※ 毎回のことですが誰かしら壊れております。今回は一輪です。一輪好きな方はご注意下さい。
「何か喋れよ」
だんまりを決め込んだまま喋ろうとしない星に、あたしは改めてそう言った。
いや、星はおろか千葉のくせに東京名乗ってる鼠の国の使徒ナズーリン、SかMで言ったらS(佐渡)のマミゾウ、UMAのぬえすらも、何一つ言葉を発さない。
「き・こ・え・な・い・の・か? 耳詰まってんのかお前ら?」
あんまりにも喋らないので、雲山とのコンビネーションによる48の殺人技を駆使して痛めつけてやろうかとも思ったが、そんなことをしたと白蓮姐さんに知れれば、あの人は大層悲しむ。
それはあたしの望むところではない。こいつらの悲鳴や泣き顔や綺麗な液を吐きながらする命乞いを見聞きするのに躊躇いは無いが、姐さんの沈んだ顔は何よりも心にくる。
「いいかお前ら、もう一度言うぞ。あたしの! 一張羅を! こんなカラフルかつビビッドに仕立て直した! その理由を! 簡潔かつ20文字以内で述べよ! 配点は763点!」
「…」
「言えねェってんならあたしにも考えがある。これから一切の家事を、姐さんの分を除いて全て放棄する」
その言葉に、星がぴくりと身体を震わせた。背丈もでかけりゃ胸もでかく、人一倍飯を食う星が、そんな事に耐えられるとは考えがたい。
星でなくとも、生活能力に難がありすぎるこの聖キッズ共のことだ…あたし無しでまともな生活が出来るはずがないのだ。
「どうした星、いいのか? お前に出来るのはせいぜいみかんの皮を剥くくらいだ。三食みかんだ。髪だけじゃなく肌まで真ッ黄色になっちまって、インド人とか呼ばれてもいいのか?」
「インド人の肌は黄色くないじゃろが」
「るせぇ! 喋ったと思ったらインド擁護かこのHey! Say! 狸合戦が! お前そんなインド好きならもうインド行け! そしてインドカレーなんてもんは存在しないって知って流した涙を集めて速しガンジス川、って感じの俳句でも詠んでろ!」
「字あまり」
「国語の先生かてめぇ鼠がァ! んなこたぁ判ってんだよ! 姐さんの俳句だっていっつもそんな感じだろ! でもいいんだよ! 俳句はロックだろ!?」
姐さんの代表作
「白髪染め 節約したら こうなった」
何てリリカルでアグレッシブな俳句だろうか。姐さんのグラデーションが素敵な御髪(おぐし)の秘密は白髪染めの節約にあったという、女性の美しくありたいという願望と、節制を心がける尊い心が結実した金言としか言いようがない。
「お前はどうだぬえちゃんよ、この寺で起きる異変は大抵お前かゴルゴムか乾巧(いぬいたくみ)って奴の仕業だっていうタレコミがあるんだよ」
「…」
「お前キャラ薄いからって今更無口系美少女気取ってんじゃねえよ! しゃぶ…喋れよ!」
「噛みおった」
「しゃぶらせる器官も無いくせに」
「う、うるせえよお前らァ! 揚げ足ばっかり取りやがって! 榛名湖に沈めんぞ! えぇ? それでどうした、ぬえ先輩よォ」
「(ヤツメウナギの蒲焼ください)」
こいつ直接脳内に…!
だめだ。駄目だこいつら。
下手人ということは一目瞭然だが、現場を見ておらずしかも言質を取れない以上、公然と仕置きをする訳にもいくまい。ましてや姐さんが不在の今、有難い説法で自白させることも不可能だ。
雲山でびびらせようにも、見越し入道ということはとうの昔に露見しているし、大塚芳忠みたいな声なんでどうやっても迫力が出ない。せめててらそままさきのような声であったら…!
「どうあっても喋らないってぇのか?」
「…それ以前にお前が何故怒っているのかが、皆目見当がつかん」
いけしゃあしゃあと言いやがったこのげっ歯類…あくまでとぼける気であるらしい。
体中の血液を一度外に出してティファールで沸騰させて脳から輸血したような憤りに震えつつ、あたしは服の裾をつまみ、くるりとターンしてみせた。
「…え、何そのお前らしからぬファニーな動きは」
「群馬の元ヤンが無茶しおってからに」
「うるせえ珍獣ども! 服だよ! この服!」
「(…フォームチェンジ?)」
「なるほど、流行っておるしのう…シャバドゥビ何とかと言って。で? そのフォームは何じゃ、雲居一輪アクセルフォームとかそういう?」
「うわあかっこいい! 私の憤怒フォームみたいなものですか?」
こいつらの基本知識はライダーありきなのか? 石ノ森章太郎御大がいなかったらこいつらの存在はどうなる?
いや、今はそれどころではない。いい加減この不毛なやりとりにも飽きてきた。姐さんが帰って来るまでに全てケリをつけ、何事もなかったかの様に振舞わねばなるまい。
あの方に余計な気遣いをさせるなど…許されないことだ。
「とりあえずライダー関連の発言をした奴はケツを4つに割る。それを踏まえて、よく吟味して喋れよわくわく動物ランドども」
「(私アニモーじゃないけど)」
「うるせぇ和風キマイラ! ダンクーガって呼ぶぞオラァ! あと普通に喋れ。いいか、今朝のことだ…目を覚まして、寝巻きから着替えたらこの服だった」
「地味な服装を恥じ、寝ているうちにしまむらで買ったんじゃないのか」
「この辺りにしまむらはねえよ! 綱島街道沿いにいつの間にか出来ててびっくりしたファッションセンターはねえよ! あと人を夢遊病患者みたく言うんじゃねえよ!」
「作戦中である! ローカルな発言はやめよ!」
あたしはすっかりぬるくなった番茶を一息に飲み干し、みかんを剥いて一口で食べ、星に皮汁攻撃を食らわしたのち、一気呵成にまくし立てていく。
「お前らが夜中にこっそり忍び込んで、すり替えておいたとしか思えない」
「証拠はあるのか証拠は」
「だからこうやって尋問しているんだろうがッ! 今はまだソフトな尋問で済んじゃいるがな、お前らがシラを切り通すってんならこちらにも用意があるんだよ」
「ベルモンドでも読んだ?」
「おまっ…お前、そういうこと言うのやめろよ! とにかく素直に吐いちまえよ、そしたらあたしも出るとこ出ないでおいてやるから」
あたしがそう言うと、星を除くどうぶつ奇想天外どもはあたしの胸の辺りと、星の胸の辺りを見比べて、ゲスな笑顔を浮かべる。
言っておいて何だが失言であった。だがここでまた激昂すれば奴らの思う壺である…あたしは初遭遇の際、使い方の全く理解できなかったティファールを脳内からログアウトさせ、ぐっとこらえて続ける。
「どうしても、どうしても否定するならもう、姐さんに報告して然るべき仏法裁きでケリをつけてもらうしかないね」
「洋服を引っ張りあって、先に離した方が犯人ということですか?」
「コンバット越前は関係ねえよ! 大体何だよその捜査メソッドは! お前もう喋んな星!」
「大岡じゃろ?」
「知ってるよ! 知ってたよ! お前ももう喋んな!」
沈黙が訪れた。
それはほんの数十秒の間の静寂であったが、あたしの怒りゲージは沈黙シリーズ(主演・セガール)のヒロインに抜擢されるほどのハリウッダーっぷりにまで蓄積する。
「…喋れよ!」
「お主が黙っておれと」
「つまんねーことぬかすなって事だよクルァア! いいか、この袈裟の意匠だ! 金と黒だぞ!? 派手なのにもほどがあるだろ!? 生臭坊主と謗られてもいいってのかァアン!?」
「バンシィみたいで格好いいじゃないか」
「お前らをデストロイモードで引き裂いてやりてぇよ! それに何だこの…えーと…よくわからない赤い石は!」
「私はシナンジュが好きです!」
「それな、エイジャの赤石」
「うるせえよ星! ってマジかよ! 何かごっつい三人がこれ狙ってやってくるってのかよ! ってそうじゃねえよ!」
ああ言えば阿久悠とはよく言ったもので、一の言葉を十にも百にもして返してくるこいつらに、一人で相対するのはどうにも不可能なようだ。
そっちがその気であるならもはや、こちらとしても容赦はしない。
あたしはちゃぶ台をばんと叩き、立ち上がった。
「どうした」
「うるせぇビーストウォーズ共! これ以上話しても埒があかねぇ、姐さんの帰りを待つ!」
その言葉を受け、グレートハンティング共はお互いに顔を見合わせ、茶を啜って、妙な笑顔を浮かべた。
なんだお前ら。物凄くイラっときた。まぶたの辺りがピグピグいってる。
「いや、その…なんだ。白蓮帰って来たらな、お主きっとまともじゃいられんじゃろ」
「何でだよ! お前らこそ五体満足でいられると思うなよ、然るべき裁定が出たらな、お前らのケツを最低でも六つに割る!」
「ああ、裁定だけに」
「やかましい!」
その時である。
玄関の扉がガラリと開く音がし、続けて姐さんのよく通る美しい声を、あたしの耳が察知した。
やっと帰ってきたのか! おそい! きた! 姐さんきた! メイン僧きた! これで勝つる!
あたしはいきもの地球紀行どもをギロリと睨んで牽制すると、部屋を飛び出し姐さんを出迎えに走る。
「ただいま戻りましたよ、一輪」
「おかえりなさい姐さん! お風呂にします!? それとも夕餉? 野菜オア穀物? それとも説法!?」
「あらあら、随分と興奮していますね一輪。ふふ、何か良いことでもあったのですか?」
あったとも。あたしの全ては姐さんのものだ。顔を見れば心拍数は上がり、声を聴けば鼓膜がアヘり、その香りを嗅げば胸いっぱいに広がるヒジリ・アトモスフィアがえもいわれぬ至福をもたらすのだ。
たった数時間顔を見なかっただけであるが、されど数時間だ。喜ぶなと言われてもそれはハードなクエスチョンである。
「そりゃあもう! さ、まずはお茶を淹れますので、茶の間へどうぞ」
「皆もいるのですか」
「響子は山へ柴刈りへ、ムラサは川へ洗濯へと行っておりますが、あとの富士サファリパーク共…いや、あとの面々はおります」
姐さんはそうですか、と言い残し、にっこりと笑って茶の間の方へと歩いていった。
それを見送ったあたしは鼻息も荒く、厨へと向かって茶を淹れる準備にかかる。
◇
「はいどうぞ、加藤茶です。なんつって!」
「…何そのテンション」
「お前らはぬるま湯でいいな。火傷しないよう気遣ったあたしの優しさに涙しろ、そして崇めろ」
「断る」
「ハハハ、ですってよ姐さん。さてお前ら覚悟は完了してんだろうな?」
「(めっちゃ調子こいてる…)」
姐さんは相変わらずの柔和な笑顔で茶を啜り、コトリと湯飲みを置くと、改めて一同を見回した。
あたしはそのタイミングを見計らって立ち上がると、姐さんの前に立って、くるりとターン。
「姐さん、よく見て下さい」
「はい、何をでしょうか」
「この服と袈裟です。ついでに頭巾も」
「ああ、なるほど。良く似合っていますよ」
いや、そうじゃない。似合ってると言われて反射的に噴射しそうになった各種液体を気合で制御しつつ、あたしは袈裟をつまんで見せる。
「朝起きたら、いつもの服がこれにすり替わっていたのです」
「はい」
「着れぬようなデザインではないし、何か仕掛けがあるわけでもないのですが、寝ている間にというのはおかしいと思いませんか」
「…確かに」
「そうでしょうとも。着ろと言われれば私とて満更ではありません、しかし幾らなんでも、寝ている間というのはどうかと思います」
姐さんは頬に手を当て、若干ではあるが困ったような表情を見せる。
ふっ、チクシャウ共め、姐さんを困らせたな。お前らのケツの寿命は尽きたぞ。今まさにナウ!
「…ごめんなさい一輪」
「オラー聞いたか畜生道ども! ごめんなさいだ。謝罪を意味する言葉だぞ、ちょっと待ったコールは無かったな、ごめ…うん…ごめんなさい?」
あたしはゴギギと首を170°ほど捻り、ごめんなさいの言葉を発した姐さんを見やる。
なにゆえ? なにゆえ姐さんが謝るのか? 毛穴という毛穴からあふれ出る慈悲によって、このけだものだもの共の罪を被ると、そう仰られるのか?
それってつまり仏ではないか? 姐さんが…姐さんが仏陀だというのか!? 英語で言うとライク・ア・ブッダだというのか?
青い鳥は結局自宅にいたという出オチもいいところな童話があったが、まさか仏が在宅勤務していたとは驚きだ。正に目からウロコである。
「(おせちもいいけどカレーもね)」
ゴータマ・シッダールタ先生ーッ!?
あたしの脳裏に、今正ににゅ…何だっけ…νガンダム…ともかくニューなんとかせんとするゴータマ先生が浮かび上がり、そしてにこやかに微笑みつつそう言った。
「は、それはつまりどういう」
「貴女の衣服をすり替えたのは、私なのです」
「は…」
堰を切ったように溢れてくる各種液体を、それでも何とか留めつつ、私は精一杯の力で姐さんに訊ねた。
「…にゃにゆえ?」
「一輪はこの寺のため、皆のため、そして私のために…いつも頑張ってくれていますね」
「ひゃい」
「それなのに、少しのおしゃれもせず、地味な服装でいつも過ごしていて…」
「ふぁい」
あたしはそれだけで大体のことを理解してしまったが、身体はいう事を聞かない。
脳はエンドルフィンをジョッキ単位で放出し、心臓は一秒間に16連打で脈動し、膝は震え、視界は桃色に染まっていく。
十万億土というのは正にこういった感覚を四六時中味わえるようなエクストリームな場所なのであろうか。
ああ、つまり姐さんは…
「ですから、あなたに内緒で、それを繕っていたのですよ」
何と言うことであろうか。
姐さんはこの不肖、雲居一輪をねぎらうため、袈裟諸々を自らデザインし、布を吟味し、そして自らの手で縫い上げてくれたのだ。
光栄…凄まじい光栄…今までの人生で…これ以上の出来事はあったろうか…
しかしあたしはそれを知らず、やれビビッドだのバンシィだのと罵っていたわけか…
嬉しさと申し訳なさが、身体中をマッハで駆け巡る血液に乗って行き渡っていく。
もう…もうゴールしてもいいよね…
「本当は昨晩渡そうかと思っていたのですが、最後のチェックをしていたらどうしても直したい所を見つけてしまい…結局仕上がったのは深夜だったのです」
「ファ」
「だから、貴女を起こさぬよう、身体能力を強化して忍び込んで、4秒でケリをつけました」
「フ…ア…」
もはや立っていられない。
あたしは天上の声が如く響く姐さんの声を聴きながら、自分でもわかるくらいゆっくりと倒れ、そして…
各種液体を放出したのだった…
◇
「一輪、カレーには何が合うと思うかね。釈迦的にはラッキョウだと思うのだが」
「やはり福神漬けでは?」
「それは正しい。しかしあまりにも無難すぎる…悟りを得た今でも、それについては思い悩むのだよ」
「両方乗せればいいのでは」
「…その手があったか…! 負うた子に教えられとはこういうことを言うのだね。釈迦マジ感激したから帰るね、56億7千万年後にまた会おう。弥勒きゅんと一緒に来るから。それまでは白蓮ちゃんを支えてあげなさい」
「ウス、お疲れっした!」
「は…! 夢か」
お釈迦様との熱いカレー談義から目を覚ませば、そこには見慣れた天井があった。
あたしは各種液体を放出したのち、気絶してしまったらしい。ああでも、下半身方面は我慢できたから大惨事には至ってないはず…
枕にふと手をやる。しかしそれは枕ではない。何かもっと別のものであった。
「座布団か?」
「起きましたか一輪」
「おはようございまウワァアアアアア!?」
あたしは枕が何であるのかということを一瞬で理解し、自分でも判るくらいの大声を上げてしまった。
姐さんの膝枕である。姐さんの膝枕である!
恐れ多くも聖尼公、聖白蓮その人のお美膝(ひざ)に、群馬出身元レディースの頭を乗っけているのである。これは由々しき事態である。
しかし、ああ、だがしかし…姐さんは私の頭を優しく撫でながら、膝をどけようとはしない。
さっきあらかた放出したおかげで、悪心を催す各種液体のストックは尽きていたのが幸いした。これでもし姐さんの召し物を汚しでもしたら、それこそ叫喚地獄行きだろう。
あたしは深く息(と姐さんの香り)を吸い込み、ゆっくりと吐き出して、姐さんの顔を見た。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。問題ありません」
「それはよかった。急にその…噴水みたくなったもので」
「ハハ…嬉しさのあまり、何かこう…秘めたる小宇宙が爆発したといいますか」
姐さんは相変わらずの柔和な笑顔のまま、あたしの話を聞いてくれている。
幸せだ…幸せすぎて怖いくらいだ。でもこの時間がずっと…具体的には56億7千万年くらい続けばいいのに…
「貴女が喜んでくれたのであれば、私も嬉しいです。これからはそれを着て、また私の…いえ、この命蓮寺の力となってくれることを願います」
「それはもう! 言われずとも! 256%やる所存!」
「ふふ、約2.5回やる所存なのですね。それはとても頼もしいことですね…」
それから暫くの間、あたしは姐さんと色々な話をした。
そして姐さんがもう眠るというので、名残を惜しみつつも別れ、改めて布団に入る。
まだ心臓がドキドキいっている。こんな感覚、姐さんが復活した時以来だ…遠足前日の子供にかえったような心持ちで、あたしは天井を見つめる。
これから先、どのような事が起ころうと…どんな苦境に陥ろうと…姐さんの為ならば、たとえケツを六つに割られようと…やり遂げてみせる。
それがきっと、あたしの生まれてきた意味なのだ。
枕元に置かれた金と黒の袈裟をそっと触り、あたしはそのまま、まどろみに落ちていく。ああ、姐さんの白魚のような指で縫われたのであろう…それは何よりもの安眠の友だ。
「ウィース」
と、その時、襖が開き何者かが侵入してきた。
各種液体の噴射による疲れと眠気により朦朧としていたあたしの脳は、それが誰であるか理解するのに、しばらくの時間を要する。
そしてその声の主がナズーリンを初めとする上野動物園の面々であるということを理解したときにはもう、四方を囲まれてしまっていた。
「な、なんだお前ら…!」
「いやいや、雲居一輪バージョンアップおめでとう。しかしそれとこれとは話が違うのでね」
「うむ…お主の人間噴水っぷりで文字通り水に流してやろうかと思ったのだがのう…濡れ衣を着せられた事については…ドゥフフ」
「わ、私は別に気にしてないですからね!」
「(いや、けじめは必要だよ)」
そ、そうか。すっかり忘れていたが、あたしはこいつらに結構酷いことをしてしまった。
その罪まで56億7千万年の彼方にスルーできるとは思えないし、することも許されないだろう。あたしはゆっくりと身を起こすと正座をし、皆の顔を順番に見た。
「え、えーと…」
だがこいつらに…常日頃から頭を悩ませられているこいつらに、素直に頭を下げるというのも、それはそれで癪だ。
そもそもこいつら、姐さんがやったということを知っていてニヤニヤしていたのではないか? だとすればあの時、そう言えばいいではないか。
「エイトもナインも無いな、まずはこういう時、何て言うんだっけ?」
マミゾウが手にした灯明の明かりに、げっ歯類の憎たらしい顔が浮かび上がる。
「ちょっと待った、その前に一つ聞いておきたいことがある…」
「被告の発言を認めます」
「誰が被告だ! お前ら、姐さんの仕業だってことを知ってたのか?」
あたしの問いに、顔を見合わせるアニマル達。ここまできたらもう、すっとぼけさせる訳にもいくまい。
ちゃんと因果関係が判れば、頭でも何でも下げてやる。
「知ってたというか…その、ちょっと考えれば判ると思うのですが」
星に言われると何やら物凄く頭に来るが、残念ながら何をどう示唆しているのか、あたしには判らない。
布団を跳ね除け、行灯に火を入れて、あたしは改めて四人を見回した。
「どういうことだよ」
「この寺で裁縫…しかも一から服を仕立てるなんてことが出来るのは、お主と誰がいる?」
「う…!」
なるほど、そういうことか。
確かに、ちょいと考えれば判ることだ…しかし言い訳させてもらうとすれば、あの時のあたしは頭に血が昇って、それどころではなかったのだ。
とは言え非がこちらにある事は理解できた。もはや悪態や言い逃れをする場面ではない。
「…わかった。そうだよな…」
「ようやく判ったようじゃな」
「うむ。手をついて謝ってもらおうか…と、言いたいところではあるが」
土下座も辞さないつもりであったあたしを、ナズーリンの言葉が制する。
まさか…まさかとは思うが、男性が一度でいいから女性に言ってみたいセリフ第二位(国勢調べ)であるところの「ケツをこっちに向けろ」をリアルで実行する気だとでもいうのか。ちなみに一位は「この売女!」である(国勢調べ)
私の尻は既にこれ以上無いくらいに二つに割れているが、それを倍々ゲームにしていくとでも。
「くっ」
しかしそれも当然か…口は災いの元とはよく言ったものだ。だがその仕打ち、この雲居一輪、逃げも隠れもせずに受け入れよう。
犯した罪は罰せられねばなるまい。
「ああ、そうだな…判ってるさ…けどナズーリン、明日からの家事とトイレに差し支えの無い範囲で頼む」
覚悟とは苦痛を回避しようとする、生物の本能すらも凌駕する魂のことである。
あたしは寝巻きの裾をからげ、割れながら、いや、我ながら自信に満ちた臀部を晒して突き出した。幸い肛門科にお世話になったことはないが、きっとこんな感じであろうとイメージを固める。
「オラこいやァアアア! 群馬のレディースの覚悟ナメんなコラァアアアア!」
「は?」
「ヌウウ ナメんじゃあないよオラァアアアアアン! あたいの精神テンションは今! レディース時代に戻っているッ! 相棒のアケミが高崎だるま戦争でマッポにパクられたあの当時にだッ! 冷酷残忍! そのあたいがキサマらの責め苦に耐えるよォオオッ!」
「…いや、アケミとか言われても困るが…ともかくやるぞみんな」
「変なスイッチ入れてしまったようじゃが…どれ、よっこらセブンセンシズ」
座薬だろうが内視鏡だろうがバットだろうがドンと来い状態であったアタイの身体が、四人の手によって持ち上げられ、宙に浮く。
なるほど、まずボディスラムで場を繋ぐのがプロレスでは常道。しかし下は布団だ、何ともないぜ! バッチコイ!
「えーでは、頼むご主人」
「はい! いきますよ皆さん、せーの!」
『一輪さん心綺楼出演おめでとう!』
『ワーッショイ! ワーッショイ!』
…その胴上げは寝入りを邪魔され半ギレした白蓮の乱入まで続いたという。
そして一輪は一試合目で博麗霊夢にボコボコにされたという。
おわり。
「何か喋れよ」
だんまりを決め込んだまま喋ろうとしない星に、あたしは改めてそう言った。
いや、星はおろか千葉のくせに東京名乗ってる鼠の国の使徒ナズーリン、SかMで言ったらS(佐渡)のマミゾウ、UMAのぬえすらも、何一つ言葉を発さない。
「き・こ・え・な・い・の・か? 耳詰まってんのかお前ら?」
あんまりにも喋らないので、雲山とのコンビネーションによる48の殺人技を駆使して痛めつけてやろうかとも思ったが、そんなことをしたと白蓮姐さんに知れれば、あの人は大層悲しむ。
それはあたしの望むところではない。こいつらの悲鳴や泣き顔や綺麗な液を吐きながらする命乞いを見聞きするのに躊躇いは無いが、姐さんの沈んだ顔は何よりも心にくる。
「いいかお前ら、もう一度言うぞ。あたしの! 一張羅を! こんなカラフルかつビビッドに仕立て直した! その理由を! 簡潔かつ20文字以内で述べよ! 配点は763点!」
「…」
「言えねェってんならあたしにも考えがある。これから一切の家事を、姐さんの分を除いて全て放棄する」
その言葉に、星がぴくりと身体を震わせた。背丈もでかけりゃ胸もでかく、人一倍飯を食う星が、そんな事に耐えられるとは考えがたい。
星でなくとも、生活能力に難がありすぎるこの聖キッズ共のことだ…あたし無しでまともな生活が出来るはずがないのだ。
「どうした星、いいのか? お前に出来るのはせいぜいみかんの皮を剥くくらいだ。三食みかんだ。髪だけじゃなく肌まで真ッ黄色になっちまって、インド人とか呼ばれてもいいのか?」
「インド人の肌は黄色くないじゃろが」
「るせぇ! 喋ったと思ったらインド擁護かこのHey! Say! 狸合戦が! お前そんなインド好きならもうインド行け! そしてインドカレーなんてもんは存在しないって知って流した涙を集めて速しガンジス川、って感じの俳句でも詠んでろ!」
「字あまり」
「国語の先生かてめぇ鼠がァ! んなこたぁ判ってんだよ! 姐さんの俳句だっていっつもそんな感じだろ! でもいいんだよ! 俳句はロックだろ!?」
姐さんの代表作
「白髪染め 節約したら こうなった」
何てリリカルでアグレッシブな俳句だろうか。姐さんのグラデーションが素敵な御髪(おぐし)の秘密は白髪染めの節約にあったという、女性の美しくありたいという願望と、節制を心がける尊い心が結実した金言としか言いようがない。
「お前はどうだぬえちゃんよ、この寺で起きる異変は大抵お前かゴルゴムか乾巧(いぬいたくみ)って奴の仕業だっていうタレコミがあるんだよ」
「…」
「お前キャラ薄いからって今更無口系美少女気取ってんじゃねえよ! しゃぶ…喋れよ!」
「噛みおった」
「しゃぶらせる器官も無いくせに」
「う、うるせえよお前らァ! 揚げ足ばっかり取りやがって! 榛名湖に沈めんぞ! えぇ? それでどうした、ぬえ先輩よォ」
「(ヤツメウナギの蒲焼ください)」
こいつ直接脳内に…!
だめだ。駄目だこいつら。
下手人ということは一目瞭然だが、現場を見ておらずしかも言質を取れない以上、公然と仕置きをする訳にもいくまい。ましてや姐さんが不在の今、有難い説法で自白させることも不可能だ。
雲山でびびらせようにも、見越し入道ということはとうの昔に露見しているし、大塚芳忠みたいな声なんでどうやっても迫力が出ない。せめててらそままさきのような声であったら…!
「どうあっても喋らないってぇのか?」
「…それ以前にお前が何故怒っているのかが、皆目見当がつかん」
いけしゃあしゃあと言いやがったこのげっ歯類…あくまでとぼける気であるらしい。
体中の血液を一度外に出してティファールで沸騰させて脳から輸血したような憤りに震えつつ、あたしは服の裾をつまみ、くるりとターンしてみせた。
「…え、何そのお前らしからぬファニーな動きは」
「群馬の元ヤンが無茶しおってからに」
「うるせえ珍獣ども! 服だよ! この服!」
「(…フォームチェンジ?)」
「なるほど、流行っておるしのう…シャバドゥビ何とかと言って。で? そのフォームは何じゃ、雲居一輪アクセルフォームとかそういう?」
「うわあかっこいい! 私の憤怒フォームみたいなものですか?」
こいつらの基本知識はライダーありきなのか? 石ノ森章太郎御大がいなかったらこいつらの存在はどうなる?
いや、今はそれどころではない。いい加減この不毛なやりとりにも飽きてきた。姐さんが帰って来るまでに全てケリをつけ、何事もなかったかの様に振舞わねばなるまい。
あの方に余計な気遣いをさせるなど…許されないことだ。
「とりあえずライダー関連の発言をした奴はケツを4つに割る。それを踏まえて、よく吟味して喋れよわくわく動物ランドども」
「(私アニモーじゃないけど)」
「うるせぇ和風キマイラ! ダンクーガって呼ぶぞオラァ! あと普通に喋れ。いいか、今朝のことだ…目を覚まして、寝巻きから着替えたらこの服だった」
「地味な服装を恥じ、寝ているうちにしまむらで買ったんじゃないのか」
「この辺りにしまむらはねえよ! 綱島街道沿いにいつの間にか出来ててびっくりしたファッションセンターはねえよ! あと人を夢遊病患者みたく言うんじゃねえよ!」
「作戦中である! ローカルな発言はやめよ!」
あたしはすっかりぬるくなった番茶を一息に飲み干し、みかんを剥いて一口で食べ、星に皮汁攻撃を食らわしたのち、一気呵成にまくし立てていく。
「お前らが夜中にこっそり忍び込んで、すり替えておいたとしか思えない」
「証拠はあるのか証拠は」
「だからこうやって尋問しているんだろうがッ! 今はまだソフトな尋問で済んじゃいるがな、お前らがシラを切り通すってんならこちらにも用意があるんだよ」
「ベルモンドでも読んだ?」
「おまっ…お前、そういうこと言うのやめろよ! とにかく素直に吐いちまえよ、そしたらあたしも出るとこ出ないでおいてやるから」
あたしがそう言うと、星を除くどうぶつ奇想天外どもはあたしの胸の辺りと、星の胸の辺りを見比べて、ゲスな笑顔を浮かべる。
言っておいて何だが失言であった。だがここでまた激昂すれば奴らの思う壺である…あたしは初遭遇の際、使い方の全く理解できなかったティファールを脳内からログアウトさせ、ぐっとこらえて続ける。
「どうしても、どうしても否定するならもう、姐さんに報告して然るべき仏法裁きでケリをつけてもらうしかないね」
「洋服を引っ張りあって、先に離した方が犯人ということですか?」
「コンバット越前は関係ねえよ! 大体何だよその捜査メソッドは! お前もう喋んな星!」
「大岡じゃろ?」
「知ってるよ! 知ってたよ! お前ももう喋んな!」
沈黙が訪れた。
それはほんの数十秒の間の静寂であったが、あたしの怒りゲージは沈黙シリーズ(主演・セガール)のヒロインに抜擢されるほどのハリウッダーっぷりにまで蓄積する。
「…喋れよ!」
「お主が黙っておれと」
「つまんねーことぬかすなって事だよクルァア! いいか、この袈裟の意匠だ! 金と黒だぞ!? 派手なのにもほどがあるだろ!? 生臭坊主と謗られてもいいってのかァアン!?」
「バンシィみたいで格好いいじゃないか」
「お前らをデストロイモードで引き裂いてやりてぇよ! それに何だこの…えーと…よくわからない赤い石は!」
「私はシナンジュが好きです!」
「それな、エイジャの赤石」
「うるせえよ星! ってマジかよ! 何かごっつい三人がこれ狙ってやってくるってのかよ! ってそうじゃねえよ!」
ああ言えば阿久悠とはよく言ったもので、一の言葉を十にも百にもして返してくるこいつらに、一人で相対するのはどうにも不可能なようだ。
そっちがその気であるならもはや、こちらとしても容赦はしない。
あたしはちゃぶ台をばんと叩き、立ち上がった。
「どうした」
「うるせぇビーストウォーズ共! これ以上話しても埒があかねぇ、姐さんの帰りを待つ!」
その言葉を受け、グレートハンティング共はお互いに顔を見合わせ、茶を啜って、妙な笑顔を浮かべた。
なんだお前ら。物凄くイラっときた。まぶたの辺りがピグピグいってる。
「いや、その…なんだ。白蓮帰って来たらな、お主きっとまともじゃいられんじゃろ」
「何でだよ! お前らこそ五体満足でいられると思うなよ、然るべき裁定が出たらな、お前らのケツを最低でも六つに割る!」
「ああ、裁定だけに」
「やかましい!」
その時である。
玄関の扉がガラリと開く音がし、続けて姐さんのよく通る美しい声を、あたしの耳が察知した。
やっと帰ってきたのか! おそい! きた! 姐さんきた! メイン僧きた! これで勝つる!
あたしはいきもの地球紀行どもをギロリと睨んで牽制すると、部屋を飛び出し姐さんを出迎えに走る。
「ただいま戻りましたよ、一輪」
「おかえりなさい姐さん! お風呂にします!? それとも夕餉? 野菜オア穀物? それとも説法!?」
「あらあら、随分と興奮していますね一輪。ふふ、何か良いことでもあったのですか?」
あったとも。あたしの全ては姐さんのものだ。顔を見れば心拍数は上がり、声を聴けば鼓膜がアヘり、その香りを嗅げば胸いっぱいに広がるヒジリ・アトモスフィアがえもいわれぬ至福をもたらすのだ。
たった数時間顔を見なかっただけであるが、されど数時間だ。喜ぶなと言われてもそれはハードなクエスチョンである。
「そりゃあもう! さ、まずはお茶を淹れますので、茶の間へどうぞ」
「皆もいるのですか」
「響子は山へ柴刈りへ、ムラサは川へ洗濯へと行っておりますが、あとの富士サファリパーク共…いや、あとの面々はおります」
姐さんはそうですか、と言い残し、にっこりと笑って茶の間の方へと歩いていった。
それを見送ったあたしは鼻息も荒く、厨へと向かって茶を淹れる準備にかかる。
◇
「はいどうぞ、加藤茶です。なんつって!」
「…何そのテンション」
「お前らはぬるま湯でいいな。火傷しないよう気遣ったあたしの優しさに涙しろ、そして崇めろ」
「断る」
「ハハハ、ですってよ姐さん。さてお前ら覚悟は完了してんだろうな?」
「(めっちゃ調子こいてる…)」
姐さんは相変わらずの柔和な笑顔で茶を啜り、コトリと湯飲みを置くと、改めて一同を見回した。
あたしはそのタイミングを見計らって立ち上がると、姐さんの前に立って、くるりとターン。
「姐さん、よく見て下さい」
「はい、何をでしょうか」
「この服と袈裟です。ついでに頭巾も」
「ああ、なるほど。良く似合っていますよ」
いや、そうじゃない。似合ってると言われて反射的に噴射しそうになった各種液体を気合で制御しつつ、あたしは袈裟をつまんで見せる。
「朝起きたら、いつもの服がこれにすり替わっていたのです」
「はい」
「着れぬようなデザインではないし、何か仕掛けがあるわけでもないのですが、寝ている間にというのはおかしいと思いませんか」
「…確かに」
「そうでしょうとも。着ろと言われれば私とて満更ではありません、しかし幾らなんでも、寝ている間というのはどうかと思います」
姐さんは頬に手を当て、若干ではあるが困ったような表情を見せる。
ふっ、チクシャウ共め、姐さんを困らせたな。お前らのケツの寿命は尽きたぞ。今まさにナウ!
「…ごめんなさい一輪」
「オラー聞いたか畜生道ども! ごめんなさいだ。謝罪を意味する言葉だぞ、ちょっと待ったコールは無かったな、ごめ…うん…ごめんなさい?」
あたしはゴギギと首を170°ほど捻り、ごめんなさいの言葉を発した姐さんを見やる。
なにゆえ? なにゆえ姐さんが謝るのか? 毛穴という毛穴からあふれ出る慈悲によって、このけだものだもの共の罪を被ると、そう仰られるのか?
それってつまり仏ではないか? 姐さんが…姐さんが仏陀だというのか!? 英語で言うとライク・ア・ブッダだというのか?
青い鳥は結局自宅にいたという出オチもいいところな童話があったが、まさか仏が在宅勤務していたとは驚きだ。正に目からウロコである。
「(おせちもいいけどカレーもね)」
ゴータマ・シッダールタ先生ーッ!?
あたしの脳裏に、今正ににゅ…何だっけ…νガンダム…ともかくニューなんとかせんとするゴータマ先生が浮かび上がり、そしてにこやかに微笑みつつそう言った。
「は、それはつまりどういう」
「貴女の衣服をすり替えたのは、私なのです」
「は…」
堰を切ったように溢れてくる各種液体を、それでも何とか留めつつ、私は精一杯の力で姐さんに訊ねた。
「…にゃにゆえ?」
「一輪はこの寺のため、皆のため、そして私のために…いつも頑張ってくれていますね」
「ひゃい」
「それなのに、少しのおしゃれもせず、地味な服装でいつも過ごしていて…」
「ふぁい」
あたしはそれだけで大体のことを理解してしまったが、身体はいう事を聞かない。
脳はエンドルフィンをジョッキ単位で放出し、心臓は一秒間に16連打で脈動し、膝は震え、視界は桃色に染まっていく。
十万億土というのは正にこういった感覚を四六時中味わえるようなエクストリームな場所なのであろうか。
ああ、つまり姐さんは…
「ですから、あなたに内緒で、それを繕っていたのですよ」
何と言うことであろうか。
姐さんはこの不肖、雲居一輪をねぎらうため、袈裟諸々を自らデザインし、布を吟味し、そして自らの手で縫い上げてくれたのだ。
光栄…凄まじい光栄…今までの人生で…これ以上の出来事はあったろうか…
しかしあたしはそれを知らず、やれビビッドだのバンシィだのと罵っていたわけか…
嬉しさと申し訳なさが、身体中をマッハで駆け巡る血液に乗って行き渡っていく。
もう…もうゴールしてもいいよね…
「本当は昨晩渡そうかと思っていたのですが、最後のチェックをしていたらどうしても直したい所を見つけてしまい…結局仕上がったのは深夜だったのです」
「ファ」
「だから、貴女を起こさぬよう、身体能力を強化して忍び込んで、4秒でケリをつけました」
「フ…ア…」
もはや立っていられない。
あたしは天上の声が如く響く姐さんの声を聴きながら、自分でもわかるくらいゆっくりと倒れ、そして…
各種液体を放出したのだった…
◇
「一輪、カレーには何が合うと思うかね。釈迦的にはラッキョウだと思うのだが」
「やはり福神漬けでは?」
「それは正しい。しかしあまりにも無難すぎる…悟りを得た今でも、それについては思い悩むのだよ」
「両方乗せればいいのでは」
「…その手があったか…! 負うた子に教えられとはこういうことを言うのだね。釈迦マジ感激したから帰るね、56億7千万年後にまた会おう。弥勒きゅんと一緒に来るから。それまでは白蓮ちゃんを支えてあげなさい」
「ウス、お疲れっした!」
「は…! 夢か」
お釈迦様との熱いカレー談義から目を覚ませば、そこには見慣れた天井があった。
あたしは各種液体を放出したのち、気絶してしまったらしい。ああでも、下半身方面は我慢できたから大惨事には至ってないはず…
枕にふと手をやる。しかしそれは枕ではない。何かもっと別のものであった。
「座布団か?」
「起きましたか一輪」
「おはようございまウワァアアアアア!?」
あたしは枕が何であるのかということを一瞬で理解し、自分でも判るくらいの大声を上げてしまった。
姐さんの膝枕である。姐さんの膝枕である!
恐れ多くも聖尼公、聖白蓮その人のお美膝(ひざ)に、群馬出身元レディースの頭を乗っけているのである。これは由々しき事態である。
しかし、ああ、だがしかし…姐さんは私の頭を優しく撫でながら、膝をどけようとはしない。
さっきあらかた放出したおかげで、悪心を催す各種液体のストックは尽きていたのが幸いした。これでもし姐さんの召し物を汚しでもしたら、それこそ叫喚地獄行きだろう。
あたしは深く息(と姐さんの香り)を吸い込み、ゆっくりと吐き出して、姐さんの顔を見た。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。問題ありません」
「それはよかった。急にその…噴水みたくなったもので」
「ハハ…嬉しさのあまり、何かこう…秘めたる小宇宙が爆発したといいますか」
姐さんは相変わらずの柔和な笑顔のまま、あたしの話を聞いてくれている。
幸せだ…幸せすぎて怖いくらいだ。でもこの時間がずっと…具体的には56億7千万年くらい続けばいいのに…
「貴女が喜んでくれたのであれば、私も嬉しいです。これからはそれを着て、また私の…いえ、この命蓮寺の力となってくれることを願います」
「それはもう! 言われずとも! 256%やる所存!」
「ふふ、約2.5回やる所存なのですね。それはとても頼もしいことですね…」
それから暫くの間、あたしは姐さんと色々な話をした。
そして姐さんがもう眠るというので、名残を惜しみつつも別れ、改めて布団に入る。
まだ心臓がドキドキいっている。こんな感覚、姐さんが復活した時以来だ…遠足前日の子供にかえったような心持ちで、あたしは天井を見つめる。
これから先、どのような事が起ころうと…どんな苦境に陥ろうと…姐さんの為ならば、たとえケツを六つに割られようと…やり遂げてみせる。
それがきっと、あたしの生まれてきた意味なのだ。
枕元に置かれた金と黒の袈裟をそっと触り、あたしはそのまま、まどろみに落ちていく。ああ、姐さんの白魚のような指で縫われたのであろう…それは何よりもの安眠の友だ。
「ウィース」
と、その時、襖が開き何者かが侵入してきた。
各種液体の噴射による疲れと眠気により朦朧としていたあたしの脳は、それが誰であるか理解するのに、しばらくの時間を要する。
そしてその声の主がナズーリンを初めとする上野動物園の面々であるということを理解したときにはもう、四方を囲まれてしまっていた。
「な、なんだお前ら…!」
「いやいや、雲居一輪バージョンアップおめでとう。しかしそれとこれとは話が違うのでね」
「うむ…お主の人間噴水っぷりで文字通り水に流してやろうかと思ったのだがのう…濡れ衣を着せられた事については…ドゥフフ」
「わ、私は別に気にしてないですからね!」
「(いや、けじめは必要だよ)」
そ、そうか。すっかり忘れていたが、あたしはこいつらに結構酷いことをしてしまった。
その罪まで56億7千万年の彼方にスルーできるとは思えないし、することも許されないだろう。あたしはゆっくりと身を起こすと正座をし、皆の顔を順番に見た。
「え、えーと…」
だがこいつらに…常日頃から頭を悩ませられているこいつらに、素直に頭を下げるというのも、それはそれで癪だ。
そもそもこいつら、姐さんがやったということを知っていてニヤニヤしていたのではないか? だとすればあの時、そう言えばいいではないか。
「エイトもナインも無いな、まずはこういう時、何て言うんだっけ?」
マミゾウが手にした灯明の明かりに、げっ歯類の憎たらしい顔が浮かび上がる。
「ちょっと待った、その前に一つ聞いておきたいことがある…」
「被告の発言を認めます」
「誰が被告だ! お前ら、姐さんの仕業だってことを知ってたのか?」
あたしの問いに、顔を見合わせるアニマル達。ここまできたらもう、すっとぼけさせる訳にもいくまい。
ちゃんと因果関係が判れば、頭でも何でも下げてやる。
「知ってたというか…その、ちょっと考えれば判ると思うのですが」
星に言われると何やら物凄く頭に来るが、残念ながら何をどう示唆しているのか、あたしには判らない。
布団を跳ね除け、行灯に火を入れて、あたしは改めて四人を見回した。
「どういうことだよ」
「この寺で裁縫…しかも一から服を仕立てるなんてことが出来るのは、お主と誰がいる?」
「う…!」
なるほど、そういうことか。
確かに、ちょいと考えれば判ることだ…しかし言い訳させてもらうとすれば、あの時のあたしは頭に血が昇って、それどころではなかったのだ。
とは言え非がこちらにある事は理解できた。もはや悪態や言い逃れをする場面ではない。
「…わかった。そうだよな…」
「ようやく判ったようじゃな」
「うむ。手をついて謝ってもらおうか…と、言いたいところではあるが」
土下座も辞さないつもりであったあたしを、ナズーリンの言葉が制する。
まさか…まさかとは思うが、男性が一度でいいから女性に言ってみたいセリフ第二位(国勢調べ)であるところの「ケツをこっちに向けろ」をリアルで実行する気だとでもいうのか。ちなみに一位は「この売女!」である(国勢調べ)
私の尻は既にこれ以上無いくらいに二つに割れているが、それを倍々ゲームにしていくとでも。
「くっ」
しかしそれも当然か…口は災いの元とはよく言ったものだ。だがその仕打ち、この雲居一輪、逃げも隠れもせずに受け入れよう。
犯した罪は罰せられねばなるまい。
「ああ、そうだな…判ってるさ…けどナズーリン、明日からの家事とトイレに差し支えの無い範囲で頼む」
覚悟とは苦痛を回避しようとする、生物の本能すらも凌駕する魂のことである。
あたしは寝巻きの裾をからげ、割れながら、いや、我ながら自信に満ちた臀部を晒して突き出した。幸い肛門科にお世話になったことはないが、きっとこんな感じであろうとイメージを固める。
「オラこいやァアアア! 群馬のレディースの覚悟ナメんなコラァアアアア!」
「は?」
「ヌウウ ナメんじゃあないよオラァアアアアアン! あたいの精神テンションは今! レディース時代に戻っているッ! 相棒のアケミが高崎だるま戦争でマッポにパクられたあの当時にだッ! 冷酷残忍! そのあたいがキサマらの責め苦に耐えるよォオオッ!」
「…いや、アケミとか言われても困るが…ともかくやるぞみんな」
「変なスイッチ入れてしまったようじゃが…どれ、よっこらセブンセンシズ」
座薬だろうが内視鏡だろうがバットだろうがドンと来い状態であったアタイの身体が、四人の手によって持ち上げられ、宙に浮く。
なるほど、まずボディスラムで場を繋ぐのがプロレスでは常道。しかし下は布団だ、何ともないぜ! バッチコイ!
「えーでは、頼むご主人」
「はい! いきますよ皆さん、せーの!」
『一輪さん心綺楼出演おめでとう!』
『ワーッショイ! ワーッショイ!』
…その胴上げは寝入りを邪魔され半ギレした白蓮の乱入まで続いたという。
そして一輪は一試合目で博麗霊夢にボコボコにされたという。
おわり。
それなのに、もぎたての白桃を思わせるこの瑞々しさは何なのだろう
あと姐さんの配色センスはどうみてもBB(ピチューン
あなたでしたかありがとうございます
「なんでウンザンがあんなにもつんだ!?」
って言わせて欲しかったなぁ
突っ込みが追い付かなくて、面白かったですw
女にもしゃぶらせる器官は…ある…!
…やっぱりガッツさんじゃないか
一輪さんも可愛いけど背景の船長ぬえちゃんナズーリンもいい感じですよね!
勢いがあって面白かったです
寺の連中を指してビーストウォーズ呼ばわりするそのセンスは脱帽した!
相変わらず軽快でよし!
ビーストウォーズ懐かしいww
無理張ってる元ヤン美少女とか俺得の可愛さ。
あと芳忠の声にだってスゴミ、みたいなものは、あると思うんですよ……私はね……