「よろこんで」
「まだ何も言ってない」
紅魔館の一室。レミリアに呼びつけられた十六夜咲夜は、絵画に描かれたような笑顔で言った。
「あら。お嬢様の仰せでしたら私、何でもやりますよ」
「ふむ」
レミリアは考える。確かに何を言っても咲夜は断らないだろう。極端な話、死んでくれと言えば黙って首を吊るんじゃないだろうか。
「じゃあ、咲夜」
「なんでしょうお嬢様」
「とても腹が立つ顔で、腹おどりをやって頂戴」
「お断りします」
咲夜は笑顔を絶やさず言った。
「断ってるじゃないか」
「人の心は時と共に移り行くものです」
「そう。やっぱり駄目ね。人間って」
二人の会話は他愛なく、意味も意義もない。レミリアは本題に入ることにした。
「最近、なんだか面白くないのよ」
「は?」
咲夜は怒りを覚えた。目を見開いて主を威圧する。
「心外です! お嬢様」
「何がよ」
「さっきの私の、ボケは何だったんだと」
「知らん。意味と意義が無かったんだよ」
咲夜としては退屈そうにしている主に笑いを提供しようと気を使ったのだが、成果は得られなかったようだ。
「そんなことじゃなくて、もっと大きなね? 異変的な何かを期待してるのよ」
「そういえば最近、異変と縁が無いですね。霊夢の活動も噂でしか聞かないですし」
咲夜は答えながら紅魔異変を思い出していた。確かあの日も、今回と似た状況から始まった。
『咲夜、楽しくないわ』
『知りませんよ。自慢の羽とカリスマで夜空をブイブイ飛び回ってきてください』
思えば、あのときの私は生意気だった。
『はあ、下らないわね。そんなんじゃ満足できないと言ったら?』
『じゃあ太陽あたりと戦ってこればいいんじゃないですか? それで3日くらい寝込んでくれると嬉しいです』
『……それは良い考えね』
え? と思った瞬間にあれよあれよとレミリアが起こしたのが紅魔異変だ。我が主の強さ、偉大さ、気まぐれさには驚いた。曖昧な記憶だが、概ねこんな感じ。
そして今、目の前のレミリアは昔と同じように退屈している。ただし前回と違い、悩み考えあぐねているようだ。そこで咲夜はひらめいた。これは試されているに違いない。かつて、似た状況から紅魔異変が起きた。その運命をここで覆すのだ。そう考えるとやる気があがる。
「それでは、お嬢様。ドラマを作りましょう」
「ドラマ?」
レミリアは眠そうな目で咲夜の提案を聴く。
「ええ。例えば、長年お嬢様に勤めた瀟洒なメイドが、悲惨な事故の末に死んでしまうというのはどうでしょう」
「ずいぶん悪趣味ね。まあこの際、悲劇でも良いわ」
//////
演題・『悪魔の涙と従者の死』
いつものように月光が降り注ぐ紅魔館。月の明かりが斜めに差し込む窓辺に、館の主、レミリア・スカーレットはたたずんでいた。青白い肌が光の色彩によって強調され、赤い瞳は物を言わず空上の月を睨む。
彼女の背後、部屋の暗がりには死体が一つ、転がっている。外観も内装も、床まで朱で統一された館。その床には一層濃い赤色の血だまりが広がり、溜まりの上に体を横たえるのは、かつて館のメイドであった十六夜咲夜だ。レミリアはゆっくりと室内へ振り向くと、一歩、一歩と遺体に近づく。
「…………アぅ」
三歩目を踏み出したとき、レミリアの喉から嗚咽が漏れた。胸が締め上げられるように苦しくて、思いは言葉にならない。代わりに、両目から涙があふれる。必死に自分の従者を見つめようとする赤い目からこぼれる雫は、その流れる先、彼女の口元に付いた“血”と混ざり彼女の顔を汚していく。
スカーレット、彼女をはじめにそう呼んだのは誰だったか。
「……さグやっ!! 咲夜ァ……」
ようやく絞り出した叫び声は暗闇に吸い込まれ、後は苦しそうに空気を吸い込む音だけが部屋に響く。細い体は膝から崩れ落ち、右手をつく。頭が熱い。表情が歪む。体の震えが止まらない。地に這った血の、ぬめりを右手に感じる。
遺体にすがりつきながら歯を食いしばった。ぬくもりは感じない。気持ちの悪さと気味の悪さをひしひしと感じる。
ふと、血の臭いが鼻をついた。不快ではない。どころか次第に心身が落ち着いていくのを感じる。ぐちゃぐちゃの顔に自嘲的な笑みが広がった。
自分が本当に情けない。
「咲夜。私、……笑ってもいいのかしら」
//////
「よろこんで」
「自然に生き返るのね」
レミリアは、いつの間にか生き返った咲夜が、隙を見て淹れた紅茶を飲んで一息。
「で、さっきの一人芸に何の意味があったの?」
「ほら、雰囲気出てましたよ。さすがお嬢様。実際に私が死んだときもさっきの感じでお願いしますよ」
「あなたがいつ死ぬかなんて分からないんだから、準備が間に合わないわ」
レミリアは茶請けのケーキを食べながら、退屈そうに話す。
「あら、遠慮なさらずに運命をいじって頂いてかまいませんよ?」
深夜3時のおやつをいつものように食べ終えたレミリア。そして、下らないことを子に諭す母親のように冷めた態度で言った。
「あのね咲夜」
「何でしょうか?」
咲夜は食器を片付ける。
「運命なんてあるわけ無いでしょう」
「…………」
瞬間、咲夜の動きが止まる。固い表情をレミリアに向け、先の言葉を反芻する。運命なんて、無い。
「あの、……お嬢様?」
「何よ。あ、お茶だけもう一杯お願いできる?」
咲夜は、自分の行動が世界の存続にかかっているのではないか、と思うほど丁寧にお茶を淹れる。湯気を立てたカップを手渡し、機嫌を確かめるようにおそるおそる尋ねた。
「えーと、運命は無い。と言ったように聞こえたんですが」
「そうね」
爽やかに甘味を施した紅茶はレミリアの気に召したようで、いつもより穏やかな声で咲夜の問いかけに応えた。
「“運命を操る程度の能力”はどこに行ったんです?」
「ああ、それね」
レミリアは言うべきか言わざるべきか逡巡する、なんということはなく、至極当然に話した。
「私はフランやパチェみたいな、変な力を使わないから“程度の能力”とか思いつかなくてさ。でたらめを適当に決めようと思って」
咲夜は話を聴くうちに目の前が暗くなって行くのを感じていた。
「どうせ分からないなら、格好良い奴にしようと思って」
「そんな……」
咲夜は激昂した。必ずやこの主を正す必要がある。自分は人間だが、妖怪や悪魔と呼ばれる存在がどうあるべきか、よく考え分かっているつもりだ。身のうちに秘める情熱が湧き出し、主張をぶつける。
「そんな大事なことを、こんなどうでもいい所で話すんですか!」
レミリアは一瞬きょとんとしたが、間もなく咲夜の言いたいことを理解した。主と従者、互いの思想の理解は順調に進んでいるらしい。
「あー、そうだね。今のなし。もっと格好の良いときに言うよ」
「ぜひそうして下さい」
和やかに、穏やかに、二人の間に弛緩した空気が流れる。レミリアは紅茶を飲み終わり、咲夜も後片付けを終えた。二人で並び窓から月を見上げる。今宵の月は白に輝いていた。
「咲夜」
唐突に、沈黙を破るレミリアの声。
「なんでしょう、お嬢様」
「私は少し寝るわ。ありがとうね、お茶」
「はい。おやすみなさいませ」
咲夜は平和を保った。運命は変わり、異変は起きず、異常もきたさず無事に朝を迎えたのだ。
月が巡って翌日。
「咲夜。いるかしら」
月明かりの下、いつものように咲夜を呼ぶレミリア。
「はい。なんでしょう、お嬢様」
十六夜咲夜は笑顔で言った。
「まだ何も言ってない」
紅魔館の一室。レミリアに呼びつけられた十六夜咲夜は、絵画に描かれたような笑顔で言った。
「あら。お嬢様の仰せでしたら私、何でもやりますよ」
「ふむ」
レミリアは考える。確かに何を言っても咲夜は断らないだろう。極端な話、死んでくれと言えば黙って首を吊るんじゃないだろうか。
「じゃあ、咲夜」
「なんでしょうお嬢様」
「とても腹が立つ顔で、腹おどりをやって頂戴」
「お断りします」
咲夜は笑顔を絶やさず言った。
「断ってるじゃないか」
「人の心は時と共に移り行くものです」
「そう。やっぱり駄目ね。人間って」
二人の会話は他愛なく、意味も意義もない。レミリアは本題に入ることにした。
「最近、なんだか面白くないのよ」
「は?」
咲夜は怒りを覚えた。目を見開いて主を威圧する。
「心外です! お嬢様」
「何がよ」
「さっきの私の、ボケは何だったんだと」
「知らん。意味と意義が無かったんだよ」
咲夜としては退屈そうにしている主に笑いを提供しようと気を使ったのだが、成果は得られなかったようだ。
「そんなことじゃなくて、もっと大きなね? 異変的な何かを期待してるのよ」
「そういえば最近、異変と縁が無いですね。霊夢の活動も噂でしか聞かないですし」
咲夜は答えながら紅魔異変を思い出していた。確かあの日も、今回と似た状況から始まった。
『咲夜、楽しくないわ』
『知りませんよ。自慢の羽とカリスマで夜空をブイブイ飛び回ってきてください』
思えば、あのときの私は生意気だった。
『はあ、下らないわね。そんなんじゃ満足できないと言ったら?』
『じゃあ太陽あたりと戦ってこればいいんじゃないですか? それで3日くらい寝込んでくれると嬉しいです』
『……それは良い考えね』
え? と思った瞬間にあれよあれよとレミリアが起こしたのが紅魔異変だ。我が主の強さ、偉大さ、気まぐれさには驚いた。曖昧な記憶だが、概ねこんな感じ。
そして今、目の前のレミリアは昔と同じように退屈している。ただし前回と違い、悩み考えあぐねているようだ。そこで咲夜はひらめいた。これは試されているに違いない。かつて、似た状況から紅魔異変が起きた。その運命をここで覆すのだ。そう考えるとやる気があがる。
「それでは、お嬢様。ドラマを作りましょう」
「ドラマ?」
レミリアは眠そうな目で咲夜の提案を聴く。
「ええ。例えば、長年お嬢様に勤めた瀟洒なメイドが、悲惨な事故の末に死んでしまうというのはどうでしょう」
「ずいぶん悪趣味ね。まあこの際、悲劇でも良いわ」
//////
演題・『悪魔の涙と従者の死』
いつものように月光が降り注ぐ紅魔館。月の明かりが斜めに差し込む窓辺に、館の主、レミリア・スカーレットはたたずんでいた。青白い肌が光の色彩によって強調され、赤い瞳は物を言わず空上の月を睨む。
彼女の背後、部屋の暗がりには死体が一つ、転がっている。外観も内装も、床まで朱で統一された館。その床には一層濃い赤色の血だまりが広がり、溜まりの上に体を横たえるのは、かつて館のメイドであった十六夜咲夜だ。レミリアはゆっくりと室内へ振り向くと、一歩、一歩と遺体に近づく。
「…………アぅ」
三歩目を踏み出したとき、レミリアの喉から嗚咽が漏れた。胸が締め上げられるように苦しくて、思いは言葉にならない。代わりに、両目から涙があふれる。必死に自分の従者を見つめようとする赤い目からこぼれる雫は、その流れる先、彼女の口元に付いた“血”と混ざり彼女の顔を汚していく。
スカーレット、彼女をはじめにそう呼んだのは誰だったか。
「……さグやっ!! 咲夜ァ……」
ようやく絞り出した叫び声は暗闇に吸い込まれ、後は苦しそうに空気を吸い込む音だけが部屋に響く。細い体は膝から崩れ落ち、右手をつく。頭が熱い。表情が歪む。体の震えが止まらない。地に這った血の、ぬめりを右手に感じる。
遺体にすがりつきながら歯を食いしばった。ぬくもりは感じない。気持ちの悪さと気味の悪さをひしひしと感じる。
ふと、血の臭いが鼻をついた。不快ではない。どころか次第に心身が落ち着いていくのを感じる。ぐちゃぐちゃの顔に自嘲的な笑みが広がった。
自分が本当に情けない。
「咲夜。私、……笑ってもいいのかしら」
//////
「よろこんで」
「自然に生き返るのね」
レミリアは、いつの間にか生き返った咲夜が、隙を見て淹れた紅茶を飲んで一息。
「で、さっきの一人芸に何の意味があったの?」
「ほら、雰囲気出てましたよ。さすがお嬢様。実際に私が死んだときもさっきの感じでお願いしますよ」
「あなたがいつ死ぬかなんて分からないんだから、準備が間に合わないわ」
レミリアは茶請けのケーキを食べながら、退屈そうに話す。
「あら、遠慮なさらずに運命をいじって頂いてかまいませんよ?」
深夜3時のおやつをいつものように食べ終えたレミリア。そして、下らないことを子に諭す母親のように冷めた態度で言った。
「あのね咲夜」
「何でしょうか?」
咲夜は食器を片付ける。
「運命なんてあるわけ無いでしょう」
「…………」
瞬間、咲夜の動きが止まる。固い表情をレミリアに向け、先の言葉を反芻する。運命なんて、無い。
「あの、……お嬢様?」
「何よ。あ、お茶だけもう一杯お願いできる?」
咲夜は、自分の行動が世界の存続にかかっているのではないか、と思うほど丁寧にお茶を淹れる。湯気を立てたカップを手渡し、機嫌を確かめるようにおそるおそる尋ねた。
「えーと、運命は無い。と言ったように聞こえたんですが」
「そうね」
爽やかに甘味を施した紅茶はレミリアの気に召したようで、いつもより穏やかな声で咲夜の問いかけに応えた。
「“運命を操る程度の能力”はどこに行ったんです?」
「ああ、それね」
レミリアは言うべきか言わざるべきか逡巡する、なんということはなく、至極当然に話した。
「私はフランやパチェみたいな、変な力を使わないから“程度の能力”とか思いつかなくてさ。でたらめを適当に決めようと思って」
咲夜は話を聴くうちに目の前が暗くなって行くのを感じていた。
「どうせ分からないなら、格好良い奴にしようと思って」
「そんな……」
咲夜は激昂した。必ずやこの主を正す必要がある。自分は人間だが、妖怪や悪魔と呼ばれる存在がどうあるべきか、よく考え分かっているつもりだ。身のうちに秘める情熱が湧き出し、主張をぶつける。
「そんな大事なことを、こんなどうでもいい所で話すんですか!」
レミリアは一瞬きょとんとしたが、間もなく咲夜の言いたいことを理解した。主と従者、互いの思想の理解は順調に進んでいるらしい。
「あー、そうだね。今のなし。もっと格好の良いときに言うよ」
「ぜひそうして下さい」
和やかに、穏やかに、二人の間に弛緩した空気が流れる。レミリアは紅茶を飲み終わり、咲夜も後片付けを終えた。二人で並び窓から月を見上げる。今宵の月は白に輝いていた。
「咲夜」
唐突に、沈黙を破るレミリアの声。
「なんでしょう、お嬢様」
「私は少し寝るわ。ありがとうね、お茶」
「はい。おやすみなさいませ」
咲夜は平和を保った。運命は変わり、異変は起きず、異常もきたさず無事に朝を迎えたのだ。
月が巡って翌日。
「咲夜。いるかしら」
月明かりの下、いつものように咲夜を呼ぶレミリア。
「はい。なんでしょう、お嬢様」
十六夜咲夜は笑顔で言った。
自分自身を厳しく見つめる自己批判の眼ってのは大切です。書いてる途中に思う「これオモシロクネ!?」ってのは『そうであって欲しい』という願望が大半ですので。勢いで出しちゃった作品なんて特にもう。
コイツはもう、自身の創作に置ける姿勢と、経験でしか乗り越えられない強敵です。今回の作品はその成長の糧となってくれるでしょう。次回作の健闘を祈ります。
つまる所一発ネタ依存の作品(ギャグに限らず)は良くも悪くもネタの鮮度で上限下限が規定されてしまう、この長さだとなおさら、なので受け手によって評価が大幅にぶれてしまう
他の点はいい線いっているので次回に期待します
テンポもよくて面白かったですよ。
キャラが動いてないというか、生きてないというか。マキナ、あるいはゾンビ。予定調和で構成されてる印象だ。
抽象的な言葉になってしまうけど、この作品には新しい文章に挑戦する様子が感じられない。
最後に。文句ばっかり書いてごめんね。
この一文は笑った