「う゛わあぁぁぁぁん!! ごわいよおぉぉぉお!」
「に゛ゃぁぁぁぁぁあ!! だずげでぇぇぇぇえ!」
地霊殿にお燐達の泣き叫ぶ声が響き渡る。
「わるいこはいねがー! わるいこはいねがー!」
鬼の面をして、蓑を着、包丁と太鼓をもった不審者が、抱き合って泣き喚くお燐とお空の周りをぐるぐる回る。
時々「わるいこはいねがー!!」「なぐこはいねがー!!」と大声で叫んだり、太鼓を叩いたりしている。
大きな音に反応してまたお燐とお空が泣き叫ぶ。
一体どうしてこうなったのか。私、古明地こいしは、呆れながらその風景を眺めていた。
さとりとなまはげ
事の発端は昨日だった。
三時のおやつの時間になったので、昨日地上で買ってきたクッキーをもってお姉ちゃんの部屋に行った時のこと。
コンコン。
お姉ちゃんの部屋の扉をノックする。直ぐに「いますよー」という返事が返ってくる。
ドアを開けてお姉ちゃんの部屋に入る。
「おねえちゃーん、おやつにしよー」
「ああ、こいし、ちょっと待って下さい。今いいところなので」
そこには、蓑を着て、万能包丁を振るって一心不乱に木材を削るお姉ちゃんの姿が。
何を言っているのかわからないと思うけど、私も何が起きているのかわからなかった。
いつものバラ柄のひらひらスカートや、ハートのボタンが付いたかわいい上着は一体どこへ言ってしまったのだろうか。
なぜ包丁を持って木材に立ち向かっているのだろうか。
何一つ理解できないカオスな状況である。
「な、何をしているの? お姉ちゃん……?」
「実はですね、『なまはげ』というのを本で読んだので、どうせだからやってみようと思いまして」
「なまはげ? 妖怪かなにか?」
「鬼の一種らしいです。旧正月に鬼の面を付けて蓑を着て変装し、子供たちを脅かすことでしつけをするらしいです」
外の世界の行事か何かなのだろうか。この怪しい儀式はなまはげというものが関わっているらしい。
確かに包丁で木を刻むその行為は意味不明すぎて怖い。子供を脅かすという効果は十二分に備わっている。
「で、その木はいったいなに?」
「鬼のお面がなかったので、木を削って作ろうと思ったのですが…… なかなかうまく行かないですね」
「なんで木を削るのに包丁使ってるのさ! 鑿とか使おうよ! さすがの万能包丁も食材以外を受け入れるほど寛容じゃないよ!」
「なまはげは包丁の使い手だそうなので、包丁を使ったほうがうまく出来るかなぁと」
なるほど、まったくわからん。
意味不明さには私も定評があるが、お姉ちゃんも時々理解できないことをし始める。意味不明さはさとり妖怪の特徴なのだろうか。
一応、鬼のお面を作ろうとしていることだけは理解できた。
このまま放置しておいてもいいのだが、そうすると包丁で指とか切りかねない。
「自分で作らないで、こういうの上手い人に頼んだほうがいいんじゃない? 勇儀さんとかに頼めばすぐ作ってくれそうだけど」
鬼達は豪快な性格や凄まじい怪力のわりにはかなり器用だ。お礼にお酒の一本でも持っていけば、お面ぐらいすぐに作ってくれるだろう。
「たしかに餅は餅屋、鬼は鬼屋ですね。それでは今から勇儀さんのところに行ってきます」
「いってらっしゃい」
鬼屋という謎の商売を生み出したお姉ちゃんは、蓑を着た格好のまま、包丁と木材を抱えて出て行ってしまった。
いつもは意地でも動こうとしない出不精のお姉ちゃんだが、こういう時だけは動くのが早い。
あ、一緒にお茶しようと思ってたの忘れてた。どうしようこのおかし。
仕方ない、私が二人分のクッキーを食べるしよう。もぐもぐ。このクッキー美味しい。
---
その日、お姉ちゃんは帰って来なかった。鬼たちに捕まって宴会にでも巻き込まれたのだろうか。
お姉ちゃんが無断でいなくなると、ペット達が不安がるからやめて欲しいんだけどなぁ。
晩御飯が終わっても帰ってこないお姉ちゃんに、ペット達は不安を募らせているようだ。
お燐が居ても立ってもいられない感じでうろうろしながらお姉ちゃんを探しているし、お空もうにゅうにゅ言いながら自分の羽をむしってる。
「ほら、お燐、ちょっと落ち着きなさい。お空もそんなにむしっちゃ綺麗な羽が台無しよ。どうせお姉ちゃんは勇儀さんたちにつかまって飲んでるだけだって」
「うにゅう……」
お空がしょげかえる。黒い瞳が不安げに揺れている。
「さとりさまぁ、ここにいたんですね!」
お燐がゴミ箱までひっくり返してエアお姉ちゃんをはじめてる。精神的にかなりやばいようだ。
他の子達もうろうろしたり、落ち着かない様子だ。終いには泣き出す子もでてくる。
はぁ、仕方ない。
全員集めて、片っ端から撫で回す。しばらくすると、私や他の子達の体温を感じて落ち着いたようで、みんな大人しくなる。
このあと、不安定なペットたちを放置するわけにもいかず、みんなで寄り添いながら、お風呂に入り、一つのベッドで眠るのであった。
---
明くる日。一日寝たことで多少落ち着いてきた朝のこと。
その不審者達はいきなり現れた。
「わるいごはいねがー!!!」
「なぐこはいねがー!!」
「ねたましいわっ!!」
鬼の面(迫力満点の力作で、端からみてても結構怖い)を付け、蓑を着、血塗れの万能包丁(誰の血だろうか)や太鼓を持った三人組のなまはげ達が地霊殿に来襲した。
運悪く真っ先にエンカウントしたのは、仕事に向かおうとしていたお燐とお空だった。
「う゛にゅう!?」
「に゛ゃぁん!?」
逃げる間もなくなまはげ達に囲まれる二人。
太鼓を鳴らしたり、大声を挙げながら二人の回りをまわる三人組。すごい騒音だ。
「わるいごはいねがー!!!」
「なぐこはいねがー!!」
「パルパルパルパル!!」
「う゛わあぁぁぁぁん!! ごわいよおぉぉぉお!」
「に゛ゃぁぁぁぁぁあ!! だずげでぇぇぇぇえ!」
泣き叫び抱き合う二人。
こんな不審者達、普段ならとっくに吹き飛ばしているだろう。しかし昨日のことで精神的に弱っているようで、反撃する力も気力もないのだろう。縮こまって震えるばかりだ。
あのなまはげ、一人はお姉ちゃんだろう。もう一人は立派な角があるから勇義さんだろうし、あと一人はお面の隙間から緑色の目が見えるからパルちゃんかな?
みんなお面をかぶっている上、二人とも気が動転していて、なまはげの正体に気づいていないようだ。
「あ~、どうしようかなぁ」
お姉ちゃんだけならまだしも、部外者までお仕置きするのは気が引ける。でもああも泣き叫んでるお燐たちを放置するのは良心が痛む。
そう悩んでいると、二人が急に大人しくなり、こちらに向かってきた。
「どうしたの? 勇義さん、パルちゃん?」
「いや、なんか聞いていたのと感じが違ってなぁ」
「ええ、猫と烏が泣きわめくだけなんて、全然妬ましくないわ」
お姉ちゃんの話したところによると、最初に多少脅かして、あとは仲良くわいわい宴会をやる程度になる予定だったらしい。泣き叫ばれるのは想定の範囲外だったようだ。
確かに、お燐たちは地霊殿の仕事もできるほど成熟している。この程度の子供だまし、普段ならそんなに怖がることはなかっただろう。
「久しぶりに空の奴と力比べでもしようかと思ってきたのだが、これじゃあ無理そうだね」
「いやぁ、昨日お姉ちゃんが何も告げずに急に出かけちゃったから、みんな情緒不安定でさぁ……」
「さとりがすこしいなくなるだけでこんなにひどくなるのか…… さすが依存し過ぎじゃあないか?」
「仲がいいわね、妬ましい」
お燐たちの方に目をやる。
二人は抜けたのだが、お姉ちゃん一人になっても騒々しさは変わらない。むしろ余計うるさくなっている気さえする。
すごい勢いで二人の周りを回りながら、太鼓を打ち鳴らす。テンションが上ってるのか、目にも留まらぬ速さで動いている。あまりの速さに残像が見えるほどだ。普段のお姉ちゃんからは想像できない。
「さとりってあんなに速く動けたのか。いつもはナメクジが這う速度よりもとろいのに。ヘタすると天狗並みに速くないか?」
「多分想起の力を使ってるんだと思うよ。この前天狗さんが取材に来てたし、その時のことをを思い出して使ってるんじゃないかなぁ」
「トリック・オア・トリートぉぉぉ!!!」
意味不明な叫び声を上げるお姉ちゃん。動きもどんどんフリーダムになっていく。
残像の一人が太鼓を叩き、もう一人が包丁を振り回す。一人が白鳥の湖を踊り始め、他の一人がブリッジを始め、そのまま歩き出す。うわぁ、動きがキモすぎる。
あれは子供じゃなくても泣く。というか私も泣きそう。主にお姉ちゃんが残念すぎるせいで。
「ねえ、なんかさとり増えてない?」
「残像じゃなくて分身してるのかなぁ? 私も知らないスペルカードだけど、誰かが知ってたのを想起したのかもね」
器用さなら他の追随を許さないお姉ちゃん。どんな能力でも再現してしまう。
分身する能力なんて私はみたことないけど、誰かが知っていたのを想起で真似しているのだろう。
「なんでも真似することができるなんて便利な能力ね、妬ましい」
「いやぁ、そんなに便利じゃないよ?」
そもそもさとり妖怪は妖怪の中ではかなり貧弱な部類に入る。確かに心を読む能力や想起の力は強力かもしれないが、身体能力は人間と同じぐらいだ。霊力や魔力だってそんなに高いわけではない。
そんなさとり妖怪の中でも特に貧弱なのがお姉ちゃんだ。そんなお姉ちゃんが妖怪の中でも丈夫な部類に入る天狗と同じ速さで動いたり、明らかに高度な術である分身なんかを真似したらどうなるか。結果は目に見えている。
「ひゃっはー!! 最初からクライマックスだぜー!!」
「ざどりざまぁ!!だずげでぇぇぇ!!!」
「うわぁぁぁん!!もうおうぢがえるー!!」
「なあ、さとりのこと止めなくていいのか? さすがにああも泣かれると、気が咎めるんだが」
強面で評判の勇儀さんだが、泣く子には勝てないらしい。
「お姉ちゃんがああなっちゃうと止めるのも一苦労だし、もうそろそろ止まると思うよ?」
テンションが最高潮に達したのか、更に速度を上げるお姉ちゃん。あまりの速さに衝撃波が発生してステンドグラスが割れる。
分身たちが組体操でピラミッドを作り始める。もう何がしたいのかさっぱりわからない。
そんなやりたい放題をしていたお姉ちゃんだが、あっけなく終わりが訪れる。
ぐきりっ!
突然、嫌な音が地霊殿に響く。
「今、何か鈍い音しなかったか?」
「したわね、なんの音?」
「多分お姉ちゃんの体が限界を迎えた音だよ」
「ぬわぁぁぁぁぁあ!」
急に消える分身たちに、腰を押さえてうずくまるお姉ちゃん。
やっちゃったみたいだね。
「どういうことだ?」
「お姉ちゃん貧弱だからね、天狗の真似なんかして高速で動き続けるなんてしたら、すぐ体がついていかなくなるんだよ。普段なら体がもたなくなる前にセーブするんだけど……」
「調子に乗りすぎて引き際を誤ったのね、妬ましい」
「ひぎいぃぃぃ!」
大声を上げて転げまわるお姉ちゃん。おそらく腰だけじゃなくて、そこらじゅうを痛めたのだろう。
苦しむお姉ちゃんなまはげをみたを見たお空は、制御棒を向ける。
弱った敵を叩くという、お姉ちゃんの教えを忠実に守るのは感心する。けどそんな追い打ちをかけなくても。
「うううぅぅぅにゅうううぅぅぅ!!!」
光りだすお空。立ち昇る陽炎。鳴り響く警告音。ヤバイ、お空、全力全開でぶちかますつもりだ!!
「ちょ、ちょっと待っておく……」
爆符「ペタフレア」
止めるまもなく放たれるスペルカード。ばら撒かれ、いたるところで爆発する太陽弾。
そして、地霊殿は核の炎に包まれたのであった。
---
「燐? 撫でてあげるからこっちにおいで?」
「ツーン」
お空のスペカで半壊した地霊殿だったが、勇儀さんがすぐに修理してくれた。
「空? ゆでたまごありますよ? 食べませんか?」
「ツーン」
体を酷使したお姉ちゃんだったが、短時間だけだったせいか、大した怪我もせずに済んだようだ。
「ううう、こいしぃ……」
「自業自得だと思うよ?」
あの後正体がバレたお姉ちゃんは、今もペット達に無視されている。
「だって、泣く燐や空なんて久しぶりに見たんですもの……」
昔は泣き虫でお姉ちゃんベッタリだったペット達も、今は立派に仕事をするようになり、そう簡単には泣いたりしなくなった。
そんなお燐達が泣き叫ぶ姿を見て、変なところが刺激されたらしい。
「だからってやり過ぎでしょう。少し反省してなさい」
「はい……」
まったく、お姉ちゃんには困ったものだ。
「に゛ゃぁぁぁぁぁあ!! だずげでぇぇぇぇえ!」
地霊殿にお燐達の泣き叫ぶ声が響き渡る。
「わるいこはいねがー! わるいこはいねがー!」
鬼の面をして、蓑を着、包丁と太鼓をもった不審者が、抱き合って泣き喚くお燐とお空の周りをぐるぐる回る。
時々「わるいこはいねがー!!」「なぐこはいねがー!!」と大声で叫んだり、太鼓を叩いたりしている。
大きな音に反応してまたお燐とお空が泣き叫ぶ。
一体どうしてこうなったのか。私、古明地こいしは、呆れながらその風景を眺めていた。
さとりとなまはげ
事の発端は昨日だった。
三時のおやつの時間になったので、昨日地上で買ってきたクッキーをもってお姉ちゃんの部屋に行った時のこと。
コンコン。
お姉ちゃんの部屋の扉をノックする。直ぐに「いますよー」という返事が返ってくる。
ドアを開けてお姉ちゃんの部屋に入る。
「おねえちゃーん、おやつにしよー」
「ああ、こいし、ちょっと待って下さい。今いいところなので」
そこには、蓑を着て、万能包丁を振るって一心不乱に木材を削るお姉ちゃんの姿が。
何を言っているのかわからないと思うけど、私も何が起きているのかわからなかった。
いつものバラ柄のひらひらスカートや、ハートのボタンが付いたかわいい上着は一体どこへ言ってしまったのだろうか。
なぜ包丁を持って木材に立ち向かっているのだろうか。
何一つ理解できないカオスな状況である。
「な、何をしているの? お姉ちゃん……?」
「実はですね、『なまはげ』というのを本で読んだので、どうせだからやってみようと思いまして」
「なまはげ? 妖怪かなにか?」
「鬼の一種らしいです。旧正月に鬼の面を付けて蓑を着て変装し、子供たちを脅かすことでしつけをするらしいです」
外の世界の行事か何かなのだろうか。この怪しい儀式はなまはげというものが関わっているらしい。
確かに包丁で木を刻むその行為は意味不明すぎて怖い。子供を脅かすという効果は十二分に備わっている。
「で、その木はいったいなに?」
「鬼のお面がなかったので、木を削って作ろうと思ったのですが…… なかなかうまく行かないですね」
「なんで木を削るのに包丁使ってるのさ! 鑿とか使おうよ! さすがの万能包丁も食材以外を受け入れるほど寛容じゃないよ!」
「なまはげは包丁の使い手だそうなので、包丁を使ったほうがうまく出来るかなぁと」
なるほど、まったくわからん。
意味不明さには私も定評があるが、お姉ちゃんも時々理解できないことをし始める。意味不明さはさとり妖怪の特徴なのだろうか。
一応、鬼のお面を作ろうとしていることだけは理解できた。
このまま放置しておいてもいいのだが、そうすると包丁で指とか切りかねない。
「自分で作らないで、こういうの上手い人に頼んだほうがいいんじゃない? 勇儀さんとかに頼めばすぐ作ってくれそうだけど」
鬼達は豪快な性格や凄まじい怪力のわりにはかなり器用だ。お礼にお酒の一本でも持っていけば、お面ぐらいすぐに作ってくれるだろう。
「たしかに餅は餅屋、鬼は鬼屋ですね。それでは今から勇儀さんのところに行ってきます」
「いってらっしゃい」
鬼屋という謎の商売を生み出したお姉ちゃんは、蓑を着た格好のまま、包丁と木材を抱えて出て行ってしまった。
いつもは意地でも動こうとしない出不精のお姉ちゃんだが、こういう時だけは動くのが早い。
あ、一緒にお茶しようと思ってたの忘れてた。どうしようこのおかし。
仕方ない、私が二人分のクッキーを食べるしよう。もぐもぐ。このクッキー美味しい。
---
その日、お姉ちゃんは帰って来なかった。鬼たちに捕まって宴会にでも巻き込まれたのだろうか。
お姉ちゃんが無断でいなくなると、ペット達が不安がるからやめて欲しいんだけどなぁ。
晩御飯が終わっても帰ってこないお姉ちゃんに、ペット達は不安を募らせているようだ。
お燐が居ても立ってもいられない感じでうろうろしながらお姉ちゃんを探しているし、お空もうにゅうにゅ言いながら自分の羽をむしってる。
「ほら、お燐、ちょっと落ち着きなさい。お空もそんなにむしっちゃ綺麗な羽が台無しよ。どうせお姉ちゃんは勇儀さんたちにつかまって飲んでるだけだって」
「うにゅう……」
お空がしょげかえる。黒い瞳が不安げに揺れている。
「さとりさまぁ、ここにいたんですね!」
お燐がゴミ箱までひっくり返してエアお姉ちゃんをはじめてる。精神的にかなりやばいようだ。
他の子達もうろうろしたり、落ち着かない様子だ。終いには泣き出す子もでてくる。
はぁ、仕方ない。
全員集めて、片っ端から撫で回す。しばらくすると、私や他の子達の体温を感じて落ち着いたようで、みんな大人しくなる。
このあと、不安定なペットたちを放置するわけにもいかず、みんなで寄り添いながら、お風呂に入り、一つのベッドで眠るのであった。
---
明くる日。一日寝たことで多少落ち着いてきた朝のこと。
その不審者達はいきなり現れた。
「わるいごはいねがー!!!」
「なぐこはいねがー!!」
「ねたましいわっ!!」
鬼の面(迫力満点の力作で、端からみてても結構怖い)を付け、蓑を着、血塗れの万能包丁(誰の血だろうか)や太鼓を持った三人組のなまはげ達が地霊殿に来襲した。
運悪く真っ先にエンカウントしたのは、仕事に向かおうとしていたお燐とお空だった。
「う゛にゅう!?」
「に゛ゃぁん!?」
逃げる間もなくなまはげ達に囲まれる二人。
太鼓を鳴らしたり、大声を挙げながら二人の回りをまわる三人組。すごい騒音だ。
「わるいごはいねがー!!!」
「なぐこはいねがー!!」
「パルパルパルパル!!」
「う゛わあぁぁぁぁん!! ごわいよおぉぉぉお!」
「に゛ゃぁぁぁぁぁあ!! だずげでぇぇぇぇえ!」
泣き叫び抱き合う二人。
こんな不審者達、普段ならとっくに吹き飛ばしているだろう。しかし昨日のことで精神的に弱っているようで、反撃する力も気力もないのだろう。縮こまって震えるばかりだ。
あのなまはげ、一人はお姉ちゃんだろう。もう一人は立派な角があるから勇義さんだろうし、あと一人はお面の隙間から緑色の目が見えるからパルちゃんかな?
みんなお面をかぶっている上、二人とも気が動転していて、なまはげの正体に気づいていないようだ。
「あ~、どうしようかなぁ」
お姉ちゃんだけならまだしも、部外者までお仕置きするのは気が引ける。でもああも泣き叫んでるお燐たちを放置するのは良心が痛む。
そう悩んでいると、二人が急に大人しくなり、こちらに向かってきた。
「どうしたの? 勇義さん、パルちゃん?」
「いや、なんか聞いていたのと感じが違ってなぁ」
「ええ、猫と烏が泣きわめくだけなんて、全然妬ましくないわ」
お姉ちゃんの話したところによると、最初に多少脅かして、あとは仲良くわいわい宴会をやる程度になる予定だったらしい。泣き叫ばれるのは想定の範囲外だったようだ。
確かに、お燐たちは地霊殿の仕事もできるほど成熟している。この程度の子供だまし、普段ならそんなに怖がることはなかっただろう。
「久しぶりに空の奴と力比べでもしようかと思ってきたのだが、これじゃあ無理そうだね」
「いやぁ、昨日お姉ちゃんが何も告げずに急に出かけちゃったから、みんな情緒不安定でさぁ……」
「さとりがすこしいなくなるだけでこんなにひどくなるのか…… さすが依存し過ぎじゃあないか?」
「仲がいいわね、妬ましい」
お燐たちの方に目をやる。
二人は抜けたのだが、お姉ちゃん一人になっても騒々しさは変わらない。むしろ余計うるさくなっている気さえする。
すごい勢いで二人の周りを回りながら、太鼓を打ち鳴らす。テンションが上ってるのか、目にも留まらぬ速さで動いている。あまりの速さに残像が見えるほどだ。普段のお姉ちゃんからは想像できない。
「さとりってあんなに速く動けたのか。いつもはナメクジが這う速度よりもとろいのに。ヘタすると天狗並みに速くないか?」
「多分想起の力を使ってるんだと思うよ。この前天狗さんが取材に来てたし、その時のことをを思い出して使ってるんじゃないかなぁ」
「トリック・オア・トリートぉぉぉ!!!」
意味不明な叫び声を上げるお姉ちゃん。動きもどんどんフリーダムになっていく。
残像の一人が太鼓を叩き、もう一人が包丁を振り回す。一人が白鳥の湖を踊り始め、他の一人がブリッジを始め、そのまま歩き出す。うわぁ、動きがキモすぎる。
あれは子供じゃなくても泣く。というか私も泣きそう。主にお姉ちゃんが残念すぎるせいで。
「ねえ、なんかさとり増えてない?」
「残像じゃなくて分身してるのかなぁ? 私も知らないスペルカードだけど、誰かが知ってたのを想起したのかもね」
器用さなら他の追随を許さないお姉ちゃん。どんな能力でも再現してしまう。
分身する能力なんて私はみたことないけど、誰かが知っていたのを想起で真似しているのだろう。
「なんでも真似することができるなんて便利な能力ね、妬ましい」
「いやぁ、そんなに便利じゃないよ?」
そもそもさとり妖怪は妖怪の中ではかなり貧弱な部類に入る。確かに心を読む能力や想起の力は強力かもしれないが、身体能力は人間と同じぐらいだ。霊力や魔力だってそんなに高いわけではない。
そんなさとり妖怪の中でも特に貧弱なのがお姉ちゃんだ。そんなお姉ちゃんが妖怪の中でも丈夫な部類に入る天狗と同じ速さで動いたり、明らかに高度な術である分身なんかを真似したらどうなるか。結果は目に見えている。
「ひゃっはー!! 最初からクライマックスだぜー!!」
「ざどりざまぁ!!だずげでぇぇぇ!!!」
「うわぁぁぁん!!もうおうぢがえるー!!」
「なあ、さとりのこと止めなくていいのか? さすがにああも泣かれると、気が咎めるんだが」
強面で評判の勇儀さんだが、泣く子には勝てないらしい。
「お姉ちゃんがああなっちゃうと止めるのも一苦労だし、もうそろそろ止まると思うよ?」
テンションが最高潮に達したのか、更に速度を上げるお姉ちゃん。あまりの速さに衝撃波が発生してステンドグラスが割れる。
分身たちが組体操でピラミッドを作り始める。もう何がしたいのかさっぱりわからない。
そんなやりたい放題をしていたお姉ちゃんだが、あっけなく終わりが訪れる。
ぐきりっ!
突然、嫌な音が地霊殿に響く。
「今、何か鈍い音しなかったか?」
「したわね、なんの音?」
「多分お姉ちゃんの体が限界を迎えた音だよ」
「ぬわぁぁぁぁぁあ!」
急に消える分身たちに、腰を押さえてうずくまるお姉ちゃん。
やっちゃったみたいだね。
「どういうことだ?」
「お姉ちゃん貧弱だからね、天狗の真似なんかして高速で動き続けるなんてしたら、すぐ体がついていかなくなるんだよ。普段なら体がもたなくなる前にセーブするんだけど……」
「調子に乗りすぎて引き際を誤ったのね、妬ましい」
「ひぎいぃぃぃ!」
大声を上げて転げまわるお姉ちゃん。おそらく腰だけじゃなくて、そこらじゅうを痛めたのだろう。
苦しむお姉ちゃんなまはげをみたを見たお空は、制御棒を向ける。
弱った敵を叩くという、お姉ちゃんの教えを忠実に守るのは感心する。けどそんな追い打ちをかけなくても。
「うううぅぅぅにゅうううぅぅぅ!!!」
光りだすお空。立ち昇る陽炎。鳴り響く警告音。ヤバイ、お空、全力全開でぶちかますつもりだ!!
「ちょ、ちょっと待っておく……」
爆符「ペタフレア」
止めるまもなく放たれるスペルカード。ばら撒かれ、いたるところで爆発する太陽弾。
そして、地霊殿は核の炎に包まれたのであった。
---
「燐? 撫でてあげるからこっちにおいで?」
「ツーン」
お空のスペカで半壊した地霊殿だったが、勇儀さんがすぐに修理してくれた。
「空? ゆでたまごありますよ? 食べませんか?」
「ツーン」
体を酷使したお姉ちゃんだったが、短時間だけだったせいか、大した怪我もせずに済んだようだ。
「ううう、こいしぃ……」
「自業自得だと思うよ?」
あの後正体がバレたお姉ちゃんは、今もペット達に無視されている。
「だって、泣く燐や空なんて久しぶりに見たんですもの……」
昔は泣き虫でお姉ちゃんベッタリだったペット達も、今は立派に仕事をするようになり、そう簡単には泣いたりしなくなった。
そんなお燐達が泣き叫ぶ姿を見て、変なところが刺激されたらしい。
「だからってやり過ぎでしょう。少し反省してなさい」
「はい……」
まったく、お姉ちゃんには困ったものだ。
まあ、こいしが大しためんけくていがった
さとり?あいだばダメだ、なんとほじねして
調子に乗って失敗するさとり様がかわいい!
次回はぜひ「シリアスなへたりお姉ちゃん(マトモなさとりではなく)」で
特に分身たちが組体操でピラミッドってところには笑わされましたよ。
場面を想像したらシュールで面白かったです
もっとお願いします
面白かったです。
「鬼は鬼屋」なんだかこの台詞好きです。
ここのさとりは本当にダメだな! それがいいけど!