ギイィ、と音をたてながら、紅魔の図書館の重々しい扉がゆっくりと開かれ、白黒の衣装に身を包んだ影が内部へ侵入する。
しかしその影はこそこそと隠れることもなく堂々と、部屋の中央のソファに腰掛け背を向けるこの図書館の主のもとまで歩いて行った。
「……来たわね魔理沙」
背後に気配を感じ取り、この部屋の主、紫の魔女は静かに言った。
そして、魔理沙と呼ばれた侵入者も、にやりと笑った。
「それにしても驚いたな。あの門番、何も言わずに通してくれた」
「美鈴には貴女を通すように伝えておいたから。心おきなく決闘ができるようにね。それと、審判は小悪魔に任せたから、きっと影からこっそり見ているわ」
「それはそれはご丁寧にどうも。でもその決闘もあっという間にゲームオーバーだぜ?」
言いながら、白黒魔法使いは未だ振り向くことすらしないこの部屋の主の背中にマジックアイテムを押しつける。
ミニ八卦炉。彼女が魔法を使う際に利用するマジックアイテムだ。
「命まで取りはしないさ。ただ、おとなしく降参してくれればそれでいい。そして約束通り、勝者のわたしに昨日のアレを渡しておしまいさ。アリスはいらないと言っていたが、わたしはどうしてもアレが欲しくってな」
「アリスは来ていないのかしら?」
「……む」
背中にミニ八卦炉を押しつけられているにしては、魔女はいやに落ち着いていた。
ひょっとして「お前には撃てっこない」とでも思われているのだろうか。
「あまりわたしを見くびらない方がいい。命までは取らないと言ったが、痛い目には遭うぜ? そうだな、レーザーが肩を貫くくらいはあるかもしれない」
「お好きにすれば? 貴女が撃ってくるまで、わたしは逃げも隠れもしない」
背中越しに話しかけているため顔は見えないが、魔女の声は不気味なくらい冷静だった。
だがこうなってはもはや退くことはできない。覚悟を決めて、ミニ八卦炉を魔女の肩に押し付け光を放つ。
細いレーザーが、魔女の肩を貫いた。
「……っ!?」
驚いたのは、白黒魔法使いの方だった。
ミニ八卦炉より発射された光線は確実に魔女の肩を貫き、そして魔女は前のめりに倒れた。
しかし、異変はそれだけでは無かったのである。
「パチュリーの体が……崩れた……?」
前のめりに倒れた魔女の体は、床に落とした花瓶のようにそのままバラバラに割れたのである。
「あら? 何を驚いているのかしら?」
「うぐっ!?」
背後から声をかけられ、咄嗟に振り向く。
しかしその時には既に、紫の魔女の放った魔法が白黒魔法使いの体に直撃していた。
そのまま床に倒れ込んだ白黒。魔女は少し離れた本棚の影から姿を現し、突っ伏す彼女のもとまでつかつかと歩いた。
「ざまは無いわね魔理沙。ここはわたしのホームグラウンドなのよ? 囮くらい用意するに決まってるじゃない」
「囮……?」
苦しそうに言葉を吐き出す白黒を見下ろしながら、魔女は威高に笑った。
「そう、囮よ。貴女がさっき壊したあれは、わたしの姿に似せたゴーレム。残念だったわね、これでわたしの勝ち。昨日のアレは、わたしが頂戴するわ」
「……どうかな?」
「えっ?」
諦めていない声は、目の前に倒れる白黒から聞こえてきたものでは無かった。
それどころか、先ほどまで息絶え絶えに呼吸していたはずの白黒は、もはやピクリとも動いていなかった。
「これは……人形!?」
「ご名答」
「だが」
「今さら気付いた所で」
「もう遅いんだがな」
慌てふためく魔女の四方から、同じく白黒魔法使いの衣装に身を包んだ影が四人歩いてくる。
いずれも、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「面白いだろ? アリスからラーニングさせてもらった」
「霧雨魔理沙型人形一分の一モデルとその操り技術」
「魔法で声を出すようにも操れるすぐれもので、どれが本体かも分からない」
「ミニ八卦炉のレプリカだってまあまあの威力だったろ?」
「い、いつの間にこんな人形がわたしの図書館に……?」
困惑する魔女。
その顔が面白かったのか、四人の白黒は全く同じタイミングで全く同じように笑った。
「簡単な話さ」
「足繁くここに通わせてもらってるわたしなら」
「悪戯でこっそり人形を置いて行くなんて造作もない」
「まあ、お前やお前の使い魔に見つからないよういくつかカモフラージュはさせてもらったがな」
「まんまと一杯喰わされたってわけね……」
吐き捨てるようにそう言って、魔女は忌々しげに舌打ちした。
一方で四人の白黒は喜々とした面持ち。ミニ八卦炉を魔女に向け、ぴったりと声を合わせて言い放つ。
「「「「さあ、負けを認めて昨日のアレを渡してもらおうか!」」」」
「…………」
押し黙る魔女。
だがそれも束の間、突然似つかわしくない大きな声で笑い出した。
「「「「……何が可笑しい?」」」」
「ふふふ……可笑しくてしょうがないわ。だって、もう勝った気でいるんだもの」
「それはどういう……うわっ!?」
「な、何だ!?」
「くそっ!」
「ぎゃあ!?」
魔女の言葉が発せられるや否や、周囲から雨の如く魔法が飛んできた。
それも四方八方などと生易しいものではない。まるで360°全体から一人の魔女と四人の白黒をめがけて飛んできたようだった。
「しまった、一体やられた!」
「しかも……」
「さっきまでのパチュリーもゴーレムだったのか!?」
一体の白黒人形の脱出が遅れ、三人になった白黒が悔しそうに言う。
先ほどまで四人の白黒に囲まれていた紫の魔女も雨の如き魔法の被害に遭ったが、その姿は崩れ去ったゴーレムに過ぎなかった。
なおも続く魔法攻撃の中を三人の白黒が飛びながら避けていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「足繁くこの図書館に通う貴女が人形を置くことができたのなら、ここに住み続けているわたしは何を置くことができるかしら? ふふ、見るがいいわ!」
「これは……」
「何というか……」
「うわあ……」
本棚の影から次々と湧き出てくる紫の魔女の姿。
それも10や20では収まらない、夥しい数。
「本体含めて108の魔女の攻撃を貴女はいつまで避け続けられるかしら?」
「108っつっても」
「もう二体壊れたから」
「あとは106だろ?」
白黒たちは悠々とそう言ってのけた。
同時に、三人の白黒は空を飛んで弾幕をかわしながらそれぞれ攻撃を仕掛ける。
三人の攻撃は三人の魔女に当たり、攻撃を受けた魔女たちは音をたてて崩れた。
「これで」
「残りは」
「103だな」
「面白いわね……その強がりは一体いつまで続くのかしら?」
残り103となった魔女たちの魔法が一斉に三人の白黒へ襲いかかる。
白黒たちはそれをたやすく避けていった。
「甘い甘い」
「さっきの不意打ちならともかく」
「そんな単調な攻撃じゃあ当たらないぜ!」
魔女たちの対空攻撃を避けながら反撃し、虱潰しにゴーレムを破壊していく。
確かにゴーレムたちの攻撃はあまりに単調すぎた。それに引き換え白黒人形たちは数が少ない分精密に操作する事ができる。
その結果、ゴーレムたちの攻撃が当たる気配は一向に無く、三分の一ほど減ってしまった。
しかし、ゴーレムたちに紛れて単調な攻撃を繰り返す本物の魔女にとって、これくらいの犠牲は想定内であった。
「そんな!? また一体やられた!?」
「ええい、こうなったら仕方無い!」
単調で、いくらでも避けられ続けるはずだった攻撃が一人に当たってしまった。
それは人形だったのだが、これ以上の戦闘続行は不可能と判断し、魔女の中の一人に突撃させる。
ゴーレムがまた一体破壊された。
「こちらは残り71。少し壊されすぎたけど、そっちはあと2ね。どうする? まだ続ける?」
「まだまだ!」
「勝負はこれから!」
「ふふふ……まだ気付いていないのね……」
まだ勝負を捨てるつもりのない白黒たちに、魔女は冷笑を浮かべる。
「えっ!?」
「のわっ!?」
魔女たちの攻撃が、今度は両方の白黒にも当たった。その衝撃で、二人ともミニ八卦炉を落としてしまう。
慌てて降下して拾おうとするが、その隙を見逃す魔女では無かった。
「くっそ~……」
「囲まれた……」
床に着地しミニ八卦炉を拾おうとするまさにそのタイミングで、残り71の魔女たちが一斉に集まってきた。
背後は大きな本棚が道を塞ぎ、左右正面さらには上空では紫の魔女たちが今にも魔法を放たんと構えている。
蟻の子一匹通さない布陣。そのせいで二人の白黒は微動だにできず、ミニ八卦炉を拾うこともできなかった。
そんな中、二人を取り囲む魔女たちの内の一人が口を開いた。
「チェックメイトね」
「お前が」
「本物のパチュリーか?」
返答の代わりに、一筋の魔法が片方の白黒を貫いた。
貫かれた白黒はその場に崩れ落ち、その正体を露見させた。
「これで人形は全部壊れたわ。……ああ、答え合わせがまだだったわね。いかにもわたしが本物のパチュリー・ノーレッジよ」
とうとうパチュリーは自身の正体を明かした。そしてその証拠にと、ゴーレムには真似できない強い魔力を誇示して見せる。
しかしながら白黒には他に気になることがあった。
「お前、どれが人形か見抜いていたのか?」
「舐めてもらっちゃ困るのよ。隠してたつもりだろうけど、貴女が指を動かして他の人形を操っていたのは一目瞭然だったわ。アリス本人の魔法ならともかく、貴女の付け焼刃の魔法なんて通じない。わざと単調な攻撃をして、少しずつ追い込んでいた事にも気付いてなかったみたいだし」
「参ったな……」
バツの悪そうに笑う白黒。しかしその顔は、まだ諦めているという風では無かった。
「やっぱりわたしにはわたしらしい魔法があるってことだな!」
「何をする気!? このまま降参すれば痛い目に遭わなくて済むわよ!」
「ご忠告ありがとう。でも、わたしだってアレがどうしても欲しいんでな!」
そう言い放ち、機敏な動作でミニ八卦炉を拾い、71の魔女たちへ向ける。
だが、その発射口から魔法が撃たれることは無かった。
「……馬鹿な子ね」
本体を除く70のゴーレムパチュリーたちの放つ魔法が白黒に襲いかかり、辺りは煙に包まれた。
その煙も直に消え去り、パチュリーは様子を見に行く。対して強い魔法でもないので、よもや死んでいることはあるまいが、怪我をしたかもしれない。
そこでパチュリーが目にしたものは、あまりにも予想外の物だった。
「これは……」
「魔理沙そっくりの人形ね」
「……っ!?」
耳元で囁かれた言葉。そして首筋にはナイフを持った仏蘭西人形。
背後を取られて姿こそ確認できないが、パチュリーはすぐに声の主が誰か分かった。
「ア、アリス……」
「この勝負、わたしの勝ちね。滅多なことは考えない方がいいわよ。貴女は完全に包囲されている」
「うっ……」
ゴーレムたちを動かそうとしたパチュリーの意図は完全に読まれていた。
首筋の仏蘭西人形の他にも、パチュリーのすぐ近くには数体の仏蘭西人形たち。
いずれも小さなサーベルやレイピア、ニードルランスなどを持ち、そしていずれもその切っ先をパチュリーへ向けていた。下手なことをしたらすぐにでも刺すぞと言わんばかりに。
「ま、魔理沙はどこ?」
「魔理沙は最初から来ていないわ。貴女が今まで戦っていた相手は、全部わたしの操っていた魔理沙型一分の一人形よ」
「全て貴女一人に踊らされていたというの……?」
悔しそうに唸るパチュリー。
そんなパチュリーにアリスは、ここまでに至る種明かしを始めた。
「魔理沙ほどではないけどたまにこの図書館に遊びに来ていたわたしがふざけて人形を置いていったのよ。いつ気付くかなと思ってね。まさか今日の決闘に役立つとは思ってなかったけど」
「むう……」
「なかなかの出来栄えだったでしょ? 手前味噌だけど、見せかけだけで適当に作ったミニ八卦炉の模造品も割と本物に似てたし」
「言動も魔理沙っぽかったし、確かに騙された……」
「魔理沙人形の内、一体だけ指を動かして他の人形を操っているように見せかけたのは、貴女に余裕を持たせるため。流石にあんなにたくさんのゴーレムたちに紛れられちゃどれが本物か分かんなかったから、油断させるためにね」
「それにわたしが引っかかったと……」
「そうそう。昨日のアレについてだけど、いらないと言ったのは魔理沙の方。でもわたしはどうしてもアレが欲しかったから、こうしてやって来たわけ」
「…………」
パチュリーは押し黙った。押し黙りながら、この状況の打開策を考えた。
しかし、刃物を持ったアリスの人形に取り囲まれては、最早打つ手は無かった。
「……分かった、降参よ。昨日のアレは貴女にあげるわ」
「やった」
パチュリーの降伏を受けて、アリスは人形たちに刃物を下げさせた。
解放されてなお悔しそうなパチュリーであったが、もうどうしようもない。
その時、大きなホイッスルの音が鳴り、どことなくサッカーの審判っぽい服を着た小悪魔が首から笛を下げて駆けてきた。
「はーい。それではアリスさんの勝利ということで、約束の景品です!」
「ありがたく貰い受けるわ。文句ないわよね?」
「……好きにすればいいじゃない」
ジト目で、皮肉たっぷりに言うパチュリーの言葉も、アリスの耳には届いていないようだった。
アリスは至極嬉しそうに、小悪魔から景品である昨日のアレを受け取っていた。
昨日のアレとは、白い紙に包まれた、小さなメダル状のもの。
アリスは丁寧に包みを開いていった。
「やったー。どうしても欲しかったのよね。昨日のお茶会で残った最後のクッキー」
「うう……それは昨日のお茶会をセッティングしたわたしこそ食べるべきだというのに……」
「うるさいわね。そんなに言うんだったら余らないように用意すればよかったじゃない」
昨日のアレ。
お茶会最後のクッキーを大事に大事に味わいながらアリスが言うと、パチュリーはだって、と答えた。
「仕方ないじゃない。本当ならわたしと貴女と魔理沙と、命蓮寺の聖白蓮の四人の魔法使いでお茶会を開く予定だったのに白蓮が急用だか何だかで来れなくなって。クッキーは四人分で40枚用意したのに三人じゃ余るわよ」
「まあ、何にせよ最後のクッキーは約束通り決闘の勝者であるわたしが頂いたから。でもまさか魔理沙がいらないって言うとは思わなかったわ」
「わたしも魔理沙は絶対に決闘に来ると思ってたから、騙されてしまったわ」
「一枚のクッキーに命をかける乙女の気概というものが魔理沙には足りないのよ」
「……言えてるわね」
戦い終わってノーサイド。パチュリーとアリスは魔理沙を肴に笑い合っていた。
一方その頃、アリスにクッキーを渡してとっくに下がっていた小悪魔は、小さくため息をついていた。
「これ、全部わたしが片付けないといけないんだろうなあ……」
辺りに散らかっているのは、壊れたパチュリー型ゴーレムの破片や、プスプスと煙をたてている魔理沙型一分の一人形。それに壊れていないパチュリー型ゴーレムもまだ70体ある。
防護魔法をかけてある本は特に問題ないが、やはり一部はあの騒動に巻き込まれ散らかっていた。
「ジャンケンとか、もっと穏便に決着をつける道は無かったのかなあ……」
がっくりと肩を落としながら、とりあえず咲夜に新しく焼いてもらったクッキーを頬張る小悪魔であった。
しかしその影はこそこそと隠れることもなく堂々と、部屋の中央のソファに腰掛け背を向けるこの図書館の主のもとまで歩いて行った。
「……来たわね魔理沙」
背後に気配を感じ取り、この部屋の主、紫の魔女は静かに言った。
そして、魔理沙と呼ばれた侵入者も、にやりと笑った。
「それにしても驚いたな。あの門番、何も言わずに通してくれた」
「美鈴には貴女を通すように伝えておいたから。心おきなく決闘ができるようにね。それと、審判は小悪魔に任せたから、きっと影からこっそり見ているわ」
「それはそれはご丁寧にどうも。でもその決闘もあっという間にゲームオーバーだぜ?」
言いながら、白黒魔法使いは未だ振り向くことすらしないこの部屋の主の背中にマジックアイテムを押しつける。
ミニ八卦炉。彼女が魔法を使う際に利用するマジックアイテムだ。
「命まで取りはしないさ。ただ、おとなしく降参してくれればそれでいい。そして約束通り、勝者のわたしに昨日のアレを渡しておしまいさ。アリスはいらないと言っていたが、わたしはどうしてもアレが欲しくってな」
「アリスは来ていないのかしら?」
「……む」
背中にミニ八卦炉を押しつけられているにしては、魔女はいやに落ち着いていた。
ひょっとして「お前には撃てっこない」とでも思われているのだろうか。
「あまりわたしを見くびらない方がいい。命までは取らないと言ったが、痛い目には遭うぜ? そうだな、レーザーが肩を貫くくらいはあるかもしれない」
「お好きにすれば? 貴女が撃ってくるまで、わたしは逃げも隠れもしない」
背中越しに話しかけているため顔は見えないが、魔女の声は不気味なくらい冷静だった。
だがこうなってはもはや退くことはできない。覚悟を決めて、ミニ八卦炉を魔女の肩に押し付け光を放つ。
細いレーザーが、魔女の肩を貫いた。
「……っ!?」
驚いたのは、白黒魔法使いの方だった。
ミニ八卦炉より発射された光線は確実に魔女の肩を貫き、そして魔女は前のめりに倒れた。
しかし、異変はそれだけでは無かったのである。
「パチュリーの体が……崩れた……?」
前のめりに倒れた魔女の体は、床に落とした花瓶のようにそのままバラバラに割れたのである。
「あら? 何を驚いているのかしら?」
「うぐっ!?」
背後から声をかけられ、咄嗟に振り向く。
しかしその時には既に、紫の魔女の放った魔法が白黒魔法使いの体に直撃していた。
そのまま床に倒れ込んだ白黒。魔女は少し離れた本棚の影から姿を現し、突っ伏す彼女のもとまでつかつかと歩いた。
「ざまは無いわね魔理沙。ここはわたしのホームグラウンドなのよ? 囮くらい用意するに決まってるじゃない」
「囮……?」
苦しそうに言葉を吐き出す白黒を見下ろしながら、魔女は威高に笑った。
「そう、囮よ。貴女がさっき壊したあれは、わたしの姿に似せたゴーレム。残念だったわね、これでわたしの勝ち。昨日のアレは、わたしが頂戴するわ」
「……どうかな?」
「えっ?」
諦めていない声は、目の前に倒れる白黒から聞こえてきたものでは無かった。
それどころか、先ほどまで息絶え絶えに呼吸していたはずの白黒は、もはやピクリとも動いていなかった。
「これは……人形!?」
「ご名答」
「だが」
「今さら気付いた所で」
「もう遅いんだがな」
慌てふためく魔女の四方から、同じく白黒魔法使いの衣装に身を包んだ影が四人歩いてくる。
いずれも、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「面白いだろ? アリスからラーニングさせてもらった」
「霧雨魔理沙型人形一分の一モデルとその操り技術」
「魔法で声を出すようにも操れるすぐれもので、どれが本体かも分からない」
「ミニ八卦炉のレプリカだってまあまあの威力だったろ?」
「い、いつの間にこんな人形がわたしの図書館に……?」
困惑する魔女。
その顔が面白かったのか、四人の白黒は全く同じタイミングで全く同じように笑った。
「簡単な話さ」
「足繁くここに通わせてもらってるわたしなら」
「悪戯でこっそり人形を置いて行くなんて造作もない」
「まあ、お前やお前の使い魔に見つからないよういくつかカモフラージュはさせてもらったがな」
「まんまと一杯喰わされたってわけね……」
吐き捨てるようにそう言って、魔女は忌々しげに舌打ちした。
一方で四人の白黒は喜々とした面持ち。ミニ八卦炉を魔女に向け、ぴったりと声を合わせて言い放つ。
「「「「さあ、負けを認めて昨日のアレを渡してもらおうか!」」」」
「…………」
押し黙る魔女。
だがそれも束の間、突然似つかわしくない大きな声で笑い出した。
「「「「……何が可笑しい?」」」」
「ふふふ……可笑しくてしょうがないわ。だって、もう勝った気でいるんだもの」
「それはどういう……うわっ!?」
「な、何だ!?」
「くそっ!」
「ぎゃあ!?」
魔女の言葉が発せられるや否や、周囲から雨の如く魔法が飛んできた。
それも四方八方などと生易しいものではない。まるで360°全体から一人の魔女と四人の白黒をめがけて飛んできたようだった。
「しまった、一体やられた!」
「しかも……」
「さっきまでのパチュリーもゴーレムだったのか!?」
一体の白黒人形の脱出が遅れ、三人になった白黒が悔しそうに言う。
先ほどまで四人の白黒に囲まれていた紫の魔女も雨の如き魔法の被害に遭ったが、その姿は崩れ去ったゴーレムに過ぎなかった。
なおも続く魔法攻撃の中を三人の白黒が飛びながら避けていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「足繁くこの図書館に通う貴女が人形を置くことができたのなら、ここに住み続けているわたしは何を置くことができるかしら? ふふ、見るがいいわ!」
「これは……」
「何というか……」
「うわあ……」
本棚の影から次々と湧き出てくる紫の魔女の姿。
それも10や20では収まらない、夥しい数。
「本体含めて108の魔女の攻撃を貴女はいつまで避け続けられるかしら?」
「108っつっても」
「もう二体壊れたから」
「あとは106だろ?」
白黒たちは悠々とそう言ってのけた。
同時に、三人の白黒は空を飛んで弾幕をかわしながらそれぞれ攻撃を仕掛ける。
三人の攻撃は三人の魔女に当たり、攻撃を受けた魔女たちは音をたてて崩れた。
「これで」
「残りは」
「103だな」
「面白いわね……その強がりは一体いつまで続くのかしら?」
残り103となった魔女たちの魔法が一斉に三人の白黒へ襲いかかる。
白黒たちはそれをたやすく避けていった。
「甘い甘い」
「さっきの不意打ちならともかく」
「そんな単調な攻撃じゃあ当たらないぜ!」
魔女たちの対空攻撃を避けながら反撃し、虱潰しにゴーレムを破壊していく。
確かにゴーレムたちの攻撃はあまりに単調すぎた。それに引き換え白黒人形たちは数が少ない分精密に操作する事ができる。
その結果、ゴーレムたちの攻撃が当たる気配は一向に無く、三分の一ほど減ってしまった。
しかし、ゴーレムたちに紛れて単調な攻撃を繰り返す本物の魔女にとって、これくらいの犠牲は想定内であった。
「そんな!? また一体やられた!?」
「ええい、こうなったら仕方無い!」
単調で、いくらでも避けられ続けるはずだった攻撃が一人に当たってしまった。
それは人形だったのだが、これ以上の戦闘続行は不可能と判断し、魔女の中の一人に突撃させる。
ゴーレムがまた一体破壊された。
「こちらは残り71。少し壊されすぎたけど、そっちはあと2ね。どうする? まだ続ける?」
「まだまだ!」
「勝負はこれから!」
「ふふふ……まだ気付いていないのね……」
まだ勝負を捨てるつもりのない白黒たちに、魔女は冷笑を浮かべる。
「えっ!?」
「のわっ!?」
魔女たちの攻撃が、今度は両方の白黒にも当たった。その衝撃で、二人ともミニ八卦炉を落としてしまう。
慌てて降下して拾おうとするが、その隙を見逃す魔女では無かった。
「くっそ~……」
「囲まれた……」
床に着地しミニ八卦炉を拾おうとするまさにそのタイミングで、残り71の魔女たちが一斉に集まってきた。
背後は大きな本棚が道を塞ぎ、左右正面さらには上空では紫の魔女たちが今にも魔法を放たんと構えている。
蟻の子一匹通さない布陣。そのせいで二人の白黒は微動だにできず、ミニ八卦炉を拾うこともできなかった。
そんな中、二人を取り囲む魔女たちの内の一人が口を開いた。
「チェックメイトね」
「お前が」
「本物のパチュリーか?」
返答の代わりに、一筋の魔法が片方の白黒を貫いた。
貫かれた白黒はその場に崩れ落ち、その正体を露見させた。
「これで人形は全部壊れたわ。……ああ、答え合わせがまだだったわね。いかにもわたしが本物のパチュリー・ノーレッジよ」
とうとうパチュリーは自身の正体を明かした。そしてその証拠にと、ゴーレムには真似できない強い魔力を誇示して見せる。
しかしながら白黒には他に気になることがあった。
「お前、どれが人形か見抜いていたのか?」
「舐めてもらっちゃ困るのよ。隠してたつもりだろうけど、貴女が指を動かして他の人形を操っていたのは一目瞭然だったわ。アリス本人の魔法ならともかく、貴女の付け焼刃の魔法なんて通じない。わざと単調な攻撃をして、少しずつ追い込んでいた事にも気付いてなかったみたいだし」
「参ったな……」
バツの悪そうに笑う白黒。しかしその顔は、まだ諦めているという風では無かった。
「やっぱりわたしにはわたしらしい魔法があるってことだな!」
「何をする気!? このまま降参すれば痛い目に遭わなくて済むわよ!」
「ご忠告ありがとう。でも、わたしだってアレがどうしても欲しいんでな!」
そう言い放ち、機敏な動作でミニ八卦炉を拾い、71の魔女たちへ向ける。
だが、その発射口から魔法が撃たれることは無かった。
「……馬鹿な子ね」
本体を除く70のゴーレムパチュリーたちの放つ魔法が白黒に襲いかかり、辺りは煙に包まれた。
その煙も直に消え去り、パチュリーは様子を見に行く。対して強い魔法でもないので、よもや死んでいることはあるまいが、怪我をしたかもしれない。
そこでパチュリーが目にしたものは、あまりにも予想外の物だった。
「これは……」
「魔理沙そっくりの人形ね」
「……っ!?」
耳元で囁かれた言葉。そして首筋にはナイフを持った仏蘭西人形。
背後を取られて姿こそ確認できないが、パチュリーはすぐに声の主が誰か分かった。
「ア、アリス……」
「この勝負、わたしの勝ちね。滅多なことは考えない方がいいわよ。貴女は完全に包囲されている」
「うっ……」
ゴーレムたちを動かそうとしたパチュリーの意図は完全に読まれていた。
首筋の仏蘭西人形の他にも、パチュリーのすぐ近くには数体の仏蘭西人形たち。
いずれも小さなサーベルやレイピア、ニードルランスなどを持ち、そしていずれもその切っ先をパチュリーへ向けていた。下手なことをしたらすぐにでも刺すぞと言わんばかりに。
「ま、魔理沙はどこ?」
「魔理沙は最初から来ていないわ。貴女が今まで戦っていた相手は、全部わたしの操っていた魔理沙型一分の一人形よ」
「全て貴女一人に踊らされていたというの……?」
悔しそうに唸るパチュリー。
そんなパチュリーにアリスは、ここまでに至る種明かしを始めた。
「魔理沙ほどではないけどたまにこの図書館に遊びに来ていたわたしがふざけて人形を置いていったのよ。いつ気付くかなと思ってね。まさか今日の決闘に役立つとは思ってなかったけど」
「むう……」
「なかなかの出来栄えだったでしょ? 手前味噌だけど、見せかけだけで適当に作ったミニ八卦炉の模造品も割と本物に似てたし」
「言動も魔理沙っぽかったし、確かに騙された……」
「魔理沙人形の内、一体だけ指を動かして他の人形を操っているように見せかけたのは、貴女に余裕を持たせるため。流石にあんなにたくさんのゴーレムたちに紛れられちゃどれが本物か分かんなかったから、油断させるためにね」
「それにわたしが引っかかったと……」
「そうそう。昨日のアレについてだけど、いらないと言ったのは魔理沙の方。でもわたしはどうしてもアレが欲しかったから、こうしてやって来たわけ」
「…………」
パチュリーは押し黙った。押し黙りながら、この状況の打開策を考えた。
しかし、刃物を持ったアリスの人形に取り囲まれては、最早打つ手は無かった。
「……分かった、降参よ。昨日のアレは貴女にあげるわ」
「やった」
パチュリーの降伏を受けて、アリスは人形たちに刃物を下げさせた。
解放されてなお悔しそうなパチュリーであったが、もうどうしようもない。
その時、大きなホイッスルの音が鳴り、どことなくサッカーの審判っぽい服を着た小悪魔が首から笛を下げて駆けてきた。
「はーい。それではアリスさんの勝利ということで、約束の景品です!」
「ありがたく貰い受けるわ。文句ないわよね?」
「……好きにすればいいじゃない」
ジト目で、皮肉たっぷりに言うパチュリーの言葉も、アリスの耳には届いていないようだった。
アリスは至極嬉しそうに、小悪魔から景品である昨日のアレを受け取っていた。
昨日のアレとは、白い紙に包まれた、小さなメダル状のもの。
アリスは丁寧に包みを開いていった。
「やったー。どうしても欲しかったのよね。昨日のお茶会で残った最後のクッキー」
「うう……それは昨日のお茶会をセッティングしたわたしこそ食べるべきだというのに……」
「うるさいわね。そんなに言うんだったら余らないように用意すればよかったじゃない」
昨日のアレ。
お茶会最後のクッキーを大事に大事に味わいながらアリスが言うと、パチュリーはだって、と答えた。
「仕方ないじゃない。本当ならわたしと貴女と魔理沙と、命蓮寺の聖白蓮の四人の魔法使いでお茶会を開く予定だったのに白蓮が急用だか何だかで来れなくなって。クッキーは四人分で40枚用意したのに三人じゃ余るわよ」
「まあ、何にせよ最後のクッキーは約束通り決闘の勝者であるわたしが頂いたから。でもまさか魔理沙がいらないって言うとは思わなかったわ」
「わたしも魔理沙は絶対に決闘に来ると思ってたから、騙されてしまったわ」
「一枚のクッキーに命をかける乙女の気概というものが魔理沙には足りないのよ」
「……言えてるわね」
戦い終わってノーサイド。パチュリーとアリスは魔理沙を肴に笑い合っていた。
一方その頃、アリスにクッキーを渡してとっくに下がっていた小悪魔は、小さくため息をついていた。
「これ、全部わたしが片付けないといけないんだろうなあ……」
辺りに散らかっているのは、壊れたパチュリー型ゴーレムの破片や、プスプスと煙をたてている魔理沙型一分の一人形。それに壊れていないパチュリー型ゴーレムもまだ70体ある。
防護魔法をかけてある本は特に問題ないが、やはり一部はあの騒動に巻き込まれ散らかっていた。
「ジャンケンとか、もっと穏便に決着をつける道は無かったのかなあ……」
がっくりと肩を落としながら、とりあえず咲夜に新しく焼いてもらったクッキーを頬張る小悪魔であった。
最初は白黒対紫だと思っていたけど話の中頃から何かがおかしいと思いつつ読み進んだら、最後は見事に人形遣いがかっさらっていきおった、と思いきやクッキー一枚賭けた勝負かよ! と最後の最後に突っ込まずにはいられない結末に気持ち良く嵌められました。
クッキー争奪戦に参加しないことを選んだ魔理沙は乙女の気概に欠けるとか言われていたけど、しかしこれだけは言わせてほしい。
お前らそのクッキー一枚のためにゴーレムやら人形やら犠牲にし過ぎでしょう!?
……そして君達の足元にも魔法少女が一人いることを忘れてはならない。
何故呼ばなかったし。
アリスが乱入して来るのは読めたけど、そもそも魔理沙が居ないのは考えて無かったなぁ。
個人的には、陰ながら頑張った小悪魔にクッキーをあげたい
タイトルにふさわしい内容になっていたと思います。
さすがに、何の意味もなくクッキーを譲ったとは思えない。