「……はぁ、歌を歌ってみたいから試しに聞いて欲しい?」
来客用のソファに腰掛け、鳩が豆鉄砲をくらったような顔の妖夢の言葉に、ルナサは真面目な顔でコクンと頷いた。
窓の外から差し込む昼日が、二人の顔を照らした。
ここは霧の湖の近くにある廃洋館。プリズムリバー三姉妹たちの住処。
春の花見に向け、宴会の季節には各地から引っ張りダコの三姉妹に早めに予約を入れようとやって来た妖夢は、テーブルを挟んで対面するルナサの申し出に困惑の表情しかできなかった。
「それくらいは別に構いませんが、これまたどうして急に歌を?」
「それは……」
「それは?」
落ち着いた、或いは静かな仕草で、ルナサの口が小さく動く。
そのある意味神秘的とも言えるルナサの表情に、妖夢は思わず前かがみになって耳を傾けた。
小さな口から、小さな言葉が漏れる。
「夜雀と山彦の活動を知って、わたしたちも新しいことに挑戦してみるのもありかな、と」
「なるほど……」
いわゆる、感化。
長年インスト畑で活動してきたルナサが、時に騒音被害を巻き起こす鳥獣伎楽の音楽活動に刺激を受け、プリズムリバー楽団としての新たな面を模索しているのだ。
合点がいった妖夢は、ドンと胸を張って立ち上がった。
「分かりました。お引き受けします!」
今まで三姉妹には花見の度にお世話になっている。その恩返しも含めて、妖夢は意気揚々と引き受けた。
それに対するルナサは、嬉しそうに小さくニコッと笑った。
「ありがとう。じゃああとの二人を呼ぶよ。おーい、メルラン、リリカ」
「「はーい!」」
「のわっ!?」
何故かソファの下からぬるりと這い出てきたメルランとリリカに、妖夢はたじろいだ。
「な、何でそんな所から?」
「ああすまない。三人でかくれんぼをしていた途中に妖夢が来たからそのままになっていたみたいだ」
「そ、そうなんですか……」
先ほど来の神秘的な表情を一切崩すことなくルナサが事情説明をするものだから、妖夢としてはこれ以上激しいツッコミはできなかった。
「では改めて、妖夢、今日はありがとう」
「ありがとうー!」
「ありがとう」
綺麗なクールボイスと、楽しげなハッピーボイスと、二人の間に位置するミディアムボイス。
一人ソファに腰掛け、目の前に立ち並ぶ三姉妹を見、妖夢は内心わくわくしていた。まるでプリズムリバー劇場を一人占めしているかのような高揚感に包まれる。
じっと座って今か今かと開演を待つ観客に、団長ルナサ、次いで妹たちが深々とお辞儀をした。
そして三人とも顔を上げ、今日の趣旨説明を始めた。
「今日はプリズムリバー楽団の特別演奏。わたしたちが一人ずつ順番に歌を歌い、妖夢に色々とコメントをしてもらう」
「まだ試作段階なので、忌憚のない意見をお願いしまーす!」
「歌は外の世界から偶然入って来た楽譜を参考にさせてもらってるよ」
「分かりました」
言いながら、妖夢は少し肩を強張らせた。
和歌ならある程度の心得はあるが、果たしてプリズムリバー楽団の歌に意見することができるのか。
すると、妖夢の緊張を察したのか、三姉妹は穏やかな笑顔を見せる。
「専門的なことは何も知らなくて大丈夫。ただ、歌を聴いて思ったままを言ってくれればいい」
「すごいぐるぐるだったか、あんまりぐるぐるじゃなかったかだけでいいよ」
「メル姉ってば、それじゃ余計分かりにくいよ。妖夢も深く考えないでね」
「は、はい!」
ルナサの言葉が、メルランとリリカの掛け合いが、妖夢の緊張を解きほぐした。
そんな妖夢の様子に三姉妹たちも安心し、そして最初にルナサが手を挙げた。
「わたしから歌う。テーマは、人間が好きで、人間に憧れながらも自身が人間でないことに苦悩する妖怪の悲哀……」
「おお、なんだかルナサさんの音らしくていいですね」
鬱の音を操るルナサにはピッタリのテーマ。
妖夢がうきうきしていると、三姉妹は演奏を始め、ルナサが歌いだした。
「くまのこ見ていたかくれんぼ」
「待って」
妖夢はばっと立ち上がり、すかさずツッコミを入れた。
いきなり制止されたルナサは、僅かながら驚いた顔をしていた。
「さっきまでかくれんぼをしてこの歌の心を探っていたんだが……」
「いや何というか、あの、わたしが予想してたのとだいぶ違うのですが……こう、はやく人間になりたい的な歌を予想してたんですよ。というか、今の歌に人間に憧れる妖怪の悲哀ってありましたっけ?」
「いいないいな、人間っていいなっていう歌詞があるし」
「それって妖怪の憧れでしたっけ……?」
困惑するルナサと、それ以上に困惑する妖夢。
二人を見て、あははと笑い声を上げたのはメルラン。
「姉さん駄目よ、やっぱり時代はハッピーな歌を望んでいるの。空を飛ぶほどぐるぐるハッピーなのをね。というわけで二番メルラン、歌いまーす!」
「わたしが言いたかったのはそういう事じゃないんですけど」
言うも、メルランは全く聞いていない。それどころかすぐに演奏が始まってしまった。
仕方ないので妖夢がソファに座り直す。空を飛ぶほど、というテーマは躁の音を扱うメルランによく合っている。
「むかーしギリシャのイカロースはー」
「こっちも待って」
「何よー!」
気持ちよく歌おうとしていたところを妖夢に止められ、メルランはぶーぶーと頬を膨らませた。
しかし妖夢としては、つっこまざるを得ない。
「その歌、最終的に蝋でできた羽が溶けて墜落する内容だったと思うのですが」
「いいじゃない。墜落したらお空まで昇っていけるわよ。霊的なものが」
「死んじゃってるじゃないですか!?」
言い合うメルランと妖夢に、今度はリリカがふふんと鼻を鳴らした。
かなりの自信のようだ。
「ルナ姉もメル姉も駄目駄目。ここはわたしがバッチリ決めちゃうわ。それでは三番リリカ、ルーミアの歌を歌いまーす」
「特定の妖怪をテーマに、ですか。それはそれで面白そうだ」
興味深い語りを聞き、妖夢は再びソファに腰を落ち着かせた。
三人の合奏が始まり、響いてきたリリカの歌声。
「闇にかーくれて生きるー」
「待たれよ」
「おれたちゃよーうかーい……むう」
リリカもまた、歌った途端に妖夢の制止が入った。
遮られて唸り声を挙げたリリカに、他の二人と同様ツッコミ妖夢。
「闇に隠れて生きるのはその通りでしょうけど、ルーミアには早く人間になりたいとかそんな気持ち無いと思うのですが」
「そこはアレンジしてさ、早く人間を食べたい、とかそんなんでいいじゃん?」
「百歩譲ってそれはいいとしましょう。それよりも第一、何でこの歌をルナサさんが歌わないんですか!?」
「……えっ?」
突然話題を振られて、予想外のことに戸惑うルナサ。
その様子からして、妖夢の言わんとしていることを全く理解していないようだった。
メルランとリリカの表情も同じで、妖夢は頭を抱える。この三姉妹、かなり手強そうだ。
だが、プリズムリバー楽団の演奏会はまだ終わらない。
「気を取り直して……四番ルナサ、さっきの失敗を繰り返さないようテーマを変える」
「素直にリリカさんの歌を貰っておけばいいと思うんだけどなあ……」
ルナサが最初に出したテーマと先ほどリリカが歌った歌は、三姉妹の中ではしっくりこなかったらしい。
妖夢の呟きも空しく、次の演奏が始まる。激しくも切ない前奏、そしてルナサの歌声。
「落書きの教科書と外ばかり見てる俺」
「あ、今度はいい感じかも」
外の世界の歌であるため一部分からない言葉もあるが、要するに思春期特有の鬱屈した気持ちを歌いあげている。これならテーマともぴったり。
語るような歌詞が続き、そしてついにはサビへと高まっていく。
「ぬーすんだバイクを買わされた」
「何でですか!?」
一番いい所でまさかの歌詞。
妖夢が思わずずっこけると、熱く歌っていたルナサも止まった。
「いや、わたしたちが手に入れた楽譜にはそう歌詞が書き込んであって……」
「家出なんだから、もっと勢いのある感じじゃないと。買わされたって、それじゃあただの可哀想ないじめられっ子ですよ」
「そうよ姉さん」
妖夢のツッコミに、メルランも参加した。
「そこは一気に走り抜けていくのがベストに決まっているわ。というわけで五番メルラン、思わず走り出す歌を歌います!」
「思わず走り出すんだったら、メルランさんの曲っぽいですね」
メルランの意見に同意して、妖夢が頷く。
するとメルランの奏でる歌は、実に勢い溢れるもの。
「Mama and papa were laying in bed!」
「Stop」
「mama rolled over and this is wha…ぶーぶー」
英語の歌詞に対応して、妖夢も英語で返す。
さらにそれに対しメルランがトランペットを使ってぶーたれた。
「せっかくどこまででも走って行けそうなリズミカルな歌なのに!」
「結局微笑みデブに撃たれて逝っちゃうでしょ! 何でまたバッドエンドなんですか!?」
「バッドエンドもぐるぐる回ってハッピーよ!」
「意味が分かりません」
一周回ってハッピーエンドとでも言いたいのだろうか。何にせよ妖夢には意味不明であった。
そこへ、リリカの不敵な笑み。
「ふふふ、ルナ姉もメル姉も細かいテーマに拘るから上手くいかないのよ。わたしのように、誰かを思い浮かべながら歌う方が遙かにやりやすいわ!」
「ルーミアの歌の時も他の二人とどっこいどっこいだった気がしますが……」
聞いちゃいなかった。
そもそも三姉妹の中で一番落ち着きのありそうなルナサでさえ、妖夢の言葉が届ききっているかどうか怪しい。この三人、こと音楽に関わると前進制圧あるのみになるようだ。
益々不安になる妖夢を前に、リリカが口上を始めた。
「六番リリカ、紅美鈴の歌を歌います」
「美鈴さんですか。彼女は武術の達人ですけど」
どう歌に表現するつもりなのか、妖夢は不安を抱えながら固唾を飲んだ。
「掴もうぜっ! ドラゴンボールッ!」
「確かに美鈴さんの帽子の飾りには『龍』ってありますけど!」
ボールは、ボールは一体どこにあるというのか。
妖夢がその旨ツッコムと、リリカはあっけからんとした顔で言いのけた。
「胸にドラゴンボールを二つも隠してるじゃない」
「ただのセクハラじゃないですか!? そんなの掴んじゃ駄目ですよ!」
ここまでプリズムリバー楽団が披露してくれた歌は合計六曲。
だがそのいずれも、テーマとずれているか、歌詞の内容そのものに問題があるものばかり。つっこまずにはいられなかった。
そこで、妖夢は一つの妙案を思い付いた。
「そうだ。いっそのことテーマは無くして歌だけ披露すればいいじゃないですか。そうすれば、何の問題もなく歌える曲だって……」
この提案に対し、三姉妹はそろって不満そうな顔をした。
「テーマの無い曲なんて、生きている感じがしない」
「日常の些細な雑音一つ一つだって、そこには音としての魂がこもっているの」
「無意味な音なんて存在しないのに、テーマの無い曲なんておかしいわ」
「う……」
騒霊としての哲学か、三姉妹は決して退こうとはしない。
多勢に無勢、一斉口撃に降伏したのは妖夢の方だった。
「わ、分かりました! 前言撤回します。でも、今までの歌はツッコミどころが多すぎるので駄目ですからね!」
「むう、妖夢プロデューサーは厳しいな」
「その方がぐるぐる度が増してハッピーだと思うわ」
「歌の候補はまだいくつかあるから妖夢もどんどん聴いていってね」
「こうなったら最後までとことんお付き合いします!」
「ただいま戻りました……」
「おかえりなさい妖夢、遅かったわね……どうしたの?」
「ははは……真っ白に燃えつきましたよ……」
白玉楼座敷部屋。
夕暮れ時になってようやくおつかいから帰って来た妖夢はやたらと疲れた顔をしていた。
「おつかいの途中で何かあったの?」
「いやあ、別に問題があるわけではないのです……ただ」
「ただ?」
のんびりお茶をすすっていた幽々子が事情を聞くと、妖夢は幽々子に対面する形に座り、廃洋館であったことをあまさず述べた。
数時間に渡って聴き続けた、プリズムリバー楽団の演奏会を。
例えばこんな一幕。
「七番ルナサ、哀しい戦士の運命を歌います」
「哀しい戦士ですか。わたしも一剣士として興味が湧きますね」
「オーラロードが開かーれたー」
「また想像してたのと違ったぁ!?」
「だって、かなしむな俺の闘志……って」
「確かにストーリーのエンドも大概なものですけど!」
「十七番メルラン、とってもタフな歌よ!」
「タフな歌ですか。よく分からないけど激しそうですね」
「Welcome to this crazy time! このふざけた時代へようこそ!」
「なんという世紀末!?」
「うずくまって泣いてても始まらないのよ! たっぽい!」
「もう世紀末じゃないので……」
「二十四番リリカ、西行寺幽々子の歌を歌います」
「幽々子様なら、春らしい曲を……」
「ちーちちーちおっぱーい!」
「またセクハラですか!?」
「ある意味春じゃない」
「その春は絶対に駄目です!」
「二十八番ルナサ、生まれた星のもとに苦悩する歌を」
「生まれた星のもとにって、何だか詩的ですね」
「抱ぁきしめたー、こーころの小宇宙ぉ」
「これで生まれた星のもと云々って、どういうことです?」
「蟹座と魚座と牡牛座が……」
「…………」
「三十五番メルラン、マーチを歌うわ」
「行進曲だったらノリのいい感じが出ますね」
「Who's the leader of the club? That's made for you and me! M-I-C-K-E-Y M-O-U…」
「Out!」
「ハハッ」
「本当にやめてください!」
「四十二番リリカ、プリズムリバー三姉妹の歌!」
「自分たちを歌うんですか。これは面白そうです」
「じ~んせ~い楽ありゃ苦~もあるさ~」
「どうして勧善懲悪ものになってるんですか!? 三人で黄門様と助さん格さんですか!?」
「手前ども、越後のちんどん屋でございます」
「それを言うなら越後のちりめん問屋でしょう!」
「……とまあ、こういう具合ですよ。結局わたしはツッコミをし、最終的にみなさんの中でインスピレーションが働いたそうなので帰ってきました。あはは」
妖夢は疲れのあまり乾いた笑い声をあげ続けていた。
その時だった。
「たのもー!」
「えっ?」
聞き覚えのある、妖夢にしてみれば先ほどまでずっと聴いていたぐるぐるな声が白玉楼内に響いた。
その声に妖夢が慌てて玄関まで駆けてゆくと、そこには思った通りの人影が。
「メルランさん!? それにルナサさんもリリカさんも……どうして?」
妖夢の記憶通りならこの三人とは、「妖夢のおかげでいい歌が歌えそう!」と手を握られながら言われて別れたはずである。
その三人の唐突な来訪に驚き目を丸くする妖夢に、ルナサが事情を説明する。
「わたしたちのために懸命になってくれた妖夢にぴったりの歌を見つけたんだ。それですぐにでも聴いてもらいたいと思ったんだが、迷惑だったかな?」
「いいえ、迷惑などでは無いわ」
妖夢の後ろから、ゆっくりと歩いてきた幽々子が言う。
扇子で口元が隠されているその顔は、とても楽しそうである。
「貴女方が妖夢のために歌うというのなら、その主人として興味があるわ。是非歌っていってくださいな。場所はお庭がいいかしら?」
「……ありがとう」
幽々子からの申し出に、ルナサは一度だけ小さく頷く。
メルランもリリカも、満足そうに微笑んだ。
そして三姉妹は急遽会場となった庭へ、幽々子は三姉妹の歌を聴くため縁側へと移動する。
「……え、わたしだけおいてけぼり?」
急展開過ぎて反応ができなかった妖夢。少し思考が停止していた。
ようやっと我に返ったところで、急ぎ幽々子の後を追う。
彼女は縁側に腰かけており、三姉妹は既に前口上をあげているところだった。
「今日はこんな突然のゲリラライブを許してくれて本当にありがとう」
「とってもぐるぐるハッピーなライブにするわ!」
「わたしたちのために親身になって協力してくれた妖夢のために歌います。それでは聴いてください」
「わーぱちぱち」
はやし立てる幽々子の拍手に合わせて気持ちを高めながら、プリズムリバー楽団の演奏が始まった。
そして、三姉妹が口を揃えて歌い出す。決して派手ではなく豪華でもないが、どこまでも温かく、とても健気な歌を。
幽々子は涙した。抑えようとしても留まることのない雫を指で払いながら、いざつっこまんとしていた妖夢にボソリと耳打ちする。
「ぐすっ……妖夢、今日の晩ご飯はあれがいいわ……うぅ……」
「……かしこまりました」
つっこもうとしていたのに、主人にこう言われてしまえば妖夢は従うしかない。
ツッコミの手を押しとどめて台所へ向かう。
いくらかの下準備をしたところで、ふいにプリズムリバー楽団のハーモニーが聞こえてきた。曲の中で特に盛り上がる箇所。
「「「俺はまだまだチキンライス~でいいや~」」」
「ツッコミ担当が歌う歌ってことですか……」
妖夢はそう一人でつっこみながら、熱して油をしいたフライパンに小さく切った鶏肉をつっこんだ。
来客用のソファに腰掛け、鳩が豆鉄砲をくらったような顔の妖夢の言葉に、ルナサは真面目な顔でコクンと頷いた。
窓の外から差し込む昼日が、二人の顔を照らした。
ここは霧の湖の近くにある廃洋館。プリズムリバー三姉妹たちの住処。
春の花見に向け、宴会の季節には各地から引っ張りダコの三姉妹に早めに予約を入れようとやって来た妖夢は、テーブルを挟んで対面するルナサの申し出に困惑の表情しかできなかった。
「それくらいは別に構いませんが、これまたどうして急に歌を?」
「それは……」
「それは?」
落ち着いた、或いは静かな仕草で、ルナサの口が小さく動く。
そのある意味神秘的とも言えるルナサの表情に、妖夢は思わず前かがみになって耳を傾けた。
小さな口から、小さな言葉が漏れる。
「夜雀と山彦の活動を知って、わたしたちも新しいことに挑戦してみるのもありかな、と」
「なるほど……」
いわゆる、感化。
長年インスト畑で活動してきたルナサが、時に騒音被害を巻き起こす鳥獣伎楽の音楽活動に刺激を受け、プリズムリバー楽団としての新たな面を模索しているのだ。
合点がいった妖夢は、ドンと胸を張って立ち上がった。
「分かりました。お引き受けします!」
今まで三姉妹には花見の度にお世話になっている。その恩返しも含めて、妖夢は意気揚々と引き受けた。
それに対するルナサは、嬉しそうに小さくニコッと笑った。
「ありがとう。じゃああとの二人を呼ぶよ。おーい、メルラン、リリカ」
「「はーい!」」
「のわっ!?」
何故かソファの下からぬるりと這い出てきたメルランとリリカに、妖夢はたじろいだ。
「な、何でそんな所から?」
「ああすまない。三人でかくれんぼをしていた途中に妖夢が来たからそのままになっていたみたいだ」
「そ、そうなんですか……」
先ほど来の神秘的な表情を一切崩すことなくルナサが事情説明をするものだから、妖夢としてはこれ以上激しいツッコミはできなかった。
「では改めて、妖夢、今日はありがとう」
「ありがとうー!」
「ありがとう」
綺麗なクールボイスと、楽しげなハッピーボイスと、二人の間に位置するミディアムボイス。
一人ソファに腰掛け、目の前に立ち並ぶ三姉妹を見、妖夢は内心わくわくしていた。まるでプリズムリバー劇場を一人占めしているかのような高揚感に包まれる。
じっと座って今か今かと開演を待つ観客に、団長ルナサ、次いで妹たちが深々とお辞儀をした。
そして三人とも顔を上げ、今日の趣旨説明を始めた。
「今日はプリズムリバー楽団の特別演奏。わたしたちが一人ずつ順番に歌を歌い、妖夢に色々とコメントをしてもらう」
「まだ試作段階なので、忌憚のない意見をお願いしまーす!」
「歌は外の世界から偶然入って来た楽譜を参考にさせてもらってるよ」
「分かりました」
言いながら、妖夢は少し肩を強張らせた。
和歌ならある程度の心得はあるが、果たしてプリズムリバー楽団の歌に意見することができるのか。
すると、妖夢の緊張を察したのか、三姉妹は穏やかな笑顔を見せる。
「専門的なことは何も知らなくて大丈夫。ただ、歌を聴いて思ったままを言ってくれればいい」
「すごいぐるぐるだったか、あんまりぐるぐるじゃなかったかだけでいいよ」
「メル姉ってば、それじゃ余計分かりにくいよ。妖夢も深く考えないでね」
「は、はい!」
ルナサの言葉が、メルランとリリカの掛け合いが、妖夢の緊張を解きほぐした。
そんな妖夢の様子に三姉妹たちも安心し、そして最初にルナサが手を挙げた。
「わたしから歌う。テーマは、人間が好きで、人間に憧れながらも自身が人間でないことに苦悩する妖怪の悲哀……」
「おお、なんだかルナサさんの音らしくていいですね」
鬱の音を操るルナサにはピッタリのテーマ。
妖夢がうきうきしていると、三姉妹は演奏を始め、ルナサが歌いだした。
「くまのこ見ていたかくれんぼ」
「待って」
妖夢はばっと立ち上がり、すかさずツッコミを入れた。
いきなり制止されたルナサは、僅かながら驚いた顔をしていた。
「さっきまでかくれんぼをしてこの歌の心を探っていたんだが……」
「いや何というか、あの、わたしが予想してたのとだいぶ違うのですが……こう、はやく人間になりたい的な歌を予想してたんですよ。というか、今の歌に人間に憧れる妖怪の悲哀ってありましたっけ?」
「いいないいな、人間っていいなっていう歌詞があるし」
「それって妖怪の憧れでしたっけ……?」
困惑するルナサと、それ以上に困惑する妖夢。
二人を見て、あははと笑い声を上げたのはメルラン。
「姉さん駄目よ、やっぱり時代はハッピーな歌を望んでいるの。空を飛ぶほどぐるぐるハッピーなのをね。というわけで二番メルラン、歌いまーす!」
「わたしが言いたかったのはそういう事じゃないんですけど」
言うも、メルランは全く聞いていない。それどころかすぐに演奏が始まってしまった。
仕方ないので妖夢がソファに座り直す。空を飛ぶほど、というテーマは躁の音を扱うメルランによく合っている。
「むかーしギリシャのイカロースはー」
「こっちも待って」
「何よー!」
気持ちよく歌おうとしていたところを妖夢に止められ、メルランはぶーぶーと頬を膨らませた。
しかし妖夢としては、つっこまざるを得ない。
「その歌、最終的に蝋でできた羽が溶けて墜落する内容だったと思うのですが」
「いいじゃない。墜落したらお空まで昇っていけるわよ。霊的なものが」
「死んじゃってるじゃないですか!?」
言い合うメルランと妖夢に、今度はリリカがふふんと鼻を鳴らした。
かなりの自信のようだ。
「ルナ姉もメル姉も駄目駄目。ここはわたしがバッチリ決めちゃうわ。それでは三番リリカ、ルーミアの歌を歌いまーす」
「特定の妖怪をテーマに、ですか。それはそれで面白そうだ」
興味深い語りを聞き、妖夢は再びソファに腰を落ち着かせた。
三人の合奏が始まり、響いてきたリリカの歌声。
「闇にかーくれて生きるー」
「待たれよ」
「おれたちゃよーうかーい……むう」
リリカもまた、歌った途端に妖夢の制止が入った。
遮られて唸り声を挙げたリリカに、他の二人と同様ツッコミ妖夢。
「闇に隠れて生きるのはその通りでしょうけど、ルーミアには早く人間になりたいとかそんな気持ち無いと思うのですが」
「そこはアレンジしてさ、早く人間を食べたい、とかそんなんでいいじゃん?」
「百歩譲ってそれはいいとしましょう。それよりも第一、何でこの歌をルナサさんが歌わないんですか!?」
「……えっ?」
突然話題を振られて、予想外のことに戸惑うルナサ。
その様子からして、妖夢の言わんとしていることを全く理解していないようだった。
メルランとリリカの表情も同じで、妖夢は頭を抱える。この三姉妹、かなり手強そうだ。
だが、プリズムリバー楽団の演奏会はまだ終わらない。
「気を取り直して……四番ルナサ、さっきの失敗を繰り返さないようテーマを変える」
「素直にリリカさんの歌を貰っておけばいいと思うんだけどなあ……」
ルナサが最初に出したテーマと先ほどリリカが歌った歌は、三姉妹の中ではしっくりこなかったらしい。
妖夢の呟きも空しく、次の演奏が始まる。激しくも切ない前奏、そしてルナサの歌声。
「落書きの教科書と外ばかり見てる俺」
「あ、今度はいい感じかも」
外の世界の歌であるため一部分からない言葉もあるが、要するに思春期特有の鬱屈した気持ちを歌いあげている。これならテーマともぴったり。
語るような歌詞が続き、そしてついにはサビへと高まっていく。
「ぬーすんだバイクを買わされた」
「何でですか!?」
一番いい所でまさかの歌詞。
妖夢が思わずずっこけると、熱く歌っていたルナサも止まった。
「いや、わたしたちが手に入れた楽譜にはそう歌詞が書き込んであって……」
「家出なんだから、もっと勢いのある感じじゃないと。買わされたって、それじゃあただの可哀想ないじめられっ子ですよ」
「そうよ姉さん」
妖夢のツッコミに、メルランも参加した。
「そこは一気に走り抜けていくのがベストに決まっているわ。というわけで五番メルラン、思わず走り出す歌を歌います!」
「思わず走り出すんだったら、メルランさんの曲っぽいですね」
メルランの意見に同意して、妖夢が頷く。
するとメルランの奏でる歌は、実に勢い溢れるもの。
「Mama and papa were laying in bed!」
「Stop」
「mama rolled over and this is wha…ぶーぶー」
英語の歌詞に対応して、妖夢も英語で返す。
さらにそれに対しメルランがトランペットを使ってぶーたれた。
「せっかくどこまででも走って行けそうなリズミカルな歌なのに!」
「結局微笑みデブに撃たれて逝っちゃうでしょ! 何でまたバッドエンドなんですか!?」
「バッドエンドもぐるぐる回ってハッピーよ!」
「意味が分かりません」
一周回ってハッピーエンドとでも言いたいのだろうか。何にせよ妖夢には意味不明であった。
そこへ、リリカの不敵な笑み。
「ふふふ、ルナ姉もメル姉も細かいテーマに拘るから上手くいかないのよ。わたしのように、誰かを思い浮かべながら歌う方が遙かにやりやすいわ!」
「ルーミアの歌の時も他の二人とどっこいどっこいだった気がしますが……」
聞いちゃいなかった。
そもそも三姉妹の中で一番落ち着きのありそうなルナサでさえ、妖夢の言葉が届ききっているかどうか怪しい。この三人、こと音楽に関わると前進制圧あるのみになるようだ。
益々不安になる妖夢を前に、リリカが口上を始めた。
「六番リリカ、紅美鈴の歌を歌います」
「美鈴さんですか。彼女は武術の達人ですけど」
どう歌に表現するつもりなのか、妖夢は不安を抱えながら固唾を飲んだ。
「掴もうぜっ! ドラゴンボールッ!」
「確かに美鈴さんの帽子の飾りには『龍』ってありますけど!」
ボールは、ボールは一体どこにあるというのか。
妖夢がその旨ツッコムと、リリカはあっけからんとした顔で言いのけた。
「胸にドラゴンボールを二つも隠してるじゃない」
「ただのセクハラじゃないですか!? そんなの掴んじゃ駄目ですよ!」
ここまでプリズムリバー楽団が披露してくれた歌は合計六曲。
だがそのいずれも、テーマとずれているか、歌詞の内容そのものに問題があるものばかり。つっこまずにはいられなかった。
そこで、妖夢は一つの妙案を思い付いた。
「そうだ。いっそのことテーマは無くして歌だけ披露すればいいじゃないですか。そうすれば、何の問題もなく歌える曲だって……」
この提案に対し、三姉妹はそろって不満そうな顔をした。
「テーマの無い曲なんて、生きている感じがしない」
「日常の些細な雑音一つ一つだって、そこには音としての魂がこもっているの」
「無意味な音なんて存在しないのに、テーマの無い曲なんておかしいわ」
「う……」
騒霊としての哲学か、三姉妹は決して退こうとはしない。
多勢に無勢、一斉口撃に降伏したのは妖夢の方だった。
「わ、分かりました! 前言撤回します。でも、今までの歌はツッコミどころが多すぎるので駄目ですからね!」
「むう、妖夢プロデューサーは厳しいな」
「その方がぐるぐる度が増してハッピーだと思うわ」
「歌の候補はまだいくつかあるから妖夢もどんどん聴いていってね」
「こうなったら最後までとことんお付き合いします!」
「ただいま戻りました……」
「おかえりなさい妖夢、遅かったわね……どうしたの?」
「ははは……真っ白に燃えつきましたよ……」
白玉楼座敷部屋。
夕暮れ時になってようやくおつかいから帰って来た妖夢はやたらと疲れた顔をしていた。
「おつかいの途中で何かあったの?」
「いやあ、別に問題があるわけではないのです……ただ」
「ただ?」
のんびりお茶をすすっていた幽々子が事情を聞くと、妖夢は幽々子に対面する形に座り、廃洋館であったことをあまさず述べた。
数時間に渡って聴き続けた、プリズムリバー楽団の演奏会を。
例えばこんな一幕。
「七番ルナサ、哀しい戦士の運命を歌います」
「哀しい戦士ですか。わたしも一剣士として興味が湧きますね」
「オーラロードが開かーれたー」
「また想像してたのと違ったぁ!?」
「だって、かなしむな俺の闘志……って」
「確かにストーリーのエンドも大概なものですけど!」
「十七番メルラン、とってもタフな歌よ!」
「タフな歌ですか。よく分からないけど激しそうですね」
「Welcome to this crazy time! このふざけた時代へようこそ!」
「なんという世紀末!?」
「うずくまって泣いてても始まらないのよ! たっぽい!」
「もう世紀末じゃないので……」
「二十四番リリカ、西行寺幽々子の歌を歌います」
「幽々子様なら、春らしい曲を……」
「ちーちちーちおっぱーい!」
「またセクハラですか!?」
「ある意味春じゃない」
「その春は絶対に駄目です!」
「二十八番ルナサ、生まれた星のもとに苦悩する歌を」
「生まれた星のもとにって、何だか詩的ですね」
「抱ぁきしめたー、こーころの小宇宙ぉ」
「これで生まれた星のもと云々って、どういうことです?」
「蟹座と魚座と牡牛座が……」
「…………」
「三十五番メルラン、マーチを歌うわ」
「行進曲だったらノリのいい感じが出ますね」
「Who's the leader of the club? That's made for you and me! M-I-C-K-E-Y M-O-U…」
「Out!」
「ハハッ」
「本当にやめてください!」
「四十二番リリカ、プリズムリバー三姉妹の歌!」
「自分たちを歌うんですか。これは面白そうです」
「じ~んせ~い楽ありゃ苦~もあるさ~」
「どうして勧善懲悪ものになってるんですか!? 三人で黄門様と助さん格さんですか!?」
「手前ども、越後のちんどん屋でございます」
「それを言うなら越後のちりめん問屋でしょう!」
「……とまあ、こういう具合ですよ。結局わたしはツッコミをし、最終的にみなさんの中でインスピレーションが働いたそうなので帰ってきました。あはは」
妖夢は疲れのあまり乾いた笑い声をあげ続けていた。
その時だった。
「たのもー!」
「えっ?」
聞き覚えのある、妖夢にしてみれば先ほどまでずっと聴いていたぐるぐるな声が白玉楼内に響いた。
その声に妖夢が慌てて玄関まで駆けてゆくと、そこには思った通りの人影が。
「メルランさん!? それにルナサさんもリリカさんも……どうして?」
妖夢の記憶通りならこの三人とは、「妖夢のおかげでいい歌が歌えそう!」と手を握られながら言われて別れたはずである。
その三人の唐突な来訪に驚き目を丸くする妖夢に、ルナサが事情を説明する。
「わたしたちのために懸命になってくれた妖夢にぴったりの歌を見つけたんだ。それですぐにでも聴いてもらいたいと思ったんだが、迷惑だったかな?」
「いいえ、迷惑などでは無いわ」
妖夢の後ろから、ゆっくりと歩いてきた幽々子が言う。
扇子で口元が隠されているその顔は、とても楽しそうである。
「貴女方が妖夢のために歌うというのなら、その主人として興味があるわ。是非歌っていってくださいな。場所はお庭がいいかしら?」
「……ありがとう」
幽々子からの申し出に、ルナサは一度だけ小さく頷く。
メルランもリリカも、満足そうに微笑んだ。
そして三姉妹は急遽会場となった庭へ、幽々子は三姉妹の歌を聴くため縁側へと移動する。
「……え、わたしだけおいてけぼり?」
急展開過ぎて反応ができなかった妖夢。少し思考が停止していた。
ようやっと我に返ったところで、急ぎ幽々子の後を追う。
彼女は縁側に腰かけており、三姉妹は既に前口上をあげているところだった。
「今日はこんな突然のゲリラライブを許してくれて本当にありがとう」
「とってもぐるぐるハッピーなライブにするわ!」
「わたしたちのために親身になって協力してくれた妖夢のために歌います。それでは聴いてください」
「わーぱちぱち」
はやし立てる幽々子の拍手に合わせて気持ちを高めながら、プリズムリバー楽団の演奏が始まった。
そして、三姉妹が口を揃えて歌い出す。決して派手ではなく豪華でもないが、どこまでも温かく、とても健気な歌を。
幽々子は涙した。抑えようとしても留まることのない雫を指で払いながら、いざつっこまんとしていた妖夢にボソリと耳打ちする。
「ぐすっ……妖夢、今日の晩ご飯はあれがいいわ……うぅ……」
「……かしこまりました」
つっこもうとしていたのに、主人にこう言われてしまえば妖夢は従うしかない。
ツッコミの手を押しとどめて台所へ向かう。
いくらかの下準備をしたところで、ふいにプリズムリバー楽団のハーモニーが聞こえてきた。曲の中で特に盛り上がる箇所。
「「「俺はまだまだチキンライス~でいいや~」」」
「ツッコミ担当が歌う歌ってことですか……」
妖夢はそう一人でつっこみながら、熱して油をしいたフライパンに小さく切った鶏肉をつっこんだ。
走らない~♪ 動かない~♪
でも取り立てきつい~♪
……って、ネタが古いよ!
今の子は知らないよ!
ああ、でも幻想入りするにはちょうどいいか……。
個人的には、古い歌に突っ込みを入れるなら、プレスリーやビートルズなんかも欲しかったかなぁ。
フランドールの監獄ロックとか、さとりのイマジンとか。
ルナサは美脚。間違い無い。
今の10代の子にはわからないのも多いだろうな…
うまかっです