雨が屋根を打つ音が忙しい初夏の頃。
屋外はここ最近灰色の空が続き紫陽花の葉の上に蝸牛が跋扈する日々が続いている。
「……ッ!……ッ!」
そんな天候の中、屋外よりも熱と湿気が篭る屋内の武道場にて魂魄妖夢は竹刀を振るっていた。
「しかし……」
休暇というのも存外続くと飽きるものだ。
毎日忙しなく動き回り、この屋敷白玉楼の主を世話する従者はそう思いに更ける。
そもそも毎年この時期になると本職の庭の手入れが長雨で困難になるため結果自分の仕事が減る
(それでも量はまだかなりあるが)のだ。
そうした合間を妖夢はいつも稽古などにあてていたりしたのだが、今年は少し違った。
「貴女も少し休んだらどうかしら?」
そう提案されたのは数日前の話。
「と仰いますと?」
この主人、西行寺幽々子が気まぐれで行動を起こすのはいつものことだが、
毎回それには必ず意図があることを知っている。
今回は何が目的なのかと問うと
「純粋に頑張ってる妖夢へのご褒美よ。ごほうび」
曰く、この長雨で作業が出来ないのであるならばいっそ休暇にしてしまおうと思ったらしい。
「庭師の仕事は無理ですが、家事がまだ沢山――」
「いいのいいの。しばらくは私がやるから貴女はしたいことしたり、ゆっくり
休んだりしてていいのよ?」
「ですが……いえ、わかりました」
反論しようにも、この方が意志決定を早々に曲げるわけがないこと知っている。
「それではお言葉とご好意に甘えまして、しばしの休暇をいただかせてもらいます」
かくしてこの休暇が始まったわけだが、正直毎日を暇無く過ごしていた者としては、
この膨大な時間をどう過ごしたらいいかわからなくなったのである。
期間も梅雨明けまでと結構長く、結果手が余りこうした稽古しかしなくなったのだ。
「こういうのは久しぶりだなぁ」
額の汗を拭い、しばしの休憩に入る。そしてふと道場の隅ある空いた上座が目に入った。
最近はあまりここに来ないせいか、あの上座がひどく懐かしく感じる。
そんな事を思っていると昔、自分がまだ幼く祖父の後を追い回し稽古をしていた頃を思い出す。
あの頃は料理もままならず必然的に稽古の時間が多くなり、ここで一日の大半を過ごすことが多かった。
そんな自分を祖父はあの上座で見ていてくれたものだ。
叱咤も激励もあそこから飛んで、泣いて笑ってそのうち幽々子様が来て、そのあと食事を――
と、思いに更けていたら自然とその上座の前へ来てしまった。
久方ぶりなので当然といえば当然だが、ここもめっきり掃除をしていない。
被る埃の量が、その年月を物語る。
(……)
それは唐突だった。
当たり前のように居て、当たり前のように過ごしていた日々が当たり前では無くなった。
元からそこにはいなかったかのように、祖父は蒸発する。
最初はただの用事で済めばすぐ戻ってくるものだと思っていた。
しかし桜が咲けども、蝉が鳴けども、紅葉散れども、雪が降れども、あの人が戻ってくることはなかった。
この突然の蒸発を当時の私は悲しさと寂しさと少々の怒りを覚えたものだ。
剣も家事もそこそこ出来るようになってはいたが、これを期に私は更にそれらに没頭するようになった。
だが今はどうだろうか。
悲しさなどなく、怒りもなく、少々の寂しさが残っているだけだ。
祖父が居ないこの状態が当たり前になってもう幾分もたつ。
仮に祖父が今の私を見たらどう思うだろうか。
よくやったと褒めてくれるだろうか。
まだ未熟と叱られるだろうか。
そんなことを考えてしまうからこそ、もっと頑張らねばとあらためて思う。
「よし」
回想も終わり、ながらでやってた掃除も終わった。
「……もしや」
こうやっていることも、もしや我が主の手中のことなのであろうか。
そんなことを勘繰ってしまう。
「よ~む~!ご飯出来たわよ~」
時間を忘れていたようで、もう日が落ちきって夕飯時になっていた。
「…ふふっ」
そしてこんなふうに母のような幽々子様を見るのも、なんだか悪くない。
「はい、今行きます」
そうだ、これからは毎日上座を掃除しよう。
いつ、あの人が帰ってきてもいいように。
屋外はここ最近灰色の空が続き紫陽花の葉の上に蝸牛が跋扈する日々が続いている。
「……ッ!……ッ!」
そんな天候の中、屋外よりも熱と湿気が篭る屋内の武道場にて魂魄妖夢は竹刀を振るっていた。
「しかし……」
休暇というのも存外続くと飽きるものだ。
毎日忙しなく動き回り、この屋敷白玉楼の主を世話する従者はそう思いに更ける。
そもそも毎年この時期になると本職の庭の手入れが長雨で困難になるため結果自分の仕事が減る
(それでも量はまだかなりあるが)のだ。
そうした合間を妖夢はいつも稽古などにあてていたりしたのだが、今年は少し違った。
「貴女も少し休んだらどうかしら?」
そう提案されたのは数日前の話。
「と仰いますと?」
この主人、西行寺幽々子が気まぐれで行動を起こすのはいつものことだが、
毎回それには必ず意図があることを知っている。
今回は何が目的なのかと問うと
「純粋に頑張ってる妖夢へのご褒美よ。ごほうび」
曰く、この長雨で作業が出来ないのであるならばいっそ休暇にしてしまおうと思ったらしい。
「庭師の仕事は無理ですが、家事がまだ沢山――」
「いいのいいの。しばらくは私がやるから貴女はしたいことしたり、ゆっくり
休んだりしてていいのよ?」
「ですが……いえ、わかりました」
反論しようにも、この方が意志決定を早々に曲げるわけがないこと知っている。
「それではお言葉とご好意に甘えまして、しばしの休暇をいただかせてもらいます」
かくしてこの休暇が始まったわけだが、正直毎日を暇無く過ごしていた者としては、
この膨大な時間をどう過ごしたらいいかわからなくなったのである。
期間も梅雨明けまでと結構長く、結果手が余りこうした稽古しかしなくなったのだ。
「こういうのは久しぶりだなぁ」
額の汗を拭い、しばしの休憩に入る。そしてふと道場の隅ある空いた上座が目に入った。
最近はあまりここに来ないせいか、あの上座がひどく懐かしく感じる。
そんな事を思っていると昔、自分がまだ幼く祖父の後を追い回し稽古をしていた頃を思い出す。
あの頃は料理もままならず必然的に稽古の時間が多くなり、ここで一日の大半を過ごすことが多かった。
そんな自分を祖父はあの上座で見ていてくれたものだ。
叱咤も激励もあそこから飛んで、泣いて笑ってそのうち幽々子様が来て、そのあと食事を――
と、思いに更けていたら自然とその上座の前へ来てしまった。
久方ぶりなので当然といえば当然だが、ここもめっきり掃除をしていない。
被る埃の量が、その年月を物語る。
(……)
それは唐突だった。
当たり前のように居て、当たり前のように過ごしていた日々が当たり前では無くなった。
元からそこにはいなかったかのように、祖父は蒸発する。
最初はただの用事で済めばすぐ戻ってくるものだと思っていた。
しかし桜が咲けども、蝉が鳴けども、紅葉散れども、雪が降れども、あの人が戻ってくることはなかった。
この突然の蒸発を当時の私は悲しさと寂しさと少々の怒りを覚えたものだ。
剣も家事もそこそこ出来るようになってはいたが、これを期に私は更にそれらに没頭するようになった。
だが今はどうだろうか。
悲しさなどなく、怒りもなく、少々の寂しさが残っているだけだ。
祖父が居ないこの状態が当たり前になってもう幾分もたつ。
仮に祖父が今の私を見たらどう思うだろうか。
よくやったと褒めてくれるだろうか。
まだ未熟と叱られるだろうか。
そんなことを考えてしまうからこそ、もっと頑張らねばとあらためて思う。
「よし」
回想も終わり、ながらでやってた掃除も終わった。
「……もしや」
こうやっていることも、もしや我が主の手中のことなのであろうか。
そんなことを勘繰ってしまう。
「よ~む~!ご飯出来たわよ~」
時間を忘れていたようで、もう日が落ちきって夕飯時になっていた。
「…ふふっ」
そしてこんなふうに母のような幽々子様を見るのも、なんだか悪くない。
「はい、今行きます」
そうだ、これからは毎日上座を掃除しよう。
いつ、あの人が帰ってきてもいいように。
ゆゆ様は自力で家事ができるのだろうか…?w
まぁ出来ない描写が創作では多いですけど、なんとなく母っぽい感じを出したくてこうなりました。
またこれが初投稿ですが、今後もここですこしずつ書いていけたらいいなと思います。
>反論しようにも、この方が意志決定を早々に曲げるわけがないこと知っている。
細かいことですが、三人称で書いているのですから「この方」は少しおかしい気がします。