我――物部布都は、人里をぶらぶらとしていた。
長い長い眠りから復活してもうどれくらい経っただろうか、我も今の世に随分と慣れてきていた。仙人というものは修行さえきちんとしていれば気楽なものである。体が頑丈(それ以前にこの人としての姿自体仮初めであるが)故にそうそう怪我をするものでもないし、面倒な仕事もそうそう来ない。おまけに雑事は太子様のもとに集まる弟子と言う名の小間使いにやらせればいいときている。何故か我の周りで度々厄介事が絶えないのが玉に疵(つい昨日にも名もないような木っ端妖怪に襲われた)だが、それ以外は本当に気楽なものである。
そういうわけで、我は何をするでもなく人里を見て回っていた。民の暮らしも私が人として生きていた頃とはかけ離れていて、随分豊かになっている。初めて来たときは見るもの全てが真新しくて恥ずかしながら興奮したものだ。少し慣れてどこにどんな店があるのかくらいは把握した今でも知らない場所が沢山ある。日々新たな発見のある人里は楽しい場所である。
「少し小腹が空いたな。なにか食べるか……そうだ、近くに団子屋があったはずだぞ」
記憶の通り、すぐに団子屋が見つかる。我が復活して特に驚いた事がいくつかあるが、なかでも驚いたのは団子や饅頭といった〝甘味〟というものが非常に美味な事である。昔はそんなものはなく、初めて口にした時は衝撃を受けた。これを味わえるならもう少し早く目覚めていれば、とさえ思えた程だった。
「店主殿! 団子を一皿所望するぞ!」
「はいはい、ただいまー」
店主の老人の間延びした返事を聞いた後、我は店の外にある長椅子に腰かけて待つことにする。
この店は味も値段もなかなか良いのだが、あまり人が入っている様子はない。なぜであろう?
……む、そうか。これが所謂「かくれがてき」な店というやつ……だな? そうに決まっておる! ……その割には随分と大きな通りにある気もするが。
「はい、おまちどおさま」
「うむ、頂くぞ」
そんな事を考えている内に、茶と共に串に刺された団子が運ばれてきた。早速頂くとしよう。
満月のように丸い団子を口に入れると、もちもちとした食感と共にふわりとした甘味が口一杯に広がる。うむ、美味い。
続けて茶をすすると、やや渋めに淹れられた茶の苦味が団子の甘味と上手く調和し、また団子の味を引き立てる。やはり素晴らしい組み合わせである。ううむ、一人で楽しむのはいささか勿体無いな。今度はこの店に太子様達もお連れしようか?
人通りを眺めながら団子を食べる。この時代にて考えついた、我なりの甘味の楽しみ方である。そうして人の流れをみている内に、何やら童たちが次々に同じ建物に入っていく姿が見えた。なにか催しごとでもあるのだろうか?
そうだな、丁度団子も食べ終えたし、支払いついでに聞いてみることにしよう。
「店主殿、勘定を頼むぞ」
「はいはい、どうも」
「うむ、馳走になった。……ときに店主殿、何やら童達が何人も同じ建物に入っていくのを見たのだが、なにか催しごとでもあるのか?」
「あぁ、そりゃあ寺子屋だよ。上白沢の嬢ちゃんが学問を子供たちに教えているのさ」
「なんと、学問か。うむ、国をより良いものにするには学問は大事であるからな、子供の内から教えておくのは良いことだ。関心関心」
「お嬢ちゃんも寺子屋の坊主どもと大してかわんないように見えるがねぇ」
「失敬な、我は仙人であるぞ? 童と一緒にしてくれるな」
「うへぇ、それは失礼しました。……桃色の髪のひとといい、最近は仙人様に縁があるなぁ」
「まぁよい。では、これにて我は失礼するぞ」
「毎度ありー」
なにはともあれ店を出る。店主が言っていた桃色の髪の仙人とやらも少し気になったが、それよりも先に寺子屋とやらに興味がわいた。どれ、少しばかり足を運ぶとするか……
「たのもー!」
いきなり中に入ると言う訳にはいかないので、寺子屋の前で声を張り上げる。
「どちら様ですか?」
程なくして中から妙な形の帽子を被った少女が出てきた。
「おぬしが上白沢殿かな?」
「そうですが、貴方は?」
「我は物部布都、仙人である」
「あぁ、最近目覚めたという……それで、ここに何か御用ですか?」
「ここで童に学問を教えていると聞いて、少々興味がわいてな。差し支えがなければ、見学させてもらいたい」
「そういう事でしたか、どうぞどうぞ、見ていってください」
「おお、そうか。ではお邪魔させてもらうぞ」
上白沢殿の後について廊下を歩く。しかし、人間にしては随分強力な力を感じるな。というか半分人間でないような? ……もしや、上白沢殿も尸解仙……?
(いや、違いますけど)
こやつ私の心を読んだ上に直接心の中に……! た、ただ者ではないな……
「さぁ、ここです」
我の心中を知ってか知らずか、何事も無かったかのように部屋の前で立ち止まる上白沢殿。中からは童が騒ぐ元気な声が聞こえていた。
「さぁみんな静かに! 今日はお客も来ている、皆失礼の無いように! さぁ物部さん、どうぞこちらに」
「うむ」
あ、仙人様だー!
私あの人見たことあるわ!
家の兄ちゃん、あの人ん家で修行してるんだぜ!
凄ェ!
ふともも! ふともも!
一旦静かになった教室が途端に騒がしくなる。うむ、元気なことはよいことである。
「はい皆静かに!」
上白沢殿が一段と声を張る。少しづつ声が小さくなっていき、やがて静かになった。
「はい、みんなが静かになるまで30秒かかりました」
「ダウト。先生の発言で3秒のロスでーす」
「うるせぇチョークぶつけんぞ」
「すいませんもう生意気言わないので勘弁してください」
「わかればよろしい。さて、今日はテストだが、準備できているな、お前達?」
「はい、そのつもりです」
「それはよかった。……じゃあ、テストいってみようか」
「上白沢殿、『てすと』とは何か?」
「あぁ、日々の勉強をきちんとしているかを試す試験の事です。今日は漢字のテストですが、貴方もやってみますか?」
……ふむ、面白そうだな。それに漢字には我も少々自信がある。
「そうだな、では我もやってみよう」
「わかりました。では生徒達に配ってから渡すので待っていて下さい」
そう言うと上白沢殿はおもむろに帽子の上を開け、中から紙の束を取り出して配りはじめる。ちょっと待て、一体その帽子はどうなっているのだ?
「よし、全員行き渡ったな? では――はじめ!」
生徒達が一斉に筆をとり、我も渡された試験の紙を見る。量はそれなりにあるが、さして難しい字はない。我の知識をもってすれば容易い容易い。
「……む?」
しかし、順調に文字を書いていた我の手がある問題で止まる。
その問題は単文の中にある括弧を横の読みにあわせた漢字を書くいて埋めるというものだったが、単文にはこう書かれていた。
たいし
『少年よ、( )を抱け』
しょうねんよ、たいしをだけ……?
ううむ、これはどういう意味だ。『たいし』というからには太子様に関わることであるのは間違い無いのであろうが、それと少年にどんな関係が? それに『だけ』とは一体……? まるで意味がわからんぞ!
とりあえず、手早く残りの問題も解いて試験を終わらせる。しかし、この文の意味とは一体なんぞや。
「よし、そこまでだ。テストを回収するぞ」 考えている内に時間も過ぎたらしく、上白沢殿が終了を告げると共に用紙を回収していった。
それから我は最後まで授業を見学した後、寺子屋の前で上白沢殿と共に童たちの帰りを見送っていた。
「せんせー、さよーならー」
「あぁ、気を付けて帰るんだぞ」
「仙人様もさよーならー」
「うむ、また会おうぞ!」
「……さて、私達はお茶でも、といきたいのですが、すみません、これから採点や宿題の点検をしなくてはいけないので」
「いやいや、お気になさらず。こちらこそ今日はいきなり押し掛けて済まなかった。では、我もこれにて失礼する」
先の謎の文の事も聞きたかったが、忙しそうな彼女に時間をとらせるのも悪いと思いそのまま帰ることにした。
……太子を抱く、か。屠自古にでも聞いてみれば意味がわかるであろうか?
かくして、我は霊廟へと帰ってきた。小間使い達の挨拶を受けるのもそこそこに我は広間へ向かう。
「おかえりなさいませ、太子様!」
「ふはは、太子様だと思ったか? 残念、我であるぞ!」
「ケッ……なんだ、お前か」
太子様を待っていたらしい屠自古が満面の笑みで部屋から出てきた。が、我の姿を見るや否や舌打ちをされた。はははこやつめ、本気で徐霊してやろうか。
「太子様は何処へ?」
「さぁね、あの方は忙しいから。お前みたいに暇じゃないのよ」
「お前も暇であろうが」
「あぁん? 黒焦げにしてやろうか?」
「やれるものならやってみよ、と言いたい所ではあるが……お前に聞きたいことがある」
「なによそれ」
「なに、ある文章の意味を聞きたいのだ」
「なんだ、そんなことか。……まぁお前の脳味噌、依代と同じで薄っぺらそうだからな。文章を読めないのも無理無いか」
「貴様っ……足が焼く前の壷みたいにぐにゃぐにゃな奴に言われとうないわ!」
「こんな体にお前がしたんだろうが!」
「我の術中に嵌まった貴様がアホなだけだろう!」
「てめっ……こうなったら今晩の夕食の皿にお前の依代をつかってやんよ!」
「馬鹿やめろおい!」
躍り上がって我の部屋に向かおうとした屠自古を全力で止める為、しばらく二人で揉み合いになる。
ようやく屠自古を抑え込んだ頃には、お互いもみくちゃでへろへろになっていた。
「はぁ……はぁ……やっと落ち着いたか」
「ふぅ……で、なんて文章なのよ」
はだけた服を直しながら屠自古が聞いてくる。おお、そうだった。うっかり当初の目的を忘れるところであった。
「うむ。……なぁ屠自古、『太子様を抱く』というのはどういう意味なのだ? 太子様の名が入っている以上、悪い意味ではないだろうからやってみるべきだと思っているのだが」
「ざ……ざけんじゃねぇ!」
その瞬間、屠自古の顔が瞬時に真っ赤になり、いきなり雷を落としてきた。
「な、何をする!」
「太子様の尻と言ったかぁぁぁぁぁぁ!」
「言っとらんわ! 貴様耳まで生なのかぁっ!?」
「やらせはせん、やらせはせんぞ! むしろ私がお前を殺ってやんよ!」
もう我の言葉など聞いていない様子で次々に雷を落としてくる屠自古。その顔はかの憎き仏道の神、修羅のようだった。仏像怖い。
たまらず我は逃げ出し、なんとか雷を避けきって部屋を飛び出した。ええい、久々に厄介事がなかったと思えばこれである。なんなのだ一体……
「待てぇい!」
げ、追いかけてきおった。黒焦げにされてはかなわないので霊廟の中を走って逃げる。その途中、三人程小間使いがこっちに歩いてきているのが見えた。……うむ、致し方あるまい、犠牲になってもらうとしよう。
「そこの者、助けてくれ!」
「ん? あぁ、布都様じゃないですか。どうしたんですかそんなに慌てて」
「追われているのだ、頼む、我が逃げる時間を稼いではくれぬか?」
体を寄せ、上目遣いで小間使いを見上げる。
「……命捨てます」
「おぉ、引き受けてくれるか! 感謝するぞ!」
小間使い達が私の来た方向へ向かっていく。ちょろいな。そうと決まれば後は逃げるだけである。
「あぁん? なんだお前ら!」
「す、すみませんが先には行かせません!」
「ざけんじゃねぇ!」
「ぐわあぁぁぁぁーーーーーっ!」
「く、くろこ(げ)だい~~~ん!」
小間使いは犠牲になったのだ……我が逃げる為の犠牲にな……。それにしてもあのキッズ・ウォー気取りめ、人間にも容赦がないな。怖い怖い。
なにはともあれ、私は無事に逃げ切って外へ飛び出した。しかし、特に行くあてがある筈もなく、我は夜の道を歩く。
「……まったく、なんだと言うのだ、屠自古の奴め……いきなり襲いかかってきてなんのつもりだ」
先程の文章を読むなり真っ赤になって襲いかかってきた屠自古。ますます訳がわからなくなってしまった。……もしや、あの文章は人心を惑わす呪法なのか? ううむ、やはり上白沢殿、ただ者ではないな……
「あら、布都様ではありませんか。こんな時間にどうしたのですか?」
「む? ……あぁ、青娥殿か」
不意に背後から声をかけられて振り返ると、青娥殿が立っていた。
「随分お疲れのようですが、何か困り事でも?」
「聞いてくれるか。それがな、青娥殿……」
油断ならない胡散臭さを漂わせている青娥殿は少し苦手だが、他に話せる相手もいないのでこれまでのいきさつを話す。何か妙案が出れば幸いだが……
「成る程、それで、そのわからない言葉とは一体?」
「うむ、これなのだが……」
「なになに……あはは、成る程、これは……」
例の文章を書いた紙を見せた途端、青娥殿はいきなり腹をかかえて笑い始めた。
「何がおかしいのだ?」
「そりゃあ屠自古さんが怒るのも無理がありませんわ。良いですか……」
青娥殿が我に耳打ちをして文章の意味を教えてくれる。それは、確かに恥ずかしいものだった。
「なんと……なんと……!」
自分でも解るほど顔が赤くなる。そんなに恥ずかしい言葉を知らずに我は口にしていたのか……恥ずかしさで頭が布っ都ーしそうだぞ……!
「屠自古さんも勘違いしていたのでしょう。ですが心配はいりません。私から言って誤解を解いてあげましょう」
「なんと、そうしてくれるか。かたじけない……恩に着るぞ!」
「いえいえ、お気になさらず。布都さんの部屋に壁に穴を開けておきますので、そこから入って待っていて下さいな」
若干青娥殿の何かを含んだような笑顔が気になったが、渡りに船とはまさにこのこと。我はすっきりとした気分で青娥殿の後について行った。
その後。我は青娥殿に言われた通り、壁の穴から自室にもどって床についていた。青娥殿が誤解を解いてくれれば、明日屠自古に襲撃されることもないであろう。これで安心して眠れるというものである。
筈だったのだが。
「布都ぉぉぉぉぉぉ!」
「な、なんだ!?」
唐突かつ勢い良く戸が開けられ、屠自古が飛び込んできた。
「私が悪かった……」
何故か号泣している屠自古。
「わかればよい……が、何で泣いておるのだ?」
「お前、さびしかったんだよな」
……は?
「だから太子様を抱きたいとか言っちゃったんでしょう? だがもう大丈夫、私がヤってやんよ!」
「ちょっと待てなんの話だ、って貴様どこを触って」
青娥殿ー、一体おぬしはこやつにどんな説得をしたというのだ!?
「暴れんな暴れんな、とにかく布都んに行こう、な!」
「な、何をする貴様アッー!」
「ナニをしてやろうってんだよ、布都ぉーっ!」
どうしてこう我の周りでは厄介事ばかり起こるのだ!?
迫る屠自古、逃げる我。
一体どうしてこうなった。
長い長い眠りから復活してもうどれくらい経っただろうか、我も今の世に随分と慣れてきていた。仙人というものは修行さえきちんとしていれば気楽なものである。体が頑丈(それ以前にこの人としての姿自体仮初めであるが)故にそうそう怪我をするものでもないし、面倒な仕事もそうそう来ない。おまけに雑事は太子様のもとに集まる弟子と言う名の小間使いにやらせればいいときている。何故か我の周りで度々厄介事が絶えないのが玉に疵(つい昨日にも名もないような木っ端妖怪に襲われた)だが、それ以外は本当に気楽なものである。
そういうわけで、我は何をするでもなく人里を見て回っていた。民の暮らしも私が人として生きていた頃とはかけ離れていて、随分豊かになっている。初めて来たときは見るもの全てが真新しくて恥ずかしながら興奮したものだ。少し慣れてどこにどんな店があるのかくらいは把握した今でも知らない場所が沢山ある。日々新たな発見のある人里は楽しい場所である。
「少し小腹が空いたな。なにか食べるか……そうだ、近くに団子屋があったはずだぞ」
記憶の通り、すぐに団子屋が見つかる。我が復活して特に驚いた事がいくつかあるが、なかでも驚いたのは団子や饅頭といった〝甘味〟というものが非常に美味な事である。昔はそんなものはなく、初めて口にした時は衝撃を受けた。これを味わえるならもう少し早く目覚めていれば、とさえ思えた程だった。
「店主殿! 団子を一皿所望するぞ!」
「はいはい、ただいまー」
店主の老人の間延びした返事を聞いた後、我は店の外にある長椅子に腰かけて待つことにする。
この店は味も値段もなかなか良いのだが、あまり人が入っている様子はない。なぜであろう?
……む、そうか。これが所謂「かくれがてき」な店というやつ……だな? そうに決まっておる! ……その割には随分と大きな通りにある気もするが。
「はい、おまちどおさま」
「うむ、頂くぞ」
そんな事を考えている内に、茶と共に串に刺された団子が運ばれてきた。早速頂くとしよう。
満月のように丸い団子を口に入れると、もちもちとした食感と共にふわりとした甘味が口一杯に広がる。うむ、美味い。
続けて茶をすすると、やや渋めに淹れられた茶の苦味が団子の甘味と上手く調和し、また団子の味を引き立てる。やはり素晴らしい組み合わせである。ううむ、一人で楽しむのはいささか勿体無いな。今度はこの店に太子様達もお連れしようか?
人通りを眺めながら団子を食べる。この時代にて考えついた、我なりの甘味の楽しみ方である。そうして人の流れをみている内に、何やら童たちが次々に同じ建物に入っていく姿が見えた。なにか催しごとでもあるのだろうか?
そうだな、丁度団子も食べ終えたし、支払いついでに聞いてみることにしよう。
「店主殿、勘定を頼むぞ」
「はいはい、どうも」
「うむ、馳走になった。……ときに店主殿、何やら童達が何人も同じ建物に入っていくのを見たのだが、なにか催しごとでもあるのか?」
「あぁ、そりゃあ寺子屋だよ。上白沢の嬢ちゃんが学問を子供たちに教えているのさ」
「なんと、学問か。うむ、国をより良いものにするには学問は大事であるからな、子供の内から教えておくのは良いことだ。関心関心」
「お嬢ちゃんも寺子屋の坊主どもと大してかわんないように見えるがねぇ」
「失敬な、我は仙人であるぞ? 童と一緒にしてくれるな」
「うへぇ、それは失礼しました。……桃色の髪のひとといい、最近は仙人様に縁があるなぁ」
「まぁよい。では、これにて我は失礼するぞ」
「毎度ありー」
なにはともあれ店を出る。店主が言っていた桃色の髪の仙人とやらも少し気になったが、それよりも先に寺子屋とやらに興味がわいた。どれ、少しばかり足を運ぶとするか……
「たのもー!」
いきなり中に入ると言う訳にはいかないので、寺子屋の前で声を張り上げる。
「どちら様ですか?」
程なくして中から妙な形の帽子を被った少女が出てきた。
「おぬしが上白沢殿かな?」
「そうですが、貴方は?」
「我は物部布都、仙人である」
「あぁ、最近目覚めたという……それで、ここに何か御用ですか?」
「ここで童に学問を教えていると聞いて、少々興味がわいてな。差し支えがなければ、見学させてもらいたい」
「そういう事でしたか、どうぞどうぞ、見ていってください」
「おお、そうか。ではお邪魔させてもらうぞ」
上白沢殿の後について廊下を歩く。しかし、人間にしては随分強力な力を感じるな。というか半分人間でないような? ……もしや、上白沢殿も尸解仙……?
(いや、違いますけど)
こやつ私の心を読んだ上に直接心の中に……! た、ただ者ではないな……
「さぁ、ここです」
我の心中を知ってか知らずか、何事も無かったかのように部屋の前で立ち止まる上白沢殿。中からは童が騒ぐ元気な声が聞こえていた。
「さぁみんな静かに! 今日はお客も来ている、皆失礼の無いように! さぁ物部さん、どうぞこちらに」
「うむ」
あ、仙人様だー!
私あの人見たことあるわ!
家の兄ちゃん、あの人ん家で修行してるんだぜ!
凄ェ!
ふともも! ふともも!
一旦静かになった教室が途端に騒がしくなる。うむ、元気なことはよいことである。
「はい皆静かに!」
上白沢殿が一段と声を張る。少しづつ声が小さくなっていき、やがて静かになった。
「はい、みんなが静かになるまで30秒かかりました」
「ダウト。先生の発言で3秒のロスでーす」
「うるせぇチョークぶつけんぞ」
「すいませんもう生意気言わないので勘弁してください」
「わかればよろしい。さて、今日はテストだが、準備できているな、お前達?」
「はい、そのつもりです」
「それはよかった。……じゃあ、テストいってみようか」
「上白沢殿、『てすと』とは何か?」
「あぁ、日々の勉強をきちんとしているかを試す試験の事です。今日は漢字のテストですが、貴方もやってみますか?」
……ふむ、面白そうだな。それに漢字には我も少々自信がある。
「そうだな、では我もやってみよう」
「わかりました。では生徒達に配ってから渡すので待っていて下さい」
そう言うと上白沢殿はおもむろに帽子の上を開け、中から紙の束を取り出して配りはじめる。ちょっと待て、一体その帽子はどうなっているのだ?
「よし、全員行き渡ったな? では――はじめ!」
生徒達が一斉に筆をとり、我も渡された試験の紙を見る。量はそれなりにあるが、さして難しい字はない。我の知識をもってすれば容易い容易い。
「……む?」
しかし、順調に文字を書いていた我の手がある問題で止まる。
その問題は単文の中にある括弧を横の読みにあわせた漢字を書くいて埋めるというものだったが、単文にはこう書かれていた。
たいし
『少年よ、( )を抱け』
しょうねんよ、たいしをだけ……?
ううむ、これはどういう意味だ。『たいし』というからには太子様に関わることであるのは間違い無いのであろうが、それと少年にどんな関係が? それに『だけ』とは一体……? まるで意味がわからんぞ!
とりあえず、手早く残りの問題も解いて試験を終わらせる。しかし、この文の意味とは一体なんぞや。
「よし、そこまでだ。テストを回収するぞ」 考えている内に時間も過ぎたらしく、上白沢殿が終了を告げると共に用紙を回収していった。
それから我は最後まで授業を見学した後、寺子屋の前で上白沢殿と共に童たちの帰りを見送っていた。
「せんせー、さよーならー」
「あぁ、気を付けて帰るんだぞ」
「仙人様もさよーならー」
「うむ、また会おうぞ!」
「……さて、私達はお茶でも、といきたいのですが、すみません、これから採点や宿題の点検をしなくてはいけないので」
「いやいや、お気になさらず。こちらこそ今日はいきなり押し掛けて済まなかった。では、我もこれにて失礼する」
先の謎の文の事も聞きたかったが、忙しそうな彼女に時間をとらせるのも悪いと思いそのまま帰ることにした。
……太子を抱く、か。屠自古にでも聞いてみれば意味がわかるであろうか?
かくして、我は霊廟へと帰ってきた。小間使い達の挨拶を受けるのもそこそこに我は広間へ向かう。
「おかえりなさいませ、太子様!」
「ふはは、太子様だと思ったか? 残念、我であるぞ!」
「ケッ……なんだ、お前か」
太子様を待っていたらしい屠自古が満面の笑みで部屋から出てきた。が、我の姿を見るや否や舌打ちをされた。はははこやつめ、本気で徐霊してやろうか。
「太子様は何処へ?」
「さぁね、あの方は忙しいから。お前みたいに暇じゃないのよ」
「お前も暇であろうが」
「あぁん? 黒焦げにしてやろうか?」
「やれるものならやってみよ、と言いたい所ではあるが……お前に聞きたいことがある」
「なによそれ」
「なに、ある文章の意味を聞きたいのだ」
「なんだ、そんなことか。……まぁお前の脳味噌、依代と同じで薄っぺらそうだからな。文章を読めないのも無理無いか」
「貴様っ……足が焼く前の壷みたいにぐにゃぐにゃな奴に言われとうないわ!」
「こんな体にお前がしたんだろうが!」
「我の術中に嵌まった貴様がアホなだけだろう!」
「てめっ……こうなったら今晩の夕食の皿にお前の依代をつかってやんよ!」
「馬鹿やめろおい!」
躍り上がって我の部屋に向かおうとした屠自古を全力で止める為、しばらく二人で揉み合いになる。
ようやく屠自古を抑え込んだ頃には、お互いもみくちゃでへろへろになっていた。
「はぁ……はぁ……やっと落ち着いたか」
「ふぅ……で、なんて文章なのよ」
はだけた服を直しながら屠自古が聞いてくる。おお、そうだった。うっかり当初の目的を忘れるところであった。
「うむ。……なぁ屠自古、『太子様を抱く』というのはどういう意味なのだ? 太子様の名が入っている以上、悪い意味ではないだろうからやってみるべきだと思っているのだが」
「ざ……ざけんじゃねぇ!」
その瞬間、屠自古の顔が瞬時に真っ赤になり、いきなり雷を落としてきた。
「な、何をする!」
「太子様の尻と言ったかぁぁぁぁぁぁ!」
「言っとらんわ! 貴様耳まで生なのかぁっ!?」
「やらせはせん、やらせはせんぞ! むしろ私がお前を殺ってやんよ!」
もう我の言葉など聞いていない様子で次々に雷を落としてくる屠自古。その顔はかの憎き仏道の神、修羅のようだった。仏像怖い。
たまらず我は逃げ出し、なんとか雷を避けきって部屋を飛び出した。ええい、久々に厄介事がなかったと思えばこれである。なんなのだ一体……
「待てぇい!」
げ、追いかけてきおった。黒焦げにされてはかなわないので霊廟の中を走って逃げる。その途中、三人程小間使いがこっちに歩いてきているのが見えた。……うむ、致し方あるまい、犠牲になってもらうとしよう。
「そこの者、助けてくれ!」
「ん? あぁ、布都様じゃないですか。どうしたんですかそんなに慌てて」
「追われているのだ、頼む、我が逃げる時間を稼いではくれぬか?」
体を寄せ、上目遣いで小間使いを見上げる。
「……命捨てます」
「おぉ、引き受けてくれるか! 感謝するぞ!」
小間使い達が私の来た方向へ向かっていく。ちょろいな。そうと決まれば後は逃げるだけである。
「あぁん? なんだお前ら!」
「す、すみませんが先には行かせません!」
「ざけんじゃねぇ!」
「ぐわあぁぁぁぁーーーーーっ!」
「く、くろこ(げ)だい~~~ん!」
小間使いは犠牲になったのだ……我が逃げる為の犠牲にな……。それにしてもあのキッズ・ウォー気取りめ、人間にも容赦がないな。怖い怖い。
なにはともあれ、私は無事に逃げ切って外へ飛び出した。しかし、特に行くあてがある筈もなく、我は夜の道を歩く。
「……まったく、なんだと言うのだ、屠自古の奴め……いきなり襲いかかってきてなんのつもりだ」
先程の文章を読むなり真っ赤になって襲いかかってきた屠自古。ますます訳がわからなくなってしまった。……もしや、あの文章は人心を惑わす呪法なのか? ううむ、やはり上白沢殿、ただ者ではないな……
「あら、布都様ではありませんか。こんな時間にどうしたのですか?」
「む? ……あぁ、青娥殿か」
不意に背後から声をかけられて振り返ると、青娥殿が立っていた。
「随分お疲れのようですが、何か困り事でも?」
「聞いてくれるか。それがな、青娥殿……」
油断ならない胡散臭さを漂わせている青娥殿は少し苦手だが、他に話せる相手もいないのでこれまでのいきさつを話す。何か妙案が出れば幸いだが……
「成る程、それで、そのわからない言葉とは一体?」
「うむ、これなのだが……」
「なになに……あはは、成る程、これは……」
例の文章を書いた紙を見せた途端、青娥殿はいきなり腹をかかえて笑い始めた。
「何がおかしいのだ?」
「そりゃあ屠自古さんが怒るのも無理がありませんわ。良いですか……」
青娥殿が我に耳打ちをして文章の意味を教えてくれる。それは、確かに恥ずかしいものだった。
「なんと……なんと……!」
自分でも解るほど顔が赤くなる。そんなに恥ずかしい言葉を知らずに我は口にしていたのか……恥ずかしさで頭が布っ都ーしそうだぞ……!
「屠自古さんも勘違いしていたのでしょう。ですが心配はいりません。私から言って誤解を解いてあげましょう」
「なんと、そうしてくれるか。かたじけない……恩に着るぞ!」
「いえいえ、お気になさらず。布都さんの部屋に壁に穴を開けておきますので、そこから入って待っていて下さいな」
若干青娥殿の何かを含んだような笑顔が気になったが、渡りに船とはまさにこのこと。我はすっきりとした気分で青娥殿の後について行った。
その後。我は青娥殿に言われた通り、壁の穴から自室にもどって床についていた。青娥殿が誤解を解いてくれれば、明日屠自古に襲撃されることもないであろう。これで安心して眠れるというものである。
筈だったのだが。
「布都ぉぉぉぉぉぉ!」
「な、なんだ!?」
唐突かつ勢い良く戸が開けられ、屠自古が飛び込んできた。
「私が悪かった……」
何故か号泣している屠自古。
「わかればよい……が、何で泣いておるのだ?」
「お前、さびしかったんだよな」
……は?
「だから太子様を抱きたいとか言っちゃったんでしょう? だがもう大丈夫、私がヤってやんよ!」
「ちょっと待てなんの話だ、って貴様どこを触って」
青娥殿ー、一体おぬしはこやつにどんな説得をしたというのだ!?
「暴れんな暴れんな、とにかく布都んに行こう、な!」
「な、何をする貴様アッー!」
「ナニをしてやろうってんだよ、布都ぉーっ!」
どうしてこう我の周りでは厄介事ばかり起こるのだ!?
迫る屠自古、逃げる我。
一体どうしてこうなった。
なぜか読んでいて思い出したジャンルが再翻訳だった、あれもたまに濃厚な富野語を意図せずして産む事があって…(以下略)、「やってやんよ」も富野作品内に必ずあるに違いない
感想ありがとうございます。お皿の上に壺が乗るだけだから大丈夫大丈夫(適当)やってやんよ……確かに冨野作品にあるかもしれませんねw
>>2様
感想ありがとうございます。ややパロディを詰め込みすぎましたか……あまり入れすぎてもいいというものではありませんね。以後、さじ加減も注意していきたいと思います。