは、思わず、『なるほど』とうなずいてしまう。
そして、その視線は、じーっとレミリアのほうへ。
レミリアが『何かしら?』と振り返ると、彼女は「いえ、何でもないです」と言ってぺこりと頭を下げる。
「……? そうかしら?
それなら、はい、お仕事に戻りなさい」
「畏まりました」
彼女はその場に踵を返し、廊下をとてとて歩きながら、『そりゃそうだよなぁ』とつぶやく。
「お嬢様もいたずらとか大好きだけど、怒られたり叱られたりするの、大っ嫌いだし」
まさしく、類は友を呼ぶというか、同類相憐れむと言うか。
意味こそ違えど、『レミリア=ぬえ』という認識は、それほど間違ってはいないのだった。
「……こいつは攻撃してくるのか」
紅魔館の上空に来襲した謎のふよふよ達――先日の異変では『ベントラー』と呼ばれていたUFO達を相手しながら、美鈴はつぶやいた。
この異変の話を知り合いから聞いていた彼女は、今、自分たちの前に現れた『ベントラー』と、その当時のベントラーとは違うものだと言う認識の下、行動を行っている。
「はっ!」
目の前に接近してきたそれを、彼女は拳の一発で撃墜する。
ぽんっ、という軽い音を立てて破裂したそれは、どこへともなく、跡形もなく消えうせる。
――確か、このベントラーというやつは、ぬえという妖怪が『正体不明の種』と言うものを何物かに植え付けて操るものだと聞いている。
その種が植え付けられることで、植えつけられた対象は、何とも知れぬ形となり、人の目の前に現れるのだとか。
「植えつけるもの次第では、有効な手段にもなりうる、か」
そして、その異変の時のベントラーは、異変解決のために出撃した者たちの邪魔をするでもなく、何やら好き勝手にふよふよしていたらしいのだが、今回のものは違う。
ゆったりふわふわ動きながらも、その下部から地面に向けて、放射状に強烈なレーザーを放ってくるベントラー達。
最初、地上で訓練に励んでいたメイド達は、数名が、その奇襲を避けられずに怪我を負い、館の中に避難している。
一方、最初の攻撃をよけきった者たちは、現在、上空に舞い上がってベントラー達と交戦中だ。
しかし、
「くそっ! 逃げ足の速い!」
「第三小隊! 敵を追い込むから背後に回れ! 敵を撃墜しろ!」
「は、はいっ!」
「新人、足が遅いぞ! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫です! わたし、頑張ります!」
「いい答えだ!」
やたら軍隊っぽい受け答えをしている奴らはほったらかして、美鈴の視線はベントラーへ。
このベントラー達、どうやら下方に向かっての爆撃しか出来ないらしく、自分と同じ高度にまで上がってきたメイド達の前にはなすすべなくやられている。
しかし、めんどくさいのは、このベントラー達、常にこちらの頭上を取ろうと動くことだ。
「ちっ」
目の前のベントラーを撃墜した瞬間、美鈴の頭上からレーザーの雨が降り注ぐ。
振り仰げば、一体いつの間にそこにいたのか、ふよふよ漂うベントラーの姿。
それを認めて一発弾丸を放てば、まるで風船のようにベントラーはひょいとそれをよけてしまう。
ベントラーの動きはそれほど鋭くはない。
しかし、その速度は段違いだった。
ふぅわりふわふわ漂っているように見えて、あっという間に手の届かない高空まで彼らは移動する。そして、そこから雨あられと爆撃を降らせてくるのだ。
距離をとった戦いが苦手な美鈴にとっては、このベントラー、かなり厄介な相手であった。
「右手側の部隊! 上空に気をつけて!」
「はい、美鈴さま!」
「正面! 左の部隊の援護をしなさい!」
「了解しました!」
「美鈴さま、一旦、後ろへ」
「ここは私たちが」
「了解。じゃあ、私は指揮に回るから、ここをよろしくね」
「お任せを」
元より中距離~長距離の弾幕戦に秀でるメイド達にその場を任せ、美鈴は一旦、戦闘空域から離脱する。
「ベントラーの数は……およそ30か。かなりの数ね」
それに対して、メイド達の数は100にも及んでいる。
だが、そのほとんどが、ふわふわ漂うベントラーに翻弄され、なかなか戦果を上げることが出来ていない。
目覚しい働きをするエリート達もいるが、その比率はメイド全体の10%にも満たないだろう。
「……底上げ程度じゃどうにもならないか」
彼女はつぶやくと、「右手側! 左ベントラーの側面に回って砲撃! 下方部隊! 負傷者を回収して館に避難して!」と大きな声を上げる。
空間認識能力に長ける彼女にとって、指揮官と言うのはなかなかはまるポジションだ。
美鈴の鋭い指揮の下、メイド達が動き、次々にベントラーを撃墜していく。
「誰かに指揮されていると、メイドさん達は、いい働きをしますね」
「小悪魔さん」
「どうもこんにちは、美鈴さん」
そうにこやかに挨拶した後、小悪魔は手に持っていた本を広げた。
それは恐らく、パチュリー謹製の魔法の本だったのだろう、広げた瞬間、放たれる閃光がベントラーを五機、まとめて撃墜する。
「咲夜さんがこれを見越して、メイドさん達を小隊制にしたのがよくわかります」
「もう少し、指揮官的な役割をするメイドさんを決めた方がよさそうですね」
「そうですね。
特に、まだ中くらいの方々は、上に指揮されないとうまく下を動かせないみたいですから」
「訓練だけじゃ、どうにもならない欠点でしたね」
「それを盲点とか言いますよね」
続いて、小悪魔の開く魔法書は周囲を囲うような強烈な光を放つ。
美鈴が慌てて顔を手で覆った瞬間、あちこちで爆音が響き渡った。
「……とりあえず、危機は去った、か」
光が収まる頃、紅魔館にちょっかいを出していたベントラー達は全て撃墜されていた。
メイド達の一部に、周囲の探索を命令してから、美鈴は小悪魔を見る。
「けれど、助かりました。
さすがはパチュリー様の本ですね。すごい威力です」
「え?」
「え? って……」
「これ、私が書いたんですけど」
「……はい?」
「農家の娘として、やってくる害獣や害虫を追い払うためには防衛システムの構築が必須ですから」
沈黙する美鈴。
にこやか笑顔の小悪魔を見て、『あー……この子、農家の子なんだ……』と、何だか違うところに意識をシフトさせて、無理やり、今の状況を受け入れることにする。
「けれど、命蓮寺側は本気なんですね。
私、てっきり白蓮さん辺りが『そのような争いごとを行ってはいけません』って止めると思ったんですけど」
「まぁ……えーっと……」
まだちょっぴり、意識が現実に追いついていないらしい。
美鈴は目を閉じ、一度、深呼吸をしてから、
「とりあえず、相手側がそのつもりなら、こちらもそれに対応するしかない、と……」
「けが人が出ちゃいましたからね」
「そこが問題なのよね」
正直、どれだけ物騒なやり取りが行われていようとも、現実的な被害が出ていなければ、そのうち、その話題をネタとして笑って話せるようになるものだ。
しかし、今回の一件では、ベントラーの襲撃によってメイド達に実際の被害が出ている。
こうなれば、いくら美鈴が『……もうほんといい加減にしてよ』という意見の持ち主であろうとも腰を上げざるを得ない。
紅魔館のメイド達の結束は強い。『怪我をした仲間のために』と、数日のうちに、ほったらかしておいても士気はうなぎ上りだろう。
結局、今回の一件のせいで、両者は完全な戦闘状態に入ってしまったということだ。
「正直、戦争とかには興味がないんだけどなぁ。
私は日がな一日、門の前でぽけーっと突っ立っているのが性に合う女なんですけどねぇ」
「私も、本と土にまみれる司書が一番お似合いのポジションだと思っていたんですが」
「いやいやいやいやいや」
本はともかく土にまみれる司書などというものがこの世にあることなど、美鈴はこの時、初めて知った。
と言うか、厳重な管理が要求される本を取り扱う司書が太陽の下で鋤や鍬片手に麦藁帽子かぶっていい汗流していていいのかとも思ったのだが……、
「……この子の場合はありか」
最近、何かと隠し技の多い司書を見て、『あー、こいつならそれもありか』と思ってしまうのが切なかった。
「美鈴さま」
「あ、は、はい」
「お嬢様への報告に行ってまいります」
「あ、わかりました。お願いします」
「あと、あちらの林の方で、つい先ほどまで何物かがいたような形跡を、偵察部隊が発見しました」
「……ぬえ、かな。
その辺りを中心的に探してみて。あと、発見しても、絶対に手出ししないように。多分、皆さんじゃ勝てませんから」
「了解いたしました」
そのように、と笑顔を浮かべて去っていくメイドが一人。
あれだけのベントラー達の高高度爆撃にさらされながら、傷一つ負ってないどころか服に汚れの一つすらつけてない彼女の後ろ姿を見て、『……ひょっとして、うちって、隠れた戦力多いのかな』と、つと、美鈴は思ってしまったのだった。
―同日 午後13:00 命蓮寺―
「ぬえの話によると、紅魔館のメイド達というのは、雑魚だからと安易な扱いは出来ない相手のようだ」
「そうですね。
まさか、ベントラーの絨毯爆撃を受けながら、それをあっさり迎撃してくるとは」
片手に筆を取り、何やらさらさらと書をしたためている星に、報告をしたナズーリンは『だからさっさとやめないか、このバカ騒ぎ。お互い、痛い目を見る前に』と視線で訴えるのだが、星はもちろんそれを無視した。
「正直、個々の戦力ではこちらが圧倒的に上回っていると思っていたのですが……。
これは、人海戦術を執られると、少々、厄介かもしれませんね」
「ああ、まぁ、そうだろうけど……」
「最初は村紗による聖輦船の一斉砲撃で敵を無力化、その後、個々の実力者を我々が撃墜していく。それによって、戦意を失った相手を撤退に追い込む、と言う戦法を考えていたのですが……この分では、砲撃の一度や二度で敵は戦意を喪失しないでしょうし、囲まれて攻撃を受けると我々の勝利は危うくなる――」
こんな意味不明なバカ騒ぎに何マジになっちゃってんだこの人は、という視線を向けるナズーリンであるが、とりあえず、言葉には出さなかった。
何だかよくわからないが、下手なことを言えば言ったことが万倍になって返ってきた上で、言葉のハンマーで叩き潰されそうな感じだった。
「とはいえ、こちらが人海戦術で攻めるというにも、ぬえのベントラー以外には頼れないのも事実」
「あのベントラー達は、ただ無目的に漂うものだったり爆撃してきたり、かと思えば特攻してきたりと何か色々あるようだが……」
「その辺りは、恐らく、ぬえのイメージが強いのでしょう。
そのイメージによって、様々なベントラーを生み出していると考えれば納得が行きます」
「……いや、そういうものなのか? 正体不明の種って」
「正体不明だから何でもありですよ」
「うわ言っちゃったよこの人」
それを言っちゃおしまいだよ、という青い狸のセリフがマミゾウの口から飛び出しそうなことをさらっと言ってのける星は、あらゆる意味で恐ろしい人だった。
「しかし、そこにはぬえの想像力と言うものが必要です」
「……まぁ、そうだろうな」
「そこで取り出したのが、このアイテム」
「どっから出した」
「先日、新たなコスプレ衣装を作成するに当たっての映像資料ということで、東風谷さんからお借りしてきました」
「あなた達はろくでもない人間関係だけは即行で構築するんだな」
「これをぬえに見せましょう」
「どうやって」
「ここに『ぽぉたぶるでーぶいでーぷれーやー』というものも」
「つくづく準備がいいなあんたは」
このノリで人里で漫才コンビでも結成すればナウなヤングにバカウケなコンビになること間違いなしなやり取りの果てに、ナズーリンは『ぽぉたぶるでーぶいでーぷれーやー』なるものと、何かよくわからない円盤を星に渡される。
『ちゃんとぬえに渡してくるように』と無駄に真面目な顔で厳命されたものだから、彼女はため息をついた。
「……ところで、あなたはさっきから何をやっているのだろうか」
「作戦指示書を書いています」
「……」
「戦に必要なのは優秀な指揮官、そして優秀な指揮官の言葉を理解し、動く優秀な兵隊ですから」
「幻想郷ってさ……平和なところなんですよ? 本当は……」
そうつぶやいたナズーリンは、この時、本気で『こいつらに仏罰下らないかなぁ』と思ったという。
―同日 午後14:00 命蓮寺―
「ふぅん……。
星も、この聖輦船をなめてるのかしら」
「村紗。星が珍しく、まともに警告出してるんだから、ちゃんと従っておいたほうがいいわよ」
「わかってる。
わたしは、自分のやることに自信は持っているけれど、それに自惚れを混ぜるつもりはない。
とはいえ、こんな書き方されたら腹も立つってところ」
相変わらず、聖輦船のブリッジで、何やら忙しく働いている(本人談。ただし、一輪からは、椅子に座ってぼーっとしているようにしか見えないとのこと)村紗は、星から回ってきた『対紅魔館』と記された一枚の書類をデスクの上に放り捨てる。
「聖輦船が本気で一斉砲撃したら、紅魔館なんて跡形もなく消し飛ぶわ。
それを見て、なお、わたし達に対抗してこようなんてガッツのある奴、どれくらいいるかしら」
「たとえそうであったとしても、その可能性が捨てきれないから、星が色々と考えているんでしょ」
どうせなら、このバカ騒ぎをなかったことにする方向に、その考えを回して欲しかった、と一輪の瞳は語っている。
しかし、それに気づかない村紗は、「まぁ、相手が意外と侮れないってところは了解したつもり」とニヒルな笑みを浮かべる。
「聖輦船の整備は7割方終わっている。
戦端が開くまで、あとおよそ三日程度。それくらいあれば、聖輦船のフルパワーを、幻想郷の人たちにお見せするわ」
「実際、この船が脅威になるってことくらいは紅魔館側もわかっているでしょ。
となれば、何らかの対策を立ててくると思うんだけど」
「甘い。甘いわね、一輪。
この前、みんなに隠れてこっそり食べてたチョコレートケーキ並に甘いわ」
「……何で知ってるのよ。っていうか、あれ、ちょっと残して氷室に入れておいたのがなくなってたんだけど……」
「大変おいしゅうございました」
「ていっ」
「はぅっ」
一輪秘奥義、ノーモーション拳骨(ぐー)が村紗の脳天にヒットした。
その一撃に気絶する村紗は、しかし、きっかり10秒後に復活して『痛いわね』と抗議の視線を向けてくる。
「対策は立ててるかもしれないけれどね、一輪。
蟻が象に刃向かうのに作戦を立ててきたとして、象は蟻の何を恐れる必要があると思う?」
「自信家ね」
「それくらい、戦力に差があるということよ。
そして、わたしは手加減はしない。全力で向かってくる相手に手加減するなんて無礼でしょ?」
「時と場合によるわね」
「そゆこと」
彼女は椅子の背もたれをきしませて、『それに』とつぶやく。
「うふふふ……楽しみだわ~……。
聖輦船の砲撃があちこちで炸裂して、幻想郷の地形が変わって、クレーターが一杯出来るの……。それで、森とかは炎上して荒野になるでしょ? 建物はみんな吹っ飛んで瓦礫になるし……くっくっく……」
「……こいつは……」
やっぱこいつはトリガーハッピーなところがあるな、と一輪は判断する。そして同時に、やたらと厄介な『破壊衝動』の持ち主であるということも。
どうして、普段は命蓮寺でも1,2を争うくらいの常識人なのにこうなのだろうか。
彼女はそう思って、『そういえば、幻想郷の人たちで、文字通りの常識人なんて数えるくらいしかいなかったっけ……』という切ない結論に辿り着き、やっぱり村紗をどつき倒してから、大きな大きなため息をついたのだった。
―同日 同刻 命蓮寺―
「ねーねー、マミゾウ! これ見ようよ、これ!」
「おお、どうした。ぬえ。騒がしいのぅ」
「何かナズーリンからもらった! 早苗が持ってる『でぃーぶいでぃー』だって!」
「あっ、ぬえさん、それ、響子も見たいです!」
先ほど、ナズーリンから渡された、よくわからない機械と円盤片手に、何やら楽しそうなぬえ。
部屋の隅で一生懸命本を読んでいた響子が『早苗』の一言に反応し、手を挙げる。
この命蓮寺において、特にぬえと響子の間では、『早苗』とは、『自分たちの知らない面白いおもちゃを一杯持っている人』で認識が共通しているのだ。
「そうかそうか。
どれ、じゃあ、3人で見ようかの」
「マミゾウ、ここね。響子はそっち」
「えー? ぬえさん、ずるいです。響子も正面に座りたいです」
「だってスペースないしー」
「ぶー」
「これこれ、ケンカするでない」
二人を諌めたマミゾウは、『ほれ、これでいいじゃろう』とテーブルの上に機械を置いて、その正面に二人を座らせる。
その後ろに自分が腰掛け、『どれどれ』と機械のスイッチをぽちっと。
「おお、すごい!」
「すごいです! 何か音が出てきました!」
「わはは。
ほれ、二人とも。静かに見るとしようか」
「うん!」
「はいです!」
そんな風にわいわい楽しそうな三人とは違って、こちらはと言うと――、
「星」
「はい」
所変わって、ここは白蓮の自室。
生活に最低限必要なものしか置かれていない簡素な室内に座すは二人の人物。
「私は、そも、争いは好みません」
「はい」
「しかしながら、貴女の言ったとおり、全ての戦いを否定するのも、また愚の骨頂だと思います」
「人里での、週一特売セールはまさに戦場ですからね」
「そう。生きるための戦いもあるのです」
その戦いは、白蓮がこれまでに経験してきたあらゆる戦をも上回る戦いの繰り広げられる、まさに修羅と羅刹の時間である。
たとえお目当ての商品を手に取ったとしても、それを支払いを経て明確に所有権を得るまでは油断が出来ず、横手から幻想郷最強の存在である『苧芭茶武』に奪われることなど日常茶飯事。
数秒の出遅れが致命的な時間のロスになり、わずかな位置取りのミスが取り返しのつかない事態を招く。
過去に白蓮も星も、何度もこれに挑戦し、そのたびに苦汁をなめてきている。
だが、人は成長する生き物だ。
今では『あら、ごめんあそばせ、おほほほほ』というにこやかな笑顔と共に『なむさんパンチ(コークスクリューつき)』でライバルを薙ぎ倒すくらいのことは平然とやってのけられるほどに、その戦いを制するようになってきている。
「そして、此度の戦いもまた、我々にとって生死をとした戦いとなることでしょう」
「はい」
「――勝てるでしょうか」
「聖。あなたらしくもない。
我々はそもそも、勝てる勝てないで戦いを挑むことはありません。
必ず勝てる――その『必勝』の可能性がない限り」
それはともすれば、臆病者と捉えることも可能だろう。
しかし、勇気と蛮勇が違うことを意味するように、勇ましいことと無謀なこととも、また違うのだ。
勝てない戦いに『勝てる』と挑み、己に付き従う者たちの命を無駄に散らせ、失う必要のない財を失うことなど、それはまさに愚か者の所業。
「勝てるからこそ、私は貴女に戦いを勧めるのです」
「……なるほど」
「ここに」
ざっ、と広げる一枚の巻物。
そこには精密かつ詳細な内容で、今回の戦いを制するための『作戦』が書かれている。
「……見事です」
「近世の戦いは単純な武力の差より、むしろ将の采配が雌雄を決すると言われております。
それを受けて、かつての勇者は『機体の性能差が戦力の決定的違いでないことを教えてやる』と獅子奮迅の働きをしております」
「そういえば、『戦争は数だよ、兄貴』という言葉もあったような気がしますが……」
「それはそれ、これはこれ」
「ですよね」
外で『ごつん!』という、誰かがこけておでこを床に激突させたような音が聞こえたが、とりあえず、それは瑣末なことであり、本題には関係ないのでスルーすることにする。
「紅魔館には八つの師団があると聞いております」
「はい」
「それぞれ二つの師団が一つの大隊――つまり、紅魔館の戦力は、最大で四個大隊ということです」
「近距離戦を挑む突撃部隊、それを支援する援護部隊、偵察、輜重の部隊というところですか」
「はい。
そして、その中でもえりすぐりのエリート達が、あのレミリア・スカーレットの護衛を務める『紅近衛部隊』という役職についているそうです」
――命名、レミリア・スカーレット。
「いくつかの戦術を、彼女たちは使い分けるようですが、最も多いのが支援部隊が両翼より敵部隊を砲撃することで動きを制限し、第一突撃部隊がそれを切り崩し、敵の陣形が崩れたところで第二突撃部隊がとどめを刺す――というものですね」
「なるほど。なかなか理にかなっていますね」
「また、偵察・輜重部隊だからといって油断は出来ません。
これらも、そうした攻撃の際には遊撃部隊として活躍し、第一突撃部隊の突撃と少し遅れる形で、敵部隊の後方より襲い掛かる挟み撃ち戦法なども使いこなすようです」
「ふむ」
「しかし、彼女たちが勘違いしているのはここであり、我々の勝機の一つはこれにあります」
とん、と星が巻物を指先で叩く。
「彼女たちがこれまでに相手をしてきたのは、あくまで『人間』の形をしたものたち。
今回、彼女たちが相手にしなければならないのは、我々、命蓮寺であり、聖輦船です」
「確かに」
「蟻の子が群れて襲い掛かってきたとて、何を恐れる必要がありましょう」
そうなると――、と白蓮は腕組みをする。
星は、『その場合ですが』と言葉を続けた。
「彼女たちが考えなくてはいけないのは攻城戦です。
聖輦船と言う、巨大かつ鉄壁の城をどうやって攻略するか――それを考えてくるでしょう」
「普通の攻城戦ならば、門を破る、あるいは城壁を乗り越えるなどを考えてくるでしょうね」
「しかし、そのどちらも、我々には存在しない」
つまり、攻め手が相当頭をひねらなければ、彼女たちの住まう『城』を落とすことは不可能なのだ。
戦いにおけるアドバンテージは、圧倒的なほどに星たちの方にあるのである。
だが、勘違いしてはいけないのは星たちも同じだ。
星たちがそうであるように、紅魔館側もバカではない。勝てない相手に対してケンカを売ってくることなど、120%ありえないと断言していいだろう。
彼女たちは、必ず、聖輦船の攻略手段を編み出してくるはず――そう、星は断言した。
「聖輦船にも弱点はあります。
近接攻撃が可能なバルカン砲の射程が300メートル前後。そして、明確に狙いを定められる有効範囲は20メートル程度。
つまり、この内側に入られると、巨体ゆえに取り付いた相手を引き剥がすのに苦労します」
「そうですか。
どれほどの相手が、その範囲に入ってきそうですか?」
「一般的な実力のメイド達では、聖輦船の弾幕をかいくぐることは不可能と考えていいと思います。
ですが、各大隊に所属する小隊長クラス――そして、その補佐を務める者たちは、充分、その可能性を秘めていると考えていいでしょう。
もちろん、レミリア・スカーレットの接近を阻むことは不可能です」
「はい」
「十六夜咲夜の時間停止を使われては、聖輦船も形無しですが、そこまではやってこないでしょう」
「やってこられたらこんな作戦会議意味ないですからね」
「話も破綻します」
何のことかはよくわからないが、とりあえずすごい説得力だった。
それはともあれ。
「そこで、我々が接近してきた相手を迎撃します」
「ですが、数十人単位での接近が考えられる状態では厳しいのではないですか?」
「そのために、今、ぬえに『でーぶいでー』を見せています」
「なるほど、DVDですか」
「えっ?」
「えっ、って……。『でぃー・ぶい・でぃー』って、言えないのですか?」
「……あ、いえ、その、それは……」
星ちゃん大ピンチ。
彼女は『し、少々、お待ちを。お茶を用意してきます』とそそくさその場を逃げ出していく。
そうして――時間が過ぎること、およそ1時間。
外からは蝉時雨が降り注ぎ、季節はすっかり夏である。
開いた障子の向こうの空は実に青く透き通っており、夏の日差しを燦々と地面に届けている。
季節の移り変わりっていいわねぇ、と白蓮がのんびり時間をすごしていると、星が戻ってきた。
彼女は白蓮と自分のお茶を出すと(麦茶である)、
「その『でぃーぶいでぃー』にあります映像が、ぬえの想像力を強化する役に立つはずです」
どうやら練習してきたらしい。
「ベントラー航空部隊を配置して、実力者以外の敵の露払いをさせます。
あと、これは間に合うかどうかはわかりませんが、村紗が聖輦船に超至近距離用の迎撃砲塔を作ると言っていました」
「そちらは、あまり期待しないほうがよさそうですね」
「一輪が止めに行ってましたから」
ちなみに、その時の一輪は手に『100トン』と書かれた巨大なハンマーを持っていたらしい。
とりあえず、それもどうでもいいので無視しよう。
「我々は、基本的には迎撃戦を行います。
聖輦船の砲撃をかいくぐってきたもの達を撃退し、相手の戦力が疲弊するのを待ちます」
「なるほど」
「我々は相手を迎え撃つだけでいいですが、相手は聖輦船の攻撃を抜け、ベントラーの攻撃をしのぎ、というさらに二段階の負担を強いられます。
立場的には、我々はかなり有利な状況で戦えるものと考えております」
「ですが、油断は禁物ですよ」
「わかっております。
次からが、詳細な作戦のプランです」
ご安心を、といわんばかりの星。
彼女がさらに巻物の先を示す中、ふと、白蓮は口を開く。
「ねぇ、星」
「はい?」
「『しーでぃー』って言ってみて」
「……し、しーでー?」
「頑張りましょう」
そんな、何気ない白蓮の茶目っ気であった。
―同日 午後20:00 ミスティアの屋台―
「……ってわけでさぁ。
もう何か、博麗の巫女の私、完全に置いてきぼりっていうの? 勝手にがんがん外で話が進んでいってどうしようもないのよ……」
「大変ですね、お客さんも」
「大変なのよ! わかる!?
紫に抗議しに行っても『何言ってるのあなたは』って逆に説教されるし、まともだと思ってた華扇も完璧に『どうしてそのくらいのことを知らないんですか』って非常識モードだし、味方になってくれそうな慧音も『しばらく旅に出ます。探さないでください』って書置き残していなくなるし!
私はどうしたらいいのよっていうかどうしろってのよ!? え!?」
「まあまあ。
はい、どうぞ。うちの自慢の漬物です。うまいですよ。酒の肴にぴったりです」
「……はあ」
完璧に飲んだくれモードの博麗の巫女は、赤提灯の下でダメ人間になっていた。
色々と、自分を取り巻くあれやこれやのあほな展開についていけず、現実逃避モードになったらしい。
「もうさー、博麗大結界ぶっ壊してさー、『幻想郷なんてなかった!』にしてもいいかなー、って……」
「あー、確かにそれもありかもしれませんねー。
けどさ、お客さん。それやられると、あたしみたいなのが生きていけなくなりますからさ。ちょっと勘弁してもらっていいですかね?
あ、そうだ。これ、あたしのおごりです。どうぞ」
「……ん、ありがと」
出されたのは『夏野菜の煮物』ということだった。
早速、霊夢はその中のなすびを箸でつまんで口に運ぶ。
「……あ、これ、美味しい」
「でしょう?
今年の夏は暑いから、いい具合に野菜も育っていまして。あたしの自慢の料理ですよ」
「これ、一つ一つ、全部味が違うのね。
へぇ~……手間かけてるわねぇ」
「やってくるお客さんを満足させるのが、あたしのお仕事ですからね」
「……仕事、かぁ」
霊夢は煮物をつつきながらつぶやく。
「……私さ、結構、真面目に仕事やってるつもりだったんだよね。
そりゃ、自分の勘とか信じてある程度は適当だったんだけどさ……。
……けどね、幻想郷のためにさ、一生懸命だったんだよ。信じてくれる?」
「そりゃもちろん。
あたしもひどい目にあいましたからね」
懐かしいですねぇ、と屋台の主人――ミスティア。
彼女は何やら焼き物を作りながら、「まぁ、昔は昔ですよね」と笑顔になった。
「それなのにさ……こんな状況よ……?
私の知らない常識ってのが世の中にはあってさ……それで勝手に世界が回っていってさ……。
私なんて置いてきぼりの捨て置かれ状態よ!」
どん、と手にしたグラスを屋台のカウンターに叩きつける。
まあまあ、と彼女をたしなめるミスティアが、よく焼けた豚肉の串を差し出した。
「私が何したってよ!?
私がどんだけ一生懸命、幻想郷のために働いてたか、みんなわかってるわけ!? わかってんなら何でこんな事態になんの!?
起こすなら常識的な異変にしろっての!」
「そうですね~。
けど、常識的な異変、ってうまいこと言いますね」
「でしょ!? 私、今、うまいこと言ったわ!
こんな非常識な異変、付き合ってられるかっ!」
グラスの中身を一気飲みした後、「お酒追加!」と叫ぶ。
「そろそろやめにしといた方がいいですよ。家に帰れなくなったりしたら、困るのは霊夢さんだしね」
「んなこたいいのよ! お酒、追加!
私はお客さん! あなた、お店の人!」
「あはは。それを言われたら断りきれないや」
どれ、とミスティアがカウンターの下から取り出したのは、何やら見事なラベルの貼られた一升瓶だ。
その中身を、彼女は霊夢のグラスへと注いで行く。
「……何これ。水じゃん」
「あれ? こいつは意外。霊夢さんは、割とお酒には通じてる人だと思いましたけどね」
ぐいっとグラスの中身を煽る霊夢。
その感想に、ミスティアは目を丸くして声を上げる。
「……は?」
「そいつはね、『水みたいに飲める口当たり』の銘酒なんですよ」
これを手に入れるのには苦労しました、と語るミスティア。
何でも、人里の酒屋の主人と懇意になり、何度も何度も通いつめて、やっとこさ、一本だけ譲ってもらえた品なのだそうな。
それゆえ、お値段もそれなりなのだが、「今夜は特別です」ということで、無料で振舞ってくれているのだと言う。
「それなのに、もったいないですねぇ」
「いやいや、そんなことないわよ!
うん、美味しい! ミスティア、あんた、なかなかいい目をしてる!」
「あはは、ありがとうございます」
ぐびぐびとグラスの中身を飲み干すと、霊夢はぷは~っと酒臭い息を吐いた。
そうして、彼女はカウンターの上に突っ伏してしまう。
「も~やだ……ついてけない……」
「紫さんや早苗さんはどうしたんです?」
「紫はさ~……『それくらい知ってて当然』って感じで怒るし、早苗は『むしろやる気満々です!』って目を輝かせてるし……」
「あちゃ~」
何となく想像が出来た回答である。
しかし、これで、霊夢の回りにはほぼ味方はいないことが判明したわけだ。
そりゃ、自棄酒かっくらって屋台の主人にくだの一つでも巻きたくなろうというものである。
「けど、あれですね。
霊夢さんは、ほんと、真面目な人ですね」
「……あはは、じょ~だんよしてよね」
「いやいや、真面目ですよ。ほんと。
今回の騒ぎもさ、いつものやつと、ちょっと毛色が違うだけで、いつも通りの大騒ぎには違いないわけじゃないですか?」
果たして、今回の一件を『ちょっと』で表現していいものなのかどうかはわからないが、とりあえず、ミスティアはそんなことを言うと、屋台の裏側で、何やらごそごそし始める。
「んでさ、他の人たちは、自分のスタンスで騒ぎを楽しもうとしてるわけだ。
けど、霊夢さんは『こんなの普通じゃない』って感じでどうしても受け入れられない。それってさ、霊夢さんが真面目だから、そういうバカ騒ぎには一歩引いたところで見てるからじゃないですかね」
そう言って取り出したのは、また新たな酒瓶である。
彼女はそれを、カウンターから見える棚に陳列すると、再び、何やら料理を作り始める。
「そういうのは全く悪いことじゃないし、むしろ霊夢さんらしいと思いますけどね。
それならそれで、もう傍観者に徹しちゃうのがいいんじゃないかな、って。あたしは思うんですよ。
そんな心労わずらう必要ないですって。
『あ~、またバカな奴らがバカやってるな~』くらいで流しましょうよ。ね?」
とん、と差し出されるおにぎり。
霊夢はそれをもぐもぐ頬張り、「あ~、塩っけ効いてて美味しいわ」とつぶやいた。
「いやなこととか面倒なこととか一杯ありますけどさ。
それを受け流すことが出来てこそ、霊夢さんですよ。
ま、だけど、そうもいかないときもありますから。そんな時はうちに来て、散々、愚痴ってくれていいですよ。
あたしは聞き手役はうまいですからね。こうやって飯も出せますし。
んで、たっぷり愚痴ってすっきりして、また明日から頑張ってくださいな」
「……はぁ。そうね」
ため息をつく霊夢の手が、空のグラスに触れる。それを見て、ミスティアは『どうぞ』と、それに飲み物を注いだ。
揺れる水面を、霊夢は見つめる。
そこに映る自分の顔に、果たして何を思ったのか。
彼女は、またグラスを傾けてその中身を空っぽにしてから立ち上がる。
「……あんたさ、この仕事、天職でしょ」
「そう見えます? 参ったな」
「はいこれ、お代」
「どうもありがとうございます。
ところで霊夢さん。これ以前のツケがあるんですが」
「そっちは、また今度、払いに来るわよ」
「んじゃ、その時まで待ちますわ」
「……また来る」
「あいよ~」
ふわりと空に舞い上がった霊夢は、酔っ払っているためなのか、ふらふらと風に漂うようにして飛んでいく。
ミスティアはそれを見送ってから、「やっぱ、酔っ払いには冷たい水を飲ませるのがいいもんだね」と、霊夢に紹介した『水のように飲める酒』をぽんと叩いたのだった。
―同日 午後23:30 紅魔館―
「メイド長」
「あら」
夜も更け、しんと館の中は静まり返っている。
すでに、館の主人であるお嬢様達はおねんねタイムであり(注:吸血鬼)、彼女たちを起こさないように、夜勤のメイド達が働いている中でメイド長の部屋を一人のメイドが訪れていた。
「どうしたの?」
「はい。
実は、先日の命蓮寺の襲撃で怪我をしたメイドの友人や同期の子たちが『本戦の前に一矢報いてやらないと気がすまない』といきり立ってまして」
「そう」
「どうなさいますか?」
「……友達を大切にする。それは大切だけど、その意識が強すぎるのも問題ね」
しかし、それが紅魔館の鉄の結束を生んでいるのだから、あながち否定も出来ないのだろう。
メイド長――咲夜はしばし考えた後、「今回だけはよしとしましょう」とGOサインを出した。
「よろしいのですか?」
「ちょうど、夜間戦と言うのも体験させておきたいと思っていたところよ」
果たして、夜間戦闘をこなせるメイドと言うのが世間一般で言うメイドに該当するのかどうかはわからなかったが、そこは紅魔館クオリティなので問題はない。
咲夜の言葉に、報告にやってきたメイドは、『それでは失礼します』と一礼して去っていく。
「……さて、きな臭くなってきたわね。
かつての魔法少女たちの戦いも、きっとこんな感じだったのね」
そういう風に、何やら感慨深いセリフを口に出来る間はまだまだ余裕があるものである。余裕がなくなると、人間と言うものは、先の霊夢みたいになるのだから。そも、今回のどたばた劇の中心にいる人物には、そうした意識がないのは当然であった。
「明日、報告を聞かないと」
彼女はそう言って、ベッドの上に横になったのだった。
「それでは皆さん、これより、我々は命蓮寺へと夜襲をかけます」
「はい」
「攻撃は一度だけ。その一度の攻撃で命蓮寺の空域を離脱し、帰投します。
なお、敵の対空砲火は相当厳しいものになると予想されます。各々、迎撃されないよう、気をつけるように」
「はい」
「なお、陣形は先に伝えたとおり。
それでは出発します」
いってらっしゃ~い、と手を振るメイド達に見送られる形で、紅魔館を飛び立つ姿がある。
夜間戦闘を得意とするメイド数名を作戦の指揮官に任命した上での夜襲部隊である。
それを見上げる門番隊一同のうち、『あ~、まためんどくさいことに……』と、一部の者たちは頭を抱えていたりするが、とりあえず、それはどうでもいい。
さて、紅魔館から命蓮寺までは、一般的な速度で飛行した場合、およそ2時間弱の距離となる。
通りすがる、普段、夜中に活動する妖怪たちは、隊列を組み、整然と飛行するメイド達を見てぎょっとした顔を浮かべ、道を空けていく。
「お姉さま、そろそろです」
「はい」
先頭を行くメイドの隣に併走するメイドが、手にした書類を片手に報告した。
先頭のメイド――今回の作戦の指揮官である彼女は、手にしたナイトスコープ(パチュリー製)で前方の様子を確認する。
「……あそこね。
後ろの子達に指示。出立前の陣形を維持すると共に、己の役割を再確認させて」
「はい、お姉さま! お任せを!」
「あと、あなたは私のカバーなのだから。ケガとかしないようにね」
「はい!」
相変わらずの百合百合しいやり取りであるが、紅魔館ではこれが基本なので何の問題もない。
ともあれ、指揮官を先頭とした三角形の陣形を採って飛行するメイド達。
その中で、急に、指揮官の彼女が足を止めた。
彼女に倣う形で、他のメイド達も足を止める。そして、その中の一人が首をかしげながら尋ねた。
「どうしました?」
「罠よ」
彼女が示すところには、きらりと光るピアノ線のようなものが張られている。
その片方は足下の森の木々に伸び、もう片方が何もない空の向こうに向かっているのを見て、一部のメイドが『えっ? 物理法則どこいったの?』と思ったが、誰も口には出さなかった。
「引っかからないように注意しなさい」
罠を迂回する形で、ゆっくりと、彼女たちは夜空を進む。
――彼女は、以前、こんな報告を聞いていた。
今回、紅魔館にちょっかいを出してきたぬえとかいう妖怪は、非常にいたずら好きであり、命蓮寺の周囲にお手製のいたずらグッズ(要するに罠である)を配置して回っている、と。
それは大半が笑って済ますことの出来る規模のいたずらを発生させるものなのだが、稀にとんでもないことになるものも混じっているのだと言う。
現に、今、足下から『あべし!』だの『ひでぶ!』だの、『サ、サンダー!』だのといった悲鳴が聞こえてきているが、とりあえず、それは無視することにする。
メイド達はぬえの張った罠に引っかからないよう、注意しながら命蓮寺の上空へと接近していく。
「ここから、聖輦船の対空砲火の射程距離内よ。気をつけなさい」
「はい」
「突撃部隊は私と一緒に。援護部隊はこの周囲に待機。いいわね?」
「了解しました、お姉さま!」
「よし」
彼女は、その鋭い瞳で命蓮寺を見つめる。
両者の距離は縮まり、目標とする位置へと、全員の移動が完了する。
わずかな空白。気配が固まり、空気が完全に硬化した。
「攻撃開始!」
―五日目 午前1:30 命蓮寺―
「村紗!」
「わかってる」
けたたましいサイレンが命蓮寺に鳴り響いている。
聖輦船の備える長距離レーダーに引っかかった『侵入者』を知らせる警告音だ。
聖輦船のブリッジにやってきた一輪に、余裕の笑みを浮かべて村紗は返す。
「これがカメラの映像よ」
「……どこに仕掛けてあるのよ、これ」
「そこら辺一帯」
「……あ、そう」
夜の闇をくっきり映す映像が、前方のディスプレイ(提供者不明)に投影されている。
そこには、こちらに向かって接近してくるメイド達。言うまでもなく、紅魔館の攻撃部隊だ。
「聖とかは寝てる?」
「ええ。一応」
「そう。
じゃあ、起こさないようにしないとね」
彼女の口許に危険な笑みが浮かぶ。
その指先が虚空を示し、その唇が言葉を紡ぐ。
「聖輦船、対空砲火開始!」
建物の壁や屋根に偽装していた『聖輦船』が姿を現したのは、その時だった。
無数の砲門が天を向き、一斉に、そこから閃光を放つ。
「ちっ!」
「なんていう砲撃……!
みんな、気をつけなさい!」
「援護部隊、援護射撃を開始! 敵砲塔を潰せ!」
「わかりました、お姉さま!」
「全隊、撃てーっ!」
負けじと、上空に残る援護部隊からの援護射撃が始まる。
その攻撃は命蓮寺のあちこちに着弾し、爆発する。うまく砲門を直撃するものもあったが、いかんせん、威力が違いすぎる。攻撃を続ける敵砲塔にダメージを与えるには至らなかった。
そして、仲間の援護を受けながら命蓮寺の頭の上に接近するメイド達も、近づけば近づくほど激しくなる対空砲火に目をむく。相手からの砲撃――弾幕の分厚さが、これまで経験してきた戦いとは比較にならないほどだ。
何十と言う砲門から秒間数発という数で放たれる対空砲火は、切れ間も隙間も何もない。
そこを縫って飛行する攻撃部隊のメイド達は、なかなか命蓮寺に接近できず、舌打ちするものが多数だ。
「攻撃を回避することに集中して! 当たって撃墜されたら元も子もないわ!」
「ですが、このままでは、ただ追い払われるだけです!」
「この距離ではうまく攻撃が出来ない……!」
やはり、聖輦船の実力は圧倒的であった。
いまだ変形する兆しすら見せず、建物のままの形態でこれだ。これが『本気』を出したらどうなるだろう。
メイド達の間に戦慄が走る。
現実化した恐怖が、彼女たちから戦意を奪っていく。
いかに訓練された鋼鉄の笑みを持つ彼女たちであっても、絶対的な『力』を前にすれば恐怖を覚えるのだ。
「……全く。情けない」
その様を見て、指揮官の彼女はつぶやく。
「全員、よく見ておきなさい! この程度の弾幕、ただの薄いレースのカーテンに過ぎないとね!」
彼女はそう宣言し、加速する。
弾幕の中に飛び込んでいく彼女を見て、何名かのメイド達が悲鳴を上げる。
「一人、命知らずがいるわね」
ディスプレイに映し出される映像を見ながら、村紗はつぶやく。
「これ以上の攻撃をするのは音がうるさくなるからね」
椅子の上に座り、前のコンソールに足を投げ出している彼女は、面白くなさそうにつぶやいた。
「たかが蝿の一匹――と言いたいところだけど……」
その瞳が、わずかに揺れ動く。
聖輦船の対空砲火に翻弄されているメイド達。その中の一人が、その対空砲火を突っ切ってこちらに向かってきている。
最初は、『ただの命知らず』と判断していたが、その判断が誤りだったことに、彼女は気づいたのだろう。
「一輪。
聖を含め、命蓮寺のみんなが寝ている部屋に、奴の攻撃が命中しないように祈って」
「え?」
「……なるほど。紅魔館、油断できない相手ね」
彼女は投げ出していた足を戻すと、その場に立ち上がる。
そうして、「6番と7番砲塔、敵メイドに攻撃を集中!」と苛立つ口調で叫んだのだった。
一層激しくなる攻撃を、彼女は余裕の表情でよけながら高度を下げていく。
命蓮寺の直上から突撃を仕掛ける彼女を狙う砲塔は、しきりにその角度を変えながら、何とか発射口の先にメイドを捉えようとする。
しかし、
「甘いわね。その程度の狙いで、こっちを迎撃できると思っているのかしら」
にやりと笑う彼女は、自分へと砲門が向いた瞬間、それを嘲笑うかのように鋭く飛行角度を変え、攻撃の射線上から逃げてしまう。
結果、放たれる攻撃は夜の闇を切り裂くばかり。
それは、完全に、聖輦船の砲門が動ける角度、速度、そして射撃の正確性を見抜いた動きだった。
この短時間で、彼女は相手の戦力を完全に把握していた。彼女にとって、今の聖輦船は『ただのでかい的』に過ぎないのだ。
「紅魔館のメイドはメイド長ばかりだけじゃないということを教えてあげる」
彼女の両手に光が点る。
そして、彼女は命蓮寺の屋根ぎりぎりの高さまで接近した次の瞬間、その両手の光を解き放つ。
轟音と共に炎が舞い上がる。
その一撃は、確実に、彼女を狙って動いていた砲塔を一つ、潰していた。
その場で直角に近い角度でターンし、急上昇して離脱する彼女。その彼女を援護する射撃が命蓮寺の周囲に着弾し、爆音を上げていく。
「さあ、帰るわよ」
一発も被弾することなく、彼女は仲間の元へ辿り着く。
その素晴らしい戦果と実力に、メイド達が拍手喝采を送った。
「はい!」
「すごいです……。さすがはお姉さま!」
「この程度のこと、あなた達も出来るようになってもらわないと困るわ。
紅魔館が、レミリア・スカーレット、十六夜咲夜、そして紅美鈴。この三人だけに『長』がついているわけではないということを、幻想郷の奴らは知らなさ過ぎるもの」
余裕の笑みを浮かべながら、彼女は部隊を率いて撤収していく。
聖輦船の砲撃の射程範囲の外に、悠々と出て行く彼女達。未だ続く砲撃は、まるでそれに対する祝砲のようでもあった。
「……ちっ」
「驚いたわね……。まさか、あんな空爆が出来るなんて」
「紅魔館のメイドは、下っ端の雑魚たちはどうでもいいという話だけど、上に行けば行くほど、油断が出来なくなると言うのは本当のようね」
苛立つ村紗はコンソールを蹴り上げ、『消火と修理、急げ!』と声を上げる。
「けれど、あんな芸当が出来るのは、彼女たちの中ではあの一人だけのようね」
「その一人が問題よ。
うちと同じく、一騎当千の兵がいるってことでしょ? こっちがマークしていた以外にね」
「確かに」
「やっぱり、聖輦船はフルパワーで稼動させなければダメね。この程度の弾幕じゃ、あいつらを止められないか」
村紗が何気なく放った、何やら聞き逃せないセリフに、一輪の目が点になる。
「……え? この程度……?」
「半分くらいの砲門しか動いてなかったでしょ」
「……」
あれほどの弾幕を展開しておきながら、まだこの船は余力がある――その事実は、単純に、一輪を驚愕させる。
一方の村紗は、その半分程度の力でも敵を追い払えると考えていただけに、少々、機嫌がよろしくない。彼女の機嫌が直るのは、文字通り、敵を『殲滅』した時になるだろう。
「やってくれるわね。そして、面白い相手だわ……。
一人残らず撃沈させてこその舟幽霊――この村紗を甘く見ないことね!」
びしっ、とディスプレイを指差し、宣言する彼女。
その彼女を見て、とりあえず、一輪は村紗の後頭部を殴り倒すと、大きな大きなため息をついた。
「……この戦艦、今回の騒ぎが終わったらどうしよう……」
こんなもの、あるだけでご近所の皆様の不安をばりばり買い捲ること請け合いである。
殺生ご法度を掲げるお寺が、実は猛烈な武装を備えた戦闘集団だと知られたら――。
「……最悪だわ」
色んな意味で、現実逃避したい現実を前に、一輪は頭を抱えるのだった。
―同日 午前5:50 守矢神社―
「号外、号外、号外ですよ! ついに始まりましたよ!」
大騒ぎかつ大声を上げてやってくる文を見て、境内でさっさか掃き掃除している早苗の視線が空を向く。
文が『ずぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ!』というものすごい音を立てながら大地にランディングし、すかさず手にした新聞を早苗へと押し付ける。
「命蓮寺のぬえの攻撃に怒った紅魔館側からの報復により、命蓮寺への空爆が実施されたそうです!
それで、命蓮寺は建物の一角が完全崩壊! ただいま、修理と消火作業におおわらわ!」
「おー、何かにぎやかなことになってきてるねー」
またどこにいたのか、ぴょいこらぴょ~んとやってくるちび神さま。
彼女は早苗の受け取った新聞を横から覗き込み、『ふんふん』とその内容にうなずいてみせる。
「まさに両雄大激突って感じだね!」
「はい。
いやいや、実に騒がしくなってきました。もう毎日がスキャンダルですね!」
「……う~ん、何か違うなぁ。
こう、魔法少女決定戦とか言うから、空戦メインの超火力の応酬だと思ってたんですけど、何かリアルに戦争になってません? これ。
後から関係修復って出来るんでしょうか」
「宴会一回でいいんじゃない?」
「ですよね」
宴会を愛する幻想郷の民に悪いものはいない。宴会こそ鎹なのだ、という言葉であった。
こんな大騒動巻き起こしておきながら、宴会で杯を交わすだけで関係修復というのもまたすごいことではあるが、実際、過去にそういうことが何度もあったので、あながち否定が出来ないのも現実である。
「このまま行けば、本気で、幻想郷の空を赤く染める戦いになるかもね~。わくわくするよ」
「そうですね~。
もう、適当なところにレンズを向けてシャッター切れば、それがスクープになるんですから! もう楽しみで楽しみで!」
トラブル大好きを公言する二人は、笑顔で何やら語っている。
それを眺める早苗は『これはこれでいいかもしれないけど』と何やら渋い顔である。
先日、紫から聞かされた話と、今の状況と、だいぶ状態が食い違ってきているのがその原因であった。早苗は早苗なりに、今回の一件で『望んでいた展開』と言うのがあるのである。
「こうなってくると、誰かが外から修正した方がいいですよね。これ」
「そう? いいんじゃない?」
「ちなみに、その発言の真意をお伺いしても……」
「あ、ごめんなさい。秘密です」
「おお! 東風谷早苗もついに動く! これは更なるスクープの予感!」
「こういうトラブルはさ、当事者として動くよりも傍から眺めてにやにやしてる方が面白くない?」
「いいえ、諏訪子さま。むしろ、積極的に、今回の一件には関わるべきではないでしょうか」
「う~む、なるほど。いい意見だ」
何やら話しの行き先がややこしいところに向かっていこうとしていた。
そして、あいにくなことに、その場にツッコミ入れて物理的にでも話の流れを強制遮断するべき役割の人物が、そこには不在であった。ちなみに、その人物は現在、建物の中で頭痛のため寝込んでいたりする。
「もう少し、わたし達としては様子を見るべきかもしれません。
けれど、あまりにも脱線していくようでしたら、そこに待ったをかけるのも必要です」
「そういや、紫がそんなこと言ってたね」
「はい。
つまり、紫さんが今回、わたし達のところにやってきたのは、そういう理由もあるのではないでしょうか」
それはどういう理由だ、と誰かがツッコミを入れていれば、もしかしたら、今後の展開は変わってきていたのかもしれない。
しかし、そういう人物不在で進む話にブレーキがかけられるはずもなく、どんどん、その内容は膨らんでいってしまう。
『……こりゃ、絶対に余計なことだらけになるだろうなぁ』
文の肩に留まる、彼女の遣いのかーくんは、世の中の不条理だの常識知らずに常識を教えることの難しさだの、とにかく色んなものをその目で見据えてしまって、切ない口調でつぶやいたのだった。
―同日 午前11:00 博麗神社―
「……お母さん。巫女って大変なんだね。私、それを知っていたつもりだけど……まだまだだったみたい」
霊夢は一人、神社の一室で、そんなことをつぶやいた。
彼女の手には、母が残したかんざしが握られている。
『いつか、霊夢がこれに似合うくらい素敵な人になったら、また逢いに戻ってくるからね』
そう言って、彼女の母親は、神社を去っていった。
今、彼女はどこにいるだろうか。霊夢は、かつての母の面影に思いを馳せ、かんざしをそっと胸に抱きしめる。
開かれた障子の向こう。
夏の日差しが燦々と降り注ぎ、さぁっと風が世界をなでていく。
「けれど……私、頑張るよ、お母さん。
頑張って、幻想郷の巫女としてふさわしい人間になるから……」
何やら不自然にがさがさ揺れる茂みを、霊夢は無視して独白を続けた。その茂みから人の頭っぽいものや腕っぽいものが見えていたりするのだが、それはもちろん、気のせいである。
霊夢のその瞳が青空を見上げる。
深い青――どこまでも澄み渡った空に、彼女は「だから、見守っていてね」と誓いを立てた。
「……そう。だから――」
彼女は手にしたかんざしを、またそっと引き出しの中にしまった。
そうして立ち上がり、目の前の襖を開く。
ちなみに、それと同時に、がさがさ揺れる茂みから霊夢と面影の似た女性がひょいと顔を覗かせ、こそこそ退散していったのだが、それは話の流れとは関係ないので無視しよう。
「帰れお前らぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
霊夢の絶叫が、博麗神社の境内に響いたのは、その時だった。
「何だよ、霊夢。帰れなんてひどいぜ。
ほれ、アイスクリーム持ってきてやったぜ」
「このお菓子も美味しいですね。冷たくて甘くて」
「あ、華扇さん、アイスクリームもいいですけどソフトクリームというのもあってですね」
「ほほう。それはどのような?」
「馴染んでんじゃないわよっ!」
母屋の居間には、いつものメンツ。
魔理沙は『何で霊夢が怒っているのかわからない』と言う顔で、『ほらよ』とアイスクリームを勧めている。
その隣では、華扇が、魔理沙が持ってきたアイスを片っ端から食べ散らかし、阿求が「扇風機、持ってきてよかった~」と何やら風が発生する風車のようなものの前にかじりついている。
「あんたら、この異常な状況に何とか対応してる私の苦労を何だと思ってんのよっ!」
「まあまあ。怒ったって何かが変わるわけじゃないぜ」
「そうですよ、霊夢。
怒ってばかりだと体にも悪いですし。あなたも一緒に食べませんか?」
「霊夢さん。今夜の晩御飯は、泊めていただいているお礼に、私が作ってあげますね」
「そういう気遣いとかいいから!?」
霊夢の抱える心の苦労をガン無視する三人は、好き勝手に居間でくつろぎ、何やらわいわいと騒いでいる。
霊夢はテーブルを叩き割らんばかりに、拳で殴りつけると、「この異常事態を何だと思ってるの!」と叫ぶ。
「異常事態ったってなぁ」
「普通ですよね」
「そうですよ、霊夢さん。
ほら、私たちが書き綴ってきた求聞史紀にも『幻想郷における魔法少女の歴史』がばっちりとカラーで」
「おお、見事な出来だな」
「これは素晴らしい」
「だーかーらぁっ!」
霊夢はばしばしとテーブルを叩きつつ、セリフを続ける。
手の痛みか、はたまた心の痛みか。ちょっぴり涙目である。
「私は今回の一件、徹底的に傍観者になることに決めたの! って言うか、関わりあいにならないことにしたの!
その私の世界に入り込んでくんなっ!」
「また狭量な話だな」
「霊夢。そのように心が狭いままでは、よい巫女にはなれませんよ」
「霊夢さん。昔から、世の中、長いものには巻かれろという言葉がありまして」
「うわダメだこいつらっ!」
どんだけ怒ろうとも怒鳴ろうとも、それを柳の枝のようにひょいひょい受け流す奴らを相手にしてしまうと、さしもの霊夢でもどうしようもない。
と言うか、普段、そんな風にして世の中渡ってきているのが彼女なのである。
自分のこの手法が、世の中、生きていくに当たって特に有効だとわかっているから、ある意味で、目の前の相手はなおたちが悪いのであった。
「もうそろそろだろ? 大激突。
お前ら、見に行くのか?」
「わたしはちょっと。
爆風一発で人生終わりかねないですから、ここでのんびりしています」
「私はどうしましょうか。ちょっと悩んでるんですよ。
せっかくの世紀の大激突ですから。古来より、こうした勝負をしっかりと見届けるのも仙人の役目ですし」
「足下にいたらやばそうだしなー」
「まとめて潰されて来いお前ら」
霊夢のツッコミ何のその。
三人は、霊夢には理解できない話でわいわい騒ぎ、実に楽しそうだ。
そして霊夢はというと、もうこいつらに何言っても無駄だと判断したのか、その場に背を向け、自室に引きこもってしまった。
実に単純明快かつ有効な現実逃避である。
「霊夢はメンタル弱いなー」
「ですねー」
「困ったもんです」
そんなことを言った三人が、次の瞬間、居間ごと夢想封印で吹き飛ばされるところまでが博麗神社の日常であった。
―五日目 午後21:00 紅魔館―
「パチュリー様。お休みになられないのですか?」
「休む? ……ふふふ、何を言っているのかしら。小悪魔。今の私はエナジー全開ノンストップフルスロットルモードよ!」
ここ数日、寝ずの作業を行っているため、脳内物質の分泌がやばいことになっている魔女が不敵な笑みと共に宣言する。
小悪魔は、その彼女に見えないように『はぁ~……』とため息をついた。
「明後日が世紀の決戦。
それまでに、私は、なんとしてでも用意を終えなくてはいけないわ」
「……左様ですか」
「寝るなどという行為は時間の無駄よ。
第一、一日は24時間しかないのに8時間も寝て過ごしているということは、すなわち、人生の3分の1は寝ているということになるわ。
それだけの時間を、もっと有意義に使ってみなさい。きっと人生はもっと充実するはずよ」
「目の下やばい人にそんなこと言われても……」
さすがに、今度は口に出てしまう。
パチュリーの憔悴たるやすさまじいものがあり、しかし、目だけは生き生きと、そして爛々と輝いていると言うかなり不気味な状態なのだ。
はっきり言って、このままお化け屋敷に行けば、彼女を見た子供が全力で泣き出すこと請け合いの状態なのである。
「今回の私の役目は参謀よ。
つまり、必ず、レミィを勝利に導く必要があるわ。
そのために、たったの一週間では時間が足りない。可能な限り、使える時間を有効に使わなくてはいけないのよ」
「それって屁理屈ですよね……」
「屁理屈であろうと理論が成り立てばそれでいいのよ」
そも、その大元となる前提の理論が破滅的に破綻している場合はどうしたらいいのだろうと小悪魔は思った。
普段のパチュリーならば、そんなセリフを口にしようものなら、『あなたは何を言っているの』と徹底的に一方的なディベート大会を開いてくれそうな理論を、その本人が口にするような状況なのだ。
はっきり言って、小悪魔は無力である。
「参謀としての、この私の役目――それは、知識の魔女が持つ最大限の知識をこの戦いのために結集し、使用すること。
そのためならば己の健康などなんのその!
それこそが――!」
「てい。」
というわけで、小悪魔は素直に物理攻撃に訴えることにした。
『むきゅ』という悲鳴を上げてその場にぺちゃりと潰れるパチュリー・ノーレッジ。
小悪魔は、彼女を殴り倒した本(全500ページ。金属で表紙を補強済み)をどこへともなくしまうと、目を回しているパチュリーを担いで、早々にその場を後にする。
「……ほんとにもう。
そんな調子で、いざ本番で倒れたら、困るのは皆さんなんですよ」
実に相手のことを思いやる、優しいセリフであった。
その前の行動が、鈍器で相手を殴り倒すと言う手段でなければ、小悪魔の想いは永遠の美談として紅魔館で語り継がれていただろう。
「だけど……」
小悪魔は、そこで足を止める。
振り向いた先――パチュリーが何やら企んでいた空間を見て、彼女は首をかしげる。
「何しようっていうんだろう……」
そこには、巨大な、魔力を放つ石が浮かんでいる。
その数は、優に12個。
いずれも猛烈な量の魔力を秘めているのは一目瞭然であり、もし、暴走などしたら、それ一つで半径数百メートルがクレーターになるであろうというほどの物体だ。
そんなものをダース単位で用意しているということは、恐らくは、パチュリーは、小悪魔の考えなど及びもつかないようなことを企んでいるのだろう。
それがろくなことにならないだろうと予測できてしまって、彼女は何だか悲しくなった。
「どうしたもんだか……」
一応、小悪魔も、パチュリーのノリに付き合ってそれを楽しむ程度の甲斐性は持っている。
しかし、その許容量をぶっちぎられると、もうどうしようもなくなってしまうのもまた事実だった。
そんな時、パチュリーを止めてくれるのは、この館の中では大抵が咲夜の役割なのだが、あの彼女も特定の方向にかけてはブレーキを持ってない類の人間だ。そして、今回は、それとパチュリーの全力が色んな意味で見事にかみ合ってしまい、かくて、ストッパーのいない紅魔館が出来上がってしまっているのである。
誰かがどうにかしないと、多分、この先えらいことになるだろう――そう予測は出来てもどうしようもないこの現実。
「……ほんと、どうしよ」
小悪魔としては、そうつぶやくしか出来ないのであった。
――そして。
「お嬢様」
「何かしら。咲夜」
「明日に、予定の日が迫ってきました」
「そのようね」
無意味に屋根の上に上り、空を見上げていたレミリアの下へ、咲夜がやってくる。
深々とこうべを垂れる彼女に、レミリアはカリスマを放ちながら(と、自分では思っている)答える。
「今回の戦いは、決して負けられない――それでいいかしら?」
「はい」
「ふふふ……腕がなるわね。
相手がどれほどの強敵であろうと、打ち破ってきた、このレミリアの吸血鬼としての血が騒ぐわ」
唇の端を吊り上げ、にやりと笑う彼女。
それを斜め45度の角度で後ろに振り返りやってのけるのだから、普段のレミリアよりは遥かにカリスマに満ちている笑顔であった。なお、あくまで『注:当社比』なことにはご留意されたい。
「お嬢様。私を含め、紅魔館のメイド全てが、全力を挙げてお嬢様をサポートいたします」
「ええ。頼むわね。頼りにしているわ」
「はい。
お嬢様こそ、幻想郷の魔法少女としてふさわしい――それを、命蓮寺の者達に思い知らせる必要があります」
「そう。
もっとも、それ以前に、このレミリアに刃向かうようなことをしてきた――その思い上がりを叩きのめす必要があるわね」
幻想郷において、己が『最強』である証として。
自信と威厳を放ちながら言う彼女は、「楽しい一日になりそうだわ」と笑う。
「ただ、お嬢様。一言、よろしいでしょうか」
「ええ。何かしら」
「同じ時代に二人の魔法少女が存在する――それは、かつての歴史の中では、特段、珍しいものではありませんでした」
「そう」
「無論、両者の間には戦いがあり、その時代その時代の魔法少女を決めていったことは言うまでもありません。
しかし、お嬢様。『昨日の敵は今日の友』と言う言葉がございます」
「そうね」
「それだけを、ご了解ください」
「あなたも甘いわね、咲夜」
ふぅ、とレミリアは肩から力を抜いた。
彼女は振り返ると、咲夜の元に歩いていく。頭を下げたままの咲夜の前で足を止めると、「そんなことはわかっているわ」と、ただ一言、答えた。
「お嬢様……」
「わたしの力が騒いでいる……。今回の戦い、決して、普通には終わらない、と」
「……はい」
「ならば、どのようなことになろうとも、それに相対し、打ち負かす力が必要だわ。
それでいい?」
「はい」
「そう。
それなら、明日のために、明日一日、全力を出せるように、今日は早く休むように」
「畏まりました」
「わたしも、もう寝ることにするわ」
現在の時刻は、空を見てもわかるとおり、吸血鬼が絶好調で活躍する時間帯である。
にも拘わらず、お嬢様は眠たそうにあくびをすると、そのままふわふわふらふらと館の中へ戻っていく。どうやら、携えていたカリスマが売り切れになったらしい。
その愛らしい後ろ姿を見送ってから、咲夜もまた、館の中へと。
その途中、彼女は空を見上げた。
「……何かが起こる、か。
確かに、何が起きても不思議ではない空の色ね」
彼女はそうつぶやき、そっと、音を立てないように窓を閉めたのだった。
「聖。お呼びですか」
「ええ。
星、今夜の空は、何やら不吉な色をしていますね」
「……はい」
深夜。
白蓮の寝室に呼ばれた星は、窓から空を眺める彼女の言葉に同意した。
いくつもの星が輝く夜。
普通なら、それは見事な星空と表現することが出来るだろう。
しかし、その星の輝きには奇妙なものが混じっている。
そう。まるで――、
「……凶兆」
「聖。まさか北斗七星を……!?」
「いいえ。それは大丈夫です」
「それはよかった」
どこからか『テーレッテー』なる音楽が聞こえたような気がしたが、それは気のせいであった。
胸をなでおろす星。
「私は、星。この戦い、決して、普通に終わることはないであろうと思っています」
「……その真意は?」
「ただ、お互いの勝敗を決するだけではないということです。
もっと大きな何かが――そう、誰も予測していなかったような何かが起きると思っています」
彼女の視線は、ただ、空に向かっている。
星は気ままに輝き、何も答えない。
答えのない答えを受け止める白蓮は、やがて、その視線を星へと向ける。
「星。
もし、この戦いで何かが起きたら――」
「それに対峙すべく、全力で立ち回ります。それはお約束いたします」
「ありがとう。
恐らく、それは、私でも対処が難しいと思っています。何せ、誰も想像していないのですから」
「……しかし、一体、どのようなことが起きるのでしょうか」
「わかりません。
古来より連綿と続く、このような『儀式』の中で、こうした不安が生まれたことは一度や二度ではないでしょう。
そのたびに、彼ら、彼女らはどうやって乗り越えてきたのか。
先人の智慧に学びたくなります」
「賢きものは歴史に学ぶ、とはよく言ったものです」
それは、同じ過ちを繰り返さないための戒めであった。
そして同時に、それを乗り越えるための手段を教えてくれる『可能性』でもある。
二人はそれにすがることが出来ない。過去の歴史を知らないからだ。
幻想郷において、まだまだ自分たちは新参である――そのような意識が、よもやこのような形で、自分たちの邪魔をしてくるとは、さすがの白蓮でも考えていなかった。
「……ですが、何とかなるでしょう」
「はい」
「『絶対に大丈夫』というのは最強の魔法であると聞いています」
「はい」
「大丈夫です。星。私たちは」
「ええ。聖。
頑張りましょう」
「そうですね」
二人は互いに笑うと、そっと、視線を伏せた。
そうして、星はその場を辞し、白蓮は静寂の中に座り続ける。
その唇から、小さな吐息が漏れるのは、それから少し後のことであった。
―七日目―
「これは、壮観な眺めね」
「はい」
紅魔館の二階テラスから見下ろせば、そこには紅魔館に仕えるメイド達がずらりと勢ぞろいしている光景がある。
無論、館の庭だけでは収まりきらないため、門の外にも彼女たちは立ち尽くす。
それこそまさに、紅い館の周囲がメイド達で埋め尽くされているのではないかと錯覚するほどの光景であった。
「……っていうか、どこにこんなにたくさんのメイド達が……」
「……私もそこまでは」
メイド達の整列を行っていた美鈴は、ふと、ぽつりとつぶやき、名簿片手に点呼を取っていた小悪魔も、その言葉に顔を引きつらせる。
何せ、知らない名前が名簿にはずらりと並んでいるのだ。おまけに、何年もここで働いているというのに初めて見た顔も一人や二人ではない。
「紅魔館では、年間、10人から20人のメイドを採用しておりますから。
何年、何十年、何百年と行っていれば、自然、このような数に」
「紅魔館ではお嬢様の、かつてはお館様の方針により、『素晴らしい労働環境を提供する』のがモットーです。
そのため、途中で退職される方がほとんどいらっしゃらないのですよ」
「素晴らしいですわ。定年まで、こうして平和に勤め、お仕事に専念できる……わたくし達は、本当に素敵な職場に就職することが出来ました」
「……あー、そういうからくりが……」
そして、美鈴たちよりも遥かに昔から、この館に仕えるベテランメイド達の発言により、真実が明らかになる。
咲夜が館を改造して、やたら広くする前までは一体どうやって、この人数をさばいていたのかという疑問点については聞いてはいけない真実なのだろう。
ちなみに、最近では紅魔館の労働環境がさらに改善され、基本給アップと共に休日が三日も増えたらしい。
なお、ほぼ無制限の寿命を持つ妖精の『定年』がどこにあるのかは不明であった。
「それでは、お嬢様。お願いします」
「任せなさい。
……ところで、フランは?」
「フランドール様は、ただいま、お洋服のお着替えの最中です。
あと、パチュリー様はここに残ることになっております」
「あら、そうなの」
レミリアはテラスに用意された壇の上に上がると、咲夜から渡されたマイク(パチュリー製)を手に取った。
『メイド一同諸君! これより始まる、紅魔館の威信をかけた戦いに己の身を投じてくれることを誓ってくれた同士諸君!
誠に大儀である! そして、わたし、レミリア・スカーレットは、諸君らに心よりの謝辞を述べる!』
片手に持ったカンペ(作成:十六夜咲夜)をちらちら見ながら始まる、お嬢様の演説。
それを聞くメイド達は、皆、直立不動でその場に立ち尽くし、その視線をレミリアにまっすぐ向けている。
美鈴たちも、とりあえず、今、自分たちを取り巻く事態についてはさておいて、レミリアのほうへと体を向けていた。
『諸君! 諸君らは騎士である! スカーレットの名の下に集いし、信義と忠誠をその胸に抱く、誇り高き紅の騎士である!
諸君らは騎士であるが故に高潔である! 赤の旗を掲げ、紅き衣を身に纏い、この紅の館と共に、その身朽ち果てるまで戦い抜く、真の騎士である!』
「……咲夜さん、これ、どんな顔で原稿書いてたんだろう……」
「あの方、割と漫画とか好きですから」
レミリアが好きそうな感じに単語を選んで作りましたという感じの演説は、確かにレミリアに言わせると『それっぽく』なる演説であった。戦に挑むものの士気を上げ、心を高揚させる内容になっている。
一方、今回の事態について、まだ冷静な一面を持っている美鈴たちからしてみると、ちょっと体がむずがゆくなるような内容でもあった。
『諸君らは誓いと共に戦い抜く騎士である! 諸君らがその胸に抱く、気高き紅の誓いにかなうものは、この幻想郷に存在しない!
故に、高徳なる騎士である諸君らからなるこの紅の騎士団は、負けを知らぬ騎士団である!
諸君らは一騎当千、そして唯一無二の誓いと共に戦い抜く騎士である! 森羅万象より昇華した、紅の意志と共に集った騎士である!
何物をも上回る強き心を持った諸君に負けはない!
土にまみれ、その誇り高き意志が屈辱にまみれることなどありえない!
偉大なる紅の志の下に集いし諸君らは、その一人一人が紅き英雄である!』
その演説に、さすがの美鈴も『おおー……!』と内心で驚かずにはいられなかった。
ただでさえ高い士気、そして厚き結束が、レミリアの名の下にさらに高まっていくのを感じる。それは間違いなく、空気と雰囲気の変化だ。それを敏感に感じ取る美鈴は『お嬢様もなかなかやるもんだなぁ』と、素直に驚いていた。
普段はどう見てもかわいらしいだけの紅魔館名物マスコットのお嬢様も、やる時にはやる子なのである。
『さあ、英雄たちよ! 誇り高き紅の騎士たちよ!
今こそ出陣の時である! 己が仕える紅の館に誓う忠節と共に、その手の紅の剣を振るい、紅の御旗をかざすのだ!』
メイド一同が拳を突き上げ『おー!』という声を上げる。
数千人のメイドによるそのときの声は周囲を揺るがせ、震わせ、そして遠くまで響き渡った。
レミリアは彼女たちの様子に満足したのか、小さくうなずき、壇を降りる。
代わりにそこに上がった咲夜が、「第一大隊、出撃!」という声を上げる。
「……始まっちゃいましたねぇ」
「そうですねぇ……」
「ところで、小悪魔さんは……」
「私は補給部隊担当です。頑張ってくださいね」
「……たはは。まぁ、最前線なので、適度に頑張ります」
そして、その第一大隊を率いる美鈴は、『何だかんだで、お嬢様のやることなすことに全力になっちゃうのが、うちらの悪い癖なのかもね』と苦笑して空へと舞い上がる。
彼女に続き、次々にメイド達が空に舞い上がる光景は、まさに見事な眺めであった。
なお、そんな状態にあっても、紅魔館は通常営業中のため、お仕事&接客のためのメイド達は館に残り、『いってらっしゃ~い』と手を振っていたりする。
「……メイド、増えてないかしら?」
その当たり前の光景を見て、つと、咲夜はつぶやいたのだった。
「村紗」
「聞こえてる。
おはよう、一輪」
「あなた、ここで寝てたの?」
「まぁね~」
ブリッジの椅子の上で大きなあくびをしてから、村紗は身を起こす。
やってきた一輪を一瞥してから、『いよいよじゃない』と彼女は不敵に笑った。
「姐さんたちもすぐに来るわ」
「だろうね。
片付けとかは?」
「もうとっくに。
っていうか、この後、盛大に片付けだの何だの色々あるんだから。手伝いなさいよ」
「わかってるって」
彼女はそういうと、どこから取り出したのか、一枚の上着を羽織った。
一輪は彼女を一瞥すると、『そうやってると、威厳のある艦長って感じなんだけどね』と苦笑する。
帽子を目深にかぶり、衣装を調えた村紗はブリッジを静かに見渡した。
「さて――」
ドアが開き、命蓮寺の面々がやってくる。
このブリッジに入ることが初めてである響子やマミゾウが、何やら声を上げて辺りをきょろきょろする。
そんな中、村紗は一同を睥睨すると、言った。
「この聖輦船における艦長は私です。故に、あなた達は全員、私の指示に、必ず従うことを確約しなさい!」
自分より目上である白蓮にすらその言葉だ。
だが、白蓮は何も言わない。それどころか、率先して『畏まりました』と一礼する。
「各員! 持ち場につけ!」
艦内に鳴り響く警報。
鋭く飛ぶ村紗の指示に従って、率先して、白蓮が己の席に着く。彼女に倣う形で、それぞれがそれぞれの席に腰を落ち着けたところで、村紗は宣言した。
「聖輦船、発進!」
それはまさしく、目を疑う光景だった。
朝。静かな世界が広がるそこに、突如として轟音が響き渡る。
眠っていた動物たちは叩き起こされ、事態を理解する前に、音の源から逃げようと一目散に走り出す。
虫たちは己のネットワークに必死に警報を鳴らしながらそこから逃げ出し、全ての生き物が離れていく中、その建物が動き出す。
全身を震わせ、大地を巻き上げながら空へと舞い上がる寺。
その途中で『ごごごごごご!』だのといった音を立てながら変形するお寺の姿は、まさに威容であった。
空に舞い上がる聖輦船。
巨大な船体を遺憾なく幻想郷の空にさらしたそれが、船首をまっすぐに紅魔館へと向ける。
「聖輦船、目標高度まで上昇中」
「各計器に異常なし。各部損傷、破損、不具合の報告もなし」
船のオペレーターを務める星とナズーリンが、手元の計器に映し出される文字を見ながら村紗へと報告を行う。
先ほどまで暗闇に包まれていたブリッジは、周囲の窓を覆うシャッターが開かれたことで、朝の光に満たされている。
青空に向かって、船は徐々に上昇を続ける。船体を揺るがしながら、やがて、目標高度に到達した聖輦船は、その背後のブースターを点火させる。
「これはまた大したおもちゃじゃのぅ」
「マミゾウさん、『おもちゃ』じゃないわ。
聖輦船は無敵の戦艦。そして、幻想郷で最強の『力』よ」
「う~む。
確かに、これほどのものとひと悶着起こすとなると、冗談ではなく尻尾を巻いて退散したくなるわ」
こうしたテクノロジーに関して、詳しくもないが無知であるわけでもないマミゾウが、なにやら感心しながらうなずいた。
その横顔は、それほどの奴の相手をしなければいけない紅魔館と言うものに、何やら、わずかに憐憫の情でも抱いているかのようでもある。
「全武装の確認を急いで。一箇所でも動かないところがあれば、そこが穴になる」
「了解。
ちょっと待ってくれ」
「メンテナンスは終わっているとはいえ、油断は禁物――でしたかしら? 船長さん」
「そうね。
わかってるじゃない、一輪」
「……はぁ」
「一輪、君の気持ちはよぉぉぉぉっくわかるぞ……」
もう始まってしまったのだからどうしようもない。
そんなぐだぐだな気持ちながら、しかし、友人のために少しは尽くしてやらないとという、ある種の自己犠牲精神を発揮している一輪はため息をつき、ナズーリンが共に肩を落とす。
「紅魔館まで、およそ1時間ほどの道のりになります」
「了解。
それじゃ、その間に、今回の戦闘における作戦を説明します」
星の報告を受けてから、村紗は前方のスクリーンを指差す。
画面が移り変わり、そこに、赤い丸や青い三角などが表示された、簡易な地図が映し出された。
「我々がこれ」
青い三角を示す村紗。
「紅魔館がこれ」
赤い丸を示す。
両者の距離は徐々に近づき、戦場となる場所に辿り着いたと思われた瞬間、点滅を始める。
「紅魔館の戦力の説明をします。
まずは館主、レミリア・スカーレット。そして、それに付き従う近衛部隊、これが30名と言われている。
次に、門番長、紅美鈴。彼女が率いるのが、ぬえの報告によると、突撃部隊。紅魔館の各師団は八つ。そのうち、二つが一個の大隊を形成しています。師団一つの人数が五百名から。そのため、確実な数ではありませんが、彼女は合計で千の部隊を率いてくるはず」
『美鈴』と書かれた文字が、新しく現れた赤い丸の上に点滅する。その彼女の周囲に、赤色の凸型の印が三つ、表れる。
「次に、メイド長、十六夜咲夜。彼女は援護・砲撃部隊を率いている――そうね? ぬえ」
「一応、忍び込んで話を聞いた限りによるとね」
「……あんた、どうやってそれを?」
「フランドールに聞いてきた」
ちなみに、ぬえとフランドールは互いにとても仲がいい。
その友情は、このような事態で壊れるようなこともなく、そして、紅魔館謹製丸秘情報であろうとも、フランドールには関係ないということだ。
要するに、フランドールの口に戸は立てられないのである。
「これも合計で千人。これが突撃部隊を後ろから援護する」
『咲夜』と書かれた文字が、また赤い丸の上に現れる。
「続いて、偵察部隊。これを率いているのは、今のところ、ななしのメイドであると言われている。
人数は五百名。これほどの人数がいては偵察も何もないとは思われるだろうけど、彼女たちの本来の役目はもう一つあって、戦闘時に百名ずつの中隊にわかれ、突撃部隊とは別に、敵を取り囲み、時間差で攻撃を仕掛ける遊撃部隊」
それを示す赤丸が、聖輦船を囲む形で五つ、配置される。
「砲撃部隊の後ろに補給部隊。これを率いるのは、図書館の、小悪魔と呼ばれる下級悪魔」
「あら、小悪魔さん? 魔界神さまによくお名前を聞いていたわ。何でも、幻想郷に出てくる前は、お一人で広大な農園を管理されていて、美味しいお野菜やお米を作っていたそうよ」
「……えーっと」
「……農家の人が何で司書やってんのよ……?」
「んなこと聞かないでよ……」
斜め上どころか360度反転した別世界に向かって地獄車かます白蓮の発言に、ブリッジの雰囲気は一気に微妙なものになった。
「……こほん。
ま、まぁ、この補給部隊にはほとんど攻撃能力はないわ。
戦争の基本は補給路を断つことなんだけど、今回はそれほど、大きな影響力はないと思われるから。
だけど、いざと言う時のことも考えると、これも当然、潰す必要がある」
『小悪魔』と書かれた赤丸が、戦場からだいぶ離れたところに現れる。
「これが、紅魔館の、我々への攻撃の布陣と思われる」
聖輦船に正対する位置に突撃部隊、その後ろに、両翼にわかれる形で配置される砲撃部隊、そして、聖輦船の周囲を囲む遊撃部隊。
それは、数に物をいわせる人海戦術と表現することが出来るだろう。
だが、同時に、相対するものを一人残らず徹底的に粉砕する包囲作戦と言うことも出来る。
「今回、この遊撃部隊は聖輦船の砲撃が散らします。
先日の邂逅の際、紅魔館のメイドは小隊長クラスは全く侮れる相手ではないということが判明しました。
しかし、それも、聖輦船の本気を知らないからのこと。今回、聖輦船の砲撃をかいくぐって接近してこられるのは、遊撃部隊に所属するメイドのうち、一割もいないはずです。
接近してきたメイドの攻撃は無視します。彼女たちの攻撃程度なら、ダメージを受けても補修する方が早いからです」
村紗は手元で何やらコンソールのようなものを操作しながら一同に説明する。
彼女の指の動きに従って、前方のスクリーンの映像が切り替わり、『聖輦船』という文字が光を放つと、それを囲む遊撃部隊の表示が消滅していく。
「次に、突撃部隊。
この中で最も注意するべきは隊長の美鈴。彼女には恐らく、聖輦船の砲撃は通用しないでしょう。彼女が直接突撃してくるのか、それとも他の者たちの援護をするのかで動きを見極めます。
彼女が突撃してくるようなら、一輪。よろしくね」
「はいはい」
「彼女が他の味方を援護するようなら、砲撃をばらまきつつ、徐々に前に出ることで突撃部隊を押し返します。
さらに砲撃部隊への対処。
恐らく、聖輦船にもダメージを与えられる攻撃をしてくるはずです。
彼女たちはこちらの攻撃の射程外に位置し、そこから攻撃してくるでしょう。これについては防御行動を行いつつ、反撃を行います。
その際、彼女たちへの攻撃は、ぬえ。お前のベントラーに任せる」
「はいはーい」
「また、敵が接近してきた時用のベントラーも用意していて」
「用意できるのは、せいぜい、300とか400くらいだけど」
手持ちの『正体不明の種』がそれくらいしかないのだ、とぬえ。
それなら問題ない、と村紗はうなずく。
「万一のために、マミゾウさんはぬえの援護に回ってください」
「となると、わしの実質的な相手は、その砲撃部隊のおなごになるのかの?」
「ええ」
「ふむ。ならば、弱いものいじめにならぬようにせんとのぅ」
たとえ妖精といえども、数がいれば。そして、それなりの訓練をつんでいれば、決して油断できない相手のはずだ。
にも拘わらず、その相手を『弱いもの』と言い切ったマミゾウに、村紗は『さすがね』と内心でつぶやいた。
彼女一人いれば、恐らくではあるが、この砲撃部隊を壊滅させることも可能だろう。まさに一騎当千である。
「ベントラー部隊は、100を聖輦船の警備に。残りを砲撃部隊への攻撃に回して。
補給部隊が前線に合流してくるようだったら、そのうちの半分を足止めに」
「わかった」
「響子は、接近してきた敵の露払いよ」
「え? は、はいです、わかりました」
「あなたの能力は、聖輦船にとって、とても役に立つ」
よろしくね、と笑いかける村紗に、何か本能的なものを感じたのか、響子は背筋をびくっとすくませ、こそこそと白蓮の陰に隠れてしまった。
「また、この中で注意すべきが、自由行動すると思われる、フランドール・スカーレット。
これは厄介だわ。能力で言えばマミゾウさんにも匹敵する化け物よ」
『フランドール』と書かれた赤丸が画面に現れ、辺りを好き勝手に動き回り始める。
「聖輦船の砲撃ではこれを止められない。いざと言う時には、私か星、手が空いているようなら一輪が出て足止めをする」
「同時に接近されたら?」
「その時は適材適所。
メイド長は前に出てくることはないだろうから、接近を警戒するなら、レミリア、フランドール、美鈴の3人でしょうね」
そのうち、レミリアの相手は白蓮がすることに決定している。それは誰も口に出さない。誰もがわかっている、『当たり前』のことだからだ。
「最終目標はレミリアの撃墜よ。それで勝利はこちらのもの」
「船長。主砲は使わないのか?」
「状況次第ね。
こちらが押されてくるようなら、示威行動に出る必要がある。その際の目標は紅魔館よ」
「なるほどな」
「意外ね。いきなり主砲ぶっ放すもんだとばっかり思ってたけど」
「だって、それだと、大暴れできないじゃない」
「……」
ちょっぴり村紗を見直していたところがあったのだろう一輪は、彼女のその一言で、村紗の評価を地底に放り込んだ。
「村紗殿、それが油断にならぬようにせんとのぅ」
「まぁ、そうなんですけどね。
……っていうか、紅魔館って、今日、通常営業中ってあったのよ」
「あー……なるほど……」
「さすがに一般人もまとめて吹っ飛ばすのは、ちょっと気が引けるわ」
「ちょっとなんかい」
「それに、あそこ吹き飛ばすと、紅魔館提供のお菓子とか食事とか食べられなくなりそうだしね」
「それは困ります、村紗」
「そうだよ! それはひどいよ、村紗!」
「……ほら」
「……」
何だか、先ほどまでの緊迫した空気台無しであった。
ある意味では、こんな風に、『緊張感』と言うものから無用であるのが幻想郷らしい『戦』なのかもしれない。
しかし、それにしたって、状況的に言うのならば『空気読め』であった。
村紗の予定を根本から台無しにした、『どんな時であろうとも笑顔でお客様をお迎えする』紅魔館の営業方針は大したものであった。
「まぁ、そんな感じ。
あとはアドリブで何とかしましょう」
「ちょっと。重要なところ全部すっとぱしてない?」
「大まかな作戦、そして、敵の動きを想定したら、あとは実際にやってみないとわからない。
相手がどんな行動をしてくるか、どんな作戦を立ててくるかなんて、戦ってみないとね」
「……いいんでしょうか、これで」
「いいでしょう。充分です」
白蓮からもオーケーが出てしまったことで、一輪は口をつぐむことにした。
やれやれ、という意思表示だけは忘れずに。
「船長。前方に、紅魔館の部隊が見えてきました」
「さすがの数ね」
「彼女たちから、先日、連絡のあった『戦場』ももう少しですね」
「なら、なるべく急いであげましょうか。
誰を敵に回したのかを教えてあげるために、ね」
村紗の口許に危険な笑みが浮かぶ。
それを一瞥し、星は真面目な顔をさらに一層、引き締めてうなずいた。
――船がゆっくりと加速していく。
青空を切り裂き、進んでいく鋼鉄の戦艦。その威容は、幻想郷を震わせる――。
――第四章:開戦――
「美鈴さま。先行する偵察部隊より、聖輦船がこちらに向かっているとの報告がありました」
「了解。
パチュリー様から指示されている交戦地点まで移動する。全部隊に通達して」
「はっ」
巨大な編隊を組んで空を行く紅魔館部隊。
その先頭――突撃部隊を指揮する美鈴は、伝令役のメイドにそれを伝え、飛行する速度を上げた。
今回、戦いの場所としてパチュリーが指示してきたのは、紅魔館から東に1時間ほど飛んだところにある開けた空間である。
周囲には人里などはなく、また、森や山などといった自然とも距離が離れた、まさしく『決闘場』と言わんばかりの場所だ。
曰く、『いくらルール無用の戦いとはいえ、回りに出す被害は最小限にしないといけないでしょ。魔法少女的な意味で』
ということらしい。
最後の一言がなければ『なるほど』とうなずけるセリフであったが、余計な一言が追加されたせいで、美鈴は『いやそれどういう意味ですか』という言葉を喉元のところで飲み込んでいたりする。
「……にしても、けが人出ないで終わるのかな、これ」
はぁ、とため息。
なるべくなら、連れてきたもの達に痛い思いはさせたくないと願う美鈴は、やはりみんなから慕われる上司である。
それはともあれ、一同は飛行を続け、予定の地点へと到達する。
開けた空の上。
そこに展開する無数のメイド達というのはそれだけで圧巻の光景であった。
「ここに陣形を展開する。
各員に、予定の地点につくように指示をして」
「はい」
「美鈴さま! 聖輦船との距離が、あと1500メートルほどにまで近づいているとの報告!」
「速いな……。でかいから足が遅いと思ったけど……」
「何でも『待ち合わせ時刻には5分前到着がルール』というアナウンスをもらったそうで」
「律儀だなー……」
その辺り、さすがは白蓮であった。
ともあれ、一同は、そのせいでより忙しくなる。
事前に指示されている陣形を展開すべく、小隊長を基準として指示を出していくわけなのだが、やはりなかなかうまくはいかない。
何せ、これが初めての実戦というものまで混じっているのだ。
そういうもの達は残ってもいいというレミリアの言葉だったのだが、『皆さんが戦いに出るのに、わたしだけ残るなんて出来ません』と言う回答がなされたとか。
紅魔館のメイド達の結束は、誠、強いものであった。
「美鈴」
「はい」
その時、遅れて第二部隊を率いてきた咲夜が美鈴に合流する。
彼女が指揮をする第二部隊は後方に控える、援護・砲撃部隊である。その証拠に、彼女はすでに部隊の布陣を終えているのか、後ろを見ると、遥か彼方にメイド達が展開しているのが見える。
「相手はかなり手ごわいわよ。いいわね?」
「もちろんです」
「そう。
じゃあ、私、お嬢様のお着替えをしてくるわね」
「……あのまんまでいいじゃないですか」
「何を言ってるの。魔法少女といえば、かわいらしいふりふりのお洋服が基本じゃない」
「……あー、そーですか」
もう好きにして、と言わんばかりの美鈴を無視して、声をかけてきたメイド長は一方的に言いたいことを言って去っていった。
肩を落とす美鈴に、『門番長、頑張りましょう』『これが終わったら、門番隊みんなで美味しいお酒を飲みに行くんですよね。お店の予約もしてますよ』と、彼女直属の部下達が慰めに入った。
ちなみにその後、やおら回ってきた『今日のお嬢様』と書かれた写真を見た門番隊一同は、やっぱり美鈴と一緒にそろって肩を落としていたりする。
『今回のお嬢様達は、ちょっと悪そうなゴスロリ衣装でまとめてみました』
と書かれた写真には、かわいらしい、だけどちょっといたずらっ子な印象のレミリアとフランドールがびしっとポーズを決めて写っていた。
「美鈴さま! 聖輦船を確認!」
――とりあえず、そんな微妙な雰囲気に終止符が打たれたのは、それから5分後のことだ。
前方で偵察を行っているメイド達が声を張り上げる。
そちらに視線を向ければ、確かに、幻想郷の青空に浮かぶ異様な物体が見える。
巨大な戦艦。それがゆっくりと、しかし確実にこちらに向かって迫ってくる。
自然、体が緊張する。呼吸すら止めていたことに気づいた美鈴は、ふぅ、と息を吐いて、肩から力を抜く。
そして、彼女と同じように聖輦船を前に目を見開いていた部下の肩を、軽く、ぽん、と叩いた。
「さすがですね。もう皆さん、そろっているようです」
白蓮は、ブリッジの前方ディスプレイに映し出される映像を見て感心したようにうなずいた。
命蓮寺一同の中で、早速、ぬえが自分の席から立ち上がる。うきうきしたような足取りでブリッジを去っていく彼女を追いかける形で、マミゾウと響子が続いた。
「さて、この聖輦船の力、存分に見せてあげないとね」
「村紗艦長、期待していますよ」
「やめてよ、星。わたしはいつも通りに振舞うだけなんだから」
「……そのいつも通りが、本当にいつも通りの船長だったらよかったんだけどな」
「……ナズーリン。言っちゃダメよ」
「……もう勘弁してくれ帰してくれ……」
「……死なばもろとも」
ブリッジ前方で疲れきっている二人は互いにお互いを慰めあい、今日のこの日を乗り切れば、またいつもの日常がやってくると言う、そんな淡い希望だけを糧に戦いに臨むことを確認しあう。
「それでは、聖。
必要ないとは思いますが、一応、勧告をお願いします」
「わかりました」
渡されるマイク。
彼女はそれを手に口を開く。
『聞こえますか? 紅魔館の皆さん。
私の名前は聖白蓮。命蓮寺の住職です。本日はお日柄もよく、絶好のお散歩日和ですね。こんなにいい天気の日はお洗濯物がとてもよく乾きます。お布団などもお日様の光を受けてふんわり膨らんで、思わず寝るのが楽しみになってしまいますね。
あ、そうそう。聞いてください。
実は先日、命蓮寺で行っておりましたお茶会への出席者が通算100名を超えまして。どの方にもとても喜んでいただけて何よりです。皆さんも今度、いかがでしょうか? 美味しい和菓子を……え? 何? 村紗。え? 違う? あら、そうだったかしら……。
あ、ごめんなさい。こっちが正しい原稿ね。
すみません、皆さん。今のはなかったことにしてください』
「……ダメだこりゃ」
聖輦船から響いてくる白蓮のアナウンスに、美鈴は思いっきり肩を落とした。
見れば、自分が連れている部下達も同じ様子で、みんなして『どうすんのよ、この微妙な雰囲気……』と言う顔をしている。
『あー、あー、こほん。
前略、これより当命蓮寺はあなた方との戦闘行為を開始します。
そちらがこちらに対して手を抜かないように、こちらも、挑まれた戦いに対しては全力で応戦します。
そのため、どのような結果になろうとも、お互いを恨むことはなしにしましょう。
互いにフェアに、しかし、全力で。
いい勝負が出来ることを期待します』
「何か宣戦布告ってノリじゃないのよね……」
気勢を削がれる美鈴であったが、ともあれ、これで両者の戦闘開始は決定付けられる。
彼女はそれまでのノリを何とか振り払うように何度かかぶりを振った後、『よし』と気合を入れた。
「全員、戦闘態勢を!」
「さあ、見せてあげるわ。聖輦船の真の姿。
聖白蓮! 承認をお願いします!」
猛る気持ち。抑えきれない衝動に、自然、口許に笑みを浮かべていた村紗が自分の後ろの席に座る白蓮に向かって声を張り上げる。
「わかりました。
本要請を承認いたします」
「聖輦船、起動! アームド形態への変形を許可する!」
白蓮の指示。許可。それを受けて、村紗は宣言する。
この幻想郷の空に戦いを刻むことを。そして、それを演出する、無敵の戦艦が顕現することを。
村紗の掛け声が響き渡り、聖輦船が、ついに起動する。
前方の甲板が二つに割れ、ぐるりと回転しながら巨大な足となる。
船の左右側板が分離すると、無数の砲門を携えた巨大な腕となり、後部甲板が変形することで肩・頭が形成される。そして、船の下方からぐるりと回転する巨大な二本の柱が天に向かって突き立ち、ゆっくりと、その体が起き上がってくる。
「……これは……!」
「……すごいですね……」
その光景は、百戦錬磨の紅魔館とはいえ、驚きと戦慄を隠さずにはいられない。
ゆっくりと起き上がる巨人を前に、すでに何名かのメイド達は浮き足立ち、顔色を青くしている。
圧倒的なまでの存在感と、その威容。
それは、文字通り、息を呑む光景であった。
「聖輦船、変形完了」
「さあ、恐怖し、慄きなさい。あなた達が誰にケンカを売ったのか、教えてあげるわ」
村紗は聖輦船のブリッジから豆粒のような紅魔館の『敵』を見据え、笑う。
彼女は帽子のつばを直すと、宣言する。
「全砲門開け! 目標、紅魔館部隊! 砲撃開始ーっ!」
「美鈴さま、来ます!」
「事前の作戦を徹底させなさい! 全隊、攻撃開始!」
聖輦船の全身に生えている無数の砲台が光を放ち、一瞬の後、まさしく針の山のごとく砲撃を放つ。
普段、彼女たちが対峙する弾幕など、まさしく『遊び』にしか思えない凶悪な砲撃であった。
美鈴は部下たちに指示を下し、行動を開始する。
自分の身長よりも遥かに巨大なレーザーの間を縫うようにして飛び、聖輦船へと接近していく。彼女に続くのは、紅魔館の内勤メイドや門番隊の中でも特にエリートとされる面子だ。
それ以外の者たちは、すさまじい砲撃を前に、完全に足が止まっているのだ。
後ろで、そんな彼女たちを小隊長たちが叱咤・激励し、行動を起こすことを促している。だが、目の前の巨人を前に植えつけられた恐怖感など、そう簡単に拭い去ることは出来ないだろう。
美鈴は後ろを見ながら、『まずは、戦力半減か』と小さくつぶやいた。行動を起こせないでいるメイド達が動き出すまで、どれほどの時間がかかるか。そして、そのタイムラグが、今回の戦いにおいてどれくらい自分たちに不利に働くか。
その二つの要素を頭の中で考えながら、しかし、その視線は前を見据える。
「よし、攻撃を!」
放つ攻撃が聖輦船に着弾する。
しかし、そのような攻撃は、巨人にとっては痛くも痒くもない攻撃である。
その巨大な船体に、ぽつんと刻まれた小さな傷。それは、人間で言うならば、蚊が刺した程度の傷に過ぎない。
所詮、人間サイズの妖怪が放つ攻撃など、岩を砕く程度がせいぜい。しかし、聖輦船の攻撃は、一撃一撃が山をも粉砕するのだ。
「美鈴さま、これ以上の接近は不可能です!」
「バルカン砲の誘導を! 足の速い子達に任せて!」
「はい!」
「上空部隊、迎撃用の攻撃に気をつけて!」
「美鈴さま、前っ!」
「甘いっ!」
攻撃の最前線に立ちふさがる美鈴が、その声と同時、自分に向かって飛んできた巨大なエネルギーの塊を拳一発で粉砕する。
そのすさまじさに、その光景を目撃した者達から拍手喝さいが上がる。
「何を喜んでいるの! 急ぎなさい! 早く!」
「も、申し訳……!」
「危ないっ!」
伝令メイドがうろたえた瞬間、攻撃の回避が遅れ、彼女の眼前に聖輦船の攻撃が迫る。
その中で、危険を顧みず飛び込んできた、もう一人のメイドが手にした青い宝石を前にかざした。
攻撃が二人に直撃する瞬間、青い光が前方に分厚い結界を作り出し、聖輦船の攻撃を弾き飛ばす。しかし、衝撃を殺すことは出来ず、二人はそろって後ろに向かって吹き飛ばされる。
「パチュリー様の結界でもこれか……!
さすがにとんでもない相手ね!」
突撃部隊及び伝令・偵察部隊に渡されているパチュリー謹製の結界発生器。あの知識の魔女が作っただけあって効果は絶大であるが、果たして、それにいつまで頼ることが出来るだろう。美鈴の表情に、わずかに焦燥が生まれる。
だが、彼女はそれを振り払うように声を上げ、構えを取った。
その『とんでもない相手』を前に、文字通り、獅子奮迅の活躍をするのが美鈴である。先頭に立って味方を鼓舞し、圧倒的な力を持つ巨人を前に、一歩も引かないその姿は、頼もしいの一言だった。
彼女はその位置取りをすることで、後ろに控える味方に、少しでも攻撃が行かないよう、体を張って砲撃を食い止めているのだ。
飛んでくる巨大なエネルギー砲を爪で引き裂き、弾丸は足で蹴飛ばし、大した威力を持ってない(一撃で半径数十メートルのクレーターを作るくらいの威力はある)攻撃は片手一本で受け止める。
「……美鈴さまって化け物?」
「貴女、美鈴さまが、どうして門番やってるか知らないの?」
「え?」
その光景を見ていたメイドに、年配のメイドが声をかける。
「門番って言うのは、何かがあったとき、真っ先に敵と相対し、それを足止めする役割よ。
半端な実力者が任される役職のわけないでしょ」
彼女はそう言って、後輩の肩を叩くと、『美鈴さま、お手伝いします!』と、聖輦船から放たれる対空バルカンを迎撃していく。
一人、残されたメイドの少女は『……すごいところだなぁ、紅魔館って』と、今更ながら、場違いに納得したのだった。
「さすがは、紅魔館の門を預かる存在ね。
まさか、聖輦船の砲撃を前に、よけようともせずに立ち向かってくるとは思わなかったわ」
聖輦船という巨人を相手にしながら一歩も引かず、立ち向かってくる英傑の姿に感心する村紗。
彼女はその瞳で、しかと『美鈴』という相手を見据えながら、しかし、その唇には小さな笑みを浮かべている。
「船長。敵の攻撃は……」
「そんなもの捨て置きなさい。攻撃を集中されたところで、たかだか砲門が一つ二つ潰されるだけ。
城壁も破壊できない兵器が城攻めのなんの役に立つ?」
相手から加えられる被害は、村紗の言うように軽微なものであった。一応の報告をするナズーリンも、村紗の言葉に『確かにその通りだ』とうなずかざるを得ない。
そして、彼女の報告を一蹴した村紗は、しかし、『あの女に攻撃を集中させなさい』と指示を下す。
美鈴をまず潰し、船の周囲を飛び回る、うるさい『蝿』を追い払うつもりなのだろう。
冷静に。そして冷徹に。
かつて、多くの船を沈めてきた『女』の瞳が光る。
「メイド長。攻撃が始まりました」
「そのようね。
砲撃部隊! 展開を!」
聖輦船の砲撃の外で様子を監視するのは、咲夜率いる後方援護部隊だ。
相手の攻撃の射程外とはいえ、巨大なレーザーを光らせ、美鈴率いる突撃部隊の相手をしている聖輦船を見つめるメイド達の表情は硬い。
「メイド長」
「何?」
「伝令より報告。
さすがの美鈴さま。聖輦船の砲撃を一人でいなしているそうです」
「……そう」
どこかほっとした表情を見せた彼女は、次の瞬間、その顔を引き締め、声を張り上げる。
「敵はこちらの攻撃など蚊の刺すようなものと思っているはずよ!
その思い上がりを叩き直してやるわ! わかっているわね!?」
「はい、メイド長!」
「よし!
全砲撃部隊、構え! 砲撃、放てっ!」
「船長! 前方より高エネルギーの接近を確認! 直撃するぞ!」
「……へぇ」
画面の向こうからこちらに向かって迫ってくる、七色の閃光が聖輦船のあちこちに着弾し、轟音を上げて爆発する。
それは、先ほどまでのメイド達のちまちました攻撃などは比較にならないほどの攻撃だった。
一発で聖輦船の砲門がいくつか潰された上、その分厚い装甲が抉られる。
さらに、それだけでは留まらず、二発目、三発目が次々に聖輦船に直撃する。
「大した威力ね。
村紗、これは想像していたの?」
「まぁ、ね。
相手が城攻めを考えているなら、その城の城壁を崩さないといけない。城壁を崩すのに必要なのは強力な力。
昔だと投石器とかあったけど、今はそんなローテクなものは使わない。
そして、あちらには、魔女と呼ぶにふさわしい魔女がいる」
彼女の視線は白蓮へ。
彼女の示す魔女と同じ、『魔法』を使う彼女は、村紗の視線を受けても反応を示すことはなかった。
村紗は小さく、肩をすくめる。
「なら、その魔女の力を借りてくるのは当然でしょ?」
「確かにね」
「何をほのぼのしてるんだ、船長! 聖輦船のダメージが大きくなるぞ!」
会話をしている間も、紅魔館側からの砲撃は続く。
次から次へと聖輦船のあちこちで爆発の花が花開き、振動がブリッジにも伝わってくる。
ナズーリンの言葉に、しかし、村紗は全くうろたえない。
「ナズーリン。あなた、この船がその程度のことで揺らぐような船だと思ってる?」
「それは……」
「こちらは攻撃をよけることが出来ない。分厚い装甲に任せて、攻撃を受け続けるだけの『でかい的』。
そう思っているのがよくわかる攻撃ね」
彼女は笑っていた。
余裕の笑みを浮かべ、自分の席から立ち上がろうともせず、あろうことか足すら組んでいた。
その笑みを深く、鋭くした彼女は、『ちょっと思い知らせてあげましょうか』とつぶやく。
「自分たちが、いかに無力な存在であるかをね」
「さすが、パチュリー様の道具ね」
砲撃を担当するメイド達が持っているのは、彼女たちの身長よりも巨大なバズーカ砲だ。
これを作ったパチュリー曰く、『周囲の魔力を収束・蓄積させた後、三重の増加・加速システムを経て放出する魔力砲よ』とのこと。
あまりよくわからない解説ではあったが、その威力は『魔理沙のマスタースパーク10発分には匹敵する』とのことだ。
あの虹色怪光線の威力は、紅魔館のメイドなら誰もが知っている。
それを、手元の引き鉄を引くだけで連射できてしまうのだから、パチュリーの技術力と知識には恐れ入ると言うものである。
「攻撃のエネルギーが尽きたらすぐに後ろに下がりなさい! 下がった分は他の子が埋めること!
それから、可能な限り、敵の砲門を狙いなさい! 少しでも前方部隊の負担を軽くするのよ!」
「わかりました、メイド長!」
威勢のいい返事をしたメイドが、バズーカに備え付けられたターゲットサイトを覗き込みながらトリガーを引く。
放たれる閃光は、そのまま聖輦船に向かい――直後、その船体で炸裂するはずが、その期待は裏切られる。
船に届くかなり前で、彼女の放った閃光は、左右に流れるようにして吹き散らされた。
それだけではない。彼女たちの攻撃にあわせるかのように、聖輦船の周囲で光が煌き、攻撃を弾いているのだ。
「あれは……まさか、バリアー!?」
声を上げる咲夜が、隣に控える伝令のメイドから遠距離用のスコープを受け取り、それを覗き込む。
メイド達の砲撃が放たれるたび、聖輦船の前方に現れる光の壁。それが、こちらの攻撃にあわせるようにして忙しく動き回り、次から次へと砲撃を受け止めている光景があった。
「……ちっ。
やはり、そう簡単には沈んでくれそうにないわね!」
咲夜の声が、その場に響き渡る。
「どうかしら。聖輦船が、ただの図体のでかいだけの船だと思っていた?
だとしたら完璧に計算を間違えたわね、紅魔館。
ナズーリンのペンデュラムが示す地点に反応して、自動で展開されるピンポイント法力バリア。
何の対策もせずに、船が前に出ることなんてありうると思ってるの?」
妙に説明くさいセリフを口にした村紗は、『これが実力の違いよ』と宣言して、さらに指示を下す。
「誘導ミサイル、放て!」
「メイド長! 聖輦船から放たれた攻撃がこちらに向かってきます!」
「迎撃部隊、前に! ミサイルを撃墜しなさい!」
聖輦船の攻撃の射程は、事前に全メイドに通達されている。
しかし、どう頑張ってもその射程外に逃れられなかったのが、この誘導ミサイルだ。
このミサイルの射程外まで逃げるとなると、こちらの攻撃が全く届かなくなってしまうのだ。
だから、ミサイル対策として、咲夜が新たに編成・引き連れてきたのが紅魔館謹製の『迎撃部隊』である。
彼女たちはいずれも、目元にスコープを装備していた。
そして、隊長の号令一下、一斉に閃光弾を放つ。その攻撃はこちらに向かって飛んでくるミサイルを次々に撃ち落とし、砲撃部隊の遥か前方に、いくつもの光の花を咲かせる。
彼女達が装備しているスコープも、やはりパチュリー謹製の品物だ。
1秒後に『何』が『どこ』に存在しているか、を無数の計算式をもって判断し、画面の内側に映し出す『未来予測』機能を備えているのだ。
それを利用することで、特に狙撃に定評のあるメンツで集められた彼女たちは自分たちに接近してくるミサイルの位置を瞬時に把握し、撃ち落とすことに成功しているのである。
「砲撃部隊、撃ち方、やめ!
一旦攻撃を終了! 後ろに下がって指示を待て!」
「はい!」
聖輦船のバリアのため、攻撃が通用しなくなったのを確認してから、咲夜の次の指示が飛ぶ。
バズーカを構えていたメイド達が後ろに下がり、代わって前に出てくるのは――、
「メガランチャー部隊! 配置につきました!」
「照準、合わせ! 目標、敵戦艦! 撃てーっ!」
ごっつい、それこそメイド数人がかりでなければ運べない巨大な砲を携えたメイド達が前に出てくる。
その砲の巨大さはそれこそ常軌を逸しており、まるで破城砲のごとく。
一人が砲座につき、それ以外のメイド達は砲の下部に取り付けられた支えを持って砲を構える。
そして、咲夜の指示の下、一気に五つの閃光が幻想郷の空を切り裂いた。
それまで彼女たちが放っていたバズーカの閃光など、それこそおもちゃか何かにしか見えないような巨大な閃光は、そのまま聖輦船へと向かっていく。
「船長!」
「ガキの遊びではないということね!」
放たれた閃光は聖輦船のバリアを粉砕し、直撃した。
その爆発と衝撃はそれまでの攻撃の比ではなく、冗談抜きに、全長2000メートルの巨大戦艦が揺らぐほど。
前方のディスプレイにダメージを受けた箇所と被害報告が映し出され、聖輦船のあちこちのブロックが赤く染まっているのが報告される。
「修理と消火を急いで! 二発目に備えるのよ!」
「村紗。さすがにこれは想像してなかった?」
「ちょっとね」
こうした破城砲の類も、彼女たちが用意してくるだろうということを、村紗は想像している。
その想像をもって、聖輦船のバリアを使用しているのだ。
彼女の想像通りであれば、紅魔館側から繰り出される攻撃は、聖輦船のバリアを抜けることは出来ないはずだった。
しかし、現実は違う。
「……やってくれるじゃない。なかなか面白いわ」
「星!」
「ここまでの予想はしていますよ。
ですが、相手の攻撃の威力までは想像通りとはいかない。偵察部隊がうちにいればよかったのですが、あいにく、そういうことに長けているのはぬえだけ。
しかも、そのぬえも、紅魔館の深くまでは入れないのですから」
フランドールという有用な情報源はいても、それから全ての情報を聞き出すのは難しい。
何せ、相手はお子様なのだ。無邪気なお子様に、難しいことがわかるはずもない。
情報を入手することと、その深いところまで入り込むのとは、また別物なのだ。
「戦力では上回っているかもしれないけど、情報戦では負けているということね」
「認めたくないけどね」
一輪の評価に村紗はつぶやく。
戦の趨勢を喫するのは、何も将の采配や兵の優劣だけではない。情報こそ最大の武器となりうることもあるのだ。
相手の状態を明確に判断することが出来なければ、いくら優秀な軍師であろうとも正確な判断を下すことは出来ない。いくら優秀な兵士であろうとも、正確な指示と状況判断が出来なければ戦果を挙げることは出来ない。
命蓮寺に、その手の技術・能力について長けたものがいないのは致命的な欠点でもある。
「相手はそこを突いてくる――相手の弱点を狙うのは、別段、悪いことではないものね」
「そういうこと。
……にしても、あの魔女がこれだけの威力の武器を、こんな短期間で作ってくるとはね。さすがに、若干、当てが外れたわ」
「幻想郷では常識にとらわれてはいけない、ってどこかの子が言っていたわね」
「まさしく正解の言葉ね」
一輪の皮肉にも、村紗の顔から笑みは消えていない。
これほどの状況になりながらも、彼女は、全く脅威を感じていないのだ。
多少の想定外――トラブルがあった方が、戦いは面白い。まるで戦闘狂のような思考であるが、村紗は確実に、今の状況を愉しんでいた。
「船長、攻撃部隊が勢いづいてきたようだ。じりじりと距離を詰められているぞ!」
「ふん。だから何? そんなことで揺らぐような船ではないことを教えてやるわ!
全砲門、アクティブ! 接近してくる敵を撃ち落とせ!」
「美鈴さま、敵砲台の動きが変わりました!」
「弾幕の分厚さが今までの比じゃない……!
一旦、接近をストップ! 様子を見る!」
これまでは砲台の軸を基点に120度程度の動きしか見せていなかった砲台が、突然、その動きを激しくする。
攻撃の合間を切り抜け、前方に向かった偵察部隊のメイドが見たのは、それまで砲台の動きを規制していた隔壁が開き、砲台の移動角度がさらに自由になっていると言う光景。それに伴い、辺りで激しく響くモーター音だった。
それによってさらにアクティブな運動が可能になった砲門が、己の周囲を飛び回る敵を、より鋭く、激しく追尾するようになったのだ。
「あの攻撃を見て防御を捨ててきた? いや、違う……。こっちを少し脅威に思い始めたってところ!?」
前方から飛んできた弾丸を掴んで受け止めると、美鈴はそのままそれを相手に向かって投げ返す。
そのありえない攻撃は、砲撃を放った砲台自身に直撃し、炸裂する。
「咲夜さんに連絡! あのキャノン砲は効いている! 以上!」
「はっ!」
「定時通達! 迎撃された子は!?」
「今のところはいません! 負傷者は数名!」
「傷を負った子は後ろに下げて! 別の子を連れてきなさい!」
「了解しました!」
「……いいじゃない。この空気。
戦っているって気がするわ!」
自分を上回るサイズの巨大レーザーを前に、美鈴は宣言する。
彼女の左手に淡く光が点る。そして、彼女はためらわず、レーザーの前に立ちふさがった。
「そうそう! これよ、これ! これが戦いっていうやつよ!」
元より、妖怪と言うのは、少なからず好戦的な一面を持っている。
それを示すように、普段は温和で昼行灯な美鈴が、戦いを愉しんでいた。
聖輦船の巨大レーザーを左手一本でいなし、彼女の笑みが深くなる。
「接近して殴れないのが惜しい!」
肉弾戦を好む彼女は、次々と、味方を狙う攻撃を弾き、粉砕し、愉悦の笑みを深くする。
その光景を見て、あるメイドはつぶやく。
――美鈴さまが門番をやっている理由がわかった、と。
「ちっ……!」
村紗が舌打ちする。
咲夜率いるメガランチャー部隊の二度目の攻撃が聖輦船に突き刺さったところだ。
さらに赤で塗られたブロックが増え、ブリッジからも船が火柱を上げているのを確認することが出来る状態である。
この状況下では、さすがに彼女の表情にも余裕の色が薄い。
「船長! 第8ブロックが修理不能なくらいに損傷! 大穴が空いている!
第13ブロック、第19ブロック大破! 第3と第5も併せて被害は甚大!」
「周囲の隔壁を閉じて、火が外に回らないようにして!
艦内、補修を急ぎなさい!」
「村紗」
「なぁに、大丈夫ですよ。聖。
――とはいえ、圧勝を予定していたのに、まさかここまで楯突かれるとはね。
この聖輦船一つで勝てる相手ではない? まさか。それ以外の『力』に活躍の場を与えてくれたと言うこと? そういうことね」
彼女は苦笑を浮かべると、足下の床をだんと踏み鳴らす。
「……面白い」
自分の自慢の船が傷つけられた怒りか。それとも、久しく見る『強敵』を前にした嬉しさか。
村紗の表情が変化する。
彼女はようやく、椅子から立ち上がる。
その場に仁王立ちになる彼女は、右手を振り上げ、鋭い指揮を飛ばす。
「ナズーリン! ぬえ、響子、マミゾウさんに連絡! 暴れてもいいわよ!」
「了解した!」
「さあ、紅魔館。あなた達が相手にしているのは聖輦船であると共に、わたし達、命蓮寺であると言うこと、まさか忘れていないわよね?」
不敵な笑みを浮かべて、彼女は宣言する。
――戦において、勝敗を決するのは優秀な将、優秀な兵、そして、優秀な策。
その三つを兼ね備える組織の一つが、この命蓮寺。
そして、同じく、それらを兼ね備えるのが紅魔館。
互いの激突によって必要とされるのは、それら要素の優劣。すなわち、『どちらが優秀であり、強いか』という単純な比較。
両者はこの戦いに、その全戦力を投入してきている。
だが、現時点で、その戦力全てを使っているわけではない。
いつの世も、切り札と言うものを持ち合わせるものは強い。そして、切り札の数は、多ければ多いほど、より強い。
「聖輦船! 敵部隊への砲撃を継続! 互いの連携を意識するようにしなさい!」
村紗の指示に、聖輦船は的確に応えてくれる。
この船が意識を持っているかのように。己の手足として、見事にこの巨大な船を操る村紗のその姿は、この船を、まるで魂あるものとして動いているかのようにすら錯覚させる。
「えっ!?」
と、声を上げた時にはもう遅い。
目の前に迫った弾丸を回避することが出来ず、突撃部隊のメイドが一人、脱落した。
「お姉さまっ!」
「まずい……! 直撃よ! 怪我がひどい! すぐに後ろに! 救護班を!」
「お姉さま、しっかりしてください! お姉さま!」
「動かさないで! あなたも後ろに下がりなさい! ここは……!?」
爆音。そして悲鳴。
突然増えた味方の被害報告に、指揮官を務める美鈴は『全隊、後退』の指示を下す。
しかし、そんな彼女たちを逃がさないとばかりに、攻撃が集中する。
一度通り過ぎた、あるいは全く別の方向に向かっていた攻撃が、突然、軌道を変えて迫ってくるのだ。
その変則的な狙いに対応できず、次々とメイド達が撃墜されていく。
「偵察部隊! 報告を急げ!」
上がる指示に、偵察部隊の瞳が忙しなく周囲を動く。
その時、その中の一人がある光景を捉えた。
「あそこよ!」
「あれは……響子ちゃん?
そうか! 彼女の能力で砲撃を反響させて……!」
「お姉さま、後ろ! よけてくださいっ!」
「嘘っ……!?」
さらに、また一人、脱落者が出てしまう。
聖輦船を中心とした空域に花開く炎の光。あっという間に、美鈴率いる紅魔館の突撃部隊はその数を減じ、戦闘可能なものは半数以下にまで数を減らしてしまっていた。
しかし、その中にあって、偵察部隊のもたらした報告は有益なものだった。
聖輦船のすぐ近く――ちょうど肩の位置にあの山彦妖怪、響子が立っている。
彼女の能力で、一度、放たれた攻撃を無理やり捻じ曲げ、あるいは反響させることにより攻撃の軌道を変化させ、突撃部隊のメイド達を狙い撃ちにしているのだという報告が、美鈴へとなされた。
「やってくれる……!」
これは恐らく、上のものの指示なのだろう。
その攻撃は美鈴ではなく、増えた被害に右往左往しているメイド達を狙い撃ちにしている。
戦闘経験の浅い者達から順々に減らし――つまりは、自動で狙いを定める砲台のために『的』を減らし――、残った者達が聖輦船の弾幕に対処できないようにしようというのだろう。
「弱い奴から順番に叩く……戦術の基本だけれど、実際にやられると腹が立つ!」
美鈴の攻撃は響子に向く。
だが、彼女の攻撃は、元々、射程の短い攻撃だ。響子に届く前に、それは虚空に消えてしまう。
「彼女の能力の範囲外に退避! 回避に自信のない人から順番に! 急いで!」
「は、はい!」
「一度下がって態勢を立て直す!
それを咲夜さんにも……!」
「美鈴さま! メイド長から報告! 見たことのない新型ベントラーに襲われている! 敵はひきつけるから、これ以上、下がってくるなとのことです!」
「押されてきたか……!」
視線を後ろに向ければ、確かに、咲夜たちが展開している部隊が何やら動揺しているのが見える。
それが恐らく、報告にあった、新型ベントラーの奇襲によるものなのだろう。
美鈴は舌打ちした。
やはり、命蓮寺の戦力は強大であり、そう簡単に勝利をもぎ取れる相手ではなかったのだ。
それは事前からわかっていた事実ではあったが、改めて、眼前に敵を前にすると意識が入れ替わる。
「油断があったかな……」
彼女は、そうつぶやき、『ちっ』と舌打ちした。
「いけそうかしら……」
咲夜はつぶやく。
彼女の周囲を取り巻くメイド達は『やったやった!』と大騒ぎしている。
砲撃部隊の攻撃は予想以上の戦果を挙げ、聖輦船に大ダメージを与えることに成功しているのだ。
惜しむらくは、その戦果を挙げた武器が連射が不可能であり、次の砲撃までに時間がかかるということなのだが、このままの状態を維持できるのなら、その欠点は欠点とならないだろう。
「メイド長、次の砲撃まで、あと3分!」
「急ぎなさい」
「畏まりました!」
聖輦船は、未だ、前には出てこない。
こちらを攻撃の射程に捉えているのはミサイルのみ。そのミサイルも、迎撃部隊による分厚い弾幕のカーテンが全て撃墜し、この部隊に損害を与えるには至っていない。
あの船が前に出てくるとしたら、あれから放たれる砲撃を逃れるための布陣を組まなくてはいけない。
しかし、今のところ、その兆しはなかった。
美鈴率いる突撃部隊の足止めが成功しているのか、それとも聖輦船自体がこちらを侮っているのか。あるいは安全策をとり、敵をある程度、蹴散らすまでは動くことを考えていないのか、そこまではわからないが、考慮する必要もないだろう。
彼女たちには、今の彼女たちに出来る範囲で最大の戦果を挙げることが求められている。それを可能な限り、達成し続けるのが彼女たちの仕事なのだ。
「よし、チャージは終わったわね!? 三発目の砲撃、用意!」
咲夜の指示の下、メイド達が更なる攻撃を相手に加えるべく、動き出す。
唸りを上げるランチャーの砲門に光が点り、その先に聖輦船を捉える。
「用意! う……!」
咲夜が声を上げる、その瞬間、突如としてメイド達の間から悲鳴が上がった。
「砲撃中止! 何事!?」
状況確認のために指示を飛ばす咲夜を圧して響く爆音。
見れば、聖輦船に対して大ダメージを与えられる、現状唯一の武器の一つが火を噴いている。
慌ててメイド達がそれを消火し、修理しようとするのだが、機構が複雑すぎるのか首を左右に振るばかりだ。
「状況の把握に努めなさい! 小隊長! どうなっているの!?」
「敵の攻撃です!」
「攻撃!? 一体何が……!」
「あれです! メイド長!」
示された先――青空に、一瞬、黒い影が見えた。
目を凝らす咲夜。
その視線の先に見えるのは、何やら高速で飛びまわる物体。それが、自分たちを囲む形で何十という数が確認できる。
「ベントラー!?」
「今まで確認されていたものとは違います! 新型です!」
こうした攻撃を加えられる兵器は、聖輦船側にはぬえの操るベントラーしかいない。
常に周囲を索敵し、相手の接近に目を光らせている紅魔館部隊に、無音かつ気づかれないように接近するなどと言う芸当は、たとえ、マミゾウクラスの妖怪であろうとも不可能――咲夜は、そう断言している。それは決して、自分たちの実力を過信しているのではなく、彼我の戦力を比較してのことだ。
だが、ぬえは違う。
あれはこちらの規格に当てはまらない『不思議』を持っている相手だ。
本体そのものの持つ『不思議』を察する訓練は、メイド達にさせてきた。だが、その取り巻きといえるベントラーまでは、さすがに対応が出来ない。
なぜなら、ベントラーとは、あの正体不明の妖怪が持つ『正体不明』の『不思議』が顕現したものであるからだ。
しかし、あれは色とりどりの、デフォルメされた空飛ぶ円盤のような形状をした物体だった。
これは違う。
いや、これもベントラーなのかもしれないのだが、それまで確認されてきた『ベントラー』とは全く別の代物だった。
「攻撃! ベントラーを撃墜しなさい!」
「動きが速すぎて狙いが定まりません!」
「不可能と言う言葉は不要よ! 一人で不可能ならみんなと連携しなさい!」
小隊長を務めるベテランメイド達が若手のメイドを叱責する。
その彼女は、高速で飛び回るベントラーらしきものを視界に捉えると、攻撃を放ってそれを移動させる。そして、それが移動してきた先にいたメイドが、見事、『それ』を撃墜することに成功する。
「……何これ」
それはやはり、これまでに倒してきたベントラーとは全く別物であった。
報告を得た咲夜は、部下が撃墜したベントラーに視線を向ける。
大きさは、大体、全長60~70センチほど。翼を持った鋭角の形状をしており、確かこれを、外の世界では『戦闘機』というのだということを、咲夜はパチュリーから聞いて知っていた。
「あの形状のベントラーだと、戦う手段が限られているから、こういうのを作ってきたということ……」
うろたえ、逃げ惑うメイド達を一人一人、確実に食らいついて撃墜していくベントラー達。
その様は、文字通りの『ドッグファイト』であった。
咲夜は一瞬だけ瞳を閉じて息を吸い込むと宣言する。
「各員、ベントラーを撃墜! 攻撃方法はいつもの通り、あなた達の得意な戦法で行くわ!」
言うが早いか、彼女の投げつけたナイフがベントラーを一機、捉えた。
がつっ、という音と共にナイフがベントラーの胴体へと突き刺さる。
しかし、その程度では撃墜されないベントラーは、その機首を咲夜に向けようとする。
次の瞬間、それの背後に接近していたメイドが、そのベントラーを撃墜する。
「私たち、紅魔館の者たちの最強の武器! それはチームワーク! いつもの結束を思い出しなさい! いいわね!?」
三次元に空間を飛び回り、機首から高速のバルカンを放ってくるベントラー達。
その直線攻撃を咲夜は回避すると、反撃で放つナイフで敵機を撃墜する。
「第1、第4、第7、第15はランチャーを死守しなさい! それが今の、私たちの一番の武器よ!」
「了解しました!」
「第3は第9の援護! 側面に気をつけなさい!」
味方部隊から切り離され、孤立している部隊の救援を向かわせると、咲夜の視線はベントラーに戻る。
「なんていうスピード……! これじゃ、戦闘経験の浅い子達じゃ太刀打ちできないわ」
勇ましく味方を鼓舞しつつも、敵勢力の観察は忘れない。
ベントラーの空間機動力は大したものだ。紅魔館のメイドにとって、『足の速い敵』として誰もが認識しているのは、あの霧雨魔理沙であるが、このベントラーは彼女の素早さなど相手にしないほどの高速で周囲を飛びまわり、攻撃を仕掛けてくる。
人間のみならず、生き物には出来ない急加速・急制動・そして急角度でのターンをこなし、こちらの攻撃を回避しつつ、反撃を繰り出してくるベントラー達。目で追いかけることは出来ても体がついていかず、それどころか、大半のメイド達は相手の動きを目で追いかけることすら出来ていない。
その彼女が、このベントラー達を脅威と認識する。その認識が周囲の部隊にも伝わったのか、小隊長を中心としたメイド達は、皆、決して離れようとせず一個の『部隊』となって敵ベントラーと対峙する。
この相手に食らいつけるのは咲夜を始めとした、腕利きのベテランメイド達のみ。それ以外のメイド達は、彼女たちをフォローするための『支援砲台』としての役にしか立てなかった。
「こいつ一機に、紅魔館のメイドが5人必要……? 全く、バカげた話だわ!」
しかし、そうでもしなければ全く対処が出来ないのも事実であった。
相手の動きは非常に素早く、また、その攻撃の狙いも正確だ。右往左往しているメイド達は片っ端から、ベントラーの前に蹴散らされてしまっている。
次から次へと被害報告が増え、あちこちで仲間の悲鳴が響き渡る。それがさらに、戦闘経験の浅いもの達の焦りを、恐怖を生み、被害が負の連鎖で次々に拡大していっているのだ。
咲夜のように単騎でベントラーと渡り合える者達もいるのだが、それはごく一部。ほとんどのメイドはスクラムを組み、互いに連携しながらベントラーを誘導し、どうにかして撃墜、という程度であった。
「こんな短期間で、こんなものを出してくるなんて……!」
咲夜は歯噛みし、そして憂さ晴らしとばかりに、手近なベントラーを撃墜する。
「全隊! この襲撃を蹴散らすまで、油断は……!?」
突如として、咲夜の周囲で爆発が発生する。
何事かと辺りを見渡せば、見えるのは先のベントラー達ばかり。さらなる新型かと目を凝らせば、違う。
「ミサイル!?」
ベントラー達は機首からのバルカン砲以外の攻撃も持っているようだった。
高速で飛び回る彼らは、翼の下から10を数えるミサイルを連発して放ってくる。
誘導性能は甘いものの、突如の攻撃にうろたえるメイドを攻撃するには充分な性能のそれをやたらばら撒き、攻撃してくるのだ。一発一発の破壊力は、それほど大きくはないだろう。しかし、連続して命中すれば、あるいは急所に直撃すれば、充分、撃墜されてしまうだけの威力も、そのミサイルは兼ね備えている。
そんなものを連続してばら撒かれては『苦戦』の一言で現状を片付けることさえ出来ない。
「何という……!」
さすがの咲夜も苦戦を感じる。
バルカン砲だけならば余裕で回避できるのだが、その回避を制限するミサイルを乱発されては手出しのしようがなかった。
反撃するにも、ミサイルの爆煙が視界を邪魔し、攻撃の効率をとことん落としてくれる。
それでも、敵の軌道を先読みし、事前に攻撃をばら撒いておくくらいのことは出来る。
咲夜はそれを狙い、一機のベントラーに狙いを定めて攻撃を放った。
しかし、
「嘘っ!?」
その攻撃をベントラーはよけた。
正確には、よけたというより、軌道を変えることで回避したのだ。
戦闘機形態から人型形態へと変形すると言う、常軌を逸した姿を見せて。
「いたっ!」
「メイド長!」
人型ベントラーが、手に持ったバルカン砲を咲夜めがけて連射する。
一瞬の動揺で足が止まった彼女の手を、そのバルカンが直撃した。
咲夜はナイフを取り落とし、赤い血のにじむ手を押さえて後ろに下がる。その彼女をカバーする形で割って入ったメイドが、人型ベントラーを撃墜する。
「大丈夫ですか、メイド長」
「……ええ、大丈夫。ちょっと痛いだけ……」
「今、手当てします」
「……ありがとう。
けれど、これは……」
「メイド長は少し後ろに下がってください。あなたは、我々、メイド部隊の指揮官です。
指揮官が怪我をしたことが知られたら、経験の浅い子達が総崩れになります」
「……そうね」
「ここはお任せを」
にこっと笑った彼女は、咲夜の手に包帯を巻くと、軽い敬礼をして戦場に戻っていく。
咲夜は唇をかみ締めながら、彼女に言われた通り、一旦、その場を離れた。ベントラー達の攻撃を避けるべく、戦場から少し遠ざかっていたランチャー部隊に合流し、そこから指揮をするつもりだった。
「……かなり押されているわね」
砲撃部隊を指揮するメイドがつぶやく。
こちらに下がってくる咲夜の背中を見ながら、彼女は歯噛みした。
彼女は先ほど、咲夜が相手の攻撃を受けたのを見ていた。紅魔館でも指折り、そしてメイド部隊の中では間違いなくトップクラスの実力を持つ咲夜ですら、攻撃を避けることの出来ない、油断の出来ない『雑魚』。
それらが自分たちの周囲を取り囲み、攻撃してきている状態に、彼女は緊張の面持ちを隠せないでいる。
さすがの命蓮寺、楽に勝たせてもらえるとは思っていなかったが、これほどまでに苦戦するとも思っていなかったのだ。
新型のベントラーによる攻撃で、援護部隊のメイドはすでに3割以上が戦場から脱落している。聖輦船に決定打を与えることの出来るランチャー砲も一基が破壊され、残り四基。これは甚大な被害と言い換えることが出来る。普段なら、ここで作戦を変更し、戦い方を根本から練り直さなければいけないほどの被害だ。
しかし、それを簡単に出来ない事情もある。
突撃部隊の方も、響子による支援攻撃のために、数が半減しているとの報告まで来ているのだ。
合わせると、紅魔館の攻撃部隊はすでに4割もの数が戦闘不能に陥っている。これでは、もはや作戦の遂行を断念し、一旦、撤退を考えるレベルの状態である。
唯一、無傷なのはレミリアの周囲を固める近衛部隊と補給・偵察部隊だが、彼女たちを戦力として考えるには、この戦場では分が悪い。
今回、紅魔館側は村紗たちの考えているような遊撃部隊を利用した挟み撃ち戦法を使用していない。
相手は巨大な『聖輦船』と言う名の城だ。拠点をこじ開けるには別働隊による時間差攻撃は効果的だが、今度の相手にはそれが通用しないと判断したのだ。
全方位に対してすさまじい弾幕を展開できる聖輦船を相手にして、部隊を分けて攻撃するのは無意味だと考えたのである。
そして、遊撃部隊の面々は、突撃部隊の面々がこなす役割とは違う訓練しか受けていないため、彼女たちと同じように行動することが出来なかったのが、その理由であった。
「困ったものね」
「……ええ。このままだと、もっと戦法を練らないとどうしようも……」
横手からかけられるメイドの声に、彼女は応えた。
腕組みをしながら、じっと、目の前の戦場を見据える。
「今から、その余裕があると?」
「ないわね。
一度、戦端が開かれた以上は、まともな休み時間なんてないし……」
ちらりと、彼女は隣に立つメイドを見た。
年齢はそれなりだろう。見たことのない顔であったが、紅魔館で働くメイドの顔を、彼女は全員分覚えてなどいなかった。
自分の知らないメイドだろう――彼女は、そう判断した。
「なら、座して負けを待つしかない?」
「そんなはずはないわ。
我ら紅魔館に敗北なんて……」
「敗北はない――かもしれないけれど、油断はあったようじゃの?」
「え?」
――直後、悲鳴が上がる。
「あれは……!」
後ろに下がった咲夜が見たのは、砲撃部隊のメイドのほとんどが撃墜され、戦いの場から脱落している現状だった。
残ったランチャーは二基。それ以外の砲は、そして、それを守っていたメイドは、すでに戦える状態ではない。
原因は――、
「ほっほっほ。
なかなか面白いおもちゃをこしらえてきたものじゃが、ちと、それに頼りすぎではないかの?」
「貴女は……マミゾウおばあさま……!」
メイドの姿に変装したマミゾウが、そこにいた。
つい先ほどまでは隠していたトレードマークの尻尾を振りながら、笑顔で笑う彼女。その化け姿は完璧であり、尻尾さえ、一時的にでも隠してしまえば誰も彼女が『敵』であることに気づかないほどだった。
一体いつ、その姿に化けてこちらにもぐりこんだのかは全くわからないが、今はそれは関係ない。
問題は、その場にいるメイド達では、決して、彼女に勝てないと言うこと。それは、この現状を見るだけで判断できる。
この援護部隊にも、今、突撃部隊で勇猛に戦うメイドに匹敵する実力者は配置されている。にも拘わらず、誰もマミゾウに勝てなかったのだから。
「しかし、村紗殿の聖輦船をあそこまで傷つけるとは。
おもちゃとはいえ、油断が出来ぬな。子供にこのような刃物を持たせるのはよくない。うむ、よくないな」
ぼんっ、という音と共に煙が立ち、メイド妖精の姿から普段の姿に戻ったマミゾウが笑う。
そう言う彼女の両手には、ぼろぼろになったランチャーの残骸が握られている。
その腕は金属の筐体をぶち抜き、その爪はすでに壊れたゴミとなった装甲を引き裂く。女のしなやかな手が無骨な金属の塊に突き刺さっている光景は、異様であると共に恐怖を誘う光景であった。
「やれやれ」
面白くもなさそうに、その二つの金属の塊を投げ捨てるマミゾウ。
破壊されたランチャーは大地へと落下していき、やがて、一同の視界から消えた。
いつもの姿へと戻った彼女の視線は咲夜に向けられる。
「おててを怪我しておるようじゃの」
「こんなもの、怪我のうちに入りません」
「強がることはない。
痛いものを我慢するのはよくないことじゃ。さもないと、わしら妖怪は加減がわからぬ。
特に、人間相手だとやりすぎてしまうかもな」
ぞくっ、と、咲夜の背筋に寒気が走る。
マミゾウの瞳――ぎらぎらと輝く化け物の瞳に射抜かれ、さしもの彼女も息を呑む。
普段の好々爺はそこにない。あるのは、血に飢えた一匹の怪物。
「……なるほど。他の子たちがなす術なくやられるわけだわ」
こんな化け物を相手にしたら、たとえ歴戦の勇士であるメイドであろうとも、絶対にかなわないだろう。よほどの奇跡が重なったとしてもだ。この場のメイド達が、誰一人、マミゾウにかなわなかった理由がよくわかる。
それほどまでに、この化け狸は強いのだ。
「それにしても、さすがはぬえよの。子供の想像力は大したものじゃ」
「悪いのですけれど、マミゾウおばあさま。この場から下がっていただけますか?」
「それは出来ぬ相談じゃのぅ。
ほれ、わしはなかなかに義理堅い妖怪じゃ。白蓮殿には一宿一飯の義理がある。それに、ぬえの面倒も見てもらっているからの。
それに応えなくば、妖怪としての己が廃る」
相変わらず、飄々とした好々爺を演じながら、しかし、その瞳は目の前の相手を見据えている。
頭のてっぺんから足のつま先まで、ぎらぎら輝く獣の瞳で、彼女は相手を見つめている。
その相手――マミゾウの『獲物』たる咲夜は、喉の渇きを覚えながらも、足を後ろに下げることはない。
相手の気迫に呑まれないよう、精一杯、虚勢を張って彼女は答える。
「……なるほど」
「この場を率いておるのはお主じゃろう? ならば、まずはお主を崩すとしよう。
さすれば、残るのは烏合の衆。蹴散らすのに、そう時間もかかるまいて」
「そう簡単にやられるとでも?」
「そうじゃのぅ……。
では、簡単なゲームをしよう。わしとお主のフェアなゲームじゃ。
正直、わしは争いごとはあまり好きではない。楽しい催しごとは大好きじゃがな。
故に、今回の戦をさっさと終わらせることが出来るのならそれに越したことはない。幸いなことに、この幻想郷には、面白い争いのルールもある」
「……ええ」
「しかし」
彼女は言う。
「わしが提供するのはわしのルール。
すなわち、わしとお主との、力と力のぶつかり合い。
お主が一分、ここに立っていることが出来れば、わしは一度、後ろに下がろう。しかし、それが出来なくば――わかっておるな?」
たかが一分。されど一分。
時間を操る力を持つ女は、その時間の重みを知っている。
息を呑む彼女。余裕の笑みを浮かべるマミゾウ。
「さあ――」
相手の気配が膨れ上がる。
メイド数名が悲鳴を上げ、後ろに逃げるほどの圧力。
それを真正面から受け、膝が笑っていることに気づいた咲夜は己を叱咤し、ナイフを構える。
「ゆくぞ」
それが、戦いの合図となる。
「あの……ぬえさん」
「ん? どうしたの」
「響子、何だかすごく悪いことをしてるような気がするんです……」
「え~? 何でさ?」
聖輦船の放つ攻撃の弾道を捻じ曲げる――普通に考えれば、決して出来ないことをやってのける山彦妖怪は、隣で楽しそうに鼻歌を歌っている妖怪に声をかけた。
その妖怪――ぬえは「こんな楽しいこと、滅多にないじゃない」と彼女に取り合うつもりはないらしい。
「けど……みんな怪我してます」
響子の視線は、聖輦船の砲撃をよけることが出来ず、撃墜されるメイド達に向く。
次から次へと、傷つき、離脱する彼女たち。それを行う響子は複雑な面持ちをぬえに向けて尋ねるのだが――、
「そりゃ、怪我するだろうね」
「怪我したら痛いですよね? そういうこと、よくないと思うんです」
「戦いってのはそういうもの。
無血開城なんてもの、わたしにしてみりゃ、ただの弱虫さ。
そうでしょ?」
にやにや笑うぬえは、その指をひょいひょいと振ってみせる。
「戦いに参加する奴は、自分が怪我するかも、なんて誰もが覚悟してる。あわよくば屍をさらすことになるかも、ってね。
そうやって、みんな、ものすごい覚悟をしてから戦いに挑むもんなのさ。
それなのに、その相手に対して手加減したり、手心を加えたりなんて、わたしにゃ出来ないね。相手の本気を無碍にするのは、相手にとってものすごい侮辱だよ? 響子」
「……そうなんでしょうか」
「そういうもの。
だから、白蓮も許してくれるって」
ねぇ? と笑う彼女から視線を外して、『仕方ないです』と響子。
――内心では、彼女もぬえの理論に納得したわけではないのだろう。
しかし、今回の戦いを行うに当たって、響子も白蓮から『戦う以上は全力で。そして、戦う以上は勝利すること』の言葉を受けている。その言葉に背くことは、白蓮を慕う彼女には出来なかった。
自分にそれを言い聞かせ、彼女は戦いの場に立つ。内心の心苦しさを紛らわせるために、あえて、己の能力を最大限に解放して。
彼女の力は聖輦船の砲撃に干渉し、その動きを自在に操る。
それによって、今、聖輦船に向かってきている紅魔館の突撃部隊を次々と狙撃する。この彼女、それなりに射撃が得意であったようだ。
「しかし、大したもんだね」
ぬえは楽しそうに、相手の動きを見ながら言う。
縦横無尽の砲撃を必死によけながら攻撃を仕掛けてくる相手がいる。
余裕のない回避をするものは、遠からず脱落し、戦闘から離脱していく。それはいい。予想している通りの光景だ。
違うのは、余裕綽々で攻撃を回避するものがいるということだ。
前や横からの攻撃をよけるのならばまだわかる。しかし、彼女たちは、まるで背中に目がついているかのように背後からの砲撃すら回避する。
それが数人どころではなく、数十人はいるのだから、紅魔館と言うものは恐ろしい。
「あっちもマミゾウが色々やってるみたいだし。わたしの新型ベントラーも頑張ってるし」
指先一つで数十のベントラーを操る彼女は肩をすくめる。
「ま、しばらくはこのまんまかな」
余裕の笑みを浮かべ、彼女はその場で軽く足を組む。
――第五章:いくさ火――
「美鈴さま! あちらにぬえと響子ちゃんを見つけています!」
「わかってる!」
「どうなさいますか!?」
「後ろの状況は!?」
「新型ベントラーに押され、援護部隊の半数はすでに戦闘不能! 砲撃用のキャノン砲もマミゾウさんに破壊され、残り二基とのことです!」
「となると、なんとしても、ベントラーを何とかしないといけないね」
マミゾウの実力は美鈴も知っている。
何せ、初めて会った時、全身が総毛だったほどだ。
あの時の彼女は温和な好々爺の姿であったが、その時ですらそうだったのだ。
彼女が今、もし、『妖怪』としての本性を表して戦いを挑んできていたとしたら。
いくらあの部隊を率いるのが咲夜とて安心して任せられる相手ではない。
そのためには、咲夜の足かせとなるであろうものを、まずは排除しておかなくてはいけない。その目的が、ぬえの操るベントラー達だ。後方部隊を容赦なく攻撃する、正体不明の『モノ』達。これを何とかしなければ、咲夜の勝利は危ういだろう。
つまり、彼女がまず、最初に倒すべき相手はぬえということになる。
「ですが、美鈴さま。この弾幕の中では、これ以上、聖輦船に近づくことは……」
「出来ない、って本気で思ってる?」
「……いえ」
鋭い視線を向けてくる美鈴に、伝令役のメイドは黙り込んだ。
彼女から視線を外し、美鈴は聖輦船を見上げる。
天を衝くその威容。圧倒的な存在感をもってこちらを威圧する巨人を見据えて、彼女の唇が動き出す。
「なら、やるしかない。
私が先陣を切って突っ走るから、ついてこれる人はついてきて。それ以外の子は、ここに留まって、役目を続行」
「了解しました。
伝令が終了したら合図を挙げます」
「了解」
彼女は伝令役のメイドを見送ってから、再び、聖輦船を見据える。
「簡単にこっちを蹴散らせるんだと思ってるんだろうけど……そううまくはいかないよ。
戦線をコントロールするのが突撃部隊の役目だ。甘く見るなよ」
その宣言からしばらく後、美鈴の後方でぱっと光の花が咲いた。
大きく息を吸い込み、構えを取り直すと、彼女は走る。
「行くぞっ!」
前方から飛んでくるレーザーに向かって彼女は手をかざすと、あろうことか、その表面を思い切り叩き、その反動を利用して上へと飛び上がる。
続いて放たれる迎撃用のバルカンから放たれる弾丸を足場に見立て、一気に、彼女は聖輦船を駆け上がっていく。
「そらそらそらそらそらそらぁぁぁぁっ!」
足下で爆裂するバルカンの弾丸の勢いを利用して、彼女はさらに加速する。
全長2000メートルの巨体すらあっという間に駆け上がり、その目が、その足が、そして、その体が、目的の相手を捉える。
「えっ?」
その光景にぬえが気づいたとき、彼女の眼前を、美鈴の蹴りがかすめていった。
遅れてやってくる衝撃と烈風に、バランスを崩し、倒れこむ彼女。
美鈴は、ついに聖輦船に取り付くと、しりもちをついたままのぬえを見下ろし、言う。
「ベントラーを撤退させろ」
「へぇ……驚いた。
まさか、聖輦船の攻撃をいなしてやってくる奴がいるとは思わなかったよ」
ちらりと、ぬえの視線は他のメイド達へ。
彼女たちも見事な回避で聖輦船へと接近してくるが、その速度は美鈴ほどではない。やはり、対空弾幕に押され、なかなか接近できないでいる。
だが、この女はどうだ。
放たれる攻撃すら利用して、一気に突撃してきた、まさに突撃隊長の様は。
ぬえは立ち上がる。
「やだね、って言ったら?」
その瞬間、一瞬ではあるが聖輦船の巨体がかしいだ。
響子がぺたんとその場に腰を落とし、恐怖の色を瞳に浮かべ、美鈴を見る。
「怪我ですむと思うな」
彼女の足が、聖輦船の装甲に叩きつけられていた。
深く沈んだ聖輦船の装甲が、その威力を物語っている。
ぬえはぱんぱんと腰の辺りをほろいながら立ち上がる。そうして、その口から言葉を発する。
「お前、強いだろ?」
直後、美鈴の頬を、ぬえの持った三叉の槍が掠めていく。
わずかにその刃が美鈴の肌に触れ、赤い血を流させる。
「当たらないってわかってたからよけなかった。そうだろ?」
美鈴は答えない。
それどころか、彼女は構えを取ったまま、動こうとしない。
「いいじゃないか、いいじゃないか。お前みたいな奴、わたしは好きだよ。
ちょっと遊ぼうか。なぁに、お互い、大した怪我はしないさ。
お前の実力が、わたしが見込んだとおりならね」
薙ぎ払うように槍を動かすぬえ。
それを紙一重で美鈴は回避すると、ぬえに向かって接近し、拳を振り上げる。
ぬえはそれをひょいとよけると、空へと舞い上がる。
「さあ、正体不明の妖怪による、恐怖のショーの始まりだ!」
彼女の翼が蠢き、一気に巨大化する。
空に向かって伸びるその翼は禍々しく、見るものの恐怖を誘う光景だった。
その翼が先端を鋭く硬化させ、美鈴に向かって襲い掛かる。
ぬえの翼は恐ろしい速度でもって美鈴へと迫り、聖輦船の装甲を穿ち、轟音を巻き上げる。
その、聖輦船の装甲すらぶち抜く攻撃を、美鈴は後ろに下がってよけると、伸びてきた最後の一本を手で掴み、ぬえを投げ飛ばした。
ぬえはくるりと回って着地すると、手にした槍を足下に突き刺す。
次の瞬間、美鈴の足下から、真っ黒な刃が三本突き立った。それをぎりぎりで彼女は回避すると、一旦、後ろに下がる。
「恐怖ってのは目に見えない存在さ。
人も妖怪も、目に見えるものには慣れることが出来る。だが、目に見えないものに慣れることは出来やしない。
わたしは、その目に見えない恐怖の顕現。
お前の背後にいつでも付きまとう、黒い影の塊――それがわたしさ!」
「っ!?」
美鈴の背後――正確には、彼女の影が蠢き、真っ黒な塊を吐き出した。
それはぬえの形を取り、手にした槍を伸ばしてくる。それが突き刺さる瞬間、体をねじって攻撃を回避した彼女は、黒い『ぬえ』に拳を突き入れる。
『ぬえ』は聞くに堪えない悲鳴を上げながら消滅し、しかし、その消滅していく中で影の弾丸を飛ばしてくる。
それらを片っ端から撃墜し、美鈴は前に出た。
「どうだい? 怖いだろう。何が起きるかわからない、何がいるかわからない、その怯えが、不安が、戦慄が、全てが恐怖の源さ!」
突き出す美鈴の拳を、ぬえは回避した。
正確には、ぬえの姿は美鈴の目の前から消えていた。彼女が着ていた服だけがそこに残っている。
ただし、それを『普通』の状況と認識することは出来ない。
突然、ぬえの服が蠢きだし、まるで蛇か何かのように美鈴の腕に巻きつき、猛烈な力で締め上げてくる。
同時に、そこにまるで腕があるかのように、ぬえの服が虚空で槍を掴むと、そのまま美鈴めがけて突き出してきた。
「これはっ……!」
それをぎりぎりでよける彼女。
だが、同時に、その左右からぬえの巨大な翼が迫る。
右、左、とステップを踏むようにその攻撃をよけ、同時に、腕に絡みついたまま、槍を振るってくるぬえの服に、美鈴は舌打ちする。
「ほらほらほら! どうだい!」
後ろから声。
視線だけを後ろに向ければ、全裸のぬえが手にした槍で襲い掛かってくる光景がある。
美鈴は一旦動きを止めると、自分の腕に巻きつく布をそのままに、振り回される槍を左手で押さえつけ、その切っ先で、ぬえの攻撃を受け止める。
同時に、左右から迫ってくる翼の攻撃を大きく後ろに飛び上がることで回避し、何とか難を逃れることに成功する。
「なかなか頑張るじゃないか」
ぬえは改めて服を纏い、翼をいつものサイズへと戻してから、にやりと笑う。
美鈴の腕に絡み付いていたぬえの服が消滅する。だが、それによって刻まれたダメージは、はっきりと、彼女の腕に残っていた。
わずかな痺れを覚えているのか、彼女は腕を押さえながら、ぬえを見据える。
直後、ぬえの周囲の空間が揺らぎ、そこから真っ黒な弾丸が吐き出される。
美鈴はそれを拳で弾き、全ていなすと、再び前方に向かって地面を蹴った。
突き出される彼女の蹴りをぬえは軽々よけると、その翼で美鈴の首を狙う。だが、美鈴は自分に伸びて来るその翼を、あろうことか、突き出した蹴りを操って弾き返した。
前方にわずかに飛んだ際、おろした軸足を基点に、無理やり体を回転させ、蹴りを放つ。普通の――いや、熟練の拳法家でもどだい不可能な動きに、ぬえが『へぇ』と声を上げる。
「めちゃめちゃだね」
「さすがに足が痛いけどね」
無理な動きは筋肉に負荷をかける。
押さえた足は、どす黒い色ににじんでいる。先の動きで筋肉が断裂し、内出血でも起こしているのだろう。しかし、首を飛ばされるよりはマシだと判断したのだ。
「おっかないなぁ。恐ろしいなぁ。化け物だなぁ。
――それがぬえの真髄だけどね?」
「そうですね」
ぬえはけたけたと笑いながら、自分の周囲の空間を操り、不気味な黒い影を、歪な形の禍々しい翼を、形すら持たない『何か』を操り美鈴を見据えた。
「さて、それじゃ、続きをしようか」
「その必要はないですよ」
しかし、そんな彼女の言葉を美鈴は否定する。
それまでの激しさから打って変わって、まるで波一つ立たない湖面のように静かな声だった。
「は? 何でさ。もっと遊んでよ」
美鈴の言葉に、ぬえは明らかに不機嫌になる。
頬を膨らませる彼女は、年相応の少女らしい愛らしさを見せるのだが、そんな彼女を見ても、美鈴の瞳は、全く笑っていなかった。
「ガキのお遊びに付き合うのはここまで」
「……ふん。なめられたもんだね。
ああ、そうさ。確かにわたしはガキの見た目をしているさ。だがね、こう見えて、おたくのお嬢さんよりもずっと長生きだよ」
「たかだか1000年2000年単位のでしょう?」
美鈴の足が大地を叩く。
聖輦船が大きく揺れ、彼女の足から波紋が広がっていく。
「ガキですよ。私から見ればね」
戦いの構えを取る彼女。
その瞳には今までとは違う光が浮かび、まっすぐにぬえを見据えている。
「……なめるなよ、この」
ぬえの体が闇に溶け、一瞬の間に五人に分裂する。
そのいずれもが禍々しい黒の塊を無理やりにこねくり回して人の形を取ったような醜悪さだ。間違いなく、夢に見るような光景である。
『思い知れよ、恐怖ってものを!』
いくつもこだまする声。
空間に反響し、音程の高低すら持たず、ただ響くだけの異様な声。不気味に響くその声を聞きながら、美鈴は笑っていた。
「正体不明、大いに結構。姿を見せないものを怖がるのは当たり前。
けれど、お前は言ったね? 『姿を見せた恐怖に慣れることなんてたやすい』って」
迫るぬえの形。
それを見据えて、美鈴は放つ。
「それがお前の敗因だ」
次の瞬間、何かが爆発したのではないかと思われるほどの轟音が響き渡った。
「……え?」
その光景を見ていた響子がきょとんとした表情を浮かべる。
美鈴の放った掌底が、見事、ぬえの本体を捉えていた。
あの異様な形に分裂したぬえの本体を、彼女は間違うことなく、ただの一撃で貫いてみせたのだ。
彼女の一撃で、ぬえは術を操ることが出来ないほどのダメージを受けたのか、黒い塊は次々に消滅していく。
そして、悲鳴すら上げられずに吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたぬえは、激痛に体を折り曲げ、苦悶の表情を浮かべていた。
「自分で相手の前に姿を現しておきながら、何が『正体不明の恐怖』だ。笑わせるな。
ガキの遊びに付き合ってる暇はないんだよ」
「げほっ……! ぐっ……このっ……!」
「もう一度、言うぞ」
「いっ……! いたたたたた! 痛い痛い痛い!」
槍を探して這い回るぬえの手を掴み上げ、逆向きにねじり上げながら、彼女は言う。
「ベントラーを引っ込めろ。今すぐにだ。
言うことを聞かないなら、この腕をへし折る」
普段の彼女の声も雰囲気もどこにもない。
触れるだけで切れてしまいそうな鋭さと、その一言だけで相手を気死させてしまいそうな圧力をもって、彼女はぬえをにらみつける。
――骨折など、一日どころか半日もあれば自然治癒してしまう妖怪であるが、それでも痛いものは痛い。そして、『子供』が痛みに弱いのは周知の事実だ。
ぬえは目に涙を浮かべ、『やめてよ!』と懇願する。一方の美鈴は視線を全く緩めることなく、さらにぬえの腕をねじり上げた。
「あっ、あの! ご、ごめんなさい! あの、ぬえさん、悪い人じゃないです! だから、やめてあげてください! お願いします!」
さすがに見かねたのか、響子が美鈴を止めに入った。
しかし、彼女は美鈴の視線を受けて、『ひっ!』と悲鳴を上げてへたり込んでしまう。
「腕、いらないみたいだな」
美鈴の冷たい声。
ぬえがいよいよ『わかった! わかったよ!』と、痛みに耐えかね、観念する――その時だった。
「星。主砲の用意」
「え?」
「聞こえなかった? 主砲、用意」
「は、はい!」
前方のスクリーンをじっと見つめながら指示する村紗に、星は慌てて、手元のコンソールをたたき始める。
「船長、何をするつもりだ」
「簡単よ。
奴らの高い士気をくじく必要がある。奴らが守るべき館を吹っ飛ばしてやれば、それをある程度、達成できるでしょ?」
紅魔館の抵抗、そして実力が予想以上だったことを、村紗は認めていた。
すでに戦闘開始から30分以上が経過している。
彼女の当初の予想では、30分程度で戦闘は終わるはずだったのだ。もちろん、自分たちの勝利で。
星に描いてもらった作戦指令書、そして、自分の頭の中で展開させていた、今回の戦いの趨勢。その全てがご破算になったのだ。
現状を見るのならば、もはやそれに目をそむけていることは出来ない。
自慢の聖輦船にはいくつかの大穴を空けられ、対空砲火を恐れず突き進んでくるメイド達を引き剥がすことも出来ず、敵部隊の損害をなかなか増やすことが出来ないでいる。
響子の支援砲撃とぬえのベントラー部隊が挙げた成果は、確かに見事な戦果であった。だが、それが通じない相手が多数、存在している。彼女たちをどうにかしなくては、命蓮寺の勝利はないのだ。
これは、完全に星と村紗が紅魔館に対して見込み違いをしてしまったのが原因であろう。
知識の魔女が持つ智慧への油断、突撃部隊を率いる美鈴とメイド達の実力の見積もりのミス。それらが積もり積もって、戦いの状況がさらに混沌としてきてしまっている。
ならば、どうするか。
一人一人を蹴散らしたところで、相手の動きを止めるのはたかが知れている。
すでに紅魔館の戦力は半減程度までになっているが、未だ、彼女たちの士気は高く、誰一人戦場から逃げていくものがいない。これはかなりの誤算であった。世間一般でとかく有名な、紅魔館の『鉄の結束』は、もはや鉄などというやわなものではなく、彼女たちの戦いへの覚悟を見れば、まさに『黄金の結束』と言ってもいいくらいであった。
名の知れた相手を落とせば、一気にメイド達の動きをとめることが出来るだろうが、それもなかなか難しいだろう。
あの美鈴とか言う女は聖輦船の砲撃を一人でいなし、咲夜と言う女にはそもそも攻撃が届かない。今、マミゾウが相手をしてくれているはずだが、現状の報告がなされてない以上、それを期待するのは問題外だ。
それ以外の腕利きのメイド達は、この二人にこそ劣るものの一筋縄ではいかず、実質的に、戦場をコントロールし味方を鼓舞する部隊長レベルの相手には決定打を与えられないでいるのだ。
――それならば。
彼女達が守るべき『砦』であり、日々を暮らす『家』を消してしまえば。
一気に、その戦意を削ぐことは難しくない。
「跡形なく吹っ飛んだって、後で再建なんて簡単でしょ。
手加減はしない――そういうこと」
「わかりました」
星が手元のキーを叩くと、聖輦船の肩に装着された、天に向かって突き立つ二本の柱がゆっくりと前方に向けて回転していく。
聖輦船最強の武器――主砲。
「発射まで、およそ3分」
「相変わらず使い勝手の悪い武器だわ。まぁ、示威行為には最適なんだけどね」
苦笑する村紗。
「退避勧告をして。紅魔館にいる人たちやら、紅魔館の連中までもまとめて吹き飛ばしたとあったら、うちらが博麗の巫女にケンカを売られるわ」
「なら、最初から撃たなければいいのではないだろうか……?」
「それで、この戦いに勝てるのなら、ね。
すさまじい破壊力の武器はね、ナズーリン。ただ持っているだけでも意味はあるけれど、それ以上に、それが輝くのは、何も戦場で敵を殲滅するために使うときだけじゃない。何の意味も持たない、けれど、ある側面からは意味を持つ破壊行動の時よ」
彼女の言葉で、ナズーリンも納得したようだった。
肩をすくめて、ナズーリンはマイクに向かって顔を近づけ、「こちらは命蓮寺、聖輦船だ。これより主砲を発射する。射線上にいる全てのものは退避行動を取れ。また、本射撃は紅魔館を攻撃する。紅魔館にいるものは、全員、即座に逃げ出すように連絡せよ。繰り返す――」と退避勧告を行なう。
彼女は前方のディスプレイに映る映像を見て、『へぇ、さすがはマミゾウさん』と声を上げる。ちょうどその時、マミゾウが咲夜率いる援護部隊を蹴散らし、咲夜との戦闘を始めた映像が映し出されていた。
「さっき、聖輦船に取り付いた奴は?」
「まだカメラが捉えていない。もう少し待ってくれ」
「村紗、気になる?」
「まぁね。まさか、弾丸を蹴って駆け上ってくるなんて、そんな非常識をかます相手がいるなんて思わなかったし」
完全に、聖輦船の攻撃の内側に入られた場合はどうするか。
実を言うと、村紗はそれを考えていなかった。
とりあえず、ぬえに任せようくらいの認識である。それは、聖輦船の攻撃をかいくぐれるものなどいるはずがないという絶対の自信による油断だった。
一輪に『油断はしない』と言っておきながらこれだ。彼女は自嘲するように笑みを浮かべる。
「捉えたぞ」
映し出される映像。
それは、ちょうど、美鈴がぬえの攻撃を見切り、一矢報いたシーンだった。
その場が完全に硬直し、全員の視線が映像に釘付けになる。
不可思議な事象を操るぬえが、紅魔館の、たかが門番に敗北するなど、誰も想像していなかったのだ。
「……!」
がたんと音を立て、席を立ち上がる星。手元には宝塔と棒を携え、表情を険しいものへと変えている。
「星、あなたが行くの?」
一輪が腕組みをしたまま、星に尋ねる。
「そのつもりです」
「彼女、接近戦、強そうよ」
「大丈夫ですよ」
棒術はたしなんでいます、と星。
剣道三倍段を言う彼女に、『私のほうが向いているわ』と、一輪がそれを制した。
「私の方が接近戦にかけては強いつもり」
「……そうですか」
「いや、一輪。それはやめておいたほうがいい」
「何で?」
「船の左手側から、紅魔のお嬢さんが接近中だ」
船の別のカメラが捉える映像。
それは、ナズーリンの言う通り、こちらに向かって飛んでくる一人の少女を映し出している。
側にはお付のメイドただ一人。たった一人でこちらに突っ込んでくるのは、今回の戦いで最も警戒しなければいけない相手――フランドール。
「あれは厄介だ。恐らく、ご主人でもかなわないだろう」
「そ、そんなことないですよ。ナズーリン」
「貴女はそもそも子供を叩けないでしょうが」
「あ、いや、確かにそれは……」
「その点、見ず知らずの他人の子供だろうが、容赦なくひっぱたける一輪は役割的にふさわしいと思うのだが、どうだろう?」
「……私のこと、暴力的な女だと思ってない?」
「しつけに厳しいだけだと思ってる」
何事も、優しいだけじゃダメなんだよ、というのがナズーリンの意見であった。
それは暗に星への批判であると共に『それがあなたのいいところだ』という賞賛でもあったのだが、果たして彼女は気づいただろうか。
難しい表情を浮かべる星はさておいて、一輪の視線は村紗に向く。
「だそうよ」
「で、動けるのはわたしだけ、と。
あのさ、艦長が席を離れるってまずいと思うんだけど」
後頭部をかきながら、彼女はめんどくさげに言う。
しかし、そんな村紗の言葉を、一輪は涼しい笑顔で受け流した。
「砲撃・迎撃指示くらいなら星でも出来るし。主砲の狙いを定めるのにも、あと二分弱かかる。
その間、貴女、暇でしょ?」
「はいはい。わかったわかった」
ったくもー、とぶつぶつ文句を言いながら、村紗は踵を返してブリッジを後にする。
その後ろ姿を見送ってから、白蓮は口を開いた。
「適材適所」
「そういうことです」
さすがは姐さん、と一輪は小さく、ウインクをした。
「さて、それじゃ、私はフランドールちゃんのお相手をしてくるわ」
「ああ、健闘を祈る」
「ブリッジの指揮は、星。あなたに頼むわ。お願いね」
「は、はい」
去り際に、一輪は白蓮の横を通り過ぎながら、彼女にしか聞こえないくらいに小さな声で囁いた。
「村紗の手伝いをしてあげるのが友人の務め、ですよね?」
「ええ。誠、立派な心意気ですよ。一輪」
「お褒め頂き、光栄です」
困った友人ですよ、と。
彼女は笑いながら、ブリッジを後にした。
「いーち」
一瞬で間合いを詰めたマミゾウが振るう腕が、わずかに身を反らした咲夜の胸元を掠めていく。
「にーい」
続けて、マミゾウが左腕を振り上げる。
その一撃は先の一撃よりも鋭く、また狙いも正確だった。確実に、一撃で咲夜をしとめる威力を持った攻撃だ。
それを何とか回避し、咲夜は反撃のために左手のナイフを握る手に力を込める。
「さーん」
しかし、その彼女の腕を、上に伸びきったはずのマミゾウの左腕が襲った。
鞭のようにしなるマミゾウの左腕が咲夜の左手を直撃する。手首を叩かれ、咲夜はナイフを取り落とす。同時に、まるでレンガか何かで殴られたかのような衝撃に、彼女は唇をかみ締める。
「しーい」
「っ!?」
刹那の間に放たれる蹴りを、彼女はよけることが出来なかった。
見事な連携の中で流れるように放たれたそれを、彼女は脇を締めて両腕でガードし、後ろに下がる。両腕から伝わってくる激痛に、思わず、目に涙が浮かぶ。
腕がしびれ、まともに動かない。力も入らない。ナイフも握れない。
しかし、咲夜は諦めることなく、マミゾウを見据えようとする。
「ごーお」
「はやっ……!」
空中だと言うのに、そこに足場があるかのように踏み切ったマミゾウの両膝が、上空から咲夜の肩を狙った。
ごきん、といういやな音が響く。遅れて襲い掛かる激痛に、彼女は唇をかみ締める。そして、体勢を崩した彼女のみぞおちに、マミゾウの右腕が突き刺さる。
「ろーぉく。
ほれ、どうした。まだ10秒もたっておらんぞ」
余裕の笑みを浮かべ、その一撃で体を折る咲夜の肩を、彼女は叩いた。
マミゾウが本当に本気であるならば、金属よりも遥かにやわな体でしかない咲夜の胴体など、簡単に彼女の腕は貫いていただろう。
それを、みぞおちを抉る程度で勘弁したのは、彼女の慈悲か、それとも余裕か。
「げほっ! げほっ! うぅ……!」
「しーちぃ」
くずおれる咲夜の体を蹴り上げ、更なる一撃が咲夜のわき腹を直撃する。
吹き飛ぶ彼女。それを追いかけるマミゾウ。
咲夜は痛みをこらえ、目を大きく見開くと、空中で体勢を整える。
そうして、迫ってくるマミゾウめがけてナイフを投擲し、反撃とばかりに自分から相手へと向かっていく。
「おっと。これは危ない」
マミゾウは足を止め、ナイフを片手で軽々撃墜すると、接近してくる咲夜を迎え撃つべく、その瞳で相手を見据える。
咲夜はマミゾウの眼前で自分の足下めがけて勢いよく左足を蹴り出した。
何もない虚空――そう誰もが思う空間に、いつの間にか、咲夜のナイフが置かれている。一瞬の間に配置したのだろうと知ることの出来る早業だ。
彼女はそれを足場として踏み込み、それによって軌道を変える。
マミゾウを飛び越えるようにして相手の背後に回りこんだ彼女は、すかさず右手のナイフを振るう。
「とーお」
「っ!?」
だが、直後、攻撃を食らったのは咲夜の方だった。
マミゾウは鋭く尻尾を振るい、咲夜の顔を殴り飛ばした。鉄アレイか何かで顔面を殴り飛ばされたかのような衝撃に、咲夜の意識が一瞬、吹き飛ばされる。
そして、マミゾウは完全に動きの止まった咲夜めがけて振り返り、がら空きとなっている彼女の胴体に拳を突き入れる。
咲夜の体は後ろに向かって吹き飛ばされ、そこで、戦いの趨勢を見守っていたメイド達の中に叩き込まれる。
「どうした。もう終わりかの?」
「ま……まだまだ……!」
自分を押さえてくれたメイド達を後ろに下がらせ、咲夜は言う。
内臓をやられたのか、彼女は咳き込むと同時に血を吐き出し、口許を赤く染めながら、しかし、不敵に笑う。
だが、それは誰がどう見ても『無理』、そして、『虚勢』と言う言葉しか浮かばない姿だった。
「なかなかどうして粘るのぅ。
しかしのぅ、お嬢さんや。次の一撃で、どう考えても勝負は終わるぞ?」
「やってみなければわからないでしょう!」
「強がりじゃのぅ」
わしはケンカは嫌いじゃ、とマミゾウは言う。
しかし、とんでもない。
確かに彼女はケンカはしていないと言っていいだろう。これは彼女にとって、遊びに過ぎないのだから。
その遊びに過ぎない力で、紅魔館でも最強クラスの咲夜を圧倒しているのだ。
ケンカなどではない。これは一方的な、遊びなのだ。
本気の咲夜を嘲笑う、意地の悪いゲームを、マミゾウは愉しんでいるのだ。
「まぁ、よいじゃろう。
負けを認めぬ頑固さも時には必要よの。どれ……」
そろそろ終わりにするか、と彼女の瞳が語る。
すでに満身創痍の咲夜は立っているだけでもやっとの状態だ。彼女の得意とする時間操作が使い放題なら、ここまで一方的な戦いとはならなかったかもしれないが、彼女曰く『今回のルール上、それはご法度なの』ということで自ら、彼女は自分に枷を嵌めて戦っていた。
そこまでしてそんなルールにどうしてこだわるのか。周囲の、咲夜を慕うメイド達は瞳で訴える。
だが、その視線は、咲夜には届かない。いや、届いていたとしても無視しているのだ。その理由は、恐らくはレミリアのため。自分が敬愛する主が、今回の戦いの『主役』だ。その主役に対して、側で支える脇役が『ルール無視』をしたと喧伝されるのは許せない――それは、主に対する不敬に直結するからだ。
愚かかもしれない。バカと言っていいかもしれない。しかし、それが咲夜の考えであり、己の信条であるのならば、誰も言葉に出してそれを指摘できないのは当たり前だった。
マミゾウはそれを知ってか知らずか――仮に、知っていたとしても、己のスタンスは変えていなかっただろうが――咲夜へと歩み寄っていく。
「くっ……!」
咲夜はナイフを構え、虚勢を張る。
しかし、その手にほとんど力が入っていないのは傍目にも明らかだった。
マミゾウの笑みが深くなる。
そして、彼我の距離が狭まったその時、マミゾウめがけて無数の弾丸が降り注いだ。
「メイド長、お逃げください!」
「マミゾウ様、おやめください! これ以上の狼藉は許されません!」
周囲でどうすることも出来ず、二人の戦いを見ているしか出来なかったメイド達の中で、咲夜への忠義でマミゾウへの恐怖を振り払った者達が三人、加勢に入った。
マミゾウは彼女たちからの攻撃で左手だけで払いながら、咲夜へ向けていた視線を彼女達へ向ける。
そうして、
「下がれぃ、こわっぱ!」
猛烈な圧力を伴った一喝を放った。
それだけで、メイド達はその動きを止めてしまう。……いや、その言葉一つで、彼女たちは金縛りにあったかのように動きを止められてしまった。
「貴様らのような雑魚に用事などないわ! わしの遊びの邪魔をするというのなら、二度と蘇ることが出来ぬようになるまで引き裂き、喰ろうてしまうぞ!」
それは、大妖怪としての、圧倒的なまでの威圧感だった。
鋭い牙を覗かせ、魂どころか存在そのものまで射抜いてしまうような瞳を向けて吼える彼女の姿には、威厳と共に圧倒的な恐怖があった。
足を止められたメイド達は、顔を真っ青にし、体を硬直させ、目を見開いている。自分たちに明確に向けられた恐怖の顕現に恐れおののき、体が、魂が、持ち主であるはずの彼女たち自身の言葉を受け付けないのだ。
これ以上、前に進めば殺される。これ以上、立ち入りすれば食い殺される。その恐怖が、彼女たちを完全に包み込んでいた。
慌てて周囲のメイド達が彼女を助けに入り、戦場から離れていく。仲間に囲まれた瞬間、恐怖から解放されたらしい彼女たちは、メイド服に染みが浮かぶほどの冷や汗を一気に流し、卒倒した。
「ふん。下世話なことをするものよ。
――しかし、お主は慕われておるな。このわしを前にして、あのように分をわきまえぬ行動を思い立たせるなど、並大抵の勇気では出来ぬ。誠、よい部下に恵まれたな」
その瞬間だけ、マミゾウの気配が『無敵の大妖怪』からいつもの好々爺へと戻っていた。
自分の子供を見るような、暖かく、優しい眼差しを咲夜に向けて、柔らかな笑みを浮かべて彼女を賞賛する。
「……ありがとうございます」
「だが、これとそれとは無関係。勝負は勝負」
意識と気配を入れ替え、妖怪の顔へと戻るマミゾウ。その顔が、その瞳が、その牙が、改めて咲夜を捉える。
ゆっくりと、マミゾウが咲夜へと近寄っていく。
咲夜は大きく息を吐き、体から力を抜いてこうべを垂れた。
ともすれば敗北を宣言するようなその態度に、わずかにマミゾウが訝しげな表情を浮かべる。
「……私は負けられません」
「ふむ」
「敬愛するお嬢様達のため。私を慕ってついてきてくれているみんなのため。
私を信頼して、この場を任せてくれた人たちのため」
「人とは、とかく間柄に縛られるものよ。
それを愚かとは言わぬが、窮屈じゃのぅ。一人がいいとは言わぬが、さりとて回りに縛られすぎるのもまた問題じゃ。
己の自由を捨ててまで、互いが互いに尽くすことに意味などなかろう」
「私は、そんな関係が心地よい」
瞬間、咲夜が顔を上げた。
刹那の間に猛烈な勢いでその足が前に進んでいく。
あっという間にマミゾウとの距離を詰めた彼女は、手にしたナイフを振るう。
マミゾウは左手でそれを受け止め、反撃の右手を放とうとするが、それよりも速く、咲夜の左手が彼女の眼前にあった。
マミゾウは舌打ちし、体を反らせて後ろに下がる。それを追いかけ、さらに一歩、足を踏み込んだ咲夜は、両手を思いっきり上から下へと振りぬいた。
その先に輝く銀色の刃が、マミゾウの両腕に突き刺さる。
マミゾウは『ほほう』と目を輝かせる。咲夜の動きに感心したのか、それとも、その反撃を純粋に喜んだのか。
「私は、負けないっ!」
咲夜は両手のナイフをマミゾウの腕に突き刺したまま、次のナイフを取り出し、それを左右に振るった。
マミゾウは自分の腕に刺さったナイフを後ろに下がりながら抜き取り、相手の攻撃を爪で受け止める。
響く甲高い金属の音。
咲夜はナイフを捨てると、前方に突っ込み、肩から体重を乗せたタックルを放った。
マミゾウの体が、わずかに後ろに動く。それを確認してから、咲夜は左手の掌底でマミゾウの顎を一撃する。
がつん、という重たい感覚。マミゾウが大きく後ろにのけぞる。
それで終わらず、素早く腕を引いた咲夜は、左肘でマミゾウの胸を貫いた。
「なかなかの体術……頑強な肉体を持つ妖怪に、人間の身で殴りかかる戦法を執るとは。
さすがは、わしの見込んだおなごよの」
後ろに下がり、彼女はつぶやく。
腕、胴体、顔の部分にダメージを受けたマミゾウは、しかし、その顔に余裕の表情を浮かべていた。
彼女の腕から流れていた血が、いつの間にか止まっている。体のあちこちに刻まれたダメージが、一瞬の間に回復している。
人間では決してありえない妖怪の生命力――それこそ、彼女たちを倒すには、一撃で回復不可能なダメージを与えるか、回復が追いつかないくらいにその体にダメージを刻むしかない。
一瞬の反撃では、人間では、妖怪には勝てないのだ。
しかし、その状況にあって――自分に向かって、勝ち目がほとんどないとわかっていて、なお、向かってくる咲夜に対する視線は優しいものがあった。
絶望的な状況にあって、なお、勝てると嘯くものは三つに大別される。
一つは蛮勇に踊らされた愚か者。
もう一つは根拠のない自信で身を滅ぼす愚か者。
そして最後の一つは、待ち受ける結論が100%の存在でない限り、決して希望を諦めない勇者。
マミゾウが好むのは、明らかに、この三番目の相手だった。
「うむうむ。実によい。
これは、成長すれば、回りが驚くようなべっぴんさんになるじゃろうな」
しかし、マミゾウは相手を勇者と認めながらもその相手に勝ちを譲るようなことはしない。
勝利とは文字通り、勝ち取るもの。誰かから偶然、与えられるものではないのだ。
咲夜は再び、マミゾウに向かってくる。だが、その勢いに、先ほどのような鋭さはなかった。あれが最後の力を振り絞った行動だったのだろう。
マミゾウは彼女の腕を取り、その肩を鋭く突く。
咲夜の体が、マミゾウに握られた腕を支点に回転し、大きくバランスを崩した。その腕を引いたまま、マミゾウは彼女を後ろへと投げ飛ばす。
「さて、これで終わりじゃの」
平衡感覚を乱され、もはや体勢を立て直すことが不可能である咲夜を見据えて、マミゾウは言った。
――次にわしに挑んでくる時は、もっといい勝負を期待しよう。
彼女の瞳は語り、咲夜と一瞬だけ視線を絡める。
そうして、咲夜にとどめを刺すべく、マミゾウの腕が動く、まさにその刹那、彼女の眼前に鋭い銀閃が閃いた。
その攻撃のあまりの鋭さに、彼女も一瞬、息を呑み、動きを止めてしまう。
「マミゾウ様、そこまでになさってください」
「うちらのかわいいかわいい咲夜ちゃんをいじめる奴は許さないわよ」
「……ほう」
新たな手助けが、そこに加わっていた。
腰に掃いた鞘から抜く、一目で業物とわかる刀を携えたメイドが一人。さらに、自分の身の丈よりも巨大な大鎌を抱えたメイドが一人。
彼女たちがかざした刃が、マミゾウの動きを止めていた。
「メイド長、ご無事ですか」
「……あなた達……」
「助太刀が遅れて申し訳ありません。
天界の温泉、とてもいいお湯でございました。久方ぶりの休日を堪能させて頂きました」
紅の騎士団とレミリアが宣言したメイド達の中にあって、ひときわ目立つ、真っ白なメイド服。
優雅に、華麗に、そして鮮やかで淑やかに。
現れた彼女たちの存在感と気配に、『……ふむ』とマミゾウはうなずく。
「元はと言えば、もう少し早く帰るはずだったのですが……」
「あら、あちらの温泉のマッサージ器を使用なされて『ああ、もう帰りたくない……』と仰っていたのはどちら様だったでしょうか?」
「うるさい、ほっとけ」
「……そういうのはいいから」
そして、こうした戦場においても、普段の雰囲気を失わない彼女たち。
それは――、
「あのお方たちは……!」
「お姉さま、ご存知なのですか?」
「あなたは……そうね、今年の新入りなら知らないかもしれないわ。
教えてあげる。
彼女たちは、その完璧な美貌と見事なメイドとしての技術・知識・経験、その全てを兼ね備えたことで、お嬢様より『マイスター』の称号を与えられた、『マイスターのお姉さま』方よ。
……私たちみたいな平のメイドがお目通りすることすら畏れ多い方々、と言い換えることも出来るわ」
最近、ようやく後輩を指導することが許された彼女は、目の前に佇む優雅な『マイスター』達に敬意を払いながら、そう、はっきりとした言葉を口にする。
「……あの、それ、お嬢様とどっちが偉いんですか?」
「ちなみに命名はお嬢様よ」
「いや、あの、お姉さま。わたしの質問に答えて……」
「さらに言えば、マイスターのお姉さま方は、毎日が忙しすぎて年間休日145日の紅魔館において、わずかに30日しか休めない――しかし、紅魔館は残業禁止とはいえ、労働に対する対価ははっきりしていることから残業代も青天井! 年収は余裕で数千万と言う方々なの!」
「……何かもうどうでもいいです、お姉さま……」
などというよくわからない会話が周囲のメイド達から聞こえる中、マイスターの一人が、抱えていた咲夜の様子を見て、『一度、後ろに下がってください』と後退を促した。
「待て待て。
お主ら、わしと十六夜殿の戦いは……」
「マミゾウ様。貴女様はこう仰いました。
『一分を過ぎれば、メイド長の勝利である』と」
「一分、ついさっき過ぎましたよ? だから、うちら、咲夜ちゃんの助けに入ったんだしね」
マイスター達のセリフに、きょとんとなるマミゾウ。
彼女は腕組みし、しばし、相手の言葉を咀嚼する。そうして、ようやく自分にかけられた言葉の意味を理解したのか、ぽん、と彼女は手を打った。
「……おお、なんと。
ついつい戦いに夢中になってしまっておったわい。わっはっは!
なんと、わしの負けか! ならば仕方ないな!」
先ほどまでの雰囲気はどこへやら。
急に上機嫌になったマミゾウは戦闘態勢を解き、その気配をすっかり収めてしまった。
彼女に刃を向けていた二人は、内心、ほっとしながら武器を下ろす。
――ぎりぎりのところで止めに入ることが成功したからいいものの、マミゾウが怒り狂い、暴れだせば、彼女たちでもマミゾウを止めることは不可能だからだ。
長い年月を経てきたとはいえ、所詮、彼女たちは妖精。大妖怪たるマミゾウとは圧倒的な地力の差がある。本気の勝負をマミゾウに挑んだとして、数分、相手を押さえられるかどうか――それくらい、力の差がある相手なのだ。マミゾウという妖怪は。
「いやいや、さすがは十六夜殿。強いな、感心したぞ!」
「……ありがとうございます、マミゾウおばあさま」
「わっはっは! いや、愉快愉快!
どれ、それならば約束どおり、わしは一度、船に戻るとしようかの。しかし、一分を耐えておったか。なかなかやりよるのぅ。
ついつい夢中になって、時間が過ぎるのを忘れてしまったわい! わははは!」
「……ですが、実質的な勝者がどちらであるか、言わずともわかると思われることです。
マミゾウおばあさま。次は私が勝ちます」
「よい仲間、よい友人、そしてよい部下に恵まれたの、十六夜殿。
次に逢うときは、お主の作るうまい料理を食べさせてもらいたいものじゃ。
おお、そうじゃ。次は料理勝負なぞどうかのぅ。こう見えて、わしは料理が得意じゃぞ。ただし、宴会料理じゃがな。ほっほっほ」
適当に話をはぐらかしながら、ひょいひょいとマミゾウはその場を去っていく。
彼女の後ろ姿に攻撃を仕掛けようと言うものはいない。
下手な攻撃をすれば完膚なきまでにやられることがわかっているというのもあるが、そのような行為は、自分たちが敬愛するメイド長である咲夜を裏切るような行為でもあるためだった。
上機嫌になったマミゾウは、去り際に咲夜を振り返り、ぱたぱたと右手を振った。そうして、あっという間にその姿を消してしまう。
メイド一同で彼女を見送った後、誰からともなく、ほっと息をついた。
「それにしても、メイド長。
この変な物体は何なのですか?」
白の衣装を纏うメイドの一人が、自分たちの周囲を飛び交う黒い影――そして、今なお続くメイド達との戦闘で撃墜されるそれを眺めながら尋ねてくる。
――そうこうしている間にも、ぬえの放ったベントラー達は紅魔館の面々を攻撃し続けている。何も、マミゾウが去ったからと言って、彼女達を取り巻く脅威が消えたわけではないのだ。
「それもベントラーよ」
「これがベントラーというものなのですか。初めて見ますが、変わった生き物ですね」
「生き物じゃないと思うのだけど……」
「え? そうなの?」
「多分」
周囲を飛び回るベントラーを片っ端から撃墜して回る二人のマイスターメイド。
一人は身の丈の二倍ほどもある大剣を振り回し、こちらから逃げようとするベントラーを執拗に追いかけて撃墜すると言う、いわば逆ドッグファイトを見せている。
もう一人は、攻撃のために近寄ってきたベントラーを、目にも留まらぬ拳の一撃で撃墜する、素手のメイドだ。その拳法の腕前は、美鈴もかくやというほどか。
このたった二人が、これまで百を超えるメイド達を撃墜してきたベントラー達を蹴散らしていく。その実力はすさまじく、ベントラーが何機でかかろうと相手にならないほどだ。
「メイド長がご無事で何よりです」
「……そうね。
正直、ここまで苦戦するとは思っていなかったわ」
「恐らく、それはあちらも同じことでしょう。
我々、紅魔館のメイド達の結束を侮っていたというところがあるかと」
「貴女は、相変わらず冷静ね」
ぺこりと頭を下げるのは弓矢を手にしたメイド。
彼女は瞬間、こちらに攻撃を仕掛けようとしてきていたベントラーを射抜いている。無論、その手の動きと弓の構えは全く見えなかった。
「この場に残り、砲撃部隊の援護を務める者を5人。
また、前方に向かい、美鈴さまの援護を務めるものを3人、それぞれ指定しました」
「ありがとう」
「メイド長。あまりご無理はなさらないでくださいね」
にっこり微笑む、眼鏡をかけたメイドが言うと、彼女に従う形で二人のメイドが陣形を組み、前方へと向かって飛んでいった。その彼女たちにもベントラーは襲い掛かろうとするのだが、彼女たちに近寄った瞬間、真っ二つに両断され、撃墜されていく。
もはや、何が起こっているのかすらわからない。そんな実力者たちが、美鈴の援護に向かう――たとえ、彼女たちが妖精であろうとも嬉しい援軍となることだろう。
それを見送ってから、ふぅ、と咲夜は息をつく。
「……とりあえず、壊された砲の修理が必要ね」
「あれは魔法技術の塊ですね。わたしと彼女も手伝いますが、修復にはパチュリー様が必要と思われます」
咲夜を抱きとめている彼女と、その彼女の視線の先にいるもう一人のメイドは、どうやらパチュリー達のように魔法系統を得意とするようだ。
現に、その視線の先にいるメイドは傷ついた部下達の間を回り、「いやー、よく頑張ったね。お姉さんは感心するよ」などと声をかけながら、光る掌で相手の傷を治していっている。
「……にしても、聖輦船にダメージを与えた感じが……!?」
その時、ほっとしていた咲夜の表情が一気に引き締まる。
彼女の視線の先――聖輦船が掲げる二本の砲塔が、ゆっくりとこちらに向いてくるのを確認したからだ。
「主砲を使う……!?
みんな、あの攻撃の射線上から逃げて! 早く!」
咲夜の声は、その指示は、半分、悲鳴にも近いものだった。
メイド達の視線が一斉に咲夜に、そして、聖輦船の主砲に向いてから、彼女たちは事態を理解したのか、その場から散開していく。それを追いかけるベントラー達は、攻撃が可能なメイド達、そして、それを率いるマイスターメイドによって撃墜されていく。
「メイド長、あなたもこちらに」
「え、ええ。
後方部隊にも伝達! 敵は主砲を使う! 巻き込まれないように逃げてと伝えて! 急いで!」
「畏まりました!」
伝令を担当するメイドが、真っ青な顔で後ろに向かって飛んでいく。
咲夜は彼女の背中から、その視線を、聖輦船の方へと戻す。
「……まずいわね」
聖輦船の主砲。その威力は計り知れないものがある。
撃たれたら、その攻撃を止めることは誰にも出来ない。出来るのは、当たらないようによけるだけだ。
そして、聖輦船の主砲の向かう先――それは、自分たちの遥か後方にある紅魔館であることは容易に窺い知れる。
自分たちのような部隊を狙い撃つには、あれはあまりにも非効率的だ。固まっている、あるいは動かないものを狙い撃つ武器なのだから。
「どうにも出来ない……!」
主砲の発射を止めるには、それを破壊するしかない。
だが、今、それを行うことの出来る武器がないのだ。唯一、聖輦船にダメージを与えられるランチャーも、先のマミゾウの乱入で三つが破壊され、残りの砲の扱いも部隊が混乱しているためままならない。
先ほどまでの柔らかな雰囲気はどこへやら。一瞬にして、場は緊張に包まれた。
「お嬢様」
「何?」
「前方の突撃部隊及び砲撃部隊が命蓮寺の部隊と交戦中。双方、共に被害は甚大の様子」
「そう」
砲撃部隊の遥か後方。
そこに、レミリアを中心とした近衛部隊がいる。
ちんまりしたお姿にふりふりのかわいらしい魔法少女衣装のお嬢様は、伝令の言葉を尊大な様子で受け止めると、組んでいた腕を解いた。
「そろそろ前に出ようかしら」
「そうですね。
ここにいる無傷の部隊を前線に届けて、戦線を維持するのも必要な措置かと思われます」
「……えーっと?」
「援軍が必要と言うことです」
「なら、そう言いなさい。全く」
お嬢様の傘持ちメイドは『失礼致しました』と頭を下げた。
ともあれ、レミリアはその場の一同に指示をする。
『全隊前進。味方の援護を開始する』と。
レミリアの周囲を囲む近衛部隊が、それぞれの小隊長の言葉を受けて散開し、前方に飛んでいく。
レミリアはそれを見送った後、残った、周囲のメイド達に言う。
「わたし達は、もちろん、別ルートよ」
彼女の敵は、命蓮寺最強の女、聖白蓮ただ一人。
その他の有象無象の雑魚を相手にして戦力を疲弊させる必要はないのだ。
レミリアは、彼女の周囲を護衛する4名のメイドだけを伴い、戦場を大きく迂回しながら聖輦船へと接近していく。
「お嬢様」
「何かしら?」
「前方の偵察メイドより報告。フランドール様が我慢できずに聖輦船に接近を開始しているそうです」
「そう。まぁ、あの子は遊びたい盛りだから仕方ないわね」
「お嬢様と一緒ですね」
「何か言ったかしら」
「いえ別に」
こういうのを慇懃無礼な態度と言うのだが、根本的に、脳みそお子様のお嬢様にはその辺りの機微は理解できないらしかった。
『まぁ、いいわ』と彼女はそれを流して、さらに前方へと移動していく。
聖輦船から放たれるレーザーやバルカンの音が響き渡り、そこかしこで炸裂する爆発音が聞こえ始める頃。
「この辺りがいいかしらね」
レミリアはそこで部隊の足を止め、片手を大きく振り上げる。
そこに現れる紅の槍。
彼女はそれを、聖輦船に見せ付けるかのように振るう。
「これこそ、宣戦布告というやつよ」
「あとでメイド長に叱られますよ」
――実は、という必要もないかもしれないが、この行動はレミリアの独断である。
彼女もやはり、吸血鬼として好戦的な性格をしている。その衝動を抑え切れなかったのだ。
『また勝手なことをして! お嬢様、どうして危険なことをしようとするのですか! はい、正座して反省文50枚!』
――こんな風に、目を三角にして怒るメイド長の顔が見えたような気がして、レミリアの傘持ちメイドはぼそっとツッコミを入れるのだった。
「聖。あれは……」
モニターに映し出されるレミリアの姿。
右手に構えた巨大な紅の槍を大きく振り、こちらを挑発してくるその姿に、星が声を上げる。
「『かかってこい。臆病風に吹かれたのでないのなら』――か。安い挑発だ」
読唇術でレミリアの言葉を代弁するナズーリン。
その時、後ろで小さく、気配が動く。
「……聖」
「そろそろ私の出番のようですね」
衣擦れの音一つ立てず、白蓮が立ち上がっていた。
彼女は、試合に向かう武術家の瞳をしていた。体術を得意とする『魔法使い』は、その心に、魔法と共に刻んでいるものがある。
「レミリア・スカーレット。いい勝負が出来る相手です」
それは、美鈴たちのように、より強いものを求める修羅の心。
自分よりも強いものに惹かれ、それを叩きのめし、打ちのめすことに至上の喜びを感じる悪鬼の姿。
彼女はこういう時、己が信仰する仏に許しを請い、それがかなわぬ時はその仏にすら背く。
戦いの高揚感――そして、戦いの果ての勝利の味が忘れられない、一匹の獣の姿がそこにある。
「行って来ます」
「……ご武運を」
「あなたがやられれば、我々は敗北だ。負けないように頑張ってきてくれ」
「ええ。ありがとう、とても素晴らしい声援だわ」
ナズーリンの皮肉すらいつも通りにさらりと受け流し、白蓮はブリッジを後にする。
入れ替わりに船へと戻ってきたマミゾウは、その場に残っていたナズーリンと星に向かって、こんなことを言った。
「白蓮殿は、まるで妖怪のようじゃな」
――と。
「あっそぶ~♪ あっそぶ~♪ たのしくあっそぶ~♪」
自作の歌を口ずさみながら、フランドールは聖輦船の対空弾幕へと突撃していく。
彼女は手にした火炎の魔剣を振るい、次々にその攻撃を撃墜しながらきゃっきゃとはしゃぐ。
「楽しいね!」
「私は生きた心地がしませんけれど」
フランドールの傘持ちメイドは、全く表情を変化させないものの、微妙なニュアンスを言葉に載せて返答する。
しかし、そんな彼女も、星蓮船の攻撃には『かすってすらやるものか』とばかりに見事な回避を披露している。驚くべきところは、そんなアクロバティックな動きをしながらも、ちゃんとフランドールを日光から守っているというところか。
とりあえず、今回、フランドールは自由に行動することを許されていた。
無論、彼女も紅魔館にとって重要な人物である。もしも彼女に何かがあれば、その時点で紅魔館は総崩れとなるだろう。レミリアも、ある意味で、どうなってしまうかわからない。
そのため、彼女の身に危険が迫るようなことがあれば、即座に、このメイドがフランドールを抱えて離脱する手はずになっている。彼女はそれほどの重要人物なのだ。本来ならば、こうして前線に出てはいけない類のものなのである。
だが、フランドールほどの実力者を遊ばせておく余裕は、紅魔館にはない。彼女一人で妖精メイド一個師団どころか紅魔館のメイド部隊全員を凌駕するくらいの力を持っているのだ。
色々と難しい作戦も考えたのだが、フランドールにはそれが理解できないであろうと共に、『どうして遊んじゃダメなの!?』と癇癪を起こして暴れられては元も子もないと言うのが、プランを考えた咲夜のセリフであった。
そのため、フランドールは基本的に自由行動、というところで話は落ち着いたのである。無論、お付のメイドという保険は忘れずに。
「よーっし! どっかーん!」
彼女の手にした魔剣が、聖輦船の装甲を切り裂く。
その巨大な炎が一直線に聖輦船の装甲を薙ぎ払い、深い亀裂を生み出す。そして、走る亀裂と遅れて轟く爆発に、彼女ははしゃぎ、『ねぇ、見た!? 見た!?』とメイドの服の袖を引っ張った。
「よーし! もう一発ー!」
さらなる一撃を加えようと振るう剣。
しかし、今度は、それが聖輦船に届く前に止められる。
「……あれ?」
「お嬢ちゃん。暴れるのはそこまでにしておきなさい」
響き渡る、凛とした澄んだ声。
フランドールの視線の先に一輪の姿があった。
そして、彼女の背後にはいつもの入道、雲山がいる。その腕が、フランドールの剣を掴んで止めていた。燃え盛る炎の刃を握り締めても、雲山は顔色一つ変えず、一輪と共にフランドールを見据えている。
「ぶー。どうして遊んじゃダメなのー」
「人のものを壊すのは悪いことでしょう?」
「けちー!」
ほっぺたを膨らませて、フランドールがふてくされた。
それを見て、一輪が肩をすくめる。
「全く。
それ以上、暴れるなら、ちょっと痛い目を見るわよ」
「べー、だ」
「雲山。悪い子にはお仕置きが必要よね?」
雲山が小さくうなずく。
途端、フランドールは手にした剣ごと上空に引っ張り上げられ、放り投げられる。
突然の急加速に目を白黒させていた彼女は、ようやく自分の状態を認識すると、それまでいた位置よりも遥か上空で、ばっと背中の翼を広げて急停止した。
「ねぇねぇ、フランと遊んでくれるの!?」
目をきらきら輝かせ、彼女は眼下の一輪に尋ねる。
相手からの返答はなく、代わりに鋭い閃光が走った。
フランドールはそれを手にした剣で打ち払うと、『やったぁ!』と喚声を上げる。
「遊んでくれるんだね!」
彼女は笑顔を輝かせながら急降下し、一輪めがけて手にした剣を振り下ろす。
それを雲山が両腕で受け止め、掴むと、フランドールの体を聖輦船めがけて放り投げた。
フランドールは空中でくるりと回転すると、両足を聖輦船の装甲に叩きつける形で着地して声を上げる。
「わーい!」
彼女の周囲に浮かぶ無数の弾丸が、雨あられと一輪に向かって放たれる。
一輪はそれを手にした鉄輪で払いながら、フランドールとの距離をとっていく。
「彼女は遠近共にすさまじい破壊力を持った吸血鬼。そうそう油断できる相手ではないわ」
『うむ。これほどの力、これまでに味わったことがない。
恐らく、攻撃力だけで見るならば、白蓮殿もマミゾウ殿も、彼女の足下にも及ばぬであろう』
放たれる攻撃は、一輪だけでは捌き切れない。
最初は十の攻撃が二十に増え、三十に増え、ついには視界のほぼ全てに、フランドールの放つ虹色の弾丸が映し出されていた。
雲山も一輪を守りながら、彼女の言葉に応える。
「なら、なるべくこちらは守りを固めていきましょう」
『御意』
フランドールが接近してくる。
彼女の手にした剣を雲山は受け止め、握り締める。フランドールは剣を相手から奪い返そうとするが、力の差か、全く動けないでいる。
仕方ないと判断したのか、彼女はそれを放棄すると、そのまま素手で一輪へと接近する。
「とうっ」
軽い掛け声と共に、右手側から一輪の頭を薙ぎ払うように放たれる一条の閃光。
一輪は、それを左手で受け止めると、その流れに逆らわずに攻撃を受け流す。勢いをそのまま流され、フランドールは空中で体勢を崩した。
そこへ、反対に、雲山の右の拳がフランドールへと襲い掛かる。
真正面から襲い掛かってくるそれに、フランドールは目をむくと、慌てて後ろへと逃げていく。
――どうやら、彼女は子供ゆえに耐久力はなさそうだ。
それを感じたのか、一輪と雲山が攻勢に出た。
雲山の繰り出す拳をフランドールは『わっ!』とよけ、一輪の放つ閃光もひょいひょいよけていく。ガードに回らないのは、相手の攻撃の威力を、自分では受け止められないと判断したためだろう。これほど幼いというのに、その戦闘に対するセンスは大したものだ。
そうして、反撃として虹色に輝く弾丸をいくつも撃ち出す。
その攻撃は一輪のすぐ側をかすめて通り過ぎ、遥か彼方で炸裂する。弾丸が爆裂した場所は、二人の戦う場所よりもかなり遠くであると言うのに響いてくる轟音。それが、一輪をひやっとさせた。
「ねぇねぇ、楽しいね!」
「そう?」
「うん! フランは楽しい!」
破壊的な威力を持った攻撃を振り回すことを『遊び』と認識する少女にとっては、こうした戦いこそが望んでいる『遊び』なのだろう。
全く厄介な話であるが、逆に扱いやすい相手ともいえる。
彼女が満足するまで、文字通り、遊んでやればいいのだから。
「その衣装、かわいいわね」
「うん! さくやがつくってくれたの! フランのお気に入り!」
「そう、よかったわね」
「うん!」
続けざまに放たれる、左から迫る横薙ぎの閃光を、一輪は身を低くして回避した。
わずかに回避が遅れ、彼女が普段かぶっている頭巾が消し炭になり、その威力に肝を冷やす。
だが、一輪も反撃として、一発放った閃光がフランドールの羽に命中していた。
フランドールは『いた~い』と声を上げたものの、行動を止めることは決してない。
さらに勢いに乗って攻め立ててくる彼女をいなしながら、一輪は雲山に視線を向ける。雲山は小さくうなずくと、その右手の攻撃を、フランドールの側に付き従う傘持ちメイドに向けた。
吸血鬼の弱点は日光。そして、今日はお日様燦々の日本晴れだ。
この光の中で、吸血鬼が活動できる理由はない。彼女が日光の下で自由に暴れられるのは、あのメイドが持っている日傘が日陰を作り出しているからである。その状態を作り出す『もの』がいなくなれば、自然、フランドールは撤退せざるを得なくなる。
少し卑怯な戦い方ではあるが、これも立派な戦法である。
何より、フランドール本人を相手にするよりも、メイドの彼女の方が確実に楽――そう、二人は思っていた。
『ぬっ!?』
しかし、それが間違いであったことに、すぐに気づかされる。
メイドはひらりと蝶のような動きで雲山の拳を回避すると、その視線を一瞬だけ、一輪に向けてくる。
彼女の顔は笑顔だったが、その目は全く笑っていなかった。
『卑怯な戦い方をせず、真摯にフランドール様と遊んであげてください。さもなくば――わかっていますね?』
彼女の瞳は、そう語っていた。
「……やれやれ。こっちも楽な相手じゃないのね。
たかが妖精とはいえ、何百何千年と生きれば、立派な大妖怪の仲間入りということか」
紅魔館と言うのはよくわからない組織だな、と一輪は苦笑した。
お嬢様たるレミリアが一番権力を持っているように見えて、実質、館を取り仕切っているのはメイド長――かと思えば、その下で働いているメイド達の中には、それに勝るとも劣らない優秀なメイド達がいて……と、思っていたのに、全く何の役にも立たないものまでいたりする。
歪なはずなのに、その歪な形が、どこか整然とした絵として描き出された場所――それが、あの紅の館なのだろう。
そんな場所を統率するのが、彼女たちを固く結びつける『結束』唯一つだと言うのだから、本当に、人間関係というものは複雑なものだ。
「仕方ないわね!
雲山、遊んであげましょう!」
『うむ』
「わーい、おじいちゃん、ありがとう!」
『お、おじいちゃん……だと……!』
きらきら輝く笑顔を向けられ、雲山が言葉に詰まる。
一輪が『どうしたの?』と尋ねると、
『……雲入道として、長いこと生きてきたが……『おじいちゃん』か……。
……いい響きじゃのぅ』
「おーい……」
「まあ」
目を点にしてツッコミ入れる一輪と、くすくす笑う傘持ちメイド。
どうやら、この雲山、子煩悩な性格であるらしい。
「真面目にやりなさい! ったく!」
振り下ろされるフランドールの腕を受け止めながら、一輪。
吸血鬼の腕力のすさまじさに彼女は顔をしかめ、一瞬、フランドールをにらみつける。
フランドールはその行動に何かを感じたのか、慌てて体を逸らす。
直後、彼女の頭があった位置に小さな爆発が起き、空気を震わせた。フランドールが回避行動を取っていなければ、彼女の頭くらいなら吹き飛ばせていた威力の攻撃だ。
「雲山!」
連続して放つ閃光弾でフランドールを下がらせ、その動きを拘束する。
そこへ、雲山の目から放つ光線が貫いていく。
「うわ、おじいちゃん、かっこいい!」
驚き、相手を賞賛するフランドールだが、その攻撃を回避することは出来ない状態だった。
そこへ、傘持ちメイドが横から割り込み、フランドールをその胸に抱いて日光から隠すと同時、手にした日傘を閃光へとかざした。
「……あの傘、どんな素材で出来てるのよ」
一輪が呆れてしまうような光景が、そこにある。
雲山の放った強烈な閃光は、メイドの手にした日傘に命中すると、きれいに左右へと向かって弾かれていったのだ。
「パチュリー様謹製、弾幕コーティングのなされた傘でございます」
曰く、弾幕遊びの最中に、傘に穴が空いてしまっては意味がない、という理由で作られた傘なのだとか。
優雅に日傘をフランドールの上にかざしながら、メイドはぺこりと、二人に向かって頭を下げた。
色々と納得のいかない説明ではあったが、理屈はわからないでもない説明だった。
しかし、それにしたって防御力ありすぎだろうと一輪はつぶやく。
あれほどの防御力があれば、聖輦船の砲撃の一発や二発、軽々耐えるだろうと思われるからだ。逆に言えば、自分たちは、それくらいの威力の攻撃を、フランドールに向かって放っているということになる。
それくらいやらないと勝てないと、二人は判断しているからだ。
「ありがと!」
「いいえ」
「よーっし! まだまだ頑張っちゃうよ!」
勢いづくフランドール。
その笑顔は子供らしく、きらきら輝き、元気に満ち溢れている。これで、遊びの対象が『戦い』でなければ本当にかわいらしい、ただの子供なのだが、世の中、そううまくはいかないものだ。
一輪は雲山に指示して、彼女の相手をさせる。接近戦では、一輪ではフランドールにはかなわないからだ。
雲山の放つ巨大な拳と、フランドールの小さな手がぶつかりあい、轟音を上げて幻想郷の空を震わせる。
『むぅ……!』
雲入道の巨大な拳と張り合えるほどの力を持つ存在、それが吸血鬼。フランドールのような幼子ですら、それほどの膂力を見せる姿に、雲山は、そして一輪は戦慄する。
「ねぇ、あなた!
そのお嬢ちゃんはどれくらい遊んであげたら満足するの!?」
「一時間や二時間ではきかないくらいですね」
「大したスタミナね!」
メイドの澄ました回答に一輪は毒づき、視線を雲山へと向ける。
続けて、雲山の放つ鉄拳を、フランドールは右手で受け止める。ぎしぎしと両者の腕がきしみ、雲山の険しい表情とは対照的に、フランドールは楽しそうに笑うだけだ。
「いっくよー!
ぎゅっとして、どっかーん!」
フランドールは雲山の腕を両腕で支えることをやめ、右手一本で受け止める。そして、自由になった左手をかざすと、一度、大きく開いた掌を握り締めた。
直後、爆裂する閃光と炎の中に、雲山の姿が霧散した。
フランドールの持つ、『全てを破壊する』能力が直撃したのだ。
「へへ~。おじいちゃんに勝った!」
Vサインを突き出すフランドール。
しかし、そんな彼女を一輪は笑い飛ばす。
「何を言ってるの。お嬢ちゃん」
「え?」
「あなたの能力は、形を持つものに関しては、確かに無敵の力かもしれない。
けれど、形を持たないものを壊すことは出来るかしら」
その彼女の言葉の後、吹き飛んだはずの雲の破片が寄り集まり、あっという間に雲山がその場に再生する。
ダメージなど欠片も受けていない様子で、彼はフランドールめがけて、反撃の閃光を放った。
それを再び、傘持ちメイドが割り込んでガードする。
フランドールは目をぱちくりとさせ、雲山を見つめている。
「おじいちゃん、すっごーい!」
少女の頭で辿り着いた答えはそれだった。
目を輝かせる彼女に、雲山は言う。
『ふふふ……。一輪殿よ……やはり、孫と言うのはかわいいものよな』
「言っておくけど、私、結婚の予定ないからね?」
『なんと!?
……それは残念じゃ』
しょんぼりする雲山。それに伴って、彼を形作る雲の形も何だかしんなりして小さくなっていく。
「ああ、もう。めんどくさい」
「人間関係、苦労なさっているようですね。
紅魔館でもそんな感じが日常茶飯事です」
「何だかお互い、美味しいお酒が飲めそうね」
「あら、お寺の方がよろしいのですか?」
「私ら破戒僧だから」
手にした鉄輪を振り回し、そこから無数の弾丸を生み出す一輪。
「戒律は守るべきもの。けれど、戒律に縛られて、自縄自縛になることほど愚かなものはない。
これ、私の持論」
撃ち出されるそれを、フランドールはひょいひょいとよけ、お返しに巨大な閃光を放ってくる。
それを、雲山が撃墜し、爆発が覚めやらぬうちに、一輪がフランドールに接近する。
放つ拳をフランドールはひょいとよける。
だが、直後、その耳元で響いた『ぼんっ!』という爆発音に驚くと、フランドールはバランスを崩してしまった。
そこへ、雲山の放つ弾丸が炸裂する。
「ぶ~……お洋服破れた……」
「あとで直して差し上げますからね」
普通の人間なら、肉が抉れるくらいの威力を込めたつもりだったが、吸血鬼の体を傷つけるには至らなかったようだ。
もっとも、傷ついたはいいものの、一瞬で治ってしまったのかもしれないが。
「タフな上にバカみたいな強さ。
こんなの相手にしないといけないなんてね」
『どうなされた? 一輪殿』
「やんちゃ娘はかわいいな、ってこと」
普段、命蓮寺でちびっ子連中とよく遊んであげている彼女は言う。
子供と遊ぶと言うのは苦労するものだ。子供の体力、そして遊びを探す能力は無限大なのだから。
そういう『苦労』は女の仕事、と彼女は宣言すると、雲山に攻撃指示を下した。
「さあ、もっとかかってきなさい! 飽きるまで遊んであげるわ!」
「やったぁ! フラン、頑張っちゃうからね!」
両雄が空で激突する。
その光景に、フランドールの傘持ちメイドは『貧乏くじを、よく引かれる方のようですね』と一輪を評価したのだった。
「さて――出てきたわね」
青空に佇むレミリアは、その瞳を巨人へと向けながらつぶやく。
その視線の先。
猛烈な弾幕を放ち続ける聖輦船を背中に背負って立つ、一人の女。
圧倒的なまでの存在感。そして、放たれる巨大なオーラ。
――聖白蓮。
「逃げるなら今のうちよ」
「それはこちらのセリフです」
レミリアの簡単な勧告にも、白蓮はさらりと返してくる。
「言ってくれるじゃない」
「そのお洋服、とてもかわいらしいですね。お似合いですよ」
「貴女は妙にエロいわね」
ふんわりふわふわゴスロリちっくのレミリアとは対照的に、大人の色気全開の白蓮。
星の用意した『大人の魅力全開の魔法少女』衣装である。
そもそも上記の表現について、前と後で修飾語が互いにお互いの存在を全力否定しているのだが、それはさておこう。
「そのお洋服を大切にしたいのなら下がりなさい」
「あなたも、スキャンダル大好きの天狗に『露出狂の尼僧』なんて記事を書かれたくなかったら尻尾を巻いてお逃げなさい」
両者は互いに構えを取る。
レミリアは紅の槍を構え、白蓮は体を半身にした構えを。
両者の視線が絡み合い、刹那の瞬間をおいて、二人が互いに激突する。
響くのは爆音にも似た音。それが波紋を描いて青空に広がり、レミリアの周囲を固めていた護衛のメイド達が、思わず構えてしまうほどの衝撃波が周囲を薙ぎ払う。
「へぇ……! わたしの槍を素手で受け止めるなんてね……!
そんな芸当が出来るのは、美鈴くらいのものだと思っていたわっ!」
「あなたこそ!」
レミリアは槍を振り上げ、相手に向かって力任せに突き出した。それを白蓮は後ろに下がり、相手の攻撃射程ぎりぎりの位置に足を下ろしてから、右手を突き出し、槍の先端に向かってそれを叩きつける。
その瞬間、二人の攻撃がかみ合った地点から発生した衝撃波が周囲を一気に薙ぎ払う。
レミリアの護衛を担当するメイド達は、それを遠巻きに見るだけで、決して近寄ろうとはしないほどの激戦だった。
レミリアは槍を捨て、一気に、白蓮に向かって接近する。
振り上がる彼女の腕。それを、白蓮は真正面から受け止める。
吸血鬼の腕力をまともに受けながら、白蓮は、しかし、一歩も後ろに引かなかった。
「大した力ね……!」
二人は互いにがっしりと組み合い、ぎりぎりと互いにせめぎあう。
「ええ……! これでも、魔界では訓練を欠かしませんでしたから……!」
「勉強熱心だこと!」
「ピーマンは食べられるようになりましたか!?」
「うっさいわね!」
互いに距離をとり、閃光弾の応酬を始める。
レミリアの放つ紅の弾丸は白蓮の周囲で弾け、炎を巻き上げる。精度は甘いものの、連続して放たれるその攻撃は分厚い弾幕のカーテンを形成し、白蓮の接近を許さない。
一方、白蓮から放たれる白のレーザーは、的確にレミリアが移動する位置を狙って撃ち出され、空間を焼き貫いていく。
針の穴を通すような精度でもって放たれるそれは、少しの回避ミスすら許されないほどに鋭く、そして強烈だった。
「甘いわね!」
レミリアは、自分に向かってきた一発のレーザーを手で薙ぎ払うと、反撃に紅の炎を生み出し、放つ。
それは白蓮に直撃し、周囲を巻き込み、焼き尽くす業火となって荒れ狂う。
しかし、白蓮はその地獄の業火をものともせず、火炎そのものを拳でぶち抜き、無力化させた。
反撃に、腰だめに構えた手から目がくらむほどの光を放つレーザーを撃ちだす白蓮。レミリアは、さすがにそれは受けきれないと判断したのか、隣の傘持ちメイドに対応を任せる。
こちらもフランドールと同じように、鉄壁の防御を持つ日傘を携えた彼女は、白蓮のレーザーを傘で受け止め、打ち払った。
「大したものですね!」
「ええ、あなたもね!」
「このような形で、貴女と一戦交えることになるとは思いもしませんでした!」
「わたしもよ!
けれど、強い相手というのは好きだわ! 吸血鬼として、力で無理やりねじ伏せてやろうと思うもの!」
力と力がぶつかり合い、そのたびに、幻想郷の空を、その余波が荒れ狂う。
その様を見て、援護に入ることが出来るものなど存在しない。
その邪魔をしようものなら、力の余波を浴びただけで消し飛んでしまいそうな戦い――そんな超人的な戦いを、二人は繰り広げる。
「さあ、これは受けきれるかしら!?」
レミリアは、再び構えた紅の魔槍を白蓮めがけて投げつける。
白蓮は一歩も引かず、それに対峙すると、切っ先を両手で受け止める。
「くっ……! さすが……!」
勢いは殺しきれず、白蓮が徐々に後ろに下がっていく。
だが、槍の先端が彼女に突き刺さることはない。むしろ、徐々に押し返されていく。
時間にして、それは数秒にも満たないせめぎあいだっただろう。
その力と力の激突に勝利したのは白蓮だった。
「はぁっ!」
裂帛の気合と共に、彼女は槍を自分の下方めがけて投げつける。
そして、反撃として放つ閃光を自ら追いかけ、レミリアへと接近した。
レミリアは迫ってくる閃光を手で払いのけ、続く白蓮の拳を左腕で受け止める。
「くっ……!」
衝撃に骨がきしみ、耐え難い激痛が走る。
しかし、レミリアは相手の攻撃を完全に受け止めると、至近距離で白蓮めがけて紅の弾丸を放った。
白蓮は顔をわずかに動かす程度でその攻撃をよけると、鋭い蹴りを放つ。
レミリアはその蹴りを膝で受け止め、相手の攻撃の勢いを利用して後方へ離脱した。
「接近戦は不利ね」
「そのようですね」
比類なきパワーを誇る吸血鬼であるが、どうしても、その攻撃は直線的、あるいは単純になりがちだ。
鋭い技を持つ相手を敵に回すと、レミリアは苦戦してしまう。
ましてやそれが、レミリアとほぼ同じパワーも兼ね備えているとなれば、認めたくない話だが、接近しての殴り合いでは勝利するのは難しそうだった。
「どこへ行くのですか!? レミリア・スカーレット!」
「ちっ! 調子に乗って!」
白蓮から放たれるレーザーが四発、空を切り裂く。
それはレミリアの周囲を囲むように走り、ゆっくりと、彼女に向かって迫ってくる。
彼女は一旦、足を止めると、上からのレーザーを手で振り払い、下からのレーザーを身をひねって回避した。
「さあ、今度はこちらの番ですよ!」
その隙にレミリアに接近していた白蓮が、振り上げた拳をレミリアに叩きつける。
直後、彼女の拳に光が収束した。それをレミリアが認識した瞬間、光が弾け、轟音と共に炎が花開き、圧力に押されたレミリアが後ろに吹き飛ばされる。
「貴女の弱点、それは! 圧倒的なまでの身の軽さ、それ自体です!」
小柄であると言うことは足回りに対する枷が小さく、素早い行動が出来ると言う利点の反面、体重と骨格の質から攻撃力と防御力に不足すると言う欠点がある。
レミリアは吸血鬼と言う種族の特性を生かしてそれを乗り越えたかのように見せているが、自分とほぼ同じかそれ以上の能力を持つ相手と対峙する場合は、やはり、上記の欠点が足を引っ張ってしまう。
猛烈な勢いで繰り出される拳と蹴りのラッシュに、たまらず、レミリアは白蓮から離れるように飛んだ。
そこを逃さず、白蓮の手から伸びる閃光の槍が直撃する。
「はっ!」
その体に突き刺さったその槍をそのまま薙ぎ払われ、レミリアの体に深いダメージが刻まれる。
レミリアは自分の傷を見て、久しく見ていなかった自分の血に、わずかに顔をゆがめる。
すぐさま回復していく己のそれを見ながら、レミリアは舌打ちした。
やはり、真っ当な手段で接近戦を行っていては勝ち目が薄い。かといって、必要以上に距離をとれば、この女の分厚い防御を打ち破るのは難しい。
どうするかと考える彼女。
それを好機と見て取ったか、白蓮がさらにレミリアに接近する。
「隙ありっ!」
突き出される拳。
回避も防御も不可能な、そのタイミング。
レミリアは、歯噛みする。
「こうなったら――美鈴直伝っ!」
その突き出される拳の側面――伸び切った腕へと左腕を押し当て、軌道を逸らす。
同時に、前方に伸びて来る相手の勢いを利用しながら、右手で白蓮の腕を掴んだレミリアは、そのまま白蓮を投げ飛ばした。
「当身投げっ!」
「なんと……! お見事です!」
あまりにもきれいな投げ技であった。
普段、攻撃ばかりで防御を全く考慮に入れないレミリアに対し、『そのままじゃ、いずれ怪我をしますよ』と警告をした美鈴が『いざという時のため』に教えた技が、まさかこのような場で役立つとは。
レミリアは美鈴に感謝し、白蓮から距離をとる。
一方の白蓮は、自分が見事に投げ飛ばされたことに感嘆の声をあげる。
攻撃一辺倒で防御のことなど何一つ考えないレミリアが、まさかこのような返し技を使ってくるとは思っていなかったのだ。
彼女は空中で何とか体勢を立て直し、乱れた平衡感覚を取り戻すために頭を振った。
その瞬間、白蓮は、自分の眼前に迫っていたレミリアの弾丸を認識する。
彼女は次々にそれを撃墜するが、撃墜された瞬間、レミリアの放つ弾丸は炸裂し、周囲に濃い爆煙を生み出していく。
「煙幕……!」
白蓮は辺りを見渡し、レミリアの追撃が来ないうちに煙の中から離脱しようと試みる。
だが、それがレミリアの作戦であった。
「っ!?」
周囲――自分の目の見える範囲に意識が集中していた白蓮は、後ろに下がった瞬間、自分の背後で爆音がすることに驚き、振り返る。
この煙の中、すでに見えない位置にレミリアの攻撃が配置されているのだ。
彼女はそれを悟ると、厳しい眼差しで周囲を見渡す。
「これは……下手に動けないわね……!」
白蓮の周囲に機雷のごとく配置されたレミリアの攻撃は、どれほどの威力を秘めているのかがわからない。
先ほどの攻撃はちょっとした爆発程度で済んだが、全てがこれと同じ威力とは思えなかった。
目に付くところにちょっとした危険を配置し、本当の『死』を隠す。トラップ配置の基本であると共に、戦術の基礎だ。
「わたしが、貴女に勝っているところ。
それはこうした遠距離攻撃と言うことは、貴女も認めるかしら?」
響くレミリアの声。
直後、次々に白蓮の周囲で爆発が発生し、その余波を彼女に浴びせていく。
「あまり、こうした小手先の小ずるいテクニックは好きではないのだけど。
けれど、普段、わたしがよく苦戦させられているのだから、それを積極的に取り込むのは悪いことではなさそうよね」
次の爆発で、白蓮は大きくたたらを踏み、体勢を崩した。
そこへ、彼女の真下から突き上げるような一撃が命中する。
上空に吹き飛ぶ白蓮。それと同時に、その一撃が巻き起こした烈風が、辺りの煙を晴らしていく。
「ほら、よく効いた」
にやりと笑うレミリア。
「さあ、追撃と行きましょうか!?」
放つ弾丸が次々に白蓮に炸裂する。
彼女の攻撃は留まるところを知らず、空に轟音が連続して響き渡る。
「とどめ――!」
最後の一撃を放つ、その瞬間。
「っ!?」
レミリアは一瞬、動きを止めた。
攻撃になぶられる白蓮の瞳が、煙と炎の隙間からレミリアを見た――それだけに過ぎない刹那。
レミリアは確実に、白蓮から『戦慄』を覚えたのだ。
息が止まり、体が硬直する。それを認めたくなくて、レミリアは歯噛みすると共に己の拳を握り締め、それを空中に振るう。力の残滓が宙を引き裂き、周囲に騒音を撒き散らした。
「……なるほど。実に見事。貴女の実力、やはり侮ることは出来ない。
恐らく、命蓮寺でも、貴女の相手が出来るのは私かマミゾウさんくらいなものでしょう」
破けた衣装。傷ついた体。
にも拘わらず、白蓮の闘志は全く萎えていない――それどころか、今までよりもさらに燃え盛っていた。
しかも、よく見れば、彼女につけられた傷は微々たる物だ。致命傷を与えることなど出来ていない。白蓮はあの状態でも、レミリアの攻撃をガードしていたのだろう。
「貴女のような兵と戦えることを、私は感謝します!」
「……元は人間とはいえ、すでに化外の領域に踏み込んでいるだけはあるわね」
レミリアは、一度、深呼吸すると構えを取り直した。
二人は互いににらみ合う。
周囲で響く轟音、震える空気の振動を感じながら、一歩も動かない二人。
そして――
「いざ――!」
「さあ――!」
「参るっ!」
「かかってきなさいっ!」
互いが同時に足を踏み切り、お互いの距離を詰めた瞬間、唐突に世界が揺らぐ。
「何!?」
「あれは……!」
二人は思わず動きを止め、同時に、その異変の源へと視線を向ける。
聖輦船――それが携える巨大な砲門が、紅魔館へと向いている。
そこに蓄えられた光は、いまや太陽をも圧して光り輝き、その圧倒的な力を誇示している。
紅魔館が誇るメイド達も、それには手を出すことが出来ずに、必死で射線上から逃れようとしていた。
「させるかっ!」
「あっ! お待ちなさい、レミリアさん! いくら貴女でも、聖輦船の主砲は受け止められませんよ!」
「知ったことですか!
あれが狙っているのは紅魔館――わたし達の家よ! 自分の家を壊されようとしている時に、その館主が尻尾を巻いて逃げ出すと思って!?」
「レミリアさん……!」
その、あまりにも雄々しき、そして勇猛な言葉に白蓮は心を打たれたのか、感慨すらその瞳に浮かべてレミリアを見送った。
彼女の後に続く傘持ちメイドは、ぺこりと白蓮に頭を下げる。
「……なるほど」
一人、その場に残った白蓮はつぶやく。
「正直、私は、レミリアさんを侮っていたようですね。
あんな、どこからどう見てもかわいらしいだけの、愛くるしいマスコット故に皆に愛されているのだと思っていたのが……全く、大はずれでした」
レミリアは、やはり、館主としての器を秘めた人物だったのだ、と彼女はこの時、確信する。
しかし、だからと言って、その後を追いかけたりはしなかった。
白蓮は言う。
『ですが、レミリアさん。勝負は私たちの勝ちのようですね』
――と。
「助太刀!?」
激痛に涙すら流していたぬえを放り出し、美鈴は慌てて後ろに下がる。
その眼前を空気が切り裂き、衝撃が大地を貫く。一瞬でも、その回避が遅れていれば、美鈴とて無事ではすまなかった攻撃が、彼女の目の前に突き刺さっていた。
ぬえはその場でしりもちをつき、気を取り直した響子に『大丈夫ですか!?』と声をかけられる。ぬえは涙を拭いて『だ、大丈夫だもん!』と強がる笑顔を見せる。それを見て、響子はほっとしたように息をつく。
反対に美鈴は、「何者だ!」と周囲を見渡し、声を上げた。
『――何者だ? 無粋な侵入者はそちらではありませんか?』
「声……。反響している……!」
『貴女こそ、この場に招かれざる侵入者。立ち去るのは、そちら』
「上かっ!」
直後、美鈴の足下に無数の弾丸が突き刺さる。
跳ね上がる聖輦船の装甲の残骸がつぶてとなり、彼女を襲った。
その一発目の攻撃をガードしてから、彼女は後ろに下がる。
そして、視線を上――太陽を背中に背負って立つ、何者かに向けて――、
「あなたは……!」
そのシルエットに、彼女は見覚えがあった。
特徴的なセーラー服。頭にかぶった帽子。
そう――、
「村……!」
「舟幽霊仮面さま!」
「…………………………………………え?」
美鈴の声を遮って上がるのはぬえの声。
思わず、ぎぎぎっ、と首を動かしてぬえを見れば、その彼女の瞳は『恋する乙女の瞳』であった。
きらきらきらりん。目の中にお星様が光っている。
「あっ、舟幽霊仮面さんです!」
それに続く響子。まぁ、こちらはどうでもいい。
また、ぎぎぎっ、と首を動かして視線を移動させる美鈴。
太陽背中に背負った彼女――どっからどう見てもどこぞの水蜜さん。その彼女は、顔に、仮面舞踏会にでも出て行く人間が装着する仮面をつけて立っていた。
「いやいやいやいやいやいやいや!
あれ、どこからどう見ても村紗水蜜さんでしょう!?」
「何言ってるのさ、バカ門番。
あれは舟幽霊仮面さまよ!」
「いやいや! その名前おかしいですよ!
第一、村紗さんも舟幽霊じゃないですか!」
「確かに、村紗も舟幽霊だけど、舟幽霊仮面さまの方がずーっとかっこいいんだもんね!」
「……………………えーっと」
どうしよう。どうしたらいいんだろう。
っていうか、さっきまでの雰囲気どこいったの? 私が普段、見せないようなシリアス出しまくってたあの時の空気はどこいったの!?
――という具合に困惑する美鈴そっちのけで、むr……『舟幽霊仮面』さまが美鈴に襲い掛かってくる。
彼女は手にした武器(アンカーではなくハープーンである)で、美鈴を殴りつける。慌てて美鈴はその一撃を左手で受け止め、衝撃に歯を食いしばる。
「ちょっと! どういうことなんですか、これ!」
「知らないわよ!」
ぎりぎりと二人で組み合いながら、顔を近づけてぼそぼそ会話。
美鈴の問いにあっさり答えてくる辺り、やっぱり、この彼女は村紗で合っているらしい。
「以前、ぬえに、あんまりにもいたずらが過ぎるから『それなら、自分がいたずらされていやな思いをすれば、他人へいたずらをすることをやめるのではないでしょうか』っていう聖の提案を受けて、こんなことやってみたら!」
がきんっ! という音がして、彼女の手にしたハープーンが美鈴の掌を打つ。
「あいつ、思いっきり私のこと『舟幽霊仮面』で信じ込んじゃったのよ!」
しかも、その時は折り悪く当初予定していた流れとは大幅にずれた流れが発生してしまい、ぬえが仕掛けたいたずらが本気で周囲の無関係な人々を巻き込んでしまったのだとか(ちなみに、本来、巻き込まれる役目は星が担うはずだった)。
さらに、その『無関係な連中』というのが辺りでも有名な札付きのモヒカン達であり、これはぬえでも撃退に苦労するだろうというところで、村紗が『とうっ』と助けに入ったのだという。
「適当な訓示を垂れて正体明かそうとしたら『はいっ! わかりました!』ってあの顔よ!
正体ばらせる!?」
「……出来ないですね」
そんな状況で、今更、『なーんちゃって!』などとやろうものならぬえの心に深い深い傷跡を残してしまうことだろう。
何だかんだで、ぬえはまだまだ頭の中身はお子様だ。それは、その子供に対して、あまりにも残酷な仕打ちに過ぎると言わざるを得ない。
結局、村紗は……というか、村紗扮する『舟幽霊仮面』は、それ以来、ぬえにとって『憧れのヒーロー』になってしまったのだという。
ミイラ取りがミイラになったと言うべきか、意味は違うが、人を呪わば穴二つというか。
「舟幽霊仮面さま、頑張ってください!」
「任せなさい、お嬢さん」
きらっ、と光る白い歯と斜め45度の笑みがたまらないのか、ぬえは顔を真っ赤にして『きゃーっ』と黄色い声援を送ってくる。
「……演技力、すごいですね」
「……それほどでもないわ」
ともあれ、幽霊のくせして墓穴を掘った村紗の情けない解説を受けて、美鈴は事態を理解した。
抜けてしまった力を何とか奮い立たせて、村紗と、彼女は対峙する。
そんな間抜けな展開ではあっても、こうして激突することは変わらないのだ。
「はぁっ!」
村紗――舟幽霊仮面めがけて美鈴が蹴りを放つ。
しかし、彼女は手にしたハープーンの腹でそれを受け止めると、その場を支点に一回転し、バックハンドで美鈴の側頭部を狙ってくる。
美鈴はそれを左手で受け止めると、反撃のために前に出て鋭く肘を突き出した。
だが、舟幽霊仮面は左足を軸足としてさらに体を回転させると、右足に軸足を移動させる。同時に、伸ばした右手でハープーンを掴むと、それを力任せに振り回してきた。
美鈴の肘とハープーンが激突し、轟音を上げる。
「……っつ~!」
「さすが、舟幽霊仮面さま!」
「頑張れー、ですぅ!」
「声援ありがとう、お嬢さん達」
二人にアピール忘れない舟幽霊仮面さま。
んなことやるから、余計に後戻り出来なくなるんじゃないかと美鈴は思ったが、口には出さなかった。
突っ込んだ墓穴を深くしている相手に手を差し伸べる趣味はなかったらしい。
ともあれ、衝撃が響く肘を押さえながら後ろに下がった彼女は、改めて構えを取ると前に出る。
攻防一体のハープーンに気をつけながら、彼女の足が地面を踏み切った。
空中から鷹のごとく繰り出される鋭い蹴りを、舟幽霊仮面はハープーンでガードする。だが、美鈴は、その瞬間、そのハープーンすら踏み台にして一段高く飛び上がると、空中でくるりと回転し、猛烈な威力の流星脚を放つ。
さすがに、それはガードできないと悟ったのか、舟幽霊仮面が後ろに下がる。
直後、轟音を上げて、聖輦船の装甲が大きくクレーター状にへこんだ。
続けて地面を蹴り、舟幽霊仮面に接近した美鈴は、怒涛の勢いでラッシュを叩き込む。
拳、蹴り、肘、膝、さらにはタックル。ありとあらゆる体術を披露し、一寸の隙も刹那の隙間すら見せず攻め立てる美鈴。
「ちっ……!」
接近戦ではどうあがいても美鈴に勝てないことを悟ったのか、舟幽霊仮面は一度、大きく後ろに下がると片手を挙げる。
「お嬢さんたち、こちらにいらっしゃい。そこにいると危ないわよ」
「はいっ!
ほら、急いで、響子」
「あ、は、はいです!」
二人が自分の元まで移動してきたのを見てから、彼女は言う。
「砲撃、開始!」
途端、聖輦船の装甲のあちこちが変形し、二門の砲を備えた砲門を吐き出した。
一輪が『んなもの設置したら許さないわよ!』と言っていた、超至近距離用の迎撃システムだ。
それらが一斉に閃光を吐き出し、360度から美鈴を狙い撃つ。
「ちぃっ!」
一撃目は回避するものの、続く二度目の斉射には対応できず、彼女はぬえとの戦いのダメージが残る左足を焼かれてしまう。
その場に膝を突く美鈴。
一方、ぬえ達は『さすが舟幽霊仮面さまです!』とますます彼女への株を上げている。
そして、完全に動きの止まった美鈴にとどめを刺すべく、砲台に光が点った次の瞬間――、
「お待たせいたしました、美鈴さま」
その場に一人のメイドが乱入した。
彼女は手にした刀を、一度、腰に掃いた鞘に収める。
眼鏡のレンズの下の瞳が鋭さを増し、その右手が刀の柄を握り締める。次の瞬間、彼女は目にも留まらぬ斬撃を放ち、あっという間に周囲の砲台全てを切断した。
あちこちで炸裂する破壊音。それをバックに、彼女は刀を鞘へと戻し、優雅な笑顔と共に美鈴に一礼する。
彼女、どうやら居合いを使いこなすらしい。
「あなたは……!
他の皆さんは?」
「他の方々は、みんなの援護です。私も、皆さんに援護をもらいながらここまで」
視線をやれば、聖輦船の足止めをしているメイド達に混じって、彼女のような白い衣装を身に纏うメイドが活躍している。
一人は巨大な大鎌振り回し、次から次へと対空砲火を斬りさばき、あらゆる角度から迫る攻撃を軽々よけると言う人間業ではない動きを披露している。もう一人は、どう見てもガトリングガンにしか見えない巨大な銃を両手に構え、聖輦船の砲撃すら打ち負かす閃光を放つ。その銃は、両手に持ったそれを連結させれば、砲撃メイド達の使っていたランチャー砲クラスの閃光を連射できるというとんでもない武器である。
「増援……のようですね」
「美鈴さま、彼女は村……」
「舟幽霊仮面、って言ってあげてください」
「……へ?」
間抜けな声を上げる彼女は、しかし、美鈴のその言葉の意味を即行で悟ることになる。
「ですが、勝利は我々のものです」
「はい! その通りです、舟幽霊仮面さま!」
きらきら目を輝かせているぬえを見て『……あー』と納得してしまった彼女は、ずれた眼鏡を元の位置に戻して、とりあえず、傷ついた美鈴に対して傷薬を手渡した。
ともあれ、
「どういう意味ですか!?」
それまでの流れを何とか元に戻すべく、美鈴が声を張り上げる。
だが、舟幽霊仮面が答えるまでもなく、彼女はその意味を知った。
それまで、ただ天を向いていただけの聖輦船の主砲が前に倒れている。そればかりか、その間に巨大な光を蓄え始めているのだ。
「これが放たれれば、あなた達にそれをどうこうすることは出来ない。
そうでしょう?」
――そして、発射を止めることも出来ない。
言外にその言葉を秘める舟幽霊仮面に言い返すことが出来ず、美鈴は沈黙する。
「わたし達の勝利です」
「どうだー! 見たか、舟幽霊仮面さまの実力!」
「……あんまり関係ないって言っちゃダメですよね?」
「……あの子のきらきらな目を見て、それが言えるならすごいと思いますよ?」
調子づいて声を上げるぬえの無邪気さに、『……ですよねー』とメイドの彼女はつぶやいた。
しかし、何か間抜けなノリになりつつあるが、これは明確な紅魔館の危機であった。
事実、聖輦船と、そして命蓮寺と戦っている紅魔館の部隊も、聖輦船の主砲を前にすればどうすることも出来ず、必死で、その攻撃に巻き込まれないように逃げるのが精一杯だ。
美鈴もまた、それは同じである。
いくら彼女が卓越した武術家とはいえ、こんな巨大な化け物が持つ切り札をどうこうすることなど出来やしない。
ただ、黙って聖輦船の主砲が起動するのを見ていることしか出来ないのだ。
歯噛みする彼女。
これまで守り続けてきた、あの紅の館が消滅するところを、この目で見なくてはいけないという現実に、彼女の顔が悔しそうに歪む。
どうにかすることは出来ないのか。
考えても答えが出ない迷宮にはまり込む美鈴。その彼女を、無情な声が現実へと引きずり戻す。
「聖輦船! 主砲! てーっ!」
舟幽霊仮面――村紗の指揮の下、高まりに高まった閃光が、一気に紅魔館めがけて放たれた。
その光景には絶望すら生ぬるい。
ただ呆然と見つめるだけの美鈴の視界に、違和感が映ったのはその時。
「お嬢様!?」
閃光のまん前に立ちふさがるレミリアの姿。
彼女を見て、村紗ですら「何やってるのよ!?」と叫ぶ。当然だ。彼女は今回の戦いで、敵を撃破することを楽しんではいたものの、『殺す』ことまでをやろうとしていたわけではないのだから。
「お嬢様、お逃げください!」
声が届いたとしても、もはやその行動を取ることが出来ないと、美鈴はわかっている。
わかっていても、ただ、彼女は叫ばずにはいられなかった。
「何もついてこなくてもよかったのよ」
「でしたら、誰がこの傘をお持ちするのですか?」
にっこりと微笑んで、メイドはレミリアの言葉に返した。
その返答に、彼女は何を思っただろうか。
苦笑を浮かべると共に、今の目の前の状況には似つかわしくない、いつもよりもずっと砕けた笑顔を、レミリアは浮かべた。
「貴女も物好きね。
たとえ妖精は死なないとはいえ、原子レベルにまで消滅したらどうなるのかしら」
「……さあ。
けれど、私はお嬢様をにっくき日光よりお守りすると言う大役を与えられております。
その役目、誠に光栄であります」
「好きになさい」
眼前に迫る巨大な閃光。
魔理沙のマスタースパークなど、豆鉄砲にも満たないその破壊的な威力を持つ閃光を前に、「さあ、かかってきなさい!」とレミリアは吼えた。
彼女の姿が閃光の中に飲み込まれる。
突き出した両腕は一瞬にして焼かれ、彼女は激痛に苦悶の表情を浮かべる。
「やっぱり……無謀だったかしらね……!」
隣のメイドはレミリアを守るべく、鉄壁の日傘をかざすが、それでも耐えることが出来たのは数秒にも満たなかった。
「……やれやれ。また、こうしてお嬢様のお側を守るのを任されるまで、どれくらいかかるでしょうね」
「あら、もしも復活できたらすぐにうちに来るといいわ。
貴女がどんな姿になっていても、こうして、わたしの側で傘を持つことを許してあげるから」
「それは嬉しいお言葉です」
二人の体は完全に閃光の中に消え、それまで押さえていた光の塊がその眼前に迫る。
レミリアは苦笑を浮かべ、ひょいと肩をすくめた。
諦めることはしない――そう、頭の中ではわかっていても、諦めざるを得ないこの状況。
さて、どうしたものかしらね。
そう、小さな唇がつぶやいた。
――第六章:巨神――
「パチュリー様」
「何?」
「現在の戦況をご報告いたします。
美鈴さま率いる突撃部隊の戦力、6割が戦闘不能。美鈴さま及びマイスターの方々が3名、聖輦船に取り付くことに成功しました。
咲夜さま率いる砲撃部隊は戦力を、同じく6割減じており、ランチャー砲が二基を除き、マミゾウ様とベントラーにより破壊され、実質、部隊全体が無力化されております」
「そう」
片手に広げていた本を閉じて、パチュリーはゆっくりと、椅子から立ち上がった。
彼女の元に報告を持って来たのは、この図書館によく出入りするメイドである。本好きと言う趣味が高じて、パチュリーと意気投合している数少ないものだ。
「現在、レミリアお嬢様が白蓮さまとの戦闘後、聖輦船の主砲へと突撃しております。
なお、フランドールお嬢様は、一輪さまと雲山さまの前に苦戦している模様」
「となると、レミィのことだから、そろそろ無茶をしでかす頃ね」
彼女は手元の机を叩いた。
すると、その一部がぱかっと開き、中に赤いボタンが現れる。それを押すと、彼女たちの足下の床が小さく鳴動する。
「この準備をしておいて正解だったわ」
「……パチュリー様、それは?」
「今回は、相手が相手でしょう? まともにぶつかって、そう簡単に勝利できるとは思っていない。
相手が聖輦船という勝利のシンボルを背負っているなら、私たちもそれが必要と思っただけよ」
「なるほど」
「そろそろ私も出るわ。現状の報告を、続けてお願い。
そこのマイクに向かって喋れば、私に通じるから」
床の一部がぽっかりと開き、地下に向かう階段が現れている。
パチュリーはその中へと、ゆっくりと進んでいく。
階段はかなり長い間続き、目の前の、厳重な封印のなされた扉を開けば、まっすぐに続く石造りの廊下がその向こうに広がっている。
『戦況は、かなりこちらの不利に働いております。
やはり、聖輦船の圧倒的な火力、絶大な防御力を破るのには、皆さん、苦労している模様です』
「でしょうね」
『個々人の戦闘力でなら、決して後れは取っておりません。
事実、美鈴さまはぬえ様と村紗さまのお二人を相手にして圧倒的優位に戦いを進めております。
咲夜さまはマミゾウ様との戦闘で一時的に戦闘不能状態ですが、マミゾウ様を追い返すことに成功しました。
唯一、フランドール様が完全に足止めされてしまっておりますが……』
「フランは遊ぶことが好きだもの。
自分に向かってくる相手がいたら、こちらの戦略なんてお構いなしよ」
廊下に響くメイドの声。
それに答えながら、彼女は進んでいく。
空間のほとんどが暗闇に沈むその向こう――新しく、一枚のドアが見えてくる。
『このままでは、こちらの疲れがたまってきた頃に聖輦船によって蹴散らされるのは目に見えています』
「ええ、そうね。
だから、聖輦船を倒すだけの力が必要」
『はい。
また、つい先ほど入ってきた報告ですが、聖輦船の主砲がこちらに照準を定めた様子です。現在、命蓮寺側の勧告を受け、お客様とメイド達を退避させております』
「急ぎなさい。あなたもね」
『はい』
パチュリーはドアを開く。
ここへの入り口とは違い、何の変哲もないただのドア。その向こうには、巨大な空間があった。
紅魔館の地下に作られたその空洞には闇しかない――いや。
『パチュリー様はどうされるのですか?』
「初陣よ」
『……初陣、ですか?』
「ええ」
パチュリーの口許に笑みが浮かぶ。
わずかに残る足場から、彼女は虚空へと身を躍らせる。
「この私、パチュリー・ノーレッジの智慧と魔法の全てを結集して作り上げた、最強の悪魔――紅魔館の化身を起こす時が来たのよ」
『……え? あの、それ……いつ作ってたんですか……?』
「内緒」
さすがのメイドも呆れ声であった。
ともあれ、パチュリーは闇の中を進み、ゆっくりと、その軌道を変えて下へと降りていく。
「真なる紅を秘めた究極の悪魔――その力を存分に見せ付けてやるとするわ。
聖輦船なんて、ただのでかいだけのでくの坊に過ぎないことを、彼女たちに教えてあげる」
『……無茶はなさらないようにお願いします』
「ええ、そのつもりよ。
それに、私はレミィの友人だもの。友人の危機に颯爽と駆けつける援軍――かっこいいでしょ?」
そう言って、にっこりと微笑む彼女の視線の先に、紅の結晶が見えてきたのは、その時だった。
「お嬢様っ!」
「お待ちください、メイド長!」
「離しなさい! 時間を止めて、お嬢様を……!」
「消耗している今の咲夜さんじゃ無理です!
誰か、手伝って! 咲夜さんを取り押さえて!」
レミリアが聖輦船の攻撃に立ち向かうのを見て、咲夜が表情を変化させる。
なんとしても彼女の元に馳せ参じようとする咲夜を、メイドや小悪魔が必死になって押さえつける。
「お嬢様! おやめください! お嬢様ぁっ!」
そして、レミリアが閃光に飲み込まれたその時、彼女は悲鳴にも近い声を上げ、周囲を囲むメイド達を振り払おうとする。
だが、マミゾウから受けたダメージは深く、それがほとんど行動にならない。
彼女の見ている前で、最悪の結果が現れる――それを何としても阻止しようとする咲夜は、哀れだった。
「咲夜さん! お願いですから落ち着いてください! 咲夜さんっ!」
言い聞かせようと声を張り上げる小悪魔。
咲夜の願いむなしく、レミリアが聖輦船の攻撃の前に消滅する――誰もが、その結末を、その光景に予想した。
『諦めるのはまだ早いッ!』
その時、突如として幻想郷の空に声が響き渡る。
『最後の最後のその瞬間! 目の前に攻撃が迫るその瞬間が来たとしても、あがくことが出来るならあがく!
指が動くならスペカを使え! そうでしょう、小悪魔! そして、咲夜ッ!』
「この声は……!?」
小悪魔が空を見上げたとき、太陽から降り注ぐ陽光を遮る影があった。
それは、太陽すら飲み込む悪魔のごとく、幻想郷の空に暗い影を落としている。
巨大な影――両の腕を伸ばした、その『悪魔』が、聖輦船の砲撃を真正面から受け止める。
「何……あれ……!?」
咲夜はその影を見て、呆然と、言葉を発する。
「バカな……!?」
一方、村紗は驚愕の表情を隠しきれなかった。
あらゆるものを消滅させる威力を持つ聖輦船の主砲を受け止めた謎の影。その存在が認められなかった。
美鈴もまた、そんなバカげたものがこの世に存在するとは思っていなかった。
ましてや――、
『それがレミィの戦い方よッ!』
響く声と共に、主砲の角度が大きく捻じ曲げられ、あさっての方向へと吹き飛ばされることなど、想像すらしていなかった。
「パチェ……なの……?」
自分の後ろに佇む紅い悪魔。それを見上げるレミリアに、それは答えた。
「聖輦船に対抗するには、まともに数でぶつかっても勝てないと思っていたわ。
こいつを作るのに時間がかかってしまったけれど、何とか間に合ったようね! ぶっつけ本番だけれど、期待していいわよ! レミィ!」
『それ』は悪魔である。
『それ』は巨神である。
そして、『それ』は紅魔の名を冠するものであった。
「か……!」
「……お嬢様?」
「かっこいい~……! 乗りたい、乗りたい! パチェ、わたし、それに乗りたいっ!」
『あ、ごめん。これ、一人乗りなの』
「ええ~!?」
メイドに抱きしめてもらって日光からガードしてもらいつつ、レミリアは目をきらきら輝かせて声を上げる。
ちなみに同じように、一輪と雲山と戦っていたフランドールも『かっこいいかっこいい!』とおおはしゃぎしていた。
――ともあれ。
パチュリーが投入してきた『新戦力』。
それは、単純に言ってしまえば、聖輦船にも負けない存在、すなわち巨大ロボットであった。
一体いつ作ったのかさっぱりわからないが、過去にはこれよりも巨大な機械の塊をあっさり作っていたりしたパチュリーだ。その辺りの疑問は口にするだけ無用であった。
背中に巨大な蝙蝠の翼を生やし、全体を紅で統一したロボット。
何となくレミリアをイメージしているのか、デザインは、遠目に見れば巨大化した彼女にすら見える。
「ふん……なるほど。
面白いことをしてくれたわね、紅魔館……。だけど、聖輦船に勝てると思っているの? そんな小さなものが」
つぶやく村紗。
彼女はいつの間にか仮面を外しており、「あれ? 村紗。いつからいたの?」と、隣でぬえが首をかしげている。
「言ってくれるわね、舟幽霊!」
村紗の言葉に、コクピットでパチュリーが吼える。
『体を巨大にすればあらゆる容積が肥大化し、余裕が生まれるのは当然! だけど、巨大化することへのデメリットを何も考えてないその発言は間抜けの一言だわ!』
「何ですって!?」
『私が目指したのはコンパクト&ハイパワー! 12基の賢者の石からなるエネルギーを互いに相乗させることで通常の12の階乗、すなわち約4.8億倍の魔力パワーを携えたこのスカーレット・ロボ!
それが遊びではないことをよく知ることね!』
「……言ってくれるじゃない。
聖輦船、全砲門、開けっ! 目標、スカーレット・ロボ! 撃沈せよっ!」
一斉に放たれる、聖輦船の一斉射撃。
幻想郷の空全てを埋め尽くすかのような閃光の乱舞。隙間の見えない圧倒的な包囲弾幕。
しかし、迫るそれを、パチュリーはカメラを通してコクピットから見据え、鼻で笑った。
『遅いッ!』
「なっ!?」
まさに、電光石火。
超高速でその場を離脱したスカーレット・ロボの機動力は、レミリアをそのまま強化したかのようだ。
あっという間に聖輦船の砲撃を逃れたスカーレット・ロボがそのまま聖輦船に突撃し、その足で蹴りを食らわした。
スピード以上の威力が乗ったそれが、2000メートルの巨体を揺るがす。
「ちぃっ……!」
村紗は舌打ちする。
聖輦船の最大の弱点――それは、本体が『船』であると言うことだ。
船は本来、後方にどっしりと控え、向かってくる敵を撃墜する存在である。
そのため、1対1の戦い――特に、素早さを売りとして張り付いてくる相手には特に弱いのだ。
ましてや――、
『ただ殴る蹴るが武器じゃないわ!
こいつには、搭載した賢者の石の魔力を最大限に操ることで、私の使う魔法を爆発的に強化・放出する機能を備えているのよ!
さあ、見せてあげる! その主砲を上回る破壊力と言うものをね!』
空へと舞い上がるスカーレット・ロボ。
その両腕に蓄えられた魔力が爆発的に膨らみ、そして凝縮する。
胸の前に構えた両の掌に包まれた、巨大なエネルギーの塊を振り上げ、パチュリーは叫んだ。
『アグニィィィィィィッ! シャァァァァァァァァァインッ!!(CV:神○明)』
放たれる『擬似太陽』とも言うべきエネルギーの塊が聖輦船に直撃し、比ゆではなく、その体を吹き飛ばした。
右足を丸ごと消滅させられた船が大きくかしいでいく。
「何ですか今の声パチュリー様!?」
『古来より、必殺技を放つときには掛け声が必要よ、小悪魔!
スカーレット・ロボにはその音声に反応して、己の出力を上げる「熱血魂動力炉」を同時に内蔵しているのッ!
そして、その動力炉が持つ全てのエネルギーを活用するために、最もふさわしい音声へと同時変換する機能も搭載ッ!
すなわち! 叫びこそ力、よ!』
「もう知識の魔女全否定してますよねそれ!?」
『さあ、まだまだあるわよッ!
シィィィィィルバァァァァァァッ!! ドォラゴォォォォォォォンッ!!(CV:○谷明)』
左手に纏った淡い閃光を、接近と共に聖輦船に叩きつけるスカーレット・ロボ。
猛烈な爆発。さらにそれに留まらず、閃光はまるで龍のごとく天に向かって走り、聖輦船の左腕を切断する。
「……………………」
「……あの、小悪魔さん。その……パチュリー様、きっと、徹夜が続いてはっちゃけちゃってるだけですから。
あの、だから、大丈夫ですから。ね? ね?」
「そ、そうよ。小悪魔。きっと大丈夫よ、色々。ほら、だから機嫌直して元気になって。ね?」
さっきまでうろたえまくってた咲夜が、今度は小悪魔を慰める立場になっていた。
と言うか、咲夜には所謂『そっち系』の趣味がなかったのか、パチュリー操るスカーレット・ロボの乱入で正気を取り戻していたらしい。
一方の小悪魔はもう何か色んなものに大ダメージを受けたらしく、両腕と両膝を、空の上なのにがっくりと落とす器用なことをしていたが。
『船長! 船長、聞こえているか!
ダメージがひどい! このままでは聖輦船が落とされるぞ!』
『敵の動きが速すぎて砲台が捉え切れません!
船長! どうしますか!』
「ふふ……」
慌てふためくナズーリンと星の声。
それを聞きながら、村紗は笑っていた。
「ふふふ……! はははは……!
……そう。そういうこと……」
彼女は伏せていた顔を上げる。
彼女は、笑っていた。その目にはっきりとした闘志を浮かべ、笑っていた。
真の強敵と戦える、その事実を喜ぶ戦士の顔をしていた。
「ならば見せてあげる! 聖輦船の真の実力をね!
聖輦船、全砲門開放! 全システムフルアクティブ! バーストモードに突入!」
「な、何!?」
「美鈴さま、ここにいるのは危険です! 離れましょう!」
「は、はい!」
美鈴とメイドが聖輦船から離脱していく。
轟音と振動を上げ、聖輦船が崩していた体勢を元に戻していく。
同時に、全ての生き残っていた砲台に光が点る。
「第15サブブロックサブ動力炉起動! 第17サブブロックサブ動力炉起動! バイパス、つなげ!」
「あ、あの、何が起こってるんですか?」
「え? そ、それ聞かれても……」
「全動力炉ON! 聖輦船、フルパワーモード!」
一瞬後、それまでのすさまじい弾幕すら、子供の遊びにしか過ぎなかったように思えるほどの強烈な閃光が、聖輦船の全身から発射される。
パチュリーの操るスカーレット・ロボはそれを巧みに回避し、反撃を放つ。
だが、それを、聖輦船の誇るバリアが軽々と弾いた。
「……なるほど。
全てのエネルギーを戦闘に回すことで攻撃の出力とバリアの出力を上げたと言うこと。
まさに決戦用の戦闘形態ということね……!」
コクピットの中でつぶやき、敵の状況を分析するパチュリーは、ちらりと、手元のコンソールに視線を落とす。
「フルパワー状態で戦えるのは、残り2分ってところ……。
それまでに勝負をつけるッ!」
いくら賢者の石が大出力をもたらすとはいえ、それを完全に使いこなした状況で使い続けるのは難しい。
また、当然、エネルギーは無尽蔵と言うわけではない。使えば使うほど消費されていくものだ。
このスカーレット・ロボは超出力での機動が可能な代わりにすさまじいほどの大飯ぐらいなのである。
「傷ついたあなたにスペルなんて使う必要がないッ!
行くわよッ!
スカーレットォォォォォ・ビィィィィィィムッ!!(CV:神谷○)」
スカーレット・ロボの腹部から放たれる、渦を巻く閃光が聖輦船の砲撃と激突し、それらを蹴散らしながら突き進む。
しかし、聖輦船の砲撃の出力が上がっているためか、聖輦船本体に届く前にその威力は大幅に減殺されていた。
バリアがそれを簡単に防ぎ、反撃の砲撃がスカーレット・ロボを襲う。
離脱し、幻想郷の空を舞うスカーレット・ロボ。それまで、これを追いかけることすら出来なかった聖輦船の砲撃が、ぴったりとその後をついてくる。
パチュリーはスカーレット・ロボを動かしながら、手元のコンソールを叩く。
「ならばッ!」
一度、後ろに引いた腕をまっすぐに押し出す。
それと同時に、スカーレット・ロボの周囲に浮かんだ緑色の巨大な弾丸が、一斉に聖輦船へと向かう。
「エメラルドォォォォォォォッ! メガリスッ!!(CV:○○明)」
普段の愛嬌のある丸顔が、まるでGペンで描いたかのごとく男前フェイスとなったパチュリーの叫びが幻想郷の空に響き渡り、かくて、二大スーパーロボットによる大激突が繰り広げられたのだった。
「……あー」
「すごいですねぇ。今までの魔法少女達の戦いの中でも段違いですよ」
幻想郷の空で始まった、紅魔館VS命蓮寺の大激突。
最初は互いの勢力の総力戦が、いつの間にか巨大ロボットのぶつかり合いと言う空前絶後の状態だ。
そも『幻想郷の技術力はどうなった』という疑問や『そもそもこれは魔法少女関係あるのか』という根本的な問題はゴミ箱ぽいぽいぽいのぽいのこの状況。
その中で、平穏を保つ博麗神社では、霊夢が色んなものを諦めたような表情で空を見上げ、その後ろで阿求が幻想郷縁起にさらさらと今回の出来事を書きとめている。ちなみに、彼女は握るペンを筆から太い線をがしがし引けるGペンに切り替え、文字ばかりの幻想郷縁起に見事な熱血漫画を描いていた。なおフルカラーである。
『フォォォォォォレストォッ! ブレェェェェェェェイズッ!!(CV:神○○)』
『聖輦船、フルバーストっ! 撃てぇぇぇぇぇぇぇっ!』
――という、パチュリーと村紗の声がここまで響いてきている。
こりゃ、この戦いが終わったら、間違いなくパチュリーは寝込むだろうなと霊夢は思った。
「……どーすんのよ、あれ」
「どうにもなりませんよ。決着がつくまでは」
ちなみに、スカーレット・ロボが捻じ曲げた聖輦船の主砲は、その後、博麗大結界の一部を爆砕していたりする。
結界直すのにどれくらいかかるんだろうなぁ……と、霊夢は思っていた。
「……はぁ」
「まぁ、外側から眺める傍観者になると言うのは正しいと思います。
いくら霊夢さんでもスーパーロボットには勝てないでしょうし」
「あんなもんに勝ちたいとも思わないけどね」
「いえいえ違いますよ。
スーパーロボットは正義のロボットです。正義のロボットを倒すことは子供の情操教育に非常に悪影響を与えるんですよ」
「日本語喋れ」
べしっ、と阿求の後頭部をはたいた後、霊夢はため息一つ。
今までの博麗の巫女は、こんな空を眺めていたのかなぁ、と思いながら、彼女はお茶をすする。
遠くでどっかんどっかん響く爆音。あっちこっちで上がる火の手、粉砕される幻想郷。それをぼんやり眺めてなければいけない博麗の巫女って、何なんだろうなぁ、と彼女は自分の存在そのものについて悩み始めていた。
ややしばらくして阿求が復活してから、また幻想郷縁起を書き留めていく中。
霊夢は部屋の時計に視線をやった。
「……そろそろお昼ごはんか」
「じゃあ、今日もわたしが作りますね。お世話になっているお礼です」
「可能なら今すぐ帰って欲しいんだけどね」
「あっはっは。やだなぁ、もう。霊夢さんったら。
わたしが美少女だからって、一つ屋根の下に同棲することに気後れしなくていいんですよ」
「あんた絶対長生きだろ」
霊夢のツッコミ何のその。
立ち上がった阿求は、ふんふんと鼻歌を歌いながらキッチンへと歩いていく。
彼女の後ろ姿を見送った霊夢は、またお茶の入った湯飲みを傾けた。
そうして、ふぅ、と息をつく。
「……青空むかつくー……」
こんな日でも、お天道様は人間の都合など知ったことではない。
燦々と降り注ぐ日の光が心地よく、またとても憎らしかった。
かなうなら、こんな日も全てが夢であればいいのに――そう、戦いの流れ弾が博麗神社近くの山林に着弾し、周囲を爆砕し、巨大なクレーターを作り、霊夢が現実逃避し始めた時だ。
「霊夢さん」
彼女の前に早苗がやってきた。
ふぅわりと、優雅に空から舞い降りた彼女の姿は破壊の空を舞う天使がごとく――と、霊夢が思っているのかどうなのかは不明であるが。
そんな早苗はにこっと霊夢に向かって微笑むと、ゆっくり、彼女へと歩み寄っていく。
「早苗……」
「霊夢さん、行きましょう」
「……へっ?」
笑顔で差し出される手。
それと早苗の顔を何度も交互に見比べて、霊夢は首をかしげた。
早苗は後ろを振り返る。
幻想郷の空を舞台としたスーパーロボット大激突を見ながら、言う。
「霊夢さん。魔法少女の戦いには、魔法少女の存在が必須です」
「………………」
――あー、そうだ。この子はこういう子だったんだ。
おでこに手を当ててうつむく霊夢。
早苗と言う存在がどのようなものであるか、今まで付き合ってきていやと言うほど知っていたはずなのに。それでも彼女に一縷の望みを見出してしまうのは、やはり愛ゆえにだろうか。
願わくば、彼女も自分と同じ、まともな視線で冷めた態度でいて欲しかった。そんな願いもどこへやら。
霊夢のそんな想いなど何するものぞ。早苗の背中は、すでにある意味、霊夢の手に届くところにはなく、彼女の理解できない世界へと行ってしまっている。そんな早苗を見つめなくてはいけない霊夢の胸中に、早苗との今までの思い出が去来し、何かもう色んな意味で切なくなってくる。
ともあれ、そんな霊夢の葛藤はさておき、早苗は独白を続ける。
「スーパーロボット大いに結構。むしろもっとやれ。
わたしはそう思いますが、この戦いの主役をないがしろにしてしまうのはよくないと思うんです。
だからこそ、わたし達が立ち上がるべきだと思いませんか?」
「……思わない。これっぽっちも」
「幻想郷の秩序と平穏を守るのが博麗の巫女!
すなわち、幻想郷で起きる全ての事象に干渉し、その流れを修正するのも、また博麗の巫女の役目!
わたしは、そんな霊夢さんと共に歩むことを誓った女! 霊夢さんのために戦うのがわたしの役目なのです!」
「……や、もう、どうでもいいから。
ほっとこう。あれ。一日たてばよくなるよ。多分」
「いけません!
さあ、霊夢さん!」
ぎゅっ、と握られる霊夢の手。
そのまま、腕が潰れるのではないかと思うほどの握力でもって実力行使してくる早苗に、霊夢は『痛い痛い痛いって!』と悲鳴を上げる。
「わたしと霊夢さんがこの身を捧げることで幻想郷に平穏が戻るのです!
さあ! さあ! さあ!」
「何でそんなにやる気なのよ早苗、ちょっと待って~!」
悲鳴を上げながら、霊夢は連れて行かれてしまった。
一人、キッチンでその騒動を聞いていた阿求は、料理を途中でストップさせると居間に取って返し、『よいしょ』と自分の大荷物を背負う。
「ここも安全じゃなくなりましたね……。
どこ行こうかな」
これからここで何かが起きる――それに感づいた阿求は、早々に逃げを決め込んだらしい。
とはいえ、彼女の知り合いは、皆、ここから歩いてくのであれば相当な距離がある場所に住まう者たち。当然、阿求の足では辿り着くことは出来ないだろう。
――仕方ないから、その辺で野宿でもしよう。
彼女は気楽にそんなことを考えながら、ひ弱な体だの短い寿命だの、自分にとって大切な色んな設定を無視して、博麗神社を後にするのだった。
「ぱちぇー、がんばれー!」
「……ねぇ、雲山。これ、どうなるのかしら」
『わしに言われてもなぁ……』
激闘は続く。
高速機動と一瞬の爆発力を武器とするスカーレット・ロボと継続的な超弾幕を武器とする聖輦船とでは、一見するとスカーレット・ロボが有利なように戦えているようにも見えた。最初の一撃で聖輦船は右足と左手を失い、大きく傷ついている。一方、スカーレット・ロボは相手の攻撃を巧みに回避し、未だ無傷の状態だ。
しかし、村紗の指示で聖輦船の砲門が全力で動き始めてからというもの、得意なリーチを維持できずに攻めあぐねている。
最初のような大きな戦果を挙げることが出来ず、距離をとって攻撃し続けるスカーレット・ロボを見れば苦戦しているのがよくわかる光景でもあった。
「ちっ!」
スカーレット・ロボのコクピットでパチュリーが舌打ちする。
残りエネルギーが少ないことが警告されるレッドランプがさっきから点滅を繰り返している。
「まずいわね……!」
そして、叫びすぎでパチュリーの声もやばいことになっていた。
いまや『CV:神○明』が『CV:キート○山○』になっている。おかげで、叫びエネルギーも低下中だ。
「まさか、ここまで苦戦するとは……! 聖輦船……楽に勝てる相手ではないと思っていたけれど、ここまでの苦戦をさせられるとも思っていなかったわ」
それは紛れもなく、自分の智慧と魔力、そしてその結晶であるスカーレット・ロボに自信を持っていたからこその言葉だった。
パチュリーは歯噛みし、目の前のスクリーンをにらみつける。
まばゆいばかりの光を放つ聖輦船。それにどうやって接近するか、頭を悩ませる彼女の眼前に、聖輦船から放たれたミサイルが接近してくる。
「このままではジリ貧、か……!」
ミサイルを回避し、パチュリーはつぶやいた。
手元の機械のそれぞれを見て、スカーレット・ロボの現状を知らせるモニターを見て、彼女は決断する。
その口許にニヒルな笑みが浮かぶ。
彼女の瞳がまっすぐに、聖輦船を見つめる。
『船長! 船の残りエネルギーと弾薬が数少ない!』
「しぶとかったわね……!」
そして、消耗しているのは聖輦船も同じだった。
こちらも無限のエネルギーで動いていると言うわけではなく、いずれ限界が訪れるようになっている。その『限界』が極端に彼方の方向に存在していたと言うだけだ。
スカーレット・ロボという強敵を前にして、本気で戦い始めたことで、村紗ですら見たことのなかった『エネルギー切れ』が間近に迫ってきているのだ。
「ナズーリン! 現状、どれくらいの戦闘継続が可能!?」
『このままではもって5分!』
「5分か……。
5分もあれば充分ね!」
聖輦船の肩の上に仁王立ちする村紗は、その拳を振り上げ、宣言する。
「幻想郷の全てのものに告げる! わたしの名前は村紗! そして、この船は、最強の船、聖輦船!
我らに敗北なしっ!」
彼女の勝利宣言は、高らかに戦闘空域に響き渡る。
その、あまりにも自信に満ちた――だが、圧倒的なまでの強さを持った言葉は、命蓮寺の面々のみならず、敵対している紅魔館の者たちの心を打つ。
振り上げた右手の指先を、村紗はスカーレット・ロボへと向ける。
「そろそろ勝負をつけましょうか!」
『望むところよ!』
両者は距離を置いて互いににらみ合う。
そして、最初に動いたのはスカーレット・ロボだ。
多少の被弾などものともせずに聖輦船へと接近していく。自分が得意とする超至近距離からの必殺技でけりをつけようというのだろう。
一方、聖輦船は全ての砲門をスカーレット・ロボに向け、一斉射を繰り返す。
「行くわよ、聖輦船! お前をこの手で沈めてみせるっ!」
「かかってきなさい、スカーレット・ロボ! この船が無敵の不沈艦であることを教えてやるわっ!」
「……ねぇ、響子。村紗、顔、変わってない?」
「何か男らしいです」
Gペンで描かれた二人の顔の輪郭は、まさに石川○か永○豪であった。
共に『究極の勝利』を目指してぶつかり合う、漢の顔をした二人がついに激突する。
「いけぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「負けるものかぁぁぁぁぁぁぁっ!」
巨大な聖輦船をスカーレット・ロボが一気に押していく。
両者のパワーはほぼ互角――いや、わずかにスカーレット・ロボが押している。
すさまじい破砕音が幻想郷の空に響き渡り、世界が揺らぐ。
弾ける稲光。走る爆発。
そして、互いの全てが炸裂し、まさに勝負が決すると思われたその時、両者の間に巨大な爆発が発生する。
その爆発に煽られる形でスカーレット・ロボは、一旦、聖輦船から距離をとる。一方の聖輦船も、わずかに崩した体勢を立て直しつつ、その足で幻想郷の空をしっかりと踏みしめた。
『何!?」
「ナズーリン! 被害報告を!」
『待ちなさい、村紗! あれを見るのよ!』
と、○ートン山○な声で叫ぶパチュリー。どうやら音声変換システムが壊れたらしい。
スカーレット・ロボが示す先。
何もない――と思われたその空間が唐突に歪み、巨大な穴を空ける。
『この世が望むものをもたらすため――』
その亀裂から現れた一本の手が、亀裂を掴む。
『この世界のルールの顕現のため――』
二本目の手が現れ、その体を引っ張り出してくる。
『邪魔なものには消えてもらいましょう――』
禍々しい亀裂の向こうから現れる、一つ目の巨大ロボ――。
『そして、それが世界がなせぬというのなら、このわたしがなしてやろう――』
響く声には聞き覚えがある。
誰もがそちらへと視線を向ける中、ついに『それ』が現れる。
『この、幻想郷の顕現、ミコライマーが!』
「あの声は……早苗さんですね……」
「あーもーどーでもいいよ……早く終わってくださいほんと……」
「め、美鈴さま、しっかり!」
「誰か! 小悪魔を救護班に! 急いで!」
幻想郷の空に現れる、第三の巨大ロボ。
圧倒的な威圧感と存在感。漂う気配の禍々しさは、とてもではないが、それに乗っているであろう『者』が普段見せている気配ではない。
それに当てられたのか(注:全くこれっぽっちも違います)美鈴は完全に無気力状態になり、パチュリーの豹変っぷりについていけなくなった司書は咲夜の指示で後送されていく。
「……ご主人。私はこんな時、どんな顔をしたらいいんだろうか」
「ミコライマー……! これは一体……!」
「ああそうだよねーこいつに聞いたってまともな答えなんて返ってくるわけないよねーはっはっはっは……はぁ」
聖輦船のブリッジでは、戦慄する星と世の中なんかどーでもよくなったナズーリンとが目の前の光景を見つめている。
「あれは……一体、何……?」
「……わかりません。
ですが、恐らく、これが先日の予兆だったのでしょう……」
「……予兆?
白蓮。貴女も感じていたの?」
「……貴女も、ということは、貴女もなのですね」
「……ええ」
戦慄は、レミリアと白蓮にも伝わっている。
二人は唐突に現れたミコライマーを前に、息を飲み、立ち尽くす。
ちなみにレミリアはメイドに抱っこされた状態のため、どっからどう見てもかわいらしい幼女バージョンなのだが、それはさておく。
『今の様子を見る限り、どうやら紫たちが手を貸したようね。
だけど、ミコライマーだか何だか知らないけれど、スカーレット・ロボに勝てるとは思わないことね!』
自分たちの前に突然現れた第三勢力。
それは己の力に対する自信から来る余裕か、腕組みをし、仁王立ちしたまま聖輦船とスカーレット・ロボを見据えている。
パチュリーは相手を分析し、それに判断を下すと、すぐさま攻撃の手をとった。
撃ち出される一条の閃光。
特にこれといった特徴のない攻撃だが、それでも半径数十メートルは楽に吹き飛ばせる攻撃だ。
しかし、
『ぬるい』
その攻撃は、ミコライマーに触れるや否や拡散・消滅した。
『何ですって!?』
「聖輦船! 反応弾、てーっ!」
スカーレット・ロボの攻撃が通用しなかったのを見て、村紗が追撃を放つ。
その一発が、外の世界では核爆弾と呼ばれる最悪の兵器を上回るとも言われる攻撃が、ミコライマーに集中する。
だが、その攻撃が次々に命中し、炎がミコライマーを覆い――、
『無駄ですよ』
その炎の中から、ミコライマーが全くの無傷で現れる。
『ふふふ……。
不思議でしょう? どうして自分たちの攻撃が通じないのか。
この機体――ヒソウテンソクの技術を応用して河童たちの技術の粋を集めて作られたミコライマーは、わたしの妖力スポイルの力を数千倍に跳ね上げる能力を持っています。
その力を使って外からのエネルギー攻撃は全て吸収し、吸収できない物理攻撃は、別世界との異次元連結を果たすことで、ミコライマーに無限のエネルギーを供給するスキマ連結システムを逆駆動させることでスキマの向こうに放出する――。
言葉で言うのは面倒ですが、スキマ連結システムのちょっとした応用ですよ』
「……いんちきにも程があるわね」
やったら説明くさい、ミコライマーのパイロット――東風谷早苗のセリフ。それには余裕と共に敵を見下す悪意が含まれている。
呻く村紗。
その彼女を見下ろすミコライマーのコクピットで、早苗は不敵に……というか、めちゃめちゃ嬉しそうな顔で笑っていた。
「夢にまで見たスーパーロボット……! しかも、悪役!
わたしは正義のロボットの方がいいけれど、悪役も燃えますっ! ですよね、霊夢さん!」
「あー……私の……私の神社が……」
喜色満面の笑みを浮かべ、手にしたカメラでぱしゃぱしゃコクピットの様子を撮影する早苗。一方の霊夢は、副座となったパイロットシートに無理やり座らされたまま、コンソールに向かって顔面を叩きつける形で突っ伏していた。
さて、このミコライマー、どうやって完成するかというと守矢神社と博麗神社の魔改造によるものである。
色々あれやこれやの複雑な合体機構を経て、二つの神社が合体することで生まれる究極のロボ(早苗談)なのであった。
このロボットが現れる瞬間を目撃していた阿求は、後の幻想郷縁起に『物理法則なんてなかった』と書いている。
「この戦いを演出するのにあなた達は全て不要! その存在もろとも、この幻想郷から消し去ってあげましょう!」
そして、今回の悪役に抜擢された早苗の目は輝いていた。
徹底して悪役に扮する彼女は、声もノリノリだった。
もう色んな意味で『やっぱ早苗だな』と言えるほどの早苗であった。
「この出現のタイミング……こちらのエネルギー切れを待っていたというところね……。全く、賢しい真似を……!
村紗! 生意気なことを言う巫女を蹴散らすわ! 貴女との決着はその後よ!」
早苗の宣言を真っ向から否定するパチュリー。
自分の存在を下に見られたこと、早苗の唐突な出現の仕方、双方に腹が立っているのは間違いないが、彼女を怒らせたのは、それだけではなかった。
彼女を怒らせたもの――それは、早苗の言葉である『この戦いにあなた達は不要』という、その言葉。
友人のために立ち上がった自分の存在全てを否定する、傍若無人なその言葉だけは、彼女は許すことは出来なかった。
『いいわ! あんなことを言われて、こっちも腹が立っていたところよ!
けれど、勘違いしないでちょうだい! わたしは貴女との決着をつけるために、邪魔者を蹴散らすだけよ! 一緒に戦うなんて微塵も思わないことね!』
村紗もそれに同意する。
彼女もまた、聖白蓮の勝利のために、聖輦船を駆る存在だからだ。
この戦いの勝利――それこそが、己が心酔するものの勝利につながる、そう信じている村紗にとっても、早苗の言葉は許すことの出来ない一言なのだ。
「いいわよ! 貴女が隙を見せたら、後ろから、奴ごと吹き飛ばしてあげるわ!」
そして、そんなパチュリーと村紗の間に、いつの間にか、不思議な友情が生まれていた。
互いの全力をかけてぶつかった結果、お互いをより深くわかりあえたのだろう。
たとえるなら夕日の浮かぶ土手で『へへっ……やるじゃねぇか……』『ああ、お前もな……』と笑い合う二人の少年のように。
「思い知りなさい、早苗!
スカーレット・ロボの必殺奥義の一つっ!
サァァァァァァァァァイレントォッ! セレナァァァァァァァァッ!!(CV:キ○ト○山田)」
『甘い! 全力になれないスカーレット・ロボ、恐れるに足らずです!』
スカーレット・ロボの全身から放たれる無数の青白い閃光。
一発一発が超巨大な光の柱であるそれを、ミコライマーは片手で受け止める。
『はははははは! こんなにたくさんのエネルギーをくれるのですか! 感謝しないといけませんねぇ!』
ミコライマーの掌に光が収束し、それが一気に、ミコライマーの中へと吸い込まれていく。
ダメージなど与えることは出来ない。むしろ、ミコライマーを回復するだけの攻撃に成り果てている事実。その現実に、パチュリーは小さく、舌打ちする。
「隙あり!
星! 聖輦船の砲門を奴に向けなさい! 撃てーっ!」
動きの止まるミコライマーめがけて、聖輦船の砲撃が迫る。
だが、それをミコライマーは右手で受け止めると、スカーレット・ロボの攻撃と同じく体の中へと吸収していく。
『頂いたエネルギーには感謝しますよ!
さあ、見せてあげましょう! ミコライマーの力を!』
――何をしようというのか。
全ての攻撃を吸収し、無傷で佇むミコライマーは、その両手を掲げる。
両手に輝く陰陽太極図。そして、胸にも輝くその三つをあわせるように、ミコライマーは両手をかざす。
『狭間の向こうに消えなさい』
その三つがひときわ強く光り輝いた瞬間、ミコライマーを中心とした空間全てに破壊的なエネルギーを秘めた光が満ちる。
一体何が起きたのか、それすらわからぬままに周囲全てが薙ぎ払われ、消滅する。
その破壊を止めることは、誰にも出来ない。
大地が。空が。空気が。世界そのものが。
ありとあらゆるものがミコライマーを中心に広がる光に飲み込まれ、粉砕され、この世から消し飛んでいく。
――そして、その破壊の力が収まった後、残っているものは存在しなかった。
『……生きてるかしら?』
「……そっちこそ」
攻撃の直撃を受けたスカーレット・ロボと聖輦船は傷つき、全身にダメージが刻まれている。両者は先ほどまで立っていた位置よりもかなり遠くまで吹き飛ばされている。聖輦船の体はかしぎ、あちこちから炎を噴き上げていた。一方のスカーレット・ロボも地表に叩きつけられ、手足のあちこちで火花が散っている。
両者共にフルパワー状態で戦えていたならば、恐らく、ミコライマーと互角の戦いが出来ただろう。だが、両者は互いの激突で疲弊し、今はフルパワー状態の半分以下の力しか出せないでいた。
そこを狙って攻撃を仕掛けてくる早苗の策略は、まさに悪の女首領そのものだった。
「ふふ……うふふふふ! これよ、これ!
やっぱり悪のスーパーロボットと言えば、無慈悲なまでの圧倒的な力! 卑怯? 汚い? そんなものはほめ言葉!
ですよね、霊夢さん!」
「……私、何のために、今まで巫女やってきたのかなぁ」
膝抱えて床の上に『の』の字書いてる霊夢は無視して、早苗の視線はスクリーンの向こうへと。
もはやまともに動くことも出来ないであろうスカーレット・ロボと聖輦船を見下しながら、彼女の笑みは深くなる。
『まぁ、しょせんはこんなものですね。まがい物のスーパーロボットなど、ミコライマーの敵ではなかったということです』
「言ってくれるわね……! こっちだって、活動限界ってものがあるのよ……!
そこだけが不完全だなんて……間抜けな話だわ……」
『こっちもそろそろまずいわね……。弾薬、エネルギー共に残量はほぼ0……』
負けを認めるつもりなどない。
しかし、認めなければならない状況へと、二人は追い込まれていた。
このままでは、どうすることも……どうしようもないという現実が、目の前にあるのだから。
――第七章:あの空を紅に染めて――
「どうにか……!
何か手段はないの!? 白蓮!」
「……私たちにはとても……。あれほどの力を持つものと戦っても、私たちの素の力では……!」
「くっ……!」
そして、今回の戦いの中心人物であるレミリアと白蓮は、ミコライマーを見上げながらつぶやくしか出来なかった。
己の無力を教えられ、うつむくしか出来なかった。
どんなときでも笑顔を忘れない――それが魔法少女であったはずが、もはや二人には、その笑顔を浮かべる余裕すらなかった。
傷つき、倒れた仲間たち。
戦う力すら奪われた戦友(と書いて『とも』と読む)――。
彼女たちの想いすら無駄にしてしまう……そんな現実を前に、ただ打ちひしがれるしか出来ないのだ。
『さあ、過ちの戦いは終わりにして差し上げましょう! 全てを界の向こうに消し去る、このミコライマーの力で!』
早苗の宣言と共に、ミコライマーへと力が収束していく。
レミリアはそれをただにらみつけ、白蓮は、爪が肌を突き破り、血がにじむほど強く拳を握り締めた。
「――諦めてはいけません! お嬢様っ!」
「戦う意志をなくさないでください、聖!」
その時、遠くから響く声がある。
彼女たちを励ます声――己の傷を推して、彼女たちに勇気を奮い立たせようとする声が。
彼女たちの部下、友人、そして戦いを共にした気高き戦士たちの声が、戦場に響き渡る。
二人はその声を聞いて、その声に宿る魂を聞いて、その全てを己の中に受け入れて。
そうして、二人ははっとなったように顔を上げる。
――こうして、ただ指をくわえて戦いを見ているだけでいいのか? 圧倒的な力の前にひれ伏したままでいいのか? 戦うべき相手である『敵』を前にして、戦わずして敗北を認めるのか?
互いを見つめ、小さく、その唇に笑顔が点る。
「……そうね」
「ええ……」
「まだ……負けたわけではないわっ!」
「負けという時は、大地に倒れ伏し、動けなくなった時……!
私たちは、まだ立っています!」
二人の声に力強さが増し、その顔に浮かぶ笑顔が輝きだす。
そう。それこそが、彼女たちが戦う故での理由であり答え。決して見失ってはいけない、彼女たちが彼女たちであるべき真実の理由。
それを忘れてはならない。それをたがえてはならない。そして、それをなくしてはいけない。
彼女達を応援する者たちの声が響く中、二人はミコライマーを見上げる。
『ならば、そのなけなしの勇気すら打ち砕いて差し上げましょう! 圧倒的な力の前にひれ伏すのです!』
悪役街道ばりばりの早苗の宣言と共に、ミコライマーの放つ力が幻想郷を震わせる。
渦巻く風。揺れる大地。薙ぎ倒されていく息吹。
それに立ち向かうことすら無謀を知らしめる、圧倒的な力。
レミリアと白蓮は互いにうなずくと、相手を見据える。
「面白い戦いになりそうだわ!」
「ええ……!」
しかし、どんなに二人が勇気を忘れないとしても、ミコライマーを相手にするにはまだ足りない。
勇気と蛮勇は違う。勝てない戦いに挑むのは無謀以外の何物でもない。
必要なものは、勇気と共に何度でも立ち上がり、立ち向かう不屈の闘志。そして、それを顕現させるもの。
それが、この場には存在しない――誰もが、そう信じていたはずだった。
目の前の、変わらぬ現実に悔しさを覚えていたはずだった。
「こんなこともあろうかと!」
しかし、そこに突然、響き渡る第三者の声。
「我々、『幻想郷魔法少女管理組合』が長年、真の魔法少女の間で受け継がせてきた、あの力を解放するときが来たようですな!」
「あ、あなたは……真田さんっ!?」
『誰!?』
いきなりどっからともなく現れたどんなに年かさに見積もっても30代半ばにしか見えないのにやたら渋い声の男性を見て、咲夜が声を上げる。
当然、周囲から全力でツッコミが入った。
「何言ってるのよ! 最初のほうで名前が出てきたじゃない!」
※参照:人里でのあっきゅんの会話。
「いやあれ名前だけのモブじゃなかったんですか!?」
「違うわ!
真田さんは、幻想郷魔法少女管理組合の中でメカニックを担当する方よ! それと共に、管理組合が保有する無限の力を悪用されないように管理する役目も背負われているわ!
私だって、彼の顔を見るのはこれが初めて! それくらい偉い人なのよ!」
「モブだと思ったのに何かえらい設定あるし!?」
もはや美鈴のツッコミなど、何の意味も成さない。
突如現れた真田さんがぱちんと指を鳴らすと、唐突に、その背中にやたらカラフルな光が巻き起こり、光の中から一体の巨大ロボが姿を現した。
一体何が起きているのか。誰にもわからないその展開に、あるものは驚愕し、あるものは感動し、そしてあるものは色んな意味でへこたれる。
「あれ? どうしたの?」
「……何でもないのよ、フランちゃん。ただ、幻想郷って何なのかなぁ、って思って……」
「ふーん。
おじいちゃんも?」
『……うむ。隠居したくなってきたわい……』
持っている鉄輪でがんがん頭叩きながら、今の理不尽な現実を受け止めようとする一輪と、遠くの空を眺める雲山。
よくわかってない様子で首をかしげるフランドールは、やがて、『まぁ、いっか』と結論を下した。彼女にとって、そういう難しいことを考えるのは、まだまだ先のことなのである。ようじょバンザイ。
「これぞ、幻想郷魔法少女管理組合が管理する16体の『魔法少女専用ユニット』の一つ!
その名も『ホーリーヴァンピール』!」
真田さんの高らかな宣言。
光の中から現れたそれは、己の周囲を取り巻く光を自らの内に収束させ、一瞬の波動として辺りを照らし出す。
――ヴァンピール=吸血鬼。にも拘わらず『ホーリー』と言う聖なるものを示す冠詞がつくのだから、存在そのものの全否定であった。
ともあれ、現れた『ホーリーヴァンピール』は真っ白な美しいボディに、流線型で統一された、流れるようなフォルムを見せる女性的な印象を持った機体であった。
背中に伸びた白い翼は、ともすれば天使の翼にも見えるほど鮮やかかつ美しい。その二つの瞳はまっすぐに虚空を――そして、その先に佇むミコライマーを見据えている。
「しかし、この機体は二人乗り……お嬢さん方、この意味がわかるかな?」
真田さんの瞳がレミリアと白蓮を見る。
彼女たちは、再度、互いに顔を見合わせ、うなずくと共に、がしっとお互いの手を握り締める。
「わかっていただけたようだな。
では、君たちにこの力を与える! 悪を倒してくれ!」
「任せなさい!」
「はい!」
真田さんはいい笑顔でサムズアップし、レミリアたちもそれに応えた。
二人はホーリーヴァンピールに飛び乗り、前後に備えられた操縦席に座る。
「白蓮。あなたはこいつを動かすのを担当なさい。あなたの方が、わたしよりもそっち方面は得意でしょう」
「では、レミリアさん。貴女には火器管制をお任せします」
「ええ。あの巫女の脳天に風穴を空けてやるわ」
二人は役割の分担を終了すると操縦桿を握り締める。
すると、ホーリーヴァンピールの瞳に光が点り、白い羽根を虚空へと放ちながら空へと舞い上がった。
『なるほど……。面白い機体ですね。
ですが、全ての攻撃を無効化する、妖力スポイル結界とスキマ連結システムを相手にして、どこまで戦えますか?』
「御託はいいわ。
行くわよ、白蓮!」
「はい!」
一気に、ホーリーヴァンピールがミコライマーへと迫る。
ミコライマーは王者の余裕か、そこから全く動こうとせず、ガードすらせず、相手の攻撃を胴体に受け止める。
「早苗。貴女は今、自分を無敵と言ったわね?
それが思い上がりだということを知りなさい!」
ホーリーヴァンピールの掌に光が点り、直後、ミコライマーの装甲がはじけた。
激しい振動に揺られる機体。早苗は目を見開き、そして、何が起きたのかを理解して小さく笑う。
「外側からの攻撃には無敵でも、内側から直接食らわせれば、それは関係ないようね」
「外が固いほど、内側はもろいと言いますよ」
高圧のエネルギーを放射できる機構が、ホーリーヴァンピールの手には内蔵されている。直接、外部からその攻撃を放つ使い方の他に、パイルバンカーとして対象の内部に放射機構を打ち込むことで、分厚い防御を無視した攻撃にも使えるという優れものの武器である。
『ふふふ……なるほど。
そういう攻撃もありですね。ですが、貴女たちの攻撃方法がわかった以上、こちらが次に同じ攻撃を受けてやる義理はありません!』
「――消えた!?」
ミコライマーの姿が、突然、スクリーンからもレーダーからも消失する。
驚くレミリア。白蓮は周囲を見渡し、気づく。
「上です!」
「っ!?」
『スキマ連結システムは瞬間移動を可能にします。貴女たちは、このミコライマーを捕らえ切れますか!?』
レミリアたちの攻撃をワープで軽々回避しながら、早苗の反撃が始まる。
相手から充分に離れたところで左手から放つ閃光。それは、目の前に現れる空間の亀裂に飲み込まれ、直後、あらぬ方向から吐き出されてホーリーヴァンピールを襲う。
白蓮は巧みなコントロールでそれを回避するが、続く二発目は回避しきれず、胴体に食らってしまう。
「ちっ!」
「何という攻撃……!」
目で見ることも耳で聞くことのかなわない完璧な不意打ち。
それを使いこなす早苗は、まさに『悪の花』な攻撃を使いこなす悪党であった。
「さあ、霊夢さんも! 右手のボタンを押してください!」
「……これ?」
「そうです! ぽちっと」
「……はいはい」
もうどうでもよくなって無気力状態の霊夢が、早苗に言われるままにぽちっと青いボタンを押す。
すると、ミコライマーの周囲に青い結界が展開され、それが一斉に周囲に広がっていく。
ホーリーヴァンピールは、何かいやな予感を感じたのか、その空間から離れた。その直後、結界に覆われた空間全てが、何の音も立てずにごそっと切り取られる。
「空間消失攻撃。これは強すぎますかね?」
くっくっく、と笑う早苗。その横顔はまさしく『悪』であり、『悲しい運命を背負って悪に堕ちた』や『恋人を、信じていた友人・仲間によって殺され、全てを粛清することを誓った悪』などといった生易しい悪の姿はなく、誰からも一切憐憫の情を向けられず完膚なきまでに徹底した悪を追及する『悪役』の姿を見せている。
そんな表情がやたら似合う辺りが早苗が早苗たる理由であった。
――ともあれ、そして、それから少し遅れて、ミコライマーが消滅させた空間を埋めるように、周囲の空間がねじれながら収束し、直後、轟音と共に衝撃波を撒き散らす。
辺り一面を、その衝撃波は薙ぎ払い、足下の大地にすら巨大なクレーターを形成する。
ミコライマーは、その中心にいると言うのに全くの無傷。
「化け物ね……」
「ええ……。さすがは早苗さんです」
あくまで王として君臨するミコライマーの姿には、ある種の神々しささえあった。
腕組みをし、その場から動かない相手に立ち向かうレミリア達は、圧倒的な力を持った王に反逆の旗を向けた存在――。
「図に乗っているようね。気に食わなくてよ」
「けれど、レミリアさんも、普段からあんな感じと聞いていますが……」
「ちっ、違うわよ! そんなことないわ! ええ、そうよ!」
と、露骨にうろたえたりする辺り、他人の振り見て我が振り直せ、である。
昔の人は、実に見事なことを言ったもんであった。
『その程度で終わりですか?
それでは、こちらから攻撃をします!』
「必要以上に接近しているのはまずそうね。
一撃離脱でいくわ!」
「そうですね!」
白蓮操るホーリーヴァンピールの動きは、レミリアの高速機動に正確な『計算』が組み合わされた精緻な芸術であった。
超高速でその場を離れ、攻撃にふさわしい射程を瞬時に計算。また、同時に相手の反撃も考慮して、どんな攻撃が来ようとも回避、もしくは迎撃できる態勢を整える――言葉で言うのは簡単だが、それを実現するとなると、それこそ神の偉業であると言っていいだろう。
『外側からの攻撃は通じないことが、あなた達自身、わかっているのでしょう?
逃げに徹するのは感心しませんね!』
ミコライマーの周囲の空間に亀裂が走り、直後、それと同じものがホーリーヴァンピールを囲む。
次の瞬間、その亀裂の中から強烈な閃光が吐き出された。
相手との距離を無視する『スキマ連結砲』。ミコライマーの基本装備の一つである。
「言うだけ言わせてあげるわ……! 一撃必殺! それがわたしの信条よ!」
「回避は任せてください! レミリアさんは攻撃に集中を!」
「ええ! 信頼しているわよ!」
見事な回避で360度の包囲攻撃を回避したホーリーヴァンピールは、一瞬のうちに更なる上空へと舞い上がった。
太陽の光を背中に背負う吸血鬼――言葉にするともうわけがわからないが、その姿は、悪魔でありながらまるで天使のような美しさだ。
早苗は視線を上空に向け、舌打ちする。
スクリーンに映し出されるホーリーヴァンピールは、背中に強烈な陽光を背負い、その光で周囲の目くらましを企んだらしい。
すぐさま、手元のコンソールを操作して画面の調光を行う早苗。
だがその瞬間、確実に、コンマ何秒かの隙が出来た。
それを見逃さず、ホーリーヴァンピールがミコライマーめがけて突撃する。
『これならどうかしら!?』
「くっ……! さすがはレミリアさん……! 幼女の体当たりのくせして、異様な破壊力っ……!」
どこぞのたまねぎ紳士を見習ったのかどうかは知らないが、いつぞやの宴会異変以後、レミリアが好んで使うようになった回転突撃――クレイドル。
ホーリーヴァンピールは、突き出した右手を支点に体を回転させ、さながら己をドリルに見立てたかのようなそれを放つ。
その攻撃は、ミコライマーの装甲を抉り、強烈な衝撃と共に聞くに堪えない破壊音が撒き散らされる。
「攻撃のダメージは全て受け流す――だけど、攻められているのは気に食わない!」
ミコライマーの装甲から与えられるダメージは、全てスキマ連結システムを利用して受け流している。
だが、己が押されていることには変わりない。
早苗はミコライマーの足をその場に叩きつけるようにして移動させると、真正面からホーリーヴァンピールを受け止める。
『さあ、掴みましたよ!』
「それが私の作戦です」
ミコライマーの腕が、がっしりとホーリーヴァンピールの腕を掴んだ直後、その腕が突然、ホーリーヴァンピールの体から分離した。
「なっ……!? これは、有線式サイ○ミュ!?」
「何それ早苗!?」
ホーリーヴァンピールは後方に飛び、ワイヤーで本体と連結された腕だけがミコライマーの元に残る。
ミコライマーの腕が、慌ててそれを手放した瞬間、ホーリーヴァンピールの指の先端に光が点り、ミコライマーの装甲を突き破る。
そして、その体内めがけて強烈なレーザーを5発、直撃させた。
爆音と共に、ミコライマーの装甲の下から炎が上がる。その衝撃に、ミコライマーはわずかに体勢を崩し、左足を一歩、後ろに引いた。
「なるほど……! こういう武器ですか!」
「私の質問無視かそうだよねー……」
早苗に巻き込まれただけの霊夢は、『私ってば最高の被害者ねあっはっは』と半分くらい自我が壊れたような瞳で乾いた笑いを浮かべていた。
もう完璧に、周りについていけなくなって、外側と己の内側に壁を作ってしまったようである。
「面倒な攻撃を……!」
ホーリーヴァンピールの腕がミコライマーから抜け、本体へと返っていく。
ミコライマーにつけられた傷は、しかし、あっという間に修復していく。スキマ連結システムから供給される無限のエネルギーを利用し、機体を修復する自己再生機能すら、この機体は備えているのだ。
反則くさい性能であるが、分身しないだけまだマシである。
「今の一撃は面白い攻撃でしたよ!
しかし、貴女たちが力で全てをねじ伏せるように、わたしのミコライマーも、力で貴女たちをねじ伏せる!」
いつの間にかミコライマーを勝手に自分のものにしていた早苗が宣言すると、ミコライマーは右手を天に突き上げる。
その腕を中心に世界が文字通り、渦を巻き、ねじれていく。
「爆・砕!」
そして、ねじれて渦巻いた空間は連鎖的に爆発を起こしながら周囲へと破壊をばら撒いていく。
渦巻状に放たれる猛烈な威力の破壊を前に、レミリアは、そして白蓮は一瞬、息を呑む。だが、それが届く寸前に意識を覚醒させると、互いに視線を交わした。
「白蓮、回避を!」
「ガードは無理ですね!」
この攻撃は、空間、そして世界そのものの破壊だ。
それに巻き込まれれば、その場に存在しているもの全てが破壊される。ガードなどしようものなら、そのガードごと木っ端微塵に粉砕される攻撃だった。
ホーリーヴァンピールは破壊の腕が己に届く前に攻撃範囲を離脱し、相手との距離をとる。
そして、強烈な破壊が収束するのを待ってから、再度、攻撃を仕掛ける。
接近すると同時に相手に蹴りを入れ、その勢いを利用して一旦下がってから、前方に紅い閃光をばら撒きつつ、ホーリーヴァンピールが突撃していく。
一方のミコライマーは組んでいた腕を解き、相手の攻撃を後ろに下がりながらいなしつつ、その突撃を左腕で受け止める。
『消し飛びなさい!』
「白蓮!」
「言われずとも!」
ミコライマーの左手から走る淡い波紋。
それが空間を破砕するのと、ホーリーヴァンピールが上に飛び上がるのとはほぼ同時だった。
ミコライマーの背後を取ったホーリーヴァンピールは、相手の背中に掌を押し当て、閃光を放つ。
零距離からの内部破壊に、ミコライマーがわずかにたたらを踏んだ。
しかし、ミコライマーは余裕の動作で振り返ると、ホーリーヴァンピールをその視界に捉える。攻撃が始まる前に、ホーリーヴァンピールは相手の側面に回ろうとするが、その瞬間、その動きが止まった。
「何!?」
「これは……結界っ!」
『甘いですね。
わたしと霊夢さんが結界を操る巫女だということを忘れていたのですか?』
破壊ばら撒きまくる破壊神状態のミコライマーであるが、確かに本質は結界使いである。
故に、こうした小手先の技を使いこなしてもおかしくないのだが、違和感はばりばりであった。
ともあれ、動きを止められたホーリーヴァンピールの胴体に、ミコライマーの拳が炸裂する。衝撃と共に走る振動。そして遅れてやってくる強烈な爆発。
衝撃に負けるような形で、ホーリーヴァンピールが真後ろに吹っ飛ばされる。
「くっ……! 何という威力……!」
その一撃で、ホーリーヴァンピールの状態を示すスクリーンが『RED ALERT!』と叫びだす。たった一発で、致命傷にすら近いダメージを受けたのだ。
「まだです! まだいけますよ、レミリア!」
「当然! 誰が諦めたなんてこと言ったかしら!?」
勇ましいセリフと共に、白蓮の手が操縦桿を強く握り締める。
そこから走る光が機体のコクピット全体に広がり、さらにホーリーヴァンピールそのものを包んでいく。
「受けなさい……! 我が大魔法!」
ホーリーヴァンピールの後方に展開した四つの閃光の塊から、強烈なレーザーが放たれる。
それがミコライマーへと向かって収束し、叩きつけられた。
「ふふふ……! やってくれますね……!
ですが、この攻撃、全くの無駄! 逆に心地いいですよ、聖さま!」
滝のような圧力を真正面から受けながら、しかし、早苗は叫んだ。
ミコライマーの瞳が青く光り、全身からはじけるような閃光を放つ。
すると、ミコライマーへと収束するホーリーヴァンピールの攻撃が一気に、それこそ何かに吸い込まれるように消え去っていく。
エネルギーの奔流はミコライマーの体へと飲み込まれ、この世界から消滅する。同時に、ミコライマーを包み込む光は輝きを増し、まるで太陽がもう一つ、顕現したかのごとくまぶしく輝きだす。
「これすらも吸収しますか……!」
その光景に、白蓮は唖然となった。
自分の持つ技の中でもかなりの威力を持つそれを増幅・拡大して放ったというのに、ミコライマーには傷一つつけられない――その事実は、確かに、彼女のプライドを傷つける。
「あははははは!
そう! これこそが力というものです! 強い力はそれ以上の力によってねじ伏せられる! 力こそが正義というならば、あらゆる力が正義となる!
たとえそれが、悪の力であろうとも!」
ミコライマーの左手がホーリーヴァンピールの攻撃に押し当てられる。
同時に、ミコライマーは体を半身に構え、右手をホーリーヴァンピールへと向けた。
「己の攻撃で朽ち果てなさい!」
撃ち出される巨大な閃光。
それは確かに、白蓮の放った攻撃そのままだった。
自らの放った攻撃がそのまま返ってくるという光景に驚愕した白蓮は、後ろのレミリアが『何をしているの!』と叱咤することで己を取り戻す。
ぎりぎりのところで攻撃を回避し、ホーリーヴァンピールは一旦、ミコライマーとの距離をとった。
「……困りましたね」
「どうかしたのかしら」
「正直、この機体の力をもってしても、あのミコライマーのスキマ連結システムを打ち破る手段が思い浮かびません」
「そうかもしれないわね」
「……?
どうかしたのですか? レミリア。ずいぶん、貴女は落ち着いているようですが……」
「ええ、もちろん」
自信満々に答えるレミリアは、子供らしいちぐはぐなバランスの大きな頭をゆっくりと縦に振る。
「今ので、奴に対抗する手段がわかったのよ」
「……! 本当ですか!」
「もちろんよ!
白蓮。奴は貴女の攻撃を受け止め、吸収した――けれど、最後の最後、一滴残らず吸収したと言うわけではなかったわ。
あの攻撃を吸収しながら、その攻撃を反撃で返してきた――それはどういう意味かわかる?」
「……まさか」
「そう。
早苗は自分のエネルギーを『無限のエネルギー』と言っている。けれど、あの機体のエネルギー容量は無限ではないと言うことよ」
風船は、空気を入れすぎると、それに耐えられずに破裂してしまう。
ならば、ミコライマーも同じなのではないか。レミリアはそう言った。
あの機体の限界までエネルギーを叩き込んでやれば、それが処理できず、余ったエネルギーは暴走する――その可能性は0ではない。
「けれど、悔しいけれど、これはわたし達だけではどうしようもないことよ。
白蓮……意味はわかるわね?」
「……はい」
ミコライマーの攻撃が始まる。
その全身から放たれる無数の弾丸が、あるものは空間の亀裂に消え、あるものは幻想郷そのものを切り裂きながらホーリーヴァンピールに迫る。
あらゆる方向、あらゆる角度から襲い来るそれを回避しながら、白蓮は答える。
「努力、友情、そして――!」
「勝利よ!」
「……ったく。
村紗、そっちの状況はどう?」
『修理は一応、進んでいるわ。
けれど、まだまともには動けない……』
ミコライマーの攻撃で傷ついたスカーレット・ロボと聖輦船は、その体を何とか動かしながら互いに通信を取り合っていた。
ほとんど動くことすらかなわない大ダメージ――しかし、それでも、彼らは完全に死んではいない。ゆっくりとだが、その体に刻まれたダメージが癒えていく光景がある。
「こいつには自己再生機能があるのだけど、それでも回復が追いつかないわ。
全く……とんでもない力ね、あれは」
『けれど、パチュリー。わたしは自分の聖輦船が負けたとは思っていないわ』
「私もよ。
負けると言うことは、すなわち、大地に倒れること。そして、起き上がる力を失うこと。
何度大地に倒れたとしても、起き上がる力を忘れなければ、敗北したことにはならないわ」
そして、自分たちは、まだ起き上がれる。
パチュリーは言った。
それは、ともすれば負け惜しみのセリフである。しかし、その言葉も、時と場合によっては何よりも強い力となる。
村紗もまた、聖輦船のブリッジで力強くうなずく。
『幸い、奴はレミィたちがひきつけてくれているわ。
もう少し……そうね、あと1分もあれば、何とか』
「さすがね。こちらもそれに間に合わせるわ。
修理、急いで! うまくいったら、今日は一番高い酒をおごってやるわよ!」
「……そういえば、ご主人。この船は、一体誰が修理しているんだ?」
「船長、さすがですね!」
「答えろよおい」
急ピッチで進む聖輦船の修理。
モニターに映し出される被害箇所が次々に『CLEAR』の表示に塗り替えられていく。
「ねぇ、パチュリー。
貴女にちょっと聞きたいことがあるのだけど、いい?」
『何かしら?』
「貴女は、自分が一番強いと思っている?」
『愚問ね』
「そう。それはわたしも一緒よ!」
聖輦船は、村紗にとって、最強である。
どんな敵も蹴散らし、行けない場所は存在せず、そして、いつでも自分たちを守り、迎えてくれる場所として。
信じて、頼りにして、そして、共に戦い抜いてきた友人。
彼女は聖輦船を信じている。必ず、また立ち上がることが出来るのだと。
故にこそ、『彼』は彼女の期待にこたえようとしてくれる。
「船長! 動力炉復旧! 聖輦船が動けるようになりました!」
「よぉっしっ!
聖輦船、起動! 主砲、前へ!」
粉砕され、その大きさを半分ほどに減じていてなお、聖輦船の主砲は健在であった。
そこへ蓄積されるエネルギーは、常に莫大。
強烈な光を放つそれが、徐々に集中していく。
「友人を助けに来て、逆に助けられる――それはかっこ悪すぎよね」
聖輦船の復活を見ていたパチュリーが、スカーレット・ロボのコクピットで苦笑する。彼女の両手は操縦桿をしっかりと握り締め、彼女の瞳は、スクリーンに映し出される戦場を見つめている。
ゆっくりと、スカーレット・ロボが立ち上がる。
まだ体のあちこちはぎくしゃくしているものの、ミコライマーから受けたダメージをかなり回復させた機体は、それまでとほぼ同じような動きで空へと舞い上がる。
「私はレミィを助ける役をやりたいのよ! 助けられる役だなんてごめんだわ!」
――そのために、この機体を投入したのだ。
命蓮寺との戦いは苦戦することがわかっていた――だからこそ、彼女は友人へ『勝利』を約束するために、このスカーレット・ロボを短期間で作り上げたのだ。
全ては、彼女のため。
友人の、ちみっちゃい吸血鬼のため。
そのために、パチュリーは後ろから指揮をするだけではなく、自ら戦うことを選んだのだ。
「さあ、行くわよ! ミコライマー!
このスカーレット・ロボが貴女より劣るなどと言った自惚れた考え、消し飛ばしてやるわ!」
熱い魂の叫びと共に、パチュリーは操縦桿を握り締める。
彼女の掌から伝わる魔力が、機体が内蔵する賢者の石を駆動させ、その光を強くしていく。
「村紗! 最初の一発目は任せるわ! 一番槍よ! 気張っていきなさい!」
『言われずとも!
主砲、発射ぁぁぁぁぁぁっ!』
幻想郷の空を切り裂き、巨大な閃光がミコライマーへとまっすぐに向かっていく。
それを見送ってから、スカーレット・ロボがさらに大空高くへと舞い上がる。
「このスカーレット・ロボの必殺技をもう一つ、まだ見せていなかったわね!
その目に焼き付けなさい! 究極の炎!
ロイヤルゥゥゥゥゥゥゥッ!! フレアァァァァァァァァァッ!!」
スカーレット・ロボの両手に収束する巨大な火炎の塊。
それを掲げ、スカーレット・ロボはミコライマーめがけて投げつける。
火炎の大きさはスカーレット・ロボを遥かに超え、ミコライマーに向かいながら、なお、そのサイズを大きくしていく。
燃え上がる炎。そして、白く輝く閃光が、ミコライマーへと同時に迫っていく。
「友情、努力、大いに結構!
しかし、孤独な戦いを強いられる魔法少女が、他人の力に頼らなくてはいけないとは、ずいぶんと情けない話ですね!
しょせんは、貴女たちはまがい物だったということです!」
そういう展開大好きにも拘わらず、レミリア達の言葉を否定する早苗は、ミコライマーをその場に留めるようにして動かす。
「再び界の彼方に消し去ってあげましょう!
もはやどこにも帰れず、誰からも見つけてもらえない、全てが消える世界に落ちるのです!」
『やれるものならやってみなさいっ!』
『貴女がどんなに強くとも、一人では出来ることには限界があります!
1+1は必ず2になるのではない! その可能性が無限大であると言うことを、貴女は知らなくてはいけない!
それを、貴女の心に刻んであげます!』
ホーリーヴァンピールはミコライマーと、一瞬、向き合った。
互いのアイカメラを交し合い、その向こうのパイロット達の視線すら重なった――そんな錯覚の後、ホーリーヴァンピールが突き上げる拳に光が集まる。
ホーリーヴァンピールはその拳を構えると、一気にミコライマーめがけて突撃する。
同時に、ミコライマーの、あの破滅の一撃が放たれる。
力と力のぶつかり合い――極限のせめぎあいに、大地が、空が、世界が揺れる。
「ははははははは!
どうしたんですか!? 全く届きませんよ! さあ、そろそろお遊びの時間は終わりですっ!
これにて終焉! 消え去りなさいっ!」
ミコライマーの瞳が青く輝く。
その力がさらに膨れ上がり、ホーリーヴァンピールを押し戻していく。
再び、その圧倒的な力による破壊が巻き起こされる――誰もがその結末を想像した瞬間、真横からミコライマーに聖輦船の主砲が直撃する。
「何っ!?」
『貴女、敵が一人だけだと勘違いしてないかしら!?
聖輦船をなめんじゃないわよ!』
「朽ちたがらくたのくせに!
船底に穴の空いた船が図に乗るんじゃないわ!」
『ふん! だから何!?
聖輦船は沈むことを知らない船よ! 穴が空こうが何だろうが、この船はいつでもわたし達を守り、いざなってくれる!
さあ、無敵の船の力、とくと思い知りなさいっ!』
「ならば――!」
『まだまだ注意が足りないようね、ミコライマー!』
「っ!?」
新たに響く第三者の声。
振り仰ぐ早苗の視界に真っ赤に燃え上がる太陽があった。
それがミコライマーの頭上から着弾し、紅い炎を巻き上げながら突き進んでくる。
二つの衝撃に、あのミコライマーが揺らいだ。
足が大地を抉り、機体の放つ光が幻想郷に映し出される。
「こっ、このっ……!
壊れたゴミクズの分際でぇっ!」
『そのゴミクズの力に圧倒されているのはどこの誰かしら?
スカーレット・ロボの魔力ッ! そう簡単には尽きないッ!』
「なら、まとめて消し去って差し上げましょう!
その無駄な自信と、愚かなプライドを粉々にねぇっ!」
ミコライマーから放たれる力が拡大し、聖輦船とスカーレット・ロボの攻撃を押しのける。
だが、その瞬間、確実に早苗の意識がホーリーヴァンピールから逸れていた。
最後の好機――それを悟ったレミリアが大きくうなずく。
「早苗ぇっ!」
突き出す左腕が、ミコライマーの力の波動へと突き刺さる。
「貴女は言ったわね!? 強い力はより強い力によってねじ伏せられる、と!
だけど、どんな強い力があっても、決して砕けぬものがあるっ!」
ホーリーヴァンピールの左腕にも同じように光が点る。
両腕の光がまばゆいばかりに拡大したところで、その力が一点に集中され、強烈な光のドリルとなってミコライマーの力を貫いていく。
「届いたぁっ!」
その攻撃が、ミコライマーの胴体に輝く太極図の紋章を破壊する。
すると、それがミコライマーの力を制御していたのか、ミコライマーから放たれていた力が消滅していく。
遮るものがなくなった瞬間、ミコライマーに集中していた攻撃が全て、その体へと直撃した。
そして、ホーリーヴァンピールが一気に突撃し、ミコライマーの胴体へと、その拳を突き立てる。
「傷つき! 疲れ果てっ! たとえ大地に倒れることがあったとしてもっ!
再び立ち上がり、前に進んでいく、この勇気っ! そして、0でない限り希望を諦めない、この心っ!」
「そしてぇぇぇぇっ!」
ホーリーヴァンピールの姿が変わる。
全身の装甲が弾け、その内側から紅い光を吐き出す。広がった翼は、幻想郷を多い尽くすほどに巨大化し、その紅い光を後方へと放ちながら、ホーリーヴァンピールを前へ前へと進めていく。
「たくさんの仲間たちと交わした笑顔の力をっ!
そんな力で壊せるなんて思うなぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ぎりぎりと、ホーリーヴァンピールの拳がミコライマーへと食い込んでいく。
コクピットで早苗は歯噛みし、舌打ちした。
その時、ミコライマーに警告が響き渡る。
「何!? これは……!」
手元のディスプレイに表示される、それは――!
「オーバーロードっ!?
わたしの妖力スポイル結界の限界を超えるっ!? そんなバカな!?
スキマ連結システムから力が逆流してっ……!
くっ……! くそぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
三つの力が一つに合わさり、ミコライマーを圧倒する。
あがく力も失い、徐々に光の中に飲み込まれるミコライマー。
そして――!
『いっけぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!』
幻想郷の空に響いた、その熱き魂の叫びと共に、猛烈な爆音が響き渡ったのだった。
―七日目 午後19:00 紅魔館―
「げほっ! げほっ! ごっ、ごあぐま……! み、水……水を……!」
「あんな叫び方するからです! どうするんですか、その声! キー○ン山○通り越して八○見○児になってるじゃないですかっ!」
「ふっ……ふふ……! のど飴なめれば大丈夫よ!」
「直ってるし!? のど飴すごっ!?」
紅魔館の庭を開放した『戦勝パーティー』が開かれている。
主催はもちろん、館の主であるレミリア・スカーレット。招かれているのは――、
「ねぇねぇ、おじいちゃん、おじいちゃん! またフランと遊ぼうね!」
『おお、いいぞ。いつでも遊んであげよう』
「わーい!」
「ほっほっほ。何じゃ何じゃ、雲山殿。フランドールに好かれておるのぅ」
「あっ、マミゾウおばあちゃんだ!」
『おお、マミゾウ殿。
何じゃ……あれじゃ、孫と言うものは、本当によいものじゃのぅ』
「わはは、確かに。
のう、ぬえや」
「ふ、ふん! 別に!」
『マミゾウはお前のおばあちゃんじゃないぞ!』とフランドールとにらみ合っていたぬえが、ほっぺた赤くしてそっぽを向く。
実に微笑ましい光景である。
「……にしても、何だったのかしら。今回のこれって」
「一輪さん……そのお気持ち、非常によくわかります」
「ああ、よくわかる……よくわかるぞ、それは……」
「だけど、ほら……。
共に、なんていうんでしょうか……トラブルメーカーの側にいるっていうことはこういうことなんです。
諦めましょう。
飲みましょう!」
「ええ、そうね! 今日くらいは無礼講よ! お寺の戒律なんて知ったことじゃないわ!
飲みましょう、美鈴さん! 朝が来るまでっ!」
「……もうダメだこいつら」
ぎりぎりのところで理性を保っていた三人は、色んな意味で壊れていた。
美鈴がビールジョッキを一気飲みで空にすると『負けないわよー!』と、一輪が日本酒をジョッキで空けるという荒業を披露する。
ナズーリンはため息つきつつ、「明日は酔っ払いたちの相手か……。憂鬱になるよ、全く……」と呻く。
「けれど、寅丸さん。
白蓮さん達の衣装は、もしかしてあなたが?」
「あ、はい。私、手芸は得意ですから」
「なかなか素晴らしい衣装だわ」
「ありがとうございます」
「響子ちゃんもかわいいし」
「え? 何ですか?」
「わかりますか! 響子の衣装は、かなり力を入れたんですよ! このスカートのところとか袖口のところとか!」
「ええ、わかる! この辺りとか見事よ! かわいらしさと共にストレートに突き抜けるアピール力っ!」
「ですよね、ですよね!?」
「……え~っと?」
咲夜は星と意気投合し、ただいま、アイドル衣装に身を包んでお披露目会(要は写真撮影会)中の響子について熱く語り、さながらダメ人間の様相を呈していた。
元々ダメ人間だったのかもしれないが、最近は、そのダメさがさらに加速しているのかもしれない。
「けれど、今回の戦いは色々不満が残る戦いだったわ。
聖輦船があそこまでやられるなんて」
村紗は一人、パーティーの席に座りながら、広げた設計図を前に頭を抱えている。
設計図には『聖輦船強化計画』と言う文字が書かれており、武装やら装甲やら駆動系の改造を検討されているらしい数字が踊っている。
「次はどんな奴が来ても一撃で吹っ飛ばせるくらいの設計にしないとね!」
さらに魔改造を施し、聖輦船を戦闘仕様に改造することを夢見る舟幽霊は、直後、飛んできた鉄輪におでこを直撃され、後ろ向きに椅子ごとひっくり返った。
「レミリア」
「あら、白蓮。楽しんでいるかしら」
「ええ、とても。
西洋風のパーティーなんて、何度も経験することではありません」
「あら、そう」
ぱたぱた羽を動かしながら誇らしげなお嬢様。
素直に、白蓮の言葉が嬉しかったらしい。
「今回は大変でしたね」
「ええ、全くよ。
けれど、あなたの強さ、なかなか気に入ったわ。このレミリアのライバルとしてふさわしいわね」
「あら、それはどうも。
レミリアも、なかなか強かったですよ」
「ふふふ。そうでしょう?」
ぺたんとちっちゃな胸を張り、威張るお嬢様の愛らしさは格別だった。
思わず周囲から、メイド達が『きゃー! かわいいー!』と声を上げるほどに。
「……厳しい戦いでしたね」
「……ええ」
「なぜ、私たちは勝てたのだと思いますか?」
閃光に全てが覆われた、あの瞬間。
ミコライマーの姿は光の中に飲み込まれるようにして消え、幻想郷に平穏が戻ってきた。
戦いに、恐らくは勝利した――その認識があっても、レミリア達は、思う。
なぜ、勝てたのだろうか、と。
「さあね……。
まぁ、みんなで頑張ったからでしょう。紅魔館の結束は強いのよ!」
考えるのをあっさりやめて、レミリアは気楽な言葉を放つ。
そうして、紅魔館の一番の自慢ごとであったのか、えっへん、と威張るお嬢様。
その愛らしいお姿にくすくす笑う白蓮は、『そうですか』とさらりとそれを流した。
「けれど、レミリアが、まさかあんなことを言うなんて」
「え?」
「『みんなで頑張ったから』って。
かわいいですね」
「なっ……!?」
「普段は『わたしが一番!』みたいに威張ってるのに、やっぱり皆さんのことを信用しているのですね」
「ちっ、ちがっ……! そっ! そんなこと、なくてよっ!?」
「あら、声が裏返ってますよ」
「違うったら違うのーっ!」
きーっ、と怒る彼女は、癇癪を起こした子供そのものである。
実にかわいらしいその姿を愛でながら、白蓮は笑う。
――どんな強敵にも、みんなで頑張れば勝てる、か……。
あの場の勢い、雰囲気、様々なものはあるだろう。
しかし、それをこのレミリアが言うとは、白蓮も思っていなかったのだ。最後の締めは自分が言わないといけないかな、とも思っていたくらいに。
だが、その心配は杞憂に終わった。レミリアは、たとえ雰囲気に流されていたのだとしても、己の口から、己の魂の言葉として、あのセリフを言ったのだ。
「魔法少女というものは、ノリと勢いで決まっているだけのものではなさそうですね」
そうつぶやく彼女の瞳は、とても優しいものだ。
そっと、それをレミリアに向ける彼女は、まさに菩薩のごとき慈愛に満ち溢れていた。
「……いや、あれ、ノリですよね」
「絶対にノリです。間違いない」
「けど、今、それを言ったら殺されますよね」
「100%間違いなく」
……と、美鈴と一輪はぼそぼそ話をしていたりして、しかもそっちがかなり真実だったりするのだが……まぁ、それはさておこう。
「お疲れ様、早苗ちゃん」
「はい! とっても楽しかったです!」
「楽しんでもらえたようで何よりだわ」
所変わって、博麗神社。
早苗は元気一杯、ミコライマーから飛び降りると、出迎えてくれた紫に笑顔を向ける。
その笑顔は、何かもう『わたし、やりきりました!』という充実感に満たされていた。
「河童の技術力と二柱の力、そして私と巫女の結界の力。その三つが合わさった、このミコライマーが、ここまでダメージを受けるなんてね」
佇む巨大な影のあちこちに、紫の言うように、確かに傷が刻まれている。
しかし、それは猛烈な勢いで修復が進んでおり、明日には全くの無傷になっているであろう程度のものであった。
――あの力が炸裂する瞬間。
早苗はすかさず、スキマ連結システムの持つワープ能力を利用して、戦場を離脱していたのだ。その時に、きちんと『さすがですね、レミリアさん。聖さま』という言葉を残して。
「いやぁ~! 悪役も楽しいものです! ね、霊夢さん!」
「はは……あはは……。最悪……」
「もう! そんなに微妙な顔しなくたっていいじゃないですか~!」
ばしんばしんと早苗に背中叩かれ、霊夢の顔はどんどん微妙になっていく。
色んなものから逃避して、自分の中の『わたしのかんがえたりそうのげんそうきょう』を維持しようとしていたのに強制的に物事に巻き込まれればこうもなるのは当然であった。
「霊夢もお疲れ様。
今、神社を元に戻すわね」
ぱちん、と紫が指を鳴らすと、ミコライマーの合体が解除され、博麗神社が現れる。
ちなみにもう片方は夜の空を飛んでいき、その数秒後には守矢神社となっていたりするのだが、それはさておく。
「おー、霊夢、早苗! 帰ったか!」
「見事な戦いぶりでしたよ、霊夢。お疲れでしょう? 魔理沙と一緒にお酒を用意しました」
「……飲む。飲んでやる! もうこうなったら何もかも忘れるくらいに飲みまくってやるっ!
魔理沙ぁっ! 杯をよこせぇっ!」
「おう! やる気だな! ぐっといけ、ぐっと!」
「華扇、おつまみ!」
「はいどうぞ」
そしていつの世も、辛くて苦しい現実を、少しでも忘れさせてくれる友は酒であった。
どこからやってきたのか、現れる魔理沙と華扇。彼女たちは笑顔で、霊夢と、そして早苗の今日の戦いをねぎらい、また、祝福する。
彼女たちの用意した宴会料理を前に、座の上に腰を下ろした霊夢は『特級』と書かれたラベルの貼られた純米酒をぐいぐい飲み干し、華扇の作ったおつまみをがつがつ平らげる。
ちなみに、彼女は泣いていた。
「けれど、紫さん」
「何?」
「紫さんは、ああいう結末を予想していたんですか?」
「ん?」
「あのお二人が、自分たちの意思で手を取り合って、わたしに立ち向かってくること」
早苗の問いかけ。
紫はしばし、夜空を見上げた後、ふっと小さく微笑んだ。
「……どうかしらね」
「正直、別々ばらばらに戦いを挑んでくると思っていたんですけれど、ちょっと驚きました」
そうかもしれないわねぇ、と紫は話をはぐらかす。
――古来より、幻想郷を守る『当代』の魔法少女は常に一人。
しかし、今回の戦いで、その歴史は破られた。同じ時代に二人の魔法少女――しかも、その二人は互いにいがみ合うでもなく、互いに手をとり、現れる悪に立ち向かうことを選択した。
今までの慣例とは違うその現実。全てを予測していたであろう妖怪の賢者は、相変わらずの笑みを浮かべるだけだ。
「お~い、早苗~。神社戻ってきたから、そろそろ帰って来たと思って来たよ~」
「あっ、諏訪子さま! ……神奈子さまは?」
「もう少ししたら天狗が連れてくる。
いや~、今回は頑張ったねぇ! さすがは我が守矢神社自慢の娘だ!」
「あはは。諏訪子さま、やめてください。照れくさいです」
「……照れるな」
「あ、神奈子さま。ただいまです! 楽しかったですよ! さすがスパロボ! もう最高!」
「……諏訪子。これ、どうする?」
「いいじゃん。いつも通りで」
「そうですよ、神奈子さん。いつもの早苗さんじゃないですか」
と、もう疲れきった顔の神を連れてきた天狗は、つやつやの笑顔で親指立てる。
今回の魔法少女の戦いを、ほぼ独占取材できた彼女は、『今日のこの日は、我が人生で最高の一日!』とメモ帳にわざわざ書き記すほど充実していた。
片手にぶら下げたカメラの回りには、現像していない無数のフィルム。左手には何冊ものノート。彼女、射命丸文は、この日一日、心の底から充実していたのであった。
「あとで、紅魔館と命蓮寺には謝りに行かないとね」
「そうですねぇ。
役柄どころからして仕方ないとは言え、迷惑かけちゃいましたしね」
「まぁ、お酒の一本でも持っていけば大丈夫でしょう」
「ですね」
紫はそこで早苗との会話を打ち切ると、『こら、霊夢。はしたないでしょう』と、泣きながらおでん食べてる霊夢を叱り付けた。
早苗は大きく伸びをして、神社の宴会へと混ざっていく。
その後を追いかける諏訪子は、足をずりずり引きずる神奈子の手をとり、文と一緒に、その輪の中に混じっていったのだった。
――エピローグ:広がる黒――
こうして、二人の魔法少女の戦いは終わった。
今回、ハイテクどころかオーバーテクノロジーの限りを尽くした各種のロボットであるが、スカーレット・ロボは次なる戦いに備えて紅魔館の地下深くで眠りについた。パチュリー曰く、『彼には更なる強さがある。私でも、その進化の果てはわからない』と言うほどの力を、再び発揮するために。
聖輦船はいつも通りの命蓮寺へと戻り、今日も信徒を受け入れている。幸いなことに居住区や本殿などが変形した箇所に受けていた損傷は軽微なものであり、大ダメージを受けている、戦闘区域ともいうべきそれ以外の部分は地中に埋まっているため、外側からぱっと見た感じでは、幻想郷を揺るがす大激突を繰り広げた戦艦とは思えない様相そのままで。
ちなみに、ナズーリンが命蓮寺を離れて生活しているのは、『もうあんな騒動に巻き込まれたくない』と言う彼女の小さな小さな抵抗であったことが、この時、判明していた。
ホーリーヴァンピールは、真田さんの手元に戻され、『次の戦いに向けて、万全の整備をしておこう』と彼はレミリア達に約束している。これは、今後、レミリアと、そして白蓮の専用機として、彼女たちが『当代』の魔法少女の座にある限り、いつでも最高の力を発揮できるようにメンテナンスがされていくとのことだった。
そして、今回、大暴れした早苗であるが、お酒を持って紅魔館と命蓮寺に謝罪に訪れたところ、そこの主から、『あら、さすがだったわよ。早苗』『さすがは早苗さん。最高の演技力でした』とあっさり関係修復することに成功していた。
二人曰く、『早苗(さん)に悪役は似合いすぎていて困る』とのことである。
なお、ついでであるが、霊夢は博麗神社の社の中に三日ほど閉じこもっていたことを追記しておく。
その後、彼女を外に引っ張り出したのは、同じように幻想郷のもう色んな裏の真実に耐え切れなくても毎日を諦めずに生き続ける友人、アリス・マーガトロイドの健気で真摯な言葉によるものであった。
さらに、阿求の描く幻想郷縁起に、今回の事件はフルカラー300ページと言う大ボリュームで書き残され、後世にその歴史をつなげていくことになる。歴史書であるはずなのだが、『幻想郷縁起 魔法少女集(別冊)』という形で保管されるこの歴史は、どっからどう見ても熱血漫画であったとか何とか。
極めつけに、文の書いた新聞は奇跡の売り上げを発揮し、彼女に『私、もう死んでもいいっ!』という幸せを与えてくれた――。
――そして。
「……さとり様」
手にした新聞を握り締め、地底に住まう妖怪は、それを床へと投げ捨てる。
「お燐。そしてお空。
……わかっていますね?」
彼女は冷たい声で言う。
その瞳は目の前の暗闇を見据えている。暗闇の中にある何かを探すように。その何かに対して、己の思いの丈をぶつけるように。
「はい」
「……うん」
「わたし達は憎まれ、そねまれ、疎まれた末に地底に居を移した妖怪たち。
その過去を憎むことはない……けれど、忘れることもない」
彼女は言う。
その瞳は閉じられ――次に開けられた時、ぎらぎらと赤い光で満たされていた。
「わたし達が何をした? わたし達はなぜ、嫌われなければならなかった? わたし達が、どうして日の光を浴びることが出来ない!?」
がんっ、と殴りつける壁が砕け散る。
彼女は振り返る。その瞳に狂気の色を携えて。
炸裂する、彼女の想い。彼女の声。怒りと恨みに満ちたそれを聞いて、彼女の前にひざまずく二人が、思わず背筋をすくませる。
「教えてあげましょう。彼女たちに。
真の絶望を。
望まぬ暗闇の中に堕とされた、わたし達の嘆きを」
――すっと、波が引いたかのように、彼女の声が落ち着きを取り戻す。
だが、そこに、今までの『彼女』の姿はない。
暗い闇にとらわれ、あらゆるものを地底の底へと引きずり込もうとする怨嗟の色が、そこにはあった。
「はい」
「……わかりました」
「戦いの果ての敗北を教えてあげましょう。魔法少女たち……!
――当然、こいし。あなたも手伝いますよね?」
ゆっくりと、その瞳が周囲を泳ぐ。
その視線が捉える先――柱の陰に隠れ、怯えたように彼女の様子を伺っていた少女。
「っ!?」
「こいし。どうしたの? どこへ行こうというの?」
その手がゆっくりと伸びて来る。
恐怖に震える少女の手を、優しく、しかし、二度と離さぬくらいに強く握り締める。
「ねぇ? こいし」
「助けて……! お願い……! 誰かっ……!」
「こいしちゃん!?」
「フラン……ちゃん……」
紅魔館を訪れたこいしは傷つき、疲弊していた。
慌てて彼女を救護室へと運んでいくメイド達。彼女と仲のいいフランは必死に『どうしたの!?』と声をかけ続ける。
「お願い……みんな……。
お姉ちゃんを……お姉ちゃんを止めて……! このままじゃ……!」
「どういうこと!? 詳しく話しなさい!」
「お嬢様、おやめください! 彼女は怪我をしているんです!」
「だ、だけど……!」
「お姉ちゃんが……お姉ちゃんが……」
涙を浮かべ、悲しみにくれる少女。
その彼女を嘲笑うかのごとく、幻想郷が巨大な地鳴りに包まれたのは、その時だった。
窓に駆け寄るレミリア。
その視線の向こうに、ありえない光景があった。
「何……あれ……!」
それは、地底から突き立つ巨大な塔。幻想郷の大地を侵食し、根を張る、さながら巨大な一本の大樹。
そして、その先端に佇む一人の影。暗闇を背中に背負い、暗黒のオーラを放ち、空を、太陽を、光を飲み込む、黒き地底の光。
影は言う。
「わたしの名前は古明地さとり。
闇に堕とされ、歴史の中から抹消された『失われた魔法少女』の血を引くもの――」
「……紫さん」
「どうやら、あの戦いが、彼女を刺激してしまったようね……」
唐突に空が黒雲に覆われ、幻想郷を包んでいく。
不安。
恐怖。
焦燥。
様々な負の感情が荒れ狂う世界。
早苗は紫を見て、小さく、喉を鳴らす。
「……早苗ちゃん。ミコライマーを再起動させなさい。
そして、レミリアと白蓮を遠くに逃がすのよ」
「……え?」
「彼女たちでは、さとりには勝てない……。
負の想いに支配された彼女に勝てるものは、この幻想郷に、まだ存在しない……」
「そんな……!」
「急いで!」
「は、はいっ!」
再び、戦いが始まる。
悲しみに包まれ、笑顔を忘れた一人の少女が巻き起こす嘆きの始まりが訪れようとしている。
「あなた達に教えましょう。
日の光の下、ぬくぬくと暮らしてきた、幸せなあなた達に、真の絶望を。真の不幸を。そして、真の破滅を!」
――今、当代の魔法少女たちの、最大にして最悪の戦いが幕を開けた。
~次回予告~
――かつて、彼女の顔には笑顔が満ち溢れていた。
大切なものを、家族を守ることを誓って戦いを選んだ彼女。
辛く苦しい時も。傷つき疲れ果てた時も。
帰る家がある、迎えてくれる家族がいる、笑いかけてくれる人がいる。
「ねぇ、こいし。わたし、頑張るからね。
あなたのために……みんなのために。お姉ちゃん、頑張っちゃうからね」
そのまぶしい笑顔にうっすらと陰が差していることに気づいたものは数少ない。
誰も、何もしなかった。何も出来なかった。
何かしようとしても、それは彼女のためにならないと思っていたから。勘違いしていたから。
わずかな心のすれ違い。
しかし、それすら包み込んでしまえるほどの温かい想いが、笑顔があったから。
――彼女は戦えていたのに――
「どうし……て……!」
「さとり様、しっかりしてください!」
「……ねぇ、わたし、何が悪かったの……? わたしは、何を間違えてしまったの……?
どうしてこんなことになってしまったの!? ねぇ!?」
「さとり様……」
「……わたしの……力が足りなかったから……」
にじむ想い。
「わたしが……弱かったから……」
浮かぶ痛み。
「だから……こんなことになってしまったのよ……」
小さなすれ違いから始まったほころびは、その時、大きなひびとなってひび割れる。
「……だったら、そうよ。わたしがもっと強くなって……みんな……壊してしまえばいいのよ……」
彼女は、ただ、純粋すぎた――。
「……わたしが、こいしを守るのだから……!」
幻想郷の空を暗闇が覆う。
地底より生まれし暗い太陽が、この世界から生命の息吹を奪っていく。
「さとりさん! それ以上の無礼、許されることではありません!」
「あら、あなたは早苗さん。
ふふ……そうですか。昨日の敵は何とやら。あなたもわたしの敵に回るのですね。やはり」
「今すぐ、その刃を収めてください! さもなくば……!」
「さもなくば……何?」
その瞳は、心を突き刺す。
「あなたは強い。そして、あなたが持つ力に、わたしは到底かなわない。
けど、力に力でぶつかるのは愚か者のすること。強い力を受け流し、自分を上回る力を持ってしまっているものすら滅ぼし、壊すには、簡単なこと」
その『眼』が闇を映し出す。
「その強い心を打ち砕くこと。心を鍛えることは、誰にも出来ない。
少し手で包んで、ぎゅっと握ってしまう、それだけでもろくも崩れる、それが心。
あなたは思い知るでしょう。
自分の心が、粉々になって砕け散る、その感覚を。そのきれいな音を。ねぇ?」
――解き放たれる闇。
「……ねぇ、お燐。私たち……いいのかな?」
「何が?」
「だって……」
「別に、何か気にする必要はないんだよ。
あたい達は、ただ、さとり様のために一生懸命、働けばさ」
「……違うよ、そんなの」
「……お空?」
「だって……さとり様、全然、笑わない……。すごく冷たい目をして……寂しそうな顔をして……。
私、そんなさとり様、見ていたくないよ!」
――きしむ声。
「おい、霊夢、それに仙人! やばいぞ! あっちこっちで人里が……!」
「やはり……こうなりましたか……」
「こっちにも連中が向かってきてる! 下手なことすりゃ、命だって危ない!
おい、逃げるぞ! 二人とも!」
「――あなた達は、先にお行きなさい」
「……え?」
「……歴史のツケを払うのは、若者ではなく、年寄りの役目です」
――枯れた笑顔。
「お嬢様! 紅魔館メイド部隊、全滅!」
「前線で、皆さんの指揮を執っていた聖とも連絡がつきません! 紅魔館の皆さん、急いで!」
「急いで聖輦船に乗りなさい! この場を離脱する! 早くっ!」
「……まさか、紅魔館が、こうもたやすく落ちるとは……ね」
――奪われる力。
絶望が世界を覆っていく。
破滅の足音が近寄るその中で、いまだ、戦い続けるものがいる。
「あなたは手ごわいですね、レミリア・スカーレット。
しかし、頼るべき仲間から引き離され、たった一人でわたしに挑むしかない孤独には耐えられないようですね」
「……なめるなよ……!」
「あなたは捨てられた。あなたの仲間から。あなたの家族から。あなたが守るべきものから。あなたを包む全てから。
そう。それがわたしの味わった絶望。
己の全てを否定され、無の向こうの深淵を覗いた、わたしの気持ち。
――少しは理解してくれた?」
――紅が黒に飲み込まれ、色が世界から消えていく。
黒を照らす、一つの白。
闇を恐れぬ想いの強さ。
「こいし!? あなた、何でここにいるの!
あなたはまだベッドの上から起き上がってはいけないって言われているでしょう! ここはわたしに任せて下がりなさい!」
「いやだっ!」
「どうして!?」
「わたしが……わたしが、お姉ちゃんを助けるんだっ!」
それは、決意。
「わたしは、ずっとお姉ちゃんに守ってもらうだけで……!
お姉ちゃんに助けられてばっかりで! ずっとずっと、お姉ちゃんに迷惑ばっかりかけてたから!
だから……! だからっ!
だから、お姉ちゃん、こんなに傷ついて泣いてるんだよ!」
それは、心からの情愛。
「……お姉ちゃん、ごめんね。わたし、お姉ちゃんのこと……大好きだから……! 何よりも、誰よりも、大切だからっ!
だから、今、助けるよ! 今度は、わたしの番だっ!」
「ああ、もう……!
勝手にしなさい! だけど、あなたは見ていて危なっかしいから! 今だけは手伝ってあげるわ!」
「ありがとう!」
否定の出来ない優しい言葉。あたたかい強さ。
癒えぬ傷をも癒してくれる、闇に差し込む光の欠片。
しかし、全てを覆った黒は、それを許さない。
「さとりっ!?」
「あ……あれ……? わた……し……これ……!?」
散り逝く朱。
「わた……し……! い……や……!」
「さとり、しっかりしなさい! 気を強くもって! さとりっ!」
崩れた心は、砂となる。
「レミィ」
「何」
「あなたはほんと、おバカね」
「わかってる。
けどね、パチェ。わたしは今、この時以上に、ふざけた奴をぶっ飛ばしたいと思ったことはないのよ」
世界を多い、黒を切り裂く皓き紅。
伸びる闇を全て払いのけ、打ち砕き、その光は空を割る。
「古明地さとりっ!
あんたが本気で、誰かを守りたいと思ってるなら! 大切なものを救いたいと思っているのならっ!
ちょっとくらい体が痛くても、心が辛くてもっ!
この手を握れっ! あんたが一人じゃないことを教えてやるっ!
この手を握れ、古明地さとりっ!」
――世界を救う? そんなこと、どうだっていいのよ。
わたしが守りたいのは、自分の側にいる人たち。それをみんな守っていけば、結果的に、何か大きなことが出来ちゃうだけ。
……笑わないでよね。わたしだって、おかしいな、って思ってるんだから。
次回『第765次魔法少女大戦第二章 紅魔館VS地霊殿~鏡写しの二人~』
――今春 公開予定――
――第八章:オチ――
「……レミィ、完成したわ。これが、今回の映画のマスターデータよ!」
「さすがね、パチェ!」
不眠不休の徹夜作業を終えて、憔悴しきっているパチュリー。
しかし、その目はぎらぎらと野望に輝き、口許に浮かぶ不敵な笑みと相まって、一種異様な(要するに、近寄りたくない)雰囲気を携えている。
彼女の到来と宣言に、紅魔館の主はもろ手をあげてそれを歓迎し、かくて、紅魔館を中心とした、幻想郷全てを席巻するであろう伝説の映画が封切られることとなる。
「咲夜! 早速、各地の映画館に持っていきなさい!」
「すでに交渉及び放映の日程確認はすんでおります」
「さすがね!
さあ、我が紅魔館の名を、幻想郷にとどろかす日が、いよいよやってきたのよ! 今日はお祭りよ! 宴会よ! お祝いよー!」
「……どうします? 小悪魔さん」
「……もうどうにでもなれって感じですね」
紅魔館の主要メンツ3人が大騒ぎし、それを傍目から眺める二人の視線は、それはそれは冷たいものであったという。
世の中、諦めが肝心。その言葉の意味を、彼女たちは、この時、痛いほどにかみ締めていたとか。
――ほんと、どうしてこうなっちゃったんだろうなぁ……。
天井見上げて二人はつぶやく。
そんな二人の耳に、どこか遠い世界の出来事のように、紅魔館主要メンツ三名のはしゃぐ声が響いていたのだった。
チャプター1:序章
チャプター2:発端
チャプター3:拡大
チャプター4:開戦
チャプター5:いくさ火
チャプター6:巨神
チャプター7:あの空を紅に染めて
チャプター8:オチ
――序章――
朝もや覚めやらぬ頃。
「きょ~おっもおっそうっじおっそうじ♪」
竹箒片手に自作の歌を口ずさみながら、一人の山彦妖怪が辺りの地面をさっさか掃いている。
すると、遠くから『ことん』という小さな音。
音に敏感な彼女の耳がぴんと立ち、「あ、いつもの牛乳屋さんですね」と声を上げた。
「おはよーございまーす。いつもいつもご苦労様……あれ?」
門の前までやってきて、彼女は首をかしげる。
その空間には誰もいなかった。
きょろきょろと辺りを見回しても、人の姿かたちは愚か、気配すらない。
「……?」
もう一度、彼女は首をひねってから、『まぁ、いいか』とポストを開ける。
開いたポストの中にはいつも通り、牛乳瓶が3本――というわけではなかった。
「お手紙です」
封印のなされたそれを取り出し、宛先が『命蓮寺住職 聖白蓮様』となっていたため、彼女はそれを手に踵を返す。
「おお、響子。今朝も早くからお務めかの?」
境内を渡り、母屋の方に向かおうというところで声がかけられた。
振り向けば、そこには眼鏡をかけた古妖怪が笑顔で佇んでいる。
「あっ、親分! はい! 響子は朝からお務め頑張ってます!」
「ほっほっほ。そうかそうか。朝から大きな声で元気一杯じゃな」
「はい!
親分は何をしてたんですか?」
「うむ。
やはり、年をとってくると健康を維持するのも大変じゃからな。今しがた、ぬえを起こして『らじお体操』をやっていたところじゃ」
「今度、響子もやってみたいです!」
「おお、そうかそうか」
彼女の頭をなでながら、眼鏡をかけた女妖怪が笑顔になる。
つと、その彼女の視線は、少女の持っている一枚の封筒へと向いた。
「響子。それは何じゃ?」
「あ、はい。さっきポストを覗いたら……」
「これはまた厳重な封書じゃの」
誰が出してきたのか、と彼女はそれを受け取り、ためつすがめつする。
しかし、差出人のところに何も書かれていない手紙からでは推測するにも限界があったのか、「とりあえず、白蓮殿のところに持っていってやりなさい」と少女へとそれを手渡した。
「じゃあ、いってきます!」
「うむ。足下には気をつけて、転ばないようにするのじゃぞ」
笑顔でぺこりと頭を下げる少女を見送って、彼女は辺りを見回した。
誰もいない、朝の空間。しんと静まり返る、静謐な時。
ふむ、と彼女はうなずく。しかし、それ以上、何かの追求をするつもりもなかったのか、はたまた、単に興味をなくしたのか。
「しかし、年をとると朝が早くなっていかんの。まだ5時じゃ」
そう独り言をつぶやいてから、彼女は「どれ。盆栽の手入れでもするかの」と踵を返したのだった。
――第二章:発端――
―時刻 午前7:30 命蓮寺―
「……こら、ぬえ。起きろ」
「ん~……あと5分……」
「マミゾウさん、こいつ何とかしてください」
「わはは。村紗殿、ぬえに好かれておるのぅ」
「……勘弁してよ」
「いいじゃない。あなた達、でこぼこコンビで、結構、似合ってるわ」
「一輪……」
命蓮寺の居間に集まる、いつもの主要メンバー達。
黒塗りの樫のテーブルについているのは、一輪に村紗、マミゾウに響子。ぬえもいるのだが、朝早くにマミゾウに叩き起こされたためか、朝ご飯を食べた後に二度寝の最中。枕は村紗の膝枕である。
「……ところで、村紗。
どうして、私たちはここに呼ばれているの?」
「何、一輪も知らないの?
わたしもなんだけど……マミゾウさんはご存知……」
「ないな」
「あ、やっぱり」
響子には聞かない辺りが村紗であった。
ちなみに響子は、別段、自分にだけ言葉が来ないことは気にしていないのか、片手に何やら本を持って読書に励んでいる。
「何か面白い修行でも考え付いたのではないかしら」
「面白い……ねぇ」
「たとえば、岩を粉微塵に砕く修行、とか」
「それ、聖以外に誰が出来るのよ」
「ん? それくらいなら、わしならばたやすいぞ」
「えっ、マジ?」
けろっと、何やらとんでもないことを言ってのけるマミゾウであった。
――そして、待つこと、さらに10分ほど。
「……あー。
響子、わたしの部屋のタンス。上から三段目に入ってるぱんつ持ってきて」
「え?」
「こいつに穿かせるの!」
ぬえの様を指差し、村紗が叫ぶ。その声の大きさに、響子はびくっと背筋をすくみあがらせる。
そんな響子をフォローするためか、はたまた、無為に時間をすごすことに飽きたのか、一輪が村紗を横目でちらりと見つつ口を開く。
「村紗、変態っぽいわよ」
「一輪は気にならないの!?」
「別に?」
うわこいつマジかよ、な視線を向ける村紗。
そして、その視線は、未だに寝こけているぬえへと向く。
徐々に視線は彼女の下半身に向けて下がっていき、寝相の悪さからか、そのスカートが盛大にまくれ上がっているところまで行って、大きなため息をつく。
「いい若いもんがノーパンで出歩くってどうなのよ」
「その子、下手したらあなたより年上じゃない?」
「見た目」
「なるほど」
無意味に納得する一輪は、「だけど、ノーパン健康法っていうのもあると聞いたわ」と、どこで聞いたのかわからない、怪しげな物体の名前を口にする。
「ぬえは下着をつけることを嫌うからのぅ。
昔から、『絶対にいや!』と言って譲らなかったわい」
「とにかく、響子。急いで」
「あ、は、はいです」
「いいからいいから。ほっときなさい、響子」
「え? えっと……は、はい。わかりました……」
「……響子」
「響子」
「え、え、えっと……う……あぅぅ……」
村紗と一輪の板ばさみになる響子へと、マミゾウが『まあまあ。よいではないか』と救いの助け舟を出した。
そして、ちょうどその時、表に面した障子が開く。
「集まっているようですね。待たせてしまって申し訳ありません」
現れたのは、命蓮寺の住職、聖白蓮その人であった。
さらにその後ろには寅丸星とナズーリンが続く。
ちなみに、外の廊下と室内の畳との段差に躓いて星が前のめりにすっ転んだが、それはどうでもいい。
「――さて」
上座に座る白蓮は、手に、一枚の紙を取り出した。
――朝方、響子が持っていたあの手紙である。
「何か妙に、開け方、汚いわね」
「ご主人が開けたからな」
「星、あなた、ペーパーナイフくらい使いなさいよ」
「……見当たらなくて、つい」
「この手紙の内容ですが――」
場の雰囲気ガン無視して、白蓮が凛とした声で述べる。
「我が命蓮寺への宣戦布告です」
そして、その内容は穏やかなものではなかった。
一瞬の間に、場の空気が硬化する。
それを感じ取ったのか、ぬえがむにゃむにゃ言いながら、のそりと起き上がる。
「なに、なに? どうしたの?」
辺りをきょろきょろしながら尋ねるぬえ。
しかし、それに取り合うものはいなかった。
ほっぺた膨らませるぬえを無視するような形で、小さく、村紗が口を開く。
「聖。それは?」
「読み上げます」
その問いかけに、白蓮は手紙を手に取る。
「『命蓮寺住職 聖白蓮殿
先日、貴女方が開催いたしました『命蓮寺萌え萌えコスプレパーティー』拝見させて頂きました。
様々な演出と趣向を凝らしたパーティーの様は、とても素晴らしいものでした。
まずは、その成功をお祝いいたします』」
――がつん! という音を立てて、一輪がテーブルにおでこ激突させた。
響子が慌てて一輪に駆け寄り、「大丈夫ですか!?」と声をかける。返事はなかった。
「『しかしながら、貴パーティーにて開催されたショーのうち、『魔法少女』ショーに関しましては見過ごすことが出来ません。
そも、幻想郷における魔法少女は一つの世代に一人のみ。
故に、複数の魔法少女が同時に存在することは想定されておらず、もし、そのような事態になった場合は『幻想郷魔法少女令第27条』に基づき、双方の決闘をもって当代の魔法少女を決定することになっております』」
――ごっ! という音を立てて、ナズーリンがテーブルの角におでこをぶつけた。
慌てて星が「ど、どうしたのですか!?」と声をかける。返事はなかった。
「『そのため、非常に残念な話となってしまい、申し訳ありませんが、当方は貴女方に対して宣戦布告をするものと致します。
この勝負は『幻想郷魔法少女令第339条』に認められた正式なものであります。
併せて『幻想郷魔法少女令第339条第4項2号』に基づき、本勝負を申し込まれた相手に拒否権はございません。
開戦は、本書面が貴所に到達してから一週間後となっております。
もし、戦いを避けたい場合は、当方もしくは『幻想郷魔法少女管理組合』の方に勝負を放棄、もしくは不戦敗の旨、届け出ていただけますようお願いいたします。その際の書面の形式につきましては、『幻想郷魔法少女令第339条第4項3号』の規定に基づき、製作していただけますようご注意ください。
それでは、以上、よろしくお願いいたします。
紅魔館当主レミリア・スカーレット』」
「……なるほど。なかなか面白いわね」
「へぇ~! 戦!? すっごいじゃん! 何か楽しみ~!」
「わっはっは! いや、愉快愉快。これはあれじゃな、久しぶりに血沸き肉躍るというやつじゃ!」
やたらノリノリの奴らと意識を飛ばしている奴らと、誠に対応の分かれる手紙の内容であった。
ちなみに差出人がこいつらだろうな~と予測できるような封印がしてあったりするのだが、これを最初に手に取った響子とマミゾウはそれを知らなかったため、報告が遅れてしまったのは問題ないだろう。
「……誠に由々しき事態となりました。
まさか、紅魔館側と一戦交えることになろうとは」
「いいじゃないですか、聖。がつんとやっちゃいましょう」
割と性格的に好戦的な一面も持つ村紗は、早速、賛成の言葉を述べた。
続けて、楽しいことが大好きなぬえが『賛成、さんせ~い!』と後押しする。
「しかし、村紗、ぬえ。
そも、私たちは仏に仕える身。無益な争い、ましてや殺生はご法度です。
何とかこれを回避する方法を探すのが正しいあり方でしょう」
「ですが、聖。
戦わずして負けるというのは武門を司る仏の身に対して、最大級の侮辱となります」
と、毘沙門天の代理(+ドジっ娘属性無限大)の星が反論を述べる。
それを聞いて、白蓮は『困りましたね』と腕組みをした。
「何、宗教なぞ、所詮は民草の心のよりどころにしか過ぎん。
古来より、宗教、神などの名における異端者の弾圧など枚挙にいとまがない。戦の一つや二つ、仏の御心でもって許してくれようぞ」
そして、やたら物騒かつ色んな意味で危険なことを言うマミゾウ。
この辺り、古老の妖怪として達観したものを持っているのだなと思わせると同時に、『あ、こいつ、外に出したらちょっとやべぇな』と思わせる要素ばりばりの発言であった。
「聖。それでは、こう考えたらいかがでしょう」
悩む白蓮の後押しをするのか、村紗が指を一本立て、したり顔で口を開いた。
「その心は?」
「はい。
すなわち、これは一つの交流試合と考えるのです」
と、何やら村紗。
ふむ、とうなずく白蓮が『続けなさい』と視線で示す。
「古来より、同じ宗教、もしくは他宗派同士の交流はあったでしょう」
「殺し合いが多かったがの」
「マミゾウ、しーっ」
「内側にこもって自分たちの世界のみを突き詰めていくのは危険だと思います。
外の風を取り込むことは、宗教の発展――ゆくゆくは信仰の獲得にも必須でしょう。
故に、これをいい機会として、レミリア嬢……恐らく、彼女は西洋の妖怪ですから、西洋の宗派に身を置いているはずです」
「あれ? あいつ吸血鬼だからキリストの敵……」
「ぬえ、ストップ!」
またもや危険なことを言いかける妖怪二人を、星が外に引きずり出す。
「西洋と東洋の宗教同士の交流。
そして、そのための親善試合――そう考えれば、『無益な争い』とはならないはずです」
「……なるほど。そういうものの見方もありますね」
言い方を変えると、『物は言い様』ということになるのだが。要は単なる屁理屈である。
しかし、白蓮は考えを深めるために、一度、目を閉じ――開けた時には、彼女の中の答えは決定していた。
「わかりました。
星。ナズーリンを遣いとして、此度の一件、受けて立つ旨を紅魔館に伝えてきてください」
「御意」
「そして、試合として受ける以上、負けは認めません。
各自、最大限の功績を挙げるよう、誠心誠意、努めるように」
彼女の威勢のいい言葉で、場の士気が一気に高まる。
早速、星はテーブルの角に激突して意識を飛ばしているナズーリンを小脇に抱えると、『行って参ります』と表に走っていく。
一方、村紗は、やっぱりテーブルに激突して意識を飛ばしている一輪の足を引きずりながら、『久々の聖輦船の出番。腕が鳴るわね』と危険な笑顔を浮かべて去っていく。
残ったぬえとマミゾウは「よし、久々に遊ぶぞー!」とぬえが気勢を上げると、マミゾウは『程ほどにしておくのじゃぞ』とそれを制し、一人、事態が理解できずにきょろきょろしている響子は、とりあえずぬえに乗るような形で『お、おー!』と小さな拳を突き上げるのだった。
――ちなみに、一人、命蓮寺の周囲の見回りをしていた雲山は、戻ってきて事情を聞くなり『……嘆かわしい限りじゃのぅ』と寂しそうにつぶやいたとか。
―同日 午前6:30 紅魔館―
「お嬢様。紅茶をお持ちしました」
「……はっ!?
ね、寝てないわよ! わたし!」
「はい」
こっくりこっくり舟をこいでいたいつものお嬢様――レミリア・スカーレットは従者のセリフに慌てて飛び起き、目の前の紅茶を口に入れる。
途端、猛烈な熱さに舌をやかれ『う~……』と彼女は涙目になった。
「本日、午前5時に命蓮寺に使いを出し、例の書面の投函を行いました」
「お疲れ様。
相手からの返答を待ちましょう」
――ここは、紅魔館の大食堂。
普段ならば、皆でわいわい騒ぎながら食事をする楽しい場所であるのだが、今日の雰囲気は少し違う。
メイド長である十六夜咲夜を筆頭に、紅魔館のメイド達を統べる上級メイド達がずらりと並び、さらには館の主人であるレミリアとその妹フランドール(熟睡中)、紅魔館の頭脳と言われるパチュリー・ノーレッジとその従者である小悪魔、加えて、館の守護を預かる門番長紅美鈴(すでに顔がぽかーんな感じ)が並んでいる。
「それでは、パチュリー様」
「現在、幻想郷における当代の魔法少女は、我が紅魔館当主レミリア・スカーレットこと『ヴァンパイア☆レミィ』が担当していることが、『幻想郷魔法少女管理組合』によって認められているわ」
これが証拠の書類です、と取り出される一枚の書類。
テーブルの前の方に立ち、背中に日光背負いながら行うその仕草は、何だか無用に威厳があった。
ともあれ、彼女――パチュリーが取り出した書類には、確かに、そのようなことが書かれている。書類には、ご丁寧に、やたら凝った細工の印鑑で印が捺され、半端ではない達筆で『幻想郷魔法少女管理組合』というサインまでなされている。
『と言うか、幻想郷魔法少女管理組合って何?』
――と思ったのが複数名、その場にいるのだが、それは気にしてはいけない。
「これに対して、先日、命蓮寺が新たな魔法少女の擁立――すなわち、『マジカル☆ひじりん』を行いました」
これがその映像です、と咲夜。
画面に投影されたそれを見て、一部(特に美鈴)が、がつん! と柱におでこを激突させる。
「これは由々しき事態よ。
彼女たちは幻想郷の新参ゆえ、このようなルールを知らなくても無理はない――しかし、無知は罪であり、無罪の理由とはならない。
私たちは彼女たちに対して、幻想郷における当代の魔法少女がどちらであるか、その決定を行う戦いを挑まなくてはならないの。
これは、『幻想郷魔法少女令第112条第4項第7号附則』に記載されていること。
私たちは、このルールに則り、粛々と、彼女たちに宣戦布告を行ったわ」
これが今までの経緯です、ということらしかった。
なるほど、とうなずくメイド達。一方、一部のメイド及び美鈴は『……なんだそりゃ』と心の中でツッコミを入れている。
「ここからは、仮に彼女たちと全面戦争となった場合の話をします」
美鈴は内心で『え!? それって1対1の決闘じゃないの!? 回り巻き込むの!?』と思っていた。
「彼女たちの戦力はこのようになります」
また映像が変わる。
映し出されるのは、白蓮を始めとした命蓮寺の主要メンバーである。
「見事に1ボスからEXまで揃い踏み。しかもEXに関しては二人もいるという恐ろしい戦力よ」
『1ボスとかEXって何!?』と美鈴は思った。もちろん口には出さなかった。
「対して、うちは3ボスからEXまで。
しかしながら、物量に関してはこちらのほうが圧倒的であると考えるわ」
「メイド部隊は第1から第8まで。各種連隊が500名より」
「だけど、純粋な物量で勝ってはいても、一騎当千の相手を相手するには厳しい――おまけに、これを見なさい」
映し出される映像を見て、レミリアは『かっこいいー!』と思って目をきらきらさせてしまい、慌ててこほんと咳払いをして、きょろきょろ辺りを見回した。
「これが命蓮寺の最終兵器、『聖輦船』」
映し出されるのは、やたら巨大な人型の物体だった。
その横に、『全長2000メートル』と書かれている。
「通常状態ではただの寺であるこれは、戦闘時になるとトランスフォーメーションを行い、この映像にあるような『アームド形態』と呼ばれる戦闘モードに移行する。
これが、その時の聖輦船の武装よ」
またもや映し出される映像。
そこには、以下のように書かれている。
・大口径エネルギー砲×24
・中口径速射エネルギー砲×20
・対空迎撃用バルカン・ファランクス×48
・誘導ミサイル発射管×36
・超高出力エネルギーキャノン×1
・反応弾発射口×40
……はっきり言って、めちゃめちゃな装備であった。
「特に恐ろしいのは、この超高出力エネルギーキャノンよ。
その射程は幻想郷の端から端までどころか惑星間における狙撃も可能な様子。威力はレミィのグングニル100万発分以上。
はっきり言って、直撃すれば、私たちに勝利はないわ」
と言うかそれ以前に、直撃すれば分子レベルでこの世から存在を消去されているのは確定的に明らかであった。
メイド達の間に緊張が走る。
「この船を相手に、私たちは戦わなければいけない。その覚悟が出来ている人だけ、ここに残りなさい。立ち去ったとしても、特に懲罰は加えないつもりよ」
――しんと静まり返る会場。
時計の針が動く音だけが響き渡り――それから、5分も経過した頃。
「だそうよ、レミィ」
誰一人、その場から欠けることはなかった。
その光景にレミリアは感激したのか、『さすがは我が紅魔館ね!』と大声を上げ、椅子の上に立ち上がる。そして、バランス崩してこけた。
――ちなみに、美鈴は『これどうしたもんかな……』と思っていた。退場こそしなかったものの、色んな意味で、彼女はしらけていた。周りを見れば、彼女と同じ心境のメイドも複数いるらしく、仲間がいることを知った彼女たちは何とも言えない微妙な笑みを浮かべている。
「それでは、対策会議を始めるわ。
全員、前に注目しなさい」
それに気づかない(と言うか、気づいているのだが無視している)今回の軍師役であるパチュリーは、手に教鞭を持つと、『ふっふっふ』な笑みを浮かべる。
全員の視線が自分に向いたことを確認して、彼女は自信たっぷりに『対・命蓮寺』の作戦の講釈を始めるのだった。
―同日 午後13:00 妖怪の山―
「何だか天狗たちが騒がしいやね」
ぴょいこらぴょんとやってくるちび神様――諏訪子の言葉に、『え?』と境内の掃き掃除をしていた東風谷早苗が振り返る。
「朝っぱらから、あっちこっちでわいわいやっててさ。
こりゃ何かあったなと思って声をかけてみたんだけど、どうも当を得ない感じでね」
何かが起きていたら楽しそうなのに、という気配を漂わせながら言う彼女に、早苗は『トラブルなんて起きない方がいいんです』という一言。
諏訪子は「おー、こわ」と笑いながら肩をすくめてみせる。
「それに、天狗の方々が騒々しいのはいつものことじゃないですか」
「ま、そりゃそうだ」
山への侵入者の排除、山の警備、その他諸々の仕事に加え、彼らは幻想郷の『出来事』を集め、それを新聞と言う形にして情報を発信するという仕事――言ってみれば趣味のようなものを持っている。
そのおかげで、耳が早い上に目もよい彼らを頼れば、幻想郷で起きている出来事が、それこそ瞬時にわかる。
もちろん、そこにはデマやら捏造やらが混じっているのは言うまでもなく、最終的には話の元に出向き、自分の目で確認すると言うことになってしまうのだが。
「だから、いつものことですよ。
多分、天から雷が落ちて、木が一本、燃えたとか。そんなくらいのことじゃないですか?」
「あー。あいつら、そういうどうでもいいことでも騒ぐよねー。
『これは神の祟りだ』って。
わたしなら、もっと効率よく、んでもって被害が拡大する形で祟るっての」
「……ご自分の発言は常に顧みてくださいね?」
その本質が祟り神である諏訪子の物騒なセリフに、早苗の頬に汗一筋。
「こら、諏訪子。早苗の掃除の邪魔をするんじゃない」
「邪魔してるんじゃないよ。
一人で寂しく掃除をしている、かわいい早苗の話し相手になってあげてただけ」
「物は言い様」
そこへ、神社のもう一人の神様、神奈子登場である。
彼女は諏訪子をじろりとにらんだ後、早苗に『掃除は終わった?』と問いかける。
「大体は。
あとは……」
あっちのほうだけです、と彼女が言おうとしたところで、境内に突風が吹いた。
その風で、早苗が集めていたゴミがきれいに舞い上がり、境内のあちこちに降り積もっていく。
イコール、掃除やり直し。
「号外、号外、号外ですよ!
これはすごい情報です! さあさあ、早苗さんに神奈子さん、諏訪子さん、こちらをどう……ぞ……」
「グレイソーマタージ♪」
「みぎゃー!」
宣言なしの零距離スペカの発動で、新聞を持ってやってきた、幻想郷の生きる迷惑こと射命丸文が黒焦げになって境内に転がった。
「えーっと、なになに?
『紅魔館VS命蓮寺 世紀の大激突!』ねぇ」
「はい! すさまじい特ダネだと思いませんか!?」
「……あんたタフだね」
にも拘わらず、一瞬で復活する辺りがいつものあややであった。
「何だ、これは?」
「えーっとですね、先ほど、仕入れた情報なんですけれど。
まだ詳しいところまではわかっていないのですが、なんと、あの紅魔館が命蓮寺に宣戦布告を行ったのです。
これから詳しい情報を、追って報道するつもりではありますが、とりあえず、これは確定事項です」
「いつもの飛ばしじゃないの~?」
「失礼な! 私は、いつでも正確確実な情報の提供を心がけております!」
えっへんと胸を張る彼女に、『思い込みって大切だねぇ』と諏訪子はにやにや笑う。
一方、神奈子は、一応、渡された新聞に対してざっと目を通すと、『ふむ』とうなずいた。
「あまり捨て置けない話ですね」
「そうでしょうか? 好き勝手にやらせておけばいいかと」
「いつも通りの単体決闘ならそうでしょう。
だけど、これは組織を挙げての『戦争』。そこまでのことを、あの妖怪の賢者たちは許すのですか?」
「あ、いえ、えっと……」
普段の口調ではない、いわゆる『神様口調』の神奈子に詰問され、さすがの文も一歩、足を後ろに引く。
「あなた達は、そうした状況を感知していると言うのなら、このようにそれを煽る文章を書くのではなく、両陣営に対して行動を起こすのを思いとどまらせるような世論を構築する文章を書くべきです。全く、嘆かわしい。
このような平和な幻想郷において、スペルカードルールに基づかない戦争など以ての外。至急、今回の一件について……」
『好きなようにやりなさい、というのではいけませんか?』
唐突に、虚空に響く声。
何とも形容しがたい音を立てて、空中に亀裂が生まれると、そこから逆さまの女が現れる。
「どうもこんにちは」
「あっ、紫さん」
「話は聞かせていただきました。
かつては『軍神』とされたお方にしては、ずいぶんと温和なお言葉ですわね」
「無用な殺生、不要な争いまで起こせとは誰も言いません」
「確かに」
納得です、と現れた女――八雲紫は言うと、ひょいと体を回転させて地面へと舞い降りる。
彼女は自分の口許を扇子で覆いながら、にこやかに言う。
「まぁ、やらせておけばいいかと」
「これで大きな被害が出るのは二つの陣営だけではなく、この世界にですよ」
「それもまた致し方ありません」
「普段の貴女らしくないお言葉。どうなされたのです?」
「――聞きたいですか?」
一瞬で、紫の雰囲気が一変した。
わずかに、神である神奈子にすら緊張を抱かせる気配を放った彼女は、小さく、そして低い声で笑いながら、『これは宿命なのです』と答える。
「……宿命?」
「……そう。
あなた達は、まだ、幻想郷にやってきて間もない――故に、幻想郷には、歴史の裏に隠された事実があることはご存知ないでしょう」
「ご存知ないねぇ」
興味もないし、とは諏訪子の言葉だ。
慌てて、それを諌める早苗。今の状態で、紫の機嫌を損ねることはまずいと考えたのだろう。
ちなみに、文は『これは更なる特ダネの予感!』と目をきらきら輝かせながら、後ろ手に持った紙にペンを走らせている。このあやや、紙面を見なくても字が書けるという無駄にすごい特技を持っていたりするのだ。
「それは、幻想郷の歴史の中に隠された戦いの歴史」
「ふむ」
「そして、この戦いを止めること、ましてや第三者が両者に中止を促すことなどは言語道断」
「なるほど」
「その戦い、それは――!」
かっ、と目を見開く紫。
同時に、何やら彼女の背後に後光が差し(演出:八雲藍)、空中に横断幕が現れた(担当:橙)。
それを見て、神奈子はその場にくずおれ、諏訪子は「わはははは!」と大爆笑し、早苗は『な、なんだってー!?』という顔をしている。
「当代の、幻想郷における魔法少女を決める対決は、他の誰にも邪魔されない、そして、あらゆる手段と犠牲をいとわない戦いだからです!」
「……早苗。あと任せた」
「はいっ! お任せください、神奈子さま!」
「あれ? 神奈子、どこ行くの?」
「……好きにして。私はちょっと頭痛がひどいから永遠亭行ってくるから……」
「いってらっしゃーい」
ふらふらしながら去っていく神奈子を見送る二人。
その横で文が『なるほど! これは面白い!』と違う意味で目を輝かせている。
「紫さん、それって何ですか!? もっと詳しく!」
「さすが早苗ちゃん! 私の話に食いついてくれると思ったわ!」
「はいっ! お茶とお菓子、用意しますので、どうぞあがっていってください!」
「あれ? あんたら帰るの?」
「……橙の情操教育に、非常によろしくないからな」
「? 藍さま?」
「……帰るよ、橙。帰ってお勉強の続きをしようね」
「はい!」
一方、紫の式もがっくり肩を落として、疲れきった表情であった。心なしか、尻尾もしんなりと垂れ下がっている。
あんまり事態を理解していない、純粋な少女を連れて、彼女はどこぞへと去っていく。
そして一人、諏訪子は『これは面白くなってきた!』と言う顔をして、早苗の後に続いて行く。
「ふっふっふ……!
これはいい……! これはいいわっ! 情報独り占めして、今回の特ダネ、ばらまきまくってやるわよー!」
『……相変わらず、根っからのデバガメ根性ですね。文さま……』
お供のかーくんにすら呆れられるあややは、『ふははははは!』な笑いを浮かべてから、早苗と紫の後をうきうき笑顔でついていくのだった。
―同日 午後15:00 博麗神社―
「――と、そういうわけで、幻想郷を守っているのはお前のような巫女や紫のような妖怪だけじゃなく、魔法少女がいたわけだ」
『幻想郷における魔法少女の歴史』と銘打たれた超分厚い本(全1500ページ 既刊4巻~続刊中)を広げて解説をしていた霧雨魔理沙が、お手製のフリップをいそいそと片付ける。
そうして、
「こら、ちゃんと聞け」
「そうですよ、霊夢。
魔理沙が、わざわざ、あなたのために資料を用意してくれたのですから。その説明中に寝るなんて失礼もいいところですよ」
「寝てたんじゃなくて気絶してたんじゃぼけぇ!」
ばぁん、と手元のテーブル思いっきりぶっ叩き、神社の主――博麗霊夢は叫んだ。
その隣で、彼女を諌めていた茨木歌仙が『ぶしつけな振る舞いね』と眉をひそめる。
「何よそれ!? 魔法少女の歴史とか、私、聞いたことないんですけど!?」
「そりゃそうだろう。表に出てなかったわけだし」
「それで片付けるなっ! 表に出てなきゃ何でもありか!?」
「何だよ。何が不満なんだ」
「何もかも全部よ、ぜ・ん・ぶ!
何であんたら、さらっとそんなわけのわからない現状受け入れてるの!?」
テーブル叩きながら叫ぶ霊夢。
――その気持ちもわからんでもない。幻想郷の歴史の中で、そんなわけのわからない『魔法少女』なる物体が連綿と続き、しかも誰もが知っていて当然みたいな扱いされてれば、本気で代々、幻想郷のために頑張ってきた博麗の巫女としては色んな意味でやるせなくなろうというものだ。
「華扇! 何であんたツッコミ入れないの!?」
「え?
むしろ、どうして霊夢が知らなかったのかの方が不思議なのよ? 私としては」
「何でっ!?」
「見ろ、これを。
これが歴代の、当代魔法少女の歴史になるんだが、ちょうど、ほら、ここ。6代目のところに『博麗』ってあるんだ」
「あなたのご先祖様よ、霊夢」
「何してんの私の先祖!?」
「そこから何度か代替わりはしているんだが、その後も第11代、第23代、第45代と、実に4代も魔法少女を務めている、由緒正しい家系だぞ、博麗は」
テーブルを叩き割らんばかりの勢いで、霊夢はおでこをテーブルに激突させる(素材:黒檀)。
「懐かしいわね。
ちょうど、第11代くらいの頃からの知り合いだわ。第6代の話は聞いていたけれど、まさかその御名を目にすることがあるなんて」
「なかなか立派な魔法少女だったらしいな」
何やらよくわからん魔法少女トークに話を咲かせる魔法使いと仙人。
霊夢は何とかかんとか立ち上がると、ずりずり足を引きずりながらキッチン(作成:八雲紫)に出向き、渋くて苦くて飲めたもんじゃないお茶を淹れると、それを一気に飲み干した。
「で! 百歩譲ってそこまではいいとして!
何でそこで紅魔館と命蓮寺の全面戦争って話になるのよ!?」
ぎりぎりのところでこらえる霊夢は居間に戻り、全力ツッコミを再開する。
「お前、何言ってんだ。
当代の魔法少女に挑むとなれば、それこそ、最悪どちらかが死ぬまで終わらない全力戦になるのがルールだぞ」
「んなルール、私は聞いたことないっ!」
「お前も物知らずだなー。
ほれ、これに書いてあるだろ」
どこからともなく、どう見ても本じゃなくて鈍器な物体を取り出す魔理沙。
彼女はぱらぱらとそのページをめくり、『ほら、ここ』とそれを示した。
『幻想郷魔法少女令
第27条
当代の魔法少女と同時期に魔法少女が現れた場合、遅れて現れた魔法少女は当代魔法少女に対して決闘を挑むものとする(本条例外:第339条以下及び形式の規定を第112条第4項第7号附則記載。なお、本第27条以下の規定は全て第339条及び第112条第4項第7号附則以下の規定に準用するものとする)。
第27条の2
前記決闘は、己の死力を尽くした戦いを是とする。
第27条の3
その際に発生する被害は、幻想郷魔法少女管理組合が全面負担するものとする。
第27条の3の2
なお、死人が出ることはいとわない。
第27条の4
各陣営に対して援護、増援等の勢力拡大はある一定以上に達しない限り許可とする。
第27条の4の2
前記勢力拡大は、最大で一個大隊規模とする。それ以上の参戦が行われた場合、各陣営のうち、倒れた戦力の補充として勢力に組み入れることのみ許可とする。
・
・
・
・
・
・
(以下、延々、第48項まで。ちなみに第48項は『幻想郷がリングだ!』と言ういい加減なものであった)』
「な?」
どうして知らないんだよ、と言う顔で言う魔理沙に、霊夢の表情は固まったままだった。
こんな詳細かつ物騒な内容の条項が幻想郷に存在していたことなど、今この瞬間まで知らなかったのだ。無理もないだろう。
「しかし、命蓮寺も思い切ったよなー。紅魔館に宣戦布告だなんて」
「あら、私は紅魔館の方から、と聞いていますよ」
「正確な意味ではそうだが、ケンカを売ったのは命蓮寺の方だ。つまり、あっちからこっち、ってことだな」
「なるほど。
今回の戦いは、かなり見所のある戦いとなりそうですね」
「確かに。
あの辺りの人里の人間とか避難させておかないとな」
「忙しくなりそうですね」
そして、道端で逢ったおばちゃん達が『今日の晩御飯の献立について』を語るがごとく、死ぬほど物騒な話をしている魔法使いと仙人。
霊夢は固まっていた。
固まったまま、『どうやって、幻想郷を正常な方向に戻していけばいいんだろう』と考えていた。
――もちろん、答えなど出るはずもない。
幻想郷と言うのは、たとえ博麗の巫女であろうと、たった一人の人間の力でどうにかなるほど規模の小さいものでもなく、歴史の浅いものでもないのだ。
彼女は無力なのである。この、幻想郷と言う大きな存在の前には。
……そういうわけで、もう何だか色々めんどくさくなった巫女は考えることをやめて、とりあえず、わけのわからない話に花を咲かせる二人を夢想封印で吹き飛ばすという爆発オチで、その場を締めたのだった。
―三日後 午前10:00 命蓮寺―
「村紗。あなた、ずいぶんとやる気ね」
「わかる? 一輪。
……というか、あんたはものすごくやる気がなさそうね」
「ええ、ええ。そうでしょうよそうでしょうとも。姐さんが『頑張りましょうね』って言わない限り、参加なんてしないわよ、こんなバカ騒ぎ!」
叫ぶ一輪。それを『変な奴だな』と言う眼差しで見る村紗。
彼女たちがいるのは命蓮寺の地下であった。本尊が納められているお堂の裏側(注:罰当たり)に作られた隠し階段から降りた先にあるここは、命蓮寺こと聖輦船のブリッジである。
まだ、周囲のほとんどは暗闇に沈んでいるが、淡い光を上げる計器がずらりと並んでいるのが見える。
「久しぶりに聖輦船を本気で動かせるんだもの。やる気にならないはずがないわ」
「……ああ、そう」
「うふふふ。何人撃墜できるかな。100? 200? どうせなら、辺りまとめて吹っ飛ばすのも悪くないわね」
「……あんた、トリガーハッピーなところ、あったりする?」
村紗がやたらやる気である。
好戦的という単語一つでは収まらない、剣呑な笑みを浮かべて物騒なことを口走る彼女に、一輪が頬に汗を一筋流しながらツッコミを入れる。
「と言うか、これ、まともに動くの?」
「動かないわね」
とりあえず、脱線しかけている話を『よっこいせ』と元の位置に戻すことにする。
一輪の質問に、村紗はあっさり、しれっと答えた。
「聖を助けに行く時だって、普通の『航行モード』しか使ってないもの。
あの時、『アームド形態』が使えれば、博麗の巫女だろうと何だろうと一瞬で蹴散らせたのに」
そんなことをすれば作品が成り立たないので使えなかったのだ、と村紗。
『作品って何!?』と一輪が思ったのは言うまでもない。
「まだメンテナンス中なのよね。
何度か、変形機構が死んでないかを確かめるために、チェックはしているのだけど。
やはりどんなものであろうともメンテナンスを怠ると、うまく動かないものだわ」
「……っていうか、メンテナンスしてるのって誰?」
「けど、一輪、聖輦船の本気を知らないわよね?」
「いや、あの、そっちも気になるけど、メンテナンスしてるの誰よ!?」
「驚くわよ。この聖輦船が量産された暁には幻想郷など物の数ではないわ」
一輪のツッコミ華麗にスルーして、またもや物騒なことを言う村紗。
こいつ、この場で気絶させて縛り倒しておいたほうがいいかもしれない、と一輪はこの時、心の底から思ったという。
「人を沈める方法がひしゃくで水をかけるだけ、と思っている頭の古い連中に思い知らせてやるわ。
沈めるという方法には、『撃沈』と言う言葉もある、ということをね」
「……こいつダメだ」
寺の中では相当に真面目かつ紳士淑女なところがあり、礼儀もわきまえていると思われていた村紗であったが、内面は案外そうでもなかったらしい。
と言うか、こんな内面だから、反発して紳士淑女になるのかもしれない――そう思った一輪は、とりあえず、『くっくっく……』と笑う彼女を拳で殴り倒してから、その場に背を向けたのだった。
―同日 午後12:00 紅魔館―
「さくやー、おなかすいたー」
「はい、フランドール様。それでは、お昼ご飯をご用意いたします」
「うん!」
こちらは打って変わって平和な風景――と思いきや。
「美鈴さん。調子はどうですか?」
「あ、小悪魔さん。
……いや、まぁ、マジでどうなっちゃうのって感じですね」
紅魔館の敷地の中に建てられた門番隊の詰め所にて。
大勢のメイド達が美鈴指導の下、戦闘訓練に励んでいた。
紅魔館のメイドにおいて、それなりの実力を持っているものは多数いるものの、今回のようにネームドキャラを相手にするには、その彼女たち含め、メイド部隊はまだまだ実力が足りないのだ。
戦端がいつ開くかはわからないが、それまでに『ある程度、使い物になるようになさい』とレミリアから、美鈴に命令が下っていた。
美鈴はその際、『あんたらで好きにしてくださいよ』と言いかけたのだが、そこはぐっと言葉を飲み込み、こうべを垂れている。色んな意味で。
「まぁ、何とかなりますよ。
ほら、雨が降ると地面が固まりますから」
「……まぁ、豪雨になると、逆に崩れるんですけどね」
「あー……」
そして、今回の騒動は、その『豪雨』に当たるのではないか、と美鈴は言う。
その危惧と予測は、恐らく間違っちゃいないだろう。というかどんぴしゃで正解であるとしか言い様がない。
メイド達の士気は高い。
しかし、その中にも、美鈴と同じように『あたしらなんでこんなことしてんのかなぁ……』と思っているものがいるのは否定は出来ない。その割合は、大体5:5くらいであった。
美鈴としては、その後者の5割を『色々大変だけど、一緒に頑張ろうね。終わったらみんなでお酒でも飲みにいこうね』となだめすかしてでも『戦力』に仕上げないといけないのだ。
心労どっさり、である。
「お嬢様も咲夜さんも、正直、そういうことをほったらかしておけばいいのにって思うんだけどね……」
「そういうわけにもいかないんですよ、きっと。あの人たちの中では」
小悪魔は、割と今回の一件に対して冷めた視線を持っていた。
彼女の主であるパチュリーはやたらやる気満々で、『むっきゅっきゅ』と笑っているくらいなのだが、その従者たる彼女は『まーた悪乗りして……』と言う感じである。
「……どうするんですか?」
「まぁ……やるっきゃないでしょうね……。
特に咲夜さんなんて『美鈴、ちゃんと協力しないとひどいんだからね』って。視線で」
「あはは……」
はぁ、と美鈴はため息をついた。
「うちの子たちって、確かに統率は取れているんだけど、実力的に見て……ねぇ」
「最低でも、霊夢さん達と互角に戦えないときついですよねぇ……」
そして、そんな奴が道中雑魚クラスでごろごろいるような組織など、幻想郷には存在しないのである。
さしずめ、命蓮寺は一騎当千の兵から構成される個が強い組織。反対に、紅魔館は数で押す組織というところか。
そのどちらも、かつて、あの巫女と戦って、それなりに痛い目を見ているのだ。
「数で潰すしかなさそうです」
「今回はスペルカードも関係ないそうですしね」
「割と大変なんですよ、労災の処理って」
「あれ? 美鈴さんもそういうことやってるんですか?」
「門番隊は私の管轄ですから」
その辺り、組織としてきちんとしているのが紅魔館のいいところ(?)である。
「……正直、使い物になりそうですか?」
「微妙ですね。
今は空対空の基本戦術を教えていますけど、それを一週間でどこまでものに出来るか……」
「適当に集まって、適当に攻撃するだけじゃ、どうしようもなさそうな相手ですしね」
「……ほんとですよ」
困ったもんだ、と二人はそろって天を仰いだ。
メイド達の威勢のいい声が響き渡る修練場。そこに、二人のため息はそろって消えていったのだった。
―翌日 午前9:00 人里―
さて、そのような事態が発生したと言うことで、紅魔館と命蓮寺との戦いの場が近いと思われる人里では、多数の人々がその場を離れる用意を調え、『さて、どこへ行こうか』『あっちの里の真田さんのところでいいんでないか?』『おー、そうすっぺそうすっぺ』という具合に色々深刻なんだか久々の知り合いとの再会でうきうきしてんだかわからないやり取りがあちこちで発生していた。
「あら、慧音さん。こんにちは」
「ああ、阿求殿か。
阿求殿も、どこかへ?」
「わたしは……そうですね、とりあえず、一番安全そうな博麗神社にでも身を寄せようかと」
背中に巨大な荷物ごっそり背負い、にこにこ笑顔の阿求が、人々の誘導に当たっている慧音に答える。
「……阿求殿、それ、非常に重たそうなんだが」
そして、その巨大な荷物のサイズは阿求の身長を軽く越えていた。その様は、まるで夜逃げか漫画の泥棒のようなスタイルである。
「重たいですよ~。
何せ、阿礼の子代々の歴史がごっそりつまってますから」
「……そうか」
確か、こいつって非常に体が弱くて病弱で、しかも短命なはずだったのになぁ、と慧音は思った。
思ったが、目の前の事実がそれで覆るはずもない。彼女は、とりあえず、それを受け入れることにした。
「しかし、久々ですね」
「ああ……久々だよ……。
……そのたんびに、幻想郷が半壊してるんだがな……」
「半壊程度ならまだいいじゃないですか。
確か、今から……どれくらいだったかな? 第17代目の魔法少女が決定する時の戦いなんて、博麗大結界の一部が吹き飛ぶくらいの戦いだったんですよ」
「……」
「それから比べたら半壊なんて、妖怪の偉い人たちとか妖精に任せておけば一日二日で復旧するんだから、気にしない気にしない」
やたら軽く、それが当然とばかりに言う阿求に、慧音は沈黙した。
幻想郷を守るのが魔法少女の使命だか何だか知らないが、しょっちゅう幻想郷破壊しといてそれは一体どうなんだと思ったが、それも口にはしなかった。
口にしたところで事態は解決しない――どころか、余計ねじれてめんどくさくなる。それがわかっていたのだ。
慧音は、めんどくさいことをスマートに考えることは得意でも、自分からそれに関わるほど阿呆ではなかった。
「それより、普段、人里から出ない方々が、遠方の知人と会えるチャンスなんですから。
ほら、皆さん、とても楽しそうじゃないですか」
わいわいがやがや。
今回の事態をまるで祭りか何かのように捉えている人々は、誰もが笑顔を浮かべていた。
事態に巻き込まれて家が吹っ飛ぼうが畑が消滅しようが、『おーおー、やれやれ! どっちも頑張れー!』と声援を送る気満々であった。また、それ以外の者達も『里の外に出るのは久しぶりだっぺなぁ』と、やたら笑顔であった。
なお、世間一般では、今、彼らが行なっていることは『避難』もしくは『疎開』と言うのは間違いない。
「……なぁ、阿求殿。
『脅威』っていう言葉は……何なのだろうな……?」
「よくある日常、と置き換えるのが正しいかと」
「……そうか」
それで本当にいいのだろうか、幻想郷は。
彼女はそう、己に問いかけたのだが、答えは出てこなかった。
目の前の現実を受け入れ、それに従うしかない己の存在が、これほどまでに無力であると痛感させられたのは初めてであった。
っつーか、こんな形で痛感させんなよ、と誰かに対してツッコミ入れたくなるほどの幻想郷っぷりであった。
「あ、妹紅さんだ。
妹紅さ~ん。お疲れ様で~す」
「おーい、慧音。これは一体、何の騒ぎなんだ?」
「……妹紅。
お前は、私よりも絶対に長生きだ。私の方が遥かに早く死ぬ。
だが、妹紅。お前は一人じゃない。世界の現実がどれほど世知辛くても、お前の周りには、たくさんの友人や仲間がいる。
それを忘れず、長く長く生きていってくれ」
「……え?」
やたら深刻な顔で、そんな重たい、今生の別れみたいなことを言われて、思わず妹紅の目が点になったのは言うまでもない。
――第三章:拡大――
―同日 午前11:00 紅魔館―
「にゅふふ……」
紅の館を遠くに見つめ、何やら楽しそうに笑う影が一つ――言うまでもなく、命蓮寺生息の正体不明妖怪、ぬえである。
「こ~んな楽しそうなこと、一週間も待ってらんないよ。
ちょっとちょっかい出したって、だ~れにも文句は言われないよね」
彼女はそうつぶやくと、ぴっと人差し指を立てる。
そして、それを紅魔館に向けると『必殺、ぬえぬえた~いむ!』と楽しそうに笑ったのだった。
「あら?」
紅魔館にて、窓拭きをしていたメイドが何かに気づき、窓の向こうに視線をやる。
いつもと変わらぬ青空。
中庭では、今回のよくわからないお祭り(と、メイド達の大半は認識している。その意味合いは違うのだが)に参加するべく色々と鍛えている同僚たちの姿。
そこに、ふっと、普段とは全く違う何かが見えたのだ。
何かしら、と彼女は窓を開けて外に身を乗り出した。
すると、突然、彼女の頭上が暗くなる。
「え?」
見上げた視線のその先に。
ふよふよ浮かぶ、何かよくわからない物体が認識されたのはその時だった。
「お嬢様!」
鋭い声と共に、激しい音を立てて扉が開かれる。
その部屋の主――レミリアは、手にしたティーカップを優雅に傾けつつ、悠然と相手へと振り返る。
「何かしら?」
その顔は、『今のわたし、ものすごいカリスマに満ちているわ!』という気色に輝いていた。
サイズに合わない椅子に座って、足をぱたぱたさせていなければ、それは彼女の思うとおりの姿であったことだろう。しかし、前述の状態であることから、『子供が何か威張ってる』程度にしか見えないのが現実であった。
それはともあれ。
「敵の襲撃です! 恐らく、これは命蓮寺のぬえと呼ばれる妖怪の仕業と思われます!」
「そう。それで?」
「門番長以下、外勤メイド達が迎撃に出ました!」
「ならいいじゃない。捨て置きなさい。
どうせ、大きなことは出来ないわ。何せ、あの妖怪の後ろについているのが、命蓮寺の主たちなのでしょう?
あまり大きなことをしたら彼女たちに怒られるもの。いたずら好きな輩は、そういうのを嫌うのよ」
レミリアの元に報告にやってきたメイドは、思わず、『なるほど』とうなずいてしまう。
そして、その視線は、じーっとレミリアのほうへ。
レミリアが『何かしら?』と振り返ると、彼女は「いえ、何でもないです」と言ってぺこりと頭を下げる。
「……? そうかしら?
それなら、はい、お仕事に戻りなさい」
「畏まりました」
彼女はその場に踵を返し、廊下をとてとて歩きながら、『そりゃそうだよなぁ』とつぶやく。
「お嬢様もいたずらとか大好きだけど、怒られたり叱られたりするの、大っ嫌いだし」
まさしく、類は友を呼ぶというか、同類相憐れむと言うか。
意味こそ違えど、『レミリア=ぬえ』という認識は、それほど間違ってはいないのだった。
「……こいつは攻撃してくるのか」
紅魔館の上空に来襲した謎のふよふよ達――先日の異変では『ベントラー』と呼ばれていたUFO達を相手しながら、美鈴はつぶやいた。
この異変の話を知り合いから聞いていた彼女は、今、自分たちの前に現れた『ベントラー』と、その当時のベントラーとは違うものだと言う認識の下、行動を行っている。
「はっ!」
目の前に接近してきたそれを、彼女は拳の一発で撃墜する。
ぽんっ、という軽い音を立てて破裂したそれは、どこへともなく、跡形もなく消えうせる。
――確か、このベントラーというやつは、ぬえという妖怪が『正体不明の種』と言うものを何物かに植え付けて操るものだと聞いている。
その種が植え付けられることで、植えつけられた対象は、何とも知れぬ形となり、人の目の前に現れるのだとか。
「植えつけるもの次第では、有効な手段にもなりうる、か」
そして、その異変の時のベントラーは、異変解決のために出撃した者たちの邪魔をするでもなく、何やら好き勝手にふよふよしていたらしいのだが、今回のものは違う。
ゆったりふわふわ動きながらも、その下部から地面に向けて、放射状に強烈なレーザーを放ってくるベントラー達。
最初、地上で訓練に励んでいたメイド達は、数名が、その奇襲を避けられずに怪我を負い、館の中に避難している。
一方、最初の攻撃をよけきった者たちは、現在、上空に舞い上がってベントラー達と交戦中だ。
しかし、
「くそっ! 逃げ足の速い!」
「第三小隊! 敵を追い込むから背後に回れ! 敵を撃墜しろ!」
「は、はいっ!」
「新人、足が遅いぞ! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫です! わたし、頑張ります!」
「いい答えだ!」
やたら軍隊っぽい受け答えをしている奴らはほったらかして、美鈴の視線はベントラーへ。
このベントラー達、どうやら下方に向かっての爆撃しか出来ないらしく、自分と同じ高度にまで上がってきたメイド達の前にはなすすべなくやられている。
しかし、めんどくさいのは、このベントラー達、常にこちらの頭上を取ろうと動くことだ。
「ちっ」
目の前のベントラーを撃墜した瞬間、美鈴の頭上からレーザーの雨が降り注ぐ。
振り仰げば、一体いつの間にそこにいたのか、ふよふよ漂うベントラーの姿。
それを認めて一発弾丸を放てば、まるで風船のようにベントラーはひょいとそれをよけてしまう。
ベントラーの動きはそれほど鋭くはない。
しかし、その速度は段違いだった。
ふぅわりふわふわ漂っているように見えて、あっという間に手の届かない高空まで彼らは移動する。そして、そこから雨あられと爆撃を降らせてくるのだ。
距離をとった戦いが苦手な美鈴にとっては、このベントラー、かなり厄介な相手であった。
「右手側の部隊! 上空に気をつけて!」
「はい、美鈴さま!」
「正面! 左の部隊の援護をしなさい!」
「了解しました!」
「美鈴さま、一旦、後ろへ」
「ここは私たちが」
「了解。じゃあ、私は指揮に回るから、ここをよろしくね」
「お任せを」
元より中距離~長距離の弾幕戦に秀でるメイド達にその場を任せ、美鈴は一旦、戦闘空域から離脱する。
「ベントラーの数は……およそ30か。かなりの数ね」
それに対して、メイド達の数は100にも及んでいる。
だが、そのほとんどが、ふわふわ漂うベントラーに翻弄され、なかなか戦果を上げることが出来ていない。
目覚しい働きをするエリート達もいるが、その比率はメイド全体の10%にも満たないだろう。
「……底上げ程度じゃどうにもならないか」
彼女はつぶやくと、「右手側! 左ベントラーの側面に回って砲撃! 下方部隊! 負傷者を回収して館に避難して!」と大きな声を上げる。
空間認識能力に長ける彼女にとって、指揮官と言うのはなかなかはまるポジションだ。
美鈴の鋭い指揮の下、メイド達が動き、次々にベントラーを撃墜していく。
「誰かに指揮されていると、メイドさん達は、いい働きをしますね」
「小悪魔さん」
「どうもこんにちは、美鈴さん」
そうにこやかに挨拶した後、小悪魔は手に持っていた本を広げた。
それは恐らく、パチュリー謹製の魔法の本だったのだろう、広げた瞬間、放たれる閃光がベントラーを五機、まとめて撃墜する。
「咲夜さんがこれを見越して、メイドさん達を小隊制にしたのがよくわかります」
「もう少し、指揮官的な役割をするメイドさんを決めた方がよさそうですね」
「そうですね。
特に、まだ中くらいの方々は、上に指揮されないとうまく下を動かせないみたいですから」
「訓練だけじゃ、どうにもならない欠点でしたね」
「それを盲点とか言いますよね」
続いて、小悪魔の開く魔法書は周囲を囲うような強烈な光を放つ。
美鈴が慌てて顔を手で覆った瞬間、あちこちで爆音が響き渡った。
「……とりあえず、危機は去った、か」
光が収まる頃、紅魔館にちょっかいを出していたベントラー達は全て撃墜されていた。
メイド達の一部に、周囲の探索を命令してから、美鈴は小悪魔を見る。
「けれど、助かりました。
さすがはパチュリー様の本ですね。すごい威力です」
「え?」
「え? って……」
「これ、私が書いたんですけど」
「……はい?」
「農家の娘として、やってくる害獣や害虫を追い払うためには防衛システムの構築が必須ですから」
沈黙する美鈴。
にこやか笑顔の小悪魔を見て、『あー……この子、農家の子なんだ……』と、何だか違うところに意識をシフトさせて、無理やり、今の状況を受け入れることにする。
「けれど、命蓮寺側は本気なんですね。
私、てっきり白蓮さん辺りが『そのような争いごとを行ってはいけません』って止めると思ったんですけど」
「まぁ……えーっと……」
まだちょっぴり、意識が現実に追いついていないらしい。
美鈴は目を閉じ、一度、深呼吸をしてから、
「とりあえず、相手側がそのつもりなら、こちらもそれに対応するしかない、と……」
「けが人が出ちゃいましたからね」
「そこが問題なのよね」
正直、どれだけ物騒なやり取りが行われていようとも、現実的な被害が出ていなければ、そのうち、その話題をネタとして笑って話せるようになるものだ。
しかし、今回の一件では、ベントラーの襲撃によってメイド達に実際の被害が出ている。
こうなれば、いくら美鈴が『……もうほんといい加減にしてよ』という意見の持ち主であろうとも腰を上げざるを得ない。
紅魔館のメイド達の結束は強い。『怪我をした仲間のために』と、数日のうちに、ほったらかしておいても士気はうなぎ上りだろう。
結局、今回の一件のせいで、両者は完全な戦闘状態に入ってしまったということだ。
「正直、戦争とかには興味がないんだけどなぁ。
私は日がな一日、門の前でぽけーっと突っ立っているのが性に合う女なんですけどねぇ」
「私も、本と土にまみれる司書が一番お似合いのポジションだと思っていたんですが」
「いやいやいやいやいや」
本はともかく土にまみれる司書などというものがこの世にあることなど、美鈴はこの時、初めて知った。
と言うか、厳重な管理が要求される本を取り扱う司書が太陽の下で鋤や鍬片手に麦藁帽子かぶっていい汗流していていいのかとも思ったのだが……、
「……この子の場合はありか」
最近、何かと隠し技の多い司書を見て、『あー、こいつならそれもありか』と思ってしまうのが切なかった。
「美鈴さま」
「あ、は、はい」
「お嬢様への報告に行ってまいります」
「あ、わかりました。お願いします」
「あと、あちらの林の方で、つい先ほどまで何物かがいたような形跡を、偵察部隊が発見しました」
「……ぬえ、かな。
その辺りを中心的に探してみて。あと、発見しても、絶対に手出ししないように。多分、皆さんじゃ勝てませんから」
「了解いたしました」
そのように、と笑顔を浮かべて去っていくメイドが一人。
あれだけのベントラー達の高高度爆撃にさらされながら、傷一つ負ってないどころか服に汚れの一つすらつけてない彼女の後ろ姿を見て、『……ひょっとして、うちって、隠れた戦力多いのかな』と、つと、美鈴は思ってしまったのだった。
―同日 午後13:00 命蓮寺―
「ぬえの話によると、紅魔館のメイド達というのは、雑魚だからと安易な扱いは出来ない相手のようだ」
「そうですね。
まさか、ベントラーの絨毯爆撃を受けながら、それをあっさり迎撃してくるとは」
片手に筆を取り、何やらさらさらと書をしたためている星に、報告をしたナズーリンは『だからさっさとやめないか、このバカ騒ぎ。お互い、痛い目を見る前に』と視線で訴えるのだが、星はもちろんそれを無視した。
「正直、個々の戦力ではこちらが圧倒的に上回っていると思っていたのですが……。
これは、人海戦術を執られると、少々、厄介かもしれませんね」
「ああ、まぁ、そうだろうけど……」
「最初は村紗による聖輦船の一斉砲撃で敵を無力化、その後、個々の実力者を我々が撃墜していく。それによって、戦意を失った相手を撤退に追い込む、と言う戦法を考えていたのですが……この分では、砲撃の一度や二度で敵は戦意を喪失しないでしょうし、囲まれて攻撃を受けると我々の勝利は危うくなる――」
こんな意味不明なバカ騒ぎに何マジになっちゃってんだこの人は、という視線を向けるナズーリンであるが、とりあえず、言葉には出さなかった。
何だかよくわからないが、下手なことを言えば言ったことが万倍になって返ってきた上で、言葉のハンマーで叩き潰されそうな感じだった。
「とはいえ、こちらが人海戦術で攻めるというにも、ぬえのベントラー以外には頼れないのも事実」
「あのベントラー達は、ただ無目的に漂うものだったり爆撃してきたり、かと思えば特攻してきたりと何か色々あるようだが……」
「その辺りは、恐らく、ぬえのイメージが強いのでしょう。
そのイメージによって、様々なベントラーを生み出していると考えれば納得が行きます」
「……いや、そういうものなのか? 正体不明の種って」
「正体不明だから何でもありですよ」
「うわ言っちゃったよこの人」
それを言っちゃおしまいだよ、という青い狸のセリフがマミゾウの口から飛び出しそうなことをさらっと言ってのける星は、あらゆる意味で恐ろしい人だった。
「しかし、そこにはぬえの想像力と言うものが必要です」
「……まぁ、そうだろうな」
「そこで取り出したのが、このアイテム」
「どっから出した」
「先日、新たなコスプレ衣装を作成するに当たっての映像資料ということで、東風谷さんからお借りしてきました」
「あなた達はろくでもない人間関係だけは即行で構築するんだな」
「これをぬえに見せましょう」
「どうやって」
「ここに『ぽぉたぶるでーぶいでーぷれーやー』というものも」
「つくづく準備がいいなあんたは」
このノリで人里で漫才コンビでも結成すればナウなヤングにバカウケなコンビになること間違いなしなやり取りの果てに、ナズーリンは『ぽぉたぶるでーぶいでーぷれーやー』なるものと、何かよくわからない円盤を星に渡される。
『ちゃんとぬえに渡してくるように』と無駄に真面目な顔で厳命されたものだから、彼女はため息をついた。
「……ところで、あなたはさっきから何をやっているのだろうか」
「作戦指示書を書いています」
「……」
「戦に必要なのは優秀な指揮官、そして優秀な指揮官の言葉を理解し、動く優秀な兵隊ですから」
「幻想郷ってさ……平和なところなんですよ? 本当は……」
そうつぶやいたナズーリンは、この時、本気で『こいつらに仏罰下らないかなぁ』と思ったという。
―同日 午後14:00 命蓮寺―
「ふぅん……。
星も、この聖輦船をなめてるのかしら」
「村紗。星が珍しく、まともに警告出してるんだから、ちゃんと従っておいたほうがいいわよ」
「わかってる。
わたしは、自分のやることに自信は持っているけれど、それに自惚れを混ぜるつもりはない。
とはいえ、こんな書き方されたら腹も立つってところ」
相変わらず、聖輦船のブリッジで、何やら忙しく働いている(本人談。ただし、一輪からは、椅子に座ってぼーっとしているようにしか見えないとのこと)村紗は、星から回ってきた『対紅魔館』と記された一枚の書類をデスクの上に放り捨てる。
「聖輦船が本気で一斉砲撃したら、紅魔館なんて跡形もなく消し飛ぶわ。
それを見て、なお、わたし達に対抗してこようなんてガッツのある奴、どれくらいいるかしら」
「たとえそうであったとしても、その可能性が捨てきれないから、星が色々と考えているんでしょ」
どうせなら、このバカ騒ぎをなかったことにする方向に、その考えを回して欲しかった、と一輪の瞳は語っている。
しかし、それに気づかない村紗は、「まぁ、相手が意外と侮れないってところは了解したつもり」とニヒルな笑みを浮かべる。
「聖輦船の整備は7割方終わっている。
戦端が開くまで、あとおよそ三日程度。それくらいあれば、聖輦船のフルパワーを、幻想郷の人たちにお見せするわ」
「実際、この船が脅威になるってことくらいは紅魔館側もわかっているでしょ。
となれば、何らかの対策を立ててくると思うんだけど」
「甘い。甘いわね、一輪。
この前、みんなに隠れてこっそり食べてたチョコレートケーキ並に甘いわ」
「……何で知ってるのよ。っていうか、あれ、ちょっと残して氷室に入れておいたのがなくなってたんだけど……」
「大変おいしゅうございました」
「ていっ」
「はぅっ」
一輪秘奥義、ノーモーション拳骨(ぐー)が村紗の脳天にヒットした。
その一撃に気絶する村紗は、しかし、きっかり10秒後に復活して『痛いわね』と抗議の視線を向けてくる。
「対策は立ててるかもしれないけれどね、一輪。
蟻が象に刃向かうのに作戦を立ててきたとして、象は蟻の何を恐れる必要があると思う?」
「自信家ね」
「それくらい、戦力に差があるということよ。
そして、わたしは手加減はしない。全力で向かってくる相手に手加減するなんて無礼でしょ?」
「時と場合によるわね」
「そゆこと」
彼女は椅子の背もたれをきしませて、『それに』とつぶやく。
「うふふふ……楽しみだわ~……。
聖輦船の砲撃があちこちで炸裂して、幻想郷の地形が変わって、クレーターが一杯出来るの……。それで、森とかは炎上して荒野になるでしょ? 建物はみんな吹っ飛んで瓦礫になるし……くっくっく……」
「……こいつは……」
やっぱこいつはトリガーハッピーなところがあるな、と一輪は判断する。そして同時に、やたらと厄介な『破壊衝動』の持ち主であるということも。
どうして、普段は命蓮寺でも1,2を争うくらいの常識人なのにこうなのだろうか。
彼女はそう思って、『そういえば、幻想郷の人たちで、文字通りの常識人なんて数えるくらいしかいなかったっけ……』という切ない結論に辿り着き、やっぱり村紗をどつき倒してから、大きな大きなため息をついたのだった。
―同日 同刻 命蓮寺―
「ねーねー、マミゾウ! これ見ようよ、これ!」
「おお、どうした。ぬえ。騒がしいのぅ」
「何かナズーリンからもらった! 早苗が持ってる『でぃーぶいでぃー』だって!」
「あっ、ぬえさん、それ、響子も見たいです!」
先ほど、ナズーリンから渡された、よくわからない機械と円盤片手に、何やら楽しそうなぬえ。
部屋の隅で一生懸命本を読んでいた響子が『早苗』の一言に反応し、手を挙げる。
この命蓮寺において、特にぬえと響子の間では、『早苗』とは、『自分たちの知らない面白いおもちゃを一杯持っている人』で認識が共通しているのだ。
「そうかそうか。
どれ、じゃあ、3人で見ようかの」
「マミゾウ、ここね。響子はそっち」
「えー? ぬえさん、ずるいです。響子も正面に座りたいです」
「だってスペースないしー」
「ぶー」
「これこれ、ケンカするでない」
二人を諌めたマミゾウは、『ほれ、これでいいじゃろう』とテーブルの上に機械を置いて、その正面に二人を座らせる。
その後ろに自分が腰掛け、『どれどれ』と機械のスイッチをぽちっと。
「おお、すごい!」
「すごいです! 何か音が出てきました!」
「わはは。
ほれ、二人とも。静かに見るとしようか」
「うん!」
「はいです!」
そんな風にわいわい楽しそうな三人とは違って、こちらはと言うと――、
「星」
「はい」
所変わって、ここは白蓮の自室。
生活に最低限必要なものしか置かれていない簡素な室内に座すは二人の人物。
「私は、そも、争いは好みません」
「はい」
「しかしながら、貴女の言ったとおり、全ての戦いを否定するのも、また愚の骨頂だと思います」
「人里での、週一特売セールはまさに戦場ですからね」
「そう。生きるための戦いもあるのです」
その戦いは、白蓮がこれまでに経験してきたあらゆる戦をも上回る戦いの繰り広げられる、まさに修羅と羅刹の時間である。
たとえお目当ての商品を手に取ったとしても、それを支払いを経て明確に所有権を得るまでは油断が出来ず、横手から幻想郷最強の存在である『苧芭茶武』に奪われることなど日常茶飯事。
数秒の出遅れが致命的な時間のロスになり、わずかな位置取りのミスが取り返しのつかない事態を招く。
過去に白蓮も星も、何度もこれに挑戦し、そのたびに苦汁をなめてきている。
だが、人は成長する生き物だ。
今では『あら、ごめんあそばせ、おほほほほ』というにこやかな笑顔と共に『なむさんパンチ(コークスクリューつき)』でライバルを薙ぎ倒すくらいのことは平然とやってのけられるほどに、その戦いを制するようになってきている。
「そして、此度の戦いもまた、我々にとって生死をとした戦いとなることでしょう」
「はい」
「――勝てるでしょうか」
「聖。あなたらしくもない。
我々はそもそも、勝てる勝てないで戦いを挑むことはありません。
必ず勝てる――その『必勝』の可能性がない限り」
それはともすれば、臆病者と捉えることも可能だろう。
しかし、勇気と蛮勇が違うことを意味するように、勇ましいことと無謀なこととも、また違うのだ。
勝てない戦いに『勝てる』と挑み、己に付き従う者たちの命を無駄に散らせ、失う必要のない財を失うことなど、それはまさに愚か者の所業。
「勝てるからこそ、私は貴女に戦いを勧めるのです」
「……なるほど」
「ここに」
ざっ、と広げる一枚の巻物。
そこには精密かつ詳細な内容で、今回の戦いを制するための『作戦』が書かれている。
「……見事です」
「近世の戦いは単純な武力の差より、むしろ将の采配が雌雄を決すると言われております。
それを受けて、かつての勇者は『機体の性能差が戦力の決定的違いでないことを教えてやる』と獅子奮迅の働きをしております」
「そういえば、『戦争は数だよ、兄貴』という言葉もあったような気がしますが……」
「それはそれ、これはこれ」
「ですよね」
外で『ごつん!』という、誰かがこけておでこを床に激突させたような音が聞こえたが、とりあえず、それは瑣末なことであり、本題には関係ないのでスルーすることにする。
「紅魔館には八つの師団があると聞いております」
「はい」
「それぞれ二つの師団が一つの大隊――つまり、紅魔館の戦力は、最大で四個大隊ということです」
「近距離戦を挑む突撃部隊、それを支援する援護部隊、偵察、輜重の部隊というところですか」
「はい。
そして、その中でもえりすぐりのエリート達が、あのレミリア・スカーレットの護衛を務める『紅近衛部隊』という役職についているそうです」
――命名、レミリア・スカーレット。
「いくつかの戦術を、彼女たちは使い分けるようですが、最も多いのが支援部隊が両翼より敵部隊を砲撃することで動きを制限し、第一突撃部隊がそれを切り崩し、敵の陣形が崩れたところで第二突撃部隊がとどめを刺す――というものですね」
「なるほど。なかなか理にかなっていますね」
「また、偵察・輜重部隊だからといって油断は出来ません。
これらも、そうした攻撃の際には遊撃部隊として活躍し、第一突撃部隊の突撃と少し遅れる形で、敵部隊の後方より襲い掛かる挟み撃ち戦法なども使いこなすようです」
「ふむ」
「しかし、彼女たちが勘違いしているのはここであり、我々の勝機の一つはこれにあります」
とん、と星が巻物を指先で叩く。
「彼女たちがこれまでに相手をしてきたのは、あくまで『人間』の形をしたものたち。
今回、彼女たちが相手にしなければならないのは、我々、命蓮寺であり、聖輦船です」
「確かに」
「蟻の子が群れて襲い掛かってきたとて、何を恐れる必要がありましょう」
そうなると――、と白蓮は腕組みをする。
星は、『その場合ですが』と言葉を続けた。
「彼女たちが考えなくてはいけないのは攻城戦です。
聖輦船と言う、巨大かつ鉄壁の城をどうやって攻略するか――それを考えてくるでしょう」
「普通の攻城戦ならば、門を破る、あるいは城壁を乗り越えるなどを考えてくるでしょうね」
「しかし、そのどちらも、我々には存在しない」
つまり、攻め手が相当頭をひねらなければ、彼女たちの住まう『城』を落とすことは不可能なのだ。
戦いにおけるアドバンテージは、圧倒的なほどに星たちの方にあるのである。
だが、勘違いしてはいけないのは星たちも同じだ。
星たちがそうであるように、紅魔館側もバカではない。勝てない相手に対してケンカを売ってくることなど、120%ありえないと断言していいだろう。
彼女たちは、必ず、聖輦船の攻略手段を編み出してくるはず――そう、星は断言した。
「聖輦船にも弱点はあります。
近接攻撃が可能なバルカン砲の射程が300メートル前後。そして、明確に狙いを定められる有効範囲は20メートル程度。
つまり、この内側に入られると、巨体ゆえに取り付いた相手を引き剥がすのに苦労します」
「そうですか。
どれほどの相手が、その範囲に入ってきそうですか?」
「一般的な実力のメイド達では、聖輦船の弾幕をかいくぐることは不可能と考えていいと思います。
ですが、各大隊に所属する小隊長クラス――そして、その補佐を務める者たちは、充分、その可能性を秘めていると考えていいでしょう。
もちろん、レミリア・スカーレットの接近を阻むことは不可能です」
「はい」
「十六夜咲夜の時間停止を使われては、聖輦船も形無しですが、そこまではやってこないでしょう」
「やってこられたらこんな作戦会議意味ないですからね」
「話も破綻します」
何のことかはよくわからないが、とりあえずすごい説得力だった。
それはともあれ。
「そこで、我々が接近してきた相手を迎撃します」
「ですが、数十人単位での接近が考えられる状態では厳しいのではないですか?」
「そのために、今、ぬえに『でーぶいでー』を見せています」
「なるほど、DVDですか」
「えっ?」
「えっ、って……。『でぃー・ぶい・でぃー』って、言えないのですか?」
「……あ、いえ、その、それは……」
星ちゃん大ピンチ。
彼女は『し、少々、お待ちを。お茶を用意してきます』とそそくさその場を逃げ出していく。
そうして――時間が過ぎること、およそ1時間。
外からは蝉時雨が降り注ぎ、季節はすっかり夏である。
開いた障子の向こうの空は実に青く透き通っており、夏の日差しを燦々と地面に届けている。
季節の移り変わりっていいわねぇ、と白蓮がのんびり時間をすごしていると、星が戻ってきた。
彼女は白蓮と自分のお茶を出すと(麦茶である)、
「その『でぃーぶいでぃー』にあります映像が、ぬえの想像力を強化する役に立つはずです」
どうやら練習してきたらしい。
「ベントラー航空部隊を配置して、実力者以外の敵の露払いをさせます。
あと、これは間に合うかどうかはわかりませんが、村紗が聖輦船に超至近距離用の迎撃砲塔を作ると言っていました」
「そちらは、あまり期待しないほうがよさそうですね」
「一輪が止めに行ってましたから」
ちなみに、その時の一輪は手に『100トン』と書かれた巨大なハンマーを持っていたらしい。
とりあえず、それもどうでもいいので無視しよう。
「我々は、基本的には迎撃戦を行います。
聖輦船の砲撃をかいくぐってきたもの達を撃退し、相手の戦力が疲弊するのを待ちます」
「なるほど」
「我々は相手を迎え撃つだけでいいですが、相手は聖輦船の攻撃を抜け、ベントラーの攻撃をしのぎ、というさらに二段階の負担を強いられます。
立場的には、我々はかなり有利な状況で戦えるものと考えております」
「ですが、油断は禁物ですよ」
「わかっております。
次からが、詳細な作戦のプランです」
ご安心を、といわんばかりの星。
彼女がさらに巻物の先を示す中、ふと、白蓮は口を開く。
「ねぇ、星」
「はい?」
「『しーでぃー』って言ってみて」
「……し、しーでー?」
「頑張りましょう」
そんな、何気ない白蓮の茶目っ気であった。
―同日 午後20:00 ミスティアの屋台―
「……ってわけでさぁ。
もう何か、博麗の巫女の私、完全に置いてきぼりっていうの? 勝手にがんがん外で話が進んでいってどうしようもないのよ……」
「大変ですね、お客さんも」
「大変なのよ! わかる!?
紫に抗議しに行っても『何言ってるのあなたは』って逆に説教されるし、まともだと思ってた華扇も完璧に『どうしてそのくらいのことを知らないんですか』って非常識モードだし、味方になってくれそうな慧音も『しばらく旅に出ます。探さないでください』って書置き残していなくなるし!
私はどうしたらいいのよっていうかどうしろってのよ!? え!?」
「まあまあ。
はい、どうぞ。うちの自慢の漬物です。うまいですよ。酒の肴にぴったりです」
「……はあ」
完璧に飲んだくれモードの博麗の巫女は、赤提灯の下でダメ人間になっていた。
色々と、自分を取り巻くあれやこれやのあほな展開についていけず、現実逃避モードになったらしい。
「もうさー、博麗大結界ぶっ壊してさー、『幻想郷なんてなかった!』にしてもいいかなー、って……」
「あー、確かにそれもありかもしれませんねー。
けどさ、お客さん。それやられると、あたしみたいなのが生きていけなくなりますからさ。ちょっと勘弁してもらっていいですかね?
あ、そうだ。これ、あたしのおごりです。どうぞ」
「……ん、ありがと」
出されたのは『夏野菜の煮物』ということだった。
早速、霊夢はその中のなすびを箸でつまんで口に運ぶ。
「……あ、これ、美味しい」
「でしょう?
今年の夏は暑いから、いい具合に野菜も育っていまして。あたしの自慢の料理ですよ」
「これ、一つ一つ、全部味が違うのね。
へぇ~……手間かけてるわねぇ」
「やってくるお客さんを満足させるのが、あたしのお仕事ですからね」
「……仕事、かぁ」
霊夢は煮物をつつきながらつぶやく。
「……私さ、結構、真面目に仕事やってるつもりだったんだよね。
そりゃ、自分の勘とか信じてある程度は適当だったんだけどさ……。
……けどね、幻想郷のためにさ、一生懸命だったんだよ。信じてくれる?」
「そりゃもちろん。
あたしもひどい目にあいましたからね」
懐かしいですねぇ、と屋台の主人――ミスティア。
彼女は何やら焼き物を作りながら、「まぁ、昔は昔ですよね」と笑顔になった。
「それなのにさ……こんな状況よ……?
私の知らない常識ってのが世の中にはあってさ……それで勝手に世界が回っていってさ……。
私なんて置いてきぼりの捨て置かれ状態よ!」
どん、と手にしたグラスを屋台のカウンターに叩きつける。
まあまあ、と彼女をたしなめるミスティアが、よく焼けた豚肉の串を差し出した。
「私が何したってよ!?
私がどんだけ一生懸命、幻想郷のために働いてたか、みんなわかってるわけ!? わかってんなら何でこんな事態になんの!?
起こすなら常識的な異変にしろっての!」
「そうですね~。
けど、常識的な異変、ってうまいこと言いますね」
「でしょ!? 私、今、うまいこと言ったわ!
こんな非常識な異変、付き合ってられるかっ!」
グラスの中身を一気飲みした後、「お酒追加!」と叫ぶ。
「そろそろやめにしといた方がいいですよ。家に帰れなくなったりしたら、困るのは霊夢さんだしね」
「んなこたいいのよ! お酒、追加!
私はお客さん! あなた、お店の人!」
「あはは。それを言われたら断りきれないや」
どれ、とミスティアがカウンターの下から取り出したのは、何やら見事なラベルの貼られた一升瓶だ。
その中身を、彼女は霊夢のグラスへと注いで行く。
「……何これ。水じゃん」
「あれ? こいつは意外。霊夢さんは、割とお酒には通じてる人だと思いましたけどね」
ぐいっとグラスの中身を煽る霊夢。
その感想に、ミスティアは目を丸くして声を上げる。
「……は?」
「そいつはね、『水みたいに飲める口当たり』の銘酒なんですよ」
これを手に入れるのには苦労しました、と語るミスティア。
何でも、人里の酒屋の主人と懇意になり、何度も何度も通いつめて、やっとこさ、一本だけ譲ってもらえた品なのだそうな。
それゆえ、お値段もそれなりなのだが、「今夜は特別です」ということで、無料で振舞ってくれているのだと言う。
「それなのに、もったいないですねぇ」
「いやいや、そんなことないわよ!
うん、美味しい! ミスティア、あんた、なかなかいい目をしてる!」
「あはは、ありがとうございます」
ぐびぐびとグラスの中身を飲み干すと、霊夢はぷは~っと酒臭い息を吐いた。
そうして、彼女はカウンターの上に突っ伏してしまう。
「も~やだ……ついてけない……」
「紫さんや早苗さんはどうしたんです?」
「紫はさ~……『それくらい知ってて当然』って感じで怒るし、早苗は『むしろやる気満々です!』って目を輝かせてるし……」
「あちゃ~」
何となく想像が出来た回答である。
しかし、これで、霊夢の回りにはほぼ味方はいないことが判明したわけだ。
そりゃ、自棄酒かっくらって屋台の主人にくだの一つでも巻きたくなろうというものである。
「けど、あれですね。
霊夢さんは、ほんと、真面目な人ですね」
「……あはは、じょ~だんよしてよね」
「いやいや、真面目ですよ。ほんと。
今回の騒ぎもさ、いつものやつと、ちょっと毛色が違うだけで、いつも通りの大騒ぎには違いないわけじゃないですか?」
果たして、今回の一件を『ちょっと』で表現していいものなのかどうかはわからないが、とりあえず、ミスティアはそんなことを言うと、屋台の裏側で、何やらごそごそし始める。
「んでさ、他の人たちは、自分のスタンスで騒ぎを楽しもうとしてるわけだ。
けど、霊夢さんは『こんなの普通じゃない』って感じでどうしても受け入れられない。それってさ、霊夢さんが真面目だから、そういうバカ騒ぎには一歩引いたところで見てるからじゃないですかね」
そう言って取り出したのは、また新たな酒瓶である。
彼女はそれを、カウンターから見える棚に陳列すると、再び、何やら料理を作り始める。
「そういうのは全く悪いことじゃないし、むしろ霊夢さんらしいと思いますけどね。
それならそれで、もう傍観者に徹しちゃうのがいいんじゃないかな、って。あたしは思うんですよ。
そんな心労わずらう必要ないですって。
『あ~、またバカな奴らがバカやってるな~』くらいで流しましょうよ。ね?」
とん、と差し出されるおにぎり。
霊夢はそれをもぐもぐ頬張り、「あ~、塩っけ効いてて美味しいわ」とつぶやいた。
「いやなこととか面倒なこととか一杯ありますけどさ。
それを受け流すことが出来てこそ、霊夢さんですよ。
ま、だけど、そうもいかないときもありますから。そんな時はうちに来て、散々、愚痴ってくれていいですよ。
あたしは聞き手役はうまいですからね。こうやって飯も出せますし。
んで、たっぷり愚痴ってすっきりして、また明日から頑張ってくださいな」
「……はぁ。そうね」
ため息をつく霊夢の手が、空のグラスに触れる。それを見て、ミスティアは『どうぞ』と、それに飲み物を注いだ。
揺れる水面を、霊夢は見つめる。
そこに映る自分の顔に、果たして何を思ったのか。
彼女は、またグラスを傾けてその中身を空っぽにしてから立ち上がる。
「……あんたさ、この仕事、天職でしょ」
「そう見えます? 参ったな」
「はいこれ、お代」
「どうもありがとうございます。
ところで霊夢さん。これ以前のツケがあるんですが」
「そっちは、また今度、払いに来るわよ」
「んじゃ、その時まで待ちますわ」
「……また来る」
「あいよ~」
ふわりと空に舞い上がった霊夢は、酔っ払っているためなのか、ふらふらと風に漂うようにして飛んでいく。
ミスティアはそれを見送ってから、「やっぱ、酔っ払いには冷たい水を飲ませるのがいいもんだね」と、霊夢に紹介した『水のように飲める酒』をぽんと叩いたのだった。
―同日 午後23:30 紅魔館―
「メイド長」
「あら」
夜も更け、しんと館の中は静まり返っている。
すでに、館の主人であるお嬢様達はおねんねタイムであり(注:吸血鬼)、彼女たちを起こさないように、夜勤のメイド達が働いている中でメイド長の部屋を一人のメイドが訪れていた。
「どうしたの?」
「はい。
実は、先日の命蓮寺の襲撃で怪我をしたメイドの友人や同期の子たちが『本戦の前に一矢報いてやらないと気がすまない』といきり立ってまして」
「そう」
「どうなさいますか?」
「……友達を大切にする。それは大切だけど、その意識が強すぎるのも問題ね」
しかし、それが紅魔館の鉄の結束を生んでいるのだから、あながち否定も出来ないのだろう。
メイド長――咲夜はしばし考えた後、「今回だけはよしとしましょう」とGOサインを出した。
「よろしいのですか?」
「ちょうど、夜間戦と言うのも体験させておきたいと思っていたところよ」
果たして、夜間戦闘をこなせるメイドと言うのが世間一般で言うメイドに該当するのかどうかはわからなかったが、そこは紅魔館クオリティなので問題はない。
咲夜の言葉に、報告にやってきたメイドは、『それでは失礼します』と一礼して去っていく。
「……さて、きな臭くなってきたわね。
かつての魔法少女たちの戦いも、きっとこんな感じだったのね」
そういう風に、何やら感慨深いセリフを口に出来る間はまだまだ余裕があるものである。余裕がなくなると、人間と言うものは、先の霊夢みたいになるのだから。そも、今回のどたばた劇の中心にいる人物には、そうした意識がないのは当然であった。
「明日、報告を聞かないと」
彼女はそう言って、ベッドの上に横になったのだった。
「それでは皆さん、これより、我々は命蓮寺へと夜襲をかけます」
「はい」
「攻撃は一度だけ。その一度の攻撃で命蓮寺の空域を離脱し、帰投します。
なお、敵の対空砲火は相当厳しいものになると予想されます。各々、迎撃されないよう、気をつけるように」
「はい」
「なお、陣形は先に伝えたとおり。
それでは出発します」
いってらっしゃ~い、と手を振るメイド達に見送られる形で、紅魔館を飛び立つ姿がある。
夜間戦闘を得意とするメイド数名を作戦の指揮官に任命した上での夜襲部隊である。
それを見上げる門番隊一同のうち、『あ~、まためんどくさいことに……』と、一部の者たちは頭を抱えていたりするが、とりあえず、それはどうでもいい。
さて、紅魔館から命蓮寺までは、一般的な速度で飛行した場合、およそ2時間弱の距離となる。
通りすがる、普段、夜中に活動する妖怪たちは、隊列を組み、整然と飛行するメイド達を見てぎょっとした顔を浮かべ、道を空けていく。
「お姉さま、そろそろです」
「はい」
先頭を行くメイドの隣に併走するメイドが、手にした書類を片手に報告した。
先頭のメイド――今回の作戦の指揮官である彼女は、手にしたナイトスコープ(パチュリー製)で前方の様子を確認する。
「……あそこね。
後ろの子達に指示。出立前の陣形を維持すると共に、己の役割を再確認させて」
「はい、お姉さま! お任せを!」
「あと、あなたは私のカバーなのだから。ケガとかしないようにね」
「はい!」
相変わらずの百合百合しいやり取りであるが、紅魔館ではこれが基本なので何の問題もない。
ともあれ、指揮官を先頭とした三角形の陣形を採って飛行するメイド達。
その中で、急に、指揮官の彼女が足を止めた。
彼女に倣う形で、他のメイド達も足を止める。そして、その中の一人が首をかしげながら尋ねた。
「どうしました?」
「罠よ」
彼女が示すところには、きらりと光るピアノ線のようなものが張られている。
その片方は足下の森の木々に伸び、もう片方が何もない空の向こうに向かっているのを見て、一部のメイドが『えっ? 物理法則どこいったの?』と思ったが、誰も口には出さなかった。
「引っかからないように注意しなさい」
罠を迂回する形で、ゆっくりと、彼女たちは夜空を進む。
――彼女は、以前、こんな報告を聞いていた。
今回、紅魔館にちょっかいを出してきたぬえとかいう妖怪は、非常にいたずら好きであり、命蓮寺の周囲にお手製のいたずらグッズ(要するに罠である)を配置して回っている、と。
それは大半が笑って済ますことの出来る規模のいたずらを発生させるものなのだが、稀にとんでもないことになるものも混じっているのだと言う。
現に、今、足下から『あべし!』だの『ひでぶ!』だの、『サ、サンダー!』だのといった悲鳴が聞こえてきているが、とりあえず、それは無視することにする。
メイド達はぬえの張った罠に引っかからないよう、注意しながら命蓮寺の上空へと接近していく。
「ここから、聖輦船の対空砲火の射程距離内よ。気をつけなさい」
「はい」
「突撃部隊は私と一緒に。援護部隊はこの周囲に待機。いいわね?」
「了解しました、お姉さま!」
「よし」
彼女は、その鋭い瞳で命蓮寺を見つめる。
両者の距離は縮まり、目標とする位置へと、全員の移動が完了する。
わずかな空白。気配が固まり、空気が完全に硬化した。
「攻撃開始!」
―五日目 午前1:30 命蓮寺―
「村紗!」
「わかってる」
けたたましいサイレンが命蓮寺に鳴り響いている。
聖輦船の備える長距離レーダーに引っかかった『侵入者』を知らせる警告音だ。
聖輦船のブリッジにやってきた一輪に、余裕の笑みを浮かべて村紗は返す。
「これがカメラの映像よ」
「……どこに仕掛けてあるのよ、これ」
「そこら辺一帯」
「……あ、そう」
夜の闇をくっきり映す映像が、前方のディスプレイ(提供者不明)に投影されている。
そこには、こちらに向かって接近してくるメイド達。言うまでもなく、紅魔館の攻撃部隊だ。
「聖とかは寝てる?」
「ええ。一応」
「そう。
じゃあ、起こさないようにしないとね」
彼女の口許に危険な笑みが浮かぶ。
その指先が虚空を示し、その唇が言葉を紡ぐ。
「聖輦船、対空砲火開始!」
建物の壁や屋根に偽装していた『聖輦船』が姿を現したのは、その時だった。
無数の砲門が天を向き、一斉に、そこから閃光を放つ。
「ちっ!」
「なんていう砲撃……!
みんな、気をつけなさい!」
「援護部隊、援護射撃を開始! 敵砲塔を潰せ!」
「わかりました、お姉さま!」
「全隊、撃てーっ!」
負けじと、上空に残る援護部隊からの援護射撃が始まる。
その攻撃は命蓮寺のあちこちに着弾し、爆発する。うまく砲門を直撃するものもあったが、いかんせん、威力が違いすぎる。攻撃を続ける敵砲塔にダメージを与えるには至らなかった。
そして、仲間の援護を受けながら命蓮寺の頭の上に接近するメイド達も、近づけば近づくほど激しくなる対空砲火に目をむく。相手からの砲撃――弾幕の分厚さが、これまで経験してきた戦いとは比較にならないほどだ。
何十と言う砲門から秒間数発という数で放たれる対空砲火は、切れ間も隙間も何もない。
そこを縫って飛行する攻撃部隊のメイド達は、なかなか命蓮寺に接近できず、舌打ちするものが多数だ。
「攻撃を回避することに集中して! 当たって撃墜されたら元も子もないわ!」
「ですが、このままでは、ただ追い払われるだけです!」
「この距離ではうまく攻撃が出来ない……!」
やはり、聖輦船の実力は圧倒的であった。
いまだ変形する兆しすら見せず、建物のままの形態でこれだ。これが『本気』を出したらどうなるだろう。
メイド達の間に戦慄が走る。
現実化した恐怖が、彼女たちから戦意を奪っていく。
いかに訓練された鋼鉄の笑みを持つ彼女たちであっても、絶対的な『力』を前にすれば恐怖を覚えるのだ。
「……全く。情けない」
その様を見て、指揮官の彼女はつぶやく。
「全員、よく見ておきなさい! この程度の弾幕、ただの薄いレースのカーテンに過ぎないとね!」
彼女はそう宣言し、加速する。
弾幕の中に飛び込んでいく彼女を見て、何名かのメイド達が悲鳴を上げる。
「一人、命知らずがいるわね」
ディスプレイに映し出される映像を見ながら、村紗はつぶやく。
「これ以上の攻撃をするのは音がうるさくなるからね」
椅子の上に座り、前のコンソールに足を投げ出している彼女は、面白くなさそうにつぶやいた。
「たかが蝿の一匹――と言いたいところだけど……」
その瞳が、わずかに揺れ動く。
聖輦船の対空砲火に翻弄されているメイド達。その中の一人が、その対空砲火を突っ切ってこちらに向かってきている。
最初は、『ただの命知らず』と判断していたが、その判断が誤りだったことに、彼女は気づいたのだろう。
「一輪。
聖を含め、命蓮寺のみんなが寝ている部屋に、奴の攻撃が命中しないように祈って」
「え?」
「……なるほど。紅魔館、油断できない相手ね」
彼女は投げ出していた足を戻すと、その場に立ち上がる。
そうして、「6番と7番砲塔、敵メイドに攻撃を集中!」と苛立つ口調で叫んだのだった。
一層激しくなる攻撃を、彼女は余裕の表情でよけながら高度を下げていく。
命蓮寺の直上から突撃を仕掛ける彼女を狙う砲塔は、しきりにその角度を変えながら、何とか発射口の先にメイドを捉えようとする。
しかし、
「甘いわね。その程度の狙いで、こっちを迎撃できると思っているのかしら」
にやりと笑う彼女は、自分へと砲門が向いた瞬間、それを嘲笑うかのように鋭く飛行角度を変え、攻撃の射線上から逃げてしまう。
結果、放たれる攻撃は夜の闇を切り裂くばかり。
それは、完全に、聖輦船の砲門が動ける角度、速度、そして射撃の正確性を見抜いた動きだった。
この短時間で、彼女は相手の戦力を完全に把握していた。彼女にとって、今の聖輦船は『ただのでかい的』に過ぎないのだ。
「紅魔館のメイドはメイド長ばかりだけじゃないということを教えてあげる」
彼女の両手に光が点る。
そして、彼女は命蓮寺の屋根ぎりぎりの高さまで接近した次の瞬間、その両手の光を解き放つ。
轟音と共に炎が舞い上がる。
その一撃は、確実に、彼女を狙って動いていた砲塔を一つ、潰していた。
その場で直角に近い角度でターンし、急上昇して離脱する彼女。その彼女を援護する射撃が命蓮寺の周囲に着弾し、爆音を上げていく。
「さあ、帰るわよ」
一発も被弾することなく、彼女は仲間の元へ辿り着く。
その素晴らしい戦果と実力に、メイド達が拍手喝采を送った。
「はい!」
「すごいです……。さすがはお姉さま!」
「この程度のこと、あなた達も出来るようになってもらわないと困るわ。
紅魔館が、レミリア・スカーレット、十六夜咲夜、そして紅美鈴。この三人だけに『長』がついているわけではないということを、幻想郷の奴らは知らなさ過ぎるもの」
余裕の笑みを浮かべながら、彼女は部隊を率いて撤収していく。
聖輦船の砲撃の射程範囲の外に、悠々と出て行く彼女達。未だ続く砲撃は、まるでそれに対する祝砲のようでもあった。
「……ちっ」
「驚いたわね……。まさか、あんな空爆が出来るなんて」
「紅魔館のメイドは、下っ端の雑魚たちはどうでもいいという話だけど、上に行けば行くほど、油断が出来なくなると言うのは本当のようね」
苛立つ村紗はコンソールを蹴り上げ、『消火と修理、急げ!』と声を上げる。
「けれど、あんな芸当が出来るのは、彼女たちの中ではあの一人だけのようね」
「その一人が問題よ。
うちと同じく、一騎当千の兵がいるってことでしょ? こっちがマークしていた以外にね」
「確かに」
「やっぱり、聖輦船はフルパワーで稼動させなければダメね。この程度の弾幕じゃ、あいつらを止められないか」
村紗が何気なく放った、何やら聞き逃せないセリフに、一輪の目が点になる。
「……え? この程度……?」
「半分くらいの砲門しか動いてなかったでしょ」
「……」
あれほどの弾幕を展開しておきながら、まだこの船は余力がある――その事実は、単純に、一輪を驚愕させる。
一方の村紗は、その半分程度の力でも敵を追い払えると考えていただけに、少々、機嫌がよろしくない。彼女の機嫌が直るのは、文字通り、敵を『殲滅』した時になるだろう。
「やってくれるわね。そして、面白い相手だわ……。
一人残らず撃沈させてこその舟幽霊――この村紗を甘く見ないことね!」
びしっ、とディスプレイを指差し、宣言する彼女。
その彼女を見て、とりあえず、一輪は村紗の後頭部を殴り倒すと、大きな大きなため息をついた。
「……この戦艦、今回の騒ぎが終わったらどうしよう……」
こんなもの、あるだけでご近所の皆様の不安をばりばり買い捲ること請け合いである。
殺生ご法度を掲げるお寺が、実は猛烈な武装を備えた戦闘集団だと知られたら――。
「……最悪だわ」
色んな意味で、現実逃避したい現実を前に、一輪は頭を抱えるのだった。
―同日 午前5:50 守矢神社―
「号外、号外、号外ですよ! ついに始まりましたよ!」
大騒ぎかつ大声を上げてやってくる文を見て、境内でさっさか掃き掃除している早苗の視線が空を向く。
文が『ずぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっ!』というものすごい音を立てながら大地にランディングし、すかさず手にした新聞を早苗へと押し付ける。
「命蓮寺のぬえの攻撃に怒った紅魔館側からの報復により、命蓮寺への空爆が実施されたそうです!
それで、命蓮寺は建物の一角が完全崩壊! ただいま、修理と消火作業におおわらわ!」
「おー、何かにぎやかなことになってきてるねー」
またどこにいたのか、ぴょいこらぴょ~んとやってくるちび神さま。
彼女は早苗の受け取った新聞を横から覗き込み、『ふんふん』とその内容にうなずいてみせる。
「まさに両雄大激突って感じだね!」
「はい。
いやいや、実に騒がしくなってきました。もう毎日がスキャンダルですね!」
「……う~ん、何か違うなぁ。
こう、魔法少女決定戦とか言うから、空戦メインの超火力の応酬だと思ってたんですけど、何かリアルに戦争になってません? これ。
後から関係修復って出来るんでしょうか」
「宴会一回でいいんじゃない?」
「ですよね」
宴会を愛する幻想郷の民に悪いものはいない。宴会こそ鎹なのだ、という言葉であった。
こんな大騒動巻き起こしておきながら、宴会で杯を交わすだけで関係修復というのもまたすごいことではあるが、実際、過去にそういうことが何度もあったので、あながち否定が出来ないのも現実である。
「このまま行けば、本気で、幻想郷の空を赤く染める戦いになるかもね~。わくわくするよ」
「そうですね~。
もう、適当なところにレンズを向けてシャッター切れば、それがスクープになるんですから! もう楽しみで楽しみで!」
トラブル大好きを公言する二人は、笑顔で何やら語っている。
それを眺める早苗は『これはこれでいいかもしれないけど』と何やら渋い顔である。
先日、紫から聞かされた話と、今の状況と、だいぶ状態が食い違ってきているのがその原因であった。早苗は早苗なりに、今回の一件で『望んでいた展開』と言うのがあるのである。
「こうなってくると、誰かが外から修正した方がいいですよね。これ」
「そう? いいんじゃない?」
「ちなみに、その発言の真意をお伺いしても……」
「あ、ごめんなさい。秘密です」
「おお! 東風谷早苗もついに動く! これは更なるスクープの予感!」
「こういうトラブルはさ、当事者として動くよりも傍から眺めてにやにやしてる方が面白くない?」
「いいえ、諏訪子さま。むしろ、積極的に、今回の一件には関わるべきではないでしょうか」
「う~む、なるほど。いい意見だ」
何やら話しの行き先がややこしいところに向かっていこうとしていた。
そして、あいにくなことに、その場にツッコミ入れて物理的にでも話の流れを強制遮断するべき役割の人物が、そこには不在であった。ちなみに、その人物は現在、建物の中で頭痛のため寝込んでいたりする。
「もう少し、わたし達としては様子を見るべきかもしれません。
けれど、あまりにも脱線していくようでしたら、そこに待ったをかけるのも必要です」
「そういや、紫がそんなこと言ってたね」
「はい。
つまり、紫さんが今回、わたし達のところにやってきたのは、そういう理由もあるのではないでしょうか」
それはどういう理由だ、と誰かがツッコミを入れていれば、もしかしたら、今後の展開は変わってきていたのかもしれない。
しかし、そういう人物不在で進む話にブレーキがかけられるはずもなく、どんどん、その内容は膨らんでいってしまう。
『……こりゃ、絶対に余計なことだらけになるだろうなぁ』
文の肩に留まる、彼女の遣いのかーくんは、世の中の不条理だの常識知らずに常識を教えることの難しさだの、とにかく色んなものをその目で見据えてしまって、切ない口調でつぶやいたのだった。
―同日 午前11:00 博麗神社―
「……お母さん。巫女って大変なんだね。私、それを知っていたつもりだけど……まだまだだったみたい」
霊夢は一人、神社の一室で、そんなことをつぶやいた。
彼女の手には、母が残したかんざしが握られている。
『いつか、霊夢がこれに似合うくらい素敵な人になったら、また逢いに戻ってくるからね』
そう言って、彼女の母親は、神社を去っていった。
今、彼女はどこにいるだろうか。霊夢は、かつての母の面影に思いを馳せ、かんざしをそっと胸に抱きしめる。
開かれた障子の向こう。
夏の日差しが燦々と降り注ぎ、さぁっと風が世界をなでていく。
「けれど……私、頑張るよ、お母さん。
頑張って、幻想郷の巫女としてふさわしい人間になるから……」
何やら不自然にがさがさ揺れる茂みを、霊夢は無視して独白を続けた。その茂みから人の頭っぽいものや腕っぽいものが見えていたりするのだが、それはもちろん、気のせいである。
霊夢のその瞳が青空を見上げる。
深い青――どこまでも澄み渡った空に、彼女は「だから、見守っていてね」と誓いを立てた。
「……そう。だから――」
彼女は手にしたかんざしを、またそっと引き出しの中にしまった。
そうして立ち上がり、目の前の襖を開く。
ちなみに、それと同時に、がさがさ揺れる茂みから霊夢と面影の似た女性がひょいと顔を覗かせ、こそこそ退散していったのだが、それは話の流れとは関係ないので無視しよう。
「帰れお前らぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
霊夢の絶叫が、博麗神社の境内に響いたのは、その時だった。
「何だよ、霊夢。帰れなんてひどいぜ。
ほれ、アイスクリーム持ってきてやったぜ」
「このお菓子も美味しいですね。冷たくて甘くて」
「あ、華扇さん、アイスクリームもいいですけどソフトクリームというのもあってですね」
「ほほう。それはどのような?」
「馴染んでんじゃないわよっ!」
母屋の居間には、いつものメンツ。
魔理沙は『何で霊夢が怒っているのかわからない』と言う顔で、『ほらよ』とアイスクリームを勧めている。
その隣では、華扇が、魔理沙が持ってきたアイスを片っ端から食べ散らかし、阿求が「扇風機、持ってきてよかった~」と何やら風が発生する風車のようなものの前にかじりついている。
「あんたら、この異常な状況に何とか対応してる私の苦労を何だと思ってんのよっ!」
「まあまあ。怒ったって何かが変わるわけじゃないぜ」
「そうですよ、霊夢。
怒ってばかりだと体にも悪いですし。あなたも一緒に食べませんか?」
「霊夢さん。今夜の晩御飯は、泊めていただいているお礼に、私が作ってあげますね」
「そういう気遣いとかいいから!?」
霊夢の抱える心の苦労をガン無視する三人は、好き勝手に居間でくつろぎ、何やらわいわいと騒いでいる。
霊夢はテーブルを叩き割らんばかりに、拳で殴りつけると、「この異常事態を何だと思ってるの!」と叫ぶ。
「異常事態ったってなぁ」
「普通ですよね」
「そうですよ、霊夢さん。
ほら、私たちが書き綴ってきた求聞史紀にも『幻想郷における魔法少女の歴史』がばっちりとカラーで」
「おお、見事な出来だな」
「これは素晴らしい」
「だーかーらぁっ!」
霊夢はばしばしとテーブルを叩きつつ、セリフを続ける。
手の痛みか、はたまた心の痛みか。ちょっぴり涙目である。
「私は今回の一件、徹底的に傍観者になることに決めたの! って言うか、関わりあいにならないことにしたの!
その私の世界に入り込んでくんなっ!」
「また狭量な話だな」
「霊夢。そのように心が狭いままでは、よい巫女にはなれませんよ」
「霊夢さん。昔から、世の中、長いものには巻かれろという言葉がありまして」
「うわダメだこいつらっ!」
どんだけ怒ろうとも怒鳴ろうとも、それを柳の枝のようにひょいひょい受け流す奴らを相手にしてしまうと、さしもの霊夢でもどうしようもない。
と言うか、普段、そんな風にして世の中渡ってきているのが彼女なのである。
自分のこの手法が、世の中、生きていくに当たって特に有効だとわかっているから、ある意味で、目の前の相手はなおたちが悪いのであった。
「もうそろそろだろ? 大激突。
お前ら、見に行くのか?」
「わたしはちょっと。
爆風一発で人生終わりかねないですから、ここでのんびりしています」
「私はどうしましょうか。ちょっと悩んでるんですよ。
せっかくの世紀の大激突ですから。古来より、こうした勝負をしっかりと見届けるのも仙人の役目ですし」
「足下にいたらやばそうだしなー」
「まとめて潰されて来いお前ら」
霊夢のツッコミ何のその。
三人は、霊夢には理解できない話でわいわい騒ぎ、実に楽しそうだ。
そして霊夢はというと、もうこいつらに何言っても無駄だと判断したのか、その場に背を向け、自室に引きこもってしまった。
実に単純明快かつ有効な現実逃避である。
「霊夢はメンタル弱いなー」
「ですねー」
「困ったもんです」
そんなことを言った三人が、次の瞬間、居間ごと夢想封印で吹き飛ばされるところまでが博麗神社の日常であった。
―五日目 午後21:00 紅魔館―
「パチュリー様。お休みになられないのですか?」
「休む? ……ふふふ、何を言っているのかしら。小悪魔。今の私はエナジー全開ノンストップフルスロットルモードよ!」
ここ数日、寝ずの作業を行っているため、脳内物質の分泌がやばいことになっている魔女が不敵な笑みと共に宣言する。
小悪魔は、その彼女に見えないように『はぁ~……』とため息をついた。
「明後日が世紀の決戦。
それまでに、私は、なんとしてでも用意を終えなくてはいけないわ」
「……左様ですか」
「寝るなどという行為は時間の無駄よ。
第一、一日は24時間しかないのに8時間も寝て過ごしているということは、すなわち、人生の3分の1は寝ているということになるわ。
それだけの時間を、もっと有意義に使ってみなさい。きっと人生はもっと充実するはずよ」
「目の下やばい人にそんなこと言われても……」
さすがに、今度は口に出てしまう。
パチュリーの憔悴たるやすさまじいものがあり、しかし、目だけは生き生きと、そして爛々と輝いていると言うかなり不気味な状態なのだ。
はっきり言って、このままお化け屋敷に行けば、彼女を見た子供が全力で泣き出すこと請け合いの状態なのである。
「今回の私の役目は参謀よ。
つまり、必ず、レミィを勝利に導く必要があるわ。
そのために、たったの一週間では時間が足りない。可能な限り、使える時間を有効に使わなくてはいけないのよ」
「それって屁理屈ですよね……」
「屁理屈であろうと理論が成り立てばそれでいいのよ」
そも、その大元となる前提の理論が破滅的に破綻している場合はどうしたらいいのだろうと小悪魔は思った。
普段のパチュリーならば、そんなセリフを口にしようものなら、『あなたは何を言っているの』と徹底的に一方的なディベート大会を開いてくれそうな理論を、その本人が口にするような状況なのだ。
はっきり言って、小悪魔は無力である。
「参謀としての、この私の役目――それは、知識の魔女が持つ最大限の知識をこの戦いのために結集し、使用すること。
そのためならば己の健康などなんのその!
それこそが――!」
「てい。」
というわけで、小悪魔は素直に物理攻撃に訴えることにした。
『むきゅ』という悲鳴を上げてその場にぺちゃりと潰れるパチュリー・ノーレッジ。
小悪魔は、彼女を殴り倒した本(全500ページ。金属で表紙を補強済み)をどこへともなくしまうと、目を回しているパチュリーを担いで、早々にその場を後にする。
「……ほんとにもう。
そんな調子で、いざ本番で倒れたら、困るのは皆さんなんですよ」
実に相手のことを思いやる、優しいセリフであった。
その前の行動が、鈍器で相手を殴り倒すと言う手段でなければ、小悪魔の想いは永遠の美談として紅魔館で語り継がれていただろう。
「だけど……」
小悪魔は、そこで足を止める。
振り向いた先――パチュリーが何やら企んでいた空間を見て、彼女は首をかしげる。
「何しようっていうんだろう……」
そこには、巨大な、魔力を放つ石が浮かんでいる。
その数は、優に12個。
いずれも猛烈な量の魔力を秘めているのは一目瞭然であり、もし、暴走などしたら、それ一つで半径数百メートルがクレーターになるであろうというほどの物体だ。
そんなものをダース単位で用意しているということは、恐らくは、パチュリーは、小悪魔の考えなど及びもつかないようなことを企んでいるのだろう。
それがろくなことにならないだろうと予測できてしまって、彼女は何だか悲しくなった。
「どうしたもんだか……」
一応、小悪魔も、パチュリーのノリに付き合ってそれを楽しむ程度の甲斐性は持っている。
しかし、その許容量をぶっちぎられると、もうどうしようもなくなってしまうのもまた事実だった。
そんな時、パチュリーを止めてくれるのは、この館の中では大抵が咲夜の役割なのだが、あの彼女も特定の方向にかけてはブレーキを持ってない類の人間だ。そして、今回は、それとパチュリーの全力が色んな意味で見事にかみ合ってしまい、かくて、ストッパーのいない紅魔館が出来上がってしまっているのである。
誰かがどうにかしないと、多分、この先えらいことになるだろう――そう予測は出来てもどうしようもないこの現実。
「……ほんと、どうしよ」
小悪魔としては、そうつぶやくしか出来ないのであった。
――そして。
「お嬢様」
「何かしら。咲夜」
「明日に、予定の日が迫ってきました」
「そのようね」
無意味に屋根の上に上り、空を見上げていたレミリアの下へ、咲夜がやってくる。
深々とこうべを垂れる彼女に、レミリアはカリスマを放ちながら(と、自分では思っている)答える。
「今回の戦いは、決して負けられない――それでいいかしら?」
「はい」
「ふふふ……腕がなるわね。
相手がどれほどの強敵であろうと、打ち破ってきた、このレミリアの吸血鬼としての血が騒ぐわ」
唇の端を吊り上げ、にやりと笑う彼女。
それを斜め45度の角度で後ろに振り返りやってのけるのだから、普段のレミリアよりは遥かにカリスマに満ちている笑顔であった。なお、あくまで『注:当社比』なことにはご留意されたい。
「お嬢様。私を含め、紅魔館のメイド全てが、全力を挙げてお嬢様をサポートいたします」
「ええ。頼むわね。頼りにしているわ」
「はい。
お嬢様こそ、幻想郷の魔法少女としてふさわしい――それを、命蓮寺の者達に思い知らせる必要があります」
「そう。
もっとも、それ以前に、このレミリアに刃向かうようなことをしてきた――その思い上がりを叩きのめす必要があるわね」
幻想郷において、己が『最強』である証として。
自信と威厳を放ちながら言う彼女は、「楽しい一日になりそうだわ」と笑う。
「ただ、お嬢様。一言、よろしいでしょうか」
「ええ。何かしら」
「同じ時代に二人の魔法少女が存在する――それは、かつての歴史の中では、特段、珍しいものではありませんでした」
「そう」
「無論、両者の間には戦いがあり、その時代その時代の魔法少女を決めていったことは言うまでもありません。
しかし、お嬢様。『昨日の敵は今日の友』と言う言葉がございます」
「そうね」
「それだけを、ご了解ください」
「あなたも甘いわね、咲夜」
ふぅ、とレミリアは肩から力を抜いた。
彼女は振り返ると、咲夜の元に歩いていく。頭を下げたままの咲夜の前で足を止めると、「そんなことはわかっているわ」と、ただ一言、答えた。
「お嬢様……」
「わたしの力が騒いでいる……。今回の戦い、決して、普通には終わらない、と」
「……はい」
「ならば、どのようなことになろうとも、それに相対し、打ち負かす力が必要だわ。
それでいい?」
「はい」
「そう。
それなら、明日のために、明日一日、全力を出せるように、今日は早く休むように」
「畏まりました」
「わたしも、もう寝ることにするわ」
現在の時刻は、空を見てもわかるとおり、吸血鬼が絶好調で活躍する時間帯である。
にも拘わらず、お嬢様は眠たそうにあくびをすると、そのままふわふわふらふらと館の中へ戻っていく。どうやら、携えていたカリスマが売り切れになったらしい。
その愛らしい後ろ姿を見送ってから、咲夜もまた、館の中へと。
その途中、彼女は空を見上げた。
「……何かが起こる、か。
確かに、何が起きても不思議ではない空の色ね」
彼女はそうつぶやき、そっと、音を立てないように窓を閉めたのだった。
「聖。お呼びですか」
「ええ。
星、今夜の空は、何やら不吉な色をしていますね」
「……はい」
深夜。
白蓮の寝室に呼ばれた星は、窓から空を眺める彼女の言葉に同意した。
いくつもの星が輝く夜。
普通なら、それは見事な星空と表現することが出来るだろう。
しかし、その星の輝きには奇妙なものが混じっている。
そう。まるで――、
「……凶兆」
「聖。まさか北斗七星を……!?」
「いいえ。それは大丈夫です」
「それはよかった」
どこからか『テーレッテー』なる音楽が聞こえたような気がしたが、それは気のせいであった。
胸をなでおろす星。
「私は、星。この戦い、決して、普通に終わることはないであろうと思っています」
「……その真意は?」
「ただ、お互いの勝敗を決するだけではないということです。
もっと大きな何かが――そう、誰も予測していなかったような何かが起きると思っています」
彼女の視線は、ただ、空に向かっている。
星は気ままに輝き、何も答えない。
答えのない答えを受け止める白蓮は、やがて、その視線を星へと向ける。
「星。
もし、この戦いで何かが起きたら――」
「それに対峙すべく、全力で立ち回ります。それはお約束いたします」
「ありがとう。
恐らく、それは、私でも対処が難しいと思っています。何せ、誰も想像していないのですから」
「……しかし、一体、どのようなことが起きるのでしょうか」
「わかりません。
古来より連綿と続く、このような『儀式』の中で、こうした不安が生まれたことは一度や二度ではないでしょう。
そのたびに、彼ら、彼女らはどうやって乗り越えてきたのか。
先人の智慧に学びたくなります」
「賢きものは歴史に学ぶ、とはよく言ったものです」
それは、同じ過ちを繰り返さないための戒めであった。
そして同時に、それを乗り越えるための手段を教えてくれる『可能性』でもある。
二人はそれにすがることが出来ない。過去の歴史を知らないからだ。
幻想郷において、まだまだ自分たちは新参である――そのような意識が、よもやこのような形で、自分たちの邪魔をしてくるとは、さすがの白蓮でも考えていなかった。
「……ですが、何とかなるでしょう」
「はい」
「『絶対に大丈夫』というのは最強の魔法であると聞いています」
「はい」
「大丈夫です。星。私たちは」
「ええ。聖。
頑張りましょう」
「そうですね」
二人は互いに笑うと、そっと、視線を伏せた。
そうして、星はその場を辞し、白蓮は静寂の中に座り続ける。
その唇から、小さな吐息が漏れるのは、それから少し後のことであった。
―七日目―
「これは、壮観な眺めね」
「はい」
紅魔館の二階テラスから見下ろせば、そこには紅魔館に仕えるメイド達がずらりと勢ぞろいしている光景がある。
無論、館の庭だけでは収まりきらないため、門の外にも彼女たちは立ち尽くす。
それこそまさに、紅い館の周囲がメイド達で埋め尽くされているのではないかと錯覚するほどの光景であった。
「……っていうか、どこにこんなにたくさんのメイド達が……」
「……私もそこまでは」
メイド達の整列を行っていた美鈴は、ふと、ぽつりとつぶやき、名簿片手に点呼を取っていた小悪魔も、その言葉に顔を引きつらせる。
何せ、知らない名前が名簿にはずらりと並んでいるのだ。おまけに、何年もここで働いているというのに初めて見た顔も一人や二人ではない。
「紅魔館では、年間、10人から20人のメイドを採用しておりますから。
何年、何十年、何百年と行っていれば、自然、このような数に」
「紅魔館ではお嬢様の、かつてはお館様の方針により、『素晴らしい労働環境を提供する』のがモットーです。
そのため、途中で退職される方がほとんどいらっしゃらないのですよ」
「素晴らしいですわ。定年まで、こうして平和に勤め、お仕事に専念できる……わたくし達は、本当に素敵な職場に就職することが出来ました」
「……あー、そういうからくりが……」
そして、美鈴たちよりも遥かに昔から、この館に仕えるベテランメイド達の発言により、真実が明らかになる。
咲夜が館を改造して、やたら広くする前までは一体どうやって、この人数をさばいていたのかという疑問点については聞いてはいけない真実なのだろう。
ちなみに、最近では紅魔館の労働環境がさらに改善され、基本給アップと共に休日が三日も増えたらしい。
なお、ほぼ無制限の寿命を持つ妖精の『定年』がどこにあるのかは不明であった。
「それでは、お嬢様。お願いします」
「任せなさい。
……ところで、フランは?」
「フランドール様は、ただいま、お洋服のお着替えの最中です。
あと、パチュリー様はここに残ることになっております」
「あら、そうなの」
レミリアはテラスに用意された壇の上に上がると、咲夜から渡されたマイク(パチュリー製)を手に取った。
『メイド一同諸君! これより始まる、紅魔館の威信をかけた戦いに己の身を投じてくれることを誓ってくれた同士諸君!
誠に大儀である! そして、わたし、レミリア・スカーレットは、諸君らに心よりの謝辞を述べる!』
片手に持ったカンペ(作成:十六夜咲夜)をちらちら見ながら始まる、お嬢様の演説。
それを聞くメイド達は、皆、直立不動でその場に立ち尽くし、その視線をレミリアにまっすぐ向けている。
美鈴たちも、とりあえず、今、自分たちを取り巻く事態についてはさておいて、レミリアのほうへと体を向けていた。
『諸君! 諸君らは騎士である! スカーレットの名の下に集いし、信義と忠誠をその胸に抱く、誇り高き紅の騎士である!
諸君らは騎士であるが故に高潔である! 赤の旗を掲げ、紅き衣を身に纏い、この紅の館と共に、その身朽ち果てるまで戦い抜く、真の騎士である!』
「……咲夜さん、これ、どんな顔で原稿書いてたんだろう……」
「あの方、割と漫画とか好きですから」
レミリアが好きそうな感じに単語を選んで作りましたという感じの演説は、確かにレミリアに言わせると『それっぽく』なる演説であった。戦に挑むものの士気を上げ、心を高揚させる内容になっている。
一方、今回の事態について、まだ冷静な一面を持っている美鈴たちからしてみると、ちょっと体がむずがゆくなるような内容でもあった。
『諸君らは誓いと共に戦い抜く騎士である! 諸君らがその胸に抱く、気高き紅の誓いにかなうものは、この幻想郷に存在しない!
故に、高徳なる騎士である諸君らからなるこの紅の騎士団は、負けを知らぬ騎士団である!
諸君らは一騎当千、そして唯一無二の誓いと共に戦い抜く騎士である! 森羅万象より昇華した、紅の意志と共に集った騎士である!
何物をも上回る強き心を持った諸君に負けはない!
土にまみれ、その誇り高き意志が屈辱にまみれることなどありえない!
偉大なる紅の志の下に集いし諸君らは、その一人一人が紅き英雄である!』
その演説に、さすがの美鈴も『おおー……!』と内心で驚かずにはいられなかった。
ただでさえ高い士気、そして厚き結束が、レミリアの名の下にさらに高まっていくのを感じる。それは間違いなく、空気と雰囲気の変化だ。それを敏感に感じ取る美鈴は『お嬢様もなかなかやるもんだなぁ』と、素直に驚いていた。
普段はどう見てもかわいらしいだけの紅魔館名物マスコットのお嬢様も、やる時にはやる子なのである。
『さあ、英雄たちよ! 誇り高き紅の騎士たちよ!
今こそ出陣の時である! 己が仕える紅の館に誓う忠節と共に、その手の紅の剣を振るい、紅の御旗をかざすのだ!』
メイド一同が拳を突き上げ『おー!』という声を上げる。
数千人のメイドによるそのときの声は周囲を揺るがせ、震わせ、そして遠くまで響き渡った。
レミリアは彼女たちの様子に満足したのか、小さくうなずき、壇を降りる。
代わりにそこに上がった咲夜が、「第一大隊、出撃!」という声を上げる。
「……始まっちゃいましたねぇ」
「そうですねぇ……」
「ところで、小悪魔さんは……」
「私は補給部隊担当です。頑張ってくださいね」
「……たはは。まぁ、最前線なので、適度に頑張ります」
そして、その第一大隊を率いる美鈴は、『何だかんだで、お嬢様のやることなすことに全力になっちゃうのが、うちらの悪い癖なのかもね』と苦笑して空へと舞い上がる。
彼女に続き、次々にメイド達が空に舞い上がる光景は、まさに見事な眺めであった。
なお、そんな状態にあっても、紅魔館は通常営業中のため、お仕事&接客のためのメイド達は館に残り、『いってらっしゃ~い』と手を振っていたりする。
「……メイド、増えてないかしら?」
その当たり前の光景を見て、つと、咲夜はつぶやいたのだった。
「村紗」
「聞こえてる。
おはよう、一輪」
「あなた、ここで寝てたの?」
「まぁね~」
ブリッジの椅子の上で大きなあくびをしてから、村紗は身を起こす。
やってきた一輪を一瞥してから、『いよいよじゃない』と彼女は不敵に笑った。
「姐さんたちもすぐに来るわ」
「だろうね。
片付けとかは?」
「もうとっくに。
っていうか、この後、盛大に片付けだの何だの色々あるんだから。手伝いなさいよ」
「わかってるって」
彼女はそういうと、どこから取り出したのか、一枚の上着を羽織った。
一輪は彼女を一瞥すると、『そうやってると、威厳のある艦長って感じなんだけどね』と苦笑する。
帽子を目深にかぶり、衣装を調えた村紗はブリッジを静かに見渡した。
「さて――」
ドアが開き、命蓮寺の面々がやってくる。
このブリッジに入ることが初めてである響子やマミゾウが、何やら声を上げて辺りをきょろきょろする。
そんな中、村紗は一同を睥睨すると、言った。
「この聖輦船における艦長は私です。故に、あなた達は全員、私の指示に、必ず従うことを確約しなさい!」
自分より目上である白蓮にすらその言葉だ。
だが、白蓮は何も言わない。それどころか、率先して『畏まりました』と一礼する。
「各員! 持ち場につけ!」
艦内に鳴り響く警報。
鋭く飛ぶ村紗の指示に従って、率先して、白蓮が己の席に着く。彼女に倣う形で、それぞれがそれぞれの席に腰を落ち着けたところで、村紗は宣言した。
「聖輦船、発進!」
それはまさしく、目を疑う光景だった。
朝。静かな世界が広がるそこに、突如として轟音が響き渡る。
眠っていた動物たちは叩き起こされ、事態を理解する前に、音の源から逃げようと一目散に走り出す。
虫たちは己のネットワークに必死に警報を鳴らしながらそこから逃げ出し、全ての生き物が離れていく中、その建物が動き出す。
全身を震わせ、大地を巻き上げながら空へと舞い上がる寺。
その途中で『ごごごごごご!』だのといった音を立てながら変形するお寺の姿は、まさに威容であった。
空に舞い上がる聖輦船。
巨大な船体を遺憾なく幻想郷の空にさらしたそれが、船首をまっすぐに紅魔館へと向ける。
「聖輦船、目標高度まで上昇中」
「各計器に異常なし。各部損傷、破損、不具合の報告もなし」
船のオペレーターを務める星とナズーリンが、手元の計器に映し出される文字を見ながら村紗へと報告を行う。
先ほどまで暗闇に包まれていたブリッジは、周囲の窓を覆うシャッターが開かれたことで、朝の光に満たされている。
青空に向かって、船は徐々に上昇を続ける。船体を揺るがしながら、やがて、目標高度に到達した聖輦船は、その背後のブースターを点火させる。
「これはまた大したおもちゃじゃのぅ」
「マミゾウさん、『おもちゃ』じゃないわ。
聖輦船は無敵の戦艦。そして、幻想郷で最強の『力』よ」
「う~む。
確かに、これほどのものとひと悶着起こすとなると、冗談ではなく尻尾を巻いて退散したくなるわ」
こうしたテクノロジーに関して、詳しくもないが無知であるわけでもないマミゾウが、なにやら感心しながらうなずいた。
その横顔は、それほどの奴の相手をしなければいけない紅魔館と言うものに、何やら、わずかに憐憫の情でも抱いているかのようでもある。
「全武装の確認を急いで。一箇所でも動かないところがあれば、そこが穴になる」
「了解。
ちょっと待ってくれ」
「メンテナンスは終わっているとはいえ、油断は禁物――でしたかしら? 船長さん」
「そうね。
わかってるじゃない、一輪」
「……はぁ」
「一輪、君の気持ちはよぉぉぉぉっくわかるぞ……」
もう始まってしまったのだからどうしようもない。
そんなぐだぐだな気持ちながら、しかし、友人のために少しは尽くしてやらないとという、ある種の自己犠牲精神を発揮している一輪はため息をつき、ナズーリンが共に肩を落とす。
「紅魔館まで、およそ1時間ほどの道のりになります」
「了解。
それじゃ、その間に、今回の戦闘における作戦を説明します」
星の報告を受けてから、村紗は前方のスクリーンを指差す。
画面が移り変わり、そこに、赤い丸や青い三角などが表示された、簡易な地図が映し出された。
「我々がこれ」
青い三角を示す村紗。
「紅魔館がこれ」
赤い丸を示す。
両者の距離は徐々に近づき、戦場となる場所に辿り着いたと思われた瞬間、点滅を始める。
「紅魔館の戦力の説明をします。
まずは館主、レミリア・スカーレット。そして、それに付き従う近衛部隊、これが30名と言われている。
次に、門番長、紅美鈴。彼女が率いるのが、ぬえの報告によると、突撃部隊。紅魔館の各師団は八つ。そのうち、二つが一個の大隊を形成しています。師団一つの人数が五百名から。そのため、確実な数ではありませんが、彼女は合計で千の部隊を率いてくるはず」
『美鈴』と書かれた文字が、新しく現れた赤い丸の上に点滅する。その彼女の周囲に、赤色の凸型の印が三つ、表れる。
「次に、メイド長、十六夜咲夜。彼女は援護・砲撃部隊を率いている――そうね? ぬえ」
「一応、忍び込んで話を聞いた限りによるとね」
「……あんた、どうやってそれを?」
「フランドールに聞いてきた」
ちなみに、ぬえとフランドールは互いにとても仲がいい。
その友情は、このような事態で壊れるようなこともなく、そして、紅魔館謹製丸秘情報であろうとも、フランドールには関係ないということだ。
要するに、フランドールの口に戸は立てられないのである。
「これも合計で千人。これが突撃部隊を後ろから援護する」
『咲夜』と書かれた文字が、また赤い丸の上に現れる。
「続いて、偵察部隊。これを率いているのは、今のところ、ななしのメイドであると言われている。
人数は五百名。これほどの人数がいては偵察も何もないとは思われるだろうけど、彼女たちの本来の役目はもう一つあって、戦闘時に百名ずつの中隊にわかれ、突撃部隊とは別に、敵を取り囲み、時間差で攻撃を仕掛ける遊撃部隊」
それを示す赤丸が、聖輦船を囲む形で五つ、配置される。
「砲撃部隊の後ろに補給部隊。これを率いるのは、図書館の、小悪魔と呼ばれる下級悪魔」
「あら、小悪魔さん? 魔界神さまによくお名前を聞いていたわ。何でも、幻想郷に出てくる前は、お一人で広大な農園を管理されていて、美味しいお野菜やお米を作っていたそうよ」
「……えーっと」
「……農家の人が何で司書やってんのよ……?」
「んなこと聞かないでよ……」
斜め上どころか360度反転した別世界に向かって地獄車かます白蓮の発言に、ブリッジの雰囲気は一気に微妙なものになった。
「……こほん。
ま、まぁ、この補給部隊にはほとんど攻撃能力はないわ。
戦争の基本は補給路を断つことなんだけど、今回はそれほど、大きな影響力はないと思われるから。
だけど、いざと言う時のことも考えると、これも当然、潰す必要がある」
『小悪魔』と書かれた赤丸が、戦場からだいぶ離れたところに現れる。
「これが、紅魔館の、我々への攻撃の布陣と思われる」
聖輦船に正対する位置に突撃部隊、その後ろに、両翼にわかれる形で配置される砲撃部隊、そして、聖輦船の周囲を囲む遊撃部隊。
それは、数に物をいわせる人海戦術と表現することが出来るだろう。
だが、同時に、相対するものを一人残らず徹底的に粉砕する包囲作戦と言うことも出来る。
「今回、この遊撃部隊は聖輦船の砲撃が散らします。
先日の邂逅の際、紅魔館のメイドは小隊長クラスは全く侮れる相手ではないということが判明しました。
しかし、それも、聖輦船の本気を知らないからのこと。今回、聖輦船の砲撃をかいくぐって接近してこられるのは、遊撃部隊に所属するメイドのうち、一割もいないはずです。
接近してきたメイドの攻撃は無視します。彼女たちの攻撃程度なら、ダメージを受けても補修する方が早いからです」
村紗は手元で何やらコンソールのようなものを操作しながら一同に説明する。
彼女の指の動きに従って、前方のスクリーンの映像が切り替わり、『聖輦船』という文字が光を放つと、それを囲む遊撃部隊の表示が消滅していく。
「次に、突撃部隊。
この中で最も注意するべきは隊長の美鈴。彼女には恐らく、聖輦船の砲撃は通用しないでしょう。彼女が直接突撃してくるのか、それとも他の者たちの援護をするのかで動きを見極めます。
彼女が突撃してくるようなら、一輪。よろしくね」
「はいはい」
「彼女が他の味方を援護するようなら、砲撃をばらまきつつ、徐々に前に出ることで突撃部隊を押し返します。
さらに砲撃部隊への対処。
恐らく、聖輦船にもダメージを与えられる攻撃をしてくるはずです。
彼女たちはこちらの攻撃の射程外に位置し、そこから攻撃してくるでしょう。これについては防御行動を行いつつ、反撃を行います。
その際、彼女たちへの攻撃は、ぬえ。お前のベントラーに任せる」
「はいはーい」
「また、敵が接近してきた時用のベントラーも用意していて」
「用意できるのは、せいぜい、300とか400くらいだけど」
手持ちの『正体不明の種』がそれくらいしかないのだ、とぬえ。
それなら問題ない、と村紗はうなずく。
「万一のために、マミゾウさんはぬえの援護に回ってください」
「となると、わしの実質的な相手は、その砲撃部隊のおなごになるのかの?」
「ええ」
「ふむ。ならば、弱いものいじめにならぬようにせんとのぅ」
たとえ妖精といえども、数がいれば。そして、それなりの訓練をつんでいれば、決して油断できない相手のはずだ。
にも拘わらず、その相手を『弱いもの』と言い切ったマミゾウに、村紗は『さすがね』と内心でつぶやいた。
彼女一人いれば、恐らくではあるが、この砲撃部隊を壊滅させることも可能だろう。まさに一騎当千である。
「ベントラー部隊は、100を聖輦船の警備に。残りを砲撃部隊への攻撃に回して。
補給部隊が前線に合流してくるようだったら、そのうちの半分を足止めに」
「わかった」
「響子は、接近してきた敵の露払いよ」
「え? は、はいです、わかりました」
「あなたの能力は、聖輦船にとって、とても役に立つ」
よろしくね、と笑いかける村紗に、何か本能的なものを感じたのか、響子は背筋をびくっとすくませ、こそこそと白蓮の陰に隠れてしまった。
「また、この中で注意すべきが、自由行動すると思われる、フランドール・スカーレット。
これは厄介だわ。能力で言えばマミゾウさんにも匹敵する化け物よ」
『フランドール』と書かれた赤丸が画面に現れ、辺りを好き勝手に動き回り始める。
「聖輦船の砲撃ではこれを止められない。いざと言う時には、私か星、手が空いているようなら一輪が出て足止めをする」
「同時に接近されたら?」
「その時は適材適所。
メイド長は前に出てくることはないだろうから、接近を警戒するなら、レミリア、フランドール、美鈴の3人でしょうね」
そのうち、レミリアの相手は白蓮がすることに決定している。それは誰も口に出さない。誰もがわかっている、『当たり前』のことだからだ。
「最終目標はレミリアの撃墜よ。それで勝利はこちらのもの」
「船長。主砲は使わないのか?」
「状況次第ね。
こちらが押されてくるようなら、示威行動に出る必要がある。その際の目標は紅魔館よ」
「なるほどな」
「意外ね。いきなり主砲ぶっ放すもんだとばっかり思ってたけど」
「だって、それだと、大暴れできないじゃない」
「……」
ちょっぴり村紗を見直していたところがあったのだろう一輪は、彼女のその一言で、村紗の評価を地底に放り込んだ。
「村紗殿、それが油断にならぬようにせんとのぅ」
「まぁ、そうなんですけどね。
……っていうか、紅魔館って、今日、通常営業中ってあったのよ」
「あー……なるほど……」
「さすがに一般人もまとめて吹っ飛ばすのは、ちょっと気が引けるわ」
「ちょっとなんかい」
「それに、あそこ吹き飛ばすと、紅魔館提供のお菓子とか食事とか食べられなくなりそうだしね」
「それは困ります、村紗」
「そうだよ! それはひどいよ、村紗!」
「……ほら」
「……」
何だか、先ほどまでの緊迫した空気台無しであった。
ある意味では、こんな風に、『緊張感』と言うものから無用であるのが幻想郷らしい『戦』なのかもしれない。
しかし、それにしたって、状況的に言うのならば『空気読め』であった。
村紗の予定を根本から台無しにした、『どんな時であろうとも笑顔でお客様をお迎えする』紅魔館の営業方針は大したものであった。
「まぁ、そんな感じ。
あとはアドリブで何とかしましょう」
「ちょっと。重要なところ全部すっとぱしてない?」
「大まかな作戦、そして、敵の動きを想定したら、あとは実際にやってみないとわからない。
相手がどんな行動をしてくるか、どんな作戦を立ててくるかなんて、戦ってみないとね」
「……いいんでしょうか、これで」
「いいでしょう。充分です」
白蓮からもオーケーが出てしまったことで、一輪は口をつぐむことにした。
やれやれ、という意思表示だけは忘れずに。
「船長。前方に、紅魔館の部隊が見えてきました」
「さすがの数ね」
「彼女たちから、先日、連絡のあった『戦場』ももう少しですね」
「なら、なるべく急いであげましょうか。
誰を敵に回したのかを教えてあげるために、ね」
村紗の口許に危険な笑みが浮かぶ。
それを一瞥し、星は真面目な顔をさらに一層、引き締めてうなずいた。
――船がゆっくりと加速していく。
青空を切り裂き、進んでいく鋼鉄の戦艦。その威容は、幻想郷を震わせる――。
――第四章:開戦――
「美鈴さま。先行する偵察部隊より、聖輦船がこちらに向かっているとの報告がありました」
「了解。
パチュリー様から指示されている交戦地点まで移動する。全部隊に通達して」
「はっ」
巨大な編隊を組んで空を行く紅魔館部隊。
その先頭――突撃部隊を指揮する美鈴は、伝令役のメイドにそれを伝え、飛行する速度を上げた。
今回、戦いの場所としてパチュリーが指示してきたのは、紅魔館から東に1時間ほど飛んだところにある開けた空間である。
周囲には人里などはなく、また、森や山などといった自然とも距離が離れた、まさしく『決闘場』と言わんばかりの場所だ。
曰く、『いくらルール無用の戦いとはいえ、回りに出す被害は最小限にしないといけないでしょ。魔法少女的な意味で』
ということらしい。
最後の一言がなければ『なるほど』とうなずけるセリフであったが、余計な一言が追加されたせいで、美鈴は『いやそれどういう意味ですか』という言葉を喉元のところで飲み込んでいたりする。
「……にしても、けが人出ないで終わるのかな、これ」
はぁ、とため息。
なるべくなら、連れてきたもの達に痛い思いはさせたくないと願う美鈴は、やはりみんなから慕われる上司である。
それはともあれ、一同は飛行を続け、予定の地点へと到達する。
開けた空の上。
そこに展開する無数のメイド達というのはそれだけで圧巻の光景であった。
「ここに陣形を展開する。
各員に、予定の地点につくように指示をして」
「はい」
「美鈴さま! 聖輦船との距離が、あと1500メートルほどにまで近づいているとの報告!」
「速いな……。でかいから足が遅いと思ったけど……」
「何でも『待ち合わせ時刻には5分前到着がルール』というアナウンスをもらったそうで」
「律儀だなー……」
その辺り、さすがは白蓮であった。
ともあれ、一同は、そのせいでより忙しくなる。
事前に指示されている陣形を展開すべく、小隊長を基準として指示を出していくわけなのだが、やはりなかなかうまくはいかない。
何せ、これが初めての実戦というものまで混じっているのだ。
そういうもの達は残ってもいいというレミリアの言葉だったのだが、『皆さんが戦いに出るのに、わたしだけ残るなんて出来ません』と言う回答がなされたとか。
紅魔館のメイド達の結束は、誠、強いものであった。
「美鈴」
「はい」
その時、遅れて第二部隊を率いてきた咲夜が美鈴に合流する。
彼女が指揮をする第二部隊は後方に控える、援護・砲撃部隊である。その証拠に、彼女はすでに部隊の布陣を終えているのか、後ろを見ると、遥か彼方にメイド達が展開しているのが見える。
「相手はかなり手ごわいわよ。いいわね?」
「もちろんです」
「そう。
じゃあ、私、お嬢様のお着替えをしてくるわね」
「……あのまんまでいいじゃないですか」
「何を言ってるの。魔法少女といえば、かわいらしいふりふりのお洋服が基本じゃない」
「……あー、そーですか」
もう好きにして、と言わんばかりの美鈴を無視して、声をかけてきたメイド長は一方的に言いたいことを言って去っていった。
肩を落とす美鈴に、『門番長、頑張りましょう』『これが終わったら、門番隊みんなで美味しいお酒を飲みに行くんですよね。お店の予約もしてますよ』と、彼女直属の部下達が慰めに入った。
ちなみにその後、やおら回ってきた『今日のお嬢様』と書かれた写真を見た門番隊一同は、やっぱり美鈴と一緒にそろって肩を落としていたりする。
『今回のお嬢様達は、ちょっと悪そうなゴスロリ衣装でまとめてみました』
と書かれた写真には、かわいらしい、だけどちょっといたずらっ子な印象のレミリアとフランドールがびしっとポーズを決めて写っていた。
「美鈴さま! 聖輦船を確認!」
――とりあえず、そんな微妙な雰囲気に終止符が打たれたのは、それから5分後のことだ。
前方で偵察を行っているメイド達が声を張り上げる。
そちらに視線を向ければ、確かに、幻想郷の青空に浮かぶ異様な物体が見える。
巨大な戦艦。それがゆっくりと、しかし確実にこちらに向かって迫ってくる。
自然、体が緊張する。呼吸すら止めていたことに気づいた美鈴は、ふぅ、と息を吐いて、肩から力を抜く。
そして、彼女と同じように聖輦船を前に目を見開いていた部下の肩を、軽く、ぽん、と叩いた。
「さすがですね。もう皆さん、そろっているようです」
白蓮は、ブリッジの前方ディスプレイに映し出される映像を見て感心したようにうなずいた。
命蓮寺一同の中で、早速、ぬえが自分の席から立ち上がる。うきうきしたような足取りでブリッジを去っていく彼女を追いかける形で、マミゾウと響子が続いた。
「さて、この聖輦船の力、存分に見せてあげないとね」
「村紗艦長、期待していますよ」
「やめてよ、星。わたしはいつも通りに振舞うだけなんだから」
「……そのいつも通りが、本当にいつも通りの船長だったらよかったんだけどな」
「……ナズーリン。言っちゃダメよ」
「……もう勘弁してくれ帰してくれ……」
「……死なばもろとも」
ブリッジ前方で疲れきっている二人は互いにお互いを慰めあい、今日のこの日を乗り切れば、またいつもの日常がやってくると言う、そんな淡い希望だけを糧に戦いに臨むことを確認しあう。
「それでは、聖。
必要ないとは思いますが、一応、勧告をお願いします」
「わかりました」
渡されるマイク。
彼女はそれを手に口を開く。
『聞こえますか? 紅魔館の皆さん。
私の名前は聖白蓮。命蓮寺の住職です。本日はお日柄もよく、絶好のお散歩日和ですね。こんなにいい天気の日はお洗濯物がとてもよく乾きます。お布団などもお日様の光を受けてふんわり膨らんで、思わず寝るのが楽しみになってしまいますね。
あ、そうそう。聞いてください。
実は先日、命蓮寺で行っておりましたお茶会への出席者が通算100名を超えまして。どの方にもとても喜んでいただけて何よりです。皆さんも今度、いかがでしょうか? 美味しい和菓子を……え? 何? 村紗。え? 違う? あら、そうだったかしら……。
あ、ごめんなさい。こっちが正しい原稿ね。
すみません、皆さん。今のはなかったことにしてください』
「……ダメだこりゃ」
聖輦船から響いてくる白蓮のアナウンスに、美鈴は思いっきり肩を落とした。
見れば、自分が連れている部下達も同じ様子で、みんなして『どうすんのよ、この微妙な雰囲気……』と言う顔をしている。
『あー、あー、こほん。
前略、これより当命蓮寺はあなた方との戦闘行為を開始します。
そちらがこちらに対して手を抜かないように、こちらも、挑まれた戦いに対しては全力で応戦します。
そのため、どのような結果になろうとも、お互いを恨むことはなしにしましょう。
互いにフェアに、しかし、全力で。
いい勝負が出来ることを期待します』
「何か宣戦布告ってノリじゃないのよね……」
気勢を削がれる美鈴であったが、ともあれ、これで両者の戦闘開始は決定付けられる。
彼女はそれまでのノリを何とか振り払うように何度かかぶりを振った後、『よし』と気合を入れた。
「全員、戦闘態勢を!」
「さあ、見せてあげるわ。聖輦船の真の姿。
聖白蓮! 承認をお願いします!」
猛る気持ち。抑えきれない衝動に、自然、口許に笑みを浮かべていた村紗が自分の後ろの席に座る白蓮に向かって声を張り上げる。
「わかりました。
本要請を承認いたします」
「聖輦船、起動! アームド形態への変形を許可する!」
白蓮の指示。許可。それを受けて、村紗は宣言する。
この幻想郷の空に戦いを刻むことを。そして、それを演出する、無敵の戦艦が顕現することを。
村紗の掛け声が響き渡り、聖輦船が、ついに起動する。
前方の甲板が二つに割れ、ぐるりと回転しながら巨大な足となる。
船の左右側板が分離すると、無数の砲門を携えた巨大な腕となり、後部甲板が変形することで肩・頭が形成される。そして、船の下方からぐるりと回転する巨大な二本の柱が天に向かって突き立ち、ゆっくりと、その体が起き上がってくる。
「……これは……!」
「……すごいですね……」
その光景は、百戦錬磨の紅魔館とはいえ、驚きと戦慄を隠さずにはいられない。
ゆっくりと起き上がる巨人を前に、すでに何名かのメイド達は浮き足立ち、顔色を青くしている。
圧倒的なまでの存在感と、その威容。
それは、文字通り、息を呑む光景であった。
「聖輦船、変形完了」
「さあ、恐怖し、慄きなさい。あなた達が誰にケンカを売ったのか、教えてあげるわ」
村紗は聖輦船のブリッジから豆粒のような紅魔館の『敵』を見据え、笑う。
彼女は帽子のつばを直すと、宣言する。
「全砲門開け! 目標、紅魔館部隊! 砲撃開始ーっ!」
「美鈴さま、来ます!」
「事前の作戦を徹底させなさい! 全隊、攻撃開始!」
聖輦船の全身に生えている無数の砲台が光を放ち、一瞬の後、まさしく針の山のごとく砲撃を放つ。
普段、彼女たちが対峙する弾幕など、まさしく『遊び』にしか思えない凶悪な砲撃であった。
美鈴は部下たちに指示を下し、行動を開始する。
自分の身長よりも遥かに巨大なレーザーの間を縫うようにして飛び、聖輦船へと接近していく。彼女に続くのは、紅魔館の内勤メイドや門番隊の中でも特にエリートとされる面子だ。
それ以外の者たちは、すさまじい砲撃を前に、完全に足が止まっているのだ。
後ろで、そんな彼女たちを小隊長たちが叱咤・激励し、行動を起こすことを促している。だが、目の前の巨人を前に植えつけられた恐怖感など、そう簡単に拭い去ることは出来ないだろう。
美鈴は後ろを見ながら、『まずは、戦力半減か』と小さくつぶやいた。行動を起こせないでいるメイド達が動き出すまで、どれほどの時間がかかるか。そして、そのタイムラグが、今回の戦いにおいてどれくらい自分たちに不利に働くか。
その二つの要素を頭の中で考えながら、しかし、その視線は前を見据える。
「よし、攻撃を!」
放つ攻撃が聖輦船に着弾する。
しかし、そのような攻撃は、巨人にとっては痛くも痒くもない攻撃である。
その巨大な船体に、ぽつんと刻まれた小さな傷。それは、人間で言うならば、蚊が刺した程度の傷に過ぎない。
所詮、人間サイズの妖怪が放つ攻撃など、岩を砕く程度がせいぜい。しかし、聖輦船の攻撃は、一撃一撃が山をも粉砕するのだ。
「美鈴さま、これ以上の接近は不可能です!」
「バルカン砲の誘導を! 足の速い子達に任せて!」
「はい!」
「上空部隊、迎撃用の攻撃に気をつけて!」
「美鈴さま、前っ!」
「甘いっ!」
攻撃の最前線に立ちふさがる美鈴が、その声と同時、自分に向かって飛んできた巨大なエネルギーの塊を拳一発で粉砕する。
そのすさまじさに、その光景を目撃した者達から拍手喝さいが上がる。
「何を喜んでいるの! 急ぎなさい! 早く!」
「も、申し訳……!」
「危ないっ!」
伝令メイドがうろたえた瞬間、攻撃の回避が遅れ、彼女の眼前に聖輦船の攻撃が迫る。
その中で、危険を顧みず飛び込んできた、もう一人のメイドが手にした青い宝石を前にかざした。
攻撃が二人に直撃する瞬間、青い光が前方に分厚い結界を作り出し、聖輦船の攻撃を弾き飛ばす。しかし、衝撃を殺すことは出来ず、二人はそろって後ろに向かって吹き飛ばされる。
「パチュリー様の結界でもこれか……!
さすがにとんでもない相手ね!」
突撃部隊及び伝令・偵察部隊に渡されているパチュリー謹製の結界発生器。あの知識の魔女が作っただけあって効果は絶大であるが、果たして、それにいつまで頼ることが出来るだろう。美鈴の表情に、わずかに焦燥が生まれる。
だが、彼女はそれを振り払うように声を上げ、構えを取った。
その『とんでもない相手』を前に、文字通り、獅子奮迅の活躍をするのが美鈴である。先頭に立って味方を鼓舞し、圧倒的な力を持つ巨人を前に、一歩も引かないその姿は、頼もしいの一言だった。
彼女はその位置取りをすることで、後ろに控える味方に、少しでも攻撃が行かないよう、体を張って砲撃を食い止めているのだ。
飛んでくる巨大なエネルギー砲を爪で引き裂き、弾丸は足で蹴飛ばし、大した威力を持ってない(一撃で半径数十メートルのクレーターを作るくらいの威力はある)攻撃は片手一本で受け止める。
「……美鈴さまって化け物?」
「貴女、美鈴さまが、どうして門番やってるか知らないの?」
「え?」
その光景を見ていたメイドに、年配のメイドが声をかける。
「門番って言うのは、何かがあったとき、真っ先に敵と相対し、それを足止めする役割よ。
半端な実力者が任される役職のわけないでしょ」
彼女はそう言って、後輩の肩を叩くと、『美鈴さま、お手伝いします!』と、聖輦船から放たれる対空バルカンを迎撃していく。
一人、残されたメイドの少女は『……すごいところだなぁ、紅魔館って』と、今更ながら、場違いに納得したのだった。
「さすがは、紅魔館の門を預かる存在ね。
まさか、聖輦船の砲撃を前に、よけようともせずに立ち向かってくるとは思わなかったわ」
聖輦船という巨人を相手にしながら一歩も引かず、立ち向かってくる英傑の姿に感心する村紗。
彼女はその瞳で、しかと『美鈴』という相手を見据えながら、しかし、その唇には小さな笑みを浮かべている。
「船長。敵の攻撃は……」
「そんなもの捨て置きなさい。攻撃を集中されたところで、たかだか砲門が一つ二つ潰されるだけ。
城壁も破壊できない兵器が城攻めのなんの役に立つ?」
相手から加えられる被害は、村紗の言うように軽微なものであった。一応の報告をするナズーリンも、村紗の言葉に『確かにその通りだ』とうなずかざるを得ない。
そして、彼女の報告を一蹴した村紗は、しかし、『あの女に攻撃を集中させなさい』と指示を下す。
美鈴をまず潰し、船の周囲を飛び回る、うるさい『蝿』を追い払うつもりなのだろう。
冷静に。そして冷徹に。
かつて、多くの船を沈めてきた『女』の瞳が光る。
「メイド長。攻撃が始まりました」
「そのようね。
砲撃部隊! 展開を!」
聖輦船の砲撃の外で様子を監視するのは、咲夜率いる後方援護部隊だ。
相手の攻撃の射程外とはいえ、巨大なレーザーを光らせ、美鈴率いる突撃部隊の相手をしている聖輦船を見つめるメイド達の表情は硬い。
「メイド長」
「何?」
「伝令より報告。
さすがの美鈴さま。聖輦船の砲撃を一人でいなしているそうです」
「……そう」
どこかほっとした表情を見せた彼女は、次の瞬間、その顔を引き締め、声を張り上げる。
「敵はこちらの攻撃など蚊の刺すようなものと思っているはずよ!
その思い上がりを叩き直してやるわ! わかっているわね!?」
「はい、メイド長!」
「よし!
全砲撃部隊、構え! 砲撃、放てっ!」
「船長! 前方より高エネルギーの接近を確認! 直撃するぞ!」
「……へぇ」
画面の向こうからこちらに向かって迫ってくる、七色の閃光が聖輦船のあちこちに着弾し、轟音を上げて爆発する。
それは、先ほどまでのメイド達のちまちました攻撃などは比較にならないほどの攻撃だった。
一発で聖輦船の砲門がいくつか潰された上、その分厚い装甲が抉られる。
さらに、それだけでは留まらず、二発目、三発目が次々に聖輦船に直撃する。
「大した威力ね。
村紗、これは想像していたの?」
「まぁ、ね。
相手が城攻めを考えているなら、その城の城壁を崩さないといけない。城壁を崩すのに必要なのは強力な力。
昔だと投石器とかあったけど、今はそんなローテクなものは使わない。
そして、あちらには、魔女と呼ぶにふさわしい魔女がいる」
彼女の視線は白蓮へ。
彼女の示す魔女と同じ、『魔法』を使う彼女は、村紗の視線を受けても反応を示すことはなかった。
村紗は小さく、肩をすくめる。
「なら、その魔女の力を借りてくるのは当然でしょ?」
「確かにね」
「何をほのぼのしてるんだ、船長! 聖輦船のダメージが大きくなるぞ!」
会話をしている間も、紅魔館側からの砲撃は続く。
次から次へと聖輦船のあちこちで爆発の花が花開き、振動がブリッジにも伝わってくる。
ナズーリンの言葉に、しかし、村紗は全くうろたえない。
「ナズーリン。あなた、この船がその程度のことで揺らぐような船だと思ってる?」
「それは……」
「こちらは攻撃をよけることが出来ない。分厚い装甲に任せて、攻撃を受け続けるだけの『でかい的』。
そう思っているのがよくわかる攻撃ね」
彼女は笑っていた。
余裕の笑みを浮かべ、自分の席から立ち上がろうともせず、あろうことか足すら組んでいた。
その笑みを深く、鋭くした彼女は、『ちょっと思い知らせてあげましょうか』とつぶやく。
「自分たちが、いかに無力な存在であるかをね」
「さすが、パチュリー様の道具ね」
砲撃を担当するメイド達が持っているのは、彼女たちの身長よりも巨大なバズーカ砲だ。
これを作ったパチュリー曰く、『周囲の魔力を収束・蓄積させた後、三重の増加・加速システムを経て放出する魔力砲よ』とのこと。
あまりよくわからない解説ではあったが、その威力は『魔理沙のマスタースパーク10発分には匹敵する』とのことだ。
あの虹色怪光線の威力は、紅魔館のメイドなら誰もが知っている。
それを、手元の引き鉄を引くだけで連射できてしまうのだから、パチュリーの技術力と知識には恐れ入ると言うものである。
「攻撃のエネルギーが尽きたらすぐに後ろに下がりなさい! 下がった分は他の子が埋めること!
それから、可能な限り、敵の砲門を狙いなさい! 少しでも前方部隊の負担を軽くするのよ!」
「わかりました、メイド長!」
威勢のいい返事をしたメイドが、バズーカに備え付けられたターゲットサイトを覗き込みながらトリガーを引く。
放たれる閃光は、そのまま聖輦船に向かい――直後、その船体で炸裂するはずが、その期待は裏切られる。
船に届くかなり前で、彼女の放った閃光は、左右に流れるようにして吹き散らされた。
それだけではない。彼女たちの攻撃にあわせるかのように、聖輦船の周囲で光が煌き、攻撃を弾いているのだ。
「あれは……まさか、バリアー!?」
声を上げる咲夜が、隣に控える伝令のメイドから遠距離用のスコープを受け取り、それを覗き込む。
メイド達の砲撃が放たれるたび、聖輦船の前方に現れる光の壁。それが、こちらの攻撃にあわせるようにして忙しく動き回り、次から次へと砲撃を受け止めている光景があった。
「……ちっ。
やはり、そう簡単には沈んでくれそうにないわね!」
咲夜の声が、その場に響き渡る。
「どうかしら。聖輦船が、ただの図体のでかいだけの船だと思っていた?
だとしたら完璧に計算を間違えたわね、紅魔館。
ナズーリンのペンデュラムが示す地点に反応して、自動で展開されるピンポイント法力バリア。
何の対策もせずに、船が前に出ることなんてありうると思ってるの?」
妙に説明くさいセリフを口にした村紗は、『これが実力の違いよ』と宣言して、さらに指示を下す。
「誘導ミサイル、放て!」
「メイド長! 聖輦船から放たれた攻撃がこちらに向かってきます!」
「迎撃部隊、前に! ミサイルを撃墜しなさい!」
聖輦船の攻撃の射程は、事前に全メイドに通達されている。
しかし、どう頑張ってもその射程外に逃れられなかったのが、この誘導ミサイルだ。
このミサイルの射程外まで逃げるとなると、こちらの攻撃が全く届かなくなってしまうのだ。
だから、ミサイル対策として、咲夜が新たに編成・引き連れてきたのが紅魔館謹製の『迎撃部隊』である。
彼女たちはいずれも、目元にスコープを装備していた。
そして、隊長の号令一下、一斉に閃光弾を放つ。その攻撃はこちらに向かって飛んでくるミサイルを次々に撃ち落とし、砲撃部隊の遥か前方に、いくつもの光の花を咲かせる。
彼女達が装備しているスコープも、やはりパチュリー謹製の品物だ。
1秒後に『何』が『どこ』に存在しているか、を無数の計算式をもって判断し、画面の内側に映し出す『未来予測』機能を備えているのだ。
それを利用することで、特に狙撃に定評のあるメンツで集められた彼女たちは自分たちに接近してくるミサイルの位置を瞬時に把握し、撃ち落とすことに成功しているのである。
「砲撃部隊、撃ち方、やめ!
一旦攻撃を終了! 後ろに下がって指示を待て!」
「はい!」
聖輦船のバリアのため、攻撃が通用しなくなったのを確認してから、咲夜の次の指示が飛ぶ。
バズーカを構えていたメイド達が後ろに下がり、代わって前に出てくるのは――、
「メガランチャー部隊! 配置につきました!」
「照準、合わせ! 目標、敵戦艦! 撃てーっ!」
ごっつい、それこそメイド数人がかりでなければ運べない巨大な砲を携えたメイド達が前に出てくる。
その砲の巨大さはそれこそ常軌を逸しており、まるで破城砲のごとく。
一人が砲座につき、それ以外のメイド達は砲の下部に取り付けられた支えを持って砲を構える。
そして、咲夜の指示の下、一気に五つの閃光が幻想郷の空を切り裂いた。
それまで彼女たちが放っていたバズーカの閃光など、それこそおもちゃか何かにしか見えないような巨大な閃光は、そのまま聖輦船へと向かっていく。
「船長!」
「ガキの遊びではないということね!」
放たれた閃光は聖輦船のバリアを粉砕し、直撃した。
その爆発と衝撃はそれまでの攻撃の比ではなく、冗談抜きに、全長2000メートルの巨大戦艦が揺らぐほど。
前方のディスプレイにダメージを受けた箇所と被害報告が映し出され、聖輦船のあちこちのブロックが赤く染まっているのが報告される。
「修理と消火を急いで! 二発目に備えるのよ!」
「村紗。さすがにこれは想像してなかった?」
「ちょっとね」
こうした破城砲の類も、彼女たちが用意してくるだろうということを、村紗は想像している。
その想像をもって、聖輦船のバリアを使用しているのだ。
彼女の想像通りであれば、紅魔館側から繰り出される攻撃は、聖輦船のバリアを抜けることは出来ないはずだった。
しかし、現実は違う。
「……やってくれるじゃない。なかなか面白いわ」
「星!」
「ここまでの予想はしていますよ。
ですが、相手の攻撃の威力までは想像通りとはいかない。偵察部隊がうちにいればよかったのですが、あいにく、そういうことに長けているのはぬえだけ。
しかも、そのぬえも、紅魔館の深くまでは入れないのですから」
フランドールという有用な情報源はいても、それから全ての情報を聞き出すのは難しい。
何せ、相手はお子様なのだ。無邪気なお子様に、難しいことがわかるはずもない。
情報を入手することと、その深いところまで入り込むのとは、また別物なのだ。
「戦力では上回っているかもしれないけど、情報戦では負けているということね」
「認めたくないけどね」
一輪の評価に村紗はつぶやく。
戦の趨勢を喫するのは、何も将の采配や兵の優劣だけではない。情報こそ最大の武器となりうることもあるのだ。
相手の状態を明確に判断することが出来なければ、いくら優秀な軍師であろうとも正確な判断を下すことは出来ない。いくら優秀な兵士であろうとも、正確な指示と状況判断が出来なければ戦果を挙げることは出来ない。
命蓮寺に、その手の技術・能力について長けたものがいないのは致命的な欠点でもある。
「相手はそこを突いてくる――相手の弱点を狙うのは、別段、悪いことではないものね」
「そういうこと。
……にしても、あの魔女がこれだけの威力の武器を、こんな短期間で作ってくるとはね。さすがに、若干、当てが外れたわ」
「幻想郷では常識にとらわれてはいけない、ってどこかの子が言っていたわね」
「まさしく正解の言葉ね」
一輪の皮肉にも、村紗の顔から笑みは消えていない。
これほどの状況になりながらも、彼女は、全く脅威を感じていないのだ。
多少の想定外――トラブルがあった方が、戦いは面白い。まるで戦闘狂のような思考であるが、村紗は確実に、今の状況を愉しんでいた。
「船長、攻撃部隊が勢いづいてきたようだ。じりじりと距離を詰められているぞ!」
「ふん。だから何? そんなことで揺らぐような船ではないことを教えてやるわ!
全砲門、アクティブ! 接近してくる敵を撃ち落とせ!」
「美鈴さま、敵砲台の動きが変わりました!」
「弾幕の分厚さが今までの比じゃない……!
一旦、接近をストップ! 様子を見る!」
これまでは砲台の軸を基点に120度程度の動きしか見せていなかった砲台が、突然、その動きを激しくする。
攻撃の合間を切り抜け、前方に向かった偵察部隊のメイドが見たのは、それまで砲台の動きを規制していた隔壁が開き、砲台の移動角度がさらに自由になっていると言う光景。それに伴い、辺りで激しく響くモーター音だった。
それによってさらにアクティブな運動が可能になった砲門が、己の周囲を飛び回る敵を、より鋭く、激しく追尾するようになったのだ。
「あの攻撃を見て防御を捨ててきた? いや、違う……。こっちを少し脅威に思い始めたってところ!?」
前方から飛んできた弾丸を掴んで受け止めると、美鈴はそのままそれを相手に向かって投げ返す。
そのありえない攻撃は、砲撃を放った砲台自身に直撃し、炸裂する。
「咲夜さんに連絡! あのキャノン砲は効いている! 以上!」
「はっ!」
「定時通達! 迎撃された子は!?」
「今のところはいません! 負傷者は数名!」
「傷を負った子は後ろに下げて! 別の子を連れてきなさい!」
「了解しました!」
「……いいじゃない。この空気。
戦っているって気がするわ!」
自分を上回るサイズの巨大レーザーを前に、美鈴は宣言する。
彼女の左手に淡く光が点る。そして、彼女はためらわず、レーザーの前に立ちふさがった。
「そうそう! これよ、これ! これが戦いっていうやつよ!」
元より、妖怪と言うのは、少なからず好戦的な一面を持っている。
それを示すように、普段は温和で昼行灯な美鈴が、戦いを愉しんでいた。
聖輦船の巨大レーザーを左手一本でいなし、彼女の笑みが深くなる。
「接近して殴れないのが惜しい!」
肉弾戦を好む彼女は、次々と、味方を狙う攻撃を弾き、粉砕し、愉悦の笑みを深くする。
その光景を見て、あるメイドはつぶやく。
――美鈴さまが門番をやっている理由がわかった、と。
「ちっ……!」
村紗が舌打ちする。
咲夜率いるメガランチャー部隊の二度目の攻撃が聖輦船に突き刺さったところだ。
さらに赤で塗られたブロックが増え、ブリッジからも船が火柱を上げているのを確認することが出来る状態である。
この状況下では、さすがに彼女の表情にも余裕の色が薄い。
「船長! 第8ブロックが修理不能なくらいに損傷! 大穴が空いている!
第13ブロック、第19ブロック大破! 第3と第5も併せて被害は甚大!」
「周囲の隔壁を閉じて、火が外に回らないようにして!
艦内、補修を急ぎなさい!」
「村紗」
「なぁに、大丈夫ですよ。聖。
――とはいえ、圧勝を予定していたのに、まさかここまで楯突かれるとはね。
この聖輦船一つで勝てる相手ではない? まさか。それ以外の『力』に活躍の場を与えてくれたと言うこと? そういうことね」
彼女は苦笑を浮かべると、足下の床をだんと踏み鳴らす。
「……面白い」
自分の自慢の船が傷つけられた怒りか。それとも、久しく見る『強敵』を前にした嬉しさか。
村紗の表情が変化する。
彼女はようやく、椅子から立ち上がる。
その場に仁王立ちになる彼女は、右手を振り上げ、鋭い指揮を飛ばす。
「ナズーリン! ぬえ、響子、マミゾウさんに連絡! 暴れてもいいわよ!」
「了解した!」
「さあ、紅魔館。あなた達が相手にしているのは聖輦船であると共に、わたし達、命蓮寺であると言うこと、まさか忘れていないわよね?」
不敵な笑みを浮かべて、彼女は宣言する。
――戦において、勝敗を決するのは優秀な将、優秀な兵、そして、優秀な策。
その三つを兼ね備える組織の一つが、この命蓮寺。
そして、同じく、それらを兼ね備えるのが紅魔館。
互いの激突によって必要とされるのは、それら要素の優劣。すなわち、『どちらが優秀であり、強いか』という単純な比較。
両者はこの戦いに、その全戦力を投入してきている。
だが、現時点で、その戦力全てを使っているわけではない。
いつの世も、切り札と言うものを持ち合わせるものは強い。そして、切り札の数は、多ければ多いほど、より強い。
「聖輦船! 敵部隊への砲撃を継続! 互いの連携を意識するようにしなさい!」
村紗の指示に、聖輦船は的確に応えてくれる。
この船が意識を持っているかのように。己の手足として、見事にこの巨大な船を操る村紗のその姿は、この船を、まるで魂あるものとして動いているかのようにすら錯覚させる。
「えっ!?」
と、声を上げた時にはもう遅い。
目の前に迫った弾丸を回避することが出来ず、突撃部隊のメイドが一人、脱落した。
「お姉さまっ!」
「まずい……! 直撃よ! 怪我がひどい! すぐに後ろに! 救護班を!」
「お姉さま、しっかりしてください! お姉さま!」
「動かさないで! あなたも後ろに下がりなさい! ここは……!?」
爆音。そして悲鳴。
突然増えた味方の被害報告に、指揮官を務める美鈴は『全隊、後退』の指示を下す。
しかし、そんな彼女たちを逃がさないとばかりに、攻撃が集中する。
一度通り過ぎた、あるいは全く別の方向に向かっていた攻撃が、突然、軌道を変えて迫ってくるのだ。
その変則的な狙いに対応できず、次々とメイド達が撃墜されていく。
「偵察部隊! 報告を急げ!」
上がる指示に、偵察部隊の瞳が忙しなく周囲を動く。
その時、その中の一人がある光景を捉えた。
「あそこよ!」
「あれは……響子ちゃん?
そうか! 彼女の能力で砲撃を反響させて……!」
「お姉さま、後ろ! よけてくださいっ!」
「嘘っ……!?」
さらに、また一人、脱落者が出てしまう。
聖輦船を中心とした空域に花開く炎の光。あっという間に、美鈴率いる紅魔館の突撃部隊はその数を減じ、戦闘可能なものは半数以下にまで数を減らしてしまっていた。
しかし、その中にあって、偵察部隊のもたらした報告は有益なものだった。
聖輦船のすぐ近く――ちょうど肩の位置にあの山彦妖怪、響子が立っている。
彼女の能力で、一度、放たれた攻撃を無理やり捻じ曲げ、あるいは反響させることにより攻撃の軌道を変化させ、突撃部隊のメイド達を狙い撃ちにしているのだという報告が、美鈴へとなされた。
「やってくれる……!」
これは恐らく、上のものの指示なのだろう。
その攻撃は美鈴ではなく、増えた被害に右往左往しているメイド達を狙い撃ちにしている。
戦闘経験の浅い者達から順々に減らし――つまりは、自動で狙いを定める砲台のために『的』を減らし――、残った者達が聖輦船の弾幕に対処できないようにしようというのだろう。
「弱い奴から順番に叩く……戦術の基本だけれど、実際にやられると腹が立つ!」
美鈴の攻撃は響子に向く。
だが、彼女の攻撃は、元々、射程の短い攻撃だ。響子に届く前に、それは虚空に消えてしまう。
「彼女の能力の範囲外に退避! 回避に自信のない人から順番に! 急いで!」
「は、はい!」
「一度下がって態勢を立て直す!
それを咲夜さんにも……!」
「美鈴さま! メイド長から報告! 見たことのない新型ベントラーに襲われている! 敵はひきつけるから、これ以上、下がってくるなとのことです!」
「押されてきたか……!」
視線を後ろに向ければ、確かに、咲夜たちが展開している部隊が何やら動揺しているのが見える。
それが恐らく、報告にあった、新型ベントラーの奇襲によるものなのだろう。
美鈴は舌打ちした。
やはり、命蓮寺の戦力は強大であり、そう簡単に勝利をもぎ取れる相手ではなかったのだ。
それは事前からわかっていた事実ではあったが、改めて、眼前に敵を前にすると意識が入れ替わる。
「油断があったかな……」
彼女は、そうつぶやき、『ちっ』と舌打ちした。
「いけそうかしら……」
咲夜はつぶやく。
彼女の周囲を取り巻くメイド達は『やったやった!』と大騒ぎしている。
砲撃部隊の攻撃は予想以上の戦果を挙げ、聖輦船に大ダメージを与えることに成功しているのだ。
惜しむらくは、その戦果を挙げた武器が連射が不可能であり、次の砲撃までに時間がかかるということなのだが、このままの状態を維持できるのなら、その欠点は欠点とならないだろう。
「メイド長、次の砲撃まで、あと3分!」
「急ぎなさい」
「畏まりました!」
聖輦船は、未だ、前には出てこない。
こちらを攻撃の射程に捉えているのはミサイルのみ。そのミサイルも、迎撃部隊による分厚い弾幕のカーテンが全て撃墜し、この部隊に損害を与えるには至っていない。
あの船が前に出てくるとしたら、あれから放たれる砲撃を逃れるための布陣を組まなくてはいけない。
しかし、今のところ、その兆しはなかった。
美鈴率いる突撃部隊の足止めが成功しているのか、それとも聖輦船自体がこちらを侮っているのか。あるいは安全策をとり、敵をある程度、蹴散らすまでは動くことを考えていないのか、そこまではわからないが、考慮する必要もないだろう。
彼女たちには、今の彼女たちに出来る範囲で最大の戦果を挙げることが求められている。それを可能な限り、達成し続けるのが彼女たちの仕事なのだ。
「よし、チャージは終わったわね!? 三発目の砲撃、用意!」
咲夜の指示の下、メイド達が更なる攻撃を相手に加えるべく、動き出す。
唸りを上げるランチャーの砲門に光が点り、その先に聖輦船を捉える。
「用意! う……!」
咲夜が声を上げる、その瞬間、突如としてメイド達の間から悲鳴が上がった。
「砲撃中止! 何事!?」
状況確認のために指示を飛ばす咲夜を圧して響く爆音。
見れば、聖輦船に対して大ダメージを与えられる、現状唯一の武器の一つが火を噴いている。
慌ててメイド達がそれを消火し、修理しようとするのだが、機構が複雑すぎるのか首を左右に振るばかりだ。
「状況の把握に努めなさい! 小隊長! どうなっているの!?」
「敵の攻撃です!」
「攻撃!? 一体何が……!」
「あれです! メイド長!」
示された先――青空に、一瞬、黒い影が見えた。
目を凝らす咲夜。
その視線の先に見えるのは、何やら高速で飛びまわる物体。それが、自分たちを囲む形で何十という数が確認できる。
「ベントラー!?」
「今まで確認されていたものとは違います! 新型です!」
こうした攻撃を加えられる兵器は、聖輦船側にはぬえの操るベントラーしかいない。
常に周囲を索敵し、相手の接近に目を光らせている紅魔館部隊に、無音かつ気づかれないように接近するなどと言う芸当は、たとえ、マミゾウクラスの妖怪であろうとも不可能――咲夜は、そう断言している。それは決して、自分たちの実力を過信しているのではなく、彼我の戦力を比較してのことだ。
だが、ぬえは違う。
あれはこちらの規格に当てはまらない『不思議』を持っている相手だ。
本体そのものの持つ『不思議』を察する訓練は、メイド達にさせてきた。だが、その取り巻きといえるベントラーまでは、さすがに対応が出来ない。
なぜなら、ベントラーとは、あの正体不明の妖怪が持つ『正体不明』の『不思議』が顕現したものであるからだ。
しかし、あれは色とりどりの、デフォルメされた空飛ぶ円盤のような形状をした物体だった。
これは違う。
いや、これもベントラーなのかもしれないのだが、それまで確認されてきた『ベントラー』とは全く別の代物だった。
「攻撃! ベントラーを撃墜しなさい!」
「動きが速すぎて狙いが定まりません!」
「不可能と言う言葉は不要よ! 一人で不可能ならみんなと連携しなさい!」
小隊長を務めるベテランメイド達が若手のメイドを叱責する。
その彼女は、高速で飛び回るベントラーらしきものを視界に捉えると、攻撃を放ってそれを移動させる。そして、それが移動してきた先にいたメイドが、見事、『それ』を撃墜することに成功する。
「……何これ」
それはやはり、これまでに倒してきたベントラーとは全く別物であった。
報告を得た咲夜は、部下が撃墜したベントラーに視線を向ける。
大きさは、大体、全長60~70センチほど。翼を持った鋭角の形状をしており、確かこれを、外の世界では『戦闘機』というのだということを、咲夜はパチュリーから聞いて知っていた。
「あの形状のベントラーだと、戦う手段が限られているから、こういうのを作ってきたということ……」
うろたえ、逃げ惑うメイド達を一人一人、確実に食らいついて撃墜していくベントラー達。
その様は、文字通りの『ドッグファイト』であった。
咲夜は一瞬だけ瞳を閉じて息を吸い込むと宣言する。
「各員、ベントラーを撃墜! 攻撃方法はいつもの通り、あなた達の得意な戦法で行くわ!」
言うが早いか、彼女の投げつけたナイフがベントラーを一機、捉えた。
がつっ、という音と共にナイフがベントラーの胴体へと突き刺さる。
しかし、その程度では撃墜されないベントラーは、その機首を咲夜に向けようとする。
次の瞬間、それの背後に接近していたメイドが、そのベントラーを撃墜する。
「私たち、紅魔館の者たちの最強の武器! それはチームワーク! いつもの結束を思い出しなさい! いいわね!?」
三次元に空間を飛び回り、機首から高速のバルカンを放ってくるベントラー達。
その直線攻撃を咲夜は回避すると、反撃で放つナイフで敵機を撃墜する。
「第1、第4、第7、第15はランチャーを死守しなさい! それが今の、私たちの一番の武器よ!」
「了解しました!」
「第3は第9の援護! 側面に気をつけなさい!」
味方部隊から切り離され、孤立している部隊の救援を向かわせると、咲夜の視線はベントラーに戻る。
「なんていうスピード……! これじゃ、戦闘経験の浅い子達じゃ太刀打ちできないわ」
勇ましく味方を鼓舞しつつも、敵勢力の観察は忘れない。
ベントラーの空間機動力は大したものだ。紅魔館のメイドにとって、『足の速い敵』として誰もが認識しているのは、あの霧雨魔理沙であるが、このベントラーは彼女の素早さなど相手にしないほどの高速で周囲を飛びまわり、攻撃を仕掛けてくる。
人間のみならず、生き物には出来ない急加速・急制動・そして急角度でのターンをこなし、こちらの攻撃を回避しつつ、反撃を繰り出してくるベントラー達。目で追いかけることは出来ても体がついていかず、それどころか、大半のメイド達は相手の動きを目で追いかけることすら出来ていない。
その彼女が、このベントラー達を脅威と認識する。その認識が周囲の部隊にも伝わったのか、小隊長を中心としたメイド達は、皆、決して離れようとせず一個の『部隊』となって敵ベントラーと対峙する。
この相手に食らいつけるのは咲夜を始めとした、腕利きのベテランメイド達のみ。それ以外のメイド達は、彼女たちをフォローするための『支援砲台』としての役にしか立てなかった。
「こいつ一機に、紅魔館のメイドが5人必要……? 全く、バカげた話だわ!」
しかし、そうでもしなければ全く対処が出来ないのも事実であった。
相手の動きは非常に素早く、また、その攻撃の狙いも正確だ。右往左往しているメイド達は片っ端から、ベントラーの前に蹴散らされてしまっている。
次から次へと被害報告が増え、あちこちで仲間の悲鳴が響き渡る。それがさらに、戦闘経験の浅いもの達の焦りを、恐怖を生み、被害が負の連鎖で次々に拡大していっているのだ。
咲夜のように単騎でベントラーと渡り合える者達もいるのだが、それはごく一部。ほとんどのメイドはスクラムを組み、互いに連携しながらベントラーを誘導し、どうにかして撃墜、という程度であった。
「こんな短期間で、こんなものを出してくるなんて……!」
咲夜は歯噛みし、そして憂さ晴らしとばかりに、手近なベントラーを撃墜する。
「全隊! この襲撃を蹴散らすまで、油断は……!?」
突如として、咲夜の周囲で爆発が発生する。
何事かと辺りを見渡せば、見えるのは先のベントラー達ばかり。さらなる新型かと目を凝らせば、違う。
「ミサイル!?」
ベントラー達は機首からのバルカン砲以外の攻撃も持っているようだった。
高速で飛び回る彼らは、翼の下から10を数えるミサイルを連発して放ってくる。
誘導性能は甘いものの、突如の攻撃にうろたえるメイドを攻撃するには充分な性能のそれをやたらばら撒き、攻撃してくるのだ。一発一発の破壊力は、それほど大きくはないだろう。しかし、連続して命中すれば、あるいは急所に直撃すれば、充分、撃墜されてしまうだけの威力も、そのミサイルは兼ね備えている。
そんなものを連続してばら撒かれては『苦戦』の一言で現状を片付けることさえ出来ない。
「何という……!」
さすがの咲夜も苦戦を感じる。
バルカン砲だけならば余裕で回避できるのだが、その回避を制限するミサイルを乱発されては手出しのしようがなかった。
反撃するにも、ミサイルの爆煙が視界を邪魔し、攻撃の効率をとことん落としてくれる。
それでも、敵の軌道を先読みし、事前に攻撃をばら撒いておくくらいのことは出来る。
咲夜はそれを狙い、一機のベントラーに狙いを定めて攻撃を放った。
しかし、
「嘘っ!?」
その攻撃をベントラーはよけた。
正確には、よけたというより、軌道を変えることで回避したのだ。
戦闘機形態から人型形態へと変形すると言う、常軌を逸した姿を見せて。
「いたっ!」
「メイド長!」
人型ベントラーが、手に持ったバルカン砲を咲夜めがけて連射する。
一瞬の動揺で足が止まった彼女の手を、そのバルカンが直撃した。
咲夜はナイフを取り落とし、赤い血のにじむ手を押さえて後ろに下がる。その彼女をカバーする形で割って入ったメイドが、人型ベントラーを撃墜する。
「大丈夫ですか、メイド長」
「……ええ、大丈夫。ちょっと痛いだけ……」
「今、手当てします」
「……ありがとう。
けれど、これは……」
「メイド長は少し後ろに下がってください。あなたは、我々、メイド部隊の指揮官です。
指揮官が怪我をしたことが知られたら、経験の浅い子達が総崩れになります」
「……そうね」
「ここはお任せを」
にこっと笑った彼女は、咲夜の手に包帯を巻くと、軽い敬礼をして戦場に戻っていく。
咲夜は唇をかみ締めながら、彼女に言われた通り、一旦、その場を離れた。ベントラー達の攻撃を避けるべく、戦場から少し遠ざかっていたランチャー部隊に合流し、そこから指揮をするつもりだった。
「……かなり押されているわね」
砲撃部隊を指揮するメイドがつぶやく。
こちらに下がってくる咲夜の背中を見ながら、彼女は歯噛みした。
彼女は先ほど、咲夜が相手の攻撃を受けたのを見ていた。紅魔館でも指折り、そしてメイド部隊の中では間違いなくトップクラスの実力を持つ咲夜ですら、攻撃を避けることの出来ない、油断の出来ない『雑魚』。
それらが自分たちの周囲を取り囲み、攻撃してきている状態に、彼女は緊張の面持ちを隠せないでいる。
さすがの命蓮寺、楽に勝たせてもらえるとは思っていなかったが、これほどまでに苦戦するとも思っていなかったのだ。
新型のベントラーによる攻撃で、援護部隊のメイドはすでに3割以上が戦場から脱落している。聖輦船に決定打を与えることの出来るランチャー砲も一基が破壊され、残り四基。これは甚大な被害と言い換えることが出来る。普段なら、ここで作戦を変更し、戦い方を根本から練り直さなければいけないほどの被害だ。
しかし、それを簡単に出来ない事情もある。
突撃部隊の方も、響子による支援攻撃のために、数が半減しているとの報告まで来ているのだ。
合わせると、紅魔館の攻撃部隊はすでに4割もの数が戦闘不能に陥っている。これでは、もはや作戦の遂行を断念し、一旦、撤退を考えるレベルの状態である。
唯一、無傷なのはレミリアの周囲を固める近衛部隊と補給・偵察部隊だが、彼女たちを戦力として考えるには、この戦場では分が悪い。
今回、紅魔館側は村紗たちの考えているような遊撃部隊を利用した挟み撃ち戦法を使用していない。
相手は巨大な『聖輦船』と言う名の城だ。拠点をこじ開けるには別働隊による時間差攻撃は効果的だが、今度の相手にはそれが通用しないと判断したのだ。
全方位に対してすさまじい弾幕を展開できる聖輦船を相手にして、部隊を分けて攻撃するのは無意味だと考えたのである。
そして、遊撃部隊の面々は、突撃部隊の面々がこなす役割とは違う訓練しか受けていないため、彼女たちと同じように行動することが出来なかったのが、その理由であった。
「困ったものね」
「……ええ。このままだと、もっと戦法を練らないとどうしようも……」
横手からかけられるメイドの声に、彼女は応えた。
腕組みをしながら、じっと、目の前の戦場を見据える。
「今から、その余裕があると?」
「ないわね。
一度、戦端が開かれた以上は、まともな休み時間なんてないし……」
ちらりと、彼女は隣に立つメイドを見た。
年齢はそれなりだろう。見たことのない顔であったが、紅魔館で働くメイドの顔を、彼女は全員分覚えてなどいなかった。
自分の知らないメイドだろう――彼女は、そう判断した。
「なら、座して負けを待つしかない?」
「そんなはずはないわ。
我ら紅魔館に敗北なんて……」
「敗北はない――かもしれないけれど、油断はあったようじゃの?」
「え?」
――直後、悲鳴が上がる。
「あれは……!」
後ろに下がった咲夜が見たのは、砲撃部隊のメイドのほとんどが撃墜され、戦いの場から脱落している現状だった。
残ったランチャーは二基。それ以外の砲は、そして、それを守っていたメイドは、すでに戦える状態ではない。
原因は――、
「ほっほっほ。
なかなか面白いおもちゃをこしらえてきたものじゃが、ちと、それに頼りすぎではないかの?」
「貴女は……マミゾウおばあさま……!」
メイドの姿に変装したマミゾウが、そこにいた。
つい先ほどまでは隠していたトレードマークの尻尾を振りながら、笑顔で笑う彼女。その化け姿は完璧であり、尻尾さえ、一時的にでも隠してしまえば誰も彼女が『敵』であることに気づかないほどだった。
一体いつ、その姿に化けてこちらにもぐりこんだのかは全くわからないが、今はそれは関係ない。
問題は、その場にいるメイド達では、決して、彼女に勝てないと言うこと。それは、この現状を見るだけで判断できる。
この援護部隊にも、今、突撃部隊で勇猛に戦うメイドに匹敵する実力者は配置されている。にも拘わらず、誰もマミゾウに勝てなかったのだから。
「しかし、村紗殿の聖輦船をあそこまで傷つけるとは。
おもちゃとはいえ、油断が出来ぬな。子供にこのような刃物を持たせるのはよくない。うむ、よくないな」
ぼんっ、という音と共に煙が立ち、メイド妖精の姿から普段の姿に戻ったマミゾウが笑う。
そう言う彼女の両手には、ぼろぼろになったランチャーの残骸が握られている。
その腕は金属の筐体をぶち抜き、その爪はすでに壊れたゴミとなった装甲を引き裂く。女のしなやかな手が無骨な金属の塊に突き刺さっている光景は、異様であると共に恐怖を誘う光景であった。
「やれやれ」
面白くもなさそうに、その二つの金属の塊を投げ捨てるマミゾウ。
破壊されたランチャーは大地へと落下していき、やがて、一同の視界から消えた。
いつもの姿へと戻った彼女の視線は咲夜に向けられる。
「おててを怪我しておるようじゃの」
「こんなもの、怪我のうちに入りません」
「強がることはない。
痛いものを我慢するのはよくないことじゃ。さもないと、わしら妖怪は加減がわからぬ。
特に、人間相手だとやりすぎてしまうかもな」
ぞくっ、と、咲夜の背筋に寒気が走る。
マミゾウの瞳――ぎらぎらと輝く化け物の瞳に射抜かれ、さしもの彼女も息を呑む。
普段の好々爺はそこにない。あるのは、血に飢えた一匹の怪物。
「……なるほど。他の子たちがなす術なくやられるわけだわ」
こんな化け物を相手にしたら、たとえ歴戦の勇士であるメイドであろうとも、絶対にかなわないだろう。よほどの奇跡が重なったとしてもだ。この場のメイド達が、誰一人、マミゾウにかなわなかった理由がよくわかる。
それほどまでに、この化け狸は強いのだ。
「それにしても、さすがはぬえよの。子供の想像力は大したものじゃ」
「悪いのですけれど、マミゾウおばあさま。この場から下がっていただけますか?」
「それは出来ぬ相談じゃのぅ。
ほれ、わしはなかなかに義理堅い妖怪じゃ。白蓮殿には一宿一飯の義理がある。それに、ぬえの面倒も見てもらっているからの。
それに応えなくば、妖怪としての己が廃る」
相変わらず、飄々とした好々爺を演じながら、しかし、その瞳は目の前の相手を見据えている。
頭のてっぺんから足のつま先まで、ぎらぎら輝く獣の瞳で、彼女は相手を見つめている。
その相手――マミゾウの『獲物』たる咲夜は、喉の渇きを覚えながらも、足を後ろに下げることはない。
相手の気迫に呑まれないよう、精一杯、虚勢を張って彼女は答える。
「……なるほど」
「この場を率いておるのはお主じゃろう? ならば、まずはお主を崩すとしよう。
さすれば、残るのは烏合の衆。蹴散らすのに、そう時間もかかるまいて」
「そう簡単にやられるとでも?」
「そうじゃのぅ……。
では、簡単なゲームをしよう。わしとお主のフェアなゲームじゃ。
正直、わしは争いごとはあまり好きではない。楽しい催しごとは大好きじゃがな。
故に、今回の戦をさっさと終わらせることが出来るのならそれに越したことはない。幸いなことに、この幻想郷には、面白い争いのルールもある」
「……ええ」
「しかし」
彼女は言う。
「わしが提供するのはわしのルール。
すなわち、わしとお主との、力と力のぶつかり合い。
お主が一分、ここに立っていることが出来れば、わしは一度、後ろに下がろう。しかし、それが出来なくば――わかっておるな?」
たかが一分。されど一分。
時間を操る力を持つ女は、その時間の重みを知っている。
息を呑む彼女。余裕の笑みを浮かべるマミゾウ。
「さあ――」
相手の気配が膨れ上がる。
メイド数名が悲鳴を上げ、後ろに逃げるほどの圧力。
それを真正面から受け、膝が笑っていることに気づいた咲夜は己を叱咤し、ナイフを構える。
「ゆくぞ」
それが、戦いの合図となる。
「あの……ぬえさん」
「ん? どうしたの」
「響子、何だかすごく悪いことをしてるような気がするんです……」
「え~? 何でさ?」
聖輦船の放つ攻撃の弾道を捻じ曲げる――普通に考えれば、決して出来ないことをやってのける山彦妖怪は、隣で楽しそうに鼻歌を歌っている妖怪に声をかけた。
その妖怪――ぬえは「こんな楽しいこと、滅多にないじゃない」と彼女に取り合うつもりはないらしい。
「けど……みんな怪我してます」
響子の視線は、聖輦船の砲撃をよけることが出来ず、撃墜されるメイド達に向く。
次から次へと、傷つき、離脱する彼女たち。それを行う響子は複雑な面持ちをぬえに向けて尋ねるのだが――、
「そりゃ、怪我するだろうね」
「怪我したら痛いですよね? そういうこと、よくないと思うんです」
「戦いってのはそういうもの。
無血開城なんてもの、わたしにしてみりゃ、ただの弱虫さ。
そうでしょ?」
にやにや笑うぬえは、その指をひょいひょいと振ってみせる。
「戦いに参加する奴は、自分が怪我するかも、なんて誰もが覚悟してる。あわよくば屍をさらすことになるかも、ってね。
そうやって、みんな、ものすごい覚悟をしてから戦いに挑むもんなのさ。
それなのに、その相手に対して手加減したり、手心を加えたりなんて、わたしにゃ出来ないね。相手の本気を無碍にするのは、相手にとってものすごい侮辱だよ? 響子」
「……そうなんでしょうか」
「そういうもの。
だから、白蓮も許してくれるって」
ねぇ? と笑う彼女から視線を外して、『仕方ないです』と響子。
――内心では、彼女もぬえの理論に納得したわけではないのだろう。
しかし、今回の戦いを行うに当たって、響子も白蓮から『戦う以上は全力で。そして、戦う以上は勝利すること』の言葉を受けている。その言葉に背くことは、白蓮を慕う彼女には出来なかった。
自分にそれを言い聞かせ、彼女は戦いの場に立つ。内心の心苦しさを紛らわせるために、あえて、己の能力を最大限に解放して。
彼女の力は聖輦船の砲撃に干渉し、その動きを自在に操る。
それによって、今、聖輦船に向かってきている紅魔館の突撃部隊を次々と狙撃する。この彼女、それなりに射撃が得意であったようだ。
「しかし、大したもんだね」
ぬえは楽しそうに、相手の動きを見ながら言う。
縦横無尽の砲撃を必死によけながら攻撃を仕掛けてくる相手がいる。
余裕のない回避をするものは、遠からず脱落し、戦闘から離脱していく。それはいい。予想している通りの光景だ。
違うのは、余裕綽々で攻撃を回避するものがいるということだ。
前や横からの攻撃をよけるのならばまだわかる。しかし、彼女たちは、まるで背中に目がついているかのように背後からの砲撃すら回避する。
それが数人どころではなく、数十人はいるのだから、紅魔館と言うものは恐ろしい。
「あっちもマミゾウが色々やってるみたいだし。わたしの新型ベントラーも頑張ってるし」
指先一つで数十のベントラーを操る彼女は肩をすくめる。
「ま、しばらくはこのまんまかな」
余裕の笑みを浮かべ、彼女はその場で軽く足を組む。
――第五章:いくさ火――
「美鈴さま! あちらにぬえと響子ちゃんを見つけています!」
「わかってる!」
「どうなさいますか!?」
「後ろの状況は!?」
「新型ベントラーに押され、援護部隊の半数はすでに戦闘不能! 砲撃用のキャノン砲もマミゾウさんに破壊され、残り二基とのことです!」
「となると、なんとしても、ベントラーを何とかしないといけないね」
マミゾウの実力は美鈴も知っている。
何せ、初めて会った時、全身が総毛だったほどだ。
あの時の彼女は温和な好々爺の姿であったが、その時ですらそうだったのだ。
彼女が今、もし、『妖怪』としての本性を表して戦いを挑んできていたとしたら。
いくらあの部隊を率いるのが咲夜とて安心して任せられる相手ではない。
そのためには、咲夜の足かせとなるであろうものを、まずは排除しておかなくてはいけない。その目的が、ぬえの操るベントラー達だ。後方部隊を容赦なく攻撃する、正体不明の『モノ』達。これを何とかしなければ、咲夜の勝利は危ういだろう。
つまり、彼女がまず、最初に倒すべき相手はぬえということになる。
「ですが、美鈴さま。この弾幕の中では、これ以上、聖輦船に近づくことは……」
「出来ない、って本気で思ってる?」
「……いえ」
鋭い視線を向けてくる美鈴に、伝令役のメイドは黙り込んだ。
彼女から視線を外し、美鈴は聖輦船を見上げる。
天を衝くその威容。圧倒的な存在感をもってこちらを威圧する巨人を見据えて、彼女の唇が動き出す。
「なら、やるしかない。
私が先陣を切って突っ走るから、ついてこれる人はついてきて。それ以外の子は、ここに留まって、役目を続行」
「了解しました。
伝令が終了したら合図を挙げます」
「了解」
彼女は伝令役のメイドを見送ってから、再び、聖輦船を見据える。
「簡単にこっちを蹴散らせるんだと思ってるんだろうけど……そううまくはいかないよ。
戦線をコントロールするのが突撃部隊の役目だ。甘く見るなよ」
その宣言からしばらく後、美鈴の後方でぱっと光の花が咲いた。
大きく息を吸い込み、構えを取り直すと、彼女は走る。
「行くぞっ!」
前方から飛んでくるレーザーに向かって彼女は手をかざすと、あろうことか、その表面を思い切り叩き、その反動を利用して上へと飛び上がる。
続いて放たれる迎撃用のバルカンから放たれる弾丸を足場に見立て、一気に、彼女は聖輦船を駆け上がっていく。
「そらそらそらそらそらそらぁぁぁぁっ!」
足下で爆裂するバルカンの弾丸の勢いを利用して、彼女はさらに加速する。
全長2000メートルの巨体すらあっという間に駆け上がり、その目が、その足が、そして、その体が、目的の相手を捉える。
「えっ?」
その光景にぬえが気づいたとき、彼女の眼前を、美鈴の蹴りがかすめていった。
遅れてやってくる衝撃と烈風に、バランスを崩し、倒れこむ彼女。
美鈴は、ついに聖輦船に取り付くと、しりもちをついたままのぬえを見下ろし、言う。
「ベントラーを撤退させろ」
「へぇ……驚いた。
まさか、聖輦船の攻撃をいなしてやってくる奴がいるとは思わなかったよ」
ちらりと、ぬえの視線は他のメイド達へ。
彼女たちも見事な回避で聖輦船へと接近してくるが、その速度は美鈴ほどではない。やはり、対空弾幕に押され、なかなか接近できないでいる。
だが、この女はどうだ。
放たれる攻撃すら利用して、一気に突撃してきた、まさに突撃隊長の様は。
ぬえは立ち上がる。
「やだね、って言ったら?」
その瞬間、一瞬ではあるが聖輦船の巨体がかしいだ。
響子がぺたんとその場に腰を落とし、恐怖の色を瞳に浮かべ、美鈴を見る。
「怪我ですむと思うな」
彼女の足が、聖輦船の装甲に叩きつけられていた。
深く沈んだ聖輦船の装甲が、その威力を物語っている。
ぬえはぱんぱんと腰の辺りをほろいながら立ち上がる。そうして、その口から言葉を発する。
「お前、強いだろ?」
直後、美鈴の頬を、ぬえの持った三叉の槍が掠めていく。
わずかにその刃が美鈴の肌に触れ、赤い血を流させる。
「当たらないってわかってたからよけなかった。そうだろ?」
美鈴は答えない。
それどころか、彼女は構えを取ったまま、動こうとしない。
「いいじゃないか、いいじゃないか。お前みたいな奴、わたしは好きだよ。
ちょっと遊ぼうか。なぁに、お互い、大した怪我はしないさ。
お前の実力が、わたしが見込んだとおりならね」
薙ぎ払うように槍を動かすぬえ。
それを紙一重で美鈴は回避すると、ぬえに向かって接近し、拳を振り上げる。
ぬえはそれをひょいとよけると、空へと舞い上がる。
「さあ、正体不明の妖怪による、恐怖のショーの始まりだ!」
彼女の翼が蠢き、一気に巨大化する。
空に向かって伸びるその翼は禍々しく、見るものの恐怖を誘う光景だった。
その翼が先端を鋭く硬化させ、美鈴に向かって襲い掛かる。
ぬえの翼は恐ろしい速度でもって美鈴へと迫り、聖輦船の装甲を穿ち、轟音を巻き上げる。
その、聖輦船の装甲すらぶち抜く攻撃を、美鈴は後ろに下がってよけると、伸びてきた最後の一本を手で掴み、ぬえを投げ飛ばした。
ぬえはくるりと回って着地すると、手にした槍を足下に突き刺す。
次の瞬間、美鈴の足下から、真っ黒な刃が三本突き立った。それをぎりぎりで彼女は回避すると、一旦、後ろに下がる。
「恐怖ってのは目に見えない存在さ。
人も妖怪も、目に見えるものには慣れることが出来る。だが、目に見えないものに慣れることは出来やしない。
わたしは、その目に見えない恐怖の顕現。
お前の背後にいつでも付きまとう、黒い影の塊――それがわたしさ!」
「っ!?」
美鈴の背後――正確には、彼女の影が蠢き、真っ黒な塊を吐き出した。
それはぬえの形を取り、手にした槍を伸ばしてくる。それが突き刺さる瞬間、体をねじって攻撃を回避した彼女は、黒い『ぬえ』に拳を突き入れる。
『ぬえ』は聞くに堪えない悲鳴を上げながら消滅し、しかし、その消滅していく中で影の弾丸を飛ばしてくる。
それらを片っ端から撃墜し、美鈴は前に出た。
「どうだい? 怖いだろう。何が起きるかわからない、何がいるかわからない、その怯えが、不安が、戦慄が、全てが恐怖の源さ!」
突き出す美鈴の拳を、ぬえは回避した。
正確には、ぬえの姿は美鈴の目の前から消えていた。彼女が着ていた服だけがそこに残っている。
ただし、それを『普通』の状況と認識することは出来ない。
突然、ぬえの服が蠢きだし、まるで蛇か何かのように美鈴の腕に巻きつき、猛烈な力で締め上げてくる。
同時に、そこにまるで腕があるかのように、ぬえの服が虚空で槍を掴むと、そのまま美鈴めがけて突き出してきた。
「これはっ……!」
それをぎりぎりでよける彼女。
だが、同時に、その左右からぬえの巨大な翼が迫る。
右、左、とステップを踏むようにその攻撃をよけ、同時に、腕に絡みついたまま、槍を振るってくるぬえの服に、美鈴は舌打ちする。
「ほらほらほら! どうだい!」
後ろから声。
視線だけを後ろに向ければ、全裸のぬえが手にした槍で襲い掛かってくる光景がある。
美鈴は一旦動きを止めると、自分の腕に巻きつく布をそのままに、振り回される槍を左手で押さえつけ、その切っ先で、ぬえの攻撃を受け止める。
同時に、左右から迫ってくる翼の攻撃を大きく後ろに飛び上がることで回避し、何とか難を逃れることに成功する。
「なかなか頑張るじゃないか」
ぬえは改めて服を纏い、翼をいつものサイズへと戻してから、にやりと笑う。
美鈴の腕に絡み付いていたぬえの服が消滅する。だが、それによって刻まれたダメージは、はっきりと、彼女の腕に残っていた。
わずかな痺れを覚えているのか、彼女は腕を押さえながら、ぬえを見据える。
直後、ぬえの周囲の空間が揺らぎ、そこから真っ黒な弾丸が吐き出される。
美鈴はそれを拳で弾き、全ていなすと、再び前方に向かって地面を蹴った。
突き出される彼女の蹴りをぬえは軽々よけると、その翼で美鈴の首を狙う。だが、美鈴は自分に伸びて来るその翼を、あろうことか、突き出した蹴りを操って弾き返した。
前方にわずかに飛んだ際、おろした軸足を基点に、無理やり体を回転させ、蹴りを放つ。普通の――いや、熟練の拳法家でもどだい不可能な動きに、ぬえが『へぇ』と声を上げる。
「めちゃめちゃだね」
「さすがに足が痛いけどね」
無理な動きは筋肉に負荷をかける。
押さえた足は、どす黒い色ににじんでいる。先の動きで筋肉が断裂し、内出血でも起こしているのだろう。しかし、首を飛ばされるよりはマシだと判断したのだ。
「おっかないなぁ。恐ろしいなぁ。化け物だなぁ。
――それがぬえの真髄だけどね?」
「そうですね」
ぬえはけたけたと笑いながら、自分の周囲の空間を操り、不気味な黒い影を、歪な形の禍々しい翼を、形すら持たない『何か』を操り美鈴を見据えた。
「さて、それじゃ、続きをしようか」
「その必要はないですよ」
しかし、そんな彼女の言葉を美鈴は否定する。
それまでの激しさから打って変わって、まるで波一つ立たない湖面のように静かな声だった。
「は? 何でさ。もっと遊んでよ」
美鈴の言葉に、ぬえは明らかに不機嫌になる。
頬を膨らませる彼女は、年相応の少女らしい愛らしさを見せるのだが、そんな彼女を見ても、美鈴の瞳は、全く笑っていなかった。
「ガキのお遊びに付き合うのはここまで」
「……ふん。なめられたもんだね。
ああ、そうさ。確かにわたしはガキの見た目をしているさ。だがね、こう見えて、おたくのお嬢さんよりもずっと長生きだよ」
「たかだか1000年2000年単位のでしょう?」
美鈴の足が大地を叩く。
聖輦船が大きく揺れ、彼女の足から波紋が広がっていく。
「ガキですよ。私から見ればね」
戦いの構えを取る彼女。
その瞳には今までとは違う光が浮かび、まっすぐにぬえを見据えている。
「……なめるなよ、この」
ぬえの体が闇に溶け、一瞬の間に五人に分裂する。
そのいずれもが禍々しい黒の塊を無理やりにこねくり回して人の形を取ったような醜悪さだ。間違いなく、夢に見るような光景である。
『思い知れよ、恐怖ってものを!』
いくつもこだまする声。
空間に反響し、音程の高低すら持たず、ただ響くだけの異様な声。不気味に響くその声を聞きながら、美鈴は笑っていた。
「正体不明、大いに結構。姿を見せないものを怖がるのは当たり前。
けれど、お前は言ったね? 『姿を見せた恐怖に慣れることなんてたやすい』って」
迫るぬえの形。
それを見据えて、美鈴は放つ。
「それがお前の敗因だ」
次の瞬間、何かが爆発したのではないかと思われるほどの轟音が響き渡った。
「……え?」
その光景を見ていた響子がきょとんとした表情を浮かべる。
美鈴の放った掌底が、見事、ぬえの本体を捉えていた。
あの異様な形に分裂したぬえの本体を、彼女は間違うことなく、ただの一撃で貫いてみせたのだ。
彼女の一撃で、ぬえは術を操ることが出来ないほどのダメージを受けたのか、黒い塊は次々に消滅していく。
そして、悲鳴すら上げられずに吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたぬえは、激痛に体を折り曲げ、苦悶の表情を浮かべていた。
「自分で相手の前に姿を現しておきながら、何が『正体不明の恐怖』だ。笑わせるな。
ガキの遊びに付き合ってる暇はないんだよ」
「げほっ……! ぐっ……このっ……!」
「もう一度、言うぞ」
「いっ……! いたたたたた! 痛い痛い痛い!」
槍を探して這い回るぬえの手を掴み上げ、逆向きにねじり上げながら、彼女は言う。
「ベントラーを引っ込めろ。今すぐにだ。
言うことを聞かないなら、この腕をへし折る」
普段の彼女の声も雰囲気もどこにもない。
触れるだけで切れてしまいそうな鋭さと、その一言だけで相手を気死させてしまいそうな圧力をもって、彼女はぬえをにらみつける。
――骨折など、一日どころか半日もあれば自然治癒してしまう妖怪であるが、それでも痛いものは痛い。そして、『子供』が痛みに弱いのは周知の事実だ。
ぬえは目に涙を浮かべ、『やめてよ!』と懇願する。一方の美鈴は視線を全く緩めることなく、さらにぬえの腕をねじり上げた。
「あっ、あの! ご、ごめんなさい! あの、ぬえさん、悪い人じゃないです! だから、やめてあげてください! お願いします!」
さすがに見かねたのか、響子が美鈴を止めに入った。
しかし、彼女は美鈴の視線を受けて、『ひっ!』と悲鳴を上げてへたり込んでしまう。
「腕、いらないみたいだな」
美鈴の冷たい声。
ぬえがいよいよ『わかった! わかったよ!』と、痛みに耐えかね、観念する――その時だった。
「星。主砲の用意」
「え?」
「聞こえなかった? 主砲、用意」
「は、はい!」
前方のスクリーンをじっと見つめながら指示する村紗に、星は慌てて、手元のコンソールをたたき始める。
「船長、何をするつもりだ」
「簡単よ。
奴らの高い士気をくじく必要がある。奴らが守るべき館を吹っ飛ばしてやれば、それをある程度、達成できるでしょ?」
紅魔館の抵抗、そして実力が予想以上だったことを、村紗は認めていた。
すでに戦闘開始から30分以上が経過している。
彼女の当初の予想では、30分程度で戦闘は終わるはずだったのだ。もちろん、自分たちの勝利で。
星に描いてもらった作戦指令書、そして、自分の頭の中で展開させていた、今回の戦いの趨勢。その全てがご破算になったのだ。
現状を見るのならば、もはやそれに目をそむけていることは出来ない。
自慢の聖輦船にはいくつかの大穴を空けられ、対空砲火を恐れず突き進んでくるメイド達を引き剥がすことも出来ず、敵部隊の損害をなかなか増やすことが出来ないでいる。
響子の支援砲撃とぬえのベントラー部隊が挙げた成果は、確かに見事な戦果であった。だが、それが通じない相手が多数、存在している。彼女たちをどうにかしなくては、命蓮寺の勝利はないのだ。
これは、完全に星と村紗が紅魔館に対して見込み違いをしてしまったのが原因であろう。
知識の魔女が持つ智慧への油断、突撃部隊を率いる美鈴とメイド達の実力の見積もりのミス。それらが積もり積もって、戦いの状況がさらに混沌としてきてしまっている。
ならば、どうするか。
一人一人を蹴散らしたところで、相手の動きを止めるのはたかが知れている。
すでに紅魔館の戦力は半減程度までになっているが、未だ、彼女たちの士気は高く、誰一人戦場から逃げていくものがいない。これはかなりの誤算であった。世間一般でとかく有名な、紅魔館の『鉄の結束』は、もはや鉄などというやわなものではなく、彼女たちの戦いへの覚悟を見れば、まさに『黄金の結束』と言ってもいいくらいであった。
名の知れた相手を落とせば、一気にメイド達の動きをとめることが出来るだろうが、それもなかなか難しいだろう。
あの美鈴とか言う女は聖輦船の砲撃を一人でいなし、咲夜と言う女にはそもそも攻撃が届かない。今、マミゾウが相手をしてくれているはずだが、現状の報告がなされてない以上、それを期待するのは問題外だ。
それ以外の腕利きのメイド達は、この二人にこそ劣るものの一筋縄ではいかず、実質的に、戦場をコントロールし味方を鼓舞する部隊長レベルの相手には決定打を与えられないでいるのだ。
――それならば。
彼女達が守るべき『砦』であり、日々を暮らす『家』を消してしまえば。
一気に、その戦意を削ぐことは難しくない。
「跡形なく吹っ飛んだって、後で再建なんて簡単でしょ。
手加減はしない――そういうこと」
「わかりました」
星が手元のキーを叩くと、聖輦船の肩に装着された、天に向かって突き立つ二本の柱がゆっくりと前方に向けて回転していく。
聖輦船最強の武器――主砲。
「発射まで、およそ3分」
「相変わらず使い勝手の悪い武器だわ。まぁ、示威行為には最適なんだけどね」
苦笑する村紗。
「退避勧告をして。紅魔館にいる人たちやら、紅魔館の連中までもまとめて吹き飛ばしたとあったら、うちらが博麗の巫女にケンカを売られるわ」
「なら、最初から撃たなければいいのではないだろうか……?」
「それで、この戦いに勝てるのなら、ね。
すさまじい破壊力の武器はね、ナズーリン。ただ持っているだけでも意味はあるけれど、それ以上に、それが輝くのは、何も戦場で敵を殲滅するために使うときだけじゃない。何の意味も持たない、けれど、ある側面からは意味を持つ破壊行動の時よ」
彼女の言葉で、ナズーリンも納得したようだった。
肩をすくめて、ナズーリンはマイクに向かって顔を近づけ、「こちらは命蓮寺、聖輦船だ。これより主砲を発射する。射線上にいる全てのものは退避行動を取れ。また、本射撃は紅魔館を攻撃する。紅魔館にいるものは、全員、即座に逃げ出すように連絡せよ。繰り返す――」と退避勧告を行なう。
彼女は前方のディスプレイに映る映像を見て、『へぇ、さすがはマミゾウさん』と声を上げる。ちょうどその時、マミゾウが咲夜率いる援護部隊を蹴散らし、咲夜との戦闘を始めた映像が映し出されていた。
「さっき、聖輦船に取り付いた奴は?」
「まだカメラが捉えていない。もう少し待ってくれ」
「村紗、気になる?」
「まぁね。まさか、弾丸を蹴って駆け上ってくるなんて、そんな非常識をかます相手がいるなんて思わなかったし」
完全に、聖輦船の攻撃の内側に入られた場合はどうするか。
実を言うと、村紗はそれを考えていなかった。
とりあえず、ぬえに任せようくらいの認識である。それは、聖輦船の攻撃をかいくぐれるものなどいるはずがないという絶対の自信による油断だった。
一輪に『油断はしない』と言っておきながらこれだ。彼女は自嘲するように笑みを浮かべる。
「捉えたぞ」
映し出される映像。
それは、ちょうど、美鈴がぬえの攻撃を見切り、一矢報いたシーンだった。
その場が完全に硬直し、全員の視線が映像に釘付けになる。
不可思議な事象を操るぬえが、紅魔館の、たかが門番に敗北するなど、誰も想像していなかったのだ。
「……!」
がたんと音を立て、席を立ち上がる星。手元には宝塔と棒を携え、表情を険しいものへと変えている。
「星、あなたが行くの?」
一輪が腕組みをしたまま、星に尋ねる。
「そのつもりです」
「彼女、接近戦、強そうよ」
「大丈夫ですよ」
棒術はたしなんでいます、と星。
剣道三倍段を言う彼女に、『私のほうが向いているわ』と、一輪がそれを制した。
「私の方が接近戦にかけては強いつもり」
「……そうですか」
「いや、一輪。それはやめておいたほうがいい」
「何で?」
「船の左手側から、紅魔のお嬢さんが接近中だ」
船の別のカメラが捉える映像。
それは、ナズーリンの言う通り、こちらに向かって飛んでくる一人の少女を映し出している。
側にはお付のメイドただ一人。たった一人でこちらに突っ込んでくるのは、今回の戦いで最も警戒しなければいけない相手――フランドール。
「あれは厄介だ。恐らく、ご主人でもかなわないだろう」
「そ、そんなことないですよ。ナズーリン」
「貴女はそもそも子供を叩けないでしょうが」
「あ、いや、確かにそれは……」
「その点、見ず知らずの他人の子供だろうが、容赦なくひっぱたける一輪は役割的にふさわしいと思うのだが、どうだろう?」
「……私のこと、暴力的な女だと思ってない?」
「しつけに厳しいだけだと思ってる」
何事も、優しいだけじゃダメなんだよ、というのがナズーリンの意見であった。
それは暗に星への批判であると共に『それがあなたのいいところだ』という賞賛でもあったのだが、果たして彼女は気づいただろうか。
難しい表情を浮かべる星はさておいて、一輪の視線は村紗に向く。
「だそうよ」
「で、動けるのはわたしだけ、と。
あのさ、艦長が席を離れるってまずいと思うんだけど」
後頭部をかきながら、彼女はめんどくさげに言う。
しかし、そんな村紗の言葉を、一輪は涼しい笑顔で受け流した。
「砲撃・迎撃指示くらいなら星でも出来るし。主砲の狙いを定めるのにも、あと二分弱かかる。
その間、貴女、暇でしょ?」
「はいはい。わかったわかった」
ったくもー、とぶつぶつ文句を言いながら、村紗は踵を返してブリッジを後にする。
その後ろ姿を見送ってから、白蓮は口を開いた。
「適材適所」
「そういうことです」
さすがは姐さん、と一輪は小さく、ウインクをした。
「さて、それじゃ、私はフランドールちゃんのお相手をしてくるわ」
「ああ、健闘を祈る」
「ブリッジの指揮は、星。あなたに頼むわ。お願いね」
「は、はい」
去り際に、一輪は白蓮の横を通り過ぎながら、彼女にしか聞こえないくらいに小さな声で囁いた。
「村紗の手伝いをしてあげるのが友人の務め、ですよね?」
「ええ。誠、立派な心意気ですよ。一輪」
「お褒め頂き、光栄です」
困った友人ですよ、と。
彼女は笑いながら、ブリッジを後にした。
「いーち」
一瞬で間合いを詰めたマミゾウが振るう腕が、わずかに身を反らした咲夜の胸元を掠めていく。
「にーい」
続けて、マミゾウが左腕を振り上げる。
その一撃は先の一撃よりも鋭く、また狙いも正確だった。確実に、一撃で咲夜をしとめる威力を持った攻撃だ。
それを何とか回避し、咲夜は反撃のために左手のナイフを握る手に力を込める。
「さーん」
しかし、その彼女の腕を、上に伸びきったはずのマミゾウの左腕が襲った。
鞭のようにしなるマミゾウの左腕が咲夜の左手を直撃する。手首を叩かれ、咲夜はナイフを取り落とす。同時に、まるでレンガか何かで殴られたかのような衝撃に、彼女は唇をかみ締める。
「しーい」
「っ!?」
刹那の間に放たれる蹴りを、彼女はよけることが出来なかった。
見事な連携の中で流れるように放たれたそれを、彼女は脇を締めて両腕でガードし、後ろに下がる。両腕から伝わってくる激痛に、思わず、目に涙が浮かぶ。
腕がしびれ、まともに動かない。力も入らない。ナイフも握れない。
しかし、咲夜は諦めることなく、マミゾウを見据えようとする。
「ごーお」
「はやっ……!」
空中だと言うのに、そこに足場があるかのように踏み切ったマミゾウの両膝が、上空から咲夜の肩を狙った。
ごきん、といういやな音が響く。遅れて襲い掛かる激痛に、彼女は唇をかみ締める。そして、体勢を崩した彼女のみぞおちに、マミゾウの右腕が突き刺さる。
「ろーぉく。
ほれ、どうした。まだ10秒もたっておらんぞ」
余裕の笑みを浮かべ、その一撃で体を折る咲夜の肩を、彼女は叩いた。
マミゾウが本当に本気であるならば、金属よりも遥かにやわな体でしかない咲夜の胴体など、簡単に彼女の腕は貫いていただろう。
それを、みぞおちを抉る程度で勘弁したのは、彼女の慈悲か、それとも余裕か。
「げほっ! げほっ! うぅ……!」
「しーちぃ」
くずおれる咲夜の体を蹴り上げ、更なる一撃が咲夜のわき腹を直撃する。
吹き飛ぶ彼女。それを追いかけるマミゾウ。
咲夜は痛みをこらえ、目を大きく見開くと、空中で体勢を整える。
そうして、迫ってくるマミゾウめがけてナイフを投擲し、反撃とばかりに自分から相手へと向かっていく。
「おっと。これは危ない」
マミゾウは足を止め、ナイフを片手で軽々撃墜すると、接近してくる咲夜を迎え撃つべく、その瞳で相手を見据える。
咲夜はマミゾウの眼前で自分の足下めがけて勢いよく左足を蹴り出した。
何もない虚空――そう誰もが思う空間に、いつの間にか、咲夜のナイフが置かれている。一瞬の間に配置したのだろうと知ることの出来る早業だ。
彼女はそれを足場として踏み込み、それによって軌道を変える。
マミゾウを飛び越えるようにして相手の背後に回りこんだ彼女は、すかさず右手のナイフを振るう。
「とーお」
「っ!?」
だが、直後、攻撃を食らったのは咲夜の方だった。
マミゾウは鋭く尻尾を振るい、咲夜の顔を殴り飛ばした。鉄アレイか何かで顔面を殴り飛ばされたかのような衝撃に、咲夜の意識が一瞬、吹き飛ばされる。
そして、マミゾウは完全に動きの止まった咲夜めがけて振り返り、がら空きとなっている彼女の胴体に拳を突き入れる。
咲夜の体は後ろに向かって吹き飛ばされ、そこで、戦いの趨勢を見守っていたメイド達の中に叩き込まれる。
「どうした。もう終わりかの?」
「ま……まだまだ……!」
自分を押さえてくれたメイド達を後ろに下がらせ、咲夜は言う。
内臓をやられたのか、彼女は咳き込むと同時に血を吐き出し、口許を赤く染めながら、しかし、不敵に笑う。
だが、それは誰がどう見ても『無理』、そして、『虚勢』と言う言葉しか浮かばない姿だった。
「なかなかどうして粘るのぅ。
しかしのぅ、お嬢さんや。次の一撃で、どう考えても勝負は終わるぞ?」
「やってみなければわからないでしょう!」
「強がりじゃのぅ」
わしはケンカは嫌いじゃ、とマミゾウは言う。
しかし、とんでもない。
確かに彼女はケンカはしていないと言っていいだろう。これは彼女にとって、遊びに過ぎないのだから。
その遊びに過ぎない力で、紅魔館でも最強クラスの咲夜を圧倒しているのだ。
ケンカなどではない。これは一方的な、遊びなのだ。
本気の咲夜を嘲笑う、意地の悪いゲームを、マミゾウは愉しんでいるのだ。
「まぁ、よいじゃろう。
負けを認めぬ頑固さも時には必要よの。どれ……」
そろそろ終わりにするか、と彼女の瞳が語る。
すでに満身創痍の咲夜は立っているだけでもやっとの状態だ。彼女の得意とする時間操作が使い放題なら、ここまで一方的な戦いとはならなかったかもしれないが、彼女曰く『今回のルール上、それはご法度なの』ということで自ら、彼女は自分に枷を嵌めて戦っていた。
そこまでしてそんなルールにどうしてこだわるのか。周囲の、咲夜を慕うメイド達は瞳で訴える。
だが、その視線は、咲夜には届かない。いや、届いていたとしても無視しているのだ。その理由は、恐らくはレミリアのため。自分が敬愛する主が、今回の戦いの『主役』だ。その主役に対して、側で支える脇役が『ルール無視』をしたと喧伝されるのは許せない――それは、主に対する不敬に直結するからだ。
愚かかもしれない。バカと言っていいかもしれない。しかし、それが咲夜の考えであり、己の信条であるのならば、誰も言葉に出してそれを指摘できないのは当たり前だった。
マミゾウはそれを知ってか知らずか――仮に、知っていたとしても、己のスタンスは変えていなかっただろうが――咲夜へと歩み寄っていく。
「くっ……!」
咲夜はナイフを構え、虚勢を張る。
しかし、その手にほとんど力が入っていないのは傍目にも明らかだった。
マミゾウの笑みが深くなる。
そして、彼我の距離が狭まったその時、マミゾウめがけて無数の弾丸が降り注いだ。
「メイド長、お逃げください!」
「マミゾウ様、おやめください! これ以上の狼藉は許されません!」
周囲でどうすることも出来ず、二人の戦いを見ているしか出来なかったメイド達の中で、咲夜への忠義でマミゾウへの恐怖を振り払った者達が三人、加勢に入った。
マミゾウは彼女たちからの攻撃で左手だけで払いながら、咲夜へ向けていた視線を彼女達へ向ける。
そうして、
「下がれぃ、こわっぱ!」
猛烈な圧力を伴った一喝を放った。
それだけで、メイド達はその動きを止めてしまう。……いや、その言葉一つで、彼女たちは金縛りにあったかのように動きを止められてしまった。
「貴様らのような雑魚に用事などないわ! わしの遊びの邪魔をするというのなら、二度と蘇ることが出来ぬようになるまで引き裂き、喰ろうてしまうぞ!」
それは、大妖怪としての、圧倒的なまでの威圧感だった。
鋭い牙を覗かせ、魂どころか存在そのものまで射抜いてしまうような瞳を向けて吼える彼女の姿には、威厳と共に圧倒的な恐怖があった。
足を止められたメイド達は、顔を真っ青にし、体を硬直させ、目を見開いている。自分たちに明確に向けられた恐怖の顕現に恐れおののき、体が、魂が、持ち主であるはずの彼女たち自身の言葉を受け付けないのだ。
これ以上、前に進めば殺される。これ以上、立ち入りすれば食い殺される。その恐怖が、彼女たちを完全に包み込んでいた。
慌てて周囲のメイド達が彼女を助けに入り、戦場から離れていく。仲間に囲まれた瞬間、恐怖から解放されたらしい彼女たちは、メイド服に染みが浮かぶほどの冷や汗を一気に流し、卒倒した。
「ふん。下世話なことをするものよ。
――しかし、お主は慕われておるな。このわしを前にして、あのように分をわきまえぬ行動を思い立たせるなど、並大抵の勇気では出来ぬ。誠、よい部下に恵まれたな」
その瞬間だけ、マミゾウの気配が『無敵の大妖怪』からいつもの好々爺へと戻っていた。
自分の子供を見るような、暖かく、優しい眼差しを咲夜に向けて、柔らかな笑みを浮かべて彼女を賞賛する。
「……ありがとうございます」
「だが、これとそれとは無関係。勝負は勝負」
意識と気配を入れ替え、妖怪の顔へと戻るマミゾウ。その顔が、その瞳が、その牙が、改めて咲夜を捉える。
ゆっくりと、マミゾウが咲夜へと近寄っていく。
咲夜は大きく息を吐き、体から力を抜いてこうべを垂れた。
ともすれば敗北を宣言するようなその態度に、わずかにマミゾウが訝しげな表情を浮かべる。
「……私は負けられません」
「ふむ」
「敬愛するお嬢様達のため。私を慕ってついてきてくれているみんなのため。
私を信頼して、この場を任せてくれた人たちのため」
「人とは、とかく間柄に縛られるものよ。
それを愚かとは言わぬが、窮屈じゃのぅ。一人がいいとは言わぬが、さりとて回りに縛られすぎるのもまた問題じゃ。
己の自由を捨ててまで、互いが互いに尽くすことに意味などなかろう」
「私は、そんな関係が心地よい」
瞬間、咲夜が顔を上げた。
刹那の間に猛烈な勢いでその足が前に進んでいく。
あっという間にマミゾウとの距離を詰めた彼女は、手にしたナイフを振るう。
マミゾウは左手でそれを受け止め、反撃の右手を放とうとするが、それよりも速く、咲夜の左手が彼女の眼前にあった。
マミゾウは舌打ちし、体を反らせて後ろに下がる。それを追いかけ、さらに一歩、足を踏み込んだ咲夜は、両手を思いっきり上から下へと振りぬいた。
その先に輝く銀色の刃が、マミゾウの両腕に突き刺さる。
マミゾウは『ほほう』と目を輝かせる。咲夜の動きに感心したのか、それとも、その反撃を純粋に喜んだのか。
「私は、負けないっ!」
咲夜は両手のナイフをマミゾウの腕に突き刺したまま、次のナイフを取り出し、それを左右に振るった。
マミゾウは自分の腕に刺さったナイフを後ろに下がりながら抜き取り、相手の攻撃を爪で受け止める。
響く甲高い金属の音。
咲夜はナイフを捨てると、前方に突っ込み、肩から体重を乗せたタックルを放った。
マミゾウの体が、わずかに後ろに動く。それを確認してから、咲夜は左手の掌底でマミゾウの顎を一撃する。
がつん、という重たい感覚。マミゾウが大きく後ろにのけぞる。
それで終わらず、素早く腕を引いた咲夜は、左肘でマミゾウの胸を貫いた。
「なかなかの体術……頑強な肉体を持つ妖怪に、人間の身で殴りかかる戦法を執るとは。
さすがは、わしの見込んだおなごよの」
後ろに下がり、彼女はつぶやく。
腕、胴体、顔の部分にダメージを受けたマミゾウは、しかし、その顔に余裕の表情を浮かべていた。
彼女の腕から流れていた血が、いつの間にか止まっている。体のあちこちに刻まれたダメージが、一瞬の間に回復している。
人間では決してありえない妖怪の生命力――それこそ、彼女たちを倒すには、一撃で回復不可能なダメージを与えるか、回復が追いつかないくらいにその体にダメージを刻むしかない。
一瞬の反撃では、人間では、妖怪には勝てないのだ。
しかし、その状況にあって――自分に向かって、勝ち目がほとんどないとわかっていて、なお、向かってくる咲夜に対する視線は優しいものがあった。
絶望的な状況にあって、なお、勝てると嘯くものは三つに大別される。
一つは蛮勇に踊らされた愚か者。
もう一つは根拠のない自信で身を滅ぼす愚か者。
そして最後の一つは、待ち受ける結論が100%の存在でない限り、決して希望を諦めない勇者。
マミゾウが好むのは、明らかに、この三番目の相手だった。
「うむうむ。実によい。
これは、成長すれば、回りが驚くようなべっぴんさんになるじゃろうな」
しかし、マミゾウは相手を勇者と認めながらもその相手に勝ちを譲るようなことはしない。
勝利とは文字通り、勝ち取るもの。誰かから偶然、与えられるものではないのだ。
咲夜は再び、マミゾウに向かってくる。だが、その勢いに、先ほどのような鋭さはなかった。あれが最後の力を振り絞った行動だったのだろう。
マミゾウは彼女の腕を取り、その肩を鋭く突く。
咲夜の体が、マミゾウに握られた腕を支点に回転し、大きくバランスを崩した。その腕を引いたまま、マミゾウは彼女を後ろへと投げ飛ばす。
「さて、これで終わりじゃの」
平衡感覚を乱され、もはや体勢を立て直すことが不可能である咲夜を見据えて、マミゾウは言った。
――次にわしに挑んでくる時は、もっといい勝負を期待しよう。
彼女の瞳は語り、咲夜と一瞬だけ視線を絡める。
そうして、咲夜にとどめを刺すべく、マミゾウの腕が動く、まさにその刹那、彼女の眼前に鋭い銀閃が閃いた。
その攻撃のあまりの鋭さに、彼女も一瞬、息を呑み、動きを止めてしまう。
「マミゾウ様、そこまでになさってください」
「うちらのかわいいかわいい咲夜ちゃんをいじめる奴は許さないわよ」
「……ほう」
新たな手助けが、そこに加わっていた。
腰に掃いた鞘から抜く、一目で業物とわかる刀を携えたメイドが一人。さらに、自分の身の丈よりも巨大な大鎌を抱えたメイドが一人。
彼女たちがかざした刃が、マミゾウの動きを止めていた。
「メイド長、ご無事ですか」
「……あなた達……」
「助太刀が遅れて申し訳ありません。
天界の温泉、とてもいいお湯でございました。久方ぶりの休日を堪能させて頂きました」
紅の騎士団とレミリアが宣言したメイド達の中にあって、ひときわ目立つ、真っ白なメイド服。
優雅に、華麗に、そして鮮やかで淑やかに。
現れた彼女たちの存在感と気配に、『……ふむ』とマミゾウはうなずく。
「元はと言えば、もう少し早く帰るはずだったのですが……」
「あら、あちらの温泉のマッサージ器を使用なされて『ああ、もう帰りたくない……』と仰っていたのはどちら様だったでしょうか?」
「うるさい、ほっとけ」
「……そういうのはいいから」
そして、こうした戦場においても、普段の雰囲気を失わない彼女たち。
それは――、
「あのお方たちは……!」
「お姉さま、ご存知なのですか?」
「あなたは……そうね、今年の新入りなら知らないかもしれないわ。
教えてあげる。
彼女たちは、その完璧な美貌と見事なメイドとしての技術・知識・経験、その全てを兼ね備えたことで、お嬢様より『マイスター』の称号を与えられた、『マイスターのお姉さま』方よ。
……私たちみたいな平のメイドがお目通りすることすら畏れ多い方々、と言い換えることも出来るわ」
最近、ようやく後輩を指導することが許された彼女は、目の前に佇む優雅な『マイスター』達に敬意を払いながら、そう、はっきりとした言葉を口にする。
「……あの、それ、お嬢様とどっちが偉いんですか?」
「ちなみに命名はお嬢様よ」
「いや、あの、お姉さま。わたしの質問に答えて……」
「さらに言えば、マイスターのお姉さま方は、毎日が忙しすぎて年間休日145日の紅魔館において、わずかに30日しか休めない――しかし、紅魔館は残業禁止とはいえ、労働に対する対価ははっきりしていることから残業代も青天井! 年収は余裕で数千万と言う方々なの!」
「……何かもうどうでもいいです、お姉さま……」
などというよくわからない会話が周囲のメイド達から聞こえる中、マイスターの一人が、抱えていた咲夜の様子を見て、『一度、後ろに下がってください』と後退を促した。
「待て待て。
お主ら、わしと十六夜殿の戦いは……」
「マミゾウ様。貴女様はこう仰いました。
『一分を過ぎれば、メイド長の勝利である』と」
「一分、ついさっき過ぎましたよ? だから、うちら、咲夜ちゃんの助けに入ったんだしね」
マイスター達のセリフに、きょとんとなるマミゾウ。
彼女は腕組みし、しばし、相手の言葉を咀嚼する。そうして、ようやく自分にかけられた言葉の意味を理解したのか、ぽん、と彼女は手を打った。
「……おお、なんと。
ついつい戦いに夢中になってしまっておったわい。わっはっは!
なんと、わしの負けか! ならば仕方ないな!」
先ほどまでの雰囲気はどこへやら。
急に上機嫌になったマミゾウは戦闘態勢を解き、その気配をすっかり収めてしまった。
彼女に刃を向けていた二人は、内心、ほっとしながら武器を下ろす。
――ぎりぎりのところで止めに入ることが成功したからいいものの、マミゾウが怒り狂い、暴れだせば、彼女たちでもマミゾウを止めることは不可能だからだ。
長い年月を経てきたとはいえ、所詮、彼女たちは妖精。大妖怪たるマミゾウとは圧倒的な地力の差がある。本気の勝負をマミゾウに挑んだとして、数分、相手を押さえられるかどうか――それくらい、力の差がある相手なのだ。マミゾウという妖怪は。
「いやいや、さすがは十六夜殿。強いな、感心したぞ!」
「……ありがとうございます、マミゾウおばあさま」
「わっはっは! いや、愉快愉快!
どれ、それならば約束どおり、わしは一度、船に戻るとしようかの。しかし、一分を耐えておったか。なかなかやりよるのぅ。
ついつい夢中になって、時間が過ぎるのを忘れてしまったわい! わははは!」
「……ですが、実質的な勝者がどちらであるか、言わずともわかると思われることです。
マミゾウおばあさま。次は私が勝ちます」
「よい仲間、よい友人、そしてよい部下に恵まれたの、十六夜殿。
次に逢うときは、お主の作るうまい料理を食べさせてもらいたいものじゃ。
おお、そうじゃ。次は料理勝負なぞどうかのぅ。こう見えて、わしは料理が得意じゃぞ。ただし、宴会料理じゃがな。ほっほっほ」
適当に話をはぐらかしながら、ひょいひょいとマミゾウはその場を去っていく。
彼女の後ろ姿に攻撃を仕掛けようと言うものはいない。
下手な攻撃をすれば完膚なきまでにやられることがわかっているというのもあるが、そのような行為は、自分たちが敬愛するメイド長である咲夜を裏切るような行為でもあるためだった。
上機嫌になったマミゾウは、去り際に咲夜を振り返り、ぱたぱたと右手を振った。そうして、あっという間にその姿を消してしまう。
メイド一同で彼女を見送った後、誰からともなく、ほっと息をついた。
「それにしても、メイド長。
この変な物体は何なのですか?」
白の衣装を纏うメイドの一人が、自分たちの周囲を飛び交う黒い影――そして、今なお続くメイド達との戦闘で撃墜されるそれを眺めながら尋ねてくる。
――そうこうしている間にも、ぬえの放ったベントラー達は紅魔館の面々を攻撃し続けている。何も、マミゾウが去ったからと言って、彼女達を取り巻く脅威が消えたわけではないのだ。
「それもベントラーよ」
「これがベントラーというものなのですか。初めて見ますが、変わった生き物ですね」
「生き物じゃないと思うのだけど……」
「え? そうなの?」
「多分」
周囲を飛び回るベントラーを片っ端から撃墜して回る二人のマイスターメイド。
一人は身の丈の二倍ほどもある大剣を振り回し、こちらから逃げようとするベントラーを執拗に追いかけて撃墜すると言う、いわば逆ドッグファイトを見せている。
もう一人は、攻撃のために近寄ってきたベントラーを、目にも留まらぬ拳の一撃で撃墜する、素手のメイドだ。その拳法の腕前は、美鈴もかくやというほどか。
このたった二人が、これまで百を超えるメイド達を撃墜してきたベントラー達を蹴散らしていく。その実力はすさまじく、ベントラーが何機でかかろうと相手にならないほどだ。
「メイド長がご無事で何よりです」
「……そうね。
正直、ここまで苦戦するとは思っていなかったわ」
「恐らく、それはあちらも同じことでしょう。
我々、紅魔館のメイド達の結束を侮っていたというところがあるかと」
「貴女は、相変わらず冷静ね」
ぺこりと頭を下げるのは弓矢を手にしたメイド。
彼女は瞬間、こちらに攻撃を仕掛けようとしてきていたベントラーを射抜いている。無論、その手の動きと弓の構えは全く見えなかった。
「この場に残り、砲撃部隊の援護を務める者を5人。
また、前方に向かい、美鈴さまの援護を務めるものを3人、それぞれ指定しました」
「ありがとう」
「メイド長。あまりご無理はなさらないでくださいね」
にっこり微笑む、眼鏡をかけたメイドが言うと、彼女に従う形で二人のメイドが陣形を組み、前方へと向かって飛んでいった。その彼女たちにもベントラーは襲い掛かろうとするのだが、彼女たちに近寄った瞬間、真っ二つに両断され、撃墜されていく。
もはや、何が起こっているのかすらわからない。そんな実力者たちが、美鈴の援護に向かう――たとえ、彼女たちが妖精であろうとも嬉しい援軍となることだろう。
それを見送ってから、ふぅ、と咲夜は息をつく。
「……とりあえず、壊された砲の修理が必要ね」
「あれは魔法技術の塊ですね。わたしと彼女も手伝いますが、修復にはパチュリー様が必要と思われます」
咲夜を抱きとめている彼女と、その彼女の視線の先にいるもう一人のメイドは、どうやらパチュリー達のように魔法系統を得意とするようだ。
現に、その視線の先にいるメイドは傷ついた部下達の間を回り、「いやー、よく頑張ったね。お姉さんは感心するよ」などと声をかけながら、光る掌で相手の傷を治していっている。
「……にしても、聖輦船にダメージを与えた感じが……!?」
その時、ほっとしていた咲夜の表情が一気に引き締まる。
彼女の視線の先――聖輦船が掲げる二本の砲塔が、ゆっくりとこちらに向いてくるのを確認したからだ。
「主砲を使う……!?
みんな、あの攻撃の射線上から逃げて! 早く!」
咲夜の声は、その指示は、半分、悲鳴にも近いものだった。
メイド達の視線が一斉に咲夜に、そして、聖輦船の主砲に向いてから、彼女たちは事態を理解したのか、その場から散開していく。それを追いかけるベントラー達は、攻撃が可能なメイド達、そして、それを率いるマイスターメイドによって撃墜されていく。
「メイド長、あなたもこちらに」
「え、ええ。
後方部隊にも伝達! 敵は主砲を使う! 巻き込まれないように逃げてと伝えて! 急いで!」
「畏まりました!」
伝令を担当するメイドが、真っ青な顔で後ろに向かって飛んでいく。
咲夜は彼女の背中から、その視線を、聖輦船の方へと戻す。
「……まずいわね」
聖輦船の主砲。その威力は計り知れないものがある。
撃たれたら、その攻撃を止めることは誰にも出来ない。出来るのは、当たらないようによけるだけだ。
そして、聖輦船の主砲の向かう先――それは、自分たちの遥か後方にある紅魔館であることは容易に窺い知れる。
自分たちのような部隊を狙い撃つには、あれはあまりにも非効率的だ。固まっている、あるいは動かないものを狙い撃つ武器なのだから。
「どうにも出来ない……!」
主砲の発射を止めるには、それを破壊するしかない。
だが、今、それを行うことの出来る武器がないのだ。唯一、聖輦船にダメージを与えられるランチャーも、先のマミゾウの乱入で三つが破壊され、残りの砲の扱いも部隊が混乱しているためままならない。
先ほどまでの柔らかな雰囲気はどこへやら。一瞬にして、場は緊張に包まれた。
「お嬢様」
「何?」
「前方の突撃部隊及び砲撃部隊が命蓮寺の部隊と交戦中。双方、共に被害は甚大の様子」
「そう」
砲撃部隊の遥か後方。
そこに、レミリアを中心とした近衛部隊がいる。
ちんまりしたお姿にふりふりのかわいらしい魔法少女衣装のお嬢様は、伝令の言葉を尊大な様子で受け止めると、組んでいた腕を解いた。
「そろそろ前に出ようかしら」
「そうですね。
ここにいる無傷の部隊を前線に届けて、戦線を維持するのも必要な措置かと思われます」
「……えーっと?」
「援軍が必要と言うことです」
「なら、そう言いなさい。全く」
お嬢様の傘持ちメイドは『失礼致しました』と頭を下げた。
ともあれ、レミリアはその場の一同に指示をする。
『全隊前進。味方の援護を開始する』と。
レミリアの周囲を囲む近衛部隊が、それぞれの小隊長の言葉を受けて散開し、前方に飛んでいく。
レミリアはそれを見送った後、残った、周囲のメイド達に言う。
「わたし達は、もちろん、別ルートよ」
彼女の敵は、命蓮寺最強の女、聖白蓮ただ一人。
その他の有象無象の雑魚を相手にして戦力を疲弊させる必要はないのだ。
レミリアは、彼女の周囲を護衛する4名のメイドだけを伴い、戦場を大きく迂回しながら聖輦船へと接近していく。
「お嬢様」
「何かしら?」
「前方の偵察メイドより報告。フランドール様が我慢できずに聖輦船に接近を開始しているそうです」
「そう。まぁ、あの子は遊びたい盛りだから仕方ないわね」
「お嬢様と一緒ですね」
「何か言ったかしら」
「いえ別に」
こういうのを慇懃無礼な態度と言うのだが、根本的に、脳みそお子様のお嬢様にはその辺りの機微は理解できないらしかった。
『まぁ、いいわ』と彼女はそれを流して、さらに前方へと移動していく。
聖輦船から放たれるレーザーやバルカンの音が響き渡り、そこかしこで炸裂する爆発音が聞こえ始める頃。
「この辺りがいいかしらね」
レミリアはそこで部隊の足を止め、片手を大きく振り上げる。
そこに現れる紅の槍。
彼女はそれを、聖輦船に見せ付けるかのように振るう。
「これこそ、宣戦布告というやつよ」
「あとでメイド長に叱られますよ」
――実は、という必要もないかもしれないが、この行動はレミリアの独断である。
彼女もやはり、吸血鬼として好戦的な性格をしている。その衝動を抑え切れなかったのだ。
『また勝手なことをして! お嬢様、どうして危険なことをしようとするのですか! はい、正座して反省文50枚!』
――こんな風に、目を三角にして怒るメイド長の顔が見えたような気がして、レミリアの傘持ちメイドはぼそっとツッコミを入れるのだった。
「聖。あれは……」
モニターに映し出されるレミリアの姿。
右手に構えた巨大な紅の槍を大きく振り、こちらを挑発してくるその姿に、星が声を上げる。
「『かかってこい。臆病風に吹かれたのでないのなら』――か。安い挑発だ」
読唇術でレミリアの言葉を代弁するナズーリン。
その時、後ろで小さく、気配が動く。
「……聖」
「そろそろ私の出番のようですね」
衣擦れの音一つ立てず、白蓮が立ち上がっていた。
彼女は、試合に向かう武術家の瞳をしていた。体術を得意とする『魔法使い』は、その心に、魔法と共に刻んでいるものがある。
「レミリア・スカーレット。いい勝負が出来る相手です」
それは、美鈴たちのように、より強いものを求める修羅の心。
自分よりも強いものに惹かれ、それを叩きのめし、打ちのめすことに至上の喜びを感じる悪鬼の姿。
彼女はこういう時、己が信仰する仏に許しを請い、それがかなわぬ時はその仏にすら背く。
戦いの高揚感――そして、戦いの果ての勝利の味が忘れられない、一匹の獣の姿がそこにある。
「行って来ます」
「……ご武運を」
「あなたがやられれば、我々は敗北だ。負けないように頑張ってきてくれ」
「ええ。ありがとう、とても素晴らしい声援だわ」
ナズーリンの皮肉すらいつも通りにさらりと受け流し、白蓮はブリッジを後にする。
入れ替わりに船へと戻ってきたマミゾウは、その場に残っていたナズーリンと星に向かって、こんなことを言った。
「白蓮殿は、まるで妖怪のようじゃな」
――と。
「あっそぶ~♪ あっそぶ~♪ たのしくあっそぶ~♪」
自作の歌を口ずさみながら、フランドールは聖輦船の対空弾幕へと突撃していく。
彼女は手にした火炎の魔剣を振るい、次々にその攻撃を撃墜しながらきゃっきゃとはしゃぐ。
「楽しいね!」
「私は生きた心地がしませんけれど」
フランドールの傘持ちメイドは、全く表情を変化させないものの、微妙なニュアンスを言葉に載せて返答する。
しかし、そんな彼女も、星蓮船の攻撃には『かすってすらやるものか』とばかりに見事な回避を披露している。驚くべきところは、そんなアクロバティックな動きをしながらも、ちゃんとフランドールを日光から守っているというところか。
とりあえず、今回、フランドールは自由に行動することを許されていた。
無論、彼女も紅魔館にとって重要な人物である。もしも彼女に何かがあれば、その時点で紅魔館は総崩れとなるだろう。レミリアも、ある意味で、どうなってしまうかわからない。
そのため、彼女の身に危険が迫るようなことがあれば、即座に、このメイドがフランドールを抱えて離脱する手はずになっている。彼女はそれほどの重要人物なのだ。本来ならば、こうして前線に出てはいけない類のものなのである。
だが、フランドールほどの実力者を遊ばせておく余裕は、紅魔館にはない。彼女一人で妖精メイド一個師団どころか紅魔館のメイド部隊全員を凌駕するくらいの力を持っているのだ。
色々と難しい作戦も考えたのだが、フランドールにはそれが理解できないであろうと共に、『どうして遊んじゃダメなの!?』と癇癪を起こして暴れられては元も子もないと言うのが、プランを考えた咲夜のセリフであった。
そのため、フランドールは基本的に自由行動、というところで話は落ち着いたのである。無論、お付のメイドという保険は忘れずに。
「よーっし! どっかーん!」
彼女の手にした魔剣が、聖輦船の装甲を切り裂く。
その巨大な炎が一直線に聖輦船の装甲を薙ぎ払い、深い亀裂を生み出す。そして、走る亀裂と遅れて轟く爆発に、彼女ははしゃぎ、『ねぇ、見た!? 見た!?』とメイドの服の袖を引っ張った。
「よーし! もう一発ー!」
さらなる一撃を加えようと振るう剣。
しかし、今度は、それが聖輦船に届く前に止められる。
「……あれ?」
「お嬢ちゃん。暴れるのはそこまでにしておきなさい」
響き渡る、凛とした澄んだ声。
フランドールの視線の先に一輪の姿があった。
そして、彼女の背後にはいつもの入道、雲山がいる。その腕が、フランドールの剣を掴んで止めていた。燃え盛る炎の刃を握り締めても、雲山は顔色一つ変えず、一輪と共にフランドールを見据えている。
「ぶー。どうして遊んじゃダメなのー」
「人のものを壊すのは悪いことでしょう?」
「けちー!」
ほっぺたを膨らませて、フランドールがふてくされた。
それを見て、一輪が肩をすくめる。
「全く。
それ以上、暴れるなら、ちょっと痛い目を見るわよ」
「べー、だ」
「雲山。悪い子にはお仕置きが必要よね?」
雲山が小さくうなずく。
途端、フランドールは手にした剣ごと上空に引っ張り上げられ、放り投げられる。
突然の急加速に目を白黒させていた彼女は、ようやく自分の状態を認識すると、それまでいた位置よりも遥か上空で、ばっと背中の翼を広げて急停止した。
「ねぇねぇ、フランと遊んでくれるの!?」
目をきらきら輝かせ、彼女は眼下の一輪に尋ねる。
相手からの返答はなく、代わりに鋭い閃光が走った。
フランドールはそれを手にした剣で打ち払うと、『やったぁ!』と喚声を上げる。
「遊んでくれるんだね!」
彼女は笑顔を輝かせながら急降下し、一輪めがけて手にした剣を振り下ろす。
それを雲山が両腕で受け止め、掴むと、フランドールの体を聖輦船めがけて放り投げた。
フランドールは空中でくるりと回転すると、両足を聖輦船の装甲に叩きつける形で着地して声を上げる。
「わーい!」
彼女の周囲に浮かぶ無数の弾丸が、雨あられと一輪に向かって放たれる。
一輪はそれを手にした鉄輪で払いながら、フランドールとの距離をとっていく。
「彼女は遠近共にすさまじい破壊力を持った吸血鬼。そうそう油断できる相手ではないわ」
『うむ。これほどの力、これまでに味わったことがない。
恐らく、攻撃力だけで見るならば、白蓮殿もマミゾウ殿も、彼女の足下にも及ばぬであろう』
放たれる攻撃は、一輪だけでは捌き切れない。
最初は十の攻撃が二十に増え、三十に増え、ついには視界のほぼ全てに、フランドールの放つ虹色の弾丸が映し出されていた。
雲山も一輪を守りながら、彼女の言葉に応える。
「なら、なるべくこちらは守りを固めていきましょう」
『御意』
フランドールが接近してくる。
彼女の手にした剣を雲山は受け止め、握り締める。フランドールは剣を相手から奪い返そうとするが、力の差か、全く動けないでいる。
仕方ないと判断したのか、彼女はそれを放棄すると、そのまま素手で一輪へと接近する。
「とうっ」
軽い掛け声と共に、右手側から一輪の頭を薙ぎ払うように放たれる一条の閃光。
一輪は、それを左手で受け止めると、その流れに逆らわずに攻撃を受け流す。勢いをそのまま流され、フランドールは空中で体勢を崩した。
そこへ、反対に、雲山の右の拳がフランドールへと襲い掛かる。
真正面から襲い掛かってくるそれに、フランドールは目をむくと、慌てて後ろへと逃げていく。
――どうやら、彼女は子供ゆえに耐久力はなさそうだ。
それを感じたのか、一輪と雲山が攻勢に出た。
雲山の繰り出す拳をフランドールは『わっ!』とよけ、一輪の放つ閃光もひょいひょいよけていく。ガードに回らないのは、相手の攻撃の威力を、自分では受け止められないと判断したためだろう。これほど幼いというのに、その戦闘に対するセンスは大したものだ。
そうして、反撃として虹色に輝く弾丸をいくつも撃ち出す。
その攻撃は一輪のすぐ側をかすめて通り過ぎ、遥か彼方で炸裂する。弾丸が爆裂した場所は、二人の戦う場所よりもかなり遠くであると言うのに響いてくる轟音。それが、一輪をひやっとさせた。
「ねぇねぇ、楽しいね!」
「そう?」
「うん! フランは楽しい!」
破壊的な威力を持った攻撃を振り回すことを『遊び』と認識する少女にとっては、こうした戦いこそが望んでいる『遊び』なのだろう。
全く厄介な話であるが、逆に扱いやすい相手ともいえる。
彼女が満足するまで、文字通り、遊んでやればいいのだから。
「その衣装、かわいいわね」
「うん! さくやがつくってくれたの! フランのお気に入り!」
「そう、よかったわね」
「うん!」
続けざまに放たれる、左から迫る横薙ぎの閃光を、一輪は身を低くして回避した。
わずかに回避が遅れ、彼女が普段かぶっている頭巾が消し炭になり、その威力に肝を冷やす。
だが、一輪も反撃として、一発放った閃光がフランドールの羽に命中していた。
フランドールは『いた~い』と声を上げたものの、行動を止めることは決してない。
さらに勢いに乗って攻め立ててくる彼女をいなしながら、一輪は雲山に視線を向ける。雲山は小さくうなずくと、その右手の攻撃を、フランドールの側に付き従う傘持ちメイドに向けた。
吸血鬼の弱点は日光。そして、今日はお日様燦々の日本晴れだ。
この光の中で、吸血鬼が活動できる理由はない。彼女が日光の下で自由に暴れられるのは、あのメイドが持っている日傘が日陰を作り出しているからである。その状態を作り出す『もの』がいなくなれば、自然、フランドールは撤退せざるを得なくなる。
少し卑怯な戦い方ではあるが、これも立派な戦法である。
何より、フランドール本人を相手にするよりも、メイドの彼女の方が確実に楽――そう、二人は思っていた。
『ぬっ!?』
しかし、それが間違いであったことに、すぐに気づかされる。
メイドはひらりと蝶のような動きで雲山の拳を回避すると、その視線を一瞬だけ、一輪に向けてくる。
彼女の顔は笑顔だったが、その目は全く笑っていなかった。
『卑怯な戦い方をせず、真摯にフランドール様と遊んであげてください。さもなくば――わかっていますね?』
彼女の瞳は、そう語っていた。
「……やれやれ。こっちも楽な相手じゃないのね。
たかが妖精とはいえ、何百何千年と生きれば、立派な大妖怪の仲間入りということか」
紅魔館と言うのはよくわからない組織だな、と一輪は苦笑した。
お嬢様たるレミリアが一番権力を持っているように見えて、実質、館を取り仕切っているのはメイド長――かと思えば、その下で働いているメイド達の中には、それに勝るとも劣らない優秀なメイド達がいて……と、思っていたのに、全く何の役にも立たないものまでいたりする。
歪なはずなのに、その歪な形が、どこか整然とした絵として描き出された場所――それが、あの紅の館なのだろう。
そんな場所を統率するのが、彼女たちを固く結びつける『結束』唯一つだと言うのだから、本当に、人間関係というものは複雑なものだ。
「仕方ないわね!
雲山、遊んであげましょう!」
『うむ』
「わーい、おじいちゃん、ありがとう!」
『お、おじいちゃん……だと……!』
きらきら輝く笑顔を向けられ、雲山が言葉に詰まる。
一輪が『どうしたの?』と尋ねると、
『……雲入道として、長いこと生きてきたが……『おじいちゃん』か……。
……いい響きじゃのぅ』
「おーい……」
「まあ」
目を点にしてツッコミ入れる一輪と、くすくす笑う傘持ちメイド。
どうやら、この雲山、子煩悩な性格であるらしい。
「真面目にやりなさい! ったく!」
振り下ろされるフランドールの腕を受け止めながら、一輪。
吸血鬼の腕力のすさまじさに彼女は顔をしかめ、一瞬、フランドールをにらみつける。
フランドールはその行動に何かを感じたのか、慌てて体を逸らす。
直後、彼女の頭があった位置に小さな爆発が起き、空気を震わせた。フランドールが回避行動を取っていなければ、彼女の頭くらいなら吹き飛ばせていた威力の攻撃だ。
「雲山!」
連続して放つ閃光弾でフランドールを下がらせ、その動きを拘束する。
そこへ、雲山の目から放つ光線が貫いていく。
「うわ、おじいちゃん、かっこいい!」
驚き、相手を賞賛するフランドールだが、その攻撃を回避することは出来ない状態だった。
そこへ、傘持ちメイドが横から割り込み、フランドールをその胸に抱いて日光から隠すと同時、手にした日傘を閃光へとかざした。
「……あの傘、どんな素材で出来てるのよ」
一輪が呆れてしまうような光景が、そこにある。
雲山の放った強烈な閃光は、メイドの手にした日傘に命中すると、きれいに左右へと向かって弾かれていったのだ。
「パチュリー様謹製、弾幕コーティングのなされた傘でございます」
曰く、弾幕遊びの最中に、傘に穴が空いてしまっては意味がない、という理由で作られた傘なのだとか。
優雅に日傘をフランドールの上にかざしながら、メイドはぺこりと、二人に向かって頭を下げた。
色々と納得のいかない説明ではあったが、理屈はわからないでもない説明だった。
しかし、それにしたって防御力ありすぎだろうと一輪はつぶやく。
あれほどの防御力があれば、聖輦船の砲撃の一発や二発、軽々耐えるだろうと思われるからだ。逆に言えば、自分たちは、それくらいの威力の攻撃を、フランドールに向かって放っているということになる。
それくらいやらないと勝てないと、二人は判断しているからだ。
「ありがと!」
「いいえ」
「よーっし! まだまだ頑張っちゃうよ!」
勢いづくフランドール。
その笑顔は子供らしく、きらきら輝き、元気に満ち溢れている。これで、遊びの対象が『戦い』でなければ本当にかわいらしい、ただの子供なのだが、世の中、そううまくはいかないものだ。
一輪は雲山に指示して、彼女の相手をさせる。接近戦では、一輪ではフランドールにはかなわないからだ。
雲山の放つ巨大な拳と、フランドールの小さな手がぶつかりあい、轟音を上げて幻想郷の空を震わせる。
『むぅ……!』
雲入道の巨大な拳と張り合えるほどの力を持つ存在、それが吸血鬼。フランドールのような幼子ですら、それほどの膂力を見せる姿に、雲山は、そして一輪は戦慄する。
「ねぇ、あなた!
そのお嬢ちゃんはどれくらい遊んであげたら満足するの!?」
「一時間や二時間ではきかないくらいですね」
「大したスタミナね!」
メイドの澄ました回答に一輪は毒づき、視線を雲山へと向ける。
続けて、雲山の放つ鉄拳を、フランドールは右手で受け止める。ぎしぎしと両者の腕がきしみ、雲山の険しい表情とは対照的に、フランドールは楽しそうに笑うだけだ。
「いっくよー!
ぎゅっとして、どっかーん!」
フランドールは雲山の腕を両腕で支えることをやめ、右手一本で受け止める。そして、自由になった左手をかざすと、一度、大きく開いた掌を握り締めた。
直後、爆裂する閃光と炎の中に、雲山の姿が霧散した。
フランドールの持つ、『全てを破壊する』能力が直撃したのだ。
「へへ~。おじいちゃんに勝った!」
Vサインを突き出すフランドール。
しかし、そんな彼女を一輪は笑い飛ばす。
「何を言ってるの。お嬢ちゃん」
「え?」
「あなたの能力は、形を持つものに関しては、確かに無敵の力かもしれない。
けれど、形を持たないものを壊すことは出来るかしら」
その彼女の言葉の後、吹き飛んだはずの雲の破片が寄り集まり、あっという間に雲山がその場に再生する。
ダメージなど欠片も受けていない様子で、彼はフランドールめがけて、反撃の閃光を放った。
それを再び、傘持ちメイドが割り込んでガードする。
フランドールは目をぱちくりとさせ、雲山を見つめている。
「おじいちゃん、すっごーい!」
少女の頭で辿り着いた答えはそれだった。
目を輝かせる彼女に、雲山は言う。
『ふふふ……。一輪殿よ……やはり、孫と言うのはかわいいものよな』
「言っておくけど、私、結婚の予定ないからね?」
『なんと!?
……それは残念じゃ』
しょんぼりする雲山。それに伴って、彼を形作る雲の形も何だかしんなりして小さくなっていく。
「ああ、もう。めんどくさい」
「人間関係、苦労なさっているようですね。
紅魔館でもそんな感じが日常茶飯事です」
「何だかお互い、美味しいお酒が飲めそうね」
「あら、お寺の方がよろしいのですか?」
「私ら破戒僧だから」
手にした鉄輪を振り回し、そこから無数の弾丸を生み出す一輪。
「戒律は守るべきもの。けれど、戒律に縛られて、自縄自縛になることほど愚かなものはない。
これ、私の持論」
撃ち出されるそれを、フランドールはひょいひょいとよけ、お返しに巨大な閃光を放ってくる。
それを、雲山が撃墜し、爆発が覚めやらぬうちに、一輪がフランドールに接近する。
放つ拳をフランドールはひょいとよける。
だが、直後、その耳元で響いた『ぼんっ!』という爆発音に驚くと、フランドールはバランスを崩してしまった。
そこへ、雲山の放つ弾丸が炸裂する。
「ぶ~……お洋服破れた……」
「あとで直して差し上げますからね」
普通の人間なら、肉が抉れるくらいの威力を込めたつもりだったが、吸血鬼の体を傷つけるには至らなかったようだ。
もっとも、傷ついたはいいものの、一瞬で治ってしまったのかもしれないが。
「タフな上にバカみたいな強さ。
こんなの相手にしないといけないなんてね」
『どうなされた? 一輪殿』
「やんちゃ娘はかわいいな、ってこと」
普段、命蓮寺でちびっ子連中とよく遊んであげている彼女は言う。
子供と遊ぶと言うのは苦労するものだ。子供の体力、そして遊びを探す能力は無限大なのだから。
そういう『苦労』は女の仕事、と彼女は宣言すると、雲山に攻撃指示を下した。
「さあ、もっとかかってきなさい! 飽きるまで遊んであげるわ!」
「やったぁ! フラン、頑張っちゃうからね!」
両雄が空で激突する。
その光景に、フランドールの傘持ちメイドは『貧乏くじを、よく引かれる方のようですね』と一輪を評価したのだった。
「さて――出てきたわね」
青空に佇むレミリアは、その瞳を巨人へと向けながらつぶやく。
その視線の先。
猛烈な弾幕を放ち続ける聖輦船を背中に背負って立つ、一人の女。
圧倒的なまでの存在感。そして、放たれる巨大なオーラ。
――聖白蓮。
「逃げるなら今のうちよ」
「それはこちらのセリフです」
レミリアの簡単な勧告にも、白蓮はさらりと返してくる。
「言ってくれるじゃない」
「そのお洋服、とてもかわいらしいですね。お似合いですよ」
「貴女は妙にエロいわね」
ふんわりふわふわゴスロリちっくのレミリアとは対照的に、大人の色気全開の白蓮。
星の用意した『大人の魅力全開の魔法少女』衣装である。
そもそも上記の表現について、前と後で修飾語が互いにお互いの存在を全力否定しているのだが、それはさておこう。
「そのお洋服を大切にしたいのなら下がりなさい」
「あなたも、スキャンダル大好きの天狗に『露出狂の尼僧』なんて記事を書かれたくなかったら尻尾を巻いてお逃げなさい」
両者は互いに構えを取る。
レミリアは紅の槍を構え、白蓮は体を半身にした構えを。
両者の視線が絡み合い、刹那の瞬間をおいて、二人が互いに激突する。
響くのは爆音にも似た音。それが波紋を描いて青空に広がり、レミリアの周囲を固めていた護衛のメイド達が、思わず構えてしまうほどの衝撃波が周囲を薙ぎ払う。
「へぇ……! わたしの槍を素手で受け止めるなんてね……!
そんな芸当が出来るのは、美鈴くらいのものだと思っていたわっ!」
「あなたこそ!」
レミリアは槍を振り上げ、相手に向かって力任せに突き出した。それを白蓮は後ろに下がり、相手の攻撃射程ぎりぎりの位置に足を下ろしてから、右手を突き出し、槍の先端に向かってそれを叩きつける。
その瞬間、二人の攻撃がかみ合った地点から発生した衝撃波が周囲を一気に薙ぎ払う。
レミリアの護衛を担当するメイド達は、それを遠巻きに見るだけで、決して近寄ろうとはしないほどの激戦だった。
レミリアは槍を捨て、一気に、白蓮に向かって接近する。
振り上がる彼女の腕。それを、白蓮は真正面から受け止める。
吸血鬼の腕力をまともに受けながら、白蓮は、しかし、一歩も後ろに引かなかった。
「大した力ね……!」
二人は互いにがっしりと組み合い、ぎりぎりと互いにせめぎあう。
「ええ……! これでも、魔界では訓練を欠かしませんでしたから……!」
「勉強熱心だこと!」
「ピーマンは食べられるようになりましたか!?」
「うっさいわね!」
互いに距離をとり、閃光弾の応酬を始める。
レミリアの放つ紅の弾丸は白蓮の周囲で弾け、炎を巻き上げる。精度は甘いものの、連続して放たれるその攻撃は分厚い弾幕のカーテンを形成し、白蓮の接近を許さない。
一方、白蓮から放たれる白のレーザーは、的確にレミリアが移動する位置を狙って撃ち出され、空間を焼き貫いていく。
針の穴を通すような精度でもって放たれるそれは、少しの回避ミスすら許されないほどに鋭く、そして強烈だった。
「甘いわね!」
レミリアは、自分に向かってきた一発のレーザーを手で薙ぎ払うと、反撃に紅の炎を生み出し、放つ。
それは白蓮に直撃し、周囲を巻き込み、焼き尽くす業火となって荒れ狂う。
しかし、白蓮はその地獄の業火をものともせず、火炎そのものを拳でぶち抜き、無力化させた。
反撃に、腰だめに構えた手から目がくらむほどの光を放つレーザーを撃ちだす白蓮。レミリアは、さすがにそれは受けきれないと判断したのか、隣の傘持ちメイドに対応を任せる。
こちらもフランドールと同じように、鉄壁の防御を持つ日傘を携えた彼女は、白蓮のレーザーを傘で受け止め、打ち払った。
「大したものですね!」
「ええ、あなたもね!」
「このような形で、貴女と一戦交えることになるとは思いもしませんでした!」
「わたしもよ!
けれど、強い相手というのは好きだわ! 吸血鬼として、力で無理やりねじ伏せてやろうと思うもの!」
力と力がぶつかり合い、そのたびに、幻想郷の空を、その余波が荒れ狂う。
その様を見て、援護に入ることが出来るものなど存在しない。
その邪魔をしようものなら、力の余波を浴びただけで消し飛んでしまいそうな戦い――そんな超人的な戦いを、二人は繰り広げる。
「さあ、これは受けきれるかしら!?」
レミリアは、再び構えた紅の魔槍を白蓮めがけて投げつける。
白蓮は一歩も引かず、それに対峙すると、切っ先を両手で受け止める。
「くっ……! さすが……!」
勢いは殺しきれず、白蓮が徐々に後ろに下がっていく。
だが、槍の先端が彼女に突き刺さることはない。むしろ、徐々に押し返されていく。
時間にして、それは数秒にも満たないせめぎあいだっただろう。
その力と力の激突に勝利したのは白蓮だった。
「はぁっ!」
裂帛の気合と共に、彼女は槍を自分の下方めがけて投げつける。
そして、反撃として放つ閃光を自ら追いかけ、レミリアへと接近した。
レミリアは迫ってくる閃光を手で払いのけ、続く白蓮の拳を左腕で受け止める。
「くっ……!」
衝撃に骨がきしみ、耐え難い激痛が走る。
しかし、レミリアは相手の攻撃を完全に受け止めると、至近距離で白蓮めがけて紅の弾丸を放った。
白蓮は顔をわずかに動かす程度でその攻撃をよけると、鋭い蹴りを放つ。
レミリアはその蹴りを膝で受け止め、相手の攻撃の勢いを利用して後方へ離脱した。
「接近戦は不利ね」
「そのようですね」
比類なきパワーを誇る吸血鬼であるが、どうしても、その攻撃は直線的、あるいは単純になりがちだ。
鋭い技を持つ相手を敵に回すと、レミリアは苦戦してしまう。
ましてやそれが、レミリアとほぼ同じパワーも兼ね備えているとなれば、認めたくない話だが、接近しての殴り合いでは勝利するのは難しそうだった。
「どこへ行くのですか!? レミリア・スカーレット!」
「ちっ! 調子に乗って!」
白蓮から放たれるレーザーが四発、空を切り裂く。
それはレミリアの周囲を囲むように走り、ゆっくりと、彼女に向かって迫ってくる。
彼女は一旦、足を止めると、上からのレーザーを手で振り払い、下からのレーザーを身をひねって回避した。
「さあ、今度はこちらの番ですよ!」
その隙にレミリアに接近していた白蓮が、振り上げた拳をレミリアに叩きつける。
直後、彼女の拳に光が収束した。それをレミリアが認識した瞬間、光が弾け、轟音と共に炎が花開き、圧力に押されたレミリアが後ろに吹き飛ばされる。
「貴女の弱点、それは! 圧倒的なまでの身の軽さ、それ自体です!」
小柄であると言うことは足回りに対する枷が小さく、素早い行動が出来ると言う利点の反面、体重と骨格の質から攻撃力と防御力に不足すると言う欠点がある。
レミリアは吸血鬼と言う種族の特性を生かしてそれを乗り越えたかのように見せているが、自分とほぼ同じかそれ以上の能力を持つ相手と対峙する場合は、やはり、上記の欠点が足を引っ張ってしまう。
猛烈な勢いで繰り出される拳と蹴りのラッシュに、たまらず、レミリアは白蓮から離れるように飛んだ。
そこを逃さず、白蓮の手から伸びる閃光の槍が直撃する。
「はっ!」
その体に突き刺さったその槍をそのまま薙ぎ払われ、レミリアの体に深いダメージが刻まれる。
レミリアは自分の傷を見て、久しく見ていなかった自分の血に、わずかに顔をゆがめる。
すぐさま回復していく己のそれを見ながら、レミリアは舌打ちした。
やはり、真っ当な手段で接近戦を行っていては勝ち目が薄い。かといって、必要以上に距離をとれば、この女の分厚い防御を打ち破るのは難しい。
どうするかと考える彼女。
それを好機と見て取ったか、白蓮がさらにレミリアに接近する。
「隙ありっ!」
突き出される拳。
回避も防御も不可能な、そのタイミング。
レミリアは、歯噛みする。
「こうなったら――美鈴直伝っ!」
その突き出される拳の側面――伸び切った腕へと左腕を押し当て、軌道を逸らす。
同時に、前方に伸びて来る相手の勢いを利用しながら、右手で白蓮の腕を掴んだレミリアは、そのまま白蓮を投げ飛ばした。
「当身投げっ!」
「なんと……! お見事です!」
あまりにもきれいな投げ技であった。
普段、攻撃ばかりで防御を全く考慮に入れないレミリアに対し、『そのままじゃ、いずれ怪我をしますよ』と警告をした美鈴が『いざという時のため』に教えた技が、まさかこのような場で役立つとは。
レミリアは美鈴に感謝し、白蓮から距離をとる。
一方の白蓮は、自分が見事に投げ飛ばされたことに感嘆の声をあげる。
攻撃一辺倒で防御のことなど何一つ考えないレミリアが、まさかこのような返し技を使ってくるとは思っていなかったのだ。
彼女は空中で何とか体勢を立て直し、乱れた平衡感覚を取り戻すために頭を振った。
その瞬間、白蓮は、自分の眼前に迫っていたレミリアの弾丸を認識する。
彼女は次々にそれを撃墜するが、撃墜された瞬間、レミリアの放つ弾丸は炸裂し、周囲に濃い爆煙を生み出していく。
「煙幕……!」
白蓮は辺りを見渡し、レミリアの追撃が来ないうちに煙の中から離脱しようと試みる。
だが、それがレミリアの作戦であった。
「っ!?」
周囲――自分の目の見える範囲に意識が集中していた白蓮は、後ろに下がった瞬間、自分の背後で爆音がすることに驚き、振り返る。
この煙の中、すでに見えない位置にレミリアの攻撃が配置されているのだ。
彼女はそれを悟ると、厳しい眼差しで周囲を見渡す。
「これは……下手に動けないわね……!」
白蓮の周囲に機雷のごとく配置されたレミリアの攻撃は、どれほどの威力を秘めているのかがわからない。
先ほどの攻撃はちょっとした爆発程度で済んだが、全てがこれと同じ威力とは思えなかった。
目に付くところにちょっとした危険を配置し、本当の『死』を隠す。トラップ配置の基本であると共に、戦術の基礎だ。
「わたしが、貴女に勝っているところ。
それはこうした遠距離攻撃と言うことは、貴女も認めるかしら?」
響くレミリアの声。
直後、次々に白蓮の周囲で爆発が発生し、その余波を彼女に浴びせていく。
「あまり、こうした小手先の小ずるいテクニックは好きではないのだけど。
けれど、普段、わたしがよく苦戦させられているのだから、それを積極的に取り込むのは悪いことではなさそうよね」
次の爆発で、白蓮は大きくたたらを踏み、体勢を崩した。
そこへ、彼女の真下から突き上げるような一撃が命中する。
上空に吹き飛ぶ白蓮。それと同時に、その一撃が巻き起こした烈風が、辺りの煙を晴らしていく。
「ほら、よく効いた」
にやりと笑うレミリア。
「さあ、追撃と行きましょうか!?」
放つ弾丸が次々に白蓮に炸裂する。
彼女の攻撃は留まるところを知らず、空に轟音が連続して響き渡る。
「とどめ――!」
最後の一撃を放つ、その瞬間。
「っ!?」
レミリアは一瞬、動きを止めた。
攻撃になぶられる白蓮の瞳が、煙と炎の隙間からレミリアを見た――それだけに過ぎない刹那。
レミリアは確実に、白蓮から『戦慄』を覚えたのだ。
息が止まり、体が硬直する。それを認めたくなくて、レミリアは歯噛みすると共に己の拳を握り締め、それを空中に振るう。力の残滓が宙を引き裂き、周囲に騒音を撒き散らした。
「……なるほど。実に見事。貴女の実力、やはり侮ることは出来ない。
恐らく、命蓮寺でも、貴女の相手が出来るのは私かマミゾウさんくらいなものでしょう」
破けた衣装。傷ついた体。
にも拘わらず、白蓮の闘志は全く萎えていない――それどころか、今までよりもさらに燃え盛っていた。
しかも、よく見れば、彼女につけられた傷は微々たる物だ。致命傷を与えることなど出来ていない。白蓮はあの状態でも、レミリアの攻撃をガードしていたのだろう。
「貴女のような兵と戦えることを、私は感謝します!」
「……元は人間とはいえ、すでに化外の領域に踏み込んでいるだけはあるわね」
レミリアは、一度、深呼吸すると構えを取り直した。
二人は互いににらみ合う。
周囲で響く轟音、震える空気の振動を感じながら、一歩も動かない二人。
そして――
「いざ――!」
「さあ――!」
「参るっ!」
「かかってきなさいっ!」
互いが同時に足を踏み切り、お互いの距離を詰めた瞬間、唐突に世界が揺らぐ。
「何!?」
「あれは……!」
二人は思わず動きを止め、同時に、その異変の源へと視線を向ける。
聖輦船――それが携える巨大な砲門が、紅魔館へと向いている。
そこに蓄えられた光は、いまや太陽をも圧して光り輝き、その圧倒的な力を誇示している。
紅魔館が誇るメイド達も、それには手を出すことが出来ずに、必死で射線上から逃れようとしていた。
「させるかっ!」
「あっ! お待ちなさい、レミリアさん! いくら貴女でも、聖輦船の主砲は受け止められませんよ!」
「知ったことですか!
あれが狙っているのは紅魔館――わたし達の家よ! 自分の家を壊されようとしている時に、その館主が尻尾を巻いて逃げ出すと思って!?」
「レミリアさん……!」
その、あまりにも雄々しき、そして勇猛な言葉に白蓮は心を打たれたのか、感慨すらその瞳に浮かべてレミリアを見送った。
彼女の後に続く傘持ちメイドは、ぺこりと白蓮に頭を下げる。
「……なるほど」
一人、その場に残った白蓮はつぶやく。
「正直、私は、レミリアさんを侮っていたようですね。
あんな、どこからどう見てもかわいらしいだけの、愛くるしいマスコット故に皆に愛されているのだと思っていたのが……全く、大はずれでした」
レミリアは、やはり、館主としての器を秘めた人物だったのだ、と彼女はこの時、確信する。
しかし、だからと言って、その後を追いかけたりはしなかった。
白蓮は言う。
『ですが、レミリアさん。勝負は私たちの勝ちのようですね』
――と。
「助太刀!?」
激痛に涙すら流していたぬえを放り出し、美鈴は慌てて後ろに下がる。
その眼前を空気が切り裂き、衝撃が大地を貫く。一瞬でも、その回避が遅れていれば、美鈴とて無事ではすまなかった攻撃が、彼女の目の前に突き刺さっていた。
ぬえはその場でしりもちをつき、気を取り直した響子に『大丈夫ですか!?』と声をかけられる。ぬえは涙を拭いて『だ、大丈夫だもん!』と強がる笑顔を見せる。それを見て、響子はほっとしたように息をつく。
反対に美鈴は、「何者だ!」と周囲を見渡し、声を上げた。
『――何者だ? 無粋な侵入者はそちらではありませんか?』
「声……。反響している……!」
『貴女こそ、この場に招かれざる侵入者。立ち去るのは、そちら』
「上かっ!」
直後、美鈴の足下に無数の弾丸が突き刺さる。
跳ね上がる聖輦船の装甲の残骸がつぶてとなり、彼女を襲った。
その一発目の攻撃をガードしてから、彼女は後ろに下がる。
そして、視線を上――太陽を背中に背負って立つ、何者かに向けて――、
「あなたは……!」
そのシルエットに、彼女は見覚えがあった。
特徴的なセーラー服。頭にかぶった帽子。
そう――、
「村……!」
「舟幽霊仮面さま!」
「…………………………………………え?」
美鈴の声を遮って上がるのはぬえの声。
思わず、ぎぎぎっ、と首を動かしてぬえを見れば、その彼女の瞳は『恋する乙女の瞳』であった。
きらきらきらりん。目の中にお星様が光っている。
「あっ、舟幽霊仮面さんです!」
それに続く響子。まぁ、こちらはどうでもいい。
また、ぎぎぎっ、と首を動かして視線を移動させる美鈴。
太陽背中に背負った彼女――どっからどう見てもどこぞの水蜜さん。その彼女は、顔に、仮面舞踏会にでも出て行く人間が装着する仮面をつけて立っていた。
「いやいやいやいやいやいやいや!
あれ、どこからどう見ても村紗水蜜さんでしょう!?」
「何言ってるのさ、バカ門番。
あれは舟幽霊仮面さまよ!」
「いやいや! その名前おかしいですよ!
第一、村紗さんも舟幽霊じゃないですか!」
「確かに、村紗も舟幽霊だけど、舟幽霊仮面さまの方がずーっとかっこいいんだもんね!」
「……………………えーっと」
どうしよう。どうしたらいいんだろう。
っていうか、さっきまでの雰囲気どこいったの? 私が普段、見せないようなシリアス出しまくってたあの時の空気はどこいったの!?
――という具合に困惑する美鈴そっちのけで、むr……『舟幽霊仮面』さまが美鈴に襲い掛かってくる。
彼女は手にした武器(アンカーではなくハープーンである)で、美鈴を殴りつける。慌てて美鈴はその一撃を左手で受け止め、衝撃に歯を食いしばる。
「ちょっと! どういうことなんですか、これ!」
「知らないわよ!」
ぎりぎりと二人で組み合いながら、顔を近づけてぼそぼそ会話。
美鈴の問いにあっさり答えてくる辺り、やっぱり、この彼女は村紗で合っているらしい。
「以前、ぬえに、あんまりにもいたずらが過ぎるから『それなら、自分がいたずらされていやな思いをすれば、他人へいたずらをすることをやめるのではないでしょうか』っていう聖の提案を受けて、こんなことやってみたら!」
がきんっ! という音がして、彼女の手にしたハープーンが美鈴の掌を打つ。
「あいつ、思いっきり私のこと『舟幽霊仮面』で信じ込んじゃったのよ!」
しかも、その時は折り悪く当初予定していた流れとは大幅にずれた流れが発生してしまい、ぬえが仕掛けたいたずらが本気で周囲の無関係な人々を巻き込んでしまったのだとか(ちなみに、本来、巻き込まれる役目は星が担うはずだった)。
さらに、その『無関係な連中』というのが辺りでも有名な札付きのモヒカン達であり、これはぬえでも撃退に苦労するだろうというところで、村紗が『とうっ』と助けに入ったのだという。
「適当な訓示を垂れて正体明かそうとしたら『はいっ! わかりました!』ってあの顔よ!
正体ばらせる!?」
「……出来ないですね」
そんな状況で、今更、『なーんちゃって!』などとやろうものならぬえの心に深い深い傷跡を残してしまうことだろう。
何だかんだで、ぬえはまだまだ頭の中身はお子様だ。それは、その子供に対して、あまりにも残酷な仕打ちに過ぎると言わざるを得ない。
結局、村紗は……というか、村紗扮する『舟幽霊仮面』は、それ以来、ぬえにとって『憧れのヒーロー』になってしまったのだという。
ミイラ取りがミイラになったと言うべきか、意味は違うが、人を呪わば穴二つというか。
「舟幽霊仮面さま、頑張ってください!」
「任せなさい、お嬢さん」
きらっ、と光る白い歯と斜め45度の笑みがたまらないのか、ぬえは顔を真っ赤にして『きゃーっ』と黄色い声援を送ってくる。
「……演技力、すごいですね」
「……それほどでもないわ」
ともあれ、幽霊のくせして墓穴を掘った村紗の情けない解説を受けて、美鈴は事態を理解した。
抜けてしまった力を何とか奮い立たせて、村紗と、彼女は対峙する。
そんな間抜けな展開ではあっても、こうして激突することは変わらないのだ。
「はぁっ!」
村紗――舟幽霊仮面めがけて美鈴が蹴りを放つ。
しかし、彼女は手にしたハープーンの腹でそれを受け止めると、その場を支点に一回転し、バックハンドで美鈴の側頭部を狙ってくる。
美鈴はそれを左手で受け止めると、反撃のために前に出て鋭く肘を突き出した。
だが、舟幽霊仮面は左足を軸足としてさらに体を回転させると、右足に軸足を移動させる。同時に、伸ばした右手でハープーンを掴むと、それを力任せに振り回してきた。
美鈴の肘とハープーンが激突し、轟音を上げる。
「……っつ~!」
「さすが、舟幽霊仮面さま!」
「頑張れー、ですぅ!」
「声援ありがとう、お嬢さん達」
二人にアピール忘れない舟幽霊仮面さま。
んなことやるから、余計に後戻り出来なくなるんじゃないかと美鈴は思ったが、口には出さなかった。
突っ込んだ墓穴を深くしている相手に手を差し伸べる趣味はなかったらしい。
ともあれ、衝撃が響く肘を押さえながら後ろに下がった彼女は、改めて構えを取ると前に出る。
攻防一体のハープーンに気をつけながら、彼女の足が地面を踏み切った。
空中から鷹のごとく繰り出される鋭い蹴りを、舟幽霊仮面はハープーンでガードする。だが、美鈴は、その瞬間、そのハープーンすら踏み台にして一段高く飛び上がると、空中でくるりと回転し、猛烈な威力の流星脚を放つ。
さすがに、それはガードできないと悟ったのか、舟幽霊仮面が後ろに下がる。
直後、轟音を上げて、聖輦船の装甲が大きくクレーター状にへこんだ。
続けて地面を蹴り、舟幽霊仮面に接近した美鈴は、怒涛の勢いでラッシュを叩き込む。
拳、蹴り、肘、膝、さらにはタックル。ありとあらゆる体術を披露し、一寸の隙も刹那の隙間すら見せず攻め立てる美鈴。
「ちっ……!」
接近戦ではどうあがいても美鈴に勝てないことを悟ったのか、舟幽霊仮面は一度、大きく後ろに下がると片手を挙げる。
「お嬢さんたち、こちらにいらっしゃい。そこにいると危ないわよ」
「はいっ!
ほら、急いで、響子」
「あ、は、はいです!」
二人が自分の元まで移動してきたのを見てから、彼女は言う。
「砲撃、開始!」
途端、聖輦船の装甲のあちこちが変形し、二門の砲を備えた砲門を吐き出した。
一輪が『んなもの設置したら許さないわよ!』と言っていた、超至近距離用の迎撃システムだ。
それらが一斉に閃光を吐き出し、360度から美鈴を狙い撃つ。
「ちぃっ!」
一撃目は回避するものの、続く二度目の斉射には対応できず、彼女はぬえとの戦いのダメージが残る左足を焼かれてしまう。
その場に膝を突く美鈴。
一方、ぬえ達は『さすが舟幽霊仮面さまです!』とますます彼女への株を上げている。
そして、完全に動きの止まった美鈴にとどめを刺すべく、砲台に光が点った次の瞬間――、
「お待たせいたしました、美鈴さま」
その場に一人のメイドが乱入した。
彼女は手にした刀を、一度、腰に掃いた鞘に収める。
眼鏡のレンズの下の瞳が鋭さを増し、その右手が刀の柄を握り締める。次の瞬間、彼女は目にも留まらぬ斬撃を放ち、あっという間に周囲の砲台全てを切断した。
あちこちで炸裂する破壊音。それをバックに、彼女は刀を鞘へと戻し、優雅な笑顔と共に美鈴に一礼する。
彼女、どうやら居合いを使いこなすらしい。
「あなたは……!
他の皆さんは?」
「他の方々は、みんなの援護です。私も、皆さんに援護をもらいながらここまで」
視線をやれば、聖輦船の足止めをしているメイド達に混じって、彼女のような白い衣装を身に纏うメイドが活躍している。
一人は巨大な大鎌振り回し、次から次へと対空砲火を斬りさばき、あらゆる角度から迫る攻撃を軽々よけると言う人間業ではない動きを披露している。もう一人は、どう見てもガトリングガンにしか見えない巨大な銃を両手に構え、聖輦船の砲撃すら打ち負かす閃光を放つ。その銃は、両手に持ったそれを連結させれば、砲撃メイド達の使っていたランチャー砲クラスの閃光を連射できるというとんでもない武器である。
「増援……のようですね」
「美鈴さま、彼女は村……」
「舟幽霊仮面、って言ってあげてください」
「……へ?」
間抜けな声を上げる彼女は、しかし、美鈴のその言葉の意味を即行で悟ることになる。
「ですが、勝利は我々のものです」
「はい! その通りです、舟幽霊仮面さま!」
きらきら目を輝かせているぬえを見て『……あー』と納得してしまった彼女は、ずれた眼鏡を元の位置に戻して、とりあえず、傷ついた美鈴に対して傷薬を手渡した。
ともあれ、
「どういう意味ですか!?」
それまでの流れを何とか元に戻すべく、美鈴が声を張り上げる。
だが、舟幽霊仮面が答えるまでもなく、彼女はその意味を知った。
それまで、ただ天を向いていただけの聖輦船の主砲が前に倒れている。そればかりか、その間に巨大な光を蓄え始めているのだ。
「これが放たれれば、あなた達にそれをどうこうすることは出来ない。
そうでしょう?」
――そして、発射を止めることも出来ない。
言外にその言葉を秘める舟幽霊仮面に言い返すことが出来ず、美鈴は沈黙する。
「わたし達の勝利です」
「どうだー! 見たか、舟幽霊仮面さまの実力!」
「……あんまり関係ないって言っちゃダメですよね?」
「……あの子のきらきらな目を見て、それが言えるならすごいと思いますよ?」
調子づいて声を上げるぬえの無邪気さに、『……ですよねー』とメイドの彼女はつぶやいた。
しかし、何か間抜けなノリになりつつあるが、これは明確な紅魔館の危機であった。
事実、聖輦船と、そして命蓮寺と戦っている紅魔館の部隊も、聖輦船の主砲を前にすればどうすることも出来ず、必死で、その攻撃に巻き込まれないように逃げるのが精一杯だ。
美鈴もまた、それは同じである。
いくら彼女が卓越した武術家とはいえ、こんな巨大な化け物が持つ切り札をどうこうすることなど出来やしない。
ただ、黙って聖輦船の主砲が起動するのを見ていることしか出来ないのだ。
歯噛みする彼女。
これまで守り続けてきた、あの紅の館が消滅するところを、この目で見なくてはいけないという現実に、彼女の顔が悔しそうに歪む。
どうにかすることは出来ないのか。
考えても答えが出ない迷宮にはまり込む美鈴。その彼女を、無情な声が現実へと引きずり戻す。
「聖輦船! 主砲! てーっ!」
舟幽霊仮面――村紗の指揮の下、高まりに高まった閃光が、一気に紅魔館めがけて放たれた。
その光景には絶望すら生ぬるい。
ただ呆然と見つめるだけの美鈴の視界に、違和感が映ったのはその時。
「お嬢様!?」
閃光のまん前に立ちふさがるレミリアの姿。
彼女を見て、村紗ですら「何やってるのよ!?」と叫ぶ。当然だ。彼女は今回の戦いで、敵を撃破することを楽しんではいたものの、『殺す』ことまでをやろうとしていたわけではないのだから。
「お嬢様、お逃げください!」
声が届いたとしても、もはやその行動を取ることが出来ないと、美鈴はわかっている。
わかっていても、ただ、彼女は叫ばずにはいられなかった。
「何もついてこなくてもよかったのよ」
「でしたら、誰がこの傘をお持ちするのですか?」
にっこりと微笑んで、メイドはレミリアの言葉に返した。
その返答に、彼女は何を思っただろうか。
苦笑を浮かべると共に、今の目の前の状況には似つかわしくない、いつもよりもずっと砕けた笑顔を、レミリアは浮かべた。
「貴女も物好きね。
たとえ妖精は死なないとはいえ、原子レベルにまで消滅したらどうなるのかしら」
「……さあ。
けれど、私はお嬢様をにっくき日光よりお守りすると言う大役を与えられております。
その役目、誠に光栄であります」
「好きになさい」
眼前に迫る巨大な閃光。
魔理沙のマスタースパークなど、豆鉄砲にも満たないその破壊的な威力を持つ閃光を前に、「さあ、かかってきなさい!」とレミリアは吼えた。
彼女の姿が閃光の中に飲み込まれる。
突き出した両腕は一瞬にして焼かれ、彼女は激痛に苦悶の表情を浮かべる。
「やっぱり……無謀だったかしらね……!」
隣のメイドはレミリアを守るべく、鉄壁の日傘をかざすが、それでも耐えることが出来たのは数秒にも満たなかった。
「……やれやれ。また、こうしてお嬢様のお側を守るのを任されるまで、どれくらいかかるでしょうね」
「あら、もしも復活できたらすぐにうちに来るといいわ。
貴女がどんな姿になっていても、こうして、わたしの側で傘を持つことを許してあげるから」
「それは嬉しいお言葉です」
二人の体は完全に閃光の中に消え、それまで押さえていた光の塊がその眼前に迫る。
レミリアは苦笑を浮かべ、ひょいと肩をすくめた。
諦めることはしない――そう、頭の中ではわかっていても、諦めざるを得ないこの状況。
さて、どうしたものかしらね。
そう、小さな唇がつぶやいた。
――第六章:巨神――
「パチュリー様」
「何?」
「現在の戦況をご報告いたします。
美鈴さま率いる突撃部隊の戦力、6割が戦闘不能。美鈴さま及びマイスターの方々が3名、聖輦船に取り付くことに成功しました。
咲夜さま率いる砲撃部隊は戦力を、同じく6割減じており、ランチャー砲が二基を除き、マミゾウ様とベントラーにより破壊され、実質、部隊全体が無力化されております」
「そう」
片手に広げていた本を閉じて、パチュリーはゆっくりと、椅子から立ち上がった。
彼女の元に報告を持って来たのは、この図書館によく出入りするメイドである。本好きと言う趣味が高じて、パチュリーと意気投合している数少ないものだ。
「現在、レミリアお嬢様が白蓮さまとの戦闘後、聖輦船の主砲へと突撃しております。
なお、フランドールお嬢様は、一輪さまと雲山さまの前に苦戦している模様」
「となると、レミィのことだから、そろそろ無茶をしでかす頃ね」
彼女は手元の机を叩いた。
すると、その一部がぱかっと開き、中に赤いボタンが現れる。それを押すと、彼女たちの足下の床が小さく鳴動する。
「この準備をしておいて正解だったわ」
「……パチュリー様、それは?」
「今回は、相手が相手でしょう? まともにぶつかって、そう簡単に勝利できるとは思っていない。
相手が聖輦船という勝利のシンボルを背負っているなら、私たちもそれが必要と思っただけよ」
「なるほど」
「そろそろ私も出るわ。現状の報告を、続けてお願い。
そこのマイクに向かって喋れば、私に通じるから」
床の一部がぽっかりと開き、地下に向かう階段が現れている。
パチュリーはその中へと、ゆっくりと進んでいく。
階段はかなり長い間続き、目の前の、厳重な封印のなされた扉を開けば、まっすぐに続く石造りの廊下がその向こうに広がっている。
『戦況は、かなりこちらの不利に働いております。
やはり、聖輦船の圧倒的な火力、絶大な防御力を破るのには、皆さん、苦労している模様です』
「でしょうね」
『個々人の戦闘力でなら、決して後れは取っておりません。
事実、美鈴さまはぬえ様と村紗さまのお二人を相手にして圧倒的優位に戦いを進めております。
咲夜さまはマミゾウ様との戦闘で一時的に戦闘不能状態ですが、マミゾウ様を追い返すことに成功しました。
唯一、フランドール様が完全に足止めされてしまっておりますが……』
「フランは遊ぶことが好きだもの。
自分に向かってくる相手がいたら、こちらの戦略なんてお構いなしよ」
廊下に響くメイドの声。
それに答えながら、彼女は進んでいく。
空間のほとんどが暗闇に沈むその向こう――新しく、一枚のドアが見えてくる。
『このままでは、こちらの疲れがたまってきた頃に聖輦船によって蹴散らされるのは目に見えています』
「ええ、そうね。
だから、聖輦船を倒すだけの力が必要」
『はい。
また、つい先ほど入ってきた報告ですが、聖輦船の主砲がこちらに照準を定めた様子です。現在、命蓮寺側の勧告を受け、お客様とメイド達を退避させております』
「急ぎなさい。あなたもね」
『はい』
パチュリーはドアを開く。
ここへの入り口とは違い、何の変哲もないただのドア。その向こうには、巨大な空間があった。
紅魔館の地下に作られたその空洞には闇しかない――いや。
『パチュリー様はどうされるのですか?』
「初陣よ」
『……初陣、ですか?』
「ええ」
パチュリーの口許に笑みが浮かぶ。
わずかに残る足場から、彼女は虚空へと身を躍らせる。
「この私、パチュリー・ノーレッジの智慧と魔法の全てを結集して作り上げた、最強の悪魔――紅魔館の化身を起こす時が来たのよ」
『……え? あの、それ……いつ作ってたんですか……?』
「内緒」
さすがのメイドも呆れ声であった。
ともあれ、パチュリーは闇の中を進み、ゆっくりと、その軌道を変えて下へと降りていく。
「真なる紅を秘めた究極の悪魔――その力を存分に見せ付けてやるとするわ。
聖輦船なんて、ただのでかいだけのでくの坊に過ぎないことを、彼女たちに教えてあげる」
『……無茶はなさらないようにお願いします』
「ええ、そのつもりよ。
それに、私はレミィの友人だもの。友人の危機に颯爽と駆けつける援軍――かっこいいでしょ?」
そう言って、にっこりと微笑む彼女の視線の先に、紅の結晶が見えてきたのは、その時だった。
「お嬢様っ!」
「お待ちください、メイド長!」
「離しなさい! 時間を止めて、お嬢様を……!」
「消耗している今の咲夜さんじゃ無理です!
誰か、手伝って! 咲夜さんを取り押さえて!」
レミリアが聖輦船の攻撃に立ち向かうのを見て、咲夜が表情を変化させる。
なんとしても彼女の元に馳せ参じようとする咲夜を、メイドや小悪魔が必死になって押さえつける。
「お嬢様! おやめください! お嬢様ぁっ!」
そして、レミリアが閃光に飲み込まれたその時、彼女は悲鳴にも近い声を上げ、周囲を囲むメイド達を振り払おうとする。
だが、マミゾウから受けたダメージは深く、それがほとんど行動にならない。
彼女の見ている前で、最悪の結果が現れる――それを何としても阻止しようとする咲夜は、哀れだった。
「咲夜さん! お願いですから落ち着いてください! 咲夜さんっ!」
言い聞かせようと声を張り上げる小悪魔。
咲夜の願いむなしく、レミリアが聖輦船の攻撃の前に消滅する――誰もが、その結末を、その光景に予想した。
『諦めるのはまだ早いッ!』
その時、突如として幻想郷の空に声が響き渡る。
『最後の最後のその瞬間! 目の前に攻撃が迫るその瞬間が来たとしても、あがくことが出来るならあがく!
指が動くならスペカを使え! そうでしょう、小悪魔! そして、咲夜ッ!』
「この声は……!?」
小悪魔が空を見上げたとき、太陽から降り注ぐ陽光を遮る影があった。
それは、太陽すら飲み込む悪魔のごとく、幻想郷の空に暗い影を落としている。
巨大な影――両の腕を伸ばした、その『悪魔』が、聖輦船の砲撃を真正面から受け止める。
「何……あれ……!?」
咲夜はその影を見て、呆然と、言葉を発する。
「バカな……!?」
一方、村紗は驚愕の表情を隠しきれなかった。
あらゆるものを消滅させる威力を持つ聖輦船の主砲を受け止めた謎の影。その存在が認められなかった。
美鈴もまた、そんなバカげたものがこの世に存在するとは思っていなかった。
ましてや――、
『それがレミィの戦い方よッ!』
響く声と共に、主砲の角度が大きく捻じ曲げられ、あさっての方向へと吹き飛ばされることなど、想像すらしていなかった。
「パチェ……なの……?」
自分の後ろに佇む紅い悪魔。それを見上げるレミリアに、それは答えた。
「聖輦船に対抗するには、まともに数でぶつかっても勝てないと思っていたわ。
こいつを作るのに時間がかかってしまったけれど、何とか間に合ったようね! ぶっつけ本番だけれど、期待していいわよ! レミィ!」
『それ』は悪魔である。
『それ』は巨神である。
そして、『それ』は紅魔の名を冠するものであった。
「か……!」
「……お嬢様?」
「かっこいい~……! 乗りたい、乗りたい! パチェ、わたし、それに乗りたいっ!」
『あ、ごめん。これ、一人乗りなの』
「ええ~!?」
メイドに抱きしめてもらって日光からガードしてもらいつつ、レミリアは目をきらきら輝かせて声を上げる。
ちなみに同じように、一輪と雲山と戦っていたフランドールも『かっこいいかっこいい!』とおおはしゃぎしていた。
――ともあれ。
パチュリーが投入してきた『新戦力』。
それは、単純に言ってしまえば、聖輦船にも負けない存在、すなわち巨大ロボットであった。
一体いつ作ったのかさっぱりわからないが、過去にはこれよりも巨大な機械の塊をあっさり作っていたりしたパチュリーだ。その辺りの疑問は口にするだけ無用であった。
背中に巨大な蝙蝠の翼を生やし、全体を紅で統一したロボット。
何となくレミリアをイメージしているのか、デザインは、遠目に見れば巨大化した彼女にすら見える。
「ふん……なるほど。
面白いことをしてくれたわね、紅魔館……。だけど、聖輦船に勝てると思っているの? そんな小さなものが」
つぶやく村紗。
彼女はいつの間にか仮面を外しており、「あれ? 村紗。いつからいたの?」と、隣でぬえが首をかしげている。
「言ってくれるわね、舟幽霊!」
村紗の言葉に、コクピットでパチュリーが吼える。
『体を巨大にすればあらゆる容積が肥大化し、余裕が生まれるのは当然! だけど、巨大化することへのデメリットを何も考えてないその発言は間抜けの一言だわ!』
「何ですって!?」
『私が目指したのはコンパクト&ハイパワー! 12基の賢者の石からなるエネルギーを互いに相乗させることで通常の12の階乗、すなわち約4.8億倍の魔力パワーを携えたこのスカーレット・ロボ!
それが遊びではないことをよく知ることね!』
「……言ってくれるじゃない。
聖輦船、全砲門、開けっ! 目標、スカーレット・ロボ! 撃沈せよっ!」
一斉に放たれる、聖輦船の一斉射撃。
幻想郷の空全てを埋め尽くすかのような閃光の乱舞。隙間の見えない圧倒的な包囲弾幕。
しかし、迫るそれを、パチュリーはカメラを通してコクピットから見据え、鼻で笑った。
『遅いッ!』
「なっ!?」
まさに、電光石火。
超高速でその場を離脱したスカーレット・ロボの機動力は、レミリアをそのまま強化したかのようだ。
あっという間に聖輦船の砲撃を逃れたスカーレット・ロボがそのまま聖輦船に突撃し、その足で蹴りを食らわした。
スピード以上の威力が乗ったそれが、2000メートルの巨体を揺るがす。
「ちぃっ……!」
村紗は舌打ちする。
聖輦船の最大の弱点――それは、本体が『船』であると言うことだ。
船は本来、後方にどっしりと控え、向かってくる敵を撃墜する存在である。
そのため、1対1の戦い――特に、素早さを売りとして張り付いてくる相手には特に弱いのだ。
ましてや――、
『ただ殴る蹴るが武器じゃないわ!
こいつには、搭載した賢者の石の魔力を最大限に操ることで、私の使う魔法を爆発的に強化・放出する機能を備えているのよ!
さあ、見せてあげる! その主砲を上回る破壊力と言うものをね!』
空へと舞い上がるスカーレット・ロボ。
その両腕に蓄えられた魔力が爆発的に膨らみ、そして凝縮する。
胸の前に構えた両の掌に包まれた、巨大なエネルギーの塊を振り上げ、パチュリーは叫んだ。
『アグニィィィィィィッ! シャァァァァァァァァァインッ!!(CV:神○明)』
放たれる『擬似太陽』とも言うべきエネルギーの塊が聖輦船に直撃し、比ゆではなく、その体を吹き飛ばした。
右足を丸ごと消滅させられた船が大きくかしいでいく。
「何ですか今の声パチュリー様!?」
『古来より、必殺技を放つときには掛け声が必要よ、小悪魔!
スカーレット・ロボにはその音声に反応して、己の出力を上げる「熱血魂動力炉」を同時に内蔵しているのッ!
そして、その動力炉が持つ全てのエネルギーを活用するために、最もふさわしい音声へと同時変換する機能も搭載ッ!
すなわち! 叫びこそ力、よ!』
「もう知識の魔女全否定してますよねそれ!?」
『さあ、まだまだあるわよッ!
シィィィィィルバァァァァァァッ!! ドォラゴォォォォォォォンッ!!(CV:○谷明)』
左手に纏った淡い閃光を、接近と共に聖輦船に叩きつけるスカーレット・ロボ。
猛烈な爆発。さらにそれに留まらず、閃光はまるで龍のごとく天に向かって走り、聖輦船の左腕を切断する。
「……………………」
「……あの、小悪魔さん。その……パチュリー様、きっと、徹夜が続いてはっちゃけちゃってるだけですから。
あの、だから、大丈夫ですから。ね? ね?」
「そ、そうよ。小悪魔。きっと大丈夫よ、色々。ほら、だから機嫌直して元気になって。ね?」
さっきまでうろたえまくってた咲夜が、今度は小悪魔を慰める立場になっていた。
と言うか、咲夜には所謂『そっち系』の趣味がなかったのか、パチュリー操るスカーレット・ロボの乱入で正気を取り戻していたらしい。
一方の小悪魔はもう何か色んなものに大ダメージを受けたらしく、両腕と両膝を、空の上なのにがっくりと落とす器用なことをしていたが。
『船長! 船長、聞こえているか!
ダメージがひどい! このままでは聖輦船が落とされるぞ!』
『敵の動きが速すぎて砲台が捉え切れません!
船長! どうしますか!』
「ふふ……」
慌てふためくナズーリンと星の声。
それを聞きながら、村紗は笑っていた。
「ふふふ……! はははは……!
……そう。そういうこと……」
彼女は伏せていた顔を上げる。
彼女は、笑っていた。その目にはっきりとした闘志を浮かべ、笑っていた。
真の強敵と戦える、その事実を喜ぶ戦士の顔をしていた。
「ならば見せてあげる! 聖輦船の真の実力をね!
聖輦船、全砲門開放! 全システムフルアクティブ! バーストモードに突入!」
「な、何!?」
「美鈴さま、ここにいるのは危険です! 離れましょう!」
「は、はい!」
美鈴とメイドが聖輦船から離脱していく。
轟音と振動を上げ、聖輦船が崩していた体勢を元に戻していく。
同時に、全ての生き残っていた砲台に光が点る。
「第15サブブロックサブ動力炉起動! 第17サブブロックサブ動力炉起動! バイパス、つなげ!」
「あ、あの、何が起こってるんですか?」
「え? そ、それ聞かれても……」
「全動力炉ON! 聖輦船、フルパワーモード!」
一瞬後、それまでのすさまじい弾幕すら、子供の遊びにしか過ぎなかったように思えるほどの強烈な閃光が、聖輦船の全身から発射される。
パチュリーの操るスカーレット・ロボはそれを巧みに回避し、反撃を放つ。
だが、それを、聖輦船の誇るバリアが軽々と弾いた。
「……なるほど。
全てのエネルギーを戦闘に回すことで攻撃の出力とバリアの出力を上げたと言うこと。
まさに決戦用の戦闘形態ということね……!」
コクピットの中でつぶやき、敵の状況を分析するパチュリーは、ちらりと、手元のコンソールに視線を落とす。
「フルパワー状態で戦えるのは、残り2分ってところ……。
それまでに勝負をつけるッ!」
いくら賢者の石が大出力をもたらすとはいえ、それを完全に使いこなした状況で使い続けるのは難しい。
また、当然、エネルギーは無尽蔵と言うわけではない。使えば使うほど消費されていくものだ。
このスカーレット・ロボは超出力での機動が可能な代わりにすさまじいほどの大飯ぐらいなのである。
「傷ついたあなたにスペルなんて使う必要がないッ!
行くわよッ!
スカーレットォォォォォ・ビィィィィィィムッ!!(CV:神谷○)」
スカーレット・ロボの腹部から放たれる、渦を巻く閃光が聖輦船の砲撃と激突し、それらを蹴散らしながら突き進む。
しかし、聖輦船の砲撃の出力が上がっているためか、聖輦船本体に届く前にその威力は大幅に減殺されていた。
バリアがそれを簡単に防ぎ、反撃の砲撃がスカーレット・ロボを襲う。
離脱し、幻想郷の空を舞うスカーレット・ロボ。それまで、これを追いかけることすら出来なかった聖輦船の砲撃が、ぴったりとその後をついてくる。
パチュリーはスカーレット・ロボを動かしながら、手元のコンソールを叩く。
「ならばッ!」
一度、後ろに引いた腕をまっすぐに押し出す。
それと同時に、スカーレット・ロボの周囲に浮かんだ緑色の巨大な弾丸が、一斉に聖輦船へと向かう。
「エメラルドォォォォォォォッ! メガリスッ!!(CV:○○明)」
普段の愛嬌のある丸顔が、まるでGペンで描いたかのごとく男前フェイスとなったパチュリーの叫びが幻想郷の空に響き渡り、かくて、二大スーパーロボットによる大激突が繰り広げられたのだった。
「……あー」
「すごいですねぇ。今までの魔法少女達の戦いの中でも段違いですよ」
幻想郷の空で始まった、紅魔館VS命蓮寺の大激突。
最初は互いの勢力の総力戦が、いつの間にか巨大ロボットのぶつかり合いと言う空前絶後の状態だ。
そも『幻想郷の技術力はどうなった』という疑問や『そもそもこれは魔法少女関係あるのか』という根本的な問題はゴミ箱ぽいぽいぽいのぽいのこの状況。
その中で、平穏を保つ博麗神社では、霊夢が色んなものを諦めたような表情で空を見上げ、その後ろで阿求が幻想郷縁起にさらさらと今回の出来事を書きとめている。ちなみに、彼女は握るペンを筆から太い線をがしがし引けるGペンに切り替え、文字ばかりの幻想郷縁起に見事な熱血漫画を描いていた。なおフルカラーである。
『フォォォォォォレストォッ! ブレェェェェェェェイズッ!!(CV:神○○)』
『聖輦船、フルバーストっ! 撃てぇぇぇぇぇぇぇっ!』
――という、パチュリーと村紗の声がここまで響いてきている。
こりゃ、この戦いが終わったら、間違いなくパチュリーは寝込むだろうなと霊夢は思った。
「……どーすんのよ、あれ」
「どうにもなりませんよ。決着がつくまでは」
ちなみに、スカーレット・ロボが捻じ曲げた聖輦船の主砲は、その後、博麗大結界の一部を爆砕していたりする。
結界直すのにどれくらいかかるんだろうなぁ……と、霊夢は思っていた。
「……はぁ」
「まぁ、外側から眺める傍観者になると言うのは正しいと思います。
いくら霊夢さんでもスーパーロボットには勝てないでしょうし」
「あんなもんに勝ちたいとも思わないけどね」
「いえいえ違いますよ。
スーパーロボットは正義のロボットです。正義のロボットを倒すことは子供の情操教育に非常に悪影響を与えるんですよ」
「日本語喋れ」
べしっ、と阿求の後頭部をはたいた後、霊夢はため息一つ。
今までの博麗の巫女は、こんな空を眺めていたのかなぁ、と思いながら、彼女はお茶をすする。
遠くでどっかんどっかん響く爆音。あっちこっちで上がる火の手、粉砕される幻想郷。それをぼんやり眺めてなければいけない博麗の巫女って、何なんだろうなぁ、と彼女は自分の存在そのものについて悩み始めていた。
ややしばらくして阿求が復活してから、また幻想郷縁起を書き留めていく中。
霊夢は部屋の時計に視線をやった。
「……そろそろお昼ごはんか」
「じゃあ、今日もわたしが作りますね。お世話になっているお礼です」
「可能なら今すぐ帰って欲しいんだけどね」
「あっはっは。やだなぁ、もう。霊夢さんったら。
わたしが美少女だからって、一つ屋根の下に同棲することに気後れしなくていいんですよ」
「あんた絶対長生きだろ」
霊夢のツッコミ何のその。
立ち上がった阿求は、ふんふんと鼻歌を歌いながらキッチンへと歩いていく。
彼女の後ろ姿を見送った霊夢は、またお茶の入った湯飲みを傾けた。
そうして、ふぅ、と息をつく。
「……青空むかつくー……」
こんな日でも、お天道様は人間の都合など知ったことではない。
燦々と降り注ぐ日の光が心地よく、またとても憎らしかった。
かなうなら、こんな日も全てが夢であればいいのに――そう、戦いの流れ弾が博麗神社近くの山林に着弾し、周囲を爆砕し、巨大なクレーターを作り、霊夢が現実逃避し始めた時だ。
「霊夢さん」
彼女の前に早苗がやってきた。
ふぅわりと、優雅に空から舞い降りた彼女の姿は破壊の空を舞う天使がごとく――と、霊夢が思っているのかどうなのかは不明であるが。
そんな早苗はにこっと霊夢に向かって微笑むと、ゆっくり、彼女へと歩み寄っていく。
「早苗……」
「霊夢さん、行きましょう」
「……へっ?」
笑顔で差し出される手。
それと早苗の顔を何度も交互に見比べて、霊夢は首をかしげた。
早苗は後ろを振り返る。
幻想郷の空を舞台としたスーパーロボット大激突を見ながら、言う。
「霊夢さん。魔法少女の戦いには、魔法少女の存在が必須です」
「………………」
――あー、そうだ。この子はこういう子だったんだ。
おでこに手を当ててうつむく霊夢。
早苗と言う存在がどのようなものであるか、今まで付き合ってきていやと言うほど知っていたはずなのに。それでも彼女に一縷の望みを見出してしまうのは、やはり愛ゆえにだろうか。
願わくば、彼女も自分と同じ、まともな視線で冷めた態度でいて欲しかった。そんな願いもどこへやら。
霊夢のそんな想いなど何するものぞ。早苗の背中は、すでにある意味、霊夢の手に届くところにはなく、彼女の理解できない世界へと行ってしまっている。そんな早苗を見つめなくてはいけない霊夢の胸中に、早苗との今までの思い出が去来し、何かもう色んな意味で切なくなってくる。
ともあれ、そんな霊夢の葛藤はさておき、早苗は独白を続ける。
「スーパーロボット大いに結構。むしろもっとやれ。
わたしはそう思いますが、この戦いの主役をないがしろにしてしまうのはよくないと思うんです。
だからこそ、わたし達が立ち上がるべきだと思いませんか?」
「……思わない。これっぽっちも」
「幻想郷の秩序と平穏を守るのが博麗の巫女!
すなわち、幻想郷で起きる全ての事象に干渉し、その流れを修正するのも、また博麗の巫女の役目!
わたしは、そんな霊夢さんと共に歩むことを誓った女! 霊夢さんのために戦うのがわたしの役目なのです!」
「……や、もう、どうでもいいから。
ほっとこう。あれ。一日たてばよくなるよ。多分」
「いけません!
さあ、霊夢さん!」
ぎゅっ、と握られる霊夢の手。
そのまま、腕が潰れるのではないかと思うほどの握力でもって実力行使してくる早苗に、霊夢は『痛い痛い痛いって!』と悲鳴を上げる。
「わたしと霊夢さんがこの身を捧げることで幻想郷に平穏が戻るのです!
さあ! さあ! さあ!」
「何でそんなにやる気なのよ早苗、ちょっと待って~!」
悲鳴を上げながら、霊夢は連れて行かれてしまった。
一人、キッチンでその騒動を聞いていた阿求は、料理を途中でストップさせると居間に取って返し、『よいしょ』と自分の大荷物を背負う。
「ここも安全じゃなくなりましたね……。
どこ行こうかな」
これからここで何かが起きる――それに感づいた阿求は、早々に逃げを決め込んだらしい。
とはいえ、彼女の知り合いは、皆、ここから歩いてくのであれば相当な距離がある場所に住まう者たち。当然、阿求の足では辿り着くことは出来ないだろう。
――仕方ないから、その辺で野宿でもしよう。
彼女は気楽にそんなことを考えながら、ひ弱な体だの短い寿命だの、自分にとって大切な色んな設定を無視して、博麗神社を後にするのだった。
「ぱちぇー、がんばれー!」
「……ねぇ、雲山。これ、どうなるのかしら」
『わしに言われてもなぁ……』
激闘は続く。
高速機動と一瞬の爆発力を武器とするスカーレット・ロボと継続的な超弾幕を武器とする聖輦船とでは、一見するとスカーレット・ロボが有利なように戦えているようにも見えた。最初の一撃で聖輦船は右足と左手を失い、大きく傷ついている。一方、スカーレット・ロボは相手の攻撃を巧みに回避し、未だ無傷の状態だ。
しかし、村紗の指示で聖輦船の砲門が全力で動き始めてからというもの、得意なリーチを維持できずに攻めあぐねている。
最初のような大きな戦果を挙げることが出来ず、距離をとって攻撃し続けるスカーレット・ロボを見れば苦戦しているのがよくわかる光景でもあった。
「ちっ!」
スカーレット・ロボのコクピットでパチュリーが舌打ちする。
残りエネルギーが少ないことが警告されるレッドランプがさっきから点滅を繰り返している。
「まずいわね……!」
そして、叫びすぎでパチュリーの声もやばいことになっていた。
いまや『CV:神○明』が『CV:キート○山○』になっている。おかげで、叫びエネルギーも低下中だ。
「まさか、ここまで苦戦するとは……! 聖輦船……楽に勝てる相手ではないと思っていたけれど、ここまでの苦戦をさせられるとも思っていなかったわ」
それは紛れもなく、自分の智慧と魔力、そしてその結晶であるスカーレット・ロボに自信を持っていたからこその言葉だった。
パチュリーは歯噛みし、目の前のスクリーンをにらみつける。
まばゆいばかりの光を放つ聖輦船。それにどうやって接近するか、頭を悩ませる彼女の眼前に、聖輦船から放たれたミサイルが接近してくる。
「このままではジリ貧、か……!」
ミサイルを回避し、パチュリーはつぶやいた。
手元の機械のそれぞれを見て、スカーレット・ロボの現状を知らせるモニターを見て、彼女は決断する。
その口許にニヒルな笑みが浮かぶ。
彼女の瞳がまっすぐに、聖輦船を見つめる。
『船長! 船の残りエネルギーと弾薬が数少ない!』
「しぶとかったわね……!」
そして、消耗しているのは聖輦船も同じだった。
こちらも無限のエネルギーで動いていると言うわけではなく、いずれ限界が訪れるようになっている。その『限界』が極端に彼方の方向に存在していたと言うだけだ。
スカーレット・ロボという強敵を前にして、本気で戦い始めたことで、村紗ですら見たことのなかった『エネルギー切れ』が間近に迫ってきているのだ。
「ナズーリン! 現状、どれくらいの戦闘継続が可能!?」
『このままではもって5分!』
「5分か……。
5分もあれば充分ね!」
聖輦船の肩の上に仁王立ちする村紗は、その拳を振り上げ、宣言する。
「幻想郷の全てのものに告げる! わたしの名前は村紗! そして、この船は、最強の船、聖輦船!
我らに敗北なしっ!」
彼女の勝利宣言は、高らかに戦闘空域に響き渡る。
その、あまりにも自信に満ちた――だが、圧倒的なまでの強さを持った言葉は、命蓮寺の面々のみならず、敵対している紅魔館の者たちの心を打つ。
振り上げた右手の指先を、村紗はスカーレット・ロボへと向ける。
「そろそろ勝負をつけましょうか!」
『望むところよ!』
両者は距離を置いて互いににらみ合う。
そして、最初に動いたのはスカーレット・ロボだ。
多少の被弾などものともせずに聖輦船へと接近していく。自分が得意とする超至近距離からの必殺技でけりをつけようというのだろう。
一方、聖輦船は全ての砲門をスカーレット・ロボに向け、一斉射を繰り返す。
「行くわよ、聖輦船! お前をこの手で沈めてみせるっ!」
「かかってきなさい、スカーレット・ロボ! この船が無敵の不沈艦であることを教えてやるわっ!」
「……ねぇ、響子。村紗、顔、変わってない?」
「何か男らしいです」
Gペンで描かれた二人の顔の輪郭は、まさに石川○か永○豪であった。
共に『究極の勝利』を目指してぶつかり合う、漢の顔をした二人がついに激突する。
「いけぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「負けるものかぁぁぁぁぁぁぁっ!」
巨大な聖輦船をスカーレット・ロボが一気に押していく。
両者のパワーはほぼ互角――いや、わずかにスカーレット・ロボが押している。
すさまじい破砕音が幻想郷の空に響き渡り、世界が揺らぐ。
弾ける稲光。走る爆発。
そして、互いの全てが炸裂し、まさに勝負が決すると思われたその時、両者の間に巨大な爆発が発生する。
その爆発に煽られる形でスカーレット・ロボは、一旦、聖輦船から距離をとる。一方の聖輦船も、わずかに崩した体勢を立て直しつつ、その足で幻想郷の空をしっかりと踏みしめた。
『何!?」
「ナズーリン! 被害報告を!」
『待ちなさい、村紗! あれを見るのよ!』
と、○ートン山○な声で叫ぶパチュリー。どうやら音声変換システムが壊れたらしい。
スカーレット・ロボが示す先。
何もない――と思われたその空間が唐突に歪み、巨大な穴を空ける。
『この世が望むものをもたらすため――』
その亀裂から現れた一本の手が、亀裂を掴む。
『この世界のルールの顕現のため――』
二本目の手が現れ、その体を引っ張り出してくる。
『邪魔なものには消えてもらいましょう――』
禍々しい亀裂の向こうから現れる、一つ目の巨大ロボ――。
『そして、それが世界がなせぬというのなら、このわたしがなしてやろう――』
響く声には聞き覚えがある。
誰もがそちらへと視線を向ける中、ついに『それ』が現れる。
『この、幻想郷の顕現、ミコライマーが!』
「あの声は……早苗さんですね……」
「あーもーどーでもいいよ……早く終わってくださいほんと……」
「め、美鈴さま、しっかり!」
「誰か! 小悪魔を救護班に! 急いで!」
幻想郷の空に現れる、第三の巨大ロボ。
圧倒的な威圧感と存在感。漂う気配の禍々しさは、とてもではないが、それに乗っているであろう『者』が普段見せている気配ではない。
それに当てられたのか(注:全くこれっぽっちも違います)美鈴は完全に無気力状態になり、パチュリーの豹変っぷりについていけなくなった司書は咲夜の指示で後送されていく。
「……ご主人。私はこんな時、どんな顔をしたらいいんだろうか」
「ミコライマー……! これは一体……!」
「ああそうだよねーこいつに聞いたってまともな答えなんて返ってくるわけないよねーはっはっはっは……はぁ」
聖輦船のブリッジでは、戦慄する星と世の中なんかどーでもよくなったナズーリンとが目の前の光景を見つめている。
「あれは……一体、何……?」
「……わかりません。
ですが、恐らく、これが先日の予兆だったのでしょう……」
「……予兆?
白蓮。貴女も感じていたの?」
「……貴女も、ということは、貴女もなのですね」
「……ええ」
戦慄は、レミリアと白蓮にも伝わっている。
二人は唐突に現れたミコライマーを前に、息を飲み、立ち尽くす。
ちなみにレミリアはメイドに抱っこされた状態のため、どっからどう見てもかわいらしい幼女バージョンなのだが、それはさておく。
『今の様子を見る限り、どうやら紫たちが手を貸したようね。
だけど、ミコライマーだか何だか知らないけれど、スカーレット・ロボに勝てるとは思わないことね!』
自分たちの前に突然現れた第三勢力。
それは己の力に対する自信から来る余裕か、腕組みをし、仁王立ちしたまま聖輦船とスカーレット・ロボを見据えている。
パチュリーは相手を分析し、それに判断を下すと、すぐさま攻撃の手をとった。
撃ち出される一条の閃光。
特にこれといった特徴のない攻撃だが、それでも半径数十メートルは楽に吹き飛ばせる攻撃だ。
しかし、
『ぬるい』
その攻撃は、ミコライマーに触れるや否や拡散・消滅した。
『何ですって!?』
「聖輦船! 反応弾、てーっ!」
スカーレット・ロボの攻撃が通用しなかったのを見て、村紗が追撃を放つ。
その一発が、外の世界では核爆弾と呼ばれる最悪の兵器を上回るとも言われる攻撃が、ミコライマーに集中する。
だが、その攻撃が次々に命中し、炎がミコライマーを覆い――、
『無駄ですよ』
その炎の中から、ミコライマーが全くの無傷で現れる。
『ふふふ……。
不思議でしょう? どうして自分たちの攻撃が通じないのか。
この機体――ヒソウテンソクの技術を応用して河童たちの技術の粋を集めて作られたミコライマーは、わたしの妖力スポイルの力を数千倍に跳ね上げる能力を持っています。
その力を使って外からのエネルギー攻撃は全て吸収し、吸収できない物理攻撃は、別世界との異次元連結を果たすことで、ミコライマーに無限のエネルギーを供給するスキマ連結システムを逆駆動させることでスキマの向こうに放出する――。
言葉で言うのは面倒ですが、スキマ連結システムのちょっとした応用ですよ』
「……いんちきにも程があるわね」
やったら説明くさい、ミコライマーのパイロット――東風谷早苗のセリフ。それには余裕と共に敵を見下す悪意が含まれている。
呻く村紗。
その彼女を見下ろすミコライマーのコクピットで、早苗は不敵に……というか、めちゃめちゃ嬉しそうな顔で笑っていた。
「夢にまで見たスーパーロボット……! しかも、悪役!
わたしは正義のロボットの方がいいけれど、悪役も燃えますっ! ですよね、霊夢さん!」
「あー……私の……私の神社が……」
喜色満面の笑みを浮かべ、手にしたカメラでぱしゃぱしゃコクピットの様子を撮影する早苗。一方の霊夢は、副座となったパイロットシートに無理やり座らされたまま、コンソールに向かって顔面を叩きつける形で突っ伏していた。
さて、このミコライマー、どうやって完成するかというと守矢神社と博麗神社の魔改造によるものである。
色々あれやこれやの複雑な合体機構を経て、二つの神社が合体することで生まれる究極のロボ(早苗談)なのであった。
このロボットが現れる瞬間を目撃していた阿求は、後の幻想郷縁起に『物理法則なんてなかった』と書いている。
「この戦いを演出するのにあなた達は全て不要! その存在もろとも、この幻想郷から消し去ってあげましょう!」
そして、今回の悪役に抜擢された早苗の目は輝いていた。
徹底して悪役に扮する彼女は、声もノリノリだった。
もう色んな意味で『やっぱ早苗だな』と言えるほどの早苗であった。
「この出現のタイミング……こちらのエネルギー切れを待っていたというところね……。全く、賢しい真似を……!
村紗! 生意気なことを言う巫女を蹴散らすわ! 貴女との決着はその後よ!」
早苗の宣言を真っ向から否定するパチュリー。
自分の存在を下に見られたこと、早苗の唐突な出現の仕方、双方に腹が立っているのは間違いないが、彼女を怒らせたのは、それだけではなかった。
彼女を怒らせたもの――それは、早苗の言葉である『この戦いにあなた達は不要』という、その言葉。
友人のために立ち上がった自分の存在全てを否定する、傍若無人なその言葉だけは、彼女は許すことは出来なかった。
『いいわ! あんなことを言われて、こっちも腹が立っていたところよ!
けれど、勘違いしないでちょうだい! わたしは貴女との決着をつけるために、邪魔者を蹴散らすだけよ! 一緒に戦うなんて微塵も思わないことね!』
村紗もそれに同意する。
彼女もまた、聖白蓮の勝利のために、聖輦船を駆る存在だからだ。
この戦いの勝利――それこそが、己が心酔するものの勝利につながる、そう信じている村紗にとっても、早苗の言葉は許すことの出来ない一言なのだ。
「いいわよ! 貴女が隙を見せたら、後ろから、奴ごと吹き飛ばしてあげるわ!」
そして、そんなパチュリーと村紗の間に、いつの間にか、不思議な友情が生まれていた。
互いの全力をかけてぶつかった結果、お互いをより深くわかりあえたのだろう。
たとえるなら夕日の浮かぶ土手で『へへっ……やるじゃねぇか……』『ああ、お前もな……』と笑い合う二人の少年のように。
「思い知りなさい、早苗!
スカーレット・ロボの必殺奥義の一つっ!
サァァァァァァァァァイレントォッ! セレナァァァァァァァァッ!!(CV:キ○ト○山田)」
『甘い! 全力になれないスカーレット・ロボ、恐れるに足らずです!』
スカーレット・ロボの全身から放たれる無数の青白い閃光。
一発一発が超巨大な光の柱であるそれを、ミコライマーは片手で受け止める。
『はははははは! こんなにたくさんのエネルギーをくれるのですか! 感謝しないといけませんねぇ!』
ミコライマーの掌に光が収束し、それが一気に、ミコライマーの中へと吸い込まれていく。
ダメージなど与えることは出来ない。むしろ、ミコライマーを回復するだけの攻撃に成り果てている事実。その現実に、パチュリーは小さく、舌打ちする。
「隙あり!
星! 聖輦船の砲門を奴に向けなさい! 撃てーっ!」
動きの止まるミコライマーめがけて、聖輦船の砲撃が迫る。
だが、それをミコライマーは右手で受け止めると、スカーレット・ロボの攻撃と同じく体の中へと吸収していく。
『頂いたエネルギーには感謝しますよ!
さあ、見せてあげましょう! ミコライマーの力を!』
――何をしようというのか。
全ての攻撃を吸収し、無傷で佇むミコライマーは、その両手を掲げる。
両手に輝く陰陽太極図。そして、胸にも輝くその三つをあわせるように、ミコライマーは両手をかざす。
『狭間の向こうに消えなさい』
その三つがひときわ強く光り輝いた瞬間、ミコライマーを中心とした空間全てに破壊的なエネルギーを秘めた光が満ちる。
一体何が起きたのか、それすらわからぬままに周囲全てが薙ぎ払われ、消滅する。
その破壊を止めることは、誰にも出来ない。
大地が。空が。空気が。世界そのものが。
ありとあらゆるものがミコライマーを中心に広がる光に飲み込まれ、粉砕され、この世から消し飛んでいく。
――そして、その破壊の力が収まった後、残っているものは存在しなかった。
『……生きてるかしら?』
「……そっちこそ」
攻撃の直撃を受けたスカーレット・ロボと聖輦船は傷つき、全身にダメージが刻まれている。両者は先ほどまで立っていた位置よりもかなり遠くまで吹き飛ばされている。聖輦船の体はかしぎ、あちこちから炎を噴き上げていた。一方のスカーレット・ロボも地表に叩きつけられ、手足のあちこちで火花が散っている。
両者共にフルパワー状態で戦えていたならば、恐らく、ミコライマーと互角の戦いが出来ただろう。だが、両者は互いの激突で疲弊し、今はフルパワー状態の半分以下の力しか出せないでいた。
そこを狙って攻撃を仕掛けてくる早苗の策略は、まさに悪の女首領そのものだった。
「ふふ……うふふふふ! これよ、これ!
やっぱり悪のスーパーロボットと言えば、無慈悲なまでの圧倒的な力! 卑怯? 汚い? そんなものはほめ言葉!
ですよね、霊夢さん!」
「……私、何のために、今まで巫女やってきたのかなぁ」
膝抱えて床の上に『の』の字書いてる霊夢は無視して、早苗の視線はスクリーンの向こうへと。
もはやまともに動くことも出来ないであろうスカーレット・ロボと聖輦船を見下しながら、彼女の笑みは深くなる。
『まぁ、しょせんはこんなものですね。まがい物のスーパーロボットなど、ミコライマーの敵ではなかったということです』
「言ってくれるわね……! こっちだって、活動限界ってものがあるのよ……!
そこだけが不完全だなんて……間抜けな話だわ……」
『こっちもそろそろまずいわね……。弾薬、エネルギー共に残量はほぼ0……』
負けを認めるつもりなどない。
しかし、認めなければならない状況へと、二人は追い込まれていた。
このままでは、どうすることも……どうしようもないという現実が、目の前にあるのだから。
――第七章:あの空を紅に染めて――
「どうにか……!
何か手段はないの!? 白蓮!」
「……私たちにはとても……。あれほどの力を持つものと戦っても、私たちの素の力では……!」
「くっ……!」
そして、今回の戦いの中心人物であるレミリアと白蓮は、ミコライマーを見上げながらつぶやくしか出来なかった。
己の無力を教えられ、うつむくしか出来なかった。
どんなときでも笑顔を忘れない――それが魔法少女であったはずが、もはや二人には、その笑顔を浮かべる余裕すらなかった。
傷つき、倒れた仲間たち。
戦う力すら奪われた戦友(と書いて『とも』と読む)――。
彼女たちの想いすら無駄にしてしまう……そんな現実を前に、ただ打ちひしがれるしか出来ないのだ。
『さあ、過ちの戦いは終わりにして差し上げましょう! 全てを界の向こうに消し去る、このミコライマーの力で!』
早苗の宣言と共に、ミコライマーへと力が収束していく。
レミリアはそれをただにらみつけ、白蓮は、爪が肌を突き破り、血がにじむほど強く拳を握り締めた。
「――諦めてはいけません! お嬢様っ!」
「戦う意志をなくさないでください、聖!」
その時、遠くから響く声がある。
彼女たちを励ます声――己の傷を推して、彼女たちに勇気を奮い立たせようとする声が。
彼女たちの部下、友人、そして戦いを共にした気高き戦士たちの声が、戦場に響き渡る。
二人はその声を聞いて、その声に宿る魂を聞いて、その全てを己の中に受け入れて。
そうして、二人ははっとなったように顔を上げる。
――こうして、ただ指をくわえて戦いを見ているだけでいいのか? 圧倒的な力の前にひれ伏したままでいいのか? 戦うべき相手である『敵』を前にして、戦わずして敗北を認めるのか?
互いを見つめ、小さく、その唇に笑顔が点る。
「……そうね」
「ええ……」
「まだ……負けたわけではないわっ!」
「負けという時は、大地に倒れ伏し、動けなくなった時……!
私たちは、まだ立っています!」
二人の声に力強さが増し、その顔に浮かぶ笑顔が輝きだす。
そう。それこそが、彼女たちが戦う故での理由であり答え。決して見失ってはいけない、彼女たちが彼女たちであるべき真実の理由。
それを忘れてはならない。それをたがえてはならない。そして、それをなくしてはいけない。
彼女達を応援する者たちの声が響く中、二人はミコライマーを見上げる。
『ならば、そのなけなしの勇気すら打ち砕いて差し上げましょう! 圧倒的な力の前にひれ伏すのです!』
悪役街道ばりばりの早苗の宣言と共に、ミコライマーの放つ力が幻想郷を震わせる。
渦巻く風。揺れる大地。薙ぎ倒されていく息吹。
それに立ち向かうことすら無謀を知らしめる、圧倒的な力。
レミリアと白蓮は互いにうなずくと、相手を見据える。
「面白い戦いになりそうだわ!」
「ええ……!」
しかし、どんなに二人が勇気を忘れないとしても、ミコライマーを相手にするにはまだ足りない。
勇気と蛮勇は違う。勝てない戦いに挑むのは無謀以外の何物でもない。
必要なものは、勇気と共に何度でも立ち上がり、立ち向かう不屈の闘志。そして、それを顕現させるもの。
それが、この場には存在しない――誰もが、そう信じていたはずだった。
目の前の、変わらぬ現実に悔しさを覚えていたはずだった。
「こんなこともあろうかと!」
しかし、そこに突然、響き渡る第三者の声。
「我々、『幻想郷魔法少女管理組合』が長年、真の魔法少女の間で受け継がせてきた、あの力を解放するときが来たようですな!」
「あ、あなたは……真田さんっ!?」
『誰!?』
いきなりどっからともなく現れたどんなに年かさに見積もっても30代半ばにしか見えないのにやたら渋い声の男性を見て、咲夜が声を上げる。
当然、周囲から全力でツッコミが入った。
「何言ってるのよ! 最初のほうで名前が出てきたじゃない!」
※参照:人里でのあっきゅんの会話。
「いやあれ名前だけのモブじゃなかったんですか!?」
「違うわ!
真田さんは、幻想郷魔法少女管理組合の中でメカニックを担当する方よ! それと共に、管理組合が保有する無限の力を悪用されないように管理する役目も背負われているわ!
私だって、彼の顔を見るのはこれが初めて! それくらい偉い人なのよ!」
「モブだと思ったのに何かえらい設定あるし!?」
もはや美鈴のツッコミなど、何の意味も成さない。
突如現れた真田さんがぱちんと指を鳴らすと、唐突に、その背中にやたらカラフルな光が巻き起こり、光の中から一体の巨大ロボが姿を現した。
一体何が起きているのか。誰にもわからないその展開に、あるものは驚愕し、あるものは感動し、そしてあるものは色んな意味でへこたれる。
「あれ? どうしたの?」
「……何でもないのよ、フランちゃん。ただ、幻想郷って何なのかなぁ、って思って……」
「ふーん。
おじいちゃんも?」
『……うむ。隠居したくなってきたわい……』
持っている鉄輪でがんがん頭叩きながら、今の理不尽な現実を受け止めようとする一輪と、遠くの空を眺める雲山。
よくわかってない様子で首をかしげるフランドールは、やがて、『まぁ、いっか』と結論を下した。彼女にとって、そういう難しいことを考えるのは、まだまだ先のことなのである。ようじょバンザイ。
「これぞ、幻想郷魔法少女管理組合が管理する16体の『魔法少女専用ユニット』の一つ!
その名も『ホーリーヴァンピール』!」
真田さんの高らかな宣言。
光の中から現れたそれは、己の周囲を取り巻く光を自らの内に収束させ、一瞬の波動として辺りを照らし出す。
――ヴァンピール=吸血鬼。にも拘わらず『ホーリー』と言う聖なるものを示す冠詞がつくのだから、存在そのものの全否定であった。
ともあれ、現れた『ホーリーヴァンピール』は真っ白な美しいボディに、流線型で統一された、流れるようなフォルムを見せる女性的な印象を持った機体であった。
背中に伸びた白い翼は、ともすれば天使の翼にも見えるほど鮮やかかつ美しい。その二つの瞳はまっすぐに虚空を――そして、その先に佇むミコライマーを見据えている。
「しかし、この機体は二人乗り……お嬢さん方、この意味がわかるかな?」
真田さんの瞳がレミリアと白蓮を見る。
彼女たちは、再度、互いに顔を見合わせ、うなずくと共に、がしっとお互いの手を握り締める。
「わかっていただけたようだな。
では、君たちにこの力を与える! 悪を倒してくれ!」
「任せなさい!」
「はい!」
真田さんはいい笑顔でサムズアップし、レミリアたちもそれに応えた。
二人はホーリーヴァンピールに飛び乗り、前後に備えられた操縦席に座る。
「白蓮。あなたはこいつを動かすのを担当なさい。あなたの方が、わたしよりもそっち方面は得意でしょう」
「では、レミリアさん。貴女には火器管制をお任せします」
「ええ。あの巫女の脳天に風穴を空けてやるわ」
二人は役割の分担を終了すると操縦桿を握り締める。
すると、ホーリーヴァンピールの瞳に光が点り、白い羽根を虚空へと放ちながら空へと舞い上がった。
『なるほど……。面白い機体ですね。
ですが、全ての攻撃を無効化する、妖力スポイル結界とスキマ連結システムを相手にして、どこまで戦えますか?』
「御託はいいわ。
行くわよ、白蓮!」
「はい!」
一気に、ホーリーヴァンピールがミコライマーへと迫る。
ミコライマーは王者の余裕か、そこから全く動こうとせず、ガードすらせず、相手の攻撃を胴体に受け止める。
「早苗。貴女は今、自分を無敵と言ったわね?
それが思い上がりだということを知りなさい!」
ホーリーヴァンピールの掌に光が点り、直後、ミコライマーの装甲がはじけた。
激しい振動に揺られる機体。早苗は目を見開き、そして、何が起きたのかを理解して小さく笑う。
「外側からの攻撃には無敵でも、内側から直接食らわせれば、それは関係ないようね」
「外が固いほど、内側はもろいと言いますよ」
高圧のエネルギーを放射できる機構が、ホーリーヴァンピールの手には内蔵されている。直接、外部からその攻撃を放つ使い方の他に、パイルバンカーとして対象の内部に放射機構を打ち込むことで、分厚い防御を無視した攻撃にも使えるという優れものの武器である。
『ふふふ……なるほど。
そういう攻撃もありですね。ですが、貴女たちの攻撃方法がわかった以上、こちらが次に同じ攻撃を受けてやる義理はありません!』
「――消えた!?」
ミコライマーの姿が、突然、スクリーンからもレーダーからも消失する。
驚くレミリア。白蓮は周囲を見渡し、気づく。
「上です!」
「っ!?」
『スキマ連結システムは瞬間移動を可能にします。貴女たちは、このミコライマーを捕らえ切れますか!?』
レミリアたちの攻撃をワープで軽々回避しながら、早苗の反撃が始まる。
相手から充分に離れたところで左手から放つ閃光。それは、目の前に現れる空間の亀裂に飲み込まれ、直後、あらぬ方向から吐き出されてホーリーヴァンピールを襲う。
白蓮は巧みなコントロールでそれを回避するが、続く二発目は回避しきれず、胴体に食らってしまう。
「ちっ!」
「何という攻撃……!」
目で見ることも耳で聞くことのかなわない完璧な不意打ち。
それを使いこなす早苗は、まさに『悪の花』な攻撃を使いこなす悪党であった。
「さあ、霊夢さんも! 右手のボタンを押してください!」
「……これ?」
「そうです! ぽちっと」
「……はいはい」
もうどうでもよくなって無気力状態の霊夢が、早苗に言われるままにぽちっと青いボタンを押す。
すると、ミコライマーの周囲に青い結界が展開され、それが一斉に周囲に広がっていく。
ホーリーヴァンピールは、何かいやな予感を感じたのか、その空間から離れた。その直後、結界に覆われた空間全てが、何の音も立てずにごそっと切り取られる。
「空間消失攻撃。これは強すぎますかね?」
くっくっく、と笑う早苗。その横顔はまさしく『悪』であり、『悲しい運命を背負って悪に堕ちた』や『恋人を、信じていた友人・仲間によって殺され、全てを粛清することを誓った悪』などといった生易しい悪の姿はなく、誰からも一切憐憫の情を向けられず完膚なきまでに徹底した悪を追及する『悪役』の姿を見せている。
そんな表情がやたら似合う辺りが早苗が早苗たる理由であった。
――ともあれ、そして、それから少し遅れて、ミコライマーが消滅させた空間を埋めるように、周囲の空間がねじれながら収束し、直後、轟音と共に衝撃波を撒き散らす。
辺り一面を、その衝撃波は薙ぎ払い、足下の大地にすら巨大なクレーターを形成する。
ミコライマーは、その中心にいると言うのに全くの無傷。
「化け物ね……」
「ええ……。さすがは早苗さんです」
あくまで王として君臨するミコライマーの姿には、ある種の神々しささえあった。
腕組みをし、その場から動かない相手に立ち向かうレミリア達は、圧倒的な力を持った王に反逆の旗を向けた存在――。
「図に乗っているようね。気に食わなくてよ」
「けれど、レミリアさんも、普段からあんな感じと聞いていますが……」
「ちっ、違うわよ! そんなことないわ! ええ、そうよ!」
と、露骨にうろたえたりする辺り、他人の振り見て我が振り直せ、である。
昔の人は、実に見事なことを言ったもんであった。
『その程度で終わりですか?
それでは、こちらから攻撃をします!』
「必要以上に接近しているのはまずそうね。
一撃離脱でいくわ!」
「そうですね!」
白蓮操るホーリーヴァンピールの動きは、レミリアの高速機動に正確な『計算』が組み合わされた精緻な芸術であった。
超高速でその場を離れ、攻撃にふさわしい射程を瞬時に計算。また、同時に相手の反撃も考慮して、どんな攻撃が来ようとも回避、もしくは迎撃できる態勢を整える――言葉で言うのは簡単だが、それを実現するとなると、それこそ神の偉業であると言っていいだろう。
『外側からの攻撃は通じないことが、あなた達自身、わかっているのでしょう?
逃げに徹するのは感心しませんね!』
ミコライマーの周囲の空間に亀裂が走り、直後、それと同じものがホーリーヴァンピールを囲む。
次の瞬間、その亀裂の中から強烈な閃光が吐き出された。
相手との距離を無視する『スキマ連結砲』。ミコライマーの基本装備の一つである。
「言うだけ言わせてあげるわ……! 一撃必殺! それがわたしの信条よ!」
「回避は任せてください! レミリアさんは攻撃に集中を!」
「ええ! 信頼しているわよ!」
見事な回避で360度の包囲攻撃を回避したホーリーヴァンピールは、一瞬のうちに更なる上空へと舞い上がった。
太陽の光を背中に背負う吸血鬼――言葉にするともうわけがわからないが、その姿は、悪魔でありながらまるで天使のような美しさだ。
早苗は視線を上空に向け、舌打ちする。
スクリーンに映し出されるホーリーヴァンピールは、背中に強烈な陽光を背負い、その光で周囲の目くらましを企んだらしい。
すぐさま、手元のコンソールを操作して画面の調光を行う早苗。
だがその瞬間、確実に、コンマ何秒かの隙が出来た。
それを見逃さず、ホーリーヴァンピールがミコライマーめがけて突撃する。
『これならどうかしら!?』
「くっ……! さすがはレミリアさん……! 幼女の体当たりのくせして、異様な破壊力っ……!」
どこぞのたまねぎ紳士を見習ったのかどうかは知らないが、いつぞやの宴会異変以後、レミリアが好んで使うようになった回転突撃――クレイドル。
ホーリーヴァンピールは、突き出した右手を支点に体を回転させ、さながら己をドリルに見立てたかのようなそれを放つ。
その攻撃は、ミコライマーの装甲を抉り、強烈な衝撃と共に聞くに堪えない破壊音が撒き散らされる。
「攻撃のダメージは全て受け流す――だけど、攻められているのは気に食わない!」
ミコライマーの装甲から与えられるダメージは、全てスキマ連結システムを利用して受け流している。
だが、己が押されていることには変わりない。
早苗はミコライマーの足をその場に叩きつけるようにして移動させると、真正面からホーリーヴァンピールを受け止める。
『さあ、掴みましたよ!』
「それが私の作戦です」
ミコライマーの腕が、がっしりとホーリーヴァンピールの腕を掴んだ直後、その腕が突然、ホーリーヴァンピールの体から分離した。
「なっ……!? これは、有線式サイ○ミュ!?」
「何それ早苗!?」
ホーリーヴァンピールは後方に飛び、ワイヤーで本体と連結された腕だけがミコライマーの元に残る。
ミコライマーの腕が、慌ててそれを手放した瞬間、ホーリーヴァンピールの指の先端に光が点り、ミコライマーの装甲を突き破る。
そして、その体内めがけて強烈なレーザーを5発、直撃させた。
爆音と共に、ミコライマーの装甲の下から炎が上がる。その衝撃に、ミコライマーはわずかに体勢を崩し、左足を一歩、後ろに引いた。
「なるほど……! こういう武器ですか!」
「私の質問無視かそうだよねー……」
早苗に巻き込まれただけの霊夢は、『私ってば最高の被害者ねあっはっは』と半分くらい自我が壊れたような瞳で乾いた笑いを浮かべていた。
もう完璧に、周りについていけなくなって、外側と己の内側に壁を作ってしまったようである。
「面倒な攻撃を……!」
ホーリーヴァンピールの腕がミコライマーから抜け、本体へと返っていく。
ミコライマーにつけられた傷は、しかし、あっという間に修復していく。スキマ連結システムから供給される無限のエネルギーを利用し、機体を修復する自己再生機能すら、この機体は備えているのだ。
反則くさい性能であるが、分身しないだけまだマシである。
「今の一撃は面白い攻撃でしたよ!
しかし、貴女たちが力で全てをねじ伏せるように、わたしのミコライマーも、力で貴女たちをねじ伏せる!」
いつの間にかミコライマーを勝手に自分のものにしていた早苗が宣言すると、ミコライマーは右手を天に突き上げる。
その腕を中心に世界が文字通り、渦を巻き、ねじれていく。
「爆・砕!」
そして、ねじれて渦巻いた空間は連鎖的に爆発を起こしながら周囲へと破壊をばら撒いていく。
渦巻状に放たれる猛烈な威力の破壊を前に、レミリアは、そして白蓮は一瞬、息を呑む。だが、それが届く寸前に意識を覚醒させると、互いに視線を交わした。
「白蓮、回避を!」
「ガードは無理ですね!」
この攻撃は、空間、そして世界そのものの破壊だ。
それに巻き込まれれば、その場に存在しているもの全てが破壊される。ガードなどしようものなら、そのガードごと木っ端微塵に粉砕される攻撃だった。
ホーリーヴァンピールは破壊の腕が己に届く前に攻撃範囲を離脱し、相手との距離をとる。
そして、強烈な破壊が収束するのを待ってから、再度、攻撃を仕掛ける。
接近すると同時に相手に蹴りを入れ、その勢いを利用して一旦下がってから、前方に紅い閃光をばら撒きつつ、ホーリーヴァンピールが突撃していく。
一方のミコライマーは組んでいた腕を解き、相手の攻撃を後ろに下がりながらいなしつつ、その突撃を左腕で受け止める。
『消し飛びなさい!』
「白蓮!」
「言われずとも!」
ミコライマーの左手から走る淡い波紋。
それが空間を破砕するのと、ホーリーヴァンピールが上に飛び上がるのとはほぼ同時だった。
ミコライマーの背後を取ったホーリーヴァンピールは、相手の背中に掌を押し当て、閃光を放つ。
零距離からの内部破壊に、ミコライマーがわずかにたたらを踏んだ。
しかし、ミコライマーは余裕の動作で振り返ると、ホーリーヴァンピールをその視界に捉える。攻撃が始まる前に、ホーリーヴァンピールは相手の側面に回ろうとするが、その瞬間、その動きが止まった。
「何!?」
「これは……結界っ!」
『甘いですね。
わたしと霊夢さんが結界を操る巫女だということを忘れていたのですか?』
破壊ばら撒きまくる破壊神状態のミコライマーであるが、確かに本質は結界使いである。
故に、こうした小手先の技を使いこなしてもおかしくないのだが、違和感はばりばりであった。
ともあれ、動きを止められたホーリーヴァンピールの胴体に、ミコライマーの拳が炸裂する。衝撃と共に走る振動。そして遅れてやってくる強烈な爆発。
衝撃に負けるような形で、ホーリーヴァンピールが真後ろに吹っ飛ばされる。
「くっ……! 何という威力……!」
その一撃で、ホーリーヴァンピールの状態を示すスクリーンが『RED ALERT!』と叫びだす。たった一発で、致命傷にすら近いダメージを受けたのだ。
「まだです! まだいけますよ、レミリア!」
「当然! 誰が諦めたなんてこと言ったかしら!?」
勇ましいセリフと共に、白蓮の手が操縦桿を強く握り締める。
そこから走る光が機体のコクピット全体に広がり、さらにホーリーヴァンピールそのものを包んでいく。
「受けなさい……! 我が大魔法!」
ホーリーヴァンピールの後方に展開した四つの閃光の塊から、強烈なレーザーが放たれる。
それがミコライマーへと向かって収束し、叩きつけられた。
「ふふふ……! やってくれますね……!
ですが、この攻撃、全くの無駄! 逆に心地いいですよ、聖さま!」
滝のような圧力を真正面から受けながら、しかし、早苗は叫んだ。
ミコライマーの瞳が青く光り、全身からはじけるような閃光を放つ。
すると、ミコライマーへと収束するホーリーヴァンピールの攻撃が一気に、それこそ何かに吸い込まれるように消え去っていく。
エネルギーの奔流はミコライマーの体へと飲み込まれ、この世界から消滅する。同時に、ミコライマーを包み込む光は輝きを増し、まるで太陽がもう一つ、顕現したかのごとくまぶしく輝きだす。
「これすらも吸収しますか……!」
その光景に、白蓮は唖然となった。
自分の持つ技の中でもかなりの威力を持つそれを増幅・拡大して放ったというのに、ミコライマーには傷一つつけられない――その事実は、確かに、彼女のプライドを傷つける。
「あははははは!
そう! これこそが力というものです! 強い力はそれ以上の力によってねじ伏せられる! 力こそが正義というならば、あらゆる力が正義となる!
たとえそれが、悪の力であろうとも!」
ミコライマーの左手がホーリーヴァンピールの攻撃に押し当てられる。
同時に、ミコライマーは体を半身に構え、右手をホーリーヴァンピールへと向けた。
「己の攻撃で朽ち果てなさい!」
撃ち出される巨大な閃光。
それは確かに、白蓮の放った攻撃そのままだった。
自らの放った攻撃がそのまま返ってくるという光景に驚愕した白蓮は、後ろのレミリアが『何をしているの!』と叱咤することで己を取り戻す。
ぎりぎりのところで攻撃を回避し、ホーリーヴァンピールは一旦、ミコライマーとの距離をとった。
「……困りましたね」
「どうかしたのかしら」
「正直、この機体の力をもってしても、あのミコライマーのスキマ連結システムを打ち破る手段が思い浮かびません」
「そうかもしれないわね」
「……?
どうかしたのですか? レミリア。ずいぶん、貴女は落ち着いているようですが……」
「ええ、もちろん」
自信満々に答えるレミリアは、子供らしいちぐはぐなバランスの大きな頭をゆっくりと縦に振る。
「今ので、奴に対抗する手段がわかったのよ」
「……! 本当ですか!」
「もちろんよ!
白蓮。奴は貴女の攻撃を受け止め、吸収した――けれど、最後の最後、一滴残らず吸収したと言うわけではなかったわ。
あの攻撃を吸収しながら、その攻撃を反撃で返してきた――それはどういう意味かわかる?」
「……まさか」
「そう。
早苗は自分のエネルギーを『無限のエネルギー』と言っている。けれど、あの機体のエネルギー容量は無限ではないと言うことよ」
風船は、空気を入れすぎると、それに耐えられずに破裂してしまう。
ならば、ミコライマーも同じなのではないか。レミリアはそう言った。
あの機体の限界までエネルギーを叩き込んでやれば、それが処理できず、余ったエネルギーは暴走する――その可能性は0ではない。
「けれど、悔しいけれど、これはわたし達だけではどうしようもないことよ。
白蓮……意味はわかるわね?」
「……はい」
ミコライマーの攻撃が始まる。
その全身から放たれる無数の弾丸が、あるものは空間の亀裂に消え、あるものは幻想郷そのものを切り裂きながらホーリーヴァンピールに迫る。
あらゆる方向、あらゆる角度から襲い来るそれを回避しながら、白蓮は答える。
「努力、友情、そして――!」
「勝利よ!」
「……ったく。
村紗、そっちの状況はどう?」
『修理は一応、進んでいるわ。
けれど、まだまともには動けない……』
ミコライマーの攻撃で傷ついたスカーレット・ロボと聖輦船は、その体を何とか動かしながら互いに通信を取り合っていた。
ほとんど動くことすらかなわない大ダメージ――しかし、それでも、彼らは完全に死んではいない。ゆっくりとだが、その体に刻まれたダメージが癒えていく光景がある。
「こいつには自己再生機能があるのだけど、それでも回復が追いつかないわ。
全く……とんでもない力ね、あれは」
『けれど、パチュリー。わたしは自分の聖輦船が負けたとは思っていないわ』
「私もよ。
負けると言うことは、すなわち、大地に倒れること。そして、起き上がる力を失うこと。
何度大地に倒れたとしても、起き上がる力を忘れなければ、敗北したことにはならないわ」
そして、自分たちは、まだ起き上がれる。
パチュリーは言った。
それは、ともすれば負け惜しみのセリフである。しかし、その言葉も、時と場合によっては何よりも強い力となる。
村紗もまた、聖輦船のブリッジで力強くうなずく。
『幸い、奴はレミィたちがひきつけてくれているわ。
もう少し……そうね、あと1分もあれば、何とか』
「さすがね。こちらもそれに間に合わせるわ。
修理、急いで! うまくいったら、今日は一番高い酒をおごってやるわよ!」
「……そういえば、ご主人。この船は、一体誰が修理しているんだ?」
「船長、さすがですね!」
「答えろよおい」
急ピッチで進む聖輦船の修理。
モニターに映し出される被害箇所が次々に『CLEAR』の表示に塗り替えられていく。
「ねぇ、パチュリー。
貴女にちょっと聞きたいことがあるのだけど、いい?」
『何かしら?』
「貴女は、自分が一番強いと思っている?」
『愚問ね』
「そう。それはわたしも一緒よ!」
聖輦船は、村紗にとって、最強である。
どんな敵も蹴散らし、行けない場所は存在せず、そして、いつでも自分たちを守り、迎えてくれる場所として。
信じて、頼りにして、そして、共に戦い抜いてきた友人。
彼女は聖輦船を信じている。必ず、また立ち上がることが出来るのだと。
故にこそ、『彼』は彼女の期待にこたえようとしてくれる。
「船長! 動力炉復旧! 聖輦船が動けるようになりました!」
「よぉっしっ!
聖輦船、起動! 主砲、前へ!」
粉砕され、その大きさを半分ほどに減じていてなお、聖輦船の主砲は健在であった。
そこへ蓄積されるエネルギーは、常に莫大。
強烈な光を放つそれが、徐々に集中していく。
「友人を助けに来て、逆に助けられる――それはかっこ悪すぎよね」
聖輦船の復活を見ていたパチュリーが、スカーレット・ロボのコクピットで苦笑する。彼女の両手は操縦桿をしっかりと握り締め、彼女の瞳は、スクリーンに映し出される戦場を見つめている。
ゆっくりと、スカーレット・ロボが立ち上がる。
まだ体のあちこちはぎくしゃくしているものの、ミコライマーから受けたダメージをかなり回復させた機体は、それまでとほぼ同じような動きで空へと舞い上がる。
「私はレミィを助ける役をやりたいのよ! 助けられる役だなんてごめんだわ!」
――そのために、この機体を投入したのだ。
命蓮寺との戦いは苦戦することがわかっていた――だからこそ、彼女は友人へ『勝利』を約束するために、このスカーレット・ロボを短期間で作り上げたのだ。
全ては、彼女のため。
友人の、ちみっちゃい吸血鬼のため。
そのために、パチュリーは後ろから指揮をするだけではなく、自ら戦うことを選んだのだ。
「さあ、行くわよ! ミコライマー!
このスカーレット・ロボが貴女より劣るなどと言った自惚れた考え、消し飛ばしてやるわ!」
熱い魂の叫びと共に、パチュリーは操縦桿を握り締める。
彼女の掌から伝わる魔力が、機体が内蔵する賢者の石を駆動させ、その光を強くしていく。
「村紗! 最初の一発目は任せるわ! 一番槍よ! 気張っていきなさい!」
『言われずとも!
主砲、発射ぁぁぁぁぁぁっ!』
幻想郷の空を切り裂き、巨大な閃光がミコライマーへとまっすぐに向かっていく。
それを見送ってから、スカーレット・ロボがさらに大空高くへと舞い上がる。
「このスカーレット・ロボの必殺技をもう一つ、まだ見せていなかったわね!
その目に焼き付けなさい! 究極の炎!
ロイヤルゥゥゥゥゥゥゥッ!! フレアァァァァァァァァァッ!!」
スカーレット・ロボの両手に収束する巨大な火炎の塊。
それを掲げ、スカーレット・ロボはミコライマーめがけて投げつける。
火炎の大きさはスカーレット・ロボを遥かに超え、ミコライマーに向かいながら、なお、そのサイズを大きくしていく。
燃え上がる炎。そして、白く輝く閃光が、ミコライマーへと同時に迫っていく。
「友情、努力、大いに結構!
しかし、孤独な戦いを強いられる魔法少女が、他人の力に頼らなくてはいけないとは、ずいぶんと情けない話ですね!
しょせんは、貴女たちはまがい物だったということです!」
そういう展開大好きにも拘わらず、レミリア達の言葉を否定する早苗は、ミコライマーをその場に留めるようにして動かす。
「再び界の彼方に消し去ってあげましょう!
もはやどこにも帰れず、誰からも見つけてもらえない、全てが消える世界に落ちるのです!」
『やれるものならやってみなさいっ!』
『貴女がどんなに強くとも、一人では出来ることには限界があります!
1+1は必ず2になるのではない! その可能性が無限大であると言うことを、貴女は知らなくてはいけない!
それを、貴女の心に刻んであげます!』
ホーリーヴァンピールはミコライマーと、一瞬、向き合った。
互いのアイカメラを交し合い、その向こうのパイロット達の視線すら重なった――そんな錯覚の後、ホーリーヴァンピールが突き上げる拳に光が集まる。
ホーリーヴァンピールはその拳を構えると、一気にミコライマーめがけて突撃する。
同時に、ミコライマーの、あの破滅の一撃が放たれる。
力と力のぶつかり合い――極限のせめぎあいに、大地が、空が、世界が揺れる。
「ははははははは!
どうしたんですか!? 全く届きませんよ! さあ、そろそろお遊びの時間は終わりですっ!
これにて終焉! 消え去りなさいっ!」
ミコライマーの瞳が青く輝く。
その力がさらに膨れ上がり、ホーリーヴァンピールを押し戻していく。
再び、その圧倒的な力による破壊が巻き起こされる――誰もがその結末を想像した瞬間、真横からミコライマーに聖輦船の主砲が直撃する。
「何っ!?」
『貴女、敵が一人だけだと勘違いしてないかしら!?
聖輦船をなめんじゃないわよ!』
「朽ちたがらくたのくせに!
船底に穴の空いた船が図に乗るんじゃないわ!」
『ふん! だから何!?
聖輦船は沈むことを知らない船よ! 穴が空こうが何だろうが、この船はいつでもわたし達を守り、いざなってくれる!
さあ、無敵の船の力、とくと思い知りなさいっ!』
「ならば――!」
『まだまだ注意が足りないようね、ミコライマー!』
「っ!?」
新たに響く第三者の声。
振り仰ぐ早苗の視界に真っ赤に燃え上がる太陽があった。
それがミコライマーの頭上から着弾し、紅い炎を巻き上げながら突き進んでくる。
二つの衝撃に、あのミコライマーが揺らいだ。
足が大地を抉り、機体の放つ光が幻想郷に映し出される。
「こっ、このっ……!
壊れたゴミクズの分際でぇっ!」
『そのゴミクズの力に圧倒されているのはどこの誰かしら?
スカーレット・ロボの魔力ッ! そう簡単には尽きないッ!』
「なら、まとめて消し去って差し上げましょう!
その無駄な自信と、愚かなプライドを粉々にねぇっ!」
ミコライマーから放たれる力が拡大し、聖輦船とスカーレット・ロボの攻撃を押しのける。
だが、その瞬間、確実に早苗の意識がホーリーヴァンピールから逸れていた。
最後の好機――それを悟ったレミリアが大きくうなずく。
「早苗ぇっ!」
突き出す左腕が、ミコライマーの力の波動へと突き刺さる。
「貴女は言ったわね!? 強い力はより強い力によってねじ伏せられる、と!
だけど、どんな強い力があっても、決して砕けぬものがあるっ!」
ホーリーヴァンピールの左腕にも同じように光が点る。
両腕の光がまばゆいばかりに拡大したところで、その力が一点に集中され、強烈な光のドリルとなってミコライマーの力を貫いていく。
「届いたぁっ!」
その攻撃が、ミコライマーの胴体に輝く太極図の紋章を破壊する。
すると、それがミコライマーの力を制御していたのか、ミコライマーから放たれていた力が消滅していく。
遮るものがなくなった瞬間、ミコライマーに集中していた攻撃が全て、その体へと直撃した。
そして、ホーリーヴァンピールが一気に突撃し、ミコライマーの胴体へと、その拳を突き立てる。
「傷つき! 疲れ果てっ! たとえ大地に倒れることがあったとしてもっ!
再び立ち上がり、前に進んでいく、この勇気っ! そして、0でない限り希望を諦めない、この心っ!」
「そしてぇぇぇぇっ!」
ホーリーヴァンピールの姿が変わる。
全身の装甲が弾け、その内側から紅い光を吐き出す。広がった翼は、幻想郷を多い尽くすほどに巨大化し、その紅い光を後方へと放ちながら、ホーリーヴァンピールを前へ前へと進めていく。
「たくさんの仲間たちと交わした笑顔の力をっ!
そんな力で壊せるなんて思うなぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ぎりぎりと、ホーリーヴァンピールの拳がミコライマーへと食い込んでいく。
コクピットで早苗は歯噛みし、舌打ちした。
その時、ミコライマーに警告が響き渡る。
「何!? これは……!」
手元のディスプレイに表示される、それは――!
「オーバーロードっ!?
わたしの妖力スポイル結界の限界を超えるっ!? そんなバカな!?
スキマ連結システムから力が逆流してっ……!
くっ……! くそぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
三つの力が一つに合わさり、ミコライマーを圧倒する。
あがく力も失い、徐々に光の中に飲み込まれるミコライマー。
そして――!
『いっけぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!』
幻想郷の空に響いた、その熱き魂の叫びと共に、猛烈な爆音が響き渡ったのだった。
―七日目 午後19:00 紅魔館―
「げほっ! げほっ! ごっ、ごあぐま……! み、水……水を……!」
「あんな叫び方するからです! どうするんですか、その声! キー○ン山○通り越して八○見○児になってるじゃないですかっ!」
「ふっ……ふふ……! のど飴なめれば大丈夫よ!」
「直ってるし!? のど飴すごっ!?」
紅魔館の庭を開放した『戦勝パーティー』が開かれている。
主催はもちろん、館の主であるレミリア・スカーレット。招かれているのは――、
「ねぇねぇ、おじいちゃん、おじいちゃん! またフランと遊ぼうね!」
『おお、いいぞ。いつでも遊んであげよう』
「わーい!」
「ほっほっほ。何じゃ何じゃ、雲山殿。フランドールに好かれておるのぅ」
「あっ、マミゾウおばあちゃんだ!」
『おお、マミゾウ殿。
何じゃ……あれじゃ、孫と言うものは、本当によいものじゃのぅ』
「わはは、確かに。
のう、ぬえや」
「ふ、ふん! 別に!」
『マミゾウはお前のおばあちゃんじゃないぞ!』とフランドールとにらみ合っていたぬえが、ほっぺた赤くしてそっぽを向く。
実に微笑ましい光景である。
「……にしても、何だったのかしら。今回のこれって」
「一輪さん……そのお気持ち、非常によくわかります」
「ああ、よくわかる……よくわかるぞ、それは……」
「だけど、ほら……。
共に、なんていうんでしょうか……トラブルメーカーの側にいるっていうことはこういうことなんです。
諦めましょう。
飲みましょう!」
「ええ、そうね! 今日くらいは無礼講よ! お寺の戒律なんて知ったことじゃないわ!
飲みましょう、美鈴さん! 朝が来るまでっ!」
「……もうダメだこいつら」
ぎりぎりのところで理性を保っていた三人は、色んな意味で壊れていた。
美鈴がビールジョッキを一気飲みで空にすると『負けないわよー!』と、一輪が日本酒をジョッキで空けるという荒業を披露する。
ナズーリンはため息つきつつ、「明日は酔っ払いたちの相手か……。憂鬱になるよ、全く……」と呻く。
「けれど、寅丸さん。
白蓮さん達の衣装は、もしかしてあなたが?」
「あ、はい。私、手芸は得意ですから」
「なかなか素晴らしい衣装だわ」
「ありがとうございます」
「響子ちゃんもかわいいし」
「え? 何ですか?」
「わかりますか! 響子の衣装は、かなり力を入れたんですよ! このスカートのところとか袖口のところとか!」
「ええ、わかる! この辺りとか見事よ! かわいらしさと共にストレートに突き抜けるアピール力っ!」
「ですよね、ですよね!?」
「……え~っと?」
咲夜は星と意気投合し、ただいま、アイドル衣装に身を包んでお披露目会(要は写真撮影会)中の響子について熱く語り、さながらダメ人間の様相を呈していた。
元々ダメ人間だったのかもしれないが、最近は、そのダメさがさらに加速しているのかもしれない。
「けれど、今回の戦いは色々不満が残る戦いだったわ。
聖輦船があそこまでやられるなんて」
村紗は一人、パーティーの席に座りながら、広げた設計図を前に頭を抱えている。
設計図には『聖輦船強化計画』と言う文字が書かれており、武装やら装甲やら駆動系の改造を検討されているらしい数字が踊っている。
「次はどんな奴が来ても一撃で吹っ飛ばせるくらいの設計にしないとね!」
さらに魔改造を施し、聖輦船を戦闘仕様に改造することを夢見る舟幽霊は、直後、飛んできた鉄輪におでこを直撃され、後ろ向きに椅子ごとひっくり返った。
「レミリア」
「あら、白蓮。楽しんでいるかしら」
「ええ、とても。
西洋風のパーティーなんて、何度も経験することではありません」
「あら、そう」
ぱたぱた羽を動かしながら誇らしげなお嬢様。
素直に、白蓮の言葉が嬉しかったらしい。
「今回は大変でしたね」
「ええ、全くよ。
けれど、あなたの強さ、なかなか気に入ったわ。このレミリアのライバルとしてふさわしいわね」
「あら、それはどうも。
レミリアも、なかなか強かったですよ」
「ふふふ。そうでしょう?」
ぺたんとちっちゃな胸を張り、威張るお嬢様の愛らしさは格別だった。
思わず周囲から、メイド達が『きゃー! かわいいー!』と声を上げるほどに。
「……厳しい戦いでしたね」
「……ええ」
「なぜ、私たちは勝てたのだと思いますか?」
閃光に全てが覆われた、あの瞬間。
ミコライマーの姿は光の中に飲み込まれるようにして消え、幻想郷に平穏が戻ってきた。
戦いに、恐らくは勝利した――その認識があっても、レミリア達は、思う。
なぜ、勝てたのだろうか、と。
「さあね……。
まぁ、みんなで頑張ったからでしょう。紅魔館の結束は強いのよ!」
考えるのをあっさりやめて、レミリアは気楽な言葉を放つ。
そうして、紅魔館の一番の自慢ごとであったのか、えっへん、と威張るお嬢様。
その愛らしいお姿にくすくす笑う白蓮は、『そうですか』とさらりとそれを流した。
「けれど、レミリアが、まさかあんなことを言うなんて」
「え?」
「『みんなで頑張ったから』って。
かわいいですね」
「なっ……!?」
「普段は『わたしが一番!』みたいに威張ってるのに、やっぱり皆さんのことを信用しているのですね」
「ちっ、ちがっ……! そっ! そんなこと、なくてよっ!?」
「あら、声が裏返ってますよ」
「違うったら違うのーっ!」
きーっ、と怒る彼女は、癇癪を起こした子供そのものである。
実にかわいらしいその姿を愛でながら、白蓮は笑う。
――どんな強敵にも、みんなで頑張れば勝てる、か……。
あの場の勢い、雰囲気、様々なものはあるだろう。
しかし、それをこのレミリアが言うとは、白蓮も思っていなかったのだ。最後の締めは自分が言わないといけないかな、とも思っていたくらいに。
だが、その心配は杞憂に終わった。レミリアは、たとえ雰囲気に流されていたのだとしても、己の口から、己の魂の言葉として、あのセリフを言ったのだ。
「魔法少女というものは、ノリと勢いで決まっているだけのものではなさそうですね」
そうつぶやく彼女の瞳は、とても優しいものだ。
そっと、それをレミリアに向ける彼女は、まさに菩薩のごとき慈愛に満ち溢れていた。
「……いや、あれ、ノリですよね」
「絶対にノリです。間違いない」
「けど、今、それを言ったら殺されますよね」
「100%間違いなく」
……と、美鈴と一輪はぼそぼそ話をしていたりして、しかもそっちがかなり真実だったりするのだが……まぁ、それはさておこう。
「お疲れ様、早苗ちゃん」
「はい! とっても楽しかったです!」
「楽しんでもらえたようで何よりだわ」
所変わって、博麗神社。
早苗は元気一杯、ミコライマーから飛び降りると、出迎えてくれた紫に笑顔を向ける。
その笑顔は、何かもう『わたし、やりきりました!』という充実感に満たされていた。
「河童の技術力と二柱の力、そして私と巫女の結界の力。その三つが合わさった、このミコライマーが、ここまでダメージを受けるなんてね」
佇む巨大な影のあちこちに、紫の言うように、確かに傷が刻まれている。
しかし、それは猛烈な勢いで修復が進んでおり、明日には全くの無傷になっているであろう程度のものであった。
――あの力が炸裂する瞬間。
早苗はすかさず、スキマ連結システムの持つワープ能力を利用して、戦場を離脱していたのだ。その時に、きちんと『さすがですね、レミリアさん。聖さま』という言葉を残して。
「いやぁ~! 悪役も楽しいものです! ね、霊夢さん!」
「はは……あはは……。最悪……」
「もう! そんなに微妙な顔しなくたっていいじゃないですか~!」
ばしんばしんと早苗に背中叩かれ、霊夢の顔はどんどん微妙になっていく。
色んなものから逃避して、自分の中の『わたしのかんがえたりそうのげんそうきょう』を維持しようとしていたのに強制的に物事に巻き込まれればこうもなるのは当然であった。
「霊夢もお疲れ様。
今、神社を元に戻すわね」
ぱちん、と紫が指を鳴らすと、ミコライマーの合体が解除され、博麗神社が現れる。
ちなみにもう片方は夜の空を飛んでいき、その数秒後には守矢神社となっていたりするのだが、それはさておく。
「おー、霊夢、早苗! 帰ったか!」
「見事な戦いぶりでしたよ、霊夢。お疲れでしょう? 魔理沙と一緒にお酒を用意しました」
「……飲む。飲んでやる! もうこうなったら何もかも忘れるくらいに飲みまくってやるっ!
魔理沙ぁっ! 杯をよこせぇっ!」
「おう! やる気だな! ぐっといけ、ぐっと!」
「華扇、おつまみ!」
「はいどうぞ」
そしていつの世も、辛くて苦しい現実を、少しでも忘れさせてくれる友は酒であった。
どこからやってきたのか、現れる魔理沙と華扇。彼女たちは笑顔で、霊夢と、そして早苗の今日の戦いをねぎらい、また、祝福する。
彼女たちの用意した宴会料理を前に、座の上に腰を下ろした霊夢は『特級』と書かれたラベルの貼られた純米酒をぐいぐい飲み干し、華扇の作ったおつまみをがつがつ平らげる。
ちなみに、彼女は泣いていた。
「けれど、紫さん」
「何?」
「紫さんは、ああいう結末を予想していたんですか?」
「ん?」
「あのお二人が、自分たちの意思で手を取り合って、わたしに立ち向かってくること」
早苗の問いかけ。
紫はしばし、夜空を見上げた後、ふっと小さく微笑んだ。
「……どうかしらね」
「正直、別々ばらばらに戦いを挑んでくると思っていたんですけれど、ちょっと驚きました」
そうかもしれないわねぇ、と紫は話をはぐらかす。
――古来より、幻想郷を守る『当代』の魔法少女は常に一人。
しかし、今回の戦いで、その歴史は破られた。同じ時代に二人の魔法少女――しかも、その二人は互いにいがみ合うでもなく、互いに手をとり、現れる悪に立ち向かうことを選択した。
今までの慣例とは違うその現実。全てを予測していたであろう妖怪の賢者は、相変わらずの笑みを浮かべるだけだ。
「お~い、早苗~。神社戻ってきたから、そろそろ帰って来たと思って来たよ~」
「あっ、諏訪子さま! ……神奈子さまは?」
「もう少ししたら天狗が連れてくる。
いや~、今回は頑張ったねぇ! さすがは我が守矢神社自慢の娘だ!」
「あはは。諏訪子さま、やめてください。照れくさいです」
「……照れるな」
「あ、神奈子さま。ただいまです! 楽しかったですよ! さすがスパロボ! もう最高!」
「……諏訪子。これ、どうする?」
「いいじゃん。いつも通りで」
「そうですよ、神奈子さん。いつもの早苗さんじゃないですか」
と、もう疲れきった顔の神を連れてきた天狗は、つやつやの笑顔で親指立てる。
今回の魔法少女の戦いを、ほぼ独占取材できた彼女は、『今日のこの日は、我が人生で最高の一日!』とメモ帳にわざわざ書き記すほど充実していた。
片手にぶら下げたカメラの回りには、現像していない無数のフィルム。左手には何冊ものノート。彼女、射命丸文は、この日一日、心の底から充実していたのであった。
「あとで、紅魔館と命蓮寺には謝りに行かないとね」
「そうですねぇ。
役柄どころからして仕方ないとは言え、迷惑かけちゃいましたしね」
「まぁ、お酒の一本でも持っていけば大丈夫でしょう」
「ですね」
紫はそこで早苗との会話を打ち切ると、『こら、霊夢。はしたないでしょう』と、泣きながらおでん食べてる霊夢を叱り付けた。
早苗は大きく伸びをして、神社の宴会へと混ざっていく。
その後を追いかける諏訪子は、足をずりずり引きずる神奈子の手をとり、文と一緒に、その輪の中に混じっていったのだった。
――エピローグ:広がる黒――
こうして、二人の魔法少女の戦いは終わった。
今回、ハイテクどころかオーバーテクノロジーの限りを尽くした各種のロボットであるが、スカーレット・ロボは次なる戦いに備えて紅魔館の地下深くで眠りについた。パチュリー曰く、『彼には更なる強さがある。私でも、その進化の果てはわからない』と言うほどの力を、再び発揮するために。
聖輦船はいつも通りの命蓮寺へと戻り、今日も信徒を受け入れている。幸いなことに居住区や本殿などが変形した箇所に受けていた損傷は軽微なものであり、大ダメージを受けている、戦闘区域ともいうべきそれ以外の部分は地中に埋まっているため、外側からぱっと見た感じでは、幻想郷を揺るがす大激突を繰り広げた戦艦とは思えない様相そのままで。
ちなみに、ナズーリンが命蓮寺を離れて生活しているのは、『もうあんな騒動に巻き込まれたくない』と言う彼女の小さな小さな抵抗であったことが、この時、判明していた。
ホーリーヴァンピールは、真田さんの手元に戻され、『次の戦いに向けて、万全の整備をしておこう』と彼はレミリア達に約束している。これは、今後、レミリアと、そして白蓮の専用機として、彼女たちが『当代』の魔法少女の座にある限り、いつでも最高の力を発揮できるようにメンテナンスがされていくとのことだった。
そして、今回、大暴れした早苗であるが、お酒を持って紅魔館と命蓮寺に謝罪に訪れたところ、そこの主から、『あら、さすがだったわよ。早苗』『さすがは早苗さん。最高の演技力でした』とあっさり関係修復することに成功していた。
二人曰く、『早苗(さん)に悪役は似合いすぎていて困る』とのことである。
なお、ついでであるが、霊夢は博麗神社の社の中に三日ほど閉じこもっていたことを追記しておく。
その後、彼女を外に引っ張り出したのは、同じように幻想郷のもう色んな裏の真実に耐え切れなくても毎日を諦めずに生き続ける友人、アリス・マーガトロイドの健気で真摯な言葉によるものであった。
さらに、阿求の描く幻想郷縁起に、今回の事件はフルカラー300ページと言う大ボリュームで書き残され、後世にその歴史をつなげていくことになる。歴史書であるはずなのだが、『幻想郷縁起 魔法少女集(別冊)』という形で保管されるこの歴史は、どっからどう見ても熱血漫画であったとか何とか。
極めつけに、文の書いた新聞は奇跡の売り上げを発揮し、彼女に『私、もう死んでもいいっ!』という幸せを与えてくれた――。
――そして。
「……さとり様」
手にした新聞を握り締め、地底に住まう妖怪は、それを床へと投げ捨てる。
「お燐。そしてお空。
……わかっていますね?」
彼女は冷たい声で言う。
その瞳は目の前の暗闇を見据えている。暗闇の中にある何かを探すように。その何かに対して、己の思いの丈をぶつけるように。
「はい」
「……うん」
「わたし達は憎まれ、そねまれ、疎まれた末に地底に居を移した妖怪たち。
その過去を憎むことはない……けれど、忘れることもない」
彼女は言う。
その瞳は閉じられ――次に開けられた時、ぎらぎらと赤い光で満たされていた。
「わたし達が何をした? わたし達はなぜ、嫌われなければならなかった? わたし達が、どうして日の光を浴びることが出来ない!?」
がんっ、と殴りつける壁が砕け散る。
彼女は振り返る。その瞳に狂気の色を携えて。
炸裂する、彼女の想い。彼女の声。怒りと恨みに満ちたそれを聞いて、彼女の前にひざまずく二人が、思わず背筋をすくませる。
「教えてあげましょう。彼女たちに。
真の絶望を。
望まぬ暗闇の中に堕とされた、わたし達の嘆きを」
――すっと、波が引いたかのように、彼女の声が落ち着きを取り戻す。
だが、そこに、今までの『彼女』の姿はない。
暗い闇にとらわれ、あらゆるものを地底の底へと引きずり込もうとする怨嗟の色が、そこにはあった。
「はい」
「……わかりました」
「戦いの果ての敗北を教えてあげましょう。魔法少女たち……!
――当然、こいし。あなたも手伝いますよね?」
ゆっくりと、その瞳が周囲を泳ぐ。
その視線が捉える先――柱の陰に隠れ、怯えたように彼女の様子を伺っていた少女。
「っ!?」
「こいし。どうしたの? どこへ行こうというの?」
その手がゆっくりと伸びて来る。
恐怖に震える少女の手を、優しく、しかし、二度と離さぬくらいに強く握り締める。
「ねぇ? こいし」
「助けて……! お願い……! 誰かっ……!」
「こいしちゃん!?」
「フラン……ちゃん……」
紅魔館を訪れたこいしは傷つき、疲弊していた。
慌てて彼女を救護室へと運んでいくメイド達。彼女と仲のいいフランは必死に『どうしたの!?』と声をかけ続ける。
「お願い……みんな……。
お姉ちゃんを……お姉ちゃんを止めて……! このままじゃ……!」
「どういうこと!? 詳しく話しなさい!」
「お嬢様、おやめください! 彼女は怪我をしているんです!」
「だ、だけど……!」
「お姉ちゃんが……お姉ちゃんが……」
涙を浮かべ、悲しみにくれる少女。
その彼女を嘲笑うかのごとく、幻想郷が巨大な地鳴りに包まれたのは、その時だった。
窓に駆け寄るレミリア。
その視線の向こうに、ありえない光景があった。
「何……あれ……!」
それは、地底から突き立つ巨大な塔。幻想郷の大地を侵食し、根を張る、さながら巨大な一本の大樹。
そして、その先端に佇む一人の影。暗闇を背中に背負い、暗黒のオーラを放ち、空を、太陽を、光を飲み込む、黒き地底の光。
影は言う。
「わたしの名前は古明地さとり。
闇に堕とされ、歴史の中から抹消された『失われた魔法少女』の血を引くもの――」
「……紫さん」
「どうやら、あの戦いが、彼女を刺激してしまったようね……」
唐突に空が黒雲に覆われ、幻想郷を包んでいく。
不安。
恐怖。
焦燥。
様々な負の感情が荒れ狂う世界。
早苗は紫を見て、小さく、喉を鳴らす。
「……早苗ちゃん。ミコライマーを再起動させなさい。
そして、レミリアと白蓮を遠くに逃がすのよ」
「……え?」
「彼女たちでは、さとりには勝てない……。
負の想いに支配された彼女に勝てるものは、この幻想郷に、まだ存在しない……」
「そんな……!」
「急いで!」
「は、はいっ!」
再び、戦いが始まる。
悲しみに包まれ、笑顔を忘れた一人の少女が巻き起こす嘆きの始まりが訪れようとしている。
「あなた達に教えましょう。
日の光の下、ぬくぬくと暮らしてきた、幸せなあなた達に、真の絶望を。真の不幸を。そして、真の破滅を!」
――今、当代の魔法少女たちの、最大にして最悪の戦いが幕を開けた。
~次回予告~
――かつて、彼女の顔には笑顔が満ち溢れていた。
大切なものを、家族を守ることを誓って戦いを選んだ彼女。
辛く苦しい時も。傷つき疲れ果てた時も。
帰る家がある、迎えてくれる家族がいる、笑いかけてくれる人がいる。
「ねぇ、こいし。わたし、頑張るからね。
あなたのために……みんなのために。お姉ちゃん、頑張っちゃうからね」
そのまぶしい笑顔にうっすらと陰が差していることに気づいたものは数少ない。
誰も、何もしなかった。何も出来なかった。
何かしようとしても、それは彼女のためにならないと思っていたから。勘違いしていたから。
わずかな心のすれ違い。
しかし、それすら包み込んでしまえるほどの温かい想いが、笑顔があったから。
――彼女は戦えていたのに――
「どうし……て……!」
「さとり様、しっかりしてください!」
「……ねぇ、わたし、何が悪かったの……? わたしは、何を間違えてしまったの……?
どうしてこんなことになってしまったの!? ねぇ!?」
「さとり様……」
「……わたしの……力が足りなかったから……」
にじむ想い。
「わたしが……弱かったから……」
浮かぶ痛み。
「だから……こんなことになってしまったのよ……」
小さなすれ違いから始まったほころびは、その時、大きなひびとなってひび割れる。
「……だったら、そうよ。わたしがもっと強くなって……みんな……壊してしまえばいいのよ……」
彼女は、ただ、純粋すぎた――。
「……わたしが、こいしを守るのだから……!」
幻想郷の空を暗闇が覆う。
地底より生まれし暗い太陽が、この世界から生命の息吹を奪っていく。
「さとりさん! それ以上の無礼、許されることではありません!」
「あら、あなたは早苗さん。
ふふ……そうですか。昨日の敵は何とやら。あなたもわたしの敵に回るのですね。やはり」
「今すぐ、その刃を収めてください! さもなくば……!」
「さもなくば……何?」
その瞳は、心を突き刺す。
「あなたは強い。そして、あなたが持つ力に、わたしは到底かなわない。
けど、力に力でぶつかるのは愚か者のすること。強い力を受け流し、自分を上回る力を持ってしまっているものすら滅ぼし、壊すには、簡単なこと」
その『眼』が闇を映し出す。
「その強い心を打ち砕くこと。心を鍛えることは、誰にも出来ない。
少し手で包んで、ぎゅっと握ってしまう、それだけでもろくも崩れる、それが心。
あなたは思い知るでしょう。
自分の心が、粉々になって砕け散る、その感覚を。そのきれいな音を。ねぇ?」
――解き放たれる闇。
「……ねぇ、お燐。私たち……いいのかな?」
「何が?」
「だって……」
「別に、何か気にする必要はないんだよ。
あたい達は、ただ、さとり様のために一生懸命、働けばさ」
「……違うよ、そんなの」
「……お空?」
「だって……さとり様、全然、笑わない……。すごく冷たい目をして……寂しそうな顔をして……。
私、そんなさとり様、見ていたくないよ!」
――きしむ声。
「おい、霊夢、それに仙人! やばいぞ! あっちこっちで人里が……!」
「やはり……こうなりましたか……」
「こっちにも連中が向かってきてる! 下手なことすりゃ、命だって危ない!
おい、逃げるぞ! 二人とも!」
「――あなた達は、先にお行きなさい」
「……え?」
「……歴史のツケを払うのは、若者ではなく、年寄りの役目です」
――枯れた笑顔。
「お嬢様! 紅魔館メイド部隊、全滅!」
「前線で、皆さんの指揮を執っていた聖とも連絡がつきません! 紅魔館の皆さん、急いで!」
「急いで聖輦船に乗りなさい! この場を離脱する! 早くっ!」
「……まさか、紅魔館が、こうもたやすく落ちるとは……ね」
――奪われる力。
絶望が世界を覆っていく。
破滅の足音が近寄るその中で、いまだ、戦い続けるものがいる。
「あなたは手ごわいですね、レミリア・スカーレット。
しかし、頼るべき仲間から引き離され、たった一人でわたしに挑むしかない孤独には耐えられないようですね」
「……なめるなよ……!」
「あなたは捨てられた。あなたの仲間から。あなたの家族から。あなたが守るべきものから。あなたを包む全てから。
そう。それがわたしの味わった絶望。
己の全てを否定され、無の向こうの深淵を覗いた、わたしの気持ち。
――少しは理解してくれた?」
――紅が黒に飲み込まれ、色が世界から消えていく。
黒を照らす、一つの白。
闇を恐れぬ想いの強さ。
「こいし!? あなた、何でここにいるの!
あなたはまだベッドの上から起き上がってはいけないって言われているでしょう! ここはわたしに任せて下がりなさい!」
「いやだっ!」
「どうして!?」
「わたしが……わたしが、お姉ちゃんを助けるんだっ!」
それは、決意。
「わたしは、ずっとお姉ちゃんに守ってもらうだけで……!
お姉ちゃんに助けられてばっかりで! ずっとずっと、お姉ちゃんに迷惑ばっかりかけてたから!
だから……! だからっ!
だから、お姉ちゃん、こんなに傷ついて泣いてるんだよ!」
それは、心からの情愛。
「……お姉ちゃん、ごめんね。わたし、お姉ちゃんのこと……大好きだから……! 何よりも、誰よりも、大切だからっ!
だから、今、助けるよ! 今度は、わたしの番だっ!」
「ああ、もう……!
勝手にしなさい! だけど、あなたは見ていて危なっかしいから! 今だけは手伝ってあげるわ!」
「ありがとう!」
否定の出来ない優しい言葉。あたたかい強さ。
癒えぬ傷をも癒してくれる、闇に差し込む光の欠片。
しかし、全てを覆った黒は、それを許さない。
「さとりっ!?」
「あ……あれ……? わた……し……これ……!?」
散り逝く朱。
「わた……し……! い……や……!」
「さとり、しっかりしなさい! 気を強くもって! さとりっ!」
崩れた心は、砂となる。
「レミィ」
「何」
「あなたはほんと、おバカね」
「わかってる。
けどね、パチェ。わたしは今、この時以上に、ふざけた奴をぶっ飛ばしたいと思ったことはないのよ」
世界を多い、黒を切り裂く皓き紅。
伸びる闇を全て払いのけ、打ち砕き、その光は空を割る。
「古明地さとりっ!
あんたが本気で、誰かを守りたいと思ってるなら! 大切なものを救いたいと思っているのならっ!
ちょっとくらい体が痛くても、心が辛くてもっ!
この手を握れっ! あんたが一人じゃないことを教えてやるっ!
この手を握れ、古明地さとりっ!」
――世界を救う? そんなこと、どうだっていいのよ。
わたしが守りたいのは、自分の側にいる人たち。それをみんな守っていけば、結果的に、何か大きなことが出来ちゃうだけ。
……笑わないでよね。わたしだって、おかしいな、って思ってるんだから。
次回『第765次魔法少女大戦第二章 紅魔館VS地霊殿~鏡写しの二人~』
――今春 公開予定――
――第八章:オチ――
「……レミィ、完成したわ。これが、今回の映画のマスターデータよ!」
「さすがね、パチェ!」
不眠不休の徹夜作業を終えて、憔悴しきっているパチュリー。
しかし、その目はぎらぎらと野望に輝き、口許に浮かぶ不敵な笑みと相まって、一種異様な(要するに、近寄りたくない)雰囲気を携えている。
彼女の到来と宣言に、紅魔館の主はもろ手をあげてそれを歓迎し、かくて、紅魔館を中心とした、幻想郷全てを席巻するであろう伝説の映画が封切られることとなる。
「咲夜! 早速、各地の映画館に持っていきなさい!」
「すでに交渉及び放映の日程確認はすんでおります」
「さすがね!
さあ、我が紅魔館の名を、幻想郷にとどろかす日が、いよいよやってきたのよ! 今日はお祭りよ! 宴会よ! お祝いよー!」
「……どうします? 小悪魔さん」
「……もうどうにでもなれって感じですね」
紅魔館の主要メンツ3人が大騒ぎし、それを傍目から眺める二人の視線は、それはそれは冷たいものであったという。
世の中、諦めが肝心。その言葉の意味を、彼女たちは、この時、痛いほどにかみ締めていたとか。
――ほんと、どうしてこうなっちゃったんだろうなぁ……。
天井見上げて二人はつぶやく。
そんな二人の耳に、どこか遠い世界の出来事のように、紅魔館主要メンツ三名のはしゃぐ声が響いていたのだった。
なんかいろいろぶち込みすぎで突っ込みたいことは多々あれど、如何にもお嬢様発案っぽい面白さがありました
第二弾の上映も楽しみにしております^^
やりたい放題やるのもいいけど、少しは読む方への配慮も考えてもらわないと凄く読みにくい
ネタと規模が大きすぎて話の中心軸が曖昧になってるのが残念ですかね。
キャラをそれぞれ立たせようとしてかシーンが多すぎたり。
第三勢力を入れるなら前哨戦をもうちょっとサックリ終わらせるべきだったかと。
上で幾つか言われていますが、ミコライマーはいらなかったかなぁ。霊夢も触手プレイの餌食にはなっていないみたいだし。
機動ユニットの防御力が高すぎて、メインであるはずの二人が脇役めいたポジションになってしまって、結局同じように機動ユニットに乗らないといけなくなって、その当て馬って言うね……
蒼天航路の呂布と関羽を思い出しましたな。レミリアと白蓮の戦いは戦の彩りだが、主役ではない。兵を動かす手を止めてはいけない!と。
レミリアはコソコソとではなく、董卓のように堂々と正面から乗り込むべきでしたね。
弾幕を単騎くぐり抜けて、看板で白蓮と派手にやらかして、村紗が『あの二人を止めろ!』って言う感じの。
一方、公式で肩書きが『魔法少女』になっているフランドールは……雲山が楽しそうだからいいか!
詰め込み過ぎ感とか、魔法少女関係無くね? 感はありましたが、十分に楽しませて頂きました。
お疲れ様です!
霊夢などの引いちゃってる側に感情移入してしまったので、不憫で不憫で仕方なかったです。
最後の最後まで被害者じゃなくて、もう少し霊夢が楽しめている描写があれば読後感も
違ったのかなと思います。
完全なバトル物に唐突なパロ。最後は映画でしたオチ。
呆れてしまいます・・・。
マクロス、CCさくら、ガンダムOO、リリカルなのは、蒼穹のファフナー?、スパロボ、北斗の拳、仮面ライダーポセイドン?、冥王計画ゼオライマーなど
なんでも、ネタ詰め込めば良いんじゃないんですよw
harukaさんのこれまでの作品を信じて読んだのですが、次は読みません。
もうね、ほんと酷い文章なんだよね。使い古しの一発ネタ、何度も発言される都合メタ、完全に先が読める予定調和な展開、gdgdでどうしようもなくカオスなギャグシーン、デウスエクスマキナを隠しもしないED、言い出したら終わらないよ。
でもね。
それをここまでの大作に仕立て上げたのは、もう生半可な力量じゃない。
これはさ、とにかくさ、凄いんだよ。
読む側も体力を要求されるけど、ちゃんと最後まで付き合ったときに、なんだか幸せな気持ちになれるんだ。それは話の流れが王道だからかもしれない。だけど俺は、この作品に作者の熱意がこもっていて、その愛だか何だか分からない燃え上がるような感情が伝わってきたから、そんな気持ちになるんだと思ったね。
あ、でもやっぱり100点つけるのは難しいかな。
でも魔法少女のタイマンではなくメカ戦になったのはちょっと残念。
……ハッ、まさか作者様はそこまで考えて……!?
熱い展開、メカの出現、ライバル同士の手の取り合い、第三者勢力の出現、
無駄に壮大な次回予告、まさにこれは特撮もの……ッ!
あれ、魔法少女成分何処行った?
文章で言えばそれは突っ込みたい部分は沢山あります。
ですが、このSSにはそれを上回る情熱が感じられました。
それはもう、普段長文コメなんて書かない私がこうして長文コメをしちゃってる位です。
流石に100点は付けられませんが、間違いなく作者様の渾身の作品だったと思います。
どくしゃ はたおれた