恋の歌
星降る夜 花散る里
夢見る人 愛語る唇、 瞳、 指
あなたがわたしをあきらめても わたしはあなたをあきらめない
あなたがあなたをあきらめても わたしはあなたをあきらめない
* * *
(ふむ)と霊夢は独りごちた。
流石勘の鋭さには定評のある博麗の巫女、霊夢は一瞬にして自らの置かれた不可解な状況について二つの判断を下した。
一、どうやら、自分の結婚式が執り行われているらしい。
二、これは夢である。
一より当然に二が導き出される自分ってどうなんだろう、と思わないでもない霊夢であったが、しかし眼前に広がるこの光景が夢でなければ何だと言うのか。
式場となっているのは博麗神社の境内であった。
今まさに霊夢は見慣れた賽銭箱へと続くヴァージンロードを、これから人生を共にする伴侶と連れ立ってしずしずと進んでいるのである。自らの踏みしめている境内に不釣合いな赤い絨毯の醸し出すちぐはぐな和洋折衷具合が、何ともいい加減な幻想郷らしさ。そのふわふわとした歩き心地は、絨毯の柔らかさによるものなのか、それとも夢であるがゆえなのか。
この状況が夢であるとは認識出来たものの、すぐには意識的に行動する事も出来なければ覚醒する事も出来なかった。ただ活動写真のように繰り広げられるこの茶番を、なるほど夢であるのなら心ゆくまで見物してやろうと霊夢は思った。多少悪趣味ではあるが、単純に見世物としては面白いかも知れない。
そう考えると、霊夢はすっかり傍観者の気楽な立場で、心情的には寝そべって煎餅でもかじりそうな勢いでどっしりと腰を落ち着けて、高見の見物を決め込んだ。
神社の境内は、「おめでとう」「霊夢、きれいだぞー」等と口々に祝福の言葉を投げかける人達で溢れ返っていた。
というか、実際はほとんど妖怪で溢れ返っていた。
案の定とは言え、自らの交友関係に一抹の不安を覚える霊夢であったが、実際には(こいつら全員祝儀ぐらい用意しているかしら、せめて賽銭ぐらい入れてくれるだけでもいいんだけど)、と夢の中の光景に対する儚い願いの方が意識の大半を占めていた。ともあれ式場は大盛況、これまたお約束通りではあるが、既にそこここで酒が酌み交わされて宴の様相を呈しつつある。ああ、実際にもしも自分が結婚するような事があれば、やっぱりこんな感じになるんだろうなあ、と霊夢は思った。
そんな霊夢の装いは、麗らかな日差しを受けて燦と輝く白無垢である。ただ、通常の白無垢と決定的に異なっているのは、腋が開いている事であった。(あ、やっぱ腋開いてるんだ)と妙な所で感心し、可笑しく思う。隣を歩いている、要するに自分がこれから結ばれる人物の装いも確認したいところだが、夢の中の霊夢の視界には映らない。
そう、それが最大の問題である。
夢の中とは言え、己の結婚式ともなれば一番気になるのは勿論、果たして相手が誰なのか、という事である。現状視界が思い通りにならない以上、目に映る来場客の中から消去法で相手を推理してやろうと霊夢は考えた。
まず霊夢は人ごみの中に霖之助の姿を探し、そしてそれを人ごみからやや外れた桜の木の下に認めた。
(うーん、霖之助さんじゃないか)
まず真っ先に香霖堂の主を伴侶の候補として思い浮かべたのは、単純に異性の知り合いが他に思い浮かばなかったからであり、特に他意は無い。霖之助はどこか満足気な、穏やかな表情で腕を組んでおり、霊夢と目が合うと微かにこちらに頷くような仕草をよこした。
これで傍らの謎の人物は、ただ結婚相手という属性を持った夢の中の架空の存在である確率が高くなった。それを現時点では霊夢と面識の無い、将来出会う運命にある未知の殿方である、と解釈するほど霊夢はロマンチストでは無かった。
ただ、同時に(相手が男性とは限らない)という前衛的な発想が出てくる辺りは、流石幻想郷の住人といったところか。まして、これは夢である。隣の人物Xが知己の女性という可能性は決して捨て切れず、またそれが知り合いの誰かであった方が夢としては面白い。
(んー、魔理沙でもないのね)
次に霊夢が探し当て、除外したのは魔理沙であった。魔理沙は最前列、賽銭箱の斜め前に陣取って、こちらを振り返りながらニヤニヤと笑っていた。女性の知り合いの中で最初に魔理沙が浮かんだのは単純に一緒に居る時間が最も長かったからであり、これも全く他意は無い。
(ふむ、紫でもない、っと)
紫は来場客のほど、ヴァージンロードに面した新郎新婦がよく見える位置にいながら、隣の藍の影に隠れるようにして号泣しており、ちっともこちらを見ていなかった。藍は紫の背中をさすりながらこちらに苦笑して見せたが、心なしかその目も赤く、潤んでいるように見えた。そんな光景を見ていると、何故か霊夢も己の内に熱い何かがこみ上げて来るような情動を覚えた。少しずつ、夢の中の自分に感情移入してしまっているのかも知れない。なお、魔理沙の次に紫が来たのも、共に幻想郷の結界の管理に携わり、また一緒に異変解決に出かけたり等の付き合いがあっての事で、当然他意など決して無い。
そうやって、やれアリスだ文だ萃香だ何だと色々探してみたが結局傍らの人物は判然とせず、面倒になって諦めてしまった。
そうこうしている内に二人は絨毯に導かれるまま、ついに賽銭箱の前に至った。
ぴた、と歩みを止めると、それに合わせて境内がしん、と静まり返った。柄にも無く、霊夢は自分の心臓がどきん、と跳ねるのを感じた。
(…はは、私、緊張しちゃってる。夢なのに)
遠くから響いてくる蝉の声だけがいやにはっきりと聞こえる。――蝉、もっと鳴け。こんなにどきどき言ってる心臓の音が周りに聞こえてしまったら恥ずかしい。
わずかな時間が途轍もなく長く感じられ、照りつける日光を感じながら、霊夢は暑い、と思った。いかな腋が開いているとは言え、白無垢に初夏の日差しは厳しい。お化粧、崩れてないかしら、と霊夢は詮無い事を考える。
「これより、両名の婚姻の儀を執り行います」
拝殿の前に立ち、そう宣言したのは四季映姫であった。結婚式に閻魔様というのもどうかと思うが、誓いを立てるにはもってこいのお方である。厳かに場を取り仕切るのも様になる。
まず、四季映姫は何やら祝詞のようなものを詠み上げ始めた。
霊夢も一応は、いやれっきとした巫女であるからあれやこれやの祝詞は当然知っているが、そのいずれとも異なるものであった。相当に古めかしい言い回しであろう事はわかるが、意味は全くもって不明である。そもそも閻魔は神に仕える身ではないのだから、あくまで「祝詞のようなもの」であっても祝詞では無いのだろう。
朗々と謳い上げられる意味不明の言葉の羅列が、青い空へ煙の如く立ち昇って行くよう。霊夢はそれをじっと聞きながら、儀式ね、と思う。儀式めいた儀式というのは、それが儀式である、というのを示す為にあるのかも知れない。
今、確かに霊夢は儀式の真っ只中にいる。
「祝詞のようなもの」を詠み終えると、四季映姫は霊夢達に正対した。
「さて、これから人生の旅路を共にするお二人に問います。貴方達二人は、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、伴侶を想い、伴侶のみに添う事を、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
式自体も和洋折衷と言うか、ごちゃ混ぜのようである。
真っ直ぐにこちらを見つめる四季映姫の瞳に、何故か後ろめたいものを感じながら、霊夢は自分の唇が、自分の物ではないような声で、「誓います」と言葉をつむぐのを聞いた。
うわ、誓ってしまった。
続いて四季映姫が眼差しを傍らに移すと、同じく「誓います」というやや控えめな声がそれに応えた。
確かに聞き覚えはある声なのだが、誰の声であったかすぐには思い出せない。ただ、声の聞こえてきた位置からして、今愛を誓い合った人物はかなり身長が低いようである。誰だろう。レミリアとか?
「両名の宣誓、確かにこの四季映姫・ヤマザナドゥが聞き届けました。…もし誓いを破るような事があれば、舌を引っこ抜きますからね」
そう言って、四季映姫は少しいたずらっぽい光を目に宿しながら微笑んだ。この閻魔様の場合、どこまでが本気でどこからが冗談なのかわからないのでその微笑が恐ろしい。
「それでは、お互いへの愛の証として、誓いのキスを」
(えええええ!! 誓いのキスもするんかい!? この公衆の面前で!?)
霊夢の動揺をよそに、ギャラリーから湧き上がる拍手喝采、口笛。果ては「きーっす、きーっす」と手拍子と共に接吻コールが巻き起こる。てんで自分勝手な妖怪ばかりのこの幻想郷が、見事に一致団結する様を見せ付けられ、霊夢は否応無く追い立てられるままに自らの伴侶と正対した。
ようやくお目にかかれたお相手は、純白のウエディングドレスに身を包んでいた。やはり女性であったらしい。予想通り身長は霊夢よりかなり低く、上から見下ろす格好となる。
ヴェールに隠された素顔は未だ謎のまま。キスをする為には、そのヴェールを上げてやらねばならない。花嫁は、その瞬間をじっと大人しく待っている。
周囲の囃し立てる声が遠くなり、耳の後ろ辺りの血管がどくどくと脈打つ音ばかりがこだまする。
ええい、ままよ。
霊夢は、微かに震える手でゆっくりと花嫁のヴェールを持ち上げた。
緩やかなカーブを描くおとがい。
瑞々しい桃色の唇、恥じらいに紅潮した頬。
可愛らしくちょこんと隆起した鼻。
ウェーブのかかった艶やかな黒髪。
こちらを見上げる、少し潤んだ、つぶらな黒い瞳。
そして、白い、ふこふこの、タレ耳。
(てえ゛え゛え゛え゛ええええええぇぇぇぇぇぇっっ!!!???)
霊夢の結婚相手は、因幡てゐであった。
(いやいやいやいや!! てゐは無いって!! マジあり得ない!! 100%結婚詐欺じゃない!! 目を覚ませ、夢の中の私っ!!!)
微妙に矛盾した絶叫の甲斐なく、少し爪先立ちをして目を閉じたてゐの方へと身をかがめる夢の中の霊夢。
徐々に迫り来る、淡く化粧を施したてゐの顔は、天使と見紛うばかりに可憐であった。
(その可憐さが、罠っっ!!!)
七転八倒の霊夢を置き去りにして、接近する唇と唇。
そして、その距離はゼロとなり、世界は新しい地平の開闢を見た。
どっと周囲を満たす大歓声と、打ち鳴らされる拍手。
祝福の洪水の中心で、霊夢は拳を握り締めて遠吠えしていた。
(にゃおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!)
式はその後、これもまた案の定と言おうか、ぐだぐだになった。
三三九度なぞも行われたが、そもそもが妙にでかい杯になみなみと注がれた神酒が出てくる時点で大概おかしい。果たして「イッキ、イッキ」の掛け声と共にそれを飲み干す羽目となる。三三九度ってこういうもんじゃないだろ、と思いつつ立て続けに三杯を流し込む。次に杯を受けたてゐは、やはりなみなみと注がれた三杯を涼しい顔をしてすいすいと空けてしまった。おのれ、ザルか。
これを受ける順番を逆にしながら三回繰り返した。霊夢もてゐも九杯空けた事になる。するとその様を見た鬼が、じゃあ私は一人で十八杯だ、などとしゃしゃり出て、そこからは飲み比べ大会である。祝いの席だからか、四季映姫も苦笑するだけで咎め立てせず、そのまま結婚式は大宴会へと雪崩れ込んだ。
霊夢は自問する。
これは、誰ですか。
「すごいね霊夢、お料理が沢山だよ? ねえ霊夢はどれが食べたい? ほらこのお煮しめなんてとっても美味しそうだよ?」
甲斐甲斐しく自分のお皿へ料理を取り分けてくれるこの兎さんは誰なのだろう。霊夢の知り合いにはいなかった。そっくりさんには心当たりがあるのだが。猛烈な違和感をちびちびと酒と共に飲み下す。酔いも手伝って夢現が曖昧となってくる。
「お、空いたね。あんまり飲み過ぎちゃ駄目だよ? はい、どうぞ」
すかさずお酌。あっけにとられて口も半開きのまま霊夢がぼけーっとてゐを見つめていると、視線に気付いたてゐは酒精に淡く染まった頬をさらに少し上気させてはにかんでみせた。
これは、誰ですか。
「あやや、仲睦まじいですねえご両人。いやいやこの度は本当におめでとうございます」
カメラを携えた文に声をかけられて霊夢は我に返った。今しがた自分の晒していたであろう間抜け面を、明日の朝刊にでかでかと載せられてはたまったものではない。
「ダメダメ。写真は駄目よ」
「いやだなあ霊夢さん、流石にわきまえてますって。フォーマルなお写真はお色直し前の白無垢とウエディングドレスで頂戴してますしね。折角の大事な日なんですから、是非想い出を形にと。後で焼いてお届けしますよ」
「だって。お願いしようよ霊夢」
てゐはすっかり乗り気で、困惑する霊夢の腕を取りながら、空いている方の手で先程着替えた着物の前を合わせ直したりなんかしている。
「はい、もうちょっと寄り添ってくださいねー。…そうそう、いい感じですよー。あー、霊夢さんの仏頂面、もう少しなんとかなりませんかねえ…」
「……」
「おー怖い顔。いやこれは言うほど逆効果でした、失敬失敬。本当に照れ屋さんなんだから困りものですよ。まあいいや。撮りますよー」
いつ写真が焼き上がるのか、等と自分の隣で文とはしゃぐてゐを見ていると、余程酷い顔で写ったであろう事が流石に少し大人気無かったかな、と霊夢にも思われてきた。とにかくてゐはずっと上機嫌というか、浮かれているというか、弾けるような笑顔を絶やす事が無い。霊夢の知るてゐの、あの人を食ったような小生意気な雰囲気なぞ影も形も無かった。
――本当に、てゐは心からこの婚姻が嬉しくて嬉しくてたまらないのだ。面映い事ながら。霊夢は認めざるを得なかった。
妙な居心地の悪さを感じながら、霊夢は心の内でてゐに問いかける。
(いったい、私とあんたの間で何があったって言うのよ)
入れ替わり立ち替わり色々な者のやって来て話しかけてくるのを、話半分にあしらう。どうも呆として、疲れ目が上手く焦点を合わせられないように、会話が上滑りしていって言葉を捉える事が難しかった。気付けば、いつの間にか側にいたはずのてゐがいなくなっていた。
程なく霊夢は自らのパートナーの姿をやや離れた一団の中に見つけた。てゐは永遠亭の連中に捕まっていた。伴侶をほっぽらかして花嫁を占有するとは何という了見であろうか、と自らの複雑な心境を棚に上げて憤ってみるが、人目も憚らずにわんわんと声を上げて泣いている鈴仙や、穏やかに笑う永琳、そして確かに目元に光るものを湛えててゐの頭を撫でている輝夜を見ていると、ま、こんなもんか、と霊夢は思った。きっと、結婚式というのはそこで結ばれる二人以上に、それぞれの家族の為にあるものなのだろう。なんだかんだ、あいつらもしっかり家族をやってきたのだ。
てゐはこちらに背を向けている。彼女も泣いているんだろうか? 霊夢からはその顔を見る事が出来ない。
「何ぼーっとしてんだ、新婦さん? いやお前は新郎か? ははっ、ややこしいな」
「――魔理沙」
「おいおい、あの鬼より怖い博麗の巫女様もご結婚となりゃしおらしくなるんだな。柄にも無い事やって疲れちまったのかよ」
相変わらずニヤニヤと笑いながら魔理沙は霊夢の横に腰を下ろし、携えてきた酒を振ってみせた。アリスも一緒である。
「霊夢にも人並みに感慨深さみたいなものがあるのかしら。驚きだわ」
そんな軽口を叩きながらアリスがお猪口をそれぞれの前に並べた。注がれた酒を舐めると大して美味い物でもなかったが、先程まで味もよくわからぬようなまま流し込んでいたのよりは幾分ぴりりと効いた。ふーっと大きく息をつきながら、霊夢の視線は自然と再びてゐの背中を追っていた。
「あのなあ、ご執心はわかるけどこれから毎日飽きるくらい見られる顔だろ? 本当にお前らのぞっこん振りには参ったぜ」
「馬鹿、そんなんじゃないわよ」
呆れたように言う魔理沙の言葉を即座にはねつける。それは反応としては自分でもやや過剰だったように思われた。二人の面白がるような表情にばつの悪い思いをする。
「ただ、あの悪戯兎、まるで別人みたいじゃない。随分と変わったもんだわ、と思って眺めていただけで…」
霊夢がそう言うと、魔理沙とアリスは顔を見合わせたあと、げらげらと笑い出した。状況が飲み込めず憮然とする霊夢の前で、地面をぶっ叩いたり胸元をかきむしったり、馬鹿笑いは止む気配が無い。ご丁寧に上海と蓬莱まで腹を抱えて転げ回っている始末である。
「ひーっ、ひーっ、わ、私達を笑い死にさせるつもりなの」
「何がそんなに可笑しいのよ」
「そりゃお前、くくくくっ、お前、どの口がそんな事を言うんだよ、ぶはっ」
「何が言いたいの」
苛立つ霊夢に、笑い過ぎて目尻に浮いた涙をハンカチでぬぐいながらアリスは言った。
「一番変わったのは貴女でしょ、霊夢」
先程の居心地の悪さをより強く感じながら、霊夢は自問した。――私が、変わった? …変わったのだろう。変わらなければ、結婚なんて気違い沙汰に自分が踏み切るわけは無い。得心のいく話だった。てゐの後姿に、また心の内で問いかける。
(いったい、私とあんたの間に何があったの)
聞こえたはずはないだろうが、こちらを振り向いたてゐと目が合った。花開くように笑みをこぼすてゐ。
(私は、変わった私を知らないの)
霊夢の中で、居心地の悪さはより確固として主張し始めている。そして、大変理不尽な事ながら、それが罪悪感ともなりつつある事が霊夢にはもうわかっていて、早くこの夢から覚めないものかと祈るようにして、また美味くはない酒を飲み込むのであった。
宴は深夜まで続いた。
* * *
寝苦しさに、二度三度と寝返りを打つ。寝具の中で寝巻きの裾が滅茶苦茶になっている。しばらくの間遠のきかける眠りにしがみ付こうと足掻いてみたが、首の辺りに寝汗をかいているのを意識してしまってからはもう駄目だった。掛け布団をはね退けて、大きく息を吸い込んで、吐き出して、勢いをつけて上体を起こす。途端、ぐわんと鈍い頭痛に襲われて、霊夢は再びぶっ倒れた。
「あー…」
霊夢は昨晩の深酒を後悔した。我ながら頭の悪い飲み方をしたものだ。ここまでの二日酔いはついぞ記憶に無い。夢見も悪かった。実に最悪の気分である。ちちちち、とさえずる小鳥にさえ殺意が芽生える。
「……顔、洗おう」
ずるずると寝床から這い出し、どうにか立ち上がって寝巻きの前を整える。半ば寄り掛かるようにして襖を開けると、麗らかな陽光がまぶしく霊夢の網膜を焼き、脳髄をきりきりと苛んだ。朝だ。
お勝手から井戸へ水を汲みに出る、毎朝もう数え切れぬほど繰り返したルーティンを、ふらつく頭を首の上に乗っけて辿る。妙に新鮮な気分である。廊下へ斜めに差し込む日光に浮かんでいる埃の粒だとか、滑らかに磨り減った床のわずかな凹凸と日向日陰の温度差だとか、普段気にも留めないようなあれやこれやが不思議と鮮やかに感じられる。霊夢は狐につままれたような思いできょろきょろとしながら歩を進める。そういえば聴覚や嗅覚にも訴えかけてくるものがある。
「……」
台所の戸口をそっと覗き込むようにした霊夢を出迎えたのは、とんとんとんとん、とリズミカルにまな板を叩く包丁の音と、くつくつと煮える鍋から漂う醤油の香り。そして、割烹着に身を包んだてゐの後姿であった。そのまま台所を使うには少し身長の足りないてゐはどこかから持ってきたらしい台の上に立っていて、包丁を下ろす度にその小さな尻の上で尻尾がぴょこぴょこと揺れている。
「――――」
「……」
よく耳を澄ませば、てゐはわずかに鼻歌を歌っていて、自分の歌に合わせて微かに首を左右に揺らしているようだった。三角巾からこぼれた後れ毛がうなじの上でふわふわ踊るのを、霊夢は戸口に突っ立ったまま何をするでもなく見ている。
てゐはぱたぱたと精力的に働いた。台からぴょんと下りて釜の様子を見ながら火を消したかと思えば、隣の煮物の鍋を脇にどかして、別の鍋を取りに台所へとんぼ返り。竈の口が二つしか無いので致し方ないのだが、なかなかにせわしい。足元の台をちょいちょいと蹴って少し横にずらし、汁物と思しき鍋を掴むと再び土間へ。先程台所へ上がる際にひっくり返ったつっかけを足で直して履き、鍋を竈に下ろす。すぐさましゃがみ込んで、竹で火を吹く。ふーっ、ふーっとやる度に背中が上下して、燃え盛る火がてゐの顔を赤く照らした。火力が安定したと見るや、てゐは額の汗をぬぐって立ち上がり、煮物の鍋から芋をつまみ出して口に入れた。はふはふと吐き出す湯気が朝の光の中に白く見えた。
誰かの飯を炊ぐ姿を見るのはいつ振りなのだろうか。遠い遠い昔には、やはりこうやって戸口に立って、母親の後姿を見ていたのかも知れなかった。そして、自分も今まではああして立ち働いていたのだという事を、初めて知ったように思う。霊夢は、今や自分が独りではなくなった事を思い知った。
「あ、おはよう」
ようやくこちらに気付いたてゐがにっと歯を見せる。霊夢は「あ、うん」と情け無い返事を返した。てゐはもう一つ鍋から手頃な大きさの芋の欠片を取り上げ、小走りに霊夢の元へやって来た。芋に数度息を吹きかけて冷ましてから、てゐは霊夢を見上げて口元にそれを差し出した。少しためらって、小首を傾げたてゐを見てから、霊夢は芋を口にした。淡く唇に感触を残したてゐの指の白さが妙に目に付いて離れなかった。
「どう?」
「…おいしい」
「えへへ」
てゐは嬉しそうに笑って、白い指をぺろりと舐めた。
「顔洗って来ちゃいなよ。戻ってきたらご飯運ぶの手伝ってね」
「うん」
お勝手から外に出ると、朝日に照らされた木立が伸ばす影がまだらに裏庭を染めていて、それを踏み越えていく霊夢の横顔は、明滅する光に晒されて白くなったり黒くなったりした。井戸のへりに雀が三羽とまっていたが、霊夢に気付くと一斉に逃げて行った。
汲み上げた水を桶に移すと、水面に移った顔が物言いたげにこちらを見上げる。両手で掬って顔に叩き付けると水の冷たさに胸の辺りがきゅーんとして息が詰まった。長く長く息を吐きながら、自分の顎から垂れた雫がぽたぽたと音を立てるのを聞いた。いつの間にか、二日酔いは綺麗さっぱりどこかへと消えていた。
「って、夢じゃないんかオイイイイイイイィィ!!!???」
霊夢の絶叫に、裏山から大量の鳥達が非難がましく鳴きながら飛び立った。
てゐと二人でちゃぶ台を囲んだ朝食は全く申し分が無かった。ふっくらと炊けたご飯と彩り鮮やかな料理達は本当に美味しかったし、食後のお茶まで含めててゐの給仕も完璧だった。勧められるままに霊夢はご飯を三杯もおかわりしてしまった。普段の質素な朝食に慣れている身には無謀な試みだったかも知れない。苦しい。
決しててゐの料理は贅沢だったという訳ではない。材料もあり合わせの物であった。それは霊夢が料理が下手という事でもなくて、自分一人食べる為だけに作る食事と、誰かに食べさせる為に作る食事には、ほんの一手間、一寸の心遣い、やはりそんな差が生じるものである。
「あんた、料理上手ね」
「流石に色々と覚えるわけよ、長生きしてればね」
茶を啜りながら正直な感想を述べる霊夢に、てゐは少し照れて耳を触りながら答えた。茶も同じ茶葉だろうに、心なしか美味く感じる。きっと、お湯の温度とか、急須や湯呑みをあらかじめ温めておくとか、そういうところの違いなのだろう。
「ねえ、私も耳触っていい?」
「え、ええ? 別にいいけど…」
霊夢はかねてから気になっていたてゐの耳の触り心地を堪能する。羽毛のように細かく柔らかなふこふこをふにふにと指で軽くこねる。えも言われぬ至福。
「これはすげぇ…」
「ちょっとくすぐったいかな…」
てゐは顔を真っ赤にしてなすがままにさせている。妖怪兎にとって耳を触られるという事が果たしてどれくらいのレベルのスキンシップなのかはよくわからないが、相当恥ずかしい事ではあるようだ。まあ、霊夢だって自分の耳を触らせろなどという輩が現れたら問答無用で夢想封印する。
「あんたさあ、私なんかのどこが好きなわけ」
「…結婚式の翌日に、新妻の耳を執拗に触りながら聞くような事かね、それって」
てゐは呆れた眼差しを向けるが、霊夢の鉄面皮にはいささかの痛痒も無かった。霊夢にとって、それは重要な意味を持つ問いであった。
霊夢は、割と自分が他者から好かれる事に自覚があったし、その好意が霊夢自身の誰をも特別にしないという姿勢こそが逆説的に生むものであるという所まで客観的に分析していた。そんな自らの冷め方が嫌になる事もあったが、どうしても己の中に応えられるものは無くて、向けられる感情に対して好悪はおろか快不快の念すら湧かず、結局ずっと無関心でいた。
しかしてゐは違う。こいつは全然私の事なんて興味無かったはず、と霊夢は思う。悪戯と、悪だくみと、小銭稼ぎと。毎日を面白おかしく生きること以外に興味の向くことなんて無かったはずであった。
つまり、そこに変化の起点があるはずなのだ。てゐの、そして霊夢の。
(いったい、私とあんたの間に何があったの。何があんたを変えたの。何が、私を変えたの)
てゐが、恥ずかしいから、と散々答を渋るのを、しつこく食い下がる。やがててゐは観念して、目を伏せながら答えた。
「霊夢は、わたしを見てくれたから。わたしを、特別って、言ってくれたから…」
何言わせんのさ馬鹿、などとキャーキャー叫んでいるてゐを見ながら、霊夢は、ああ、と思った。やっぱり、私が変わったんだ。私が、変わったんだ。
「…そういう霊夢は、さ。わたしの、どこが好きなの」
もじもじと上目遣いでてゐに尋ねられ、霊夢の心臓は鈍い痛みに動悸を速めた。私は、あんたの問いに答えらんない。
(私は、変わった私を知らないの)
「…わかんない」
「はあーっ!? ず、ずるい!」
ぎゃあぎゃあと喚くてゐから逃げるように、霊夢は重ねた食器を持って立ち上がる。何故自分が罪悪感を抱えねばならないのか。これは夢ではなかったのか。夢だからこそ、本当の自分と夢の中の自分に乖離があったのだと思っていたのに。では、過去はどこへ消えてしまったのか。過去は、想いは――
最悪の気分だ。何が何だかわからない。
そして、もう霊夢は気付いている。
一番始末に負えないのは、自分がてゐを改めて好ましく思い始めている事だった。
洗い物はわたしがやるからいいよ、とてゐが言うので霊夢は箒を片手に境内に出た。
ぷかんと浮いた雲が白く、地平から天頂の方向へ実にじりじりとした速度で動いている。風の無い日だ。今日も暑くなりそうだった。
何千回と繰り返してきた境内の掃き掃除は霊夢の体に馴染み切っていて、きっと目をつぶっていたって仔細違える事が無い。単調な作業の繰り返しと箒が地面を撫でる規則的な音と、そして自分の日常をなぞる行為そのものが、いつだって霊夢に心の平穏をもたらしてくれる。
(本当に、これは夢ではないのか?)
霊夢は、夢だと思う。ずっと、夢だと思っているのだが、今やそれが(夢であって欲しい)という自身の願望と区別が出来なくなっているのを否定出来ない。
夢ではないと仮定する。すると、霊夢の記憶には明らかに欠損が生じている。過去の異変騒動だのの記憶はきちんとある。その他の日常の記憶もあるのだが、これは掃除したり昼寝したり神社に来た誰かと喋ったりの変わり映えがしないものだから、多少の欠損があっても判別は出来ない。また、自分の幼少の頃の記憶は無い。しかし、これはもとより思い出せなかった類のものだ。正確には、『思い出せなかったと思い出せる』。
霊夢は嘆息した。自分の記憶に問題が発生している可能性がある以上、自分の記憶に問題が発生しているか否かは自分では決して判断する事が出来ないのだ。
(どうしようかしら…)
後で紫あたりに相談してみようか。あいつは碌な奴ではないが頭は切れるしこういう妙な問題には強そうだ。ああでも、と霊夢は思う。もしやはりこれが夢だったとするならば、夢の中の人物に相談してまともな返答が返って来る訳は無い。だとするならば、例え夢の中とは言えあんな奴に頼み事をするなんてどうにも癪だ。
(それよりも、やっぱり)
霊夢が思うのは、現在の自分の状況や考えを洗いざらいてゐに話してしまえばいい、という事である。そもそもこんな鬱屈した思いを抱えてうじうじしている事自体が全く自分らしくない。昨晩からのてゐの様子を見るに、霊夢の話を聞けばてゐは酷くショックを受けるだろう。しかし、博麗霊夢はそんな事にいちいち頓着するような人物だったであろうか? 申し訳ないとは思うが、どう考えても現在の状態の方が不自然なのである。
霊夢が今、自身のおかれている境遇に対して抱いている感想を端的に表すならば、『正当でない』、というものである。
それは、てゐが自分に向けてくれる好意に対して。
てゐが愛情を寄せているのは『変わった私』に対してであって、自分は『変わった私』ではないし、変わる過程の全てが欠落している。その好意を自分が受け取るのは、明らかに正当でない。
そしてもう一つは、霊夢自身がてゐへと向ける感情に対して。
霊夢は、大変に不本意ながら、また自分自身でも驚くべき事だが、自分の中にてゐへの明確な好意がある事を認めた。それは、本当に小さくて、でも確かに輝きを放つ灯火であった。
その好意が、どういうわけか姿を消してしまった『変わった私』の残り火であったとするならば。それは、私自身の想いではない、不誠実だ、と霊夢は思う。
その好意が、今こうしている自分の中に芽生えた新しい火であったとするならば。それは、『変わった私』へ向けられる彼女の愛情への反射であり、変わっていった過程とそこにあったはずの想いを共有出来ない私に許されるものではない、不相応だ、と霊夢は思う。
いずれにせよ、正当でない。正当でないものは、是正されるべきであった。
滞りなく境内の清掃は完了した。てゐに言おう。持てる限りの誠実さでもって伝えよう。霊夢は二、三度深呼吸をした。
「おはよう。いい朝だな」
「ひきゅんっ!?」
むせる霊夢の背中を、所帯を持っても相変わらず面白い奴だ、と笑いながらさすってやったのは慧音であった。霊夢は涙目で慧音を睨んだ。
「おいおい、ご機嫌斜めか。しかし、こいつを見てもその態度が続くかな?」
慧音がにやにやしながら取り出したのは、酒壜と熨斗のついた封筒であった。酒の方は明らかに上等な物である事が見て取れた。大吟醸、の文字がラベルに躍る。
「流石に昨日の百鬼夜行に普通の人間が混ざる訳にもいかんからな。人里から改めてご祝儀ということで、私が代表として遣されたわけだ」
「へえ。里の人間も存外気が利くのね。全然お参りにも来やしないんだから、すっかり忘れられてるのかと思ってたわ」
「拗ねるな拗ねるな。だいたいここは遠過ぎるんだ、普通の人間が気楽に来れるような道中ではないぞ」
慧音は土産を霊夢に渡しながら、「まあ流石に永遠亭とこの妖怪兎と結婚するって聞いたら皆驚いていたがな」と再び笑った。
「う、さらに参拝客が減るかしら」
「今更その程度でか? しかも減るほど客がおらんだろうに。どちらかといえば、人間に幸福をもたらすご利益覿面の兎様だというので客が増える気がするがね」
霊夢は自身とその仕える神社の求信力が妖怪に劣ると知り愕然とした。
「まあ、ご祝儀は霊夢に一番喜んでもらえる物と言うんで、即物的なものにさせてもらったよ。趣は無くて申し訳ないが」
「酒と金。上等じゃない」
「目論見通りだからいいんだが、お前はそういうところをもう少し直さない限り、てゐを上回る信仰を獲得する事は出来んだろうよ」
苦笑すると慧音はすたすたと拝殿に向かい、賽銭箱に銭を放り、お参りを済ませた。
「毎度あり。…ねえ、あんたはどっちに祈ったのよ。うちの神様? それともインチキ兎?」
「さあどうだろうな。そもそもここの神社の神様の謂れを全く聞いたことが無いぞ」
「あー…実は私もよく知らないのよね」
「おい。流石にあんまりだから今のは誰にも言わないでおいてくれよ」
「冗談よ」
「お前が言うと冗談に聞こえないんだが」
二人が漫才をやっていると、奥から「霊夢、お客さーん?」と声が聞こえてきた。
「あ、けーねだ」
てゐはお盆に湯呑みを二つ載せて現れた。霊夢は反射的に目を伏せた。ふいの来客で話を切り出すタイミングを失ってしまった。
「ああ、おかまいなく。人里からご祝儀を届けに来ただけなんだ」
「ご祝儀? わあ、ありがと」
お盆を傍らに置いてから、てゐは霊夢の手から酒と祝儀袋を受け取った。ついさっきまで洗い物をしていた為であろう、てゐの白い指には赤みが差していた。
「財布の管理はてゐがするのか? まあその方が適任だろうな」
「どういう意味よ」
一応抗議はしてみるものの、霊夢自身慧音の言葉に納得してしまった。銭勘定は任せてよね、とてゐが笑った。
「幸運の兎様目当てで参拝客が増えるかもな、と霊夢と話していたんだが」
慧音が言うと、てゐは小首を傾げてうーん、と唸ってから、
「でも、霊夢を幸せにするのでちょっと手一杯かな?」
と微笑みながら言った。
「うわ、こいつは酷い。ご馳走様だ。お腹が一杯になったので折角のお茶も遠慮して退散するとしよう」
慧音は苦笑いとも冷やかしとも取れる複雑な表情を霊夢に向けてから、本当にさっさと帰ってしまった。
「ありゃりゃ、お茶がもったいない。頂いちゃお」
てゐは賽銭箱の横にちょこんと腰掛けた。
「はい、霊夢もどうぞ。お掃除お疲れ様」
促されて霊夢もてゐの横に並んで座り、湯呑みを受け取った。一口茶を啜ってから、そもそも慧音ほど自身の記憶について相談するのにふさわしい人物もいない事に気が付いた。
「あちゃー…失敗したわ」
「ん? 何が?」
「いや、何でもないのよ」
てゐは特に追求もせず、茶を飲みながら足をぷらぷらさせている。小さな足だな、と霊夢は思った。横顔を眺めると、上方へカールした睫毛がくっきりと長い。霊夢の視線に気付かずにてゐは前方を見たままで、習って前を見るが特に変哲の無い境内の風景である。日も少しずつ高くなってきた。
「静かだね」
「…そうね」
「…永遠亭は、賑やかだったから」
そう言って、てゐは相変わらず足をぷらぷらさせて境内を見つめている。霊夢は急に胸が詰まる思いがして、何も答えられずに俯いた。昨夜の宴席での輝夜達の姿が脳裏をよぎった。――私が、あんたをここに連れて来たんだ。
「癒されるね。ここは平和でいいや」
そう明るい調子でてゐは続けた。霊夢は言葉を探して袖を弄った。
「…あんた、退屈しないの。ウチは、ずっとこんな調子よ」
てゐはちらっと霊夢の方を見てから、再び視線を境内に戻して、数度まばたきをした。
「長生きする奴はね、みんな退屈の飼い慣らし方が上手いのさ。わたしゃ、生まれてこの方退屈した事なんて一度も無いよ」
それからてゐは、少し座り直してぴたりと霊夢に寄り添い、頭を肩に預けてきた。
「…これからも退屈なんてしないし、させないよ」
てゐの体温と重みは、不快ではなかった。ただただ、霊夢は自分の胸中に渦巻く泥濘の醜さが嫌で嫌で仕方が無かった。それを抱えている事も、吐き出す事も、どうしようもなく汚い事に思えて、てゐの眩しさが辛かった。
言わなくちゃ、言わなくちゃ、と急き立てる自分の声が聞こえる。時が経過するほどに言いづらくなるのは明白だった。今、言わなければ。
沈黙。
煩悶が皮膚から染み出ててゐに伝わってしまうのではないか、霊夢はそんな危惧さえ抱いた。
ようやく、霊夢は口を開いた。
「――あのさ、今日のお昼、どうしようか…」
「え、さっき朝ごはん食べたばっかりじゃん」
てゐは首を持ち上げて、からからと笑った。
(くー、私ったらこんなに意気地が無かったかしら。いいや、また後でちゃんと話そう…)
往々にしてチャンスというものは二度目が無いものである。まして、次があるさ、と自分からその手を離してしまった場合は、余計に。
ご丁寧に(どうせこれは夢なんだし)と言い訳まで用意したのでは、最早諦めたも同然かも知れなかった。
朝、台所で炊事をする姿を見た際にも感じた事ではあるが、てゐは意外にも大変な働き者であった。そもそもそれを意外と言えるほど霊夢は普段のてゐを知っている訳でもなかったし、それがてゐの本質なのかも知れなかった。いずれにせよ、太陽が天頂に差し掛かる頃には神社内部の主だった部分の清掃はすっかり行き届いており、裏庭に干してある洗濯物はもう乾き始めていた。
霊夢が怠惰の権化のように言われるのは生活に伴う行動の全てが緩慢かつおざなりであるからだが、そこには長年の経験の中で培ってきた時間との付き合い方がある。すなわち、特段する事も無いような一日が、さらに連綿と続いていくのが神社での生活であって、ある一つの行動にいくら時間をかけても問題が無いし、またいつでも出来ると思えば特にその日に行う理由も無いのである。しかし、霊夢を上回る退屈マイスターであろうてゐは、それとは異なる流儀を持っているらしかった。
てゐがぱたぱたと忙しく走り回っている間に霊夢が何をしていたかというと、禊の後、ずっと本殿にこもって御札を作っていた。午後から、てゐと連れ立って人里に行くのである。
塊のように響いている蝉時雨の上を滑るようにして飛んで行く。背中にはさえぎる物も無く、苛烈な日差しが突き刺さる。蝉と太陽に挟まれて逃げ場が無い。完全に夏に捕まってしまった、という思いである。
「あっつー…」
「夏だねえ」
眼下より照り返す葉の緑の濃さを眺めながら、霊夢のぼやきにてゐが答える。霊夢に異論は無かった。
食材の買い置きも多くはなかったので、買出しがてら昼は人里で済まそう、とはてゐの提案。積極的に反対する理由も無くこうして出て来たものの、里に近付くほどに霊夢は億劫になってきた。それはうんざりするようなこの暑さも一因ではあるが、理由の大半はこっ恥ずかしいからである。深く考えなかったのだが、てゐと二人して人里をうろつく事の意味を、並んで飛んでいる内に霊夢は今更になって気付いたのであった。
ひいひい言いながら人里までやって来た霊夢達はまず寺子屋の前に降り立ったが、門は閉まっていた。前で遊んでいた童に聞くと、今日は慧音は知り合いの所へ用事だとかで留守にしているとの事。去り際に「ご結婚おめでとうございます」と頭を下げられて、霊夢はこんのマセガキが、と悪態をついた。教師の教えがいいんだろうさ、とてゐは笑った。
その足で里長の家へ出向いた。霊夢はお互いの立場を省みなければならない関係が苦手で慧音伝いに済ませてしまいたかったのだが、留守では仕方が無かった。改めて簡単に結婚の挨拶と祝儀への謝辞を述べ、こさえてきた御札を渡すと、里長はうやうやしくそれを押し戴いた。昼食の席にも誘われたが、固辞して出て来た。
人里をぶらついていると、やはり多くの好奇の視線に晒された。おめでとうございます、と声をかけてくる者、通り過ぎる際に会釈をよこす者、離れた所であらあらまあまあと連れ合いと目配せし合う者。ただ、いずれも例外無く好意的な感情によるものであった。霊夢は初めて知ったのだが、てゐはかなり人里で顔が広いようだった。霊夢より余程色々な人から声をかけられていて、てゐはあちこちに頷いたり手を振ったりしていた。
皆、一様に笑顔である。「幸せのお裾分けありがとね」なんて話しかけられているてゐを見て、霊夢は人を幸福にする程度の能力ってそういう事なんかね、と思った。ささやかではあるが、確かに自分たちは幸せを振り撒いて歩いているらしかった。霊夢だって、人が湿っぽい顔をしているのよりは明るい顔をしている方が好きだ。酷くこそばゆい思いではあったが、里への道中危惧していたよりは随分ましな気分でいることが出来た。
「は? 蕎麦でしょ」
「あ? 饂飩だろ?」
昼を何にするかで霊夢とてゐは揉めた。この暑さもあり、つるっといける麺類が良いよね、というところまでは和気藹々だったのだ。
「おう喧嘩売っとんのかワレ」
「なんやコラやるんかコラ」
急激に悪化する雲行きに周囲に人垣が集まり始めた。それ行け、やっちまえ、蕎麦ならウチの店に来とくんな、等と俄然盛り上がって口々に勝手な事をわめき出す。一触即発。犬も食わないそれを収めたのは、非番で偶然居合わせた椛であった。
「そこ曲がったとこの店、蕎麦も饂飩も出しますよ」
かくして、霊夢の前には笊蕎麦、てゐの前には笊饂飩が並ぶ事となった。座敷席で向かい合った二人は、手を合わせてから盛大につるつるやり始めた。
「くぅ~、これこれこの香りよ! やっぱり蕎麦よね!」
「このコシ! 喉を滑り降りていく感触! 饂飩サイコー!」
行き掛かりから自分も店に入った椛は、既に昼は済ませていたので横の席で団子を注文したが、手を付けずに煙管をぷかぷかやっていた。こんなんでも文さんの記事になるか知らん、そんな事を考えながら隣席の様子を眺めていると、お互い三分の二程度片付けた所で勢いが鈍ってきた。それぞれがあまり美味そうに食べるので、隣の芝生はなんとやら、相手の食べている物が気になってきたらしい。結局、二人は膳を交換した。
「饂飩も悪くないわね」
「この蕎麦なかなかいい香りじゃん」
とても甘い物を食べる気がしなくなった椛は、溜息と共に煙を吐き出してから、店員を呼んで団子を包んでもらい、濃い茶のおかわりを所望した。
竹で編んだかごに買出しの品を詰め込んで、霊夢達は家路を辿る。霊夢も吝嗇ではあったが、流石にてゐは買い物が上手かった。買い物の際、霊夢は一番安い物を手に取ってから、それをさらに値切る。店主は段々何だか可哀想になって値を下げてくれる。てゐの場合は、自分が気に入ったものであれば値段は気にせずにまずかごに入れる。そこから丁々発止で店主をやり込めるのである。年季が違うのだ。
何だかんだで日もかなり山の端に近付いていた。風が少し出てきて、ようやっと暑さも和らいだ。蝉達はまだ頑張っているが、空が赤くなってくると不思議と声に哀愁が漂って聞こえる。
心地良い疲労感が霊夢を包んでいた。充実感とか達成感と言い換えてもいい。普段から面倒臭がって本当に必要最低限しか人里には行かないので、たまの帰りにはいつも大仕事をやり遂げたような気分になる。てゐはまた鼻歌を歌っているようだ。耳元で風を切る音が邪魔をしてはっきりと聞き取る事は出来なかった。こいつ結構歌が好きなのかしら、と霊夢はぼんやりと考えた。そうして、そこそこに重量のあるかごを、二人は何度か交代で持ちながら神社へと帰った。
「ふへーっ、疲れたぁ」
神社に着くなり霊夢は居間にうつ伏せに倒れ込んだ。
「こら、だらしないよ」
「ぎゃふ」
てゐが窘めながら霊夢の背中の上に飛び乗った。流石に着地の瞬間には肺から空気が漏れ出て苦しかったが、てゐの体重を背に乗せる事自体は苦でもなかった。むしろ、いい塩梅である。
「あー、そこそこ。もっと踏んで」
「わたしゃそういう趣味は無いよ」
名残惜しそうな霊夢を呆れた目で見下ろしながら、てゐはさっさと背中から下りてしまった。仕方なしに霊夢は体を起こして、肩だの腰だのを自分の拳でほぐし始める。
「おばさん臭っ」
「うっさいわね」
「疲れてるんだったら先にお風呂入ってきちゃえば? その間にご飯準備しとくけど」
「そりゃありがたい話だけど、もうそういう分担でいいの?」
朝からの事もあり、流石に少し引け目を感じて霊夢がそう言うのを、てゐは霊夢らしくないね、と一笑に付した。
「こりゃ楽になったわ、くらいに構えてればいいじゃん。働いてもらいたい時には尻蹴っ飛ばしてでも働いてもらうしさ」
「ま、それもそうね。じゃあお言葉に甘えてお風呂頂いてくるわ」
「ごゆっくりー」
着替えやらを引っ掴んで浴場へ向かう。台所のてゐが相変わらずくるくると働いているのを横目に、つっかけを履いて霊夢はお勝手を出た。
日の沈んだばかりの夕刻の裏庭は薄暗かった。立ち並んだ木々は、わずかばかりの茜色を残した空を背にもう真っ黒に浮き出して、その伸ばす枝から逃げるように一番星が弱く弱く瞬いている。先刻よりの微風に揺られる葉ずれの音の中に、裏山で一羽だけ思い出したように鳴いている烏の声が場違いに混ざった。普段霊夢は気にした事も無かったが、そこを独りで横切っていく自分自身の姿も含めて、きっとそれはかなり寂しい光景だったのだろう。
今は違う。霊夢が振り返ると、台所の明かり取りの窓から漏れる光と、それを反射して漂う湯気が見えた。菜を刻む包丁の音が聞こえた。ただそれだけで、白黒の絵に色を入れた様に、裏庭の風景には確かに暖かみが生まれていた。ぽつんと裏庭に立ったままの霊夢の胸に、じんわりと感慨が湧く。それは、生きるという事の喜びや悲しみだとか何かそういったものだったが、霊夢はその感情に言葉を与えずに、そのまま抱えて再び歩き出した。これまでもそういうやり方でずっと過ごしてきた。ふさわしい言葉を探しながら生きるのは魔法使い連中に任せておけばいい。
ただ霊夢は思う。今は違う。全然違う。
髪を洗いながら霊夢が頭の中で繰り返し繰り返し反芻していたのは、(全然暮らしていけるわ)という感想であった。
独りで暮らす生活がもう長く、他人と馴れ合うのも好まない自分である。いつか誰かと連れ添って暮らすようになるのをぼんやり空想した事もたまにはあったが、あまりにイメージが出来ない自らに呆れるほどであった。まして、相手がてゐである。これはもう、全くもって想像の埒外の話だ。ところがどっこい。(全然暮らしていけるわ)、なのである。
後は、自分次第だ。
「ふう」
温泉につかると自然と吐息が声になって出た。「極楽極楽」などと続けて言ってみる。極楽浄土には温泉があるのだろうか。もし温泉が無いのだとすればそんな極楽は願い下げである。なるべく長生きしようと思う。しかしそもそも自分は極楽に行けるのか。日頃の行いも省みるに地獄行きの目も十分ありそうだ。では地獄には温泉はあるのだろうか。似たような物はあるらしいが。つらつらとどうでもいい事を考える。
(さて)
どうするか。
洗いざらいてゐにぶちまけるか、否か。
あるいはしばらく黙っていて、解決の糸口を探す手もある。慧音や紫に相談してみてもいい。
もしくは。ずっと何も言わずに今のまま暮らしていくという選択肢も、ある。
いずれにせよ、事ここに至っててゐを傷付けるか裏切るかは避けられない。実に不愉快な事ではある。ただ、朝から一貫して霊夢は考えている。そんな事は斟酌に及ばないのだと。自分が自分としてある中で、他人がそれに対してどんな感情を抱こうが、霊夢には関係が無い。
だから、後は、自分次第だ。
(私は、どうしたい?)
(今、私は、どうしたい?)
私は。
あいつと一緒に居たい。
今も台所でぱたぱた走り回っているであろう、あの兎と一緒に居たいと思う。
例えこの感情が、失われた自分の残滓であったとしても、今自分の中に想いがある事自体は紛れもない本当で。
ここに想いがある以上は、経緯だとか規範意識だとか、そんなものはもうどうでも良い。
ただ、あるがままに。自分に素直でありたい。
私はこの秘密の重さを抱えたまま、変わらずにずっと暮らしていけるだろうか?
両手で湯を掬い、そこへしばらく顔をうずめる様にしてうつむいてから、霊夢は首を上げた。
(大丈夫。全然暮らしていけるわ)
秘密の一つや二つを抱えられるくらいには、自分だって十分今まで少女をやってきたのだ。
狡い、と思う。しかし、恋する乙女とは狡いものだ。私は、その狡さで『変わった私』という恋敵から伴侶を奪うのだ。
霊夢は認めた。私は、恋をしてる。
今、恋をしていて、消えたしまった私の分を埋めていくように、これから、恋をしてゆくのだ。
そして、これが夢だとするならば、なおの事。
夢の中でくらい、恋に生きる博麗霊夢が居てもいいのではないだろうか。
「随分さっぱりしたみたいだね。なんかいい顔してる」
「そう? 顔がいいのは元からよ」
「あっそ。髪ちゃんと拭きなよ。すぐにご飯だから」
「はいはい」
夕食も実に素晴らしく、霊夢は大いに満足した。特に鰈の煮付けはこの上なく美味であった。幻想郷において海の物は大変に貴重であるから、普段とても霊夢が手を出せるような食材ではないのだが、そこはてゐの目利き口利きの勝利である。
「うーん、美味しかったわ」
「お粗末様。お口に合って何より」
「やっぱりあんた、料理上手だわ」
「えへへ。まあ、二人のご飯だからっていうのもあるんじゃないかな。なんか、ほっこりした感じで、いいよね」
霊夢とてゐとでは今と比べる食事の風景がまるで正反対だろうが、確かに霊夢にとっても二人の食事は悪くなかった。独りでもそもそ食事をとるより断然良い。宴会の大勢での馬鹿騒ぎともまた違った。のんびりと食後の茶を啜りながら他愛も無い事をしゃべくる時間も、心地の良いものだった。
「はい」
ちゃぶ台を脇に退けて、てゐがてしてしと膝を叩いた。
「何?」
「ん」
てゐがこっちに耳かきを示したのを見て、ようやく霊夢はその意図を察した。
「え、それくらい自分でやるからいいわよ」
「いいから」
再びてゐが膝を叩いて手招きする。ひとしきりの応酬の後、渋々霊夢はてゐのほうへいざり寄り、その膝に頭を乗せた。頬の下のてゐの脚は細かったが、華奢というよりは瑞々しく引き締まって、健康美を湛えていた。一言で言えば、固い。
「あんたもうちょっと太れば? 寝心地が悪いわ」
「食べても太らないんだよね。うわー、汚いなこれ」
「そういう事は言わなくても良いでしょ」
「あはは、大漁大漁。これは面白い」
実際面白いように耳垢が取れるのでてゐは夢中になっているようだった。大きいのが出て来る度に「ほれ」とわざわざ見せてくるので、霊夢は仕返しに手を伸ばしててゐの足の裏をくすぐってやった。
「こら、こしょばいって、ちょっと! うひひ、危ないよ、危ないから!」
「余計な事しないで黙って奉仕してればいいのよ、あんたは。わかった?」
「わかった、わかりました。うわ、これすごい! ほら! あっ、あひゃひゃ」
きゃあきゃあ騒ぎながら両耳共をなんとか終えた。二人共が爽快な表情である。
「うーん、すっきり。心なしか聞こえが良くなった気がする」
「そりゃあ、あれだけ詰まってればねえ」
「なにおう。あんた覚悟は出来てるんでしょうね」
「お風呂に行って来まあす」
そそくさと居間を後にするてゐの後姿を見送ってから、霊夢はごろんと畳の上で横になって、満足気に息をついた。目地を指でなぞりながら、霊夢は目を閉じて思いを馳せる。昔、やはり母親の膝に頭を預けて耳掃除をしてもらった記憶。柔らかなぬくもり。酷くおぼろげだ。積み重なった無味乾燥な月日の向こうで色褪せて霞んでいる。それが本当にあった事なのかどうかも、わからない。でも、確かに霊夢の耳には残っている。耳かきの感触と、優しい旋律の鼻歌が。
霊夢はゆっくりと体を起こし、耳かきを手に取って眺めた。今頃、てゐも湯につかりながら鼻歌を歌っているのだろうか。誰かの耳を掃除してあげたことなど、勿論無い。てゐが風呂から上がるのが待ち遠しいくらいだった。
「上がりました…って、何でそんなに準備万端なの…」
「いいから早くこっちに来なさいよ」
「えええ…なんか恥ずかしいな…」
「今更何言ってんのよ。こっちは散々恥ずかしい思いしたっての。ほら早く」
「うん……まだ濡れてるけどごめん」
「おお、柔らかい…」
「ちょっと、あんまり触ったらくすぐったいって朝も言ったでしょ」
「だってこんなに気持ち良いのに触らずにいられないわ」
「やだあ」
「おお、穴はこういう風になっているのか…」
「まじまじと見ないでよ…デリケートなんだから優しくしてよね」
「私も初めてだから約束は出来ないわ。……どう?」
「ん…大丈夫。気持ちいいかも」
「結構楽しいわね……ほら、どんどん出て来る」
「やだ、恥ずかしいから見せなくていいよ!」
「さっきのお返しよ。ほれほれ」
「霊夢の馬鹿あ」
幻想郷の夜空を、二人の魔法使いが凄まじい勢いでかっ飛んで行く。魔理沙とアリスである。二人とも顔を真っ赤に紅潮させている。随行する上海と蓬莱の滅茶苦茶な蛇行がその心理状態をよく表していた。
「だから新婚の家庭に夜にいきなりお邪魔するなんて無粋だって言ったじゃない!」
「いや本当にすまん。しかしまさかこの時間からあそこまでとは思わなかったんだぜ…」
新婚家庭にサプライズで突撃し、散々からかってやろうとは魔理沙の発案だったのだが、博麗神社にそっと降り立ち、障子を隔てて突入の機会を窺っていたところ中から聞こえて来たのが上記の霊夢とてゐのチョメチョメな会話である。気まずい事この上ない。
「何も考えずにいきなり突入してたら間違いなく殺されてたな…」
「あー焦ったわ。まだ心臓がドキドキ言ってる」
その動悸が驚きや恐怖、あるいは脱兎の如き逃亡のみによってもたらされたものではない事はお互いよくわかっていたが、わざわざ言葉にするような事でもなかった。
夜も更けてから、魔法の森には二つの嬌声が響いたという。
「ホラホラ、ホラーイ」
「シャ、シャンハアアアアァァァイ!!」
夏が終わり、先頃紅く色付いたと思った葉がいつの間にか木枯らしに散り、その上に雪が積もるに至るまで、日常は恙無く博麗神社を通り過ぎていった。
無論、様々に変わっていった事はある。てゐと連れ添った事による変化もあれば、全く関係なく出来した事件による変化もあるし、ただ時の経過と共に少しずつ変わっていったものも含めて。ただ、本質的な部分には何らの動揺も無かった。すなわち、霊夢は相変わらずのん気に日々を謳歌し、たまに幻想郷在住のあれやこれやの馬鹿共と阿呆をやりながら、そこそこに楽しく暮らしていた。
当初の見立て通り、博麗神社への参拝客が微増した点は記しておくべきだろう。しかし人里の賢者曰く、それは幸運の兎のご利益目当てというよりは、以前と比べて巫女さんの人当たりが良くなったとの評判に負うところが大きいようだ。まあ、あいつはそう言っても絶対認めないだろうがな、と慧音は笑う。
新たな異変も年の瀬近くに起こった。勿論今回のサポートにはてゐが付き、異変自体は速やかに収束、お約束の宴会をもって解決となった。霊夢は文文。新聞のインタビューになかなかトリッキーな支援で楽しめたわ、と涼しい顔で答えたが、読者からの反響は主に一面を飾った、紅白腋開き巫女装束のペアルックを満面の笑みでてゐに強要する博麗の巫女の、望遠盗撮写真に対してのものがほとんどであった。『怖い』『意外な一面を見た』『かわいい』『てゐかわいい』『怖い』などなど。この快挙により文文。新聞は創刊以来最高発行部数を記録し、文は全治三週間の重傷を負った。
要するに、大して何の変化もないと思っていたのは霊夢だけであって、霊夢自身も大きく変わっていたし、それに伴って霊夢の周囲もまた十分影響を受けていたのである。より正確に言うならば、霊夢の周辺の人物はそもそも霊夢とてゐが契りを交わすに至るまでの過程をつぶさに観察してきたのであって、もう今更その変化を取り立てて指摘するような段ではなかっただけの話であった。
正直に言えば、霊夢自身、(別に私は変わってない)と自分に言い聞かせているだけで、自分のありようが以前と全然異なっている事くらい十分にわかっていた。むしろ、一人欠落を抱えた霊夢こそが、自分の変化を最も客観的に捉えていたと言える。
そこそこに楽しく暮らしていたというのは大嘘だった。霊夢は、とてもとても楽しく暮らしていた。
いつでも側にてゐがいた。
『変わった私』の消えて生じた穴は、てゐと二人で過ごす時間が瞬く間に埋めて、まさに元通りになった。霊夢は自らの変わる過程をなぞって追体験していったのだから。
ただ霊夢は、失われてしまった、その変わっていく過程にあったはずの思い出達を、もったいないと感じている。だから、穴を埋めてなお溢れていくほどのてゐとの日々を、時間を、失われたそれに絶対に負けないぐらいに輝かしいものであるように、大事に過ごしてきた。
抱えた秘密の重みを忘れる事はなかったから、新しく重ねる暮らしを常に誠実に愛してきた。
喧嘩をして、怒ったり泣いたりもした。博麗霊夢が泣くなんて! そんな一幕でさえ、大切で大切で仕方のないものだ。
霊夢は幸せだった。
そして変わる前の自分は決してこの幸せを知る事が無かったのだと思うと、幸せだと思える事が幸せだと思う。
こんなにも幸せだから。
やっぱり、夢なのかも知れないと思う。
夢であっても構わない、とさえ思う。
それくらい、霊夢は幸せだった。
春になった。
例年よりは少し早い春告精の訪れからこっち、陽光は目に見えて麗らかさを増して、日に日に春めく幻想郷のそちこちに負けじと博麗神社の桜も随分見頃になってきた。
気の逸った花弁が早くも散り出した境内で、箒を持つ手をしばし休めて霊夢は華やかに咲き誇る桜を仰いだ。
聞くところによれば、霊夢がてゐに結婚を申し入れたのが昨年の桜の季節であり、また霊夢とてゐが交際を始めたのがやはり一昨年の花見の折だという。
満開の桜の下、花びらの風に舞う中、いったい自分はどんな顔をして、どんな台詞を吐いたのだろうか。自分にしては妙に舞台が整い過ぎて芝居がかっているのが嘘臭くて、霊夢にはぴんと来ない。
霊夢はそんなに桜が好きではない。嫌いという事もないが、世間で持て囃されるほどに桜に特別な感慨は無かった。見れば人並に美しいとは思うし、あっという間に散っていく様にはやはり儚さを覚えるが、神社の名物とさえ言えるその花を愛せないのにはいくつかの理由があった。
一つは、桜の花が不当に贔屓されている気がするからだ。確かに満開の桜は美しいが、その幹も、梢も、葉も、あるいは根もまた桜であって、花ばかりが愛でられるのは仕方の無い事とはいえなんとなく合点がいかない。霊夢は夏の青々とした桜も、秋の侘しく紅葉した桜も、冬の寒空に毅然と立つ桜も、決して春の姿に遜色は無いと思うのである。また、花の美しさを言うのであれば、桜に限らず四季折々の花々はそれぞれに美しいのであって、殊更に桜が愛されるのにはそこに仮託された余計な感傷が邪推されて、嫌だった。
そして、花見がある。勿論桜以外の花を見る花見の席もあろうが、何も断らずに花見といえば、それは桜の花を指す事は自明だ。かつ、花見と言いながらそれにかこつけて碌に花も見ずに酒ばかり飲む。釈然としない。何か理由をつけて酒を飲みたい気持ちは霊夢にもよくわかる。ただ、他所に呼ばれて行くのは大歓迎だが、神社の境内の花見が半ば恒例行事になっているのは勘弁して欲しかった。つまり、単純に宴会の準備やら後片付けやらが面倒なのであった。もっとも周辺に言わせれば、霊夢がそれを面倒がるほどに働いているかどうかには疑問が残るだろうが。
ただ、霊夢が桜に対して良いイメージを積極的に持てない最大の理由は、その花が散る度に、何か大切なものがほどけて、花弁と一緒に風に舞って消えていってしまっているのではないか、という漠然とした不安を感じるからである。それは決して時の移ろいへの嘆息を桜に重ね合わせているのではなくて、霊夢にとってもっと現実的な虞であった。
霊夢には幼い頃の記憶が無い。思い出せる限りにおいて、自分はずっとこの博麗神社の巫女であり、独りだった。そして、神社で暮らす同じような時間、日、月、年の積み重ねの中で、それがいったいいつからの事なのか自体が曖昧になっていた。自身の出自すら不明である。神社のあちこちをひっくり返してみても、博麗霊夢の過去を示唆する何物も無かった。母がいた、とは思う。毎日の生活の中でふと、自分の中に僅かに染み付いた母との暮らしの痕跡に気付く事があった。色も香りも失せて、最早そこに浮かび上がる感情は無かった。磨耗していった自分の過去と記憶。その象徴が、毎年毎年繰り返し咲いては散る、桜の花であった。
霊夢がはっきりと覚えている最も古い記憶。
幼い霊夢は境内の真ん中で鳥居に向かって立っている。薄曇りで、風が酷く強い。暴れる髪が頬を叩いている。桜が凄まじい勢いで散っていて、花弁が視界を埋め尽くさんばかりに踊り狂う中、霊夢はただ立っている。
桜花の乱舞を眺める霊夢は、呆然としていた。喜怒哀楽も、好悪もなく、呆然としていた。何故自分が呆然としているのかはわからない。ただ霊夢は桜吹雪の中に立ち尽くしていて、そこには何か大きな喪失感のみがあった。
霊夢の記憶はそこまでだった。そこで終わっているという意味でもあり、辿っていってもそれ以上遡れないという意味でもある。あの桜吹雪が遮る向こう側の景色を、どうやっても霊夢は覗く事が出来ない。
霊夢は、桜を好きにはなれない。
今もまた、桜の季節と共にあったはずのてゐとの顛末が自分の中から失われている事が、霊夢にはこの上なく気持ち悪かった。
我に返れば、そこそこの時間を箒を持ったままぼーっと桜を眺めて突っ立っていたらしかった。霊夢は境内の掃除を再開した。
単調な作業の繰り返しと箒が地面を撫でる規則的な音と、そして自分の日常をなぞる行為そのものが、いつだって霊夢に心の平穏をもたらしてくれる。
本格的に桜が散り始めれば、掃いても掃いてもきりのないそれは、多少の苛立ちをも伴うものでもあったが。それもまた、霊夢の桜に対する負の印象の理由の一つであった。
「お疲れ様でございました」
鳥居の方から声が聞こえたので霊夢が顔を上げると、丁度石段を上り切ったらしい二つの人影が見えた。日傘を差した方のはすぐに紫と判別できた。もう片方の人間は女性らしく、疲労困憊といった様子であった。すぐ人間であると断定出来たのは、紫がこうやって誰かと徒歩で神社にやって来る用事は一つしか無く、そして春はそういう季節だったからだ。紫が微かに頷いてよこした。
「あちらが巫女様でいらします。お留守でなくて良かったですわ」
そんなような事を言いながら紫がこちらを示したので、霊夢は軽く会釈をした。
「随分とお疲れのご様子ですから、まずお茶でもご準備頂きましょうか」
同行の人間を労わりながら紫がしゃあしゃあと言うのを聞きつつ、霊夢は箒と共に屋内へ戻る。
「てゐー。お茶準備してくれるー」
「お客さん?」
てゐが手を拭きながら台所から顔を出した。
「迷い人。春先は多いのよ」
「ああ」
幾度か外から迷い込んだ人間を帰すのにも立ち会ったてゐはすぐ合点して、再び台所へ引っ込んだ。外へ人を帰すのも色々と手間のかかる作業ではあるから、最近では準備も手伝えるようになったてゐの存在はありがたかった。
件の女は少しおどおどとした雰囲気で、紫と並んで座りながら神社のあちこちに所在無げに視線をさまよわせており、改めて霊夢が挨拶するのにも何かそわそわとして伏し目がちに応えた。てゐが盆を持って茶を運んで来ると、女はその耳を見て明らかにぎょっとしたようだったが、紫に何やかんや話しかけられながら茶を飲む内に少し落ち着いてきた。
「お疲れになるのも無理はございません。このように随分と辺鄙な所に神社がございますゆえ」
青白かった女の顔に血色が戻ってきたのを見ながら紫が言った。気遣わしげな表情を女に向けているが、霊夢が何も言えないのを良い事に言葉の端々であてこすっているのは明白だった。霊夢は覚えてろよクソババア、と思う。
「それもありますが、あの、人を取って食う化生の類がいるような話を聞いたものですから…道中気が気ではなくて」
「あら。そのようなお話、お信じになりまして?」
口元をわざとらしく扇子で隠しながら紫が笑う。あんたがずっと並んで歩いて来たそこのババアがその化物の最たるもんだよ、と霊夢はよっぽど女に言ってやりたかった。
「あの、ここへ迷い込んでから、色々と信じられないような事ばかりで…信じられる事と信じられない事の区別が出来なくなってしまいました」
「お気持ちは良くわかりますわ。ここは非常識な事ばかりですもの」
そう言いながら非常識の塊である大妖怪はまた笑った。
どうせ外の世界に帰れば幻想郷の事は忘れてしまうらしいのだから、何故そうするのか霊夢にはわからないが、紫は外に帰る人間を神社に連れて来る際には、自身の正体を明かさず、無論、能力での移動はおろか空を飛ぶ事もしない。紫曰く、外の世界の人間には外の世界の理があるから、との事だそうだ。スキマを使って人間を神社に放り込めば余程楽だと思うのだが、散々こうして文句を言いながら、律儀に歩いて神社まで来るのである。
「大丈夫ですわ。こんななりで頼りなく見えますけれど、こちらの巫女様がきちんと貴女を元の所へ帰してくれますから」
「よ、よろしくお願いします」
「まあ、ちゃんと帰してあげるから心配しなくていいわ」
「この通り無愛想なんです。この巫女様は別に怒っているわけではなくて、生まれつきこんなお顔をされていらっしゃるのでお気になさらず」
よし後で紫は殺そう。霊夢は固く誓った。
「それでは私はお暇いたします。もうお目にかかる事はございませんが、お元気で」
「あの、本当に色々とありがとうございました」
艶やかな笑みを残して去って行く紫に深々と頭を下げた女は、霊夢に向き直った時にはあからさまに不安げな表情だった。あーそうですか、博麗の巫女よりあんな妖怪の方が信用出来るってんですね。詮無い事で憤る霊夢。余計怯える女。紫が去った途端、場を支配する圧倒的気まずさ。
「それじゃあ、お清めしましょうか。こちらへどうぞ」
横からてゐがにっこり笑って手招きすると、女はほっとした顔で立ち上がり、そそくさとついて行った。あんた、さっき思いっきりてゐにビビってたくせに…。人間に妖怪より恐れられる巫女様は、おかしい、こんなのっておかしいよ、と呟きながら諸々の準備にとりかかった。
幻想郷の端に位置する博麗神社の、丁度鳥居の部分が外の世界との境界にあたるわけであるが、無論誰かが鳥居をくぐる度に外の世界に放り出されるはずもなく、外に迷い人を送り出すのにはそれ相応の手順が必要となる。ごく大まかに言えば、①鳥居に扉を降ろす②扉を開く③送り出す④扉を閉める⑤扉を昇げる、というステップがあり、この内②~④については鳥居の前で行うのだが、①と⑤は本殿にて陰陽玉を用いて儀式をしなければならない為、内外の行ったり来たりもかなり面倒になる。これを一人でやるとなると相当に時間を食うが、てゐが女に手水を使わせたり案内をしている間に本殿で扉降ろしの儀を行って、といった具合に今は随分時間と労力の節約が図れるようになった。
儀式としては実際に神経を使うのは①及び⑤の部分であり、これは幻想郷の結界の管理者である博麗の巫女にとっての秘蹟とも言うべき業である。そもそもの定義の部分で博麗の巫女でないと執り行えない式で、外部へ盗み出される類の技術ではないが、ここにはてゐでさえも関わらせた事は無く霊夢一人で本殿にこもる。勿論②~④も多少の神通力は要するが、こちらはお祓いや地鎮祭等と同じようなもので、形式をきちんと踏んでいけばそれほど難しいものではなかった。したがって、がんがんてゐに準備を任せる。
霊夢が扉を降ろし終えて出て来ると、てゐと迷い人の女はすっかり準備を整えて鳥居の前で待っていた。神酒やら玉串やらもきちんと揃えてあり、鳥居の下は薄い半透明の膜がかかったように、その向こう側の景色が幽かにぼやけて見えた。万事滞り無し。
「じゃあ、今から帰すけど。いちおう聞いておくけど、ここに未練はないのね? 多分二度と戻って来れないし、ここであった出来事も、ここの存在自体も忘れてしまう事になるわ」
「…大丈夫です。お願いします」
女は相変わらず頼り無げな様子だが、その目には確かに意志の光があり、霊夢は頷いた。
霊夢は外の世界を知らない。知らないが、この幻想郷の事はそれなりに気に入っていて、別に出たいとは思わない。しかし、帰っていく迷い人達はこの女のように、皆どこか決然として去って行く。きっと、家族だとか恋人だとか約束だとか、その人を繋ぎ止めている何かが外の世界にはあって、そういう何かが外の世界の理、という奴なのかも知れなかった。
鳥居の向こう側に女は姿を消した。かき消える一瞬、振り返って頭を下げる女の姿が見えた気がしたが、ふいの突風に舞った幾枚かの桜の花弁が眼前を横切った後には、もう何も無かった。
扉を閉じて、献じていた種々を下ろしながら、霊夢はてゐにぽつりと言った。
「さっき、桜が散ったでしょ」
「うん?」
「あれって、あの女の置いていった幻想郷での記憶が、花びらになって散ったんじゃないのかと思う」
「……」
てゐは、何とも形容し難い神妙な顔つきで霊夢を見ていた。我に返った霊夢は急に恥ずかしくなった。
「変な事言ったわ。忘れて」
「霊夢って、意外とロマンチストだね。はいお神酒」
「ちょっと魔が差しただけだから」
くすりと笑ったてゐから杯を受け取ると、霊夢は照れ隠し半分にくいとあおった。通例なら口だけつけて地面に撒くのだが、戴く方が本来だし、量も酒精も微々たるものだ。
「…じゃあ、散った花びらをもう一度拾い集めたら、記憶は元通りになるかしら」
そんな事をてゐが言ったので、霊夢は苦笑いした。
「きっと、集めた花びらを、向こう側に届けてあげなくちゃいけないでしょうね」
「そりゃ、そうか。面倒だねえ」
「さて。扉を昇げてしまわなくちゃ。ここ、片付けお願いね」
そう言って本殿に戻ろうとした霊夢は、急にくらっと眩暈がきてその場にうずくまった。
「霊夢?」
「大丈夫、立ちくらみ」
しかし、一向に頭のふらつきは収まらず、酷くなる一方だった。さっきの神酒で酔うほど霊夢が酒に弱いはずも無く。
――さっきの神酒?
博麗の巫女の第六感がびりびりと何かを告げている。どうせ告げるなら、杯に口をつける前にして欲しかった。
「…てゐ、あんた――何か入れた…?」
「えっへっへ。だいせいかーい」
どうにか頭を起こして見上げたてゐの顔には、あの狡賢い、悪戯兎の黒い笑みが貼り付いていた。連れ添ってこの方ついぞ見なかったその表情に、霊夢は愕然とすると共に、胸に何かすとんと落ちて嵌まるような感覚と、何故か泣きたくなるような懐かしさを覚えた。
「大丈夫。八意印の麻酔薬だから。体に障るような事は無いし、ちょっと寝て起きたらさっぱり気分爽快って代物」
「なんで、こんな事を」
霊夢の頭の中でぐるぐるぐるぐると渦を巻く『なんで』に、てゐは勝ち誇って答えた。
「わたし、ずっと外の世界に行きたかったの」
てゐの言葉の、ずっと、の部分がずしんと重くのしかかってきて、霊夢は全てを悟って心が砕けた。
てゐの献身も、心配りも、交わした言葉も、眼差しも、体温も、虚構だった。
共に過ごした日々の、あんなに輝いていたどの一分一秒も全ては幻で、そこにあったはずのとりどりの感情は、一切合切がゆらめく陽炎に過ぎなかった。
朦朧とし始める意識の中で、霊夢は、やっぱり夢だったんだ、と思った。
やっぱり夢だった。わかってた。わかってたわよ。
「そんな事の為に…」
その先に続けたい言葉は多過ぎて、霊夢は何も言えなかった。そんな事の為に私の時間に、生活に、心に土足で上がりこんだのか。とも言いたかったし、同じくらい、そんな事の為にあんたの時間を、生活を、心を泥中に投げ捨てたのか。とも言いたかった。
馬鹿だ。ひたすら霊夢は呆れた。馬鹿だ。あんたは馬鹿だ。どうしようもない程の馬鹿だ。本当に本当に馬鹿だ。
「わたしにとっては、そんな事、なんかじゃなかった」
てゐの言葉に突然、激情が奔流となって霊夢から溢れ出した。
そりゃこんな手の込んだ事するくらいならそれなりの理由はあるんでしょうよ。でもあんたの事情なんか知らないわ。
どうしてくれるのよ。
全部が嘘だったってわかった今ですら、あんたを失う事の哀しみばっかりが止めどなく湧いてくるこの私の心を、どうしてくれるのよ。
霊夢は、ぼろぼろと次から次にこぼれ出す涙が頬を伝う熱さを感じていた。
「私を、騙したのね」
そう言ってから、霊夢は自分もまたてゐを騙していた事を思った。ただ、自分は負けただけだった、そんな気がした。こんな嘘で塗り固めた茶番に、おままごとに、本気になっちゃった私の負け。
てゐは、何も言わなかった。霊夢は続けててゐを詰った。
「あんた、幸運の兎なんでしょ。私を、幸せにしてくれるんじゃなかったの」
「こんな腹黒の詐欺兎と別れられて、幸せでしょ」
てゐはにやっと笑って答えた。
ああ。霊夢にはわかってしまった。
また、この兎は嘘をついた。その笑みは嘘だった。この大馬鹿は詰めが甘い。どうして最後まできちんと騙し切ってくれなかったのか。
あんた、泣いてるじゃない。あんたも、負けたんだね。ざまあみろ。ドローだ。
それでも、こいつは私を、そして自分自身をぶっちぎってまで去る。
それを思うと、霊夢は叫び出したかった。
(幸せじゃない! 全然幸せじゃない! 全然、幸せじゃないよ!)
もう、声は出なくて、薄れる意識を掴まえていられなかった。目蓋が、手足が石のように重く、はるか遠くに微かにてゐの声を聞いた。
「おやすみ、霊夢。いい夢を」
ばーか。胡蝶夢丸ナイトメア並の悪夢真っ只中よ。
さよなら。
そうして、また一陣の風が桜の花弁をのせて、博麗神社の鳥居の間を吹き抜けていったのであった。
* * *
顔の右半分をじりじりと焼く熱と、喉の奥にひりつく痛みを、まず感じた。反対の左頬の下には縁側の板の感触があって、霊夢は午後の日光に晒されながら、体を丸めるようにして横臥していたのだった。午睡している内に日陰が移動していったのに違いなかった。
目を閉じたまま、自分の浅く速い呼吸と、汗ばんで火照った体を意識していた。頭がはっきりしてくるにつれ、日向に窮屈な体勢で固い床に寝ていた全身のあちこちが訴える不平不満が聞こえてくるが、特に顔面には明らかに違和感があった。汗と涙と鼻水と涎でもうぐっちゃぐちゃだったのである。
霊夢は唾を飲み込もうとして、激しく咳き込んだ。これだけ体内の水分を消費した上、鼻も詰まっていて口で呼吸をしていたのだから、口腔内から喉に至るまで完全に干上がっているのも当たり前だった。咳をした拍子に頭もがんがんと痛み出して、いよいよ調子は最悪だった。霊夢は起き上がれなかった。長かった酷い悪夢にこてんぱんに打ちのめされていた。こんな寝方をしていればうなされるのも当然だな、と自嘲を漏らそうとして、再び咳き込む。吹き込んだ風に乗って大量に霊夢の上に積もっていたらしい桜の花びらが、身じろぎにはらはらと落ちた。
「ごめんください」
とても人様の前に出られるような状況ではない。見てくれも、体調も、そして心情も。表から聞こえてきた声を霊夢は黙殺しようとしたのだが、ふらふらとそれでも立ち上がったのは、このまま寝っ転がっていたらより重篤な状態になって取り返しがつかなくなる、と恐れたからであった。凄まじい惨状であろう顔面をとりあえず右の袖で拭こうとして、既にそれが重く湿っている事に気付いて霊夢はうんざりした。反対の袖でごしごしやってから、覚束ない足取りで霊夢は表に向かった。
「あ…寝てたんだ、ごめん」
明るい生命力に満ちた昼の世界の中で、登校日を間違えた児童のように鈴仙は立っていた。困り顔のよく似合う月の兎はさっと目を伏せて、霊夢は自分の顔の酷い有様について鏡を見るような思いだった。その不器用な実直さが、今はありがたかった。
「あんたも水でいいでしょ。裏に回ってくれる?」
柱にもたれながら霊夢がかすれ声でそう言うと、鈴仙は頷いた。
裏庭にて、見かねた鈴仙が代わりに井戸から水を汲み上げてくれ、霊夢はまず顔を洗って、それから柄杓に口をつけた。
「げっほ、げほっ」
「うわ、汚いなあ。大丈夫?」
ぼたぼたと垂れる水で前を濡らしながら霊夢は鈴仙を睨んだ。それから、再び柄杓に水を掬ってごくごくと喉を鳴らして飲んだ。
「…ぷはーっ、げほっ、げほっ」
「むせるほど喉が渇いてたの?」
霊夢は相変わらず黙って鈴仙を睨んだまま、柄杓を差し出した。理不尽な八つ当たりには耐性の高い鈴仙は、続けて喉を潤して息をついた。
「冷たくて美味しい。もうすっかり春ね、ちょっと汗ばむくらいの陽気だし」
「で、何の用なのよ」
「ああ、これこれ。おすそわけ」
鈴仙は携えて来た包みを霊夢に手渡した。
「…団子?」
「昨日搗いたのよ。色々と新作を試していたら出来が良くてね、作り過ぎちゃった。それで、姫様が霊夢の所にって」
「輝夜が」
受け取った団子の包みを眺めながら、霊夢は永遠亭の賑やかな団子搗きをぼんやりと思い浮かべて、胸の内を豪と駆け抜けた突風の衝撃と冷たさに絶句した。
「あのさ」
「何?」
「あんたんとこの悪戯兎は、元気?」
霊夢の言葉を聞いた鈴仙の表情の変化は、かろうじて鶴の体裁を保っていた折り紙をぐしゃっと丸めて潰す様に似ていた。
「…こっちにも戻って来てないの。ごめんね」
霊夢は首を振った。
「――わかってて聞いた。気にしないで」
「ごめん」
鈴仙は心底申し訳なさそうに再度謝った。
「あんたが謝るような事じゃないでしょ」
「…そうだね。私が謝れるような事じゃないよね」
その受け取り方は流石に卑屈に過ぎる、と霊夢は思ったが、結局黙っていた。
そこからは会話も無く、そしてそこにふさわしい言葉を見つける事が出来ない自分を鈴仙は責めてすらいるようだったが、やがて「また、来るね」と言い残して、泣き出す寸前の顔のまま帰って行った。そういう様を、霊夢は善い奴だな、と素直に受け止めたが、仕方が無かった。
お勝手から上がって、団子をしまってから、霊夢はしんとした台所に立っている。ぐるりと見回しても、音も匂いも無い、台所だ。
しゃんと覚醒した頭には、もう十分過ぎるぐらいにわかっている。
夢だったし、夢じゃなかった。
夢じゃなかったし、夢だった。
霊夢のてゐとの新婚生活はやはり夢だったが、それは実際にあった事の再体験だった。はっきりと確信出来る。
だって、全ての記憶はもうここにあるから。
てゐとの神社での暮らしの全ても。別れも。
そして、夢の中の自分が失っていた、『変わった私』と、そこにあった思い出の日々も、間違いなく今は霊夢の中にある。
霊夢は、恋をして、結婚をして、そして、今は独りだ。その全ては、夢じゃなかった。
二年前の博麗神社での花見に話は遡る。
境内の桜は見事に咲き誇り、しかし正直それとはあまり関係無く、数多詰め掛けた人妖はいつも通りのどんちゃん騒ぎであった。
「なんか、年々妖怪の割合が増えていってる気がするのよね」
「気がするというか、間違いなくそうだろ。人間で増えた奴が誰かいるのかよ」
「あ、はいはーい」
「あんた自分で現人神とか言ってなかったっけ」
おおよそ幻想郷の主立った連中は皆来ていたのだから、宴会の規模たるや推して知るべし。勢力毎に緩く固まりながら、しかし活発な行き来もあり、賑やかかつ和やかに宴は熟していた。やり始めてから結構な時間も経過しており、すっかり出来上がったのもそこここにいる。
勿論今回の花見の場所の提供者であり、一応のホストである霊夢の所にも、様々な者が次々にやって来ては酒を飲みつつ勝手な事を喋っていく。
「いやー人気者は大変だな、霊夢」
「あんたこそあっちこっちにちょっかい出して回ってるでしょ、顔が広くて結構ね」
「お、やきもちか? 照れるなどうも」
「阿呆。私、ちょっとお手洗い」
「ごゆっくりー」
魔理沙に見送られて霊夢は中座した。
用を足して厠を出ると、空には居待の月がぽかりと浮かんでいて、霊夢は酔い冷ましも兼ねて少し散歩でもしてみるか、という気になった。
表の喧騒から遠ざかるようにしんとして眠る裏山の方へ歩いて行くと、丁度月は山の上に陣取るような格好になり、それに誘われるように霊夢は山道へと足を踏み入れた。
しばらく山道を行くと、道の両脇にはちらほらと山桜が咲いていた。境内の見事な染井吉野ではなく、花と葉が一緒に出る奴である。坂の上から見下ろすように光を降らしてよこす月にそれは映えていて、なかなかに趣があった。境内で満開の桜をありがたがって、いやむしろそれすら無視して酒を飲んでいる連中よりは、余程自分の方が花見をしていると思うと、霊夢は少し優越感を覚えた。心の内で、あんな雅を解さない酔っ払いどもと違って、私はあんた達の美しさをちゃんとわかってあげてるからね、と山桜に話しかけさえした。まあ、ごく冷静な観点から言えば、それもまた酔っ払い特有の感傷的な言動と見る事も出来るが。
山道が途中でくの字に折れ曲がっている所には、大きく道の方へ山桜の枝が張り出しており、その下には一抱えほどの大きさの岩があった。
てゐは、その岩の上にこちらに背を向けてちょこんと座っていて、月と山桜を仰ぐようにして手元の徳利を傾けるその姿は、悔しいほどに様になっていた。一枚の絵のようなその世界に踏み込むのは少し躊躇われて、霊夢は足を止めて、しばし黙って眺めていた。
「もろともに あはれと思へ 山桜 花よりほかに しる人もなし」
細い声だった。
「悪くない歌ね」
てゐは予想したほど驚く様子も無く、ゆっくりと振り向いた。あるいは、霊夢の存在に気付いていたかも知れない。
「わたしの作った歌じゃないけどね」
「そう。でも気持ちはわかるわ」
「こんな情緒的な歌なのに? 霊夢にわかるとは思えないね」
「あんたにだけは言われたくないわ」
霊夢が歩み寄ると、てゐは右手のお猪口を揺らしながら「あんたのは?」と尋ねた。霊夢は手を広げて首を振った。てゐは何も言わず、酒を満たしてからお猪口を霊夢の方へ差し出した。受け取ってきゅっとやると、思いの外鮮烈な辛味が喉を下りていった。
「辛っ」
「お子様だね」
舌を出して顔をしかめながらお猪口を返す霊夢を見て、てゐは鼻を鳴らして笑った。そして、また酒を注いで煽り、軽く吐息を漏らした。ぺろりと舐めた唇が赤く、月に艶やかに光っている。
「ねえ」
「ん」
「あんたも、淋しいの?」
その時、確かに霊夢はあんた『も』淋しいの、と尋ねたのであり、そして、てゐは微かではあるが、間違いなく頷いたのであった。
二人の間に訪れた沈黙を、枝から山桜の花が見守り、坂の上の月が照らしている。霊夢は急激に気恥ずかしさを覚え、いたたまれなくなってきた。ばっと踵を返して山道を危なっかしい速度で駆け下りて行く霊夢の後姿を、てゐは不思議そうに見つめていた。
裏山から物凄いタイムで駆け戻って来た霊夢は、まず神社の蔵に飛び込んだ。あっちこっちをどったんばったんとひっくり返して、一心不乱に目当ての物を探す。
「あった!」
霊夢が黴臭い木箱の中から取り上げたのは、年月を感じさせる日本酒の壜であった。刻まれたその銘も、『隙間殺し』。歴代博麗の巫女のチート能力の粋を集めて作られたこの純米酒のアルコール度数は、鬼も魂消る百二十度だ。
壜を抱えて蔵を飛び出すと、次に霊夢はお勝手へ突進する。台所で軽く片付け物をしていたアリスは、突然恐ろしい剣幕で突っ込んできた霊夢にびっくり仰天ひっくり返った。
「れ、霊夢!?」
「あ、そのぐい呑みもらう」
アリスの手からぐい呑みをひったくると、再び霊夢はすっ飛んでいった。尻餅をついたまま唖然とするアリスの頭上を、くるくる上海と蓬莱が回っている。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
「あれ、戻って来たの」
再びばたばたと坂を駆け上がって来て、肩で息をしている霊夢に、てゐは目を真ん丸にした。息を整えつつ顔を上げた霊夢はてゐをきっと睨み付けると、手にしたぐい呑みに『隙間殺し』をどぼどぼと注いでてゐに向かって突き出した。
「ん」
「え、飲めってこと?」
「ん!」
てゐは霊夢の並々ならぬ迫力に押されて、ぐい呑みの中の『隙間殺し』を空けた。手を下ろすとそこには爛々と目を光らせて酒壜を構えた霊夢がいて、間髪入れずにまたどぼどぼと酒が注がれる。
「ちょっと、これは」
「……」
「わかった、飲む、飲みます」
駆けつけ三杯、と言うには飲ませる側が駆けて来たのだから不都合だが、とにかく電光石火の三杯。
てゐはぶっ潰れた。
「お届け物でーす」
宴もたけなわ、わいわいとやっていた永遠亭の面々は、息を荒げながらぬっと現れた巫女に驚き、そしてその巫女がぽいと放り投げてよこしたのがぐでんぐでんに酔い潰れたてゐだったのでさらに驚いた。てゐは底無しのザルだったので、こんな姿を誰も見た事が無かったのである。霊夢は顔を真っ赤に紅潮させてまさしく鬼のような形相であり、恐らくこの馬鹿兎は巫女の逆鱗に触れるような下らない事をしでかし、報復を受けたのだろうと誰もが思った。
「あ、あの、霊夢? うちのイナバが何か失礼をしたかしら…?」
「何も。一切何も無かったわ」
霊夢はぴしゃりと言い放つと、さっさとどこかへ消えてしまった。皆首を捻ったが、お咎めが無かった事に安堵して、またわいわいとやり始めた。
「特に問題無さそうね。寝ていれば良くなるわ。それにしても一体何だったのかしらねえ」
「さあ。どうせてゐの事だからよっぽど霊夢を怒らせたんでしょう。本当に馬鹿なんだから」
永琳と鈴仙の会話を聞きながら、輝夜はてゐの耳を撫でつつ、んんー? と首を傾げているのであった。
花見から数日後。霊夢はいつものように境内の掃除に励んでいた。
単調な作業の繰り返しと箒が地面を撫でる規則的な音と、そして自分の日常をなぞる行為そのものが、いつだって霊夢に心の平穏をもたらしてくれる。
ふと気配を感じて顔を上げると、ちょうど鳥居の向こうにへにょり耳が突き出すところだった。
「はあ、階段がしんどいわ」
「飛んで来ればいいじゃないの」
「気分的に、神社の石段とか鳥居って飛ばしちゃいけない気がするのよ」
難儀な性格だと思ったが、神社を預かる側としては好意的に受け止めるべき事なので、霊夢は何も言わなかった。
「で、ご用件は? 賽銭箱ならあそこ」
「お参りもちゃんとさせてもらうから大丈夫よ。今日は姫様からお手紙を預かって来たの」
そう言いながら鈴仙は書状を取り出した。
「輝夜から? 何?」
「教えてくれなかった。いいから渡して来いって」
「ふうん」
霊夢が手紙を広げると、実に見事な達筆で書かれた前文やら時候の挨拶やらがずらずらと並んでいる。「~にてさふらふ」といったような言葉が氾濫しており、読み進めるのに大層頭が痛くなった。手紙のしたためられた主たる目的を理解するまでには、そこそこの時間を要した。
「要するに、招待状ね。今度の月見に来いって」
「そんな事? なんでわざわざ手紙にしたのかな」
「さあ」
まあ姫様の気まぐれはいつもの事だし、と納得する鈴仙。手紙を最後までするする読み飛ばしていくと、「かしこ」の後に追伸があった。追伸だけ話し言葉と同じように砕けていたので、嫌でも目に入って来た。
「うちのイナバが、お花見の日から様子がおかしいみたい。本人に聞いても要領を得ないのだけど、あの子は多分貴女に会いたいんじゃないかしら? 素直じゃないので自分で会いに行く事もしないでしょうから、貴女を呼ぶ事にしたの。きっと貴女も素直には来たがらないでしょうけど、いらして頂けるかどうかのお返事はそちらにやったイナバに頂戴。あと、イナバにはイエス以外の返事を持って返って来るな、と伝えておいてね。 かぐや」
「…あー」
「何? どうしたの?」
霊夢は首を傾げる鈴仙を見ながら、大きな溜息をついた。もう逃げ場は無い。輝夜のしたり顔が見えるようだった。
「…イエス」
「はあ?」
霊夢とてゐの交際の始まりは、このような形のものであった。
輝かしい日々の始まり。しかし、それは最初から天鵞絨の手触りだったわけではない。もっとざらざらとした、言ってしまえば紙やすり同士を擦り合わせるような摩擦と抵抗から、時間をかけて滑らかに磨き上げられた稀少な工芸品のようなものだ。稀少な工芸品はえてしてそうだが、それは完成品もさることながら、その製造過程自体にかけがえのない価値がある。
本人達は必死になって否定するだろうが、霊夢とてゐは似た者同士だった。わざわざ並べて比較した事が無かったから気付かなかっただけで、二人が付き合い出すと、周囲は天地がひっくり返ったが如き驚きと共に、またなるほどと合点もしたものだ。
マイペースである。他者との馴れ合いを嫌う。意外と人望がある。自分勝手である。小銭儲けを好む。楽天的である。運が良い。そして、何ものにも縛られず自由である。両者を知る者がざっと思いつく限りでこれくらいの共通点はある。
似た者同士は反目し合うのが常だが、打ち解け出せばそれはもう瞬く間に意気投合するのもまた常である。
二人で川に遊びに行った。石を飛び損ねてびしょ濡れになって大笑いした。
二人で山に遊びに行った。熊を怒らせて追いかけられて逃げた。
二人で里に遊びに行った。冷やかされて大喧嘩になって慧音に頭突きをもらった。
二人でプリズムリバーのコンサートにも行った。ルナサの調子が悪くて、ハイテンションのまま朝方まで馬鹿騒ぎをした。
二人であっちこっちに行って悪戯をした。寝ている美鈴を包帯でぐるぐる巻きにして「エジプト」という張り紙を付けた。パチュリーの図書館の棚丸々一つの中身を全部エロ本にすり替えた。寝ているレミリアを包帯でぐるぐる巻きにして「お仕事ご苦労様」という張り紙を付けて咲夜の寝室に放り込んだ。フランドールは寝ていなかったので香霖堂の店主を無理矢理包帯でぐるぐる巻きにしたのを置いてきた。紅魔館だけでこんなものだ。幻想郷中が驚き、怒り、呆れ、そして同じぐらい笑い、祝福した。包帯の市場価格は約三倍に上昇した。
馬鹿馬鹿しくも、いとおしい思い出達は、今こうして霊夢の中でちゃんと息づいている。
その日々の裏側のどこかで、てゐは「こいつは利用できる」と思ったのだろうか。
例えきっかけがそうだったとしても、霊夢と過ごした時間は、多少なりともてゐの中に響くものであっただろうか。
いや、それも本当は関係が無い事だ。
恋をしてさえ、最初から一切変わることの無い霊夢の信念。相手が何を考えていようとそんな事はどうでもいい。肝心なのは、自分の心だ。
だから、霊夢はてゐと過ごした日々を、大事にしまいたい、と思った。
イミテーションのダイヤモンドであっても、それを美しいと思う情動は、イミテーションではないのだから。
霊夢は台所を出ると、居間の箪笥の上にある写真立てを手に取ってじっと眺めた。
結婚式の宴会で文が撮ってくれた写真がそこに納まっている。
今は、自分のプロポーズの場面だってはっきりと思い出せるのだ。満開の桜の下だったくせに、あまりロマンチックではない。切羽詰った自分の声の響きが良くないのだと思う。
『私は、桜が怖いの。桜が散るのが怖いの。』
『桜の花と一緒に、私の中の記憶が、大切なものが散っていってしまう気がするの。』
『私にとって、<博麗の巫女である事を構成するもの>以外の全てが、磨耗して、色褪せて、散って、消えていってしまう気がするの。』
『私から、<博麗の巫女である事>を取ったら、何も残らなくなってしまう。<博麗霊夢というパーソナリティ>は、桜と共に消えてしまう。』
『あんたとの日々も、想いも、いずれ私の中から消えてしまうのかも知れない。』
『それでも、私と一緒にいて。』
『ずっと一緒にいてくれたら、全部が消えてしまっても、一緒にいるその<今>だけは、本物だから。』
『あんたと一緒にいれば、私は<博麗霊夢>でいられる。だから、一緒にいて。』
なんと自分勝手なプロポーズだろうか。お前の事は知らない、私が困るから一緒にいろ、という清々しいまでの意思表示だ。
そしててゐは、
『いいよ。』
と答えた。
二人で永遠亭に挨拶に行った時は柄にも無く緊張したものだ。何度となくくぐった玄関を前に、深呼吸をした。
さらっと流されるか、あるいはからかわれると思っていたのだが、挨拶を受けた輝夜が涙ぐみ出して、結局皆がもらい泣きで酷い事になってしまった。
「ほんと、酷い顔だわ、私」
霊夢は写真の中の自分の凶悪な仏頂面を見て、吹き出した。もうちょっとマシな顔で写れば良かった。
もうちょっと、マシな顔で、写れば、良かった…。
写真立てに水滴が落ちる。ぽた、ぽたた。
「う、ううう」
話が違う。
過去は全部手元にあって、現在が無い。
てゐが、いない。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああっ」
霊夢は大声を上げて泣いた。
大声を上げて泣くなんて、記憶している限りで人生初めての事だった。
自分の記憶なんて、全くあてにはならないのだけれど。
てゐとの別離を咀嚼した、この瞬間がきっと本当の別れだったのだと思う。
その日、博麗霊夢の新婚生活は終わった。
落ち葉が積もる。雪が積もる。花びらが積もる。四季が積もり、年が積もる。
時の流れは容赦が無い、と見るか、慈悲深い、と見るか。
幻想郷は相変わらず平和であった。平和の中身を仔細に覗けば異変だの騒動だのがあるのだが、そういったものこそが幻想郷の平和の象徴と言えよう。
霊夢は以前と変わりがなかった。以前というのは、てゐとの交際が始まる前を指す。
すなわち、のん気で、怠惰で、その癖異変には人一倍敏感で、妖怪を懲らしめては酒を飲む。そして、どんな相手ともフラットに接した。
顛末を知る者達は、それを懐かしいような、淋しいような気持ちで見ていたが、敢えて話題に上げる事も出来ず、霊夢の深い心中は誰にもわからなかった。
あっと言う間に十年が過ぎていった。
霊夢は三十路を迎えてすぐに、養子を取った。
外の世界から迷い込んだと見られる赤子を拾い、自分が育てると宣言したのである。
ある程度の昔からいる連中にとってはそれは繰り返されてきたサイクルだったのだが、今代の博麗の巫女が今までと大きく異なるのは、妖怪連中との親交がかなりあるという点であった。
霊夢は霊夢なりに多大な愛情を我が子に注いでいたが、元来の性格からかなりの放任主義ではあった。結果、人外の連中が子供の面倒を見たり一緒に遊んだりする羽目になり、微笑ましいと言えば微笑ましいが、少し懸念される面もあった。すなわち、妖怪は人間を襲い、人間は妖怪を退治するという大原則の要である博麗の巫女が、幼少期から妖怪と癒着しているというのは、一歩間違えば幻想郷の維持に危機をもたらしかねないのである。
その辺りをある程度の古参や、力・学のある妖怪達は心配して相談をするのだが、紫をはじめとする幻想郷の成立に関わるような重鎮達は、「なるようになる」ぐらいの返事であまり真剣に取り合おうとはしなかった。
幻想郷に住む誰もが知っていて、博麗霊夢だけが知らなかった一つの事実がある。
博麗の巫女は、代々短命である。
無理も無い、誰が好き好んでそんな話をするだろう。
永琳でも治せない病というのは、運命とでも名付けるしかない。
もう少しで立春を迎えるとある日、気温がぐんと下がって、霊夢は風邪を引いて熱を出した。大したことない寝てりゃ治る、と床についたのだが、そこから起き上がれなくなってしまった。
すぐさま永琳が呼ばれたのだが、霊夢の衰弱の原因はわからず、原因がわからないので対策も打てなかった。その時点でほとんどの人妖が、ああ、と悟り、そして霊夢自身も、ああ、と悟ったらしかった。
どこがどう悪い、というのでもなく、ただ少しずつ生命力が失われていくのを、時が、周囲の者達が、そして霊夢自身が静かに見つめていた。特に苦痛は無いと霊夢はいうが、わからない。痛いところがあっても平気な面をしているくらいの事はやるし、何か心の内に生ずるものが霊夢を脅かしていたとすれば、なおさらこの巫女がそんな事を周囲に漏らすはずは無かった。
そんなこんなで霊夢は何とか冬を越え、春まではもった。
また、神社の桜が花開き、霊夢はそれを病床から目を細めて見た後、あの桜が散るまでだわね、と言った。
枕元にいたアリスが馬鹿な事言うんじゃないの、と窘めたが、それは多分にありそうなラインだった。まして、博麗の巫女の勘が告げるところともなれば、まず間違いが無かろう。
桜が満開になった。幻想郷の色々な馬鹿共が桜の開花を阻止しようと、あるいはせめて遅らせようとしたようだが、叶わなかった。風見幽香の元を訪れた猛者もいた。幽香は不当にいじめられないようにリリーホワイトなんかも保護していたようだが、来訪の意を知るや、烈火の如く怒って来訪者を打ちのめしたという。曰く、そういった事はなるようにしかならず、自然に任せる他は無い、との事。
霊夢が「あんたら桜好きなんでしょ、花見やりなさいよ」と言うので、例年通り花見も行われた。酒は不味く、宴会は暗かったとも必要以上に明るかったとも言えた。霊夢は小さな杯に一枚だけ桜の花を浮かべたのを飲み込んで、「あんまり美味しくない」と言った。
桜が散る日がやって来た。
そうしていればどうなるというものでもないのに、境内には人妖が詰め掛けていた。母屋まで押しかけるという事もない。ただ、居た。
否、ただ居たというのは語弊があった。彼らは必死で堪えているのである。すすり泣きなぞ一切聞こえない。そうして涙をこぼしてしまえば、逃れられぬ『それ』が決定的になってしまうのだと誰もが頑なに信じているようだった。それは、空一面真っ黒に渦巻き雷鳴を轟かす嵐雲さながらで、一発ぴしゃりと稲妻が落ちれば、後はどうしようもないほどの豪雨になる事はわかり切っていた。
嵐は、全く思いもかけない方向からやって来た。
最初、鳥居の辺りが騒然とし始めた。間も無く、騒ぎは全体へと波及していった。騒ぎなどという生易しいものではなく、怒号が飛び交うと言った方がふさわしかった。何が起きているのか認識出来ない者の耳にも、やがて「てゐだ」という声が届いて来た。境内は瞬く間に酷い混乱と喧騒に包まれた。
てゐは飄々として、殺意すら帯びた無数の敵愾心を掻き分けて進んで行く。小憎らしい笑みを浮かべている。どうしようもなくいつも通りのてゐだった。沸々と滾る疑問と怒りに最早呆然とすらして、人妖達はいつの間にか道を開けていた。あまりにもそれが当然とばかりにてゐが歩いて行くせいかも知れなかった。鳥居から拝殿まで割れた人波を静かに進むてゐの姿は、皮肉にもあの結婚式の日と実によく似ていた。
突然、無理矢理に壁を押しのけて現れた影が賽銭箱の手前でてゐを遮った。
「久しぶり、れーせんちゃん」
「あ、ああ、あんた、今更、今更どの面下げてのこのこやって来たのよっ!!」
てゐを思い切り睨む真っ赤な目から大粒の涙が次々に頬を伝って落ちるのをぬぐいもせずに、鈴仙は怒鳴った。肩が、拳が、膝がぶるぶると震えている。
「この面だよ。もう忘れちまったの? 薄情だね」
てゐはそう言いながら自分の頬の肉をつまんでぐにぐにと弄って見せた。
「絶っっっ対に通さない!!!!!」
絶叫だった。弾みにまた涙がぼろぼろとこぼれて鈴仙の足元を濡らした。境内はしんと静まり返った。
「ここは絶対に通さないんだから!! あんたなんかを会わせる訳にいかない!! あんたみたいな奴を、あんたみたいな奴を!!」
嗚咽交じりにまた鈴仙が吼えた。わななく唇の奥から喉のしゃくり上げる音が漏れ出る。てゐは自分を睨み付ける月兎の瞳から目を逸らさずに答えた。
「通るよ」
「通さない!!!」
「通る」
「どうして通れるなんて思うのよ!!」
「三行半を突き付けられた覚えは無いんだよ。わたしゃアイツの連れなんだ」
高い音が鳴った。皆まで言う前に鈴仙が力いっぱいてゐの左頬を張ったのであった。てゐはよろめいて尻餅をついた。
「あんたみたいのが出て行って、今更、何をしようって言うのよ!!」
「笑ってやるさ。くたばりぞこないを。ざまあないねって」
ふざけるな、と喚いて倒れたままのてゐに掴みかかろうとする鈴仙の肩を押さえて止めたのは輝夜であった。
「離せっ!! 離してください!! どうして止めるんですか!!」
「もういいわ、イナバ」
半狂乱になって鈴仙は滅茶苦茶に暴れたが、輝夜のどこにそんな力があるのか、肩を抱かれたままの姿勢で身動きが取れなくなっていた。
「行きなさい」
輝夜は穏やかにそう言った。てゐは黙って立ち上がり、尻を二、三度手で払った。鈴仙は崩れ落ちるようにして輝夜のスカートに縋り付き、もう言葉にはならない泣き声を上げていた。
「ねえイナバ」
再び歩き出したてゐが傍を通り過ぎていくのに、輝夜は声をかけた。
「貴女、ちょっと見ない間に随分嘘をつくのが下手になったわ」
てゐはそれには答える事無く、「後で煮るなり焼くなり好きにしたら良いよ」とだけ言い捨てて母屋の方へと歩き去っていった。
「あ、あっ、あんなのが、あんなのが、れいむが、霊夢が一番会いたかった奴で。わかってるけど! わたしは、悔しいですよ!! くやしいですよ…」
それは、この場にいる者達の大多数の想いをかなり正確に代弁しているようにも思えた。自分のスカートに顔を埋めたまま、いやいやをするように首を振って泣き続ける鈴仙の頭を、輝夜は優しく抱いてやった。
「イナバは、がんばってるわね」
場違いではあるが、それがふさわしい言葉のように感じられて輝夜がそう口にすると、一際大きな声を上げて鈴仙は号泣するのだった。
母屋の入り口には藍がいて、てゐに気付くと少し困ったような顔をした。
「あんたもわたしの邪魔をする?」
てゐが問うと、藍は首を振った。
「お前が来たら通すようにと、紫様から言われている。…まさか本当に来るとは思っていなかったんだがね」
「じゃあ、通るね。そんなに時間に余裕があるわけでもないでしょ」
しかし、藍は相変わらず眉根を寄せたまま、すぐに退こうとはしなかった。
「…ご主人様の命令に背くつもり?」
「そういうわけにもいかないから困っている。紫様も色々お考えの上での事だとは思うが、だからこそ、お気持ちを斟酌するとお前をすんなり通すのは心苦しいんだよ」
てゐは黙っていたが、やがて藍はやれやれという仕草と共に道を開けた。
「あんた、もう少し気楽に生きたら? 気張ってばかりだと早死にするよ」
「お前、こういう時は黙って通って行くものだよ」
苦笑いを浮かべる藍を尻目にてゐが母屋に上がると、廊下には紫が立っていた。その先の障子の向こうに、霊夢は伏せっているだろう。
「…来れたのね」
「来れたのよ」
紫は扇子で口元を隠すようにしていたが、目の下の薄い隈を中心に、全体的にやつれた雰囲気が漂っていた。
「随分お疲れみたいだね」
「お気遣いありがとう。でも貴女ほどではなくてよ」
紫の返答を聞いて、てゐは少し苛立ったようにとんとん、と足を鳴らした。
「あのさあ、あんたはどこまで知ってるわけ」
「…おおよそは」
紫は目を伏せて答えた。
「…じゃあ、どこまで知ってたわけ」
「――おおよそは」
再び目を伏せたまま紫は答えたが、それから視線を上げて真っ直ぐてゐの目を見た。そこに宿る気弱で無垢な光は、恐らく誰も見た事のないものに違いなかった。てゐはしばらくそれを睨んでいたが、「あー」と声を上げてがりがりと頭を掻いた。
「あんたに会ったら絶対一言言ってやろうと思ってたんだけど。その気も失せた」
「……」
「あんたはあんたで沢山考えなきゃいけない事があったんだろうし。わたしみたいのは、ちょっと狡かったかも知んない」
予期せぬ不意の一言は、紫が準備していた十重二十重の防壁をすり抜けた。ここ数ヶ月の、あるいは十数年の、もしかしたら数百年以上に渡って紫が堪えてきたものが、一粒、器の縁を越えて、ぽろ、と落ちていった。
「…貴女が狡いって事なんて、何千年も昔からよく存じてますから」
慌てて紫は目元まで扇を持ち上げたが、酷い鼻声だったので少してゐは笑ってしまった。
そこですう、と奥の障子が開いて、永琳と幼い人間の女の子が中から静かに廊下へと出て来た。永琳は紫と、そしててゐに気付くと、ごく僅かに頷いた。女の子は年の頃三つか四つぐらいに見えるが、十分に様々な物事を把握しているのだろう、目は泣き腫らしており、唇は固く引き結ばれていた。
「さ、歌子ちゃん。あっちで紫おばあちゃんとお話してらっしゃい」
「お、おばあ…」
紫が目を白黒させるのを見て、再びてゐは忍び笑いを漏らした。紫は少し屈んで女の子の手を取ると、廊下の角を曲がって姿を消した。
「歌子、ねえ」
「あら。うさ子、の方がよかった?」
「そりゃああんまりでしょ」
永琳は柔和な笑みを湛えていた。
「あんたはわたしに四の五の文句を言わないの?」
「私は、主治医だから。患者第一、よ」
「……」
てゐは珍しく言葉に詰まって、永琳の顔を見た。
「私の時間は無限。あの子の時間は、有限よ。履き違えちゃだめ」
「…そうだね。いってくる」
そうして、てゐは室内へと姿を消した。廊下に独り残された永琳は、ゆっくりと柱に背を預け、腕を組んで軽く目を閉じた。
「ただいま」
「おかえり」
「あれ、意外と速いレスポンス。結構元気じゃん」
「これから死ぬ人間捕まえて元気も糞もないでしょ」
「死にそうな人間は糞とか言わないと思うけど」
「でも、さすがに老けたね」
「そう? 今でも綺麗ってよく言われるけど」
「あんたは、全然変わんないね」
「まあ、千年前もこんな面だったし、千年後もこんな面だろうと思うよ」
「…怒んないの?」
「怒って欲しいわけ?」
「自分の予想を的中させたい、という意味では怒って欲しいね」
「じゃあ、何を怒ればいいかしら」
「何って…」
「…わかった。じゃあ、今の私と一緒にいて、って言ったのに、過去の私を探しに行った事を怒ろう」
「……」
「…知ってたの?」
「なんとなく、ね。あんたのおかげで色々思い出したから。元々思い出せなかったはずの子供の頃の記憶まで」
「……」
「でも、お礼は言わない。だって、そんな事頼んでないし」
「まあ、わたしが勝手にやった事だからね」
「嘘。お礼はやっぱり言っとく。だって、私のお母さんの記憶が無かったら、あの子を今みたいには育てられなかったから」
「……」
「やっぱ、子供は可愛いわ。不思議なもんよね」
「名前、歌子って付けたんだね」
「そう。私のお母さん、よく鼻歌を歌ってたのよ」
「……」
「そして、あんたも」
「…安直な名前だねえ」
「うっさい。可愛いからいいでしょ」
「…いつから、わたしの記憶が無い事に気付いてたのよ」
「んー、結婚式の日かな?」
「早っ」
「だってアンテナ張ってたもん。あんたがあの日、泣きそうな顔でわたしにプロポーズした日から」
「そんなに私哀れっぽい雰囲気出してた?」
「出してたよ。助けてオーラ全開だった」
「うわ、恥ずい。失敗したわ」
「…そのせいで、きっとあんたも辛い思いしたのよね。悪かったわ」
「そういうのは、いいよ。わたしも、帰ってきたら滅茶苦茶に罵られると思ってたけど、いろいろあんたが悟っちゃってたから、騙すの失敗したんだなって思った。わたしもやきが回ったもんだよ」
「あのさあ、私が騙されたままあんたを恨んでたとして、何で最後に顔出そうと思ったわけ? 私、死ぬ直前に最悪な気分になるじゃない」
「そんなの知ったこっちゃないよ。わたしが会いたいから来た」
「ふふっ…そっか、そうよね」
「何がおかしいのさ」
「別に」
「…向こう側の神社の中にさ、あったよ。玉手箱」
「玉手箱?」
「うん。見た瞬間びびびって来て、それで開けたら中から桜の花びらがぶわーって。そんで渦巻いて鳥居の向こうに消えてった。あれは綺麗かったわ」
「ふーん。私にしてみれば、なんかむかつく話だわ」
「でも、やっぱ玉手箱だよね。随分時間が経っちゃってたみたい」
「……」
「なんで、外の世界に私の記憶があると思ったわけ?」
「勘かな。多分、幻想郷の管理者である博麗の巫女に必要のないものを捨てるってんなら、幻想郷の外だろうと思った」
「……」
「まあ、でもああやってご丁寧に箱にしまってあるかどうかは、賭けだったよね。ぽいぽい適当に捨てられてたらお手上げだったわ」
「…ひどい馬鹿だわ、あんたは」
「で? 外の世界に行きたかった元々の理由は何なの?」
「えっ」
「一番最初の理由は違うんでしょ。私だって、勘はいいのよ」
「…ちぇ、綺麗な話だけで終わると思ったのにな」
「…大国主様に会いに行きたかったの」
「あーあー、昔の男に未練たらたらって話じゃない。やだやだ」
「そんなんじゃないよ! ただ、昔の事のお礼と…もうちょっと後からは、霊夢との事を、挨拶に行こうと」
「それはそれで結構だけど、帰りはどうするつもりだったのよ」
「…気合?」
「あんた、そこまで馬鹿だと思わなかったわ」
「…すいません」
「ていうか、そもそもあんたどうやって帰って来たわけ」
「こっちでずっと大国主様に貯めてたお賽銭があって…出雲で参拝したら、神徳で帰して頂けたの」
「それじゃあ、結局あんたの元カレに助けてもらったって話じゃない。なんか、癪だわ」
「馬鹿。元カレって、そんなんじゃないし、バチがあたるよ全く」
「……」
「……」
「博麗の巫女ってさ」
「ん」
「システムみたいなもんだと思うわけよ」
「システム?」
「そ。幻想郷の維持管理システム。だから、ぶっちゃけ、個性とか、感情なんて、不要なのよねきっと」
「……」
「私は、こんな性格だけど。他人に無関心だったり、過去に執着しなかったり」
「……」
「それが、そういうシステムに組み込まれてるせいだと思うと、やっぱりなんか悔しい」
「それは、違うよ。違う…」
「わかんない。でも、あんたとの事は絶対にシステムと関係ないわよね。あんたみたいのと付き合って、幻想郷の維持管理にメリットあるわけないし。てか、現に騙されて脱出されて害が出てるし」
「その節はどうも」
「ありがと」
「――――」
「あんたのおかげで、私は、第何十何代博麗の巫女、とかじゃなくて、博麗霊夢として生きられた」
「やめて」
「やめる。そういうの似合わないわ」
「うん」
「…ふー」
「…疲れた?」
「…結構ね。棺桶に両足突っ込んでる身としては、喋り過ぎたわ」
「そ。大人しくしてな。ここにいるから」
「うん」
「あのさ」
「なにさ」
「手、握って」
「…ほい」
「…あったかい」
「…あんたのは、冷たい」
「…ねえ」
「なに」
「…ちょっと、歌子が可哀想かな。あの子も、私の事を忘れて…」
「――大丈夫」
「え?」
「大丈夫」
「…うん」
「…ねえ」
「なに」
「…名前を呼んで」
「霊夢」
「霊夢」
「霊夢」
てゐは、満足した。最期まで、わたしはあんたの前でわたしらしくいられた。
それから、堰が切れた。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああっ」
母屋からこの世の終わりかというほどの凄まじい悲鳴が上がった。
誰も、あの因幡の素兎からこんなにも悲嘆に満ちた叫び声を聞く日が来るなんて事を、欠片だに想像した事さえ無かった。聞く者の胸を悲哀で切り刻むような、鋭利な響きだった。
桜が散っていく。
境内に訪れた嵐が、止む事無く降らす、桜、桜、桜。
静かに障子を開けて室内に入って来た永琳は、火のついたように烈しく泣きじゃくるてゐを、背中から力いっぱい抱きしめた。痛いくらいに頬をすり寄せる永琳もまた、その瞳からとめどなく涙を流し続けているのであった。
てゐは涙と鼻水とで顔をぐじゃぐじゃにしながら、何度も何度も、何度も、愛しい名前を叫び続けた。
「れいむっ、霊夢っ、霊夢っ! 霊夢ぅ、霊夢…」
* * *
「霊夢、霊夢」
流石勘の鋭さには定評のある博麗の巫女、霊夢は一瞬にして自らの置かれた状況について二つの判断を下した。
一、どうやら、神社の境内での花見の宴席らしい。
二、これは夢ではない!
がばと上体を起こすと、先刻から霊夢を呼ばわっていた魔理沙が安堵したように眉を下げた。霊夢は自分の体を確かめるように、ゆっくりと手を握ったり開いたりしている。
「ようやく起きたか。お前が酔い潰れて寝ちまうなんて滅多に無いから、心配したんだぜ」
「……」
「大丈夫か? 気分が悪いのか?」
「…いや、平気よ」
霊夢は頭上の桜の花と、その向こう側に透けて見える居待の月を見上げて、大きく息を吸い、そして吐き出した。それから自分の前に転がっていたぐい呑みを取り上げると、それを魔理沙に向かって突き出した。
「お酒。注いで」
「目覚めの一杯ってか? 剛毅だな」
魔理沙がニヤリと笑って手元の酒を器に注ぐと、丁度そこに一枚の桜の花びらが落ちて来て水面に浮かんだ。霊夢はそれをしばらく眺めてから、花弁ごと一気に飲み干した。
「お、風流だね。しかし起き抜けに随分行くんだな」
「景気付けよ」
そう言って霊夢はぐい呑みを持ったまま、すっくと立ち上がった。
「え? お、おい、どこ行くんだ?」
「お手洗い」
言い残して、霊夢はすたすたと歩き出し、姿を消してしまった。見送った魔理沙は、「厠ってそんなに気合入れて行くもんか? あいつ便秘だったかなあ?」と首を捻りながら、手酌で安酒をちびちびやるのだった。
霊夢は迷わず真っ直ぐ蔵に向かった。あっちこっちをどったんばったんとひっくり返して、一心不乱に目当ての物を探す。
「あった!」
霊夢が黴臭い木箱の中から取り上げたのは、勿論『隙間殺し』。歴代博麗の巫女のチート能力の粋を集めて作られたこの純米酒のアルコール度数は、鬼も魂消る百二十度だ。
『隙間殺し』を引っ掴んで勇躍霊夢が向かうのは、言うまでもなく山上に月待ち構える神社の裏山である。
走る。走る。
山道のくの字の曲がり角、大きく張り出した山桜の枝の下、一抱えほどの大きさの岩の上。
てゐがいた。
息を切らして現れた霊夢を、てゐはきょとんと見ている。月が、山桜と、てゐと、霊夢を、白く照らし出している。
てゐが何かを言う前に、霊夢は肩で息をしながら叫んだ。
「もろともに、あはれと思へ、山桜。花よりほかに、しる人もなし!」
てゐが大きく目を見開いた。それから霊夢は続けて言った。
「あんたは、淋しい? わたしは、淋しい」
霊夢は下手糞なりに精一杯笑顔を作ったつもりだったのだが、我知らず一筋の涙を流していた。てゐの困惑はより一層大きくなった。
ごしごしと顔を袖で拭ってから、霊夢は手にしたぐい呑みに『隙間殺し』をどぼどぼと注いでてゐに向かって突き出した。
「ん」
「え、飲めってこと?」
「ん!」
電光石火の四杯。
てゐはぶっ潰れた。
霊夢はぐにょんぐにょんのてゐを担いで下山すると、宴席の永遠亭の輪の中にさっさとそれを放り込んでしまった。目を白黒させて自分とてゐを交互に見ながらうろたえている連中の顔が、何故か霊夢には可笑しくて仕方が無かった。
それからの数日を、霊夢はぼんやりと過ごした。
だいたいいつもぼんやりと過ごしているようなものだから、誰もその様を気に留める者はいなかった。
「これは、いかん」
霊夢はそう呟いたが、何がどういかんのか自分でもよくわかっていなかった。こんな時は、境内の掃除に限る。
単調な作業の繰り返しと箒が地面を撫でる規則的な音と、そして自分の日常をなぞる行為そのものが、いつだって霊夢に心の平穏をもたらしてくれる。いつだってだ。
(さて、どうするか)
霊夢とてゐは、やがて恋に落ちる。これは、もう規定路線だ。
夢の中では過程を失ったままの想いに苦悩したが、今の霊夢は過程の前に既に想いを持っている。本当に、自分はずるをしてばっかりだ。
しかし相手も狡い。なかなかの手練れだ。恋の駆け引きは奥が深い。
夢の中の自分をなぞっていくだけでも別にいい。
夢の中で、霊夢は、そしててゐは、幸せだったのだ。言い切れる。
共に過ごす、約二年間の輝く日々。それだけで、霊夢も、てゐも、どこまでだって歩いて行ける。
でも、どうせなら、もっとハッピーな可能性を模索したい。霊夢は考える。
「――よし」
とりあえず、一つだけ霊夢はやってやろうと思いついた。
覚悟が決まると、さあ来いという気持ちになった。今日あたり、来るはずなのだ。
やがて、鳥居の向こう側に、へにょりとした耳の先っぽが突き出すのが見えて来た。
霊夢は、イエス、と答える準備をしている。
博麗霊夢と因幡てゐが付き合い出したらしい。
噂は最初そんなに広まらなかった。何故って、伝えた相手に信じてもらえないからだ。
しかしそれは紛れも無い事実であって、やがては皆が知るところとなった。
当然その驚きは初見金閣寺の一枚天井レベルだが、それも幸せそうな二人を見れば、そんなものか、という気にもなる。
特に霊夢は変わったな、と誰もが言う。言動がこうこう変わった、というよりは、雰囲気が変わった。人間味が出た、という言い方は流石に失礼か。
そして、霊夢は突然巫女修行にも精を出すようになったのだという。急に熱心になったので紫は喜ぶどころか心配で夜も眠れず、代わりに昼に眠っているらしい。
交際は順調に進行。そして、目出度くゴールイン。
舞台は博麗神社。
今まさに霊夢は見慣れた賽銭箱へと続くヴァージンロードを、これから人生を共にする伴侶と連れ立ってしずしずと進んでいるのである。
投げかけられる祝福の歓声、拍手、口笛。
艶やかな白無垢と華やかなウエディングドレスが、賽銭箱の前で歩みを止める。
「これより、両名の婚姻の儀を執り行います」
拝殿の前に立ち、そう宣言したのは四季映姫であった。
まず、四季映姫は何やら祝詞のようなものを詠み上げた。意味不明ではあるが、そういうものが醸し出す独特の空気は悪くない。
「さて」
四季映姫が霊夢たちに正対した。
「これから人生の旅路を共にするお二人に問います。貴方達二人は、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、伴侶を想い、伴侶のみに添う事を、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
四季映姫の問いに、まずてゐが控えめな声で「誓います」と宣誓した。
霊夢は、沈黙している。
四季映姫が訝しげな視線を霊夢に向ける。すぐ側のてゐが、不安げな顔で見上げるのを見てから、霊夢は言った。
「誓ってもいいけど、宣誓を聞いてもらう相手は閻魔様じゃないのがいいのよね」
ざわめき出す観客達、「どういうことですか」と困惑する四季映姫をよそに、霊夢はてゐにニヤッと笑いかけてから、祝詞をやり出す。
「かけまくもかしこき――」
「なんだなんだ? 何をおっ始めようってんだ?」
「どういう事なのかしら」
全員を置いてきぼりにして、霊夢はどんどん儀を進める。やがて、それが降神の段に差し掛かって、ようやくその目的が判明し始める。
それにしても霊夢の集中力は凄まじい。そして、尋常ではないエネルギーを場に注ぎ込んでいる。
なんだかとてつもない力と神格の神様を霊夢が降ろそうとしているのだという事はわかって、境内はさらにざわめく。
「ちょ、紫様、あれって…」
「あの子ったら、それであんなに必死になって修行をしていたのね。もう、すんごい馬鹿だわ」
脂汗を垂らしながら奏上を続ける霊夢。にわかに空かき曇り、渦巻く力の奔流が突風になって荒れ狂う。式の参加者達はわけもわからぬまま、ぎゃーぎゃー喚きながら事の顛末を見届けようと必死だ。霊夢の声が一際高く朗々と響き、まばゆい光がこぼれ出す。
「――――かしこみかしこみもまおす!」
カッ、とか、ドーン、とか、バーン、とか、そんな感じに、神々しい何かが炸裂した。凄まじい閃光と爆風に翻弄され、吹き飛ばされる者、地面に這いつくばる者、必死で踏み止まって耐える者、自分以外の誰かにしがみ付く者、まさに大混乱だが、皆が一様に、そこに降りて来た、とっても偉くて強い神様の存在をひしひしと感じていた。
「そりゃあ、あんなの無理矢理連れて来ちゃったらドーン、とかなるでしょうよ…」
「あんなお偉いさん引っ張り込んじゃって、あっちこっち大騒ぎになるだろうね」
「というか、呼び出された本人がぶち切れないか、コレ」
「ぶち切れないわよ。この子がいるもの」
霊夢は一仕事やり終えた、くらいの清々しい顔で言い切った。始め呆然として見えたてゐの眼に、きらきらと光が宿り、そして溢れた。
「大国主様っ!!」
すぐ側で四季映姫が頭を抱えて溜息をついているのもどこ吹く風、霊夢は満足気にうんうんと頷いた。
「昔の男、きっちり清算してよね」
霊夢の言葉に、一同、てゐすら含めて、唖然とした。多分、大国主も。
「あっはっはっはっはっはっ!!」
「ゆ、紫様…?」
突然笑い出した紫を気遣う藍だが、主人はぼろぼろとこぼれる涙が服を濡らすのも気にせずに、腹を抱えて笑い続ける。
「あんな馬鹿、あんな馬鹿、はじめて見た! あははは! 可笑しい、可笑しいわ、藍!」
「は、はあ…」
「やっぱり霊夢、貴女は最高よ! あっはっはっは!!」
霊夢は紫にさんざ馬鹿呼ばわりされるのには腹が立ったが、あんまり紫が笑うのでつられて愉快な気分になってきて、得意気にピースサインをしてみせた。
その様子が酷く滑稽だったので、あっけに取られていた誰も彼もが笑い出した。大爆笑。飛び交う口笛、やんややんやの拍手喝采。
小さな垂れ耳の花嫁は、その黒くてつぶらな瞳からぽろりぽろり雫を落としながら、にっこり微笑んだ。
「霊夢、ありがとう。大国主様、ありがとう。私は、この人と幸せになります」
どんなに偉くて気難しい神様だって、これは多分、「あ、うん」としか言えないんじゃないだろうか。
そして大国主は思った。「これ、夢だよな」
* * *
恋の歌
星降る夜 花散る里
夢見る人 愛語る唇、 瞳、 指
あなたがわたしをあきらめても わたしはあなたをあきらめない
あなたがあなたをあきらめても わたしはあなたをあきらめない
了。
感動すればいいのか笑えばいいのか迷いますね。
てゐが本当に可愛いし、霊夢は本当に良いキャラしてたし最高でした!!
面白かったです、ありがとうございました!!
物語を読みながら涙がこみ上げる機会というのはそうそうにないものです。久しぶりにそれを体験できました。この話に出会えたことに感謝を。
後書きのふたつの台詞がどうにも居心地が悪くて最初から最後まで三度読み直して、いくつか受け取り方を考えていたら、最終的に「ははぁすごい作品だなぁ」と落ち着きました。
次回作が今から楽しみです。
あたいったら騙されちゃったよ あ、うん
序盤の怒涛の展開から笑いっぱなしで、魔法の森に嬌声が響くところではきれいにだまされました。
純粋同性交遊と言うようにほほえましいやり取りが、するどいギャグの合間に入ってどんどん読んでしまいます。
最初の夢オチからは先が非常に気になる展開、霊夢とてゐが再会してからのクライマックスで目頭が熱くなるものの、最後にまたも怒涛の展開が待っているとは。ここまでは結構予想通りだったのですが…。
ハッピーエンドに向かって突き進む霊夢は見ていて気持ち良かったです、2度目のクライマックスからのオチには爆笑。
感動と笑い2つのクライマックスが1度に味わえました。
次回作も楽しみに待ってます。
それはともかくとして、例え夢でも夢でなくても、幸せな気分になれる素敵な作品でした
でもなんだろう、この気持ち…
ここしばらく感じたことのない素敵な気持ちにさせてくれる作品でした。
ありがとう。
バッターボックスに立った俺に与えられた情報は夢オチ、そして作者青茄子さん。
一球目、霊夢の心理描写と恋への傾きで予想を外すアウトローへのストレート。
それでも俺は警戒する訳です。この人はうそつきで慧音の頭に豆腐をぶつけた人だぞと。
二球目、突如去ったてゐへの衝撃と霊夢の悲嘆で衝撃的なインハイへのストレート。
それでもやっぱり俺は警戒する訳です。この人はいきもの知求奇行で下黒沢とか言ってた人だぞと。
そうしてツーストライクでの俺の予想は変化球のチェンジアップ。笑える夢オチを最後に持ってくるに違いないと。
三球目、勝負球は文句なしの時速160km/h、キャッチャーの手元で響く、ど真ん中へのストレート。手が出せるはずもなくあえなく三球三振、どうにもならんぜこんちくしょう。
ありとあらゆる意味で楽しませて頂きました。あとがきで夢を見ていたのは果たして誰だったのか。ああいうのも好みです。アンダースローの剛速球有り難う御座いました。
最初はアンダースローだったんだよ。だと思ったんだよ。で、相手も相手だからどんなへにょりレーザー放れても出し抜かれないようにすっげー注視してたんだよ。そしたら伸びたんだ。真っ直ぐに。すげー勢いで。
「WHAT?」と思った時には既に顔面にボールが当たって気を失っちまったんだ、俺は。そんで気が付いてベッドから飛び起きた時には、とっくに試合は終わってたんだ。本当なら圧倒的な敗北感に包まれるハズなのに、でもなんだか悪い気分じゃないんだ。
きっと良い夢でも見たんだろうな。俺はそう思ったんだよ。
うっかり涙腺崩壊しちゃったけど幸福な気分で寝られそうだ
力作をありがとう作者様!
そしててゐの魅力を再発見しました
いやぁ、本当に素晴らしかったです
素晴らしい。
夢オチを明言しておいての、この完成度は素晴らしいです。
また、てゐれいむ夫婦の書き込みが甘々でよかったです。
これからの二人の未来と、大国主様に幸アレ!
二転三転の展開、読んでて楽しかったです
長いのにそれを感じさせない良作でした。
同性結婚ってネタあんま好きくないので、夢オチならまぁ……と思って読み進めたけどさ、なんだよこれ夢オチじゃねーか騙しやがって! という意味不明な感動に襲われちゃってさ、どうしてくれんのもう。気分は最後の大国主様だよもう!
「100%結婚詐欺」「夢じゃないんかオイイイイイイイィィ」のあたりで盛大に噴きましたw
霊夢さんいいリアクションしますね。さすがてゐの連れ合い、見事なものよ。
丁寧というより余分に感じた。
目頭が熱くなるいい話でした!
原作愛が伝わってきた。
面白かったです。
最初、たかが夢オチに100kb越えかよと思ってましたが、いやはや、これは凄かった。
小うるさい感想も浮かんでこず、ただただ圧倒されちゃいました。
感動しました
作者「これからアンダースローを投げますので全力で空振りしてくださいね^^」
俺「hai!!全身全霊で空振りします!!」
って感じだった。読んでるこっちの一挙手一投足を把握されてるような圧倒的操られ感!
こんなに楽しい詐欺は中々味わえません。本当にありがとうございました。
いやあ面白かった……!
こんな凄い魔球は見たことありません。素晴らしい!
夢オチがどこで発動するのか、サスペンス的でもあり、なんかもう色んな感情をごっちゃに味わえました。
貴方の話はいつも優しい。
二転三転するストーリー、そして最後の最後での展開、最高に面白かったです。
作者に感謝を。
ただただ、良かった。
ありがとうございました。
ここ数年涙と無縁だった自分が少し泣きそうになってるよ!!
霊てゐなんて・・・ずるいよ・・・
どういうことなの・・・
ただ、誰か上海と蓬莱の嬌声につっこんであげて。
素晴らしいお話でした
これは100点送る必要性があると判断したのでとりあえず投稿
それにしても霊夢とてゐのカップリングは、アンダースローの十倍珍しい組み合わせだと思うし、それでこんなに面白い話が書けるのがすごい。天晴れです
そして最後にやっと本当のハッピーエンドを迎えられたのかな。
なんてことを思いました。
ただただ素晴らしかったです。
涙出てきたぞ。
幸せになれよ霊夢。
素晴らしい作品でした
しかし、あまり見ないカップリングでこの質
久々の名作と出会いました
人の別れとサクラの使い方が素敵
内容も、新婚生活に戸惑いながらも幸せを享受し、引き離されを繰り返して、それでもてゐを愛していた霊夢と、大国主命を追いつづけたてゐの二人の対比が素敵でした。