昨今の神々の情勢は厳しい。それは神々を信じる人々が減った事もあるし、年々神々が生まれては忘れ去られていくからでもある。
私みたいに姿を保っているだけでも、結構大変な事なのだ。
とは言っても私が凄い事が出来るなんて事ではない。
私がこうして存在していられるのは、出雲での会談で決められた、二つの取り決めのおかげなのだ。
一つ目は、限りある信仰を力のある神が独占することを禁じるもの。
これによって、然程力のない神でも生きていけるぐらいの信仰は集めることができる。
そして二つ目。これはまあつまり、職業選択の自由というやつである。
この国ではどんな小さな信仰からも神が生まれることがある。だからその信仰が無くなると、そのまま消えてしまうことがあるのだ。
これはそんな神のために作られた取り決めで、力の弱い神が信仰を得やすい事をするための取り決めだ。
かくいう私も、そんな小さな神の一柱だった。もしもあのままだったら、私は消えてなくなっていただろう。
そうなればお姉ちゃんとはお別れだ。本当にそんな取り決めをしてくれた、えらい神様に感謝である。
さて、そんな私が選んだのは豊穣の神というものだ。
これは私のような神には人気の職業で、然程の力が無くとも生きていけるだけの信仰を得られる大変理想的な職業なのだ。
なんたって人は作物が無ければ生きていけないのだから、それを作る人間は沢山いる。
そんな人間に力を貸してやれば信仰なんて二束三文、神の存在に咽び泣いて感謝する事であろう。感謝は信仰、完璧な計画である。
私のような頭でもこんなふうに考えられるのだ、これはもう人気がでるのは当然の結末だった。しかし世の中そんなにうまくはいかないわけで……
私は豊穣の神を選んだ事を早くも後悔していた。どうしてそんな完璧な仕事に嫌気がさしてしまったのか、人生そんなにうまい話は無いという事だ。
豊穣の神とて駆け出しにできる事など限られていた。私は元々大きな力を使えるわけではないのでそれは当り前の事だったのだが、
可哀想な事にその頃の私はうまい話に頭の中がいっぱいであった。さして力の無い神に出来る事など、精々案山子の真似事ぐらいだったのだ。
これには私の頭もまいった。信仰の為にやらねばなるまいと頭に浮かべるのだが、私の体はとんと言う事を効かないのだ。
人の為だと考えて楽しく働けばいいものなのに、私の頭は堕落する事しか知らない。これでは信仰が集まらないのも納得である。
そんな体たらくでも私が生きてこれたのは、私を支えてくれる人がいたからだ。
誰かなど言わなくても分かるだろう。そんな奇特な事をする人など、身内以外にいないのだから。
お姉ちゃんは私と違い勤勉な神であり、人の為に働くと言う事に熱心なまさに神様と言うべき人だ。
信仰の為に木の葉を一枚一枚手作業で紅く塗っていくのだから、その勤勉さは推して知るべしである。
私の心では、そんな苦行の様な毎日には耐えられないだろう。
どうしてそんな事が出来るのか、一度お姉ちゃんに聞いてみた事がある。
それに答えるお姉ちゃんの言葉は「どうしてできないの? 神様でしょ?」と言う物だ。
なるほど確かに。神なら人の為を思えばなんだってできるはずであろう。
私はお姉ちゃんの言葉を聞いてそう思った。
だからいつも、私は何かやりたくない事があったときはお姉ちゃんの言葉を思い出すことにしている。
今回も同じだ。私は自己暗示をかけ、豊穣の神として案山子のふりをすることにしたのだった。
とは言っても、やはり自己暗示と言う物には限界があるもので、二時間も案山子のふりをして立っていれば結局私の心は堕落の姿勢を見せるのだ。
どうにも私には人の為という感情が抜けているらしい。今までよくこれで神様なんてやっていけたものだ。やっていけなかったから豊穣の神になったのだが。
はてさて、私はどうしたらよいのだろうか? なんて馬鹿なことを考えてみる。
答えはもちろんわかっている。このまま案山子のふりを続けるのが正解であろう。
しかしそんな正解を気にもせず、私の心の堕落したものがこう囁くのだ。二時間も働いたんだからいいじゃないか、と。
これは抗いがたい悪魔の囁きであり、私の体からやる気というものを根こそぎ奪っていく。それが時々女神の声のように聞こえるのだから、全くもってたちが悪い。
私はそんな悪魔の囁きに、これ如何と立ち上がらねばなるまい。なんて格好つけた言葉を放つのだが、結局私の心はそのまま悪魔に飲みこまれていくのだ。
私の心がこんなに弱いとは思いもしなかった。これでは私に助けられるような人などいやしないだろう。そんな免罪符を心に突きつけながら、私は家に帰るのだった。
家に帰ればお姉ちゃんがいる。それはもう至極当然当たり前のことであり、そんなお姉ちゃんが私に言うことも大変当たり前のことなのである。
すなわち、お仕事どうしたの? というやつである。こんな言葉を出されては、私はもうごまかすほかない。
私の心に突きつけている免罪符をちょいと剥がして向けてみると、お姉ちゃんは私に対してこういうのだ。
「助けられて迷惑に思う人なんていません。
それにね穣子、貴女は自分で言うほどできない子じゃないのよ? だからもう少し頑張りましょう?」と。
私の敬愛するお姉ちゃんにこんな風に言われてしまえば、私はもう頑張るという選択肢以外を取り払われたようなものだ。
「がんばる!」とひとつ叫んだ後、私はもう駆け出している。目指すは畑だ。
そんなこんなでもう二時間ほど案山子の真似事をしてみる私だが、やはり私はだめな神なのだ。二時間も経つと、またも堕落の声を上げだす。
しかし今回はお姉ちゃんに『がんばる!』といって出てきたのだ、このまま帰るわけにはいかない。
せめて作物を狙う烏の一羽ぐらい落としてからでないと、私は胸を張って帰れないだろう。私はもう少し、案山子のふりを続ける決意をしたのだった。
……ちなみに、そのころにはもう辺りは黒に染まりつつあった。烏の類はもう畑にはよってこないだろうが、私はそんな事を知る由もなかった。
私が案山子のふりをしてもう何時間になるだろうか? 私の周りはもう、真っ暗闇の只中である。
さすがにもういいんじゃないかな? と私の中の悪魔が囁くが、私は理性でこれを返り討つ。
お姉ちゃんとの約束だ、守らなければ今度こそ愛想をつかされてしまうかも知れない。
勿論そんなのはいやだった。私はお姉ちゃんが大好きなのだ、嫌われてしまえば、それこそ生きていけなくなってしまうだろう。
嫌われないためにやるべきことは、このまま案山子のふりを続けるだけだ。
とはいっても、私がもういやになっているのは事実なのだ。このまま続けようと思っても、長くは続かないのは明白だった。
そもそも、ただ案山子のふりをしているだけだからそんな怠惰な気持ちが出てくるのだ。何かをやっていれば、楽しくなってこんな仕事も乗り切れるだろう。
何をするにも、楽しいことがないと続けられないものだ。
私は案山子のふりをしながらできることを探した。とはいっても、何もないところでできることなんて高が知れているもので。
結局、私の選んだものは思考の海に耽るというなんとも味気ないものだった。考えることは、どうして私が案山子のふりなんぞしなくてはならないのか、だ。
しばらく考えていると、どうにもやる気がそがれていくのがわかった。まあ当たり前のことであろう。
というかなぜ私は、そんなことを考えようと思ったのだろうか? 普通に考えたらそうなるのは予想できるだろう。
私は何でもポジティブに考えられるような性格はしていないのだから。そこから何か楽しい話につながるとでも思ったのだろうか?
もしそうだとしたら、私はもう救いがたいほどのアホだろう。議論する余地もない。
なんて、私がそんな事を考えていると、なにやら藪の中からがさがさという音が聞こえてきたような気がした。
獣の類だろうか? 私も一応神の端くれ、ただの獣に負ける気はしない。
さあこい! と身構え、藪の方を注意深く観察する。
ちょうどいい時に出てきてくれた。これをどうにかできれば私も『働いた!』と胸を張って帰れるだろう。
などと取らぬ狸の皮算用を楽しんでいると、私の心を悟ったのか藪の中の獣に動きがあった。
私の気持ちを汲んでくれるなんて、随分よくできた獣である。
私はまだ見ぬ獣に感謝の気持ちでいっぱいだった。まあ畑荒らしを許す気はないが。
さあ来いさあ来いと獣を待つ私であったが、そういえば私はまだ獣の正体を知らないのだった。
藪を掻き分ける音は以外に大きい、となると猪か何かだろうか? と、考えるも。いやいやいや、と私の中のもう一人が声を上げるのだ。
音が大きいから大きな獣だというのは、少し安直な考えじゃ無いか? と。
確かにそうだ。というか、そもそも藪の中にいるものは本当に獣であっているのだろうか?
実は隠れているのは獣ではなく妖精で、悪戯に藪を揺らしているのかも知れない。
いや、もしかしたら妖精どころではないかも知れない。可能性を考えるなら、あの八雲紫がやっている事だという可能性すらあるのだ。
もしそうだったとしたならば、私にできることなど何もない。ブルブル震えて許しを請うしかできないだろう。
私はもう疑心暗鬼で、天の助けにも思えた藪の中の何かが恐ろしくて堪らなくなっていた。
もしもこれが妖精の仕業だったとしたら、私はまんまと驚かされた馬鹿な人間にしか見えなかっただろう。
しかし、それでも私は逃げることを選択肢には入れていなかった。私は、畑を守る決意を決めていたのだ。
私はお姉ちゃんの言葉をもう一度思い出し、藪の中に向かって弾幕を放った。
何が出てくるのかは分からない。それでも私はやらなくてはならないのだ、この畑を守って信仰を得るために。お姉ちゃんに褒めてもらうために。
私の放った弾幕は、藪の中に消えていった。そうしてしばらく経った後、弾幕が消えていった方向から、ふぎゃ! という声が聞こえてきた。
どうやら本当に、藪の中の何者かは獣ではなかったらしい。
いまだ何がいるかは分からない。分からないが、もしも何か恐ろしいものだったとしたら、私に何かできるチャンスなんて今以外には無いだろう。
私は恐ろしかった。恐ろしかったが、勇気を出して藪の中を探ることにしたのだった。
一歩、二歩。少しづつ声のした場所に近づいていく。がさがさと音を立てながら、藪の中を進んでいく。
おそらくもう少しだ、この藪を掻き分ければ、声の主がその姿を現すだろう。なんとなくそう感じた。
私は覚悟を決めた、覚悟を決め最後の藪を掻き分けた。掻き分けた先にいたものは―――――
「う~ん、穣子、もうご飯よ?」地面に倒れてうなされていたのはお姉ちゃんだった。私の放った弾幕は、お姉ちゃんに直撃したのだ。
あまりの出来事に私の頭は真っ白になって、何にも考えられなくなった。そうして直後、今度は目の前が真っ暗になって。私はお姉ちゃんのそばに倒れこんだ。
目が覚めて、最初に見えたのはお姉ちゃんだった。お姉ちゃんは、私の目が覚めたことを知ると、「あら起きたの?」と声をかけてくる。
どうやら私はお姉ちゃんの膝の上で、いつの間にか眠っていたらしい。またお姉ちゃんに迷惑をかけてしまったようだ。
「おはよう、お姉ちゃん」と声をかけ、名残惜しいがお姉ちゃんの膝の上から離れる。
そういえば、私はいつ眠ってしまったのだろうか? なぜか私は眠りにつく前の記憶を覚えていなかった。何か大変なことがあったような気がするのだが……
「穣子、お腹空いてない? ずっと立っていて大変だったでしょう?」
お姉ちゃんは、私に優しく問いかける。そういえばお腹が減っていた。どうしてこんなにお腹が減っているのかを考え、眠る前にしていたことを思い出した。
私はお姉ちゃんに弾幕をぶつけたのだった。
「お、お姉ちゃん、ごめんなさい!」私はそういって頭を下げた。許してもらえるかは分からなかったが、頭を下げずにはいられなかった。
どうしても謝らなければ、私の気が収まらなかった。
「どうして謝るの?」お姉ちゃんが私に聞く。
「わ、私がお姉ちゃんに弾幕をぶつけちゃったから……」
私は確かに私がしたことを話した。お姉ちゃんに隠すことなんて出来なかったからだ。
「そうね、確かにぶつかったけど。でも穣子が謝る必要は無いのよ? 穣子、がんばっていたものね。私だって気づいてなかったんでしょう?」
お姉ちゃんがそう聞いてくる。それに答える私は、後ろめたい気持ちがありつつも肯定しか出来ない。
「うん、だったらお姉ちゃん怒らないわ。穣子は一生懸命、働いていただけだもの」
「お、お姉ちゃん……」私はもう涙を堪え切れなかった。泣きながらお姉ちゃんに抱きつき、ごめんなさいごめんなさいと繰り返す。
そんな私にお姉ちゃんは、困った顔をしながらもずっと、私の頭を撫でてくれた。
私のお姉ちゃんは神様だ。優しい、優しい、神様だ。
私みたいに姿を保っているだけでも、結構大変な事なのだ。
とは言っても私が凄い事が出来るなんて事ではない。
私がこうして存在していられるのは、出雲での会談で決められた、二つの取り決めのおかげなのだ。
一つ目は、限りある信仰を力のある神が独占することを禁じるもの。
これによって、然程力のない神でも生きていけるぐらいの信仰は集めることができる。
そして二つ目。これはまあつまり、職業選択の自由というやつである。
この国ではどんな小さな信仰からも神が生まれることがある。だからその信仰が無くなると、そのまま消えてしまうことがあるのだ。
これはそんな神のために作られた取り決めで、力の弱い神が信仰を得やすい事をするための取り決めだ。
かくいう私も、そんな小さな神の一柱だった。もしもあのままだったら、私は消えてなくなっていただろう。
そうなればお姉ちゃんとはお別れだ。本当にそんな取り決めをしてくれた、えらい神様に感謝である。
さて、そんな私が選んだのは豊穣の神というものだ。
これは私のような神には人気の職業で、然程の力が無くとも生きていけるだけの信仰を得られる大変理想的な職業なのだ。
なんたって人は作物が無ければ生きていけないのだから、それを作る人間は沢山いる。
そんな人間に力を貸してやれば信仰なんて二束三文、神の存在に咽び泣いて感謝する事であろう。感謝は信仰、完璧な計画である。
私のような頭でもこんなふうに考えられるのだ、これはもう人気がでるのは当然の結末だった。しかし世の中そんなにうまくはいかないわけで……
私は豊穣の神を選んだ事を早くも後悔していた。どうしてそんな完璧な仕事に嫌気がさしてしまったのか、人生そんなにうまい話は無いという事だ。
豊穣の神とて駆け出しにできる事など限られていた。私は元々大きな力を使えるわけではないのでそれは当り前の事だったのだが、
可哀想な事にその頃の私はうまい話に頭の中がいっぱいであった。さして力の無い神に出来る事など、精々案山子の真似事ぐらいだったのだ。
これには私の頭もまいった。信仰の為にやらねばなるまいと頭に浮かべるのだが、私の体はとんと言う事を効かないのだ。
人の為だと考えて楽しく働けばいいものなのに、私の頭は堕落する事しか知らない。これでは信仰が集まらないのも納得である。
そんな体たらくでも私が生きてこれたのは、私を支えてくれる人がいたからだ。
誰かなど言わなくても分かるだろう。そんな奇特な事をする人など、身内以外にいないのだから。
お姉ちゃんは私と違い勤勉な神であり、人の為に働くと言う事に熱心なまさに神様と言うべき人だ。
信仰の為に木の葉を一枚一枚手作業で紅く塗っていくのだから、その勤勉さは推して知るべしである。
私の心では、そんな苦行の様な毎日には耐えられないだろう。
どうしてそんな事が出来るのか、一度お姉ちゃんに聞いてみた事がある。
それに答えるお姉ちゃんの言葉は「どうしてできないの? 神様でしょ?」と言う物だ。
なるほど確かに。神なら人の為を思えばなんだってできるはずであろう。
私はお姉ちゃんの言葉を聞いてそう思った。
だからいつも、私は何かやりたくない事があったときはお姉ちゃんの言葉を思い出すことにしている。
今回も同じだ。私は自己暗示をかけ、豊穣の神として案山子のふりをすることにしたのだった。
とは言っても、やはり自己暗示と言う物には限界があるもので、二時間も案山子のふりをして立っていれば結局私の心は堕落の姿勢を見せるのだ。
どうにも私には人の為という感情が抜けているらしい。今までよくこれで神様なんてやっていけたものだ。やっていけなかったから豊穣の神になったのだが。
はてさて、私はどうしたらよいのだろうか? なんて馬鹿なことを考えてみる。
答えはもちろんわかっている。このまま案山子のふりを続けるのが正解であろう。
しかしそんな正解を気にもせず、私の心の堕落したものがこう囁くのだ。二時間も働いたんだからいいじゃないか、と。
これは抗いがたい悪魔の囁きであり、私の体からやる気というものを根こそぎ奪っていく。それが時々女神の声のように聞こえるのだから、全くもってたちが悪い。
私はそんな悪魔の囁きに、これ如何と立ち上がらねばなるまい。なんて格好つけた言葉を放つのだが、結局私の心はそのまま悪魔に飲みこまれていくのだ。
私の心がこんなに弱いとは思いもしなかった。これでは私に助けられるような人などいやしないだろう。そんな免罪符を心に突きつけながら、私は家に帰るのだった。
家に帰ればお姉ちゃんがいる。それはもう至極当然当たり前のことであり、そんなお姉ちゃんが私に言うことも大変当たり前のことなのである。
すなわち、お仕事どうしたの? というやつである。こんな言葉を出されては、私はもうごまかすほかない。
私の心に突きつけている免罪符をちょいと剥がして向けてみると、お姉ちゃんは私に対してこういうのだ。
「助けられて迷惑に思う人なんていません。
それにね穣子、貴女は自分で言うほどできない子じゃないのよ? だからもう少し頑張りましょう?」と。
私の敬愛するお姉ちゃんにこんな風に言われてしまえば、私はもう頑張るという選択肢以外を取り払われたようなものだ。
「がんばる!」とひとつ叫んだ後、私はもう駆け出している。目指すは畑だ。
そんなこんなでもう二時間ほど案山子の真似事をしてみる私だが、やはり私はだめな神なのだ。二時間も経つと、またも堕落の声を上げだす。
しかし今回はお姉ちゃんに『がんばる!』といって出てきたのだ、このまま帰るわけにはいかない。
せめて作物を狙う烏の一羽ぐらい落としてからでないと、私は胸を張って帰れないだろう。私はもう少し、案山子のふりを続ける決意をしたのだった。
……ちなみに、そのころにはもう辺りは黒に染まりつつあった。烏の類はもう畑にはよってこないだろうが、私はそんな事を知る由もなかった。
私が案山子のふりをしてもう何時間になるだろうか? 私の周りはもう、真っ暗闇の只中である。
さすがにもういいんじゃないかな? と私の中の悪魔が囁くが、私は理性でこれを返り討つ。
お姉ちゃんとの約束だ、守らなければ今度こそ愛想をつかされてしまうかも知れない。
勿論そんなのはいやだった。私はお姉ちゃんが大好きなのだ、嫌われてしまえば、それこそ生きていけなくなってしまうだろう。
嫌われないためにやるべきことは、このまま案山子のふりを続けるだけだ。
とはいっても、私がもういやになっているのは事実なのだ。このまま続けようと思っても、長くは続かないのは明白だった。
そもそも、ただ案山子のふりをしているだけだからそんな怠惰な気持ちが出てくるのだ。何かをやっていれば、楽しくなってこんな仕事も乗り切れるだろう。
何をするにも、楽しいことがないと続けられないものだ。
私は案山子のふりをしながらできることを探した。とはいっても、何もないところでできることなんて高が知れているもので。
結局、私の選んだものは思考の海に耽るというなんとも味気ないものだった。考えることは、どうして私が案山子のふりなんぞしなくてはならないのか、だ。
しばらく考えていると、どうにもやる気がそがれていくのがわかった。まあ当たり前のことであろう。
というかなぜ私は、そんなことを考えようと思ったのだろうか? 普通に考えたらそうなるのは予想できるだろう。
私は何でもポジティブに考えられるような性格はしていないのだから。そこから何か楽しい話につながるとでも思ったのだろうか?
もしそうだとしたら、私はもう救いがたいほどのアホだろう。議論する余地もない。
なんて、私がそんな事を考えていると、なにやら藪の中からがさがさという音が聞こえてきたような気がした。
獣の類だろうか? 私も一応神の端くれ、ただの獣に負ける気はしない。
さあこい! と身構え、藪の方を注意深く観察する。
ちょうどいい時に出てきてくれた。これをどうにかできれば私も『働いた!』と胸を張って帰れるだろう。
などと取らぬ狸の皮算用を楽しんでいると、私の心を悟ったのか藪の中の獣に動きがあった。
私の気持ちを汲んでくれるなんて、随分よくできた獣である。
私はまだ見ぬ獣に感謝の気持ちでいっぱいだった。まあ畑荒らしを許す気はないが。
さあ来いさあ来いと獣を待つ私であったが、そういえば私はまだ獣の正体を知らないのだった。
藪を掻き分ける音は以外に大きい、となると猪か何かだろうか? と、考えるも。いやいやいや、と私の中のもう一人が声を上げるのだ。
音が大きいから大きな獣だというのは、少し安直な考えじゃ無いか? と。
確かにそうだ。というか、そもそも藪の中にいるものは本当に獣であっているのだろうか?
実は隠れているのは獣ではなく妖精で、悪戯に藪を揺らしているのかも知れない。
いや、もしかしたら妖精どころではないかも知れない。可能性を考えるなら、あの八雲紫がやっている事だという可能性すらあるのだ。
もしそうだったとしたならば、私にできることなど何もない。ブルブル震えて許しを請うしかできないだろう。
私はもう疑心暗鬼で、天の助けにも思えた藪の中の何かが恐ろしくて堪らなくなっていた。
もしもこれが妖精の仕業だったとしたら、私はまんまと驚かされた馬鹿な人間にしか見えなかっただろう。
しかし、それでも私は逃げることを選択肢には入れていなかった。私は、畑を守る決意を決めていたのだ。
私はお姉ちゃんの言葉をもう一度思い出し、藪の中に向かって弾幕を放った。
何が出てくるのかは分からない。それでも私はやらなくてはならないのだ、この畑を守って信仰を得るために。お姉ちゃんに褒めてもらうために。
私の放った弾幕は、藪の中に消えていった。そうしてしばらく経った後、弾幕が消えていった方向から、ふぎゃ! という声が聞こえてきた。
どうやら本当に、藪の中の何者かは獣ではなかったらしい。
いまだ何がいるかは分からない。分からないが、もしも何か恐ろしいものだったとしたら、私に何かできるチャンスなんて今以外には無いだろう。
私は恐ろしかった。恐ろしかったが、勇気を出して藪の中を探ることにしたのだった。
一歩、二歩。少しづつ声のした場所に近づいていく。がさがさと音を立てながら、藪の中を進んでいく。
おそらくもう少しだ、この藪を掻き分ければ、声の主がその姿を現すだろう。なんとなくそう感じた。
私は覚悟を決めた、覚悟を決め最後の藪を掻き分けた。掻き分けた先にいたものは―――――
「う~ん、穣子、もうご飯よ?」地面に倒れてうなされていたのはお姉ちゃんだった。私の放った弾幕は、お姉ちゃんに直撃したのだ。
あまりの出来事に私の頭は真っ白になって、何にも考えられなくなった。そうして直後、今度は目の前が真っ暗になって。私はお姉ちゃんのそばに倒れこんだ。
目が覚めて、最初に見えたのはお姉ちゃんだった。お姉ちゃんは、私の目が覚めたことを知ると、「あら起きたの?」と声をかけてくる。
どうやら私はお姉ちゃんの膝の上で、いつの間にか眠っていたらしい。またお姉ちゃんに迷惑をかけてしまったようだ。
「おはよう、お姉ちゃん」と声をかけ、名残惜しいがお姉ちゃんの膝の上から離れる。
そういえば、私はいつ眠ってしまったのだろうか? なぜか私は眠りにつく前の記憶を覚えていなかった。何か大変なことがあったような気がするのだが……
「穣子、お腹空いてない? ずっと立っていて大変だったでしょう?」
お姉ちゃんは、私に優しく問いかける。そういえばお腹が減っていた。どうしてこんなにお腹が減っているのかを考え、眠る前にしていたことを思い出した。
私はお姉ちゃんに弾幕をぶつけたのだった。
「お、お姉ちゃん、ごめんなさい!」私はそういって頭を下げた。許してもらえるかは分からなかったが、頭を下げずにはいられなかった。
どうしても謝らなければ、私の気が収まらなかった。
「どうして謝るの?」お姉ちゃんが私に聞く。
「わ、私がお姉ちゃんに弾幕をぶつけちゃったから……」
私は確かに私がしたことを話した。お姉ちゃんに隠すことなんて出来なかったからだ。
「そうね、確かにぶつかったけど。でも穣子が謝る必要は無いのよ? 穣子、がんばっていたものね。私だって気づいてなかったんでしょう?」
お姉ちゃんがそう聞いてくる。それに答える私は、後ろめたい気持ちがありつつも肯定しか出来ない。
「うん、だったらお姉ちゃん怒らないわ。穣子は一生懸命、働いていただけだもの」
「お、お姉ちゃん……」私はもう涙を堪え切れなかった。泣きながらお姉ちゃんに抱きつき、ごめんなさいごめんなさいと繰り返す。
そんな私にお姉ちゃんは、困った顔をしながらもずっと、私の頭を撫でてくれた。
私のお姉ちゃんは神様だ。優しい、優しい、神様だ。
惜しむらくはオチが無い
確かにそのとおりでした。あとがきの追加でオチがついてればいいですが……
今でこそ強者の映姫様にも道端で奮戦していた時期があったのだろうか
まあこの流れなら今の後書き程度の軽いオチはあってもいいですね
なるほどと感心してしまいました。
個人的にはあとがきのところで綺麗にオチてると思うけど。
最初のオリジナル設定が中々面白いですなぁ