そろそろ誤解を解いておくべきだと思うので、ここらで声高に主張させて貰う事にする。
我々式神は機械ではない。血も汗も涙もそれ以外の液体も流す、純然たる生き物なのだ。
絶対的な命令者こそ存在するが、だからといって意思や思想や感情が無いわけではない。
何度でも言おう。我々式神は生きている。私は毛皮付きの電卓などではない、八雲藍だ!
「……で? それを私に伝えてどうしようっていうの?」
私の熱弁に対し、冷水をぶっかけるかの如き反応。コイツの方こそ機械か何かに思える。
鈴仙・優曇華院・イナバ。いわゆるクズのレッテルを貼られている玉兎だ。主に私から。
何故この私が、八雲と冷戦状態にある永遠亭の者と、仲良くお喋りなんかしているのか。
それは追々分かってくる筈なので、読者の皆様にはどうか最後までお付き合い願いたい。
「非常に不本意ながら、お前の他に相談できる相手が居なかったのだよ。少しでいいから私の話を聞いてくれないか?」
「私も暇じゃないのよねえ。今はちょっと休憩中だけど、まだ里での仕事が終わってないし」
現在我々は、人里の団子屋にて卓を挟んで向かい合っている。我々以外に客の姿は無い。
里を徘徊していたコイツをとっ捕まえて、半ば強引にこの店へと連れ込ませてもらった。
多少の抵抗は受けたものの、団子を奢ってやるという条件にて交渉成立。現金なヤツめ。
「つれない事をお言いでないよ。場合によっては団子だけでは無くて、それなりの礼をさせてもらうさ」
「礼って何? 山吹色のお菓子的なモノなら大歓迎だけど」
「私の象徴たる九本の尻尾を、思う存分モフらせてやろう。どうだ?」
極めてフレンドリーに話しかけたつもりだが、ヤツが向けてきた視線は限りなく冷たい。
何故だろうか。私の尻尾をモフれると言われて、喜ばない者など居る筈が無いだろうに。
「どうせモフるなら、お宅の猫チャンの方がいいなあ」
「橙!? 橙はダメだ! 私は決して式煩悩かつ過保護な主ではないが、あの橙のしなやかで柔らか~いカラダは私のモノだ! 私のモノだ!」
「なぜ二回言ったの?」
「私のモノだ! 私だけのモノだ!」
「なぜ言い直したの?」
鈴仙×橙など絶対に認めない。ちぇんげは世界最後の日とでも言うつもりか。忌々しい。
これは私個人としての見解であり、カップリングの可能性を否定する意図はありません。
問題ないとは思うけど、これだけは言っておかねばならない気がしたのです。念のため。
「異種姦の魅力については後でジックリ語るとして、そろそろ相談事ってヤツを聞かせてみなさいな」
「生々しい言葉を使うんじゃない。せめて珍カプと言ったらどうだ」
「その二つの単語は、決してイコールでは結びつかないと思うのだけど」
幻想郷では様々な種族が共存している。異種姦が流行するのも無理な話ではないだろう。
って、そんな話をしたいわけじゃない。コイツと話していると、どうにも脱線しがちだ。
成程、狂気を操る程度の能力とはこの事か。発動させるなら時と場合は選んで貰いたい。
「相談事というのは他でもない、私とお前が受けている処遇についての話だ」
「私の? アナタが私の何を知っていると言うの?」
「玉兎すなわち月人の道具。地上に逃げて来た今でさえも、お前は道具の様に扱われているのだろう?」
「道具扱いとは心外ね。私はどこぞのポンコツみたいに、傘でブッ叩かれたりはしていないわ」
「鞭で叩かれているお前の場合、家畜と言い換えた方が相応しいかもしれんな」
「卑屈になるのは結構だけど、私まで同類扱いされちゃあたまったモンじゃないって言ってるのよ」
別に卑屈になっているわけではない。私はただ、ありのままの事実を述べているだけだ。
道具として生き、道具として死す。それが我らのデスティニーですってね。いや、失敬。
にも関わらず、我々には心がある。心あるが故に悩み、苦しまねばならないというのに。
「鈴仙、教えてくれ。私はあと何回マヌケ面を晒せばいい? 紫様は私に何も言ってはくれない。教えてくれ、鈴仙!」
いっその事、最初から心など備わっていなければよかったのに、などと思う時もあるよ。
与えられたタスクを実行するだけの存在。式神とは本来そのようなモノではあるまいか。
「ねえ、コンちゃん……」
「私の名前は八雲紺ではない、藍だ!」
「でも、鳴き声はコンなんでしょ? 所詮は地上の狐なんだから」
「地上以外の一体何処に、狐が生息しているというのか」
「宇宙にも狐は居ましたよ。地上の狐よりよっぽど精悍な狐がね……」
心当たりが無いわけではないが、いちいち指摘してやる気にはならない。キリが無いし。
それと兎に限って言わせてもらえば、月産よりも地上産の方が幾分マシに思えるのだが。
「むむっ、何やら冒涜的な波長を感じるわ。主にアナタの方角から」
「まあ落ち着きなさい。そんな今にもビーム撃ちそうな目をしないで」
「完成前の八雲♪ レーザービームで焦がして♪」
「誰が完成前だ。嫌な歌を歌うんじゃない」
「九本も尻尾があるんだから、一本くらい焦がしたっていいじゃない。なんなら一本の半分だけでもいいから」
九尾の狐よりも、八ツ尾半の狐の方が徳を積んでそうなイメージがある。根拠は無いが。
大体九尾には碌なヤツが居ないんだよなあ。外道ばかりで感じ悪いったらありゃしない。
おおっと、モチロン私は除いてね。世界一表情豊かな九尾の狐、それがワタクシ八雲藍。
「うわ、九尾のツラ汚しが何か言ってるよ……」
「ちょっと待てやコラ。業界ナンバーワンの愛想の良さを誇る私に対して、その言い草は無いだろう」
「大した自尊心だこと。さっきまで弱音を吐いていたのは、一体何処のドナタだったかしらねえ」
コイツ、私を元気付けようとしてくれていたのか。いや、それは考え過ぎかもしれんな。
全然関係無い事ばっか喋ってたし、ただテキトーに言いたい放題やっていただけだろう。
「ねえ、どうしてユキャリンはアナタを式に選んだの?」
「そんな事、私が知るわけないだろう。っていうか何だユキャリンって。紫様の事だとしたら、馴れ馴れしいにも程がある」
「私が思うにあのボンクラ妖怪は、アナタみたいなお堅いヤツが欲しかったんじゃないかしら」
今度はボンクラ呼ばわりか。従者としては怒るべきところだが、妙に納得してしまった。
私に出来る事で、紫様に出来ない事は無い筈だ。ならば何故私が必要とされたのだろう。
簡単な計算や雑事をやらせる為だけとも思えない。何か深いお考えがあるのではないか。
私と紫様で異なる点。例えば奴の言う様な性格面での設定などに、ヒントがあるのでは。
「……いや、紫様は私の事を退屈に思っておいでだ。そう考えると益々わけがわからなくなる」
「本当にそう思っているなら、もっと面白いヤツにする筈じゃない? 式を書き換えたりしてさあ」
「わからない……紫様は私に一体何を求めておられるのか……」
そういえば、私が橙を式神にした時、紫様はいつになく嬉しそうだったような気がする。
式神が式神を持つなんておかしな話ね、などと仰りながらも、確かに微笑んでおられた。
紫様が私に求めているもの。それは、私が橙に求めているのと同じものなのではないか。
「……わかった! わかったぞ!」
「わかったぞ! わかったぞ! わか……」
「黙れ狂信者! 紫様が望んでおられたもの、それは愛だ! 愛こそすべてなんだ!」
「……深刻なバグが発生しちゃったみたい。サポートセンターに電話しないと……」
ふっ、愛を知らない哀れなウサギめ。貴様の様な畜生には未来永劫理解出来んだろうさ。
その点、八雲は愛に満ち溢れている。寝てばかりの紫様も、別居中の橙も、そして私も。
「紫さまぁあああああああ! ちぇえええええええん! これまで以上に愛を捧げますから、もっと私を愛して!」
「なにこのテンション」
「愛してー! 愛してー! さあお前も、リピート・アフター・ミー!」
「重装兵備で壊して♪」
「またその歌か! 逃亡中のお前は黄金伝説が欲しいのか!?」
この兎も少しは私を見習うべきだと思うのだが。今の私より優れたお手本などあるまい。
一気に視界が開けた様な気分だ。計算では辿り着けない領域にこそ、答えはあったのだ。
「フッ……どうやら俺の出る幕ではなかったようだな」
「誰だ!?」
牛だ。店の入口に牛が二本足で立っている。本当に誰なんだよコイツ。唐突過ぎるだろ。
私や鈴仙は元より、お店の人まで呆気に取られてしまっているじゃないか。説明を求ム。
「俺は単なる名無しの牛さ。普段は蓬莱山輝夜様の牛車を曳かせてもらっている」
「輝夜様の……ああ、あの牛車のか。アンタ喋れたんだ……」
「幻想郷で長い間家畜をやっていれば、妖怪化するのも無理な話じゃないってモンだろう。違うか?」
違うと思う。何がどう違うのかは具体的に説明出来ないのだが、とにかく間違っている。
よく見ると、確かに店の外に牛車が一台停まっている。しっかしシュールな絵面だなあ。
「飼われる者にもそれなりの生き方があるって事を、悩めるお嬢さん方に教授してやるつもりだったが……些かお節介に過ぎたか」
「いや、私は別に悩んでなかったけどね。この狐は愛に目覚めちゃったみたいだし」
「結局は愛なのさ、ウドンゲ嬢ちゃん。どんな境遇にあろうと、愛が無ければ人は幸せにはなれない」
概ね同意する。同意するのだが、牛であるお前が人生について語るというのも妙な話だ。
「それはそうと、アンタは何しに里まで来たの? それにあの牛車、輝夜様も乗ってるのよね?」
「質問は一度に一つずつ、だぜ? まあいい。牛車が本来の機能を取り戻したモンでね。今日はその試運転に来たってワケさ」
本来の機能というと、アレか。月都万象展で展示した、昔は宙を飛べたとかいう牛車か。
要らん事ばかり覚えてしまっているなあ、私は。一度頭の中を整理するべきかもしれん。
「どうだいお嬢さん方。これからアイツに飛び乗って、衛星軌道上を一回りしてみないかい?」
「うーん……どうするの? コンちゃん」
「コンちゃん言うな。まあ折角の機会だし、ここはあえて誘いに乗らせて貰うとしよう」
「さんせー。お仕事がまだ残ってるけど、それは別に後でもいいわよね」
適当に過ぎる。それでいいのか永遠亭。まあ連中の評判が下がる分には構わないのだが。
おっと、団子の代金を払っておこう。食い逃げなどしたら私の評判まで下がってしまう。
しかし、ここの店員は本当に無愛想だな。確かに我々は迷惑な客だったかもしれんがね。
「さあ、乗りねえ」
「お邪魔しまーす」
「えっ、何なのアナタたちは」
案の定、牛車には永遠亭の姫が乗っていた。薬師と小さい方の兎は同行していないのか。
兎はともかく、薬師が不在でよかった。あの御仁は我ら八雲を快く思っていないからね。
即断で亡き者にでもされてしまったら目も当てられん。紫様や橙に詫びの言葉すら無い。
「どーもどーも、ご無沙汰しております。宇宙で一番チャーミングな九尾の狐、八雲藍でございます」
「八雲って、あのユキャリンの処の? ど、どーも……」
「なーに緊張してるんですか。輝夜様らしくもない」
「ちょっ、やめなさい鈴仙あははやめてやめてくすぐったいホントやめてあははははは」
「どうです輝夜様。私の耳は凶暴でしょう? うーら、うら!」
ズカズカと乗り込んで来た私たちには、流石のお姫様も困惑の色を隠せないみたいだな。
そんな彼女に遠慮なくじゃれかかる鈴仙。成程、これが理想的な主従の姿というものか。
今度、紫様に同じ様な事をやってみるかな。折檻されるかもしれんが、それもまた一興。
「おーい、運転手さーん。そろそろ飛ばしちゃってー」
「オーケー。しっかり掴まってるんだぜ? お嬢さん方」
「ところで鈴仙。後学のために聞いておきたいのだが、この牛車はどういう原理で空を飛ぶんだ?」
「気合よ」
「えっ?」
「そう、気合だ」
「ええっ?」
なんだそりゃ。聞いた私が馬鹿でしたってか。まあ幻想郷で飛ぶ物に原理など無いわな。
などと油断していた私は、牛車の側面から大きな翼が生えてくるのを目撃してしまった。
翼と言っても、有機的かつメルヘンチックなアレではない。もっと夢の無い方のヤツだ。
男子諸君が喜びそうな、いわゆる戦闘機めいた翼。こんな牛車があってたまるものかよ。
「まったく、夢もキボーもありゃしない。アレがお前たちの言う気合とやらだとしたら、とんだお笑い草だな」
「驚くのはここからよ。なんとこの牛車……」
「何だ。勿体ぶらずに言ってみろ」
「VTOL機なのよ」
「……は?」
浮いた。浮きやがったよこの牛車。音も無く真上にスイーッと上昇。どんなVTOLだ。
傍から見れば奇怪な光景だろうな。主に翼の所為で。あれは浮いてから出すべきだろう。
ここで鈴仙と輝夜、座席に備わったシートベルトを締め始める。嫌な予感しかしないな。
「ほら、アナタも早くシートベルトを」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。尻尾が邪魔で上手く締められん……!」
「外せばいいのに」
「外せてたまるか! 私の尻尾を何だと思ってるんだ! お前の耳とは違うのだよ!」
「失礼ね。私の耳だって外せないわよ。まあ目玉は外せるけどね。よいしょっと……」
「うわ、やめろ! それは見たくない! どこの軍務尚書だキサマは!」
「あー、お嬢さん方? 盛り上がってるところ悪いんだが、そろそろジェットに気合を入れるぜ?」
何だよジェットに気合って。その二つの言葉を合わせて、一体何が生まれるというのか。
答えはすぐに出た。突如生じた殺人的なGによって、私の身体は座席に縛り付けられる。
横の二人も同様らしい。今更言うのもアレだが、シートベルト要らないんじゃないかな。
なんて事を考えている内に、牛車は大気圏を離脱。真面目に考えたら負けなんだろうね。
「ああ、住吉三神も御照覧あれ! 俺のヴォヤージュ2013は、今ここに現実のものと化したのだ!」
感極まったとみえる牛が、ガッツポーズで何やらわけのわからぬ事を喚き散らしている。
これは神への挑戦なのか、或いは冒涜か。とりあえずオメデトウとだけ言っておこうか。
眼下には我らが蒼き惑星。あの何処かに紫様や橙が居るのだと思うと、胸が熱くなるな。
牛車は衛星軌道上を周回。人間共の打ち上げた鉄クズが、そこかしこに散らばっている。
「人工衛星マギオン♪ 時計回りに回って♪」
「お前ホントその歌好きだな……」
そろそろ権利者団体が重い腰を上げそうだが、まさか宇宙までは取り立てに現れまいて。
雄大な景色を眺めていると、自分が如何に小さな事で悩んでいたのかと思えてしまうよ。
星の鼓動は愛。宇宙は心で満ちている。蒼い宇宙の片隅で、私は立派に生きているのだ。
鈴仙の調子外れの歌声をBGMに、我々はしばしの間、クルージングを楽しむ事にした。
我々式神は機械ではない。血も汗も涙もそれ以外の液体も流す、純然たる生き物なのだ。
絶対的な命令者こそ存在するが、だからといって意思や思想や感情が無いわけではない。
何度でも言おう。我々式神は生きている。私は毛皮付きの電卓などではない、八雲藍だ!
「……で? それを私に伝えてどうしようっていうの?」
私の熱弁に対し、冷水をぶっかけるかの如き反応。コイツの方こそ機械か何かに思える。
鈴仙・優曇華院・イナバ。いわゆるクズのレッテルを貼られている玉兎だ。主に私から。
何故この私が、八雲と冷戦状態にある永遠亭の者と、仲良くお喋りなんかしているのか。
それは追々分かってくる筈なので、読者の皆様にはどうか最後までお付き合い願いたい。
「非常に不本意ながら、お前の他に相談できる相手が居なかったのだよ。少しでいいから私の話を聞いてくれないか?」
「私も暇じゃないのよねえ。今はちょっと休憩中だけど、まだ里での仕事が終わってないし」
現在我々は、人里の団子屋にて卓を挟んで向かい合っている。我々以外に客の姿は無い。
里を徘徊していたコイツをとっ捕まえて、半ば強引にこの店へと連れ込ませてもらった。
多少の抵抗は受けたものの、団子を奢ってやるという条件にて交渉成立。現金なヤツめ。
「つれない事をお言いでないよ。場合によっては団子だけでは無くて、それなりの礼をさせてもらうさ」
「礼って何? 山吹色のお菓子的なモノなら大歓迎だけど」
「私の象徴たる九本の尻尾を、思う存分モフらせてやろう。どうだ?」
極めてフレンドリーに話しかけたつもりだが、ヤツが向けてきた視線は限りなく冷たい。
何故だろうか。私の尻尾をモフれると言われて、喜ばない者など居る筈が無いだろうに。
「どうせモフるなら、お宅の猫チャンの方がいいなあ」
「橙!? 橙はダメだ! 私は決して式煩悩かつ過保護な主ではないが、あの橙のしなやかで柔らか~いカラダは私のモノだ! 私のモノだ!」
「なぜ二回言ったの?」
「私のモノだ! 私だけのモノだ!」
「なぜ言い直したの?」
鈴仙×橙など絶対に認めない。ちぇんげは世界最後の日とでも言うつもりか。忌々しい。
これは私個人としての見解であり、カップリングの可能性を否定する意図はありません。
問題ないとは思うけど、これだけは言っておかねばならない気がしたのです。念のため。
「異種姦の魅力については後でジックリ語るとして、そろそろ相談事ってヤツを聞かせてみなさいな」
「生々しい言葉を使うんじゃない。せめて珍カプと言ったらどうだ」
「その二つの単語は、決してイコールでは結びつかないと思うのだけど」
幻想郷では様々な種族が共存している。異種姦が流行するのも無理な話ではないだろう。
って、そんな話をしたいわけじゃない。コイツと話していると、どうにも脱線しがちだ。
成程、狂気を操る程度の能力とはこの事か。発動させるなら時と場合は選んで貰いたい。
「相談事というのは他でもない、私とお前が受けている処遇についての話だ」
「私の? アナタが私の何を知っていると言うの?」
「玉兎すなわち月人の道具。地上に逃げて来た今でさえも、お前は道具の様に扱われているのだろう?」
「道具扱いとは心外ね。私はどこぞのポンコツみたいに、傘でブッ叩かれたりはしていないわ」
「鞭で叩かれているお前の場合、家畜と言い換えた方が相応しいかもしれんな」
「卑屈になるのは結構だけど、私まで同類扱いされちゃあたまったモンじゃないって言ってるのよ」
別に卑屈になっているわけではない。私はただ、ありのままの事実を述べているだけだ。
道具として生き、道具として死す。それが我らのデスティニーですってね。いや、失敬。
にも関わらず、我々には心がある。心あるが故に悩み、苦しまねばならないというのに。
「鈴仙、教えてくれ。私はあと何回マヌケ面を晒せばいい? 紫様は私に何も言ってはくれない。教えてくれ、鈴仙!」
いっその事、最初から心など備わっていなければよかったのに、などと思う時もあるよ。
与えられたタスクを実行するだけの存在。式神とは本来そのようなモノではあるまいか。
「ねえ、コンちゃん……」
「私の名前は八雲紺ではない、藍だ!」
「でも、鳴き声はコンなんでしょ? 所詮は地上の狐なんだから」
「地上以外の一体何処に、狐が生息しているというのか」
「宇宙にも狐は居ましたよ。地上の狐よりよっぽど精悍な狐がね……」
心当たりが無いわけではないが、いちいち指摘してやる気にはならない。キリが無いし。
それと兎に限って言わせてもらえば、月産よりも地上産の方が幾分マシに思えるのだが。
「むむっ、何やら冒涜的な波長を感じるわ。主にアナタの方角から」
「まあ落ち着きなさい。そんな今にもビーム撃ちそうな目をしないで」
「完成前の八雲♪ レーザービームで焦がして♪」
「誰が完成前だ。嫌な歌を歌うんじゃない」
「九本も尻尾があるんだから、一本くらい焦がしたっていいじゃない。なんなら一本の半分だけでもいいから」
九尾の狐よりも、八ツ尾半の狐の方が徳を積んでそうなイメージがある。根拠は無いが。
大体九尾には碌なヤツが居ないんだよなあ。外道ばかりで感じ悪いったらありゃしない。
おおっと、モチロン私は除いてね。世界一表情豊かな九尾の狐、それがワタクシ八雲藍。
「うわ、九尾のツラ汚しが何か言ってるよ……」
「ちょっと待てやコラ。業界ナンバーワンの愛想の良さを誇る私に対して、その言い草は無いだろう」
「大した自尊心だこと。さっきまで弱音を吐いていたのは、一体何処のドナタだったかしらねえ」
コイツ、私を元気付けようとしてくれていたのか。いや、それは考え過ぎかもしれんな。
全然関係無い事ばっか喋ってたし、ただテキトーに言いたい放題やっていただけだろう。
「ねえ、どうしてユキャリンはアナタを式に選んだの?」
「そんな事、私が知るわけないだろう。っていうか何だユキャリンって。紫様の事だとしたら、馴れ馴れしいにも程がある」
「私が思うにあのボンクラ妖怪は、アナタみたいなお堅いヤツが欲しかったんじゃないかしら」
今度はボンクラ呼ばわりか。従者としては怒るべきところだが、妙に納得してしまった。
私に出来る事で、紫様に出来ない事は無い筈だ。ならば何故私が必要とされたのだろう。
簡単な計算や雑事をやらせる為だけとも思えない。何か深いお考えがあるのではないか。
私と紫様で異なる点。例えば奴の言う様な性格面での設定などに、ヒントがあるのでは。
「……いや、紫様は私の事を退屈に思っておいでだ。そう考えると益々わけがわからなくなる」
「本当にそう思っているなら、もっと面白いヤツにする筈じゃない? 式を書き換えたりしてさあ」
「わからない……紫様は私に一体何を求めておられるのか……」
そういえば、私が橙を式神にした時、紫様はいつになく嬉しそうだったような気がする。
式神が式神を持つなんておかしな話ね、などと仰りながらも、確かに微笑んでおられた。
紫様が私に求めているもの。それは、私が橙に求めているのと同じものなのではないか。
「……わかった! わかったぞ!」
「わかったぞ! わかったぞ! わか……」
「黙れ狂信者! 紫様が望んでおられたもの、それは愛だ! 愛こそすべてなんだ!」
「……深刻なバグが発生しちゃったみたい。サポートセンターに電話しないと……」
ふっ、愛を知らない哀れなウサギめ。貴様の様な畜生には未来永劫理解出来んだろうさ。
その点、八雲は愛に満ち溢れている。寝てばかりの紫様も、別居中の橙も、そして私も。
「紫さまぁあああああああ! ちぇえええええええん! これまで以上に愛を捧げますから、もっと私を愛して!」
「なにこのテンション」
「愛してー! 愛してー! さあお前も、リピート・アフター・ミー!」
「重装兵備で壊して♪」
「またその歌か! 逃亡中のお前は黄金伝説が欲しいのか!?」
この兎も少しは私を見習うべきだと思うのだが。今の私より優れたお手本などあるまい。
一気に視界が開けた様な気分だ。計算では辿り着けない領域にこそ、答えはあったのだ。
「フッ……どうやら俺の出る幕ではなかったようだな」
「誰だ!?」
牛だ。店の入口に牛が二本足で立っている。本当に誰なんだよコイツ。唐突過ぎるだろ。
私や鈴仙は元より、お店の人まで呆気に取られてしまっているじゃないか。説明を求ム。
「俺は単なる名無しの牛さ。普段は蓬莱山輝夜様の牛車を曳かせてもらっている」
「輝夜様の……ああ、あの牛車のか。アンタ喋れたんだ……」
「幻想郷で長い間家畜をやっていれば、妖怪化するのも無理な話じゃないってモンだろう。違うか?」
違うと思う。何がどう違うのかは具体的に説明出来ないのだが、とにかく間違っている。
よく見ると、確かに店の外に牛車が一台停まっている。しっかしシュールな絵面だなあ。
「飼われる者にもそれなりの生き方があるって事を、悩めるお嬢さん方に教授してやるつもりだったが……些かお節介に過ぎたか」
「いや、私は別に悩んでなかったけどね。この狐は愛に目覚めちゃったみたいだし」
「結局は愛なのさ、ウドンゲ嬢ちゃん。どんな境遇にあろうと、愛が無ければ人は幸せにはなれない」
概ね同意する。同意するのだが、牛であるお前が人生について語るというのも妙な話だ。
「それはそうと、アンタは何しに里まで来たの? それにあの牛車、輝夜様も乗ってるのよね?」
「質問は一度に一つずつ、だぜ? まあいい。牛車が本来の機能を取り戻したモンでね。今日はその試運転に来たってワケさ」
本来の機能というと、アレか。月都万象展で展示した、昔は宙を飛べたとかいう牛車か。
要らん事ばかり覚えてしまっているなあ、私は。一度頭の中を整理するべきかもしれん。
「どうだいお嬢さん方。これからアイツに飛び乗って、衛星軌道上を一回りしてみないかい?」
「うーん……どうするの? コンちゃん」
「コンちゃん言うな。まあ折角の機会だし、ここはあえて誘いに乗らせて貰うとしよう」
「さんせー。お仕事がまだ残ってるけど、それは別に後でもいいわよね」
適当に過ぎる。それでいいのか永遠亭。まあ連中の評判が下がる分には構わないのだが。
おっと、団子の代金を払っておこう。食い逃げなどしたら私の評判まで下がってしまう。
しかし、ここの店員は本当に無愛想だな。確かに我々は迷惑な客だったかもしれんがね。
「さあ、乗りねえ」
「お邪魔しまーす」
「えっ、何なのアナタたちは」
案の定、牛車には永遠亭の姫が乗っていた。薬師と小さい方の兎は同行していないのか。
兎はともかく、薬師が不在でよかった。あの御仁は我ら八雲を快く思っていないからね。
即断で亡き者にでもされてしまったら目も当てられん。紫様や橙に詫びの言葉すら無い。
「どーもどーも、ご無沙汰しております。宇宙で一番チャーミングな九尾の狐、八雲藍でございます」
「八雲って、あのユキャリンの処の? ど、どーも……」
「なーに緊張してるんですか。輝夜様らしくもない」
「ちょっ、やめなさい鈴仙あははやめてやめてくすぐったいホントやめてあははははは」
「どうです輝夜様。私の耳は凶暴でしょう? うーら、うら!」
ズカズカと乗り込んで来た私たちには、流石のお姫様も困惑の色を隠せないみたいだな。
そんな彼女に遠慮なくじゃれかかる鈴仙。成程、これが理想的な主従の姿というものか。
今度、紫様に同じ様な事をやってみるかな。折檻されるかもしれんが、それもまた一興。
「おーい、運転手さーん。そろそろ飛ばしちゃってー」
「オーケー。しっかり掴まってるんだぜ? お嬢さん方」
「ところで鈴仙。後学のために聞いておきたいのだが、この牛車はどういう原理で空を飛ぶんだ?」
「気合よ」
「えっ?」
「そう、気合だ」
「ええっ?」
なんだそりゃ。聞いた私が馬鹿でしたってか。まあ幻想郷で飛ぶ物に原理など無いわな。
などと油断していた私は、牛車の側面から大きな翼が生えてくるのを目撃してしまった。
翼と言っても、有機的かつメルヘンチックなアレではない。もっと夢の無い方のヤツだ。
男子諸君が喜びそうな、いわゆる戦闘機めいた翼。こんな牛車があってたまるものかよ。
「まったく、夢もキボーもありゃしない。アレがお前たちの言う気合とやらだとしたら、とんだお笑い草だな」
「驚くのはここからよ。なんとこの牛車……」
「何だ。勿体ぶらずに言ってみろ」
「VTOL機なのよ」
「……は?」
浮いた。浮きやがったよこの牛車。音も無く真上にスイーッと上昇。どんなVTOLだ。
傍から見れば奇怪な光景だろうな。主に翼の所為で。あれは浮いてから出すべきだろう。
ここで鈴仙と輝夜、座席に備わったシートベルトを締め始める。嫌な予感しかしないな。
「ほら、アナタも早くシートベルトを」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ。尻尾が邪魔で上手く締められん……!」
「外せばいいのに」
「外せてたまるか! 私の尻尾を何だと思ってるんだ! お前の耳とは違うのだよ!」
「失礼ね。私の耳だって外せないわよ。まあ目玉は外せるけどね。よいしょっと……」
「うわ、やめろ! それは見たくない! どこの軍務尚書だキサマは!」
「あー、お嬢さん方? 盛り上がってるところ悪いんだが、そろそろジェットに気合を入れるぜ?」
何だよジェットに気合って。その二つの言葉を合わせて、一体何が生まれるというのか。
答えはすぐに出た。突如生じた殺人的なGによって、私の身体は座席に縛り付けられる。
横の二人も同様らしい。今更言うのもアレだが、シートベルト要らないんじゃないかな。
なんて事を考えている内に、牛車は大気圏を離脱。真面目に考えたら負けなんだろうね。
「ああ、住吉三神も御照覧あれ! 俺のヴォヤージュ2013は、今ここに現実のものと化したのだ!」
感極まったとみえる牛が、ガッツポーズで何やらわけのわからぬ事を喚き散らしている。
これは神への挑戦なのか、或いは冒涜か。とりあえずオメデトウとだけ言っておこうか。
眼下には我らが蒼き惑星。あの何処かに紫様や橙が居るのだと思うと、胸が熱くなるな。
牛車は衛星軌道上を周回。人間共の打ち上げた鉄クズが、そこかしこに散らばっている。
「人工衛星マギオン♪ 時計回りに回って♪」
「お前ホントその歌好きだな……」
そろそろ権利者団体が重い腰を上げそうだが、まさか宇宙までは取り立てに現れまいて。
雄大な景色を眺めていると、自分が如何に小さな事で悩んでいたのかと思えてしまうよ。
星の鼓動は愛。宇宙は心で満ちている。蒼い宇宙の片隅で、私は立派に生きているのだ。
鈴仙の調子外れの歌声をBGMに、我々はしばしの間、クルージングを楽しむ事にした。
でも面白かったので百点
やる気と元気がじょばじょば湧いてきていい気分です。
ただオチは欲しかった…
世の中気合いで何とかなるって悟った気がしたようなそうでないような…
この辺りが深読みであったにしても、実際のところわりと重たいというか本来シリアス系なお話を、細やかに覆い隠すというか笑い飛ばすというか、そういう感じの「一見壊れコメディ」の匂いを勝手に感じ取ったので個人的に楽しめました。
文字数揃えてもhtmlになると右端が見た目ガタガタになるというのを作者さん的に把握しつつも迷彩がてらという感じで敢行したのか、あるいは把握しておらずエディタ上では揃っているのをいざ投稿したら悲劇ったのか、どちらにせよ揃えるのはなかなかめんどくさかったのではないかなと想像しつつ後者だったら南無三と一応手を合わせておきます。個人的には揃っている環境で見た方が好きというか、作品の印象がわりと変わって素敵でした。
面白かったよ
でもね、この牛に少しときめいてしまったのは内緒なのさ!
深く考えたら負けなんですね。これは。
…と思ってたら、地の文が40文字だったのを、感想読んで教えられました。
うーむ。
深読みは作者の本意ではないにしても、表面的な字面しか読んでなかったのだなぁと思ったり。
なんか他にも探したら見つけられそうな話で、侮れないです…興味深いからこの点数で。
東方界隈にまた新たな二次キャラが生まれてしまったな…
文章の文字数が一定とかマジっすか
そんな事誰も気づかないだろ…と思いきやわかる人もいるし、実験にしても誰にもわかりそうにないであろうと思われる作品を良く投稿したものだと
「フォックス、俺が前にでる! 後ろのヤツを頼む」
なんだこの、なんだ。シュールで超展開なこんな文章ありなのか。
40文字ジャストってすごいな。気づいた人もすごいけど。
あと、
>黙れ狂信者!
分かる人にだけ分かる微妙なネタを挟むんじゃない、吹く。