花散らしの雨が降る。
窓から眺めるその様は、一種の幻を想わせた。
絶え間ない雨が、桜へと降り注ぐ。
その音に耳を寄せると、束の間、現実を忘れそうになる。
無常は無情だ。
だからこそ美しいのだと幽々子様は云った。
無情故に、無上なのだと。
桜が氷雨に散る。
いいや、散り落される。その様を見て私はもの思いに耽っていた。
私が目を離していた須臾の間に、粗方の華弁は散ってしまっていたのだった。
桜の花を落とし切り満足したのか、それとも唯の驟雨だったのか。
皮肉な事に木々から桃色が落ち切ると同時、雨雲の姿は奇麗に消え去っっていた。
「さて、妖夢。雨も上がったことだし、花見と洒落込みましょう」
気付くと傍に立っていた幽々子様が言う。
「で、でも幽々子様。桜の花は殆ど散ってしまいましたよ?」
「妖夢、目の付け所が違うわ」
「え?」
「桜が散っていく様を、指折りながら見ていくのも素敵だけれど……これはこれで趣深いものが有るものよ」
裸になった木々でも見上げるのだろうか? 幽々子様が云うのであれば、それは素敵なものなのだろうが……。
それは寂しい光景だろう。
もしかしたら、散った花弁と共に感傷に浸るというのも悪くないのかもしれないが。
「ふふ、妖夢はまだ分かっていないみたいね。まあ、外に出てみれば直ぐに分かるわよ」
そう云うと、幽々子様は私を置いてそそくさと庭へと向かってしまう。
彼女が歩く度に、水が音を立てていく。
「ま、待って下さい! 幽々――」
私も直ぐに後を追った。そして言葉を失った。
まさに幻想の風景。
そう言って差し支えないだろう。
むしろ言葉にしてしまうと、安っぽくなってしまうかもしれない。
それほどまでに私は、この光景に心奪われていた。
石畳一面が、桜色の海と化していたのだから。
「どうかしら? 妖夢。奇麗でしょう?」
その大海の真ん中で、幼子の様に舞ってみせる幽々子様。
その無秩序な動きに合わさって桃色の髪が跳ねる。
水溜りの水が飛び上がり、日光を浴びて輝く。
「散った桜は舞い戻る事はないけれど――」
そこで幽々子様は言葉を飲み込んでしまう。
『何を言おうとしたのですか?』そう聞き直す程、私は無粋にはなれなかった。
それに私は、目の前に展開された光景の余りの美しさに言葉を失っていたのだから。
幽々子様の動きはいつの間にか幼子のそれから、流れる様な『舞』に変わっていた。
扇子を片手に、緩やかに、穏やかに。
呼吸が止まり、心音が早まる。
死を操る能力。そんな言葉を思い出し、私は思わず苦笑を浮かべてしまう。
私は今、殺されそうになっていたのだろうか、と。
幽々子様はゆっくりと、此方へと歩いて来る。そして、立ち尽くしていた私に手を差し出した。
「少し、歩きましょうか?」
私は幽々子様の手を取って、桜の海へと歩き出した。
そこにはもう、言葉など必要ないだろう。
コメントする言葉を失ってしまうような美しい話でした
そこのところで少し違和感があったかなーと。