私――十六夜咲夜が紅魔館採用試験の最終問題として出された課題がこれであった。
……ゴールのない迷路。
少し考えてみる。
ここの主――レミリア=スカーレット様は冗談がお好きな方だと思う。
ならばこれは冗談の一種か? そう結論付けて前方を見やるが、当の本人はいたって本気のようだった。
「この迷路のルールを三つ言っておくわね。
一つ目は、先ほども言った通りにゴールはない事。
あなたには思う存分この迷路を彷徨ってもらうわ。
二つ目は、歩いた歩数に応じて食糧を支給するという事。
あなたの腰につけてるその機械が自動的に歩数をカウントしてくれるの。
それに応じて朝と夜の二回食糧を支給してあげるわ。当然の事ながら歩数がゼロに近い場合、食糧は出ないから気をつけてね。
食糧の話をしたから分かるとは思うけど、この迷路を突破するのは一日や二日では絶対に無理だわ。
そうね、早くて二週間。遅くて半年くらいかしら。
そしてこれが三つ目になるんだけど、ギブアップが可能よ。
あなたの迷路での行動は逐一監視しているから、お手上げでもジェスチャーしてくれたらそれで試験はおしまい。
以上で説明は終わり。何か疑問はあるかしら?」
「いえ、特にございません」
意図が分からない以上、とりあえず参加して意図を探るべきだろう。
レミリア様は、ゴールはないといったが、抜け道や出口がないとは言っていない。
そういった頓知が試される迷路といったところか。
「はい、それではスタート。頑張ってね」
私の背後で石の扉が閉められると、もう逃げ場はなかった。
前方に見えるのは無機質な壁と無数に伸びる通路のみ。
進むしかなさそうだった。
進み始めてから豪く不安になる事が分かった。
なぜだろうと考えてすぐにその答えが思いつく。
この迷路には目標がないからだ。
いつかゴールにたどりつくという希望があれば、足取りはそちらに向かって自然と軽くなる。
だが、この迷路にはゴールがないとすでに宣告されているために希望が存在しない。
希望や目標がなければ人というのは歩む事ができない。
「となると、そうね……」
自分で何か目標を設定しなければすぐにへばってしまう。
私は考え、そして思いついたのが腰につけている機械に表示されている歩数だった。
「五千歩歩いたら五分休憩。
二万歩歩いたら一時間休憩としましょうか。
それで一日の目標は八万歩くらいになるかしらね」
歩数に応じて食糧が供給されるという。
と言う事は歩数をいろいろ変えていけば食糧も変わる。
何か変化をつければそれが楽しみとなり、目標となる。
おそらく一ヶ月程度で飽きてしまうだろうから、その間に次の目標を見つけなければいけない。
まぁ時間だけはたくさんあるのだ。ゆっくりと考えればいい。
一日八万歩に当する朝と夜の食糧支給は十分なものと言えた。
お腹いっぱいという程のものではないが、飢えに苦しむ事もない。
八万歩を目安に歩いて行けば当面の食糧は問題なさそうだった。
一日が過ぎ、一週間が過ぎ、二十日が過ぎ。
一ヶ月も過ぎると予想通りに八万歩歩く目標に飽きてきてしまった。
代わりに何かしらの余裕がでてきた。
私は次の目標を食糧支給の限界へと挑む事にした。二十四時間休みなく身体が動けなくなるまで歩いてみるのである。
その結果の食糧支給はとても豪華なものになった。
私自身これ程豪華な食事は食べた事がない。さすが幻想郷でも権力を持つ紅魔館とも言えるだろう。
私はその食糧を三日分に分ける事にした。
次の日は前日の疲れを癒す意味を含めて歩数を五千歩に抑えてみた。
支給された食糧は具の入っていないサンドイッチとコップ一杯の水。
最低限の食料といったところだろう。だが、前日に残しておいた食糧があるため問題なかった。
二ヶ月目はこの歩数による食糧支給の違いを目標にした。
レミリア様のいった通りに歩く歩数がゼロに近いと――私の予測では二千歩以下――食糧支給は行われなかった。
逆に歩数が高ければ高い程に食糧支給は豪華になっていく。
どこまで豪華になっていくのか知りたくもあったが、さすがに人間の限界以上に歩く事はできず測定する事は不可能であった。
「さて、次はいよいよこの迷路の意図かしらね」
この二カ月迷路を歩き続けた感想を纏めてみる。
「二か月歩いても迷路の全通路制覇は無理だったわね。
むしろ昨日なかったはずの通路が増えているのだから、無限に精製されているのかもしれないわね。
レミリア様のご友人に魔法使いがいたからそのせいかもしれないわね」
でたらめに、もしくは気まぐれに無限精製される迷路。
この意図は飽きさせないための工夫と言えるか。
もしくは予測できない未来とも言い変えられるのか。
どちらにしろ、これが迷路の意図に繋がって行くのは間違いなさそうだった。
「最初に感じた疑問、ゴールがないのも気になるわね。
それなのに早くて2週間、遅くても半年で終わるとはどういう意味なのかしら?」
ギブアップとは違う意味のような気がした。
例えば、心が折れる時間だろうか。
一日の歩数を二千歩以下に抑えれば食糧の支給はされない。
それを三日も続ければ普通の人間は倒れてしまう。
ギブアップではなく、続行不能による終わり方である。
「もしくは自殺するまでの時間?
妖怪、妖精しかいない紅魔館で自殺を志願するまでの時間というのもおかしなような気がするけど……」
それを否定する要因は二つあった。
一つ目は迷路に入る前に持ち物検査が行われ、私物の持ち込みが一切できなかった事。
二つ目が私の行動は逐一監視されている事。
何か私に異常行動が見られたらすぐにでも中止する事だろう。
よってこの自殺するまでの時間というのは却下できる。
「終わりがない……。つまり、私が望めば死ぬまでここに彷徨い続ける事となる。
死ぬまで、ね。たかだかメイド採用試験で死ぬまで試験を続けさせられるというのはないと思いたいけど、人間と吸血鬼の時間は違うし、ないとも言い切れないわね。
レミリア様はこの試験によって、私の何かを試している。
その期間が長くて半年と考えるべきなのかしらね」
次の目標が決まった。半年である。
それまでこの迷路に居続ける。それで何かしらのアクションを起こしてこなければ違う事を考えよう。
さすがに半年以上目標もなくこの迷路にいたら私でも気が狂いそうだ。
さいわいな事に半年過ぎたその日、レミリア様が迷路にやってきて試験終了を告げてくれた。
私はひとまず安堵の息を洩らすのだった。
「あなた人間にしてはなかなかだったわね。
半年も持つ奴なんて久しぶりに見たわ」
場所を移して紅魔館の一室。
床には絨毯が敷かれ、部屋の中央には大理石のテーブルと椅子、そしてテーブルの上にはお菓子が数種類と紅茶。
当たり前の光景なのかもしれないが、迷路という無機質な場所に半年もいた私にとってはなつかしいものでもあった。
「では、レミリア様。あの迷路がどんな意図を持っていたのか説明してくださいますか?」
私は開口一番そう言った。
「逆に問うわね。あなたはあの迷路にどんな意味があると思った?
半年も耐えられたのだから、何かしらの答えは出ているのでしょう?」
私はその問いにそうですね、と前置きしてから答えた。
私の中である程度の答えは用意できていたので、答えるのは簡単だった。
「あの迷路は人生を模したものでしょうか。
人生にはゴールはありません。ただひたすら彷徨うだけです。
そして人生を歩んでいれば、当然お腹がすくから食糧が必要となります。
歩いたら歩いた分だけ食糧支給が行われる。あれにはそういう意味があったのではないでしょうか?」
この答えが不完全である事は私にも分かっていた。
その理由は二つあり、一つ目はギブアップが可能であった事。
二つ目が、期間が二週間程度から半年とすでに決まっていた事。
この二つを人生で例える事ができなかった。
「なかなかおもしろい答えを用意してきたわね。
でも、残念ながら外れよ」
「そうですか……」
「おもしろいと言った理由は簡単。
吸血鬼である私がなぜあなたに人生を説く事ができると思ったの?
あなた達の生は私のそれと違ってはるかに短い。残念だけど、私にはあなた達の人生がどんなものであるかは全く理解できないわ」
それを言い切ってしまうレミリア様に私は感銘を受けた。
この方は吸血鬼と人間を違う種族と割り切った上で分け隔てる気がないのだ。簡単に言えば、区別はするけど差別はしない。
レミリア様にとって私が人間であるかどうかなんて関係のない事なのだろう。
要は、私がおもしろいかおもしろくないかだけなのである。
「この迷路はね、いわば仕事を模したものなのよ」
「仕事……ですか?」
「ええ、仕事にゴールはないわ。動けなくなるまで働き続けるだけ。
そして仕事には報酬があるの。仕事をすればするほどその報酬が大きくなるのは当然と言えるわね」
だんだんと不明瞭だった迷路が鮮明になるような気がした。
「ギブアップができるというのも、仕事と答えが出れば理解しやすいわね。
えぇ、あなたが望めば仕事をやめ別の仕事に変える事もできるの。
天職なんて言葉を私は信じないけど、嫌々仕事をやられても私が困るだけだからね」
「では、最初に言った早くても二週間、遅くても半年といった理由は?」
ここまでくれば、その理由もなんとなく分かっていた。
それでもレミリア様に問いたのは、はっきりとその口から聞きたかっただけなのかもしれない。
「これはあくまで採用試験なのよ。
実際に仕事を始めているわけではないの。
よって、最初に言った期間は言わばお試し期間。これからの仕事にあなたがどういった動きするのかを見ていたのよ。
吸血鬼である私の生は長い。あなた達人間の生が閃光のように感じられてしまうぐらいに長い。
そして仕事内容はとても単純で、まるで迷路に彷徨っているような感覚に陥る事でしょうね。
あの迷路を半年彷徨えるだけの忍耐力がないと、私のメイドはとうてい務まらないわ」
そこでレミリア様は一呼吸おいた。
「さて、咲夜。改めて聞くわ。
この最終試験を終わった今でも紅魔館の私の元で働きたいと思う?」
レミリア様の顔は不安を隠しているのが分かった。
吸血鬼の生は長すぎる、ゆえに誰もレミリア様の隣にずっといる事ができなかった。
試験が過酷だったのもそれが理由である。生半可な気持ちを持つ者を、レミリア様はそばに置きたくなかったのだ。
そして、私はこの試験に耐え抜く事ができた。
レミリア様にとって私は、隣に置きたいと感じた人物なのだろう。
だから、レミリア様は私の返答の前に不安がっている。
私がここでノーと言えば、レミリア様はまた一人ぼっちになってしまうのだから。
そこに、吸血鬼と人間という他種族の関係はなかった。
私が人間で、閃光のような短い生しか持たない種族でも、レミリア様はそばにいてくれる事を望んだのだ。
ならば考える時間なんて必要なかった。
「忍耐力なんて必要ありませんでしたわ。
半年待てばきっとレミリア様がお顔を見せてくださる。
それを考えれば、半年なんてあっという間でしたわ。
ですから、これからのレミリア様との生活も楽しみで楽しみでたまらないのです」
「それが……あなたの選択?」
私はできる限りの笑顔を浮かべながら言った。
「他人の迷路に迷いこむのも一興ですわ。
それが、レミリア様が作った迷路となれば、きっと飽きもない楽しいものになるのでしょうね」
それが迷路の通路が無限精製されていた理由。
気まぐれや伊達や酔狂なのかもしれないが、私はなんとなくそこに暖かさを感じていた。
「過ぎた好奇心は猫を殺すよ?」
冷たく言い放つレミリア様。
私はそのレミリア様――いや、お嬢様の質問の意図が分かったから、従者としての答えを返す事にした。
これが私の最初の仕事だった。
「あら、猫だって噛みつきますわ」
どうやら最初の仕事は上手く行ったらしい。
お嬢様は苦笑したような、でもその苦笑を隠したく無表情を取り繕い――でも、口角が引き攣っていて隠せてないような、そんな表情を見せた。
「ずいぶんと瀟洒なメイドなのね」
お嬢様の顔を見て、私は思った。
――あぁ、これからの生活は面白可笑しくなりそうだ、と。
了。
……ゴールのない迷路。
少し考えてみる。
ここの主――レミリア=スカーレット様は冗談がお好きな方だと思う。
ならばこれは冗談の一種か? そう結論付けて前方を見やるが、当の本人はいたって本気のようだった。
「この迷路のルールを三つ言っておくわね。
一つ目は、先ほども言った通りにゴールはない事。
あなたには思う存分この迷路を彷徨ってもらうわ。
二つ目は、歩いた歩数に応じて食糧を支給するという事。
あなたの腰につけてるその機械が自動的に歩数をカウントしてくれるの。
それに応じて朝と夜の二回食糧を支給してあげるわ。当然の事ながら歩数がゼロに近い場合、食糧は出ないから気をつけてね。
食糧の話をしたから分かるとは思うけど、この迷路を突破するのは一日や二日では絶対に無理だわ。
そうね、早くて二週間。遅くて半年くらいかしら。
そしてこれが三つ目になるんだけど、ギブアップが可能よ。
あなたの迷路での行動は逐一監視しているから、お手上げでもジェスチャーしてくれたらそれで試験はおしまい。
以上で説明は終わり。何か疑問はあるかしら?」
「いえ、特にございません」
意図が分からない以上、とりあえず参加して意図を探るべきだろう。
レミリア様は、ゴールはないといったが、抜け道や出口がないとは言っていない。
そういった頓知が試される迷路といったところか。
「はい、それではスタート。頑張ってね」
私の背後で石の扉が閉められると、もう逃げ場はなかった。
前方に見えるのは無機質な壁と無数に伸びる通路のみ。
進むしかなさそうだった。
進み始めてから豪く不安になる事が分かった。
なぜだろうと考えてすぐにその答えが思いつく。
この迷路には目標がないからだ。
いつかゴールにたどりつくという希望があれば、足取りはそちらに向かって自然と軽くなる。
だが、この迷路にはゴールがないとすでに宣告されているために希望が存在しない。
希望や目標がなければ人というのは歩む事ができない。
「となると、そうね……」
自分で何か目標を設定しなければすぐにへばってしまう。
私は考え、そして思いついたのが腰につけている機械に表示されている歩数だった。
「五千歩歩いたら五分休憩。
二万歩歩いたら一時間休憩としましょうか。
それで一日の目標は八万歩くらいになるかしらね」
歩数に応じて食糧が供給されるという。
と言う事は歩数をいろいろ変えていけば食糧も変わる。
何か変化をつければそれが楽しみとなり、目標となる。
おそらく一ヶ月程度で飽きてしまうだろうから、その間に次の目標を見つけなければいけない。
まぁ時間だけはたくさんあるのだ。ゆっくりと考えればいい。
一日八万歩に当する朝と夜の食糧支給は十分なものと言えた。
お腹いっぱいという程のものではないが、飢えに苦しむ事もない。
八万歩を目安に歩いて行けば当面の食糧は問題なさそうだった。
一日が過ぎ、一週間が過ぎ、二十日が過ぎ。
一ヶ月も過ぎると予想通りに八万歩歩く目標に飽きてきてしまった。
代わりに何かしらの余裕がでてきた。
私は次の目標を食糧支給の限界へと挑む事にした。二十四時間休みなく身体が動けなくなるまで歩いてみるのである。
その結果の食糧支給はとても豪華なものになった。
私自身これ程豪華な食事は食べた事がない。さすが幻想郷でも権力を持つ紅魔館とも言えるだろう。
私はその食糧を三日分に分ける事にした。
次の日は前日の疲れを癒す意味を含めて歩数を五千歩に抑えてみた。
支給された食糧は具の入っていないサンドイッチとコップ一杯の水。
最低限の食料といったところだろう。だが、前日に残しておいた食糧があるため問題なかった。
二ヶ月目はこの歩数による食糧支給の違いを目標にした。
レミリア様のいった通りに歩く歩数がゼロに近いと――私の予測では二千歩以下――食糧支給は行われなかった。
逆に歩数が高ければ高い程に食糧支給は豪華になっていく。
どこまで豪華になっていくのか知りたくもあったが、さすがに人間の限界以上に歩く事はできず測定する事は不可能であった。
「さて、次はいよいよこの迷路の意図かしらね」
この二カ月迷路を歩き続けた感想を纏めてみる。
「二か月歩いても迷路の全通路制覇は無理だったわね。
むしろ昨日なかったはずの通路が増えているのだから、無限に精製されているのかもしれないわね。
レミリア様のご友人に魔法使いがいたからそのせいかもしれないわね」
でたらめに、もしくは気まぐれに無限精製される迷路。
この意図は飽きさせないための工夫と言えるか。
もしくは予測できない未来とも言い変えられるのか。
どちらにしろ、これが迷路の意図に繋がって行くのは間違いなさそうだった。
「最初に感じた疑問、ゴールがないのも気になるわね。
それなのに早くて2週間、遅くても半年で終わるとはどういう意味なのかしら?」
ギブアップとは違う意味のような気がした。
例えば、心が折れる時間だろうか。
一日の歩数を二千歩以下に抑えれば食糧の支給はされない。
それを三日も続ければ普通の人間は倒れてしまう。
ギブアップではなく、続行不能による終わり方である。
「もしくは自殺するまでの時間?
妖怪、妖精しかいない紅魔館で自殺を志願するまでの時間というのもおかしなような気がするけど……」
それを否定する要因は二つあった。
一つ目は迷路に入る前に持ち物検査が行われ、私物の持ち込みが一切できなかった事。
二つ目が私の行動は逐一監視されている事。
何か私に異常行動が見られたらすぐにでも中止する事だろう。
よってこの自殺するまでの時間というのは却下できる。
「終わりがない……。つまり、私が望めば死ぬまでここに彷徨い続ける事となる。
死ぬまで、ね。たかだかメイド採用試験で死ぬまで試験を続けさせられるというのはないと思いたいけど、人間と吸血鬼の時間は違うし、ないとも言い切れないわね。
レミリア様はこの試験によって、私の何かを試している。
その期間が長くて半年と考えるべきなのかしらね」
次の目標が決まった。半年である。
それまでこの迷路に居続ける。それで何かしらのアクションを起こしてこなければ違う事を考えよう。
さすがに半年以上目標もなくこの迷路にいたら私でも気が狂いそうだ。
さいわいな事に半年過ぎたその日、レミリア様が迷路にやってきて試験終了を告げてくれた。
私はひとまず安堵の息を洩らすのだった。
「あなた人間にしてはなかなかだったわね。
半年も持つ奴なんて久しぶりに見たわ」
場所を移して紅魔館の一室。
床には絨毯が敷かれ、部屋の中央には大理石のテーブルと椅子、そしてテーブルの上にはお菓子が数種類と紅茶。
当たり前の光景なのかもしれないが、迷路という無機質な場所に半年もいた私にとってはなつかしいものでもあった。
「では、レミリア様。あの迷路がどんな意図を持っていたのか説明してくださいますか?」
私は開口一番そう言った。
「逆に問うわね。あなたはあの迷路にどんな意味があると思った?
半年も耐えられたのだから、何かしらの答えは出ているのでしょう?」
私はその問いにそうですね、と前置きしてから答えた。
私の中である程度の答えは用意できていたので、答えるのは簡単だった。
「あの迷路は人生を模したものでしょうか。
人生にはゴールはありません。ただひたすら彷徨うだけです。
そして人生を歩んでいれば、当然お腹がすくから食糧が必要となります。
歩いたら歩いた分だけ食糧支給が行われる。あれにはそういう意味があったのではないでしょうか?」
この答えが不完全である事は私にも分かっていた。
その理由は二つあり、一つ目はギブアップが可能であった事。
二つ目が、期間が二週間程度から半年とすでに決まっていた事。
この二つを人生で例える事ができなかった。
「なかなかおもしろい答えを用意してきたわね。
でも、残念ながら外れよ」
「そうですか……」
「おもしろいと言った理由は簡単。
吸血鬼である私がなぜあなたに人生を説く事ができると思ったの?
あなた達の生は私のそれと違ってはるかに短い。残念だけど、私にはあなた達の人生がどんなものであるかは全く理解できないわ」
それを言い切ってしまうレミリア様に私は感銘を受けた。
この方は吸血鬼と人間を違う種族と割り切った上で分け隔てる気がないのだ。簡単に言えば、区別はするけど差別はしない。
レミリア様にとって私が人間であるかどうかなんて関係のない事なのだろう。
要は、私がおもしろいかおもしろくないかだけなのである。
「この迷路はね、いわば仕事を模したものなのよ」
「仕事……ですか?」
「ええ、仕事にゴールはないわ。動けなくなるまで働き続けるだけ。
そして仕事には報酬があるの。仕事をすればするほどその報酬が大きくなるのは当然と言えるわね」
だんだんと不明瞭だった迷路が鮮明になるような気がした。
「ギブアップができるというのも、仕事と答えが出れば理解しやすいわね。
えぇ、あなたが望めば仕事をやめ別の仕事に変える事もできるの。
天職なんて言葉を私は信じないけど、嫌々仕事をやられても私が困るだけだからね」
「では、最初に言った早くても二週間、遅くても半年といった理由は?」
ここまでくれば、その理由もなんとなく分かっていた。
それでもレミリア様に問いたのは、はっきりとその口から聞きたかっただけなのかもしれない。
「これはあくまで採用試験なのよ。
実際に仕事を始めているわけではないの。
よって、最初に言った期間は言わばお試し期間。これからの仕事にあなたがどういった動きするのかを見ていたのよ。
吸血鬼である私の生は長い。あなた達人間の生が閃光のように感じられてしまうぐらいに長い。
そして仕事内容はとても単純で、まるで迷路に彷徨っているような感覚に陥る事でしょうね。
あの迷路を半年彷徨えるだけの忍耐力がないと、私のメイドはとうてい務まらないわ」
そこでレミリア様は一呼吸おいた。
「さて、咲夜。改めて聞くわ。
この最終試験を終わった今でも紅魔館の私の元で働きたいと思う?」
レミリア様の顔は不安を隠しているのが分かった。
吸血鬼の生は長すぎる、ゆえに誰もレミリア様の隣にずっといる事ができなかった。
試験が過酷だったのもそれが理由である。生半可な気持ちを持つ者を、レミリア様はそばに置きたくなかったのだ。
そして、私はこの試験に耐え抜く事ができた。
レミリア様にとって私は、隣に置きたいと感じた人物なのだろう。
だから、レミリア様は私の返答の前に不安がっている。
私がここでノーと言えば、レミリア様はまた一人ぼっちになってしまうのだから。
そこに、吸血鬼と人間という他種族の関係はなかった。
私が人間で、閃光のような短い生しか持たない種族でも、レミリア様はそばにいてくれる事を望んだのだ。
ならば考える時間なんて必要なかった。
「忍耐力なんて必要ありませんでしたわ。
半年待てばきっとレミリア様がお顔を見せてくださる。
それを考えれば、半年なんてあっという間でしたわ。
ですから、これからのレミリア様との生活も楽しみで楽しみでたまらないのです」
「それが……あなたの選択?」
私はできる限りの笑顔を浮かべながら言った。
「他人の迷路に迷いこむのも一興ですわ。
それが、レミリア様が作った迷路となれば、きっと飽きもない楽しいものになるのでしょうね」
それが迷路の通路が無限精製されていた理由。
気まぐれや伊達や酔狂なのかもしれないが、私はなんとなくそこに暖かさを感じていた。
「過ぎた好奇心は猫を殺すよ?」
冷たく言い放つレミリア様。
私はそのレミリア様――いや、お嬢様の質問の意図が分かったから、従者としての答えを返す事にした。
これが私の最初の仕事だった。
「あら、猫だって噛みつきますわ」
どうやら最初の仕事は上手く行ったらしい。
お嬢様は苦笑したような、でもその苦笑を隠したく無表情を取り繕い――でも、口角が引き攣っていて隠せてないような、そんな表情を見せた。
「ずいぶんと瀟洒なメイドなのね」
お嬢様の顔を見て、私は思った。
――あぁ、これからの生活は面白可笑しくなりそうだ、と。
了。
機械的というか、何というか。
終盤で咲夜が感銘を受けたり、主従の絆が書かれてる部分もあるんですが、そんなハートフルな内容は微塵も感じられませんでした。
過酷な試験は苦悩も苦闘もなく、あっという間に時間が過ぎるし、それに真面目に全力に挑戦する咲夜の意図も分からない。理解不能です。
感情移入の欠片も無く読み進めていくと、理解不能だからこそ、吸血鬼のメイドになれるというレミリアの言葉にぶつかります。そして既にレミリアにメロメロな咲夜さんはレミリアに歩み寄る。
そこには私では理解しえない、完成された関係があるんだと、読者を置き去りにして2人の世界を創ってしまったんだと、そんなことを感じました。
不思議なバランスの良い作品でした。ありがとうございました。
この感じは好きです
迷路の意図はなるほどと言った感じで、なかなか面白かったです
もっと深く掘り下げた描写があればよりどっぷりと嵌り込んでいたと思います。