※「鈴仙・優曇華院・イナバ 2回目の逃亡」のIFストーリー的なもの、かつ、「亡霊の悪戯と、妖怪寺・聖人達の交流の切っ掛け」の後の話です。
人里でインフルエンザが流行り出した。
それは言わずもがな、永遠亭の繁忙期だ。
永琳は人里に出向いて危急の患者の病状の確認と治療。
鈴仙は永遠亭にこもって永琳の作成したレシピでのワクチンや飲み薬の作成。
てゐは鈴仙の使う材料の調達。
輝夜は他3人にお茶出し等をして休憩の補助。
と、主従の壁を超えつついささかその負担に差のある磐石の態勢で臨むのがお決まりのパターンとなっている。
鈴仙の作業も佳境に入り、もう少しで永琳からの当面の指示分の作成が終了する。
鬼気迫るとすら言っていい鈴仙の様相、流石にてゐも邪魔をしないようにと作業中の鈴仙には用がなければ近寄ろうとはしていない。
「決してサボってるわけじゃなくてね、うん」
他に誰もいない部屋で言い訳をするかのように呟く。
普段は悪戯で邪魔をしたりという事もあるが、この時ばかりは手伝える事があれば手伝ってやりたいという気持ちもてゐにはあった。
しかし薬を作るなどという専門の知識と技術の要る作業はてゐには出来ない。 能力を用いて幸運を発揮すれば目的のものを作れる可能性はあるが、そんな不確かなものは永琳に廃棄されるだろう。
結局いつも通りマイペースに過ごしていると……
「ん?」
どうやら誰かが訪ねてきたらしい。 てゐは玄関の方へと向かった。
「病人一名様御到着だぜ」
訪ねてきたのは魔理沙だった。 誰かを連れてきたのかとてゐは思ったものの魔理沙だけらしい。 改めて見ればいかにもだるそうにしつつ足取りもやや覚束ない。
「随分と活きの良い病人だね」
「そう見えるのならお前は医者になれないな、ちゃんと診られる奴に頼む」
茶化すてゐに付き合っていられないとばかりにあがりこもうとする魔理沙、てゐは後ろから羽交い絞めにした。
「おっと、今は関係者以外立ち入り禁止だよ。 それに診られる奴っていうけどお師匠様は里に往診に出てるから、どっちにしたってお望みの医者はここにはいないね」
「なんだ? ここは頼ってきた病人を門前払いするような冷たい場所だったのか?」
「そう言われるとこっちも弱っちゃうねぇ」
唐突に訪れて無茶を言っても曲がりなりにも病人には違いない、診られる人がいないからといって話も聞かずに帰らせてしまったと永琳に伝われば勿論良い顔はしないだろう。
「じゃ、悪いけど診療室に先に行って待っててくれる? 鈴仙なら私よりはちゃんと診られるし」
「ああ、解ったぜ」
場合によっては鈴仙には声をかけないようにとも考えつつ、てゐは薬を作っている鈴仙の元へと向かった。
部屋の入口から中を覗き込む。
背を丸め机に突っ伏しているに近い姿勢だが手は動いている、過労で倒れないのが不思議な程だ。
その様子を見ててゐは閃いた。 慎重かつ精密な作業を続けて行っているよりは、魔理沙の診断の方が楽なのではないだろうか。
ノルマも近いのならそのまま少し休憩をしたとしても罰は当たらないはずだ。
そう結論付けるとてゐは鈴仙を部屋から出す事にした。
「鈴仙ー、生きてるー?」
あたかも今廊下を歩いて来ながら声をかけたように演じる。
「なんとかー……」
答える気力があるだけまだましといった所か、部屋に入って鈴仙の隣に立つとぽんと肩に手を置いた。
「ご愁傷様、急患だよ。 まー、もう1個追加だね」
言って、てゐは鈴仙に背を向け、腰を下ろす。
机から薬を取る音と共に、てゐの背に温かい重みがのしかかった。
歩き出してすぐに鈴仙の規則的な深い息が聞こえだし、てゐは必要以上にゆっくりと診療室へ歩いた。
診療室に着く間際、少しだけ動きを大きくして鈴仙が目を覚ますよう促す。
「おいおい、大丈夫なのか……?」
魔理沙の声音には不安が見られた。
このような登場の仕方では当然だろう。
てゐが魔理沙の向かいの椅子のそばにしゃがむと、鈴仙はゆっくり降りて椅子に腰かけた。
「どうせ……インフルエンザに、かかったみたいだから……でしょう?」
「あ、ああ。 咳は出るし、熱もある」
どっちが病人かわかりゃしない、と、てゐは胸中で呟く。 鈴仙も似たような事を思ったのかほんの一瞬不機嫌そうに見えた。
「インフルエンザは……発症すると……急激に熱があがるの。 だから……風邪かな、って……思うよりも、急激に……強い症状が、出る」
「そうだな、家を出たくないくらいだったが、だからこそ診てもらうべきかと思って来たんだ」
てゐも先程見た魔理沙の様子はその言葉を裏付けていた。
「じゃあ、これを……これは、インフルエンザの薬で……風邪の薬じゃ、ない。 貴女が、本当に、もう寝床から出たくないくらいの病状なのに……無理して、来たなら……家で、大人しく……これを、使って……静養して」
「お、おう……」
鈴仙の様子に気圧されてか魔理沙は生返事を返すだけだった。
「悪いねぇ鈴仙。 この白黒ったら、ちゃんと診られる奴を出してくれって聞かなくて。」
「しかし大丈夫なのか? 生きてるのが不思議なくらいに見えるんだが」
そう言いつつ魔理沙は困ったような顔をして頬を掻いている、我侭を言った事に罪悪感が湧いたようだ。
「お師匠様の薬を使ってるからね、これ以上絞っても何も出ないくらいだけどなんとか動けるんだ。 もうちょっとで今用意する事になってる分は終わるんだけど……」
「そうか……こうやって押しかけた私が言うのもアレだが、あんまり気負い過ぎて本当に死んだりするなよな? お前になんかあって寝覚めが悪いのはここの奴らだけじゃないんだから」
てゐにとってはあまりに意外な言葉だった、まさか魔理沙からこんな言葉が出ようとは。
鈴仙がこの状況なだけに余計に心を打った。
「お気遣い有難う。 魔理沙こそちゃんと養生しなよー?」
騒がしい事になると気付き、後に続けようとした「あんただって倒れでもしたら嫁が悲しむでしょ?」という言葉を飲み込むてゐ。
相変わらず覚束ない足取りながら魔理沙は診療室を後にした。 診療室を出て行ってすぐにげほげほと咳き込む声が響く。 しかも長い、どうやら我慢していたらしい。
魔理沙を見送ったてゐ、鈴仙の方を見ると何か言いたそうにしていると気付いた。 二人して話している所に大きな声で割り込む気力がなかったのだろう、今しがたの診療時よりも楽にしゃべれるようにと顔に耳を寄せる。
「……魔理沙の症状が風邪かインフルエンザか、どっちか気になるって?」
こくりと頷く鈴仙。
「あー……悪かったね、さっさと送り出しちゃった。 私は手が空いてた所だし、ひとっ走り追いかけて確認してくるよ」
そこまでしなくてもと否定されそうに感じたてゐは、鈴仙の言葉を待たずに診療室を出た。
が、すぐさま引き返してきて鈴仙の前にしゃがみ込み、背負って作業部屋まで連れて行く事になった。 案の定追いかけるまでしてもらっては悪いと言われたものの、疲れ果てている鈴仙に心配をさせるわけにはいかないと制止を跳ね除けた。
魔理沙を追いかける前にてゐは別の部屋に寄った。
寝そべりつつ煎餅をかじって本を読んでいる輝夜、この体たらくは自称「待機中」だ。
「姫様ー、ちょっと出かけて来るんで鈴仙の事お願いね」
「あら? なんかあったの?」
本から視線を上げはしたが相変わらず寝そべったままの輝夜、てゐはその場にしゃがみこんで続けた。
「魔理沙がインフルエンザっぽいから診てくれって来たんだけど、ただの風邪なのかいまいちはっきりしなくてねぇ。 で、鈴仙が気になるらしくて」
「自分の方がよっぽどキツいでしょうに……あの状況で心配事抱えさせたままってわけにいかないから確認に行くって事ね?」
「ま、そういう事だね」
立ち上がって外へ歩き出しつつ手を振るてゐ、その背に輝夜から声がかかった。
「貴女、この時期は優しいわね。 有難う」
てゐは足を止めて腕組みをし、一秒程の沈黙を経て返事を返す。
「頑張ってるのを見ると悪戯したくなるけど、頑張りすぎてるのを見ると手伝いたくなるんだよ。 しかもやってる事は地上の者達のためなんだから尚更ね」
鈴仙を作業部屋に連れて行き、輝夜に報告をした。 魔理沙が出て行った後にその分遅れが生じている。
病身と言えども魔理沙の飛行速度には追いつけるとは思えなかった。 しかし病身であるが故にどこかに立ち寄るとも考え辛い。
そういった判断によりてゐは脇目も振らず一直線に魔法の森の霧雨魔法店を目指した。
窓の下からぴょこっとウサギの耳が生え、そしてにょきっとてゐが顔を出す。
だが声がかかる事はなかった、魔理沙は既に布団に入って荒い息をついている。
邪魔をするのも忍びない所だったがこのまま引き返すという選択は無い。 てゐはコンコンと窓を叩いた。
魔理沙が目を開け、視線だけを向けてきた。 来たのがてゐと気付くと布団を押しのけだるそうに四つん這いで窓際までやってくる、その間にてゐは持参した手拭いで――この展開を想定して飛んできたため汚れてはいないが――足をぬぐう。
窓が開けられると素早く入り込んで窓を閉めた。
「処方のし忘れでもあったのか?」
「違うよー、鈴仙が風邪なのかインフルエンザなのかはっきりしないのを気にかけててね」
答えつつもてゐは押しのけられた布団をめくって横になるよう促し、寝転がった魔理沙に布団をかけた。
「じゃあ、あそこの体温計取ってくれ」
指さす机の上には乱雑に色々なものが置かれている。 もらった薬は服用済みのようだ。
ケースにしまわずむき出しで置かれた水銀体温計があった。 それを取ると魔理沙に渡す。
「あ、そうそう、咳するの我慢しなくていいよ。 人間のインフルエンザは感染しないし」
魔理沙は言葉でなくげほげほと咳で返事をした。
「鈴仙が急に高熱が出るって言ってたな。 今朝はそんなじゃなかったし、さっきもそれ程とは思わなかったんだが……帰ってきて気が緩んだのかな?」
言い終えると再び咳き込む魔理沙。
「今は熱、高いんだね?」
「ああ……」
「じゃ、計り終わるの待つから無理にしゃべらないでいいよ」
魔理沙は頷いた。 少しの間沈黙が訪れ部屋には魔理沙の荒い吐息と咳の音だけが響く。
やがて魔理沙が取り出した体温計は……
「うわぁ」
三十九度の線をわずかに超えている。
「こりゃインフルエンザの方だねぇ、起こしたりして悪かったね」
「構わないぜ、私は薬もらったしもう後は寝てりゃ大丈夫だろ? それより早く戻って鈴仙の世話してやってくれ、あんなの見てらんないぜ」
またも出た気遣いの言葉にてゐは柄にもなく頭を下げると、窓からではなく玄関から出て行った。
しかしてゐは永遠亭に真っ直ぐ帰らず、森から出ずにそのままとある洋館を訪ねた。
「……」
扉を開けて現れた家主はてゐに声をかけようとしなかった。
扉がノックされて来客と出迎えてみると、悪戯兎と名の知れたてゐが何故か腰に手を当て、少し離れた所で背を向けているのでは訝しむのも当然とも言えるが。
「やあ、お宅の旦那が大変な事になってるから看病しに行ってあげてくれないかな?」
背を向けたままてゐはそう言った。
「旦那、って……私は結婚なんてしてな……!? 魔理沙に何かあったの?」
洋館の家主ことアリスは「旦那=魔理沙」と察して否定や突っ込みをせず真面目な声音で問いかける。
「流行りのインフルエンザにかかって高熱出して寝てるんだ。 うちに来たから鈴仙が薬出してあるよ」
「そう……知らせてくれて、それと気を遣ってくれて有難うね。 落ち着いたらお礼に行くわ」
人間のインフルエンザに妖怪兎たるてゐ自身は感染しないと言っても、元人間の魔法使いアリスは可能性があるとてゐは判断していた。
もし感染するのだとしてもそれなりに準備をすれば大丈夫なのかもしれない、しかし自分が知らせに行って少し話す間は無防備だろう、そう思って離れて背を向けていたというわけだ。
今の発言からするとうつさないようにという意図でした事と伝わったらしい、お礼は期待してよさそうだ、と、少しにやけるてゐだった。
永遠亭に戻って鈴仙に伝えると、尋常でない疲れに気力で抗っていた所で安心して気が緩んだのか、脱力した上にそのまま眠ってしまった。
てゐと輝夜は協力して鈴仙を別室に運んで布団に放り込んでから、作業部屋に戻って作成済みの薬の量を確認した。
「えーっと、机にあるのが一、二、三……」
机の上に所狭しと薬剤が並んでいる、ともすれば数えるのも苦労しそうな程だが輝夜の指と視線の動きは淀みない。
「もう作ってあるのが確か……それに必要量は……うん、全体の九十七、八%って所かしら」
「それだけ出来てるなら後は、お師匠様に事情話してやってもらえばいいんじゃない?」
「そうね、流石にこの状況で鈴仙をたたき起こしてまだ働けと私も言いたくないし、永琳も言わないでしょうね。 帰ってきたら話してみましょ」
昼頃になって永琳が持参した薬剤の補充兼休憩のために一度戻ってきた。
「お帰りなさーいお師匠様」
「永琳、ちょっと話す事があるから来てくれる?」
輝夜はそう訊ねつつ有無も言わさず永琳の腕を掴む。 逆側をてゐが掴んだ。
「貴女達、何か失敗でも……?」
二人して変わった事をしだしたのを見てまずそこを疑う永琳、てゐは空いた手を横に振って否定した。
「ちょっと予定外の出来事があってね、まぁ失敗じゃないよ」
作業部屋に到着して鈴仙の作った薬を前に、魔理沙が直接押しかけてきて診断を要求した事から、鈴仙が眠ってしまった事まで、一連の出来事を報告した。
「そんな事があったのね……解ったわ、鈴仙の仕事は私が引き継ぐから貴女達は……」
永琳は言い淀んで少しだけ考えた。 すぐに指示内容を決めたらしく、机に向かうとメモを取り出しペンを走らせる。
「今すぐでもお昼食べてからでもいいけど、午後の間にこれを集めてきて頂戴」
てゐと輝夜、二人でメモを片側ずつ持って覗き込む。
植物の名称の記されたリストだ。 種類がやや多いために一枚だけでは済んでいないが、必要量自体は少なかった。
てゐが採集の手伝いをしているため、採れる場所については作成済みの資料と併せれば確認出来る。
「必要な種類を必要な量全て正しく集めるのも難しいでしょうから、なんとなくリストのこれに当てはまる気がする、というのを見つけたら考えずにそれを持ち帰っていいわ。 その代わり指定の量よりちょっと多めに頼むわね」
そして採集の手伝いを多少しているてゐにはわずかながら名前から効能が浮かぶものもあった。
そこから察するに……
「えー、こんなに種類あるんじゃめんどくさいわね……」
永琳に顔を向けて不満を漏らす輝夜、てゐはリストに視線を落としたまま輝夜の服の袖を引いた。
「姫様、これ、鈴仙用みたいだけどそれでも行きたくない?」
「んじゃ行くわ」
用途が解った途端に即決だった。
てゐと輝夜がそれぞれ作ったおにぎりを竹の皮で包んだものと、お茶を入れた竹の水筒を手提げ袋に持って採取に出かける。
まるでピクニックにでも出かけるかのような出で立ちだ。 種類豊富に採って来なければならないため里の周囲及び森の中をそれなりに広範囲移動する事になるので強ち間違いでもないが。
永遠亭を出るなり輝夜はおにぎりを一つ取り出し食べだした。
「わざわざおにぎりで持ってきたのにもう食べるんじゃ意味無いと思うけどねぇ」
「お腹すいてるんだもん。 それに、これ私の作った炒飯おにぎりよ。 冷めたら多分油がくどくなっちゃうわ」
「えー、また変わったものを……むしろ何時の間にこんなの用意したんだか……」
てゐは少し呆れたような顔をしたが、輝夜は笑って言葉を返す。
「貴女の方にも一つ入れてあるから早く食べた方がいいわよ?」
「あー、姫様が作ったっておにぎりが私の分もそれ、と……えーっと、どれだっけ?」
「あ、その紐が固結びの奴」
「固結び!?」
早く食べろと言う割に解くのが困難な結び方、慌てるてゐに輝夜は手提げ袋を漁り……
「はい、これ」
採集に使う鋏を差し出した。
「そうか、これで切ればいいんだね」
「崩れ易いから落とさないように気をつけて食べるといいわ」
紐を切って中身とご対面、輝夜の炒飯はてゐも時折食べているが、おにぎりでというのは初めてだ。
「こりゃ、おにぎりと思って食べると意外と悪くないねぇ、なんだか新鮮だわー」
「そうでしょう? 因みに炒飯は早さが重要ってわけで、貴女が席を外してる間にぱぱっとね」
「いつも面倒くさがりだけど、やると決めると手際が良いね姫様は。 何事に対しても」
「ふふん、いつもの私はただ本気を出してないだけなのよ」
手際が良いと褒められて胸を張る輝夜だが、台詞は得意げに言うに適した内容ではない。
てゐの方も指摘できるような生活態度ではないので流す事にした。
「貴女、普段は一歩引いてる感じがあるけどこの時期は協力的よね」
「最近は、って言って欲しいね。 まぁあんまりそういう機会もないから今になって急にと見えるかもしれないけど」
てゐは永遠亭のためにと行動する事はあれども、永琳・輝夜・鈴仙個人のためという意味はそれに対してやや少なく、本人も隠そうとはしていなかった。
「姫様もお師匠様も、それに鈴仙も月に住む者の価値観を持ったままだったでしょ、地上を見下してさ」
文句を言うかのような内容だが、てゐの声音は不満を含んではいない、ただ事実を述べているといった体だ。
「否定できないだけに耳の痛い話ね」
「でも永夜異変の後は術を解いて、今回の件みたいに里に協力するようになったり、よその連中と関わったり、だんだん地上の色に染まってきてる」
面倒くさがりかつ悪戯もしている輝夜、その様だけ見れば外見上だけは地上の者とも大差ないとも言えるかもしれない。
「だから個人的な協力もするようになってきた、ってわけね」
「そういう事、私からすれば一歩引いてるのは姫様達だった、ってねー」
輝夜はてゐが距離を置いていると見えていたが、てゐからすれば輝夜達の方こそが意識の持ち方という面で距離を置いていたという事になる。
「あー、永琳の言動を思うと貴女がそう思うのもちょっと解るわ……あれで思いやりも持ってるとこあるんだけど、でも上から目線というか、ねぇ……それを地上に向けて、もっと高飛車にすると月の価値観ってわけ、ね……」
「姫様はそれがなくなってきてるみたいに見えるんだよ」
てゐは軽い調子でそう言ったが、輝夜は意外だといった表情を返した。
「相変わらず「地上の人間は下賤だ」なんて言う私が? そりゃ永琳程じゃないでしょうけど……」
「名実共にそこまで落ちてきてるのによく言う……だなんて言っちゃうと喧嘩腰だし大袈裟だけど、姫様だって実感してるんじゃない?」
明らかに礼を失する形の言葉だが輝夜は気を悪くした様子もなく視線をあげて唸る。
「どうなのかしらねぇ、永琳に比べれば箱入り娘の私は柵が少ないとは言っても、確かに月に住んでいた身よ?」
てゐの言葉には同意も否定もしなかった、つまり輝夜自身はっきりどう意識しているのかまだ掴んでいないのだろうとてゐは判断した。
「ふーん……ま、帰るつもりもなくここで過ごすんだから、染まっちゃった方が楽しいと思うよ? さてそれじゃあ明るい話でも……」
話題を終える宣言をするとてゐは頭の後ろに手を組んで続ける。
「鈴仙が元気になったらお疲れ様会するよね、今回は何か企んでるの?」
「企んでるとしても、それを言っちゃったら企んでる意味がないじゃない」
ただ単純に飲み食いするだけでは決まり切っていて面白くないと、輝夜は何かしら余興を挟みたがっていた。
楽しむためとあって自ら行動する事も多いが、浮かばない場合てゐと鈴仙に難題が降りかかってくるため、出来れば避けたい所だったが……
「……実は今回はなかなか思いつかなくて、何か案があったらてゐも手伝って頂戴」
避けられないようだ。 てゐは胸中密かにため息をついた。
既に採取地点も把握しているものだけだったため、てゐと輝夜の半ばピクニックじみた外出は然程時間をかけずに終わり、永遠亭に戻った頃にはまだ日が暮れてもいなかった。
成果を解る範囲で分別して置いてから、てゐと輝夜は兎に様子を見ておくよう頼んでおいた――起きないだろうという満場一致の判断の元、一応着いてもらっていただけだが――鈴仙の元を訪ねた。
やはり先程眠ってからまだ目を覚ましていないらしい。 机で寝かせたままの無理な体勢ならまだしも布団に寝かせている、なかなか目を覚まさないのも道理だろう。
普段なら何かしら悪戯でもしそうなてゐと輝夜だが、鈴仙のそばに座る様はすっかり神妙な顔をしてしまっている。
「私達も同じように手伝えたらいいんだろうけどね」
「そういう事は軽々しく口にしない方がいいわよ、覚悟がないのならね」
何気なくつぶやいたといった様子のてゐだったが、輝夜が返す言葉は厳しかった。
「永琳は鈴仙に甘い所があるし、負担が一番響いている鈴仙の事をどうにか出来たらと思っているに決まってるわ。 そんな発言をしたって知られた日には、貴女も鈴仙と同じ事が出来るまでみっちり鍛えられるわよ」
「姫様が強い信念と覚悟を持ってだらけてるのはそういう理由なんだね」
輝夜とて鈴仙を気にしていないとはてゐには思えなかった、そのくせ他の三人の補助だけしかするつもりがないと言わんばかりに、だらだらしている様の背景を知って合点の行く思いだった。
「それもあるんだけど……私の場合はさっきの話じゃないけど箱入り娘だし、しかも死なないわけだし、薬作りなんて繊細なものを担うにはちょっと感覚がおかしすぎると思うのよね」
「薬に関してはそうだとしても、姫様はなんだか能ある鷹が爪を隠してる感じがするね、本当はもっと色々やれそうな気がするよ」
あまり触れるべき話題ではないと聞いて、てゐは話題の転換を試みた。
「貴女の方こそ、古くは術で隠してた永遠亭に入ってきた事から、最近では妙に早く誰かお客さんが来たのに気付いたり……悪戯したり人を騙して楽しんでばかりが貴女の能じゃないでしょ」
「おっと、突っ込まれても教えないよ。 手札を全て晒しちゃ勝負にならない」
返す言葉で深く切り込まれた形だったが、てゐは答えないと明言した。 輝夜は挑戦的な笑みを浮かべる。
「勝負ねぇ、私達と袂を分かつ可能性があると?」
「勿論そのつもりはないよ、ほぼなくなったとも言えるね。 さっきの話の繰り返しになるから省くけど。 そういう意味よりは、日々を楽しく過ごすためにだよ……姫様はお師匠様の言う事を直接拒否出来ても、私はそうもいかないからね」
輝夜が言動の通りに思っているのではないと察していたてゐ、しかし敢えて思う所を素直に述べる。
「私が貴女を永琳に売るかもしれないって?」
心外だと言いたげな表情を浮かべる輝夜、てゐは指を突きつけた。
「はいそことぼけない。 私達三人がお師匠様から大目玉食いそうな時は蜥蜴の尻尾切りしてるんだから」
「てへっ」
お茶目な顔を浮かべて舌を出す輝夜、直後に真面目な顔をすると……
「たまに貴女が他人の気がしない事があるわね」
などと言った。
「奇遇だねぇ、私も時々思うよ、似た者同士なんだろうね」
牽制し合うような空気もあったが、二人とも笑みを浮かべ合った。
午後の里での往診を終えて戻った永琳に採取してきた旨を伝えると、永琳はその材料を元に手早く薬を作って鈴仙の寝ている部屋へとやってきた。
「鈴仙用っててゐが言ってたけど、結局何の薬なの?」
作る事自体はやりたくなくても完成物に興味はあるようで、輝夜の声音はどこか楽しげだ。
「眠気の促進や滋養強壮に使える草があったから、このまま寝かせて疲れを取るためって所?」
てゐの横槍に永琳は頷く。
「解ってるじゃない、ノルマを殆ど達成させていたからもう休んでもらおうと思ったのよ」
普段永琳は厳しいが、先程輝夜が言っていたように鈴仙に甘い所もある。 あれ程身を粉にして働いていた鈴仙を、ここまで来て成し遂げずに脱落したとて責めようとはしていなかった。 それどころか優しい笑みすら湛えている。
「起きたら確実に平謝りだけどそこはどうするの?」
「この子が恥じるべき所のない努力をしたと、私達皆が思っている事を理解してもらう必要があるわね」
「じゃあ今回のお疲れ様会は鈴仙を主役にしてみんなそれぞれプレゼントを用意、なんてどうかな?」
「成程、名案ね」
てゐの出した案に永琳は賛同した。 先程の輝夜の無茶な要求をかわす意図もあったがもちろんそんな事はおくびにも出さない。
「いいわね、私も賛成よ。 それやったらこの子どうなると思う?」
輝夜はにやにやしながらてゐに問いかける。
「まぁ賭けにはならないね」
てゐもにやにやしながら答えた。
永琳が鈴仙の口に薬を捩じ込んで、各々解散してしばし、てゐは永琳に呼び出された。
部屋に入ると永琳は神妙な顔をしている、何か面倒な事があったようだ。
「まず初めに詫びておくわ」
言って、頭を下げる。 永琳の不手際のようだが……
「お師匠様が失敗なんて珍しいね、何があったの?」
「ええ、これなんだけど……」
取り出したのは以前手伝った採取のリストだ、里の件で本格的に忙しくなる前の準備段階だったので量が多い。
「指示を間違えて一種類、大分足りてないのよ」
いざ危機に直面したという際に材料が足りずに薬が作れない、では話にならないため、調剤作業部屋とは別に材料を大量に保管している。
本格的な作業前に鈴仙だけでは間に合わない分を永琳が行う事もあって、ごっそりと移動した後にてゐの作業での補充があった。
つまり貯蔵を総括する永琳か、採取を総括するてゐのどちらかしかこの事には気付けなかったが、忙殺されだした永琳と量の過不足の判断が概ね出来ないてゐ、両者気付かずにいてしまったのだ。
「あー、それなら何度かやってるのに気付かなかった私にも落ち度があるよ」
実際示されて足りていないと言われれば、以前集めた時にはもっと多かったとてゐも思い出した。
「つまり改めて集めておいてくれって事なんだね?」
「そうね、ただ、問題があって……」
「もう冬だから量を集めようとするとここいらじゃ厳しそう、と」
対象は秋頃の植物、もう冬となった今ではいつもの採取地点では望むような量を採れるとは思い難い。
「妖怪の山まで足を延ばさないといけないでしょうね」
「じゃあ、いつも集めるみたいにはいかないね」
永琳が何らかの手段で、採取のために妖怪の山の面々へと話を持ちかけるだろうとてゐは予想した、そしてそれは上手く運んで自分が出る事になるとも。
「貴女一人が譲歩の限界、兎に手伝ってもらうのは無理といった形になると思うわ。 それでもいい?」
「ま、たまには働くよ。 鈴仙に胸張って顔向け出来るようにね」
てゐにとっては正直に言えば、薬作りの手伝いを始める事なく・しかも永琳がお膳立てをしてくれた上で、永琳や鈴仙に一つ大きな事を成したと思われるようなものが出来るのは有り難い事だった。
早速永琳は妖怪の山へと赴き、夜になって戻ってきた。
「山に入ったら貴女も知っている烏天狗と、それに哨戒担当の白狼天狗を遣わすから、なんとか説得してみるようにですって。 両方、或いはどちらかでも納得すれば口説かれた者が護衛につく、どちらも駄目ならあきらめるように、と」
飽くまで機会を作っただけで実行出来るかはてゐ次第のようだ。
「ありゃ意外、入って集めていいって確約は得ないで来たんだね」
永琳ならば説得のしようは幾らでもあるだろうに、先程の自ら述べた予想とは違う結果を持ち帰ってきた、その意図は……
「たまには働くって言ったでしょう?」
どうやらただで一仕事の功績を得られはしないらしい、良い子ぶった言い方をしなければよかったかとてゐは後悔した。
翌日……
大き目の背嚢を背負ったてゐ、採取した薬草を持ち帰るためだが道具類などもこれに入っている。
そしてこの背嚢の準備をてゐはしていなかった。
てゐが一人で採取に行くと聞いた輝夜がせめてもの手伝いと必要な道具――と、昼食も含めて――を用意したのだ。
少しでも肩を並べるための功績が欲しいのはてゐだけではなかったという事か、因みに中身は永琳の検閲が入っているため開けてみたらとんでもない悪戯が仕組まれていたという心配もない。
「おまけもあるわよ」
そう言って輝夜は巾着袋を持ってきた。
「ん? 何々?」
開いてみると……団子が入っている。
「きびだんご」
「烏」と「白狼」が護衛につくかもしれないからかとてゐは納得した。
「こりゃ地底にもいかないといけないかねぇ」
「冗談で寄り道をしてる場合じゃないわ、真っ直ぐ山へ行きなさい」
永琳は釘を刺す。 しかし本気で悪ふざけを疑っているわけではないだろう。
「解ってるよー、じゃ、行ってきます」
「知らない妖怪に声かけられてもついていっちゃ駄目よー」
輝夜の冗談を背に受け、てゐは妖怪の山を目指した。
妖怪の山の領域に入って程無くして、言われていた通りに天狗が現れた。
片方はてゐも多少馴染がある、荒唐無稽な新聞を作っていると専らの噂の文。
そしてもう片方、哨戒担当の白狼天狗・椛について、てゐは交流を持たない。
危険であると周知されている妖怪の山は侵入者が少なく、暇でいる事も多いので河童と将棋を指していると知っている程度だ。
立ち居振る舞いからして文とは逆の生真面目なタイプと見て取れた、そこからてゐは方針を模索する。
「やあおはよう二人共、朝から出てきてもらって悪いね」
「そんな事を言うにはまだ早いですよ、これから私達を口説き落とさねばならないんですから」
文の表情は明るいものだ、ここまでの道すがらでてゐが考えた限り文は簡単に乗ってくれるだろうと見ていた。 一人ならば、だが。
「どうせこんな楽しそうな事を逃す手はないなどと思っているのでしょう? 私情を挟んではいけませんからね」
楽しそうにしている文に椛が釘を刺す。
てゐはこうなる事を危惧していた。 文が素直に聞き入れるようであれば逆に文こそが強敵となる恐れがある。
「そうですね、ではまず私は放っておいて頂いて椛を攻めて下さい」
こう言うのであれば椛が協力に傾けば乗ってくるつもりだろうかと思いつつ、てゐは頷きながらどう言うかを考えた。
そしてすぐに結論付ける。 真面目な者が相手なら真面目に投げかければ良い、大義名分はあるのだから。
「永遠亭が里のために往診して薬をあげて治療にあたってるのは知ってるかな?」
「ええ、そのための材料を採りに来たと伺っています」
椛の言葉にてゐは頷く。
「珍しくお師匠様が在庫少ないの見落としちゃって、一種類底をつきそうなのがあるんだ。 でもその薬草は秋のものだから冬の今じゃ思うように集められないだろうし、ここで採らせてもらわないと間に合わないってわけ」
「人間の里での治療は既に粗方終わっていると聞きますが、それでもまだ材料が必要なのですか?」
椛も状況を把握していた。 ここで哨戒を担当しているというが、文の入れ知恵だろうか。
「例の流行り風邪の対応には必要ないね。 だけどこれから別の病気が流行らないとは限らない。 そうなった時に材料が足りなくて薬が作れませんでした、だなんて状態になっちゃいけないんだ」
「他の手段による治療は出来ないのですか? 例えば術や魔法の類で」
医者としてのアプローチを間近で見ていたてゐにはこの発想は抜け落ちていた。 しかし聞き及ぶ範囲で問題無く受け答えられそうと感じたため慌てる事無く言葉を返す。
「うちの場合は材料さえあればお師匠様がパッと作っちゃうけど、魔法やなんかは規模が大きいと何日も準備をしてようやく使えるって話でしょ? 常日頃から各種病気に対応した魔法を用意しておけだなんて誰もやりゃしないよ。 うちが備えておくのが一番なのさ」
実際の所はインフルエンザの件もあらかじめてゐが材料の下準備をしている上に、永琳が往診・鈴仙が製薬の体勢で数日かけているため、魔法での対処と大差ないと捉える事も出来そうだった。
しかし椛はてゐの言葉に納得した素振りを見せる。
「成程、その点は解りました。 ……私としては貴女に協力した事で「山の連中が里へ協力する意思を見せた」と取られ、仲間意識が出来た、或いはこれまでのように危険な場所ではないと勘違いをして、山に入る人間が増えてしまう可能性を心配しています」
「山の妖怪は里の人間と基本的に接点がないでしょ? 侵入者を排除するってくらいなんだから。 そうなると里の人間がこの事を知る手段は限られるね」
てゐは腕組みをして考えるような仕草をしてから言葉を続けた。
「山の妖怪と付き合いのある奴が話を聞くか、あんたの新聞って所かね」
「記事の内容に便宜をはかれと言われても応じませんよ?」
嘘だらけの新聞という噂の割に要望には応じてくれないらしい。 自分の書きたいように書くという事だろうか。
「ありのままに書いてもらった方が都合がいいねぇ、侵入者ありと見れば真っ先に駆けつける荒事に慣れた白狼天狗に加えて、古株の烏天狗が護衛につかないといけないだなんて、いかにも危険に溢れているという感じじゃない」
「ふーむ、成程……椛、貴女はもう認めているの?」
文が訊ねると椛は頷いた。
「今しがた述べた点が心配要らないのであれば構いません」
「では、てゐさん、続けて私を説得して頂きましょうか」
「むしろあんたは新聞のネタになるから進んで護衛したいくらいなんでしょ?」
予想に反してきちんと説得しなければならないらしい、思惑として前向きであるなら面倒だし避けたいとてゐは思ったものの……
「それを理由にしてしまうと後で椛に小言を言われますので」
このまま護衛に移る事ははっきり否定されてしまった。
「里のためにやろうとしてるという事実と、あんたが物々しい様を新聞記事にすれば問題無いだろうという材料だけじゃまだ足りないって?」
「ちょっと物足りないですね、もう少し何か欲しい所です」
文は澄ました顔で要求する。
「うーん、そうだねぇ……薬が作れないとなると里に大きな影響が出る可能性があって、そうなれば妖怪も煽りを受ける。 更に言えば霊夢や魔理沙がその被害に遭わないとも限らない。 といったとこなんてどう?」
「大義名分に加えて情に訴える二段構えですか」
「霊夢にべったりだってあんたがなんとも思わないはずはないでしょ」
「否定はしませんがね」
決定的ではないらしく文の言葉はいまいちはっきりしない。
「まだ足りないって顔してるねぇ……」
協力する事自体に否定的でないというのに煮え切らない態度の文に、だんだん面倒くさいという思いが沸き起こってきたてゐ。
いっその事幸運を呼ぶ能力を使って袖の下でも握らせたいと思ってしまう、しかし椛が居る以上あからさまな手段は取れない。
と、そこで出かける際に受け取ったものを思い出しててゐは巾着袋を取り出した。
「じゃあこれでどうだ! 椛もどうぞ」
「これは……団子ですか」
「うちの姫様が用意してくれたんだ、きびだんごだってさ。 お弁当と一緒に冗談半分に作ったおまけってとこだろうけど」
そう聞いて文と椛は団子を受け取ると口にした。
「趣向を変えて地底に出向いてさとりさんと一緒に怪力乱神を退治するんですか? ご勘弁願いたいですね」
団子を渡された際のてゐと同じような発想をする文、てゐの方も鬼退治はしたくない所だ。
「それに比べりゃ勝手を知った山の中で護衛なんてただの散歩みたいなものでしょ」
「……まぁ、十分納得の行く理由は提示して頂きましたし、団子も美味しかったですから……ウサ太郎のお供を致しましょうかね」
ここに至り文もようやく協力を明言した。
しかしやはり満足は行っていないような様子と見える。
「有り難いねぇ。 ところで、もう乗り気だったくせにどうしてそんな渋ってたの?」
「理由を盛りだくさん出して頂けば、記事にする時に凄まじい舌戦が繰り広げられたと書けますから」
新聞の記述に盛り上がりが欲しかった、それだけのようだ。
「残念だったね、私ゃもうめんどくさくなってたよ」
説得はなし崩し的な形ではあるが成功となり、三人で山を登りだした。
「私は文とは違ってここで過ごしてるだけで外の事情には疎いのですが、永遠亭は人間を対象に病気を診ているんですか?」
「人間だけじゃないよー? 妖怪も診てる。 山の妖怪達だって何かあってうちに来れば診療するよ。 迷いの竹林の中だから来るのに苦労するんだけどね」
てゐは妹紅が案内を務めている事は敢えて言わなかった。 もし仮に椛からこの話が伝わって行きたがる妖怪が増え、里から永遠亭を目指す人妖の方に影響が出れば軋轢を生みかねないと思ったからだ。
「他にも薬を売ってもいましたね」
今回のような非常時に永琳が直接往診するのを除けば、基本的には兎達が置き薬として配る形態をとっている。
「診察についてはともかく、それは椛が知らないのも仕方ないね、こっち来ないし」
立ち入る者即ち侵入者となるこの妖怪の山には足を延ばしていないのも道理だ。
「置き薬ってやり方で……一揃い薬色々入った箱を配って、次に来た時に使ってある分だけお金を払ってもらうんだ。 だから訪ねる頻度はそう多くは無いんだけど、それでもここに入るって駄目だよねぇ?」
てゐは椛に向けて訊ねる、椛は難しそうな顔を返した。
「山全体に周知する必要がありますね……それにそちらとしても、里に配る比ではない広さと量を担う事になります」
「つまりお互い聞かなかった事にした方がいいというわけね」
文の横槍に椛は苦々しい顔を浮かべる。
「個人的には好きじゃないやり方ですが、そうした方がよさそうです」
「ま、下手に首突っ込むと大変な事だって世の中にはあるしねー」
手をひらひらと振っててゐは軽く言った。
「あ、すっかり場の流れに飲まれてなんとなく歩いてたけど……ちょっと待ってね」
てゐは背嚢を下すと中身をごそごそと漁った。 永琳が検閲したのだからちゃんと入っているはず、と、探してみたものはすぐに見つかった。
「これ、こういうのを探してるんだ」
てゐのまとめた資料から今回の目的の植物についての部分だけを記した写しだ、文と椛は受け取ると順番に内容を見る。
「……椛、どう? 解る?」
「残念ながら……ですが薬草の事なら他の白狼天狗が心得ているかもしれません。 少しこの資料をお借りしていいですか? 怪我の治療をよくしている者がいるので、訊いて来ようと思います」
「うん、いいよ。 じゃあ動かずにいた方がいいよね、二人でここで待ってるよ」
椛はてゐの資料を手に飛び去り、後にはてゐと文が残された。
少し間を置いて文がふぅと大きく息をついた。
「ん? どうしたの? なんか疲れてるみたいだけど」
「いえ、護衛につくのは私だけでよかったのにと思いましてね。 あの子の真面目さは私の行動を縛りますから……嫌いじゃないんですがちょっと苦手です」
てゐも真面目な鈴仙とよく一緒にいるため少しだけ共感できる所があった。
「真面目なのが近くにいるからって縛られるような玉かい?」
「こちらは組織社会なもので、気ままには動けないんですよ」
言葉に反して随分と気ままに生きているように思えたてゐだが、そう言うからには当人にとってはそうなのだろう、機嫌を損ねられても困るのでそれ以上は言わない事にした。
「ふーん、大変だね」
気のない返事に文の方もこの話題はやめておこうと思ったのか、鞄から新聞を取り出しててゐに手渡す。
「ところでこの件は御存知ですか?」
「ん? 何々……白玉楼で宴会?」
白蓮達と神子達が白玉楼に招かれて宴会をした旨が書かれている。 ざっと見た限り特に過剰に話を盛ったり嘘を追加したりで、衆目を集めやすくしているようにはてゐには思えなかった。
妖怪寺と聖人が交流を持ったという事自体が嘘くさいとも言えるが、その点は事実であると知っている。
「時期としては恐らく永遠亭は冬支度の頃ですね、命蓮寺とその地下から蘇った聖人達の仲を成り行きで幽々子さんが取り持った事から白玉楼で宴会を開いたらしいんです」
「へぇ、命蓮寺と、里に時々現れてた凄い人ってのが仲良くし出したってのは知ってたけど、あの亡霊が一枚噛んでたんだね……で、なんでそれを私に?」
文は山の上の方を指し示して答える。
「もしかしたら山頂近くまで行くかもしれませんし」
「うちと守矢神社とで宴会しろって?」
永遠亭も守矢神社も里に関わっているという共通点こそあるが、互いの接点は実質無い。
「良い建前が出来るようなら是非お願いしますよ」
わざとらしく揉み手をしてすり寄る文、宴会、ひいては仲良くなる事であればてゐも吝かではないという思いだ。
「新聞にしたいってわけだね。 でも今の所はそんな建前も……そういえばあそこはどんなご利益があるんだっけ?」
「技術革新の神様をやろうとしてますね」
「あー……そうか、うちの鈴仙が里の件で薬作り頑張りすぎて疲労の極みに達してるから、何か頼れるならとも思ったんだけど」
何か別の方法を取らねばならない、てゐは少し考えようとしたがすぐに文が言葉を続けた。
「まぁ、訪ねる事になったら言うだけ言ってみてはどうです? きっかけにはなるかもしれません」
「そうするかねぇ、元々うちだけでお疲れ様会する事になってたけど、余所も交えた宴会ってなるのはうちにとっても悪くないだろうし」
余所の連中と関わっていれば、永琳はともかく輝夜や鈴仙は地上の感覚に馴染みやすくなるかもしれない、そう考えつつてゐは先程文が示した山頂の方角を見やった。
椛が採取地点の情報を携えて戻ってきた。
説明によれば麓を回るように移動する事になるらしい。
「上の方にもあるそうですが、量を求めるのならこの辺りの標高を巡った方がいいという話です」
「とりあえずはその教えてもらった所を回って、取っていい分で必要な量にどれだけ届くかって所かねぇ」
高い山だけに裾も広い、最終的に必要量が得られない事はないだろうとてゐは楽観的でいた。
「ある分全部持っていくわけではないんですね」
「そりゃあね、必要とするのは私達だけじゃないし、それに根こそぎ取ってったら来季に困っちゃうから」
採取に向かいまず一か所を終えて次に移動している途中……
「そういえば護衛って言うけど、この状況でも襲って来そうな妖怪っているの?」
「私達がついていればそういう手合いはほぼ居ないと思います。 来たら来たですぐにお帰り願いますけどね」
答える文は得意げな笑みを浮かべながら葉団扇を揺らした。
「御安心下さい、文はいつもふざけていますが実際はとても強いですから」
てゐには椛の補足は少し悔しさが滲んでいるように聞こえた。
「へぇ、ちゃんと働いてくれるんだね」
「納得できる理由があるのならきちんと護衛をするようにと、上から指示されてますからね」
「うちのお師匠様はお宅の上司をどう口説いたんだろう、私があんた達を説得するより難題だろうけど……」
半分は現場任せといえどやるのならきちんとやれという指示、永琳は一体この言葉をどう引き出したのか気になったてゐ、文・椛両名の顔を見たがどちらもその表情は知らないと述べていた。 そして文が口を開く。
「同席していないですし直接聞かされてもいませんが、恐らくは先程てゐさんも仰っていた人間に悪影響があれば妖怪へも波及するという点に触れたのでしょう。 突っぱねても得をする話ではありません」
「場合によってはスキマ妖怪に睨まれる展開だってあるだろうしねー」
永琳の目的は他意の無い幻想郷のためとあって、立ち行かなくなれば紫も協力するはずだ。 それなら永琳に貸しを一つ作れるこの段階で素直に受けてしまった方が天狗達には都合が良い。
「ではこちらからも質問です。 てゐさんは何故素直に働いているんですか?」
「いや、だってそりゃあこうやって動けるのは私だけだもん」
当然といった仕草で返すてゐだが、文はそれでは納得しなかった。
「とはいえ貴女なら他にやりようがあるのでは? 幸運を呼ぶ能力があれば、時期外れなのに大量に収穫できて事なきを得たというオチに持っていく事も出来たと思いますが」
「いやいや、いくら私の能力ったって限界があるよ?」
「足元全部四葉のクローバーをやってのけたのですから、ごく普通の薬草但し時期外れくらい朝飯前でしょう?」
「運じゃ敵わない事だって、世の中にはあるんだよ」
実際どうかと言えば恐らく出来るだろうとてゐ自身は思う。 しかし自分の出来る事を明かしたくない思惑と、鈴仙に楽をしていたのだと思わせたくない事情とを隠すために強硬にとぼけた。
「……解りました、そういう事にしておきましょうか」
文は渋々といった様子で引き下がる。 てゐの内心は少し苦々しい。
(やれるとしてもやらなかったんだって確信して訊いたね、これは……)
もし永遠亭で指示を受けた時点で幸運によりなんとかなるとしていたのなら最初の採集地点で大量に採れていたはずだが、そうではなかった。
つまり最初から楽をするつもりがなかった理由を掴もうとしたのだろう。
「その能力を使っても全く変化は起こせないんですか?」
そこへ椛から横槍が入る。
「どういうこと?」
「底がつきそう、という程に備蓄がないんですから多少なりとも足しに出来るのであればやっておいて損はないのではと思いまして」
「あー、成程ね」
ちらりと文を見ると何か言いたそうにしていた。 麓での採取で事足りるようなら守矢神社へは足を延ばさなくなる。 新聞にしたい永遠亭と守矢神社の宴会も立ち消えだ。
「じゃ、次の場所からちょっとやってみようか」
今しがた深く突っ込まれた意趣返しに、そう答えておくてゐだった。
しかし宴会の開催へはてゐも前向きのままだ、意図的にその芽をつぶそうとはしなかった。
「時期外れだというのに花が……」
感心したように椛が呟く。
量を確保できるという点ではなく、時期外れの花が見られるという点に向けて幸運を呼んだのだ。
「量はどう? 多くなってる?」
「はっきりとは解りませんが、恐らく聞いた程度と大差ないですね」
「やっぱり私の能力といえどこのくらいまでみたいだね」
ついでに先程の文の追及への答えという体を取る狙いもあった。
これを言葉の通りに能力の限界と取るようなら手持ちのカードを伏せておく事に成功し、麓での採取で終わらぬように調整したと取るようなら、何か言いたげにしていた文への気遣いともいえる形になるため、どちらにせよてゐにはプラスだ。
途中に昼食休憩を挟みつつ一行は山の領域を歪な渦を巻くような道のりで巡って行った。
背嚢に目一杯詰め込む量を得る頃には日も大分傾いていたため、今日の所はここまでにとてゐは二人と別れて永遠亭に戻った。
「ただいまー」
いつから待っていたのだろう、永遠亭の玄関先には永琳が立っていた。
「おかえりなさい、採取させてもらえたようね」
まず返事の代わりにてゐは背嚢を見せる、たっぷりと詰め込まれた成果に永琳は頷いた。
「いやー、なかなかブン屋が折れてくれなくてねぇ」
永琳は呆れたような顔をする。
「烏の方が与しやすいと思ったけど……貴女手の内を見せずに話でもしたの?」
「んー、それよりも新聞の記事に華が欲しかったらしいね、私と凄まじい舌戦が繰り広げられたように書くために理由をたくさん出してほしかったってさ」
てゐが背嚢から薬草を取りだし、採取の際も土を払い落としていたが、落とし切れてなかった分を払って永琳に手渡す。
「そういう事だったのね」
永琳は受け取った薬草を目的のものとそうでないものに手早く分別していった。
「意外にも最後の決め手は姫様の団子だったよ。 美味しいものももらったからって」
「鬼退治には誘ったの?」
今朝の冗談を蒸し返す永琳、意外と気に入ったのだろうかとてゐは考える。
「ご勘弁願いたいって」
「それは残念だったわね」
「いやいや、私だって行きたかないよそんなの」
如何に文が手練れであろうと鬼はその上を行くだろう、更に鬼が本気を出そうものなら幸運を駆使してすら逃げ切れるかどうか、無理であるという気がしてならないてゐだった。
「ため込んでる金銀財宝は要らないの?」
「財宝ならもうここに持ってるじゃない」
幻想郷に居る鬼といえば萃香や勇儀、彼女らが財宝を持っているはずはないがおとぎ話の鬼と言えば財宝を持っているもの、そういう意味での永琳流の冗談か。 それに対しててゐは柄に無い答えを出した。
「随分と高く買ってくれてるのね」
「でもまだ私には原石みたいなものに近いかな」
「それでどう磨くつもりなの?」
「そうだねぇ、神様にでも頼むかもしれないね」
あそこの神様を相手に月の頭脳はどう接しようとするのだろう、そんな興味がてゐの胸に湧いた。
翌日も妖怪の山へ赴いて採取を行った。
文と椛も手伝ってくれていて、昨日よりは勝手が解っているため背嚢が一杯になってもまだ日は然程低くない。
「ここまで来たんだから上の神社にも行ってみようかな」
「お、守矢神社へ行きますか。 あそこは妖怪からも信仰を集めてますからね、貴女の所の妖怪兎にも信仰している者がいるのなら近くまで来た挨拶に行っても損はないでしょう」
椛が居る手前か新聞にしたいという思惑を隠す文、白々しい発言ではあったが……
「それでしたら、護衛の任の趣旨から少し外れますがお供致しましょう」
椛は異論を唱えずに協力の意を示した。
「椛、貴女は付き合わなくていいわ」
「何故です?」
文の言葉に椛はきょとんとした表情を返す。
「薬草採取のみ許可してその護衛にという事になっているんだから、脇道に逸れて神社へだなんて約束を違えたと扱われて、それを見過ごした私達も責任を問われるかもしれないわ。 そんなリスクを負うのは私だけでいいでしょう?」
「あわよくば面白い事があるかもしれないから連れて行きたい、という事ですね?」
庇い建てするような文の発言の裏は椛にもくみ取れる内容だった、冷めた目線を文へ送る椛。
「勿論。 もしそういう事態になっても、個人的な話があるから麓まで一人で送って行きたいと言ったという事にでもしておいて、貴女に累が及ばないようにすると約束するわ」
「……解りました。 私は貴女みたいに口が達者じゃないんですから、問題を起こさないで下さいよ? 庇いたくても庇えません」
てゐに向けて一礼すると、椛は飛び去っていった。
「……もしかしてあっちもあんたと同じで嫌いじゃないけど苦手、って思ってんじゃない?」
「さて、どうなんでしょうねぇ」
飛び去る椛の背を見やりながら、二人はそんな言葉を交わした。
守矢神社に到着すると境内には誰もおらず、閑散としていた。
「信仰を集めてるって言うけどいやに静かだね」
てゐは誰か居ないか探すように辺りを見渡す。
「もう守矢も真新しい存在ではありませんから落ち着いてきていますね。 山頂まで来るのはそれなりに手間ですし、普段は住居に置いた神棚に手を合わせる程度なんでしょう」
「ふーん、ま、混雑してて奥まで進むのも一苦労ってのに比べりゃこっちは有り難いね」
喋りながら歩いていく二人、やがて拝殿の前に着いててゐは背嚢を降ろし、側面のポケットから小銭を出して賽銭箱に投げ入れた。
二礼二拍一礼、落ち着きのない振る舞いのてゐにしてはゆったりと行うと……
「お? やあ、こんにちわ」
「それが今願掛けした神様に取る態度かねぇ全く……」
音か願いか、どちらかを察したのか神奈子が出てきていた。
「まぁ、折角来たんだ。 急いでないならあがっていくといい、茶くらい出すよ」
居間でちゃぶ台を囲む事になり、諏訪子が淹れたお茶を出された。
「お、悪いねぇ、いただきます」
神様相手に取る態度ではないのは明らかだが、居住まいを崩して座る神奈子と、頼まれて四人分お茶を出した諏訪子もそれらしくない振る舞いだ。
茶々を入れたくなったてゐだが、心証が悪くなるのも厄介なので我慢する。
「貴女達が里の病気の治療をしてくれてるおかげでうちも助かってるよ、有難う」
諏訪子がお礼を言い、神奈子が更に言葉を続けた。
「あそこになんかあっちゃこっちも痛手だからね、だからさっきの願掛けについても吝かではないんだけど……」
と、そこまで言って言い淀む。
「あんたのとこの鈴仙、まずい状態なのかい?」
「それ程でも……いや、あるんだけど、もう対処はしてあるんだ。 担当する作業もほぼ終わってたからお師匠様が引き継いで、薬飲ませて寝てもらってるとこ」
そう答えててゐは更に、この時期の鈴仙の鬼気迫る働きぶりについて伝えた。 里のために尽力している様を教えれば恩を売れるという狙いもあっての事ではあるが。
「そこまで頑張ってくれてるんだねぇ」
「だったら尚更と言いたい所だけど、既に処置が済んでるんなら私達がしゃしゃり出る幕もないね、何か別の形で……」
神奈子は腕を組んで考える。 すぐに案が浮かんだようで明るい表情で提案した。
「鈴仙が寝込んでるっていうなら、うちの早苗になんか手伝いに行かすのはどうだい? 作業が終わったんなら専門的な事はもうしなくていいだろう?」
「お、それならこれの手伝いでもしてくれるとちょっと楽になるね。 でも明日で終わりなんだよねぇ」
その上昨日と今日背嚢一杯に薬草を採取しているため、明日はそれ程量を取らずに済むという状態だ。
「じゃあ永遠亭まで連れてって、鈴仙が動けるようになるまでの間適当に使ってやってくれていいよ」
「随分と大盤振る舞いだねぇ、鈴仙を寝かせたのが一昨日の午前中だから起きるまでにあと一日二日、そこから調子を戻すまでにこれも一日二日で二日から四日はかかるだろうけどいいの?」
神奈子は頷いて答える。
「里の治療を行ったとはいっても、あんたも知っての通りアレは完治まではかかるものだからね、あんまり早苗を里に近づけるわけにもいかないからまぁ、丁度良いのさ」
「で、その早苗はどこへ?」
諏訪子が出したお茶は四人分、どこかへ出かけているようだが……
「里に行ってるんだよ、小さい頃に例の病気にかかって辛かった経験があるからほっとけないってね。 治療は出来ないからやることといえば、臥せってる子供についててやるくらいなものだけど」
つまり現人神であるとはいえ人間には違いなく、感染するリスクがあるというのに里に出向いているのを止めたい狙いもあるのだろう、てゐはそう考えると今しがたの神奈子の明るい表情に納得した。 成程確かに丁度良い。
「どう新聞に書くつもりなんだい?」
身を乗り出すようにして問う神奈子の言葉はてゐではなく文に向けられていた。
先程から話に割って入らず熱心に手帳に何か書き込んでいる。
「どう、と仰いましても、私はただ目の当たりにした事を書くだけですよ」
「匙加減には気を付ける事だね、うちは怖いのがここにいるから」
神奈子が隣の諏訪子を指さすと、諏訪子は胸を張った。
「信仰に悪影響の出るような内容だったら祟るからね」
「多分悪影響どころか良い影響だと思いますよ? 里に関しては」
半ば脅しのような事を言われた形だが文は動じる事なく平然と返した。 その言葉からするとここでの事を記事にするにあたっては既に頭の中で形が出来ているようだ。
「そりゃ有り難い。 出来上がるのを楽しみに待つとしようか」
今ここで内容を問いはしないらしい、言葉の通りの意味か、それとも問い詰めても文は決して口を割らないであろうと思っているのか、いずれにせよ竹林にいるばかりの自分よりも、この新聞記者についてはよく解っていそうだとてゐは想像する。
「ところで、風の噂では早苗さんに元気がないとか? 病気関係なしに」
文は手帳を閉じてしまいつつそう言った。
ここからは新聞の取材とは関係ないという意思表示……と、てゐは思ったが、その事よりも問いかけの内容自体が気になった。
「どこからそういう噂が立つんだか……」
神奈子の声音は苦々しい。
「多感な乙女心が秋の物憂げな空気にやられてしまったというには、ちょっと時期が遅いですよね」
文の言葉に神奈子と諏訪子は顔を見合わせる、互いに少し考えるような間の後に続けた。
「こっちに来る前……外の世界で触れていたものについて話せないのが辛いらしくてね」
「普段はあまり表に出さないけど、時々物足りなくて塞ぎ込んじゃう事があるんだよねぇ……」
「いわばもう帰る事のない故郷への郷愁……とはちょっと違うみたいですね」
寂しい、などといった表現ではなく物足りない、と諏訪子は言った。
「ああ、極端な例え方をすれば……幻想郷の者が外の世界で住む事になったけど、こっちでお気に入りだった文々。新聞の事を話そうとしても誰も知らないから話せない、みたいな感じかな」
「それは難しい問題ですね、しかし不可能な事ではないと思います」
文は事も無げにあっさり答える。
「不可能じゃない? どうするっていうの?」
「外の世界のものは、ここ幻想郷にもいずれ流れ着くものですから」
「でもここに来るのはあっちで人々が忘れ去るって事が必要じゃないか、こっちに入ってくるのはまだまだ先の事だろうに」
神奈子も考えはしたがそういう結論で不可能と見たのだろう、その声音は不機嫌そうだ。
「そう、忘れ去られたものがここに入ってくる。 ですので僅かながらあるはずなんですよ、早苗さんが見ていたものが」
観点が違うのか互いの結論はすれ違っている。
「随分自信たっぷりに言ってるけどあてはあるの?」
「早苗さんを永遠亭に派遣するのであれば、きっと戻って来る頃にはすっきりしてますよ」
そう言って文はてゐの方を見た。
「そうだね、欲求不満そのものを解消できるかは解らないけど、まぁ無理だったとしても多分お宅の早苗にとっていい気分転換になりそうだと思うよ」
面倒くさがりの珍品コレクターの顔を思い出しながらてゐは答えた。
それからもう少し話すうちに、早苗に永遠亭に来てもらうのであれば戻って来るのを待って、神奈子・諏訪子からの説明後に一緒に行くという事になった。
夕方頃になって早苗が戻ってきて、里のために治療に当たってくれた永遠亭へのお礼として、養生している鈴仙の代わりに出来る事をしてやって欲しいと神奈子・諏訪子から説明された。
当初は渋っていた早苗だが、てゐも手伝ってくれると有り難いと説得に乗った事により最終的に承諾した。
てゐと文、早苗を加えて三人で妖怪の山を下りて行く。
「里に何度も行ってて疲れてるだろうに付き合わせちゃって悪いねぇ」
「いいえ、困っているのであれば見過ごすわけにはいきません」
先程の説得の段階ではあまり気乗りしない様子だったが、今の早苗の言葉は力強い。
結論付けた事で気分を切り替えたようだ。
「まだ明日も採取するんですよね、早苗さんと一緒に来るんですか?」
「さっきはそのつもりだったけど、鈴仙の様子がどうなりそうか次第かな。 昨日今日の量よりは少なく済むからこっちの人手は多くなくてもいいし」
うちのインドア派と打ち解けてもらった方がいいみたいだしね、と、てゐは胸中で付け加えた。
永遠亭に到着すると、てゐはまず真っ先に早苗と、何故か山の領域を出た後も当然のようについてきている文を伴って永琳の元へ向かい、事情を話した。
「手伝ってくれるのはいいんだけど、やってもらう事って言ったら鈴仙がまだしばらく寝てるようならその間小間使いじみた事をしてもらう、っていう形になると思うわ。 それでもいいの?」
「勿論構いませんよ。 お使いや家事程度でよければ普段もしてますしね」
塞ぎ込んでいる事があるとは思い難い程度に早苗の答えは快活だ。 神奈子が噂の出所を疑うような発言をしたのも頷ける。
「そう、有り難いわね。 じゃあまずは感染していないか診断しましょう」
「私達は鈴仙の様子を見てから姫様にも説明しておくよ」
「ええ、お願いするわね」
鈴仙は相変わらずよく眠っていた。
「これが里を救った英雄の顔ですねー」
楽しそうにそう言って文はカメラを取り出す。
「いつもなら止めない所なんだけど今は流石にねぇ……」
てゐは少しばつが悪そうにそう言った。
「そうですよね」
流石に文も疲れて寝ている鈴仙を前にそう制止されては、神妙な面持ちに変わって手を止める。
「一枚だけにしてもらうよ」
「襖開けて向こうからにして、シャッター音があまり響かないように工夫しましょうか」
この二人にかかっては遠慮してもこの程度だった。
次に二人は輝夜の元へと向かった。
「姫様ー、ちょっとお願いがあるんだけど」
「ん? どうしたの? っと、こんばんは、てゐがお世話になったようね」
言葉こそきちんと挨拶をしているが本を手に寝そべったままだ。
「どうもこんばんは。 お願いというのは私の事ではなくてですね……」
文はてゐに視線を送る、てゐから少しの間休んでいる鈴仙の代わりにと早苗が来て働いてくれると話した。
「それでお互い暇な時にでも、姫様のコレクションを見せてあげて欲しいんだ」
続けて早苗が幻想郷に来る前に触れていたものについて話す事が出来ずに鬱憤を溜めている事を話す。
「へぇ、成程ねぇ。 でもなんで貴女がそんなお節介焼いてるの?」
「あんまり余所と関わらないうちが神様達に伝手を持って損は無いからね」
実も蓋もない言い方だが、おおっぴらに皆の価値観にてゐにとって良い影響を及ぼしてもらうために接点を作っておきたいとは言えない。
「貴女の狙いからすれば紅魔館辺りが適役だって気がするけど……まぁ成り行き上神社になるわね。 それはさておき、頼みは解ったわ。 ただ、あの子が外で見てたのが何なのかが問題ね……私が持ってるものならいいんだけど」
「ちょっと見せて頂けませんか?」
文は目を輝かせる。
「ええ、いいわよ。 じゃ、ちょっとあの子に見せる事になりそうなものでも……」
早苗には見せて文には見せない、という事はないようだ。 起き上がって歩き出す輝夜に足取り軽くついていく文。 その後ろにてゐもついていった。
たどり着いた部屋は物置然としてたくさんの珍品が置かれていた、見ただけでは何なのかも解らないものも多い。
「奥の方だから……足元に気を付けてね」
散らかっている、というわけではないが如何せん物が多く、通り抜けるのも気を遣う。
しかし輝夜は慣れているのかすいすいと進んで行った。
「何か分類して分けているのですか?」
「年代別。 だから奥なのよ」
いわばここは歴史を再現……と、言うには品揃えが独特過ぎて、進む程に時の流れを感じるような陳列とは言い難い。
「こりゃ、置き方を変えた方がいいんじゃない? こんなに気を遣って通んなきゃいけないなんて面倒でしょ」
「普段は勝手を知ってる私か永琳が入るくらいだから、これでも不便じゃないのよね、貴女達は一通り見たがるだろうからついて来させたけど」
「待ってりゃよかったかもってちょっと後悔してるよ」
うっかり蹴飛ばして壊したりしようものならそれなりにえげつない報復が待っている事だろう。
「そういえばあれはここにはあるんですか?」
文が輝夜へ問いかける。
「あれって?」
「天井」
「あー、あれね。 ああいった大きいのはここにはないわよ、もっと広いとこ」
文も知っている珍品、どういう意図で訊いたのだろうとてゐは気になったが、前方を歩く文の顔を窺い知る事は出来なかった。
「はい到着、お疲れ様」
これまでのごちゃごちゃした所とは一線を画す場所に出た。
部屋を一つ使って置いている、本棚があり、何やら隅から細い線の伸びた絨毯が敷かれ、前面にガラスの張られたような箱が台に置かれて一つ、机の上に一つ……
「なんだかここで生活でも出来そうな部屋ですね」
「外の物で整えた部屋よ、暮らすには足りないものがあるけどそれはおいといて……今回の目的だとこの辺になるかしら」
そう言うと輝夜は本棚を指した。
「紅魔館の図書館には遠く及ばないけど、私の好みでちょっとだけ置いてあるの。 まぁ……多分あの子の見てたのとは違うでしょうね」
「手に取っても構いませんか?」
「ええ、勿論よ」
輝夜の許しを得て文は読み始めた。 が、てゐは動かない。
「貴女はいいの?」
「早苗に見せる時についでに見せてもらおうかとね。 ……でも、この部屋には入れない方がいいかもね」
てゐはゆっくりと部屋を見渡す。
「これって外の世界にある家の中の部屋みたいなものなんでしょ?」
「ああ、あの子は最近こっちに来たから、こういう作りに馴染みがあってホームシックみたいになるかもしれないってわけね。 じゃあここから持ち出して見せるようにしようかしら……」
「そうそう、姫様みたいに未練もへったくれもなくこっちに飛び出してきてるとは限らないんだしねー」
頭の後ろに手を組んで軽い調子でそう言うてゐ。 輝夜はそれに取り合わず本棚を指さしなぞるように動かして確認している。
「あの子が見てたのではないとしても、どういうのなら話の種になるかしらねぇ……」
「数日はここに居るんだから、手の空いた時に訊けばいいよ。 好みで、って言うけどどんなの置いてるの?」
問いかけはしたが文が手に取ったものからなんとなく想像はついた。 奇抜な服装の少年の絵と「宇宙旅行」の文字が表紙に見える。
「宇宙が題材の漫画の類ね。 だからあんまり年頃の女の子が好むものじゃないのよ、未知への冒険みたいなのは男の子の浪漫でしょう?」
「じゃあなんで姫様はそれ集めたのさ」
「月の出だからね、宇宙がどうこう言ってたり、それらしく未来の技術を想像してたりを見るのが楽しいのよ」
文明レベルに関して月はここ地上のはるか先を行っている、それに触れていたから解る感覚か。
「上から目線で見てるって事かねぇ」
「それは違うわ、多分あれよ……昔の人達が百年二百年先に世界はこうなってる、って予想してたのを実際百年二百年先の人達が当たってるだの外れてるだの言って楽しむみたいなもの。 別に見下してなんかいないわよ」
月の価値観を責めるようなてゐの言に、そういうつもりのなかった輝夜は口を尖らせて反論した。
「おっと、それは失礼」
「ま、別にいいけど……じゃ、そろそろ戻りましょうか。 文、貴女は読みたいならここに居てもいいわよ」
「あ、戻るのでしたら私も行きますよ」
元いた部屋に戻ると永琳と早苗が来ていた。
この部屋に居たはずの輝夜・てゐ・文が揃ってどこかへ行っていたとあれば悪戯でも疑われそうなものだが、永琳が咎める事はなかった。
「里に入り浸っていたというのに健康そのもの、きちんと対策していたのが功を奏したようね」
「マスクをしてうがい手洗いもちゃんとしてました!」
「おー、いい子だね」
健康に気を遣うてゐには早苗のその姿勢が殊勝なものに映った、早苗の頭を撫でるてゐ。
そこにシャッター音が響く。 文がカメラを構えていた。
「……失礼、良い絵だったものでつい」
「減るもんじゃないし構わないよ」
「綺麗に撮れていればいいです」
被写体二名は軽く許可する。
「とりあえず今日の所は、里で看病してきた後だと言うしゆっくりしているといいわ。 部屋で休んでてもいいし、皆と何かしてもいい。 てゐ、空き部屋に案内してあげて」
「了解ー」
てゐは早苗を連れて部屋へ案内した。
暇だからか輝夜もついてきて……そして相変わらず文も居る。
「あんたもここに滞在して取材するの?」
理由を訊いてもどうせついてくるつもりに変わりはないだろうとここまで突っ込まずにいたが、流石にこれは確認しないわけにはいかなかった。
「構わないのでしたら、と、言いたい所ですが、朝帰りしては明日椛に小言を言われてしまいますしそろそろお暇しますよ」
「無断で出てきた事は怒られないの?」
「貴女について出て行ったとは誰かしら把握してます。 山から貴女を無事に送り出すまでが仕事、そこからは私的な取材活動……まぁ、問題無いですね」
「それならいいけど」
てゐは早苗の方に向き直る。
「というわけでここに居る間はこの部屋を自由に使ってもらって構わないよ。 敷金礼金入居金一切無しだー。 でも傷とかつけちゃったら別だからね」
金勘定をするような仕草で末尾の一言を付け足した。 輝夜が手を横に振って否定する。
「意図的にやるなんて勿論ないんだし、ちょっと不注意でやっちゃった程度なら気にする事はないわ。 この部屋では自分の家だと思ってくつろいで頂戴」
「働くという事で来たというのにこのようにして頂きありがとうございます」
早苗は深々と頭を下げた。
「半分客みたいなものだしね」
今しがたの発言がなかったように言ってのけるてゐ。
「その客に脅しをかけてどうすんの」
「冗談だよ、姫様がちゃんと補足したじゃない」
「私が言わなかったら訂正しなかったでしょ、貴女」
輝夜は指を突きつけて言うが、てゐは全く動じない。
「うん、否定はしないね」
その上ふてぶてしい返答だ。
「と、こんな子だから気を付けてね」
輝夜の一連の発言はてゐを責めるものではなく、早苗への説明のようなものだった。
「え、ええ、解りました」
「あと足元にも注意しておくといいわ」
「足元?」
抽象的な輝夜の忠告に早苗は首を傾げる。
「油断してると多分早の字がなくなる事になるわね」
「?」
きちんと伝わるように言わない辺り、その様を見たい気持ちもあるのだろうか。
どこに掘っておこうかな、などと考えるてゐだった。
輝夜のコレクションの話はその場では出さずに、一旦部屋を後にする三人。
「じゃあ私はこれで失礼しますね。 てゐさん、また明日」
文が帰って行き、後に残されるてゐと輝夜。
「さて、どうしようかしら」
「ん? どれの事?」
「こんな事になったんだから、お疲れ様会は神社と合同宴会になるでしょ? 鈴仙にプレゼントはまぁ、終わった後にやるとしても何か他に考えなきゃいけなくなったじゃない」
いきなりその部分を考え出すのはてゐには予想外だった。
「余興ならあっちのノリの良さそうな神様がなんかやってくれるんじゃないのー?」
「だったら尚更、うちだって何かしないと」
新たに何かを考えないと行けなくなった、しかも余所が絡む以上は身内だけの時よりも大仰なものを希望する事だろう、てゐは心の内で頭を抱える。
「そうだねぇ……永遠亭と守矢神社って事なら、うちの色を出したモノがいいんじゃないかな」
「たとえばどんな?」
「永遠亭といえば兎がたくさん、妖怪でない兎達に踊りの一つもやってもらえば早苗は落ちるに決まってる。 そうなれば守矢のお父さんもお母さんもご満悦って寸法だね」
余所が絡む、という点から浮かんだ案、もっともらしい説明もつける事が出来た。
これが通れば無茶な要求は飲まずに済むし、案自体も大変なものではない、咄嗟に出したにしてはベストに近いだろう……が
「良い案ではあるけどちょっとインパクトが足りないわね。 貴女と鈴仙もそこに加わって何かしてよ」
「じゃあ私達も踊るとしようか、鈴仙が元気になったら白玉楼に習いに行こうかねぇ」
面倒ではあるが体を張った芸よりは余程マシというもの、踊りの方向でてゐは畳み掛けようとする。
「貴女らしくないお上品な提案ねぇ……」
「痛いのや怖いのは御免だよ、それにうちだけじゃないからこそ穏便な範囲に済ませないといけない。 私や鈴仙が怪我でもしちゃあっちは興醒めだろうからね」
なまじ永琳という名医がいるため危険な要求すらたまにあるのが問題だ。
「それもそうね、じゃあとりあえずはそれで。 他に何か思いついたら言ってね」
「へーい」
他の提案をして妙な思いつきが浮かばれてはたまったものではない、やる気のない返事を返しててゐは逃げるようにその場を去った。
その後……結局この日は早苗に輝夜のコレクションをお披露目する事はなかった。
しばらくしてこっそりてゐが様子を窺った所、里で看病をしてきた後立て続けにこちらへ来た事でやはり疲れがあったのか居眠りをしていたのが大きな要因だ。
数日はあるのだから急ぐ事はない、てゐと輝夜はそう結論づけた。
翌日、早朝。
早苗が早い時間に眠ってしまったのもあっててゐは普段のように健康のための行動サイクルで早寝早起きをし、庭で軽く体操してから鈴仙の部屋へと向かった。
「お? 早くから精が出るねぇ」
そこでは早苗が鈴仙の枕元に座っていた。
「おはようございます。 昨日は早くに休ませて頂いてしまいましたから……」
「気にしない気にしない。 無理は禁物だよ。 無理したらこうなるんだからね」
言って、てゐは鈴仙を指さす。 とはいえ苦しんでいる様子もなく穏やかに眠っているため「こうなる」と言われてもいまいち説得力に欠ける所だ。
「三日前の午後から……でしたっけ、ずっと寝てるんですか?」
「うん、いつもは四日か五日くらい殆ど寝て過ごして回復って感じなんだけど、今回はお師匠様が薬飲ませたのもあって寝っぱなしだね。 でも流石にそろそろ起きるんじゃないかな」
鈴仙の寝顔を見て落書きでもしたいと欲求がよぎるてゐだったが、状況が状況だけに難なく振り払う。
「私は後で山に行ってくるから、お師匠様になんかあるか訊いといてね。 多分姫様と一緒にここにいろって事になると思うけど」
朝食後にてゐは妖怪の山へと出発した。
今回は昼食の準備をしていない、その前には終わる量だ。
山で文・椛と合流して採取地点へ行き、あっさりと必要量を採り終えた。
そしてまたも当然のようについてきた文と共に永遠亭に戻り、文に輝夜達の所行くよう促すとてゐは永琳に報告へ向かう。
「終わったよー」
「お疲れ様、兎に働いてもらっている分どれだけ楽しているか、身に染みたかしら?」
今回の量は普段ならば妖怪兎を引き連れて指揮を執っていれば難なく終わる、それを一人で山まで出向いて三日もかけたのだが……
「まぁ……あんまり実感ないね、天狗もいたし、それに神社へ行って早苗を連れてきたし、ただの薬草採取とは毛色が違いすぎるよ」
その間に少し企みもしただけにどっちが主題なのやら、といった具合だ。
「……貴女はよくやってくれたわ、ご苦労様」
「これで後は鈴仙が起きて、完全回復すれば一件落着だね」
里の治療に関する一連の出来事もようやく終わりが見えてきて永琳も口の端を緩ませる。
そこへ……
「朗報ですよ、鈴仙さんが目覚めました」
文が良い知らせを持ってきた。
てゐ・永琳・文が鈴仙の部屋に着き、輝夜・早苗と鈴仙を囲むように座る。
その間身を起こした鈴仙は目を閉じたまま動いていない。
「取り乱すようだと永琳じゃないと落ち着かせられないと思ったんだけど、もう解いていい?」
これは輝夜の仕業、集めた須臾で構成された時間を鈴仙に纏わせる事で時間が過ぎている事を気付かせていないためだ。
「いい判断ね、有難う。 みんな、悪いけど私だけにしてあとは任せて頂戴」
別室にてゐ・早苗・文、能力を解く関係で少し遅れて輝夜が移動した。
話して落ち着かせるまでに少し時間がかかるだろうからと輝夜がお茶を淹れて来ようとしたが、早苗と文の手前もあっててゐが用意し、一息つく一同。
「ここからが最後の大仕事だねぇ」
お茶をすすりつつそうぼやくてゐ。
「鈴仙さんが目を覚ましたのに、ですか?」
疑問符を浮かべる早苗にてゐは頷いて続ける。
「大変な時に自分だけ寝っこけてたからってすんごく落ち込むんだよ。 今お師匠様が落ち着かせていると言っても調子が戻るまでは何かある度にいじけだすね」
「そんな状況で早苗さんに何をしてもらおうと言うのです? 本調子でない鈴仙さんの代わりをしていたら落ち込む原因になるでしょう」
文の懸念も尤もだ、自分も関わる事とあって早苗は訊き洩らしのないようにかてゐ・輝夜を力強く見据える。 てゐと輝夜は互いに顔を見合わせ、少しの間の後輝夜が口を開いた。
「まず起きた鈴仙の体調についてだけど……薬を飲んで寝てたから疲れの方は取れてるけど、逆にずっと寝てたからこそ体がなまってるのよ。 戻るまでは……寝てた期間が短いから普通に生活するだけか、ちょっとリハビリっぽくするかの差で一日から三日程度ってとこかしらね」
輝夜はそう説明するとてゐの頭に手を置いた。 勢いよく押したような仕草ではないが押しつぶされたように頭を低くしててゐは続ける。
「普通の生活でもいいってのが肝だね。 要は自分はちゃんと働いてないって思わせなければいいんだよ」
言い終えて、てゐは頭上の輝夜の手をぐっと押し上げて離すと、ハイタッチした。
「そこで早苗がいるとちょっとやりやすいってわけね。 実際うちは里の事が片付いて、これからお疲れ様会を開催するのがいつものパターンで仕事らしい仕事はないから、鈴仙とてゐとで早苗の相手をしてもらうとかなんか適当に言っといて……」
今度はてゐの兎耳を軽く掴んでぴこぴこと振る輝夜。
「あとは姫様も巻き込んで余計な事考えないでいいように暇つぶしでもしてればいいって所かねぇ」
「もしかしてお二人共厄介だからって押し付け合ってませんか?」
直球で文が訊ねた。 しかしてゐも輝夜も首を振って否定する。
「どういう方針で行くか示し合せてなかったから、アドリブでどう思ってるのか言ってただけよ」
「右に同じ!」
手を取り合ってポーズを取る二名。
「……神奈子様と諏訪子様みたいにいいコンビですねぇ」
しみじみと言う早苗に輝夜は得意げな顔をした。
「そういうわけだから上手い事鈴仙が落ち込まないように協力していこうか。 あんたも取材か暇つぶしかでここにいるんなら手伝ってくれる?」
てゐの頼みに文は頷く。
「ええ、勿論ですよ。 落ち込まれていては取材も暇つぶしも支障が出ますからね」
永琳が鈴仙を伴って一同の元へとやってきた。
鈴仙は神妙な顔つきこそしているが、永琳が落ち着かせたおかげで今は落ち込んでいる様子はない。
「皆さん、ご迷惑をおかけしました」
そう言って頭を下げる。 そのような言い方を向けるべき早苗や文に対してはむしろこれからだなどと思うてゐだったが、その突っ込みは飲み込んだ。
「そんな事より体の具合はどう?」
訊ねつつもてゐはべたべたと鈴仙の体に触れていく。 触ったからとて何か解るという技術を持っているわけではないのだが。
「寝てたおかげですっかり元通りよ」
「その過信が危ないんだよ。 戻ったと思っても絶対になまってるんだし少しずつ馴らしていかないとね。 そのために山の神様が早苗を寄越してくれたんだから」
てゐの言葉を受けて鈴仙は早苗の方を見て互いに会釈を交わす。
「それにしても早苗と文が来てくれたおかげで五人、結構大所帯ね……鈴仙のリハビリがてら童心に帰って屋内でかくれんぼでもして遊んだら?」
などと、永琳が意外な提案をした。
「え? みんなで遊んでたら永琳の手伝いはどうするの?」
「近くで雑用を頼まれてくれれば楽なのは確かだけど、事後処理の手伝いまでは頼めないもの。 だから早速出かけてくるわ。 貴女達は皆でなくていいけど、鈴仙についててあげて。 鈴仙も変な事考えないで調子を戻す事だけ意識しなさい、いいわね?」
まくし立てるように話し終えると、永琳は出て行ってしまった。
「全くもう、今回はちょっと鈴仙に甘すぎるね」
「頑張らせすぎたって思ってるんでしょ、どう考えても一番辛いのは鈴仙の役目だし」
永琳に続いて輝夜まで、普段よりも鈴仙に甘い事を言っている形だ。
「そんな、指示された分を終える前に寝てしまった私なんて……」
「はいはいそこまで、そういう考え方をしてはいけないと永琳さんが仰ったのですからもっと胸を張って!」
謙遜する鈴仙に文がそう言いながら、腕を添えて無理矢理胸を張った姿勢を取らせる。
「ところでこの後は……かくれんぼですか?」
「それはちょっと、ねぇ……広すぎるし私達が有利だから別の事にしとこうよ」
早苗の問いかけを否定するてゐ、早苗も文も永遠亭の内部を知らないために公平性に欠ける遊びとなってしまう。
「では差支えなければ、鈴仙さんに取材をさせて頂けますか? 作業場を見せて頂いたり、屋内を歩き回りながらであれば少しは体を馴らす運動になるでしょうし」
「え? 取材?」
「里に赴いて治療にあたった永琳さんと使用する薬を作っていた鈴仙さん、いわば里を救った光と影の英雄ですよ、これを記事にせねば文々。新聞の名がすたります」
先程からやけに優しくされたり持ち上げられたりしていて鈴仙はいかにも落ち着かないといった様子だ。 助け舟を求めるように輝夜とてゐを見たが……
「良い事したのが記事になるんなら断る理由もないじゃない」
「このブン屋に目をつけられちゃあ諦めるしかないね」
二人揃って突き放す。
「う……仕方ない、受けますよ。 お手柔らかに頼みますね?」
「有難うございます。 では早速参りましょうか」
文は鈴仙の手を引いてやや強引に歩き出した。
「え? あれ? 私だけ? 姫様とてゐは?」
「早苗さんをもてなさないといけないですからね、貴女の補助という役割と共に半分お客さんですし」
「そんなー……」
消え入るような声を残して引っ張られていく鈴仙に向けて、てゐは手を合わせて頭を下げた。
「……これってもしかして気を遣ってくれたのかな?」
文が取材という形で鈴仙についた事でこちらは早苗に輝夜のコレクションを見せていられる。 てゐを連れていかなかったのは早苗の様子を見たがると察してか。
「勿論新聞のため、きっちり自分も得するようにって意味もあるんだろうけど……ま、それは置いといて、てゐ、例の話を」
輝夜はてゐの頭の上に手の平を置くと、立てては倒してぺしぺし叩いて促した。
「はいはい。 実はね早苗、私が神社に行ったあの時にお宅のお父さんから事情を聞いたんだよ。 こっちに来る前に触れていたものについて話が出来なくて塞ぎ込む事があるって」
「お父さん?」
すっかり御無沙汰のフレーズだろう、早苗は首を傾げる。
「神奈子」
ぶふっ、と、早苗の口から大きく息が漏れた。 肩を震わす様をそのまま少し眺めるてゐ。
「で、うちの姫様は珍品コレクターだったりして、外の物も多少持ってるんだよ。 ちょっと好みの関係で品揃えが偏ってるから早苗が見てたものとは違うんだろうけどね」
「貴女が見てたっていうそのものを持ってはいないでしょうけど同じようなのならもしかしたらあるかもしれないし、貴女どんな物語を見てたの?」
てゐと輝夜が話している間になんとか落ち着いた早苗は一つ大きく呼吸をしてから答える。
「……実は私大きなロボットが好きなんですよ。 未来水妖バザーの件は御存知ですか?」
「ああ、山にでっかいのが現れたアレね」
「そのでっかいアドバルーンをロボットだと思う事にして調査しに行った程でして……あ、話がそれましたね、すみません。 ここに来る前はガンダムとか見てましたねぇ……」
ぴくりと輝夜が反応を示した。
「へぇ、どんな話なの?」
「大雑把に言えば宇宙で暮らすようになった人間と地球で暮らし続ける人間が大きなロボットで戦争するお話しです」
「成程、解ったわ。 じゃあそういったのがあるか探してくるわね」
そう言って輝夜は部屋を後にする。
輝夜のかすかな反応と早苗の説明でてゐは確信した。 コレクションのカバー範囲なのだと。
「この件、紅魔のお嬢さんが関わってるわけじゃないよね?」
「レミリアさんが?」
「こんな変わった所なんで正確に射抜いてるかなー……」
輝夜のコレクションが早苗の知る物語とは別のものしか無かろうと、早苗を喜ばせる事は出来るだろう、てゐはそう思っていた。
早苗はどのように喜色を示すか、それを受けて輝夜はどう反応するか、興味はそれと、見た後にどうからかう事が出来るか、その二点であった。
だが……
「輝夜さんはどのザクが好きですか?」
「えらくピンポイントに突いてくるわね、邪道かもしれないけど安直にボルジャーノンを推すわ」
「あー、月繋がりで」
「そういう事。 だからちょっと選択がよくないわね……宇宙世紀のガンダム縛りなら貴女は何を選ぶ?」
「うーん、そうですねぇ……」
……と、こんな具合でてゐには全く解らない。
二人共楽しそうに、嬉しそうに話しているのはいいのだが……とりあえず話し込む二人が何を言っているのか理解するために輝夜が持ってきた本を読んでみようにも問題がある。
多い、やたらと多い。 漫画から文庫本まで、あの歩きにくいコレクション部屋を通って持ってきたとは思えない程だ。 これでは何から手をつけていいか解らない。
今この場で追いつける量ではない、確実に。
(こんな事なら鈴仙の取材の方についていけばよかったかな)
いずれにせよ話についていけないのだからとてゐは適当に漫画を手に取って読み始めた。
漫画を何冊か読み終えた頃、てゐは白熱する議論を続ける輝夜と早苗を置いて部屋を後にした。
しかしその理由は話についていけない中に居る事に嫌気がさしたなどという事ではない。
「……あれ?」
裏口の方から永遠亭に入ってくる者に気付いたからだ。 そしてそれは意外な人物だった。
「魔理沙、インフルエンザの具合はもういいの?」
薬を処方したのは三日前、如何に永琳仕込みの鈴仙製とはいえどもこうして動き回るにはまだ早いはずだ。 早いはずなのだが現実に魔理沙はここにいる、アリスを向かわせた甲斐があったという事か。
「げ、見つかった……」
何故か唐草模様の風呂敷で顔を隠した出で立ちで大きな袋を背負っている。 どう見ても何かを「借りて」行こうとしている様にしか思えないが……
「この通り、おかげさまですっかりよくなったわ。 まずはお礼を言いにと思ってたんだけど、丁度永琳が訪ねてきてちょっと頼まれたのよ」
魔理沙の後ろからアリスが現れた。 こちらは沢山の人形が酒瓶を持っている。
永琳に会っての事なら魔理沙の病状も快癒したという判断だろう、心配はいらないらしい。
「その荷物からすると宴会の準備?」
「そう、月の頭脳と山の神様が共同で用意したものを私達が運ぶって手筈」
するとつまりアリスからてゐへのお礼は永遠亭の手伝いをするという形で永琳に意図せず横取りされた事になる。 てゐは心の内で肩を落とした。
「で、魔理沙はなんでこんな珍妙な恰好を?」
「出来るだけお前達に見つからないようにって言われてな。 特に鈴仙には」
先程言っていた事後処理とは勿論この事ではない。 こんな事をしていると悟られないためにも永琳は自分達に雑用すらさせないつもりだろうとてゐは理解した。
鈴仙が辛い役目を負っている事を気にかけていたが対策はしていなかった、今回途中、それも終わり際にリタイアした事で罪悪感が一気に噴出した形か。
「無事にやり遂げたら宴会に参加していいって言われてるんだ、頼むから皆にバラさないでくれよ?」
「そりゃ勿論だよ」
こんな事が鈴仙に知られれば、それこそ寝てたのに申し訳ないなどと言い出して落ち込んでしまう。
「……そういう事なら、私もこっちに合流した方がいいんじゃないの?」
「なんでだ?」
「泥棒まがいに潜入して荷物置いて立ち去る事を繰り返すなんて難しいでしょ、案内と露払いくらいしてあげるよ。 さしあたってはしばらくの間だけどね」
永琳が指定した部屋に荷物を置いた後、てゐは輝夜達の所にこっそりと「こっちは心配要らないようだから魔理沙の様子を見に行ってくる」とメモを残してから魔理沙とアリスについて外へ出た。
「それにしても魔理沙、随分治るの早いね」
「そうなのか? さっき永琳に最後の仕上げって注射されたんだが……」
「起きて動けるようになってもまだ人にうつしちゃうんだ。 それを防ぐための薬だろうね」
魔理沙が押しかけてきてアリスに看病に向かわせた事は永琳に話していた、協力してくれると踏んで様子見がてら寄って行ったようだ。
「ほんとはもうちょっとかかるはずなんだけどねぇ、アリスの看病のおかげだね」
「大した事してないわよ」
「どんな風にしてたの?」
永琳や鈴仙程ではないがてゐも対処について少しは心得がある、アリスの看病はどんな具合だったのかが気になった。
「氷嚢を用意したり、飲み物を用意したり、派手な寝返りで布団から出ちゃったらかけなおしたり、部屋を乾燥させないように気をつけたり、きちんと栄養のある食事を用意したり……」
「うん、大した事してるってよく解ったからもういいや」
魔理沙の方を見やると驚いた顔をしている。
「お前、ただここに居るだけですよって顔しといてそこまでしてくれてたのか……」
「私が病気で臥せったりする事があればその時はよろしく頼むわ。 貴女が全部でなくていいけどね」
手をひらひら振ってアリスは軽い調子で言った……本心だろうか? てゐは確信に近い疑いを向ける。
「パチュリーでもつれてくか……」
「動いてくれるのかしらね」
「ところで魔理沙もやけに鈴仙の事気にしてくれてたけどなんで?」
てゐは試しに話題の転換を試みた。 アリスは特に慌てる素振りもなく涼しい顔をしている。
「ああ、風邪っぽいなーって思ってたらなんかやたらとキツくなったしな、私は誰か来なければ家で一人だろ? お前がアリスを呼んでくれたおかげでそうじゃなかったが、それは置いといて、永遠亭なら鈴仙だけじゃなくてお前達もいるんだから、誰かがそばにいれば……」
「寂しい思いをしなくてすむ、と」
言い淀んだ魔理沙の言葉をアリスがすぐに付け足した。
「う」
「ふーん、目を覚ました時に手を握って来たと思えばそういう事だったのね」
にやにやするアリス、魔理沙はそっぽを向いたがすぐにうつむいて唸りだす。
「くっそー……お前達も重い病気で苦しんでみろってんだ」
「私は健康に気を遣ってるからそんな事はまずないねー」
「病気で辛い時に一人じゃ寂しいのは当然の事よ、別に顔を赤くする事ないじゃないの」
すぐに話題が元の流れに戻った。 無理に変える事もないかとてゐは静観に移る。
「いや恥ずかしいだろ普通、なんでお前平気なんだよ!」
「本当にそうなれば恥ずかしく思うかもしれないわね」
「言ったな!? お前が病気で寝てたら気合入れて看病して恥ずかしくさせてやるから覚悟しとけ!」
「はいはい、楽しみにしてるわね」
「楽しみにすんな!」
結局こういう流れになると思っていたのだろうか、うちの連中も魔理沙くらい解り易ければいいのに、などと考えてしまうてゐだった。
「貴女も手伝ってくれるのね、有難う」
「いや、そこはちょっとくらいさ、「てゐ!? どうしてここに……!?」とかびっくりしてくれないの?」
妖怪の山から少しはずれた人通りもないような森の中の地中に、人為的としか思えない形をした空洞があった。
神奈子や諏訪子によるものだろう、ここへ入ってくるなり永琳は解っていたかのようにあっさりとてゐを出迎えた。
石で出来た机のようなものに腰掛けていた、今は永琳が必要なものをリスト化し、姿の見えない神奈子と諏訪子は早速妖怪の山で調達しているといった所か。
「貴女はいつだってうちに来るお客さんに真っ先に気付いてるじゃない、魔理沙とアリスが潜り込んだって気付くと思う方が自然でしょう?」
「うん、お師匠様に普通の人っぽい反応を求める方が間違いなんだね」
辺りを見渡すと一旦ここに集めたものを魔理沙とアリスが運ぶという事になっているらしい。 鈴仙の調子が戻らねばならない関係上まだ本格的な準備段階ではないようだが。
「とりあえず今ある分だけでいいわ、てゐ、しっかりやって頂戴ね」
「合点承知」
……今回の件で輝夜と早苗が、永琳と神奈子・諏訪子の間に交流が出来た。
後者はともかく前者は今後も折につけ続いていくと見る方が自然だ。
(とすると私は魔理沙とアリスに、ってとこになるのかねぇ)
などと思うてゐだったが……
「それよりも一通り終わったら鈴仙にだね、うん」
里の治療もあってここの所すっかりご無沙汰だ。
いっそ早苗と共に……それもいいかもしれない。
落とし穴を掘る場所を見繕っておかないと。
人里でインフルエンザが流行り出した。
それは言わずもがな、永遠亭の繁忙期だ。
永琳は人里に出向いて危急の患者の病状の確認と治療。
鈴仙は永遠亭にこもって永琳の作成したレシピでのワクチンや飲み薬の作成。
てゐは鈴仙の使う材料の調達。
輝夜は他3人にお茶出し等をして休憩の補助。
と、主従の壁を超えつついささかその負担に差のある磐石の態勢で臨むのがお決まりのパターンとなっている。
鈴仙の作業も佳境に入り、もう少しで永琳からの当面の指示分の作成が終了する。
鬼気迫るとすら言っていい鈴仙の様相、流石にてゐも邪魔をしないようにと作業中の鈴仙には用がなければ近寄ろうとはしていない。
「決してサボってるわけじゃなくてね、うん」
他に誰もいない部屋で言い訳をするかのように呟く。
普段は悪戯で邪魔をしたりという事もあるが、この時ばかりは手伝える事があれば手伝ってやりたいという気持ちもてゐにはあった。
しかし薬を作るなどという専門の知識と技術の要る作業はてゐには出来ない。 能力を用いて幸運を発揮すれば目的のものを作れる可能性はあるが、そんな不確かなものは永琳に廃棄されるだろう。
結局いつも通りマイペースに過ごしていると……
「ん?」
どうやら誰かが訪ねてきたらしい。 てゐは玄関の方へと向かった。
「病人一名様御到着だぜ」
訪ねてきたのは魔理沙だった。 誰かを連れてきたのかとてゐは思ったものの魔理沙だけらしい。 改めて見ればいかにもだるそうにしつつ足取りもやや覚束ない。
「随分と活きの良い病人だね」
「そう見えるのならお前は医者になれないな、ちゃんと診られる奴に頼む」
茶化すてゐに付き合っていられないとばかりにあがりこもうとする魔理沙、てゐは後ろから羽交い絞めにした。
「おっと、今は関係者以外立ち入り禁止だよ。 それに診られる奴っていうけどお師匠様は里に往診に出てるから、どっちにしたってお望みの医者はここにはいないね」
「なんだ? ここは頼ってきた病人を門前払いするような冷たい場所だったのか?」
「そう言われるとこっちも弱っちゃうねぇ」
唐突に訪れて無茶を言っても曲がりなりにも病人には違いない、診られる人がいないからといって話も聞かずに帰らせてしまったと永琳に伝われば勿論良い顔はしないだろう。
「じゃ、悪いけど診療室に先に行って待っててくれる? 鈴仙なら私よりはちゃんと診られるし」
「ああ、解ったぜ」
場合によっては鈴仙には声をかけないようにとも考えつつ、てゐは薬を作っている鈴仙の元へと向かった。
部屋の入口から中を覗き込む。
背を丸め机に突っ伏しているに近い姿勢だが手は動いている、過労で倒れないのが不思議な程だ。
その様子を見ててゐは閃いた。 慎重かつ精密な作業を続けて行っているよりは、魔理沙の診断の方が楽なのではないだろうか。
ノルマも近いのならそのまま少し休憩をしたとしても罰は当たらないはずだ。
そう結論付けるとてゐは鈴仙を部屋から出す事にした。
「鈴仙ー、生きてるー?」
あたかも今廊下を歩いて来ながら声をかけたように演じる。
「なんとかー……」
答える気力があるだけまだましといった所か、部屋に入って鈴仙の隣に立つとぽんと肩に手を置いた。
「ご愁傷様、急患だよ。 まー、もう1個追加だね」
言って、てゐは鈴仙に背を向け、腰を下ろす。
机から薬を取る音と共に、てゐの背に温かい重みがのしかかった。
歩き出してすぐに鈴仙の規則的な深い息が聞こえだし、てゐは必要以上にゆっくりと診療室へ歩いた。
診療室に着く間際、少しだけ動きを大きくして鈴仙が目を覚ますよう促す。
「おいおい、大丈夫なのか……?」
魔理沙の声音には不安が見られた。
このような登場の仕方では当然だろう。
てゐが魔理沙の向かいの椅子のそばにしゃがむと、鈴仙はゆっくり降りて椅子に腰かけた。
「どうせ……インフルエンザに、かかったみたいだから……でしょう?」
「あ、ああ。 咳は出るし、熱もある」
どっちが病人かわかりゃしない、と、てゐは胸中で呟く。 鈴仙も似たような事を思ったのかほんの一瞬不機嫌そうに見えた。
「インフルエンザは……発症すると……急激に熱があがるの。 だから……風邪かな、って……思うよりも、急激に……強い症状が、出る」
「そうだな、家を出たくないくらいだったが、だからこそ診てもらうべきかと思って来たんだ」
てゐも先程見た魔理沙の様子はその言葉を裏付けていた。
「じゃあ、これを……これは、インフルエンザの薬で……風邪の薬じゃ、ない。 貴女が、本当に、もう寝床から出たくないくらいの病状なのに……無理して、来たなら……家で、大人しく……これを、使って……静養して」
「お、おう……」
鈴仙の様子に気圧されてか魔理沙は生返事を返すだけだった。
「悪いねぇ鈴仙。 この白黒ったら、ちゃんと診られる奴を出してくれって聞かなくて。」
「しかし大丈夫なのか? 生きてるのが不思議なくらいに見えるんだが」
そう言いつつ魔理沙は困ったような顔をして頬を掻いている、我侭を言った事に罪悪感が湧いたようだ。
「お師匠様の薬を使ってるからね、これ以上絞っても何も出ないくらいだけどなんとか動けるんだ。 もうちょっとで今用意する事になってる分は終わるんだけど……」
「そうか……こうやって押しかけた私が言うのもアレだが、あんまり気負い過ぎて本当に死んだりするなよな? お前になんかあって寝覚めが悪いのはここの奴らだけじゃないんだから」
てゐにとってはあまりに意外な言葉だった、まさか魔理沙からこんな言葉が出ようとは。
鈴仙がこの状況なだけに余計に心を打った。
「お気遣い有難う。 魔理沙こそちゃんと養生しなよー?」
騒がしい事になると気付き、後に続けようとした「あんただって倒れでもしたら嫁が悲しむでしょ?」という言葉を飲み込むてゐ。
相変わらず覚束ない足取りながら魔理沙は診療室を後にした。 診療室を出て行ってすぐにげほげほと咳き込む声が響く。 しかも長い、どうやら我慢していたらしい。
魔理沙を見送ったてゐ、鈴仙の方を見ると何か言いたそうにしていると気付いた。 二人して話している所に大きな声で割り込む気力がなかったのだろう、今しがたの診療時よりも楽にしゃべれるようにと顔に耳を寄せる。
「……魔理沙の症状が風邪かインフルエンザか、どっちか気になるって?」
こくりと頷く鈴仙。
「あー……悪かったね、さっさと送り出しちゃった。 私は手が空いてた所だし、ひとっ走り追いかけて確認してくるよ」
そこまでしなくてもと否定されそうに感じたてゐは、鈴仙の言葉を待たずに診療室を出た。
が、すぐさま引き返してきて鈴仙の前にしゃがみ込み、背負って作業部屋まで連れて行く事になった。 案の定追いかけるまでしてもらっては悪いと言われたものの、疲れ果てている鈴仙に心配をさせるわけにはいかないと制止を跳ね除けた。
魔理沙を追いかける前にてゐは別の部屋に寄った。
寝そべりつつ煎餅をかじって本を読んでいる輝夜、この体たらくは自称「待機中」だ。
「姫様ー、ちょっと出かけて来るんで鈴仙の事お願いね」
「あら? なんかあったの?」
本から視線を上げはしたが相変わらず寝そべったままの輝夜、てゐはその場にしゃがみこんで続けた。
「魔理沙がインフルエンザっぽいから診てくれって来たんだけど、ただの風邪なのかいまいちはっきりしなくてねぇ。 で、鈴仙が気になるらしくて」
「自分の方がよっぽどキツいでしょうに……あの状況で心配事抱えさせたままってわけにいかないから確認に行くって事ね?」
「ま、そういう事だね」
立ち上がって外へ歩き出しつつ手を振るてゐ、その背に輝夜から声がかかった。
「貴女、この時期は優しいわね。 有難う」
てゐは足を止めて腕組みをし、一秒程の沈黙を経て返事を返す。
「頑張ってるのを見ると悪戯したくなるけど、頑張りすぎてるのを見ると手伝いたくなるんだよ。 しかもやってる事は地上の者達のためなんだから尚更ね」
鈴仙を作業部屋に連れて行き、輝夜に報告をした。 魔理沙が出て行った後にその分遅れが生じている。
病身と言えども魔理沙の飛行速度には追いつけるとは思えなかった。 しかし病身であるが故にどこかに立ち寄るとも考え辛い。
そういった判断によりてゐは脇目も振らず一直線に魔法の森の霧雨魔法店を目指した。
窓の下からぴょこっとウサギの耳が生え、そしてにょきっとてゐが顔を出す。
だが声がかかる事はなかった、魔理沙は既に布団に入って荒い息をついている。
邪魔をするのも忍びない所だったがこのまま引き返すという選択は無い。 てゐはコンコンと窓を叩いた。
魔理沙が目を開け、視線だけを向けてきた。 来たのがてゐと気付くと布団を押しのけだるそうに四つん這いで窓際までやってくる、その間にてゐは持参した手拭いで――この展開を想定して飛んできたため汚れてはいないが――足をぬぐう。
窓が開けられると素早く入り込んで窓を閉めた。
「処方のし忘れでもあったのか?」
「違うよー、鈴仙が風邪なのかインフルエンザなのかはっきりしないのを気にかけててね」
答えつつもてゐは押しのけられた布団をめくって横になるよう促し、寝転がった魔理沙に布団をかけた。
「じゃあ、あそこの体温計取ってくれ」
指さす机の上には乱雑に色々なものが置かれている。 もらった薬は服用済みのようだ。
ケースにしまわずむき出しで置かれた水銀体温計があった。 それを取ると魔理沙に渡す。
「あ、そうそう、咳するの我慢しなくていいよ。 人間のインフルエンザは感染しないし」
魔理沙は言葉でなくげほげほと咳で返事をした。
「鈴仙が急に高熱が出るって言ってたな。 今朝はそんなじゃなかったし、さっきもそれ程とは思わなかったんだが……帰ってきて気が緩んだのかな?」
言い終えると再び咳き込む魔理沙。
「今は熱、高いんだね?」
「ああ……」
「じゃ、計り終わるの待つから無理にしゃべらないでいいよ」
魔理沙は頷いた。 少しの間沈黙が訪れ部屋には魔理沙の荒い吐息と咳の音だけが響く。
やがて魔理沙が取り出した体温計は……
「うわぁ」
三十九度の線をわずかに超えている。
「こりゃインフルエンザの方だねぇ、起こしたりして悪かったね」
「構わないぜ、私は薬もらったしもう後は寝てりゃ大丈夫だろ? それより早く戻って鈴仙の世話してやってくれ、あんなの見てらんないぜ」
またも出た気遣いの言葉にてゐは柄にもなく頭を下げると、窓からではなく玄関から出て行った。
しかしてゐは永遠亭に真っ直ぐ帰らず、森から出ずにそのままとある洋館を訪ねた。
「……」
扉を開けて現れた家主はてゐに声をかけようとしなかった。
扉がノックされて来客と出迎えてみると、悪戯兎と名の知れたてゐが何故か腰に手を当て、少し離れた所で背を向けているのでは訝しむのも当然とも言えるが。
「やあ、お宅の旦那が大変な事になってるから看病しに行ってあげてくれないかな?」
背を向けたままてゐはそう言った。
「旦那、って……私は結婚なんてしてな……!? 魔理沙に何かあったの?」
洋館の家主ことアリスは「旦那=魔理沙」と察して否定や突っ込みをせず真面目な声音で問いかける。
「流行りのインフルエンザにかかって高熱出して寝てるんだ。 うちに来たから鈴仙が薬出してあるよ」
「そう……知らせてくれて、それと気を遣ってくれて有難うね。 落ち着いたらお礼に行くわ」
人間のインフルエンザに妖怪兎たるてゐ自身は感染しないと言っても、元人間の魔法使いアリスは可能性があるとてゐは判断していた。
もし感染するのだとしてもそれなりに準備をすれば大丈夫なのかもしれない、しかし自分が知らせに行って少し話す間は無防備だろう、そう思って離れて背を向けていたというわけだ。
今の発言からするとうつさないようにという意図でした事と伝わったらしい、お礼は期待してよさそうだ、と、少しにやけるてゐだった。
永遠亭に戻って鈴仙に伝えると、尋常でない疲れに気力で抗っていた所で安心して気が緩んだのか、脱力した上にそのまま眠ってしまった。
てゐと輝夜は協力して鈴仙を別室に運んで布団に放り込んでから、作業部屋に戻って作成済みの薬の量を確認した。
「えーっと、机にあるのが一、二、三……」
机の上に所狭しと薬剤が並んでいる、ともすれば数えるのも苦労しそうな程だが輝夜の指と視線の動きは淀みない。
「もう作ってあるのが確か……それに必要量は……うん、全体の九十七、八%って所かしら」
「それだけ出来てるなら後は、お師匠様に事情話してやってもらえばいいんじゃない?」
「そうね、流石にこの状況で鈴仙をたたき起こしてまだ働けと私も言いたくないし、永琳も言わないでしょうね。 帰ってきたら話してみましょ」
昼頃になって永琳が持参した薬剤の補充兼休憩のために一度戻ってきた。
「お帰りなさーいお師匠様」
「永琳、ちょっと話す事があるから来てくれる?」
輝夜はそう訊ねつつ有無も言わさず永琳の腕を掴む。 逆側をてゐが掴んだ。
「貴女達、何か失敗でも……?」
二人して変わった事をしだしたのを見てまずそこを疑う永琳、てゐは空いた手を横に振って否定した。
「ちょっと予定外の出来事があってね、まぁ失敗じゃないよ」
作業部屋に到着して鈴仙の作った薬を前に、魔理沙が直接押しかけてきて診断を要求した事から、鈴仙が眠ってしまった事まで、一連の出来事を報告した。
「そんな事があったのね……解ったわ、鈴仙の仕事は私が引き継ぐから貴女達は……」
永琳は言い淀んで少しだけ考えた。 すぐに指示内容を決めたらしく、机に向かうとメモを取り出しペンを走らせる。
「今すぐでもお昼食べてからでもいいけど、午後の間にこれを集めてきて頂戴」
てゐと輝夜、二人でメモを片側ずつ持って覗き込む。
植物の名称の記されたリストだ。 種類がやや多いために一枚だけでは済んでいないが、必要量自体は少なかった。
てゐが採集の手伝いをしているため、採れる場所については作成済みの資料と併せれば確認出来る。
「必要な種類を必要な量全て正しく集めるのも難しいでしょうから、なんとなくリストのこれに当てはまる気がする、というのを見つけたら考えずにそれを持ち帰っていいわ。 その代わり指定の量よりちょっと多めに頼むわね」
そして採集の手伝いを多少しているてゐにはわずかながら名前から効能が浮かぶものもあった。
そこから察するに……
「えー、こんなに種類あるんじゃめんどくさいわね……」
永琳に顔を向けて不満を漏らす輝夜、てゐはリストに視線を落としたまま輝夜の服の袖を引いた。
「姫様、これ、鈴仙用みたいだけどそれでも行きたくない?」
「んじゃ行くわ」
用途が解った途端に即決だった。
てゐと輝夜がそれぞれ作ったおにぎりを竹の皮で包んだものと、お茶を入れた竹の水筒を手提げ袋に持って採取に出かける。
まるでピクニックにでも出かけるかのような出で立ちだ。 種類豊富に採って来なければならないため里の周囲及び森の中をそれなりに広範囲移動する事になるので強ち間違いでもないが。
永遠亭を出るなり輝夜はおにぎりを一つ取り出し食べだした。
「わざわざおにぎりで持ってきたのにもう食べるんじゃ意味無いと思うけどねぇ」
「お腹すいてるんだもん。 それに、これ私の作った炒飯おにぎりよ。 冷めたら多分油がくどくなっちゃうわ」
「えー、また変わったものを……むしろ何時の間にこんなの用意したんだか……」
てゐは少し呆れたような顔をしたが、輝夜は笑って言葉を返す。
「貴女の方にも一つ入れてあるから早く食べた方がいいわよ?」
「あー、姫様が作ったっておにぎりが私の分もそれ、と……えーっと、どれだっけ?」
「あ、その紐が固結びの奴」
「固結び!?」
早く食べろと言う割に解くのが困難な結び方、慌てるてゐに輝夜は手提げ袋を漁り……
「はい、これ」
採集に使う鋏を差し出した。
「そうか、これで切ればいいんだね」
「崩れ易いから落とさないように気をつけて食べるといいわ」
紐を切って中身とご対面、輝夜の炒飯はてゐも時折食べているが、おにぎりでというのは初めてだ。
「こりゃ、おにぎりと思って食べると意外と悪くないねぇ、なんだか新鮮だわー」
「そうでしょう? 因みに炒飯は早さが重要ってわけで、貴女が席を外してる間にぱぱっとね」
「いつも面倒くさがりだけど、やると決めると手際が良いね姫様は。 何事に対しても」
「ふふん、いつもの私はただ本気を出してないだけなのよ」
手際が良いと褒められて胸を張る輝夜だが、台詞は得意げに言うに適した内容ではない。
てゐの方も指摘できるような生活態度ではないので流す事にした。
「貴女、普段は一歩引いてる感じがあるけどこの時期は協力的よね」
「最近は、って言って欲しいね。 まぁあんまりそういう機会もないから今になって急にと見えるかもしれないけど」
てゐは永遠亭のためにと行動する事はあれども、永琳・輝夜・鈴仙個人のためという意味はそれに対してやや少なく、本人も隠そうとはしていなかった。
「姫様もお師匠様も、それに鈴仙も月に住む者の価値観を持ったままだったでしょ、地上を見下してさ」
文句を言うかのような内容だが、てゐの声音は不満を含んではいない、ただ事実を述べているといった体だ。
「否定できないだけに耳の痛い話ね」
「でも永夜異変の後は術を解いて、今回の件みたいに里に協力するようになったり、よその連中と関わったり、だんだん地上の色に染まってきてる」
面倒くさがりかつ悪戯もしている輝夜、その様だけ見れば外見上だけは地上の者とも大差ないとも言えるかもしれない。
「だから個人的な協力もするようになってきた、ってわけね」
「そういう事、私からすれば一歩引いてるのは姫様達だった、ってねー」
輝夜はてゐが距離を置いていると見えていたが、てゐからすれば輝夜達の方こそが意識の持ち方という面で距離を置いていたという事になる。
「あー、永琳の言動を思うと貴女がそう思うのもちょっと解るわ……あれで思いやりも持ってるとこあるんだけど、でも上から目線というか、ねぇ……それを地上に向けて、もっと高飛車にすると月の価値観ってわけ、ね……」
「姫様はそれがなくなってきてるみたいに見えるんだよ」
てゐは軽い調子でそう言ったが、輝夜は意外だといった表情を返した。
「相変わらず「地上の人間は下賤だ」なんて言う私が? そりゃ永琳程じゃないでしょうけど……」
「名実共にそこまで落ちてきてるのによく言う……だなんて言っちゃうと喧嘩腰だし大袈裟だけど、姫様だって実感してるんじゃない?」
明らかに礼を失する形の言葉だが輝夜は気を悪くした様子もなく視線をあげて唸る。
「どうなのかしらねぇ、永琳に比べれば箱入り娘の私は柵が少ないとは言っても、確かに月に住んでいた身よ?」
てゐの言葉には同意も否定もしなかった、つまり輝夜自身はっきりどう意識しているのかまだ掴んでいないのだろうとてゐは判断した。
「ふーん……ま、帰るつもりもなくここで過ごすんだから、染まっちゃった方が楽しいと思うよ? さてそれじゃあ明るい話でも……」
話題を終える宣言をするとてゐは頭の後ろに手を組んで続ける。
「鈴仙が元気になったらお疲れ様会するよね、今回は何か企んでるの?」
「企んでるとしても、それを言っちゃったら企んでる意味がないじゃない」
ただ単純に飲み食いするだけでは決まり切っていて面白くないと、輝夜は何かしら余興を挟みたがっていた。
楽しむためとあって自ら行動する事も多いが、浮かばない場合てゐと鈴仙に難題が降りかかってくるため、出来れば避けたい所だったが……
「……実は今回はなかなか思いつかなくて、何か案があったらてゐも手伝って頂戴」
避けられないようだ。 てゐは胸中密かにため息をついた。
既に採取地点も把握しているものだけだったため、てゐと輝夜の半ばピクニックじみた外出は然程時間をかけずに終わり、永遠亭に戻った頃にはまだ日が暮れてもいなかった。
成果を解る範囲で分別して置いてから、てゐと輝夜は兎に様子を見ておくよう頼んでおいた――起きないだろうという満場一致の判断の元、一応着いてもらっていただけだが――鈴仙の元を訪ねた。
やはり先程眠ってからまだ目を覚ましていないらしい。 机で寝かせたままの無理な体勢ならまだしも布団に寝かせている、なかなか目を覚まさないのも道理だろう。
普段なら何かしら悪戯でもしそうなてゐと輝夜だが、鈴仙のそばに座る様はすっかり神妙な顔をしてしまっている。
「私達も同じように手伝えたらいいんだろうけどね」
「そういう事は軽々しく口にしない方がいいわよ、覚悟がないのならね」
何気なくつぶやいたといった様子のてゐだったが、輝夜が返す言葉は厳しかった。
「永琳は鈴仙に甘い所があるし、負担が一番響いている鈴仙の事をどうにか出来たらと思っているに決まってるわ。 そんな発言をしたって知られた日には、貴女も鈴仙と同じ事が出来るまでみっちり鍛えられるわよ」
「姫様が強い信念と覚悟を持ってだらけてるのはそういう理由なんだね」
輝夜とて鈴仙を気にしていないとはてゐには思えなかった、そのくせ他の三人の補助だけしかするつもりがないと言わんばかりに、だらだらしている様の背景を知って合点の行く思いだった。
「それもあるんだけど……私の場合はさっきの話じゃないけど箱入り娘だし、しかも死なないわけだし、薬作りなんて繊細なものを担うにはちょっと感覚がおかしすぎると思うのよね」
「薬に関してはそうだとしても、姫様はなんだか能ある鷹が爪を隠してる感じがするね、本当はもっと色々やれそうな気がするよ」
あまり触れるべき話題ではないと聞いて、てゐは話題の転換を試みた。
「貴女の方こそ、古くは術で隠してた永遠亭に入ってきた事から、最近では妙に早く誰かお客さんが来たのに気付いたり……悪戯したり人を騙して楽しんでばかりが貴女の能じゃないでしょ」
「おっと、突っ込まれても教えないよ。 手札を全て晒しちゃ勝負にならない」
返す言葉で深く切り込まれた形だったが、てゐは答えないと明言した。 輝夜は挑戦的な笑みを浮かべる。
「勝負ねぇ、私達と袂を分かつ可能性があると?」
「勿論そのつもりはないよ、ほぼなくなったとも言えるね。 さっきの話の繰り返しになるから省くけど。 そういう意味よりは、日々を楽しく過ごすためにだよ……姫様はお師匠様の言う事を直接拒否出来ても、私はそうもいかないからね」
輝夜が言動の通りに思っているのではないと察していたてゐ、しかし敢えて思う所を素直に述べる。
「私が貴女を永琳に売るかもしれないって?」
心外だと言いたげな表情を浮かべる輝夜、てゐは指を突きつけた。
「はいそことぼけない。 私達三人がお師匠様から大目玉食いそうな時は蜥蜴の尻尾切りしてるんだから」
「てへっ」
お茶目な顔を浮かべて舌を出す輝夜、直後に真面目な顔をすると……
「たまに貴女が他人の気がしない事があるわね」
などと言った。
「奇遇だねぇ、私も時々思うよ、似た者同士なんだろうね」
牽制し合うような空気もあったが、二人とも笑みを浮かべ合った。
午後の里での往診を終えて戻った永琳に採取してきた旨を伝えると、永琳はその材料を元に手早く薬を作って鈴仙の寝ている部屋へとやってきた。
「鈴仙用っててゐが言ってたけど、結局何の薬なの?」
作る事自体はやりたくなくても完成物に興味はあるようで、輝夜の声音はどこか楽しげだ。
「眠気の促進や滋養強壮に使える草があったから、このまま寝かせて疲れを取るためって所?」
てゐの横槍に永琳は頷く。
「解ってるじゃない、ノルマを殆ど達成させていたからもう休んでもらおうと思ったのよ」
普段永琳は厳しいが、先程輝夜が言っていたように鈴仙に甘い所もある。 あれ程身を粉にして働いていた鈴仙を、ここまで来て成し遂げずに脱落したとて責めようとはしていなかった。 それどころか優しい笑みすら湛えている。
「起きたら確実に平謝りだけどそこはどうするの?」
「この子が恥じるべき所のない努力をしたと、私達皆が思っている事を理解してもらう必要があるわね」
「じゃあ今回のお疲れ様会は鈴仙を主役にしてみんなそれぞれプレゼントを用意、なんてどうかな?」
「成程、名案ね」
てゐの出した案に永琳は賛同した。 先程の輝夜の無茶な要求をかわす意図もあったがもちろんそんな事はおくびにも出さない。
「いいわね、私も賛成よ。 それやったらこの子どうなると思う?」
輝夜はにやにやしながらてゐに問いかける。
「まぁ賭けにはならないね」
てゐもにやにやしながら答えた。
永琳が鈴仙の口に薬を捩じ込んで、各々解散してしばし、てゐは永琳に呼び出された。
部屋に入ると永琳は神妙な顔をしている、何か面倒な事があったようだ。
「まず初めに詫びておくわ」
言って、頭を下げる。 永琳の不手際のようだが……
「お師匠様が失敗なんて珍しいね、何があったの?」
「ええ、これなんだけど……」
取り出したのは以前手伝った採取のリストだ、里の件で本格的に忙しくなる前の準備段階だったので量が多い。
「指示を間違えて一種類、大分足りてないのよ」
いざ危機に直面したという際に材料が足りずに薬が作れない、では話にならないため、調剤作業部屋とは別に材料を大量に保管している。
本格的な作業前に鈴仙だけでは間に合わない分を永琳が行う事もあって、ごっそりと移動した後にてゐの作業での補充があった。
つまり貯蔵を総括する永琳か、採取を総括するてゐのどちらかしかこの事には気付けなかったが、忙殺されだした永琳と量の過不足の判断が概ね出来ないてゐ、両者気付かずにいてしまったのだ。
「あー、それなら何度かやってるのに気付かなかった私にも落ち度があるよ」
実際示されて足りていないと言われれば、以前集めた時にはもっと多かったとてゐも思い出した。
「つまり改めて集めておいてくれって事なんだね?」
「そうね、ただ、問題があって……」
「もう冬だから量を集めようとするとここいらじゃ厳しそう、と」
対象は秋頃の植物、もう冬となった今ではいつもの採取地点では望むような量を採れるとは思い難い。
「妖怪の山まで足を延ばさないといけないでしょうね」
「じゃあ、いつも集めるみたいにはいかないね」
永琳が何らかの手段で、採取のために妖怪の山の面々へと話を持ちかけるだろうとてゐは予想した、そしてそれは上手く運んで自分が出る事になるとも。
「貴女一人が譲歩の限界、兎に手伝ってもらうのは無理といった形になると思うわ。 それでもいい?」
「ま、たまには働くよ。 鈴仙に胸張って顔向け出来るようにね」
てゐにとっては正直に言えば、薬作りの手伝いを始める事なく・しかも永琳がお膳立てをしてくれた上で、永琳や鈴仙に一つ大きな事を成したと思われるようなものが出来るのは有り難い事だった。
早速永琳は妖怪の山へと赴き、夜になって戻ってきた。
「山に入ったら貴女も知っている烏天狗と、それに哨戒担当の白狼天狗を遣わすから、なんとか説得してみるようにですって。 両方、或いはどちらかでも納得すれば口説かれた者が護衛につく、どちらも駄目ならあきらめるように、と」
飽くまで機会を作っただけで実行出来るかはてゐ次第のようだ。
「ありゃ意外、入って集めていいって確約は得ないで来たんだね」
永琳ならば説得のしようは幾らでもあるだろうに、先程の自ら述べた予想とは違う結果を持ち帰ってきた、その意図は……
「たまには働くって言ったでしょう?」
どうやらただで一仕事の功績を得られはしないらしい、良い子ぶった言い方をしなければよかったかとてゐは後悔した。
翌日……
大き目の背嚢を背負ったてゐ、採取した薬草を持ち帰るためだが道具類などもこれに入っている。
そしてこの背嚢の準備をてゐはしていなかった。
てゐが一人で採取に行くと聞いた輝夜がせめてもの手伝いと必要な道具――と、昼食も含めて――を用意したのだ。
少しでも肩を並べるための功績が欲しいのはてゐだけではなかったという事か、因みに中身は永琳の検閲が入っているため開けてみたらとんでもない悪戯が仕組まれていたという心配もない。
「おまけもあるわよ」
そう言って輝夜は巾着袋を持ってきた。
「ん? 何々?」
開いてみると……団子が入っている。
「きびだんご」
「烏」と「白狼」が護衛につくかもしれないからかとてゐは納得した。
「こりゃ地底にもいかないといけないかねぇ」
「冗談で寄り道をしてる場合じゃないわ、真っ直ぐ山へ行きなさい」
永琳は釘を刺す。 しかし本気で悪ふざけを疑っているわけではないだろう。
「解ってるよー、じゃ、行ってきます」
「知らない妖怪に声かけられてもついていっちゃ駄目よー」
輝夜の冗談を背に受け、てゐは妖怪の山を目指した。
妖怪の山の領域に入って程無くして、言われていた通りに天狗が現れた。
片方はてゐも多少馴染がある、荒唐無稽な新聞を作っていると専らの噂の文。
そしてもう片方、哨戒担当の白狼天狗・椛について、てゐは交流を持たない。
危険であると周知されている妖怪の山は侵入者が少なく、暇でいる事も多いので河童と将棋を指していると知っている程度だ。
立ち居振る舞いからして文とは逆の生真面目なタイプと見て取れた、そこからてゐは方針を模索する。
「やあおはよう二人共、朝から出てきてもらって悪いね」
「そんな事を言うにはまだ早いですよ、これから私達を口説き落とさねばならないんですから」
文の表情は明るいものだ、ここまでの道すがらでてゐが考えた限り文は簡単に乗ってくれるだろうと見ていた。 一人ならば、だが。
「どうせこんな楽しそうな事を逃す手はないなどと思っているのでしょう? 私情を挟んではいけませんからね」
楽しそうにしている文に椛が釘を刺す。
てゐはこうなる事を危惧していた。 文が素直に聞き入れるようであれば逆に文こそが強敵となる恐れがある。
「そうですね、ではまず私は放っておいて頂いて椛を攻めて下さい」
こう言うのであれば椛が協力に傾けば乗ってくるつもりだろうかと思いつつ、てゐは頷きながらどう言うかを考えた。
そしてすぐに結論付ける。 真面目な者が相手なら真面目に投げかければ良い、大義名分はあるのだから。
「永遠亭が里のために往診して薬をあげて治療にあたってるのは知ってるかな?」
「ええ、そのための材料を採りに来たと伺っています」
椛の言葉にてゐは頷く。
「珍しくお師匠様が在庫少ないの見落としちゃって、一種類底をつきそうなのがあるんだ。 でもその薬草は秋のものだから冬の今じゃ思うように集められないだろうし、ここで採らせてもらわないと間に合わないってわけ」
「人間の里での治療は既に粗方終わっていると聞きますが、それでもまだ材料が必要なのですか?」
椛も状況を把握していた。 ここで哨戒を担当しているというが、文の入れ知恵だろうか。
「例の流行り風邪の対応には必要ないね。 だけどこれから別の病気が流行らないとは限らない。 そうなった時に材料が足りなくて薬が作れませんでした、だなんて状態になっちゃいけないんだ」
「他の手段による治療は出来ないのですか? 例えば術や魔法の類で」
医者としてのアプローチを間近で見ていたてゐにはこの発想は抜け落ちていた。 しかし聞き及ぶ範囲で問題無く受け答えられそうと感じたため慌てる事無く言葉を返す。
「うちの場合は材料さえあればお師匠様がパッと作っちゃうけど、魔法やなんかは規模が大きいと何日も準備をしてようやく使えるって話でしょ? 常日頃から各種病気に対応した魔法を用意しておけだなんて誰もやりゃしないよ。 うちが備えておくのが一番なのさ」
実際の所はインフルエンザの件もあらかじめてゐが材料の下準備をしている上に、永琳が往診・鈴仙が製薬の体勢で数日かけているため、魔法での対処と大差ないと捉える事も出来そうだった。
しかし椛はてゐの言葉に納得した素振りを見せる。
「成程、その点は解りました。 ……私としては貴女に協力した事で「山の連中が里へ協力する意思を見せた」と取られ、仲間意識が出来た、或いはこれまでのように危険な場所ではないと勘違いをして、山に入る人間が増えてしまう可能性を心配しています」
「山の妖怪は里の人間と基本的に接点がないでしょ? 侵入者を排除するってくらいなんだから。 そうなると里の人間がこの事を知る手段は限られるね」
てゐは腕組みをして考えるような仕草をしてから言葉を続けた。
「山の妖怪と付き合いのある奴が話を聞くか、あんたの新聞って所かね」
「記事の内容に便宜をはかれと言われても応じませんよ?」
嘘だらけの新聞という噂の割に要望には応じてくれないらしい。 自分の書きたいように書くという事だろうか。
「ありのままに書いてもらった方が都合がいいねぇ、侵入者ありと見れば真っ先に駆けつける荒事に慣れた白狼天狗に加えて、古株の烏天狗が護衛につかないといけないだなんて、いかにも危険に溢れているという感じじゃない」
「ふーむ、成程……椛、貴女はもう認めているの?」
文が訊ねると椛は頷いた。
「今しがた述べた点が心配要らないのであれば構いません」
「では、てゐさん、続けて私を説得して頂きましょうか」
「むしろあんたは新聞のネタになるから進んで護衛したいくらいなんでしょ?」
予想に反してきちんと説得しなければならないらしい、思惑として前向きであるなら面倒だし避けたいとてゐは思ったものの……
「それを理由にしてしまうと後で椛に小言を言われますので」
このまま護衛に移る事ははっきり否定されてしまった。
「里のためにやろうとしてるという事実と、あんたが物々しい様を新聞記事にすれば問題無いだろうという材料だけじゃまだ足りないって?」
「ちょっと物足りないですね、もう少し何か欲しい所です」
文は澄ました顔で要求する。
「うーん、そうだねぇ……薬が作れないとなると里に大きな影響が出る可能性があって、そうなれば妖怪も煽りを受ける。 更に言えば霊夢や魔理沙がその被害に遭わないとも限らない。 といったとこなんてどう?」
「大義名分に加えて情に訴える二段構えですか」
「霊夢にべったりだってあんたがなんとも思わないはずはないでしょ」
「否定はしませんがね」
決定的ではないらしく文の言葉はいまいちはっきりしない。
「まだ足りないって顔してるねぇ……」
協力する事自体に否定的でないというのに煮え切らない態度の文に、だんだん面倒くさいという思いが沸き起こってきたてゐ。
いっその事幸運を呼ぶ能力を使って袖の下でも握らせたいと思ってしまう、しかし椛が居る以上あからさまな手段は取れない。
と、そこで出かける際に受け取ったものを思い出しててゐは巾着袋を取り出した。
「じゃあこれでどうだ! 椛もどうぞ」
「これは……団子ですか」
「うちの姫様が用意してくれたんだ、きびだんごだってさ。 お弁当と一緒に冗談半分に作ったおまけってとこだろうけど」
そう聞いて文と椛は団子を受け取ると口にした。
「趣向を変えて地底に出向いてさとりさんと一緒に怪力乱神を退治するんですか? ご勘弁願いたいですね」
団子を渡された際のてゐと同じような発想をする文、てゐの方も鬼退治はしたくない所だ。
「それに比べりゃ勝手を知った山の中で護衛なんてただの散歩みたいなものでしょ」
「……まぁ、十分納得の行く理由は提示して頂きましたし、団子も美味しかったですから……ウサ太郎のお供を致しましょうかね」
ここに至り文もようやく協力を明言した。
しかしやはり満足は行っていないような様子と見える。
「有り難いねぇ。 ところで、もう乗り気だったくせにどうしてそんな渋ってたの?」
「理由を盛りだくさん出して頂けば、記事にする時に凄まじい舌戦が繰り広げられたと書けますから」
新聞の記述に盛り上がりが欲しかった、それだけのようだ。
「残念だったね、私ゃもうめんどくさくなってたよ」
説得はなし崩し的な形ではあるが成功となり、三人で山を登りだした。
「私は文とは違ってここで過ごしてるだけで外の事情には疎いのですが、永遠亭は人間を対象に病気を診ているんですか?」
「人間だけじゃないよー? 妖怪も診てる。 山の妖怪達だって何かあってうちに来れば診療するよ。 迷いの竹林の中だから来るのに苦労するんだけどね」
てゐは妹紅が案内を務めている事は敢えて言わなかった。 もし仮に椛からこの話が伝わって行きたがる妖怪が増え、里から永遠亭を目指す人妖の方に影響が出れば軋轢を生みかねないと思ったからだ。
「他にも薬を売ってもいましたね」
今回のような非常時に永琳が直接往診するのを除けば、基本的には兎達が置き薬として配る形態をとっている。
「診察についてはともかく、それは椛が知らないのも仕方ないね、こっち来ないし」
立ち入る者即ち侵入者となるこの妖怪の山には足を延ばしていないのも道理だ。
「置き薬ってやり方で……一揃い薬色々入った箱を配って、次に来た時に使ってある分だけお金を払ってもらうんだ。 だから訪ねる頻度はそう多くは無いんだけど、それでもここに入るって駄目だよねぇ?」
てゐは椛に向けて訊ねる、椛は難しそうな顔を返した。
「山全体に周知する必要がありますね……それにそちらとしても、里に配る比ではない広さと量を担う事になります」
「つまりお互い聞かなかった事にした方がいいというわけね」
文の横槍に椛は苦々しい顔を浮かべる。
「個人的には好きじゃないやり方ですが、そうした方がよさそうです」
「ま、下手に首突っ込むと大変な事だって世の中にはあるしねー」
手をひらひらと振っててゐは軽く言った。
「あ、すっかり場の流れに飲まれてなんとなく歩いてたけど……ちょっと待ってね」
てゐは背嚢を下すと中身をごそごそと漁った。 永琳が検閲したのだからちゃんと入っているはず、と、探してみたものはすぐに見つかった。
「これ、こういうのを探してるんだ」
てゐのまとめた資料から今回の目的の植物についての部分だけを記した写しだ、文と椛は受け取ると順番に内容を見る。
「……椛、どう? 解る?」
「残念ながら……ですが薬草の事なら他の白狼天狗が心得ているかもしれません。 少しこの資料をお借りしていいですか? 怪我の治療をよくしている者がいるので、訊いて来ようと思います」
「うん、いいよ。 じゃあ動かずにいた方がいいよね、二人でここで待ってるよ」
椛はてゐの資料を手に飛び去り、後にはてゐと文が残された。
少し間を置いて文がふぅと大きく息をついた。
「ん? どうしたの? なんか疲れてるみたいだけど」
「いえ、護衛につくのは私だけでよかったのにと思いましてね。 あの子の真面目さは私の行動を縛りますから……嫌いじゃないんですがちょっと苦手です」
てゐも真面目な鈴仙とよく一緒にいるため少しだけ共感できる所があった。
「真面目なのが近くにいるからって縛られるような玉かい?」
「こちらは組織社会なもので、気ままには動けないんですよ」
言葉に反して随分と気ままに生きているように思えたてゐだが、そう言うからには当人にとってはそうなのだろう、機嫌を損ねられても困るのでそれ以上は言わない事にした。
「ふーん、大変だね」
気のない返事に文の方もこの話題はやめておこうと思ったのか、鞄から新聞を取り出しててゐに手渡す。
「ところでこの件は御存知ですか?」
「ん? 何々……白玉楼で宴会?」
白蓮達と神子達が白玉楼に招かれて宴会をした旨が書かれている。 ざっと見た限り特に過剰に話を盛ったり嘘を追加したりで、衆目を集めやすくしているようにはてゐには思えなかった。
妖怪寺と聖人が交流を持ったという事自体が嘘くさいとも言えるが、その点は事実であると知っている。
「時期としては恐らく永遠亭は冬支度の頃ですね、命蓮寺とその地下から蘇った聖人達の仲を成り行きで幽々子さんが取り持った事から白玉楼で宴会を開いたらしいんです」
「へぇ、命蓮寺と、里に時々現れてた凄い人ってのが仲良くし出したってのは知ってたけど、あの亡霊が一枚噛んでたんだね……で、なんでそれを私に?」
文は山の上の方を指し示して答える。
「もしかしたら山頂近くまで行くかもしれませんし」
「うちと守矢神社とで宴会しろって?」
永遠亭も守矢神社も里に関わっているという共通点こそあるが、互いの接点は実質無い。
「良い建前が出来るようなら是非お願いしますよ」
わざとらしく揉み手をしてすり寄る文、宴会、ひいては仲良くなる事であればてゐも吝かではないという思いだ。
「新聞にしたいってわけだね。 でも今の所はそんな建前も……そういえばあそこはどんなご利益があるんだっけ?」
「技術革新の神様をやろうとしてますね」
「あー……そうか、うちの鈴仙が里の件で薬作り頑張りすぎて疲労の極みに達してるから、何か頼れるならとも思ったんだけど」
何か別の方法を取らねばならない、てゐは少し考えようとしたがすぐに文が言葉を続けた。
「まぁ、訪ねる事になったら言うだけ言ってみてはどうです? きっかけにはなるかもしれません」
「そうするかねぇ、元々うちだけでお疲れ様会する事になってたけど、余所も交えた宴会ってなるのはうちにとっても悪くないだろうし」
余所の連中と関わっていれば、永琳はともかく輝夜や鈴仙は地上の感覚に馴染みやすくなるかもしれない、そう考えつつてゐは先程文が示した山頂の方角を見やった。
椛が採取地点の情報を携えて戻ってきた。
説明によれば麓を回るように移動する事になるらしい。
「上の方にもあるそうですが、量を求めるのならこの辺りの標高を巡った方がいいという話です」
「とりあえずはその教えてもらった所を回って、取っていい分で必要な量にどれだけ届くかって所かねぇ」
高い山だけに裾も広い、最終的に必要量が得られない事はないだろうとてゐは楽観的でいた。
「ある分全部持っていくわけではないんですね」
「そりゃあね、必要とするのは私達だけじゃないし、それに根こそぎ取ってったら来季に困っちゃうから」
採取に向かいまず一か所を終えて次に移動している途中……
「そういえば護衛って言うけど、この状況でも襲って来そうな妖怪っているの?」
「私達がついていればそういう手合いはほぼ居ないと思います。 来たら来たですぐにお帰り願いますけどね」
答える文は得意げな笑みを浮かべながら葉団扇を揺らした。
「御安心下さい、文はいつもふざけていますが実際はとても強いですから」
てゐには椛の補足は少し悔しさが滲んでいるように聞こえた。
「へぇ、ちゃんと働いてくれるんだね」
「納得できる理由があるのならきちんと護衛をするようにと、上から指示されてますからね」
「うちのお師匠様はお宅の上司をどう口説いたんだろう、私があんた達を説得するより難題だろうけど……」
半分は現場任せといえどやるのならきちんとやれという指示、永琳は一体この言葉をどう引き出したのか気になったてゐ、文・椛両名の顔を見たがどちらもその表情は知らないと述べていた。 そして文が口を開く。
「同席していないですし直接聞かされてもいませんが、恐らくは先程てゐさんも仰っていた人間に悪影響があれば妖怪へも波及するという点に触れたのでしょう。 突っぱねても得をする話ではありません」
「場合によってはスキマ妖怪に睨まれる展開だってあるだろうしねー」
永琳の目的は他意の無い幻想郷のためとあって、立ち行かなくなれば紫も協力するはずだ。 それなら永琳に貸しを一つ作れるこの段階で素直に受けてしまった方が天狗達には都合が良い。
「ではこちらからも質問です。 てゐさんは何故素直に働いているんですか?」
「いや、だってそりゃあこうやって動けるのは私だけだもん」
当然といった仕草で返すてゐだが、文はそれでは納得しなかった。
「とはいえ貴女なら他にやりようがあるのでは? 幸運を呼ぶ能力があれば、時期外れなのに大量に収穫できて事なきを得たというオチに持っていく事も出来たと思いますが」
「いやいや、いくら私の能力ったって限界があるよ?」
「足元全部四葉のクローバーをやってのけたのですから、ごく普通の薬草但し時期外れくらい朝飯前でしょう?」
「運じゃ敵わない事だって、世の中にはあるんだよ」
実際どうかと言えば恐らく出来るだろうとてゐ自身は思う。 しかし自分の出来る事を明かしたくない思惑と、鈴仙に楽をしていたのだと思わせたくない事情とを隠すために強硬にとぼけた。
「……解りました、そういう事にしておきましょうか」
文は渋々といった様子で引き下がる。 てゐの内心は少し苦々しい。
(やれるとしてもやらなかったんだって確信して訊いたね、これは……)
もし永遠亭で指示を受けた時点で幸運によりなんとかなるとしていたのなら最初の採集地点で大量に採れていたはずだが、そうではなかった。
つまり最初から楽をするつもりがなかった理由を掴もうとしたのだろう。
「その能力を使っても全く変化は起こせないんですか?」
そこへ椛から横槍が入る。
「どういうこと?」
「底がつきそう、という程に備蓄がないんですから多少なりとも足しに出来るのであればやっておいて損はないのではと思いまして」
「あー、成程ね」
ちらりと文を見ると何か言いたそうにしていた。 麓での採取で事足りるようなら守矢神社へは足を延ばさなくなる。 新聞にしたい永遠亭と守矢神社の宴会も立ち消えだ。
「じゃ、次の場所からちょっとやってみようか」
今しがた深く突っ込まれた意趣返しに、そう答えておくてゐだった。
しかし宴会の開催へはてゐも前向きのままだ、意図的にその芽をつぶそうとはしなかった。
「時期外れだというのに花が……」
感心したように椛が呟く。
量を確保できるという点ではなく、時期外れの花が見られるという点に向けて幸運を呼んだのだ。
「量はどう? 多くなってる?」
「はっきりとは解りませんが、恐らく聞いた程度と大差ないですね」
「やっぱり私の能力といえどこのくらいまでみたいだね」
ついでに先程の文の追及への答えという体を取る狙いもあった。
これを言葉の通りに能力の限界と取るようなら手持ちのカードを伏せておく事に成功し、麓での採取で終わらぬように調整したと取るようなら、何か言いたげにしていた文への気遣いともいえる形になるため、どちらにせよてゐにはプラスだ。
途中に昼食休憩を挟みつつ一行は山の領域を歪な渦を巻くような道のりで巡って行った。
背嚢に目一杯詰め込む量を得る頃には日も大分傾いていたため、今日の所はここまでにとてゐは二人と別れて永遠亭に戻った。
「ただいまー」
いつから待っていたのだろう、永遠亭の玄関先には永琳が立っていた。
「おかえりなさい、採取させてもらえたようね」
まず返事の代わりにてゐは背嚢を見せる、たっぷりと詰め込まれた成果に永琳は頷いた。
「いやー、なかなかブン屋が折れてくれなくてねぇ」
永琳は呆れたような顔をする。
「烏の方が与しやすいと思ったけど……貴女手の内を見せずに話でもしたの?」
「んー、それよりも新聞の記事に華が欲しかったらしいね、私と凄まじい舌戦が繰り広げられたように書くために理由をたくさん出してほしかったってさ」
てゐが背嚢から薬草を取りだし、採取の際も土を払い落としていたが、落とし切れてなかった分を払って永琳に手渡す。
「そういう事だったのね」
永琳は受け取った薬草を目的のものとそうでないものに手早く分別していった。
「意外にも最後の決め手は姫様の団子だったよ。 美味しいものももらったからって」
「鬼退治には誘ったの?」
今朝の冗談を蒸し返す永琳、意外と気に入ったのだろうかとてゐは考える。
「ご勘弁願いたいって」
「それは残念だったわね」
「いやいや、私だって行きたかないよそんなの」
如何に文が手練れであろうと鬼はその上を行くだろう、更に鬼が本気を出そうものなら幸運を駆使してすら逃げ切れるかどうか、無理であるという気がしてならないてゐだった。
「ため込んでる金銀財宝は要らないの?」
「財宝ならもうここに持ってるじゃない」
幻想郷に居る鬼といえば萃香や勇儀、彼女らが財宝を持っているはずはないがおとぎ話の鬼と言えば財宝を持っているもの、そういう意味での永琳流の冗談か。 それに対しててゐは柄に無い答えを出した。
「随分と高く買ってくれてるのね」
「でもまだ私には原石みたいなものに近いかな」
「それでどう磨くつもりなの?」
「そうだねぇ、神様にでも頼むかもしれないね」
あそこの神様を相手に月の頭脳はどう接しようとするのだろう、そんな興味がてゐの胸に湧いた。
翌日も妖怪の山へ赴いて採取を行った。
文と椛も手伝ってくれていて、昨日よりは勝手が解っているため背嚢が一杯になってもまだ日は然程低くない。
「ここまで来たんだから上の神社にも行ってみようかな」
「お、守矢神社へ行きますか。 あそこは妖怪からも信仰を集めてますからね、貴女の所の妖怪兎にも信仰している者がいるのなら近くまで来た挨拶に行っても損はないでしょう」
椛が居る手前か新聞にしたいという思惑を隠す文、白々しい発言ではあったが……
「それでしたら、護衛の任の趣旨から少し外れますがお供致しましょう」
椛は異論を唱えずに協力の意を示した。
「椛、貴女は付き合わなくていいわ」
「何故です?」
文の言葉に椛はきょとんとした表情を返す。
「薬草採取のみ許可してその護衛にという事になっているんだから、脇道に逸れて神社へだなんて約束を違えたと扱われて、それを見過ごした私達も責任を問われるかもしれないわ。 そんなリスクを負うのは私だけでいいでしょう?」
「あわよくば面白い事があるかもしれないから連れて行きたい、という事ですね?」
庇い建てするような文の発言の裏は椛にもくみ取れる内容だった、冷めた目線を文へ送る椛。
「勿論。 もしそういう事態になっても、個人的な話があるから麓まで一人で送って行きたいと言ったという事にでもしておいて、貴女に累が及ばないようにすると約束するわ」
「……解りました。 私は貴女みたいに口が達者じゃないんですから、問題を起こさないで下さいよ? 庇いたくても庇えません」
てゐに向けて一礼すると、椛は飛び去っていった。
「……もしかしてあっちもあんたと同じで嫌いじゃないけど苦手、って思ってんじゃない?」
「さて、どうなんでしょうねぇ」
飛び去る椛の背を見やりながら、二人はそんな言葉を交わした。
守矢神社に到着すると境内には誰もおらず、閑散としていた。
「信仰を集めてるって言うけどいやに静かだね」
てゐは誰か居ないか探すように辺りを見渡す。
「もう守矢も真新しい存在ではありませんから落ち着いてきていますね。 山頂まで来るのはそれなりに手間ですし、普段は住居に置いた神棚に手を合わせる程度なんでしょう」
「ふーん、ま、混雑してて奥まで進むのも一苦労ってのに比べりゃこっちは有り難いね」
喋りながら歩いていく二人、やがて拝殿の前に着いててゐは背嚢を降ろし、側面のポケットから小銭を出して賽銭箱に投げ入れた。
二礼二拍一礼、落ち着きのない振る舞いのてゐにしてはゆったりと行うと……
「お? やあ、こんにちわ」
「それが今願掛けした神様に取る態度かねぇ全く……」
音か願いか、どちらかを察したのか神奈子が出てきていた。
「まぁ、折角来たんだ。 急いでないならあがっていくといい、茶くらい出すよ」
居間でちゃぶ台を囲む事になり、諏訪子が淹れたお茶を出された。
「お、悪いねぇ、いただきます」
神様相手に取る態度ではないのは明らかだが、居住まいを崩して座る神奈子と、頼まれて四人分お茶を出した諏訪子もそれらしくない振る舞いだ。
茶々を入れたくなったてゐだが、心証が悪くなるのも厄介なので我慢する。
「貴女達が里の病気の治療をしてくれてるおかげでうちも助かってるよ、有難う」
諏訪子がお礼を言い、神奈子が更に言葉を続けた。
「あそこになんかあっちゃこっちも痛手だからね、だからさっきの願掛けについても吝かではないんだけど……」
と、そこまで言って言い淀む。
「あんたのとこの鈴仙、まずい状態なのかい?」
「それ程でも……いや、あるんだけど、もう対処はしてあるんだ。 担当する作業もほぼ終わってたからお師匠様が引き継いで、薬飲ませて寝てもらってるとこ」
そう答えててゐは更に、この時期の鈴仙の鬼気迫る働きぶりについて伝えた。 里のために尽力している様を教えれば恩を売れるという狙いもあっての事ではあるが。
「そこまで頑張ってくれてるんだねぇ」
「だったら尚更と言いたい所だけど、既に処置が済んでるんなら私達がしゃしゃり出る幕もないね、何か別の形で……」
神奈子は腕を組んで考える。 すぐに案が浮かんだようで明るい表情で提案した。
「鈴仙が寝込んでるっていうなら、うちの早苗になんか手伝いに行かすのはどうだい? 作業が終わったんなら専門的な事はもうしなくていいだろう?」
「お、それならこれの手伝いでもしてくれるとちょっと楽になるね。 でも明日で終わりなんだよねぇ」
その上昨日と今日背嚢一杯に薬草を採取しているため、明日はそれ程量を取らずに済むという状態だ。
「じゃあ永遠亭まで連れてって、鈴仙が動けるようになるまでの間適当に使ってやってくれていいよ」
「随分と大盤振る舞いだねぇ、鈴仙を寝かせたのが一昨日の午前中だから起きるまでにあと一日二日、そこから調子を戻すまでにこれも一日二日で二日から四日はかかるだろうけどいいの?」
神奈子は頷いて答える。
「里の治療を行ったとはいっても、あんたも知っての通りアレは完治まではかかるものだからね、あんまり早苗を里に近づけるわけにもいかないからまぁ、丁度良いのさ」
「で、その早苗はどこへ?」
諏訪子が出したお茶は四人分、どこかへ出かけているようだが……
「里に行ってるんだよ、小さい頃に例の病気にかかって辛かった経験があるからほっとけないってね。 治療は出来ないからやることといえば、臥せってる子供についててやるくらいなものだけど」
つまり現人神であるとはいえ人間には違いなく、感染するリスクがあるというのに里に出向いているのを止めたい狙いもあるのだろう、てゐはそう考えると今しがたの神奈子の明るい表情に納得した。 成程確かに丁度良い。
「どう新聞に書くつもりなんだい?」
身を乗り出すようにして問う神奈子の言葉はてゐではなく文に向けられていた。
先程から話に割って入らず熱心に手帳に何か書き込んでいる。
「どう、と仰いましても、私はただ目の当たりにした事を書くだけですよ」
「匙加減には気を付ける事だね、うちは怖いのがここにいるから」
神奈子が隣の諏訪子を指さすと、諏訪子は胸を張った。
「信仰に悪影響の出るような内容だったら祟るからね」
「多分悪影響どころか良い影響だと思いますよ? 里に関しては」
半ば脅しのような事を言われた形だが文は動じる事なく平然と返した。 その言葉からするとここでの事を記事にするにあたっては既に頭の中で形が出来ているようだ。
「そりゃ有り難い。 出来上がるのを楽しみに待つとしようか」
今ここで内容を問いはしないらしい、言葉の通りの意味か、それとも問い詰めても文は決して口を割らないであろうと思っているのか、いずれにせよ竹林にいるばかりの自分よりも、この新聞記者についてはよく解っていそうだとてゐは想像する。
「ところで、風の噂では早苗さんに元気がないとか? 病気関係なしに」
文は手帳を閉じてしまいつつそう言った。
ここからは新聞の取材とは関係ないという意思表示……と、てゐは思ったが、その事よりも問いかけの内容自体が気になった。
「どこからそういう噂が立つんだか……」
神奈子の声音は苦々しい。
「多感な乙女心が秋の物憂げな空気にやられてしまったというには、ちょっと時期が遅いですよね」
文の言葉に神奈子と諏訪子は顔を見合わせる、互いに少し考えるような間の後に続けた。
「こっちに来る前……外の世界で触れていたものについて話せないのが辛いらしくてね」
「普段はあまり表に出さないけど、時々物足りなくて塞ぎ込んじゃう事があるんだよねぇ……」
「いわばもう帰る事のない故郷への郷愁……とはちょっと違うみたいですね」
寂しい、などといった表現ではなく物足りない、と諏訪子は言った。
「ああ、極端な例え方をすれば……幻想郷の者が外の世界で住む事になったけど、こっちでお気に入りだった文々。新聞の事を話そうとしても誰も知らないから話せない、みたいな感じかな」
「それは難しい問題ですね、しかし不可能な事ではないと思います」
文は事も無げにあっさり答える。
「不可能じゃない? どうするっていうの?」
「外の世界のものは、ここ幻想郷にもいずれ流れ着くものですから」
「でもここに来るのはあっちで人々が忘れ去るって事が必要じゃないか、こっちに入ってくるのはまだまだ先の事だろうに」
神奈子も考えはしたがそういう結論で不可能と見たのだろう、その声音は不機嫌そうだ。
「そう、忘れ去られたものがここに入ってくる。 ですので僅かながらあるはずなんですよ、早苗さんが見ていたものが」
観点が違うのか互いの結論はすれ違っている。
「随分自信たっぷりに言ってるけどあてはあるの?」
「早苗さんを永遠亭に派遣するのであれば、きっと戻って来る頃にはすっきりしてますよ」
そう言って文はてゐの方を見た。
「そうだね、欲求不満そのものを解消できるかは解らないけど、まぁ無理だったとしても多分お宅の早苗にとっていい気分転換になりそうだと思うよ」
面倒くさがりの珍品コレクターの顔を思い出しながらてゐは答えた。
それからもう少し話すうちに、早苗に永遠亭に来てもらうのであれば戻って来るのを待って、神奈子・諏訪子からの説明後に一緒に行くという事になった。
夕方頃になって早苗が戻ってきて、里のために治療に当たってくれた永遠亭へのお礼として、養生している鈴仙の代わりに出来る事をしてやって欲しいと神奈子・諏訪子から説明された。
当初は渋っていた早苗だが、てゐも手伝ってくれると有り難いと説得に乗った事により最終的に承諾した。
てゐと文、早苗を加えて三人で妖怪の山を下りて行く。
「里に何度も行ってて疲れてるだろうに付き合わせちゃって悪いねぇ」
「いいえ、困っているのであれば見過ごすわけにはいきません」
先程の説得の段階ではあまり気乗りしない様子だったが、今の早苗の言葉は力強い。
結論付けた事で気分を切り替えたようだ。
「まだ明日も採取するんですよね、早苗さんと一緒に来るんですか?」
「さっきはそのつもりだったけど、鈴仙の様子がどうなりそうか次第かな。 昨日今日の量よりは少なく済むからこっちの人手は多くなくてもいいし」
うちのインドア派と打ち解けてもらった方がいいみたいだしね、と、てゐは胸中で付け加えた。
永遠亭に到着すると、てゐはまず真っ先に早苗と、何故か山の領域を出た後も当然のようについてきている文を伴って永琳の元へ向かい、事情を話した。
「手伝ってくれるのはいいんだけど、やってもらう事って言ったら鈴仙がまだしばらく寝てるようならその間小間使いじみた事をしてもらう、っていう形になると思うわ。 それでもいいの?」
「勿論構いませんよ。 お使いや家事程度でよければ普段もしてますしね」
塞ぎ込んでいる事があるとは思い難い程度に早苗の答えは快活だ。 神奈子が噂の出所を疑うような発言をしたのも頷ける。
「そう、有り難いわね。 じゃあまずは感染していないか診断しましょう」
「私達は鈴仙の様子を見てから姫様にも説明しておくよ」
「ええ、お願いするわね」
鈴仙は相変わらずよく眠っていた。
「これが里を救った英雄の顔ですねー」
楽しそうにそう言って文はカメラを取り出す。
「いつもなら止めない所なんだけど今は流石にねぇ……」
てゐは少しばつが悪そうにそう言った。
「そうですよね」
流石に文も疲れて寝ている鈴仙を前にそう制止されては、神妙な面持ちに変わって手を止める。
「一枚だけにしてもらうよ」
「襖開けて向こうからにして、シャッター音があまり響かないように工夫しましょうか」
この二人にかかっては遠慮してもこの程度だった。
次に二人は輝夜の元へと向かった。
「姫様ー、ちょっとお願いがあるんだけど」
「ん? どうしたの? っと、こんばんは、てゐがお世話になったようね」
言葉こそきちんと挨拶をしているが本を手に寝そべったままだ。
「どうもこんばんは。 お願いというのは私の事ではなくてですね……」
文はてゐに視線を送る、てゐから少しの間休んでいる鈴仙の代わりにと早苗が来て働いてくれると話した。
「それでお互い暇な時にでも、姫様のコレクションを見せてあげて欲しいんだ」
続けて早苗が幻想郷に来る前に触れていたものについて話す事が出来ずに鬱憤を溜めている事を話す。
「へぇ、成程ねぇ。 でもなんで貴女がそんなお節介焼いてるの?」
「あんまり余所と関わらないうちが神様達に伝手を持って損は無いからね」
実も蓋もない言い方だが、おおっぴらに皆の価値観にてゐにとって良い影響を及ぼしてもらうために接点を作っておきたいとは言えない。
「貴女の狙いからすれば紅魔館辺りが適役だって気がするけど……まぁ成り行き上神社になるわね。 それはさておき、頼みは解ったわ。 ただ、あの子が外で見てたのが何なのかが問題ね……私が持ってるものならいいんだけど」
「ちょっと見せて頂けませんか?」
文は目を輝かせる。
「ええ、いいわよ。 じゃ、ちょっとあの子に見せる事になりそうなものでも……」
早苗には見せて文には見せない、という事はないようだ。 起き上がって歩き出す輝夜に足取り軽くついていく文。 その後ろにてゐもついていった。
たどり着いた部屋は物置然としてたくさんの珍品が置かれていた、見ただけでは何なのかも解らないものも多い。
「奥の方だから……足元に気を付けてね」
散らかっている、というわけではないが如何せん物が多く、通り抜けるのも気を遣う。
しかし輝夜は慣れているのかすいすいと進んで行った。
「何か分類して分けているのですか?」
「年代別。 だから奥なのよ」
いわばここは歴史を再現……と、言うには品揃えが独特過ぎて、進む程に時の流れを感じるような陳列とは言い難い。
「こりゃ、置き方を変えた方がいいんじゃない? こんなに気を遣って通んなきゃいけないなんて面倒でしょ」
「普段は勝手を知ってる私か永琳が入るくらいだから、これでも不便じゃないのよね、貴女達は一通り見たがるだろうからついて来させたけど」
「待ってりゃよかったかもってちょっと後悔してるよ」
うっかり蹴飛ばして壊したりしようものならそれなりにえげつない報復が待っている事だろう。
「そういえばあれはここにはあるんですか?」
文が輝夜へ問いかける。
「あれって?」
「天井」
「あー、あれね。 ああいった大きいのはここにはないわよ、もっと広いとこ」
文も知っている珍品、どういう意図で訊いたのだろうとてゐは気になったが、前方を歩く文の顔を窺い知る事は出来なかった。
「はい到着、お疲れ様」
これまでのごちゃごちゃした所とは一線を画す場所に出た。
部屋を一つ使って置いている、本棚があり、何やら隅から細い線の伸びた絨毯が敷かれ、前面にガラスの張られたような箱が台に置かれて一つ、机の上に一つ……
「なんだかここで生活でも出来そうな部屋ですね」
「外の物で整えた部屋よ、暮らすには足りないものがあるけどそれはおいといて……今回の目的だとこの辺になるかしら」
そう言うと輝夜は本棚を指した。
「紅魔館の図書館には遠く及ばないけど、私の好みでちょっとだけ置いてあるの。 まぁ……多分あの子の見てたのとは違うでしょうね」
「手に取っても構いませんか?」
「ええ、勿論よ」
輝夜の許しを得て文は読み始めた。 が、てゐは動かない。
「貴女はいいの?」
「早苗に見せる時についでに見せてもらおうかとね。 ……でも、この部屋には入れない方がいいかもね」
てゐはゆっくりと部屋を見渡す。
「これって外の世界にある家の中の部屋みたいなものなんでしょ?」
「ああ、あの子は最近こっちに来たから、こういう作りに馴染みがあってホームシックみたいになるかもしれないってわけね。 じゃあここから持ち出して見せるようにしようかしら……」
「そうそう、姫様みたいに未練もへったくれもなくこっちに飛び出してきてるとは限らないんだしねー」
頭の後ろに手を組んで軽い調子でそう言うてゐ。 輝夜はそれに取り合わず本棚を指さしなぞるように動かして確認している。
「あの子が見てたのではないとしても、どういうのなら話の種になるかしらねぇ……」
「数日はここに居るんだから、手の空いた時に訊けばいいよ。 好みで、って言うけどどんなの置いてるの?」
問いかけはしたが文が手に取ったものからなんとなく想像はついた。 奇抜な服装の少年の絵と「宇宙旅行」の文字が表紙に見える。
「宇宙が題材の漫画の類ね。 だからあんまり年頃の女の子が好むものじゃないのよ、未知への冒険みたいなのは男の子の浪漫でしょう?」
「じゃあなんで姫様はそれ集めたのさ」
「月の出だからね、宇宙がどうこう言ってたり、それらしく未来の技術を想像してたりを見るのが楽しいのよ」
文明レベルに関して月はここ地上のはるか先を行っている、それに触れていたから解る感覚か。
「上から目線で見てるって事かねぇ」
「それは違うわ、多分あれよ……昔の人達が百年二百年先に世界はこうなってる、って予想してたのを実際百年二百年先の人達が当たってるだの外れてるだの言って楽しむみたいなもの。 別に見下してなんかいないわよ」
月の価値観を責めるようなてゐの言に、そういうつもりのなかった輝夜は口を尖らせて反論した。
「おっと、それは失礼」
「ま、別にいいけど……じゃ、そろそろ戻りましょうか。 文、貴女は読みたいならここに居てもいいわよ」
「あ、戻るのでしたら私も行きますよ」
元いた部屋に戻ると永琳と早苗が来ていた。
この部屋に居たはずの輝夜・てゐ・文が揃ってどこかへ行っていたとあれば悪戯でも疑われそうなものだが、永琳が咎める事はなかった。
「里に入り浸っていたというのに健康そのもの、きちんと対策していたのが功を奏したようね」
「マスクをしてうがい手洗いもちゃんとしてました!」
「おー、いい子だね」
健康に気を遣うてゐには早苗のその姿勢が殊勝なものに映った、早苗の頭を撫でるてゐ。
そこにシャッター音が響く。 文がカメラを構えていた。
「……失礼、良い絵だったものでつい」
「減るもんじゃないし構わないよ」
「綺麗に撮れていればいいです」
被写体二名は軽く許可する。
「とりあえず今日の所は、里で看病してきた後だと言うしゆっくりしているといいわ。 部屋で休んでてもいいし、皆と何かしてもいい。 てゐ、空き部屋に案内してあげて」
「了解ー」
てゐは早苗を連れて部屋へ案内した。
暇だからか輝夜もついてきて……そして相変わらず文も居る。
「あんたもここに滞在して取材するの?」
理由を訊いてもどうせついてくるつもりに変わりはないだろうとここまで突っ込まずにいたが、流石にこれは確認しないわけにはいかなかった。
「構わないのでしたら、と、言いたい所ですが、朝帰りしては明日椛に小言を言われてしまいますしそろそろお暇しますよ」
「無断で出てきた事は怒られないの?」
「貴女について出て行ったとは誰かしら把握してます。 山から貴女を無事に送り出すまでが仕事、そこからは私的な取材活動……まぁ、問題無いですね」
「それならいいけど」
てゐは早苗の方に向き直る。
「というわけでここに居る間はこの部屋を自由に使ってもらって構わないよ。 敷金礼金入居金一切無しだー。 でも傷とかつけちゃったら別だからね」
金勘定をするような仕草で末尾の一言を付け足した。 輝夜が手を横に振って否定する。
「意図的にやるなんて勿論ないんだし、ちょっと不注意でやっちゃった程度なら気にする事はないわ。 この部屋では自分の家だと思ってくつろいで頂戴」
「働くという事で来たというのにこのようにして頂きありがとうございます」
早苗は深々と頭を下げた。
「半分客みたいなものだしね」
今しがたの発言がなかったように言ってのけるてゐ。
「その客に脅しをかけてどうすんの」
「冗談だよ、姫様がちゃんと補足したじゃない」
「私が言わなかったら訂正しなかったでしょ、貴女」
輝夜は指を突きつけて言うが、てゐは全く動じない。
「うん、否定はしないね」
その上ふてぶてしい返答だ。
「と、こんな子だから気を付けてね」
輝夜の一連の発言はてゐを責めるものではなく、早苗への説明のようなものだった。
「え、ええ、解りました」
「あと足元にも注意しておくといいわ」
「足元?」
抽象的な輝夜の忠告に早苗は首を傾げる。
「油断してると多分早の字がなくなる事になるわね」
「?」
きちんと伝わるように言わない辺り、その様を見たい気持ちもあるのだろうか。
どこに掘っておこうかな、などと考えるてゐだった。
輝夜のコレクションの話はその場では出さずに、一旦部屋を後にする三人。
「じゃあ私はこれで失礼しますね。 てゐさん、また明日」
文が帰って行き、後に残されるてゐと輝夜。
「さて、どうしようかしら」
「ん? どれの事?」
「こんな事になったんだから、お疲れ様会は神社と合同宴会になるでしょ? 鈴仙にプレゼントはまぁ、終わった後にやるとしても何か他に考えなきゃいけなくなったじゃない」
いきなりその部分を考え出すのはてゐには予想外だった。
「余興ならあっちのノリの良さそうな神様がなんかやってくれるんじゃないのー?」
「だったら尚更、うちだって何かしないと」
新たに何かを考えないと行けなくなった、しかも余所が絡む以上は身内だけの時よりも大仰なものを希望する事だろう、てゐは心の内で頭を抱える。
「そうだねぇ……永遠亭と守矢神社って事なら、うちの色を出したモノがいいんじゃないかな」
「たとえばどんな?」
「永遠亭といえば兎がたくさん、妖怪でない兎達に踊りの一つもやってもらえば早苗は落ちるに決まってる。 そうなれば守矢のお父さんもお母さんもご満悦って寸法だね」
余所が絡む、という点から浮かんだ案、もっともらしい説明もつける事が出来た。
これが通れば無茶な要求は飲まずに済むし、案自体も大変なものではない、咄嗟に出したにしてはベストに近いだろう……が
「良い案ではあるけどちょっとインパクトが足りないわね。 貴女と鈴仙もそこに加わって何かしてよ」
「じゃあ私達も踊るとしようか、鈴仙が元気になったら白玉楼に習いに行こうかねぇ」
面倒ではあるが体を張った芸よりは余程マシというもの、踊りの方向でてゐは畳み掛けようとする。
「貴女らしくないお上品な提案ねぇ……」
「痛いのや怖いのは御免だよ、それにうちだけじゃないからこそ穏便な範囲に済ませないといけない。 私や鈴仙が怪我でもしちゃあっちは興醒めだろうからね」
なまじ永琳という名医がいるため危険な要求すらたまにあるのが問題だ。
「それもそうね、じゃあとりあえずはそれで。 他に何か思いついたら言ってね」
「へーい」
他の提案をして妙な思いつきが浮かばれてはたまったものではない、やる気のない返事を返しててゐは逃げるようにその場を去った。
その後……結局この日は早苗に輝夜のコレクションをお披露目する事はなかった。
しばらくしてこっそりてゐが様子を窺った所、里で看病をしてきた後立て続けにこちらへ来た事でやはり疲れがあったのか居眠りをしていたのが大きな要因だ。
数日はあるのだから急ぐ事はない、てゐと輝夜はそう結論づけた。
翌日、早朝。
早苗が早い時間に眠ってしまったのもあっててゐは普段のように健康のための行動サイクルで早寝早起きをし、庭で軽く体操してから鈴仙の部屋へと向かった。
「お? 早くから精が出るねぇ」
そこでは早苗が鈴仙の枕元に座っていた。
「おはようございます。 昨日は早くに休ませて頂いてしまいましたから……」
「気にしない気にしない。 無理は禁物だよ。 無理したらこうなるんだからね」
言って、てゐは鈴仙を指さす。 とはいえ苦しんでいる様子もなく穏やかに眠っているため「こうなる」と言われてもいまいち説得力に欠ける所だ。
「三日前の午後から……でしたっけ、ずっと寝てるんですか?」
「うん、いつもは四日か五日くらい殆ど寝て過ごして回復って感じなんだけど、今回はお師匠様が薬飲ませたのもあって寝っぱなしだね。 でも流石にそろそろ起きるんじゃないかな」
鈴仙の寝顔を見て落書きでもしたいと欲求がよぎるてゐだったが、状況が状況だけに難なく振り払う。
「私は後で山に行ってくるから、お師匠様になんかあるか訊いといてね。 多分姫様と一緒にここにいろって事になると思うけど」
朝食後にてゐは妖怪の山へと出発した。
今回は昼食の準備をしていない、その前には終わる量だ。
山で文・椛と合流して採取地点へ行き、あっさりと必要量を採り終えた。
そしてまたも当然のようについてきた文と共に永遠亭に戻り、文に輝夜達の所行くよう促すとてゐは永琳に報告へ向かう。
「終わったよー」
「お疲れ様、兎に働いてもらっている分どれだけ楽しているか、身に染みたかしら?」
今回の量は普段ならば妖怪兎を引き連れて指揮を執っていれば難なく終わる、それを一人で山まで出向いて三日もかけたのだが……
「まぁ……あんまり実感ないね、天狗もいたし、それに神社へ行って早苗を連れてきたし、ただの薬草採取とは毛色が違いすぎるよ」
その間に少し企みもしただけにどっちが主題なのやら、といった具合だ。
「……貴女はよくやってくれたわ、ご苦労様」
「これで後は鈴仙が起きて、完全回復すれば一件落着だね」
里の治療に関する一連の出来事もようやく終わりが見えてきて永琳も口の端を緩ませる。
そこへ……
「朗報ですよ、鈴仙さんが目覚めました」
文が良い知らせを持ってきた。
てゐ・永琳・文が鈴仙の部屋に着き、輝夜・早苗と鈴仙を囲むように座る。
その間身を起こした鈴仙は目を閉じたまま動いていない。
「取り乱すようだと永琳じゃないと落ち着かせられないと思ったんだけど、もう解いていい?」
これは輝夜の仕業、集めた須臾で構成された時間を鈴仙に纏わせる事で時間が過ぎている事を気付かせていないためだ。
「いい判断ね、有難う。 みんな、悪いけど私だけにしてあとは任せて頂戴」
別室にてゐ・早苗・文、能力を解く関係で少し遅れて輝夜が移動した。
話して落ち着かせるまでに少し時間がかかるだろうからと輝夜がお茶を淹れて来ようとしたが、早苗と文の手前もあっててゐが用意し、一息つく一同。
「ここからが最後の大仕事だねぇ」
お茶をすすりつつそうぼやくてゐ。
「鈴仙さんが目を覚ましたのに、ですか?」
疑問符を浮かべる早苗にてゐは頷いて続ける。
「大変な時に自分だけ寝っこけてたからってすんごく落ち込むんだよ。 今お師匠様が落ち着かせていると言っても調子が戻るまでは何かある度にいじけだすね」
「そんな状況で早苗さんに何をしてもらおうと言うのです? 本調子でない鈴仙さんの代わりをしていたら落ち込む原因になるでしょう」
文の懸念も尤もだ、自分も関わる事とあって早苗は訊き洩らしのないようにかてゐ・輝夜を力強く見据える。 てゐと輝夜は互いに顔を見合わせ、少しの間の後輝夜が口を開いた。
「まず起きた鈴仙の体調についてだけど……薬を飲んで寝てたから疲れの方は取れてるけど、逆にずっと寝てたからこそ体がなまってるのよ。 戻るまでは……寝てた期間が短いから普通に生活するだけか、ちょっとリハビリっぽくするかの差で一日から三日程度ってとこかしらね」
輝夜はそう説明するとてゐの頭に手を置いた。 勢いよく押したような仕草ではないが押しつぶされたように頭を低くしててゐは続ける。
「普通の生活でもいいってのが肝だね。 要は自分はちゃんと働いてないって思わせなければいいんだよ」
言い終えて、てゐは頭上の輝夜の手をぐっと押し上げて離すと、ハイタッチした。
「そこで早苗がいるとちょっとやりやすいってわけね。 実際うちは里の事が片付いて、これからお疲れ様会を開催するのがいつものパターンで仕事らしい仕事はないから、鈴仙とてゐとで早苗の相手をしてもらうとかなんか適当に言っといて……」
今度はてゐの兎耳を軽く掴んでぴこぴこと振る輝夜。
「あとは姫様も巻き込んで余計な事考えないでいいように暇つぶしでもしてればいいって所かねぇ」
「もしかしてお二人共厄介だからって押し付け合ってませんか?」
直球で文が訊ねた。 しかしてゐも輝夜も首を振って否定する。
「どういう方針で行くか示し合せてなかったから、アドリブでどう思ってるのか言ってただけよ」
「右に同じ!」
手を取り合ってポーズを取る二名。
「……神奈子様と諏訪子様みたいにいいコンビですねぇ」
しみじみと言う早苗に輝夜は得意げな顔をした。
「そういうわけだから上手い事鈴仙が落ち込まないように協力していこうか。 あんたも取材か暇つぶしかでここにいるんなら手伝ってくれる?」
てゐの頼みに文は頷く。
「ええ、勿論ですよ。 落ち込まれていては取材も暇つぶしも支障が出ますからね」
永琳が鈴仙を伴って一同の元へとやってきた。
鈴仙は神妙な顔つきこそしているが、永琳が落ち着かせたおかげで今は落ち込んでいる様子はない。
「皆さん、ご迷惑をおかけしました」
そう言って頭を下げる。 そのような言い方を向けるべき早苗や文に対してはむしろこれからだなどと思うてゐだったが、その突っ込みは飲み込んだ。
「そんな事より体の具合はどう?」
訊ねつつもてゐはべたべたと鈴仙の体に触れていく。 触ったからとて何か解るという技術を持っているわけではないのだが。
「寝てたおかげですっかり元通りよ」
「その過信が危ないんだよ。 戻ったと思っても絶対になまってるんだし少しずつ馴らしていかないとね。 そのために山の神様が早苗を寄越してくれたんだから」
てゐの言葉を受けて鈴仙は早苗の方を見て互いに会釈を交わす。
「それにしても早苗と文が来てくれたおかげで五人、結構大所帯ね……鈴仙のリハビリがてら童心に帰って屋内でかくれんぼでもして遊んだら?」
などと、永琳が意外な提案をした。
「え? みんなで遊んでたら永琳の手伝いはどうするの?」
「近くで雑用を頼まれてくれれば楽なのは確かだけど、事後処理の手伝いまでは頼めないもの。 だから早速出かけてくるわ。 貴女達は皆でなくていいけど、鈴仙についててあげて。 鈴仙も変な事考えないで調子を戻す事だけ意識しなさい、いいわね?」
まくし立てるように話し終えると、永琳は出て行ってしまった。
「全くもう、今回はちょっと鈴仙に甘すぎるね」
「頑張らせすぎたって思ってるんでしょ、どう考えても一番辛いのは鈴仙の役目だし」
永琳に続いて輝夜まで、普段よりも鈴仙に甘い事を言っている形だ。
「そんな、指示された分を終える前に寝てしまった私なんて……」
「はいはいそこまで、そういう考え方をしてはいけないと永琳さんが仰ったのですからもっと胸を張って!」
謙遜する鈴仙に文がそう言いながら、腕を添えて無理矢理胸を張った姿勢を取らせる。
「ところでこの後は……かくれんぼですか?」
「それはちょっと、ねぇ……広すぎるし私達が有利だから別の事にしとこうよ」
早苗の問いかけを否定するてゐ、早苗も文も永遠亭の内部を知らないために公平性に欠ける遊びとなってしまう。
「では差支えなければ、鈴仙さんに取材をさせて頂けますか? 作業場を見せて頂いたり、屋内を歩き回りながらであれば少しは体を馴らす運動になるでしょうし」
「え? 取材?」
「里に赴いて治療にあたった永琳さんと使用する薬を作っていた鈴仙さん、いわば里を救った光と影の英雄ですよ、これを記事にせねば文々。新聞の名がすたります」
先程からやけに優しくされたり持ち上げられたりしていて鈴仙はいかにも落ち着かないといった様子だ。 助け舟を求めるように輝夜とてゐを見たが……
「良い事したのが記事になるんなら断る理由もないじゃない」
「このブン屋に目をつけられちゃあ諦めるしかないね」
二人揃って突き放す。
「う……仕方ない、受けますよ。 お手柔らかに頼みますね?」
「有難うございます。 では早速参りましょうか」
文は鈴仙の手を引いてやや強引に歩き出した。
「え? あれ? 私だけ? 姫様とてゐは?」
「早苗さんをもてなさないといけないですからね、貴女の補助という役割と共に半分お客さんですし」
「そんなー……」
消え入るような声を残して引っ張られていく鈴仙に向けて、てゐは手を合わせて頭を下げた。
「……これってもしかして気を遣ってくれたのかな?」
文が取材という形で鈴仙についた事でこちらは早苗に輝夜のコレクションを見せていられる。 てゐを連れていかなかったのは早苗の様子を見たがると察してか。
「勿論新聞のため、きっちり自分も得するようにって意味もあるんだろうけど……ま、それは置いといて、てゐ、例の話を」
輝夜はてゐの頭の上に手の平を置くと、立てては倒してぺしぺし叩いて促した。
「はいはい。 実はね早苗、私が神社に行ったあの時にお宅のお父さんから事情を聞いたんだよ。 こっちに来る前に触れていたものについて話が出来なくて塞ぎ込む事があるって」
「お父さん?」
すっかり御無沙汰のフレーズだろう、早苗は首を傾げる。
「神奈子」
ぶふっ、と、早苗の口から大きく息が漏れた。 肩を震わす様をそのまま少し眺めるてゐ。
「で、うちの姫様は珍品コレクターだったりして、外の物も多少持ってるんだよ。 ちょっと好みの関係で品揃えが偏ってるから早苗が見てたものとは違うんだろうけどね」
「貴女が見てたっていうそのものを持ってはいないでしょうけど同じようなのならもしかしたらあるかもしれないし、貴女どんな物語を見てたの?」
てゐと輝夜が話している間になんとか落ち着いた早苗は一つ大きく呼吸をしてから答える。
「……実は私大きなロボットが好きなんですよ。 未来水妖バザーの件は御存知ですか?」
「ああ、山にでっかいのが現れたアレね」
「そのでっかいアドバルーンをロボットだと思う事にして調査しに行った程でして……あ、話がそれましたね、すみません。 ここに来る前はガンダムとか見てましたねぇ……」
ぴくりと輝夜が反応を示した。
「へぇ、どんな話なの?」
「大雑把に言えば宇宙で暮らすようになった人間と地球で暮らし続ける人間が大きなロボットで戦争するお話しです」
「成程、解ったわ。 じゃあそういったのがあるか探してくるわね」
そう言って輝夜は部屋を後にする。
輝夜のかすかな反応と早苗の説明でてゐは確信した。 コレクションのカバー範囲なのだと。
「この件、紅魔のお嬢さんが関わってるわけじゃないよね?」
「レミリアさんが?」
「こんな変わった所なんで正確に射抜いてるかなー……」
輝夜のコレクションが早苗の知る物語とは別のものしか無かろうと、早苗を喜ばせる事は出来るだろう、てゐはそう思っていた。
早苗はどのように喜色を示すか、それを受けて輝夜はどう反応するか、興味はそれと、見た後にどうからかう事が出来るか、その二点であった。
だが……
「輝夜さんはどのザクが好きですか?」
「えらくピンポイントに突いてくるわね、邪道かもしれないけど安直にボルジャーノンを推すわ」
「あー、月繋がりで」
「そういう事。 だからちょっと選択がよくないわね……宇宙世紀のガンダム縛りなら貴女は何を選ぶ?」
「うーん、そうですねぇ……」
……と、こんな具合でてゐには全く解らない。
二人共楽しそうに、嬉しそうに話しているのはいいのだが……とりあえず話し込む二人が何を言っているのか理解するために輝夜が持ってきた本を読んでみようにも問題がある。
多い、やたらと多い。 漫画から文庫本まで、あの歩きにくいコレクション部屋を通って持ってきたとは思えない程だ。 これでは何から手をつけていいか解らない。
今この場で追いつける量ではない、確実に。
(こんな事なら鈴仙の取材の方についていけばよかったかな)
いずれにせよ話についていけないのだからとてゐは適当に漫画を手に取って読み始めた。
漫画を何冊か読み終えた頃、てゐは白熱する議論を続ける輝夜と早苗を置いて部屋を後にした。
しかしその理由は話についていけない中に居る事に嫌気がさしたなどという事ではない。
「……あれ?」
裏口の方から永遠亭に入ってくる者に気付いたからだ。 そしてそれは意外な人物だった。
「魔理沙、インフルエンザの具合はもういいの?」
薬を処方したのは三日前、如何に永琳仕込みの鈴仙製とはいえどもこうして動き回るにはまだ早いはずだ。 早いはずなのだが現実に魔理沙はここにいる、アリスを向かわせた甲斐があったという事か。
「げ、見つかった……」
何故か唐草模様の風呂敷で顔を隠した出で立ちで大きな袋を背負っている。 どう見ても何かを「借りて」行こうとしている様にしか思えないが……
「この通り、おかげさまですっかりよくなったわ。 まずはお礼を言いにと思ってたんだけど、丁度永琳が訪ねてきてちょっと頼まれたのよ」
魔理沙の後ろからアリスが現れた。 こちらは沢山の人形が酒瓶を持っている。
永琳に会っての事なら魔理沙の病状も快癒したという判断だろう、心配はいらないらしい。
「その荷物からすると宴会の準備?」
「そう、月の頭脳と山の神様が共同で用意したものを私達が運ぶって手筈」
するとつまりアリスからてゐへのお礼は永遠亭の手伝いをするという形で永琳に意図せず横取りされた事になる。 てゐは心の内で肩を落とした。
「で、魔理沙はなんでこんな珍妙な恰好を?」
「出来るだけお前達に見つからないようにって言われてな。 特に鈴仙には」
先程言っていた事後処理とは勿論この事ではない。 こんな事をしていると悟られないためにも永琳は自分達に雑用すらさせないつもりだろうとてゐは理解した。
鈴仙が辛い役目を負っている事を気にかけていたが対策はしていなかった、今回途中、それも終わり際にリタイアした事で罪悪感が一気に噴出した形か。
「無事にやり遂げたら宴会に参加していいって言われてるんだ、頼むから皆にバラさないでくれよ?」
「そりゃ勿論だよ」
こんな事が鈴仙に知られれば、それこそ寝てたのに申し訳ないなどと言い出して落ち込んでしまう。
「……そういう事なら、私もこっちに合流した方がいいんじゃないの?」
「なんでだ?」
「泥棒まがいに潜入して荷物置いて立ち去る事を繰り返すなんて難しいでしょ、案内と露払いくらいしてあげるよ。 さしあたってはしばらくの間だけどね」
永琳が指定した部屋に荷物を置いた後、てゐは輝夜達の所にこっそりと「こっちは心配要らないようだから魔理沙の様子を見に行ってくる」とメモを残してから魔理沙とアリスについて外へ出た。
「それにしても魔理沙、随分治るの早いね」
「そうなのか? さっき永琳に最後の仕上げって注射されたんだが……」
「起きて動けるようになってもまだ人にうつしちゃうんだ。 それを防ぐための薬だろうね」
魔理沙が押しかけてきてアリスに看病に向かわせた事は永琳に話していた、協力してくれると踏んで様子見がてら寄って行ったようだ。
「ほんとはもうちょっとかかるはずなんだけどねぇ、アリスの看病のおかげだね」
「大した事してないわよ」
「どんな風にしてたの?」
永琳や鈴仙程ではないがてゐも対処について少しは心得がある、アリスの看病はどんな具合だったのかが気になった。
「氷嚢を用意したり、飲み物を用意したり、派手な寝返りで布団から出ちゃったらかけなおしたり、部屋を乾燥させないように気をつけたり、きちんと栄養のある食事を用意したり……」
「うん、大した事してるってよく解ったからもういいや」
魔理沙の方を見やると驚いた顔をしている。
「お前、ただここに居るだけですよって顔しといてそこまでしてくれてたのか……」
「私が病気で臥せったりする事があればその時はよろしく頼むわ。 貴女が全部でなくていいけどね」
手をひらひら振ってアリスは軽い調子で言った……本心だろうか? てゐは確信に近い疑いを向ける。
「パチュリーでもつれてくか……」
「動いてくれるのかしらね」
「ところで魔理沙もやけに鈴仙の事気にしてくれてたけどなんで?」
てゐは試しに話題の転換を試みた。 アリスは特に慌てる素振りもなく涼しい顔をしている。
「ああ、風邪っぽいなーって思ってたらなんかやたらとキツくなったしな、私は誰か来なければ家で一人だろ? お前がアリスを呼んでくれたおかげでそうじゃなかったが、それは置いといて、永遠亭なら鈴仙だけじゃなくてお前達もいるんだから、誰かがそばにいれば……」
「寂しい思いをしなくてすむ、と」
言い淀んだ魔理沙の言葉をアリスがすぐに付け足した。
「う」
「ふーん、目を覚ました時に手を握って来たと思えばそういう事だったのね」
にやにやするアリス、魔理沙はそっぽを向いたがすぐにうつむいて唸りだす。
「くっそー……お前達も重い病気で苦しんでみろってんだ」
「私は健康に気を遣ってるからそんな事はまずないねー」
「病気で辛い時に一人じゃ寂しいのは当然の事よ、別に顔を赤くする事ないじゃないの」
すぐに話題が元の流れに戻った。 無理に変える事もないかとてゐは静観に移る。
「いや恥ずかしいだろ普通、なんでお前平気なんだよ!」
「本当にそうなれば恥ずかしく思うかもしれないわね」
「言ったな!? お前が病気で寝てたら気合入れて看病して恥ずかしくさせてやるから覚悟しとけ!」
「はいはい、楽しみにしてるわね」
「楽しみにすんな!」
結局こういう流れになると思っていたのだろうか、うちの連中も魔理沙くらい解り易ければいいのに、などと考えてしまうてゐだった。
「貴女も手伝ってくれるのね、有難う」
「いや、そこはちょっとくらいさ、「てゐ!? どうしてここに……!?」とかびっくりしてくれないの?」
妖怪の山から少しはずれた人通りもないような森の中の地中に、人為的としか思えない形をした空洞があった。
神奈子や諏訪子によるものだろう、ここへ入ってくるなり永琳は解っていたかのようにあっさりとてゐを出迎えた。
石で出来た机のようなものに腰掛けていた、今は永琳が必要なものをリスト化し、姿の見えない神奈子と諏訪子は早速妖怪の山で調達しているといった所か。
「貴女はいつだってうちに来るお客さんに真っ先に気付いてるじゃない、魔理沙とアリスが潜り込んだって気付くと思う方が自然でしょう?」
「うん、お師匠様に普通の人っぽい反応を求める方が間違いなんだね」
辺りを見渡すと一旦ここに集めたものを魔理沙とアリスが運ぶという事になっているらしい。 鈴仙の調子が戻らねばならない関係上まだ本格的な準備段階ではないようだが。
「とりあえず今ある分だけでいいわ、てゐ、しっかりやって頂戴ね」
「合点承知」
……今回の件で輝夜と早苗が、永琳と神奈子・諏訪子の間に交流が出来た。
後者はともかく前者は今後も折につけ続いていくと見る方が自然だ。
(とすると私は魔理沙とアリスに、ってとこになるのかねぇ)
などと思うてゐだったが……
「それよりも一通り終わったら鈴仙にだね、うん」
里の治療もあってここの所すっかりご無沙汰だ。
いっそ早苗と共に……それもいいかもしれない。
落とし穴を掘る場所を見繕っておかないと。
みんな愛されてるなぁ。
特に目立った誤字などもありませんし、話の流れも分かり易くて……いや、ちょっと守矢組の関わり方が強引だったかな?
転じて文がややしつこかったかなとも思ったけど、まあ文だし。仕方ないね。
いつも楽しく読ませて頂いていますよ。