年末のとある日。
例年、家の方は大掃除をしているが今年は蔵の方も掃除をしようということになり、本来は言いだしっぺがやるべき事だと思うのだが「必要なさそうなものがあったら捨てるけど」という半分脅迫みたいなことを言われ、やむを得ず整理作業に勤しんでいるのが私、霧雨魔理沙である。
しかし、面倒に思いながらも整理を始めれば意外と楽しいもので、昔の研究ノートや人形遣いの基礎本が出てきたりして、当時は使い魔に憧れたものだとかアリスの代わりに人形劇をやろうとしたこともあったなと懐かしさに浸る。
研究ノートVol.73を『必要』と書いてある箱に放り込み、次は何が出てくるかなと山積みになった一番上から箱を取る。
「これはまたずいぶん立派な箱だな」
手に取ったのは無造作に積まれておくには立派な木箱。
自分の記憶にこんな箱はないので、彼女の私物だろう。
それなら確認せずに『保留』の箱に入れて次に進んでもいいのだが、箱である以上中に何か入っているはずでそれが気にならないわけがない。
これだけ立派な箱だ、何かお宝が入っているかもしれない。
見るだけだしいいよな、やっぱ整理は中も確認してこそだと思うんだと自分に言い訳をしながら開けてみると出てきたのは青いシンプルな置き時計。
「うわー。この時計懐かしいな」
箱は記憶に無かったが中身の時計はよく覚えている、忘れるわけもない。
そういえば掃除を始めて何時間経ったのかとその時計を見ると4時55分。
いや、16時55分か?
確か掃除を始めたのは8時くらいだったはずだ。
まだお昼ご飯も食べてないし流石に8時間以上も経ってるとは思えない。
おかしいと思ってよく時計を見るとどうやら電池は切れてしまっているらしく時を刻んでいなかった。
「この時計があったからこそ今の私はここにいるんだよな」と再び記憶の旅へ出かけるのだった。
……
…………
………………
「にとりー来たぞー。……お、これがその言ってた発明品か」
「そうそう」
新しい発明品が出来たからテストに付き合って欲しいと呼ばれてにとりの工房に行くと、大事そうに時計を持ったにとりが出迎えてくれた。
それは両手で持つには少し小さい赤い置き時計。
上部にボタンが付いているところを見ると目覚まし時計だろうか。
時間を見るともうすぐ短針が1に差し掛かるというところ。
お昼ご飯を食べてから来たし、時間は合ってるようだ。
他に変なところは見当たらないし、ごく普通の時計と同じように思えるがにとりが言うにはある機能が付いてるらしい。というかただの目覚まし時計なら発明品でもなんでもなく人里でも売っている。
「それでそのテストして欲しい機能ってのはなんだ?」
「それはね」
よくぞ訊いてくれましたと言わんばかりのニヤリとした表情でにとりは時計の裏をこちらに見せ、付いているボタンをポチッと押す。
「朝だぞー。起きろー!!」
「わわ、なんだよいきなり」
ボタンを押したかと思えば突然大声を出されたので思わず耳を塞いでしまう。
しかも今お昼過ぎだしおはようには遅い時間だ。
ポチッともう一度同じボタンを押してにとりが言う。
「あー入っちゃったかな。まぁいいか」
「なにが?」
「すぐにわかるさ。ところで魔理沙、今何時何分かわかる?」
今何時かって自分で持ってるその時計を見ればわかるだろうに。
機械というものには詳しくないがさすがに私だって時計くらい読める、バカにしないで欲しい。
「12時59分だな」
「この目覚まし時計は13時にセットしてある。つまり?」
「もうすぐ鳴――」
――カチッ
『朝だぞー。起きろー!!』
『わわ、なんだよいきなり』
『朝だぞー。起き――』
――ポチッ
にとりは時計の上のボタンを押して目覚ましを止めてこちらを見ている。
その表情はつまりこういうことさと言いたげだ。
「要するに目覚ましの声を設定出来るのか」
「そういうこと。だからこれ貸すから動作テストしてみてくれないかな?」
動作テストは今のでもう十分ではないかと思ったが、せっかく面白そうなものを貸してくれるんだからと引き受けた。
使ってみた感想聞かせてねと言うにとりと別れて、私は思案した。
目覚ましを使ってみてと言われたが先ほどのやりとりの声で目覚めたいとは思わない。しかも自分の声も入っちゃってるし。
そうなると別の声を入れる必要があるわけで、入れたい声といえばやっぱり思い浮かぶのは同じ森に住む魔法使いのこと。
そんなわけで、私は今、その魔法使い――アリス・マーガトロイドの家にお邪魔している。
「今日は何の用で来たの?」
とアリスから聞かれる。
いつも通りのやり取り。いつも通りのキレイな声。やさしく耳にすっと入る声。
人を強制的に起こすという目覚まし時計の機能観点から見るとおおよそ不向きな声だと思うが、別に私は叩き起こされたいわけではないので全く問題はない。
むしろ今の声を聞いて確信した。このやさしい声で起こされたら最高の朝を迎えることが出来るに違いない。
ますますこの時計にアリスの声を入れたくなった。
アリスからの質問に対して私は「ただなんとなく」とだけ応えた。
用があってもなくてもアリスは私を迎えてくれる。
それでも聞くのは目的があるなら先に済ませようということなのかもしれない。
普段なら『この目覚まし時計にアリスの声を入れに来た』って用事を隠さずに言う場面だったが、頼んでも進んで声を入れてくれるとは思えないため用事は特にないフリをしておいた。
頼めない以上、これから会話を誘導してこっそり入れる必要がある。
そのためには時計の事は伏せておいた方が都合がいい。
特に用事なくアリスの家に行った場合は、雑談をすることが多い。
(用事があっても済んだ後に雑談をしていることもあるが)
内容は二人の共通項である魔法の事だけではなく、レミリアが新しい靴を買ったがサイズが大きくてブカブカで結局履いていない等の噂話だったり、目玉焼きに使う調味料は何かだったり話題は特に問わなかった。
だってアリスとだったら何を話しても楽しい、何だって話せた。
だからこの日もそんな日常の延長線上という体で話題を出した。
「アリスはさ、もし私が寝てたらどうする?」
「毛布でもかけてあげるかもしれないわね」
「毛布かけないで寝てる前提なのかよ。かけてくれるのは嬉しいけど」
「研究して疲れて寝ちゃったとかそういう話じゃなかった? ごめんなさい、魔理沙は毛布かけてないイメージが強くて」
寝る時は布団かけるし、そんなに私は寝落ちしちゃってるイメージなんだろうか……
「……ってそうじゃなくて。そうだな、それが朝とか昼、もう起きる時間とかだと?」
「起こす……かな?」
「どういう風に?」
「え?……おきなさーい!……みたいな?」
ポチっとな。アリスがちょっと恥ずかしそうに言ったその声をこっそり入れた。
いや、実際に上手くいっているかは再生してみないとわからない。
一刻も早く確認したい思いでいっぱいだった。
「魔理沙?」
「ん、ああ、ごめん。ちょっと洗面所借りるぜ」
もちろんこの場で再生するわけにはいかない。
見つかっては取り上げられてしまうに違いないから。
――カチッ
『……おきなさーい!』
――ポチッ
うん、上手くいっている。
さすがはにとりの発明品。
本当はもっと感情がこもったセリフが理想なのだが、会話を誘導して他の邪魔な音が入らなかっただけでも御の字だろう。
「何をこそこそやってるかと思ったらそういうことね」
不意に後ろから声をかけられる。
誰かなんて見て確認するまでもない、あれほど時計に入れたいと思った声。
振り向くとアリスがいた。
「どうして」
ここはアリスの家なのだからアリスがどこにいてもおかしくはない。
声をかけられるまで気配も感じなかったのはどうして、という意味だった。
「変だと思ったのよ。話の途中で急に席を外したり、そもそもさっきの話も不自然だったし」
上手くいっていたと思っていたのだが、アリスには通じなかったらしい。
今までたくさん会話のキャッチボールを繰り返したからだろうか。そうであって欲しい。
「さあ、ほら渡しなさい」
想像通り見つかってしまうとこうなるわけで。口調こそ命令系ではあるが、アリスの声はいつも通りで怒ってはいないと安心できた。
ここで大人しく渡せばそれで終わりだろう。
「や、やだ!」
しかし、渡すわけにはいかない。
見つかってしまったとはいえこの時計にはアリスの声が入っていることは変わらないのだ。
だから死守しなくてはならなかった、だが。
「大人しく渡さないなら……こちょこちょ~」
「きゃ、やめ、くすぐったっ!」
「ほらほら、渡さないともっとキツイわよ」
「あ、あ、わ、わかっ、やめ」
「はぁ……ひぃ……ひ、卑怯だぞ!」
「ふふ、ほんと魔理沙ってくすぐられるの弱いわよね」
結論から言うと時計は没収されてしまった。
アリスは私のこちょこちょポイントを熟知しているらしく呼吸困難になるほどくすぐったい。
これは間違いなくプロだ、くすぐり屋を開業すれば大繁盛に違いない。
「それで、これどうやって消すの?」
「作ったやつからは何も聞いてない」
ウソは言っていない。
さっきの再生で新しく声を入れると前のは消えてしまうことはわかったけど言うつもりはなかった。
声が入ったままなら時計を取り返すだけでいい。消されるわけには行かなかった。
「ふーん……それで魔理沙はこれを使って何を企んでたの?」
ひと通り時計を見て消すのを諦めたらしいアリスに聞かれる。
「アリスの声を入れようと思って……それ以上の意味はない」
「私の声よりもっと目覚ましに適切なのがいると思うけど、確か山彦の妖怪とかいたでしょう」
「アイツじゃダメなんだ」
確かに大声という点では適任だろうが、そうじゃない。
大声でいいなら今日知ったけど意外と発声量があるにとりでも十分だ。
でも私はアリスじゃないとダメなんだ。と面と向かって言うのは恥ずかしくて言えず。
「というか最初から素直に言えばいいじゃない」
「え? 声入れてくれるのか?」
頼んで入れてくれるんだったらそれが理想だ。
セリフも決められるだろうし。
そのセリフはどんなのかって? 恥ずかしいからシークレットなんだぜ。
でも自分で決めるんじゃなくてアリスが思うようにというのも悪くないな。
「いや、入れないけど」
よしやっ……てない!?
ガッツポーズしようとした右手を引っ込める。
そりゃそうだよな、頼んで入れてもらえそうにないからこんなことをしたわけだし。
「それで魔理沙は私のどういうセリフを入れるつもりだったの? 手本見せてよ」
「え、今ここでか? は、恥ずかしいぜ」
「恥ずかしいって何を言わせようとしてたのよ……私だってあれ入れられて結構恥ずかしい思いしたのよ。これでお相子だと思って」
せっかくシークレットにしておこうと思ったらこれだ。
まぁお相子と言われたら仕方ない。
「ほら魔理沙、朝よ。起きなさい……みたいな?」
くぅ~恥ずかしい。自分だとやっぱりダメだな、やさしい感じが全く出ない。
そう、これは出来るだけやさしい声がベストだ。
さっき入れたアリスのちょっと恥ずかしそうで明るい起こし方も悪くないけど、理想はやさしくそっと。
しかし言って思ったけど想像以上に恥ずかしいなこれ。
カチッ
「ん?」
『ほら魔理沙、朝よ。起きなさい……』
『ほら魔理沙、朝よ――』
――ポチッ
アリスの手元にある時計を見ると午後3時を示していた。
ということはもしかしなくても。
「おい!」
「あら、これで設定出来るのね。魔理沙ってセリフがなければ私が使いたいくらいなんだけど仕方ないわね。これで明日から規則正しい生活送りなさい?」
「だ、誰が自分の声で起きたいもんか、消してくれ!」
あんなやさしさの欠片もない自分の声で朝を迎えるとか考えたくもない。
取り返そうと手を伸ばすが、上手く躱されてしまう。
「それよりほら。丁度3時だしお菓子の時間にしましょう?」
そう言ってアリスの姿はキッチンに消えていった。
もちろん目覚まし時計はしっかり持っていって。
この後アリスの美味しい手作りお菓子をご馳走になり、他愛のない話をした。
その間、機会をうかがっていたが全く隙が無く、結局時計は取り返すことが出来ずアリスの手元にあるまま。
その時間を見るといつのまにか夜の10時を過ぎていた。
今日はもう限界か。
泊めてもらってチャンスを待つことも考えたが、これまでの様子だと今日はもう隙を見せないだろう。
なによりアリスは寝る必要のない身体をしているので守りに入られては勝ち目がない。
確かにこっそり入れたのは悪かったとは思うけどこんな本気にならなくても。
アリスに目覚ましが必要だとも思えないし。
にとりには明日返すと話をしたわけでもないし、また出直そう。
「そろそろ帰るよ」
「そう? はいこれ」
掛けていた帽子を取り、帰り支度を始めた私に忘れないようにと渡してくれたのはこの数時間なんとかして取り返せないかと四苦八苦したあの目覚まし時計。
「いいのか?」
「もともと帰る時には返そうと思ってたのよ」
それならそうと言って欲しかった。
私の思考を読み取ったのかアリスが付け加える。
「だって時計渡したらすぐにでも帰るって勢いで真剣だったんだもの。つい、ね」
そんなに私ってわかりやすいかな……今度何か対策をする必要がありそうだ。
無事に家に帰った私は、なくさないように机の上に時計を置いてベッドに飛び込む。
半日くらいずっと集中していた疲れがどっと来て、眠気におそわれて…………
カチッ
『ほら魔理沙、朝よ。起きて』
「うーん、あと5分……」
『ほら魔理沙、朝よ。起きて』
「もう少しだけ……って、え!?」
飛び起きて部屋を見渡すが声の主はおらず、部屋には自分一人。
『ほら魔理沙、朝よ。起きて』
いや、声の主は机の上にいた。
午前7時を示しているあの目覚まし時計。
『ほら魔理沙、朝よ。起きて』
ポチッ
目覚ましを止め、静寂に包まれた部屋で余韻に浸る。
セリフこそほとんど同じだが私の声ではなかった。
やっぱり彼女の声は私と違ってやさしい。
ありがとうアリス。
良い朝を迎えられたよ。
その日のうちに私はにとりの工房に行って開口一番にお願いをした。
「え? あの時計欲しいって?」
もともとあの時計はテスターとして借りていただけ。
だからいずれは返さなくてはならないのだが、私としてはこんな良い時計手放したくない。
入ってる声が聞かれたりするのもイヤだしな。
アリスの声は私だけのものだ。
「頼むにとり、今度何かお礼をするからさ!」
レアアイテムと交換でもいいし、また彼女の手伝いをしてもいい。
とにかくなんとしてもこの時計を自分の物にしたかった。
「そんなに言うなら……あ、改良したのがあるんだ。どうせならそれあげよっか?」
「いや、いい」
「即答だなぁ。今のだと一度止めてしまえばまた24時間後にしかならないけど、この新しいのは一度止めても5分後になるから二度寝防止に……」
「いや、あの目覚まし時計が欲しいんだ」
あんまり必要ない機能だったかなとぶつぶつ言っているにとりには申し訳なく思うけど、私にとってはアリスの声が設定されていない目覚まし時計などただの目覚まし時計でしかない。
もう一度アリスが声を入れてくれるとも思えないし、世界で唯一つのもの。
だからこそ私は欲しいと思ったし、誰にも渡したくない。
「その分だと聞かなくてもわかるけど、一応聞かせて。あの時計どうだった?」
「最高だぜ!」
「うん、それが聞ければ十分だ、今日からあの時計は魔理沙のものだ」
「サンキューな、にとり!」
時計が正式に自分の物になってから私は毎晩寝るのが楽しみになっていた。
理由は言うまでもなくアリスの声で朝を迎えられるから。
不規則な生活リズムも自然と整えられて早寝早起き出来るようになっていた。
何時にでもセットできるのだから別に昼に起きても構わないのだが、アリスは朝だといって起こしてくれる。
それに応えたいと思っていつも午前6時にセットしていた。
前までは6時に起きるどころかその時間に寝始めたりすることも少なくなかったのに、人間やれば出来るものだ。
そして時計をもらってから2週間が過ぎた。
いつもどおり早めに寝て早起きするのに万全な体勢だった私は、カーテンからこぼれた日光を顔に受け目を覚ます。
「う……ん? あれ、目覚まし……」
目覚ましで起きれなかったことに不満を覚えつつ起きあがって目覚ましを見る。
短針は5の付近、長針は2を指している……5時10分だ。
こういうことは最初の方にもよくあった。
起こされるのが楽しみで早く起きてしまうのだ。
起きてしまったものは仕方ない。
二度寝をして起こしてもらうということも出来るが、この目覚ましを使い始めてから二度寝はしないことに決めていた。
二度寝は気持ちよいけど癖にしてしまうとアリスの声で目覚めた後にも寝てしまいそうだし、何よりにとりが改良したという二度寝防止の時計と交換することも断った手前、その時計がなくともアリスの声があるだけで大丈夫だと証明したかった。
「今日もいい天気だ」
カーテンを開け、雲ひとつない空と燦々と輝く太陽を確認して大きく伸びをする。
レミリアが見たら忌々しく思う天気だろう。
……いや、おかしい、今何時だ!?
5時にこんなに太陽が高く昇っているわけがない。
況してや私の家は周りが高い木で囲まれた日の入りが悪い物件だ。
部屋の中に日が差し込むなんてありえない。
じゃあ夕方の5時?それこそありえない。
あのアリスの声で目を覚まさないわけがないんだ!
目覚ましのセットし忘れ?それもない。
就寝前の歯を磨く前にセットし、ベッドに入る前に確認して、ベッドに入ってからも確認する。
これでセット出来てなかったらただの馬鹿だ。
目覚まし時計を手に取り、確認する。
針は先ほどと同じ位置を指し示していた。
「あー、やっぱり?」
止まってしまった時計をにとりに見せるとそんな答えが返ってきた。
なんでも電池切れで止まってしまったんだとか。
「やっぱりって2週間で止まる時計とかダメだろ」
「だから今はもう改良してもっと長く使えるのを作ったよ」
「それが出来るなら最初から……いや、なんでもない」
魔法でもそうだが最初から全部上手く行く事はない。
私のマスタースパークだって最初はエネルギー変換効率が悪すぎて一発でほぼ全ての魔力使ってしまったくらいだ。
機械を作るのも同じようなものだろう。
それよりもっと大事なことがある。
「それでこの時計はまた使えるようになるのか?」
「また電気入れればね。でも今のままだとまた2週間後くらいには切れちゃうかな」
「それどうにかならないか?」
「出来なくもないけど。それならこの改良時計あげるよ、これなら……」
「いや、あれじゃなきゃダメなんだ」
以前にもしたような会話。
確かににとりが改良した時計の方が長持ちもするんだろう。
でもそれに意味はない。
あの時計の稼働時間が長くならないのならば、2週間で止まってしまっても何度も動かせるように出来ればいい。
「どうしてそんなにこだわるの? もしかして設定した音声に関係ある?」
「……そうだ」
「そうだったんだ。残念だけど、復旧は難しいかな。エネルギー切れちゃったから多分設定のほうも……」
「……」
「……」
「そうか……それなら仕方ないな。色々ありがとな」
あの声が入っていないなら。普通の時計なら私の家にもある。
やっぱりというか私は落胆した気持ちを隠せていなかったらしい。
帰り際ににとりが「何をそんな大事な音声設定したかわからないけど、もう一度録ればいいじゃん」と改良したという前のとほとんど同じデザインで青色の時計を渡してくれた。
「魔理沙は一回止まったくらいじゃ止まらないヤツだったじゃないか。魔理沙が元気ないと寂しいからさ、もう一回やってみなよ。今度のは電池切れてもデータは残るからさ」とも言われた。
にとりの言う通りだ。こんなの私らしくない。
以前アリスは言った『素直に頼めばいいじゃない』って。
一度声を入れてくれたんだ。
もう一度くらい入れてくれる。
頼む前から決め付けるなんてダメだ。
そう思ってアリスに頼んだんだけど「もうあんな恥ずかしいのは勘弁して。あの後すごい後悔したんだから」と断られてしまった。
まぁこれは想定内。
でもここで諦める私ではない。
またこっそり声を入れることを試みることにした。
前回は強引に会話を作って失敗してしまったが、今考えればあの方法ではどうやっても感情のこもったセリフは取れない。
それじゃあどうするかと私が考えたのは『私が本当にアリスに起こされるシチュエーション』を用意すること。
その時こそがアリスが私を起こすのに一番適したセリフ、感情になる。
私は今アリスの家に泊めてもらい、布団に入っている。
アリスが何時に起こしに来るかわからないけど、こうしてずっと寝たフリをしていればいつかは起こしに来るはず。
そして朝が来た。
ドアがゆっくり開かれる音がして、タンタンと静かな足音が近づいてくる。
私は時計のボタンをいつでも押せるよう待機する。
「なに寝たフリなんかしてるの、ほらほら」
バサッとアリスは私の布団を奪い取る。
くそっ、失敗だ。
私はさっと時計を服の中に隠す。
「今日は天気がいいし、外に出かけましょう?」
「あ、ああ」
どうやら時計は上手く隠せたようだ、ここで見つかってしまえば狙いがバレてしまう。
それにしてもしっかり布団をかけて目を瞑っていたのになぜ寝たフリとわかったのだろう。
この日はアリスと湖畔でお弁当を食べたり、弾幕ごっこをした。
戦績は三勝一敗、今日は調子が良かった。
そして私は今日もアリスの家に泊まりたいと頼み、布団に入った。
もちろんアリスの声を入れるために。
結局なぜ寝たフリに気づかれたのがわからないが、寝てる時と起きてる時では表情に微妙な差異が出てしまうのかもしれない。
だから今度は布団の中に潜って顔も見られないようにする。
翌朝。
昨日と同じように静かな足音が近づいてくる。
そして
「起きてるんでしょう? ほら」
バサッと私の布団はアリスに奪い取られてしまう。
昨日と同じ。
アリスはなんで寝たフリがわかるんだ?
「今日は買出しをしたいの、魔理沙も一緒に来る?」
家主が出かける以上私も外に出ないといけないわけで、このまま家に帰るということも普段なら考えるのだが、目的を達成させるために今日もアリスの家に泊まらなければならない。
だからアリスに付き添うことにした。
ただ付き添うのはつまらないので「負けたほうが荷物持ちな」と弾幕ごっこをけしかける。
異変解決もそうだが、何か理由や目的のある戦いの方がやりがいもあるし、調子も出やすい。
だからまた勝ち星一つ増やす予定だったのだが……被弾。
「さ、先に三勝したほうが勝ちなんだぜ」
……被弾、被弾。
結局三連敗し、昨日とは全然違う結果になってしまった。
両手に買い物袋を持った帰り道。
「ふわぁぁ~」
あくびをする私にアリスが声を掛けてくれる。
「大丈夫? 弾幕ごっこの時から思ってたけど魔理沙今日調子悪そうよ。荷物私が持とうか?」
「いや、大丈夫だ」
アリスの買い物の量は大したことはなかったので軽いくらいで問題はないし、私が負けたんだから最後までしっかり荷物持ちをする。
ただ、調子が悪いというのはあった。
それもそのはずでこの二泊の間、声を入れるために寝ていないのだ。
睡眠不足は判断力や行動力を低下させる、弾幕ごっこで負け続けるのも当たり前だった。
「なぁアリス、今日泊まっていっていいか?」
家に着き、買った荷物を整理するアリスに声をかける。
「今日も? 調子悪そうだし自分の家でゆっくり休んだほうがいいと思うわよ」
「アリスの家も快適だから休めるさ、それに明日には帰るよ」
「それならいいけど」
なんとか了承を得たけど今日がラストチャンスだろう。
何度も寝たフリがバレてしまえばアリスも不審に思うだろうし、今度から起こしてくれないかもしれない。
その日の夜。
就寝の挨拶をして私は今までと同じようにベッドに入り、寝たフリをはじめる。
今日はどうするか、目を瞑っても布団に潜ってもダメとなると……
表情で見てるけど布団に潜るのは寝てるとは思えなかったってことか?
背中をドアの方に向けた体勢にする。
これなら顔は見られないし、普通に寝てるように見えるのではないか、これでいこう。
この体勢だと目を開ければ窓が見える。
泊まり始めてから雲がない良い天気が続いており、今晩も月が見える。
思えばアリスの家に三連泊するのは初めてかもしれない。
ちょっと話に熱中して夜遅くなったり、天気が大荒れになったりした時に一泊することはあっても、お互い家が近いから連泊することはあまりない。
しかしこの今回は特に理由が無く泊まっているかな。
いや、私には大きな目的はあるけど、アリスから見て。
アリスはこの連泊の事をどう思ってるんだろうか。
やっぱり理由なしに泊めるのは良く思ってないんだろうか。
『自分の家でゆっくり休んだほうがいいんじゃないの?』
今思うとこれは暗に断っているってことだったのかもしれない。
アリスはやさしいからハッキリと言わないこともある、多分、だけど。
私としてはアリスの作るご飯は美味しいし、たまに私が作った時も美味しそうに食べてくれるし、一緒に魔法談義するのも楽しいし……
何泊だって出来るんだけど……それにこの布団も……自分のよりふかふかで……気持ちよくて……
「……きて」
「……魔理沙……起きて」
身体を揺すられる感覚がする。
「朝よ、ほら」
「……朝?」
目を開けると視界に入るのはアリスの顔。
「そう、朝よ。おはよう魔理沙」
「あ、おはよう」
「今日も寝たフリしてるのかと思ったけどぐっすりだったわね。よく眠れた?」
「え?」
あ、しまった。
いつの間にか朝を迎えていたことに驚いてしまったが、起きずに寝たフリをして声を入れれば良かったんだ。
いや、身体揺すられまでしたら難しいかな。
それにしても本当アリスはやさしい起こし方をしてくれる……
「あれ?」
「探しているのはこれかしら?」
そう言うアリスの右手にあるのは青い時計。
間違いなく私がこの数日間、アリスの声を入れようとしていた時計だ。
「どうして」
「どうしてって、そりゃあベッドの上にぽーんと置いてあったら誰だって気づくと思うけど」
そう言われてみると。いつの間にか掛け布団がない。
寝たフリをしていた時と違って、布団を取られてしまうと隠すことは出来なかったんだ。
「……」
「返せって言わないのね」
「……」
昨日まで、いや、起きる前の自分ならそう言っていただろう。
でも、さっき気づいてしまったんだ。
それに気づいてしまったらもう目覚まし時計じゃ足りない。
だから私は決めたんだ。
「アリス! 私は今日からおまえと暮らすことにした!」
……
…………
………………
今思うと寝起きで思考が定まってなかったとはいえ突然すぎる発言だったと思う。
まるでプロポーズみたいで恥ずかしくもなる。
しかしそんな私の突拍子もない発言も拒否されることはなく受け入れてくれた。
すぐに引越し作業を始め、アリスはその作業も進んで手伝ってもくれた。
だから今、私はアリスと一緒に暮らしている。
毎日のではないけれど、今でも朝に弱い私を身体をやさしくゆすって起こしてくれるし、声も機械のものよりやっぱり生の方が温かみもあっていい。
「あら、その時計」
いつの間にか後ろにいたのかアリスが懐かしそうに言う。
「懐かしいだろ、なぁアリス。電池どこにあるか知らないか? 探してるんだ」
「はぁ~、そんなことしてるから掃除全然進まないのよ」
「いいだろ。それよりアリスは家の方の掃除終わったのかよ」
「大体ね、あと貴方の部屋くらいよ? 研究見られたくないなら自分でやりなさいよ?」
「ああ、わかってる」
ガサゴソと積んである箱の中から電池を探す。
この時計を見る前には電池は見かけなかったから、まだ整理していないものの中にあるかもしれない。
「電池なら箱の蓋の裏に入れたはずだけど」
言われて確認すると確かに蓋にぴったりとはまっている電池があった。
その電池を取り出し、さっそく時計のものと取り替える。
するとチクタクチクタク時を刻み始める、よかった壊れてない。
動いたことを確認すると私は目覚ましを5分後の5時にセットする。
本題はこちらなのだ。
「最後に何設定したか覚えてるの?」
「いいや」
覚えてないというより、そもそも私はこの目覚まし時計を一度も使わなかった気がする。
結局あの後アリスが持っていってしまい、今日ここで見るまでどこにあったのかも知らなかったぐらいだ。
そうなると何も入っていないか、もしかしたらにとりがテストしていた音声が入ってるのかもしれない。
にとりの大声が入ってるとうるさいよなぁと静かにその時が来るのを待つ。
カチッ
『……アリス、好きだよ…』
ポチッ
二回目が流れる前に即、止めた。
「お、おいアリス。こ、これはいったい!??」
聞こえてきたのは紛れも無く私の声。
顔が熱くなってくるのが止められない。
なんで? どうして?
いや、確かにアリスのことは好きだけど!
もちろんこんな音声自分で入れるわけが無い。
時計を持っていたのはアリスで、私の声そのものはその気になれば入れることは出来ただろうけど。
そもそも好きだって……こんな恥ずかしいこと面と向かって言ったことはなかったはずだ、なかったはずの声が入ってるわけが……
「い、いつ!?」
「私があの時計を見つけてあなたを起こす前、かな。色は違ったけど同じ型の時計だったし、また声を設定する機能が付いてると思って操作してみたの」
使い方は赤い時計の時にわかってたからねと付け加えてアリスは続ける。
「偶然だったんだけど、丁度今のその声が入って。寝言だったんでしょうね」
まさか寝言を取られているとは、道理で覚えがないわけだ。
いや、寝言とはいえ私はそんな恥ずかしいことを言っていたのか!?
もしかしたら今でもたまに言ってるんじゃないだろうな、うわぁ恥ずかしい。
「それじゃあ時計をその後持っていったのも」
「ええ、誰にも渡したくないって思った。それくらい嬉しかった。その後一緒に暮らすって言ってくれたことも」
そういうことだったのか、思い返すと不思議だったんだ。
暮らしたいとだけ言ったのになぜとも聞かれずにとんとん拍子で話が進むのが。
アリスは私の気持ちを知っていたのか。
「でもこれがここにあるってことは、電池が切れたから?」
予備の電池があることを知っていたからそんなわけはないと気づくその前にアリスは答える。
「違うわ。多分あなたと同じ。結局本物じゃないのよ……満たされない」
そりゃあ生の声の方がいいもんな……
あ、そうか、私はまだ……
「なあ、アリス。その、すごい遅くなってしまったんだが……聞いてくれ」
「……うん」
本来だったらすぐに伝えるべきだったこの気持ち。
今まで何も聞かれなかったから甘えてしまっていた。
この気持ちは一生変わらない。
だから目覚まし時計の裏のボタンを押して誓う。
「……アリス、私は世界で一番おまえのことが好きだ!」
「うん……!うん! 私もよ魔理沙!」
アリスの声も入ってしまっただろうけどこれでいい。
私達の想いはこれからも変わらないから。
例年、家の方は大掃除をしているが今年は蔵の方も掃除をしようということになり、本来は言いだしっぺがやるべき事だと思うのだが「必要なさそうなものがあったら捨てるけど」という半分脅迫みたいなことを言われ、やむを得ず整理作業に勤しんでいるのが私、霧雨魔理沙である。
しかし、面倒に思いながらも整理を始めれば意外と楽しいもので、昔の研究ノートや人形遣いの基礎本が出てきたりして、当時は使い魔に憧れたものだとかアリスの代わりに人形劇をやろうとしたこともあったなと懐かしさに浸る。
研究ノートVol.73を『必要』と書いてある箱に放り込み、次は何が出てくるかなと山積みになった一番上から箱を取る。
「これはまたずいぶん立派な箱だな」
手に取ったのは無造作に積まれておくには立派な木箱。
自分の記憶にこんな箱はないので、彼女の私物だろう。
それなら確認せずに『保留』の箱に入れて次に進んでもいいのだが、箱である以上中に何か入っているはずでそれが気にならないわけがない。
これだけ立派な箱だ、何かお宝が入っているかもしれない。
見るだけだしいいよな、やっぱ整理は中も確認してこそだと思うんだと自分に言い訳をしながら開けてみると出てきたのは青いシンプルな置き時計。
「うわー。この時計懐かしいな」
箱は記憶に無かったが中身の時計はよく覚えている、忘れるわけもない。
そういえば掃除を始めて何時間経ったのかとその時計を見ると4時55分。
いや、16時55分か?
確か掃除を始めたのは8時くらいだったはずだ。
まだお昼ご飯も食べてないし流石に8時間以上も経ってるとは思えない。
おかしいと思ってよく時計を見るとどうやら電池は切れてしまっているらしく時を刻んでいなかった。
「この時計があったからこそ今の私はここにいるんだよな」と再び記憶の旅へ出かけるのだった。
……
…………
………………
「にとりー来たぞー。……お、これがその言ってた発明品か」
「そうそう」
新しい発明品が出来たからテストに付き合って欲しいと呼ばれてにとりの工房に行くと、大事そうに時計を持ったにとりが出迎えてくれた。
それは両手で持つには少し小さい赤い置き時計。
上部にボタンが付いているところを見ると目覚まし時計だろうか。
時間を見るともうすぐ短針が1に差し掛かるというところ。
お昼ご飯を食べてから来たし、時間は合ってるようだ。
他に変なところは見当たらないし、ごく普通の時計と同じように思えるがにとりが言うにはある機能が付いてるらしい。というかただの目覚まし時計なら発明品でもなんでもなく人里でも売っている。
「それでそのテストして欲しい機能ってのはなんだ?」
「それはね」
よくぞ訊いてくれましたと言わんばかりのニヤリとした表情でにとりは時計の裏をこちらに見せ、付いているボタンをポチッと押す。
「朝だぞー。起きろー!!」
「わわ、なんだよいきなり」
ボタンを押したかと思えば突然大声を出されたので思わず耳を塞いでしまう。
しかも今お昼過ぎだしおはようには遅い時間だ。
ポチッともう一度同じボタンを押してにとりが言う。
「あー入っちゃったかな。まぁいいか」
「なにが?」
「すぐにわかるさ。ところで魔理沙、今何時何分かわかる?」
今何時かって自分で持ってるその時計を見ればわかるだろうに。
機械というものには詳しくないがさすがに私だって時計くらい読める、バカにしないで欲しい。
「12時59分だな」
「この目覚まし時計は13時にセットしてある。つまり?」
「もうすぐ鳴――」
――カチッ
『朝だぞー。起きろー!!』
『わわ、なんだよいきなり』
『朝だぞー。起き――』
――ポチッ
にとりは時計の上のボタンを押して目覚ましを止めてこちらを見ている。
その表情はつまりこういうことさと言いたげだ。
「要するに目覚ましの声を設定出来るのか」
「そういうこと。だからこれ貸すから動作テストしてみてくれないかな?」
動作テストは今のでもう十分ではないかと思ったが、せっかく面白そうなものを貸してくれるんだからと引き受けた。
使ってみた感想聞かせてねと言うにとりと別れて、私は思案した。
目覚ましを使ってみてと言われたが先ほどのやりとりの声で目覚めたいとは思わない。しかも自分の声も入っちゃってるし。
そうなると別の声を入れる必要があるわけで、入れたい声といえばやっぱり思い浮かぶのは同じ森に住む魔法使いのこと。
そんなわけで、私は今、その魔法使い――アリス・マーガトロイドの家にお邪魔している。
「今日は何の用で来たの?」
とアリスから聞かれる。
いつも通りのやり取り。いつも通りのキレイな声。やさしく耳にすっと入る声。
人を強制的に起こすという目覚まし時計の機能観点から見るとおおよそ不向きな声だと思うが、別に私は叩き起こされたいわけではないので全く問題はない。
むしろ今の声を聞いて確信した。このやさしい声で起こされたら最高の朝を迎えることが出来るに違いない。
ますますこの時計にアリスの声を入れたくなった。
アリスからの質問に対して私は「ただなんとなく」とだけ応えた。
用があってもなくてもアリスは私を迎えてくれる。
それでも聞くのは目的があるなら先に済ませようということなのかもしれない。
普段なら『この目覚まし時計にアリスの声を入れに来た』って用事を隠さずに言う場面だったが、頼んでも進んで声を入れてくれるとは思えないため用事は特にないフリをしておいた。
頼めない以上、これから会話を誘導してこっそり入れる必要がある。
そのためには時計の事は伏せておいた方が都合がいい。
特に用事なくアリスの家に行った場合は、雑談をすることが多い。
(用事があっても済んだ後に雑談をしていることもあるが)
内容は二人の共通項である魔法の事だけではなく、レミリアが新しい靴を買ったがサイズが大きくてブカブカで結局履いていない等の噂話だったり、目玉焼きに使う調味料は何かだったり話題は特に問わなかった。
だってアリスとだったら何を話しても楽しい、何だって話せた。
だからこの日もそんな日常の延長線上という体で話題を出した。
「アリスはさ、もし私が寝てたらどうする?」
「毛布でもかけてあげるかもしれないわね」
「毛布かけないで寝てる前提なのかよ。かけてくれるのは嬉しいけど」
「研究して疲れて寝ちゃったとかそういう話じゃなかった? ごめんなさい、魔理沙は毛布かけてないイメージが強くて」
寝る時は布団かけるし、そんなに私は寝落ちしちゃってるイメージなんだろうか……
「……ってそうじゃなくて。そうだな、それが朝とか昼、もう起きる時間とかだと?」
「起こす……かな?」
「どういう風に?」
「え?……おきなさーい!……みたいな?」
ポチっとな。アリスがちょっと恥ずかしそうに言ったその声をこっそり入れた。
いや、実際に上手くいっているかは再生してみないとわからない。
一刻も早く確認したい思いでいっぱいだった。
「魔理沙?」
「ん、ああ、ごめん。ちょっと洗面所借りるぜ」
もちろんこの場で再生するわけにはいかない。
見つかっては取り上げられてしまうに違いないから。
――カチッ
『……おきなさーい!』
――ポチッ
うん、上手くいっている。
さすがはにとりの発明品。
本当はもっと感情がこもったセリフが理想なのだが、会話を誘導して他の邪魔な音が入らなかっただけでも御の字だろう。
「何をこそこそやってるかと思ったらそういうことね」
不意に後ろから声をかけられる。
誰かなんて見て確認するまでもない、あれほど時計に入れたいと思った声。
振り向くとアリスがいた。
「どうして」
ここはアリスの家なのだからアリスがどこにいてもおかしくはない。
声をかけられるまで気配も感じなかったのはどうして、という意味だった。
「変だと思ったのよ。話の途中で急に席を外したり、そもそもさっきの話も不自然だったし」
上手くいっていたと思っていたのだが、アリスには通じなかったらしい。
今までたくさん会話のキャッチボールを繰り返したからだろうか。そうであって欲しい。
「さあ、ほら渡しなさい」
想像通り見つかってしまうとこうなるわけで。口調こそ命令系ではあるが、アリスの声はいつも通りで怒ってはいないと安心できた。
ここで大人しく渡せばそれで終わりだろう。
「や、やだ!」
しかし、渡すわけにはいかない。
見つかってしまったとはいえこの時計にはアリスの声が入っていることは変わらないのだ。
だから死守しなくてはならなかった、だが。
「大人しく渡さないなら……こちょこちょ~」
「きゃ、やめ、くすぐったっ!」
「ほらほら、渡さないともっとキツイわよ」
「あ、あ、わ、わかっ、やめ」
「はぁ……ひぃ……ひ、卑怯だぞ!」
「ふふ、ほんと魔理沙ってくすぐられるの弱いわよね」
結論から言うと時計は没収されてしまった。
アリスは私のこちょこちょポイントを熟知しているらしく呼吸困難になるほどくすぐったい。
これは間違いなくプロだ、くすぐり屋を開業すれば大繁盛に違いない。
「それで、これどうやって消すの?」
「作ったやつからは何も聞いてない」
ウソは言っていない。
さっきの再生で新しく声を入れると前のは消えてしまうことはわかったけど言うつもりはなかった。
声が入ったままなら時計を取り返すだけでいい。消されるわけには行かなかった。
「ふーん……それで魔理沙はこれを使って何を企んでたの?」
ひと通り時計を見て消すのを諦めたらしいアリスに聞かれる。
「アリスの声を入れようと思って……それ以上の意味はない」
「私の声よりもっと目覚ましに適切なのがいると思うけど、確か山彦の妖怪とかいたでしょう」
「アイツじゃダメなんだ」
確かに大声という点では適任だろうが、そうじゃない。
大声でいいなら今日知ったけど意外と発声量があるにとりでも十分だ。
でも私はアリスじゃないとダメなんだ。と面と向かって言うのは恥ずかしくて言えず。
「というか最初から素直に言えばいいじゃない」
「え? 声入れてくれるのか?」
頼んで入れてくれるんだったらそれが理想だ。
セリフも決められるだろうし。
そのセリフはどんなのかって? 恥ずかしいからシークレットなんだぜ。
でも自分で決めるんじゃなくてアリスが思うようにというのも悪くないな。
「いや、入れないけど」
よしやっ……てない!?
ガッツポーズしようとした右手を引っ込める。
そりゃそうだよな、頼んで入れてもらえそうにないからこんなことをしたわけだし。
「それで魔理沙は私のどういうセリフを入れるつもりだったの? 手本見せてよ」
「え、今ここでか? は、恥ずかしいぜ」
「恥ずかしいって何を言わせようとしてたのよ……私だってあれ入れられて結構恥ずかしい思いしたのよ。これでお相子だと思って」
せっかくシークレットにしておこうと思ったらこれだ。
まぁお相子と言われたら仕方ない。
「ほら魔理沙、朝よ。起きなさい……みたいな?」
くぅ~恥ずかしい。自分だとやっぱりダメだな、やさしい感じが全く出ない。
そう、これは出来るだけやさしい声がベストだ。
さっき入れたアリスのちょっと恥ずかしそうで明るい起こし方も悪くないけど、理想はやさしくそっと。
しかし言って思ったけど想像以上に恥ずかしいなこれ。
カチッ
「ん?」
『ほら魔理沙、朝よ。起きなさい……』
『ほら魔理沙、朝よ――』
――ポチッ
アリスの手元にある時計を見ると午後3時を示していた。
ということはもしかしなくても。
「おい!」
「あら、これで設定出来るのね。魔理沙ってセリフがなければ私が使いたいくらいなんだけど仕方ないわね。これで明日から規則正しい生活送りなさい?」
「だ、誰が自分の声で起きたいもんか、消してくれ!」
あんなやさしさの欠片もない自分の声で朝を迎えるとか考えたくもない。
取り返そうと手を伸ばすが、上手く躱されてしまう。
「それよりほら。丁度3時だしお菓子の時間にしましょう?」
そう言ってアリスの姿はキッチンに消えていった。
もちろん目覚まし時計はしっかり持っていって。
この後アリスの美味しい手作りお菓子をご馳走になり、他愛のない話をした。
その間、機会をうかがっていたが全く隙が無く、結局時計は取り返すことが出来ずアリスの手元にあるまま。
その時間を見るといつのまにか夜の10時を過ぎていた。
今日はもう限界か。
泊めてもらってチャンスを待つことも考えたが、これまでの様子だと今日はもう隙を見せないだろう。
なによりアリスは寝る必要のない身体をしているので守りに入られては勝ち目がない。
確かにこっそり入れたのは悪かったとは思うけどこんな本気にならなくても。
アリスに目覚ましが必要だとも思えないし。
にとりには明日返すと話をしたわけでもないし、また出直そう。
「そろそろ帰るよ」
「そう? はいこれ」
掛けていた帽子を取り、帰り支度を始めた私に忘れないようにと渡してくれたのはこの数時間なんとかして取り返せないかと四苦八苦したあの目覚まし時計。
「いいのか?」
「もともと帰る時には返そうと思ってたのよ」
それならそうと言って欲しかった。
私の思考を読み取ったのかアリスが付け加える。
「だって時計渡したらすぐにでも帰るって勢いで真剣だったんだもの。つい、ね」
そんなに私ってわかりやすいかな……今度何か対策をする必要がありそうだ。
無事に家に帰った私は、なくさないように机の上に時計を置いてベッドに飛び込む。
半日くらいずっと集中していた疲れがどっと来て、眠気におそわれて…………
カチッ
『ほら魔理沙、朝よ。起きて』
「うーん、あと5分……」
『ほら魔理沙、朝よ。起きて』
「もう少しだけ……って、え!?」
飛び起きて部屋を見渡すが声の主はおらず、部屋には自分一人。
『ほら魔理沙、朝よ。起きて』
いや、声の主は机の上にいた。
午前7時を示しているあの目覚まし時計。
『ほら魔理沙、朝よ。起きて』
ポチッ
目覚ましを止め、静寂に包まれた部屋で余韻に浸る。
セリフこそほとんど同じだが私の声ではなかった。
やっぱり彼女の声は私と違ってやさしい。
ありがとうアリス。
良い朝を迎えられたよ。
その日のうちに私はにとりの工房に行って開口一番にお願いをした。
「え? あの時計欲しいって?」
もともとあの時計はテスターとして借りていただけ。
だからいずれは返さなくてはならないのだが、私としてはこんな良い時計手放したくない。
入ってる声が聞かれたりするのもイヤだしな。
アリスの声は私だけのものだ。
「頼むにとり、今度何かお礼をするからさ!」
レアアイテムと交換でもいいし、また彼女の手伝いをしてもいい。
とにかくなんとしてもこの時計を自分の物にしたかった。
「そんなに言うなら……あ、改良したのがあるんだ。どうせならそれあげよっか?」
「いや、いい」
「即答だなぁ。今のだと一度止めてしまえばまた24時間後にしかならないけど、この新しいのは一度止めても5分後になるから二度寝防止に……」
「いや、あの目覚まし時計が欲しいんだ」
あんまり必要ない機能だったかなとぶつぶつ言っているにとりには申し訳なく思うけど、私にとってはアリスの声が設定されていない目覚まし時計などただの目覚まし時計でしかない。
もう一度アリスが声を入れてくれるとも思えないし、世界で唯一つのもの。
だからこそ私は欲しいと思ったし、誰にも渡したくない。
「その分だと聞かなくてもわかるけど、一応聞かせて。あの時計どうだった?」
「最高だぜ!」
「うん、それが聞ければ十分だ、今日からあの時計は魔理沙のものだ」
「サンキューな、にとり!」
時計が正式に自分の物になってから私は毎晩寝るのが楽しみになっていた。
理由は言うまでもなくアリスの声で朝を迎えられるから。
不規則な生活リズムも自然と整えられて早寝早起き出来るようになっていた。
何時にでもセットできるのだから別に昼に起きても構わないのだが、アリスは朝だといって起こしてくれる。
それに応えたいと思っていつも午前6時にセットしていた。
前までは6時に起きるどころかその時間に寝始めたりすることも少なくなかったのに、人間やれば出来るものだ。
そして時計をもらってから2週間が過ぎた。
いつもどおり早めに寝て早起きするのに万全な体勢だった私は、カーテンからこぼれた日光を顔に受け目を覚ます。
「う……ん? あれ、目覚まし……」
目覚ましで起きれなかったことに不満を覚えつつ起きあがって目覚ましを見る。
短針は5の付近、長針は2を指している……5時10分だ。
こういうことは最初の方にもよくあった。
起こされるのが楽しみで早く起きてしまうのだ。
起きてしまったものは仕方ない。
二度寝をして起こしてもらうということも出来るが、この目覚ましを使い始めてから二度寝はしないことに決めていた。
二度寝は気持ちよいけど癖にしてしまうとアリスの声で目覚めた後にも寝てしまいそうだし、何よりにとりが改良したという二度寝防止の時計と交換することも断った手前、その時計がなくともアリスの声があるだけで大丈夫だと証明したかった。
「今日もいい天気だ」
カーテンを開け、雲ひとつない空と燦々と輝く太陽を確認して大きく伸びをする。
レミリアが見たら忌々しく思う天気だろう。
……いや、おかしい、今何時だ!?
5時にこんなに太陽が高く昇っているわけがない。
況してや私の家は周りが高い木で囲まれた日の入りが悪い物件だ。
部屋の中に日が差し込むなんてありえない。
じゃあ夕方の5時?それこそありえない。
あのアリスの声で目を覚まさないわけがないんだ!
目覚ましのセットし忘れ?それもない。
就寝前の歯を磨く前にセットし、ベッドに入る前に確認して、ベッドに入ってからも確認する。
これでセット出来てなかったらただの馬鹿だ。
目覚まし時計を手に取り、確認する。
針は先ほどと同じ位置を指し示していた。
「あー、やっぱり?」
止まってしまった時計をにとりに見せるとそんな答えが返ってきた。
なんでも電池切れで止まってしまったんだとか。
「やっぱりって2週間で止まる時計とかダメだろ」
「だから今はもう改良してもっと長く使えるのを作ったよ」
「それが出来るなら最初から……いや、なんでもない」
魔法でもそうだが最初から全部上手く行く事はない。
私のマスタースパークだって最初はエネルギー変換効率が悪すぎて一発でほぼ全ての魔力使ってしまったくらいだ。
機械を作るのも同じようなものだろう。
それよりもっと大事なことがある。
「それでこの時計はまた使えるようになるのか?」
「また電気入れればね。でも今のままだとまた2週間後くらいには切れちゃうかな」
「それどうにかならないか?」
「出来なくもないけど。それならこの改良時計あげるよ、これなら……」
「いや、あれじゃなきゃダメなんだ」
以前にもしたような会話。
確かににとりが改良した時計の方が長持ちもするんだろう。
でもそれに意味はない。
あの時計の稼働時間が長くならないのならば、2週間で止まってしまっても何度も動かせるように出来ればいい。
「どうしてそんなにこだわるの? もしかして設定した音声に関係ある?」
「……そうだ」
「そうだったんだ。残念だけど、復旧は難しいかな。エネルギー切れちゃったから多分設定のほうも……」
「……」
「……」
「そうか……それなら仕方ないな。色々ありがとな」
あの声が入っていないなら。普通の時計なら私の家にもある。
やっぱりというか私は落胆した気持ちを隠せていなかったらしい。
帰り際ににとりが「何をそんな大事な音声設定したかわからないけど、もう一度録ればいいじゃん」と改良したという前のとほとんど同じデザインで青色の時計を渡してくれた。
「魔理沙は一回止まったくらいじゃ止まらないヤツだったじゃないか。魔理沙が元気ないと寂しいからさ、もう一回やってみなよ。今度のは電池切れてもデータは残るからさ」とも言われた。
にとりの言う通りだ。こんなの私らしくない。
以前アリスは言った『素直に頼めばいいじゃない』って。
一度声を入れてくれたんだ。
もう一度くらい入れてくれる。
頼む前から決め付けるなんてダメだ。
そう思ってアリスに頼んだんだけど「もうあんな恥ずかしいのは勘弁して。あの後すごい後悔したんだから」と断られてしまった。
まぁこれは想定内。
でもここで諦める私ではない。
またこっそり声を入れることを試みることにした。
前回は強引に会話を作って失敗してしまったが、今考えればあの方法ではどうやっても感情のこもったセリフは取れない。
それじゃあどうするかと私が考えたのは『私が本当にアリスに起こされるシチュエーション』を用意すること。
その時こそがアリスが私を起こすのに一番適したセリフ、感情になる。
私は今アリスの家に泊めてもらい、布団に入っている。
アリスが何時に起こしに来るかわからないけど、こうしてずっと寝たフリをしていればいつかは起こしに来るはず。
そして朝が来た。
ドアがゆっくり開かれる音がして、タンタンと静かな足音が近づいてくる。
私は時計のボタンをいつでも押せるよう待機する。
「なに寝たフリなんかしてるの、ほらほら」
バサッとアリスは私の布団を奪い取る。
くそっ、失敗だ。
私はさっと時計を服の中に隠す。
「今日は天気がいいし、外に出かけましょう?」
「あ、ああ」
どうやら時計は上手く隠せたようだ、ここで見つかってしまえば狙いがバレてしまう。
それにしてもしっかり布団をかけて目を瞑っていたのになぜ寝たフリとわかったのだろう。
この日はアリスと湖畔でお弁当を食べたり、弾幕ごっこをした。
戦績は三勝一敗、今日は調子が良かった。
そして私は今日もアリスの家に泊まりたいと頼み、布団に入った。
もちろんアリスの声を入れるために。
結局なぜ寝たフリに気づかれたのがわからないが、寝てる時と起きてる時では表情に微妙な差異が出てしまうのかもしれない。
だから今度は布団の中に潜って顔も見られないようにする。
翌朝。
昨日と同じように静かな足音が近づいてくる。
そして
「起きてるんでしょう? ほら」
バサッと私の布団はアリスに奪い取られてしまう。
昨日と同じ。
アリスはなんで寝たフリがわかるんだ?
「今日は買出しをしたいの、魔理沙も一緒に来る?」
家主が出かける以上私も外に出ないといけないわけで、このまま家に帰るということも普段なら考えるのだが、目的を達成させるために今日もアリスの家に泊まらなければならない。
だからアリスに付き添うことにした。
ただ付き添うのはつまらないので「負けたほうが荷物持ちな」と弾幕ごっこをけしかける。
異変解決もそうだが、何か理由や目的のある戦いの方がやりがいもあるし、調子も出やすい。
だからまた勝ち星一つ増やす予定だったのだが……被弾。
「さ、先に三勝したほうが勝ちなんだぜ」
……被弾、被弾。
結局三連敗し、昨日とは全然違う結果になってしまった。
両手に買い物袋を持った帰り道。
「ふわぁぁ~」
あくびをする私にアリスが声を掛けてくれる。
「大丈夫? 弾幕ごっこの時から思ってたけど魔理沙今日調子悪そうよ。荷物私が持とうか?」
「いや、大丈夫だ」
アリスの買い物の量は大したことはなかったので軽いくらいで問題はないし、私が負けたんだから最後までしっかり荷物持ちをする。
ただ、調子が悪いというのはあった。
それもそのはずでこの二泊の間、声を入れるために寝ていないのだ。
睡眠不足は判断力や行動力を低下させる、弾幕ごっこで負け続けるのも当たり前だった。
「なぁアリス、今日泊まっていっていいか?」
家に着き、買った荷物を整理するアリスに声をかける。
「今日も? 調子悪そうだし自分の家でゆっくり休んだほうがいいと思うわよ」
「アリスの家も快適だから休めるさ、それに明日には帰るよ」
「それならいいけど」
なんとか了承を得たけど今日がラストチャンスだろう。
何度も寝たフリがバレてしまえばアリスも不審に思うだろうし、今度から起こしてくれないかもしれない。
その日の夜。
就寝の挨拶をして私は今までと同じようにベッドに入り、寝たフリをはじめる。
今日はどうするか、目を瞑っても布団に潜ってもダメとなると……
表情で見てるけど布団に潜るのは寝てるとは思えなかったってことか?
背中をドアの方に向けた体勢にする。
これなら顔は見られないし、普通に寝てるように見えるのではないか、これでいこう。
この体勢だと目を開ければ窓が見える。
泊まり始めてから雲がない良い天気が続いており、今晩も月が見える。
思えばアリスの家に三連泊するのは初めてかもしれない。
ちょっと話に熱中して夜遅くなったり、天気が大荒れになったりした時に一泊することはあっても、お互い家が近いから連泊することはあまりない。
しかしこの今回は特に理由が無く泊まっているかな。
いや、私には大きな目的はあるけど、アリスから見て。
アリスはこの連泊の事をどう思ってるんだろうか。
やっぱり理由なしに泊めるのは良く思ってないんだろうか。
『自分の家でゆっくり休んだほうがいいんじゃないの?』
今思うとこれは暗に断っているってことだったのかもしれない。
アリスはやさしいからハッキリと言わないこともある、多分、だけど。
私としてはアリスの作るご飯は美味しいし、たまに私が作った時も美味しそうに食べてくれるし、一緒に魔法談義するのも楽しいし……
何泊だって出来るんだけど……それにこの布団も……自分のよりふかふかで……気持ちよくて……
「……きて」
「……魔理沙……起きて」
身体を揺すられる感覚がする。
「朝よ、ほら」
「……朝?」
目を開けると視界に入るのはアリスの顔。
「そう、朝よ。おはよう魔理沙」
「あ、おはよう」
「今日も寝たフリしてるのかと思ったけどぐっすりだったわね。よく眠れた?」
「え?」
あ、しまった。
いつの間にか朝を迎えていたことに驚いてしまったが、起きずに寝たフリをして声を入れれば良かったんだ。
いや、身体揺すられまでしたら難しいかな。
それにしても本当アリスはやさしい起こし方をしてくれる……
「あれ?」
「探しているのはこれかしら?」
そう言うアリスの右手にあるのは青い時計。
間違いなく私がこの数日間、アリスの声を入れようとしていた時計だ。
「どうして」
「どうしてって、そりゃあベッドの上にぽーんと置いてあったら誰だって気づくと思うけど」
そう言われてみると。いつの間にか掛け布団がない。
寝たフリをしていた時と違って、布団を取られてしまうと隠すことは出来なかったんだ。
「……」
「返せって言わないのね」
「……」
昨日まで、いや、起きる前の自分ならそう言っていただろう。
でも、さっき気づいてしまったんだ。
それに気づいてしまったらもう目覚まし時計じゃ足りない。
だから私は決めたんだ。
「アリス! 私は今日からおまえと暮らすことにした!」
……
…………
………………
今思うと寝起きで思考が定まってなかったとはいえ突然すぎる発言だったと思う。
まるでプロポーズみたいで恥ずかしくもなる。
しかしそんな私の突拍子もない発言も拒否されることはなく受け入れてくれた。
すぐに引越し作業を始め、アリスはその作業も進んで手伝ってもくれた。
だから今、私はアリスと一緒に暮らしている。
毎日のではないけれど、今でも朝に弱い私を身体をやさしくゆすって起こしてくれるし、声も機械のものよりやっぱり生の方が温かみもあっていい。
「あら、その時計」
いつの間にか後ろにいたのかアリスが懐かしそうに言う。
「懐かしいだろ、なぁアリス。電池どこにあるか知らないか? 探してるんだ」
「はぁ~、そんなことしてるから掃除全然進まないのよ」
「いいだろ。それよりアリスは家の方の掃除終わったのかよ」
「大体ね、あと貴方の部屋くらいよ? 研究見られたくないなら自分でやりなさいよ?」
「ああ、わかってる」
ガサゴソと積んである箱の中から電池を探す。
この時計を見る前には電池は見かけなかったから、まだ整理していないものの中にあるかもしれない。
「電池なら箱の蓋の裏に入れたはずだけど」
言われて確認すると確かに蓋にぴったりとはまっている電池があった。
その電池を取り出し、さっそく時計のものと取り替える。
するとチクタクチクタク時を刻み始める、よかった壊れてない。
動いたことを確認すると私は目覚ましを5分後の5時にセットする。
本題はこちらなのだ。
「最後に何設定したか覚えてるの?」
「いいや」
覚えてないというより、そもそも私はこの目覚まし時計を一度も使わなかった気がする。
結局あの後アリスが持っていってしまい、今日ここで見るまでどこにあったのかも知らなかったぐらいだ。
そうなると何も入っていないか、もしかしたらにとりがテストしていた音声が入ってるのかもしれない。
にとりの大声が入ってるとうるさいよなぁと静かにその時が来るのを待つ。
カチッ
『……アリス、好きだよ…』
ポチッ
二回目が流れる前に即、止めた。
「お、おいアリス。こ、これはいったい!??」
聞こえてきたのは紛れも無く私の声。
顔が熱くなってくるのが止められない。
なんで? どうして?
いや、確かにアリスのことは好きだけど!
もちろんこんな音声自分で入れるわけが無い。
時計を持っていたのはアリスで、私の声そのものはその気になれば入れることは出来ただろうけど。
そもそも好きだって……こんな恥ずかしいこと面と向かって言ったことはなかったはずだ、なかったはずの声が入ってるわけが……
「い、いつ!?」
「私があの時計を見つけてあなたを起こす前、かな。色は違ったけど同じ型の時計だったし、また声を設定する機能が付いてると思って操作してみたの」
使い方は赤い時計の時にわかってたからねと付け加えてアリスは続ける。
「偶然だったんだけど、丁度今のその声が入って。寝言だったんでしょうね」
まさか寝言を取られているとは、道理で覚えがないわけだ。
いや、寝言とはいえ私はそんな恥ずかしいことを言っていたのか!?
もしかしたら今でもたまに言ってるんじゃないだろうな、うわぁ恥ずかしい。
「それじゃあ時計をその後持っていったのも」
「ええ、誰にも渡したくないって思った。それくらい嬉しかった。その後一緒に暮らすって言ってくれたことも」
そういうことだったのか、思い返すと不思議だったんだ。
暮らしたいとだけ言ったのになぜとも聞かれずにとんとん拍子で話が進むのが。
アリスは私の気持ちを知っていたのか。
「でもこれがここにあるってことは、電池が切れたから?」
予備の電池があることを知っていたからそんなわけはないと気づくその前にアリスは答える。
「違うわ。多分あなたと同じ。結局本物じゃないのよ……満たされない」
そりゃあ生の声の方がいいもんな……
あ、そうか、私はまだ……
「なあ、アリス。その、すごい遅くなってしまったんだが……聞いてくれ」
「……うん」
本来だったらすぐに伝えるべきだったこの気持ち。
今まで何も聞かれなかったから甘えてしまっていた。
この気持ちは一生変わらない。
だから目覚まし時計の裏のボタンを押して誓う。
「……アリス、私は世界で一番おまえのことが好きだ!」
「うん……!うん! 私もよ魔理沙!」
アリスの声も入ってしまっただろうけどこれでいい。
私達の想いはこれからも変わらないから。
マリアリ美味しかったです。
今日の朝食に砂糖はいらねえな
つかマリジャさんてそそわにいたのか
伏線もうまいし、面白かったです。
ほのぼのとしてていいですね
よいマリアリご馳走様でした
末長く幸せに。
いやマリアリも好きですけどね。
予想以上に甘々な展開になっていっておなかいっぱい。